町全体の空気が、にわかに殺気立ち始めている。
 遠くから聞こえる銃声と爆発音に、誰もが不穏な気配を感じているのだろう。道に出ていた人たちがそそくさと家に入っていき、店はシャッターを閉め、荒事に巻き込まれまいと安全策を講じようとする。
 逆に荒事へ飛び込んでいく連中もいる――――火星の後継者に唆された現地人テロリストたちだ。彼らは一様に敵意と興奮に目を光らせ、大悪魔の手先を殺せ! と武器を振り上げて戦場へ走っていく。
 今また、二台の車に分乗した男たちが、武器を手に手に戦場に立った。リーダー格らしい男が、整列したメンバーを前に興奮気味に声を張り上げる。
「あの音が聞こえるか!? これより我々は、この町に侵入した大悪魔の手先を討滅する! この国を食い物にする地球連合の兵隊など、全員炎熱地獄に叩き落せ! 神は偉大なり!」
 神は偉大なり! と十数人のグループが唱和する。  それを、甲高い飛翔音が中断させた。軍事訓練を受けた者なら誰もが耳にする、砲弾やロケットが空気を切り裂く“死神の笛の音”。
 次の瞬間、ロケット弾の直撃を受けた車が爆砕され、すぐ前に居たテロリストたちを容赦なく巻き込んだ。ロケット弾の爆発は、車の破片を致命的な凶器に変えて周囲の人間を切り刻み、薙ぎ倒した。
「何が……!」
 軽傷で済んだリーダーは、自分の頭上から落下してくる人影を目にした。両手の爪がありえない長さに伸びた、クリーチャーじみたシルエット。それが急速な勢いで迫り、交錯の瞬間、それは鮮やかにリーダーの首筋を切り裂いていた。
 鮮血が噴水のように噴き出す。ひゅう、と空気の漏れる音を鳴らして、テロリストのリーダーは事切れた。
 着地の瞬間膝を曲げて衝撃を殺した体制のそれが、ゆっくりと身を起こす。そして自分の爪を一瞥すると、つうっと血に濡れたそれに舌を這わせた。
「悪魔……」
 まだ辛うじて息があったテロリストの一人が、そう口にする。
 彼女――――美雪は、炎を背にして「んふっ」と壮烈な笑みを浮かべる。テロリストにとっては、その姿は戦場に破壊と死を振りまく悪魔そのものに見えた――――



 機動戦艦ナデシコ――贖罪の刻――
 第十一話 奇麗なバラには毒がある 後編



「ホシノ中佐! 二人はまだ無事ですか!?」
 一方、確保した容疑者、タジルハッドを移送するべく車で移動していた和也は、コミュニケに向かって焦りを孕んだ声で呼びかけた。
 美雪の戦闘力が高いのは和也たちが一番よく知っている。しかし生身での戦闘力皆無なハーリーを連れてどこまで戦えるかは、正直和也にも解らなかった。
 焦燥感を感じているのはルリも同じのようで、いつもの抑揚のない声の裏に焦りを感じさせる声音で答えてきた。
『今のところはまだ無事です。カゲモリ上等兵はマキビ中尉を民家に隠れさせて、一人で敵を撹乱しているようです。……ですが、マキビ中尉が送ってきた映像から推測して、敵は少なくとも一個中隊に匹敵する人数と思われます』
「当初の数はね。ただ……」
 助手席の窓から、外を横目で見る。今また一台の軽トラックが、武装した人間を満載して走っていった。荷台に機関銃を据え付け、木材と鉄板で簡素な補強も施してある武装トラックだ。同じような車両をすでに三回は見ただろうか。中には機関銃の代わりに対装甲車ロケット砲を装備した車両もいた。
「こちらでも一個小隊は下らない数の敵とすれ違ってます。あいつらみんな美雪とマキビ中尉を狙ってるのか……!」
 すれ違うテロリストの車を横目に一瞥して、和也が口走る。残してきた二人を狙っていったい何人のテロリストが殺到しているのだろう。さすがは昔から過激派の巣窟と言われてきただけはあるか。
『……とにかく、今は友軍との合流を急いでください。その容疑者を引き渡さないと――――』
 その時、突然妃都美が鋭く叫んだ。
「危ないっ!」
「っ!?」
 運転手を務める楯身は、反射的にブレーキを踏みこむ。次の瞬間、車のフロント部分が突然爆ぜた。
「うわあ!」
「全員、衝撃に備えろっ!」
 楯身が叫んだのと、車が道路脇の建物にぶつかって止まったのはどちらが先だったろう。衝撃に反応してエアバッグが開き、和也は空気袋にぼふっと顔を埋めた。
「くっ……! みんな大丈夫か?」
「あ、あたしたちは平気! ただ、エンジンをやられたんじゃないの!?」
 奈々美が言った。見れば本当にフロント部分にハンマーで突き破ったような大穴が空き、そこから白い煙が噴き出している。
 楯身はエンジンの再始動を試みて、数回試したところで断念した。やむなく和也たちは車から降りる。
「やられた、狙撃か……」
「はい。それも恐らくは、対物狙撃銃を使った大遠距離からの狙撃です。危ない所でした……」
『鷹の左目』で周囲を探りつつ妃都美が言う。
 動いている目標、それも全速力で走っていた車のエンジンを正確に撃ち抜く……いや、本当に狙ったのは運転手である楯身の脳天だろう。妃都美が警告してくれなければ、銃弾は和也の頭を貫通して、楯身の頭蓋を粉砕していたに違いない。
「あいつだ! 俺を助けに来たんだ!」
 後ろ手に手錠をかけられたタジルハッドが喚き始めた。
「あいつ? ……僕たちを探しに行かせた使用人か?」
「そうだ。あいつはイーグル・アイを持ってる超一流の狙撃手だ! お前らなんかあいつには勝てない! 脳天ぶち抜かれて死んでしまえ!」
「うるせえ、黙れこの××××野郎!」
 表に出せない言葉を発し、烈火がタジルハッドにスタンガンを押しつける。喚き立てていたタジルハッドが、気を失ってころりと静かになる。
「……下品ですよ、烈火さん……」
「おお、悪りい美佳。それより、超一流の狙撃手とか何とか言ってやがったが……」
 烈火は和也に話を振ってくる。
 中東には超人的な視力を持った狙撃手がいて、治安維持に当たっていた多国籍軍を苦しめたという話がある。しかしそれは200年も前の話で、殆ど逸話、たとえ話のような物と思っていたのだけれど。
 むしろ和也は、タジルハッドが口にした単語が気にかかった。
 ――イーグル・アイ……鷹の目か。なんか引っかかる言い方だな。
「考えるのは後回しでいいか。妃都美、前みたいに対抗狙撃カウンタースナイブ出来ないか?」
「……無理だと思います。銃声からして相当な距離――――最低一キロ以上は離れた場所から撃ってきたんだと思います。アカツキ狙撃銃でも届くかどうか」
「そんな遠くから……か。前の素人とは違うね」
 狙撃兵に狙われた時の恐ろしさは中東に来てすぐ骨身に染みている。前回は相手が素人のテロリストだった事に助けられた。奴に狡猾で冷静な判断力があれば、確実に何人か死んでいた。
 であればこそ、対策も練ってある。
「そう何度も同じ手を食うと思うなよ……ホシノ中佐、NLOSの準備は?」
『すでに配置完了。いつでも発射できます』
 了解、と応じ、妃都美にアイコンタクトで合図を送る。妃都美は腰のホルスターから拳銃のような機械を取り出し、慎重に腕だけ突き出して使用人Bが潜んでいるだろう建物へ向ける。
『データリンク完了。発射します』
 ルリの声が聞こえてから、およそ十秒強。
 短くも長い間を置いて、空を一筋の閃光が切り裂いた。次の瞬間、爆発。使用人Bが身を潜めていた建物が叩き割られ、烈火たちが「やったぜ!」と歓声を上げた。
 NLOS−LS。小型の地対地ミサイル。地上要員のレーザー誘導により針の糸を通すような正確な爆撃が可能で、従来車両に搭載してあったそれをジョロに搭載して機動性を上げてある。前回の苦戦を教訓に、狙撃兵対策として取り寄せたものだ。
「敵の死亡は確認できないけど……今は急を要する事態という事で省略。車はもう使えないので、徒歩で行きます」
『了解。合流地点の変更を伝えます。それと……』
「何か問題でも?」
『そちらに識別信号を発していない虫型兵器が多数接近しています。多分敵です。そちらの援護にはジョロ一機だけ回して、タカスギ機と他の虫型兵器は敵機の迎撃に回そうと思いますが、いいですか?』
「お願いします。僕たちも空爆を食らいたくはないですから」
 通信を切り、タジルハッドを烈火に抱えさせて移動を開始する。銃声と爆音を聞きつけて殺到してくるであろう、テロリストの足音を感じながら……



 ひゅっ――――と大気を切り裂いてナイフが飛来する。それに脳天を射抜かれたテロリストが悲鳴も上げられずに生き絶え、周囲に居た仲間たちに恐慌を伝播させる。
 それを突いて美雪は敵の只中へ飛び込んだ。すれ違いざまに二人の首筋を『暗殺者の爪』で切り裂き、そのまま勢いを殺さず前へ。
「うわああああああああ!」
 怯えたテロリスト――まだどこか幼さの残る男だ――が、恐慌に駆られて軽機関銃を美雪に向ける。それが火を吹こうとする刹那、美雪は腕時計を操作。飛び出したリングを引っ張ると、そこからナノカーボン製のワイヤーが伸びる。
 とんっと地面を蹴り、前転しながらテロリストの頭上を飛び越える。その動作で相手の首にワイヤーを引っ掛け、着地の瞬間全体重を掛けてそれを引っ張る。その細さと頑強さは美雪の体重と相まって、テロリストの首を締め付けるどころか切り裂く。
「――――――――――――――――!」
 持ち主の恐慌を現すように乱射される軽機関銃。それはあろう事か美雪ではなく、後ろに居たテロリストの仲間たちを次々に撃ち抜いた。そして締め付けに抵抗する力が無くなったのを確認すると、美雪は素早くワイヤーを元に戻して愛用の45口径拳銃を引き抜き身を翻す。
 ダブル・タップで一度。最後の一人が額に穴を開けられ崩れ落ちる。眼前の敵をすべて片付けたのを確認すると、美雪はすぐにその場から姿を消した。
 程なくして、銃声を聞きつけてやって来た別の集団がその場へ駆けつけてくる。勿論その場に動く者は無く、ただ怪我人が苦しそうに呻き声を上げ、もう動かない遺体が力無く倒れ伏しているだけだ。
「畜生……ひでえ事しやがる」
「絶対、お前の仇取ってやるからな……」
 怒りを瞳に宿し、うつ伏せに倒れた仲間の遺体を仰向けにする。せめて目を閉じてやろうとしての事だった。
 瞬間、その遺体の下から、ボヒュッ、とガスの抜けるような音がして、ジュースの缶のような物体が飛び上がった。
「神様……」
 それがジャンプ地雷と呼ばれる対人地雷の一種だと思い至った次の瞬間、空中で地雷が爆発。撒き散らされた無数の釘や鉄片は、その場にいたテロリスト全員を殺傷するに十分な威力を持って襲いかかった。
 いくつもの悲鳴と破裂音が重なり合って響く。それを美雪は、少し離れた場所から聞いた。
「引っかかってくれたみたいですわね」
 案外、手製の対人地雷も効くものですわ、とほくそ笑み、また新たなテロリストの集団を見つけて数人を撃ち倒す。応戦してくるテロリストたち。その銃声が誘漁灯となり、近くのテロリスト集団を引き寄せる。
 ――そう……いいですわ。もっと銃声を響かせなさい。
 集団の中へ飛び込み、手首を切り裂いて銃を奪い、殴りつける。後ろから敵の攻撃してくる気配。反射的に銃を払い、飛び上がってテロリストの頭を踏み台にした二段ジャンプ。そのまま中空で一回転し、テロリストたちの頭上から鉛玉の雨を降らせる。血煙を吹いてバタバタと倒れ伏すテロリストたち。そしてまた移動。
 不意に甲高いタイヤのスリップ音がして、安全基準を無視した速度で乗用車が走ってくる。運転席には銃を持った男。車で弾き殺すつもりだろう。後ろからも車の音。両脇は壁。逃げられない――――
「と思ったあなた達は大甘ですわ!」
 身を屈め、体全体をバネのように使って上へ飛ぶ。「うわあーっ!」と悲鳴が聞こえ、次の瞬間美雪のすぐ下で二台の車が正面衝突した。
「ふう……スカートを履いてきたのは失敗でしたわね」
 見るも無残に破壊された車の上に降り立ち、美雪はひとりごちる。
「急いでくださいませね……和也さんたち」
 敵は所詮烏合の衆だ。美雪の敵ではない……が、この数はさすがに脅威か。
「いたぞ! こっちだ!」
「まったく……戦意だけは大したものですわ!」
 毒づく。
 だがこれでいい。
「さあ……もっとかかっていらっしゃい! わたくしはここにいますわよ!」
 美雪が敵を引きつけていれば、ハーリーは安全なのだから。



 同時刻、ジャザン上空へ向け航行中のナデシコB艦内で、虫型兵器をコントロールする傍ら、ルリはハーリーへ呼びかけた。
「ハーリー君。そっちは大丈夫ですか?」
『隠れてるから平気です。カゲモリ上等兵が戦ってくれてるおかげで、誰も探しに来たりはしてません。ただ……』
 ハーリーから送られてきているリアルタイム映像が動き、遠くに火の手が上がるジャザンの市街が映る。ハーリーが隠れている民家の窓から、外を見せているのだ。
 美雪の姿が見えるわけではない。しかし遠くから聞こえる銃声と爆音、そして時折上がる爆炎は、確かにそこで美雪が戦っている証拠だ。
『カゲモリ上等兵は、たった一人で戦ってるんです……なんとか助けてあげられませんか!?』
「いま、バッタを二機ほどそちらに向かわせました。すぐに航空支援を始めますから、ハーリー君はなるべく窓際に立たないようにしていてください」
『りょ、了解……』
 ハーリーのとの通話を一旦打ち切り、今度はバッタから送られてくる空撮映像に意識をやる。ちょうど美雪が戦っている様子が映っていた。
 単身敵の只中に飛び込み、同士討ちを誘いながら格闘戦で確実に敵を殺害ないしは無力化していく。ルリは格闘技については基本的な護身術くらいしか知らないが、美雪の近接戦闘術が並外れているのは一目で解る。
「タカスギ少佐、コクドウ隊長も見ていますよね?」
『ええ、見てますよ。大したもんだ。一人であそこまで戦えるなんてな』
 一人軍隊ワンマンズアーミーってのはあんなのを言うんだろうな、とサブロウタは答える。既に虫型兵器との戦闘に入っていながら会話に神経を割く余裕があるサブロウタも凄いと言えば凄いが――――美雪はそれに輪を掛けて凄い。
『鎖鎌に、手製の対人地雷に投げナイフ? 用意が良すぎる……美雪め、やっぱり最初から戦闘を予期していたな。この事態も計画通りなんじゃないのか……?』
 そう、和也。『草薙の剣』本隊はまだ交戦状態にないようで、走りながら通話してきている。
 サブロウタは帰ったら話を聞かないとな、と窘め、美雪の戦い方について聞く。彼は今そちらの方が気になっているようだ。
『彼女の戦い方は、基本こそ木連式近接戦闘術に則っているが……あれは影守の能力を生かせるよう、独自のアレンジを加えた亜琉だな?』
 柔、抜刀術といった木連式の武術は、スポーツとして学ぶいわゆる武道とは違う。常に一対多、多対一を想定し、木連が地球との戦争で勝つために編み出した戦闘技術だ。考えられうるあらゆる状況を想定し、戦い方を体系化した、いわば木連式近接戦闘術CQB
 だが美雪のそれは、ルリやサブロウタが知っているものとは微妙に異なっている。人工筋肉を仕込んだ足が生み出す跳躍力と、それが可能とする三次元的な動きを取り入れた亜琉――――ルリは以前、あれと似たような戦い方をする連中を見た覚えがある。
『あれが木連式近接戦闘術をベースに、美雪と僕たち、それに教官たちとで一緒に編み出した戦闘術……傀儡舞ですよ!』
「傀儡舞……やっぱり」
 一年前を思い出す。可変スラスターを用いた変則的な三次元機動で、あのスバル・リョーコ中尉を一刀の元に切り倒し、『あの人』を翻弄した連中……
 北辰と六人衆。和也たちが教官と呼ぶ、ルリにとっての怨敵。和也たちは知らないだろうが、彼らは一年前に傀儡舞と呼ばれる変速機動を機動兵器に組み込んでいた。
 あれは美雪の戦い方を参考にしたものか。北辰たちがそれだけ美雪の能力を高く評価していたのが窺える。
 頼もしい戦力ではある。しかし同時に忌々しい。
 北辰の技術を受け継ぐ連中。
 いわば北辰の子供たち。
 どうしてそんな連中が、この船にやってきたのか……偶然では片付けられない、何者かの作意を感じずにはいられない。
『この調子なら、なんとか助けにいくまで持たせられるんじゃないか?』
 苛立つルリをよそに、サブロウタが楽観論を口にする。
 しかし和也の表情は険しい。
『だといいんですけど……そう長くは持ちませんよ』
『何でだ?』
『美雪の足の人工筋肉は、在庫が余っていた旧式の品で、バッテリー駆動なんです。パワーはあるけど稼働時間に難があって、全力機動を続けたら遠からずバッテリー切れを起こしてしまうんですよ』
 そうなれば戦うどころか、満足に歩く事さえ出来なくなる欠点があるのだと言う和也。美雪も無敵ではないという事か。それを聞いてルリは、なぜか安堵感を感じた。
「とにかく、一刻を争う事態である事には変わりありません。バッタで航空支援を始めますから、コクドウ隊長たちも早く――――」
 その時ルリの頭に一瞬、じりっ、と痛みにも似た嫌なノイズが走った。バッタが撃墜され、データリンクが途絶した感触だ。そのバッタが落とされた場所を確認し、ルリは僅かに目を細めた。
「コクドウ隊長、問題発生です」
『何ですか!?』
「そちらにテロリストを満載したトラックの車列が向かっています。規模はおよそ二個小隊です」
『航空攻撃で片付けられませんか!?』
 難しいです、とルリは答える。
 今またバッタが急降下して、街中を爆走するトラックの車列に銃撃を加えようとする。しかしそれを狙って数発のミサイルが白煙を引いて飛来し、やむなくルリは攻撃を断念して回避行動を取らせる。
「車列の中に多連装の対機動兵器ミサイルを搭載した車両がいて、殲滅するには手数が足りません。なんとか打撃を与えてみますから、残りはそっちで何とかしてください」
『了解……! ってうわあ! こっちにも敵が来たっ!』



「ふうっ……そろそろ心細くなってきましたわね……」
 連続しての戦いに、美雪の顔からも余裕の色が消えてきた。和也が危惧した通り、美雪の脚力を生み出す人工筋肉のバッテリーが消耗してきていたのだ。残量を目で確認するまでもなく、脚力が若干落ち始めているのが実感として解る。
 残された余力が少ないのは美雪自身が一番よく承知している。かといって今の状況で、手加減しながら戦えると思うほど――――美雪は楽観主義的でも、ましてや無謀でもない。
 幸い、ナデシコBから飛んできたバッタが空から敵を攻撃し始めている。それを狙ってテロリストが機関銃やロケットを盛大に打ち上げているこの状況では、あれに乗って逃げる事はハーリーの安全を考えると望めそうにないが、十分心強い助けになってくれるはずだ。
 このまま何も無ければ、何とかなる。そう、このまま何も無ければ。
 ふ、と美雪は嘆息する。
「……という訳にもいかないのが、お約束という物かし――――」
 上半身を捻り、右腕を振り抜く。右手に納まっているのは鎖鎌の鎌部分。
「らっ!」
 ギンッ――――! と硬質な音を立て、美雪の背後からその後頭部を狙って飛来した物が叩き落される。
 かつん、と地面に落ちたのは、黒く光沢の無い歪な造形の短剣。切るより投擲に特化し、黒い塗料で光沢を殺す事により視認性を落とした暗殺向きの武器だ。
 ――同業者――――ですわね。
「ようやくお出ましですの? 先日の奇襲といい、こそこそなさるのがお好きな方と見受けられますわね」
 美雪が見上げる、建物の上――――屋根の上に屹立する異形の影。
 表情を覆い隠す髑髏の仮面に、体全体を覆う砂漠色のボロ布。楯身からの話に聞いた、怪人クモ男の姿がそこにあった。なるほど聞きしに勝る怪人だ。
「あなたが怪人クモ男さん? お初にお目にかかるのかしら」
 先日は隊長がお世話になったようで、とおどけたように言ってみせる美雪。クモ男は彫像のように無言だ。
「これはそのお返しですわ」
 言って、美雪は拳銃を引き抜き撃ち放った。ダブル・タップで放った45口径弾は正確にクモ男の額を狙っていた。それをクモ男は予備動作無しの横飛びで避け、お返しとばかりに短剣を投擲してくる。
 刹那、電光石火の動きで美雪は右へと飛んだ。当然すぐに壁へぶち当たる。それを蹴って反対側へ飛ぶ。反対側の壁をさらに蹴って、美雪は高みへ登っていく。生体兵器の能力が可能にする、人間離れした三角飛び。
 数度の三角飛びで、美雪の体が立ち並ぶ建物の上へと舞い上がる。その頂点で、美雪はクモ男の歪な影に狙いを定めて撃つ。
 クモ男の動作も早い。その跳躍力は美雪にも匹敵するだろう。美雪の射撃は空しく建物の屋根に穴を穿つ。
 ――やはり、銃では埒が明きませんわね。
 早々に遠距離戦に見切りをつける。奴に銃撃を当てるのが難しいのは楯身たちから聞いていたし、ただでさえテロリストを相手に連戦を強いられた後である美雪には時間が無い。奴がそれを知っているとも思えないが、美雪が消耗するのを待っていた選択は正しいと言わざるを得ない。
 近接戦闘で一気に、片を付ける。
「ホシノ中佐、雑魚の相手をお願いいたしますわ」
 聞いているだろうルリに呼びかけ、返事を待たずに美雪は一足飛びで飛翔する。屋根から屋根へ飛び移り、急速にクモ男へ接近。対するクモ男もまた、投擲用でない刃渡りの長いナイフを手にし、美雪へと向かってくる。戦闘機が真正面から接近してすれ違うかの如く、二人の体が空中で交錯する。
「せぁっ!」
 交錯の瞬間、美雪は鎖鎌を一瞬の内に組み立て振るう。美雪の鎖鎌と、クモ男のナイフが交差し、ギィン! と硬質な音と共に火花が散る。
 屋根の上へ着地し、再び跳躍して刃を交してはまた着地して飛ぶ。土と石の質感を再現し、幻想的な幾何学アラベスク模様で彩られた、昔の中東の町並みを残す住宅地の上で、常軌を逸した空中戦が繰り広げられる。
 美雪にとってこのシチュエーションでの戦いは、数年ぶりだが初めてではない。訓練時代、同じインプラント処置を受けた先輩と手合わせをした時以来だ。
 クモ男が美雪と同等の跳躍力を発揮できる種は、マントのようなボロ布に隠されて解らない。しかし何らかの機械的な手段で脚力を増幅しているのは間違いないだろう。
 数度の交錯の後、着地した美雪は片足を軸にして身を半回転。その遠心力を利用し、左手の指に挟んだ投げナイフを放つ。放たれたナイフは四本。その射出速度は神速の域で、同じく短剣を投擲した体勢のクモ男に向かって飛翔する。
「っ!」
 咄嗟に右手の鎖鎌でナイフを防ぐ。一撃、二撃、三撃と、鎖鎌の刃に短剣が弾かれる。しかし最後の一本が美雪の左頬を掠め、ぴりっと痛みが走った。
 ちっ、と小さく舌打ちし、再び跳躍。美雪のナイフを避ける形で一足先に飛んでいたクモ男を追う。
 クモ男が着地した。射程内――――美雪は鎖鎌を投げ放つ。クモ男は後ろ向きでの跳躍でそれを避け、逆に美雪が着地した瞬間を狙って続けざまに短剣を返してくる。
 一撃目は上体を捻って避けられる。二撃目は頭を逸らせばいい。しかしそれらは、三撃目を確実に急所へ当てる隙を作るための牽制――――美雪の反射神経と動体視力は、ナイフの軌道が語る意図を瞬時に見抜く。
 しかし、最初の二撃もまた避けなければ急所に当たる。たとえ意図を見抜いていても、避けるのは至難の業……!
 一撃目、避ける。二撃目、髪の毛が一房切れた。そして必殺の三撃目――――やはり避けきれない。短剣の刃が美雪の文字通り目と鼻の先に迫り―――
「……っ!?」
 クモ男に、動揺が一瞬走ったように見えた。三撃目、美雪は避けずに白刃取りの要領で掴んで止めた。若干掌が切れたが、そんな物は瑣末な事柄だ。
「そら、お返しいたしますわよ!」
 掴んだ短剣を投擲。再度跳躍してそれを避けたクモ男だが、それは跳躍する方向を限定するための牽制。クモ男が飛んだ時、美雪もまたそれの鼻先を押さえる形で飛んでいだ。
 ――捕まえた!
 鎖鎌の反対側――――鎖分銅に回転を加えて投げる。投げ縄の要領で放たれたそれはクモ男の足に絡みつき、動きを封じる拘束具と化す。
 鎖を引っ張る。跳躍中に下へのベクトルを加えられたクモ男が地上へ落下していき、それに引っ張られる形で美雪も落下。
「っあああああ――――――――!」
 地面に倒れたクモ男の髑髏の仮面目掛けて、美雪は渾身の切り下ろしを見舞う。しかしクモ男は寸前で身を捻り、鎖鎌の刃は地面に深々と突き刺さっただけだった。
 必殺のつもりだった一撃を避けられた事に舌打ちしつつも、鎖鎌を突き刺した反動を利用し、右腕を使って小ジャンプ。着地後簡抜入れずに足枷を掛けられた状態のクモ男に向け、『暗殺者の爪』を展開して一気に間合いを詰める。
 ――この状態では凌ぎきれないはず――――!
 右の抜き手、左の切り払いから一回転しての回し蹴り。美雪の連続攻撃をクモ男は必死に避ける。だが足を縫い止められていては逃げられない。止めを刺すつもりで美雪は一気に脇腹を狙う。
 途端、クモ男がぐっと足を引き、地面に突き刺さっていた鎖鎌が抜けた。そのまま足の動きで遠心力を掛け、今度は美雪の足に絡みつこうとする鎖鎌から、美雪は咄嗟に後ろへ後退して逃れる。
 まるでバレエを踊るようにクモ男が回転し、それによって足に絡みついていた鎖が解け、ひゅんひゅんと回転しながら美雪へと襲ってくる。美雪もまた鎖鎌に合わせて体を回転させる事で、それをキャッチする。
 振り出しに戻った。両者は再び空中へと飛び上がり、空中で交錯し火花を散らす。
 この常人離れした空中戦は一見互角のように見えて、確実に消耗しているのは美雪だ。この戦い、互角どころか、美雪の敗北という形でしか結末を用意していなかった――――



『ナデシコBよりブレードリーダーへ。カゲモリ……ブレード7が怪人クモ男と遭遇、戦闘に入りました。そちらは?』
「合流地点周辺の敵を制圧中!」
 和也はルリへ怒鳴り返した。けたたましく鳴り響く銃声の中、怒鳴らなければまともに受け答えができない。
 道中テロリストに襲われながらもなんとか合流予定地点へ辿り着いた和也ら『草薙の剣』本隊だったが、そこにも既にテロリストの集団が待ち伏せていた。後ろからテロリストを満載したトラックの車列が向かってきている中、和也たちはまず目の前の敵と激しく戦わなければならなかった。
『急いでください。敵の車列がそちらに到着するまで、残り五分もありません』
「解ってますっ! ……くそ、簡単に言ってくれるよ……」
「やるしかありますまい。道端に出ている敵は自分と奈々美で対処いたしますゆえ、隊長たちは建物の中にいる敵をお願いいたします。……奈々美」
「あいよ、お任せっ!」
 楯身が奈々美を伴って、美佳の操るジョロが捧げ持つ盾に守られながら正面に出る。――まずは、目の前の敵を片付けるのが先決……
「烈火! あの家をぶち壊せ!」
 命令を下す声が知らず荒っぽくなる。銃弾が自分の命を狙って飛来し、銃声が聴覚を埋め尽くす中、大量分泌されるアドレナリンが気分を高揚させていた。それは死への恐怖心も、人を殺す罪悪感も鈍磨させて、人間を、和也たちを戦闘時の高揚コンバットハイの虜――――その名の通りの生体兵器へと成さしめる。
 烈火がジョロの持ってきた多目的84ミリ無反動砲を構え、テロリストがトーチカの代わりに使っている民家に向けて発射する。放たれた二段式の炸裂弾は一度目の爆発で壁を突き抜け、家の内部で二度目の爆発を起こした。窓際で銃を乱射していたテロリストが吹き飛ばされ、地面に倒れて動かなくなる。
「わーっはははははは! 見たかテロリストども! お前らが俺らと戦おうなんざ千年早え!」
 調子に乗って大声で喚き散らす烈火。次の瞬間、妃都美が烈火の肩越しにアカツキ狙撃銃を撃ち放ち、驚いた烈火が「おわっ!?」と声を上げた。屋根の上から烈火を狙っていた狙撃手が、ぎゃっと呻き声を上げて倒れる。
「不用心ですよ、烈火さん」
 呆れ顔で言う妃都美。烈火はバツの悪そうな顔になる。
「す、すまねえ……助かった」
 手早く正面の敵を撃退した和也たちは素早く移動し、あらかじめ決めておいた空家の中に陣取る。トラックの車列がやってくる道が正面に見え、脱出も容易。それに以前から空き家らしいここなら壊しても大した迷惑にならない。
「クリア!」
 家の中に踏み込み、誰も潜んでいない事を確認して和也は、妃都美と楯身を連れて二階へ。烈火と奈々美、美佳の三人はジョロと一緒に一階にて迎撃の態勢を取る。
 やがて物々しいエンジン音を立てて、テロリストを荷台に満載したトラックの列が現れる。ルリの操るバッタが空から攻撃してある程度数を減らしていたが、それでもまだ一個小隊強の敵が残っていた。
「今だ、撃て!」
 和也の号令を合図に妃都美が発砲。狙いすました一発は先頭を走っていたトラックの運転手を撃ち抜く。ちょうど左カーブに差し掛かっていたトラックはハンドルを切り損ねて横転。荷台のテロリストが投げ出される。
 悪いね、と和也は頭の片隅で思い、アルザコン31のランチャーに焼夷榴弾を装填する。
 ――あんたたちに恨みは無いけど……武器を持って向かってくる以上、僕たちも容赦しないよ!
 撃つ。白煙を引いて焼夷榴弾が飛び、内部の黄燐を発火させて周囲を火の海にする。トラックから投げ出されたテロリストたちはたちまち火達磨になり、絶叫しながら地面の上で転げまわった。
 しかし、その後ろからはさらに多くのテロリストが向かってくる。3〜40人程度のはずなのに、まるで百人以上はいるように感じてしまう。
「敵の数に怯えるな! よく狙って、確実に仕留めるんだ!」
 他のメンバーを叱咤し、和也も懸命に応戦する。下にいる烈火と奈々美、そして美佳が操るジョロが弾幕を張って敵の接近を阻止し、和也と楯身が的確な指きり点射で仕留めていき、
「妃都美! 11時方向にRPG! 距離およそ250!」
「了!」
 携帯型ロケット砲のような脅威度の高い武器を持った敵は、妃都美が確実に狙撃で撃ち倒す。統制の取れたこちらの応戦は効率的で、ほとんど近接戦用のライフルや拳銃くらいしか持っていないテロリストたちは次々に血煙を噴いて倒れていった。
 なのに、テロリストたちは仲間が血を噴いて倒れる様を見ても逃げる者はほとんどいない。むしろ余計に戦意を滾らせ、怒りに燃えた目をして突進してくる。その姿には和也たちも一瞬気圧される。
 ――何がこいつらをここまで駆り立てる? ホシノ中佐が言ってたみたいに、戦死すれば天国に行けるから怖くないのか……それとも、タジルハッドが言ってたみたいに、そこまで地球連合が憎いのか? ……ええい、余計な事考えてる場合か!
「これでも……くらえっ!」
 雑念を振り払うように通常の対人榴弾を装填し、数人をまとめて吹き飛ばす。すると、先程まで愚直に突進を繰り返してきたテロリストたちが左右に逃げ散り始めた。
 撃退したか……? そう思った和也だったが、その耳に何か重苦しい駆動音が聞こえてきた。車の音とは違う、もっと重量のある物が走ってくる音……
 その答えはすぐに出た。道路を完全に塞ぐ状態だったトラックを跳ね飛ばして、鳥籠のような物で体を覆った巨大な鉄の猛牛が、和也たちへと向かってきたからだ。
「装甲ドーザー……! 烈火! 対装甲車ロケットであいつを撃て!」
「あいよっ!」
 すぐにジョロの収納スペースからロケットを取り出し、装甲ドーザーへ向け発射。直撃を食らった装甲ドーザーは大穴を開けられ動きを止める……かと思いきや、正面に焦げた跡を付けただけで平然と突進してきた。烈火が「うぎゃっ!」と悲鳴を上げる。
鳥籠スラット装甲が邪魔で致命打にならねえ! ロケット攻撃にしっかり対策していやがるぞ!」
「何だと……隊長!」
「和也さん!」
 両脇の楯身と妃都美が、判断を求めて和也を見る。和也は「うー……あー……う―……」と唸って、
「みんな逃げろーっ!」
 打つ手無し。そう判断した和也は言葉を選ばず退避を命じた。最初に妃都美が窓から飛び出し、次いで楯身が和也も逃げるよう促す意味で肩を叩いて脱出する。リーダーらしく最後まで応戦していた和也も、踵を返して窓へと走る。
 装甲ドーザーがその民家へ激突したのは、和也が飛び出して数秒と経たない内だった。衝撃の余波で和也は着地の際にバランスを崩し、倒れ込む。
 その和也を良い獲物だとでも思ったのか、野獣が威嚇するような唸りを上げて装甲ドーザーが再び動き出し、和也を踏みつぶそうと迫る。
「和也さん、逃げて!」
「言われなくたって!」
 妃都美の叫び声を受けて、和也は全力で走り出す。後ろから追いかけてくるキャタピラの音が、映画で見る怪物の足音のようだ。楯身たちが少し離れた場所から必死に応戦するも、装甲ドーザーの装甲板に阻まれまるで効果が無い。
 自分が今、助けを求めて逃げ回るモンスターアクション映画の登場人物とするなら……待っている結末は二つ。
 あっさりと追いつかれ餌食になるか、
 ギリギリの所で助けが来て命拾いするかのどちらかだ。
 ――できれば後者の展開であってほしい!
 和也が思った時、コミュニケからルリの鋭い声が聞こえた。
『コクドウ隊長、伏せてください!』
 理由を尋ねる余裕は無い。言われるがまま地面に伏せる。
 次の瞬間、和也の頭上を何かが超高速で通過し、凄まじい轟音と共に装甲ドーザーの上半分が吹き飛んだ。
『そこの部隊。こちらは統合軍陸戦隊、第226機械化歩兵小隊だ。そちらからの救援要請を受諾した』
「やっと来てくれたか……救援感謝します」
 顔を上げると、道の向こうから隊列を組んだ装甲車の一団がやってきていた。ルリが最寄りの駐屯地から呼び寄せた統合軍陸戦隊。IED対策を施した大型の兵員輸送装甲車に、88ミリ電熱化学砲を装備した装輪装甲車。どんな頼み方をしたのか知らないが、ルリは重武装の機械化隊を呼んでくれていたのだ。
「おお、フォックスハウンド装甲車じゃねえか! さすが実物はでっけえな。それにブルックス機動戦闘車か! さすが88ミリ電熱化学砲の威力! 今使ったのはAPFSDSか!? それとも……」
 後にしろ! と兵器を前にはしゃぐ烈火を一喝し、降りてきた陸戦隊員にタジルハッドを引き渡す。後はこの装甲車を借りられればいいのだが……和也は降りてきた白人の陸戦隊員に向かって英語で呼びかける。
「それじゃあ、こいつの護送をお願いします。それと……」
「話は聞いている。五番車に余裕があるから、あいつに乗ってくれ」
 ルリはもう話を通していたらしい。この時ばかりはルリに心から感謝し、先日の事は帰ったら謝っておこうと決めた。
「よし……全員乗車! 来た道を引き返して、ブレード7とマキビ中尉を救出に向かう!」
 了解! と五つの返事。
 ――美雪、マキビ中尉、今助けに行くから……もう少しだけ無事でいて!



 ナイフが飛び交い、鎖鎌が閃き、火花が散る。美雪とクモ男の常軌を逸した戦いは続いていた。だがその趨勢は、徐々に変わりつつあった。
 お互いに確固たる足場を持たず、跳躍で交錯しては離れるを繰り返す空中戦。お互いに決め手を欠いた状況で、戦いは徒に長引き――――それが、結果として美雪に不利に働いていた。
 クモ男を追って、これでもう何度目になるか解らない全力跳躍を行う。美雪の身体は未だ常人離れした跳躍力で空高く舞い上がる。……が、高度が、速度が足りない。先ほどより明らかに跳躍力が落ちている。
 ――そろそろ、限界ですわね……
 人工筋肉のバッテリーが、いよいよ空になりかかっていた。さすがの美雪も、もう笑顔を浮かべていられない。
 美雪の機動が衰えているのをクモ男も悟ったのだろう。先ほどより距離をとりつつ、近寄ってこようとしない。動けなくなるのを待っている……
「……く!」
 とうとう、美雪の足ががくりと崩れ落ちた。それを見て取ったクモ男がすぐさま短剣を投擲してくる。鎖鎌を振るって何とか弾き返した美雪だが、クモ男が止めを刺そうと飛び上がる。
「それを待っていましたわ!」
 落下してくるクモ男目掛け、鎖鎌を投げる。
 動けなくなったと装い、油断して襲ってくる隙を狙う……即興で考えた単純な小細工ではあるが当たった。クモ男は避け損ね、がしゃんっ――――! と髑髏の仮面が割れた。
 美雪のいる民家の屋根の上に、どさりとクモ男が落下してくる。手を付いて立ち上がろうとするそれに美雪は鎖分銅を投げ、左腕に巻きつけて再びクモ男の自由を奪う。
「あらあら……あなたは」
 血を流す顔を押さえて、憎々しげに美雪を睨みつけてくるクモ男。その露わになった素顔を美雪はよく知っていた――――つい数分前に見たばかりの顔だ。
「やっぱりというか何と言いますか、タジルハッドの使用人さんではありませんの」
「……見たな」
 初めて、クモ男――――使用人Aが、口を開いた。
「見られた以上、生かしてはおけない――――ですわよね。まあ心配ご無用ですわ」
 死ぬのはお前だ。と言外に宣言する。残り少ない戦闘可能時間でも、再び動きを封じた以上仕留められる。一度目は逃しても二度目は無いと、美雪は自信を持っていた。
 しかし攻撃を仕掛けようと前に踏み出しかけた時、美雪ははっと足を止めた。

 ――この男、わたくしを見ていない。

 向かって左の方向に視線が逸れている。その方向にあるものを思い出して、美雪ははっとそちらを向いた。
 ハーリーが、窓から顔を出してしまっていたのだ。長引く戦いに、つい気になって様子を見てしまったのだろう。クモ男はそれに気付き、口の端でニヤリと嗤った。

 ――しまった、マキビ中尉を狙っている!

 やむなく鎖鎌を捨て、ハーリーが隠れている場所へバッテリー残量の事など考えず全力跳躍。美雪が見ている前で、クモ男はハーリー目掛け短剣を放つ。
 ――間に合って!
 戦闘の矛先が自分に向いたと気付いたのか、ハーリーの顔に怯えが走る。美雪はその前に飛び込み、右手に握ったコンバットナイフを全力で振り抜いた。
 ギィンッ――――――――! ナイフが弾き飛ばされる。
「うぐ……っ!」
 美雪の苦悶の声。取り繕いきれずに顔が歪んでしまう。「ああ……」とハーリーも声を上げた。
「マキビ中尉……ご無事ですわね」
 ハーリーには傷一つない。美雪が防ぎきれなかったナイフは、美雪の右足と左肩に突き刺さっていた。傷から血が滴り、美雪の足元に落ちていく。
「窓に近づいたらいけないと……ホシノ中佐に言われませんでした?」
「それより、怪我が……!」
 確かに、傷は浅くない。おまけにハーリーを助けようと全力跳躍したせいで、今度こそ本当にバッテリーを使い果たしたらしい。
 足が鉛の塊を括り付けられたように重くなる。残された雀の涙ほどの元の筋肉では、戦うどころか美雪の体重を支える事さえままならない。美雪の戦闘力を支えていた人工筋肉は、この瞬間美雪の自由を奪う足枷に成り果てた。
 クモ男が目の前の民家の屋根の上に着地する。こちらへ飛び込んで来ないのは、またさっきのような演技ではないかと警戒しているのだろう。そのクモ男と美雪たちの間に、ルリの操るバッタが割って入り、次の瞬間下方から打ち上げられたロケット弾がバッタを粉々に粉砕した。
 まだ動く右手で拳銃を構え、ハーリーを庇ってクモ男と対峙する。今の自分ではもうこいつには勝てない。かと言ってハーリーに「逃げろ」なんて言った所で……外のテロリストに捕まるのが関の山か。
 ――絶体絶命……ですわね。
 それでも美雪は銃を手放さない。たとえはったりでもこちらがまだ反撃の余力を残していると思わせれば、向こうは警戒する。
 もう少し、時間を稼げばいい。
 助けは、和也たちはすぐそこまで来ているはずだ。
 クモ男の手がボロ布の下で動き、ひゅっ、と短剣が飛来する。美雪の頭を狙ったそれを左手に持ち替えたナイフで難なく弾く。
 しかし簡抜入れずにまた新たな短剣が飛んでくる。今度の狙いはハーリーだ。美雪はそれも弾き飛ばすが、その迎撃のために左腕を振り抜いた刹那、左手首に短剣が突き刺さった。「あぐっ!」と苦痛に声を漏らし、ナイフを取り落としてしまう。
 短剣を迎撃する手段が無くなったと見るや、クモ男は次々に短剣を投擲し始めた。右目を狙った一撃を、美雪は左腕を前に出し、盾にして止める。どすっ、と骨まで刃が食い込むが、歯を食いしばって声を飲み込む。
 足が動かない今の状態でも、美雪なら短剣の軌道を読んで避けるくらいできる。だが避ければ、今度は後ろにいるハーリーに当たる。
 だから、美雪は逃げない。避けない。
 クモ男もそれを悟ったのだろう。わざと急所を外して、死なないように、苦痛が長引くように攻めてきている。一度に何本も投げるのではなく、一本づつ、曲芸師のように。ただ曲芸師は人間に当てないよう的を射るが、こいつの的は美雪そのものだ。美雪が放つ拳銃の射撃も、難なく避けて短剣を投げてくる。
 また短剣が飛来する。美雪は素手でそれを受け止める。白刃取りというよりただ掴むだけ。掌と指が切り裂かれる。さらに一本。右の腹に刺さる。さらに一本。さらに一本……美雪は、その尽くを自分の体で受け止めるしかない。
「あああ……カゲモリ上等兵っ! やめろ、こんな事して何が面白いんだよっ!? やめろ、やめろよっ! やめろおおおおおおっ!」
 ハーリーが悲鳴のような声を上げている。
 奴は相当に美雪たちが、地球連合が憎いらしい。歪んだ喜税に嗤いを浮かべているのが見て取れる。じっくり長引かせて、なぶり殺しにする気なのだろう。
 そのおかげで、美雪は助かった。

『動くなッ!』

 拡声器からと思しい怒声が響き、クモ男の足元が爆ぜた。
『そこまでだ、怪人クモ男! ただちに武器を捨てて投降しろッ!』
 乗り付けたフォックスハウンド装甲車から、和也たちと数人の陸戦隊員が降車し、銃をクモ男に向ける。さらに上空からも数機のバッタが飛来し、クモ男を取り囲むようにホバリングした。
『美雪! 大丈夫……じゃなさそうだね……』
「もう少し早く来てくださったら、嬉しかったですわね……まあ間にあってよかったですわ」
 通信してきた和也に、何とか笑顔を作って答える。
 クモ男は微動だにしないが、さすがに形勢不利は承知しているのだろう。獲物を仕留め損ねて歯ぎしりしているのが何となく伝わってくる。
 睨み合いになった。じりじりと空気が張り詰める中、和也が美雪にアイコンタクトしてきた。その左手には、吸着式の発信器が握られている。
 ――了解ですわ。
「マキビ中尉……一つお願いできますかしら?」
「な、なんですか?」
 美雪は拳銃を後ろに回してスライドを引き、薬室の中にあった弾を抜く。
「わたくしの背中のポケットに弾が入っていますから……これの中に装填してくださいな。一発だけで結構ですわ」
 ハーリーは手を震わせながらも、言われた通り美雪の上着に手を忍ばせて弾を取り出し、薬室に込めてくれた。上出来ですわ、と美雪。
 クモ男が、僅かに身じろぎする気配がした。ボロ布の中で、また何か武器を手に取ったらしい。それを察した和也が叫ぶ。
「撃てっ!」
 和也が吸着発信機を投げ、同時に十を超える数の銃口が一斉に銃火を吐き出す。
 美雪もそれに合わせて発砲。無数の銃弾がクモ男を引き裂くかと思われた刹那、その姿が煙に包まれかき消える。
 逃げた。誰もがそう思い、警戒の目をよそへ向けた時、煙の中で何かが閃いた。それが今度こそ自分を殺そうと放たれた短剣だと美雪が悟った瞬間――――
「危ない!」
 突然、美雪は突き飛ばされた。予期しない方向からの一撃に美雪も倒れ込み、その目の前に小さな影が両手を広げて飛び出し――――

 どすっ、とハーリーの体に、ナイフが突き刺さった。

「ま……マキビ中尉……!」
 痛む体を押して、倒れそうになるハーリーを抱きかかえる。短剣が刺さったハーリーの胸からじわりと血が染み出し、青いスーツに不吉な斑模様を広げていく。
「なんてバカな事を……あなた死ぬ気ですの!?」
「それ、僕のセリフですよ……そんなに傷だらけになっちゃって。大丈夫です。防刃スーツのおかげで、そんなに深く刺さってませんから……」
 それよりあいつは? とハーリー。見れば煙が晴れた後には、もう何もいない。
「逃げた……んですか?」
「そのようですわね。ですが血痕が少し残っています。少なくとも手傷は負ったようですわ。……くっ」
 言って、美雪は顔を苦痛に歪める。急所こそ外しているが、複数本の短剣が全身に深々と突き刺さっているのだ。既に流れ出した血は床に血だまりを作っている。
「美雪! マキビ中尉! ……ああ、二人とも負傷してる! だれか担架を持ってきて!」
 ようやく来てくれた和也の声。
 失血で意識が朦朧とする中、美雪とハーリーは和也たちの手で担架に乗せられ、装甲車に収容されてジャザンの町を脱出した。



 一方その頃――――

「お前らぁ! こんな事してただで済むと思うなよ! きっとパパが助けてくれる、お前ら全員お終いだからなあ!」

 フォックスハウンド装甲車の兵員輸送室――――軍用車両としてはゆとりのあるそこに、騒々しい喚き声が反響していた。
「てめえら俺が誰だか解らねえのか!? タジルハッド・アルバスだぞ! このあたり一帯を取り仕切る家の人間なんだぞ! お前らを身の破滅に追い込むくらい簡単なんだぞ!」
 目を血走らせ、口角泡を飛ばして喚き散らしているのは勿論タジルハッドだ。拘束服を着せられベンチシートに座らせられた状態で、唯一自由になる口で大声を張り上げている。
「パパがお前らの上司に口を利いてくれる! これからの人生が惜しかったら、俺を釈放した方が身のためだぞ!」
 もはやあの人の良さそうな青年の面影はどこにも無い。権力という麻薬にどっぷり浸かり、際限なく肥大化した自意識を剥き出しにして喚き散らす。その姿からは醜さしか感じない。
 その口ぶりからして、これまでも多くの犯罪行為を父親の権力で握り潰してきたのだろう。だが今回は相手が悪いという事を、タジルハッドはまだ解っていない。
 左右向い合せのベンチシートに座る統合軍の陸戦隊員たちは、一様に煩そうに顔を顰めながらも聞き流していた。黙れと言った所で黙るわけが無いのは火を見るより明らかだし、一応今回の件の重要参考人で危害を加えたりしないよう言明されていたからだ。
 陸戦隊員たちは銃眼から銃を突き出し、周辺警戒に専念する事でタジルハッドを極力意識の外へ追い出そうと努力していた。
 しかし、もう限界だ。
「どうした、何とか言ってみやがれ腰抜け! チキン!」
「黙れこの野郎!」
 ついに堪忍袋の緒が切れた白人の陸戦隊員が、タジルハッドの眉間に銃を突きつけた。さすがのタジルハッドもウっ、と声を詰まらせる。
「おい、一応重要参考人なんだ。余計な傷つけたら後で面倒になるぞ」
 アジア系の陸戦隊員がたしなめる。ただでさえ地球連合に反抗的な国なのだ。重要参考人を護送中に虐待したなどと知れたら、バビロニア共和国の国民感情はますます悪化するだろう。
「解ってる。この国の人間は怒るとすぐに武器を持ちだしてくるからな。野蛮人め」
 侮蔑的な言葉を口にして、銃口を外す。
 彼が口にした、バビロニア共和国の人間そのものを侮蔑するような言葉を咎める者はいない。地球連合の下で人類は一つとなったはずだが、意識がそれに追い付いていない人間は未だ少なからず残っていた。
「誰のおかげで文化的な暮らしができると思っているのやら。大体こいつらの商売だって外国人の落とす金で成り立っているんだろうに、とんだ恩知らずだな、ええ?」
 と、電池が切れたように黙り込んだタジルハッドの頭を、陸戦隊員は肘で小突く。するとその体が力無く傾ぎ、
「え?」
 どさり、と前のめりに倒れた。全員の視線が、タジルハッドを小突いた陸戦隊員に集まる。
「…………お、俺は何もしてないぞ」
 慌てた陸戦隊員は、おい、大丈夫か、とタジルハッドを助け起こす。
 途端、「うっ!?」と陸戦隊員は狼狽した声を出した。タジルハッドは白目を剥き、口から泡を吹いていたのだ。どう見ても意識があるようには見えず、その顔には真っ青な死相ともいうべき色が浮かんでいた。
「一体何が!?」
 突然の事に陸戦隊員たちは色めきたち、とにかく容体を把握しようと脈を取って、全てを理解した。
 脈も呼吸も、完全に止まっていたのだ。
「……死んでる……」



「タジルハッドが死んだあ!?」

 数時間後、知らせを聞いた和也は思わず訊き返していた。
 ナデシコBに帰還した一同は、怪我をした美雪とハーリーをメディカルルームへと運んだ。美雪は十本以上の短剣を体に受けて刺傷と切傷だらけになり、相当な血を失っていたが一命は取り留め、ハーリーは防刃スーツのおかげで軽傷で済んだ。
 その知らせを聞いてホッと胸を撫で下ろしていた所へ、「大変だ!」と慌てた様子のサブロウタが飛び込んできて、タジルハッドが死んだ旨を伝えてきたのだった。
 そして今、メディカルルームでは『草薙の剣』メンバー全員とハーリー、そしてルリが、サブロウタから話を聞いていた。
「詳しい事は検査の結果待ちだが、死因は毒だろうって話だ。たぶん腹の中に致死性の毒を入れたカプセルか何かを、前々から仕込んでいたんだろう」
「秘密を漏らさないために服毒自殺? ……いえ、そんな事するような人じゃないですよね……」
 ベッドの上で上体を起こして、ハーリーが言った。
 その通りだと和也も思った。あれは仲間を守るために自分の命を投げ出すような奴ではない。
 多分、毒を盛ったのはあのクモ男――――奴らはタジルハッドが捕まる事を想定して、あらかじめ予防線を張っていたのだ。きっと本人も毒を盛られていたとは知らなかったに違いない。
「仲間と信じていた連中から、捕まった途端あっさりと口封じに殺されたか。哀れなものだな……」
「……因果応報です」
 そう、楯身と美佳が言い交わす。自身を過大評価してテロに加担するという間違いを犯した者の、これが末路だった。
 しかし、と難しい顔で言ったのはサブロウタだ。
「これからどうすんだ? あの男は消されちまったし、肝心の証拠は取られちまったんだろ」
 今回のタジルハッドとその一族、特に警察署長からのテロリストへの援助、その全貌を解明して叩き潰すには、タジルハッドの家にあった資金の流れを記したデータが必要不可欠だ。しかしそのデータを盗み出した記憶装置は、メイドのアジーに奪われたまま行方が知れない。
 タジルハッドは口封じに殺された。証拠は持ち去られた。結局この戦いで、和也たちは目的をなに一つ達成できていない。誰も口には出したがらなかったが、この時全員の頭の中には“作戦失敗”の四文字が浮かんでいた。
 落胆の空気が流れる中、その空気を全く読まずに飄々とした声を発する者がいた。美雪だ。ハーリーの隣のベッドに身を横たえた美雪は、両腕両足に包帯が巻かれていた。まだ繋がれた輸血のパックが、美雪の体から失われた血液の量を物語っているようで痛々しい。
「そんながっかりしなくてもいいじゃありませんの。なんとかなりますわよ」
「美雪……」
 やっぱりお前の作戦案が無茶だったんじゃないのか……和也がそう言いかけた所で、不意にそれまで黙っていたルリが口を開いた。
「カゲモリ上等兵の言う通りです。もうちょっと待ってみましょう」
「は?」
 あまりにも意外なルリの言葉に、和也はぽかんと口を開けた。見れは他の連中も一様に驚いた表情をしている。……美雪を除いて。
 ――まさかこの二人、何か連帯しているのか? 
 その時、不意にルリのコミュニケが電子音を発した。
『艦長。外部から電話が入っています』
「え、この艦に?」
 通信を入れてきたオペレーターの声を聞いて、和也は訝しげに言った。まだ作戦行動中の戦艦に、いったい誰が電話してくるというのか。
 どう考えても不審な電話に、ルリはさも待っていたとばかりに、
「それはきっとカゲモリ上等兵当てですね。こちらに回してください」
 そう言って美雪に目くばせした。美雪は笑顔で頷き返す。
 状況がさっぱり見えてこない。一体何がどうなっているのやら……
 混乱する和也たちとハーリーを尻目に、新たなウィンドウが現れる。そこに映った顔を見て、その場にいたほぼ全員から「ええーっ!?」と驚きの声が上がった。
『どうやら、うまく行ったようですね』
「ええ。そちらこそ無事に逃げおおせたようで何よりですわ」
 成功してよかった、と言い合う美雪と電話の相手。その電話の相手の顔は、この場の全員が知っていた。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ……あなた、タジルハッドの家のメイドさんですよね? 僕を捕まえた……」
『影守様が連れて来た少年兵ですか。あなたも無事で何よりです』
 電話の相手――――メイドのアジーは、ニコリともしない無表情でハーリーに向かってそう言った。
「あ、ご丁寧にどうも……」
「どうもじゃないでしょうが!」
 条件反射なのか、的外れな事を言うハーリーにツッコミを入れて、和也は話に割り込む。
「あなた何者なんですか!? てっきりテロリストの一味だとばかり……」
 そう言った和也に、違いますわ。と美雪。
「説明しないといけませんわね……彼女は敵ではありませんわ。わたくしと同じ目的でタジルハッドの家に潜入していた、どこかの国の諜報員ですわ」



 一週間前……
 タジルハッドの家で差し出された睡眠薬の入ったラバンを飲んだ美雪は、その場で意識を失った。その後、タジルハッドは使用人たちに命じて、美雪を自分の寝室へと運ばせたのだ。
 眠ってしまった美雪の横で、アジーはタジルハッドの指示に従って酒を用意する。しかし――――
「……やっと二人きりになれましたわね、メイドさん」
「!」
 まだ睡眠薬が覚めるには早いはずなのに目を覚ました美雪に、身構えるアジー。
 タジルハッドが美雪に睡眠薬を飲ませてけしからぬ真似を企んでいる事は、最初から予想が付いていたのだ。だから薬物を分解、中和するナノマシンをあらかじめ体内に入れておき、わざと睡眠薬入りのラバンを飲んで狸寝入りを決め込み、ここへ侵入した。
 美雪が部屋へ連れ込まれたと知ったら和也たちが実力行使に出るかもしれないので、盗聴器の電源は切っておかないといけなかったが。
 目的は、このメイドと二人きりで話す機会を得る事だ。美雪は警戒を解こうとやんわり話しかける。
「そう構えなくてもいいではありませんの。目的は同じはずでしょう?」
 アジーの顔に、先程とは別種の動揺が走る。それは隠していた正体を看破された事への動揺。この時美雪は、自分の予想が当たっていたと確信でき、内心でやったと思った。
「……知った上で、ここに潜入したわけですか?」
「まさか。最初はてっきりテロリストの一味と思っていましたわ。ですが……あなた何となくこの国の人間とは違う気がしまして」
 美雪は言う。
「言語の発音なんかはこの国の人間そのものでしたけど、何となく体つきや顔つきに違和感がありましてね。あなた、西洋人の血が入っているでしょう? たぶんUSEあたりの移民系の人……」
「…………」
 アジーは何も言わない。それは肯定の沈黙。
「確信したのはつい先ほど、アラビアのロレンスについて聞いた時ですわ。中東の人間にしては思い入れが浅い気がいたしましてね。まあ根拠としてはどれも薄弱で、半分は当て感みたいなものですけれど、これでもわたくし、人を観察する目は確かなつもりですわ」
「……なるほど。それにしても随分思い切った事をしましたね。もし外れていたら今頃命は無いでしょうに」
 堅い声。見破られないよう必死に隠していた偽装が、あっさり見破られた事に悔しさを感じているのだろう。それは諜報員としては致命的なミスだから。
「あなた、所属はCIAとかかしら? それともMI6? ……ああ失礼。答えられるわけありませんわよね」
 まあいいと言って、美雪は本題を切りだす。
「長々と話をしてる暇はありませんわね。わたくし達はタジルハッドと彼の会社がテロリストにお金を流している証拠が欲しいのですけれど」
「わたしも同じです。しかし、私はまだここに来て二カ月と日が浅く、まだ信用されていません。坊ちゃん……タジルハッドはどうでもいいとしても、あの使用人二人は危険です。彼らはテロリスト集団『山の老翁』から派遣されている腕利きの殺し屋。彼らのうち一人はほぼ常に私を監視していて、タジルハッドの私室に私一人では決して近づけさせません」
「なるほど、なら……」
「ですが、協力する気はありません」
 にべも無くアジーは答える。
「私が受けた任務は、基本的にあなたと同じです。しかしそのために他所の同業者と協力しろとの命令は受けていません」
 お固い人だ、と美雪は思った。
 美雪としては、アジーの持っている情報から現状を打開する策を練れないかと思ったのだが……そうなると手柄は全部美雪の物になるわけで、アジーとしては面白くないに違いない。
 しかし、美雪もはいそうですかと引き下がるわけにはいかない。
「でしたら、取引いたしません?」
「取引?」
「あなたはわたくしに情報を提供し、わたくしはそれを元に証拠を手に入れる。ですがその証拠を手に入れたお手柄はあなたに譲る、という事で」
「……あなたの手柄を私に? それではあなたに何も残らないのでは?」
 ――食い付いた。
「わたくし達の本分は荒事ですしね……わたくし達はタジルハッドの身柄を確保するだけで十分ですわ。二か月も足踏みしているのですもの。悪い話ではないでしょう?」
「確かにこのままでは、いつまで経っても埒が明きませんね……解りました。その話に乗りましょう」
 二つ返事でアジーが協力を了承した時、ドアの向こう側からタジルハッドと思しい足音が聞こえてきた。アジーは早口で言う。
「詳細はカプサの創り方メモに、暗号で書いておきます。それでは」



「とまあ、そういう経緯がありまして。ダストシュートからの侵入も彼女が考えた案の一つですわ」
「あの時盗聴器から何も聞こえなくなったのはそれでか……にしても、その後どうやってタジルハッドをやり過ごしたんだ?」
 美雪の話を一通り聞き終えて、和也。
「ああ。こっそりボタン型の催眠ガス銃を服に忍ばせておきましたので。きっとあの晩は、夢の中でわたくしと……」
「それ以上言わなくていい……結局美雪は、また僕たちにも知らせないで陰でいろいろやってたわけか」
 まあ、そんな事だろうとは思ってたけど……と和也はため息をつく。
「ホシノ中佐は知っていたんですか? この話」
「ええ。カゲモリ上等兵から聞きました。協力者がいるのなら安心できるかと思って作戦を承認しましたが……」
 ルリはちらっとハーリーと美雪を横目で見て、
「今さらですけど、やっぱりカゲモリ上等兵の口八丁に乗せられたのは間違いだったかと後悔しています」
 ルリ曰く――――あの時美雪は、ルリの早く火星の後継者に辿り着きたいという心を突いて、作戦を承認するよう働きかけたのだという。ルリは最初は勿論渋ったが、最終的には承認してしまった。
 美雪の能力の高さはルリも重々知っていたつもりだったから、ハーリーを無事に連れ帰って来てくれると思ったのだ。長期戦になりそうな焦りもあったのだろう。だから美雪の口車に乗せられた。
「……はあ、僕も結局、何も知らずに使われたわけですね」
「俺も何も聞いていないな……」
 げんなりするハーリーと、憮然とした表情を浮かべるサブロウタ。
「だって……お話したら絶対に反対されるでしょう? 本当は記憶装置をアジーさんに渡してすぐ逃げるつもりだったのですわよ。ただ、本当にタジルハッドがわたくし達の正体に気付いているとはちょっと予想外でしたわね。おかげで予定が狂いましたわ」
 美雪が苦笑して弁解すると、アジーが注釈を入れてきた。
『どうやら、私たちが話していた時にはもう気付かれていたようですね』
 危険を察知していながら、自分の正体が見破られるのを懸念して何も警告してこなかったのか。つくづく職務に忠実な人だ。
「しかし、どうして僕たちの事がばれたのかな……」
『使用人の片割れは高い視力を持つ狙撃手です。彼が遠くから家を監視している連中を見つけたと言っていました』
「ああ、やっぱりそれで僕たちが襲われたのか……くそ、迂闊だった」
「仕方ありませぬ。この借りは戦場でお返しするとしましょう」
 言った楯身に、そうだね……と和也は闘志を燃やす。しかし、いつもならそれにいち早く乗ってくるはずの奈々美が妙に元気が無いのは何故だろう。
 なにはともあれ、とルリは言う。
「私たちの目的は一応達せられました。作戦は成功です」
「あなたのおかげ様ですわ。感謝いたしますわよ」
 そう、美雪。
『……私は自分の任務を遂行しただけです。それでは』
「一つ聞きたいのですけれど……あなたも一応この国の人間の血を引いているのでしょう? タジルハッドの下で働いているうち、彼の思想……というかこの国の人間に共感して、彼らのために戦うような気は起きませんでした? ロレンスのように」
 ございません、とアジーは即答で断言した。
『血筋がどうあれ、私は祖国……ひいては地球連合に忠誠を誓った身ですので』
 それを最後に、ウィンドウが消える。
「お手柄は彼女に譲ってしまいますけど、いいんですか?」
 和也はルリに訊いた。
「ま、そのくらいはいいでしょう」
 手柄なんかに興味は無い、火星の後継者に打撃を与えられればなんでもいいとルリは言う。
 それについては、和也たちも特に異論は無い。
「私たちの収穫は、テロリストとその兵器の撃破スコアと……」
「怪人クモ男に仕掛けた、発信機の記録ってわけですね」
 そう、和也。
「僕が投げた発信機はすぐ見つかって捨てられましたけど、おかげで美雪がぶち込んだ弾丸型発信機には気付かれないで済んだみたいですね。奴は逃げ帰る道すがら、弾丸を摘出するでしょうから……」
 その先に、『山の老翁』のアジトがある。そこを突き止めれば中東最大のテロ組織を壊滅させられる。
 それこそが『草薙の剣』の本分だ。
「ま、万事順調とはいかないけれど、結果オーライ、かな」
「コクドウ隊長たちはお疲れ様でした。ただ……」
 ルリはハーリーの、包帯を巻かれた胸元に目を向ける。
「ハーリー君。あなたは無茶しすぎです」
「あう……」
「いくら防刃スーツを着ていたからといって、完全に防げる保証なんてどこにもないんです。短剣を自分の体で受け止めるなんて、自殺志願者のする事ですよ」
 ベッドのハーリーを見下ろして、直立不動で言うルリの言葉はいつもながら厳しい。
「ごめんなさい……でも、カゲモリ上等兵は僕を庇ってあんなに怪我をして、僕はいてもたってもいられなくて」
「だからといって――――」
 続くルリの言葉を、「任務ですから」と美雪が遮った。
「『あなたを信用して彼を預けたのですから、是が非でも無事に連れ帰ってください』とホシノ中佐はおっしゃられたじゃありませんの。だからその通りしたまでですわ。マキビ中尉にも、指一本触れさせないと言いましたし……ね」
「美雪がそこまで命令遵守の精神を発揮してくれた事って、いままでに無いような……」
 腕組みして言う和也を無視して、美雪はハーリーに笑顔を向ける。つられてハーリーも笑ってしまう。
 ――美雪の奴、マキビ中尉を懐柔しようとしてるんじゃあるまいな。
 はあ、とルリは深くため息をつく。
「行けと命令した私が言える立場じゃないですけど……もうこんな危ない真似はしないで。ハーリー君」
 お願いだから。
 声こそ出さなかったけれど、ルリの唇はそう動いたように和也には見えた。なんだかんだ言っても、やはりハーリーの事は大事に思っているらしい。心配されるばかりなのはハーリーからすれば不本意だろうが、この人もやっぱり大事な人を抱えた人間なんだな、と和也は思った。
 その場は、それで解散となった。
「……しかし、地球は地球連合の旗の下で一つになったはずなのに、また他国に諜報員を送り込んだりするようになっているとは」
 廊下に出た所で、楯身がそう呟いた。
「地球連合の、化けの皮の裏を見てやった気分だね。ま、自分たちの権益を守るためなら、数万人単位の人を消そうとする奴らだ。スパイ活動くらい平気でするだろう」
 和也は、かつて地球連合が木連の建国者――――月独立派を抹殺しようとした歴史を引き合いに出してそう言った。
 地球連合――――ひいてはそれを動かす主流派の国は、和也たちからすれば諸悪の根源とも言うべき存在だ。たとえ同じ地球の国でも、腹を探るくらい平気でするだろうというのが和也の素直な感想だった。
 しかし、楯身は苦々しげに唇を引き結んだ。
「……楯身?」
「愚かな……同じ地球人同士でこれでは、どうして木星人と和平など結べるというのか……」
 なぜ楯身がそこまで忸怩たる思いを抱くのか、和也には推し量る事が出来なかった。



 夜、皆が寝静まった頃、ハーリーは自室のベッドの上に寝転がっていた。
 ごく軽傷で済んだハーリーは、傷口をナノマシンで塞いだ後部屋に戻された。ナノマシンを活用した現代医療技術のおかげで、この程度の外傷は一日で直ってしまう。
 とはいえ、ハーリーを身を呈して守ってくれた美雪は重傷で、今日一日は安静にしなければいけないらしい。
「……よく解らない人だよなあ」
 どうして、美雪はハーリーをあそこまでして守ってくれたのか……美雪は任務だから当然だと言っていたけれど、あれは和也でさえ驚いていた。
 妙にやる気がなさそうな割には任務を完璧に遂行し、ハーリーをわざと危険に晒して囮にしたかと思えば、自分が怪我をするのも構わず助けてくれた。
「ひょっとして、僕の事を好きになってくれたとか……」
 まさか……と思いつつもそう考えてしまう。よくよく思い出せば美雪も結構美人で、強くて魅力的な所があって……
「って、うわーっ! 何考えてるんだ僕はっ!?」
 そこまで思って、自分の想像にかっと顔が熱くなった。
「あー! 今の無し! 今の取り消し、カットカット! ごめんなさい艦長、僕は艦長一筋ですっ!」
 枕を頭から被って悶絶する。ルリの顔を必死に脳裏へ投影し、美雪のイメージを追い出そうと試みる。一瞬でも美雪を魅力的だなんて思ってしまったのは精神的な疲労のためだ……そうに違いない。
「はあ……」
 たっぷり五分は悶えたハーリーは落ち着きを取り戻すと、一体彼女は何のために戦うのだろう。どうして戦うと決めたのだろう、と考えてみる。
 勿論解るわけがない。
 かくいうハーリーはどうかと言えば、やはりルリに認めてもらいたい、ルリの役に立ちたいというのが第一義か。
「あの人も、散々問題を起こしたりしてるけれど、本当はよくやったねって、誰かに褒めてもらいたいのかな……」
「そうですわねえ。褒めてもらいたいですわ」
「あなたもそう思います?」
「ええ。ところでご一緒してよろしいかしら?」
 ぼんやりと思いを巡らせる中で、「どうぞ」と無意識的に答える。
 と、そこではたと思い至った。
 ――このパターンは……まさか。

「うわああああああああああああああああああああっ!」

 絶叫した。
 いつの間に忍び込んできたのか、ハーリーのベッドに美雪が潜り込んできていたのだ。しかも黒くて透け透けのきわどいベビードール姿で。
「かかか、カゲモリ上等兵っ! 今日は医務室で安静にするよう言われていたでしょう!?」
「寂しかったのですわ。あなたがいないと安静になんてしていられない……」
 耳元に唇を寄せ、色っぽく囁いてくる。その声は甘い蜜のようにハーリーの中へ沁み渡り、頭が真っ白に――――
「コラーッ! 美雪!」
 そこへ怒鳴り声が響き渡り、ハーリーの意識が現実に引き戻された。見れば美雪が開けたのだろうドアから和也が入り込んできていた。
「いやーん、痴漢ですわー」
「痴漢はどっちだ! 医務室にいなかったから、嫌な予感がして来てみれば……!」
 ハーリーにしがみ付いてくる美雪と、それを引きはがそうとする和也。
 やっぱりこの人は僕が好きなわけでもなんでもなくて、ただ僕を弄り回して遊んでるだけなんだと思った。ハーリーは美雪の恐ろしさを心底思い知った。
 災難はまだまだこれからだった。



<RURI:――――それで、近々『山の老翁』の本拠地が特定できそうです。そうなれば一気に中東最大のテログループを壊滅させて、火星の後継者にも打撃を与える事が出来ますね>
 ウィンドウの中の3D空間で、ルリの3D人形(ビジター)が嬉しそうに語る。それは遠く中東にいるルリ自身も喜んでいる事を表わすものだ。
 自室のパソコンに向かい、そんなルリの姿を思い浮かべながら、ミスマル・ユリカ准将はふう、と息をついた。
<YURIKA:そう。頑張ったね>
 簡素な祝いの言葉を一つ。書き込むのはそれだけ。きっとルリは落胆するだろう。もっと喜んでくれる事を期待していただろうから。
 気まずい沈黙が少しの間流れ、やがてルリからメッセージが返ってくる。
<RURI:数日中には攻撃が始まるでしょう。次はもっといい知らせを持ってこれると思います。楽しみにしていてください>
 それを最後に、ルリの3D人形が退室する。ユリカもパソコンの電源を落とし、席を立つ。
 ルリも、『草薙の剣』もよく戦っている。確かに『山の老翁』を壊滅させれば、中東での火星の後継者の活動は大きく制限されるだろう。
 それでもユリカは、ルリとその仲間たちの戦果を手放しで祝福する心境にはどうしてもなれなかった。
「ルリちゃんは頑張ってる。『草薙の剣』の子たちも凄い優秀。だけど……」
 ユリカは高級感漂うアンティーク風の本棚を開け、中の本を手に取る。中東の歴史や文化について写真付きで記した、とあるルポライターの本。
「それじゃあ……ううん。それだけじゃダメなんだよ……」
 その呟きは、誰にも届く事なく、部屋の中で反響して消えていった。










あとがき

 美雪の大立ち回りと、クモ男との空中戦でした。以上で第11話は『結』に至ります。

 >次回は番組を変更してアサシンクリードをお送りしますと言ったところじゃろうか?(絶対違)
 あながち間違いではないかもしれないです……(未プレイですけど)
 ちなみに和也たちの市街戦はMGS4や映画『キングダム』をイメージしてます。余計かなとも思いましたけど、装甲ドーザーに襲われるシーンはどうしても入れたかったんですよね。

 クモ男の元ネタは……まあバレバレでしょうね。イメージがパズルのピースの様にバラバラになって浮かんでいた中東編の大筋が、アレの設定を見た時一気にピースがはまったもので、つい入れてしまいました。

 和也とルリたちは順当に戦果を重ねていますが、それを手放しで喜べない人が一人……前回圧縮氏が言った『ふさわしい人物』は彼女になるでしょう。この役目は彼女でないとできません。

 次回は中東最大のテロ組織との決戦です。多くの血が流れるだろうこの戦いは、はたして何をもたらすのでしょう。

 前の投稿から約一ヵ月半……わ、私もやればできるじゃないか。これからもこのペースで行ければいいのですが。
 それでは。また次回お会いしましょう。



圧縮教授のSS的



・・・おほん。

ようこそ我が研究室へ。

今回も活きのいい段ボール箱SSが入っての、今検分しておるところじゃ。


さて、むしろ80年代香港映画じゃった本編であるが(ぉ 次回は戦争だ!なふいんきじゃな。

どうも中東編が重要なターニングポイントになりそうな気配じゃから、〆には細心の注意が必要となろう。

そして、誰かがルビコン川を渡りそうな感じもするの。

ルリか和也か、はたまたユリカか?

・・・実はハーリーでした(もうコドモじゃない的なイミで)なら儂を含めて総員ひっくり返るが(爆)まあ、なかろうな(ぉ



さて。儂はそろそろ次の研究に取り掛からねばならん。この辺で失礼するよ。

儂の話が聞きたくなったら、いつでもおいで。儂はいつでも、ここにおる。

それじゃあ、ごきげんよう。