左舷ディストーションブレードに続く通路では、既に銃声が鳴り響いていた。
「撃て! ここから先に行かせるな!」
「た、弾が出ない、ええっと、どうやるんだっけ!?」
 フィールドジェネレーターの保守管理を担当していたクルーが慣れない手つきで銃を持ち、横倒しにした自動販売機などでバリケードを作って懸命に戦っていた。その脆弱な防衛線を、コバッタはその数と火力で突破しようとしている。
「おらあ、どけどけーっ!
「邪魔よ、前を開けなさい!」
 そこへ『草薙の剣』が到着。烈火と奈々美が軽機関銃で弾幕を張り、先頭のコバッタを数機纏めてスクラップにする。その隙に和也たちはバリケードに滑り込み、戦っていたクルーに呼びかける。
「ここは僕たちが引き受けます! 負傷者を連れて下がって!」
「す、すまん、助かった!」
「美佳はエネルギーケーブルの断線箇所を特定、妃都美はその援護! 烈火と奈々美は制圧射撃続けて! 盾身は僕と――――」
 自然とそう言いかけ、いつも隣にいた仲間はもういないと気付く。
「……くそっ。さっきの撤回! 三秒後にグレネードを撃つから、烈火と奈々美で交互に前進して!」
 苦い感情を飲み込み、アルザコン31のランチャーに榴弾を装填しようとし――――あろう事か右手、つまり義手から銃がガシャン、と音を立てて床に落ちた。
 しまったと思った時には遅く、三秒後と和也が言った通りに烈火が飛び出そうとした。呼び止めても充満する銃声で烈火には聞こえず、気付いた奈々美が背中のハンドルを引っ張って強引に引き戻す。次の瞬間には先刻まで烈火がいた空間を無数の弾丸が通過し、全員が肝を冷やした。
「ばばば、バカ野郎! グレネードはどうした、殺す気か!?」
「ご、ごめん!」
 謝罪し、すぐに銃を拾おうとしたが、それも一度掴み損ねた。やりにくい、と舌打ちする。こんな安物の義手では今まで無意識にやっていた事が出来ない。
 和也は戦力として半減、盾身は欠員となり、美雪はいない。戦いにくい事この上ない。
 ――こんなじゃ、全軍の足を引っ張っちゃう……!
 焦燥感に駆られたその時、不意に和也の上に影が落ちた。
「……? うわあ!」
 振り返ると、前に和也を殺しかけたウリバタケ製の自販機ロボが背後に立っていた。思わず銃を向けそうになったが、そこへウリバタケから通信が入る。
『ワハハハハッ! こんな事もあろうかとってな! こういう状況のためのマリーちゃんだ、役に立つぜ』
「う、ウリバタケさん……しかし……」
 役に立つと言われてもどうしたらいいものやら、と和也は思ったが、自販機ロボは勝手に『コンニチワ、ワタシ、マリー!』と叫びながら突っ込んでいった。当然コバッタが集中砲火を浴びせるがロボの装甲はびくともせず、逆に両腕に装備したマシンガンがコバッタをなぎ倒していく。
「うっそ……」
「……和也さん、敵が崩れました。好機だと思いますが……」
 自販機ロボの活躍に唖然とした和也に、美佳が呼びかける。
「ああもう、突撃ーッ!」



 機動戦艦ナデシコ――贖罪の刻――
 第二十話 離反 後編



「ふう……一時はどうなるかと思いましたが、本艦は何とかなりそうです」
 ブリッジでは、ハーリーがようやく少し安堵した表情でそう言った。
「艦内に侵入したコバッタは、チームブレードの人たちとウリバタケさんのロボットが掃討中、外のカナブンも友軍のエステバリスが迎撃しています。進入された他の艦は予断を許しませんが……」
「可能なら助けに行きます。態勢を立て直し次第、甲院の追撃を……」
 再開する、とユリカが言いかけた時、ズズン、と微振動を伴う音がした。
「い、今のは?」
 明らかな艦内での爆発音――――しかも聞こえ方からして、このブリッジからそう遠くない。身の危険を感じ、ブリッジの全員が息を呑む。
『ブリッジ! 保安班より緊急連絡!』
 そこへ飛び込んできた、絶叫じみた通信――――しかもウィンドウの中で必死の形相を浮かべたクルーの後ろでは、激しい銃声が鳴り響いている。
「こちらブリッジ、何事ですか!?」
『敵襲です! R−12ブロックに敵進入! ブリッジに向かっています!』
 戦慄が走る。ブリッジの目と鼻の先だ。
「いつの間に……! 敵は何機ですか!?」
『一人です! 敵は人間のはずなのに――――うわあああああああっ!』
 恐怖に冷静さを保てなくなったのか、ウィンドウに映る映像が激しく乱れる。銃火マズルフラッシュが激しく乱舞し、応戦するクルーたちの怒声が流れ込んでくる。
『なんだこいつ、銃が効かない!?』
『救援を! 助けてくれ! 助け――――』
 怒声は悲鳴へと変わり、飛び散る血飛沫が見える。映像の乱れではっきりとは解らないが、危険な敵か迫っている事だけは確かだ。
「澪ちゃん、『草薙の剣』のみんなを呼び戻して!」
「は、はい! 和也ちゃん、聞こえる!? すぐに――――」
 これで間もなく和也たちが来るだろうが、もう繋がりっぱなしの通信回線は静かになっていた。悲鳴も銃声も途絶え、映像もコミュニケを持っているクルーが床に倒れたのか天井しか映っていない。
「そんな……だ、誰か応答してください! 誰か!」
 信じられずに、ユキナが必死に呼びかける。――――と、映像に動きがあった。
「う……!」
「ひっ!」
 誰もが息を呑み、怯えた声を漏らす。
 映し出されたのは、白目を剥き、舌を垂らした一目で死んでいると解るクルーの顔。損壊は見られなかったが、首の辺りが不自然に歪んでいた。例えるなら――――誰かに首を握りつぶされたような。
『はいはーい、どちらのかわい子ちゃんかねえ?』
 絶句していると、突然聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。
 死体が喋るわけはない。敵がコミュニケに語りかけている。
「あんた……誰!?」
『火星の後継者でーす。アミーゴ、お初にお目にかかるぜ。今からそっちに行くから――――死ぬ準備をして待ってな』
 敵は言い放ち、死んだクルーの頭を鷲掴みにすると、壁面に思いっきり叩き付ける。信じられない事に、その一撃でクルーの頭がグシャッ! と果実のように割れ、血と脳漿が撒き散らされた。あまりの恐ろしい光景に、澪が「いやぁっ!」と顔を覆い、ルリやユリカたちも直視できずに顔を背けるしかなかった。
「な……何なんですか、あれはっ!」
 震えながらハーリーが叫ぶ。戦闘力も残虐さも、およそ人間とは思えない。
「敵です……それだけで十分です」
 ルリはそう言い、システム掌握を一時停止して胸のホルスターから拳銃を抜く。
「ブリッジまでの隔壁を下ろして、ドアもロックしました。ですがすぐに突破されるはずです」
「銃を構えて! カズヤくんたちが来るまで、ここの六人で戦うしかないよ!」
「わ、私、鉄砲なんて撃てません……」
「澪ちゃんは無理しないで。ミナトさんは澪ちゃんをお願い!」
「解ったわ!」
「お、男は僕しかいない……僕も撃たなきゃ……」
 怯える澪をミナトが下がらせ、ユリカ、ルリ、ハーリー、ユキナの四人がブリッジのドア前に集まって拳銃を構える。ドアを破った瞬間に集中射撃すれば、いくら手だれの敵でも無傷ではいられないはず……

 こつっ……

 ドアの向こうで、微かに足音がした――――気がした。

 はーっ、はーっ……

 ルリの呼吸が荒くなり、意に反して鼓動が早まる。最近何度も似たような症状に襲われた気がするが、まるで感覚が違う。
 命の危険に対する恐怖から来る動悸だ。ハーリーも、ユキナも、ユリカも、震える手で拳銃を握り締めている。

 こつっ……

 今度は確かに音がした。わざと足音を立てながらゆっくり進んで、こちらを怯えさせようとしている。趣味の悪い、来るなら早く来ればいい。

 こつっ……

 足音が、ドアの前で止まる。汗で滑る拳銃のグリップを、握りなおす。
 こじ開けようとすれば、即座に隙間から鉛弾をお見舞いしてやる――――そう思った刹那、ブリッジのドアが、ガン! と大きな音を立ててひしゃげた。ブリッジの最後の守りであるはずの装甲ドアが、打撃によって変形していく。
 数度の殴打の末、ゴッ! と破壊的な音を立ててドアが破壊された。倒れたドアの向こう側、通路に火星の後継者カラーの戦闘服を着た人影が見え――――
「撃てぇッ!」
 ユリカの号令一下、一斉射撃が始まった。
「わああああああああっ!」
 ハーリーが半ば目を閉じ、叫びながら拳銃を乱射する。ルリも歯を折れそうなほど食いしばり、煙に霞んで見える敵の影目掛けて撃つ、撃つ、撃つ。同じく必死の形相で撃ち続けるユリカとユキナも併せ、六十発近い銃弾が敵を襲う。
 全員がマガジンを撃ち尽くして射撃が終わる。敵の姿は着弾による煙で見えないが、反撃が来る気配はない。やったかと思った。
「熱烈歓迎ありがとうよ、お嬢さん方」
 戦慄する。煙が晴れると、そこには先ほどと変わらない姿の敵が悠然と佇立していた。数十発の銃弾を受けたにも関わらず、まるでダメージを受けた様子がない。
 その男は手にした巨大な機関銃――あれでドアを殴ったのか変形して壊れている――を床に投げ捨て、ゆっくりと歩み寄ってくる。圧倒的で、得体の知れない力を持った敵を前に、非力な四人はじりっと後退する。
 この男――――標準的な戦闘服しか身に着けていないのに、まるでパワードスーツのように重い武器を扱い、攻撃を跳ね返してくる。その姿は、ルリにとっては馴染みとなった彼らを思い起こさせ、まさか……と思った、その時だった。
「ユキナちゃん!?」
「ユキナ、駄目!」
 澪とミナトの叫び声――――ユキナが単身、徒手空拳で男に挑みかかった。
「やっ!」
 足運びによるフェイントを仕掛けつつ、放つのは首筋目掛けての手刀。全身を防具で鎧っている相手に対しては、防具で覆えない首や間接を狙って少しでもダメージを与える他ない。
 当然、攻撃の選択肢が限られるのは敵も承知。左腕を盾にして軽く受け止め、無造作に右の拳を振るう。
 バゴッ――――! という鈍い音。身を捻って避けたユキナの横で、信じられない事に敵の拳はブリッジの壁に深々とめり込んだ。
 常人の力ではない。ルリは確信する。果敢に挑んだユキナの勇気には感服するが、あまりにも無謀な挑戦だった。
 掌底、ローキック、肘打ち、以前学んだであろう木連式の限りを尽くして攻撃を繰り出すユキナだが、敵はそれを軽く避け、いなし、防いでいる。マスクとゴーグルで顔は見えないが、きっと余裕の笑みを浮かべているに違いない。
「ははあ、あんた白鳥九十九の妹のユキナだろ? 悪くねえ木連式だな。……兄貴に仕込まれたのかね? 女に篭絡されて木星を売った、下半身に忠実な兄貴によ!」
「…………っ!」
 安っぽい挑発。それでもユキナの心を抉る言葉だ。
「お兄ちゃんを……侮辱するなぁっ!」
 いけない、と思ったが遅かった。激高したユキナは渾身の上段回し蹴りを放つ。それは避けようとしなかった敵の側頭部を捕らえたが、打撃を受けたはずの敵は小揺るぎもしない。驚いたユキナは足を引くのが遅れ、足首を掴まれてしまう。
「そらよ」
 そのまま遠心力で振り回され、ユキナは壁に背中から叩き付けられた。「がはっ!」と肺の中の空気を血と一緒に吐き出して倒れたユキナを、敵は首を掴んで片手で持ち上げる。
「軽いねぇ。このまま首へし折って、兄貴のところに送ってやろうか?」
「ユキナを離しなさい! 撃つわよ!」
 叫び、ミナトが敵に銃を向ける。
「おお怖い怖い。そうだな……あんたが一晩お相手してくれるなら考えてやってもいいぜ?」
「ミナトさんに下品な事言ってんじゃないわよ、この外道……」
 首を絞められながらも気丈にユキナは言う。「ああん?」と敵の注意がそちらに向く。
「どっちみち……あんたにそんな余裕ないわよ?」
 ユキナがにっと笑った瞬間、銀線が閃いた。
「うおっと!?」
 目の前に迫った炭素合金の刃に驚き、敵がユキナを手放してのけぞる。落ちるユキナの体をもう一人――――妃都美が受け止め、軍刀を振り切った和也とそれぞれ左右に散る。
 そこへ怒涛の連射音――――奈々美と烈火、二挺の軽機関銃と美佳のPDWが敵の体を乱打し、これには化け物じみた力の敵も倒れる。
『草薙の剣』の到着に、ルリもさすがに安堵の息をつかずにはいられなかった。


「遅いわよ、あんたたち……」
「白鳥さん、無理しすぎです……怪我は大丈夫ですか?」
 ユキナをブリッジの隅に横たえて、妃都美が訊ねる。
「受身は取ったつもりなんだけど、あいつとんでもないバカ力だわ……背骨がやられちゃってそう。それより、あいつまだ……」
 苦しげに言ったユキナに、和也は敵から目を離さず頷く。
 通信回線はずっと繋がっていて、和也たちはブリッジクルーが応戦する様子をウィンドウ越しに見ていた。自衛用の拳銃とはいえあれだけの集中射撃を受けて倒れない敵が、これくらいで死ぬとは思っていない。
「あー痛てて。さすがに効いたぜ……」
 やはりと言うべきか、敵がゆっくりと立ち上がる。「マジか、7・62ミリのスパイク徹甲弾だぞ……」と烈火は目を剥いていた。
 ――こいつ、まるで……
「……何者だ?」
「お前らも冷てえな。たった五年でもう俺様を忘れたか?」
「その声……まさか……」
 美佳の声が、驚愕に震えていた。
 敵は破損したマスクとゴーグルをヘルメットごと脱ぎ捨てる。肩までかかる長髪と素顔が露わになり、『草薙の剣』全員がはっと息を呑む。
「あ、あんたは……!」
「そんな……!」
「ウソだろ、幽霊か!?」
 奈々美が、妃都美が、烈火が、ありえないものを見た顔をする。
 鋭い切れ長の目と、細い輪郭は高めの鼻と相まってどこか爬虫類的な印象がある。三日月形に歪められた口元や耳、鼻にもピアスを飾りつけ、派手さを好む性格が良く現れている風貌――――それは彼らがよく知っている、そして、二度と見るはずのない顔だった。
殲鬼せんき……先輩……」
 木連、特殊作戦軍第四小隊、『天の叢雲』隊長、暗号名は『殲鬼』。
 和也たちより一期上の、生体兵器部隊の先達だった。
「そんなバカな……火星の後継者は、ゾンビ兵でも実用化したのか!?」
「えらい言われようだなおい」
 俺様だって、少し前までお前らは死んだと思ってたんだが、と敵――――殲鬼は、緊迫した状況を忘れたようにケタケタと笑った。
「『真矢』、五年ですっかりいい女になったなあ。まだ男が嫌いでナイフ持ち歩いたりしてんのか? 『神目』は相変わらずちいせえな、まだ牛乳苦手のままか? 『烈火』は頭真っ白のままかよ。染料プレゼントしてやったじゃねえか。てかあの赤い染料、『豪鬼』にやったみてえだな」
 まるで旧友との再会を喜ぶかのような態度。旧友には違いないのだが、敵同士として、刃と銃口を向けられながらまるで意に介していないこの余裕は何だ。
「で、『剣心』よ。力竜先輩からもらった刀をまだ大事に持ってんのはいいが、何だその義手と目は? 誰かにやられたのか? 復讐なら手伝ってやってもいいぜ」
「本当に殲鬼先輩なのか……熱血クーデターで死んだと思ってた……」
 和也たちしか知らない訓練時代の事を知っているこの男が、かつての仲間だったのは疑いようがない。
「待って、あなたが生きているという事は、『天の叢雲』の方々も……」
 妃都美は期待を込めてそう聞いたが、殲鬼は俯き、首を振る。
「あいつらは全員死んじまったよ……助けられなかった、すまねえ」
「助けられなかった、ねえ……」
 奈々美が若干の疑いを宿して目を細める。
 そもそも、助けようとしたのかどうか。この男は同じ部隊の先輩で、優秀な兵士として信頼していたが、迂闊に信用してはいけない類の人間である事もまた知っている。
 なにより、今は敵同士。和也たちは銃口を外さず、警戒も解かずに対峙する。
「……それで、いったい何をしに来たんです? まさかいまさら旧交を温めに来たわけでもないでしょう?」
「つれないねえ……まあ撃たれたくねえし手短に言うか。……これが最後のチャンスだぜ。お前ら、俺様と一緒に火星の後継者に付きな。今ならまだ担当官殿も許してくださるぜ」
「お断りします」
 答えた和也に、「即答かよ……」と殲鬼の笑みが苦いものになる。
「担当官……甲院にも言ったけど、僕たちは火星の後継者こそが木星にとって排除すべき存在だと思った。だから皆で地球の側に付いた。協力してくれる人も出来たんだ……いまさらそっちに行く気はないし、耳を貸すわけにも行かない」
「協力してくれる人、ねえ。大方その後ろにいる名家のお嬢さんの事だと思うが……そもそもお前らその女が、いやこの艦がどういう艦だか解って乗ってんのか?」
 急に声のトーンを落とした殲鬼の言葉に、和也はつい視線を外しそうになって危うく踏みとどまった。
「……? 知ってますよ。ミスマル准将は戦争の頃から活躍してる軍人だし、ナデシコCは今までも火星の後継者との戦いで大きな――――」
「やっぱ知らねえんじゃねえか! 手前ら、よくも俺様の弟たちを騙してくれたな!」
 今度は突然激昂する。
 何が言いたいんだ? これは時間稼ぎの罠か? この男の感情表現がおかしいのは周知の事としても、意図を掴みかねる。
 その時――――後ろで和也たちの様子を見ていたハーリーが、何かに気付いたようにはっとした。
「こっ――――コクドウ隊長ッ! 聞いちゃダメですッ!」
 言葉を遮る銃声。
 ハーリーが右脇腹から血煙を吹き、「うあっ!」と苦悶の声を上げて倒れる。
「ハーリー君!?」
 ルリが叫び、血を流して横たわるハーリーへ駆け寄る。
「マキビ中尉っ……! 先輩、あんた……!」
 軍刀を横に振り切った体勢で、和也は殲鬼を睨む。左手の大柄なリボルバーから硝煙を立ち上らせる殲鬼は「外野うるせえぞ!」と苛立った声を投げる。
 先の一瞬――――殲鬼が西部劇よろしく一挙動で引き抜いたリボルバーを、和也は咄嗟に軍刀で弾いた。そうしなければ確実に、銃弾はハーリーの急所を射抜いて即死させていただろう。
「やっぱり知ってて黙ってやがったか。汚ねえな、さすが地球人は汚ねえ……」
 殲鬼は殊更に憤って見せる。
「何を言っている!?」
「よくも中尉を! 撃っちまえ!」
「待ってください! いったい何を……!」
「……和也さん、指示を……」
「ああもう、話ならとっとと終わらせなさいよ!」
 殲鬼の言葉と、ハーリーの不可解な行動に和也たちは困惑していた。
「みんな……」
「…………」
 ルリやユリカ、澪たちブリッジクルーも、状況が飲み込めずに見守るしかなかった。
「皆さん……お願いです、その人の言葉に耳を貸さないで……」
 ただ一人ハーリーだけが、血を流し、苦痛に呻きながらも懸命に言葉を発していた。
 そんな彼らの視線が注がれる中で――――その中心にいる殲鬼は、決定的な一言を、口にする。

「その女も、この艦のクルーもみーんな――――あの月での会戦で、相転移砲を撃った連中なんだぞ?」

 ――――――――――――

「……え」

 空気が、停止した。

「まさか忘れてねえよな? あの時――――『十拳の剣』と『布都御魂』の先輩方が相転移砲で消えてなくなっていくのを、俺様たちみんなリアルタイム映像で見てたよな? 絶対に仇とってやるって、そう言ったよな?」
 畳み掛けるように、怒気を含んだ声で殲鬼は言う。
「お前ら、その仇と今まで仲良しこよしでやってたと思ってるのか? その後ろの連中は、仲間面してるお前らを騙して、陰で嗤ってやがるんだぜ」
「う、嘘だっ! ウリバタケさんたちが、オレたちを騙すわけねえ!」
「ヒカルさんたちは、私たちを謀るような人たちではありません!」
 烈火と妃都美が、せっかく築いた信頼を壊されまいと、必死に否定しようとしている。
 殲鬼の言葉は、本当なら銃弾でもって返答すべき類のものだ。この男が言葉で心を揺さぶってくるのは初めてではなかったし、敵の言葉を真に受けるほど和也たちは警戒心を解いてもいない。
 だが和也は覚えている。『ヤサカニ』で相転移砲の話をした時、ハーリーの様子がおかしくなったのを。先輩方の仇が誰か、知っているのだろうと察しもついていた。
 そのハーリーが「聞くな」と叫んでいた。その必死さが逆に正しさを証明しているように思えて、完全に嘘だと切り捨てられない。
「提督……これは罠なんですか?」
 今の和也には、ユリカに伺いを立てる事しか出来なかった。
「あの男の言う事を全面的に信じるわけじゃありません……だけど、否定する材料も僕たちにはなくて……」
 和也にとって……いや『草薙の剣』にとって、ユリカはようやく手に入れた理解者であり、協力者だ。そしてナデシコクルーの人たちも、信頼し合えるいい人たちだった。
 それが自分たちを騙していたなどと、信じたくなかった。嘘だと言って欲しかった。……そして、

 是と言われたら、はいそうですか仕方ないねと納得できるほど、軽い先輩方ではなかった。

「提督……この話は本当なんですか、それとも罠なんですか?」
 一言嘘だと言ってくれれば、和也たちは躊躇なく目の前にいるかつての仲間を敵と見なし、銃弾を叩き込んでやれたはずだ。
 だがユリカからの返事はない。明らかに、答える事を躊躇していた。
「答えてくださいよ、提督……こんな事してる場合じゃないのは解るでしょう?」
「…………」
 無言。それが既に答えになっていたのだが、認めてしまえばもう、戻れなくなる。
「ねえっ!?」
 焦燥感に耐え切れなくなり、思わず叫んだ和也に、ユリカは――――

「……そうだよ……」

 一番聞きたくなかった言葉を、口にした。

「あの相転移砲を撃ったのはナデシコA。その時の艦長は、わたしだよ……」

 ユリカからすれば誤魔化しきれないと思ったのだろうが、和也は正直に答えたユリカを恨みに思った。
 嘘でも、違うと言ってくれれば――――
「……ああ……私たちはずっと、騙されていたのですか? 皆さん私たちの事を知っていながら、ずっと……」
「ふざけんじゃないわよ、これじゃ道化じゃない!」
 美佳は悲嘆を顔に浮かべ、奈々美は激昂する。騙されていた、裏切られたという疑念が確証へと変わり、彼らの心に疑心暗鬼を広げていく。
「待って、お願いだから聞いて! わたしたち誰も、みんなを騙したつもりなんか――――!」
 続くユリカの言葉は、無音の圧力によって遮られた。
 いつの間にか、ユリカの額にぴたりと、赤い光の線が突き立っていた。銃のレーザーサイト――――お前を狙っているぞ、という警告が、殺気を伴って向けられている。
「……騙したつもりはない、ね。ですが提督。あなたまだ隠している事がありますわよね?」
 頭上から降る声。
 この状況下で、和也たちに気付かれる事なくブリッジに忍び込み、天井に張り付くという芸当のできる者――――そしてこの声色の持ち主は、一人しかありえない。
「美雪……! いったい何を!?」
 和也は混乱の中で叫ぶ。美雪は、天井にぶら下がった体勢でユリカに拳銃を向けていた。
「昨日から疑ってはいましたけれどね。殲鬼先輩から教えていただいた事で確信が持てましたわ。ミスマル提督……いえ、テンカワ・ユリカと言った方がよろしいかしら?」
 その言葉に、澪を除くブリッジクルーに動揺が走った。その中で一人――――ミナトが、怒気を含んだ叫び声を上げる。
「あなた、喋ったわね!? アキトくんたちの事を、この子に喋ったわね!?」
「はっ。本当の事を教えてやって何が悪い? やましい事がないならそっちが教えろよ」
 その言葉に、ミナトは「グッ……」と唇を噛む。反発しながらも言い返せないでいるのは、殲鬼の言葉に理があるという事。
「……どういう事だよ、提督の名前はミスマル・ユリカだろ……それにテンカワって……」
「そりゃ結婚前の旧姓ですわ。今のお名前はテンカワ・ユリカだそうです。そして旦那様の名前は……テンカワ・アキトだそうですわね」
 悪い冗談だと思った。
 その名前は、つい昨日一生消えない傷と共に刻まれたばかりだ。
「プリンス・オブ・ダークネス……あの男は、その存在が公になる前から火星の後継者と暗闘をしていたネルガルが養成したテロリストだそうですわ。その時提督はA級ジャンパーの被験者として火星の後継者に拉致されていて……あなたを取り返すためにネルガルの兵器を使い、ターミナルコロニーを襲っていたそうですわね」
「……まさか、博士さんが『許しを請わせて欲しい』って言っていたのは……!」
 澪が瞠目する。父の死の真相は、つまり――――
「そうですわ。フレサンジュ博士もあの男に協力していらした……あの人が許して欲しかったのは、提督を助けるためのとばっちりで澪さんのお父さんを殺しちゃった事ですわ」
「そんで奥さんを助け出したはよかったけど、もう自分は社会的にテロリストで奥さんとの生活には戻れないってんで、ヤケクソ起こした奴は今も惰性で戦ってるってワケだ。……ウェーッヒャッハハハハハハハハハハ! 報われねえええええ! かわいそおおおおおおおおおおおおおお!」
 何がおかしいのか、一人哄笑を上げる殲鬼。
 その嗤いを銃声が遮った。「おっと」と余裕で避けた殲鬼が目を向けたのは、今までに見た事もない怒りを露わにしたルリたった。
「……あなたたちのせいです。火星の後継者」
 激情に震える銃口を殲鬼に向けて、ルリが言う。殲鬼の言葉は的確に、ルリの逆鱗を土足で踏んだらしかった。
「あなたたちが二人を拉致なんかしなければ、こんな事にはならなかった! あなたたちに二人を嗤う資格なんてない!」
「おいおい言いがかりだな。A級ジャンパーにご協力いただいたのはともかく、復讐も奪還もターミナルコロニー襲撃も、あいつが勝手に決めて勝手にやった事だろ? んな事まで俺様たちのせいにされても困っちゃうねえ」
「あなたたちはいつもそうです……ご都合主義な正義を振り回して、自分の罪を恥じもしない! 私は必ずあなたたちと、その協力者を殲滅して、『家族』三人の暮らしに戻ります!」
「くはっ! 本音が出たな」
 それを言わせたかった、とばかりに殲鬼は、口元を三日月形に歪める。
「『家族』三人の生活、大変結構。幸せを希求するのは人として当然だわな。だが……」
 それを歓迎しない奴らの事は、どうするのかねー? と殲鬼は、自分に銃を向けたままの『草薙の剣』と澪に視線を巡らせる。
「そこのお友達のお父さんを殺したのも、ターミナルコロニーを襲ったのも奴だ。俺様たちじゃねえ。その仇を討ってやりたいと挑みかかった、こいつらの友達思いな心は賞賛に値する。その結果『身盾』が殺されたわけだが……そこんとこの落とし前はどうつける気だ? おとなしく裁判で裁かせてくれるのか?」
 嫌だよなあ? と殲鬼は嬲るような目つきでルリを見る。
「そんな事になったらあいつ、よくて終身刑、最悪死刑だもんなあ? せっかく俺様たちを殲滅しても、それじゃあ何の意味もない。あんたが思い描いてる未来図ってのは大方、あいつの事を捕らわれの妻を救うためテロリストに独り立ち向かった英雄として宣伝して、無罪放免にしてやるってとこだろ? 違うか? 違うなら違うって言えよ」
「……黙って……ッ!」
 返答代わりの銃撃。それを腕のプロテクターで軽く受け、殲鬼は「馬脚を表しやがったな」と嗤う。
 これでは、ルリにとって和也も、澪も、アキトを敵視する者は邪魔者でしかない――――そう肯定したも同じだ。
「聞いたろそこのあんた。どうしたい?」
 そこのあんた、と目を向けられた澪がびくりと震える。
「ここの『家族』はあんたらの事なんか忘れて、あんたらの悲しみも怒りも握り潰して、幸せに暮らす事がお望みのようだがどう思う? お父さんを殺した奴が無罪放免で笑って暮らすとか、許せるのか? 殺したくなるんじゃね? どうよ?」
「いやぁ! やめて、そんな話聞きたくない!」
 澪は耳を手で塞いで蹲る。
「あらら。メンタルの弱いこって……じゃあ弟たちよ、お前らはどうだ?」
「勿論、殺しますわ」
 ちきっ、と美雪が銃を構え直す気配。 「先輩方も……盾身様も……みんなこの夫婦に奪われました。もうわたくしは望んでいた幸せを得られない……その張本人のあんたたちが、何もかも忘れて幸せに暮らす……!? ふざけるな……!」
 ユリカにポイントされたレーザーサイトの光が、美雪の手の震えを表して小刻みに揺れる。トレーニングルームの時と同じ……美雪の感情が荒ぶっている。
 和也は半ば無意識的に美雪の射線を遮る位置に立つ。美雪は本気だ。黙っていたら本当に撃ってしまう。
「そこを退いてくださいな和也さん。その女を殺せませんわ」
「ま、待ってよ美雪……またいつものお芝居なんじゃないのか!? 敵を欺くにはまず味方からって、いつものパターンじゃないのか!?」
「お芝居かどうか、そこを退けば確かめられますわ! あなたたちは許せるんですの!? 盾身様を殺したあの男が、それを忘れて幸せに暮らすなんて!」
 それは、と和也は何も言えなくなる。
 奈々美も、烈火も、妃都美も、美佳も、言い返せない。言い返す余地がない。
 それは、無理だ。
 盾身の仇を、取ってやりたいに決まっている。
 無二の友を殺したあの男に、償わせてやりたいに決まっている。
 和也たちが煩悶するなか、外の戦場に一際大きな爆炎の花が咲いた。火星の後継者の戦艦が一隻破壊され、破壊された相転移路のエネルギーが巨大な火球を生む。それに照らされた巨鳥じみたシルエットは以前記録映像で見た機体だ。
「あれは……!」
「噂をすればなんとやらだな。ほれ奥さん、愛しの旦那様のお出ましだぜ? 喜べよ」
 ぐっ、ときつく握った拳を震わせるユリカの前で、殲鬼は和也たちへ再度呼びかける。
「悩む理由なんかねえだろ? ほら、俺様たちのところに来いよ。報いには報いを、剣には剣をってな。火星の後継者なら仇討ちの機会を与えてやれる。担当官殿も今までの事は不問にして、尉官待遇で迎えてくれると仰せだぜ」
 味方は自分たちの方だと殲鬼は囁く。次から次へと残酷な真実や、嫌な本音を暴露され、心の天秤が傾いた和也たちにとって、それは甘い蛇の誘惑だ。
 火星の後継者の側に付く――――ルリからは最初大いに疑われたし、実際それが頭をよぎった事も一度ならずある。だがここまで心が揺れた事は一度もなかった。
 先輩方の、盾身の仇を討ってやりたい。その思いが背中を押す。はいと言ってしまえと、囁いてくる。
 ああ――――だけど。
「付いて……い、行けません……!」  やっとの思いで搾り出した拒絶の言葉に、「ああん?」と殲鬼の顔色が曇る。
「僕だって仇を討ちたい……盾身の無念を晴らしてやりたい。だけど、火星の後継者にだけは付いて行けない……!」
 それをしたが最後、今まで和也たちのしてきた事も全部無駄になる。例え仇を討てても、盾身はきっと喜んでくれない。それだけは、ダメだ。
「……私も……まだ裏切れない人は残っていますから……無理です……」
「あ、あんたたちにいまさら付くのだけは、絶対にごめんよ!」
「火星の後継者に付く事が……盾身さんに報いる事だとは、どうしても思えません……!」
 皆も苦しみながら首を横に振り、少しだけ安堵の空気が流れる。
「……仇討ちなんかしないってか? お前らにとってあいつも、先輩方も、その程度の存在だったのか?」
「そんな事ない……! でもそれと、火星の後継者に付くのはまったく別の……!」
「そうか?」
 かちっ――――という金属音。
 横から、銃を向けられた。
「烈火、お前……!」
「ずっと嘘吐いて、騙して……もうこんな奴らの下で戦えるかよ。お世話になった先輩たちの事を、オレは忘れてなんかねえ……先輩たちの無念を晴らせるのなら、火星の後継者に付いたって構いやしねえよ」
 烈火は、決めてしまった。思えばあの時、烈火は髪の毛が真っ白になるほど、誰より強いショックを受けていた。仲間を強く大切にする、その気持ちが――――彼を裏切り行為に走らせた。
「どうやら決まりのようですわね。残念ですわ」
 烈火と美雪が、和也たちの側に銃を向けつつ、殲鬼の隣に立つ――――その言葉が、その行動が、決別の意思を突きつけてくる。
「決まったな。全員来てくれねえのは惜しいが……時間もない事だし、ここまでにしとくかね」
 話の終わりを宣言し、殲鬼が腰の剣を抜き放つ。和也の軍刀とは違う、峯の部分に歪で禍々しい突起の生えた刃。ソードブレイカーという奴だ。
「担当官殿への手土産だ。テンカワ准将にホシノ中佐。あんたらの首、頂戴していくぜ」
「今日までお世話になりましたわ。お覚悟を」
「ぶっ殺す」
 二人もまた、明確な殺意を込めて銃を向けてくる。
「あんたたち、ホントにそれでいいっての!?」
「……美雪さん……! このような事をしたところで、盾身さんは帰ってきません……!」
「烈火さんも、考え直してください! これ以上仲間を失うなんて私は――――!」
 残る『草薙の剣』メンバーの必死な呼びかけも、今の二人には届かない。
「さあお前ら! 今日まで溜め込んだ在る限りの復讐を、あの魔女二人の頭上にぶちまけてやれ!」
 殲鬼の鶴の一声――――引き金にかけられた烈火の指に、力が込められる。
 撃たれる、直感的にそう確信した和也は、咄嗟に軽機関銃の銃身を掴んで上に逸らす。
 次の瞬間、本当に軽機関銃が火を噴いた。和也の押し上げる力と反動で銃口が上を向き、放たれた銃弾は天井の照明を粉砕して破片を降り注がせる。
 殺す気はともかく、腕の一本吹き飛ばすくらいは確実にやる気だった――――その事に和也は戦慄し、仲間が本気で実弾を放ってきたという現実に絶望した。
 そこへ、横合いから突き出される刃――――美雪が『暗殺者の爪』で和也の首筋を狙って切りかかってくる。
「やめてええええええっ!」
 妃都美が悲鳴のような声と共に、アルザコン31を乱射する。銃弾から逃れようと美雪はバックステップで下がったが、これでこちら側も撃ち返してしまった。
 狂乱の、それが始まりだった。「このっ、裏切り者おおおおおおおっ!」と叫んだ奈々美が烈火へと殴りかかり、美佳も「ああああああああっ……」と嗚咽を漏らしながら、美雪が近付けないようPDWで弾幕を張る。
 放たれた銃弾が、壁に、床に、天井に当たり、跳弾となって跳ね回る。澪やミナトが悲鳴を上げて頭をかばい、ブリッジの中は一瞬にして銃弾と絶叫が交錯する修羅場と化した。
「殲鬼――――――――――――――ッ!」
 和也もまた、涙混じりに殲鬼へと切りかかる。
 部隊を、仲間を、バラバラにされた。その激情を叩き付けるように剣を振るう和也に、しかし殲鬼は余裕の表情を崩さない。
「懐かしいねえ、昔は何度もこうやって模擬戦やったな。結果は……いつも俺様の勝ちだったけどな!」
 和也の斬激を数度軽くいなし、殲鬼もまた剣を振るう。特に捻りもない右から左への切り払い――――それを受けた和也に、腕が痺れるほどの衝撃が伝わる。
 ――重い……!
 一撃の重さが違う。訓練時代と比べても段違いに。鍔迫り合いでは押し切られると判断した和也は咄嗟に力を抜き、殲鬼の剣を受けずに流す。その勢いのまま振り切られた剣は、ブリッジの壁に深々と食い込む。
 ――違う、鍛えたとかそういう違いじゃない!  直感する。戦艦の内壁に剣を食い込ませるほどの腕力は、まるで奈々美か烈火のよう。それに先ほど、銃弾をしこたま叩き込んだはずなのにろくにダメージも受けていないあの様子はまるで盾身を思わせた。だが和也の知る殲鬼は、和也と同じ『ブースト』型の生体兵器であるはずだった。なのにこの化け物じみた身体能力――――
「殲鬼、あんた……僕たち全員分のインプラントを全身に仕込んでるのか……!?」
「おうよ。地球のナノマシン医療ってのも大したもんだな。あの時の木星でこんな事したら死んじまうとこだ。ヤマサキ博士さんも喜んでたぜ」
 そういえば、ニューヨーク戦の時にヤマサキ・ヨシオ博士が奪い返されていた。和也たち生体兵器の開発にも関わっていた彼が、地球の技術も取り入れて殲鬼を改造したのか。
 となると、外で戦っているのも同様のインプラントを受けた兵と思っていいはず。道理でサブロウタたちエステバリス隊や、ライオンズシックル中隊がてこずるわけだ。
 勝てない、と思った。和也と同じ『ブースト』能力に加え、奈々美と烈火の腕力、美雪の脚力、盾身の防御力、それに美佳のレーダーと妃都美の望遠・暗視の目も持っているであろう怪物を前に、勝てるわけがないと怯えが走る。
 ――でも、ここで勝たなきゃみんなが……!
 最後に残ったその一念で恐怖心を押さえつけ、再び切りかかる。全身を特殊繊維で守られている殲鬼には刃も銃も通らないが、盾身が殺されたように決して無敵の防御ではない。そこを突いた和也の攻撃は、しかし届かない。右腕が――――思うように動かない。
「お前なあ、そんな安物の義手なんざつけて、俺様に勝てると本気で思ってんのか?」
「く……!」
 不調を正確に見抜いてくる殲鬼に、和也は一か八かの突きを放つ。殺し手のつもりで放った一撃は、しかし殲鬼に弾かれ、一度下がって体勢を立て直そうとした時、右の横腹を強い衝撃が襲った。
「かはっ――――!」
 壁にしたたか叩きつけられ、肺の空気と一緒に若干の血を吐いて膝を折る。
 右の横腹に、蹴りを食らった。本来なら食らうはずのない一撃だった。
「おまけに右目も見えてないときたもんだ。んなハンデ付きでやろうたあ、舐められたもんだな」
「く……そ……!」
 苦し紛れに軍刀を振り上げ、振り下ろす。
 殲鬼はやれやれ、といった顔でそれを受け止める――――剣を裏返して峯の側で。ソードブレイカーの突起に和也の軍刀が挟み込まれ、殲鬼がそこに力を込める。
「……! や、やめっ――――!」

 ばきん、と。

 和也の軍刀が、半ばからへし折られた。

「あ、ああ……!」
 先輩から預けられた剣が……立派な戦士になったら正式にお前の物だと言われて預けられた形見が、折られた。
「お前に、この剣を持つ資格なんかねえよ。おとなしくこっちにくりゃよかったのにな」
 呆然とする和也を睥睨し、殲鬼は轟然と言い放つ。この男は――――付いていく事を拒んだ和也の心を折るために、殺せたのにあえて殺さず、形見の剣をへし折ったのだ。
 和也の腕が、力なく落ちた。



 和也にもう戦意は無いと見たか、殲鬼は興味を失ったように目を離し、未だ争う『草薙の剣』を横目にユリカとルリへ向き直る。
「あなたは……どこまで人の心を弄ぶの!?」
「何度も言うがあんたらが悪いんだよ。おとなしく負けてりゃ寛大に扱ってやったのによ。……土下座して靴を舐めれば許してやってもいいぜ?」
「誰が……!」
 挑発的に言う殲鬼に、ルリは憤怒の形相で拳銃を向ける。しかし震える手に照準が定まらず、気付いた時には殲鬼に銃身を掴まれていた。
 次の瞬間、メキメキ、と音を立てて銃身が折れ曲がる。
「は、そうこなくちゃ殺しがいがねえな。安心しろよすぐには殺さねえ。あんたたちが今まで殺してきた奴らの分も込めて、たっぷり拷問にかけた後で殺してやるよ……」
 嗜虐的な嗤いを浮かべ、舌なめずりをする殲鬼に正面から瞳を覗き込まれ、ルリは蛇に睨まれた蛙のように動けなくなった。
 もともと感情表現が乏しい、と昔から言われてきた、そのルリの両足が勝手に笑い出し、奥歯が音を立てるほどの、恐怖。
 このまま行けばルリとユリカは連れ去られ、ユリカはまたボソンジャンプを制御する道具に、ルリはこの男の嗜虐心を満たす玩具にされて殺される。
 そして――――素手で拳銃の銃身を破壊するほどの力を持つこの男は、その気になれば武器など使うまでもなく、ルリとユリカの首を小枝のように手折り、頚椎を破壊して死に至らしめられる。ルリの細腕ではそんな相手に抵抗など出来るはずもなく、唯一この場で殲鬼と戦える『草薙の剣』は分裂して仲間同士で争い、和也は戦意を失って座り込んでいる。
 どう足掻いても助からない――――ルリの心に絶望が落ちる。
 ――助けて……誰か……
「さあ来い。いい声で鳴いてくれよ」
 殲鬼の腕が、二人に向けて伸びる。絶望が、手を伸ばしてくる。
 ――アキトさん……コ……
 刹那――――

「うわあああああああああああああああああっ!」

 絶叫を上げて、座り込んでいたはずの和也が殲鬼へと突進した。
「ああ!?」
 もう動かないと思っていた殲鬼にとって、それは完璧な奇襲となった。横腹にタックルされた殲鬼は足を踏ん張る間もなくルリとユリカの間を抜け、そのままブリッジの下層階へ転げ落ちる。
「ぐほっ――――!」
 戦闘服との相乗効果で優れた対弾対刃効果を持つ殲鬼の皮膚も、衝撃を緩和する機能はない。銃で撃たれても傷一つ負わなかった殲鬼が、床に背中から叩きつけられ初めて苦悶の声を上げる。
「っの……クソガキがぁっ!」
 それも束の間、馬乗りになった和也に強烈な蹴りのお返し。無理な姿勢からの蹴りだが、それでも強化された筋力だ。「かはっ!」と呻いた和也の体が吹き飛ぶ。
「後輩のくせに、あくまで逆らうってか! もういい、てめえなんざ要らねえ、ぶっ殺してやる!」
 激昂した殲鬼が、再び剣を振り上げる。その時、殲鬼のコミュニケから耳障りな電子音が鳴った。
「チッ、遊びすぎたな……おい、『烈火』に『影守』! ずらかるぞ!」
 声を飛ばした殲鬼がコミュニケを操作すると、ブリッジの窓から見える宇宙が赤い影に隠れた。
 夜天光――――火星の後継者で、北辰や南雲のような一部のエースだけが搭乗できる真紅の高性能機が、拳を高速回転させつつ振りかぶる。その意図を察し、和也は苦痛を堪えて声を張り上げた。
「みんな、怪我人を守れぇっ!」
 その声に答え、『草薙の剣』が負傷しているハーリーとユキナを抱きかかえ、和也自身も澪とミナトの二人に覆いかぶさるように非常時用の安全帯を手近な物に固定する。次の瞬間、夜天光が拳を叩き付け、ブリッジの超々強化樹脂製の窓が轟音と共に粉砕される。宇宙空間とブリッジの間に遮るものがなくなり、狂風が吹き荒れる。
「うっ、うわああああああああああ!」
「きゃあ―――――――――――っ!」
 宇宙船の気密が破れた事で起きる急減圧――――艦内の空気が宇宙へと急激に吸い出されていき、体ごと吹き飛ばされそうな狂風に全員が必死で耐える。そんな中、殲鬼だけが悠然と声を上げた。
「残念だが時間切れだ! 全員付いてこないのは残念だが、気が変わったらいつでも来い! ただしその時は……」
 ぴたり、と殲鬼は剣で、ユリカとルリを指し示す。
「そこの魔女二人の首を手土産に持って来いよ。じゃあな、我が愛する弟たちよ!」
「烈火! 美雪――――ッ!」
 叫ぶ和也の目の前で、烈火と美雪は殲鬼と共に夜天光のコクピットに乗り込んでいき――――短距離ボソンジャンプで姿を消した。
 非常用シャッターが閉じ、狂風がぴたりと収まる。
「たす……かった……?」
 ルリは呆然と呟く。敵にここまで近くへ迫られ、命の危険に晒されたのはいつぶりだろうか。
 結果として、危機一髪のところを『草薙の剣』に救われたわけだが、当の彼らは全員が膝を折り、嗚咽を漏らしていた。ただでさえ仲間を一人失った矢先に、今度は仲間二人の離反――――平静でいられるはずもない。
「……こちらブリッジです。レベル三の重傷者二名、救護班は至急ブリッジへ来てください。……ルリちゃん、戦況は?」
 負傷しているユキナとハーリーに救護班を呼び、感情の窺えない声音でユリカは訊いてきた。
 ルリははっとしてIFSシートへ座り直し、戦術データリンクにアクセス――――まだ外の戦闘は継続していたが、芳しい知らせはなかった。
「……甲院の艦隊は、依然小惑星帯へ向け逃走しています。統合軍艦隊と宇宙軍艦隊は追撃を継続していますが、コバッタにコントロールを奪われた艦艇が暴れていてうまくいっていません。……アキトさんはまだ追撃しようとしていますが……」
「逃げられるのは時間の問題だね……火星の後継者がまだこんな切り札を残してるなんて思ってなかった。甘く見てたよ……」
 完敗だね、とユリカは項垂れ、ルリは苛立ち任せに、シートの肘掛けに拳を叩き付けた。
 ――あと少し……あと少しで終わると思ったのに……!
 達成を目の前にして零れ落ちた悲願が、ルリの胸を焼く。
 ブリッジにも重苦しい空気が満ちる。そんな中――――和也たちがゆっくりと立ち上がり、ブリッジの外へと歩きだした。ユリカが、驚いて静止する。
「みんな!? どこへ行く気なの!?」
「……エステバリスで出撃します。まだ敵は目の前にいますから……」
「もう無理だよ! だいたいみんなその体じゃ……」
 伸ばした手が撥ね退けられ、ユリカは愕然とする。
 奈々美も、美佳も、妃都美も、下層階から見上げる和也も――――四人だけになってしまった『草薙の剣』は一様に目じりに涙を浮かべ、怒りの形相でユリカを睨んでいた。信じていたのに、信頼を結べたと思っていたのに、ずっと騙していた、利用していただけだったのかと、そう訴えていた。
「待って! お願いみんな、待って!」
 ユリカの制止を振り切り、『草薙の剣』はブリッジを飛び出した。
「和也ちゃん……みんな……」
「…………」
 澪もミナトも、ルリも――――ただその後姿を黙って見ているしかできなかった――――



 ボロボロの態で格納庫へ戻ってきた和也たちを見て、驚き、静止しようとする整備班に銃を突きつけて退かし、ゲートを壊すとブリッジを脅しつけ、和也たちはエステバリスで宇宙空間へ飛び出した。
 殲鬼と烈火、美雪を乗せた夜天光の機影は見えない。本当に――――彼らは向こうへ行ってしまった。
『……どうして、こんな事に……』
『もう誰を――――何を信じて戦えばいいんですか!?』
『畜生ッ! どいつもこいつも、大バカ野郎よ!』
 通信回線からは、残った三人からの悲嘆に満ちた声が聞こえてくる。
 ――許せない。
 今はただそう思う。
 裏切った烈火と美雪も、
 二人をそそのかした殲鬼も、
 戦乱の元凶である甲院も、
 先輩方を殺した仇でありながら、それを隠して和也たちを利用していたユリカたちナデシコの連中も、
 盾身を殺したアキト共々、全て許せなかった。
『ちょっとあれ、『草薙の剣』の子たちじゃない!?』
『何やってんだお前ら、戻れ!』
 静止してくるヒカルやサブロウタたちの横を抜け、脇目も振らずに逃げる甲院の艦隊を追う。既にナデシコCからのエネルギー供給圏を外れ、バッテリーも全力機動で瞬く間に減っていく。それでも今はただ、敵を追いかけるしか考えられなかった。
 逃げる火星の後継者と追う地球軍――もうどちらが敵でどちらが味方かも定かでない――が激しく砲火を交わす中に突っ込む。殿として使い捨てられる無人兵器と、制御を奪われ無差別に砲撃を放つ地球軍の戦艦までが入り乱れた乱戦の只中、火星の後継者艦隊へ突入を図る黒い機影が見えた。
「おじさんの、盾身の仇……! 今度こそあいつを殺せ!」
 沸騰する思考の中、討つべき仇の姿だけが鮮明に見えていた。『草薙の剣』が駆る四機のエステバリスは、火器を乱射しながらアキトの機体――ブラックサレナ、と呼称されていた――に追いすがる。
 瞬間、ブラックサレナが鋭角的に軌道を変える。鈍重そうなフォルムからは想像もできない高機動性に、速い、と和也が驚いた時、二条の閃光が迸った。
『ッ!? きゃあ――――――――っ!』
「奈々美!」
 閃光に射抜かれたのは奈々美の機体だった。咄嗟に回避機動を取ってコクピットへの直撃は免れたが、右脚部を丸ごと吹き飛ばされた機体はコントロールを失って回転し、小惑星に激突する。
『今のは――――量子レーザー砲!?』
『……速すぎて、追随しきれません……!』
「後方から半包囲態勢! 地球軍でも火星の後継者でもいい、艦砲の十字砲火点クロスフャイアーポイントに追い込め!」
 まともに追ってもこちらが撃墜されるだけと判断し、追い込み漁的な戦術に切り替える。  アキトにもまた、甲院に逃げられまいと焦りがあったのだろう。無謀にも自分から火星の後継者艦隊の只中に突っ込んでいくブラックサレナに、和也たちは逃げ道を塞ぐような形で弾幕を張り、攻撃が最も厚い地点へと追い込んでいく。
 一発、また一発とブラックサレナに攻撃が当たりはじめ、漆黒の増加装甲が花弁のようにパージされていく。装甲と共にスラスターを失い、次第に機動力を喪失したブラックサレナが逃げ回る一方になる。
 ――いける――――!
 無論、和也たちもまた火星の後継者からの攻撃に晒され、穴だらけになった機体の各所から警報が出ていたが、もう誰もそんな事には構っていなかった。
 ただアキトを落とす事だけを考えて攻撃を続けていた『草薙の剣』だったが、その時、突然妃都美と美佳の機体が急接近しだした。
『えっ!? 何が――――!?』
『……回避不能、ああ……!』
 避ける間もなく、二人の機体が衝突――――そのまま後方へと流れ去っていく。
『妃都美!? 美佳!? いったい何が……ッ!』
 普段なら考えられないミスをして墜落した二人。和也は安否を確かめようとしたが、その時目の前に敵艦が迫っていた。回避しようとフットペダルを踏み込み――――異変に気付く。
 ――反応しない!?
 フットペダル、コントロールスティック、IFSボール、その全てが操作を受け付けず、エステバリスは敵艦目掛けて直進していく。何がどうなっているんだと滅茶苦茶に計器を弄っていると、視界の隅に奇妙なウィンドウが見えた。
 デフォルメされたルリの顔――――そして『お休み』の文字。
 この機体は、ナデシコCとルリによってシステムを掌握されている。恐らくは妃都美と美佳も。
「ホシノ中佐、あんたって人は……!」
 彼女は本当に元の生活に戻るため、和也たちもみんな切り捨てるつもりなのか。
 信頼なんて――――最初からなかったって言うのか。
 和也の機体が敵艦のディストーションフィールドに接触――――ガリガリと機体の腹を擦るように叩きつけられ、コクピットを激しい衝撃が襲う。
「うあああああああああああああ――――――!」
 盛大に損傷した機体はそのまま惰性で飛び、やがて小惑星にぶつかって止まる。
「か……はっ……! ホシノ中佐……ミスマル准将……テンカワ・アキト……!」

 絶対に、許さない。

 朦朧とする意識の中、和也は頭から血と、目から涙を流して、そう繰り返した。



 和也たちの機体が墜落する様は、ナデシコCのブリッジでも見えていた。

「火星の後継者艦隊は小惑星帯に侵入、反応ロスト……これ以上の追撃は不能。アキトくんは、ボソンジャンプで離脱したわ……」
 ハーリーとユキナが担架に乗せられる横で、ミナトが泣きそうな声で報告する。
「作戦は終了……各艦、コバッタに乗っ取られた艦の解放と、負傷者の救助を急いでください。……澪ちゃん、『草薙の剣』は?」
「……チームブレードのエステバリスは、全機墜落――――生命反応はあるので、生きてはいます……」
「当然ですよ。死なないように落としましたから……」
 感情の死んだ声でそう言ったルリに、ユリカは「ルリちゃん、こっちへ来て」と告げる。ルリは何も言わずに黙って従い、ユリカと向き合った。
 パンッ――――という乾いた音。
 ユリカが、ルリの頬を張った。
「……生まれて初めてですね、頬をひっぱたかれるなんて……」
「ルリちゃん……どうして、あんな事をしたの?」
「アキトさんが、危険でしたから……」
「本当に、それでいいと思ってるの……? あの殲鬼って人が言ってたように、本当に、全部切り捨てるつもりなの……!?」
「他にどうしようがあるんですか……? ずっと、そのために戦ってきたんですから……」
「ルリちゃん――――!」
 ユリカがさらに続けようとした言葉は、「もうやめてえっ!」という澪の叫び声に塞がれた。
「みんなもう戦争なんてやめて! もう友達が死んだり、傷付いたり、いがみ合うのなんて見たくないっ! もういやぁ!」
 叫び、しゃくりあげる澪。澪が大事にして、好きでもない軍に入ってまで守ろうとした友達は、死に、裏切り、傷付いてしまった。
「なんでなの……?」
 そう、ミナトが沈痛な表情で呟く。
「みんな、みんないい子たちだった。なのになんで、こんな誰も彼も傷付かなきゃいけないのよ……!」
 誰も、何も、答えられなかった。
 後にはただ、慟哭が響いている。






あとがき

 盾身を失って失意に沈んだ『草薙の剣』を襲う更なる悲劇と、決戦の敗北でした。今回予想以上に長文となったため二分割でお送りしました。

 今までにもちらほら登場していた『ふかくていめい・てき?』こと殲鬼が今回初めて和也たちの前に現れました。和也たちの知らなかった真実やルリの本音を次々暴露され、烈火と美雪が裏切ってしまい、ついでにアキトを助けようとしたルリの一撃もあって、もうどん底です。大事な時に波風を立てまいとしていたハーリーの行動も、結果として裏目に出てしまいました。
 最後のルリによる追い打ちは少し迷いましたが、まあここまできたからには和也たちにとことんまで追い込まれていただく事にしました。まあルリも内心では負い目を感じていたわけで、だからこそ今までやってきた事を無駄にはできなかった、というのもありますね。
 そして彼らをここまで追い込んだ殲鬼。嘘は吐いていないけど相当に悪意のある解釈で二人を裏切らせるなど、いっそ気持ちいいくらいの悪役になりました。CVは子安武人さんにやってもらいましょうか(爆)
 一応殲鬼の3Dモデルも作成中なのですが、今はリアルが立て込んでいる状況でそっちまで手が回らず、今回押絵はなしです。時間があれば追加してみます。

 相転移砲を相転移砲で相殺するというのは、時ナデのオリジナル設定だったでしょうか? とりあえず、設定を一部使わせてもらった旨をここに明記しておきます。どうもありがとうございます。

 で、私事なのですが……今回の執筆途中、ある小説作法の本を読んで、ふと思いました。
 私、キャラクターというものを蔑ろにしてやしないか? と。
 もちろん私なりに自分で作り上げたキャラクターには愛着を持っていますが、物語を構成する要素に優先順位を付けたとして、世界観設定とかが一番上で、キャラクターが無意識的に二の次になってやしないかと思ったのです。思えばこちらで最初に指摘されたのも、『キャラを立てる』事でしたし。
 今回そこを踏まえてキャラ、特に『草薙の剣』の心情とかに気を使って書いてみたところ……不思議な事が起こりました。
 プロットの段階で、美雪と共に裏切るのは奈々美のはずでした。しかし実際に書いてみるうち、「奈々美は敵と味方を取り換えたりしない、裏切るのは仲間思いゆえの烈火だ」と思い、今回の運びになりました。
 単に私の気が変わっただけかもしれませんが、これが『キャラクターが勝手に動く』という奴なのかと思いまして。
 長々と書いてしまいましたが、これからはもう少しキャラクターの設計や心情をよく考えてみる事にします。

 さて次回、甲院を取り逃がし、仲間を失い、ナデシコクルーにも裏切られたと思い、追い詰められた和也たち。死んだ仲間の償いを求める和也たちに、ユリカがとった行動は。
 それでは、また次回。




ゴールドアームの感想

 み・な・ぎ・っ・て・き・た・あー・っ。

 と言うのはいささか不謹慎ですが、こう、期待感が膨れあがっているのも事実。
 敵・悪役はより悪役らしく、人間ドラマはより複雑かつ濃厚に。
 こういう方面は落とすだけ落としてからいかに持ち上げるかが真骨頂。但しさじ加減が大変難しいのはお約束。
 物足りなかったり、やり過ぎたり、収拾つけ損なって破綻したりはよくある事。
 
 まあ、そんな事にはならない、と、素直に続きを待てますけれど。
 キャラがある程度勝手に動き出すというのは、同時に作者の物語世界に対する理解が深まった証でもあります。
 人が歩いたり自転車に乗ったりするときにいちいち思考しないように、物語を書くという作業においても、世界やキャラクターへの理解がある一定レベルを超えると、行動に対する合理性や背景が、文字通りのバックグラウンドとして処理されるようになります。
 ここまで来ると、作者の役割は演出家から監督へと変わります。立場が一段上になるというか。
 ただ、方向性を定めるだけで、時には自分の能動的な想像力を越えた何かが勝手に紡ぎ出されることすらあります。
 意図していなかった描写が伏線になり、作者の構想・想定を越えた展開が浮かび上がり、
 
 ……いつしか作者もまた、一人の読者になって物語を楽しんでいる。
 
 そんな事が、現実に起こるのです。
 


 この物語は、その段階にまで来た。私は、そう感じました。