パシャッ…

 

「……」

 

…パシャッ

 

「…ん…」

 

ギュゥッ

 

「………ギュゥッ?」

「よいしょ」

 

ぺとっ

 

「…おい、濡れタオルを顔に広げてかけるな。それでは死んでしまうわ」

 

濡れタオルを取り去り、見つめる先には見知った少女の姿あった。

その少女は、マジックハンド片手に呆れた目線をアキトに向ける。

 

「何だ、気が付いていたんですか」

「起きとるわい…ノリ3世、わざとか?」

「何のことでしょう?」

「くっ、白々しいヤツめ…だが、その前に1つ聞きたい。

 どうしてオレは世間一般で言うところの豚箱に閉じ込められているんだ?」

 

アキトは囚人服の中ではスタンダードな部類に入るシマシマな服をダンディに着こなし、ルリに鋭い眼差しをぶつけた。

ルリはといえば、何故かヒラヒラした服を着込み、上流階級の雰囲気を漂わせている。

 

「当然です。許可も無く街中を巨大ロボで歩けば、誰だって逮捕の1つもしたくなります」

「許可があればいいんかい。とにかくだな、そこは寛大な処置を…」

「認めません。とにかく、父が話をしたいそうですから、さっさと出てきてくださいね」

「…ノリ3世、出て行く前に、全ての鍵を開けるという行為を実行する気はないか?」

 

アキトは両手に手錠、両足に鉄球を付けられ動けない。

おまけに牢屋の鍵も開いていない。

 

「…おいてけぼりは寂しいな〜」

 

囚人アキトが自由の身になったのは数分後のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説の3号機

その46

 

 

 

 

 

 

 

 

ただただ広い廊下。

そこに、私服に着替えたアキトとルリの姿があった。

 

「すぅーはぁー…シャバの空気は美味いな、おい!」

「良かったですね」

「んなことより、オレの身を開放してくれた方についてなんだが…

 あれは俗に言うところのメイドだな? しかもちょっとドジっ娘が入っていたぞ。更にメガネっ娘かよ!

 コアな設定をしやがって! 危うく、ソッチの方向を転がり落ちるところだったわ!!

 まったく、ここはいったいどこのブルジョアぶってるヤツの家だ!?」

 

アキトは、なんとかギリギリのラインで踏みとどまったようだ。

出所不明のプライドは、今も胸の中で素晴らしい輝きを見せている。

 

「後で教えますから、少し静かにして下さい」

「こうなると、地平線の向こう側に別荘を持っていることは決定済か…よし後で貰おう。

 ………お、そういえばラピIIはどうした? 確か一緒だったはずだが…アイツも塀の向こう側か?」

「ああ、ラピスでしたら私の弟達と遊んでますよ」

「弟? お前、弟なんて居たのか?」

「居たんです。不本意ながら

 

何か不満があるようだ。

眉毛も中央に寄り気味になっている。

 

「あ〜ノリ3世、1つ言っておくことがある」

「なんです?」

「ラピIIに手を出そうとすると、神の鉄槌が下るので注意が必要だと弟達に言っておけ」

「は?」

「まあ、そういうことだ」

「…意味がわかりませんよ」

 

妹原理主義者が降臨してしまうと言いたいようだ。

 

「あ…あきとおにーちゃん、出てこれたの?」

「おおっ、噂の的であるラピIIではないか…って、おいおい、なんじゃそりゃ?」

「バット」

「何気に有刺鉄線付きか…」

 

アキトは少し後ずさりをした。

眼前の標的から目を離さず、絶大な注意を払っている。

何かを察知したのだろう。

 

「…? 弟達の姿が見えませんね」

「そういえば一緒だと言っていたな。ラピII、野郎共はどうした?」

「………」

 

ラピスは遠くを見つめた。

後頭部にデッカイ汗はお約束だろう。

 

「ラピII、何をした?」

「知らない」

 

ぷいっと横を向く。

 

「何をした?」

「知らない」

 

またもぷいっと横を向く。

 

「…その服に付着している赤いシミはなんだ?」

「返り血」

「「……」」

 

一瞬にして沈黙が下りる。

ラピスはそっぽを向いたままだ。

口も、とんがっている。

 

「OK、わかった。事情は後で聞くから、とりあえずノリ3世の弟を…って、何故逃げる! 本当に何をした貴様!!」

「テンカワさんと同じで、逃げ足が速いですね」

 

既にラピスの姿はない。

流石は兄妹といったところだろう。

 

「提案がある。この際、ラピIIとその他数名の事は忘れようと思うのだが、どうだろう?」

「その方がいいですね」

 

全ては無に帰されたようだ。

 

「じゃあ話題を変えるか…そういえば、さっき父とか言ってたよな」

「それがどうかしましたか?」

「いや、お前は確か天涯孤独の身とか言って、毎度オレにメシを奢らせてなかったか?」

「過去にこだわるのは関心しませんね」

「おのれは…」

「とにかく、父に会ってください。ま、悪いようにはしないと思いますよ」

 

この数時間後、ボコボコになりながらも光悦とした表情をする王子達が見つかったらしい。

無論、何があったかは不明である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「つーわけでコイツは死刑で決定」

 

身も蓋も鍋さえ無かった。

 

「最悪じゃねぇか!!」

「諦めてください」

「先生! このクラスには嘘吐きがいます!!」

 

ちなみにアキトは、何時の間にか貼り付けにされている有様。

殺ル気満々である。

 

「ええい、離せ、離さんか! 大体なんなんだあんたらは! さっきから偉そうに、何様のつもりだ!」

「ワシか? ワシはとっても心優しい王様のつもりだ!」

「そして私はお后様のつもりよ」

「で、私はお姫様のつもりです」

 

3人揃って胸を張る。

偉さ爆発だ。

 

「はっはっは、冗談は顔だけにしろやオッサン。

 社会生活不適合者・名誉十段のオレの目は誤魔化せねえぞ? どうみても平和主義者には見えんなぁ」

「おい、このダニ野郎を今すぐ斬り捨てい」

「ヘイ、ストップ! さっきのは軽いアメリカンジョークさ! 間に受けたらメーよ!」

 

剣を構える兵士達に懇願するアキト。

どうやら、アキトの命もこれまでのようだ。

 

「ルリ、おかしな人ね」

「いえ、おかしい人です」

 

アキトの立場は何処にも無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…という訳で、この人は一応、多分、きっと、恐らく、仲間だった方なんです父。だから斬り捨てるのは待ってください」

「ふむ、なるほどな」

「そうならそうと早く言えばいいのに。あなた、大丈夫?」

「チクチクされている状態で、そういう質問をぶちかますとは…アンタの思考は、限りなく大陸的と見た」

 

女王に感心しながらも、未だ剣でチクチクされるアキト。

王の気分次第でプッスリ行きそうなので、言葉は慎重だ。

 

「貴様、テンカワとか言ったか?」

「どこに耳つけてんだ? さっきそう言った…」

「おい、刺せ」

「冗談さ! まったく、ユーモアがわからんお人だねぇ、あっはっは!」

 

鼻先で煌く刃が踊っている。

刺されたら、鼻血は必至だろう。

 

「……まあいい。さてテンカワ、お前に1つだけ確かめておかねばならない事がある」

「なんじゃい」

「まさかとは思うが…ウチの娘に手を出してはおらんだろうな?」

「出すか」

「あ゛〜? 本当だろうな?」

「なんだ、その『しらばっくれやがって』と言わんばかりの顔は。本当に何もしておらんわ!」

「なんだと!? ウチの娘では不満だと言うのか!」

「さっきと言ってること、違ってるじゃねえか」

 

王様は混乱している。

 

「まあ、ここは超法規的措置ということで見逃してあげましょうか」

「母、さすがですね」

「な!? 勝手に話を進めるな!

 こんな危険人物を野放しになんぞしたら、ワシらの精神衛生上…いや、世界美化のためにならんぞ!」

「はい! 既に人として扱われないのは、どういうことなのかと訴えたいと思います!」

「まあまあ、落ち着いて。そうねぇ…じゃあ、見逃してあげる代わりに、1つ条件を飲んでもらえるかしら?」

「「そ、それは…!」」

「…バカ」

 

 

 

突如として流れ出す軽やかなでいて挑戦的なBGM。

 

 

 

今、舞台は整った。

 

 

 

「ふははははは! お前らの娘は預かった!」

「あーれー父ー母ー」

「なっ! き、貴様! ルリを…ルリを離せ!」

「ルリっ、ルリィーっ!」

「父ー母ー助けてー」

 

何故かルリのセリフは棒読みだ。

対照的に、王様と王妃は真剣そのもの。

その中でも、一番ノッているのはアキトである。

 

「貴様! あの拘束をどうやって破った!」

「ふんっ! あの程度のロープなど、我が家に伝わる縄抜け法さえ使えばたやすいことよ!」

「怪盗さん、普通に凄いことしましたね」

「ノー! 普通はノーグッドだ!」

 

怪盗ことアキトは、普通では満足出来ないようだ。

 

「どうだ! 貴様にこんな芸当など出来まい!」

「失敬な。あやとりでワシの右に出るものはいないぞ!」

「OK、よくわかったぞ。この、負け犬が!」

「貴様! まだ、ワシが子供だと思ってバカにしているな!?」

「そのツラでどの口が言うか! あ!?」

「ルリぃー気をつけるのよ〜」

「母ー」

 

周りに居る兵士達は呆れて動けない。

 

 

 

 

 

 

なんのかんので30分後、城下町にて平和的に話し込むルリとアキトの姿があった。

 

 

 

 

 

 

「で、さっきの一騒動はどういう了見だ? あんな、こっ恥ずかしいこと要求させやがって」

「気にしないで下さい。たんなる父と母の道楽です。ちなみに生死は問いません」

「おい、今すぐ奴等をここへ呼び出せ。ぶん殴ってやる

「そんなことをしたら、即あの世行きですよ。そんなことより、タクシー料金お願いしますね」

「………あい」

 

どうやらタクシーで城からここまで逃げてきたようだ。

おそらく、とんでもない程のデッドヒートが繰り広げられたことだろう。

タクシーのフロントガラスに無数のパイが付着しているのがその証拠だ。

 

「ったく………ん? 何か忘れているような………って、そうだよ!

 おいノリ3世! ヤツが…アクのお嬢が開催するという展示会はどこだ!?

 オレは一刻も早く現場に駆けつけ、あらゆる物を即刻抹殺しなければならんのだ! おい聞いてんのか!?」

「聞いてます…ですがテンカワさん、それはゴミ箱ですよ。何時から、そんなにド近眼になったんですか?」

「わざとだ!」

「………」

 

チャッ

 

「テンカワさん…やっぱり、あそこに戻りますか? もう、さっきのような超法規的措置はありませんよ?」

 

どこからともかくライフルを取り出すルリ。

銃口がアキトの鼻を直撃だ。

ちなみに超法規的措置とは、先程のベタな一場面を指す。

 

「いえ、寛大なご処置、ありがとう! サンキュー!(英語) シェシェ!(中国語) メルシー!(フランス語) スパスィーバ!(ロシア語)

 グラッツィエ!(イタリア語) ダンケ!(ドイツ語) グラシアス!(スペイン語) オブリガードゥ!(ポルトガル語)

 カームサハムニダ!(韓国語) トダ!(ヘブライ語) アサンテ!(スワヒリ語) ブラゴダリア!(ブルガリア語)

 タック!(デンマーク語、ノルウェー語、スウェーデン語) キイトス!(フィンランド語) テシュキル・エデリム!(トルコ語)

 エフハリスト!(ギリシャ語) フヴアラ!(スロベニア語、クロアチア語、セルビア語) ブラゴダラム!(マケドニア語)

 ジャクーユ!(ウクライナ語) ケッセナム!(ハンガリ語) ムルツメスク!(ルーマニア語) ジェクェ!(チェコ語)

 ジェンクイエン!(ポーランド語) ジャクイエム!(スロバキア語) ツリマカシイ!(インドネシア語) ダニアヴァッド!(ヒンディー語)

 サラマポ!(フィリピン語) コーブクン・クラブ!(タイ語) ムタシャケルン!(ペルシャ語) シュクラン!(アラビア語)

 ムタシャッキル!(エジプト語) バイルラー!(モンゴル語) オークン!(カンボジア語) トォチェ!(広東語) ダンク・ユー!!(オランダ語)

 だからそのライフルを置いてくれ。流石のオレも、それを顔面にくらったら死ぬ」

 

必死に感謝の言葉を連ねるアキト。

意外と頭はイイようだ。

 

「宜しい。それだけの言語を扱うことが出来れば、この国でなんとかやっていけますよ。

 なにせ、国籍不明な方々が多数存在していますから」

「…自分で自分を褒めたい気分だよ。しかし、まさかあそこでの仕事がこんな所で役に立つとは…世の中はだから面白い!」

 

アキトは遠い目をしながら遥か遠くを見つめた。

きっとその先には居るのは、ボケオヤジとキレる付き人と親バカが居る事だろう。

 

「それはそうと、アクアさんが開催予定の展示会でしたか?」

「そうだ! アイツが何を間違ってか、オレの私生活を赤裸々に映し出した写真展が…」

「そんなの無いですよ」

「………は?」

 

アキトの思考は現世に取り残された。

復帰まではしばしの猶予が必要である。

 

「…あ〜……なんというか…ノリ3世?」

「なんでしょう?」

「もう一度言ってみ?」

「展示会なんて無いです。更に言えばアレの発案は、私だったりします。

 更に更に言えば、このアイディアを遂行させる為にアクアさんの協力を仰いで、お礼代わりにちょっと資金調達をしましたが。

 ちなみに資金の担保はお供の緑色の人です。役に立つかどうかわかりませんけどね」

「………ほぉう」

「テンカワさん、どうかしましたか?」

 

アキトはバックステップを踏み、ルリに背を向けた。

木枯らしが2人の間に吹き荒む。

 

「なあ、ノリ3世よ」

「はい」

「オレを騙そうとしたのか?」

「違います。騙そうとしたんじゃなくて騙したんです

「どっちでもいいわぁ!! おまえが諸悪の根源かいっ! オレがここに来るのに、どれだけの苦労を重ねたか知らんだろう!!」

「知りません」

「そりゃそうだ」

 

怒りは風と共に彼方へ飛んでいってしまったようだ。

 

「で、その苦労ってなんですか?」

「まあ、それはおいおい話そう。しかしノリ3世よ、なんでまたこんな事をしやがった?」

「じゃあ、私もおいおい話します」

「…さいですか。んで、これからどうするんだ?」

「それなら任せてください。じゃあ、行きましょうか」

「…何処に?」

「忘れたんですか? 街に買い物に行くんですよ」

「そうだっけ? 記憶にコレっぽっちも無いが…さてはノリ3世、若い身空でボケが入ったな?」

「…本当にあそこに戻りますか? 今度は拷問部屋というスィートルームにご招待してあげますよ?

「聞きました皆さん! この国のお姫様は、史上最悪かもしれませんよ!?」

 

アキトは周辺住民に呼びかけた。

だが、誰も係わり合いになりたくないのか、無視一直線だ。

 

「世間の風は冷たいねぇ…」

「じゃあ、行きますよ?」

「御意。だが、買い物に行くのに殺戮の道具を常備とは、如何なものかと思うぞ?」

「淑女の嗜みってやつです」

「なるほど。最近の一般女子はそういう嗜みを持っているのか…」

「だから、私も常備してる」

んのぁ!? ラ、ラピII、何時の間に…?」

「タクシーのトランクに潜んでた」

「やっぱりテンカワさんの妹ですね」

 

逞しい兄妹である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん〜だいたいこんな感じでしょうか」

「………なあ、オレさ、今限りなく人の限界に挑戦していると思わないか?」

「良かったですね。テンカワさん、次はアソコに行きますよ」

「…あっさり流しやがった…ふふっ、オレの周囲のみ重量が5倍になっているな…ええぃ、近づくなガキ! 末代まで呪うぞ!」

「あきとおにーちゃん、ガンバ」

 

天まで届けと言わんばかりの荷物を持ちながら、アキトはルリの後に続き、ラピスもとてとてと続く。

どうやらこの3人の脳内には、預けるという行為が全く浮かばないようだ。

 

「さてと、そろそろお昼ですし、どこかでご飯でも食べましょうか」

「お腹空いた…」

「おっ、いい考えだな。よし、どこにする?」

「そうですね、折角テンカワさんが奢ってくれるんですから高級なところに行きましょうか」

「あっはっは、待てやガキ。誰が奢るなんて気前の良いセリフ言ったよオイ」

「ダメ…ですか?」

「ごはん、無し?」

 

ルリとラピスは目をウルウルさせて上目遣いという少女特有の秘儀を使用した。

効果は絶大だ。

 

「ひ、卑怯だぞ! そんな目でオレを見るな! あああっ、心を覗かないでーっ!」

 

アキトは何かに怯えている。

 

「じゃあ、ここのお店にしましょうか」

「どこでもいい」

「無視すんな。それに、もうオレは金がないんだよ」

「フルコース3人前、宜しく。あ、支払いはこの人に」

金ねえっつってんだろうが! とにかく出るぞ。それに、ここはダメだ」

「何故ですか?」

「ほら、だって店の名前が悪い。見た目が悪い。匂いが悪い。陰気くさい。店員がブサイク。客がいない。つまりダメということだ」

「…あきとおにーちゃんって意外と洞察力凄いんだ」

「あっはっは、任せろ!」

「それで? 他には?」

「あぁん? そうだな…まあ、これ以上言わせんなよ。さすがのオレも、慈悲ってもんがあるさぁ」

「既に手遅れのような気がする」

「ラピス、問答無用で手遅れです」

 

振り向く先には白い服を着た、ちょっとしたナイスガイが腕組みをしながら仁王立ちしていた。

更に二の腕には、何故か錨の刺青が彫ってある。

 

「てめぇ…さっきから聞いてりゃ、ずいぶんと大層な事をズラズラと言ってくれるじゃねーか、あ?」

「それ以前に誰だお前は?」

「ここの店主だ」

「……そうか」

「そうだ」

「本当に?」

「本当だ」

「マジで?」

「マジで」

「本気?」

「しつこい!」

「………なるほど、予想通りだな」

「何がだ?」

「店員がブサイク」

 

アキトは怖い者知らずだ。

ちなみに周りはギャラリーで埋め尽くされ、実況中継するもの、ゴングを用意するもの、賭けをするもの様々だ。

 

「覚悟は出来てるな?」

「はん! そんなもん出来てるわけねーだろ!」

「いばらないでください」

「あきとおにーちゃん、別の意味で凄い」

「さっさとゴングを鳴らせ!」

「じゃあ、試合開始」

 

ルリは何故か実況席に座っている。

やる気は全く感じられないが。

そしてラピスは解説席に座っている。

足をぷらぷらさせて、まるっきりお遊び気分だ。

 

カーン!

 

ゴングと共に男の豪腕が唸り、アキトに迫る。

 

「死にさらせー!!!」

「ハッ! 止まって見えるわ!」

 

がごっ!

 

「べぶ!」

「…おい。今の『止まって見えるわ!』ってのは、なんだったんだ?」

「なんとなく言ってみただけだ!」

 

胸を張って言い切る。

既に足はガクガクだ。

 

「お前ふざけてんのか?」

「何を言う! 自慢じゃないがこう見えてもチャキチャキの火星ッ子だ!」

「やかましい! もう消えろ!」

「うぉぉ!? オレ、大ピンチ! んな訳で、ターッチ!」

 

パンっ

 

「…私?」

 

何故かラピスはリングで中央に佇んだ。

何時の間に移動したのか、アキトはセコンドで無責任に応援するのみ。

 

「おーっと、突然美少女が乱入だー。どうなるのでしょうか、解説のテンカワさん」

「そうですねぇー。あの娘を殴ったら、ヤツは一生鬼畜扱いですね」

 

解説をもこなすアキト。

もうギャラリーはなんでもいいから盛り上がりっぱなしだ。

 

「…どうしろっていうんだ」

「じゃあ…スッテキ変化〜パイプ椅子

「な!?」

「えいっ」

 

ガシャンっ!

 

「おおっとー凶器です。さあ、カウントはー?」

「…いや、もうダメだ。そんな訳で、勝者ラピス・ラズリー!」

「えいどりあーん」

『うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!』

 

本来の立場を棚の上に上げまくって、レフリーまで勤め上げるアキト。

そして、ガッツポーズをかますラピス。

更に、棒読みのセリフで実況をこなしたルリ。

ギャラリーは彼等に賞賛の雄叫びを与え続けた。

無論、店主は白目を剥いて、ギャラリーに踏みつけまくりだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ぐ〜

 

「お腹空きましたね」

「……もう歩けない」

「なんだかんだで昼飯食いそびれたな」

「誰のせいですか…」

「あきとおにーちゃんのせい」

 

お腹を抑えながらルリとラピスがジト目をアキトに向ける。

ついでにライフルとステッキも向ける。

 

「まぁ、小さいことは気にするな!」

「普通はソレ、私が言うセリフです」

「まあ、任せろ。こんな時の為に、調理道具一式を持ってきておいたのだ!」

「…マジですか?」

「用意周到」

「マジだ。安心しろ、材料もさっきの店から適当に拝借してきた」

「……もう何も言いません」

「あきとおにーちゃん、何でも出来るんだね」

「よし、じゃあ少し待ってろ」

「言っときますけど、言い切るからにはそれなりのモノを出さないと風穴が空きますよ?」

「…らじゃー」

 

とことん弱いアキトだった。

 

「出来たぞ」

「あ、あそこに屋台がありますね。あそこで食べましょうか」

「うん」

「待てぇい!」

「何か?」

「何?」

「やかましい! 折角作ったのにスルーかますな!」

「「しくしく…」」

「何故泣く!? ああっ、ち、違うんです! この子ら、時々勝手に泣き出す変な習慣が…あああっ、手錠はヤメテー!!」

 

アキトは再び豚箱送りになりそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オヤジ、ラーメンお代わり」

「こっちも」

「……た、ただいま」

「テンカワさん、お帰り。ラーメン食べます?」

「チャーシューがおいしい」

「へへっ、もう体力なんか残ってねぇよ…ラーメンなんて食べる気力も…」

「ほ〜私のラーメンは食べられませんか」

「はぁっ!」

 

シュババッ!

 

その声を聞いた瞬間、アキトは先程までの疲れなどなんのその。一気に数メートルをバク転で移動した。

観客が居れば、おひねりを貰えたに違いない。

 

「おー、プさんじゃないか。久しぶりー」

「おやおや、テンカワさん。随分と遠くから、お話するんですね」

「いや〜最近の流行ってヤツですよ」

「そうでそうかそうですか。しかし奇遇ですねぇ、こんなところで会えるなんて」

「いやはや全く。それで、プさんはどうしてこんなところに?」

「へい、ラーメン一丁お待ち」

「…プさ〜ん?」

「オヤジ、ゆで卵も」

「オヤジ、水 頂戴」」

「はいはい」

「プさ〜ん? おーい…聞いてる〜? ………老化か…」

 

 

 

 

 

ズドゴォッ!!!

 

 

 

 

 

「はっはっは、今日も良い天気ですねぇ」

 

プロスは例のソロバン片手に空を仰いだ。

遥か先には、何かが落ちていく様子が伺える。

 

「オヤジ、ラーメンもう一杯」

「お代わり」

「はいはい」

 

プロスの屋台は今日も繁盛だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しかったですね」

「満腹」

「いや、オレは痛くて恐ろしかった」

 

プロスの屋台を後にした2人は、今日泊まるホテルを探し、さ迷っていた。

買い物は翌日にもつれ込んだようである。

 

「だいたいノリ3世、さっきのアレはどういうつもりだ? 事と次第によっては凍結粉砕してやるぞ?」

「ああ、実はラピスのファイトマネーがあったのを思い出しまして、屋台に突入って訳です」

「いっぱい貰った」

「どういう理屈じゃわれー!」

「街中で大声出さないでください」

「あきとおにーちゃん、うるさい」

「貴様ら! この世界には貧困に苦しむ人々がごまんと居るんだぞ! ごはんを粗末にするな!」

「…なんでこんな時だけ正論を言うんですか。

 そういえばちょっと小耳に挟んだんですけど、さっき街中で奇声を上げながら落下した人物がいたらしいのですが、

 テンカワさんは心当たりありませんか?」

「いや、知らんな」

「本当?」

「そうですか? 私は案外テンカワさん本人かと…どうやら私の勘違いだったようですね」

「もちろんだよ、セニョリータ。そんな変なヤツ知らんぞ? そんなヤツと一緒にされるなんて心外だよ」

 

ハッとか鼻で笑うアキト。

ちなみに平然とした顔で言っているが、冷汗はダラダラだ。

 

「…ふっ」

「…! い、今お前鼻で笑ったな!? さては気づいているのか!?」

「何をですか?」

「ぐっ…何でもないっす……」

 

11歳の少女に、いい様にあしらわれる18歳の男だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「チェックイン、お願いします」

「チェックイン」

「はーい、只今〜」

「…何をしているユリ繋がり」

 

ゴスッ

 

「荷物は以上ですか?」

「はい」

「これだけ」

「では、お部屋へご案内しまーす」

 

さっさとエレベーターに乗り、チェックインしてしまうルリとラピス。

そして、取り残されたアキトはというと。

 

「…」

「つんつん、テンカワさ〜ん、生きてる〜?」

「う〜う〜重いよ〜」

「こんなにいっぱい、どこに置くの〜?」

「とりあえず、横に退けとこ」

 

ホウメイガールズに救出されるまで、大量の荷物で圧死していた。

アキトが無事に発見、確保されたのは夜が明けてからである。

ちなみにルリは1人部屋を2つしか取っていなかったらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「とっても清々しい朝だな、お嬢様方」

「テンカワさんにとっての清々しい朝というのは、このような状況をいうのですか?」

「かぷかぷ…」

 

只今、ルリはアキトに抱えられ街を疾走している。

朝早くから近所迷惑もいいところだ。

ちなみにラピスは、アキトに噛み付いているので持たなくてもOKだ。

 

「…いや、激しく訂正したい」

「では、状況説明をお願いします」

「うむ。実は目が覚めたら何故かロビーで寝そべっていてな、不思議に思って、

 その辺でオレと同じく寝ていたヤツに事情説明を求めようと、喧嘩を売って買ってな感じだ」

「なるほど、よくわかりました。全部テンカワさんのせいなんですね」

「…そういう説もある」

「とにかく責任とってこの状況を打破してください」

「…らじゃ」

「かみかみ…」

 

そんな3人の背後には緑色の髪をし、刀を振り回す女とメガネをかけた女とウクレレを持った女が追いすがっていた。

怒っているのは緑髪の女だけのようで、残り2人はただの付き合いで走っているようだ。

 

「待ちやがれぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

「…いったい何をやらかしたんですか?」

「大した事じゃない。起こしてやろうと、背後に立ってハリセンを構えた瞬間、凶悪な面構えで襲ってきやがったんだ」

「テンカワさん、そろそろあの人の習性を理解してください」

「うむ、オレもそう思う」

「やったのはテンカワさんですよ?」

「そうなのか?」

「はい。連邦議会でも決まったことです」

「そうなのかっ!?」

「嘘です」

「……………とにかく逃げるぞ」

「自分で蒔いた種は自分で刈らないとダメですよ?」

「オレは農民ではない」

「むぐむぐ…」

 

そしてアキトは大量の荷物から何かを取り出した。

 

「うぉっ!? な、何だあいつ等! 地面を滑ってやがるだとぉぉぉぉぉっ!?」

「そう、冬の朝、しかも北国でしか使えない、この移動法! 

 自分でもどこへ滑っていくかわからないのが玉にキズ! さあ、これがリョーコに見切れるかー!」

ポロロ〜ン♪

「どうしてヒカルが説明するの?」

「うん、教えてくれたの」

「…誰にだよ」

ポロン♪

「電波電波〜おおっ、今日はイイ感じだねぇ。アンテナは今日も絶好調に立ちまくり! 繋がらない時は、お空の下に出てみよ〜」

「そうそう。イズミちゃん、わかってるぅ〜♪」

「意気投合してんじゃねぇよ」

 

よくわからない会話をする3人娘。

だが、既にアキト達は彼方へと去っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ピンポンパンポ〜ン♪

 

「本日は当バスをご利用頂き、真にありがとうござます」

「ん〜…バス?」

「ふぃ〜どうにか逃げ切ったな」

「だからテンカワさんのせいじゃないですか」

「いや、すまん。あの瞬間、オレの中にサイコ野郎が降臨なさったようでな、血を、血を見せろと…」

「あきとおにーちゃん、いつからそんな特技覚えたの?」

「なんなら今すぐ降りて、教会へダッシュしますか?」

「あっはっは、奇妙奇天烈摩訶不思議とは正にこのこ…」

 

しかし、アキトのセリフはお約束の如く、直ぐにかき消されることになる。

 

「ご案内は私、メグミ・レイナードが行いますので、宜しくお願い致します!」

「だから何で居るんだお前はーっ!!」

「テンカワさん、落ち着いてください」

「平常心だよ、あきとおにーちゃん」

「マーダー! マーダー! オレ、大ピンチ! 密室=事件ですよ警部!!」

『そこ、うるさい』

 

怒られてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ありがとうございました〜またのご利用をお願い致しま〜す」

「二度と乗るか、ボケ」

「態度の悪い客は折檻されますよ?」

「んなバカ…」

 

ごすっ

 

「また宜しくで〜す」

「くっ、い、いいパンチだ。あんた…世界狙って…る…な? げふっ…」

「だから言ったじゃないですか」

「右ストレートならぬ、メグミストレートだね」

 

結局、延々2時間ほど乗りっぱなしで目的地に到着したようだ。

見渡す限り、山しか見受けられない土地である。

 

「なぁノリ3世」

「なんです?」

「なんだか、この国に来てからやたらと知り合いに会うのはオレの気のせいか? しかも現在進行形で」

 

アキトの目の前には巨人が立ちふさがっていた。

しかもフサフサしている。

 

「…クマさん?」

「目を合わせるな2人共! ヤツは変質者だ!!」

 

ドゴッ!

 

「来たな」

「はい、来ました。ゴートさん、案内して頂けます?」

「ああ、この先だ」

「どうも。じゃあ、行きましょうか」

「ぐぉぉ……ま、待てやオイ! いつまで、こんな魔空間を広げまくっている国を歩き回らにゃならんのだ!?

 しかも、なんでゴッホ?さんも居るんだ!?」

「しかもクマさん…」

「ゴートさんですか? 彼は先日のナデシコ発進時に、何故かデッキで転がっていたので拾ってみたんです」

「何してんだアンタは…」

「…」

 

ゴートは遠くを見つめ、沈黙を守った。

とてもではないが、発進の衝撃で頭をぶつけ、気絶していたなどとは言えない。

 

「で、やる事がないと言うので、その実績を見込んでちょっとした調査をお願いしたんです」

「調査? 何の? 愛妻弁当にハートマークは必須かという疑問についてか?」

「それは別件だ」

「あるんだ…」

「そうか、後で報告を頼む。で、本命は?」

「うむ。数日の調査の上、発見したものがこの先にある。それとこれが報告書だ。夜なべして作った力作だぞ」

「…なんで丸文字なんでしょうね」

「しかもピンクの便箋…」

「ちなみにこの服も作った」

「アンタ、漢っすよ…」

 

アキトは目の前の御仁に感謝の意を表した。

伊達にクマさんの格好で、カムフラージュを敢行している訳ではないようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここのようですね」

「ボロボロ…」

「廃墟だな。ここはいったいなんなんだ?」

「私の育った場所です」

「………なんだ、ノリ3世って実はド貧乏だったのか」

 

ダンダンダンッ!

 

「死にますか?」

「…撃ってから言うな」

「あきとおにーちゃん、避けるの上手くなった」

 

ものの見事に、アキトの足元には複数の小さい穴が開いている。

ルリの目はかなりマジだ。

 

「実は私、試験管の中で生まれたらしいんです」

「嘘つけ」

 

ダララララララッ!

 

「口を紡ぎましょうね」

「……肝に銘じよう」

「ガトリング…」

 

アキトの背後の木は跡形もない。

どうやらアキトの脳には、学習というプログラムが存在しないようだ。

 

「とにかく中に入りますよ」

「あ、すまん。オレ数秒後に腹痛になる予定だから一緒に行けないわ」

「そうなの?」

 

満面の笑みで親指を上げる。

胡散臭さ倍増だ。

きっとアキトは、何かを感じ取ったのだろう。

 

「テンカワさん?」

「…あ〜…あ、ゴッホ?さん! 一緒に来てくれたらボクとっても嬉しいな!」

「テンカワ、男の子なら素手で大蛇くらい倒せないとダメだぞ

「無理。しかも何気に意味不明だ」

「大蛇いるの?」

「とにかく、そういう訳だ」

「オ、オレを見捨てるのか!?」

「テンカワさん、どういう意味です?」

「……えっと…底辺×遣隋使(エチルアルコール)の2乗 + 120k/h ÷ 三角州といった所か?」

「…よくわかりませんけど、敵前逃亡は銃殺ですよ?」

 

ルリは何処からともなく銃剣を取り出した。

穴が空くか、真っ二つかの二択になりそうだ。

 

「じゅ、銃殺……?」

「はい」

 

キッパリ言い切る。

銃剣が太陽の光を反射し、光り輝いていた。

 

「…否定しないんだな」

「はい」

「…」

「さて、そろそろ行きますよ?」

「お代官様! ど、どうかお慈悲を!」

「誰が代官ですか…ボケはその辺にして、さっさと行きますよ」

「…らじゃ。そんじゃ、ゴッホ?さんも…」

 

だが、既にゴートは姿をかき消していた。

懸命な判断だ。

 

「あきとおにーちゃん、ちなみにさっきの式の答えは?」

「降水確率だ」

 

当たるかどうかは神頼みである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「う〜む、中も廃墟そのものだな」

「そうですね」

「…幽霊でも出そう」

「で、ここにいったいどんな用があるんだ?」

「さっきも言いましたけど、ここは私が小さい頃に育った場所なんです。だからここには私の育ての親の…」

 

ゴシャッ!

 

「よーし、不信人物はオレが退治してやったぞ。さあ、話の続きをしてくれ」

「…テンカワさん、人の話聞いてました? たぶん、この人は関係者です」

「…生きてる?」

 

床に突っ伏す男を指差しながら呆れるルリ。

そして、つんつんとステッキで男をつつくラピス。

アキトは意外そうな顔をしつつも、その男に水をぶっかけ、目を覚まさせる。

 

「う……イキナリ何をしますかアナタは…」

「それ以前に、誰だ貴様は」

「見ればわかるだろう。私は大統領だ」

「帰れ」

 

どうやら打ち所が悪かったようだ。

 

「アナタがどういう身分かはこの際どうでもいいんです。それよりもアナタは誰ですか? もしかして…」

「ああ、話は聞いているよ。私は…そうだな、君の育ての親と言ってもいいのだろうな」

「じゃあここはやっぱり…」

「そう、ここは君が育った場所だ」

「何!? さっきの話ってマジだったのか! 夢見る子供の戯言だと思ってたぞ!」

「あきとおにーちゃん、また撃たれるよ?」

「どうして私はここに…?」

「ああ…ある日、私の元に幾つかの受精卵が届けられた。私はそれに遺伝子操作を加え、優秀な子を作ろうと…」

 

お騒がせ兄妹を無視して、話は更に進む。

 

「えー、何を話しているのかさっぱりわからないので、僭越ながらこのテンカワ・アキトがこのマイ頭脳で脳内変換ストーリーを構築しよう」

 

 

そこには竹槍を持った革命軍が一斉に武装蜂起の構えで佇んでいた。

 

「立ち上がれ若人よ!」

「ダメです! 立っちゃダメです! ツバメさんもビックリなノンストップぶり、誰か止めて下さい!」

 

しかし、武装蜂起した彼等には全くこちらの声は聞こえない様子。

次々と賛同者も増える始末だ。

 

「いざ、決戦の地へ! 目的地は目の前だ!」

「誰かっ、誰かドクターストップを! このポンコツ丸出し集団なんとかして!!」

「参ろうぞ、皆の衆! パラダイスを我が手にぃ!!」

「もう! よそはよそ! うちはうちって何度言ったらわかるの!?」

「テストの点は比べるくせにずるいや!」

 

革命軍は『うぉぉぉぉぉぉっ!』と一斉に涙した。

 

 

 

「…」

 

くいっ

 

かぱっ

 

「おおおおおおおおおおおおっ!?」

 

ヒュゥゥゥゥゥゥゥン……ポチャンッ

 

「なんなんですか、そのわけのわからないストーリーは」

「何を言う! 人類ならば、このシチュエーションは遺伝子レベルのデフォルト設定だろうが!」

「そうなの?」

「もういいですから、テンカワさんはそこで暫く反省していてください」

「おおっ、それは封印されたあのっ…! らっきぃだぞ、お前」

「待てぇーっ! 何だその封印されたあのっ…ってのは! とっても嫌な感じがするぞ! それ以前に何処がらっきぃだ?」

「すぐにわかる」

「わかるって…お、おおおおお! な、なんじゃこりゃー!?

 な、なんだか長い生物がニョロニョロと…こ、こんなやつ、いまだかつて見たことねえ!

 ままま待て、それは明らかに神の領域に侵入しているぞ! わかっているのか!?

 し、しまった! 囲まれた…! もしかしてあれか!? 新手の歌謡ショーか!?

 こ、こうなったら…これより我は修羅に入り、全身全霊を込めた最大の一撃でもってヤツを仕留める!

 

ゴートの口走ったセリフは嘘ではなかったらしい。

今こそ、アキトの進化が試される時だ。

 

「彼は大丈夫なのか?」

「大丈夫ですよ。寸前であって直撃ではないですから」

「いや、十分過ぎるほどにぶち当たっているような…」

「あきとおにーちゃん、ガンバ」

 

今ここに、野生のデスマッチが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゼー…ゼー………蒲焼き、何人前出来るかね…」

「さすがですね、テンカワさんのくせに。とにかく、ご苦労さまでした」

「あきとおにーちゃん、頑張った。なでなで」

「な、なぁに、これ位どうってこと…」

「じゃあ、もっとがんばってください」

「ごめんなさい。嘘です。もう限界値超えてます。レッドゾーン突破です」

「だらしないですね」

「今、ひたすら生まれてきたことを後悔している最中なんだ。話しかけないでくれ………もう、こんな殺伐とした日常、嫌だよオレは」

「よしよし」

 

アキトは本気で自分の人生を悔いた。

背後で焼ける蒲焼きが、イイ匂いを漂わせている。

ラピスはソレを食べつつ、アキトなでなでして慰めた。

 

「じゃあ、お腹もいっぱいになりましたし、帰りましょうか」

「育ての親はどうした!?」

「…忘れてました。確か、私にはいつも側に誰かが居たような気がするんですけど…」

「ああ、それはこれのことかな?」

 

男はポケットからリモコンを取り出し、スイッチを押した。

浮かび上がるのは男女の影。

 

「ルリ、可愛いルリ」

「ルリ、おいで、ルリ」

 

「ただの映像…」

「……テンカワさん」

「何だ?」

「コレを…」

「あ?」

 

ルリは何かをアキトに手渡し、ラピスを連れ部屋を出て行く。

残されるのはアキトと男、そして影のみ。

 

「彼女には、少々辛い現実だったのかもしれないな…」

「ノリ3世………ん? これって…」

 

アキトがルリに手渡されたもの。

それは…

 

 

 

 

 

 

 

 

ズドガァァァァァッン!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふぅ、危ないところでした」

「木っ端微塵」

「…お、お前の方が……危ないと…思うぞ……げほっ…」

「……」

 

アキトに手渡したダイナマイトは思いのほか、強力なヤツだったようだ。

男は既に虫の息である。

男女の影に至っては見る影もない。

アキトは何故かコゲているだけだが。

 

「全く、こんな罠を仕掛けているなんて、いったいどういう神経してるんでしょうね、私の育ての親は」

「だ、だから…お前の方がどうよと…問いたいぞ…オレは……」

「育ての父、母、まだ見ぬ地にあなた達は居るのですね。見守っていて下さい」

「大丈夫。見守らんでも十分強いよ…お前は」

「…救急車一台、大至急よろしく」

 

空を仰ぐルリは、素晴らしく晴れやかな顔をしていた。

無論のこと、周りは無視である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「空気が美味しいですね」

「そうりゃそうだろうな」

「うんうん」

 

川辺に佇む3人。

背後にある筈の屋敷は、今は見る影もなく吹っ飛んでいる。

無論、ルリのダイナマイトのせいだ。

 

「あの男、今頃は集中治療室だな」

「自業自得です」

「ルリ、ちょっと過激」

 

救急車で運ばれた男は、只今生死の境をさ迷っている最中だ。

ちなみに治療費その他諸々は、男が持っていたカードで支払われるらしい。

 

「あ…」

「おおっ、鮭が川を上っとる」

「凄い…」

「自然の神秘ですね…今回のこと、私忘れません」

「オレだって忘れられねえよ」

「私も忘れられない」

「…お腹空きましたね」

「おい! さっき、おもいっきり食ってなかったか!?」

「ルリ、いっぱい食べてた」

「気にしたら負けですよ」

 

アキトは、つくづく目の前の少女に只者ではないと心底実感した。

 

「もうヤケだ、泳ぐか! ついでに鮭取ったる!」

「思う存分どうぞ」

「あきとおにーちゃん、おっきいの取ってね」

「任せろ! でぇりゃぁ!!」

 

どうやら泳いで全てを水に流すつもりらしい。

そしてアキトは、一切の躊躇もなく鮭がピチピチ泳ぐ川へ一直線にダイブした。

 

「はぅあ!? 熊っ! 熊がいる! ああっ、なんだか鮭もオレはパクパク咥えてる! みんなでよってたかってオレをどうする気だ!?」

「ゴートさん、童心に帰って遊ばないでください。あ〜、鮭まで咥えちゃって、本物の熊みたい」

「俺はここだが?」

「…じゃあ、あれは…?」

 

一陣の風が3人の間を吹きぬけた。

何時の間に現れたのか、ルリとラピスの背後にはクマの着ぐるみを着たゴートが腕組みをしながら佇んでいる。

 

「………テンカワさん、楽しそうですね」

「そうだな」

「じゃれてる」

「うぉぉぉっ! 目が! 目が赤く光っとる!!」

 

アキトは食うか食われるかの瀬戸際で奮闘中。

そこへ川下から迫る影があった。

 

 

シュバァァァァァッ!

 

「お待たーっ♪」

 

げすっ!

 

「ぐぼべぇぇぇっ!!?」

 

アキトは熊や鮭と共に彼方へと吹っ飛び、森の仲間入りを果たした。

今日はパーティーだ。

 

「…最近は船も川を上ってくるんですね」

「船の川上り…」

「違うだろ。明らかに自然の恵みじゃないぞ」

「ヤッホー、ルリちゃん来たよー♪」

「あ、艦長。やたらと元気ですね。それで…ナデシコは?」

「ナデシコなら、ほら」

 

ユリカが空を指すと、そこには白い艦が夕日をバックにこちらへと向かっていた。

 

「修理、終わったんですね」

「みんなも乗り込んでるよ! これで後はルリちゃんとラピスちゃんとアキトが乗れば全員集合!」

「…俺も居るんだが」

「ついでにゴートさんも!」

「………」

 

ゴートのやる気度が30下がった。

これ以上下がると、離脱の危険があるので要注意だ。

 

「あぅぅぅぅぅ……ア、アオイさん…激し過ぎますぅ〜…」

「へ、へへへ…も、燃え尽きたぜ…」

「…艦長、お二人どうしたんですか?」

「え? なんだろ? バイト疲れかな?」

 

この2人、つい先日までユリカに付き合い、借金返済の為にバイト生活を送っていた。

ちなみにジュンの操舵は、荒波の如くだったらしい。

おかげでイツキはヘロヘロなのに、ユリカは何故かピンピンである。

 

「バイト? 何やってたんです?」

「聞いて聞いて! なんとね! 遠洋漁業!!

「……なんてでっけえ御人なんでしょうね。やっぱり、私のような常人では、測り知れない程のスケールの持ち主ですよアナタは」

「だから、乗っているのが漁船なのか…」

「ユリカ、ちょっと筋肉質になってる…」

「「……」」

 

ユリカの行動につくづく呆れるルリ、ラピス、ゴートの3人。

そして、死にかけているジュンとイツキ。

新たな旅立ちの序章は、暗雲が立ちこめまくっている。

 

「ねえねえルリちゃん! それで肝心のアキトはどこ?」

「知りません」

 

しれっと答えるルリ。

もはやマトモに答える気力は残っていないらしい。

 

「え〜…はっ! さ、さてはルリちゃんも…!」

「艦長と一緒に………いえ、そうですね。そうかもしれません」

『え?』

 

ルリの発言に、その場に居た者達は思考が架空のワールドに迷いこんでしまった。

早く対処しないと取り返しがつかない。

 

「冗談ですよ」

「…な、なぁーんだ、そうかぁー」

「ルリ、アンタの冗談は心臓に悪すぎ…ほら、アソコでバカ兄が痙攣してる」

「あ、あああああああああ……『妹 最終幕 〜お兄ちゃん…お・ね・が・い♪〜』……がふぁっ!

「うるさい」

 

ヒナギクで降下してきたユキナが、さり気にツッコミを入れる、

そして、妹万歳野郎へのトドメは、無論のことピンク色の髪をした少女である。

 

「ラピス、無事だったんだね! 心配したよ〜スリスリ」

「ユキナくすぐったい…」

「わ、我が義理の妹よぉ〜私も心配したんだぞぉ〜!! だからスリスリをばーっ!!!」

「や〜!」

 

ばぎょ!!…ひゅ〜ん…ポチャン…ぴちぴち…

 

九十九、鮭の餌となり自然に返る。

 

「ラピII、イイ金棒攻撃だ!」

「あ、あきとおにーちゃんお帰り。無事だったんだね」

「無論だ。ラピIIを見守ってやるのが、お星様になった親父に代わる、オレの役目だからな!」

「あきとおにーちゃん、パパまだ死んでない」

 

アキトの中で既に2人はお星様と成り果てていた。

さり気に涙している辺り、マジなのだろう。

 

「アキトーっ! 久しぶりー!」

「む? おおっ、スカではないか!」

「じゃあ、再開の抱擁ー!」

「巴投げーっ!!」

 

ひゅぅぅん…バシャァァン! …ぴちぴち

 

九十九に続いて、ユリカも鮭に食され自然に帰る。

今年の鮭は、さぞ良い卵を産むことだろう。

 

「アキト」

「ハテナか」

「終わった?」

「色んな意味でな」

「じゃあ、ナデシコに帰ろう」

「うむ………ちょっと待て。ナデシコ?」

「どうしたのアキト?」

 

何かを思い出そうとするアキト。

一度に色々起きたので、頭の整理整頓中だ。

 

「………そうだった、ナデシコだよ! ノリ3世、ナデシコを無断で持ち出して大丈夫なのか!?

 下手をしたら、お前 世界中にサーチされるぞ!?」

「何を言ってるんです? 私物をどうしようと勝手じゃないですか」

「……なあノリ3世、オレの聞き間違いかもしれんが、今なんと言った?」

「だから、私物をどうしようと…」

「ヘイ、ストップだお嬢さん。幾らなんでも2度は騙せないぜ?

 ハッハッハ、オレを再び引っ掛けるにはパンチ力不足だったな!」

「プロスさん」

「これが証拠ですよ、テンカワさん」

 

プロスの手にあるのは一枚の契約書。

内容はナデシコの所有権についてである。

 

「………マジですか?」

「マジです。今のナデシコはルリさんの物です」

「そうなんです」

 

アキトはつくづく、目の前の少女はとんでもねぇと実感した。

 

「よく買えたな、あんなもん」

「この国のお姫様だから出来ることですよ。ここの銀行には、世界各国のあらゆる企業やら要人やらの用途不明金がジャラジャラと…

 そのことを聞かせてあげたら、皆さんこぞって好きにしてくれと言うものですから、好きにさせてもらいました

「なるほど、つまりへそくりであるからして、へそくりである以上、へそくりをへそくりたらしめるわけだな」

「アキト、意味不明」

「ルリは色んな意味で凄い」

 

ちなみに、ネルガルの交渉役であった社長さんは、涙ながらに土下座して『是非、買ってください』と懇願し、更に割引までしてくれたらしい。

会長であるアカツキがこの事を知ったのは、エリナ銃撃事件の翌日になる。

 

「わかってもらえました?」

「ここの銀行には絶対に貯金しねえぞオレは…」

「そんなにお金ないでしょ」

「あきとおにーちゃん、甲斐性なしだからね」

 

アキトは心に固く誓うと共に、ルリに逆らう事=晒し者という図式を打ち立てた。

あながち、間違いではない。

 

「ほらほら、帰ってご飯だよアキト!」

「なんか、果てしなくやりきれねぇ…」

「まあまあ」

 

じゃれ合いながら、ナデシコへと歩き出すアキトとユキナ。

その背中を、ルリはただボーっと見つめていた。

 

「ルリ」

「ラピスですか。なんです?」

「うん…ちょっと気になって」

「何がですか?」

「メンバーを集めるのは良いような気がするんだけど、どうしてあきとおにーちゃんまで?」

「…流石は妹さんですね。兄のことをちゃんと把握してます。ですが仕方ないんですよ。

 テンカワさんがいないと艦長が動きませんから。まあ、苦肉の策というやつですね」

「肝心の艦長さんが、早速 行方不明だけど?」

「………お腹が空いたら帰ってきますよ」

「ペット?」

 

夕食時、ユリカは鮭を大量にゲットして戻ってきたらしい。

伊達に漁業のバイトを営んでいたわけではないようだ。

ちなみに九十九は、大量の鮭の中で悶えていたとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねえ、お茶は出ないの?」

「アナタ、何しに来たのよ?」

「呼んだでしょ?」

「呼んでない」

 

きっぱりと言い切られた。

双方とも中々の人物のようだ。

 

「まったく。少しは遠慮しなさいよ」

「遠慮? ワガママオンパレードのあんたが言う?」

「なんのことかしら?」

「なるほど…きっと成層圏のせいね」

「それじゃあ、なおさらダメでしょ」

「やっぱり、温暖化か…」

「全然、訳わかんないわね」

 

どうやら、ボケとボケの会話のようだ。

 

「とにかく、完成まではもう少しよ。後はジャンプの制御装置を…」

「ジャンプ…もしかして跳躍法?」

「ええ、何でも幸せになれる為の秘訣らしいわ」

「それ、絶対間違ってる」

 

何か思うところがあるのか、首を振りつつおもいっきり否定する。

 

「そう? あの2人はそんなような事を言っていたんだけど…とにかく、まだ暫くは時間が掛かるわ。出直して頂戴」

「仕方ないわね。じゃあ、そうさせて…」

「あ、良かったらウチの新製品見ていかない?

 先日私が考案した『超伝導火炎放射器』! 一瞬でどんな物も真っ黒こげ! 今なら10%還元実施中よ」

「いらない。しかも、意図が見えない」

「まあ、そう言わずに」

「いらないったら。だいたい、そんな怪しさ大爆発なもの誰が買う…」

「そうですよね。2つください」

買うんか!? ちきしょう、こんなもの…こんな…このセンスには脱帽しかねない! 」

「じゃあ、買いね♪」

 

突如、会話に紛れ込む2人。

なにやら、もめているようだ。

 

「…誰?」

「ああ、ナチュラルハイ仮面1号、2号さん」

「それ、名前?」

「一日ごとに変わるんですって」

「何者?」

「少なくとも敵ではないわ」

「味方ってのも嫌なんだけど」

 

ちょっと離れた位置から、漫才をかます男女を傍観する2人。

あまり近づきたくないらしい。

 

「何? 腹いせにコイツを太陽に突っ込ませる!?」

「あらあら、それをやったら全てが台無しね」

「なんだ? このステキな提案に不満でも? 同意しないとラップ調で暴れるぞ?」

 

この男女の会話は、この場所では恒例となっているのか誰も気に留めない。

でも数メートル離れているのは、やはり近づきたくないのだろう。

 

「で、シャロンさん。これは何時頃に完成予定なの?」

「そうね、後2〜3週間ほどかしら。まあ急ピッチで進めてるから、もうちょっとは早くなるかもね」

「急いでね。ナデシコが別の誰かに沈められない内に…」

「レンナ…舌なめずりは汚いわよ」

「アンタがやれって言ったんじゃない。その方が迫力があるって」

「そうね。本当にやってくれるなんてビックリ仰天」

「ちくしょう…!」

 

ちなみにこの2人に近づく人物もいない。

 

「そうそう、忘れるところだったわ。はい、これ」

「何…? 手紙?」

「ええ、山崎博士から預かったの。アナタに渡して欲しいって」

「いったい何を………ねえ、これ書いたの、誰?」

「私も大したことは知らないわよ…まあ聞いた話じゃ、木連に忍びこんだ指名手配犯が落としていったものだとか、なんとか…」

「ふぅん…そぉ…」

 

そのまま、その場を後にするレンナ。

シャロンは訝しげな表情をするのみだ。

 

 

 

 

 

「なんだか楽しくなりそうね」

「おう、んじゃ早速、燃えてみるかコノヤロー! つーか、このまんま進行なんぞしたら俺はどうなるかわからねーな!

 まさに瞬間最大風速ならぬ、瞬間最大燃速! よーし、我ながら意味不明だ!!」

「そこ、うるさいわよ」

 

ガンッ!

 

「…ナイス、投石」

「アナタ、素で真っ赤ね」

「ああ、最高だ」

 

命をかけてボケる1号だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキト…とルリ、その他諸々の運命はどっちだ!? 続くような続かないような思わなくも無きにしも非ず。

 

あとがきです。

こんにちは、彼の狽ナす。

色々あって遅れに遅れました。いや、すまんです(謝)

べ、別にオフ会で気力を使い果たしたとか、そんなことではないですから。決して!

 

さて、ようやっとナデシコクルー集合と相成りました。

これからの目的は次回で明らかになります。

う〜ん、下手したらシリアスになるやも…(笑)

でも、やっとこ佳境に突入ですかね?

 

それでは、後は宜しくです。

リーダー…じゃなくて管理人さん!

 

 

リーダーの感想(何?)

彼のΣさんからの投稿です。

通して読むと・・・意外に不幸かもしれないな、アキト(汗)

完全に回りに振り回されているような気がしますね。

この世界だと逆に正気のままだと、潰れますね本人が(苦笑)

 

 

何気に銃器を乱射しつつ、権力と財力を背後に暴れまくるルリが凄いと思いました。