「ライオンズシックル隊、並びに同隊の拾った統合軍の死にぞこない七名の収容、完了しました。陸戦隊の数名は負傷しているとのことです」
「救護班は格納庫へ。本艦はこれよりヨコスカ基地に帰還します。引き続き対空・対水上警戒を厳にしてください。帰るまでは気を抜けませんので、よろしく」

 ホシノ・ルリ中佐はふう、と肩の力を抜いた。
 島で暴れ回っていた虫型兵器を掃討し、下にいた統合軍の陸戦隊員――危うく殺すところだったが――を収容した後、ナデシコBは直ちに島を離れ帰途に就いた。収容した怪我人の中には一刻を争う重篤者もおり、全速力でヨコスカ基地へ向かわねばならない。
 とはいえまだ敵が諦めたとは限らないので、ルリはいつでも戦えるよう機動兵器のパイロットを待機させ、彼女自身もヨコスカへ帰り着くまではブリッジを離れない事にしている。
「あー……どうやら無事に帰れそうですねえ」
 はあー、と深い息をついてマキビ・ハリ中尉はシートにもたれかかった。心底疲れた。体中がそう言っている。
 帰るまで気を抜かないでと言ったでしょ――――そう言おうとして、やめた。
「ハーリー君、疲れてる?」
 口から出たルリの言葉は、島でのルリの行動について遠回しに聞くものだ。それを聞いてハーリーは、う、と少しの間逡巡した後、
「……はい」
 明確に、非難の言葉を口にした。
「…………」
 ルリは押し黙る。
 確かに、あれは危険な綱渡りだった。一つ間違えばルリも、そしてハーリーも、今頃仲よく魚のエサになっていたかもしれない。怖くて震えるハーリーを半ば無理矢理つき合わせるのは気が引けたし、サブロウタや他の人たちにも心配をかけた。
 それについては理解しているつもりだ。だからルリは暗に非難の目を向けてくるハーリーを叱責したりはしなかった。
 十分に、反省はしている。
 しかし他に方法が無かったのも、また事実だ。あのまま手をこまねいて助けを待っていたら、犠牲はもっと多くなっていたに違いない。ルリやハーリーの命だって、それこそあったかどうか。
 将の視点からすれば、あれこそが安全でより多くが助かる選択だったと思う。
 それでも……兵からすればただの『無茶』に見えるのは、仕方のない事なのだろうか。
「……ふう」
 ついため息を漏らした時、艦内通信の着信音が鳴った。
「はい。こちらブリッジ。……はい。はい。解りました。艦長に回します。艦長。スバル中尉からです」
 応対したハーリーは二言三言返事をしたあと、素っ気ない態度でルリに通信を回してきた。怒ってるなあ、と思ったルリの目の前にスバル・リョーコ中尉のウィンドウが現れる。
『ルリ……あっと。ホシノ・ルリ中佐。統合軍、ライオンズシックル機動小隊隊長、スバル・リョーコ中尉です』
 リョーコが敬礼してきたので、ルリも答礼を返す。形式的な挨拶だ。それを済ますや、リョーコは十年来の友人に会ったように崩顔した。
『いや、久しぶりだな。南雲の時以来だから、半年ぶりくらいか?』
「八か月と12日ぶりです。島では御苦労でした、リョーコさん。助けた陸戦隊の人は元気ですか?」
 労うついでに、例の七人組の事を訊いた。
 何人か怪我人はいるが全員無事とは、もう聞いている。いつもならそうですかで終わるところだが……
『ああ。ガキどもなら今は医務室で診てもらってるけど元気だ。終わったらそっちに怒鳴り込んで行くんじゃねえかな』
 ハハハ、とリョーコは笑う。
「その人たち、生き埋めになっていたと聞きましたが……どうしてあそこに彼らがいると解ったんです? ナデシコBのセンサーにも引っかからなかったのに」
『……ああ、それは……』
「それは?」
『それは……』
 リョーコは言う。

『……勘、だ』

「勘?」
『パイロットの直感。下に敵が集まってる。サブは誰もいないと言っていたけど、俺にはピーンときたんだ。ああ、下で誰かが戦っているってな。それでルリがミサイルぶち込むって聞いた時、俺たちはすわ一大事と飛び出して――――』
 嘘だろう、とルリは内心で断言した。直感が働いたのは本当だろうが、サブロウタの言葉を信じないリョーコではあるまい。
 嘘をぺらぺらと口にするあたり、前もって答えを用意していたに違いない。それだけで裏の事情を察するには十分だ。
『……あ、ああ。そうだ。これを言いに来たんだった。ルリ、一つ頼みが……』
 見破られたと察したか、リョーコは話題を逸らす。
 あまり追求しないでおいてあげよう。そう決めたルリは何でしょうと応じた。リョーコが島で何をしていようがそれは統合軍の問題。ルリには関係ない。

『風呂、貸してくんねえかな』



 機動戦艦ナデシコ――贖罪の刻――
 第八話 敵の居ぬ間に整頓を



「ひゃっほ――――――う!」
 体を洗うのもそこそこに、派手に浴槽へとダイブ。ざぶーん! と盛大な音を立てて吹き上がる水飛沫、というかお湯飛沫。周囲からきゃあ、と悩ましい声が聞こえた。
 機動戦艦ナデシコBの、いや、ナデシコ級戦艦特有の施設にして最大の名物、ナデシコ大浴場。
 イメージは日本の銭湯らしく床は水色のタイル調。備え付けの洗面器はプラスチックのそれではなく、なんと木の桶。浴槽の傍の壁は液晶パネルになっていて、時間ごとに赤富士、スイスの風景、自由の女神と無節操に模様を変えて見る者を飽きさせない。おまけに脱衣所には風呂上がりの牛乳が白、コーヒー、フルーツと全種完備で、サウナまで付いている設備の充実ぶりは、ここが戦艦の中という事を忘れさせてしまうほどだ。
 いつもはナデシコBの女性クルーで賑わうここは、今日に限り統合軍・宇宙軍の女性兵が熱いお湯の感覚を楽しんでいた。さすがに陸戦隊に所属する女性は少ないので、殆どはオペレーターなどが大半を占める。
 その花園の中に、『草薙の剣』の女性メンバー四人の姿もあった。
「はぁー……、生き返るわあ」
 広い大浴場に響く、リラックスした田村奈々美の声。んー、とこれまた広い浴槽の中で伸びをするその姿は、当然ながら何も身に着けていない。
「はしたないですわよ、奈々美さん。あなたも一応はレディーなのでしょ」
 ちゃぷん、と上品な仕草を装って、影守美雪も湯につかる。
「一応ってのが気になるわね……まあ無礼講よ無礼講。広い風呂は気分を開放的にさせるって事で」
「本当ですね。辛い運動の後は格別だと思います」
 真矢妃都美は上機嫌でバシャバシャと顔を洗う。島で汗と埃、ついでにススに塗れた体を熱い風呂で洗い流して、心身ともにリフレッシュ、といった感じだ。
「……さすが、噂に聞くナデシコ級機動戦艦です。客船並みの豪華な設備という噂は、本当だったのですね……」
 ふう、と浴槽の淵に体を預けて神目美佳。小柄な体には限界まで蓄積された疲労感が滲み出ていたが、それも汗と共に流れ出しているよう。
「ナデシコのクルーって、いい待遇してるわねー」
「ええ。こんな快適な環境で仕事ができるなら、それだけでナデシコ級の戦艦に乗る価値があります」
「……ナデシコへの乗艦を希望する新兵が連日後を絶たないのも、頷けます……」
 三人は口々にナデシコ級戦艦の恵まれた環境を絶賛する。ここに来る前に艦内の一部を見て回ったが、リラクゼーションルームにスポーツジム。そしてなぜか古風な卓球台のあるゲームセンター。どれも彼らの知る戦艦には無かった物だ。
「戦艦としてはスペースの無駄遣いかもしれませんけどね。ここだけでミサイルが何発詰めますかしら」
 酷評を述べる美雪。まあ豪華というのは言い方を変えれば贅沢が過ぎるという事だし、それも一理はある。
「よう、楽しんでくれてるかガキども?」
 と、聞こえたドラ声に全員が振り向く。
 今日に入ってから何度か通信で話してはいるが、こうして直接会うのは久しぶりな彼女がそこにいた。それも裸で肩にタオルを掛けただけのスタイルで仁王立ちという、なんとも勇ましい恰好で、だ。
「……リョーコ……なんであんたがここにいるのよ? パイロットは待機を命じられてなかった?」
「今は野郎どもに任せてる。サブもいるし、平気だろ」
 ま、後であいつらも風呂に入れてやらにゃな。でないと上官横暴だって言われちまうよ――――そう言ってリョーコはハハハと笑い、ザブンと豪快に湯に浸かった。
「あー、いい湯だねえ……やっぱりナデシコはいいぜ。一度この艦に乗ったら、他の戦艦なんてみんな貧相に見えちまう。そう思わねえか?」
 リョーコは何げなく言ったつもりなのだろう。
 だがその途端、全員の顔が曇った。
「そうね……あたしたちの昔乗ってた戦艦は、でかいくせに設備はロクなもんじゃなかったわ。というより、矯正施設以下よあれは……」
「というかあれは、わざと劣悪な環境に仕立てたのでしょうね。冷水しか出ないシャワーなんて普通考えられません」
「……ベッドは二人で一つ。男の人は三人で一つだったと記憶しています……」
「日に一度の食事はいつも軍用携帯糧食でしたし。まあそういう過酷な環境に置いて心身ともに追い詰める事も、訓練の一環だったのでしょうね」
 ああ、嫌な思い出が蘇った。『草薙の剣』女性メンバーは揃ってそんな顔をする。それを見て、さすがのリョーコも少し慌てた。
「な、なんか、思い出したくない事を思い出させちまったか? ……すまねえな」
「別にいいわよ。おかげであたしは強くなれたし、こうして戦えるんだもの」
 人工筋肉で強化された腕を振り上げ、奈々美は言う。
 自分は強いと、どんな敵にも負けはしないと思える事が彼女にとっては何より嬉しい。だからその強さを得るための過程を嘆いたりなどしない。……するものか。
「ところでスバル中尉、あなたはこの船に乗ったことがあるみたいな口ぶりですわね。統合軍の人ですのに」
 と、美雪が訊いた。
「ああ、言ってなかったな。俺は統合軍だが、同時に独立ナデシコ部隊のメンバーだ。戦争中からナデシコに乗ってる。ルリ……艦長ともタメ口で話せるぜ?」
「え……! ちょっと、それ言っていいんですか……!」
 妃都美が慌てた声を出し、あたふたと首を巡らせる。
 慌てるのも当然だ。独立ナデシコ部隊のメンバーは戦争中からの歴戦の勇士揃い。それだけに恨みを持つ人間も多く、彼らが予備役として普段民間人として暮らす上ではテロや暗殺の標的になる事を避けるため、ホシノ・ルリ中佐などの中核メンバーを除いてはその素性も名も一切が極秘扱い。軍の名簿からも一切の記載が抹消されている隠匿ぶりだ。
 なのに、こうもあっさり独立ナデシコ部隊メンバーである事を明かすリョーコはいったい何なのか。軍の中にも火星の後継者の門者の類はいるというし、奴らの耳に入れば殺されても文句は言えないだろうに。
「ハハハ。別にお前らに知られたってどうってことねえだろ。それともお前らが火星の後継者だとでも?」
「いえ、決してそのような……」
「なら問題ねえじゃねえか。お前らだって改造人間だって事を俺に教えてくれたし、お互い様だよ」
「いや、あれは教えたというより……」
 烈火が勝手に余計な事をべらべらと喋りやがったというか……
「私たちはスバル中尉に信頼されているのかしら? 光栄ですこと」
「…………」
 コロコロと笑う美雪と、なぜかそれを難しい目で見る妃都美。
「ま、そういうこった。ウェルカム、トゥ、ナデシコB」
「発音がなってないわよ。それと船にようこそって意味ならウェルカム、トゥじゃなくてウェルカム、アボードでしょ」
 リョーコの拙い英語に奈々美がつっこむ。彼らとて幼少時から特殊部隊の訓練を受けてきた身。地球への潜入、諜報活動などのために全員が数ヶ国語を習得している。英語などお手の物だ。
「……別に似たようなもんだろ。あんまり細かい事気にしすぎると、胸がでかくならないぜ?」
「胸なんて関係あるかあああああああああっ!」
 大怪獣の鳴き声もかくやという大音響で奈々美が吠える。それまでキャッキャッと楽しげな声が響いていた大浴場が、シーンと静まり返った。
「おやおや、冗談で言ったつもりがそんなに怒るとは思わなかったぜ。……ひょっとして気にしてるのかな?」
 激昂して立ち上がった奈々美の裸身を見て、ニヤニヤ顔でリョーコは言う。
「きっ……気にしてなんかないっ! あたしみたいな戦う女にとっちゃ胸なんてただのぜい肉よ! そっちこそ何よ男みたいな顔してるくせに余計な脂肪の塊二つもぶら下げて! ……はっ、パイロットは体力使わなくていいわね。だから余計な肉が付くのよ」
「あ・ん・だ・と?」
 ざばあ、とリョーコも立ち上がる。笑みを張りつかせた顔にはプチプチと青筋が浮かび、奈々美もまたリョーコの逆鱗に触れた事を示していた。
「体力を使わなくていいとは聞き捨てならねえな。俺たちはいつも体力の限界まで訓練してんだぜ? ……いや、お前らほどじゃねえか。訓練のしすぎで胸の肉まで筋肉になったてねえかお前ら?」
 言い放ち、リョーコは一歩前へ。
「は、そりゃ結構。こんな余計なぜい肉より筋肉の方がよっぽど有意義だわ。そっちこそボディビルでもやって筋肉つけたら? きっとあんたにお似合いよ」
 引き下がってたまるか、とばかりに奈々美も前へ踏み出す。
「ジャイアントな御世話だ筋肉娘」
「人の善意を蹴るの男女?」
 ついに両者が接触。ぐいぐいと胸で押し合う形になる。
 飛び交う毒舌、絡み合う視線。火花を散らす女の戦いがいつ果てるともなく展開される中、

「二人ともやめてください。恥ずかしい」

 と、妃都美の冷静な声が戦いを中断させた。
「大人げないですよ二人とも。そもそも胸が大きかろうが小さかろうが機能に違いは無いでしょうに、それを張り合って何の意味があるんです? くだらないですよ」
「…………」
「…………」
 一瞬、沈黙が下りる。
 沈黙の後、奈々美がぽつりと口を開く。
「……なんつーか、正論かもしんないけど妃都美が言うと、なんか嫌味に聞こえるわ」
「まったくだ」
 一転して、意見が合う二人。そして半眼になって妃都美を見る。上から下へ、体の隅々まで。
「……な、何をジロジロ見てるんですかっ」
 二人の視線に晒され、妃都美は腕で裸身を隠す。
 悔しいが、女の奈々美から見ても妃都美は非の打ち所のない美人だ。神の創りし芸術と言っても過言ではないだろう美貌に、人間の手では創作不可能なほど整った造形の身体。肌はこの世に二つとない宝石のような輝きで、滑らかな黒髪は世界のどの繊維よりも高級なそれで構成されているに違いない。その艶やかな口でくだらないと言わしめた胸も、高さ、大きさ、形と全ての要素が完璧に調和した砲弾型のそれは富士山のように壮麗で扇情的だ。
「……なんか腹立ってきちゃった」
「ああ。一時休戦だ。今は目の前の敵を……」
 両腕を突き出し、奈々美とリョーコはじりじりと妃都美に迫る。妃都美は後退するも、すぐ壁際に追いつめられる。
「奈々美、後ろに回れ! 羽交い絞めにしろ!」
「了解! 妃都美、覚悟なさい!」
「あ、あの、何するんですか? ちょっと、ひゃあ!?」
 奈々美が自慢の椀力で妃都美を拘束し、無防備になった正面からリョーコが攻撃を開始。これに抗する手は妃都美には無く、あえなく妃都美の牙城は陥落した。
 と、その様子を傍から見ていた美雪と美佳は、ふと自分の胸に手を当てていた。美雪のそれは大きさは自慢できないまでも形が良く、美佳は悲しいかなその小柄な体格に見合った控えめなものだ。
「私も……妃都美さんのように美しくなれば、優しくしてくれるのかしら」
「…………」
 ふっ、と自嘲的に笑う美雪と、無表情ながらどこか悔しそうな美佳。
「あはははは、いい体してんじゃないの妃都美! 羨ましいわねこのっ、この!」
「うへへへへ、良いではないか良いではないかー!」
「ちょっ、そんな! 二人ともやめてくださっ、ああん……っ!」
 姦しい騒ぎは、まだ終わりそうにない。



 女性メンバーが入浴を楽しんでいる頃、男性メンバーはナデシコBの展望室に足を運んでいた。
 島での戦闘で怪我を負っていた彼ら三人は、ナデシコBに収容されてすぐ医務室に担ぎ込まれた。大事に至るほどでもなかったので、和也はナノマシンスプレーで足の銃創を塞ぎ、烈火と楯身も折れた骨を治すナノマシンを注射して湿布を貼り、それで終わり。明日には元通りに直るはずだ。
 ただ傷が開くといけないので、入浴は控えるようにと女性の軍医に言われ、仕方なく女性メンバー――奈々美の怪我は大したこと無いと許可された――を送り出した後、風呂に入れない代わりに濡れタオルで体を拭いて、戦闘服から統合軍の制服に着替えて……後はする事が無い。
 じっとしていても退屈だし、なによりナデシコBに乗れて興奮気味な烈火の要望もあって艦内を歩き回る事になった。当然、統合軍の所属である彼らは艦内での移動を制限される。烈火は心底残念そうだった。
 許される範囲で艦内を見て回った後、食堂で振舞われていた無料のカキ氷を貰って、今は展望室で小休止。展望室といっても一面に人工芝生が敷き詰められ、植木やベンチも設置してあったりとむしろ小さな公園に近い。強いて言えば頭上の空が本物でなく艦外部のカメラが写した映像なのが難点だが、それはまあ仕方がない。
「ああ、生き返った……食べ物を口にして、ようやく生き残れたって実感できたよ」
「島にいた部隊の最終的な犠牲は、およそ五分の一になるそうでありますな。我々は運がいい……」
 シャリシャリと氷を噛み砕きながら、黒道和也と楯崎楯身はそう言い交わす。
 足を撃たれた和也は松葉杖、全身を撃たれて数か所に骨折と打撲傷を負った楯身は車椅子だ。それは彼らが戦死を免れたのが、本当に紙一重のきわどいところであった事を物語る。
 あの時一つ間違えば死んでいた。思い出すと身震いする二人だが、そんな事はすでに頭の中から削除している奴が一名いた。
「んー、甘い。でもうんめえな、これ」
 山口烈火はカキ氷に舌鼓を打つ。彼もまた右腕と肋骨を五本も折られ、それらをギプスと三角筋でそれぞれ固定しているのに、頑丈なのか鈍感なのか、それを全く意に介していない。
「烈火。糖分の過剰摂取は体に良くないよ」
「あまり激甘な物を食べ過ぎるのは感心せぬな」
 和也と楯身は揃って言う。
 楯身の食べているそれはオーソドックスなイチゴシロップ。和也に至っては食堂の人も驚いたシロップ無しだ。それに対し烈火の食べているカキ氷はイチゴにバナナにマンゴーその他のフルーツがトッピングされ、その上から生クリームとチョコクリームとキャラメルソースがたっぷりとかけられた、見るからに甘いカキ氷だ。
「んー、食べ物は抑えようって思ってるんだが、この手のもんはついつい欲張っちまうんだよな。まあこんな時ぐらいいいじゃねえか」
 わはは、と笑ってかわされる。
 馬に念仏だな。和也は味の無いただの氷を無造作に口へ運び、噛み砕いた時のキーンとした側頭部の鈍痛に顔を顰めて――――

 瞬間、ひやっ――――と冷たい感触を、首筋に感じた。

「な……」
 思わず声を上げかけ、それを慌てて飲み込む。  鈍い和也でもそれと解るほどの殺気。背中に感じる指の感触。服越しに感じるそれは和也の背中に文字を描き、その意思を伝えてくる。
『動くな、声も出すな』
 回りくどいやり方で意思を伝えてくるのは声を出さないためか。現に楯身も烈火もすぐ近くにいるのに、談笑に夢中で和也の異常に気が付いていない。
「…………」
 口の中で、唾が粘つく。
 何とか抵抗できないかと、そっと腕を動かす。だがあっさりと見破られ、首筋に突き付けられた刃が強く押し付けられる。
 ……まずい。こいつは結構な熟練者だ。声を上げたり、抵抗したりすれば即、殺される――――
 がり、と歯を噛み締める。こいつが島に潜り込んでいた敵なのか。なぜ和也を狙うのか知らないが、どのみちこのままでは殺される。なんとか隙を見つけて――――
 が、緊張する和也をよそに、背後の人物は思いのほかあっさりと刃を引いた。
「……ふん。なるほど」
 何がなるほどなのか、納得したように背後の誰かは言い、途端に殺気が霧散する。勿論それで安心する真似はせず、和也は前へ飛びのき、身構えて誰何する。
「――っ! 何者だ!」
「おいおい。所属が違うとはいえ初対面の年上、それも上官に向かっての第一声がそれか? 最近のヒヨッコは礼儀がなってねえな」
 軽薄な態度でその男は言う。金髪に赤のメッシュを入れた派手な髪型。顔つきはよく見ると東洋系だ。来ている服は……エステバリス用のパイロットスーツ? 階級章が無いので階級は不明。……知らない男だ。すでに何人かと戦ったのか、顔は打撲傷や痣だらけだ。
「……人にいきなりナイフ突きつけて何が礼儀だよ。僕たちだって特殊部隊員のはしくれ。そう簡単に……」
「ナイフ?」
 くっははは、と笑いをかみ殺す男。何がおかしい、と和也が思ったその瞬間、
「これの事か?」
 そう言って男が見せたのは――――何の変哲も無い、和也たちが持っているのと同じ金属製のスプーン。それと対になるカキ氷――マニアックなブルーハワイだ――も、しっかりと男の左手に収まっている。
 やられた……! まんまとブラフに引っ掛かった。羞恥に顔が紅潮する。
「戦闘力はともかく、経験はあまりないみたいだな。反応が鈍すぎだ」
「なんだと、この……!」
 愚直にも掴みかかりそうになったその時、「隊長」とそれまで事情が解らないまま黙って見ていた楯身に、肩を掴まれ止められた。
「何があったか存じませぬが……彼に挑むのはやめておいた方がよろしいかと」
「そうそう。この人には敵わないと思うぜ」
 そう、烈火。
「そんなのやってみないと、って二人とも。この男の事を知って……?」
 よく見てごらんなされ、と楯身に言われ、和也は男の顔を凝視する。こんな軍人のくせに髪を染めただらしのない男など、記憶には無いはずだが……そこまで考えて、はっと電気が走ったように記憶が蘇った。

「ああ……! いつぞやのナンパ男だ!」

 記憶に喚起され和也が上げた大声に、楯身と烈火とナンパ男は、「はい?」と異口同音に言い、首を傾げた。



 それは三年前、和也が中学生だった頃だ。

 その日、同級生の露草澪と二人でオオイソシティの商店街へ遊びに行き、和也がクレープを買って戻ってくると、なにやら澪が怪しげな男に言い寄られていたのだ。
『ちょっと! 僕の彼女に何してる!』
『おっと、連れがいたのか……可愛い子だったのに残念だぜ』
 僕の彼女、という方便が効いたのか、ナンパ男はすごすごと退散した。ただそれだけの事なのだが、ただのナンパ男にしては動きに隙が無いように見え、それが記憶の片隅に残っていたらしい。
 ちなみにその後、澪が妙に上機嫌だったのは予断である。



「まさか、あの時のナンパ男が、かの高名なタカスギ少佐だったなんて……」
 信じられない、木連軍人の気概はどこに行ったんだと、楯身と烈火からナンパ男――――タカスギ・サブロウタ少佐の素性を聞いた和也は顔面を手で押さえる。
 旧木連軍優人部隊のエースパイロットにして、今の木連国家首席、秋山源八郎の副官だった男。名前も顔も知っていたが、和也はタカスギ・サブロウタという人物を正義感に溢れ、木連軍人らしいまっすぐな気性の持ち主でついでに頭は角刈り、そう記憶している。今の彼とはあまりにイメージが違い過ぎて、同一人物だと認識できなかったのだ。
 いや、髪を伸ばして染めた今の変わり果てた姿も軍事系の雑誌などで見た事はある。しかしこうして本物を目の前にすると、かつての彼を知る身としては同一人物とは思えない、いや、思いたくない。
「あの時の学生かあ……俺のナンパ初チャレンジをぶち壊されたと覚えてるぜ」
 サブロウタも和也の事は覚えていたらしく、ブルーハワイで真っ青になった口を開けてハハハと笑った。
「……人間、変われば変わるもんだな。見る影もねえ……」
「隊長も烈火も、目上の方に対して失礼でありましょう。お初にお目にかかる、タカスギ少佐殿。自分たちは統合軍陸戦隊の対テロ特殊部隊候補であります。全員まだ軍属扱いとなっておりますので、階級はありません」
 正直な感想を漏らす烈火と和也を窘め、楯身はサブロウタに敬礼して挨拶する。
 和也と烈火も敬礼。確かに上官と顔を合わせていながら敬礼しないのは失礼だ。……その上官がどんな人間であれ。
「……で、エースとの誉れ高いタカスギ少佐が、僕たちのような新兵に何のご用で?」
「ああ、そうだった。一つ二つ聞きたい事があるんだが、質問いいか?」
「何でしょう?」
 サブロウタは、質問というより確認の口調で問うてきた。
「お前らは……お前らは、生体兵器だな?」
 一度言いかけてから、周りに人がいないか確かめもう一度言い直した。
 和也たちは顔を見合わせる。別にタカスギ少佐なら生体兵器の事を知っていても不思議はないが、なぜ和也たちがそれと知っている?
「……何の事でしょう? 話が見えないですね」
 とぼけて反応を見る。
「なんだ。まだ警戒してるのか? まあしょうがねえか。お前らの仲間がパワードスーツを殴り倒したのも驚いたが、俺的には俺のエステバリスの目に向けて狙撃銃ぶっ放してきた時が一番面食らったかね」
「あの時の青いエステバリスはあんたか……!」
 行く先々で苦戦させられた苦い記憶が蘇り、目の前のサブロウタに殺意を覚える。
 ――ならば問答無用。この場で斬り捨ててくれる――――!
「……隊長」
 楯身に名を呼ばれてはっ、と和也は我に返った。……いかんいかん。怒りに我を忘れるところだった。
 無意識の内に左手が腰に伸びていた。愛用の軍刀は艦内への持ち込みを許可されなくて、今はナデシコBの兵装保管庫に預けてあるのが幸いした。帯刀していたら今頃抜刀して、大騒ぎになっていたかもしれない。
 こほん、とわざとらしく咳払いを一つ。
「……まあいいや。タカスギ少佐のご明察通り、僕たちは第四期生体兵器、特殊作戦軍第五小隊『草薙の剣』……でした。今はただの新兵ですよ」
「生体兵器は戦争中に殆ど死んで、生き残りは地球で一般人として暮らしてたと聞いてる。それがどうして軍に来た?」
 ……嫌な事を聞いてくる。
「タカスギ少佐も今の火星の後継者……特に湯沢派ですか。奴らがもう理想も理念も無いテロ集団に成り下がっているのはご存知でしょう。ようやく移民政策も軌道に乗り始めたこの時期、火星の後継者の行いは木星人にとって不幸を呼びこそすれ、歓迎できるものではありませぬ。……木星人が地球で静かに生きていくためにも、戦わねばと思った次第であります」
 和也に代わり、楯身が答えた。オブラートになど包んでいない、本当の事だ。和也と烈火も合わせて頷く。
 しかしサブロウタは、「馬鹿か……?」と呆れたような、あるいは嘆いているような顔で言った。
「いいかお前ら? 火星の後継者が許せないのはよーく解る。でもな、これはテロだぞ殺し合いだぞ? 戦場になんぞ出たらお前らの誰か、あるいは全員……死ぬかもしれないんだぞ? せっかく一度拾った命を無駄にする気か?」
「そんな事は俺がさせねえ!」
 一歩前に踏み出て、力強く烈火が言った。
「俺たちには戦う力があるんだ。そんなテロリストの百人や二百人、俺が吹き飛ばしてやるぜ!」
「……は、カッコつけたい年頃なんだな」
 ま、死なない程度に頑張りな、と苦笑気味にサブロウタは言った。――その顔は、手のかかる弟たちを見る兄のようであり、何か懐かしい面影を和也たちに見ているようでもあった。
「――信じろ! 我々は断じてこのような暴力を行使する真似はしない。これは何かの間違い……」
「解った解った。話は後で聞くからとにかく歩け」
 突然聞こえてきた言い合う声に、その場の視線がそちらへと集まる。七人の男たちが、なにやら言い争いながらドアの前を横切っていくのが見えた。
 前を歩くのは手錠で後ろ手に拘束され、背中に銃を突き付けられた三人。一人は俯き加減に黙って歩いているが、後の二人は向けられた銃口に臆する様子も無く強気に無実を訴えている。肝の据わった奴らだと思った。烈火にも少し見習わせたい。
 そんな彼らの抗弁を一様にうんざりした顔で聞き流し、拳銃の威圧感に物を言わせて歩くよう命じるのは統合軍の制服を着た兵士が四人だ。明らかに捕虜を連行する兵士の図。捕虜の素性は彼らの身につけた制服を見れば一目で知れた。
「あれは火星の後継者? 捕まえたんですか?」
「ああ。今回の事件を仕組んだ、森口派の連中だ」
「……森口派ですと?」
 思いがけない言葉に、楯身が低い声を出す。険しい顔は驚いている証拠だ。
 驚いているのは和也も同じだ。爆弾でメガフロートの内部構造物を破壊し町を崩壊させ、挙句虫型兵器を乗っ取り兵士を大勢殺害した。そんな真似をするのは甲院派か湯沢派のどちらかだろうと、そう思っていたのだ。
 それが今の今まで非暴力路線を貫いてきた森口派? 正直納得できない。
「……タカスギ少佐。いったいどういう事でありますか。我々が地下に潜っている間、宇宙軍の側では一体何が?」
「俺も知りてぇですな。あれが森口派の仕業って言われてもいまいちピンとこねぇ」
「右に同じ。詳しく説明してくれませんか」
 三人に乞われ、むう、と唸るサブロウタ。
「俺も驚いたんだが……奴らのヘリから、いや、まずは俺が捜索に出た時から始めるか――――」
 そう言って、サブロウタは事の顛末を話し始めた。



 話は、数時間前に遡る。

「うらあああああああああっ!」
 敵接近を示すアラームが鳴り、サブロウタは自機であるスーパーエステバリスを左回りに急速旋回させた。後ろから飛びかかってきているのだろう虫型兵器に向け、殆ど勘だけを頼りに左の裏券を叩きこむ。
 ガツッ――――! と重い衝撃が機体全体に伝わる。手応えありだ。背後から飛びかかってきた虫型兵器は、ビルに叩きつけられ壊れただろう。
 戦果確認をする間は無い。まだまだ敵はいるのだ。こっちは碌な武器も無いってのに――――! 内心で歯噛みし、再び敵へと向き直る。
 部隊長のオールウェイズ中佐の命令により、生存者を捜すべく捜索隊を率い廃墟の町へと繰り出して――――探せども探せども見つかるのは無残な遺体ばかり。そろそろ捜索を切り上げないといけない頃になったその時、捜索隊は道路の真ん中で、鉄骨に時限爆弾と一緒にワイヤーで縛り付けられた、酷い状態の生存者を見つけたのだ。
 助けようにも爆弾はワイヤーを切ったら爆発する仕組み。爆弾解体出来る兵を呼ぼうとしても妨害電波で繋がらない。しかも少しだけ繋がった通信からは、何やら慌てたハーリーの声が聞こえたではないか。これは向こうでも何かあった。サブロウタがそう思った時、突如虫型兵器が群れで湧いて出た。
 こちらの戦力はサブロウタを含めた二機のエステバリス、それと事実上丸腰の歩兵が十人そこそこ。これでは戦うどころか生存者……いや、捜索隊はおろか自分の命も守れないかもしれない。そればかりかルリやハーリーも危ないかもしれない――――まさに四面楚歌、か。
『うっ、うぎゃぁぁぁぁぁぁああ――――――!』
 響く絶叫。捜索隊の兵士がジョロの足に腹を貫かれる。……駄目だ。また犠牲者が一人。
『少佐、これ以上ここに踏みとどまっていたら全員殺られます! 逃げましょう!』
 もう一機のエステバリスのパイロットの、半ば裏返った声が飛びこんできた。言われるまでも無い。全滅は時間の問題だ。
「逃げるしかないのか……だが……」
 サブロウタだけならいい。エステバリスの脚なら十分逃げ切れる。捜索隊の歩兵も崩壊の時と同じくエステバリスにしがみつかせればなんとかなる。問題は爆弾と一緒に拘束された三人の生存者だ。なんとか助ける方法は無いかと、下の歩兵に通信を繋ぐ。
「その鉄骨ごと引っこ抜いて、持っていけないのか?」
『無理です! ワイヤーは道路に打ち込まれたアンカーで固定されてます。多分これを抜いても爆発します!』
 くそ、とサブロウタは毒づき、八つ当たり気味にバッタを叩き潰す。嫌らしい野郎だ。これでは……こいつらを見捨てる以外助かる方法が無いじゃないか糞。
 まるでサブロウタたちを苦しめて楽しんでいるようだ。こんな嫌らしい奴の思い通りになんてなってたまるか。

 ――何より……死にかけてる奴らを見捨てて逃げたなんて言ったら、ホシノ中佐やハーリー、スバル中尉に、あの美人の子にも格好がつかねえ……!

 何か手はないか……! ワイヤーを切らないでもあいつらを動かす方法だ。くそ、地面が動けば万事解決……地面?
 瞬間、脳裏に天啓が閃いた気がした。そうか。ここはメガフロートなんだ……一か八かだが、試してみる価値はあるか。サブロウタは全員に通信を繋ぎ、生存者の傍で悪戦苦闘している歩兵に向かって言う。
「おいお前、生存者から離れろ! 今からそいつを移動させる!」
『はあ?』
 どうやって? と歩兵が見上げてくる。
 説明してる暇はない。答え代わりにスーパーエステの拳を思いっきり振り上げてやる。意を察した歩兵が大慌てでその場を離れるのを確認し、サブロウタは生存者の傍、道路に亀裂が走る個所を狙って、最大の力でアームパンチを叩きこんだ。
「うおおおおおおおああああああああああああっ!」
 スーパーエステの拳が道路を打った瞬間、道路に刻まれていた亀裂はクモの巣状にその密度を増した。次の瞬間道路はあっけなく砕け、生存者を上に乗せたまま内部へ落ちかかる一部をサブロウタは素早く拾い上げた。
「よっしゃあ! 全員逃げるぞ! 歩兵はエステバリスに捕まれ、振り落とされるなよ!」
 長居は無用だ。歩兵を乗せて逃げの態勢に入る。
 右腕の動きが悪い。無茶したせいでジョイントが壊れかかっているらしい。帰ったらまた整備班の奴らにどやされるなと少し暗澹たる気分になりつつも、ダッシュローラー全開でその場を離脱した。



 バッテリーを持たせるために僚機のそれを供出させ、大事なエステバリスを一機失いながらも、捜索隊は宇宙軍の司令部がある広場へと帰還を果たした。そこで隊員数名の犠牲と引き換えに救出した生存者三人を爆発物処理のできる者に任せると、サブロウタは気にかかっていた二人の安否を確認しに走った。
「ホシノ中佐! ハーリー!」
 スーパーエステから飛び出し、その足で仮設司令部へ駆け込む。
 しかしそこに二人の姿は無かった。最悪の事態の予想に、さっと頭から血の気が引いた。
「くそったれ、あいつはどこだ……!」
 焦燥に駆られ、サブロウタは部隊長のオールウェイズ中佐の姿を探した。ハーリーと通信した時、ノイズに混じって確かに奴の声も聞こえたのだ。ハーリーの慌てた様子からして、奴が二人に何かやらかしたに違いない――――最初に会った時からの不信感も相まって、サブロウタは完全にそう確信していた。
 奴の姿を見つけるのにはさして時間は要らなかった。広場の外れに何やら人が集まっていて、その中にレイの金髪を見つけた。奴は数人の兵士と一緒に誰かを囲んでいて、その誰かと話しているように見えた。
 何をやってる? 駆け寄りながら目を細める。レイがこちらに気づき、サブロウタの方を振り向く。影になっていた誰かが見えた。赤とベージュ色を基調にした制服。宇宙軍のそれではない。ましてや統合軍でもない。胴に大きく描かれたのはサブロウタには見慣れた『♂』のマーク。――――火星の後継者。

 ――瞬間、思考が沸騰した。

「オールウェイズ! てめえ――――!」
 やっぱり、こいつが敵の内通者だったのか! かっ、と頭に血が上り、何かを口走ろうとするレイの顔面目掛けて手加減なしのストレートを見舞っていた。
「がっ!?」
 浅い手ごたえ。さすがは本職か。咄嗟に後ろへ飛んでダメージを軽減された。
「ち、中佐!」
「何だ!? おい、誰かタカスギ少佐を止めろ!」
「うるさい、どけ!」
 掴みかかってくる兵士を振り切り、サブロウタはたたらを踏むレイへさらに踏み込み、胸倉を掴み上げた。
「てめえ! ホシノ中佐とハーリーをどこへやった!?」
「なんですかいきなり!」
「とぼけるな、さっきの通信でお前がハーリーをどうにかしたのを聞いたんだ! 最初から怪しい奴だと思っていたが、やっぱりお前が火星の――――」
 そこでサブロウタは言葉を切り、地面を蹴って後ろへ飛んだ。次の瞬間、どすっ、と腹に重い衝撃を感じた。見るまでもない。レイの膝蹴りが入ったのだ。さらに二・三度後ろへ飛び、間合いを測る。
「くっ、正体見せたなお前……!」
「何を言っているのか理解しかねますが、ホシノ中佐とマキビ中尉でしたらもうここにはいません。彼女たちは今頃――――」
「『もうこの世にいません』とでも言うつもりかてめえ!」
 問答無用で殴りかかる。小細工無し、手加減無しの右ストレートを再度叩きこむ。しかしレイも二度も同じ攻撃は食らわないと、スウェーバックで難なく避ける。  だがそんなものは予想済みだ。レイが避けるのに合わせて腰を落とし、足払いを一閃。「むっ!」と声を漏らしたレイの足にサブロウタの足が引っ掛かり、バランスを崩した所へ左のフックを叩き込む――――!
「甘い……!」
 レイがそう言った瞬間、サブロウタは彼が消えたと思った。途端に今度はサブロウタが足を払われ、前のめりに倒れそうになる。レイはバランスを崩したことを逆に利用して体を沈み込ませ、そのまま足を払ったのだ。そのまま巴投げの要領で投げ飛ばされる。
「チッ!」
 なんとか背中を下にして受け身を取り、素早く起き上がって体勢を立て直す。
 一撃で仕留められなかったのは痛い。レイ一人でも十分強いが、何しろここにいるのはサブロウタ以外の全員がレイの部下だ。他にも何人か――――あるいは部隊全員が、こいつの仲間かもしれないのだ。
 スーパーエステはもうバッテリー切れ寸前だし、他のエステバリスは全てパイロットが搭乗している。なら、と判断したサブロウタは素早く行動する。狙うのはレイではない。投げ飛ばされた所のすぐ近くにいた火星の後継者の兵だ。
「あっ!?」
 と言う間にサブロウタは火星の後継者兵の背後に回り込み、首に腕を巻きつけた。そうしてレイを含む宇宙軍の制服を着た連中に向かい、「全員動くな!」と叫んで威嚇する。
「仲間の命が惜しけりゃ動くな! 少しでも妙な真似をしたら、こいつの首をへし折る!」
 ひいい、と火星の後継者の兵は怯えた声を漏らす。何やら水音と共にぷん、と生暖かい臭いがしたのは失禁したからか。
 こいつなら抵抗されて逃げられる心配はないな、とサブロウタは思ったが、レイは至極平静な声音で口を開く。
「……で、それがどうかしたのですか?」
 なぜそんな事をしているのだと言わんばかりの口調。――まずい、まさかこの野郎、人質の命なんてなんとも思ってないんじゃないだろうな……
「どうかって……こいつはお前らの仲間だろ? 死んだら困るんじゃねえのか」
「いや、確かに困りますがね」
 どうもタカスギ少佐は何か誤解をしているようだ、とレイは言う。
「その男と仲間は火星の後継者・森口派の捕虜です。あなたが探しているホシノ中佐とマキビ中尉は、その連中が乗ってきたヘリを使って島を出ました」
「……なんだと?」
 見れば確かに火星の後継者の兵――いや、森口派は戦闘集団ではないから、構成員でいいのか――は後ろ手に手錠で拘束されていた。……なんて馬鹿だ。頭に血が昇ってこんな事に気が付かないなんて……呆然とその男を放してやる。
「い、一体何がどういう……」
「ホシノ中佐が決めて、実行した事ですよ」



 レイ曰く、あの上空をうるさく飛び回っていた森口派のヘリを捕まえて、島を脱出し助けを呼ぶ。それがルリの発案だったそうだ。
 空戦フレームのエステバリスを飛ばして、ヘリを着陸させるのは簡単だった。燃料もヨコスカまでは何とか間に合う事を確認し、ルリはハーリーを連れて自らへリに乗り込み、自分でヘリを操縦して本土へ飛んで行った。……そうレイから聞かされたサブロウタは、再びレイに詰め寄った。
「なんでそんな危険な真似を許した!? 島の周りには――――」
「我々を逃がさないために虫型兵器、それも実弾を装備した奴らが十中八九いる。ホシノ中佐もそう言っておられました。マキビ中尉は怖くて震えていましたよ」
 サブロウタの言わんとする事を先読みして、レイは言った。
「……ふざけるな、そこまで解っていながら何だって行かせた! 何で止めなかったんだ!」
「もちろん最初は止めました。ですがホシノ中佐はこうもおっしゃられました。……『このヘリが島の上空と母船を行き来しているなら、虫型兵器はこのヘリに手を出さないようプログラムされているはず。だから安心です』と」
 何が安心だ……! と思ったが、口には出さなかった。どのみちこのままでは全員虫型兵器の餌食だ。助かる可能性があるなら、それに賭けてみるしかない……それが危険なバクチでも。
「……今は、中佐を信じるしかないのか」
「ええ。しかしですねタカスギ少佐」
 ぽん、と肩にレイの手が置かれる。反射的に払おうとして……斬りつけるような殺気を感じ、緊張して手を止めた。
「私の事を火星の後継者の仲間であるように言っていた事について、詳しく説明していただきたい……のだがな」
 ぎりっ、と肩の手に力が入る。
 ……あちゃあ、とサブロウタは内心冷や汗をかく。レイのこれまで取り繕っていたような慇懃な態度は鳴りを潜め、完全に敵に対するそれが向けられている。
 ――冤罪……だったんだよな。
「いや、申し訳ないです。何せ火星の後継者の奴と話していたからてっきり……」
「ほう。私の記憶も劣化したかな、『最初から怪しい奴だと思っていたが云々』と聞こえたように記憶しているがな」
「……ああ、そうですよ。あんたホシノ中佐に態度が怪しかったし、ハーリーはまだしも俺に対しちゃ露骨に敵意が感じられたからな。あんただけじゃなく、あんたの部下もだ。……疑いたくもなるってもんだろ」
 言い逃れできないと悟って開き直る。
「ふん。そういう事か……隠していたつもりが、やはり敵意が漏れていたな」
 納得したように言い、レイはサブロウタの肩から手を放す。
「誤解を招く言動が私と、私の部下にあった事は認める。しかしタカスギ少佐。私は今回あなたに会って確信したが、あなたは我々にとって敵意の対象なのだよ」
「それはどういう……」
「『ホシノ中佐を守る』それがあなたの役目である事は認める。しかしホシノ中佐のナイト役が、常にあなただけの専売特許だとは思わないでいただこう」
 言って、レイは戦闘服のポケットから何かを取り出す。
「少なくとも、場合によっては我々にもその権利はある。そうだろうお前たち!?」
 おお、とレイの言葉を聞いた何人かが唱和し、レイと共に何かを頭上に掲げる。それは最近、宇宙軍内部で急速に勢力を伸ばしつつある『ある勢力』の一員である事を示すバッチ。

『ホシノルリ親衛隊』の証である、デフォルメされたルリの顔を模したバッチだった。



「……とまあ、それで全部合点がいった。『ホシノルリ親衛隊』の奴らは宇宙軍の中でも統合軍嫌いの急先鋒だからな。『統合軍の奴らは助けなくていい』なんて言うのも不思議じゃない。まあ俺があそこまで睨まれてるとは思わなかったけどな」
 それで、とサブロウタは続ける。
「これで終わったと思ったら、オールウェイズ……中佐さんが『一発は一発だ』とか言ってここにグーで一発だ。でもあれだけ怪しまれるような事を言われた身としちゃどうしても我慢できなくて、一発返しちまった。それであちらさんもさらに一発で、後はそのまま白兵戦に……」
「それで、そんな傷だらけになっちゃったわけですか……」
 遠慮気味に和也は相槌を打つ。
「まあ。そんな事はどうでもいい。問題の森口派なんだが、奴らの使っていたヘリの中からお前らも聞いてるはずの『直ちに演習を中止せよ!』って録音されたディスクのほかにもう一つディスクが見つかってな。それを聞いてみたら……」
 そのディスクには、最初の声高な演説と同じ声で、しかし打って変わって抑制の訊いた調子でこう録音されていたらしい。

『統合軍、並びに宇宙軍の将兵に告げる。……まず、このような暴力的手段に訴えた事に遺憾の意を表する。この事態を引き起こしたのは我々だ。大変申し訳ない事ではあるが、これは悪戯に戦火を拡大するこの演習を止めるために必要な措置である。諸君らには今一度賢明な判断を期待する。繰り返す……』

「声紋分析はまだだが、たぶん森口修二本人の声だろう。これは動かぬ証拠だという事で、連中の拘束に踏み切ったそうだ」
 全てを語り終え、サブロウタは半分溶けた青いカキ氷で喉を湿した。
「最いいいいいい悪だ! ふざけんな! 俺と美佳は何度死にかけたと思ってる!」
 地団太を踏んで叫ぶ烈火の声が空気を振動させる。手の中にあった金属のスプーンが強く握り過ぎてぐにゃりと曲がった。
「……信じがたいが、動かぬ証拠ですな。これは軍への戦闘行為と取られても仕方が無い……」
「実弾装備のゲンゴロウまでけしかけておいて、よくもぬけぬけと……森口派もやっぱり火星の後継者の残党、テロリストだったって事か?」
 苦々しげに和也と楯身は言う。自分たちを殺しかけた犯人が、穏健派と思っていた森口派とは……正直裏切られた気分だ。
 だがサブロウタは、何か迷っているようにむう、と唸ったのだ。
「しかしあいつら『自分たちがやったのは島の内部を爆破しただけだ』と言って、虫型兵器をけしかけてなんかいないと言い張ってるんだよな。島も沈まないよう配慮したとか」
「はあ? 何言ってんだ。そんなのウソに決まってるだろ」
 烈火が言う。
「俺と美佳は島が崩れた時に内部に落ちたんですよ。その先で浸水を見つけて、このままじゃ島が沈むと慌てて中央制御室まで行って、浸水を止めたんですぜ。ありゃ命がけの大冒険だった……」
「なに、本当か?」
 ずいと身を乗り出して、サブロウタ。それには和也が答える。
「ええ。烈火の言う事は本当です。島のコンピュータにログが残っているはずですから、それを調べてもらえれば解るはずです」
「そうか……じゃああいつらは十中八九クロだな。やれやれ……」
 サブロウタは肩を落とす。どうやらほぼ犯人は決まりのようだ。
 ――あれ、と和也は思った。そうなると輸送船を爆破したのも森口派なのか? ならあいつは……

「――――なるほど。そういう事でしたのね」

「うわあ!」
 突然横合いから聞こえた声にのけぞり、バランスを崩した体を慣れない松葉杖で支え損ねて、どしん、と派手に尻餅をついてしまう。
「い、いつの間に……」
 サブロウタはひどく驚いている。警戒していなかったとはいえ、彼ほどのベテランが接近にまったく気が付かないなどそうは無い。それだけ彼女の気配の殺し方が完璧だったという事だ。
「美雪さん……気配を消して脅かすのはやめろと、何度も言われているでしょう……心臓に悪いですよ」
「あら、ごめんあそばせ。お邪魔してはいけないと思いまして」
 悪びれた様子も無く、ホホホと美雪は笑う。こちらへ歩み寄りながら注意したのは妃都美だ。二人ともフルーツ牛乳などを持ち寄り、艶やかな肌を紅潮させた風呂上がりの姿には何とも言えない色気がある。
「おい、この子たちも……生体兵器の生き残りか?」
 美少女メンバー二人の登場に、興味深々という顔でサブロウタが訊いてくる。
「あら御名答。初めましてタカスギ少佐様。わたくしは影守美雪と申します。以後お見知り置きを」
「……真矢妃都美です。お会いできて光栄に思います」
 自ら自己紹介し、敬礼。サブロウタも答礼を返す。
「お前たち二人だけか? 奈々美と美佳はどうしたんだ」
 そう、和也は尋ねた。
「……二人は、食堂へカキ氷を食べに。その後艦内を見学してから、合流するとの事です」
 答える妃都美の声は低い。どうにも機嫌が悪いというか……元気が無い?
「妃都美、どうかした? 何か気分が悪そうだけど」
「あうー……キズモノにされましたぁ……」
 がっくりと項垂れる妃都美。目が笑っている美雪の顔からして、どうやら女の問題らしい。
「ま、それは置いといて、ですわ。今回の件は森口派が演習を妨害する目的で仕組んだテロ、という事でよろしいのですわね?」
「あ……ああ」
「ではわたくしの疑いは晴れたのでしょうか。……疑ってらっしゃるからついてきたのでしょ? 妃都美さん。それに……和也さんも」
「あ……」
「う……」
 思いもよらぬ事を言われ、妃都美と和也はたじろぐ。……この女、最初から全部お見通しだったんだ。
「……ごめん、美雪。お前を疑ってしまった……」
「ごめんなさい……でも、どうして嘘なんて」
「敵を欺くにはまず味方から……まあお定まりのパターンというやつですわ」

 曰く、用を足すために輸送船に戻った。そこまでは本当らしい。
 しかし美雪はその先で、船内に仕掛けられた爆弾を見つけた。それは配置こそ完璧とは言い難かったが、輸送船を沈没させるには十分な量が船内のそこここに仕掛けられていた。
 見つけられたのは動物的な勘の賜物か、それとも爆発物の扱いに精通した人間ならではの嗅覚か。ともかく美雪は見つけた爆弾の解除に取りかかった。爆弾は単純な物で解除は容易だったが一人では時間が足りず、機関部付近に仕掛けられた物の爆発を許してしまった――――そう、美雪は語った。

「美雪さん。それって本当に『解除しきれなかった』……のですよね」
 妃都美が疑問符を漏らす。それは美雪ほどの爆弾のプロが、『単純で解除が容易な爆弾』を解除しきれないなんて信じられない、と――――暗に、そういう疑いのニュアンスが込められていた。
「ええ。妃都美さんのおっしゃる通りですわ」
 美雪は微笑った。――正解。嘘ですわ。と目が言っている……!
 ――ああ、それで全て合点がいった。美雪は機関室にも爆弾があるのを知り、解除する時間もあったのにあえてそうしなかったのだ。わざと輸送船を沈めて、島に留まるために。そして解除した爆弾は、あの時地下へ潜る時の倉庫爆破に使ったに違いない……
 恐ろしい女だ。輸送船は沈没こそ免れたが、確かに数人が死傷しているのだ。それを承知の上で……背筋に悪寒を感じると同時に、よくやったと褒めてやりたい気にもなり、僕は軍人失格だろうかと思った。
「……美雪、なぜ我々にそれを黙っていた? そのような部隊に、特に隊長に疑心暗鬼を抱かせるような真似は、最悪の結果を招きかねないという事が解らぬお前でもなかろうに」
 詰問調で楯身は美雪に詰め寄る。広い額に青筋がプチプチ浮いているのを見つけ、ああ、怒っているなと和也は思った。
「伏せておいた理由は二つありますわ。一つは和也さんたちに迂闊に話せば、そこから部隊に潜んでいるかもしれない敵の耳に入り、なりふり構わない真似をされる危険がありました事。……少なくともアントン准将には報告しなければなりませんでしょ? そこから部隊全体に伝わる可能性は高い、と」
「…………」
「もう一つは、敵が近くにいるのなら被害の少なさから、わたくしが爆弾を解除したとすぐに解るはず。であれば、そこから来る何らかのリアクションから敵を狩り出す事も出来るかと思いまして」
 結局引っかかりませんでしたけどね。美雪は嘆息する。
「馬鹿な真似を……! そのような危険な真似を独断でする事は許さん!」
 下手をすれば部隊全体を危険に晒す行為だ……! 楯身は怒鳴る。
 確かに、危険だと和也は思う。下手をすれば何も知らない和也たちが敵からの不意打ちを食らう事になる。隊長である和也に何も言わずにやったのは独断専行に当たるし、軽率なやり方だと言わざるを得ない。……言えた立場ではないかもしれないが。
「とにかく……美雪。今後独断でみんなに危険が及びかねない真似はしないように。いいね?」
「……ふう。申し訳ありません。以後気をつけますわ」
 美雪は割と素直に謝った。だがその顔は説教を退屈そうに聞き流す不満顔。……いつもの顔だ。少なくとも和也はそう思った。

 しかしその影で美雪は拳を固く握り締め、小刻みに震わせていた。それは笑みの裏で渦巻く、殺しきれない激しい感情の――――密やかな発露だった。



 ポンポン、と肩を叩かれた。振り向くと、何やら今までとは目つきが違うサブロウタが和也に顔を寄せてきていた。
 なぜか小声でサブロウタは耳打ちしてくる。
「おい、お前……えーと」
「黒道和也です」
「あんまり大声出すな。……黒道だな。もう一つ質問、いいか?」
「……何ですか」
 今度は何を聞かれるのだろう。内心身構える和也だったが、予想に反してサブロウタの質問は至極くだらない事だった。
「お前らのチームにいる、あの黒髪の子……妃都美って言ったっけか?」
 そう言ってサブロウタは、少し離れた所で談笑に興じる妃都美を指した。
「あー……ええ。彼女は真矢妃都美。僕たちのチームの狙撃兵です」
「なるほど。いい名前だな。……質問その二。彼女、彼氏とかいるのかね?」
「妃都美に彼氏……いないんじゃないかな。男は嫌い。そう公言して憚らない子ですから……」
「ふむふむ。フリーだけど男嫌いときたか。こいつはなかなか……」
 満足そうにこくこくと何度も頷くサブロウタ。その口の端にニヤニヤ笑いが浮かんでいるのを、和也は目ざとく見つける。
「……あの、これは何のアンケートで?」
「先輩としての心理分析的質問だ」
 嘘つけ。妃都美の事を根掘り葉掘り聞き出す事の何が心理分析だ。またぞろサブロウタに胡散臭さを感じる。
「じゃあ三番目だ。知らないならいいが、彼女のスリ――――」
 と、その時サブロウタのコミュニケが鳴った。
『タカスギ少佐』
「ほぉうわああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
 素っ頓狂な声を上げて、文字通り飛び上がるサブロウタ。たっぷり二メートルは移動したのではなかろうか。なんとも愉快な光景に思わず吹き出してしまいそうになって――――どきりとした。
「ホシノ――――ルリ、中佐……?」
 間違いない。本物だ。中学の頃同じクラスにいた同級生――――白鳥ユキナという共通の友人がいなければ記憶にも残らなかっただろう女性が、いま目の前にいる。雑誌などで何度か見た事はあるが、通信越しとはいえ実際に見るのは初めて……いや、初めてではないか。とにかく……綺麗、だと思った。
“電子の妖精”。そうあだ名したのは誰だろうか。ウィンドウの中に見える彼女は本当に妖精のようだ。単純に顔や体の造形なら妃都美も負けてはいないが、彼女はそれとは別な……身に纏う雰囲気が違うとでも言うのか。
 和也たちのそれとはまた違った生体改造を受けた証の金色の瞳。感情の起伏に乏しい表情。妃都美の美しさがこの世界の最高傑作なら、ルリのそれは別世界の美だ。
 見惚れていた、のだろうか。何かを話しているサブロウタとルリのやり取りも耳に入らないまま、ただウィンドウを見ていた和也だったが、やがてはっと我に返った。
 ――そうだ。この女のせいで僕たちは死ぬとこだったんだ……!
 後で文句の一つも言いに、『草薙の剣』総出でブリッジへ怒鳴り込んでやるつもりだったが手間が省けた。和也はつかつかとサブロウタに歩み寄り、強引に二人の会話に割り込む。
「おい、こらっ!?」
「ごめんなさい、失礼します! 艦長のホシノ中佐ですね!?」
『あなたは……確かリョ――スバル中尉の言っていた統合軍の』
「見覚えがあるのなら話は早い。僕たちは――――」
 おかげで死ぬところだったんですよ! と言おうとし、ルリの下げた頭に止められた。
『ごめんなさい。あんな所で戦っている人たちがいるとは思いませんでした』
「ああ、俺からもお詫びする。お前らがいたあたりは俺が調べていたから、てっきり誰もいないもんだと思っていたんだ。すまねえ」
「う……い、いやまあ不可抗力とは言え僕たちにも非はありますが……」
 ごにょごにょと声が小さくなる。てっきり「あんな所にいたあんたたちが悪い」とか言われるものと思っていた和也としては、矛を向ける先を見失った感じだ。
 ――まったく、こんなあっさり頭を下げられて、おまけにタカスギ少佐まで援護射撃してくるんじゃこっちも引き下がるしかないじゃないか……いや、それが狙いか?
「……失礼しました、ホシノ中佐。とんだ無礼を……」
『気にしなくていいですよ、コクドウさん。……あなたはコクドウ・カズヤさんでしょう。中学で同じクラスだった』
 突然、ルリは和也の名を口にする。それには呼ばれた和也よりサブロウタの方が驚いていた。
「艦長、こいつの事知ってるんですか?」
『私がオオイソにいた頃に少し。ついでにオオイソで学校を占拠した湯沢派を殲滅した『お手柄高校生』の一人ですね』
「よくご存知で。中学二年の頃、一緒の教室でした。といっても、話なんて一度もした事が無いんですけど」
 ルリの後で和也が注釈する。サブロウタはへえ、と頷いた。
『ユキナさんが、よくあなたの事を話していましたから。顔は覚えていました』
「ユキナ……ああ、白鳥さんね。彼女はなんて?」
 ルリは簡潔に答える。
『軟弱鈍感朴念仁』
「……なっ、なんじゃく、どんか…………」
 ぷっ、とサブロウタが口元を押さえて噴き出した。途端、かーっと頭に血が上る。
『悪い意味じゃないと思いますよ』
「どこが! 意地悪の塊じゃないですか! あの人こそ暴力的で女らしさが無くて、ガサツで下品な淑女失格の――――!」
『そんな事言って、また殴られますよ』
「それも見てたのか……ふん。まさか白鳥さんでも、軍の中こんなとこまで追いかけては来れないでしょ」
「……甘いな」
 ぽつりと、サブロウタが呟いた。
「何か言いました?」
「いや、別に」
 クククと含み笑い。それに何故か寒気を感じる。
『ところでコクドウさん……あなたたちはなぜ軍に?』
 ルリが訊いてくる。
『ユキナさんはあなたたちを心配して、私に探すよう頼んできたんですよ』
「白鳥さんがそんな事を?」
『ええ。あなたたちがどこでどうしているかが知りたいと。……怒るでしょうね。軍に入って火星の後継者と戦う気でいるなんて言ったら』
「う……彼女の事だから、僕たちがこうすると予感していた、とは思いますけどね……」
 そうでなければ、『絶対に死ぬんじゃないわよ!』なんて言うはずがない。
 心配、させているだろう。ユキナも、……澪も。
「……悪い、とは思っています」
 だけど、と和也は言い、サブロウタに言った事と同じ事を話す。
『木星の名誉を守る、ですか。確かに地球の木星移民への風当たりは、最近強くなってきていますね』
「僕たちはみんなで話し合って決めたんです。僕らの力で火星の後継者を倒すって。それで木星の正義を証明するってね」
 ――ルリの目が細くなる。
 和也は気付かず、言葉を続ける。
「確かに死ぬのは嫌ですし、また仲間が死ぬかもしれないのは怖いです。でも、まがりなりにも木星の旗を掲げた奴らの暴挙を僕たちが止めないで、人任せにするなんてできません」
 それに、と和也は言う。
「ついでに一人、殺してやりたい奴もいますから――――まあこれは個人的な目的ですけど」
『木星の正義……あなたも地球は木星に対し償いをするべきと、そう考えている人ですか』
「……? 当たり前です」
 脈絡の無い質問に、和也は少し戸惑いつつも正直に答えた。
『なるほど』
 何がなるほどなのか、ルリは一つ頷く。
『よく解りました。先ほどのセリフ、一語一句はっきりとユキナさんたちに伝えておきます』
「お好きなように。それと必ず火星の後継者を潰して、みんなで帰るから心配しないでとも伝えてください」
 それを最後に和也は会話を切り、「では」と敬礼を交わして他のメンバーの所へ去った。



 立ち去る和也の後ろ姿に、サブロウタはふっと笑った。
「懐かしいねえ。俺にも、あんな頃があったっけな……」
 正義のため、悪を打つため……あの真っすぐな気性は、昔の自分を見ているようだ。愚直で青臭くて、それだけに微笑ましいと思う。
「ああいう奴らには頑張ってほしいですね。ホシノ中佐。……中佐?」
 ルリは聞いていなかった。ただ和也の後ろ姿を、黙ってウィンドウの向こう側から見ている。その眼差しは険を含んで、まるで、

 ――火星の後継者を見てるみたいだ。

『木星が正義で、地球は悪……ですか』
 ルリが、ぽつりと口を開く。
『裏切らないといいですね、あの人たち……』
 銃声が響いたのは、その時だった。



「――なあ、お願いだから話を聞いてくれ。俺たちは攻撃なんてしてないんだ……」
 火星の後継者・森口派の放送係を務めていた男は、これで何度目になるかという訴えを繰り返した。
 背に拳銃を突きつける統合軍兵士は無言だ。最初は面倒臭そうに相槌を打っていた彼らも、もはや返事をする必要も感じていないとばかりに無視するようになった。
 くそっ、と口には出さずに毒づく。
 手錠で後ろ手に拘束され、背中に銃を突き付けられて連行される。完全に犯罪者の扱いだ。どうしてこんな仕打ちを受けねばならないのか。
 自分たちは、何も悪い事などしていないはずなのだ。
 そんな彼を嘲るように、後ろの兵士がひとりごちた。
「まったく、上層部も甘いな。もっと荒っぽく尋問すればいいものを。テロリストに何を遠慮しているのやらな」
「俺たちは……テロリストなんかじゃない。俺たちは誰も殺してなんかないんだ……」
 精一杯の抗弁。対する返事はクククという声。――笑ってやがる――
「……何が可笑しいんだ」
「いや、可笑しくはない。解っているさ。そんな事は」
「……あ? それはどういう……」
「さ、ここら辺でいいかな」
 止まれ、と促され、何も無い通路の真ん中で立ち止まる。何だと思った瞬間、カシャッという音と共に両手が自由になった。手錠のロックが外されたのだ。
「なあ。ここらでこんな活動からは身を引いてくれないか。火星の後継者は凶悪なテロ集団と、それでいいじゃないか。せっかくみんないい感じに脳味噌がヨーグルトになってくれてるのに、変な水を注されても困るんだよ」
「え……それはつまり」
 活動をやめれば見逃してくれるのか? そう訊こうとし、ほかの二人が先に答えた。
「断る。我々はあくまで今の路線で地球と戦う。我々は戦争の継続など望んではいない」
「そうだそうだ」
 ヘリの操縦士が明確に拒絶し、副操縦士がそれに同調する。それを聞いて兵士たちは「そうか」と一つ、嘆息する。
「なら仕方ないな。ほら」
 言って、兵士たちはおもむろに彼らの手を取る。ずしりと伝わる重い感触。握らされたのは先ほどまで彼らの背に突き付けられていた拳銃だ。
「おい、これは何の……」
 状況が見えない彼らの言葉は、銃声にかき消された。
「ぐあ!」
「ぎゃっ!」
 な……! 森口派の三人は一様に絶句した。
 統合軍の兵士四人はそれぞれ懐から別の拳銃を取り出すや自分で自分の肩を、足を撃ち抜き、あるいは仲間同士で互いを撃った。自分たちでやっておきながら派手な悲鳴を上げ、痛い痛いと転げまわる。
「何だ、銃声か!?」
「向こうから聞こえたぞ!」
 銃声を聞きつけ、どやどやと他の兵士が銃を手に手に集まってくる。その兵士たちは撃たれた四人と、銃を握らされたまま立っている彼ら三人を交互に見やる。
 ――やばい、放送係の男は最初から青かった顔をさらに蒼白にした。
 これじゃあ、状況は明白じゃないか……!
「くっ、やはり……!」
 ベテラン兵士の行動は早い。状況判断を一瞬で終え、十を超える数の銃口が一斉に彼ら――――森口派へと向けられる。
「待っ――――――!」
 抗弁の余地無く、銃声が立て続けに響く。
 左胴、右鎖骨、左脇腹、首中心、腹部右――――鉛弾が肉を、骨を抉る衝撃が全身に走り、次の瞬間にそこが燃え上がるように激痛を発した。
「――――――――――!」
 上げかけたのは抗弁の声か。それとも苦痛の絶叫か。どちらにせよ出たのはごぼりと口から溢れる血泡だけだ。
 どさり。血の間欠泉と化した体が床に倒れる。倒れたのか、と他人事のように思う。続いて二つ、重量のある物体が床に落ちる。みんな撃ち殺された。
「ご……ごぼっ、……がっ」
 血を吐く。
 ――何なんだ、この状況は。何で俺たち、こんな所で死にかけてるんだ……?
 ごぼりと血反吐で咽が塞がる。死にかけでも空気を求めて首を横に向けたのは本能だろうか。
 ふと、その拍子に自分たちで自分たちを撃った四人の統合軍兵と目が合った。他の兵士に助け起こされ、自分でつけた傷を押さえて苦悶の表情で睨んできている。だが、
 ――目が笑っている……! 
 計画通りだと会心の笑みを浮かべるその白人兵士を見て、彼は全てを理解した。

 ――こいつら……ユー……

 それが、若い森口派構成員の最後の思考だった。



「そう……あいつら死にましたか」

 尋問室から独房へ移す途中、捕虜が連行に当たっていた統合軍兵の銃を奪って逃げようとしたため、やむを得ずこれを射殺した――――それをサブロウタから聞いた和也は大して驚くでもなくそう言った。
 ナデシコBの展望室で、和也たちは戻ってきたサブロウタから事の顛末を聞いた。
 銃声を聞いた時は和也たちも飛び出そうとしたが、それはサブロウタに止められた。「その怪我した足で付いて来られても邪魔だ」と言われた時は面白くなかったが、彼の言う通りですと楯身に言われて我慢した。
 この場に奈々美がいなくてよかったと思う。彼女がいて邪魔と言われた日には逆上して飛び出し、他のメンバーも全員つられて飛び出してしまっただろうから。
「最後の悪あがき、てとこかね? こんな空の上で、逃げ場なんてないだろうに」
「しかし捕虜を失ったのは痛いですね。主犯の森口修二の居場所も解らなくなるでしょうし。……それが狙いだったのでしょうか」
「…………」
 烈火と妃都美が感想を言う。美雪は興味が全く無い顔だ。
 なんとなく、こうなる気はしていた。あれだけ過激な真似をしでかす連中だ。良くて暴れ出すか、最悪自殺くらいはするだろう。
 その点については、今さら驚くほどの事でもない――――この場にいる者は皆、そう思っているようだ。
 そんな中でただ一人、楯身だけが大いに憤激していた。
「解せぬ……何故このような暴挙に走る必要があった? これでは余計に地球人の心証を悪くするだけだろうに……!」
 ――何故、か。
「捕虜が死んだ事で、森口派がテロに走った理由は当分闇の中……ですかね」
「ああ。大方、何をしても動かない地球連合にしびれを切らして――――てなところに落ち着くんじゃないかね」
 聞いた和也に、サブロウタ。
 ――本当にそうだろうか。森口には森口なりの考えがあって非暴力路線を取っていたのだろうに、そんな短絡的な理由で180度路線を変えるだろうか……
 他にも、島の中央制御室に残されていた血痕や、もしかしたら今もこの艦の中にいるかもしれない内通者……解らない事は山積み。
 やめよう、と和也はそこで思考を放棄した。ここであれこれ考えていてもどうせ答えは出てこないだろう……
「楯身。今はピースの足りないパズルは放っておこう」
「しかし隊長……今回の件は地球人の木星人に対する不信感をさらに」
「確かに捨て置けない。でもここであれこれ考えてても何も解らないよ。欠けてるピースがどこかから出てこない限りは……」
 そうだな。とサブロウタが同意してくる。
「そういう事は専門の奴らに任せておいてもいい。お前らは目の前の事に集中しろ。もしかしたら遠からず、お前らにも任務が来るかもしれないからな」
「ですが……」
「あれこれ悩みながら戦ってたら……死ぬぜ」
 そう言ったサブロウタの声には、反論を許さない重みと説得力があった。
「……は。いささか動揺しておりました。申し訳ありません」
「よろしい。……おっと」
 また何処からか通信が来た。サブロウタがコミュニケの受診ボタンを押すと、途端『何をしてやがった!』とリョーコの怒鳴り声が聞こえてきた。
「そうか。パイロットは待機だったな……俺はこれで失礼する。いいかお前ら。どんな辛い事があっても、どんな強い敵にぶつかっても、絶対に負けるなよ! ……さて、俺も後で建造物を壊した報告書……じゃすまないな。始末書を書かないといけないか……くそっ、火星の後継者と戦う方がずっと楽なんだが……」
 激励の言葉を残し、サブロウタは去っていった。後半は人に聞かれないよう小声で呟いた独り言だ。
「しかし、少佐さんはああ言ったがよ。俺たち実戦に出してもらえんのかね? 演習も中止になったしよ」
「そう言えば……七人中戦死二人、投降三人だからね。部隊としては壊滅だよなあ……」
「大丈夫だと思いますわよ」
 先行きを心配する烈火と和也に、美雪が言った。
「使える兵を遊ばせておく余裕は上にも無いと思いますし。それに、私たちもそれなりに点数は稼いだはずですし……ね」
 ふふ、と小悪魔の笑み。妃都美が疑わしげな目を向ける。
「なんですかその笑いは……まだ何か隠してますね」
「それは……いえ、もう少し秘密にしておきましょ」
 唇の前で人差し指を立て、軽くウィンク。愛らしいはずのその仕種に寒気を覚えるのはなぜだろうか……
 とその時、艦内放送でルリの声が流れてきた。
『乗艦中の皆さんにお知らせします。当艦は間もなくヨコスカ基地へ帰還します。少し気が早いかもしれませんが、皆さんの生還をお祝いします。ご苦労様でした』
 わあっと何処からともなく歓声が沸き上がった。
 遠くから「あ、こんな所にいた! あんたたちー!」と奈々美が美佳を伴って走り寄ってくる。
 ――ああ、確かに、僕たちは全員生還できたんだな……
 演習では二人死に、三人が投降に追い込まれた。まだまだ不安はあるという事だけど……
「今は、ホシノ中佐の言う通り、みんなの無事を喜ぶとしようか」
 そして次もまたみんなで勝って帰れるよう、頑張ろう。
 そう言った和也に、全員が三者三様にはいと答えた。



 トウキョウ、宇宙軍本部ビル内に位置するその部屋は、効率性を重視した他の部屋とはやや趣を異にする。
 何やら高級そうなカーペットとソファー。
 これまた高級感溢れるアンティーク風の本棚。
 それに収まっているのは素人に内容を理解する事は到底不可能に思える難解そうな本ばかり。
 殺風景を嫌う主の性格を反映したこの豪奢な部屋は、軍の高級将校のためにあてがわれる執務室だ。しかしどう見てもこの部屋はお嬢様の個室以外の何物でもない。部屋の主がここを執務室として使っていなければ、公私混同や職権乱用との誹りを免れないところだ。
 その部屋の主は、部屋の中央に据えられたデスクの前に座り、頬杖をついて目の前のウィンドウを眺めていた。

「ふぅーん。本当に統合軍に入ってたんだぁ……」

 ウィンドウに映る文面に目を通し、彼女が最初に口にしたのはそれだった。
 テンカワ・ユリカ准将、旧姓ミスマル。戦時中はナデシコA艦長を務め、若干26歳の若さで将官まで登り詰めた天才艦長。宇宙軍総司令官のミスマル・コウイチロウを父に持つ身だが、間違っても今の地位が父の威光による物でなどない事は彼女の華々しい戦績が雄弁に語る。
「軍に入隊してるかもとは思っていたけど、対テロ特殊部隊候補かあ」
 ユリカが読んでいるのは、つい先ほどナデシコBのルリから送られてきたメールだ。探していた七人組を統合軍との合同対テロ演習で見つけた事。彼らが軍に入隊した経緯などがルリらしい最低限の文章で綴られていた。それを見たユリカはすごいなあ、と感嘆する。テロに巻き込まれて家を追われて、ショックは大きいと思うのだが、なかなかに行動力のある子たちらしい。
 さて、どうしようか。探し人は見つかったし、ユキナへの報告は今頃ルリがやっているだろう。もうユリカのやる事は無いはずだが……
「…………」
 ルリからのメールを閉じ、少し前に送られてきた別のメールを開いて読み返す。それなりに長い文章を数分で読み、少しの間、思案する。
 数秒。
「よし!」
 パン、と柏手かしわでを打ち、コンソールを操作して内線電話をかける。通話先は総司令官――――つまり父の執務室だ。
『ご用件は?』
「すみません。ミスマル総司令に面談を求めたいのですが、よろしいでしょうか?」
 少々お待ちを、と応対した秘書は事務的に応じ、待っている間音楽が流れる。
 くす、と悪戯っぽい笑みが浮かぶ。
 いろいろ面白い事になりそうだねと、そう思った。



 ――数日後、『草薙の剣』メンバー七人は正式に統合軍兵に任命され、宇宙軍へ出向せよと命じられた。










あとがき

 宇宙軍サイドであった出来事の補完と、それらの整理でした。

 ようやく『草薙の剣』とルリたちとの初顔合わせと相成りました。ルリの抱いた不信感、ユリカも登場してなにやら一計を巡らせるなど、やっとオフィシャルキャラを本格的に話に絡ませられるかな、といった感じです。
 ……しかしこのサブロウタ、助平が過ぎましたかね?(笑)

 今回で『孤島編』の伏線などはほぼ回収できましたが、そのために丸一話を説明に費やす事になりました……こういうのって手法としてはどうなんでしょうか。
 もちろん、犯人とされた森口派の人間が消されるなど、謎はまだまだ残っています。それらは例によって次回以降に……となります。はい。

 次回はいよいよ『草薙の剣』の出征です。果たして彼らが送り込まれるのは銃弾飛び交う灼熱の戦場か、それとも陰謀渦巻く静かなる戦いの地か!?

 それでは。また次回お会いしましょう。







ゴールドアームの感想

 毎度ご指名どうも。ゴールドアームです。
 伏線の回収にまる一話使うなどというのは、よくあることです。SSなら余計気にすることもないかと。アニメや漫画などの映像系ですとこういう事をやりにくいんですけど、文字媒体である小説においてはむしろすっきりと話をまとめ、エピソード全体に区切りを付けるという意味でもかまわないと思いますよ。
 実際、いい意味でのまとめ話になっていたと思います、今回。
 
 
 
 全体的に見ても正しく謎が残っているのもよし。今回の事件に関する謎、矛盾点などはきっちりと回収し、残すべき謎はきちんと残しているのも好印象です。足りないと消化不良になりますし、先走ってネタバレになってしまうという失敗もありません。
 誤字も特に見あたりませんし、全体的に気持ちよく読めました。
 今度は何が起こるのかも実に楽しみです。
 
 
 
 
 
 
 
 ちょうどいい区切りですので、今回に限らない、シリーズとしてみた感想も少し書いておきたいと思います。
 テーマ、構成、文章、描写などはかなりいい感じだと思います。読んでいて情景がきっちりと頭に浮かぶ作品というのは、それだけで良作といえますからね。
 強いて弱い点を上げるなら、主人公組の特徴付けをもう一工夫しておけばよかったかなと思うところです。
 ストーリーラインから要求される部分は、きっちりとキャラが立っていると思います。ただ、会話などにおいての特徴付けがもう一声ほしかったという気がします。
 もう少し具体的に言うと、二次創作におけるオリキャラは、原作イメージや映像・イラストといった補完要素の強い原作キャラに対抗できるだけの『強い印象』が必要です。特に文字だけでやろうとした場合は。
 そのために重要になるのは『会話における差別化』です。
 
 外観やアクションは地の文で描写できますのでベースとなる設定がきちんと出来ていれば書き分けは大して難しくありません。でも、それだけでは弱くなってしまうのが、『会話』です。
 特にこの作品のようにオリキャラが多数、それも主人公格として出てくる場合は、各人の個性をきっちりと出さないと全員のイメージを読者の頭にたたき込むのが大変になります。
 読者というのは残酷なもので、ちょっとやそっとの描写ではキャラの特徴を覚えてくれません。普通レベルの描写で覚えてくれるのはせいぜい3人程度です。それ以上の数の登場人物は、たいてい作中に埋没して忘れ去られます。
 この作品においても、過去代理人が語っていたように、特徴付けにやや問題がありました。
 話数も積み重なってきて、各人の特徴も出始めましたけど、通しで読んでみるとまだ少し『薄い』印象があります。
 ただでさえ全員同年代という縛りがありますからね。これも3話感想で代理人が言っていましたが、7人もの主役格を個性的にするのは大変難しいものですから。
 
 そのための差別化として有効かつ必須なのが『会話における特徴』だったりします。お堅い軍人口調で話す立崎君なんかは、割と判りやすいのですが。
 ちょっと古い例えになりますけど、『サクラ大戦』というゲームがあります。このゲームのヒロイン6人は、出来の悪いSSのようにひたすら会話シーンだけを並べ続けても、どの台詞が誰の言葉なのかが、外部描写0でもはっきりと判ります。口調、語尾、人称代名詞の使い方などの要素が、全員はっきりと違うからです。たとえば主人公の大神隊長のことをさくらは『大神さん』、マリアは『隊長』と呼びます。こういった些細な点でも積み重なれば明確な個性になります。誰がしゃべっている台詞なのかが、台詞自体によって判る、というのはキャラの書き分けにおいて絶対的ともいえる武器の一つです。
 ここまで作品が出来てしまうと今更になってしまいますけど、少なくとも誰が他人をなんという呼び方で呼ぶのかは、設定として明確にしておくのは絶対に必要ですよ。これが矛盾したり意味なしに食い違っていたりするとキャラがぶれます。
 シードさんの脳裏に住まう彼らと、存分に会話してその辺をきっちりと確認してあげてください。
 この辺がきちんとキャラの性格や設定と結びつけば、そこにいてシーンの主役を張っているのが誰か判らなくなるという現象は激減するはずです。また、読者が話を読んでいて『アレ、これ誰だっけ』と思うことも。
 
 それでは、これからも頑張ってください。会話文だけで誰だか判るくらいに成長した7人を見られることを楽しみにしています。現段階ですと微妙に見分けが付かない事もありますので。



PS 参考資料といえるかどうかは微妙ですが、以前下の弟がサクラ大戦のネタSSとして書いたパロ話を紹介しておきます。

甲斐かなみの部屋

 古い話ですし、ト書き形式の会話ギャグSSですが、会話の中でキャラを立てる技法に関しては弟ながら、そして天然ながら一級品です。ネタは判らないかも知れませんけど、参考になるものがあると思います。