まず感覚として捉えられるのは、音。
 ゴオォォォォォ――――というラム・ジェットエンジンの唸り声が機内に響き、次いで前から後ろへのベクトルが徐々に強まる。彼女――――神目美佳は何よりもその感覚により、自分の乗る乗り物が前に進んでいる事を認識する。
 やがて感じる、ふわりとした一瞬の浮遊感。鉄の機体が滑走路を離れ、大空へと舞い上がったのだ。
 後は現地へ到着するのを待つのみ。美人の客室乗務員も、ジュースの一滴さえも出てこない。さらに言わせてもらえば左右向かい合せに配されたジャンプシートはお世辞にも座り心地が良くはない。
 快適さとはほど遠いフライトだが、速さは折り紙つきだ。このC−11超音速輸送機なら、現地まで四時間と掛からない。
「…………」
 機体が音速を超えたのか、エンジンの音が次第に聞こえなくなる。代わってカーゴルームを支配したのは耳が痛くなるような静寂。――――そして、張り詰めた緊張感。
 現在ここには、軽乗用車が並んで二台は収まる大きさの頑丈そうなコンテナが三つ、ベルトで床に固定された状態で鎮座している。中身は彼らの私物と装備品。コンテナがやたらと大きいのは装備品としてジョロとバッタが計五機と、それの付属部品が入っているせいだ。
『草薙の剣』メンバー七人はそれを間に挟んで機体右側のジャンプシートに女性組、左に男性組と男女別に別れて座っているのだが、誰も一言も発しない。
 これが旅行目的のフライトならもっと会話が弾むのだろうが、会話や景色を楽しむにはこのフライトの行き先は過酷が過ぎる。誰もがただ黙って俯き、この先に待つ戦い――殺し合いへと――思いを馳せていた。
 彼らはオオイソを出たあの日から、ずっとこの日のためにやってきた。ただの殺し屋集団に成り下がった火星の後継者を倒し――――木星の名誉を守る。楯身が提示したその目的に賛同した者はそのために、賛同していない者もまた、戦いたいと思うに足る強い理由によって、ここに立つことを決めたのだろう。
 ――しかし、私はなぜここにいるのでしょう。
 今さらのように自問自答する彼女の心境を、誰も知る由も無く――――



 機動戦艦ナデシコ――贖罪の刻――
 第九話 今や遠き麗しき日々よ



「……いよいよ、実戦に投入されるのですね……妃都美さんは、怖くありませんか?」
 隣に座る真矢妃都美に、小声で美佳は訊いた。
 宇宙軍への出向と、海外への派兵が決まったのはつい昨日の事だ。それに伴って、彼女らも軍属から正式な兵士へと格上げされた。
 所属は、統合軍対テロ部隊暫定チーム5――――大雑把な名前だが、まだ正式な編成式も行われていない状態での一時的なものだ。編成完結式など待っていられないほど急を要するとかいろいろ聞かされたけれど、あまり頭に入っていない。
 言ってしまえば、そんな裏の事情など美佳にとっては興味の埒外だった。
「そうですね……怖くないと言えばもちろん嘘になります」
「……失礼かもしれませんが……降りたいとは、思っていませんか……?」
「もう手遅れですよ。それに……私も今は戦いたいと思えますから」
「……そうですか」
 馬鹿馬鹿しい――――自分で訊いておきながらそう思う。
 要は怖いのも降りたいのも自分ではないか。
 オオイソを出る時、軍の保護を受けるべきだと真っ先に主張した妃都美でさえ、もう戦う意思は固まっているというのに。
 私ときたら、この期に及んでまだ怖気づいて。
 そう。美佳は怖い。
 戦いで自分が傷つくのが、死ぬのが。仲間が傷つくのが、死ぬのが、怖かった。
 オオイソを出る時からその恐れは美佳の中にあって、なるべく考えないようにしていたけれど実戦が近付くにつれ、それは現実的な恐怖として美佳を苛む。出来れば逃げ出してしまいたくて、さりとてそんな事を言い出す事も出来なくて、ただ皆についてくるしかなかった。
 そして軍属から正式な兵士になった今では、もう戦場行きを拒む事などできはしない。何もかもが手遅れだ。
 ――ああ、神よ……
 出来れば戦いたくない。
 何より、美佳には戦いたいと思うような理由が無いのだ……
 …………

「だ―――――――――――――――――――!」

 ――鼓膜が破れるかと思った。
 空気の重苦しさに耐えかねたか、田村奈々美は突然シートから立ち上がるや、ガオー! と持ち前の大声を張り上げたのだ。
「もー耐えられないわ! 何だってみんなそんなに暗いのよ!? やっと実戦に出られるってのに、何をウジウジしてんのよ!」
「そう言われてもね……緊張するなっての、無理だよ」
「初めて……ではないとはいえ、実戦に駆り出されるのだ。緊張しない方がおかしいというものだろう」
 困った調子で言う黒道和也に、楯崎楯身が援護射撃する。
「そんなじゃ勝てるもんも勝てないわよ! もっと熱くならなきゃ!」
「奈々美……ちょっと、烈火も何か言ってあげてよ」
 なおも騒ぎ続ける奈々美を扱いかねた和也は、横の山口烈火に支援を要請した。しかし、
「いや、奈々美の言う通りだぜ!」
 ――――藪蛇だった。
「いよいよ出兵だか出征だか……なんでもいいか。とにかく腕が鳴るぜ。なあ、美佳もそう思わねえか?」
「……あ……いえ、私は……」
 いきなり話を振られ、美佳は返答に窮する。
「やれやれですわ。メスゴリラさんとイボイノシシさんは元気のよい事で」
 ――機内がしん、と静寂に包まれる。
 チクリとした一言を発したのは影守美雪だ。もう聞き馴れているはずなのに、元々頭の発火点が低い烈火と奈々美の事。たちまちドカンと火が付いた。
「誰がメスゴリラよっ!?」
「誰がイボイノシシだこらっ!?」
「戦意旺盛なのは結構ですわ。でももう少し落ち着きません? ハッキリ言って鬱陶しいですことよ」
 ――ぴき、と何かが切れる音。
 次の瞬間、だんっ! と烈火がコンテナの上に飛び上がり、美佳はびくりと身を竦ませた。
「美雪……手前、今なんつった!?」
 グルル、という野獣の唸り声さながらの声音で烈火が凄む。明らかに本気の怒り方だった。その迫力に怯える美佳にも気付かず、今にもその喉笛目掛けて食いつかんばかりに美雪を睨みつけている。
 さらに奈々美も全身から殺気を発散させながらつかつかと美雪に歩み寄り、右手でぐいと胸倉を掴んで持ち上げた。
「あら……怒らせてしまいましたかしら」
 涼しい口調で美雪は言う。それが余計に奈々美や烈火の神経を逆なでする。
「その口がムカつくのよ。あんた、ぶっ殺されたいの……!?」
「三人ともやめてください!」
 見かねた妃都美が制止するも、もはや火災が治まる様子はない。空気がピンと張りつめ、美雪も戦闘態勢に入ったのが解った。
 一触即発――――そこへ、
「ええい、そこまでだっ! 三人とも席に戻れっ!」
「みんなはもう軍人なんだ! これ以上やるなら、隊長権限で三人とも厳罰に処すぞ!」
 楯身が一喝し、和也が隊長の権限を使う事でさすがに奈々美は美雪を開放し、烈火も渋々コンテナから降りて席に戻った。何とか鎮火には成功したようだ。美佳はほっ、と安堵の息をつく。
「――チッ」
 奈々美は舌打ちして席に戻る。去りしなに「次は容赦無く殴り殺すわよ?」と捨て台詞を残すのも忘れない。
 皆の士気が下がっているのが嫌でも解った。実戦を間近に控えて、皆気が立っている――――
 ああ、嫌だ。オオイソにいた頃はみんなケンカはしても、ここまで険悪な雰囲気になった事なんてなかったのに。
 どうして、こうなってしまったのか……オオイソを出てからまだ一月ほどしか経っていないのに、今では普通の学生として暮らしていた頃がこの上なく懐かしい。
 美佳は、普通に、七人で生きていければそれでよかったのに。



 ……私の生まれた家については、特に語るべき事もありません。『奴隷商人』と陰口を叩かれる類の実業家でなければ、それに使われて日々を生きている労働者でもない。父が勤め人で母が主婦の、ごく平凡な中流家庭でした。
 強いて特筆すべき点を上げるのなら、一人娘である私自身が目を患っていた――――という事くらいでしょうか。
 今さら説明するまでも無いかもしれませんが、私は目が見えません。
 私の両目に今収まっているのは眼球ではなく、私が『神の目』と名付けたソリトン・レーダーのイルミネーター。ここから発せられるソリトン電波の反射を計測する事で、周囲の状況、壁の向こうまでをも把握可能。さらにコンピューターと接続して演算速度を上げれば、さらに遠くの状況を、より鮮明に、把握する事ができます。
 しかし、それに光を感じる機能は備わっていません。だから私に与えられた世界に光は無く、ただ電子データの羅列に変換された無機質な情報があるだけです。さらに言えば内蔵のバッテリーは数時間しか持たず、到底失った目の代用にはなりえません。
 私が盲目なのはこれのために眼球を切除されたためで、人為的なものだとよく思われます。しかしそれは誤解で、私は生まれてまもなく感染症に目を侵されて光を失ったのです。だから私には、光の世界の記憶が一切ありません。
 皆が見ているであろう光の世界を、羨んだ事が無いと言えば嘘になります。
 ですが盲目の身に不自由を感じた事はあまりありません。今では目が見えなくても耳や肌の感覚を頼りに道を歩けますし、日常生活を送る上で支障ない程度の技能は身につけています。
 勿論最初からそうだったわけではなく、練習のたまものです。父も母もなかなかに厳しい人で、私が目が見えないからといって甘やかすことは一切しませんでした。私に自立して欲しかったのか、それとも国に貢献させたかったのか。とにかく毎日厳しい練習を課せられたと記憶しています。恨みに思った事もありますが……今は、こうして生活する術を与えてくれた事、私を産んでくれた事、全て感謝しています。
 私が何かをこなす度、父も母も褒めてくれました。頑張った、すごい、よくやったと。それが何より嬉しくて、私は更に練習に励みました。
 やがて集団生活の時期を迎え、私は健常者に混じって幼稚園、そして学校へと通う事になりました。不安など何もありませんでした。私はもう健常者と比べても遜色ない生活ができると思っていまして、沢山の友達や先生からも同じように褒めてもらえたらどんなにいいかと、期待に胸を躍らせて幼稚園の門を潜ったものです。

 ……結論から言えば、それは甘かったのですが。

『あっちに行け、役立たず!』
『やーい無駄飯食い、木星から出て行け!』

 木星の中には私が思いもしなかった、重く沈殿する歪みがありました。
 木星における身体的、あるいは知的な障害を持つ人への扱いは、地球のそれと比べて――国にもよるので、一概には比べられないにせよ――ことさらに低いものでした。
 国への貢献が難しいという理由で、その人のみならず親までが周囲から露骨に白眼視され、時には陰湿な嫌がらせを受ける。それは木星が抱える深刻な社会問題の一つとしてありました。
 私も例外ではありえませんでした。
 遊び仲間から外される意地悪に始まり、ただ座っていれば容赦無く口汚い罵倒が浴びせられ、道を歩いていればわざと転ばせられ、上履きに毛虫を入れられ、鞄を高い木に吊るされ、持ち物を捨てられ、燃やされ、トイレに浸けられて。エスカレートする一方の悪意ある行為が私を責め立て、嗤い、それは幼稚園から小学校に上がっても何ら変わる事なく続きました。教師に訴えてもまともに取り合ってくれる人は殆どおらず、そればかりか意地の悪い教師などは生徒に率先して私を罵倒さえしました。

『どうせ国の役に立てない奴に物を教えてもしょうがない』
『出来そこないは向こうに行って、一人で遊んでいろ』

 私の小さな期待など、この歪みは容易く打ち砕きました。
 目が見えなくてもいろんな事がこなせるのを見せれば、みんな見直してくれるし褒めてくれるだろうと思っていたのが甘かったのです。
 国のために何か貢献しろと言うならして見せましょう。なのに周囲はその機会も与えないまま、私を役立たずだと罵るばかり。すでに飽和を迎えつつあるこの国のどこにも、私の存在する場所は用意されていませんでした。
 地球に移り住んでからは、私と同じような身の上でありながら健常者と一緒に学校へ通い、働き、笑顔で過ごしている人を多く見ました。彼らの欠けた部分をフォローする社会の体制も整っていて、今思い返せば木星の時代錯誤ぶりに愕然となります。
 月から火星へ、そして木星へと落ち延びる辛い道のりを支えたのは、互いに支えあい、助け合った友情であったはずなのに……
 この歪みもまた、戦争ばかり考え続けてきたがゆえに生じた必然的な現象だったのではないか――――今は、そう思えます。
 今思えば相当な悶着があったでしょうに、どうして父と母は私を健常者の学校に通わせたのか……今となっては知るよしもありませんが、私なら健常者の中で生きていけると思っていたのか、もしかしたらこの歪みを正そうとしたのかもしれません。どちらにしろ、結果として言うならそれは大甘だったと言わざるを得ませんでした。
 繰り返される誹謗と中傷は、私の心を少しづつ摩耗させていきました。
 いつしか、顔に感情が浮かばなくなりました。
 結局、一度張られたレッテルは、一度定着した構図は、容易に変わりはしないのです。テレビ番組のような劇的な変化など現実には転がっていないのだと、私は子供心に思い知りました。
 だから……私は、全てを諦める事にしたのです。
 他人と一切の交流を断ち、感情を押し殺し、目をつむって心を閉ざし、この耐える日々が早く終わればいいと、ただ時が過ぎるのを待ちました。
 そんな私を父と母は悲しそうな、すまなさそうな目で見ながらも、何も言わずに許してくれました。私が決めた事は、父と母の期待に添わぬものだったはずですが……父と母も過剰な期待を押し付けてすまないと、この頃には思っていたのかもしれません。
 そう思ってくれるだけでも、私にとっては有難かったです。
 私が心を開くことができたのは、両親だけでした。
 父と母がいれば、他の事はどうでもいいと思いました。
 もし私が両親へ逃げる道を選ばなかったなら、変わらない現実と、私という人間を弾き出した木星という星の中で、きっと心を壊していたでしょう。壊れかけた私の心をギリギリの所で繋ぎ詰めてくれていた父と母がいたから、私は生きて来れました。

 ――――あの日、私たちを乗せた車が暴走車に激突され、二人が命を落とすまでは。

 忘れもしないあの日……家族揃っての買い物から帰る途中、いきなり反対車線から大きな車が飛び出してきて。
 あーっ、と父か母かそれとも両方かが悲鳴を上げたけれど、その時にはもう手遅れでそのまま正面衝突。最後の瞬間に母が私に覆い被さるのが見え、ボキリという骨の折れる音を聞くと同時にぷつん、と私の意識は途切れました。
 意識が戻った時は、もう病院のベッドの上でした。私は肋骨を一本折っただけで命に別条はありませんでした。
 それを幸いにしてとどれだけの人が言えるでしょう。
 命を拾ってしまったからこそ、冷たくなった父と母に対面するという悲しみを受けねばならなかったのですから。
 そうして私は唯一の寄る辺を永遠に失い、一人になりました。



 ……あの事故の後の記憶は、霞みがかったように朧げです。心神喪失の状態になっていた――――それが一番適当でしょう。
 あの暴走車は私たちの車に激突した後逃げてしまって、それきり犯人が捕まったという話は聞きません。
 いえ、もしかしたら聞いたのかもしれませんが覚えていません。言ってしまえば、犯人などどうでもいい事でした。
 ただ、助けて欲しかったのです。
 どうして私だけが生き残ってしまったのでしょう。みんな一緒に死んでしまえばきっとずっと楽でしたろうに。一人で取り残される事も無かったのに……
 何もかもが上の空のまま、親類縁者の間で話だけが進んでいきました。周囲の目を気にしてか誰も私を養子には貰いたがらなくて、最終的にある親戚の勧めで施設へ入る事になりました。
 ですがその施設というのは、生体兵器の被験者を集めるためのカモフラージュ施設だったのです。訳も解らないままお前たちはこれから木星のための剣になるのだと聞かされ、有無を言わさず頭の中を弄り回され、眼球をレーダーに挿げ替えられました。切り取られた眼球はそのまま医療廃棄物として捨てられたでしょう。
 役に立たない目玉を役に立つ物と代えてもらってよかったなと、私たちの世話をしていた医療スタッフは言いました。酷い無神経さです。光を感じられない目でも私の一部。それを勝手に切り取られて喪失感を感じないわけがないのに。
 ともかく、 私は体を兵器に改造され、インプラントを定着させるための大量の投薬と副作用に苦しみ抜きました。
 周りには同じように連れてこられた同年代の人たちが何人もいて、耐えられなかった人から順に死んで行く。次は私の番でしょうか。それともその次の……? 朦朧とする意識の中、迫ってくる死の影に怯え、次第に父と母の元に逝けるならそれもいいかと思えてきて。早く死にたい、と思いながら一日をベッドの上で過ごし、二度と目が覚めない事を願いながら眠り、目が覚めてもまだ生きている事に絶望しました。
 ですが、そんな日が何日も続いたある日……

「……もしもし。意識があるなら返事をしてください。まだ生きているんでしょう?」
「あんたも何も知らないでここに来たの? それとも適当な理由つけて無理やり? どっちにしても災難だわね」
「あんたは目を取られたんだって? あたしは足を取られたよ。いろいろあると思うけどさ。生きてりゃきっといい事もあるさ」

 私と同じ生体兵器の被験者たちが、互いに励ましあう声。それが私にも向けられているのにふと、気が付きました。
 ある人は自分がここに来るまでの経緯を語り、災難だねと言って笑い合う。またある人は生きて軍人になって悪い地球人をやっつけよう、と皆を鼓舞する。時には訓練課程に入っていた先輩方も私たちの元を訪れ、私たちを元気付けようと声をかけてくれました。
 両親以外の人からそのような施しを受ける。私にとって、生まれて初めての体験でした。
 どうせここにいる皆も、私の事を知れば私を役立たずと罵るだろう――――完全にそう思い込んでいた私は、自分が盲目である事を皆さんに明かしました。しかし彼らはこう言ってくれたのです。
 でもこれからは、あなたにも出来る事があるでしょうと。
 それを投げ出さない限り、あなたは役立たずなんかではないと、そう言ってくれました。

 初めて、私は受け入れられたのです。



 ……あれから、もう十年近くになりますか。
 険悪な空気が充満する輸送機の中、今となっては昔の思い出となった日の事を、美佳はどこか懐かしく思い出す。
 みんなで励まし合い、死んだ人のためにみんなで泣いて。そんな中で自分のような脆弱な者が生き残れたのは、そうして生きる意欲をくれた仲間のおかげだと、美佳は思っている。
 そうして始まった訓練の日々。教官たちは思い出すだけで震えが止まらなくなるほど恐ろしい連中であったし、彼らの元で行われた訓練は筆舌に尽くしがたいほど過酷で、苛烈だった。それでも仲間がいて、皆で助け合ったから耐えられた。
 昔から付きまとった役立たずのレッテルも、何ら気にする事は無かった。
 生体兵器にされた事は美佳の意志ではなかったし、多くの苦しみを味わわされた。でも、美佳はそれでよかったのではないかと思う。生体兵器になって、皆と会えたから、生きたいと思う意欲を取り戻せた気がする。
 結局、戦争が何もかも壊してしまったけれど。
 多くの仲間が戦火に消え、失意の内に兵器としての身分を捨てて地球に移り住んだ。胸の隙間を埋めようといつしか地球の古代宗教に手を出したりもしたけれど、彼女なりに立ち直ろうといろいろやってきたつもりだ。
 地球での暮らしは悪くなかった。むしろ木星よりよほど恵まれていたと思う。戦争の禍根もあって居心地の悪さを感じる事も多々あったが、地球人も会ってみれば木星で教えられたほど悪い連中ではなかったし、なによりちゃんと居場所が用意されていた。
 それさえもあっという間に壊してしまうのだから、運命とは理不尽この上ない。……いや、運命と割り切ってしまえればどんなにか楽か。
 今度こそ、居場所ができたと思ったのに……もう戻らない日々を思い、美佳は嘆く。
 そんな中で美佳がこう切り出したのは、表現すればきっと下らない気持ちからだろう。
「……みなさん……少し、オオイソにいた時の話を……してみませんか?」
 唐突に言いだした美佳に誰もが、はあ? と呆けた声を上げた。
「急にまたなんですの?」
 そう、美雪。
「……いえ……これが最後の機会かもしれないので。今の内に、いろいろ思い出しておこうかと……」
「おいおいおい……最後だなんてよしてくれよ」
 縁起でもねえと烈火は言うが、そこへ和也が口を挟む。
「いいんじゃない? 話そうよ」
「和也?」
「何か話してた方が緊張も紛れるよ。隊長の権限で許可する。……オオイソか。そんな長い滞在でもなかったと思うけど、いろいろあったよね」
 和也は言った。それに触発されてか、他のメンバーも訥々と語り始める。
「そうですね。最初はやっぱり壁がありましたけど、皆さん段々と慣れていって……」
「ハッキリ言って窮屈だったけどね。ムカつく奴らも多かったし」
「そうかね。割と気の合う奴らもいたがよ。……サークルの奴ら、元気かね」
「まあ……傷心を癒すには良い環境でしたわね。地球人の顔色を窺いながら暮らすのは煩わしかったですが」
 肯定的にせよ否定的にせよ、四年間の記憶が次々口をついて出てくる。
 そのまま彼らがオオイソにいた時の事を語り合うようになるまで、それほど時間は要らなかった。



 朝は、いつも同じベッドで目が覚め、同じ天井がまず目に入る。
 起きた時の気分は、季節によって様々だ。木星のコロニーでもある程度四季を再現してはいたけれど、地球のそれは作り物よりずっと表情豊かで容赦がない。春は舞い散る桜のように穏やかで、夏は燃え盛る太陽のように苛烈で、秋は枯れて朽ちていく枯れ葉に象徴された寒々しさで、冬は全てを凍てつかせるかの如く厳しい。
 それを感じられて良かったの思うのは、やはり地球が人間の生まれた場所だからだろうか。
「あら、美佳さん。おはようですわ」
 寝間着から制服に着替えて、顔を洗って、歯を磨いて……大抵このあたりで、美佳よりも早起きな同居人である美雪と顔を合わせる。
『草薙の剣』メンバーの多くは訓練中にぎゅう詰めの生活を強いられた反動からか、地球に来てからは殆どが気ままに一人暮らしをしている。しかし美佳と美雪は二人で一つの住居に同居していた。二人は年少組であったし、なにより美雪を一人にしておくとどんな問題を起こすかもしれないので監視役が必要だと、美雪を除くメンバーが多数決で決めた。
 一人暮らしは心細いと思っていたし、美佳は進んで美雪の同居人兼監視役を買って出た。その甲斐あってか、オオイソでの最後の夏まで心配されたような問題は起きなかった。
 しかしである。
「……美雪さん。またそんな恰好で……やめてくださいと、何度も言っているのに……」
 美佳はため息交じりにそう言った。
 美雪は習慣である朝のシャワーを浴びた後らしい。気配や物音から察するに、濡れた髪をタオルで片手間に吹きつつ、こくこくと瓶の牛乳を口にしている。……ショーツを一枚だけ身につけた裸同然の恰好で、だ。見えなくとも美雪の素肌から発散される温かさで解る。
「別に構わないではありませんか。ここには美佳さんしかいらっしゃらないのですから」
 何か困る事でも? と小首を傾げる気配。
 美雪はいつも、こうして風呂上がりに裸同然の恰好で部屋の中をうろついている。羞恥心が薄いのか、それとも薄くなるような経験をしてきたのかは定かでないが、やはり淑女たるべき者はもっと慎みと恥じらいを持つべきだ――――と楯身のようなお固い人なら言うだろう。
「……いえ、いいです。朝食の支度をしておきますから、美雪さんは服を着ておいてください……風邪をひく前に」
 はあい、と気のない返事をし、鼻歌を歌いながら美雪の気配が遠ざかる。
 気を取り直して朝食の支度にかかる。トースターでトーストを焼き、ベーコンエッグを焼き、野菜を切ってサラダを作り、お湯を沸かして紅茶を淹れる。その頃になってようやく制服に着替えた美雪が顔を出す。いつもこの調子なので、食事の支度はいつも美佳の仕事だ。
「……神よ。今日の糧に感謝いたします……」
 神に今日の糧を感謝する祈りを捧げ、美雪と一緒に朝食を摂る。朝はご飯と味噌汁派の美雪は「またトーストですの?」と文句を言い、「……嫌なら支度を手伝ってください」と美佳が言い返すのもいつもの光景だ。
 とまあこんな具合に、オオイソでの一日は始まるのだ。



 朝食の後片付けと身支度を済ませ、美佳と美雪は二人の住居である『セジュールオオイソ』という洒落た名前のアパートを出て、通学の途についた。
 学校――――第一オオイソ高校までは徒歩圏内だ。潮の香りが満ちる道をいつも通りに歩きつつ、行き交う学生たちと挨拶を交わす。その中にちらほら見える木星人の姿にも、最近ではあまり違和感を感じなくなってきた。
 このオオイソは特に戦災を受けなかった地域とはいえ、やはり最初はお互い壁があった。それでも時が経つにつれお互い慣れ始めたようで、美佳に対しても普通におはようと言ってくれる。目が見えない事もまったく気にしないとはいかないまでも、わりかし普通に接してくれるのが嬉しい。
 むしろ木星人の生徒にこそ妙な距離感を感じるのだから複雑な気分だ。
「あ、美雪に美佳、おはようーっ」
 不意に元気のいい声が後ろから飛んでくる。振り返ると長い茶髪を首の後ろで括った、快活そうな少女が小走りに駆け寄ってきていた。
 彼女は地球人だが、ここ何年か親しくしている友人の一人だ。美佳とは中学二年の頃、同じクラスになった縁から好きなアイドルグループの話で意気投合した。美雪とは同じ放送部に身を置く部活仲間で、共通の友人という事になる。
 名をタカツキ・キョウカ。現在十六歳の高校一年だ。
「あーら……おはようございます、タカツキさん」
「……おはようございます」
 美雪に続いて、美佳も挨拶を返す。
「ねえねえ美佳。グッドニュース。取れたよこないだ話してた……ホウメイ・ガールズのコンサートチケット!」
「……本当ですか?」
「うん。トウキョウアリーナのね……聞いて驚け。なんと最前列! これもあたしの人徳のおかげかな。どうだ、崇めたまえ」
 早口にまくし立て、えへん、と胸を張るキョウカ。
 ホウメイ・ガールズは今年でデビューから三年ほどになるアイドルグループだ。メンバーは総勢五名。『火星丼行進曲』や『パエリアのポップス』など料理をモチーフにした歌詞が特徴。
 まだあか抜けない感じはあるものの歌の評判は上々で、かの声優上がりの人気アイドル、メグミ・レイナードとの共演で知名度を上げた結果、男女の枠を超えて多くのファンを獲得。見事ブレイクを果たした。
 キャンペーンに参加していたヒサゴプランが、火星の後継者第一次決起の呷りで棚上げされた時は、『人気に打撃か?』と三流週刊誌などに書かれた事もあったが、実際はそんな事でファンが離れるわけもなく、人気に未だ陰りは見えない。
 美佳とキョウカはそんなファンの一人だ。
「これで夏休みには生のホウメイ・ガールズが見れるねっ! ただ三枚取れたんだけど、よかったら美雪も……」
「結構ですわ。わたくしより他の友人方を誘ってさしあげて」
 やんわりと断る美雪。キョウカは「そう?」と残念そうに言う。特に疑いなど持った様子は無い。
 でも、と美佳は思う。

 ――美雪さんはきっと、キョウカさんと一緒に行くのが我慢ならないに違いありません。

 美佳は知っている。美雪とキョウカは部活仲間ではあるのだが、実は美雪はキョウカをあまり好いていない……いや、敵意と言っても過言でない感情を持っている事を。
 それを偶然知ったのは、一年ほど前だ。まさかキョウカが、あの人と関係を持っていたなんて思いもしなかった。
 別に悪い事ではないし、むしろ良い事だと美佳は思う。けれど美雪はそれが我慢ならないのだ。
 和也たちに相談しようかと思ったが、あの人――――あの頑固者は秘密にしておいてくれと言うので、美佳は誰にも相談できず心配の種は尽きない。
 美雪が最近になって放送部に入ったのも、機会あらばキョウカに危害を加えようという腹積もりではないかと美佳は疑っている。
 当のキョウカは美雪に警戒心などあるわけがないので、二人が顔を合わせるたびに美佳は内心穏やかではいられないのだ。
 美佳にとっては、二人とも大切な友達なのだけれど。
「アズサ先輩でも誘ってさしあげてはいかが? 先輩へのおべっかも大事ですわよ」
「だめだめ。先輩はタンドリーボーイズ派だもん。ここはやっぱり……いや、それなら二人で行くべきかな……」
 ぶつぶつと、何やら思案を巡らせるキョウカ。
 ――いけない。あの人と一緒に行く事を考えている……美佳は恐る恐るといった感じで、美雪の気配を窺った。

 途端、美佳は思わずひっ、と息を飲んだ。

 不機嫌、なんて生易しい物じゃない。本当に肌が泡立つほどの殺気が、美雪の全身から発散されている――――
「せっかく入手困難なチケットが取れたんですもの。後悔しないような方と行かれるべきと思いますわよ」
 その普段通りを装った声音が、今は恐ろしく寒々しい。片や鏡花は、美佳のような気配を読むスキルも、ましてや警戒心も持ち合わせていないのだから当然だが、それにまったく気が付かないのが妙に間抜けで、危うく見える。
 ここが人通りの多い通学路でよかったと美佳は思う。
 もしここが誰も来ない山奥だったりしたら……美雪は指に仕込まれた特殊合金製の爪で、迷わずキョウカの喉をかき切っているかもしれない。
 異様な緊張感を孕んで、三人の談義は続く。
 そして信号待ちで三人が足を止めた時、不意に遠くから緊張感の無い、それでいてドスの効いた重低音の声が聞こえてきた。
「おぅーい、美佳あー」
 その声に鏡花は顔をびくりと強張らせ、美雪はうるさい奴が来たとそれを一瞥し、美佳は心底ほっとした。



「いよ、お早うさん。今日もいい天気だな」
 豪放な態度で話しかけてくる、高校生らしからぬ白髪の巨漢。通行人が目を合わせないようにしてそそくさと通り過ぎる彼は、言うまでもなく烈火だ。
 思えばここ最近、烈火とこうして通学途中に出くわす事が多くなった気がする。確かに通学路は重なっているけれど、前はこんな頻繁には会わなかった。ひょっとしたら意識して時間を合わせているのかもしれない。
 会うのは別に構わない。ただ、
「お、おはようございます……いい天気ですね」
 完全に腰を引いた態度で、キョウカが烈火に会釈する。
 烈火は見た目は怖いけれど、実は本当に怖い。怒らせるような真似をしたが最後、一生記憶に残る臨死体験をする事になるだろう。機嫌が良く、人懐っこく笑っている今でもその強面な風貌は、人を震え上がらせるには十分な迫力がある。
「そっ、それじゃああたし先に言ってるから! 美佳、美雪、また学校でね!」
 早口で言い、信号が青に変わるやキョウカは駆け足で立ち去ってしまう。烈火が来るとこんなふうに地球人の友達などは大抵逃げてしまうので、正直あまり付きまとわないでほしいと思わなくもない。
 しかし、それが今は有難かった。
「ふう……お幸せそうな様子でしたわね」
 歩きつつ、やれやれといった感じに肩を叩く美雪。
「……美雪さん……」
「何か」
「……いえ」
 半眼で睨まれ、美佳は口を噤んだ。
 何もあそこまでキョウカを目の敵にしなくてもと美佳は思うのだが、こういう時にかけてやる上手い言葉を美佳は持ち合わせていない。
「なんだなんだ、二人とも辛気臭い顔してるじゃねえか。もっとパーっと行こうぜパーっと」
 そんな美佳の悩み事などつゆ知らず、気楽に話しかけてくる烈火。この人は悩み事なんて百光年ほど縁遠いに違いない……などと思ってしまい、それはさすがに失礼だと反省した。
「……そういう烈火さんは、機嫌が良いようですね……」
「お、よく聞いてくれたな。今日はクラシック兵器プラモデルシリーズの最新作、『陸上自衛軍10式戦車』が発売になる日だからな。前から楽しみでよ」
「…………」
「戦車はいいぞ戦車は。パワードスーツその他に取って代わられた今となっちゃあ歴史の中の存在だがよ、あの重厚なキャタピラ駆動とそれに支えられたでっかい大砲の組み合わせは今時の兵器には無い力強さがあって、昔の兵器にあまり興味の無い俺も戦車は好きなんだな。特に10式戦車は200年前の東アジア戦争では90式戦車と肩を並べてユーラシア同盟軍の群れでやってくる戦車と戦い抜いた名機でな……って、おい、美佳っ!?」
 美佳と美雪は無視して先を急ぐ。兵器マニア……いや、兵器オタクの談議に足を止めて付き合っていたら遅刻してしまう。
「よくもまあ、そんなくだらない物にお金をつぎ込んでいられますことで」
「……おい、聞こえたぞコラ」
 烈火にとって禁句とも言えるセリフを遠慮なく口にした美雪に、むっとして烈火が詰め寄る。
「くだらないとはなんだくだらないとは。お前にはあの機能美が理解できねえのか?」
「できませんわ。大体そんなものにお金を使っていたら、卒業までの生活費が無くなりますわよ?」
 ぐ、と烈火は押し黙った。
 オオイソにいた間、『草薙の剣』メンバーに収入の当ては殆ど無かった。戦後に軍を除名された時、恩給などの名目で多額の金が支払われたからで、少なくとも卒業までは生活に困らないはずだった。
 しかしそれも無駄使いをしなければの話。烈火のように多額の金を趣味につぎ込んでいては、卒業する前に生活費が底をつく。
 結果として言うなら、そうはならなかったわけだが……
「そういえば先月わたくしが貸してさしあげた三千円。まだ返してもらってませんわね」
「も、もちっと待ってくれ……今、用意してるからよ」
「先週も、それと同じセリフを訊いた気がいたしますけれど?」
「いや、でも、ほれ……なんだ。兵器愛好サークルの主催者の身としてはよ、他のメンバーたちへの体面ってもんが……なあ?」
 チクチク責められた挙句、烈火は美佳に同意を求めてきた。助け船を出してくれ、という事らしい。
 無論、そんな気は毛頭無い。
「……お金の無駄遣いは敵。皆さん、そう言っているはずです……」
「み、美佳ぁ……!」
 真夏の太陽の下、烈火の哀れを乞うような叫びが響き渡った。



「――――こうして、東アジア地域全体にて国同士の力関係が崩れ始めていた20XX年X月X日。台湾海峡にて中帝海軍の駆逐艦が国籍不明の潜水艦から魚雷攻撃を受け、撃沈されるという事件が起こりました。中帝はこれを台湾軍による攻撃と断言し、ユーラシア同盟三カ国が台湾へ宣戦布告。これが現在で言う台湾海峡事変であり――――」
 通学路での悶着から数時間後、第一オオイソ高校の教室。

「ちょっと烈火さんと二人で、今後の生活費のやりくりについて『平和的に』話し合ってきますわ。……ええ、『平和的に』でしてよ?」

 学校に着くや美雪は満面の笑みを浮かべてそう言い、烈火と一緒にどこへともなく姿を消した。何所に行ったのかは知らないが、多分体育館の裏あたりに行ったのだろうと美佳は当たりをつけている。
 あそこは人が来る事もまずなく、人に言えないような事をするにはうってつけの場所だ。烈火のその後の運命を思うとさすがに可哀想な気にもなるが、これでお金の無駄遣いを悔い改めてくれればいいと思う。
「――――この攻撃を行った潜水艦が中帝の言うように台湾の物なのか、それとも中帝の自作自演なのかは現在でも明らかにされてはいませんが、その後の情勢から考えるにやはり後者であるという説が支配的ですね。いずれにせよこの事件こそが、その後十数年に亘って繰り広げられた東アジア戦争の始まりでした――――」
 行われている授業は歴史だ。特別興味がある科目というわけでもないけれど、何せまだ高校に上がってから間もない一年生の身。必要な単位も多く、選り好みをするほどの余裕はさすがに無いのだ。
「――――台湾が落ちた後戦争はこの日本へも飛び火し、我が国は初めて国土の一部占領という屈辱を味わう事になりました。当時から高い防衛力を持っていたはずの日本軍が有効な初動対策を取れなかった背景としては様々な理由が挙げられますが、まず第一に考えられるのが法整備の不備ですね。当時の日本軍は憲法等との兼ね合いから非軍隊的組織として、自衛隊と呼ばれていました。これは現在で言うならピースランドの国民警備隊に相当する物で――――――」
 電子黒板に要点を書き連ねつつ、教科書を朗読する女教師の声。
 語られているのは、『東アジア戦争の歴史』だ。日本の政治形態から国民意識に至るまでの大きな変革をもたらし、現在のEAU成立のきっかけとなり、今では二十世紀の第二次世界大戦と同じくらいに重要な歴史の一ページとして扱われている、二十一世紀初期の戦争。
 この戦争の中心となった日本では、戦後に戦火を被った地域とそうでない地域との根強い所得格差が生まれ、その低所得者層の多くがやがて始まった月への入植事業へ新天地を求めて参加した。月の住民、引いては木星人の多くを日系人が占めるのはこのためで、木星の歴史にも連なる戦争という事で木星の歴史教科書にも大きく載っている。
 なので今行われている授業は、美佳にとってはすでに一度受けた授業の復習に等しかった。
「――――二つ目の理由として挙げられるのが、日本国内にいたユーラシア同盟の内部協力者の存在です。平和運動の名目で日本軍――自衛隊の移動する道路を塞いだり、滑走路に座り込んで戦闘機の離陸を邪魔するなどの妨害工作を行った者が、信じがたい事ですが当時の日本には多くいたのです。さて、その主犯格の名前を……神目さん。答えて」
 教師に指され、美佳は椅子から立ち上がる。
「……当時の国会の最大野党代表……大沢次郎容疑者を初めとする、日本の有力政治家たちです……」
「はい。正解です。彼らは――――」
 憂鬱な授業ですね……と美佳は思う。
 たかだか歴史の授業。それも200年も前の話と言ってしまえばそれまでだが、戦争だの裏切り者だの……嫌な事を思い出させる。
 戦争は美佳がようやく手に入れた大切なものを容赦無く壊して、何も与えず去って行った。……あんな思いは、置いて行かれるのは、もう沢山だ……
「――――こうして北海道と九州が占領下に置かれた後、戦局は十数年に亘ってこう着する事になります。ユーラシア同盟は核ミサイルを持ちだしての恫喝も行いましたが、日本は応じませんでした。それから――――」
 キーン、コーン……終了時間を告げるチャイムの音。
「今日はここまでですね。大沢次郎容疑者らが外患援助に走ったその理由や背景については、興味があるなら自分で調べて今月の終わりまでにレポートを提出してください。良い物を書いた人には単位をあげます。それでは、また明日」
 生徒全員で起立し、退室する教師を見送る。そして広がる、授業が終わった後に特有のざわめき。
 やっと終わってくれましたか……やれやれと持ち物を鞄に纏め、教室を出る。
 これで午前の授業は終了だ。気を取り直して、さてどうしようかと昼休みの過ごし方を考えた。
 レポートは必須ではなく任意だから、どうでもいいとして……やはり生徒会員の身としては、生徒会室に顔を出すべきか。とそんな事を考えていた時、ふと一人の人間が美佳に近づいてきたのに気が付いた。
「こんちは美佳ちゃん。ちょっといいかな?」
「……その声は……露草先輩ですね。こんにちは。……何がご用ですか?」
 澪でいいったら、と顔に幼さが残る二つ上の先輩は苦笑いした。
 露草 澪つゆくさ みお。まだ地球に馴染めなかった美佳たちにとって最初に仲良くしてくれた地球人の友人であり、和也とは家が近い事もあってか特別仲良くしている女友達。最近は特に和也と二人でいるのをよく見かけるが、今日は珍しく一人らしい。
「あのさ、今日時間あるかな? 今書いてる本、仕上げとか手伝ってほしくて……」
 やっぱり、と美佳は思った。
 人にはあまり言わないが、澪は大のマンガ好きだ。アクション、SF、恋愛、ミステリなど、幅広いジャンルを網羅している。
 ここ最近は読むだけに留まらず、コスミケ――――同人誌即売会で自分の書いた同人誌を販売するなど、自分でマンガを描く活動にも熱心だ。それがまたなかなかに好評なので、彼女が密かに抱いている漫画家になるという野望もあながち夢ではないかもしれない。
 予断ではあるが、そんな澪が一番好きなマンガ家にして目下の目標としている人物に、天ノ川 光あまのがわ こうというマンガ家がいる。彼女もまた同人誌から始めたマンガ家で、戦争中はエステバリスライダーとして従軍しながらもマンガを描き続け、休戦後に晴れてマンガ家デビューを果たしたという、なかなか重い経歴のマンガ家だ。惜しむらくはせっかくの従軍経験を生かした作品を一度も書いた事が無い、という事か。
 今はもう軍との縁は切れているはずだが、火星の後継者の第二次決起に前後して連載を休んだ事がいささか気になるところだ。
 まあ、それはともかくとして――――
「……今度のコスミケに出す……と、言っていたマンガの事ですね」
「うん。そろそろ書き上げないと危ないんだ」
 ね、お願い。と澪は手刀を切る。
 澪がこうしてマンガのアシスタントを頼んでくるのはこれが初めてではない。
 特に去年『草薙の剣』メンバー総出で澪を手伝った事はまだ記憶に新しい。戦力外だった約二名にはいささか足を引っ張られたが、結果として締め切りには間に合い、その後のコスミケでは売り子役を務めた妃都美や美雪の活躍もあって本を完売できたので良しとしよう。
「……私は構いませんが……私一人でよろしいのですか?」
「ううん。一応他の子にも声掛けてみるつもり。次は妃都美ちゃんでしょ。それと和也ちゃん、美雪ちゃんに奈々美ちゃんも」
 楯崎さんと山口さんは……微妙かな、と澪は去年戦力外だった二人の名を出し苦笑する。
「特に美佳ちゃんと妃都美ちゃんには頑張ってもらうからね。二人とも、絵が上手だから期待してるよ」
「……はい」
 期待していると言われたのが嬉しくて、少しだけ顔がほころぶ。
 初めて澪がアシスタントを頼んできた時、澪は美佳には声をかけてこなかった。勿論、美佳の目が見えない事がその理由だ。
 幼少時に両親から受けた訓練の中には絵を描く事も含まれていたので、美佳は澪のアシスタントを務めるに何ら問題はないのだが……まあ、こればかりは仕方ないところだろう。
 その後、他のメンバーから美佳に声がかかり、澪の前で実際に作業をやらせてもらったら一発で見直してくれた。以来美佳は澪のアシスタントにしばしば誘われている。
 そんな風に、自分の努力や特技にちゃんとした評価がされる度、やはりここにきてよかったと美佳は思う。
 ……大きな声で言うのは、まだ憚られる事だが。


「すみませーん」
「……お邪魔します」
 澪に続いてドアを潜ると、つん、と絵の具の臭いが鼻をついた。
 結局、澪についてくる形になった美佳がやってきたのは、第一オオイソ高校の美術室だ。午前中に美術の授業で使ったのか沢山のイーゼルが立ち並ぶ中、窓際の片隅にパイプ椅子や机を引き出して談笑している人影が数人見えた。現在およそ三十人強からなる、美術部の部員たちだ。
 突然の訪問者に、部員たちが顔を向けてくる気配がした。その中には見慣れた人の姿もあった。
「美佳さん。それに露草さんも……いらっしゃい」
 流れるようなピアニッシモの声。妃都美の声音だ。
 中学の頃は得意の弓道部に入っていた妃都美だが、高校に上がってからは別の事もやってみたくなったと言い、美術部に衣替えしたのだ。
 油絵を初め、いろいろと描いているらしい。どんな絵なのか美佳には解らないのが残念だが、他の部員曰く、『白黒ながら陰影の濃さを駆使した良い絵を書く』との事だ。
『白黒の絵しか描かないのが残念。もっと色彩を駆使した絵を見てみたい』とも付け加えられていたが、これを彼女に要求するのは酷だろう。
 以前は部員が十人にも満たなかった美術部だが、妃都美が入部すると当時に希望者が殺到したのは言うまでも無い。余談ではあるが。
「よかったすぐに見つかって。あのね妃都美ちゃん。今日……」
 言いかけた澪を遮るように、柔和な男の声が聞こえた。
「ほら、ね。やっぱり来た。構わないよ」
 え? と美佳は思った。この声は……
「あれ、和也ちゃん? 何でこんなとこにいるの」
「何だよ。僕が美術室にいたら悪いか?」
 澪の問いに和也が答えた。やはり和也だ。他の男子部員に混じって気が付かなかった……
「それに構わないって、まだ何も言ってないんだけど」
「コスミケに出す本を書くのを手伝ってほしいのでしょう? そろそろ来るだろうと、さっきまで和也さんと話していたところです」
 苦笑気味に妃都美が言った。
「いやあ、そろそろ今年のコスミケも近いしさ。そろそろ手伝う時間を作っておいてあげようと思って、妃都美と相談しに来たんだ」
 まさかその最中に来るとは思わなかったけど、と和也と妃都美は二人して笑い合う。
「うー……私ってそんな解りやすい性格してるかなあ」
 ぷうっと頬を膨らませる澪。その可愛らしい仕種に、周りの部員がクスクスと忍び笑いを漏らす。
 とりあえず手伝いに行く日にちや時間などを示し合わせた後、空腹を覚えて食堂へ向かう事になった。
「……残りは、四人、ですね……」
「烈火に楯身に美雪、それと奈々美か……奈々美は最近強化科目、取ってみるとか言ってたからな。来るかな」
「奈々美さんは、ああ見えて勉強できますからね。楯身さんも今年三年ですし、忙しいかも」
「んー、まあ忙しいならしょうがないよ。その分、集まったみんなに頑張ってもらうからね」
 うわあ大変だぁ、などとふざけたように言って笑い、美術室から廊下へ出る。

「――――待ちな」

 その楽しげな空気を無遠慮に吹き飛ばす、威圧的な声が聞こえてきたのはその時だった。
 何やら怖い顔をした男子生徒が二人、廊下を塞ぐように並んで仁王立ちしていた。学年は恐らく二年そこそこだろう。片や長身のロン毛。もう片方の唇や鼻に光るのはピアスか。あまり素行が良さそうな感じには見えない。
「か、和也ちゃん……」
 澪が不安そうに和也の袖を掴む。見れば反対側にも派手な髪型をしたガラの悪い男が一人いて、美佳たち四人を挟み込んだ形だ。
 何だか知らないが、友好的な雰囲気では間違っても無い。澪を中心に守る形で円陣を組み、さりげなく足を引いて身構える。
「私たちに何か用ですか? その様子だと、何かあなたたちの迷惑になるような事でもしたでしょうか」
 妃都美が毅然とした態度で言う。途端、男たちは掌を返したように態度を軟化させた。
「いやいや。妃都美さんには何も無いんです。どうかお気になさらず」
「そうそう。妃都美さんは何にも悪くない。怖がらないでいいんですよ」
 馴れ馴れしい態度だった。こういう露骨に媚を売るような態度が、妃都美は一番嫌いなのだが。
「用があるのはお前だ。お前」
「……僕?」
 と、和也。
 途端、男たちはびしっ! と和也に指を突き付け、口々に言い放つ。
「俺たちが連日アタックをかけても無視される!」
「三日三晩かけて書き上げたラブレターは読まずに捨てられる!」
「そんな日々をこの四年間ずっと繰り返して、俺たちがどれだけ辛かったか。お前に解るか!」
 そう言われてもどんな返事をしたらいいものやら、といった感じに「えーと……」と和也が言う。
 男たちの熱弁は続く。
「しかしっ! お前だけはさも当然の如く妃都美さんに近付いている! 何故だ! 納得できないっ!」
 それを言ったら同じ男である烈火と楯身の立場が無い……と美佳は思った。この男たちの目には和也以外の男性は見えていないのだろうか?
「そんな事言われても僕と妃都美はただの……まあ、幼馴染と言いますか。それだけの関係なんですが」
 さすがに『幼少時から同じ軍事訓練所にいた』とは言えない。
 しかし、その抗弁は誤解を解くどころか、むしろ彼らの神経を逆なでしたらしい。
「そのポジションが気に食わねえんだ! 俺にもよこせっ! 幼馴染というおいしい地位をよこせえっ!」
「それだけじゃねえぞ! 妃都美さんをはべらせるだけでは飽き足らず、露草さんという可愛い世話女房までも抱え込むその非道! 俺なんか十七年生きてきて女友達を家に連れ込んだ事さえ一度もねえんだぞっ!」
「せ、世話女房って……」
 ひゃあ、と澪は思わずのけぞる。しかしまんざらではなさそうだ。
「さらにっ! 毎日毎日あの白鳥ユキナさんに殴られるというおいしい役回り! 殴ってください、俺も殴ってくださいっ!」
「それは是非代わってあげたいよ……」
 げんなりして和也が言う。
「まだまだあるっ! そこにいる美佳さんも、ここにはいない美雪さんも! そんな大勢の美女に囲まれた貴様!」
「そして今日! ついに妃都美さんの美術部部室にずけずけと入り込んだ所業! 堪忍袋の緒が切れた! そこになおれ! 成敗してくれるわ!」
「お前という悪の枢軸を打倒し、妃都美さんの! 乙女たちのハートを俺たちが解放してくれよう! 待っていてください妃都美さんっ!」
 いよいよ危険レベルまでヒートアップする男たちに、一同は対応を決めかねる。
「どうしたもんかな妃都美……」
「さあ?」
 妃都美の声は冷たい。まったく相手にする気は無いらしい。なのに男たちは勝手に興奮する一方で、今にも殴りかかってきかねない剣幕だ。
 ここは止めるべきだろう。美佳は生徒会員として口を開く。
「……私の事は見えているようですが……生徒会員である私が見ている前と知って、この狼藉ですか? ……和也さんがあなたたちに悪意があって不利益を与えているわけでないのは明らかです。にも拘らず暴力を振るったとあらば……厳重注意、悪くすれば数日程度の停学には十分値します……」
 だろうな。と男の一人。
「……大げさな例えですが……世界の全てを手に入れても、自分の命を失って何の得があるか……という言葉もあります。第一、ここで和也さんに暴力を振るっても、妃都美さんはあなたたちの物にはなりません……お互いのため、どうか気を静めてください……」
「ふん。お心遣いいたみいるね、生徒会の神目美佳さんよ」
 だが、と男三人は口を揃えて言う。

「その優男をぶっ殺してやれんなら、停学も構わん!」
「その先に妃都美さんがいるなら、退学も怖くないっ!」
「その先にユキナパンチがあるなら、ケンカ上等っ!」

 駄目だこいつら……一同の口からため息が漏れる。
「あんたら……僕と妃都美はそんなじゃないって」
「問答無用おおおおおおおおおおおう!」
「うわ、来たっ!」
 ついにしびれを切らした男たちが前と後ろから突っ込んできた。美佳ら四人は揃って横へ逃げる。
 勢いあまった男たちは急に止まれず、ゴン! とお互いの頭から小気味よい音を響かせた。そのまま頭を押さえて悶絶する。
「お、おのれ汚い手を使いやがって……」
「あんたたちが自滅したんだろ……」
 言いつつ、和也は戦闘の態勢に入った。腰を落として半身になり、右腕を無造作に垂れ下げたその構えは木連式柔。相手を過度に傷つけないよう、簡単な投げ技でも使って戦意喪失を狙う、といったところか。
 まあ相手は武術の心得があるような気配は無いし、特別筋肉質なわけでもない。やれば数秒で終わるだろう…………が。
「……駄目ですよ」
 そう言った美佳に、え? と和也。
「……理由はどうあれ、暴力行為は容認できません」
「じゃあなに!? 僕に黙って殴られろって事か!?」
 あわわ、と和也が狼狽した隙を狙って、男のパンチが襲い掛かる。和也は「うわっ!」と紙一重で身をかがめて避ける。
「……澪先輩。妃都美さん」
 答える代わりに、澪と妃都美に声をかける。
「……誰か先生と、生徒会の人を呼んできてください……私はここで出来るだけ彼らを制止してみます」
「わ、解った!」
「行ってきます!」
「……和也さんは出来るだけ耐えてください。攻撃を捌くまでは容認しますが……相手に危害は加えないように」
「無茶言うなあーっ!」
 繰り出される攻撃を必死に避けながら和也が叫ぶ。それはもはや悲鳴だ。
「……あなたがたは、今すぐ暴力行為をやめてください……今ならまだ罰は軽くて済みます……」
 そんな事を言っても、もはや男たちの耳に届くはずも無い。雄叫びを上げながら稚拙な攻撃を繰り返す。
 素人とはいえ三人を相手に、和也はよく持ちこたえた。下手くそな軌道の蹴りはフットワークを駆使して避け、素人な拳の力を上手く受け流していなす。和也の得意とするところではないが、木連式柔の技で相手に傷を負わせる事なく攻撃を受け流す。
 それでも、やはり反撃できない上に三対一では分が悪い。二人に気を取られている内、別の一人――鼻ピアスの男だ――に後ろを取られ、羽交い絞めにされる。
「しまっ……!」
「そーりゃ!」
 どすっ、と派手な髪の男の拳が和也の腹に入った。「くっ!」と苦悶の声が漏れる。
「……やめてくだ――――」
 美佳が止めに入ろうとするも、ロン毛の男がその前に立ちはだかる。
 もうなすすべがない。美佳の目の前で和也を羽交い絞めにしたまま鼻ピアスの男が頭付きを入れる。
「痛っ!」
 廊下に突き倒され、派手な髪の男の蹴りが頭に落ちる。
「うぐっ!」
 小太りな男のボディープレスが背中に落ちる。
「ぐぎゃっ!」
 背の低い男の蹴りが男性の急所に命中する。
「ギャ――――――――!」
 中肉中背の男が踵を落とす。
 メガネの男が手を踏みつける。
 ハンサムな顔の男が、
 醜い顔の男が、
 男が、
 男が、
 男が…………
 …………
「ってちょっと待てっ! あんたたちどこから湧いて出たっ!?」
 最初三人だった男が、いつの間にか十人を超えていた。それに気が付いた和也が叫ぶ。
「俺も前々からお前を殴りたかった!」
「僕も妃都美さんの幼馴染になりたかった!」
「わいも澪たんのような世話女房が欲しかったんや!」
 我も我も――――口々に吐き出される恨み事と共に、暴力の嵐が吹き荒れる。
「うぎゃあ、っ! み、美佳っ! 正当防衛に基づく反撃の許可を! 死ぬっ! 冗談じゃなくて本当に殺されるっ!」
「……いけません。皆さんもやめてください。続ければそれだけ処分を重くせざるを――――」
「美佳、恨むぞ……! ってぎゃあ! お、お、お助けえっ……!」
 美佳の説得も空しく、和也のわめき声が段々と小さくなっていく。命の灯火今まさに尽き果てんとした、その時。

「はーい、そこまでっ」

 夢中で和也を足蹴にしていた男二人の体が、ひょい、と文字通り宙に浮いた。「うおうっ!?」という二人の声に気が付いたか、和也への暴力がぴたりと止まる。
「騒がしいから来てみれば……ずいぶんと派手にやられたこと」
 現れたのは奈々美だった。持ち上げていた二人を開放すると、靴跡だらけになってぴくりとも動かない和也に歩み寄り、「生きてるー?」と声を掛けた。
「た、助かっ……た。ありがとう……奈々美」
 息も絶え絶えな和也の返事。
「……助かりました。奈々美さん……」
「いやあ、別に助けに来たわけじゃないんだけどね」
 言って、奈々美は男たちに向き直る。
「話は聞かせてもらってたけど、これが妃都美や他の女の子たちと仲良くしてるのが気に入らなかったわけね? あんたたちは」
「何で知ってる?」
 男集団の一人が言った。
「嫌でも聞こえるわよ。あんなでかい声出してれば。……ふん。男の純情ってやつかしら。それはいいんだけどね……」

 にやり――――と。
 奈々美の顔に、殺意を宿した笑みが張り付く。

「何であたしの名前が、一度も出てないわけ? 白鳥には殴られたくてもあたしに殴られたい奴はいないのかしら?」

 いけない――――と美佳は思った。
 なんだかんだ言っても奈々美は女の子だ。他の知り合いが全員『美女』と挙げられているのに、自分だけ蚊帳の外とあっては我慢なるまい。
 そしてこの様子では、今度は奈々美が男たちに殴りかかって行きかねない……
「……奈々美さん……暴力は」
「やかましい。和也のお返しって事でチャラにしときなさい」
 そんな無茶苦茶が通じるわけない――――美佳がそう言いかける前に、和也が奈々美の足を掴んで訴えた。
「ま、待ってくれ……ここで奈々美がこいつらを殴ったら、僕がこんな姿になった意味が……」
「あんたは――――」
 みなまで言わせなかった。奈々美は和也の体を引っ掴むと、砲丸でも投げるように振りかぶり、
「引っこんでなさいっ!」

 ――――廊下の窓に向かって、放り投げた。

「うっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁああ――――――――!」
 ガシャンッ――――! と派手にガラスを突き破り、和也は飛んだ。しかし人は鳥にはなれない。――――落ちた。
 ガサガサと葉が擦れる音。バキバキと木の枝が折れる音。そしてドシーンッ――――! という激突音。ちなみにここは校舎の二階だ。
「さーて……白鳥の代わりにあたしのパンチをプレゼントしてあげようかしら。ちょっと殺り過ぎちゃうかもしれないけど、勘弁ね?」
 つい先ほどまで和也相手にあれだけ熱狂していた男たちは、今や完全に震え上がっていた。誰か失禁したのか、ぷんと生暖かい臭いが鼻をつく。
 こうなってしまってはもう、美佳に奈々美を止める術は無い。止めろと言うだけで止めるような奴でない事はよく知っている。かと言って力づくで止めるのも美佳には無理だ。
 こんな事なら和也に反撃させておけばよかったかと、少しだけ後悔する。
 和也を反撃させたことによる一悶着なんて、これから奈々美が起こすだろう惨劇とその結果に比べれば安い物だった……
「さあ、トップバッターは……」
 破滅の引き金が引かれようとした、まさにその時。
「こらーっ! 何をやっている!」
 響いた教師の声に、チッ、と奈々美は舌打ちし、拳を下ろす。
 ようやく、美佳は安堵の息をついた。



「ははあ……それは大変でしたわね」
 全く大変に思っていない口調で言い、美雪は優雅に紅茶を一口。
 あの騒ぎの後、暴行に加わった男子生徒達は全員生徒指導室へ送っておいた。今頃はたっぷりと厳重注意を食らっている事だろう。奈々美も、窓ガラスを叩き割った事でセットで厳重注意だ。彼女には割れたガラスを弁償してもらわねばなるまい。
 そう大した被害や怪我人――特に地球人の――が出たわけでもないので、変な騒ぎになる事はなさそうだ。これも和也の尊い忍耐と犠牲があればこそだろう……
 その一番の被害者である、全身タコ殴りにされた挙句に二階の窓から叩き落された和也は、植木がクッションになってくれた事と和也自身がうまく受け身を取った事もあり大した怪我は無かった。今はナノマシン配合の絆創膏を張って、保健室で休ませてある。
 そして今、あの場にいなかった者を含めた『草薙の剣』メンバー五人と、その他一名が食堂に集合し、少し遅い昼食を摂っていた。
「ううう、可哀想な和也ちゃん……痛かっただろうなあ」
「まったく、これだから男は……和也さんも和也さんです。黙っていないで殴り返してもいいでしょうに……」
 澪と妃都美はそれぞれ、和也への同情と憤りを口にする。なんだか、遠回しに責められているようだと美佳は思った。
 ――……確かに、私にも一部の責任はありますか……
 さすがに申し訳ない気分になる美佳だが、そこへ、
「そう言うな。木星人である隊長が地球人に手を上げれば、それはそれで無視できない問題になる。今はまだ微妙な時期だからな……」
 隊長もそれを理解していたからこそ殴り返さなかったのだろう。と楯身は言う。
「むしろ隊長は偉い。最後まで殴り返す事なく、耐えたのだからな……」
 かなり感心した様子で頷き、楯身は天ぷらうどんをすする。
 途端、妙に寒気を誘う笑い声が木霊した。
「――――うふふふふふふ……」
「……何事だ、美雪」
「いえ。昔の楯身様とは随分とお変りになられたと、そう思いまして」
 訊いた楯身に答えて、美雪。
 確かにそうだと美佳も思った。
 昔の楯身は、あの湯沢翔太が提案した火星への無差別攻撃――――その過激さに一度は軍の幹部たちも二の足を踏んだあれを、最初から指示していたほどの反地球感情の持ち主だった。その頃の彼ならこういう時、それこそ阿修羅の如く怒ったはずだ。
 それがこの四年で随分と丸くなったというか、地球寄りな考え方になったと思う。
 ――……やはり『あれ』が理由ですか……人は変わるものですね……
「そんなに地球がお気に入りでして?」
 笑みの中に、冷気を含んだような美雪の声音。機嫌が悪い証拠だ。
「自分もこの四年、色々考える事があったからな。……美雪、お前には無いのか?」
「さあ……わたくしも今は一学生。自分の事で手一杯でして」
 ――気のせいか、二人の間に火花が散った気がした。――――ああ、また空気がギスギスする。最近の楯身と美雪はいつもこれだ……
 それを感じたか、澪が話題を逸らしにかかる。
「えっとさ。とりあえず美佳ちゃん。和也ちゃんに、後で購買部からお弁当とか飲み物とか買って、持ってってあげてよ。今頃お腹空かせてると思うし」
「……そうですね……そうしておきます」
 和也がボロボロにされた責任の三分の一ほどは美佳にもある。一食奢るくらいはするべきだろう。
「それとこれが一番大事なんだけどさ、今日からみんな――――」
「おお。コスミケだな」
「マンガを描く人手が足りないので、手伝いが要るのですわね?」
「うむ。そういえばあれから一年であったな」
 烈火と美雪と楯身が先回りして言った。澪の顔に苦笑いが浮かぶ。
「う……うんうん。それで、今日から放課後うちに集まって欲しいんだけど、いい?」
「行くぜ、行くぜ。ベタでもトーンでも何でもやるぜ」
 去年はベタははみ出す、トーンは破くと散々な仕事ぶりだった烈火が手を上げた。
「自分は、面目無いが辞退させていただく。さすがに三年ともなると、時間的に余裕が無いのでな」
 そう、去年は同上の楯身。
「わたくしは……まあ、家にいてもする事ありませんし、構いませんわよ」
 地球人との友達付き合いも大切ですから、と美雪。
「残りは奈々美ちゃんだけだね」
「……お説教は、もう終わったでしょう……そろそろ来る頃と思うのですが……」
 美佳と澪が言い交わしていると、
「あー、もうサイテー」
 噂をすればなんとやら。ふてくされた顔で奈々美が、ギョーザ定食特大盛りを手に姿を現した。
 美佳は奈々美に声をかける。
「……ご愁傷様です。奈々美さん……その後はいかがですか?」
「いいわけないでしょ。ガラスは弁償だってさ。ったく……あの教師話が長いったら」
 ガラスは悪かったけど、一応ケンカを止めたんだから情状酌量の余地くらい無いのかしら……奈々美は不平を漏らす。
「……ケンカ両成敗です。結果はどうあれ……和也さんに止めを刺したのは、全面的に奈々美さんの責任です……放課後にでもいいので、和也さんには謝罪してください」
「ふう……解ったわよ」
 美佳の求めに、奈々美は渋々応じた。
 と、澪が待ってましたとばかりに口を開く。
「えっと、話も纏まった所で奈々美ちゃん、もうすぐ……」
「マンガ描くのを手伝えってんでしょ? 悪いけどパス。あたし今時間無いのよ」
 奈々美もまた、澪の言わんとする事を先回りして言った。
「そ……そう。それは残念だなあ」
 げんなりして澪は言う。そしてまた、ぷうっと頬を膨らませて、
「うー……どうして私の言う事、みんなに先回りされちゃうかなあ」
「そう言われましても。いつもの事ですもの」
 オホホホホ、と美雪は笑う。――――澪はうなだれた。
「ふむ。露草殿は解りやすい。顔を見れば大抵、何を言わんとしているか想像できる」
 ふっ、と楯身は笑う。――――澪は泣いた。
「そうですね。気心が知れてるって言いますか、大抵伝わりますね」
 うふふ、と妃都美は笑う。――――澪はわなわなと震えだした。
「こう何度も頼まれりゃ、嫌でも解るわな」
 がはは、と烈火は笑う。――――澪は痙攣し初めた。
「澪ちゃん、単純だからねえ」
 ふん、と奈々美は笑う。――――澪はがたんと椅子を蹴って立ち上がり、大声で叫んだ。

「もーっ! みんなで私をダシにして笑わないでちょうだーいっ!」

 どっ、と全員が大声で笑った。
 美佳も思わず、くすっと笑いを漏らしてしまった。



 ――――それから、何もかもが滞りなく過ぎていった。
 午後の授業が終わり、放課後は和也を見舞うついでに全員で送り届け、その足で澪の家に行ってマンガのアシスタントをして。
 それも終わって、解散。美雪と共に自宅のアパートへ帰り、勉強して遊んで夕食を摂って、やがて寝る。
 騒がしくも心地よい日々が、今日もまたつつがなく過ぎていった。
 こんな日々が、美佳はずっと続くと思っていた。もう戦争に関わる事も二度と無い。火星の後継者にももう、草壁元中将を欠いた今では世界を動かすような力は無い。
 やがて学校を卒業して、社会に出て働いて、家庭を持って……そんな万人に須く与えられるべき平凡な行く末が待っているのだと、何ら疑う事なく、眠りにつく。
 それがほんの数日後に、テロという手段で叩き壊されるなんて、美佳は想像もしていなかった。
 これはそんな日々。オオイソで過ごした最後の夏の、一日の原風景――――



「オオイソか……確かにこうして思い返してみると、いろいろな事があったね」
「そうですね。みんなで海水浴に行ったり、お花見をしたり……」
「木星にいた頃は、一方的な情報を与えられるだけだった地球を実際に見て、多くを知る事が出来た……それだけでも価値ある日々だったと、そう思っております」
「なーんか、ドタバタする事やムカつく事も多かったけどね。音楽のオカベだっけ? あいつは嫌な教師だったわ」
「ああ。けれどまあ……結構楽しかったよな」
「ミスして痛めつけられる事もありませんでしたしね。良くも悪くも平和で……」
 口々に出てくる、オオイソの思い出。皆、なんだかんだ言いつつもあの町で過ごした四年間に、多くの物を得ていたのだろう。
 美佳もそうだ。
 ――……サツキさんにモモコさん……皆さん、元気でいるでしょうか……
 ――……キョウカさんが手に入れてくれたチケット、無駄になってしまいましたね……ホウメイ・ガールズのコンサート、一緒に見たかったです……
 ――……澪先輩、今もマンガを描いているでしょうか……最後まで手伝ってあげられなくて、申し訳ありません……
 一つ思い出すともう止まらない。次々に地球で得た友人たちの事が頭に浮かび、うっかり涙が出そうになった。
 あの時、火星の後継者が学校占拠などしなければ。
 占拠のターゲットが、別の学校だったなら。
 和也たち友人が、人質にならなければ。
 美佳たちが戦う事を思いとどまったなら。
 今更後悔しても何にもならないのに、それでも思ってしまうのだ。
 あの時ああしていれば、こうしてまた戦場へ赴く事も無かった――――と。
 このまま戦場に行って、戦闘要員でない、ましてやこうも士気の低い自分が生き残れるのかとさえ思う。
 かといって、あの時戦場行きを蹴って、一人でも軍に保護されていればよかったのかと言われれば、それも我慢できそうにない。
 なら、どうすれば納得できる?
 …………
「難儀でありますな」
 楯身の声。
「隊長も、露草殿の事が心配でありましょう」
「そりゃあね」
 物憂げに和也が答えた。
「お父さんを殺されて、今やお母さんと二人きりだ。僕は親ってものをよく知らないけど、あの時の澪の嘆きようは覚えてる」
 その時の事は美佳も覚えている。親を亡くす、その辛さを美佳は誰よりもよく解っている。
「ようやく笑顔が戻ってきたと思ったのに……今度は僕たちがいなくなる番か。お父さんの代わりに澪を守るなんてカッコつけといて、結局何もしてやれなかった……」
「かたじけない……ですな」
「楯身が謝らなくってもいいだろう。僕は……」
 その二人のやり取りに、美佳はああ、と思った。
 ――……そうだったのですね。私は……
「ここからでも澪にしてあげられる事はある。僕はあのテロリスト……」
「……和也さん」
 美佳は意を決して口を開いた。話の腰を折られた和也は少し面白くなさそうに返事をする。
「なんだ?」
「……ずっと思っていたのですが……私は、オオイソに帰りたいです……」
 それを口にするや、即座に烈火と奈々美から反発が返ってきた。
「おいおいおい! 今さらそりゃねえだろ!?」
「ここまで来といて怖気づいたわけ? 嫌なら一人で降りなさいよ。パラシュートでもつけて、今すぐ」
「……それは嫌です……」
「この……!」
 苛立った奈々美がジャンプシートから腰を浮かすが、それを妃都美が手で制した。
「美佳さん。気持ちは解りますけど、私たちはもう……」
「……ええ、解っています……確かに私は、戦うのにあまり乗り気ではありません……できる事なら、今すぐにも逃げたいと思っています……」
「だったら、あたしたちについてきたりしないで、軍に保護されてればよかったじゃないの」
「人の話は最後まで聞け。……美佳、続けろ」
 ご立腹な奈々美を制止し、楯身が促す。
「……怒る人もいるかもしれませんが、私は……木星では居場所がありませんでしたから……木星の名誉などどうなっても構わないのです。それよりも……居場所を用意してくれた地球の、沢山の友達ができたオオイソで、生きていきたいと思っていました……」
 なら、と美佳は言う。
「……私は、そこへ帰るために戦おうと思います……火星の後継者を壊滅させて、みんな揃ってオオイソへ帰る……そう思っていれば、戦えますから……」
 ――――言い終えて、沈黙が下りる。
 こんな事を言って、やっぱり怒られるだろうか……美佳は身構える。
 その静寂を破って、ぷっ、と誰かが噴き出した。
「あはは……! それを言い出せないで悩んでいたんだ。美佳は」
 いいじゃないか、と笑って和也は言う。
「他にもそう思ってる奴はいるだろう……ねえ?」
「そうですね。……私も、オオイソに残してきたものは沢山あります」
「だな。俺もサークルの奴らともっと遊びたいさ」
 妃都美と烈火が同意する。
 楯身は無言だが、彼も同意してくれたに違いない。その理由を、美佳はよく知っている。
「ふん。いいんじゃないの? 戦闘中に逃げだしたりしないならね」
「大学進学のために戦う兵士が主流の時代ですもの。美佳さんのそれは、立派な戦う理由でしょう」
 奈々美と美雪も、とりあえず納得はしてくれた。
 ――……悩む事など、何も無かったのかもしれませんね……
 腹を割れば、木星への愛国心がいささか希薄な美佳は木星の名誉よりも、オオイソで過ごした日々の方が大事だった。……それではいけないのかとずっと思っていたけど、それでいいんだ。
『求めよ。さらば与えられん』という言葉がある。なら、大事な物を求めて戦おう。少なくとも、そう思えば逃げずにいられるから……
 それじゃあ、誓おう! と拳を振り上げて和也は叫ぶ。
「僕たちは必ず敵を倒し、各々の目的を果たす! そしてみんなの帰るべき場所に帰ると!」
 皆の声が重なる。――――我らの戦いに木星の加護を!
 その一声で、皆の間のギスギスした緊張が消えるのを美佳は感じた。
 そして美佳自身も――――胸の中のつかえが、取れた気がした。










あとがき

 実戦を前に苛立つ『草薙の剣』。各々の戦う理由を再確認し決意を新たに――――な話でした。

 今回は盲目で宗教的な後方支援要員、美佳を中心にした回でした。寡黙で口数が少なく、多分一番影が薄いであろう子です。(苦笑)
 彼女の目玉になっているソリトン・レーダーは、言うまでもありませんが某潜入ゲームのパロディです。尤も、あれはナノマシンサイズまで小型化されているようですが。

 今回もまたやたらと暗い過去話にして、木星という国の悪い面ばかりが強調されるような話になってしまいましたが、私は別に木星をヘイトするとかそういう意図は決してありません。ただ、『草薙の剣』という連中は軍事優先国家(だった頃の)木星の負の側面の具現みたいな存在ですので、どうしても……
 障害云々にしても、あくまでも美佳という人物の人格形成における一つの要素として入れたものですが、もし不快感を感じられた方がいたら申し訳ありません。
 次回からは、もう少し木星の良い面を書いてみたいと思います。

 本来はこの回で赴任地へ到着し、実戦に出る予定だったのですが、前回感想をくれた方々の意見を元に急遽回想話を入れ込みました。当初の予定に無かった話なのでいろいろ難儀しましたが、結果として二話で書ききれなかったオリキャラたちの人となりを掘り下げられたかな、と思っています。

 次回こそは作戦を開始します。旅団長を殴ってでも現場へ向かいます。はい。

 最後に……今回またしても半年の間更新を滞らせてしまい申し訳ありません。次からは、なるべく努力いたします。

 それでは。











感想代理人プロフィール

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代理人の感想

人に歴史あり、ですねぇ。

それにしてもなんと言う凸凹小隊か。よく空中分解しないもんだなぁ。

特に美雪とか美雪とか美雪とか。

そこらへんは美佳のフォローのおかげなんだろうなぁ。




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