テンカワアキトが遺跡に巻き込まれその消息を絶ったというニュースは、すぐに舞歌の元にも伝えられた。

 そうそう、火星で草壁と交戦していた舞歌たちの元には、容易に連絡が付いた。何でもナデシコが跳躍して間もなく、草壁が降伏してきたという。

 その思惑は、などとナデシコのクルーと舞歌が通信で話し合っていたようだが、俺には関係のない話だ。

 もとより個人戦闘に特化した「兵器」である俺には、政治だのといった言葉はまったく無縁なものなのだから。

 そう考えたとき、胸の内で微かに痛むものがある。かつての俺ならそのことに何の疑問も抱かなかっただろうが、精神の崩壊の危機を迎え、そしてそれを乗り切ったいまの俺には、自分がどれだけ異常な存在であるのかよくわかる。

 もっとも、かつての俺にはそれこそどうでもいいことだった。己の実力の全てをもってして相手に挑み、これを倒す。それが全てだった。

 だが草壁が曲がりなりにも舞歌に降伏したいま、木連と地球の間で和平が成るのも時間の問題だろう。

 その世界に、俺の居場所はあるのだろうか?

 らしくないとは思いつつも、俺は一人、そんなことを考えていた。

 ナデシコの食堂で、きつねうどんをすすりながら。








〜from ZERO to TODAY〜
零から現在(いま)へ
the Days of Red rose in NADESICO









『ぶぅ、北ちゃん一人じゃないよ。枝織も一緒に考えてるもん』

 最後にとっておいた油揚げを堪能していた俺の頭の中で、俺の半身が拗ねたような口調で指摘してくる。

「ああ、そうだったな。俺たちは一人じゃない」

 そう。俺はアキトとの戦いの中で自分が一人きりじゃないことを悟った。正確には自分が一人きりだと思いこんでいたことを自覚した。それは枝織も同じことだろう。

 いや、枝織は俺の存在をずっと認めていた。思いこんでいたのは俺一人だけか。消そうとしても消せるはずのない、血を分けた兄弟よりも強い絆で結ばれている相手を否定していたのだ、人間として俺がアキトに劣っていて当然だろう。

 そしてその差がそのまま最後の戦いの結果となって現れた。

 ……最後、ではなかったな。

 必ずアキトの奴は帰ってくる。そのときはすぐにでも再戦を申し込んでやる。そして今度は必ず俺が勝つ。

 そうなればきっと、アキトの奴が再戦を申し込んでくるだろう。負けっぱなしでいられるような奴じゃないはずだ。当然俺はそれを受ける。そして敗者が再戦を申し込み、勝者がそれを受ける……。

 そんな終わりのない戦いを続けていくのが、俺たちの宿命なのだから。

 しかし一つ間違えば、互いの存在そのものが消滅してしまうような戦いになるはずだろうに、何の迷いもなく俺は終わりのない戦いだと思えた。

 結局、あいつのいない世界など考えられなくなってしまっているのだろう。何時の間にか、俺の中であいつの存在がとてつもなく大きな物になってしまっている。他の何であっても代わりにならないほどに。

 アキトにとっても、俺はそんな存在なのだろうか?

 もしそうなら……それはきっと喜ぶべき事なんだろう。

 舞歌の奴ならば、ここで

「北斗にもとうとう春がやってきたのねぇ〜(はあと)」

とでも言って踊り出すところなのだろうが、あいにく俺にはアキトに対してそういった感情は持ち合わせていない……はずだ。

 まあ枝織の奴はどうだかわからないが。とにかく俺には、それをはっきりと確かめる気もない。

『アー君が帰ってきたら、また遊んでもらわないと。今度は北ちゃんも一緒だよ?』

「わかったわかった」

 相変わらず頭の中で騒いでいる枝織に、苦笑しつつそう答える。そして俺は目の前の空になった鉢を手に持ってカウンターに赴く。

「すまないが、お代わりをもらえるか」





・二日目

 ナデシコは、このまま火星にとって返し舞歌の艦隊と合流することになったらしい。そしてその場で和平会談を改めてやり直し、今後の予定を話し合うと言うことで話が付いた。

 このまま地球に向かってもいいのだが、一度流れた和平の話だけに、地球の首脳陣の説得のやり直しをしなければならない。

 舞歌にしても、草壁が降伏したとはいえすぐに木連の好戦派、過激派を抑えられる訳でもない。

 互いが互いでそういったものに忙殺されるため、この機会を逃すとそう簡単には接触を持てなくなる。そこで今のうちにやれることをやっておこうという訳だ。

 ちなみに俺の身柄もそこで引き渡すという。

 と言うよりも、俺の身柄の引き渡しのために合流するというのが本当のところだそうだ。

 『深紅の羅刹』の存在は木連にとって戦時の英雄だ。地球にとってのアキトがそうであったように。

 いざというときに最前線に立てるよう、早いうちに身柄を返還した方がいいだろうというのが、ナデシコと舞歌が出した結論だった。

「いやあ、地球側も一枚岩とは言い難くてねぇ。テンカワ君がいなくなったのを幸いに、木連を潰そうとする輩がいても全然おかしくないんだよ、これが。そうなったとき木連を守るのが、君の役目ってわけさ」

 軽い印象のロン毛の男が……アカツキとかいったと思うが……にこやかに笑いながらそう言ってきたのはブリッジでこれからの予定の説明を受けていたときだ。

 まあ難しい話はどうでもよかった。

 とにかくいまは、舞歌や零夜、そして優華部隊の連中に早く会いたかった。

 くくっ、まったくどうしたというんだろうな。急に人恋しくなったわけでもあるまいに。

「……腹が減ったな。食堂にでも行くか」

『枝織はチキンライスがいいな〜♪』

 俺は……考えるのも面倒くさい。とりあえず、うどんでいいか。





・三日目

 火星に跳躍せず、地道に航行しているためその速度はけっして速くない。

 なぜ跳躍を行わないのか理由を聞いてみたが、どうにも要領を得ない。まあ俺には跳躍のメカニズムなど、飛厘辺りに半日ほどかけて説明を受けても、露ほども理解できないだろうが。

 とにかく時間がかかるのを承知の上で通常航行で火星に向かっているわけだが、それでも二日後には火星宙域に到達するという話だ。つまり、このナデシコにいるのもあと二日というわけだ。

「ふっ、名残惜しいとでもいうのか? この俺が」

 そうは呟いてみたが、心にざわめくものがあるのは確かだった。

 木星は俺にとって、必ずしも心休まる故郷というわけではない。むしろあの親父の記憶を呼び覚ます場所といった方がいいかもしれない。

 俺の居場所。初めてそう言えた場所が、舞歌や優華部隊とともにいたあの船だったのかもしれない。

 そうすると、思い返すまでもなく俺には居場所がない。まあ『深紅の羅刹』に居場所が用意されるとも思えんが……。

 ともかく、俺にとってこのナデシコという船が、居場所となり得る場所であることは確かだろう。だからこそ俺の心もざわめいたのだろうから。

 しかしようやく見つけられた、数少ない居場所になり得る場所というのが、仮にも敵の旗頭だった戦艦だとはな。

「ああ、やっぱりここにいたのか」

 そう言って俺の目の前の席に座ったのは、たしかナデシコの提督だったな。名前はシュン、といったはずだ。

 ちなみにいま俺がいるのはナデシコの食堂だ。

 ここにいると、どういう訳か心が落ち着く。特に意識しているわけではないのだが、一日の大部分をここで過ごしているような気がする。

「レイナ君とウリバタケ君に頼まれてね。ダリアの修理、終わったそうだ。あとシジン、だったか? 君のAIも微かだが問題があったんで、修正したそうだ」

 ダリアの修理が……ふん、律儀というか人が良いというか。わざわざ敵の剣を研いでおく必要もないだろうに。

「しかし『四陣』に不都合があったのか? まったく気づかなかったな」

 『四陣』はずっと俺のそばにいる。零夜や舞歌を除けば、俺や枝織にとってもっとも親しい話相手に違いない。

 だがいままでおかしなところは全くなかったが。戦闘中はもちろん、日常生活でもな。

「思考ルーチンが少し肥大化していたんだそうだ。わずかの修正だが、確実にレスポンスが早くなるとウリバタケ君が言ってたぞ」

「そうか、それはすまないな。しかし本当に不思議な船だな、ここは」

「ん、どうかしたかい?」

 俺の言葉に興味を持ったのか、シュン提督がわずかに身を乗り出してくる。本当に変わっている、俺に対してそんな態度を取ってくるのは、木連でも数えるほどしかいないだろうに。

「確かにこのナデシコを沈めるつもりは俺にはない。だからといって、仮にも敵の装備をわざわざ修理し、なおかつそれを改良するか?」

 呆れたように俺が言うと、シュンはいきなり大声で笑い出した。

「確かにその通りだ! だが、それがナデシコのナデシコらしいところでもある」

「そうなのか?」

 正直言ってよくはわからなかったが、追求するつもりもない。聞きたいことは他にもあることだし。

「しかしどうしてわざわざお前に俺への伝言を頼む? 整備班の誰かが言いにくればいいだろうに」

 俺がそう言うと、シュンは途端に気まずそうな表情になる。それ自体は一瞬のみで、すぐに元の表情に戻ったが。

「かまわん。言ってくれ」

「……直接君と話をするのは、躊躇われるんだそうだ。ああ、誤解しないでくれ。けっして君を嫌っているというわけではなく……」

 慌てて弁解しようとするシュンを俺は軽く手を上げて制した。頭の中では枝織が不機嫌そうにわめいているが、それも無視する。

「それが普通の反応だろう。別に気を使わなくてもいい。しかしお前は平気なのか? 俺と話すことが」

 俺のその言葉に、シュンは顎に手を当てながらにやっと笑って見せる。

「慣れ、かね? 君も枝織君も、話していて退屈するような相手じゃないしな」

 アキトのような力を持っているわけでもないのに、俺との会話を楽しめるか。なかなかこの男、肝が据わっていると見える。

 だが会話を楽しんでいるのはなにもシュンの方だけではない。俺も枝織も、この提督にはどこか安心できる部分があった。

 こちらにただ踏み込んでくるわけじゃない。けれども見ていないのではなく、一歩離れたところで包み込んでいるとでも言えばいいのか。

「これが、父親というものなのかもしれないな」

『そうだね』

「何か言ったかい?」

 シュンの言葉を無視し、カウンターへと足を向ける。そしてもっと大事な事へと俺の意識は向けられる。

 むぅ、今日はきつねにすべきかたぬきにすべきか、それともカレーうどんにするべきか……。





・四日目

 今日も俺は食堂にいた。別に居場所が無い訳じゃない。現にさっきまではトレーニングルームでアオイとかいうナデシコの副長と、白鳥との組手を観戦していた。

 見たところアオイの方は乗り気ではない様だったが。

『でも二人とも、北ちゃんが相手になろうかって言ったら、瞬間的に断ってくるんだもん! 失礼しちゃうよね』

 そうか?

 さすがに俺の相手をすれば、無事ではすまないだろうという事ぐらいは容易に思い至る。素手でも機動兵器でも、俺とまともにやり合えるのはアキトをおいて他にはいないのだからな。

 であれば、俺の相手をしたくないというのも、無理の無い話だ。

 しかしまあ、少しカチンときたのは事実なので、
二人まとめて昂気でふっ飛ばしておいたがな。

 その後で格納庫に向かい、改良が加えられたという『四陣』を受け取った。

 確かに今までに比べて反応がわずかだが早い。日常生活ならばともかく、戦闘事にはこの差は大きいはずだ。それが俺のレベルになればなおさらだ。

 ただ、どれも妙に性格が軽くなっているような気がしたが……。

『そっかな? み〜んなお話してて、とっても楽しいけど』

 確かに、枝織の話相手には丁度いい具合なのかもしれんが。

 まあそんなことをしながら、いつものように食堂に足が向いたという訳だ。

「ああ、よくきたね。どうする? 今日もまたうどんにするかい」

 食堂に入ってカウンターに向かうとすぐに、料理長のホウメイが声をかけてきた。毎日通っていたおかげもあってか、ずいぶんと気楽に話しかけてくる。

 木連であれば、毎日顔を合わせていたところでこんな反応は望むべくもないのだが。

 いや、地球だって似たようなものに違いない。やはりこのナデシコという船が特殊なのだろう。

「ああ、きつねうどんを頼む」

「あいよ」

 そんなことを考えながらいつも通りのものを注文すると、ホウメイは一声返事をして厨房の奥に向かっていった。

 ものの数分で、うどんの入った丼を乗せたトレーを持って戻ってくる。俺はそれを受け取るとすぐ近くの席に腰を下ろした。

「そうだ。すまないがチキンライスも頼めるか?」

「枝織ちゃんのほうだね? わかったよ。待ってな」

 カウンターに向かって声をかけると、さっきと同じようにホウメイは返事と共に厨房の奥へと戻っていく。それを見届けると俺は箸を手に取り、目の前の器の中身に神経を集中する。

『えへへ〜。枝織の分もありがと、北ちゃん』

「気にするな。どのみちこれ一杯だけでは俺も足りんからな」

 枝織に答えを返してから、箸で持った麺に息を二、三度と吹きかけて一気にすする。

『う〜ん。チキンライスも大好きだけど、このうどんも本当においしーよね』

 満足そうな枝織の声が届いてくる。俺が枝織の存在を認めてから、俺たち二人の感覚はより近いものになっていた。

 いままでは裏に潜っている方の人格は、外のことを認識できても、味覚や嗅覚と言ったものに関しては曖昧にしか感じ取ることができなかった。

 だがいまは俺も枝織もどちらが表に出ているかに関係なく、二人とも味覚嗅覚ともに感じ取る事ができる。だから俺が食べているこのうどんの味を枝織も味わっているし、その逆も然りだ。

 ちなみに俺は、ここのメニューではうどんが気に入っていた。木星にいた頃は特に好きだったわけではないのだが、ここで食べたうどんに一口で魅了された。いままで食べていたものとは、まったく次元が違う。

 ついでに言うと、枝織のお気に入りはチキンライス。俺には少しケチャップの味が口に馴染まないが、それでも旨いと感じるのはやはりさすがだと言っておこう。

 それにしても、この食堂の主であるホウメイの腕に並ぶ料理人は、木星をあげてもそうはいないだろう。もちろん地球でも指折りの実力であろうことは想像に難くない。

 そういえば遺跡の元に向かっているとき、アキトの奴が自分の夢はコックになることだと言っていた。枝織の記憶にも、ここの厨房に立っている姿がある。

 とすれば、アキトにとってホウメイは料理の師匠に当たる人物ということなのだろうか。ふと気になった俺は、箸を持つ手が止まっていることにも気付かなかった。

「どうしたい、手が止まってるじゃないか」

 その俺の前にチキンライスを置いたホウメイが、そのまま俺の向かいに腰を降ろす。

「なに、何か聞きたそうだったからね。あたしに答えられることなら、何だって答えてやるよ」

「そうか。ではその言葉に甘えさせてもらおう」

 さっそく俺は、ホウメイにアキトのことを尋ねてみた。しかしどうしてこんなにも気になるのだろうか。

「そうさねえ、あいつにとっちゃ、ここは己を見つめ直すための場所だったのかもしれないねえ」

「己を、見つめ直す……」

 その重用性は俺にもわかる。それを怠った者は、やがてその驕りによって滅びさる。俺のような、力が全ての世界にいる者はそれを肌で感じているし、またそうでなければ生き残れない。

「ここにいるときのテンカワは、本当にいい顔をしてたよ。料理を食べてるみんなの幸せそうな顔を見て、自分もまた幸せになる。料理人なら誰でもそうだけど、アキトの奴は特にそうだったのかもしれない。一度は完全にあきらめた道だっただけにね」

「一度はあきらめた? 確かに、大勢の人に料理を作るのは無理だろうとは言っていたが」

 あのときの会話を思い出しながら、俺はそう口にしていた。確かにアキトはコックの道をあきらめたと言っていた。だが、どうもホウメイの言っていることはまた別のことに思える。

「……テンカワはね、一度味覚を失ったんだよ」

「……っ!?」

「味覚だけじゃない。五感のほとんどを失ったそうだ。そのときのアキトの思いは、少しはわかってやれるつもりだよ。これでも料理人の端くれだしね。そして五感と夢を失ったテンカワは、代わりに力を求めた。復讐のためにね」

『「復讐の」?』

 俺は思わずそう聞き返していた。枝織の声が重なったのも感じている。正直、信じられなかった。アキトに最もふさわしくない言葉に思えたからだ。

「そのときの詳しい話はしないよ。聞いた話だし、なによりあたしが話していいようなことだとも思えないしね。とにかく力を求めたテンカワは、同時に心も病んでいった。復讐を果たし、五感が戻っても、病んだ心は元には戻らなかった。まったくあたしに言わせりゃ、馬鹿なことを考えるからだってとこだけどね」

 話しつづけるホウメイの顔は、どこか苦々しげだった。

 俺もまた、考えていた。アキトの奴もまた、俺と同じように闇に堕ちていたのだと。だが奴はそこから這い上がってみせ、巨大な光にさえなってみせた。

「どうして奴は立ち直れたんだ……?」

「さあ、それはあたしにはわからないね。ただ言えるのは、ナデシコに乗ってからのテンカワは、この船と、この船に乗るみんなのために戦っていた。そしてその思いをここで確認してたんだと思うってことかね」

「失ったはずの夢が、アキトを闇から救ったということか……」

「ま、あたしに言えるのはこれぐらいかね。ほら、冷めないうちに食べちまいな。うどんも伸びちまうよ」

 ホウメイにうながされ、俺は止めていた箸を再び動かす。あのとき俺はアキトとの話の中で、確かに奴をうらやましいと思った。平和になれば、趣味の一つでも見つけてみるかとさえ言った。

 だがアキトにとって、料理とは趣味や夢という言葉だけでは言い表せないものなのかもしれない。

 そう、アキトの強さの根元にさえなるような……。

「本当はコックになりたかった、か」

 アキトのその言葉が、俺の中で何度も繰り返し響いていた。





・五日目

 今日、ナデシコは舞歌たちと火星で合流する。それはすなわち、俺がこの船を降りるということだ。

『なんだかさみし〜ね……』

 聞こえてくる枝織の声も、どこか元気がない。

 確かにこのナデシコはやたら居心地が良い。俺でさえそう感じるのだから、優華部隊の連中や高杉などはこの船を降りるときは辛いものがあっただろうな。

 ん? そう言えば白鳥やその妹はどうするのだ?

『んーとね、白鳥さんは正式に使者として地球に、ユキナちゃんはナデシコに残って一足先に地球に行くみたいだよ』

 ほう、そうなのか……って、どうして枝織、お前がそんなことを知っている?

『この前白鳥さんが組み手やってるときに、一緒に見てたミナトさんが言ってたじゃない。忘れちゃったの?』

 そうだったか? 良く覚えていないが……。

『でももうすぐだね……』

「ああ、そうだな……」

 もうしばらくすれば、肉眼でも火星が見えるだろう。ここにいられるのも、あと数時間か……。

「そう思ったら、ここに足が向いてしまったな」

『最後だし〜、チキンライス食べさせてもらおうよ〜』

 結局、やってきたのは食堂だった。まったく、俺はこんなにも食というものにこだわるような性格をしていたのだろうか。

 そうは思いながらも、足は自然とカウンターへと向かっていく。

「いらっしゃい。何にする?」

 いままでと同じように出迎えるホウメイ。その変わらない笑顔を見て、俺は別に食べるという行為にこだわっているわけではなく、彼女の作るものだからこだわっているのだと、急に気づいた。

「そうだな……」

 この数日で内容を覚えるぐらい何度も見たメニューに、もう一度視線を走らせる。注文するのは当然、毎日頼んでいた……。

 いや、止めた。

 俺は思い直し、改めて決めたものを注文する。

「火星丼を」

『えっ?』

 枝織の驚く声が聞こえてくる。見るとホウメイも少し意外そうな表情をしていた。

「どうかしたか?」

「いや、てっきりうどんかチキンライスって言うと思ってたからね」

「うどんとチキンライスは、この次に頼むさ。和平が成立すれば、もう一度食べにこれるだろう?」

 俺がそう言うと、ホウメイは一瞬大きく目を見開いて、そして満足そうな笑みを浮かべて大きくうなずいた。

「そうさね。もう一度なんて言わず、何度でも食べにきておくれよ」

「ああ、楽しみにしている」

 何とも言えない、実にいい気分だった。そうか、アキトの奴はコックになって、みんなにこんな気持ちになって欲しかったのかもしれないな。

 確かにいい夢だ。俺なんかには眩しすぎるぐらいに、な。





 ナデシコと舞歌たち、木連の新指導者との和平会談は滞りなく終了した。もともと全員が和平を推進していたメンバーだ。滞りなどあるはずがない。

 その会談が行われている一方で、俺は舞歌の旗艦の格納庫にダリアで帰還していた。そしてそのまま出迎えにきていた零夜と共に私室に向かう。

「北ちゃん、お腹空いてない? 何か作ろうか?」

 私室に戻ってすぐに零夜が聞いてきた。だがナデシコの食堂で食べてきたばかりだ、腹は減っていない。そう言って断ろうとして、俺は少し躊躇ってから別の言葉を紡いだ。

「……料理、教えてくれないか?」

 そのときの零夜の驚きようと言ったら、目を見張るものがあった。

 完全に泡を食ってしまい、
やむなく一度当て身を入れて、動きを止めなければならないほどだった。

 まあ、零夜が驚くのももっともだろう。いきなり俺が料理を覚えたいなんて言えば、誰だって驚くに決まっている。

 けれど、俺はどうしても料理というものを覚えてみたかった。そうすれば、アキトが何を思ってコックを目指したのか、そしてアキトの強さの理由が少しでもわかるような気がしたから。

 しかし、それにしても『真紅の羅刹』が料理を覚えようと思うとはな。我ながら変わったと思う。

 けれど、これでいいんだよな?

 なあ、テンカワアキト。

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

しゃぶしゃぶさんからの初投稿です!!

なんか、さり気無く北ちゃん化してません?(笑)

ま、枝織と北斗では食べ物の好みが違うとは・・・

そんな設定まで考えてませんでした、はい(苦笑)

う〜ん、意外な盲点をつかれましたね〜

でも料理を教えてくれと言われて混乱をきす零夜・・・

 

すっかりギャグキャラとして認識されちゃってるんだな〜(爆笑)

 

ではしゃぶしゃぶさん、投稿有り難う御座いました!!

次の投稿を楽しみに待ってますね!!

 

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