気が付けば外の景色は一変していた。

「火星…」誰かがそう呟く。それを引き金に、周囲が慌しくざわめき始める。

そんな中、ユリカとエリナ、そしてカグヤは眼前に広がる光景をただ見つめていた。

 

「ここって…ユートピアコロニー…?」

「ボソンジャンプに失敗して、私達が見ているのがあの世でない限りはそうでしょうね」

「本当に…」

「受け入れなさい。アナタはこの『カキツバタ』を火星へジャンプさせたの」

「やりましたわねユリカさん。これで晴れて人外の仲間入りですわよ」

「それは喜んでいいのか悲しんでいいのか微妙だね」

 

カグヤの物言いにユリカは複雑な表情で答える。その横で、カグヤガールズが揃って『人外仲間』と心の中で呟いていたことは勿論秘密だ。

 

「は〜それにしても、本当に跳べるなんて…あれ? そういえば、確かイネスさんはジャンプの後にヘロヘロになったりしてませんでした?」

「でも、多少は疲れてるでしょ?」

「う〜ん、確かに少しだるいような…でも全然平気です」

「若さね…」

「どうしてこっちを見るのかしら?」

 

何かの計測をしていたイネスは、瞬時にエリナ目掛けて目線だけで圧死させる事が出来そうな眼光を発していた。

それでもエリナは態度を崩さない。堂々とイネスに向かい合い、余裕の表情を見せている。

 

「別に。ただ私は、例え誰であろうと寄る年波には勝てないのねぇ…と考えただけよ。

 ほら、そんなことよりさっさと計測結果を出しなさいよ。アナタの理論が正しいと結論付けたいんでしょ?」

「わかったわよ。それと…」

「何よ」

「今日の朝食に出てたゆで卵。何故かアナタのだけ私の所で作ったやつだから。どうでもいいことかもしれないけど」

「…………………………」

 

エリナはダッシュでその場を後にした。駆け込む先が何処なのかは、当人にしかわからない。

 

 

 

 

「あきとおにーちゃん、そろそろ復活しないと話に置いていかれるよ?」

「………」

「なんとか言いなさいよアキト。うりうり」

「………」

 

ラピスが呼びかけ、ユキナが棒切れでグリグリするも、アキトからの返事は無い。

潰れたトマトと化してから既に10分が経過しており、今までは3分もあれば復活していただけに途方に暮れてしまうユキナとラピス。

 

「う〜ん…とりあえず『チン』でもしてみる?」

「お湯でもかけておけばいいような気がする」

 

彼女達の中で、アキトはかなりお手軽になっているようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伝説の3号機

その51

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ナデシコ、視界圏内に入ります」

「敵さんの動向も今の所は無しと。うんうん、いい傾向だね」

 

オペレーターの報告を耳にしながら、優雅に高級そうな紅茶をすするアカツキ。

勿論、白いテーブルに座り、膝の上で寝そべるシャム猫がのんびりとあくびをしている。高級感漂う装いは、会長の名に相応しい。

 

「似合いませんよ」

「…ユリカ君。ちょっとくらい、やんわりと非難してくれないかな?」

「それで? わざわざ火星にまで来て、いったい何をする気ですかアカツキさん?」

「人聞きの悪い。そんな邪険にしないでくれよ。僕はただ人々の幸せの為に動いて…」

ですね」

でしょう」

つき」

よね」

はいけませんよアカツキさん」

「………僕を信じてくれるのは亡き兄さんだけさ」

 

アカツキは自分の殻に閉じこもってしまった。

 

「仕方ないわね。私が話してあげるわよ」

「アレはほおっておいていいんですか?」

「いい、いい。ほっとけばスケコマスでしょ」

「まあ立ち直り早そうですしね。それはそうとエリナさん、もう平気なんですか?」

「ええ。解毒剤を飲んだから大丈夫よ」

「それはなによりです」

 

ちなみに、エリナはその解毒剤を給料2ヶ月分で購入したらしい。

 

「で、目的とは?」

「聞いて驚きなさい! それは遺跡の奪取よ!」

 

「聞きましたかミスマル警部! これでホシの裏は取れましたね!」

「いえ、まだ不十分よ。今のはあくまで空想の域を脱しない。確実な物的証拠さえあれば…」

「しかしネルガルも相当追い詰められていますね。幾ら不況だからって盗みなどという犯罪に手を染めるとは」

「きっと、同意しない社員は心も身体も剥かれて、あれやこれやされたのよ。違いないわっ!」

「「「まーっ!」」」

「まあまあ、落ち着いてみなさん。ほら、月帰りのカイオウ課長から、お土産の月光饅頭と月面煎餅。お茶受けにどうぞ」

「あの、それ、ホウメイの土産…」

「今日のお茶は新茶」

「それも、ホウメイの…」

「ありがとう、ユキナちゃん、ラピスちゃん。カイオウ課長ご馳走様です」

「だから、それ…」

「「「「「ご馳走様でーす」」」」」

「ハーリーぃ!」

「よしよし」

「さあ皆さん、一息入れたら聞き込みを開始しましょう!」

「ほほほ、任せなさい。オニキリマルの名にかけて、必ず証拠を掴んでみせるわ」

「「「勿論、カグヤガールズも粉骨砕身の意気込みで取り組みます!」」」

「私もやるよー!」

「右に同じ」

「よーし! 大企業なんかに負けないぞー!」

「「「「「オー!」」」」」

 

「……そこ、ベタな刑事ドラマでウチの会社叩くの止めてくれない?」

「明らかにテンカワ君の影響受けてるよね、彼女達」

 

これがユリカなりの場を和ませる術だと聞かされた時は、皆揃って『やりたかっただけだろ』と言われてしまったらしい。

ノって付き合った面々の内心が、ソレだったせいもあるのかもしれないが。

 

「とにかく、遺跡を確保さえすればボソンジャンプの謎を解明し、その技術を独占することも可能!

 そうすればネルガルは地球圏のトップに君臨することも可能!」

「そう! 僕達の目指す物はすぐそこだよエリナ君! 来るべき未来、ボソンジャンプ大航海時代の訪れ!」

「全ては私の出世の為に!」

「全ては僕を慕う女性達の為に!」

 

「「………ん?」」

 

「…会長」

「…エリナ君」

 

「「何を寝ぼけた事言ってる?」」

 

『いや、どっちもどっちだから』

 

かなり不純な動機をさらけ出す2人に対して、周囲から白い目が浴びせられた。

 

「あなた達、目的とかそれ以前にどうやって火星まで来れたか気にならないの?」

「いや〜、今はこの状況だけでいっぱいいっぱいですよ」

「ミスマル・ユリカ。アナタ、いつまで経ってもお気楽極楽ね」

「性分ですから。それに、ここに来れた理由なんて、後々嫌でもイネスさんが説明するんでしょ?」

「いえ、今説明するわ。このユートピアコロニーに来れた訳は、あなたの心の中にある一番大切な…」

「誰かバトンタッチ」

『嫌』

 

2秒でその場に居た全員に断られた上に、イネスの説明光線が凄まじいプレッシャーを与えている為、途方に暮れてしまうユリカ。

さすがに見かねたのか、ユキナが説明の防波堤となる決意でイネスに声を掛けた。

 

「ねえねえイネスさん。説明はその辺にしてさ、コレどうにかできない?」

「もう、良いところで…コレ?」

「そう、コレ」

 

ユキナが指差す先には血溜まりの中に沈むアキトの姿。未だ、肉片の状態から回復出来ていないようだ。

そんなアキトを見て、少しの間考えを巡らすイネス。そして何を思い至ったのか、白衣の中から次々と医療機具を取り出した。

 

シュコーシュコー…

 

「イネスさん。血圧を測るのって意味あるの? いや、だからってバリウムを取り出されても。胃カメラは全然関係ないんじゃあ…」

「そう? じゃあ頭をかっさばいて脳でも見てみようかしら」

待って。今の言動は明らかにマッドな方向だと思うんだけど…って、なんかもう注射器取り出してるー!?」

「一本打っとけば治るでしょ?」

「そんな単純な話!? しかも溜め無しなの!? なんていうかそれじゃあ、色んなモノが足りな過ぎると思い至らない!?

 うわっ、ちょっと待て! だからって、更にでっかい注射器を取り出すのは反則! 階級が違いすぎるのは反則だから!」

 

だが、イネスはユキナの言葉を左から右へスルーし、究極的な注射器を振り下ろした。

見かねたユキナが駆け寄り、イネスの身体に体当たりをかます。

 

「アキトあぶなーい!」

 

どんっ…ぷすっ

 

「はぅっ…」

 

パタリっ

 

「ああ!? カグヤさま!?」

 

あろうことか、犠牲者は第三者になってしまったようだ。

 

「あーあ、ユキナちゃんが押すから」

「ええ!? 私のせい!? 何だか自ら当たりにいったような気がしたのは私だけ!? ねえ!」

「そんなことより、カグヤ様をなんとかしてくださいよ!」

「無理ね」

「そんなあっさりと諦めないでください!」

 

エマの非難の声もイネスの前では無意味に等しいようだ。

注射器の直撃を受けたカグヤは、頭のてっぺんに注射器をオプションで付け、起き上がる気配が全く無い。

 

「あわわ、なんだか顔色が紫一色に…」

「し、しかも白目むいて、痙攣まで…」

 

「ふっかぁーつ!」

 

「「「うわっ!」」」

 

突然の出来事に腰を抜かすカグヤガールズ。

しかしそれとは裏腹に、イネスは堂々とした腰構え。年季が物語っている。

 

「カグヤさん。調子はどう?」

「おーっほっほっほっほ! 何を言っているのです? このワタクシが不調だった事など、生涯一度たりともありませんわ!」

「そう」

 

腰に手を当てての高笑いで、正しいタカピーお嬢様の格好を地でいっている。誰がどう見ても、以前のカグヤが目の前に居た。

そして、それを傍目にコソコソと逃げ出す3つの影。

 

「そこ、待ちなさい」

 

びくっ

びくっ

びくっ

 

全く同じタイミングで肩を揺らし、冷や汗を掻く3名の人物。勿論それは、先程まで大いに愉快爽快だったカグヤガールズに他ならない。

 

「な、なんでしょうかカグヤ様」

 

エマはギコギコと油切れのような音が出そうな勢いで首を曲げながら、微妙な笑みを浮かべてカグヤに返事をした。

彼女の脳内では、マイポエムが常に流れていることは言うまでも無い。

 

「3人とも…ちょっとワタクシの個人的な趣味に使う部屋まで来なさい」

「「「い、いや〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」」」

 

3人の悲痛な叫びが木霊する。

 

「滑稽ね」

「あの注射、別の意味での復活薬が入ってたんだね…」

 

引きずられていく様を見つめながら、イネスは心の中でガッツポーズをかます始末。

ユキナはというと、イネスの謎な薬に安心半分関心半分といった心地で、引きずられていくカグヤガールズに『ドナドナ』の歌を捧げていた。

 

 

 

 

「ラピスちゃん。あれがナノマシンの空だよ」

「へ〜。じゃあコレは?」

「ああ、コレは芋虫みたいなナノマシン。通称、イモムシン」

「それは嘘でしょ」

 

説明地獄から脱出に成功したユリカは、ラピスに火星の説明を始めていた。少々、イネスに感化されたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…いったい何があったんですか?」

 

この光景を見たルリの疑問はもっともである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

勿論、アキトは未だに肉片のままだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まもなく極冠遺跡に到着します…」

「そう。警戒を怠らないようにね」

 

遥か彼方まで続く雪原を眺めながら、オペレーターの報告に頷くカグヤ。

だが、一見威風堂々を見えるその姿にもエリナは疑惑の目を緩めない。前科が有る為なのだろう。

 

「おそらく遺跡には木連の無人兵器が陣取っている筈だけど、いったいどうする気なのかしらカグヤ艦長?」

「決まってるじゃない。皆殺しよ

「あっそ」

 

期待通りの答えで、ある意味安心したエリナだった。

 

「はぅ…ぐすっ」

「ハーリー泣くな。俺も泣きたいのを我慢しているんだからな」

 

カグヤガールズが謎の失踪をしてしまった為、操舵をエリナが、オペレーターをハーリーが、通信をカイオウが勤めていた。

無論、ネルガルの社員も多数存在しているが、カグヤの『知らないツラした奴に任せられない』の一言でこのような配置になっている。

 

「む? 誰だガムなんかを捨てた奴は。取りにくいじゃないか」

 

アカツキはといえば、パイロットやる以外に役に立たないだろうと全員一致の考えにより、ブリッジの掃除をしていた。

掃除のおばちゃんスタイルが妙に似合っていたりする。

 

 

 

「いい? 敵が射程内に入ったと同時に砲撃開始! 弾の出し惜しみなんてしないで、全て蹴散らしなさい!」

『そうは問屋が卸さないのが世の常だ』

「へ?」

 

ガドォォォォォォン!

 

カグヤが間抜けな声を発した次の瞬間、カキツバタは大きく傾いていた。

 

 

 

 

 

 

「次弾装填! 目標固定、相転移炉式戦艦 乙! 跳躍砲発射!」

「発射!」

 

かんなづき艦長 秋山源八郎の命令が発せられ、木連兵がそれを復唱したと同時に、再びカキツバタ内部で爆発が起こる。

どうやら攻撃目標は既にカキツバタに定めれているらしく、ナデシコは無人兵器でけん制するのみだ。

 

「さあ、露払いは我らに任せ、行ってくれレンナ殿」

「秋山さん、ありがとう」

「なんの、これが我等の使命よ。さて、敵艦の様子はどうか?」

「跳躍砲により敵艦 乙の空間歪曲場消失。完全な無防備状態です」

「よし、一気に叩き潰すぞ。重力波砲発射準備」

「ハッ! 発射準備よし」

「撃て! …あ、そういえば三郎太が出撃していたな。くれぐれも巻き込むなよ?」

「艦長、残念ながら手遅れです」

「なに!? ………良い奴だったな」

「はい」

 

秋山と艦橋内の木連兵は一斉に空を見上げた。おそらくその目線の先には、三郎太が親指を上げて最高の笑顔を作っていることだろう。

 

「勝手に殺さないでください!」

 

三郎太は意外としぶとかった。彼の機体も軽くコゲてはいるが、まだまだ元気一杯だ。

 

「吼えてるところ悪いけど」

「はいっ、なんでしょうかレンナさん」

 

三郎太の脳みそ切り替えは0.5秒で済むようだ。

 

「山崎のやつ見掛けなかったけど、何処に行ったか知ってる?」

「ああ、彼なら宅急便が届いたとかでウキウキしてましたよ」

「はぁ?」

「クール宅急便でしたけど」

「そうじゃなくて」

 

三郎太は時として天然も入るらしい。

 

「秋山さんにテツジン貸りようとしたら、こんな機体をいつの間にか作って、私に押し付けていくし。いったい何考えてるのやら」

「まあ、別にレンナさんをネコミミにしようとか言ってるわけじゃないから大丈夫じゃないですか?」

「三郎太君、言葉を忘れたくなるほど退化したくなかったら、今すぐその口を閉じてね♪」

「自分に正直すぎてごめんなさい!」

 

三郎太は特殊な趣味も保有しているようだ。

 

 

 

夫婦漫才をする2人やお気楽なかんなづきとは対照的に、カキツバタはかなり切羽詰った状況に立たされていた。

 

「やってくれるじゃない。さすがに一筋縄ではいかないようね」

「感心してる場合じゃないでしょ!? どうするのよ! フィールドが無かったら相手の砲撃が一発当たっただけでも即撃沈よ!?」

「うるさいわね。だったら落とされる前に落とせばいいのよ。グラビティ・ブラストでバッタを掃討したら即座にエステ隊発進!

 ミサイルでの援護を忘れずに! ついでだからレールカノンも撃ちまくりなさい!」

『りょ、了解!』

 

負けじと発射された砲撃は、かんなづきから発進した無人兵器を次々と落としていく。

この時のカグヤの表情は鬼気迫っていただけに誰1人として逆らえる筈もなく、逃げ出すものは居なかった。

 

「ハーリー、絶対に目を合わせるな。喰われるぞ」

「わかってます」

 

「そこ、聞こえてるわ…」

 

「「ダッシュッ!」」

 

「んな!? 逃げるの早っ! ちょっと、最後まで言わせないよ!」

「それ以前にオペレーターと通信士が逃げ出すなー!」

 

2人は既に豆粒大ほどになるまで遠くへと移動していた。無論、カグヤとエリナの声など耳に届くはずもない。

 

「ワタクシから逃げ出そうなんていい度胸ね。首を洗ってまっていなさい!」

「アンタも行くなー! 艦長不在でどうすんのよー!?」

 

勿論、カグヤの姿も既に無く、エリナの叫びなど聞こえるわけがない。

 

 

 

「カグヤちゃんって鬼ごっこだけは異様に強いんだよ。これ知ってるの私とアキトだけ♪」

「ユリカ、昔話は別にいいからさ。今はそれより大事な事があるだろう?」

「え? ジュン君とイツキさんの愛メモリー?」

「なんだよそれ!? いつそんなの作ったの!?」

「あれって記録に残ってた敵さんの新型兵器だよね。確か私命名『ボソン砲』。それにあれは『かんなづき』だったかな?」

「逸らした! ものの見事に! そんなにマズイのそれ!? ねえユリカ!!」

「はい、ジュン君」

「何、この僕の手に握らせたポケットマネーは? 何の意味が?」

「ワイロ」

「もういい。でもさ、こんな時だけ僕に最高の笑顔を向けないでよ…」

「副長、今は耐えろ」

 

慰めるゴートの手は大きくて暖かかったと後にジュンは語る。

 

「でも、さすがのカキツバタも、あのままじゃあいつまで持つかわからないね。ルリちゃん、相転移砲、準備できる?」

「というか既にチャージ終わってます。私の報告聞いてなかったんですか?」

「あはは、ごめんねルリちゃん。周りが色々とうるさかったから」

『艦長が一番うるさかったですよ』

「あははは〜」

「のん気に会話してんじゃないわよ! それより早く援護しなさい! あんな暴走艦長でも居ないと色々大変なのよ!」

「すみませんエリナさん。こっちもいろいろ忙しいから、後でということで」

「ちょっ、後でっていつよー!!」

 

プツっ

 

エリナの叫びを無視し、問答無用で通信を切るルリ。しかし誰1人として咎めるものは居ない。勿論、カキツバタ側は怒り狂っているが。

 

「あん畜生どもー! 覚えてなさいよ!」

「エリナ君少し落ち着いて。ほら、特別に僕がお茶を煎れてあげるから」

「アンタは落ち着き過ぎなのよ!」

 

ガヅッ!

 

「エ、エリナ君…銃のグリップで殴るのはちょっと…がふっ」

「邪魔だから逝ってなさい。なにしているの! ミサイルで近づいてくる無人兵器から掃討するのよ!」

「あ、床がひんやりとして気持ちいい…」

 

ますます混乱に拍車がかかるカキツバタブリッジ。

奮闘するカキツバタのエステ隊も、指揮が乱れたこの状況では本来の力を発揮できないのか、無人兵器の群れに押され気味になっている。

 

その頃、カキツバタの某所―――

 

「オラオラオラ! まだ終わらないわよ! このポンコツども!」

 

ガスガスガス!

 

「「ごめんなさ〜い!!」」

 

でも、この3人は現在の状況に全く気付いちゃいなかった。

 

「カグヤ様、言葉遣いが下品ですよ」

「「女性らしくね」」

「まっ、ワタクシったら♪」

 

勿論、一緒になって騒ぐカグヤガールズも気付く気配はない。

一方ナデシコクルーはといえば、そんなカキツバタの現状なんぞ知ったこっちゃねえといった風で、目線を遺跡に向けていた。

 

「さて、こっちはこっちで頑張りましょうか。ルリちゃん、相転移砲の目標修正よろしく」

「はい。けど、いいんですか? 無人兵器以外も敵の中にはいるみたいですよ?」

「いーのいーの。だって目標は火星極冠遺跡だもん」

「はい、そこストップ」

「エリナさん、さっきからうるさい」

「うるさくもするわよ! あんた、いったいどういうつもり!?」

「あの遺跡が戦争の原因なんですよね? だったらアレを壊せば、こんな戦いをしなくてもすみますよね?」

「何言ってるのあなたは! そんな単純な話じゃないでしょ!? バカな真似は止めなさい!」

「バカって言う方がバカなんです」

「くぁ━━━━━━!」

 

頭を掻き毟りながら怒りを現すエリナ。それを横目で見つつ、メグミは素直な疑問を漏らした。

 

「ルリちゃん、遺跡が戦争の原因って本当?」

「はい。元々の原因は別だったみたいですが、今はアレを狙って地球と木連が争っているのは間違いないです。

 もっとも、地球と言ってもネルガルのような大企業のみの話みたいですけど。軍部のことまでは知りません」

「なによそれ。じゃあ、あんな大昔の建築物の為に私達は苦労させられてたわけ?」

「端的に言えばそうだろうな」

「要するに双方ともバカというわけです」

『それを言っちゃあ身も蓋も無いでしょ』

 

真実なだけに否定出来ないようだ。

 

「もーあんた等はこんな状況下でもマイペースで羨ましいわね!」

「エリナ君、怒り狂ってるところ悪いけど、床のワックスがけ今やった方がいいと思う? どうもこう照り加減がイマイチで」

「何の話よ!」

「そうは言ってもさぁ…」

 

「あんた等さ、もう少し真面目にできないの?」

 

呆れた声が横から割り込んだ。誰の声とも判別せずにユリカはその言葉に素直に頷き、真面目な行動を起こした。

 

 

「じゃあ相転移砲、発射」

 

 

シュバァッ!

 

 

「…って、そんな取ってつけたみたいな攻撃すんなぁ! しかも一番威力あるじゃない!」

 

レンナの顔がどアップでナデシコブリッジ内に映し出された。幾分か興奮気味である。

一方、発射された相転移砲はというと、レンナが乗る機体の寸前のところで消失していた。

 

「あれー? レンナさんだ。お久しぶりです」

「ああ、どうも…じゃなくて! 人の話は最後まで聞きなさいよ! 遺跡のフィールドが無かったら私が消し飛んでたとこじゃない!」

「なるほど、よーくわかりました。じゃあ、続いて行きますよー。グラビティ・ブラストはっ…」

「待たんかぁぁぁっ! 全っ然わかってないでしょアンタ!」

「大丈夫。相転移砲が効かないって事ですよね? だから別の物で行こうというわけですよ。そんな訳ではっ…」

「だから待てぇぇぇぇぇっ! そうぢゃないでしょ!?」

「んじゃ、ミサイル全弾はっ…」

「そういう意味じゃなぁぁぁぁぁい!!」

 

レンナは遊ばれていることに気付いていない。

 

 

 

 

 

「やっぱり出てきたね」

「ユキナ?」

 

ラピスがくいっとユキナの袖を引っ張る。それに気付き振り向くと、ラピスの瞳がユキナを直視していた。

その瞳は何かを訴えている。

 

「うん、わかってるって。よーし、行くよラピス!」

「あきとおにーちゃんは?」

「とりあえずポリバケツに入れて運ぼうか」

 

肉片アキトの扱いは更に酷くなっていた。

 

 

 

 

 

 

「ウリバタケさ〜ん」

「おーなんだユキナちゃん。今は戦闘中で忙しいから、どっか隅っこで遊んでてくれよ。危ねえぞ」

「わかった。じゃあエステ借りるね」

「おう、オジサンは素直な子は好きだぞ…………待てい

 

ユキナの頭をガシッと特製キャッチャーで掴み取り、見事にゲットするウリバタケ。

一方のユキナは恨みがましい視線をウリバタケに向けていた。

 

「なによ。ちゃんと断ったじゃない」

「そういう問題じゃねえよ。外は戦場だぞ? エステに乗って何処に行く気だ?」

「ちょっとそこまで」

「そんな事言いながらバリバリあの真っ只中に行く気だろ…あらよっと」

「あうっ」

 

ユキナを説得しながら、続けてユキナと同じくエステによじ登ろうとしていたラピスを摘み取るウリバタケ。

肉片アキトが入ったポリバケツは捕獲対象外なのか放置されていた。

 

「お願い行かせて!」

「ダメだ。あんな危ねえ所に子供を送り出せるか。事情はわからねえでもねえが、幾らなんでも無茶ってもんだぞ?」

「そこをなんとか」

「ダメだ」

「む〜こうなったら…ラピス、今こそ特訓の成果を見せ付けるのよ!」

「くっ…木連式柔ってやつか!? だが、天才ウリバタケに不可能は無い! この絶対防御発生装置ならば、どんな攻撃でも防ぐことが可能だ!」

「はぁぁぁぁぁぁ…」

 

ウリバタケは自ら作り上げた発明品を天井目掛けて突き上げる。

するとディストーション・フィールドがウリバタケの周囲を覆い、更にウリバタケの身体が鋼に包まれていた。

その姿は神々しくも美しい――世間一般で言う『校長先生の銅像』の格好であった。とにかく完全防御体性の構えだ。

だが、ラピスは全く気に止めず気を練りこみながら前進にオーラがみなぎらせ、何故か目も光らせていた。そして、秘儀が炸裂する。

 

 

 

「うりばたけおじちゃんのけちんぼっ☆」

 

 

 

ズギュゥゥゥゥゥゥゥゥン!

 

 

 

「ぐはぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 

 

 

謎の効果音がフィールドを、そして鋼鉄の身体をすり抜け左胸直撃。吐血と共に倒れ付すウリバタケ。しかし、その顔は満ち溢れていた。

突然の事態に整備班全員が作業の手を止め、ウリバタケに駆け寄る。

 

『は、班長ー!』

「もう、悔いはねえ…」

『男だよアンターっ!!』

「ヤツは俺の心をさらりとえぐっていったぜ…」

 

男泣きをかます整備班を横に置いて、ユキナとラピスはさっさとエステに乗り込んだ。

だが整備班が居なくとも、それを止める人物はまだ居る。

 

「待ってユキナちゃん」

「艦長…」

「まだレンナさんで遊び足りない…もとい、レンナさんの説得は私達に任せて。ね?」

「ね? じゃないでしょ。ったく、真昼間っからのん気に女遊びなんて、どこのお偉いさんよ」

 

皮肉まみれのユキナの言葉も、ニヘラ笑いで誤魔化すユリカ。

そこへ、いい加減痺れを切らしたのか、レンナの通信が聞こえてきた。しかも大音量で。

 

 

「はっやっく、出ってっこ〜い♪ アっキっトをさっさと差〜し出〜さな〜いと…唄っちゃうぞ♪

 

 

 

「艦長命令です! 現場に急行してください!」

 

「はいっ! 全速力で向かいます! びしっ!」

 

 

 

断腸の思いで、ユキナ達を送り出すユリカ。それでもお互いの敬礼は、素晴らしい程に決まっていた。

 

 

 

 

 

「艦長大変です! 無人兵器が全て行動不能に陥りました!」

「…レンナ殿。敵味方区別無しの殺戮兵器は反則…」

 

軽いノリで唄ったレンナの変な歌のせいで、かんなづきから出撃した無人兵器は全て再起不能となっていた。

辛うじてかんなづきと三郎太の乗るテツジンは難を逃れたが、一気に劣勢に立たされたこの状況に源八郎は苦悩の表情だ。

だがその時、上空より巨大な物体落下し、轟音が辺りに鳴り響いた。

 

 

 

 

 

謎の轟音が響く、その数分前。カキツバタではエステ隊の活躍により、どうにか三郎太のテツジンを退けていた。

それでも最初の攻撃が相当響いているのか、未だにフィールドを張れず無防備状態が続いている。

 

「第2格納庫にボソン反応! またボソン砲かと思われます!」

「全速後退! …もう! あの程度の戦力にここまでやられるなんて…!」

「全くですわ。ホント情けない」

 

エリナの言葉に答えるように呟いたのは、ようやく戻ってきたカグヤ。だが、女性3名と男性1名、子供1名の姿は無い。

またアカツキは、床を拭いている最中にカグヤに踏まれ足の下で昇天していたりする。

 

「今までブリッジを離れておいてよく言うわ」

「ホホホ…これくらいのハンデがあればこそ、盛り上がるというものでしょう?」

「いらないわよそんなもん! それよりこの状況を打破する作戦はあるんでしょうね!?」

「任せなさい。さあここから反撃…」

「上空より飛来する物体をキャッチしました!」

「私のセリフを遮るんじゃないわよ!」

 

カグヤの怒りが再び爆発。名も無きクルーは今この場に居ない数名と同じ運命を辿った。

 

「それより何よ物体って」

「これは…チューリップ!?」

「なんですって!?」

 

エリナとカグヤの悲鳴のような声がカキツバタブリッジ内に響く。それと同時にチューリップが大地を貫いた。

次の瞬間にはチューリップの口が開き、続々と戦艦、無人兵器、そしてジンシリーズが飛び出してくる。

それらは一斉にナデシコとカキツバタ目掛けて進撃を開始し始めた。

カキツバタは自らの武装とエステ隊で迎え撃つ体制だが、フィールドは未だに消失の状態。

ナデシコは無傷とはいえ、敵の数は膨大。文字通り大ピンチだった。

 

 

 

 

 

「報告します。都市駐留部隊はほぼ壊滅。例の相転移炉式戦艦にやられたものと思われます」

「例のナデシコとその同型艦か…ん? あれは…かんなづき? 何故ここに居る。おい、回線を開け」

 

正面モニターに映し出されるのは、かんなづき艦橋中央で仁王立ちをしている秋山の姿。

木連の艦隊が現れたにも関わらず、全く怯むことなく逆に相手の顔を鋭い眼光で見据えていた。

 

「源八郎、これはどういうつもりだ? まさか貴様…妹を独り占めする気じゃあるまいな!!」

「…九十九、今は妹を横に置いておけ。それよりだ、何故お前が艦隊を指揮している?」

「任せられた」

「嘘をつけ。ならば、お前の背後に映る四方を様々な萌え障壁に囲まれて悶えつつも目がギラついている閣下の姿はなんだ?」

「わかってるだろう。つまりはそういうことだ」

「わかってたまるか」

 

ツッコミを入れながら、なるべく草壁の方を見ないようにする源八郎。この時、草壁が理解不能な言動を発していたが、完全無視だ。

 

「九十九。悪いが今、我々は私情で動いている。それを罰するのなら幾らでもやれ。だが、それは我等に対してのみ行ってくれないか。

 約束をしてくれるのならば、我々はお前達の邪魔はしない。

 だが、もし仮にレンナ殿へ危害が加わるようならば、例え相手がお前でも容赦せんぞ」

「安心しろ。女性に手を出す木連人などいない………いや、約1名を除いていない。これは断言できる!」

 

拳を作り、熱く語る九十九。源八郎はといえば、瞬時に某マッドYの姿を思い浮かべたが、即座に脳内削除を決行していた。

通信を切り、九十九は遥か先に浮かぶ戦艦を見据え、命令を下す。

 

「よし、全軍の武装をもって攻撃開始! 目標、地球式相転移炉式戦艦。確実にし止めろ!」

『ハッ!』

「だが、万が一ユキナにかすり傷1つでも負わせるような事があれば、明日の朝日を拝めないと思え!」

『そんな無茶な…』

 

ぶつくさ言いながら、木連兵は無人兵器に命令を告げ、攻撃を開始する。

最初の標的となったのは、かんなづきの攻撃を受け大ダメージを受けているカキツバタだった。

 

 

 

 

 

「ま、まずいわよ! カグヤ艦長、何か作戦があるんじゃないの!? さっきそれらしい事言ってたじゃない!」

「う〜ん、遅いわね。そろそろ来る頃だと思ったんだけど。アイツ、本当に大丈夫なんでしょうね」

「何が! それよりこの状況を…」

 

エリナのヒステリックな叫びを遮り、カキツバタ各所から被害報告が寄せられ、更に爆発音が断続的に鳴り響いた。

カキツバタのエステ隊だけでは、増援として現れた敵の対処をしきれないようだ。

 

「仕方ないか…総員、退艦準備!」

「なっ、ちょっと何を勝手な事言ってるの! カキツバタを捨てる気!? アンタのお小遣いで払いきれる額だと思ってんの!?」

「ワタクシのお小遣い半年分で事足りるわよ」

「どんだけ貰ってんのよアンタは! そんなに持ってるなら寄付の1つでもしてみろ!」

「ゴチャゴチャとうるさいわね。今はそんなことを言ってる場合じゃないでしょう。死にたいの?」

「……わ、わかったわよ! それより…いつまで寝てる気なのアンタは!」

「エリナ君。床掃除完了。見てよこの輝き!」

「輝き過ぎて鏡みたいになってるじゃない! スカートの中を覗く根性ね!?」

「いや、それ誤解…ごはぁ!

 

アカツキは自らの血と涙で床を汚してしまった。彼の清掃はまだ終わりそうにない。

 

「カグヤ様。総員脱出艇内に退避完了。何時でも脱出可能です」

「よし、切り離…」

「あ、待ってください! カグヤ様、通信が入っています」

「来たわね」

「え!?」

 

カグヤが不敵な笑みを浮かべたと同時に、上空より数え切れない程の砲撃が浴びせられ、無数の機動兵器を包み込んで行く。

 

 

『うぎょわぁぁぁぁぁ!!』

 

 

カキツバタも一緒に。

 

 

 

 

 

 

「今度はなにー!?」

「艦長、アレ」

「アレ? あれって…トビウメ? まさか、お父様!?」

 

「わははははは! 見たか、これが地球人の底力よ!」

 

バカでかいモニターと音量で現れたのはユリカの父コウイチロウ。

自らが乗る連合軍戦艦トビウメを筆頭に、数多くの戦艦が火星上空を覆っている。

 

「お父様!」

「ユリカ…どうやら、ギリギリで間に合ったようだな」

「観光ですか?」

 

ズガシャァァァァン!

 

ユリカの天然ボケっぷりに連合軍及びナデシコクルーは一斉にコケた。

ナデシコクルーの中には、コウイチロウの超音波により既に倒れている者も存在したが。

 

「ユ、ユリカ。いくらなんでも観光はないだろう」

「あ、それもそうですね。じゃあ、何用で?」

「…赤き星、駆けつけてみれば、無下にされ」

 

コウイチロウは壁に向かいながら、悲しみの俳句を詠い始めてしまった。こうなると立ち直るのに数日は要してしまう。

 

 

 

「チューリップより敵の増援を確認! ……提督、ここで活躍すれば娘さんもきっと見直しますよ」

「よし、続けて砲撃! 残らず殲滅せよ!!」

 

簡単に操縦されてしまうコウイチロウだった。ちなみにトビウメ乗組員全員が、コウイチロウ操縦マニュアルを所持していたりする。

元気一杯のコウイチロウだが、それを遮るかのように通信が入った。

 

「殲滅じゃありません!」

「おや、カグヤ君。元気かね?」

「つい、数秒前までは元気でしたわ。コウイチロウおじさま、味方ごと撃つとはどういうつもりですか?」

「…撃ったのか?」

「ええ。見える範囲の物体全てを撃てと命じられましたので」

 

この時、たまたまナデシコは射程外に居たようだ。

 

「コウイチロウおじさま。説明願えますか?」

 

ババッ!

 

「あれ…?」

「来ないわね」

「どうしたのかしら」

 

何かを待ち構えるかのように身構えるカキツバタとナデシコのクルー一同。だが、何かが起こる気配はない。

 

「何か始まるのか?」

「そんな事を言って誤魔化そうとしても無駄ですわよ。さあ、ご説明願います」

「ぬぅ…そうそう。敵を欺くには、まず味方からと言うではないか」

「そんな欺き方をする人は3倍返しを適用して、全力で叩き潰しますわよ?」

「カグヤ君、気のせいか会った頃と性格変わってないか?」

「何を言っていますのコウイチロウおじさま。ワタクシは昔から一欠けらも変わっていませんわ」

「そうか。人を見誤るとはワシも老いたな。だが君と、あのクリムゾンの令嬢との約束は果たしたぞ」

「ふふ…ありがとうございます。しかし、彼女もなかなかやってくれますわね。見込んだ通りだわ」

「もうなんでもいいから、さっさと逃げるわよ! それより、どうしてくれるんですかミスマル提督!

 カキツバタが跡形もなくなってしまったではありませんか!」

「形あるものは何時か壊れるとお父さんに言われなかったかね?」

「後で軍にカキツバタの代金を請求しますからね」

 

コウイチロウがおもいっきり冷や汗を掻いたことは言うまでもない。

そんな事をしながらも、カキツバタから切り離されたブリッジ部分は脱出艇となり、連合軍に守られながらナデシコにとり付いていた。

 

 

 

 

 

「う〜ん」

 

一方のユキナ。先程までの勢いはどこへやら、一変して悩める子羊と化している。

横に居たラピスがかなり前から不思議そうに見つめていたが、堪りかねたのかユキナを問いただした。

 

「ユキナどうしたの? 行かないの? 早く行かないと、唄われて脳死しちゃうよ?」

「いやね、いきなり始まった木連軍と地球軍のドンパチなんだけどさ、この真っ只中を突っ切っていくってラピスに出来る?」

「え〜と………………確率98%くらいで」

「おおっ、いつの間にエステ操縦の技術を向上させたの、この娘は!」

「落ちる」

「期待した私がバカだったよ…」

 

「じゃあ、道は俺らが作ってやるよ!」

 

そんな声と同時に、ユキナ達が乗るエステの前に3色のエステが現れた。

ついでに、ナデシコへミサイルをぶっ放そうとしていたバッタ数十機を落としながら。

 

「リョーコさん!」

「ここは俺らに任せてアイツのとこに行きな!」

「そうだよ」

「いってらっしゃい」

「…ん? ねえラピス。気のせいか、ヒカルさんとイズミさんの言葉がぎこちないような感じしない?」

「丁度同じこと考えてた」

「なんでもねえよ。2人がぐだぐだやってたんで、ちょっと操作をな」

「操作? 操作って何?」

「リョーコったら立派な電波に育って…」

「それって褒めてる?」

 

ユキナの『ヨヨヨ…』なボケやラピスのツッコミにも、リョーコはただ不敵な笑みを浮かべるのみ。

さすがにこれ以上話しかけても無駄だと悟ったのか、ユキナは出撃するようラピスを即す。

フヨフヨと頼りなさげに少しずつ進み始めるユキナとラピス、そしてポリバケツで生ゴミと化しているアキトの乗るエステ。

その背後を護るかのように、3機のエステバリスがそれぞれ銃を構えた。

 

「最高の舞台にしてやろうぜ」

「ああああ…神が…神が降臨なされているぅ」

「ふっ…今なら必殺技の1つも出せそうね」

 

ヒカルとイズミは別世界に突入を始めたようだ。それでも、近づく無人兵器達を掃討している。しかも、いつもより的確に。

 

 

「………」

 

プチッ

 

「メグミさん、どうかしました?」

「ねえルリちゃん、世界って不思議で満ち溢れてるよね」

「なんですか突然」

 

一部始終の会話を聞いていたメグミは、改めて人の深さを再認識していた。

 

 

 

 

 

「ラピス、大丈夫?」

「以前の教訓。制限速度は守りましょう」

「ちなみに何キロ?」

「………牛程度」

「牛歩戦術! なるほど、焦らし作戦ね……って、いつになったら目的地に到着するのよ!?」

「おーノリツッコミ」

「牛歩でもノリツッコミでもなんでも構わんが、子供は退いてろ!」

「うわっ、た、高杉さん!?」

「…誰だっけ?」

「高杉三郎太! いつの日か真の戦士と呼ばれる男だ、覚えとけ! いくぜナデシコ! ゲキガンパァーンチ!!」

 

元からリョーコ達がナデシコを離れるのを待っていたのか、三郎太はナデシコ目掛けテツジンの巨大な手を放つ。

だが、そこへ飛び込む1つの影があった。

 

 

「特設会場はここかー!?」

 

 

ガゴォォォォォン!

 

 

「なにぃぃぃぃ!? 蹴りで俺のゲキガンパンチを弾き飛ばしただとー!?」

 

 

チュドォォォォォン!

 

 

『うぎゃああああああああ!』

 

「更に勢いあまって、自らナデシコに突っ込みやがったー!? 結果変わってねー!!」

 

目の前で起こった出来事に驚きを隠しきれない三郎太。そして、言葉さえ無いユキナとラピス。

謎の物体に特攻をかまされてしまった格納庫は大惨事。このような事態では、班長のウリバタケも萌え悶えている場合ではない。

 

「く〜…いったい何が……うおおお!? なんじゃこりゃぁぁぁ!? 敵の攻撃が直撃でもしやがったか!?」

「班長、あれを!」

「あん? ありゃあ…そうか! おい、そこのエステ! お前、ヤマダだな!?」

「ちがぁぁぁう! 俺の名はダイゴウジ・ガイ! 華麗なる復活を遂げた、不死身のヒーローだ!」

「うるせえ! てめえ、味方に被害を及ぼすとはどういうつもりだ!?」

「へへっ…仲間の大ピンチに颯爽と駆けつける俺。まるでゲキガンガー最終回のジョーのようじゃねえか。

 ムネタケ、身を挺して俺を助けてくれたことは忘れねえぜ。お前の意思は俺が継いでやる!」

「おい! お前、無視してこの場をやり過ごすつもりだな!? そうなんだな!」

「ふふふ、ヒーローってのはなぁ、あぶねえ事やってなんぼの商売なんだよ。わかるかウリバタケ?」

「わかんねえよ! つーか、ヒーローって商売なのか!?」

「折角、地球軍の戦艦に密航して駆けつけてやったんだ。有難く俺の好意を受け取れよ」

「全然うれしくねえ!」

 

延々と問答が続く廃墟と化した格納庫。

だが、絶好の機会であるにも関わらず三郎太は驚愕の表情のままだ。

 

「お、恐ろしい奴。俺の攻撃を防ぐだけではなく、味方の施設を破壊するとは…いったい何者だ?」

「その言葉を待ってたぜえ!」

「おい、ヤマダ! まだ話は終わってねえぞ!」

 

ウリバタケの抗議の声を完全に無視し、ガイのエステが再び三郎太の前に現れた。

 

「俺の名はダイゴウジ・ガイ! 地球最強の男であり、無敵のヒーローだ!」

「なに!? 貴様がか!? そうか…ならばお前を倒せば我々が勝利を掴む事になるのだな。

 ダイゴウジと言ったか。一対一の勝負、受けてもらう!」

「望むところだ! さてと…おい、アキト! ナデシコは俺が守ってやる!

 後方待機なんて柄じゃねえが、この場はお前に見せ場を作ってやるぜ。さあ、行けー!」

 

「アキト? …ラピス、アキト出して」

「はい」

 

チ〜ン…

 

 

「「逝ってるーっ!?」」

 

 

モニターに写された、未だに肉片となっているアキトの姿を見たガイと三郎太は、驚きを隠しきれない。

ユキナとラピスはといえば、どこからともなく取り出した鐘を鳴らしつつ合掌している。

 

「いや〜ちょっと加減間違えちゃったみたいで。結果、この有様」

「失敗失敗」

「お前ら、そんな気楽に…」

「そんな…これではレンナさんの野望が達成出来ない…どうすれば…」

 

突っ込む気力も沸かないのか、ガックリとうな垂れる三郎太。

気の毒に思ったのか、ガイは三郎太の乗るテツジンの肩をポンポン叩く。変な光景だった。

 

「おい、どうにかなんねえのか? これじゃあ話進まえねぞ」

「やっぱりそうかぁ。気が付いたら復活がアキトの七不思議だったんだけどなぁ〜。今までのダメージがここに来て一気に押し寄せたのかなぁ」

「う〜ん…どうしよう」

 

悩む2人。そこに、またも来訪者が訪れた。

 

コンコン

 

「入ってます」

「お約束」

「お約束はいいから開けてくれないか? 届け物だ」

「はいはーい。ラピス、ハンコある?」

「これでいい?」

「うん、ありがと。はいガチャっと」

 

ユキナがエステのハッチを開けると、そこには緑色の生物がフヨフヨと浮かんでいた。

背中にくっついているブースターがイイ感じに唸っている。

 

「ほれ荷物。ハンコくれるか?」

「これでいい?」

「ああ…? 珍しい苗字だな。『羅』? 中華系?」

「それはラピスの『ラ』。漢字で書くと『羅否素・羅頭璃』だから、略して『羅』」

「だって」

「…そうか。そんじゃポンっと。毎度〜…へりゃぁっ!!」

 

どこぞのヒーローのように手と脚をピーンと伸ばし、緑色の生物は遥か彼方へと飛び去った。

 

「ご苦労さま〜。さてと、なんだろうねコレ…瓶と紙?」

「ユキナこれって…」

「うん? 人体蘇生薬? おおっ、うってつけ! ラピス、早速やってみよ!」

「いいの?」

「いいの。藁にもすがり付いて摩擦熱で燃やし尽くしたい気分なんだから」

「それは悲しんでるの? 怒ってるの?」

「とにかくやってみるよ。で、どうするの?」

「この3つの瓶を使うみたい」

「うんうん」

「え〜と、1つは説明好きの人が造った限界ギリギリレッドゾーン突破寸前の高密度なガス

「うん」

「1つは緑の人が造った命を引き換えにしかねない程の恐怖を味わえる緑汁

「う、うん」

「1つは木連のマッドが造った毒と薬の境界線を常に行き交う不思議錠剤

「………で、それをどうするの?」

「3つをポリバケツの中に入れて塩とコショウを少々。後は3分くらい待つ…と、取り扱い説明書に書いてある」

「なにそれ!? うわっ、これ手書き!? しかも書いた人がアキトのお父さんだ! 芸能人みたいなサインがある!

 なんで!? あの人、本気で何者!?」

 

ユキナの大騒ぎを余所に、ラピスは説明書の通りにアキトの肉片が入っているポリバケツの中に3つの薬らしきのもをぶち込んだ。

すると化学反応を起こしたのか、狭いコクピット内に黒い煙で充満し始める。

ユキナとラピスはウリバタケの部屋から拝借しているガスマスクを身につけ、3分間の間 事の成り行きを見守った。

煙が収まり、ポリバケツ自体も気体と化したのか その姿を消していた。そして、代わりに佇む1つの影。

 

「あ゛〜…あ゛〜…あ゛ぐぉ〜…」

 

「中途半端に復活してるー!? というかゾンビー!!」

「これ失敗。塩が足りなかった」

「そこ!? 問題点そこ!?」

 

パッパッ

 

ラピスは、ゾンビアキトへお払いでもするかのように塩を降りかける。するとあら不思議、人間のアキトがそこに居た。

 

「長い夢を見ていたようだ…」

「そうか! これこそ乙女のなせる技なんだね!」

「ユキナ、乙女関係ない。もしかして開き直り?」

 

「「……」」

 

先程まで熱血しまくりで叫びまくっていたガイと三郎太はというと、あまりの事態に言葉を発するタイミングが掴めないでいた。

アキトがようやく姿を現した為か、ガイがようやく起動し始める。

 

「あ〜…ア、アキト?」

「ん? おお、ヤジンじゃないか。相変わらず熱いのか?」

「…もう、なんでもいいから行けよ」

「よくわからんがわかった! めくるめくトキメキツアーへ出立するぞ2人共!」

「「イエッサ!」」

 

元気よく返事をするユキナ&ラピス。アキトのエステは颯爽と空に飛び立っていった。

後に残されるのは、すっかり場の雰囲気をぶち壊されてしまった熱血が生甲斐の男2人。

 

「送り出してはみたものの…やっぱ納得いかねえ」

「慣れとは怖いものだな…ふふふ」

「まさか、ああいうのが日常茶飯事か? どこまで侵食されてんだお前は」

「言わせるなよ…」

 

またも無言でテツジンの肩をポンポンと叩くガイ。ここに新たな友情が芽生えつつあった。

 

 

 

「………」

 

プチッ

 

「ねえルリちゃん、平穏な日常っていつ来るのかな?」

「さっきからどうしたっていうんですか?」

 

やっぱり一部始終を聞いていたメグミは、世間の常識という概念に関して答えの見つからない迷宮に迷い込んでしまっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アキト…とその他全員の運命はどっちだ!? 続くような続かないような思わなくも無きにしも非ず。

 

あとがきです。

こんにちは、彼の狽ナす。

す、すみませぬ。遅れまくった上、代理人さんとのお約束『後2話で終わらせますよ!』が守れませんでしたぁ!

書くうちに話が伸びて伸びて…気が付けば100KB近く書いてる始末。

今回の話はコレを分けたものです。だから前編みたいなものなので、後の話もすぐにお届け……いえ、その内お届けします。

道のりはまだ遠いのかもしれません…(遠い目)

 

 

 

 

 

代理人の感想

挽肉に塩というからてっきりハンバーグでもげふんげふんげふん。

さすがに食料事情がいまいちの木連とは言えそれはねぇ。

さすがに彼らも緑色の小片は食べてないでしょう。(爆死)

 

今回はやや復調の兆しありかな?

「逝ってるー!?」で久々に大笑いさせてもらいましたから。

と、ゆーわけで早く続きをはりーはりー。