取調室――――そこは圧し掛かるように狭く、憂鬱なまでに暗い。
 それら全てが『被疑者』へ精神的プレッシャーをかけるために計算されたものであり、そのおかげで絞り出せた情報に助けられた事も一度ならずあるはずだった。
『顔と名前を知られてはならない特殊部隊員の身でありながら、それを世界に向けて発信し、さらに軍の備品を私的に使用。これが明確な軍規違反である事は承知しているな? コクドウ軍曹』
しかしそこに絞られる側の立場で入るのは、被疑者――――黒道和也の人生でも初めての経験だったろう。
『……承知しています』
『木連軍の施設で育った君が自分の立場を理解していないはずはないと思うのだがな。なぜそのような行為に及んだのかね?』
『……今の木星人に対する世論に一石を投じてみたかったからです』
『で、その子供じみた考えに君の部下たちも同調したわけか?』
 意地の悪い質問に、和也は一瞬ピクッと顔を引きつらせたが、態度には出さずに、
『……みんなは各々の考えがあって賛同してくれたと思っています』
 と答えるに留めた。変な言質を取られないよう懸命に取り繕っているのを隠しきれていない。
 そんな和也には知る由もなかったが、尋問の様子はカメラで生中継されていた。
 映像は海を越えたUSEヨーロッパ合衆国のジュネーブにある統合軍総司令部の会議室に送られ、そこで統合軍総司令官ジェイムス・ジャクソンを初めとする統合軍首脳部の面々が一堂に会し、ある者は険しい顔で、またある者は思案顔で、和也たちの尋問の様子を見つめていた。
「まったく、元木連軍特殊作戦軍だかなんだか知らんが、厄介な事をしてくれたものだ……」
 統合軍高官の一人である男――――高官Aは、不快感を隠そうともせずそう毒づいた。地球連合政府の肝いりで設立されたカウンターテロ部隊JTU、その隊員が起こした初の不祥事にメンツを傷つけられ、彼としては不快で仕方なかったのだ。
「今回の件は既にメディアで大きく取り上げられています。軍全体の士気にも関わりますぞ。これは正式な軍法会議の上、厳罰を持って当たるべきではないですか」
「それについてはご一考いただきたい」
 そう手を上げた男は、戦争中は木連軍の将校だった、いわゆる元木連組の高官だ。高官Aはそらきた、と言いたげな顔になる。
「准将殿、同胞の行動を庇いたくなるのも解らんではないが、私情を――――」
「誤解なきよう。私は私情で軍規を曲げるつもりはない。ただ、今回の件について彼らへの寛大な処置を求める署名が少なからぬ数提出されておりまして」
 元木連組の高官が手元のコンソールを操作すると、中空に無数のウィンドウが表示される。その一つ一つが『草薙の剣』の減刑を求める署名だ。元木連組の統合軍兵士に、宇宙軍所属の兵士。そして民間人までも名を連ねていた。
「彼も言っている通り、彼らの行動は地球に住む木星人のためを思う感情が暴走してのものです。手段としては無茶苦茶ではありますが、それが最近のバッシングに対し不満を溜め込んでいた木星人のガス抜きになったのも事実です。逆にここで彼らに重い処分を下せば、木星人の反発は必至であるかと」
 あくまでも現実的に予想される影響を口にした元木連組の高官の言葉に、高官Aもふむ、と考え込む。
「処分といえば……彼らが今回の件以前にフリージア艦内で、重い処分が下された時は火星の後継者に寝返る趣旨の話をしていたらしいと聞いたが」
「一応事実です。休憩室で彼らが話しているのを、複数のクルーが目撃しています」
「はっ! そんな危険な話を人目のある場所でするはずないだろうが! わざと聞かせて私たちを揺さぶる魂胆が見え透いている。ライヴでの演説ごっこといい、子供の浅知恵だな」
「とはいえ軽視できんでしょうこれは。彼らに厳罰を下した結果、最悪軍に残る元木連組の将兵からまた離反者が出る事態も予想されます」
「甘い処分で済ませるようなら軍全体の規律が緩む。結果脱走兵が出たりするなら同じ事だ。そもそも離反の可能性がある危険分子が当たり前のように軍に所属している事のほうが問題ではないのかね?」
「ああ!? 聞き捨てならんなその言葉!」
 議論は次第に脱線し始め、ジャクソン総司令は白い頭を抱えていた。
 そこへ、それまで黙っていた一人の高官――――高官Bが「いや、これは思わぬ拾い物かもしれませんぞ」と声を上げた。
「皆さんも知っての通り、地球市民の方々から我々統合軍への好感度は近年芳しいものではありません。先日の世論調査でも、『地球の平和に寄与している組織』の質問において宇宙軍は64パーセントに対し、統合軍との回答は29パーセント。大きく水を空けられていると言わざるを得ません」
「まったくもって面白くない数字だな。我々は地球連合軍の主力として常に対火星の後継者戦の矢面に立ち、多くの戦果を挙げ、また多くの血を流していると言うのに……」
 高官Aが憮然とした顔で言った。
「その通りです。その主たる要因として以前より指摘されているのが、ホシノ・ルリ中佐のようなアイドル的存在、あるいは彼女が率いるナデシコ部隊や442大隊などの、活躍が大きくメディアに取り上げられた宣伝媒体となる部隊、言い替えれば『英雄』が我々には存在しなかったという事でした」
 このあたりでようやく、他の高官たちも高官Bの言わんとする事が理解できたようだった。
「つまり君は、彼ら『草薙の剣』を英雄として祭り上げてしまうべきだと言いたいわけか?」
「はい。事実彼らはこの半年、中東など各地を転戦し、いくつかのテロ組織を壊滅させています。戦功のほどは申し分ありませんし、隊員のルックスも悪くない。ついでに言えば、彼らは去年オオイソで起きた学校占拠事件で一度大きくメディアに取り上げられています。それらと結びつければ統合軍の看板として大衆の注目を集められるのではないかと」
「なるほど、我々は宇宙軍のホシノ中佐に対抗しうる、宣伝効果の高い媒体を手に入れられるかもしれない」
「ここで下手に彼らを罰して元木連組の不満を買うより、いっそ利用すると」
「それも一つの手ではあるな」
 宇宙軍に対抗しうる――――そう提示された案に、その場にいた高官の多くがぐらっときたようだった。
 ここにいる統合軍高官は、元木連組を覗けば全員が地球連合陸海空軍の元将校だ。戦争中に自分たちも血を流して戦っていたのに、まるで存在しないかのように扱われた理不尽さを強く感じてきた彼らは、火星の後継者の第一次決起から宇宙軍に巻き返されつつある現状に強い危機感を持っていた。
 ゆえに、和也たちを利用して宇宙軍に対抗すると言う案は、彼らにとって大層魅力的に感じられた。
「いいだろう。それだけの戦功を上げた部隊をむざむざ切り捨てるのも惜しい」
 そう、ジャクソン総司令。
「ただまるきりお咎め無しというわけにもいくまい。とりあえずは50パーセントの減俸と懲罰訓練を科す、という事で手打ちにしよう」
「結果的には連中の望み通りという形になりますか。いいのですか? 総司令」
 高官Aは和也たちに厳罰を主張した手前、反対こそ唱えないもののまだ甘い処分を懸念していた。
「ふん、まあ使えるうちは役に立ってもらう。奴らもそのつもりで軍に復帰したのだろうしな。それより……」
 ただしあまりにもコントロールを逸脱するようなら、その時は改めて考えざるを得ない、と言外に言って、ジャクソン総司令は話題を変える。
「今は、奴らが遭遇したという二人組のテロリストの方が問題だろう」
「ですな。正体は解らないと報告にありましたが、恐らく……」
 センジョウ・タカコを裏で操っていた男二人についての話になると、高官たちの顔色が曇った。
「この件、日本政府にはまだ詳細を知られてはいないな?」
「現在日本政府へは欺瞞情報を流しています。センジョウ・タカコが要注意人物として公安にマークされていた事が気がかりでしたが、火星の後継者という事にすれば問題はないはずです」
「ですが、連中は未だ山に潜伏したままで、付近の日本軍も出動準備に入っています。もし身柄を押さえられるような事になれば隠し通す事は不可能です」
 はあー……と重苦しいため息がどこからともなく聞こえる。
 まったく厄介な事を、と言葉には出さないが、何人もの高官が思っていた。
「どちらにせよ事が大きくなる前に処理したいが、あまり多くの人間を関わらせるのも好ましくないか……仕方ない。『草薙の剣』に処理させよう」
 そう、ジャクソン総司令。
「よろしいのですか?」
「奴らが撒いた種は奴らに刈り取ってもらう。感づいたとしても、ああ言った手前滅多な真似は出来まい」
 言ってジャクソン総司令は、語気を強めて命令する。
「いいか、地球連合による人類統一体制は、長きに亘る国家間戦争の時代を乗り越えた人類がようやく実現した、恒久平和を提供しうる唯一の体制なのだ! だがこの件が表沙汰になれば、最悪その体制にヒビが入る! それだけは何としても阻止せねばならんのだ!」



 機動戦艦ナデシコ――贖罪の刻――
 第十六話 地球連合崩壊の足音 後編



 一歩ごとに、ぐじゅっ、と足元の土が濡れた音を立てた。
 昨日の夜半から崩れ始めた空模様は、今朝になって雨を降らせ始めていた。
 そろそろ二月が三月に変わり、春の足音が聞こえ始める時期。あたりには地面が雪の下から顔を出し、たっぷりと雨を吸ったそれは気持ちの悪いぬかるみになっている。
 お世辞にも山歩き日和とは言えない日本某県の山中、登山コースから大きく離れた所に、『草薙の剣』の姿があった。
「ひー、さすがに完全装備で山の中はきちいな……」
「このジメジメした感じ、中東やアフリカの砂漠とはまた別の辛さがあるわね……」
 山の中を数時間歩き続け、烈火と奈々美が不平を口にし始めた。
 そんな二人に――――
「無駄口を叩かないで周囲を警戒してろ。いつ敵襲が来るか解らないんだからね」  先頭を行く和也が剣呑な声で注意する。二人は「へいへい」「はいはい」と無言に戻り、手にした銃を左右に向けて警戒の態勢に入る。
 今日の和也は気分がささくれているようで、邪魔な木の枝を叩き切るナイフの太刀筋が普段より荒っぽい。
「和也さん……ずっと機嫌が悪いですね」
「……今朝合流してから、ずっとあの調子ですね……」
 妃都美と美佳がひそひそ声で言い交わす。今朝に軟禁を解かれた時、和也はもう今の調子だった。
 見かねた楯身が声をかける。
「隊長。皆ここ数日いろいろあって、神経がいらついております。留意されますよう」
「む……解ってる」
 遠まわしながらも和也の態度を注意した楯身に和也は、いけないいけない……と思った。
 謹慎を命じられて尋問を受け、精神的に参っているのは全員同じだ。隊長の和也は皆のストレスを緩和するべきなのに、逆に不快にするような真似をしてしまった。
 だが、和也の機嫌を悪くしていたのはその事ではなく――――
 ――子供じみてて……悪かったな。
「子供がヘソを曲げてますわね」
 美雪のせせら笑う声を、和也はあえて聞かなかった事にした。



 先日の事件で、センジョウ・タカコを裏で操っていた男たち――もう『敵』と呼ばせてもらおう――は、爆弾が見つかったと知るや早々と逃げ去った。
 ひとまずライヴの騒ぎを収拾するのが先決と判断した楯身たちはあえて追わず、その後も軍規違反で尋問を受けねばならなくなった『草薙の剣』は『敵』の追跡が出来なかった。
 とはいえみすみす逃がしてやったわけではない。和也たちが尋問を受けている間は代わって統合軍の情報部が『敵』を追っていた。センジョウが火星の後継者との裏取引を示唆している以上、あの二人の『敵』は火星の後継者に関係した人間の可能性があると、上も判断してくれたようだ。
 情報部は日本ならではの発達した情報インフラで『敵』の足取りを追った。道路上の監視カメラの映像には、『敵』の物と思しい車がトウキョウから離れるのがはっきり映っており、すぐさま警察が身柄を確保しようと動いたが、『敵』は車を止めようとした警察のパトカーに発砲までして逃走を図った。
 捜索と追跡は丸一日続き、やがてこの山の登山道入り口の駐車場に車が乗り捨ててあるのが見つかった。車内に手がかりは何もなく、車はライヴの日に盗難届けが出されていた。
 その車を見つけた警官は、果敢にもそのまま『敵』を探して山の中へ分け入ったが、彼らが山を降りてくる事はなかった。ここで事態は軍にバトンが渡り、統合軍が対処に乗り出した――――と、ここまでは順当に進んでいた。

 次第に日が傾き、夜の帳が下りる頃になっても警戒していた敵襲などはなかった。
 夜の山中を歩き回るのは自殺行為だ。和也たちは降り続く雨をしのげる木陰に簡素なキャンプを設営し、軍用携帯糧食レーションで栄養を補給したり交代で見張りを立てたりしながら夜を明かす態勢に入った。
「澪も今のうちに寝ておいて。明日も早いからね」
『うん。そうする。……ところで和也ちゃん、気付いてた?』
 後方の指揮通信車両の中からオペレートを担当している澪は、和也も作戦開始の時から感じていた、ある違和感を口にした。
「ああ、解ってる……このあたりに、僕たち以外の友軍がてんで見当たらないって話だろ」
『こんな事ってあるものなの? データリンクだと、作戦領域を囲むみたいに味方の人たちが千人くらいいるけど……』
「逃走防止の友軍が多いのはともかく、僕たちだけが突出して前に出されてるのは普通じゃないし、明らかに上の指図だね……統合軍はあくまでも僕たちに『敵』さんを始末させたいみたいだ」
『どうして? みんなでやったほうが、危険も少なくなるはずなのに……』
「解らないけど……そもそも僕たちがこんなに早く謹慎を解かれてここにいるって事自体が不思議なんだ。何か考えがあるんだろうとしか……」
 他の兵士をなるべく『敵』と接触させたくないのか? と和也は思う。和也たち『草薙の剣』が投入されたのは、すでに一度接触した後だから?
 だとしたら、統合軍の上は『敵』の正体を知っているか、予想がついている? 仮にそうだったとしてなぜ? 火星の後継者なら、むしろ大々的に宣伝して自分たちの手柄にしたがるはずだ。統合軍の事だから。
 あれだけ手柄に拘っていた統合軍が、今回に限って妙にこそこそしている。
「妙って言えば、ここに来た時日本軍の姿がまるでなかったよね……」
『データリンクも来てないね。統合軍と日本軍のコンセンサスは今回何もないみたい。こっちでもみんな不思議がってるよ……』
「非主流国ならともかく、日本でこれか……ますます怪しいね」
 いまさらながら、和也は厄介な事に巻き込まれてしまったかな、と思った。
 今は自分たちの事だけで手一杯なのだが……などとため息を突いた、その時。
『で――――つら――――』
 不意にコミュニケから聞こえた話し声に、和也は自分がオープン回線を開けっ放しにしているのに気が付いた。
 おっといけない、とスイッチに手を伸ばし――――漏れ聞こえてきた通信の内容が耳に入った。
『さっき見かけた奴ら、ホウメイ・ガールズのライヴに乱入した連中だろ?』
 わざわざ通信で何を話しているのかと思ったら、どこかの部隊の連中が和也たちの事を噂していた。
『ああ、見た見た。メグたんがお友達って言ってたよな……うらやましい』
『言いたい事は解るけどさ、あれって100パー軍規違反よね。誰か止める人いなかったのかしら?』
『ていうかあいつら、処分されたはずじゃね? 何でここにいんの?』
 ――こいつら、オープン回線だから僕たちにも聞こえる事を知らないのか?
 少し前なら感情が荒れていたかもしれないが、今は相手していられない。今度こそ通信を切る。
『ねえ和也ちゃん、他の部隊の人たち……』
 どうやら澪にも聞こえていたらしい。「解ってる」と勤めて冷静な声で返し、自分が怒っていない事を伝える。
「僕たちにとっては将来戦争になりかねない死活問題でも、地球人あの人たちにとっては他人事なんだろうね」
『他人事じゃないでしょ。地球と木星がまた戦争になったら、戦わされるのはあの人たちなんだよ』
「そんな将来の事まで考えが及ばないんだろ」
 今のまま状況が悪化するに任せていたら、いずれまた戦争になる――――ちょっと考えれば容易に想像の付く事だが、その『ちょっと考える』事を放棄している一般大衆はうんざりするほど多い。
 いま通信で話していた統合軍の兵士たちは一般大衆より当事者に近い立場だが、それでも他人事チックにしか捉えられない連中は一部存在するわけだ。
『せっかく和也ちゃんたちが……待って。別の部隊の人から、和也ちゃんに通信が来てる』
「僕に?」
『秘匿回線で話したいって。そっちに繋ぐね』
 澪がコンソールを操作すると、和也の前に見慣れない三十半ばくらいの男の顔を映したウィンドウが現れた。
『作戦中に失礼した。私は統合軍陸戦隊、第251歩兵小隊隊長、クニキダ中尉だ』
「統合軍JTU、第五チーム『ブレード』隊長の――――まあ知ってるか。黒道和也軍曹です」
 本来なら友軍でも本名は名乗るべきでないが、もう意味はないと割り切って自己紹介し、互いに敬礼と答礼を返す。
『先日のホウメイ・ガールズのライヴでの一件は私もリアルタイムで見ていた。正直君たちの立場からすれば軽率と思うが……個人的に賛同したいところもあってな。無理を言って話をさせてもらった』
「はあ、それは……」
『私は軍務の関係で、同じく統合軍所属になった木星人女性と知り合ってな……去年結婚して、来月には男の子が生まれる予定なんだ。妻ももう、私と地球の土に骨を埋めるつもりだと言っている』
 クニキダは唐突にノロケ話を切り出したように見えるが、何が言いたいのかはすぐ解った。
「また戦争が再燃して、家族が離れ離れになる悲劇は避けたい、という事ですな。心中お察しいたします」
「うわっ」
 不意に後ろから楯身が会話に割り込んできて、和也は軽く驚いた。
「ご安心を。奥方とご子息との暮らしは我々が必ずやお守りいたします!」
 ――大きく出たな、と和也は思った。
 気持ちは和也も同じだ。だがそれを実行するのがどれだけ難しいか、この数日で嫌というほど思い知ったろうに――――そう思った和也は、
「クニキダ中尉。賛同してくれてどうも。……ですが、ここから先どうすればいいか、僕たちは何も思いついてません」
 今はとりあえず『敵』を追っているが、それで世論がどうなるわけもなく、次の目標は何もない。
「年長者の意見を聞きたいです。僕たちは所詮世間知らずの若輩者ですから」
 と尋ねた和也だったが、本心では参考になる答えなど期待してはいなかった。
 全人類が答えを見出せずにいる問題にほいと答えられるなら、和也たちはこうして戦場になど立っていない。和也がクニキダに質問を投げたのは、自分なりに乏しい想像力を働かせて考えた作戦を子供の浅知恵呼ばわりした大人を、浅知恵すらないじゃないかと嘲笑ってやりたかったからだ。
『悩ましい問題だな』
 そんな八つ当たりに近い鬱憤晴らしを仕掛けた和也に、クニキダは顎に手を当てて、
『逆に訊ねるようだが、君たちは木星人の排斥を唱える人間を力づくでも黙らせたいか? 木星人を守るためなら、それは許されるべきと思うか?』
「…………」
 和也は返答に窮した。
 そんな事考えた事もない! ……と言いたいが、そう言えば嘘になるわけで――――
「……そうしたいと思った事はあります。でもそれでは、火星の後継者やテロリストと何も変わらないでしょう」
『その通りだ。主張がいかに正しくても、実現の手段を間違えれば誰も認めないし褒めてもくれない。叩き潰されても文句は言えないだろう。だからちゃんとしたルールに沿って戦う。そうして初めて賛同者を増やし、世論に一石を投じる事も出来る』
 主張は持ってもいい。だが道は誤るな――――それは文句の付けようがない“大人の意見”だった。
『君たちは今まで通り戦え。そして一人でも多くの人を助けて、賛同者を増やせ。少なくとも私と妻は絶対に君たちの賛同者だ。出来る事があれば協力しよう。だから本当に頼むぞ』
「……はい。お互い頑張りましょう」
 お互いに敬礼を交わし、通信が切れる。すると和也はほっと息をついた。
 自分たちに賛同して、励ましてくれる人がいるのは嬉しい。凄く嬉しい。
「あの作戦……やっぱり実行してよかったのかもね」
「ですな。あのような人々の幸福な暮らしこそ、我々が守ると誓ったもの。そう思ったから我々はここに戻ると決めたのですからな」
 和也と楯身は、笑って頷き交す。
 火星の後継者さえ叩き潰せばどうにかなると思っていたのは甘かったようで、武器を取って戦う意外の方法も知らない。
 それでもなんとかしたいとは思うし、何か出来る事をしたい。
『私だってみんなと一緒だよ。それにメグミさんたちも応援してくれてる。もう少しだけ頑張ろう、ね?』
 和也個人としても、澪のような友達と、平和になった世界でもう一度暮らしたい。
 その目標があるうちは、まだ頑張ってみようと思う。
「ありがとう、澪。じゃあみんな、気を取り直して行こうか」
 そんな彼らの頭上を、上空監視だろうか、バッタが一機フライパスしていった。


 同時刻――――

 和也たちのいる山中から少し離れた海の中、人知れず潜航する一隻の艦艇があった。
 地球型主力戦艦、リアトリス級。統合軍、宇宙軍、そして火星の後継者を問わず広く運用され、その戦闘力の高さを誇示する300メートル級の巨体を海の中に隠し、息を潜めるように行動していた。
「艦長、バッタからのデータが来ました」
 その戦艦のブリッジ、クルー一人一人までが必要もなく息を殺しているような静寂を破り、一人のオペレーターが声を発した。
 送られてきたのは、今現在統合軍がテロリスト・・・・・を捜索している、つまり和也たちのいる山中の映像データだ。偵察機として放たれた数機のバッタが、上空から観測したデータを送ってきている。
 所属不明の虫型兵器が作戦エリアを飛び回っていれば、現地の統合軍も黙ってはいないだろう。にも拘らずバッタが撃墜もされずに飛んでいられるのは、完璧に偽造されたIFFのおかげだった。あるいは偽造された本物、と言うべきだろうか。
「回してくれ」
「了解」
 すぐさまデータが艦長席へ転送される。それを見た艦長は「むう」と低く唸って渋面を作る。
「やっぱりか……准将の情報通りだな」
「ではやはり、例の統合軍が追っているテロリストというのは……」
「ああ。多分そうだ。……くそ、どうしてこう統合軍は現状認識が甘いんだ……」
 艦長は舌打ちする。数時間後に現出するだろう流血の惨事が目に見えるようだった。
「我々は、このまま高みの見物ですか?」
「統合軍は我々の介入を絶対に許さないだろう。それにこれは、政治的に非常にデリケートな案件だ。だが……」
 必要な時は助けてあげて――――艦長は、自分たちをここへ向かわせた女性の言葉を思い出していた。



 昨日から降り続いていた雨は、次の日の朝になってようやくやんだ。
 朝もやにけぶる山の中は、作戦で来たのでさえなければ十分に景色として楽しめる風景だ。重たい装備を身につけた身体に朝の冷たい空気が心地よく、その中を奥へ奥へと分け入る『草薙の剣』の中にも、若干弛緩した空気が流れ始めていた。
「……いーかげんじれったいわね。敵なんて気配も何もありゃしない」
「うらあ! 隠れてないで出てこーい!」
 こーい、こーい、こーい……烈火の叫び声は山びこになって帰って来た。
 奈々美と烈火は一向に現れない敵にしびれを切らしつつある。
 油断はするなと事前に言っておいたはずだが、ここまで静かだと緊張感を保つのが難しくなってくるのだろう。
 実際、警戒心の針が楽観の側に傾きかけているのは、二人だけではなかった。
「一個連隊に包囲されているんですし、逃げ回ったり隠れたりしているのでは? もう戦うも逃走も不可能でしょうし」
「追跡した警察の話によれば、『敵』の武装は拳銃程度、トラップを作成する暇もそう無いはずであります。抵抗は出来ますまい」
 わりと慎重な妃都美と楯身までが、『敵』はもう戦意を無くしていると楽観論を口にする。
 和也に言わせれば、自分を格闘で倒した『敵』は相当な手だれで、そう簡単に戦意喪失するとは思い難かった。和也は自分の格闘戦技術には結構自信があっただけに、負けた時は結構ショックだったのだ。
 その場に居合わせたのはメグミ一人だったから、実際に見ていない他のメンバーたちには和也の警戒感がいまいち伝わっていない。
 何か言うべきかと思ったが、それより早く口を開く者がいた。
「油断なさらないほうが身のためですわよ、皆さん」
 驚いた事に、美雪が警戒を促した。「は……?」と全員が呆気に取られ、美雪はむっと眉をひそめた。
「なんですの、その『雨でも降るんじゃないか』的な顔は」
 ――ごめん、思った、と和也は内心で謝る。
 雨ならつい数時間前にやんだばかりだが、いつも飄々と余裕を見せている美雪が警戒を促すなど、今までにあっただろうか。
「何か嫌な感じがしますの。殺気を感じると言いますか……どこかから狙われているような」
「……レーダーには、怪しい反応は見られませんが……」
 そう、美佳。
「いや、探知圏外から狙撃銃で攻撃される可能性もある。それにソリトンレーダーを誤魔化す方法は多い。くれぐれも……」
 油断するな、と楯身が言いかけた時――――
「……ねえ、なんか焦げ臭くない?」
「焚き火のような臭いがしますね……」
 不意に、奈々美と妃都美が囁く。
 その間に異常は確かに大きくなっていった。和也たちの周囲で突然火の手が上がり、パチパチと音を立てながら少しづつ、確実に延焼していく。
「なんだこりゃ、山火事か!?」
「ご冗談を! つい数時間前まであれだけ雨が降っていたのを忘れたか!?」
 訳の解らない事態に混乱する烈火を、楯身が窘める。
 木の葉が擦れる摩擦によって自然発火が起こり、それが燃え広がって山火事に、というのは起こり得る。だがそれは空気も木の葉も乾燥しきった環境下での現象だ。雨上がりの湿度が高い中で起こるなどあり得ない。
 となると、これは人為的な現象。
 ――まずい、煙が……!
 火の勢いは大した事はない。だが火の傍にはたっぷりと水を吸った木の枝や落ち葉が堆積している。それに火がつくと大量の白煙が発生し、濃密な煙幕となって和也たちの視界を奪う。
 その煙の中に一瞬――――
 和也は、手に小銃をぶら下げ、全身を覆うフードの下から、殺意の閃く目でこちらを睨みつける男の姿を確かに見た。
 ――あいつだ……! 僕を倒した男!
「まずい、伏せろーッ!」
 和也が叫び、全員が弾かれたように木々の影へ身を隠そうとするのと、銃撃が始まったのは同時。煙の向こうから何発もの銃弾が飛来し、人の手が殆ど入っていなかった自然のままの木々が無残に抉られていく。
「ブレードリーダーからCP! 敵と遭遇、攻撃された!」
 澪へコミュニケで連絡し、応戦の許可を請う。それはいつもの儀礼的プロセスの一環のはずだった。
 だが予想外にも、澪は訳の解らない答えを返してきた。
『こちらCP、よく聞こえない、繰り返して!』
「はあ!? だから敵と遭遇したから応戦の許可を! 早く!」
『和也ちゃん!? どうしたの、よく聞こえないよ! ……ああ、通信が妨害されてる!?』
「澪! この緊急時に冗談を――――!」
 こんなクリアな通信状態でなにが通信妨害だと和也は怒鳴ったが、澪からの返事は無い。――――いや、本当に通信妨害を食らった時のザーザーというノイズだけになっている。
「CP!? 澪! ……なんだよ、くそ!」
 ノイズを垂れ流すだけの存在になったコミュニケを黙らせ、和也はとにかく意識を切り替えようとする。
「総員、武器使用自由! 僕が応戦を許可する!」
「ですが、CPの許可は――――」
「大昔の自衛隊みたいな失敗を繰り返せるか! 現場の裁量だよ!」
 先刻敵の姿を見た方向にアルザコン31を照準し、数発発砲する。――――手ごたえは無い。
「くっ、煙が邪魔で敵が見えない……ってうわあああっ!」
 敵の姿を捉えられないでいる和也。その目の前で銃弾が爆ぜ、和也は悲鳴を上げて転がり銃撃から逃れる。
 何のタネがあるのか、この炎と煙の中で『敵』はこちらを正確に捉えているようだ。その一方で『草薙の剣』は各自応戦を始めているものの、てんでバラバラな方向に弾をばら撒いている。誰も敵の位置を把握できていないのだ。
「美佳、敵はどっち!?」
 和也は頼みの綱である美佳に訊いたが、美佳はかぶりを振る。
「……不明です、ソリトン・レーダーに反応ありません……」
「ついさっき肉眼で見えたんだよ!? 探知圏外って事はないはずだ!」
「……何がしか、ソリトン・レーダーを欺瞞する手段を使っているようですね……」
 いまどきそんな骨董品を持ち歩く連中なんて、見当も付かないが……
 一つ確かなのは、たった一人の敵相手に『草薙の剣』七人が追い詰められている事だ。
 また狙い済ました一発の銃声が響き、皆がびくっと身を固くする。そして届く、「ワーッ!」という烈火の悲鳴。
 被弾した!? 最悪の予想が頭をよぎったが、
「跳弾がケツに当たった! 痛え!」
「大丈夫、弾はスーツで止まってる! 死なないしケツの穴も一つのままよ!」
 とりあえず元気なようで安心する。が……『敵』は確実に狙いを絞ってきている。
「畜生! このままじゃオレたち全員、カリカリベーコンにされちまうぞ!」
「ビビッたの、烈火!?」
「ちげえよ! そうなる前にこっちから仕掛けようぜ!」
「は、同感! 追い詰められた時こそ前に出ろってね!」
 危機に陥って逆にアドレナリンが分泌されてきたのか、烈火と奈々美は獰猛な笑みを浮かべて言い交わす。
 無茶だ、と和也は言いかけたが、どのみちこのままでは助けも呼べないままやられる。ならいっそ思い切った手に出るべきだ。
「……二人の言う通りだね。楯身と奈々美は正面から前に出て。烈火と美佳はここから援護。とにかく弾幕を張って敵の攻撃を抑制。美雪は僕とそれぞれ左右に展開、敵を見つけたら楯身たちの方に追い立てる」
「危険ですけど……それしかないでしょうね」
 妃都美も渋々ながら頷く。
「いい? あいつを生け捕りにするのはもう無理。殺す前提でやるよ」
「それでは背後関係が……いえ、承知しました」
 楯身は一瞬だけ逡巡を見せたが、それしかない事は誰の目にも明らかだった。あれは和也より――――いや、『草薙の剣』より格上の能力を持った敵だ。殺す前提で戦わねば殺される。
「よし、行け!」
「うらあ! 制圧射撃だぜ!」
 烈火がクリムゾンM200軽機関銃を横に薙ぎ撃ち、派手に弾幕を張って敵を牽制。どれだけ訓練を積んだ兵士でも――――いや、銃弾の恐ろしさを身体で知る兵士なら尚の事、機関銃の弾幕を前に、たとえ当たらないと解っていても身を守る事を優先しないではいられない。
『敵』もさすがに例外ではなかったか、断続的に続いていた銃声が途切れる。
 制圧射撃が途切れるまでの数秒間の優位。この機を逃すまいと『草薙の剣』メンバーたちが炎の中へ突っ込んでいく。
「えいや!」
 気合一発、和也は炎のバリケードから転げ出る。髪の毛に火が点いていたのでそれをはたき消すと、膝を落として小銃――クリムゾンAL17――を和也へ向けた『敵』の男と目が合った。
 ――飛び出すのを察知したってのか!?
 一瞬の硬直の後、和也は右に飛びつつアルザコン31を片手で乱射。当てるのは無理と割り切っての牽制だ。銃声が連続し、火線が交錯する。
 数秒の攻防の結果は、お互いに被弾ゼロ。だがこの音によって『敵』の位置は露見し、隠藪のアドバンテージは無くなった。すぐに他のメンバーたちが殺到してくる。不利と悟ったか、即座に踵を返して逃走に移る『敵』。
「不正常……!」
『敵』が毒づくような声を発した。――――日本語ではなかった。
「逃がすか……!」
 もう一人の姿が見えないのが気がかりではあったが、どうせ別の部隊に対処しているのだろうと思った和也は後を追う。逃げる敵の背中をサイトの中に捕らえ、引き金を絞る。取った、と思った。
 だが『敵』の動きは剽悍だった。木や草が生い茂る中をまるで水のように駆け抜け、当てるつもりで撃った弾が尽く空を切る。
「なんて奴……!」
 当てられずに歯噛みする和也。その視界の横、少し高い所を併走する二人。楯身と奈々美だ。
 ――グレネードだ!
 和也は敵に悟られないよう声に出さず、ハンドサインで指示を出す。楯身は頷き、アルザコン31のランチャーにグレネードを装填、奈々美も手榴弾を振りかぶる。さらに和也もアルザコン31に榴弾を叩き入れる。
「くたばれ……!」
 三人がかりでの激烈な砲撃。『敵』の後ろ姿が爆発の中に掻き消え、大量の土煙が巻き上がる。それは霰のように和也に降り注ぎ、戦闘服のプロテクターに当たってカラカラと音を立てた。
 ――なんだ?
 その土砂の中に妙な物が混じっているのを見つけ、和也は目を細めた。爆発で壊れてはいたが、多分元は細長い鉛筆のような円筒形をした、明らかな人工物――――
「やったか?」
「見えないわ。死体を確認するわね。多分バラバラだろうけど」
 奈々美が『敵』のいた地点へ滑り降りていく。もう『敵』が死んだと思っているのか無警戒だ。
「奈々美待て、まだ何か……!」
 あるかもしれない、と言いかけた時――――何かが音を立てて奈々美のすぐ傍の地面から飛び出した。ぽふっ、という気の抜けた音だったが、それはこの状況で最高に悪辣で恐ろしい殺傷兵器。
 ――ジャンプ地雷バウンシング・ベティ
 空気圧で飛び上がり、人間の頭の高さで爆発するジャンプ地雷。足を破壊する通常の対人地雷とは一線を隔す、確実に殺すための地雷。
「奈々美ーッ!」
 楯身が間に入ろうとするが間に合わない。奈々美は咄嗟に身を守る体勢を取ったが、いかな頑強な戦闘服でも、地雷の至近爆発で命を守りきる保証は無い。一瞬後の惨事を予想し、和也は思わず身を硬くした。
 刹那、突風のような勢いで何かが横を駆け抜けた。そして、爆発――――恐る恐る和也が奈々美を見ると、そこには額から血を流しながらも上体を起こそうとする奈々美と、同じく軽傷を負いつつも気丈に立っている美雪の姿があった。
「さ、サンキュー、美雪……さすがに命拾いしたわ」
 普段強気な奈々美も、今ばかりは顔を青くして美雪に礼を言う。先の一瞬――――美雪は人工筋肉を全力で振り回した脚力で奈々美の元に飛び掛り、その勢いのまま空中の地雷を蹴り飛ばしたのだ。
「礼には及びませんわ……それより、ここは地雷原ですわよ」
 美雪の言う通り――――ここに一つ地雷があったという事は、周辺にまだいくつもあると考えなければならない。後ろから美佳と妃都美、烈火が追いついてきたが、「来るな!」と止めねばならなかった。
 しかも最悪な事に、仕留めたと思った『敵』の死体が欠片も無い。どうやったのかあの攻撃の中逃げたようで、結局またトラップゾーンに誘い出されただけになってしまった。
 こうなってしまってはトラップに引っかからないよう慎重にこの場から離れるしかないのだが、『敵』がそんな暇を与えてくれるわけがない。すぐに人間のそれとは違う、重苦しい足音が近づいてくるのが聞こえた。
「このモーター音……虫型兵器!?」
「……ジョロが確認できる限りで五機、その後ろからパワードスーツ一機が接近してきます……敵味方識別装置IFFに反応ありません、敵です……」
 美佳の絶望的な報告。
「……さらに反応を確認しました……八時の方角からバッタ三機です。これもこちらへ向かってきます……」
 動きを封じられ、戦力でも劣勢、本来なら友軍の機動兵器か何かに支援を要請するところだが、相変わらずコミュニケはザーザーとノイズを垂れ流すばかりで助けも呼べない。
 全滅―――― 一番考えたくなかった、その二文字が頭をよぎる。
「後方のバッタから、ミサイル多数、来ます――――!」
「くっそおおぉぉぉぉ――――!」
 叫び、一か八か銃を乱射。『ブースト』全開の射撃で数発のミサイルを撃墜――――だが無数のマイクロミサイルを止められるはずもなく、たちまちミサイルが殺到する。
 爆発、衝撃、そして熱波。和也たちの体はバラバラに粉砕され――――なかった。
「え?」
 一瞬呆気に取られる。飛んで来たミサイルは和也たちの頭上を通り過ぎ、数メートル離れた所で起爆していた。半径数十メートル一帯の樹木がなぎ倒され、空き地になったそこには和也たちに迫っていたジョロが数機、残骸となって転がっていた。
 ――支援砲撃……誰が?
 その疑問はすぐに解けた。沈黙していたコミュニケが息を吹き返したように電子音を発し、聞きたかった声が聞こえてきたからだ。
『やっと繋がった! 和也ちゃん、251歩兵小隊が支援してくれるよ!』
「澪! 251歩兵小隊って……あのクニキダって人の部隊!」



 話は、少し遡る。

「……うう、この部隊もダメ……誰か何とかしてよ!」

 和也たちが『敵』に苦戦していた頃、CP士官コマンドポスト・オフィサーたる澪もまた指揮通信車両の中、一人で悪戦苦闘していた。
 和也たちと連絡が取れなくなった後、澪は最初通信を回復しようとしていたが、そもそも原因からして特定できない現状では通信の回復を試みるより、近くの部隊に直接支援を求めたほうが早いと澪は判断した。
 だが悪い事は重なるもので、通信が不能になったのは『草薙の剣』だけではなかった。それに近い部隊から順に、次々と通信が出来なくなっていったのだ。そればかりか、
『こちら第385歩兵小隊、トラップによる攻撃を受けた! 地雷によって手足切断の重傷者三名、至急救助ヘリの出動を求める!』
『こちら第747歩兵小隊、虫型兵器に襲撃されている! こちらは有効火気の装備が無い、至急支援砲撃を要請する!』
『38重迫撃砲中隊より747小隊、こちらも道路脇のIEDにやられた! 大破した車両が道を塞いで砲撃位置に行けない、支援不能!』
 まだ無事な通信回線には、トラップによる攻撃に右往左往する統合軍部隊の悲鳴と怒号が飛び交っている。
 通信が不能になりだしたのとほぼ同じ頃から、突然スイッチが入ったかのようにトラップに引っかかる部隊が続出し始めたのだ。山で採れる素材を使った原始的な物から近代的な地雷まで様々だが、配置が巧妙なのか死傷者が続出している。統合軍部隊がマヌケに見えるほどだ。
 そこへ虫型兵器の攻撃までが加わり、最悪包囲網に穴が開き『敵』を逃がしてしまいかねない状況になってきた。そんな状況下で、和也たちへの支援要請に応じてくれる部隊などなかなか見つかるはずもなく、澪は焦りを募らせていた。
「このままじゃ、和也ちゃんたちが死んじゃう……! どうしたら……」
 その時、不意に新たな通信回線が見つかった。通信妨害の対策か、誰かが通信の中継機を設置したらしい。これを使えばと藁をも掴む思いで回線を確保しようとした澪は、ようやく『草薙の剣』にほど近い部隊との通信を回復させた。
『――第251歩兵小隊より、チームブレードへ。そちらからの支援要請を受諾した』
 ようやく待ち望んでいた返事が来た。澪は歓喜の声で応じる。
「き、昨日の中尉さんですか!? 良かった……! そちらは大丈夫なんですか!?」
『トラップで数名の怪我人が出たが、後送させて任務を続行している。支援が必要との事だが?』
「数分前から突然通信が不能になって、状況が不明なんです! 最後に通信できたのは、Z37・X78の座標なんですが……」
『なるほど。我々の現在位置からもそう遠くはないな……解った。そちらへ向かう。先行してバッタによる上空からの偵察も行おう。それでいいな?』
「はい! 感謝します……!」



 結果として澪の判断と必死の呼びかけが、和也たちを危機から救った。
「ナイスタイミング、愛してるよ澪!」
『え! ど、どういたしまして!』
 最大級の感謝を軍隊的なスラングで表現した和也に、澪はトマトのように顔を紅潮させた。
「敵のジョロはあのバッタが引き付けてくれる、まずパワードスーツをやるよ!」
 了解! の唱和と共に『草薙の剣』が動く。バッタのミサイルが周辺を制圧してくれたおかげで、その範囲はトラップが根こそぎ吹き飛ばされた安全地帯だ。
「『地引き網』で行くよ! 練習の成果、あいつに見せてやれ!」
 だいぶ状況が改善されたとはいえ、パワードスーツは単体でも強敵だ。銃弾をものともしない装甲、歩兵戦闘車クラスの火力。虫型兵器と違い中に人がいるから動きも読みにくい。
 だが半年前に『高天原』の演習で痛い目に合わされてから、パワードスーツと戦うための研鑽は積んできた。今度は負けない。
「エサを撒け!」
「……了解、チャフスモーク展開します……」
 美佳が頷き、手榴弾を投擲する。中身は視界を遮る煙幕と、電子機器を妨害するカーボンファイバー繊維だ。これで完全には目を潰せないが、索敵能力は大幅に落ちる。そこへ美雪が挑発的に銃撃しながら目の前を跳び去り、頭に来ただろう『敵』は逃げる美雪に弾を浴びせる。だが俊敏に木々の間を跳び回る美雪を捕らえられるはずもない。
 そこへ和也と楯身が、散開しつつフルオート射撃を浴びせかけた。パワードスーツの装甲表面で派手に火花が散り、中の『敵』はどちらを狙うか一瞬躊躇したはずだ。
「次っ! 網を投げろ!」
 和也たち三人が注意を引き付けたタイミングで、奈々美がパワードスーツの左側に走り、ワイヤーガンを発射。本来は崖や建物の外壁を登攀する時に使われるそれはパワードスーツの左腕に撒きつく。当然パワードスーツは奈々美に銃を向けるが、そこへ今度は烈火が右側へ回り込み、同じくワイヤーガンを右腕に撒きつける。
「いよっし、捕まえたあ!」
「うおりゃ――――ッ!」  気合の声を上げ、奈々美と烈火は強化された筋力全開でワイヤーを引っ張る。パワードスーツが両腕を広げた体勢で後ろに引きずられ、ついには木に背中から貼り付けられた状態になる。
 さすがに『敵』もパワードスーツが生身の人間に力で引きずられ、中で目を丸くしているだろう。奈々美と烈火の二人がかりでもそう長くは持たないだろうが、ほんの数秒動きを止めればそれで十分。
「止めだ! 銛を打ち込め! 外すな妃都美!」
「愚問です」
 最後に妃都美が、アカツキ狙撃銃をもがくパワードスーツの正面に立ち、構える。狙うのは人間で言うところの眉間、強化樹脂製のHUDヘッドアップディスプレイ
 一撃、浅く表面を抉る。二撃、大きくひびが入る。三撃、弾が半分までめり込む。そして四撃――――狂いなく同じ一点を捕らえ続けた銃弾は、そこでついに貫通。パワードスーツから力が失われ、木にもたれるように倒れる。
「チームブレード! 無事か!?」
 和也たちを呼ぶ声と、大勢の人が走ってくる気配。クニキダ中尉の部隊だろう。ここでようやく、和也は安堵の息をつくことができた。



「死んでるか……まあ当然だけど」

 パワードスーツの装甲をこじ開け、中にいた『敵』の姿を確認して、和也はふっと肩をすくめた。
 合流してくれたクニキダの部隊と共に残る虫型兵器を掃討し、助けてくれたお礼を言った後、和也たちは倒した『敵』を調べに入った。
 妃都美の放った銃弾は中の『敵』の頭蓋を貫き、即死に至らしめていた。これで口を割らせる事は永遠に出来なくなったが、仕方がない。
「パワードスーツはネルガル製のNE−46型か。武器はクリムゾンAL17……どこの国にでも出回ってるようなもんばかりだ。こりゃ身元を割る役には立たねえな」
『敵』の持ち物を検分していた烈火が言った。
 和也は尋ねる。
「この迷彩フードはどうなんだ? どうやらソリトン・レーダーを欺瞞する素材みたいだけど」
『敵』が身につけていた全身を覆うフード。緑を基調とした迷彩色で、日本の山中で着る分には迷彩効果は高いが、立体映像投影式迷彩ホログラフィクス・テクスチャー・カモが主流の今では迷彩衣など趣味の品でしかない。
「あー、多分昔の日本軍が使ってた払い下げ品だな。重力波レーダーとかの普及でソリトン・レーダーが廃れた後、いらなくなった品が大量に放出されたんだ」
「それっていつ?」
「オレたちが生まれる前だな」
「そんな骨董品持ち出してくるなんて、こいつら僕たちの事知ってるのかな……」
 和也は地面の上に転がしておいた『敵』の死体に歩み寄る。そちらは楯身やクニキダが回りに集まって、死体を調べていた。
 ――あいつじゃなかったか。
 パワードスーツの中の『敵』は、直前まで和也たちが追っていた、和也がライヴ会場で負けた男ではなかった。奴にはまんまと逃げられたらしい。
「こちらも大した情報はありませんな。見ての通りアジア系の有色人種。顔を整形していなければでありますが、日本人でも木星人でもなさそうでありますな」
「うん、僕もライヴの時にそう感じた。日本語も少し怪しかったし……そういえばさっき、中華圏の言語を口にしてたような」
 中華圏とは、東アジア地域にある二つの国の総称だ。
 一つは中華連邦。東アジア戦争後に発足した、台湾を中心に香港や上海などからなる連邦国家だ。EAUの加盟国でもあるため地球連合では主流派に属する。
 もう一方は中帝――――ユーラシア同盟の片割れ、中華帝国。東アジア戦争後、香港、上海、チベット、ウイグルなどの地方が次々独立・離脱し、その国力を大きく減じたが、北の新ソビエト連邦――こちらも多くの地方が戦後独立し、もはや『連邦』とは名ばかりなのだが――と共にユーラシア同盟を現在まで存続させ、今でも非主流派として存立している。
 仮にこの『敵』が中華圏の人間なら、二つの国のどちらが怪しいか、天秤にかけるまでもない。
「中華圏? ……なるほど」
「ふうん……そういう事でしたの」
「確かに、それで納得できますね」
「……そう考えるのが、一番妥当かもしれませんね……」
「つうか、それしか考えられないわね」
「なーるほど。あの国の仕業だったか」
『草薙の剣』は全員が納得顔になる。
 が、その一方で澪と、クニキダたち251小隊は納得出来ない顔をしていた。
『あの、話が見えないんだけど……』
「……何がなるほどなんだ? 私たちにも解るよう説明してくれ」
「クニキダ中尉、あなたも日本人なら知っているでしょう。あの国……中華帝国には、こういうテロやゲリラ戦におあつらえ向きの部隊が存在するって事は」
「? ……ああ、第八特殊旅団の事か?」
 中華帝国陸軍、第八特殊旅団――――
 悪名高い部隊だ。中華帝国軍の部隊ではあるが、その大元は東アジア戦争からさらに半世紀は遡り、高麗共和国がまだ南北分断国家だった頃に北部が設立した対外工作活動専門部隊、第八特殊軍団であるという。その頃から日本を初めとする敵国に対し、要人の暗殺や民間人の拉致、通貨の混乱など表に出せない汚れ仕事ブラックオプスをこなしてきた。
 だが東アジア戦争末期、ユーラシア同盟側の旗色悪しと見た高麗共和国は東アジア軍事同盟側に寝返った。そのためのスケープゴートとして、彼らが首を差し出す事を求められたのは当然の成り行きだった。
 だから彼らは逃げた。追っ手として差し向けられた昨日までの仲間と戦いながら、中華帝国に逃げ延びられたのは十万人を超えていたうちの四千人程度だったと言われる。その生き残りは第八特殊旅団として中華帝国軍に迎え入れられ、終戦の日まで各地でテロ攻撃に従事し続けた。
 その後、第八特殊旅団は終戦から数年後に解散し、現在はもう存在しないというのが中帝政府の公式見解だが、誰も信じてなどいない。その技術を受け継いだ兵士たちによって現在も秘密裏に存在していると誰もが思っている。
 そういう連中なら、日本を混乱させるためにセンジョウのような協力者を作ったりはするだろう、と和也たちは納得したのだが、
「そんなバカな……いくらなんでも時代錯誤が過ぎる」
 説明してもクニキダは納得しきれないようだった。
「東アジア戦争がどうだの、一体いつの話をしている? もう200年も昔の歴史だぞ。確かにその後も長らく敵対的な関係が続いたにせよそれも百年以上前の話だ。例え新ソ連と共に東アジア戦争の戦犯国で、地球連合に加盟する時も揉めに揉めた爪弾き者であったが……」
 それでも、とクニキダは言う。
「もう同じ地球人類の住む、地球連合の加盟国なんだ。今は地球人類の国同士が争うような時代ではない。ユーラシア同盟の人々もそう思っているはずだ」
 ――認めたくないんだな、と思った。
 クニキダが言っているのは、日本、というか主流派の国ではもう常識となっている考え方――――地球人類主義の思想だ。彼らはそれがもう全人類共通の思想だと信じている。
 だが残念な事に、現実は違うのだ。
「でもね、クニキダ中尉。そう考えれば、この奇妙な作戦も説明が付くんですよ」
「……どういう事だ」
「そもそも、何で後から来た僕たちだけが前に出されて、他の部隊は包囲網を形成してるだけなのか……それに、本来共同歩調を取るべき日本軍が今回に限っていない。中尉は変だと思わなかったんですか?」
 それは、と視線を泳がせるクニキダに、和也はさらに言う。
「事が大きくなる前に、なるべく関わる人間が少ないうちに、この事態を収束させたいって上の思惑が見えませんか? 上が『敵』の正体に感づいてなければこうはならない。ジャミングなんて検出されてないのに無線が通じなかったのも、『敵』の正体が他の部隊に漏れるのを防ぐためだと思えば、一応つじつまは合います」
 バカな、とクニキダと隊員たちにざわめきが広がっていく。
 と、楯身が横から口を挟む。
「統合軍がここまでする理由も、納得はできかねますが理解はできます。『敵』は中華帝国軍のいわゆる工作員、つまりは正規兵です」
 例えその存在自体が非公式の幽霊部隊であっても、彼らが正規兵である以上は中帝政府――あるいはユーラシア同盟――の意思で動いているという前提で考えるべきだ。ユーラシア同盟が地球連合の転覆を望み、火星の後継者と手を結び、そして今日本の内情を混乱させようとしているのだとしたら……それは日本、そして地球連合に対する戦争行為に他ならない。
「それが明るみになれば、日本、そしてEAUも黙ってはいますまい。両者の対立は決定的となり、再び軍事力の矛先を向け合う事になる。それはすなわち、地球圏の国々を完璧に統一したはずの地球連合体制が大きく揺らぐ事を意味しますからな……統合軍はこの件を隠蔽して、余計な波風を立てないようにするつもりでしょう」
 愚かな判断だった。事なかれ主義は後々さらに悪い事態を招くだけだと、歴史が示しているだろうに……
「カーッ! バカじゃねえの!? こんなに大勢の兵隊が怪我したり、死んだ奴までいるのによ!」
 そう怒声を上げたのは烈火だ。
「おい和也、この件、ネットに流出させちまおうぜ! オレたちの顔付きなら本物だって証明できるしよ!」
「あんた、バカ?」
 義憤に任せて突っ走ろうとした烈火を、奈々美が冷ややかな顔で止めた。
「……んだよ」
「ついこないだ、あたしたちは『地球人のために戦ってやるから木星人を追い出さないで』ってお願いしたんでしょうが。その矢先に今度は地球連合の秘め事を暴露? あんたらどっちの味方なんだって不信を買うでしょうが」
「あ」
「……それを計算に入れた上で、私たちが『敵』――――中帝の工作員を始末するのに適任と思われたわけですね……不快です……」
 美佳は可愛らしい顔を歪ませている。
 結局和也たちは、地球連合に都合よく利用されて、その結果全員死にかけたわけだ。『地球連合体制に問題は無い』という幻想を守るために。
 これほど不愉快な話もない。
「信じられないが……君たちに嘘をつく理由はないのだろうな。認めるしかないか……」
 ここまで話してようやく、クニキダも現実を受け入れるしかないと悟ったようだった。小隊の隊員たちにも、ざわめきが広がっていく。
「恐ろしい話だな。火星の後継者が地球連合の内部対立を煽っているのは知っていたが、ここまでとは……なんとかしなければならないな」
 クニキダはそう言ったが――――
「……知った事じゃありません」
『ちょっ、和也ちゃんなに言い出すの!?』
 吐き捨てるように言い放った和也に、澪が裏返った声を出す。これには251小隊の隊員の間からも、「なんだと!?」と絶句する声が上がった。
「確かに大変な事です。放っておいたらいずれ、もっと目に見える形で火が燃え上がって、多くの血を見る事になるかもしれない。……でもね。これはもう完全に地球人同士の内輪揉めでしょ? 火星の後継者が横から関わってはいるんでしょうが、根っこの所じゃ完全に無関係です。ぶっちゃけ、そんなものに巻き込んで欲しくないんですが」
「だ、だが君たちは、地球人のために戦ってくれるのだろう?」
「勘違いしないでください、中尉」
 厳しい声で、妃都美。
「私たちは、決して無条件に地球人の味方をする気はありません。地球でやっと人間らしい生活を得た木星人の営みを守る……そのために火星の後継者、身内の恥と戦うのはやぶさかではありません。ですが、それとこれとは話が別です」
「そもそもあなた方のその傲慢さが、火星の後継者に付けいる隙を与えているのですわよ。もういい加減にしてくださいますかしら? うんざりですわ」
 美雪も普段通りの薄笑いを浮かべながら、刺々しいセリフを口にする。
 終いに奈々美が「どうする? 帰る?」とまで言い出した事で、ついに251小隊の隊員たちが怒り出した。
「黙って聞いていれば! お前らだって今は統合軍の兵隊のくせに、許されると思ってるのか!」
「本当はやっぱり、火星の後継者に共感するところがあるんじゃないのか!?」

「静まれッ!」

 一喝――――クニキダの雷のような怒声に、罵声の雨がぴたりとやむ。
 これには和也たちもビクッと震えた。やはりこの人も歴戦の勇士か……
「……君たちの言いたい事はよく解った」
 緊張する和也たちに、クニキダは静かに言う。
「君たちにもいろいろ不満があるのは知っている。妻も最近は不平や不安を口にしているからな」
「…………」
「だが他にどうしようがある? 君たちには面白くない事だろうが、この世界は結局地球連合の力で均衡を保っている。それが力を失う事は、秩序を失う事だ。その結果どうなるのかは、君たちのほうがよほど想像できるのではないか?」
『私もそう思うよ、和也ちゃん……和也ちゃんたちを罠に嵌めたのは許せないけど……私、軍の偉い人たちの気持ちも解る気がする』
 遠慮がちながら、澪。
『地球連合ができる前は、些細な問題ですぐ戦争になるような怖い時代だったんでしょ? 私みたいな主流国の地球人はみんな、地球連合の平和の上で生きてきたから……それが壊れるのは、怖いよ』
 澪が言っている事と、統合軍の高官たちの考えはたぶん同じなんだろう。
 ――澪も中尉も、地球連合があって、その上に平和があると信じてる。それが壊れるのは怖い、か。
「本意でないのはよく解る。だがそれでも地球連合を守るしかないと思う。……解ってくれ」
 澪とクニキダ、決して嫌いではない二人からそう言われて――――
「……さすがに敵前逃亡罪に問われたりしたくはないですし、この件の引き金を引いたのは僕たちですから、今回は手を貸します・・・・・・。その先は知りませんが」
 別に本気で帰る気はなかった。ただでさえ軍規違反を犯しているのに命令違反までプラスしたくはない。
 卑怯で傲慢な地球連合を守るのは嫌だが、それに支えられてきた地球人たちによりよい体制を提示できないのも確かなわけで。
 結局、こういう言い方になってしまった。
「それでいい。感謝する」
 全てが丸く収まった、とは行かないが、ひとまずは共同戦線が成立した。
「さて、話が纏まったところで今後の行動を決めよう。まず残ったもう一人の敵についてだが……」
「それなんだが、こいつを見てくれ」
 烈火がそう言って差し出したのは、鉛筆ほどの大きさをした円筒形の物体だ。爆発のせいか真っ二つに折れていて、中からは機械が露出している。
「近くを通る人間とかの動きを感知する、簡易的な動体センサーだ。これと同じもんが数メートル間隔でそこらじゅうの地面に埋まってやがるみたいだ」
「という事は、私たちの動きはずっと敵に筒抜けだったと?」
 そう、妃都美。
「らしい。それで山全体の友軍の動きがリアルタイムで把握できりゃ、効率的な待ち伏せ攻撃やトラップの起動も出来るってもんだな」
「武器も強化されましたし、敵はただ逃げていたわけではなく、テリトリーとなっているこの山で軍に痛手を与え、逃げる策だったわけですね……センサーの除去は?」
「無理じゃねえが、数が多すぎる。それに人間が近寄ると地面にもぐって身を守る機能もある。全部除去するまで何年かかるか解らねえぞ?」
「となると、山の中をウロウロしていたら敵の餌食になるって事か……絨毯爆撃でもしてもらえば楽だけど、許可は出ないだろうね」
 言った和也に、「それは無用でしょう」と楯身。
このような物パワードスーツを持ち出してきた事で大体の推測は立ちます。これは精密機械の塊。ただの穴倉にずっと隠しておける物ではありませんからな。確実に、どこか偽装された隠れ家があるはず」
「澪。この近辺で山小屋とかログハウスとか、民間施設の類がないか検索して」
『了解。……見つけたよ』
 澪の仕事は迅速だった。ウィンドウにこの付近の衛星写真が表示され、その一部が急速にズームしていく。
 拡大された写真には、古い山荘らしい建物が写っていた。


 目的の山荘は、一見するとごく普通な三階建ての宿泊施設だった。
 急な斜面に張り付くように立っているそれは、三階建てと言うべきか地上一階地下二階と言うべきか少し迷ってしまう、いわゆる半ビルと呼ばれる構造。
「ぱっと見、ただの山荘って感じだけど……よく見ると立てこもるには最適な立地条件だね……」
 山荘の下側を通る道路、その脇の林に身を隠して様子を伺いつつ、和也は山荘の様子を観察する。
 斜面に立つ山荘の上と下にはそれぞれ細い道路が一本走り、玄関は上のほうにしかない。道路は一車線で狭く、両側は木も生えていない崖で、どう近づいても山荘から良く見える。トラップを仕掛けるにも、狙撃するにも最適だ。
 和也たちがいる下側は比較的広く、木が多いため身を隠せるが、近づこうとすれば道路を横切る必要があり、そこから数十メートルはやはり遮る物のない開けた空間だ。上から機銃掃射を浴びれば、あの道路は友軍兵士の死体で舗装される事になる。
 守り安く、攻め難い。一件何の変哲もない山荘はその実、難攻不落の要塞足り得る条件を揃えていた。
『今調べてみたんだけど……。あれは十年以上前に、日本に住んでた中華帝国人の会社社長の男性が、社員の保養所として建てた物だって。でも何年か前にその社長が亡くなって、会社も倒産してからはただの廃墟になってるって話だった……』
「廃墟を利用した隠れ家か、あるいは最初からテロ拠点として作ったのか……」
 どちらにしても恐ろしい事だ。山中のセンサー網といい、一朝一夕で構築できるものではない。日本人の誰もが、大量の武器を隠したテロ拠点の隣で暮らしている事になる。
 しかもそれが一つとは限らない――――
「問題は本当に、工作員の片割れがあそこにいるのかって事なんだけど……」
 和也はアルザコン31のトップレイルに装着したマグニファイヤを立てた。これで倍率無しだったホログラフィックサイトが、四倍率の望遠スコープに早代わりする。裸眼視力0・3の和也には手放せない装備だ。
「人影は見えないな……」
「……ですが、ソリトン・レーダーでも中の様子が不明瞭です……これはもう、“当たり”でしょう……」
 少なくともあの山荘が、工作員のアジトである事は確定のようだった。
「第三班、警戒しろ」
 和也の隣でクニキダが指示を出す。クニキダの部隊から抽出した7・8人ほどに、上の道路から接近してもらっている。危ない橋だが、攻撃されたら逃げていいと言ってある。
 そして彼らを陽動とし、『草薙の剣』を含む本隊が突入して中を制圧する手はずだ。いかな腕利きの工作員でも、一人しかいない以上は多面攻撃に対処できないはずだ。
 さらにクニキダの小隊が保有するバッタが上空を旋回し、いざとなったらロケット砲の一斉攻撃で山荘もろとも吹き飛ばす事も出来る。工作員が何をしようとしても、十分に対処できるはずだ。
「上の連中が山荘の手前に到達した。特に抵抗はないようだ」
「了解。僕たちも行きましょう」
 身を隠していた木陰から出て、和也たちとクニキダの部隊二十人弱が山荘へ向け、慎重に歩を進める。

 ……山荘の足元までおよそ30メートル。

 ――さあ、どっちに撃ってくる? いくら立てこもりやすい立地でも、一人じゃどうしようもないだろ。片方と戦う間に、後ろから蜂の巣にしてやる。

 ……およそ20メートル。

 少しでも妙な動きがあれば木陰に残っている妃都美と、クニキダの部隊の選抜射手マークスマンが発砲するはずだ。こっちはトラップを警戒しないといけない。

 ……10メートル。

 不気味なほど動きがない。上の部隊も何も言ってこない……

 ……5メートル。

 抵抗の気力をなくしたか……? 一瞬脳裏を掠めた考えをすぐ追い出す。さっきもそんな事言ってて、全滅しかかったじゃないか。

 ……2メートル……もう殆ど真下近く。

 いよいよ突入のためワイヤーガンを上に向ける者が出始め、それ以外も発砲を警戒して、全員が油断なく銃口を窓一つ一つに向けている。
 ここまで来ればもうチェックメイトだろうに、まだ何も仕掛けてこない。本当に何もないのか……? またぞろそう思ったその時、ポンポンと肩を叩かれた。美雪だ。
「和也さん、意識の外に注意するのですよ」
「……はあ?」
 意味深なセリフ。つまり意識していない場所に目を配れということか? 和也は辺りを見回し……はっとした。
 全員が、突入のため山荘のある上を見上げている。正面は窓も何もないコンクリートの土台だけで、そんな所を見ている者など誰もいない。
 その、全員の意識の外に置かれた場所に突然しゅっ、と幾つもの穴――――銃眼が開き、中から機関銃の銃口がにゅっと先端を除かせた。戦慄し、和也は声の限り叫ぶ。
「危ないっ! 散れえええええええっ!」
 その声に反応できたのは、はたして何人だったろう。次の瞬間に機銃掃射が始まり、状況を把握できず棒立ちになっていたクニキダの部下が数人、血煙を吹いて倒れた。
 たちまち、あたりは地獄絵図に変貌した。逃げ惑う兵士たちを左右に薙ぎ撃つ機関銃が鴨撃ちのように撃ち倒していく。妃都美たちからの援護射撃も始まったが、思わぬ場所からの攻撃に対処が遅れ、小さな銃眼の中を狙うのは難しく、さらに右往左往する味方の兵士が射撃を妨げた。
 ――とにかく、味方の被害を最小限にしないと……!
「クニキダ中尉、上の陽動部隊も退かせて! 向こうもきっと何か……!」
 言い終わらないうち、上の方から爆発音が響いた。向こうでも何らかのトラップが起動したのだ。
「ヨシザキ! マツオカ! 何があった、返事をしろ! ……ダメか……っ!」
 クニキダが顔を悲痛に歪める。
 ――やられた、上も全滅か! くそっ!
「第二班、プランBだ! 殲滅攻撃を!」
 クニキダは即座にロケット砲とバッタの攻撃による殲滅を指示。妃都美たちのいる林から何発ものロケットが白煙を引いて飛翔し、和也たちの頭上を飛び越える。さらにバッタ三機が機銃を雨あられと浴びせかける。
 着弾。中の工作員もろとも山荘は粉々になり、後には瓦礫が残るだけ……のはずだった。
「う、嘘……だろ……!」
 目を剥く。爆煙が晴れた後には、ほんの僅か外壁を焦がしただけの山荘が轟然とそびえていたのだ。
 驚愕する和也たちの前で、山荘の屋根がうぃぃん、と機械の音を立てて左右に開き、中から顔を出したのは多連装の対空ミサイルランチャー。何か、子供じみた特撮映像のような光景だ。そこからミサイルが飛び出し、回避行動を取るバッタを捕らえ、その全てを火の玉に変えた。
「なんだあれ、まるで要塞じゃないか……!」
「隊長、上です! RPGーッ!」
 楯身が必死の形相で叫ぶ。いつの間にか上の窓から突き出されるロケット発射機――――射手の姿はどういうわけか見えない。
 阻止する暇もなかった。ロケットが和也に程近い地面に着弾し、「うわあああっ!」と悲鳴を上げた和也の体が爆風で数メートル吹き飛ぶ。さらにうつぶせに倒れた和也の背中に同じく吹っ飛ばされたらしい誰かが降ってきて、和也は下敷きにされた。
「隊長! ご無事ですか!?」
「ぼ、僕は大丈夫! ちょっとあんた、早くどい――――」
 て、と背中の兵士を押し退けようとして――――顔を半分吹き飛ばされた兵士の、虚ろな眼窩と目が合った。
「――――――――――っ!」
 恐怖と悪寒で全身に鳥肌が立ち、和也は兵士の死体を押し退けて叫ぶ。
「全員、一端林まで退け! ここじゃみんなやられる!」
 必死の後退が始まる。敵に背を向けて逃げる時こそ、なにより危険の大きい困難な状況だ。
 逆に敵側からすれば、これほど効率よくこちらの数を減らすチャンスはない。逃げる兵士たちが一人、また一人と背中から撃たれ、地面に倒れ伏していく。
 ――狙い撃ちにされる!
「固まるな! ロケットの餌食になるぞ、散れ! 動ける者は負傷者に手を――――ぐあっ!」
「クニキダ中尉ッ!」
 懸命に部下を逃がそうと最後尾で奮戦していたクニキダが、太もも、次いで腹を撃ち抜かれて倒れた。動けなくなったクニキダに、再装填を終えたロケット砲の無慈悲な弾頭が向けられる。
 ――これ以上……やらせるかあっ!
 思った時には和也は、クニキダへ走り出していた。来るな、とクニキダが手で制してくるのを無視し、『ブースト』を全開に。感覚がオーバークロックされ、スローに見える視界の中で発射されるロケット弾――――それに向かって和也は、
「でやあっ!」
 渾身の力で飛び蹴りを放つ。横腹を蹴り付けられたロケット弾はあらぬ方向へ飛び去り、爆音を空しく轟かせた。
「大丈夫ですか、中尉!?」
「無茶をするな……! 二人とも死んだら、誰が指揮を取る……!」
「解ってます! でも中尉も死んだらダメでしょう!」
 クニキダを助け起こして、和也は鳴り響く銃声に負けじと叫ぶ。
「木星人は、これからまだまだ苦労する……奥さんも、その子供だってそう! そんな時に家族を守ってあげられるのは、中尉しかいないでしょう!」
「…………」
 返事はしなくても頷いた――――ように見えたクニキダに肩を貸し、和也は後退しつつ指示を飛ばす。
「みんな向こうまで走れ! 烈火、奈々美、息のある人を担いで!」
「あいさ!」
「チッ、了解! 今日はとことんついてないわね!」
「美雪! 煙幕を炊いたら、動き回って敵をかく乱! 少しでも攻撃を散らせ!」
「危険手当は上乗せでお願いしますわよ!?」
「楯身、殿を頼む! 一人でも多く逃がすよ!」
「は!」
「妃都美は援護射撃継続、美佳は負傷者の応急処置を!」
『やっています!』
『……準備は出来ています……』
 手の届く限りの人を助けて、自分たちも生き残る。『草薙の剣』の困難な闘いが、また始まった――――



 命からがら林に身を隠した和也たちだったが、損害は大きかった。
 銃弾から兵士たちを守り続けた楯身は浅くない怪我を負い、烈火と奈々美も傷ついたクニキダの部下を担いで逃げる時に負傷している。美雪は無傷だが、激しい動きを続けたせいで人工筋肉の電池が消耗し、あと数分も持たないだろう。ついでに和也も『ブースト』を使いすぎて軽く眩暈を感じる。
 だがそれでも、全員が生きているだけましだった。クニキダの251小隊はさらに深刻だ。
「美佳、中尉の容体は……?」
「……負傷のレベルは4……重傷です。腹部貫通銃傷によって内臓を損傷、出血が多量……ナノスプレーで傷の表面は塞げますが、早く病院に運ばなければ命に関わります……」
 地面に横たえたクニキダの身体を診ながら、美佳は苦しそうに答える。
 周囲には身体に穴を空けられ、四肢の千切れかかった兵士たちが何人も横たわり、酸鼻極まる血の臭いが充満している。美佳や251小隊の衛生兵が懸命の応急処置をしているが、それだけでは不十分なのは和也にも解った。
「……部隊の皆さんも重傷者が多いです。助け出せただけで六名……うち二人は意識不明の重体。あそこで倒れている人や、上で全滅した陽動部隊からも、データリンクでバイタルサインが返ってきます……一刻も早く救助ヘリを呼ばないといけませんが……」
 ここでは木が多すぎてヘリが降りられない。下りるに十分なスペースは目の前にあるが、そこは助けられなかった兵士の亡骸が横たわり、その上を銃火が交錯するキルゾーンだ。まして先刻バッタを落としたミサイルが健在な今、ヘリが近づけば墜とされる。
 ――クニキダ中尉たちを助けるためには、あいつを今すぐ何とかしないと……!
 和也は急いで、反撃する部隊の列に加わる。
 すでに、『草薙の剣』と251小隊の生き残りとが反撃を開始しているが、攻撃はまったく効果を上げていなかった。ライフル隊が絶え間なく銃弾を浴びせ、対装甲車ロケット、無反動砲が次々放たれる。通常の家屋なら跡形も残さないはずの攻撃は、しかし山荘の外壁に浅い傷をつけるばかりだった。
「外壁の強度は装甲車の正面装甲以上、窓ガラスも厚さ十センチの強化ガラスです! 私たちの武器では歯が立ちません!」
 妃都美が叫ぶ。小さな銃眼を熾烈な銃撃の中で狙い撃つのは難しく、ロケット砲も無反動砲も山荘の外壁を貫けない。
 一方で敵側からは多数の銃眼から、嵐のような銃撃や強力なロケットが飛んでくる。一方的に被害が増える一方だ。
「ブレードリーダーよりCP! 機動兵器による上空支援はまだなのか!? 早くしないと、犠牲者がもっと増えるぞ!」
 澪に呼びかける。こうなってしまっては、より大きな火力を運用できる機動兵器が頼みの綱だ。
『こちらCP! さっきから呼んでるんだけど……到着まであと30分以上はかかるみたいなの!』
「はあ!? 最寄りの基地にステルンクーゲルが50機は配備されてるはずだろ!? ていうか、こういう時のために戦艦の一隻でも待機してないのか!?」
『それが、さっき通信を聞いてみたんだけど、基地への出撃要請が総司令部からの上位命令で止められてたらしいの! そのせいで戦艦の待機も、基地での出撃準備もされてなくて、今準備してるって!』
「ふざけるな!」
『ふざけてないよ! 私だって信じられないんだから!』
 澪は涙声だった。……もしかしたら和也もそうだったかもしれない。
 統合軍総司令部は、自分たちの収める世界に問題はないという体面を守るため、和也たちも、クニキダたちも、その他何人もの兵士を見殺しにする気か。
 支援が来るまで持ちこたえる事は、『草薙の剣』だけなら可能かもしれない。だがそれまでに、クニキダや他の重傷者たちは皆死ぬ。
 ――こんな地球人のくだらない内輪揉めに巻き込まれて死んでたまるか。僕たちは正しいって言ってくれた中尉も死なせたくない……!
『――ッ! 待って、北側から艦艇が接近中! これは……』
「なんだ、援軍!?」
『IFF照合……宇宙軍のリアトリス級戦艦!?』
 まさか宇宙軍が介入を――――? いぶかしんでいると、オープン回線に作戦司令部からの声が飛び込んで来た。
『接近中の宇宙軍戦艦に告ぐ。現在、当該エリアは統合軍の作戦エリアである。至急転進し、エリア内より退去せよ』
 ――あのバカどもめ……! この期に及んでまだメンツに拘るのか! 許されるなら今すぐ作戦司令部の連中の首を刎ねたいと思った。
『こちらは地球連合宇宙軍、戦艦アマリリス。艦長のアオイ・ジュン中佐です。作戦を邪魔する意図はありません、現在、我々は艦載機動兵器部隊との戦闘訓練を実施しています』
 宇宙軍戦艦からの返答は、若い男の声で返ってきた。……なんだか声と名前に聞き覚えがあるような気がしたが、それよりも。
「訓練だ? どうしてそんな見え見えのウソを……」
「恐らく、統合軍のメンツに配慮しながらも我々を手助けするつもりなのでしょう」
 訓練との名目上攻撃はできないでしょうが、敵の攻撃を引き付ける程度の事はしてくれるはず、と楯身。
 助勢はありがたいが……あと一押し足りない。
「せめてあの装甲に穴を開けられれば、中に突入できるのに……!」
 ポーチを探る。残り僅かになってしまったライフル弾に拳銃、それにグレネード……どれも歯が立たなかった物ばかり。
「くそっ、烈火、弾をくれ……って、あれ?」
 烈火から弾を貰おうとして、その姿がないのに気付く。
 幸い、烈火はすぐに戻ってきた。「おーい!」と手を振りながら、巨大な銃を重そうに引きずって。
「さっきのパワードスーツの銃? ……なるほど。それなら一点集中射撃で穴くらいは開けられるかもね」
「おう。風穴開けてやっからよ。そっから太くてでかいヤツぶち込め!」
「お下品な……」
 美雪が眉をひそめる。
「リスクは大きいけど……勝ち目が見えただけいいか。よし、妃都美は烈火を手伝え!」
「はい!」
「戦艦が上に来るのにあわせて攻撃、サーモバリックを使う! 誰が持ってたっけ!?」
「あたしが持ってる! 悪いけど手が離せないから取りに来て!」
 奈々美が叫んだ。和也は銃弾飛び交う中を走り、山荘に応戦し続ける奈々美の後ろへ回った。
「どれだ!?」
「ポーチの中よ!」
「どのポーチだよ!?」
「ケツのポーチよ!」
「ケツのポーチったっていっぱいあるけど!?」
「左のケツよ! ……って、どこ触ってんのよ、スケベッ!」
 ぶん殴られてヘルメットが少しへこんだ気がしたが、とにかく40ミリグレネード型のサーモバリックを二つ掴み取り、一つを楯身に投げ、もう一つを自分のアルザコン31のランチャーに装填。
「……上空、戦艦アマリリス、通過します……」
 美佳が継げるや、上空に影が落ちる。
 反重力フローター特有の重々しい重低音を響かせながら、リアトリス級戦艦が和也たちの真上、極低空を通過していく。周りには戦闘訓練の名目のためか空戦フレーム装備のエステバリスが数機飛び回っていて、慌てたように山荘の無人砲台のいくつかが上を向く。
 敵の注意が和也たちから逸れる瞬間。この時を待っていた和也は満を持して指示を出す。
「今だ烈火、撃て!」
「食らいやがれええええええええ――――――――!」
 烈火が持つパワードスーツ用ハイブリッドガン、その下部に据えられた84ミリ無反動砲が火を噴く。
 幸運な事に、無反動砲に装填されていたのは強固な装甲に対して威力を発揮する粘着榴弾だった。それを一点集中射撃――烈火の苦手分野だが、そこは妃都美がフォローした――する事により、難攻不落と思われた外壁についに二十センチ程度の穴が開いた。そこへすかさず和也、続いて楯身がサーモバリックを発射する。
 サーモバリック――――つまり燃料気化爆弾。充填された燃料を気化させ、点火、爆発させる事により、強力な熱と衝撃波を生み出す。大型の物なら、戦術核兵器に次ぐ威力を持つ大量破壊兵器スレスレの兵器で、これはそのバリエーション。建物内や洞穴のような閉鎖空間に撃ち込む事で、空間全体を熱と衝撃波で満たし、中の人間を皆殺しにする。
 そんな物を二発続けて叩き込まれては、さすがの要塞も無事ではすまなかった。銃眼の内側から炎が噴出し、分厚い強化ガラスの窓が枠ごと吹き飛んで落ちる。これで無人砲台の半分が沈黙した――――それでもまだ半分が生きている。
 だが、これで十分だ。
「突貫するよ! 『草薙の剣』、全員突入だ!」
「おい無茶だ! 敵兵器はまだ半分生きている! 蜂の巣にされるぞ!」
 クニキダの部下――恐らく副隊長――が静止してくる。
「そう思うなら援護しろ! あんたたちだって仲間と隊長を死なせたくないだろう!?」
「…………!」
 クニキダは和也に言った―――― 一人でも多くの人を助けて、賛同者を増やせと。
 ――なら、ここで一人でも多く助けてみせる! 中東でも、ニューヨークでも、ろくに人を助けられなかった矮小な僕たちでも、こうして戦う事だけは出来る! その上でやれる限りの事を、全力でやってやる!
「――全員、チャフスモークをありったけ展開しろ! 残りの弾も全部お見舞いしてやれ、チームブレードを援護するんだ!」
 251小隊が残る全力を挙げて援護を始めてくれた。山荘からの攻撃がそちらに向いた隙に、和也、楯身、奈々美の三人で突貫する。  すぐに何機かの無人砲台がこちらを向き、銃撃が始まる。楯身が身体を張ってそれを受け止め――――次の瞬間、烈火と妃都美がパワードスーツの銃を使った砲撃で無人砲台を粉砕。そのまま一つ一つ無人砲台を潰していく。
 さすがに危険と思ったか、ロケット砲が転回し烈火たちのほうを向く。重い銃を抱えていたのでは逃げきれない――――
「させませんわ」
 瞬間、和也たちの反対側から肉薄した美雪が跳躍――――ロケット砲の基部に破砕手榴弾を放り込んだ。さらに美雪はその勢いのまま山荘の屋根に着地し、ミサイルランチャーにも同様に手榴弾をプレゼント。バックジャンプで離脱する。
 そして、爆発――――敵の最大火力が二つとも吹き飛ぶ。
「ナイス!」
 仲間たちの見事な連係プレイによって、和也たちは山荘の目の前に肉薄、ワイヤーガンを発射――――しかしフックが弾かれる。
「中もそれなりに頑丈か。だったら……奈々美!」
「あいよ!」
 開いた左手を差し出すだけで、何をしたいかはすぐ伝わる。奈々美は和也の手を取り、走る勢いを使って一回転。砲丸投げの要領で和也の身体を放り投げる。狙いは爆発で吹き飛んだ窓だ。
「うげっ!」
 中の壁にしたたか背中を打ちつける。もう少し加減しろよ――――内心で文句を言いながら立ち上がる和也に、背後から突き刺さる殺気。
 咄嗟に身をかわした和也の頭部に衝撃が走る。ヘルメットにナイフが刺さった――――即座にヘルメットの留め金を外して捨て、腰の軍刀を抜刀し切り払う。
 ギィンッ――――! 硬質な音。和也の刃は自分のヘルメットを切った。工作員は抜けなくなったナイフを捨てる。
「やあ、三日ぶり……!」
「光是イ尓也殺……!」
 お前だけでも殺す、と北京語で言い、足元に散乱した武器を拾うそぶりを見せた工作員。そうはさせまいと和也は足のバネを使い、踏み込みの勢いを乗せた神速の突きを繰り出す。木連式抜刀術突きの中段、牙突――――しかしそれは、下から跳ね上がってきた巨大な刃に阻まれる。
 工作員の手に収まったのは、なんと青龍刀。足首だけを使ってこの大振りな刃物を跳ね上げるとは。自分たちのようなインプラントでもしているんじゃないのかと疑いたくなってくる。
 突きを弾かれ、反動で一瞬硬直する和也に、今度は工作員が容赦なく切りかかる。青龍刀の重そうな見た目からはかけ離れた速度で繰り出される、しかし威力だけは見た目通りの重い斬激を、和也は軍刀で受け流して防ぐ。肉厚な青龍刀相手に、細身の軍刀でまともに打ち合えば折られる。
 青龍刀がただの骨董品なら良かったが、これだけ打ち合って刃こぼれしないのだから、この青龍刀も今時の戦闘用刀剣類と同じ炭素合金製だろう。材質では互角。
 ――なら、こいつならどうだ!
 上段からの攻撃を受け流し、和也は流れるような動作で反撃に出る。下段、足首を狙った攻撃から、間伐入れない柄尻での打撃。一歩後退する相手の首を狙って切り払い、その慣性力を使っての回し蹴り。さらに上段からの切り下ろしと、そこからX字状に返す切り上げ。十秒以内に繰り出される連続攻撃。
 木連式抜刀術の中でも難度Aとされる切り札の一つ、乱菊。最後の一撃が工作員の胴を深々と切り裂き、のけぞるその両腕を止めとばかりに切り飛ばす。
 ――やった!
 完全に戦闘力を奪った――――! 前回の意趣返しを果たし、和也は拳を握る。
「隊長! ご無事ですか!」
「ああ、工作員の身柄は確保したよ! かなり怪我させたから応急処置を!」
 楯身たちが追いついてくる。これでもう終わりだと悟ったのだろう、工作員ががくりとうなだれる。
「さ、僕たちと一緒に来てもらおうか、アカ鬼の工作員? 悪いけど殺しは……」
 そこで気付く。気力を失くしたと思っていた工作員がぐっと強く奥歯をかみ締めた。それを見た和也たちははっとした。
「しまった、毒だ! 飲ませるな!」
 即座にブーツの蹴りを叩き込み、歯を根こそぎ叩き折るつもりで口の中にねじ込む。
 だが一歩遅く、工作員はそのまま白目を剥いた。脈を取る――――もう死んでいる。
「くそ……ここまできて…………!」



「戦闘は終了したみたいだ。『草薙の剣』は全員無事だよ」
『ご苦労様、ジュン君』

 宇宙軍戦艦、アマリリスのブリッジ――――
 艦長のアオイ・ジュン中佐は、自分たちをここへ向かわせた張本人、ミスマル・ユリカ准将に『草薙の剣』の無事を伝えた。
『結局最悪の予想が当たっちゃったけど……あの子たちが無事で本当に良かった』
「世話の焼けるヒーローだよ」
 ジュンは艦長席に背を預けて嘆息する。
 ジュンとしては何もせず見守るだけで済めば一番良かったのだが、現場のあまりの惨状を見ては手を出さざるを得なかった。
 一度目は、無線封鎖されていた『草薙の剣』のCPに、アマリリスの回線を使ってバイパスを繋いだ。
 二度目は、苦戦する『草薙の剣』を助けるために敵の真上を低空飛行する無茶をした。
「確かに能力は高いけど……ちょっと考え方が火星の後継者に近いところもあるね。本当に計画に協力してくれるのかな」
『大丈夫。絶対に協力してくれるよ』
 ユリカは何の疑いも持っていない顔で断言する。
 根拠を問い質すような真似はしない。どうせ『勘だよ!』と自身満々に答えるのが目に見えている。
 しかしユリカの勘が外れた事はない。
『あの子たちとわたしが望んでる未来は一緒。だからわたしは、あの子たちと一緒に計画を実現したいの!』
 笑顔で言うユリカが描く、彼女の理想の未来――――それは確かに、実現すればいいと思う。
 だがそのためには、この世界を――――それが、ジュンにとっての心配事なのだった。



 静けさを取り戻した山荘前に救助ヘリが飛来し、怪我人を乗せていく。美佳の応急処置もあって、今から病院へ運び込めばあの大半は助かるだろう。死んでしまった兵士も少なくないが、まずは彼らを救えただけでもよしとすべきか。
「……でも結局、この戦いで何が得られたんだろう」
「結局『敵』は二人とも死んでしまいましたからな。彼らが中華帝国=ユーラシア同盟の工作員であるという説も、これでは憶測の域を出ません」
 統合軍総司令部はもう、この戦いのカバーストーリーを用意しているだろう。火星の後継者のテロリストを見つけたが山に逃げられ、軍を投入。激しい抵抗によって多数の死傷者を出しながらも制圧に成功――――事実を知らない人々が疑う余地はない。
「……だが、君たちの戦いぶりは我々の体内に入った」
 ストレッチャーの上で救助ヘリの搭乗待ちをしているクニキダは、傍の和也たちへ優しく言った。
「皆感謝している。自分たちのために命を賭けてくれた君たちの姿は、これまで木星人を快く思わなかった部下に考え直す機会を与えるだろう。小さな一歩だが……無駄にしてくれるなよ」
「……はい。中尉もお元気で」
 クニキダの言う通り……結局和也たちは、自分の手が届く範囲でやれる事をするしかない。
 だがそことは次元の違う所で、取り返しのつかない事態は確実に近づいている。
 ――――遠く、稲光が瞬き、遠雷が鳴り響く。
 地球連合崩壊の足音が、近づいているかのようだった――――










あとがき

 ……大変お久しぶりで本当に申し訳ありません。もうやめたと思われた方もいるかと思いますが、一応まだ続けています。
 この8ヶ月間、何時間パソコンに向かっても文章が浮かばない重度のスランプに苦しんでおりました……筆が進まないのに気ばかり焦るのは本当に辛いです。

 とまあ、言い訳はこの辺にして、第十六話の後編、山の中で格上の能力を持った『敵』と『草薙の剣』との戦闘でした。
 もともとこの十六話は、『山の中で和也たちと某北の国の工作員が戦う』という筋書きと、他の部隊と一緒に山荘要塞で攻城(?)戦をするシーンが最初にあって、そこに至る過程としてメグミとホウメイ・ガールズのエピソードを考えたのですが、そっちの尺が予想外に長くなってしまいました。
 十五話のあとがきで「軽い話にする」なんて言いながら蓋を開けてみれば木星人はバッシングされてるわ、和也たちは精神的に追い詰められてるわで重苦しいのなんの。センジョウを成敗するシーンが念頭にあったから全編あんな感じと思ったんですが、なかなか思い通りには行きませんね。
 他にも拾い物ネタやらでやらかしてしまったし……今回は反省すべき回として次回以降に生かそうと思います。

 それと今回はもう一つある物を入れたかったのですが、技術が追いつかずに断念しました。いずれ追加したいと思います。

 さて次回、今まで息を潜めていた火星の後継者の片割れが動き出し、物語は新たな局面に入るのですが……その前に今度こそ箸休めの寄り道的な話を入れるか少し迷ってます。

 それでは、不甲斐ない作者ではありますがまた次回お会いしましょう。











感想代理人プロフィール

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代理人の感想

おつかれさまでした・・・・っ!

いや、八ヶ月空いても続き書けるだけ凄いです、マジで。
まぁ内容が重くてどよーんなので、愉快な感想とかは付けづらいですが(ぉ


しかし宇宙戦艦が飛ぶ時代になっても変わらんのか、連中はw

ではまた、お待ちしております。



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