機動戦艦ナデシコSS

Rebellion 〜因果を超えし叛逆者〜

 

Episode:10 テニシアン島の激戦〜前編〜

 

 

 

 

 

 

――――テニシアン島近海――――

 

 

「艦長、目的ポイントに到達しました」

 

最近この近くに落下したとされるチューリップの調査に訪れていた戦艦の艦長であるヤマギ=タクロウ大佐は、閉じていた目をゆっくりと開く。どうやら、少し眠ってしまっていたようだ。朦朧とする意識を、頭を振って無理矢理覚醒させ、部下に指示を下す。

 

「……各艦に調査の開始を通達。何が起こるか解らんからな、注意を怠るなよ」

 

指示と言っても、ヤマギがする事は許可を下す事だけ。後は部下達が自分の判断で行動してくれる。自分は、有事の際に指揮をすれば良いだけだ。ヤマギは一息つくと、事此処に至った経緯を思い返していた。

 

 

元々ヤマギは、上官との折り合いが悪かった。彼の上官は、典型的な腐った軍人であり、普段やっている事といえば私腹を肥やす事ばかり。そんな相手と、どちらかと言えば潔癖であり、不正を嫌う性質であるヤマギが上手く行く筈も無く、事ある毎に対立していた。
そして、いい加減堪忍袋の緒が切れたヤマギが転属願いを出そうと思い至った時に、この任務が言い渡された。
――テニシアン島近海に沈んだ未活動チューリップの調査――
……この任務を言い渡された時、ヤマギは当然断ろうとした。幾ら機能停止状態にあるとは言え、チューリップはいまだ未知の存在であり、その上ヤマギの指揮下にある艦は何時廃艦になってもおかしくない戦艦と駆逐艦のみである。DFもGブラストも搭載していない老朽艦と、似たような状態の駆逐艦併せて2隻でこなすには、あまりに危険な任務なのだから。
だが、彼の上官は拒否を認めなかった。それどころか、嘲りの笑みを浮べて言い切ったものだ。『有能な君達なら、少数でも出来るだろう?それとも、君達は動いていないモノの調査さえ、まともにこなせないのかね?所詮は、無能者の下には無能者しか集まらないものか』などと。
……気が付いた時には、問答無用で殴り倒していた。自分に対する侮蔑なら、幾らでも耐え様があった。だが、部下に対する侮辱だけは、絶対に許すわけには行かなかった。倒れこんだ上官の口の端から血が滲んでいたようにも見えたが、気にはしなかった。この任務が成功しようと失敗しようと、二度とそのツラを拝む事は無いのだから。
「……任務は引き受けますよ」
驚くほど冷たく聞こえたその声が自分の声であったと気付いたのは、上官に背を向け、歩き出してからであった。

 

 

そんな経緯を経て、ヤマギ以下全100余名のクルーと古びた戦艦、そしてやはり型遅れの駆逐艦の2隻は、チューリップ調査の為にテニシアン島近海に訪れているのだ。

 

(我々は捨て駒か…いや、むしろ任務の皮を被った処刑だな、これは…)

 

そんな事を思う。万が一にでもチューリップが動き出し、そこから敵が現れたとしたら、自分達はほぼ間違い無く撃沈されるだろう。以前のクロッカス及びパンジーの件もある。チューリップに飲み込まれてしまう事だってあるのだ。そうなる可能性はかなり高かった。幾ら無能とは言え、彼の上官もそれは解っていたのだろう。だからこそ、この危険な任務をヤマギ達に言い渡したのだ。

 

(それを解っていて、律儀に引き受ける私も私だな。どうせ退役するつもりなのだから、無視してしまっても構わんだろうに……)

 

其処まで考えて、自嘲気味な笑みを浮べる。生粋の軍人としての彼の性が、『任務』を放棄すると言う行為を躊躇わせたのだろう。そんな自分に、半ば呆れさえした。

 

「艦長?どうかなさいましたか?」

 

「いや、何でも無い。……スマンな、こんな無茶な任務につき合わせてしまって」

 

心配げに尋ねてきたまだ若い副官に、ヤマギは謝る。部下たちのことを考えれば、こんな危険な任務は放棄するべきだったかも知れない。だが、ヤマギの副官は笑顔で頭を振った。

 

「謝る事なんてありませんよ。我々は軍人です。どんな理不尽なものであれ、任務は遂行しなければなりません。それに……」

 

「それに?」

 

「もし我々がこの任務を放棄し、そしてこのチューリップが活動を開始したとしたら……もしかしたら、失われずに済む筈の命が失われてしまうかもしれません。もしそうなってしまったら、悔やんでも悔やみきれませんから」

 

「……そう、だな」

 

不意に、涙が零れそうになる。副官の真っ直ぐな思いが、上官として誇らしくもあり、また哀しくもあった。だが、流石に涙を見せるわけには行かない。ゆっくりをかぶりを振って感傷を断ち切り、目の前にある任務に意識を集中させた。既に調査開始から30分ほど経過している。もし何かあれば、そろそろ動きがあってもおかしくは無い筈だ。

 

「チューリップの様子は如何か?」

 

「大人しいものです。これといった反応は無し。先行する駆逐艦からも、依然沈黙を守ったままとの報告だけですね」

 

「……杞憂で済んだ、か……?」

 

観測員からの報告に、ヤマギがそう漏らした時であった。

 

「…!?チューリップに反応を確認!何かが出現してきます!」

 

「最悪の事態が現実になったか…。各艦に通達!総員第1種戦闘配備!…無駄だとは思うがな、一応救援要請だけはしておけ」

最後だけは投槍に指示するヤマギ。通信士も大体の事情は理解しているのか、おざなりな通信を送るにとどめる。そうこうする内に、チューリップ内部のエネルギー反応は更に増大していった。そして――――

 

「高熱源体がチューリップより離れました。高速で接近中!」

 

「機種は!?」

 

「不明です!数は1、反応の大きさから、既知の虫型より大型の機動兵器と思われます!」

 

「よりにもよって、と言った所か…。発射管開け、ミサイル発射準備!海面に出たら一斉に叩き込め!操舵士、徐々に後退し、敵との距離を一定に保てよ!」

 

――――戦闘が始まった。未知の敵にどれほど効果があるかは不明だが、ミサイルの発射準備をしつつ、接近してくる敵に距離を詰められないよう、少しずつ艦を後退させる。

 

「目標、尚も高速で接近中。海面まで距離60…50…40…っ!?目標周辺に小熱源多数感知!ミサイルです!」

 

オペレーターがそう叫んだ次の瞬間、海面を突き破って現れた数発のミサイルが、駆逐艦を直撃。メインジェネレーターの爆発の余波が、ヤマギ達の乗る艦を揺さぶった。

 

「くっ…一撃でこれか!ミサイルで弾幕を張りつつ更に後退、同時に主砲エネルギーチャージ開始!敵が海面に顔を出すと同時に全砲門一斉射!」

 

ヤマギの指示を受け、艦が敵の接近距離より多い距離を後ろに下がり、敵のミサイル攻撃に備える。ダメモトで張っているミサイルの弾幕は、海中で着弾はしているものの、然したる効果はあげていない。尤も、ソレは半ば予想できた事ではあったが。

 

「目標、尚も接近中!距離30…20……来ます!」

 

オペレーターが叫んだ瞬間、轟音とともに海面を突き破り、敵が姿を現す。その姿がまだ流れる海水に覆われている間に、ヤマギは指示を下した。

 

「各砲門、一斉射!てぇぇぇぇっ!!」

 

爆音とともに吐き出された数条の光芒が、吸い込まれるように敵の影に向かって突き進んでいく。敵の周辺にDフィールドの展開は確認されていない。ならば、Gブラストとは比べるべくもなく威力の低いビーム砲でも、直撃さえすれば――そんな考えが艦のクルーたちの頭を過ぎる。だが――――

 

 

バジィィィンッ!!

 

 

「なっ!?」

 

直撃するかに思えたビームは、耳障りな音をたてて弾かれる。弾かれたビームの残滓が虚しく煌めく中、ソレがその姿を露にした。

 

「何だ…こいつは…!?」

 

ソレは、随分と奇妙な形状をしていた。縦長で、先端が傘のような形状の胴体に、胴体の下部に生える、無数の長大な触手。例えるなら、巨大で、足が無数にあるイカ、と言った所か。全長は50メートル強。機動兵器としては破格の、異常ともいえる巨大さである。

 

「……ばっ、化け物がっ!主砲、ミサイル発射!全弾撃ち込め!!」

 

その異様に呆然としていたヤマギ達だが、逸早く我に帰ったヤマギの号令の下、無数のビームとミサイルが敵機のその巨大な胴体に降り注ぐ。しかし、それらは全て着弾こそするものの、些かの効果もあげられずにいる。
暫くは為すがままにその攻撃を受け続けていたイカもどきだったが、突如として攻撃を開始した。その身から伸びる無数の触手が、空を切り裂いてヤマギ達の艦を絡め取り、締め上げる。一体どれほどの力を持っているのか、分厚い戦艦の装甲がメキメキと嫌な音を立て、軋み始めた。

 

「くっ、振り切れ!」

 

「だ、駄目です!触手を引き千切る速度より、新しい触手が絡みつく速度の方が速いです!」

 

操舵士が必死に触手を振り切ろうとするが、絡みついた触手を数本引き千切る間に、また新たな触手が絡みついてくる。対空用のレーザー機銃による掃射は意味を為さず、響く異音はますますその大きさを増して行く。遂に、メインスラスターが圧力に耐え切れずに拉げた。

 

「メインスラスター損壊!エネルギー供給をカット!……推進剤の爆発は避けられました」

 

「暴発は防げたか…。しかし、副推進器だけでは振り切れん…。止むを得んか。主砲チャージ!手近な触手を薙ぎ払え!」

 

些か乱暴ではあるが、他に手も無い。自爆の危険もあるが、何もしないよりはマシだ。そう判断したヤマギの指示により、主砲にエネルギーが収束し始める。しかし、それに呼応するかのように、イカもどきも次なる攻撃に移った。艦に絡みついたもの以外の触手の先端部に、光がともり始める。

 

「今度は何だ!?」

 

「エネルギー反応の増大を確認、こいつ、全部が全部、カノン砲だとでも言うのか!?」

 

オペレーターの絶叫と共に、触手の先端に内蔵されたカノン砲から、無数の光弾が放たれる。放たれた光弾は、破壊の雨となって艦に降り注いだ。絶望的な破砕音と共に、艦の至る場所に風穴が開けられていく。そして、光弾の雨が止んだ時には、艦は見るも無残な姿を晒していた。
辛うじて直撃を免れたブリッジを、絶望と沈黙だけが支配していた。誰もが死を確信し、押し黙る中、艦の各所が爆発する音だけが、無意味なまでに大きく響き渡る。

 

「……此処まで、か。通信機能は生きているか?」

 

「辛うじて、ですが」

 

「ならば、出来うる限り、データを送ってやれ。……上層部の連中に華を贈ってやるみたいで気に入らんが、かといって我々の後にこいつと戦う相手に、何の予備知識も与えられんのでは、我々は無駄死にだからな……」

 

ヤマギの言葉に、通信士が今の戦闘で入手したデータを送信し始める。尤も、解った事など極僅かだが。そんな通信士の様子を視界の端に収めつつ、ヤマギは軍帽を脱ぎ捨て、嘆息した。今の軍に、こいつとまともに戦えそうな者がいるとも思えなかったからだ。と、不意に副官が口を開いた。

 

「……我々は、もしかしたら幸せかも知れませんね」

 

「…何故だ?」

 

響く爆音が更にその音量を増す。死はもう直ぐ其処まで迫っていた。そんな事など気にした風も無く、副官は軽く肩を竦める。

 

「……こんな、わけも解らない機械連中に蹂躙され尽くした地球を、目の当たりにしないで済むから、ですよ。…正直、今の連合軍で、地球を守りきれるとは思えませんから」

 

「……かも知れんな。」

 

ヤマギは、副官の言葉に苦笑する。そのことはヤマギ自身強く感じていた。怒涛の如く攻め立ててくる機械の軍団に、今の腐敗した軍が立ち向かえるのか……答えは否だろう。だが――――

 

「…だが…」

 

「?」

 

「…願わくば…我々の杞憂など吹き飛ばすような…そんな者達が現れて欲しいものだな……」

 

そんなヤマギの呟きと共に、爆発がブリッジを呑み込んだ。最早完全に沈黙した艦のなれの果てを、イカもどきは海面に投げ捨てる。そして自らは、ゆっくりと海の中へと消えていった。

 

 

 

ドゴォォォォォォォォンッ!!!

 

 

 

イカもどきが消えるのを待っていたかのように、艦は爆発、跡形も無く消滅した。其処に居た者達の命と、無念と、絶望と、そして……僅かばかりの希望の全てを道連れにして。

 

 

こうして、幾つもの命を犠牲にして得られた情報は、ネルガルへと回され、敵の新型の破壊はナデシコに一任される事となる。

 

 

 

 

 

 

 

「で、私達の任務はテニシアン島近くの海中に沈んだチューリップから出現した、正体不明の敵の撃破、で良いんですね?」

 

目的地に向けて順調に航行を続けるナデシコのブリッジで、ユリカがムネタケに詰め寄る。先の大使救出任務では、救出対象をしっかりと聞いていなかった為に、いらぬ心労を溜め込む結果となってしまった。その為、普段はのほほんとしているユリカも、流石に今回は追及に容赦が無かった。

 

「そ、そうよ。テニシアン島近海で海軍が遭遇したとされる正体不明の敵の探索及び殲滅。間違いないわよ」

 

流石のムネタケも、ユリカの勢いに呑まれたのか素直に答える。取り敢えず納得したユリカは、直ぐにムネタケから視線を逸らし、視界から外した。別段嫌うほどの相手ではないが、さりとてずっと視界に収めておきたい相手でも無い。言ってしまえば、何ら気にとめる価値も無い、と言うことだ。そんな思いがありありと見て取れるユリカの態度に、一瞬ムネタケの表情が強張る。が、此処で何を言ってもやり返されるだけだということを、流石の彼も学んでいた。

 

「でも、軍がその新型ですか?と接触したのって、大分前なんですよね?なら、もう移動してしまっているんじゃないんですか?」

 

「そうよねぇ。もし移動していたら如何するの?」

 

メグミとミナトの疑問の声を上げる。それに、ジュンが答えた。

 

「それなら、問題無いよ。撃沈された戦艦から送られた反応パターンを、軍の監視衛星が追っているから。ソレによると、どうも敵はテニシアン島の近海をうろつくだけで、別の場所に移動したりはしていないみたいなんだ。」

 

「この監視自体、軍というよりミスマル提督個人の権限で行っているみたいなのだけどね。…正直、今の軍はまともに機能していないもの」

 

ジュンの説明に続いて、エリナが捕捉する。普段は、時に高慢とさえ見られるほどに余裕のある態度を崩さないエリナだが、今その顔に浮かぶのは苦り切った表情だ。

 

「…如何したの?なんか苛立っているみたいだけど」

 

「如何したもこうしたも無いわよ。この任務を受けた時、軍の上層部掛け合って詳しい情報を送ってもらおうとしたのよ。そしたら、なんて答えたと思う?『自分達で何とかしろ』よ。信じられる?」

 

「あらら…」

 

「仕方ないから、副長から掛け合って貰って、ミスマル提督個人から相手の現在地と、戦闘時のデータなんかを送って貰ったの。管轄エリア外のことだから、提督にはかなり迷惑をかけてしまったのだけれど……。」

 

苛立たしげに舌打ちするエリナ。協力者に対する礼儀を欠いているとしか思えない連合の態度に、怒りを隠せないのだろう。エリナほど極端に表に出す事はしないが、話を聞いたミナトやメグミも、同じ気持ちである。それは、その憮然とした表情が雄弁に語っていた。

 

「……どうやら、以前ビッグバリアを通る際、軍の上層部が犯した不正行為の証拠を元に、ビッグバリアを解除させた事を根に持っているみたいですなぁ。」

 

「……ですね。」

 

小声で会話を交わすプロスとルリ。いい加減連合の体質と言うものは理解していたつもりだが、それでも、失望を感じるのは禁じえない。

 

「………いい加減、上層部だけでも何とかしておく必要があるかも知れませんね………」

 

ルリが静かに呟き、プロスもまた、それに賛同するように小さく頷いたのだった。

 

 

 

 

 

 

一方、ブリーフィングルームに集まったパイロット達の前で、アカツキが事の次第を説明している。

 

「既に話は聞いていると思うけど、もう一度確認しておくよ。僕たちの相手は、イカ型の大型機動兵器。テニシアン島近海にてこれを捜索、破壊するのが任務だ。」

 

「それは良いけどよ、相手は戦艦の主砲を弾いたんだろ?エステの武器で倒せるのかよ?」

 

「そうだよねぇ。幾ら新しい武器が配給されたからって、テンカワ君のブラックサレナ専用武器みたいに、極端な威力があるわけじゃないし」

 

リョーコとヒカルが疑問の声を上げる。アカツキは、それに苦笑で答えた。

 

「まぁ確かにね。幾ら旧式艦とは言え、戦艦クラスの主砲を弾いたんだ。チューリップ並み、或いはそれ以上の装甲強度があると思っていいだろう。もしくは、何らかの防御機能があるか、ね。流石にそんなモノをエステの武器で倒そうって言うのは無茶すぎる…とは思うけれど、一通り戦ってみて、ダメだと判断したら、僕達は誘導役に徹する」

 

「誘導役?」

 

「その通り。簡単に説明するよ。まず、僕達で敵に近付き、相手を海上に誘い出す。相手が海上に現れたら、適当に相手しつつ様子を見る。此方の攻撃が功を奏していないと確認されたら、今度はナデシコのGブラストの射線軸上に誘導する囮役を務める。後は、タイミングを見計らって僕達は離脱、Gブラストで破壊する、と言うわけさ。」

 

アカツキが一通りの説明をすると、リョーコ達は納得したようだった。囮役という役割にガイ一人が難色を示したものの、流石に反対はしなかった。このあたり、ガイも結構成長しているのかもしれない。

 

「まぁ多分囮役に徹する事になるとは思うけど、油断しちゃ駄目だよ。相手は無数の触手を持つ化け物だっていうし、危険であることに変わりは無いんだから。…それじゃ、ミーティングは此処までにしようか。」

 

アカツキがそう告げると、他の4人は其々ブリーフィングルームを出て行こうとする。と、不意にアカツキがガイに声をかけた。

 

「あぁ、ヤマダ君。ウリバタケ君が君を呼んでいたよ。後で格納庫の方に来てくれってさ。」

 

「へ?俺?」

 

きょとんとするガイ。ここの所は出撃は無かったし、定期的なチェックは終わらせてある。特に呼び出される用件が思いつかなかった。

 

「僕も何の用かは聞いて無いんだけどね。ま、行ってみれば解るだろうさ」

 

「だな。ンじゃ、俺は格納庫に行ってくるわ。」

 

そう言ってブリーフィングルームを出て行くガイ。ソレを見送ったアカツキも、出撃まで何をしようかと考えながら、部屋を出て行った。

 

 

 

 

 

 

 

――――テニシアン島島内――――

 

 

「ナデシコ……だと?」

 

生茂る木々の合間に隠れるようにして建てられた小屋の中、木製の椅子に座る青年が声を漏らす。黒髪黒瞳、まず美青年と言って良い容貌であるが、その表情は怪訝さに歪められている。その口から押し出されるようにして漏れた声も、やはり訝しげな響きを帯びていた。

 

『はい。まだこれは未確認なのですが、ロバートの方から、軍の上層部に圧力がかけられたみたいです。テニシアン島近海にて発見された新型の機動兵器の破壊任務を、ナデシコに一任するように、と』

 

そんな青年の声に答えるのは、通信機のディスプレイに映った、まだ10前後と思しき少女。エメラルドに輝く髪と、特徴的な黄金色の瞳。その人形じみた顔に、どこか困惑したような表情を浮べる。

 

『如何しますか?ナデシコは明日の正午には、そちらに着くと思うのですが……』

 

「……今は静観する。下手に動いて、奴等に此方の行動を奴等に勘付かれるわけにはいかないからな」

 

『そうですか?なら、マスターにはそう報告しておきます。……それでは、そろそろ通信を切ります。それから、私はこれから別件の仕事がありますので、御二人のサポートは出来ません。……気を付けてくださいね、キョウジお兄様……』

 

不安と、かすかな恐怖の入り混じった少女の眼差しに、キョウジと呼ばれた青年は微かな、本当に微かな微笑を浮べる。

 

「心配するな。あんな機械如きに遅れを取るつもりも無いし、今はナデシコと事を構えるつもりも無い。……ヒスイの方こそ、大事無いようにな」

 

『……ありがとうございます、心配していただいて……それでは』

 

キョウジの、ヒスイと呼ばれた少女を気遣う台詞に、ヒスイは花が咲き誇るかのような笑みを浮べ、頷く。先程までの心配げな表情は何処へやら、明るい笑顔のままで通信が切れたことに、キョウジは安堵する。しかし、すぐさまその表情は険しくなる。

 

「……この時期に、新開発の装甲材のサンプルを送りつけてまであんなモノを開発させた真意が見えんと思っていたが……初めからナデシコにぶつける事が目的だったと言う事か……?」

 

先程までの優しげな雰囲気は完全に也を潜め、鋭い刃のような雰囲気を纏いながら、キョウジは只管に思考に没頭する。だが、不意に大きく開け放たれた小屋の扉が立てた音が、その思考を遮った。

 

「……イェーガー、扉は静かに開けと何度も言っているだろう。急ごしらえだから、何時壊れるか解らんぞ?」

 

「……お前な、面倒な仕事を終えて戻ってきた同僚に向けた第一声がソレってのは、幾らなんでもあんまりじゃねぇか?」

 

呆れたようなキョウジの冷たい視線と言葉に、小屋に入ってきた男が不満げに言い返す。大柄で、ぼさぼさの長髪に無精ひげを生やした男がそういう態度を取ると、言いようの無い不気味さがある。キョウジもそう感じたのか、冷たい視線を男から逸らした。

 

「ったく……まぁいい。取り敢えず、今日も変わりなし、だ。奴さんは相変わらず、この島の周りをぐるぐる周ってるよ。ホントに、何が目的なんだか解らんぜ」

 

「……だろうな」

 

静かに呟くキョウジに、男−イェーガーは違和感を覚える。その表情を訝しげに歪め、キョウジを問い詰めた。

 

「おい、キョウジ。『だろうな』ってのは、如何言う事だ?何か状況に変化でもあったのか?」

 

「……明日、この地にナデシコが訪れる。目的は、『クラーケン』の破壊だ」

 

「っ!?」

 

イェーガーの表情が驚愕に歪む。数瞬の後、何かに気付いたかのように一瞬唖然としたと思えば、その次の瞬間その顔に浮かんだのは、紛れも無い怒りの感情であった。

 

「ん?…って事は何か?俺らは完全な骨折り損って事か!?」

 

「……五月蝿い。いきなり大声で怒鳴るな」

 

いきなり耳元で叫ばれたキョウジが、不快げに顔を顰める。だが、イェーガーはそんな事を気にした風もなく、尚も大声で捲し立てた。

 

「五月蝿い、だぁ!?何でお前はそんなに冷静なんだよ!?俺等が此処に来るまでにどれだけ苦労したか、忘れたわけじゃないだろ!?大体だ……な……ぁ……」

 

「……黙れ、阿呆」

 

「……ハイ」

 

いい加減イェーガーの大声に辟易したキョウジは、自らの傍らに置かれた黒塗りの鞘から抜き放った小太刀を、イェーガーの喉元に突きつけた。その身から放たれる圧倒的な殺気に中てられ、押し黙るイェーガー。漸く静かになった事に満足したか、小太刀を鞘に納め、殺気を掻き消す。そして一息つくと、いまだ凍りついたように硬直しているイェーガーに、静かに語り始める。

 

「……確かにお前の苛立ちも理解出来る。とは言え、今回は此方の早合点だっただけの事。寧ろ、奴等の狙いが我々ではなかった事に感謝するべきだな。それに……」

 

「……それに?」

 

「運良く、と言うべきかな。『あの』ナデシコの戦闘を、間近で見る事が出来る。肩透かしを喰らった分は、それで帳消しにすればいい」

 

「む……ま、まぁ…そう言う事なら……」

 

不承不承頷くイェーガー。だが、声を大にしてはいないものの、未だに小声でグチグチと文句を言っている。そんな年端もいかない子供のような同僚の態度に、キョウジは海より深い溜息を漏らすのであった。

 

 

 

 

 

Episode:10前編...Fin

 

〜後書き〜
刹:どうも、刹那です。今回は前後2編に分かれています。

 

ア:…イカ?

 

刹:イカだね。

 

ア:…何故にイカ?

 

刹:いや、何となく。大型ジョロの代わりは何が良いかな、と考えてた時に、不意にイカがいい、と思いついたんだよね。だからイカ。

 

ア:…んないい加減な…。そう言えば、今回はオリキャラが数人出てきたな。

 

刹:だね。彼等は重要な役割を持っているキャラだけど、今回は軽い顔見せ程度。ま、場所柄を考えれば、彼等が何処に所属している存在かは直ぐに解ってしまうでしょうけど。

 

刹&ア:それでは、Episode:10後編でお会いしましょう。

 

 

代理人の感想

かくして、また真っ当な軍人たちが消えてゆく、と。

重いですねぇ。

前途は暗いし。

 

それはさておき、謎のマシンチャイルド+工作員二人組。

ロバートというのはロバート・クリムゾンでしょうが

姓ではなくファーストネームで呼ぶと言うことはこの連中、

クリムゾンのロバートとは別勢力・・・・シャロンあたりの手の者でしょうか?