風が吹き抜けた。

「ん……」
 そのシャトルが飛び立ってから数秒後、ジェット噴射の巻き起こした風が彼女の髪を嬲り、彼女――――ホシノ・ルリは思わず前髪を手で抑えた。
「二人ともー、お幸せにねーっ!」
「ハネムーン・ベイビィ、楽しみに待ってますよーっ!」
「憎いねこのーっ! 羨ましいぞーっ! テンカワアキトーっ!」
 ルリの周囲の数十人、あるいは百人を越えるかもしれない人の群れが一斉に思い思いの言葉を口にする。そのある種異様な光景に、周りに居た空港の利用客たちはそそくさと彼等から離れていく。
 だが、そんな周囲の奇異な視線など彼等――――元ナデシコAクルーの面々にはどうでもいいことである。
「行っちゃったわね」
 ルリの隣に居た友人の少女――――白鳥ユキナが、天に昇っていくシャトルを見ながら言った。
「一緒に行ってもよかったんじゃないの? あの人たちもそう言ってたよ」
 彼女が言う『あの人たち』とは、今まさにシャトルで火星へ向かおうとしているテンカワアキト・ユリカ夫妻のことだ。
 戦争の中、紆余曲折を経て夫婦となった二人は、その新婚旅行の行き先に火星を選んだ。今は人気の絶えた星であっても、二人にとっては捨てきれぬ故郷であり、思い出の地であったのだ。
 同行したいと申し出れば、一緒に行く事も出来ただろう。だが、
「いいんです」
 ルリはそう答えた。
 ルリに故郷はない。物心ついたときから研究所で育ったルリには故郷と言えるような場所はない。
 だからこそ、故郷のあるアキトとユリカの気持ちは大切にしたいし、こればかりはルリでも軽軽しく踏み込んで良い場所ではないと思うのだ。
 それになにより、あの中むつまじい二人の新婚旅行を邪魔するのも野暮というものだろう……
「――なんだ?」
 不意に周囲がざわめき、ルリは顔を上げた。
 前兆は見ていても見逃すほどの小さな閃光だった。テンカワ夫妻を乗せたシャトルの後部が僅かに光ったかと思うと、エンジン部が遥か下から見上げるルリ達からもそれと解るほどの、真っ赤な火を噴き上げた。
「おい、なんかエンジン燃えて……!」
 クルーの誰かが言い終わるか終わらないうち、重なり合った悲鳴と爆音がその声を押し潰した。燃料タンクに満載されていた大量の水素がその瞬間、爆発――――シャトルは瞬く間に爆発に飲み込まれ、空中にその身を四散させた。

「――――――――――――――――――――――!」

 途端、狂騒がクルーたちを包んだ。
 前触れもなく降りかかった惨事に誰もがなすすべを知らず、ある者は絶叫し、ある者は泣き喚き、またある者は右へ左へと意味もなく走り回った。
「ちょっとルリ、何ぼけっと突っ立ってるの、しっかりしなさいよ! アキトさんと、ユリカさんが……!」
 混乱の中でただ一人静かに立っているルリに、ユキナが肩を揺さぶって怒鳴った。
 何とも思っていないわけがない。
 ただ、目の前の光景が信じられなかった。
 あれがアキトたちの筈がない。ただ同じようなシャトルが吹き飛んだだけかもしれない。……ルリの感情が叫ぶ。  しかし、ルリの冷徹な理性はそれを否定する。そんなシャトルなど飛んでいなかった。あそこで吹き飛んだのがアキトたちのシャトルでなければ何だと言うんだ。
 なら、脱出装置で助かったかもしれない。
 そんなものは落ちていない。そんな暇はなかった。
 なら、これは悪い夢だ。
 夢じゃない。現実だ。

 夢だ。

 現実だ。

 夢だ。

 現実だ。

 夢だ。

 現実だ。

 夢だ。

 現実だ。

 夢だ。

 現実だ。

 夢だ。

 現実だ。

 ――――理性と感情が激しくせめぎ合う。
 どれだけ現実だと理性が訴えても、ルリの感情はそれを受け入れなかった。アキトとユリカが――家族が――もう手の届かない場所へ行ってしまったなど。
 認められなかった。
 認めたくなかったのだ――――
「アキトさん……ユリカさん…………」
 シャトルの破片が、ばらばらと砂のように落ちてゆく。ルリは無意識の内にそれへと手を伸ばして――――

 ルリは、汗に塗れて目を覚ます。



 機動戦艦ナデシコ――贖罪の刻――
 第五話 空白



 ナデシコBの居住区には全室にシャワーと冷暖房、テレビが完備されている。贅沢な居住スペースを持つナデシコ級戦艦乗組員の特権である。
 ルリは寝ていたベッドから起きるや、その場で寝間着を乱雑に脱ぎ捨てた。そのままバスタオルを引っ掴むと足早にバスルームへ滑り込む。仮に見ている者がいたら、普段の彼女からはおよそ想像出来ない乱暴な仕種にさぞ驚く事だろう。
 苛立っている――そう自覚していても腹の底から沸き上がってくる苛立ちは止まらない。この時間はいつもルリをいらつかせるのだ。
 バスルームに入り、浴びるのはお湯ではなく冷水だ。氷のように冷たい水がルリの白磁のような白い裸身を滑り落ちるに従い、少しだけ気分が落ち着いた気がした。
「はあ……」
 冷水を浴びながら壁に手をつき、一つ大きく、息をつく。

 ――――今日もまた、あの日の夢を見た。

 忘れもしない。三年前の6月19日――――ルリは人生で初めて手に入れた、本当の意味での『家族』を失った。
 記憶も、思い出も、全て爆発したシャトルと一緒に――――この世界から消え去ってしまった。
「……」
 あの時ルリは、本当に何一つ出来なかった。
 全てを失いながら、涙を流す暇さえなかった。何もかもが、遠い世界の出来事のようだった……
 どうして自分だけ生き残らせたのかと、ルリは信じた事もない神や運命を血が出るほどに呪ったものだ。自分も一緒に死んでしまえば、こんなに苦しむ事はなかったろうに。悲しみに捕われる事も無かっただろうに……
 あれから三年、その間にオオイソで暮らし、宇宙軍に戻って。親友のオモイカネにもまた会えた。サブロウタのような仲間もできた。ハーリーという弟もできた。
 ――だけど、違う。
 彼等はアキトでなければユリカでもない。『家族』と三人でいた頃の『幸せ』は、まだルリの手に戻っていない。
 取り戻したい、といつも願っていた。
 そして起こった火星の後継者決起。その中で明かされた二人の死の真実……それは本当に事故で死んでいたほうが幸せだと思えるほどの、惨い現実。
 ルリは火星の後継者と戦い、打ち負かした。それで全て終わったと思った。アキトもいつか戻ってくると思ったのだ。
 ――それなのに…………
 しかし火星の後継者は死んでいなかった。南雲義政率いる『南雲派』の起こした第二次決起―――ルリはそれも叩き潰した。今度こそ終わったと思った。往生際の悪い火星の後継者に怒りも覚えたが、改心して罪を償うなら勘弁してやろうとも思った。
 なのに。
 ――なのに、あの男は…………!



『――――降伏は認める。しかしながら部下の安全と処遇は、保障してもらいたい』
「私たちとしては、国際法に基づいた処遇を約束します。……後はあなた方が変な気を起こさずに罪を償うならですが」
 それは半年と数ヶ月前。ルリたち独立ナデシコ部隊が第二次決起を鎮圧、南雲が降伏勧告を受諾したときのやり取りだ。
 アキトたちへの蛮行を認めて、謝罪し、反省しろ――――と言外にルリは要求した。
 それに対して、ウィンドウの中の拘束された南雲は、『罪?』と聞き返してきた。
『我々の罪とは、何の事だ』
 この返答にルリは腹の中が沸き立つのを感じたが、何とか冷静さを取り繕って事務的に応じた。
「アキ――A級ジャンパーの人たちを拉致し、ボソンジャンプの人体実験のモルモットにした事、連邦反逆罪、その他諸々の罪です。あなた方はこれから、それらの罪を清算するべきなんです。……違いますか?」
『何を馬鹿な』
 ふん、と南雲が鼻を鳴らした。
 彼が捕虜で無かったら、鼻で笑っていたかもしれない。
『あれは必要な事だったのだ。未来のための尊い犠牲に敬意は払うが、糾弾されるいわれは無い』
「何を……」
 絶句するルリをよそに、南雲は続ける。
『我々、火星の後継者の目的は、地球連合の傲慢な支配体制を抹殺し、次元跳躍による新たな秩序がもたらされた世界を正しい方向へ導く事にあった。その理想を我々の手で実現する事が叶わなかったのは残念だ』
 何を……何を勝手な事を。
「あなたたちは、罪の無い大勢のA級ジャンパーの人たちを拉致し殺害しました。それはあなた達の犯したあやま――――」
『我々は命を賭け、何より平和を願っていた!』
 南雲はみなまで言わせなかった。
『その一点に関して、何者であろうと誹謗はさせん! 我々は貴君らの軍事力に負けたのであり、正義を欠いていた訳では断じて無い!』
 熱狂的に語る南雲に触発されてか、その後ろにいた南雲の部下たちまでがそうだそうだと野次を飛ばし始めた。周囲の宇宙軍兵士たちが制止を試みるが、一度火がついた可燃物はそう簡単には納まらないようだ。
『たとえ負けようと、命を絶たれようとも、これだけは譲る事はできぬ。それが草壁閣下と我々の――――』
 もはや聞くに堪えなかった。ルリはIFSを介してオモイカネに命令を送り、強制的に回線を切断した。
 後ろのほうでクルーたちが囁き始める。
「……最後まで、自分達の行いを認めませんでしたな」
「人それぞれの正義。絶対に譲れないアイデンティティって奴だろうよ」
「それにしたって酷いですよ。あれだけの事をやっておいて、ねえ艦長。……艦長?」
 ルリは聞いていなかった。
 ……語るに落ちた。
 火星の後継者には自分たちの罪を認めようとする人間などいないのだ。自分たちの信じる正義の元でなら、どんな酷い事も正当化されると本気で信じている奴らなのだ。
 ――――胸の奥が煮えている。
 肺が焼けたかのように息ができない。
 あれだけの侮辱を受けて、怒らないほうがおかしいというものではないか。

 こんな狂信者に壊されたのというの――――私たち家族の幸せは!

 ――それは、ルリの中で溜まりに溜まった感情が破裂した瞬間だった。



 ……あとは、世間で噂されている通りだ。
「私が南雲を殺した。私がやった……」
 誰に言うでもなくルリは呟く。私は犯罪を自供でもしているのかと、つい笑みが浮かんだ。
 自分がやったのは悪い事だ。解っている。
 重大な軍旗違反だと解ってはいた。やってはいけないと解っていた。それでも止められなかった。
 この憎しみを満足させるには、アキトやユリカの無念を晴らすには、そうするしかないと思ったから。
 罪を償う。相手にその気が無いなら、復讐というやり方で事を成すほかにどうしろと――――
 この期に及んでそれをしない理由はルリには無かった。
 だから火星の後継者がまだ生き残っていて、テロ活動を始めたと知った時は別段驚かなかった。もしかしたらルリは嬉しかったのかもしれない。
 これで合法的に、火星の後継者へ復讐ができる。
 今のルリにはその権限と権利がある。手段もある。仲間もいる。それで火星の後継者を殺して、殺して、殺して……末葉の一人までが刈り尽くされたとき、それに尻尾を振るブタどもも諦めるだろう。
 そうすればアキトは帰ってこれる。また家族三人で一緒に暮らせる。それが実現した時、この復讐は果たされるのだ…………
「……果たして、見せますよ」
 そこまでを思い出した時、ようやくルリは体が冷え切っているのに気が付き、シャワーの冷水をお湯に変えた。



 シャワーを浴び終えた後、ルリはバスロープを羽織った格好で部屋に取り付けられた端末に向かう。
 秘匿回線を利用して宇宙軍のサーバーにアクセス。そしてアドレスを入力すると、なにやら長屋のような建物の前を歩いているCG画像が表示された。一人称の視線は長屋の前をしばらく歩き、やがて一つの入り口の前へ行きつく。
 右手に見える表札には、『秘密の会議場』と書かれている。怪しげな名前だが、要は軍のサーバー内にこっそりと設置された非公開のチャットルームだ。
 長屋の戸が引き開けられると、すでに先客がいた。
 ――なんとまあ……
 ルリは苦笑した。
 畳四畳半の空間に丸い小さな卓袱台が置かれた質素なスペース。そこでルリの視点から卓袱台を挟んで向かい合う形で座っているのは、ディフォルメされた二頭身の3D人形ビジターだ。今では別に珍しくも無いが、その人形は奇妙な事にこの質素な空間になんとも不似合いなウェディングドレスを着ていた。
 彼女はここへ来るたびに人形ビジターに違った衣装を着せてくる。どのような基準で決めているのか定かでないが、たぶんその場の気分だろう。
 仮にこのチャットルームを誰かがROMしていたとしたらどう思うだろう? まさか目の前の花嫁が、かのミスマル・ユリカ准将だとは思うまい。
 ルリもユリカも、お互い仕事に任務にと忙殺される身。ましてやルリはテロリストを追って世界中を飛び回る身だ。現在トウキョウの宇宙軍本部でデスクワークを勤めているユリカとは、落ち着いて会う機会などそうは無い。
 仕事で引き裂かれた家族。そんな二人がもっぱら連絡を取り合うために使っているのが、このチャットルームというわけだった。

<RURI:お久しぶりです。二週間ぶりですか?>

 ルリは簡潔に挨拶を書き込んだ。
 ハンドルネームは使わない。ここに来るのはルリとユリカの二人だけなのだから、匿名で話す必要は無い。

<YURIKA:おひさー! あーん、ユリカ寂しかったあ。ルリちゃん忙しくてずっと話できないんだもん>

 失笑してしまった。
 ナデシコA時代からユリカは相変わらずだ。精神年齢は一体いつで止まっているのだろうかと、失礼な事を考えてしまう。
 ……そう。この人は変わりが無い。

<RURI:ごめんなさい。ここ最近右へ左へと任務が多かったもので>
<YURIKA:ルリちゃん、この間南アメリカで空軍基地にミサイル撃ち込んだって聞いたよ?>
<RURI:査察を行おうとしたらクーゲルが飛んできましたから。こういう事態に際して自衛措置を取るのに、問題はありませんが>

 ユリカが言っているのは数日前、火星の後継者との繋がりが疑われている南米の某国に行った時の事だ。
 その国は火星の後継者を裏で支援し、北米諸国へのテロ攻撃の、いわば前線基地の役目を果たしていると言われている。どうやら国防軍の一部も火星の後継者に協力しているらしい。
 ルリはその国に赴き、独自に調査を行った結果、ある空軍基地に火星の後継者の人間が出入りしているらしいとの情報を得、査察を実行した。
 ところが政府の了承を得て行われた査察であるにも拘らず、その基地は査察を妨害――――遂にはナデシコBに対して機動兵器による攻撃まで行ってきたのだ。
 仕方なくルリは上がってきた機動兵器をすべて撃墜。それ以上の攻撃を防ぐため基地に対してミサイルによる直接攻撃を敢行した。統計を見ていないので知らないが、死傷者数はかなりの数だろう。
 いくらなんでもやりすぎではないかと言われたが、あのまま攻撃を受け続けていればこちら側にも少なからず犠牲が出ただろう。ルリはクルーの生命を守るべく必要な措置を講じたまでだ。……と思っている。
 少し間を置いてユリカの返事が来る。それを見たルリはむっと顔を顰めた。

<YURIKA:その国の人たち、みんな怒ってるみたいだよ>

 そのメッセージには、暗にルリを非難するニュアンスが含まれていた。予想はしていたがやはりショックだ。
「……はあ」
 泥のように重い溜息が、口から漏れる。
 本当にユリカは、変わりが無いのだ。
 憎まず、殺さず、戦争は終わらせる――――先の大戦中にユリカが終始貫き通した、『私らしく』。それは今でも全く変わっていないように見える。
 ユリカらしいといえばそうだ。だが火星の後継者に拉致され、最愛の夫と引き離され、人生を叩き壊されて――――それを誰より憎む理由があるのは、他でもないユリカのはずだ。
 それなのに、ユリカは戦うどころかデスクワークに甘んじている。火星の後継者に復讐する気が無いのだろうか。ルリの復讐を快く思っていない節さえある。それがほっとしたような、がっかりしたような……複雑な気分だと言わざるを得ない。
 少し気分がささくれて、『文句ありますか?』などと打ち込んでしまい、これは角が立つと思ってすぐ消した。

<RURI:次はもっと穏便に済ませます>

 頼むからもうこの話はやめてという念を混めてメッセージを送信。ユリカがそれを解ってくれたかは知りようが無いが、それ以上の追求は無かった。
 ルリはこれ幸いにと話題を逸らしにかかる。

<RURI:そういえば、あれからもう一ヶ月になりますけど、例の七人の足取りはつかめましたか?>
<YURIKA:むー、これといったものは何も無し。統合軍の事だからあまり詳しい事は教えてもらえないし>
<RURI:そうですか>
<YURIKA:気になる? なんだったらもう一回頼んでみるけど>
<RURI:いえ、無理ならいいです。ユキナさんもそう言っていましたから>

 あれ、とは第一オオイソ高校占拠事件――――火星の後継者・湯沢派が、草壁を始めとした拘留中の同士の釈放を求めて起こしたテロ事件のことだ。
 数人の怪我人――テロリストに怪我を負わされたのは一人だけらしいが――を人質から出したあの事件は、『勇気ある七人の生徒たち』によって一夜のうちに収束した。
 白鳥ユキナにハルカ・ミナト――――ルリの知り合いである二人が人質になっていると聞いた時は、ルリも内心気を揉んだものだ。現場の統合軍は宇宙軍が手を貸すと言ってもバカみたいに聞き入れない。もしあの二人が殺されでもしたら……そう思うと気が気ではなかった。独断でこのナデシコBをオオイソに向かわせようと思ったことも一度や二度ではない。
 だから二人の無事を聞かされたときは心底安心したし、例の七人とやらに感謝もした。
 ユキナからある“パイプ”を通して連絡が来たのは、その直後だ。
 曰く、例の七人の中にユキナの知り合いがいるので、彼等の消息を知りたいとの事だった。断る理由も無いので、ユリカに調べてもらっていたのだが……いかんせん統合軍の縄張り意識は強く、ユリカの権限を持ってしてもおいそれとは調べられないようだ。
 ルリが統合軍のデータベースにハッキングすれば簡単なのだが、万が一……いや、億に一でもばれたら大事だし、そんなリスクを推してまでするほどの事でもない。
 ユキナには悪いが、諦めてもらうしかないかな、とルリは思う。
 とその時、不意に電子音が鳴った。コミュニケへの着信を知らせる音だった。
 着信ボタンを押すと、マキビ・ハリ中尉の顔が空中に現れた。
「ハーリー君、何?」
『間もなくヨコスカへ到着します。艦長はブリッジへ上がってきてください』
 もうそんな時間か。「すぐ行きます」と返事をしておいて、ルリは端末に向き直る。

<RURI:ごめんなさい、仕事が入りました。今日はこの辺で失礼します>
<YURIKA:はあい。ルリちゃんまたねー>

 花嫁の人形が立ち去る。ルリもチャットルームを退室し、端末の電源を落として制服を手に取った。
「……はあ」
 ふと、二度目の溜息が漏れた。
 ルリにとっての唯一無二の家族。その間に横たわる確かな溝を、ルリは感じずにはいられなかった。



 ナデシコBがヨコスカドックへ身を横たえると、その艦内は徐々に慌ただしくなる。数ヶ月の長い航海の間に傷ついた船体の修理に設備の点検、そして物資の補給……それらが終わった後は久しぶりの上陸と休暇が待っているからだ。誰もが早く仕事を終わらせて遊びに行こうとせわしなく作業に取り掛かり、前もって計画を立てておく事も忘れない。
 そんな騒がしい艦内で、妙に静かな場所があった。
 ブリッジである。

「残念ですけど、私たちは仕事です」

 ルリの無情な宣告。
 現在ここにいるのはルリ、ハーリー、そしてタカスギ・サブロウタの三人だけだ。悲しい事に、彼等だけには仕事がもう一つ入っていたのだ。数日前に決まった事とはいえやはり悲しい。
「はあ……」
 と、深い溜息をついたのは、現在十二歳になるハーリーだ。
「いいですねえみんな……僕も早く休み欲しいなあ」
 つい愚痴が漏れる。
 不謹慎だと解ってはいるが、十二歳といえば本当は友達と遊びたい盛りの年だ。それが毎日毎日軍務に忙殺されるばかりとあれば、愚痴の一つも言いたくなる。
「ごめんね。本当ならハーリー君だけでも上陸させてあげたかったけど……」
「い、いえ! 僕も軍人のはしくれです。バカな事を言いました、すいません!」
 ルリに謝られ、ハーリーは赤面して弁解する。そんなつもりで言ったのではない。
 それに、なにより一人で上陸しても意味が無いのだ……
「で、対テロ総合演習でしたっけ? 次の仕事は」
 自分の席に座ったまま、首だけを向けてサブロウタが言った。
『地球連合軍第一次対テロ総合演習』。それが彼等の次の仕事。その名が示す通り、地球連合軍創設以来、初の対テロ総合演習だ。
「ええ、テロと戦い、テロを打ち滅ぼし、テロリストを抹殺する。そのための最高の兵士を養成する訓練プログラム……だそうです」
 彼女らしからぬ大仰な表現で、ルリは言う。
「第一次って事は、これまでそういう演習は無かったって事ですか?」
「お前なぁ……」
 訊いた途端、サブロウタにジト目で睨まれた。
「軍人の端くれなら、もう少し歴史を勉強しろよ」
「む、僕だって普通の勉強もしてますよ、ちゃんと」
 ハーリーは憤慨する。
「ただここの所忙しくて、そんな暇が無かったんですっ」
「じゃあ、私が“説明”……しましょう」
 説明、のくだりを妙に小声で言うルリ。彼女の良く知る女性がこの場にいれば、喜々として延々数時間は“説明”をしてくれることだろう。
「地球連合が出来てから、地球でテロが無かった訳じゃないんですよね」
 ハーリーの問いに、ルリは頷いた。
「ええ、地球連合が設立された当初から、その体制に不満を抱く国や組織は多々ありました」
 だが連合宇宙軍という強大な武力に遥か頭上――――宇宙を抑えられているとあっては、連合に敵対した所で勝ち目などあるはずも無い。そんな中で権利確保のためテロを支援する国が現れるのは、ある意味当然の成り行きと言えた。
「ですが、いくらテロを支援しているといっても軍が武力行使をしたとあっては、長い戦争の時代を経てようやく作り上げた地球の統一体制と、各国の結束が壊れかねません」
 結束なんて最初からあったのか、今となってははなはだ疑問ですけど――――とルリは付け加える。
「なのでテロ組織への武力行使は主に連合警察の強制介入班が行い、軍はもっぱら諜報活動に終始していました。このような背景から地球連合軍には、対テロ特殊部隊はあるにはあるが、殆どお飾りに近いという状態が続いていました」
「ま、これまではそれで問題は無かったんだな。地球連合には21世紀に蓄積された対テロ戦のノウハウがあるし、『テロリストと戦うために弾道ミサイルを作るのだー!』なんて『キチガイ沙汰』をほざくバカももう居ないしな」
 ルリの後をサブロウタが引き継ぐ。たっぷりと皮肉のエッセンスを淹れて。
「連合と軍による有形無形の圧力の前に、テロ支援国も次第になりを潜めていった。これで地球は安泰。めでたしめでたし……の、はずだったんだが、情勢は変わってしまった」
 この先はハーリーにも解った。
「連合警察じゃ手におえない敵――――テロ集団になった火星の後継者ですね?」
「上出来」
 サブロウタがぱちぱちと手を叩く。
「なにしろ火星の後継者は強力な機動兵器や戦艦を保有してやがる。これは連合警察の手に終える敵じゃあるまいな。ましてや連合警察は、宇宙で活動できる戦力なんざ持ち合わせてないからな」
「ここに至り、連合軍内に強力な対テロ特殊部隊を創設、火星の後継者に対抗すべしという議論が連合議会に噴出しました。連合諸国の関係に亀裂が生じる事を心配する声も上がりましたが、火星の後継者のテロがこうも増加するのでは、皆さん口を噤まざるを得なかったでしょうね」
「でも、火星の後継者を支持したい国もあるんですよね? そういう国は反対しなかったんでしょうか」
 ハーリーの疑問符に、サブロウタはさあな、となげやりな言葉を返した。
「何か企んでるのかも知れねぇが、ま、そんな政治の難しい事情は軍人である俺たちの知ったこっちゃねえさ」
「とにかく、決議案は滞りなく成立。その第一歩として、連合軍設立以来初の対テロ総合演習が行われようとしている訳です」
「ご大層なこった」
 と、サブロウタは椅子にふんぞり返る。その背中からは、何処か不機嫌さが感じられた。
 そうだろうなあ、とハーリーは思う。
 今回の演習におけるハーリー達の仕事は、サブロウタがスーパーエステバリスで演習に参加し、ハーリーはそのオペレートを勤める。いつも通りの役回りといった所だ。  火星の後継者は時として機動兵器や戦艦まで持ち出したテロを行う事がある。これに対抗するには、機動兵器と歩兵の綿密な連携が必要なのだ――――とサブロウタは言っていた。それに合わせて軍の再編も進んでおり、そのための演習でもある。
 ――でも、テロと戦うって事は……
 テロと戦い、テロを打ち滅ぼし、テロリストを…………そのテロリストというのは、皆々ではないにせよ、サブロウタのかつての同僚なのだ。
 そして何より……
「艦長も行くんですよね?」
 ええ、とルリは頷いた。
 ルリの仕事は、演習の結果を評価し、それを上層部へ伝える事。
 要するに、査閲。
 当初は別の人間が査閲に来る予定だったらしいのだが、ルリは自分がやりたいと上層部に直談判したのだ。その理由は、
「私としても、今回の演習には期待していましたから」
 そのセリフが何よりも雄弁に語っていた。
「……艦長は今回の演習について、どう考えていますか?」
「必要な事、だと思います。何か?」
「いえ……」
 ハーリーは俯いた。
 そんなに戦いたいんですか、とハーリーは内心で呟く。
 罪の無い人たちを苦しめるテロ集団――――火星の後継者と戦う、と言えば聞こえはいい。
 しかし実際は、火星の後継者よりもそれを支援する者――それが国であれ個人であれ――と戦う機会のほうが多い気がする。
 どうして火星の後継者を支援する人や国がこんなにも多いのだろう、と思った事がある。
 ルリは答えた。それは将来的に発生するボソンジャンプの利権、そして権力が欲しいからだと。
 どうして火星の後継者は戦いをやめないのだろう、と思った事がある。
 ルリは答えた。それは彼等が正義や使命という草壁の言葉に取り憑かれた狂信者だからだと。
 ハーリーはルリの言葉が間違っているとは思っていない。ボソンジャンプの利権や権力を欲しがる人間は確かに存在するし、火星の後継者に属する人間が大なり小なり狂信的だという事も疑いの余地は無い。
 ルリの幸せな生活を取り戻したいという思いも、それを奪った連中が許せないという気持ちもよく解るつもりだ。もしルリやサブロウタが殺されでもしたら、ハーリーもまた殺した奴を地の底まで追いかけて、追い詰めて、八つ裂きにしてやらねば気がすまないだろうから。
 だけど、とハーリーは思う。
 本当にルリは正しいのだろうかと。
 ルリは火星の後継者を狂っていると言うが、ならば今復讐にひた走るルリは果たして正常なのかと。
 今のハーリーには、時として顔も見た事が無いテロリストよりも、目の前のルリのほうが恐ろしいと感じる事があるのだ。
 それを正面きって問う勇気は、今のハーリーには無かった…………



 日本近海、太平洋上――――群青色の海の中、ぽつんと浮かぶ一つの島がある。
 海の上に文字通り“浮かんで”いるその島は、全長役20km、幅約12kmの巨大な鉄の板に住宅やオフィスビルなどの建物を載せて町とした、人類初の民間用メガフロート……だった。
 名を、『高天原』と言う。
 日本神話の楽園の名を冠するこの島は、かつて百万からの人間が住んでいたらしいが、現在は見る影も無い。その痕跡を残す建築物の群れが、傷つき朽ちかけた痛々しい姿を十重二十重に連ね、巨大な墓標の如くどこまでも聳え立っているばかりだ。
 人気など等の昔に絶えた島であるが、この日ばかりは様子が違っていた。上空をひっきりなしにヘリやエステバリス、さらにはステルンクーゲルが飛び交い、用済みになったはずの港湾施設には実に数年ぶりに船が入港していた。見下ろせば廃墟と化した町の中をセンサー類を満載した軍の車がそこら中で走り回っている。
 人の手によって作られ、人の手によって壊された島。
 人の愚行の象徴とも言うべきその島に集まっているのは、宇宙軍と統合軍、合わせて約五百人に達する部隊だ。この島に意志があれば、自分を傷つけた戦争、その執行役たる軍隊を決して受け入れはしまい。
 忌まわしき客を受け入れたその島の片隅で、一人瓦礫を踏みしめる宇宙軍の制服を着た20代半ばほどの男がいる。金髪隻眼、階級は中佐。一目で欧米人と解る青年将校だ。
 連合宇宙軍陸戦隊中佐、レイ・オールウェイズ。若いながらもこの島の宇宙軍部隊を率いる男だった。
「戦争で廃墟になった町がまた軍靴に踏み荒らされる、か。少し申し訳ないな……」
 廃墟の街を覗き込みながら、レイはひとりごちた。
 蜥蜴戦争の初期――――太平洋ではその全土で地球連合軍と木連軍との間で幾度となく戦端が開かれ、周辺の島々はその余波で大きな被害を被った。この人工島もまた、その一つである。
 もはや住民の生活を維持する事が困難と判断した日本政府は、『高天原』の放棄を決定。住民は一人残らず退去を命ぜられた。人が作った島とはいえ、完成から百年近い歴史のある街だ。ここで生まれ育った人々は、どのような気持ちで故郷を去ったのだろう。そして廃墟と化したこの島を見て、どんな感慨を抱くのだろうか。
「隊長……中隊長!」
 背後からの声に振り向くと、完全武装の部下が息を切らせて走り寄って来ていた。何も無理して走る事は無いだろうに、難儀な事だ。今の時代でもボディ・アーマーを初めとする装備の重量は結構な負担になるというのに。
「間もなく準備が完了します。そろそろ仮説司令部へ……」
 わかった、と生返事して、レイは踵を返す。
「お客は来るか?」
 レイは部下に尋ねた。
「はい、もう間もなく到着の予定だそうで……」
 部下が言い終わるか終わらないうちに、突然の風が二人の髪を嬲った。
 噂をすれば、とレイは内心で呟く。その上空を無遠慮に飛び去っていったのは三機のエステバリス。三角編隊の先頭を行くのはタカスギ・サブロウタ少佐のスーパーエステバリスで、それに守られて飛ぶのは連合軍の高速輸送ヘリだ。
「ご到着のようだな。準備はいいか?」
「それはもう」
 よしよし、とレイは満足げに頷く。
「我々にとって最大級の賓客だ。くれぐれも粗相の無いように。……同志たちにもそう伝えろ」
 はっ、と部下はうやうやしく敬礼した。
 広場の一等地に着陸したヘリからは、その賓客――――ホシノ・ルリ中佐が高天原に降り立っていた。



 ルリたちを乗せてきたヘリは、乗客が降りると演習の邪魔にならないようさっさと飛び去っていく。それを見送ったタカスギ・サブロウタは自身もスーパーエステバリスから降機し、ルリとハーリーの後について歩く。
 ふと他に目を向け、目に映るのは宇宙軍のカウンターテロ部隊候補、およそ二百人の姿だ。誰もが興奮に顔を紅潮させ、本番前のウォーミングアップに余念が無い。その興奮は単に実戦形式の演習だからというだけでなく、統合軍の連中を出し抜いてやろうとする意気込みから来るものかもしれない。
 こりゃ負けてられないな、と思い、随分と張り切っている自分に気がつき苦笑する。上から参加の要請があった時、サブロウタは一時は渋ったはずなのに。
 ――――気が進まないなら、断ってもいいですよ。
 そうルリが言っていたのを思い出す。公私混同は軍人としてあまり褒められたものではないが、これは彼女なりの心配りなのだろう。その点はサブロウタも素直にありがたいと思う。
 だがサブロウタは参加を決めた。
「スバル中尉にも会えるからな……」
 統合軍に籍を置く見知った女性の顔を思い浮かべ、ふっと顔が緩む。
 ちなみに統合軍の部隊はここには居ない。今ごろは島の反対側で同じように演習の開始を待っているのだろう。
「お待ちしていました」
 仮説司令部では、20代半ばほどの金髪、隻眼の白人の男性仕官が敬礼で出迎えた。
 この島の宇宙軍部隊の隊長を勤めているというこの仕官は、レイ・オールウェイズ中佐と名乗った。
 レイはサブロウタが知る多くの男の例に漏れず、ルリに大層ご執心のようで、喜々とした様子で椅子を勧めた。ルリは応じる。
「それにしても、“電子の妖精”ホシノ中佐が査閲官を勤めてくださるとは。正直驚きました」
 なれなれしい態度だった。
「演習が終わって軍が再編されれば、私の所にも部隊が配属されるのでしょう?」
「まあ、そうでしょうね」
「その時に備えてカウンターテロ部隊の能力を直接把握しておくのは、重要な事だと思いましたので。無理を言ってすみません」
 いえいえ、とレイは首を横に振る。
「妖精に戦い振りを評価していただけるなど、我等にとっては光栄の極みです」
「……は?」
「どうです。演習が終わったらお食事でも……」
 予想していたセリフが来た。
「ホシノ中佐はハードワークでお疲れです。軍務に関係の無い事はくれぐれも謹んで頂きたいですな」
 すかさずサブロウタは援護射撃を敢行する。相手が格上だろうがお構いなしだ。こういう輩からルリも守るのも、サブロウタの大事な使命である。
 当然、レイの笑顔は苦いものへと変わる。
「……良い副官をお持ちですな」
 捨て台詞を残してレイはルリから離れる。それを見たハーリーがはぁっと息をついた。
「ちょっと変な人ですね……何でこんな人が部隊長なんですか?」
 敵意に満ちたハーリーの言葉。早々に悪いイメージが確立しつつあるようだ。尤もサブロウタもその点は同じなので「実績は確からしいからな」と疑問にのみ答える。
「レイ・オールウェイズったら、大戦の初め頃、USEヨーロッパ合衆国のイギリス州州都、ロンドンが木連の無人機部隊に奇襲食らった時、貴下の部隊を率いて市街地に突撃して多くの民間人を救ったとかいう武勇伝がある。それでついた二つ名が『ヨーロッパの軍神』今回の演習で指揮官に抜擢されたのも、その功績を買われての事だろうな」

「……ほう。ご存知でしたか」

 がたーん! とハーリーが椅子から転げ落ちそうなほどのけぞった。
 いつのまにかレイが、サブロウタのすぐ後ろに立っていたのだ。
「『意外と』地球の事情に通じておられるようで」
 もはや慇懃無礼を通り越して悪意すら感じられた。
「事情に通じる事は任務推考上当然であります。いつどこにどんな『ふとどき者』が居るか解りませんからな」
 サブロウタも負けじと反撃する。
「おお、それはご苦労ですな。そういえばここにも女物のコロンの匂いがぷんぷんする者が一人居る。いつホシノ中佐がその男にたぶらかされるのではないかと、気が気でなりませんな」
「は、それは軍の左官で髪が金色だったりしますかね?」
「その通り金髪ですな。ついでに言えば赤のメッシュが入っていて、それを伸ばした軽薄そうな男でありましたなあ……」
 悪意の言葉が飛び交い、バチバチバチッ、と両者の間で火花が散った。敵意は危険水位を超え、このままだと間違いなく“決壊”へと発展するだろう。
 一触即発、その均衡を破ったのは、
「オールウェイズ中佐、もうすぐ時間です。バカをやってないで席についてください」
「サブロウタさんもふざけてないで、ちゃんと仕事してくださいよ!」
 ルリの冷静な一言と、ハーリーの必死の一声だった。
「おっと、これは失礼」
 しれっと言い放ち、レイは踵を返す。
 ――気に食わない奴だ。
 心の底からサブロウタは思った。
「全隊、整列! 部隊きをつけ!」
 レイの号令一過、広場の陸戦隊が一斉に整列。そして敬礼とレイの答礼。そこまでの動きは一糸の乱れも無い。
「部隊休ませ。……どうです、ホシノ中佐?」
「ええ、よく訓練されているようですね」
「ありがとうございます。それでは……」
 と、レイはオペレーターの一人になにやら耳打ちをし、おもむろにルリへとマイクを差し出した。
「ついでに、と言っては何ですが、兵士達を少し応援してやってくれませんか」
「はあ。いいですよ」
 ルリはすげなくマイクを受け取る。同時に陸戦隊の前にルリの巨大なウィンドウが現れると、「おおっ」とざわめきが上がった。
「えー、陸戦隊の皆さん、こんにちは。私は連合宇宙軍中佐、ホシノ・ルリです」
 途端、陸戦隊二百人から割れる様な歓声が上がった。
「皆さんもご存知の通り、現在地球は正真正銘のテロ集団へと変貌した火星の後継者による、無差別なテロ行為に晒されています。21世紀の始まった年からおよそ半世紀に渡り、罪の無い人たちを苦しめた大規模テロリズムの嵐が今再び、私たちの前にあります」
 ルリは台本も無しに用意してきたようなセリフを口にし、それは徐々に熱を帯びてくる。
「今回の演習は、増加する一方である火星の後継者のテロ活動に対し、いち早く対応し、それを鎮圧する能力を持った兵士を育成する事にあります。皆さんにはこれから、市街地における対テロ戦を想定した模擬戦を行ってもらう事になります」
 ルリは陸戦隊一人一人に視線を走らせる。
「今後実施される軍の再編計画において、皆さんはその中核を担う事になります。この演習で経験を積み、世界からテロを無くすよう、頑張りましょう」
 ルリが語り終えるや、わあっと再び歓声が上がった。
「ありがとうございます。これで連中の士気も上がるでしょう」
「私ができるのはこのくらいですから」
 いいかげんにしろ、とサブロウタは内心で毒づく。
 この男のルリに対する態度は明らかに怪しい。
 これ以上近付かせるわけにはいかない――――即座に間に割って入る。
「オールウェイズ中佐。ホシノ中佐はあくまで査閲官としてここに来たのです。あまり職務に関係の無い事は……」
「サブロウタさん、いいんです」
 思わぬ横槍が入った。
「ホシノ中佐、いや、しかし……」
「私も無理を言ってここに来たんですから、せめてこのくらいは」
「……了解しました」
 正論である。サブロウタは引き下がらざるを得なかった。
「ふ」
 レイの鼻で笑う音が、耳にずけずけと入り込んできた。
 その勝ち誇った顔の憎らしさ!
 演習のどさくさに紛れて、エステで圧殺してやろうかと、一瞬本気でサブロウタは思った。
 そんなサブロウタを尻目に、レイは陸戦隊へハッパをかける。その顔は打って変わって、部下を率いる上官の顔になっていた。
「というわけで、今回の演習には史上最年少の天才美少女艦長――――“電子の妖精”ホシノ・ルリ中佐が査閲に来ておられる。彼女の前で恥を晒すのが嫌なら、これが実戦だと思って死ぬ気でやるんだな」
 次いでレイは、演習の予定の説明に入る。
「本日未明、市街地に火星の後継者の部隊が侵入。多数の市民を人質に市街を占拠し、現在も膠着状態が続いている。……という、なんともありふれた設定だ。もっと捻りのあるシナリオを思いつかなかったのかと思うが……」
 レイのアドリブに、陸戦隊から笑い声が上がった。
「敵は歩兵が約二百。ステルンクーゲルなどの機動兵器が二十。ほかにバッタやジョロなどの無人兵器が五十だ。お前たちは人質を開放しつつ、これを徹底的に排除しろ。武器の使用は基本的に無制限だが、もし誤射によって人質に怪我を負わせたり、死なせたりした者にはペナルティーが科せられるので、そのつもりで」
 ここで言う敵――――火星の後継者を演じるのは統合軍だ。ただしあちらから見れば宇宙軍が火星の後継者を演じる事となっている。つまり双方が軍の役であり、また火星の後継者の役でもある。そのため島の各所に配置された無人兵器に宇宙軍、統合軍の区別は無く、無差別に襲ってくる。
 演習がこのようなややこしい形式になったのは、宇宙軍と統合軍が、

「お前等がテロリスト役をやれ」
「いや、そちらこそテロリスト役をやれ」

 と、大人気無く角付き合わせたのと、両方の軍が平等に経験を積めるようにしろ、との連合政府からの横槍もあったようだ。
「この演習が終わり、本格的な対テロ特殊部隊が出来れば、お前たちは世界中に派遣される事となる。その中には地球連合や連合軍に好意的でない国もある。これが実戦であった場合、お前たちのミス一つで反連合の気運を高め、取り返しのつかない事態を招きかねない事を今一度、心に留めておくようにしろ」
「……ふう」
 ふと、ルリが小さく溜息をついた。
「地球の未来はお前たちの――――我々の肩に懸かっている。この演習で経験を積み、世界からテロを無くしてやろう。……以上だ。宇宙軍陸戦隊の底力をテロリストどもに思い知らせてやれ!」
 おお、と陸戦隊から今一度歓声が上がり、やってやるぜ、負けるな、と先を争って市街地へ突入していく。
「それでは、自分も行って参ります。後はよろしく」
 レイもまた銃を手に、仮説司令部を出て行った。それを見送ったハーリーは引き気味に呟く。
「みんな、熱血ですね……」
「“電子の妖精”様に応援されたとあっちゃあ、誰だって張りきるだろうよ」
 サブロウタも演習に向かうべく仮説司令部を出ようとする。
 そこで、ルリに止められた。
「あ……サブロウタさん」
「はい?」
 怪訝そうに向き直ったサブロウタに、ルリは一言だけ言った。
「必要な事です。タカスギ少佐」
 年下の中佐の言葉に、サブロウタは敬礼で応えた。
 ルリが何を考えているかは勿論知っている。
 私怨による復讐。それが良い事だとは思わない。できるならば殴ってでも止めさせたいと思う。
 だが彼女から復讐を取り上げてしまって、その後はどうする? 自分はもっといい方法を彼女に提示できるか? こうすれば良い、と。こうすればよかったのだ、と。
 答えは否だ。何よりサブロウタ自身も、かつては地球に復讐したいと強く思っていたのだから。
 その答えが見つかるまでは、ただ軍人として任務を遂行するのみだ。
 少なくとも、今は。



 ほぼ同時刻、島の港湾部に設置された統合軍の陣地でも同様に、カウンターテロ部隊候補に対する激励が行われていた。
 彼等もまた闘争心を燃やして戦いの始まりを待っている。その士気と錬度は宇宙軍に負けず劣らず高い。何より彼等の多くは元連合陸軍兵士。本職だ。副職の宇宙軍陸戦隊ごときに負けるとは露ほども思っていない。
 ……でも、羨ましいとは思っていいですか?
 統合軍陸戦隊二百人、その内の何割かはそう思っていたに違いない。

「――――で、というわけで、各部隊は一斉にテロリストの占拠区域に突入、これを制圧するのだ」

 兵士達にとって残念な事に、こちらはルリのような美人の女性仕官ではなく、いかにもやる気が無さそうな中年の仕官による、棒読みの演説であった。
 確か、アントンとか言う名前の仕官だったと思う。階級は大佐。中肉中背に癖のある髪、四角い顔という街中ですれ違ったらすれ違った事すら覚えられないだろう、何の特徴も無い風体の男だ。
 彼は元々統合軍本部で官職に甘んじていた下士官だが、火星の後継者・第一次決起で多くの仕官が兵士を連れて離反したために急遽左官に叩き上げられた。評価は控えめに言っても低い。遠からず予備役に回されるだろうというのが大方の兵士の予想である。
 無論、人望は皆無に等しい。大半の兵士が演説を聞き流していた。
 そんな中、ふああ、とだらしの無い欠伸をした女性兵士が居た。
「いけませんスバル中尉。そんな不謹慎な」
 横にいた部下が小声で言ってきた。いつもながら堅苦しい奴だ、と彼女――――統合軍第38独立機動中隊、部隊名『ライオンズシックル』隊長、スバル・リョーコ中尉は内心で肩をすくめた。
「あのおっさん、話が長えんだよ。ベラベラくっちゃべってねえで、早く始めろってのよ。退屈で死にそうだぜ」
「大佐がこっちを見てますぜ、姉御」
 別の部下が言った。狼狽したリョーコは「げっ!」と女性らしからぬ声を出してしまう。
「嘘です」
 この野郎、とリョーコは部下を肘で小突いた。
 彼女は元々宇宙軍のパイロットだったが、統合軍の創設にあたり新人パイロットの教官として引き抜かれた。しかし火星の後継者の決起に際しては統合軍に籍を置いていながら二度とも独立ナデシコ部隊に参加しているという、複雑な経歴の持ち主である。
 その腕は超一級で、既に大尉まで昇進していてもおかしくない戦歴の持ち主なのだが、二度も独立ナデシコ部隊に参加した事が上層部の一部の人間の不評を買う結果となった。有り体に言えば睨まれているのだ。それで、未だに中尉。
 それについて部下が不満を漏らした時、リョーコはこうたしなめた。

「別にいいさ。俺あばあさんになってくたばるまでパイロットだって決めてるからな。むしろ有り難いくらいだぜ……」

 実にリョーコらしい答えだと言える。そんな彼女を部下たちは親しみを混めて「姉御」と呼ぶ。
「――――諸君の双肩に、地球の未来が掛かっている事を忘れるな。以上、全軍チャートに従い定位置へ展開せよ」
 ちょうどいいタイミングで激励が終わった。誰もが待ってましたとばかりに市街地へ向かってゆく。
「よし! 俺たちも行くぜ。野郎ども準備はいいか!?」
 おう! とライオンズシックル隊員三人から威勢のいい返事がくる。今回の演習に際しリョーコが選りすぐって連れてきた腕利き達だ。それを見たリョーコは満足げに頷き、自分の愛器であるエステバリス・カスタムに乗り込む。
「システム起動。機体各部異常無し」
 手早く機体を起動する。すでに何百回となくこなした作業なので慣れたものだ。片手間に作業をこなしつつ、ふとある事を思い出してリョーコはスクリーン越しの外に視線を巡らせた。
「あのガキどもはもう行ったか……」
『あいつらなら、真っ先に飛んでいきましたぜ』
 突然目の前にウィンドウが開いた。どうやら回線を開いていたらしい。
「やれやれ、ガキは血の気が多くていけねえな」
『あんたも血の気は充分多いだろうがよー!』
 誰かが野次ったが、そんな事を意に介するリョーコではない。
「さて、行くとしますか。待ってろよサブ……」
 体の奥底から湧き出す闘争心を感じつつ、リョーコは仲間であり、好敵手であり、また……でもある男の顔を思い浮かべた。



「時間ですね」
 コミュニケの時計を見てルリは呟く。それとほぼ同時に、指令室内にレイの作戦開始を告げる声が響いた。
『時間だ。全部隊行動開始しろ!』
 その一言を合図に、宇宙軍と統合軍、合わせて四百人を越す部隊が一斉に行動を開始。それに呼応して島の各所に潜伏していた無人兵器も動き始める。
 ルリの目の前には島全体の見取り図を記したウィンドウが表示され、その中を緑と赤、黄色の光点がせわしなく動き回っている。光点はそれぞれ緑が宇宙軍、赤が統合軍、黄色が無人兵器を現す。
「第十七分隊、敵と遭遇、交戦状態に入りました」
「第八、第十三の各隊も敵と遭遇」
「第五分隊、敵占領下の建物に突入、しかし敵の抵抗により後退」
「第十六分隊、敵の攻撃により二名が負傷、一人が死亡しました。第二分隊が支援に入ります」
 ウィンドウの中で緑と赤の光点が接触し、一つ、また一つと消えていく。模擬弾が心臓や頭部など急所に当たれば兵士の装備に仕込まれたセンサーがそれを感知し、その兵士は『死亡』ゲームオーバーである。急所以外の部位なら『負傷』それでも三発当たれば『死亡』と見なされる。
 使用するのはペイント弾だが、当たれば相当に痛いと聞いている。ルリが撃たれるわけではないので関係ないけれど。
「エステバリス一番機、敵機と遭遇、間もなく交戦状態に入ります」
 ん、とルリは視線を動かす。一番機はサブロウタの機体だ。
「ハーリー君、タカスギ少佐の映像を見せて」
 はい、と振り向きもせずにハーリーは返事をした。
 すぐにルリの向かって右に新しいウィンドウが現れる。スーパーエステのカメラから送られてくる映像だ。既にサブロウタは戦闘機動に入っているらしく、ウィンドウの下で廃墟の町並みが猛烈な速さで流れていく。
 前方に見える敵機はステルンクーゲルが二機だ。模擬弾が装填されたクーゲル用ライフル・コブラを構え、真っ直ぐにサブロウタ機へ向かってくる。
 戦力差は二対一。形成はサブロウタに不利。それでもサブロウタは負けはすまいと、ルリは露ほども疑っていない。彼の能力は、誰よりも良く知っているつもりだ。
『行くぜ! かかって来なヒヨッコども!』
 いきなりサブロウタの興奮した声、そして銃声が部屋中に響き渡った。ハーリーは映像だけでなく音声まで繋いだらしい。思わずルリが顔を顰めたその一瞬の間に、三機の機動兵器は交錯していた。
 途端、クーゲルの片割れががくりと傾いだ。サブロウタの放ったラピッド・ライフルのペイント弾が命中したのだ。その証拠に、クーゲルの左腕部が真っ赤に染まっている。まるで血を流したかのようだ。
 撃墜されたわけではないにせよ、小破判定だ。対するスーパーエステは無傷。クーゲルのパイロットは屈辱に歯噛みした事だろう。
 闘志を燃やして反撃に転じるクーゲル。散開して一機がサブロウタの上から、もう一機が左に展開して十字砲火の体制を作る。
『甘いぜっ!』
 余裕を崩さず。サブロウタはスーパーエステを出力全開で突進させる。狙うは左に回り込もうとする一機。即座に火線を延ばしてくるクーゲルだが、サブロウタは最小の回避行動でその尽くを躱してみせた。
 引き金を引く。銃声。クーゲルに刻まれる縦一文字の赤い弾痕――――この瞬間、パイロットは、一度死んだ。
 勝利の余韻に浸る暇は、サブロウタにはまだ無かった。左腕を赤く染めたクーゲルが後ろにピッタリと付き、手負いの獣さながらに追い縋ってきているのだ。
 この体制はクーゲルに明らかな利がある。大型の重力波推進ユニットを備えたクーゲルは、エステバリスに対して最高速度で勝るのだ。
 機体のすぐ脇をコブラ・ライフルの銃弾が恐ろしい風切り音を立てて流れ去っていく。何とか躱してはいるものの、このまま距離を詰められればいずれは当たる。くぅ、とサブロウタの呻きが聞こえた。
『まだまだ!』
 叫び、何を思ったかサブロウタは眼下の市街地へ向け機体を急降下させた。クーゲルがその後を追い、二機の機動兵器は鉄とコンクリートのジャングルへと猛スピードで突っ込んだ。
『こ、こっちへ来ますよっ!』
『退避しろ、退避――――!』
 進路上にいた陸戦隊が蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
 そんな事はお構い無しにサブロウタは地面すれすれで機体を引き起こし、足を地面に擦りつけて強引にブレーキをかける。そこで手近なビルを掴み、さらに脚部ダッシュローラーを起動する。
『うおりゃああああああああああああっ!』
 どんな無茶苦茶な命令にも機体は忠実に従う。スーパーエステのマニピュレーターがビルの壁面を激しく抉り、ダッシュローラーが悲鳴を上げ、ほぼ直角に近い角度でスーパーエステはビルの陰に回りこんだ。
 後を追うクーゲルは、とんでもない機動でスーパーエステが死角へ入り込んだのを見て面食らったかもしれない。だがそれも一瞬だ。
 ルリが配置図のウィンドウを見る限り、クーゲルはスピードを緩めることなく突進し、スーパーエステの消えた角へとコブラ・ライフルの狙いを定めているように見えた。たとえサブロウタが待ち伏せていようと、相討ちには持ち込める――――そう思ったのかもしれない。
 それが甘かった。
 クーゲルがサブロウタの消えた角へ差し掛かったとき、そこにスーパーエステの姿は無く――――
『もらったあっ!』
 クーゲルの後ろから、それは現れた。
 サブロウタはビルの陰へ回り込んだあと、そのままビルを軸にして一回転し、逆にクーゲルの背後を取ったのだ。
 降り注ぐペイント弾。クーゲルはなすすべなく全身を赤く染め上げられる。実戦ならパイロットは肉片も残さず赤い霧になり、クーゲルはジェネレーターが爆発を起こして四散しただろう。
『オムツが取れてから、出直してきな!』
 撃墜判定を受け、すごすごと退散するクーゲルの背中に、サブロウタは勝ち誇った笑みを投げかけた。
 ルリはスーパーエステに回線を繋ぐ。
「さすがですね、タカスギ少佐」
 いきなりルリのウィンドウが現れ、おわ、とサブロウタは驚いた。
『見てたんすか?』
「ええ、いつもながらいい腕ですね」
『いやいや、あの二人もなかなかやるっすよ。ヒヨッコなら最初の一撃で終わりっすから』
 サブロウタは遠慮がちに言った。と言っても自分はもっと強いと暗に言っている辺り、自負心が滲み出てはいたが。
『で、下の連中は上手くやってますか?』
「ええ。皆さんよく戦っています。全体的にはほぼ互角、といったところですが……」
 ルリが配置図に目を移した、その時だった。
『うわーっ!』
『な、なんだこいつらは!』
 突然凄まじい銃声と悲鳴が飛び込んできた。配置図上で赤い光点の群が青い光点の群に襲い掛かり、数分のうちに青い光点が半分にまで数を減らした。
「第十八分隊、四名死亡! 何やってるの!」
 分隊のオペレーターがヒステリックな声を上げた。
「結構、頑張ってる人たちもいるようです」
『こりゃ負けてらんねえや……行って来ます!』
 サブロウタは敬礼を一つして、通信を切った。
 ルリは配置図に表示された、赤い光点の一群をじっと見詰めた。6・7人ほどの分隊だろう。
 ――まあ、強い人は多いほうがいいですけどね。
 私の目的を果たすためには……ルリはそう、小さく呟いた。



「奇襲成功。我ながらお見事ですわ。うふふ……」
 幼さの残る顔に毒のある笑みを浮かべ、影守美雪かげもりみゆきは勝ち誇る。死亡判定を受け、ほうほうの体で退散する敵部隊を見る目は蟻を見ているかのようだ。
「さいさき良いわよ。こりゃいけるかも」
「うっし次々! この調子でやっちまおうぜ!」
 勝利に逸り立つ田村菜々美たむらななみ山口烈火やまぐちれっか。それを諫めるのは立崎楯身たてざきたてみだ。
「あまり調子に乗るな、油断は大過を招くぞ」
「……前方二百メートル地点に敵部隊。近付いてきます」
 新たな敵の存在を感知し、神目美佳しんめみかは静かに言葉を発する。
「和也さん。次の命令を」
 真矢妃都美まやひとみは、眼帯に隠れていない右目で彼らを束ねる少年を見た。
 彼らの『隊長』――――黒道和也こくどうかずやという名を持つ少年は、手の中にある銃の感触を確かめるように、それを構え直す。
 つい一ヶ月前まで、普通の学生として生きていたはずなのに――――こうして戦場に在るのは、果たして何の因果か。
 それは兵器としての生を運命付けられた僕らの宿命か。テロを撲滅する事が正義を執行するための汚れ役たる僕らの使命なら……それもまた宿命か。
 和也は、仲間たちに向けて高らかに声を上げる。
「よし、次だ! 『草薙の剣』の軍での初陣、勝利で飾るよ!」
 おお、と皆が歓声を上げた。
『草薙の剣』は動き出す。戦いを求めて。







あとがき

「小説を書くことを料理に例えるなら……
 材料を集める事がネタを集める事、下ごしらえがプロットを作る事、そして調理が執筆だ」
                Ben著 『小説と料理の関係』より抜粋――――(注・ウソです)

 と、関係がギクシャクするナデシコトリオの心境と、対テロ総合演習の開始でした。

 また余計なのが出てきましたねえ……いや、だってナデシコには陸軍の人間って居ませんし、そもそも宇宙軍に陸戦隊があるのかどうかさえ……ねえ?(滝汗)

 で、今回投稿に二ヶ月近くかかってしまいました。
 これまでは一ヶ月に一度のペースで投稿するよう自分に締め切りを課していましたが、前回少し間を空けてしまった挙句、今回はとうとう一ヶ月も締め切りを延ばしてしまいました。
 次からは締め切りを守れるよう努力したいと思いますが……あまり急いで“生煮え”にしてしまうのもやばいですし、一ヶ月以内に書き上げた後、また一ヶ月ほど余裕を持ってじっくりコトコト煮込む、というほうが良いかなあ、と思っています。
 次回は演習での戦闘になります。これから『草薙の剣』のメンバー七人のキャラを立てるべく、死ぬ気で頑張りたいと思います。

 それでは、また来月あたりお会いしましょう。









圧縮教授のSS的



・・・おほん。

ようこそ我が研究室へ。

今回も活きのいいオクスタンライフルSSが入っての、今検分しておるところじゃ。


さて、今回は前編と言うことで、キナ臭い導火線が何本か散見されておるな。

次回で炸裂しそうなのもあれば、深く静かに進行しそうなのもある。

いずれにせよ、「炸裂するのは判っていてもどう転ぶか解らない」のは中々良いぞ。

この緊張感が続くことを祈る。


・・・で、じゃ。

その第一の舞台となるであろう今回の対テロ演習であるが、何故に初っ端から統合軍と宇宙軍が合同でやることになったのかのう?

何らかのパワーゲームがあった結果かも知れぬが、これだけ仲が悪い状態が継続していて一緒にやらせると言うのは何ともはや。

いっそお互い「勝手にやれ」で、現場で足引っ張りあいやらかした方が現実味があるような気がしないでもない。

如何にも官僚的ではあるが、世の中大体こんなものだと思うがの。

まあこれはあくまで一例であるが、そうでなくとも『状況を作り出した情勢』の説明は必要じゃ。

ましてやシード氏は「憎しみの連鎖」を描こうとしているのじゃろう? ならば憎む側のみならず、憎まれる側の事情も等しく描かねばならぬ。

そしてそれは個人としての当事者だけでは不足で、関係するものをも描かねばならぬのじゃ。

特にナデシコを題材とする場合、この憎しみは宗教戦争の如く根深く、かつ構造的じゃ。

その全てを解き明かすくらいの勢いでないと、物語そのものが泥沼化しかねぬ。気をつけなされ。



さて。儂はそろそろ次の研究に取り掛からねばならん。この辺で失礼するよ。

儂の話が聞きたくなったら、いつでもおいで。儂はいつでも、ここにおる。

それじゃあ、ごきげんよう。