「テンカワさん、第3防衛ラインのミサイル群が接近しています、急いで帰還してください」
ルリが通信を無理矢理入れてくる。
「了解、ちょうどこちらも説得ができた所だ」
デルフィニウムを抱えナデシコに戻るアキト。
そして再度コミュニケを起動させる。
「ジュン、お前はユリカを守る…ユリカの騎士になりたいんだろ」
「そうだ!テンカワ、お前には絶対負けない!!」
いつに無く強気のジュン、先程の言葉がよほど嬉しかったのだろう。
「だったら力を手に入れる事だな、少なくとも俺以上の『武力』もしくはミスマル提督以上の『権力』を…でないとアイツは守れない」
「…!?どういう意味だそれは?」
アキトは何も答えない、そこで通信を切ってしまう。
「テンカワ…お前は何を知っているんだ?」
しかし直ぐにその事は頭の片隅に追いやられてしまう、ユリカの言ってくれた言葉が未だ頭の中で反芻されているのだ。












……余談だが20分後、涙目で通路を爆走する某副長の姿があった事を此処に記しておこう。


                  機動戦艦ナデシコ

                      時の帰還者

 

軍からの執拗な攻撃を振り切り単艦宇宙に飛び出したナデシコ、目指すは赤き星『火星』
とは言えなにぶん突然な発進であった為、全ての物資・装備を積みきれた訳ではない。
よって次に目指すは『サツキミドリ』
もっともこのコロニーでは、パイロット補充のみを予定されていたので物資・装備の補充は予定外の事である、それでも何とかなってしまうあたりいい加減と言うか、なんと言うか……
テンカワ・アキトは物思いに耽りながら一人通路を歩るいていた。
理由は言わずとしてしれたコロニー『サツキミドリ』
前回ではナデシコが到着した時点で既に陥落していたが今回は違う。
実はアキト、アカツキに頼んで前もって警告を出して貰ったのだ。
この事によってアキトは歴史に一石を投じたと言えるだろう。
この一石が水面に僅かに出来る波紋、その程度で終るか、それとも歴史と言う河の流れを変えてしまう程か……今はまだ分からない、そして分かった時にはもう取り返しがつかない。
はっきり言って分の悪い賭けと言えよう。
歴史を望むように変えていく――その観点から言えばこの事は正に愚挙…いや暴挙である、不必要にイレギュラーを増やすだけである。

(……そのような事分かりきっているのに俺は何故――?)

良心の呵責――では無い事は確かである、そのような物は『奴ら』に復讐を誓った時に捨ててある。
それにもし、そのような物を感じる心があるのならコロニーを5つも堕とす事など出来はしない…まして『奴ら』と対等に闘う事など夢のまた夢の話であっただろう。

(だったら何故…?)

どうどうめぐりの思考――答えは出てこない。


―――ブリッジ―――
現在ナデシコはサツキミドリから脱出したシャトルと通信をしていた。
なんでも本社から退避命令が出されたというのだ。
もっともこれがアキトの進言によるものだとは知るよしもない事だが。

「と言う事はサツキミドリに行っていも補給は受けられないのですか?」
『…いや、最低限の職員は残してあるから受けられないことは無い、だが情報が正しかったら直ぐに脱出するように指示してある』
「そうですか、貴重な情報ありがとうございます」
『…こちらこそ役に立てなくて申し訳ない、それでは良い航海を』
「はい、あなた方もお気をつけてください」

通信が切れ正面スクリーンが暗黒の宇宙をうつす。
「さて、いかがしますかな艦長?」
プロスが通信が終るのを確認して話しかける。
「予定通りサツキミドリに向かいます、ただし機関全速で」
「よろしいのですか?下手をすれば戦闘空域に突入しかねませんよ」
「はい構いません、何事も無ければそれで良いですし、もし戦場になっていたとしても到着が早ければ助けれる可能性が高いですから」
「なるほど、確かに経済的ではありますな」
ユリカの明快な答えにプロスも賛同する。
「それではしゅぱ〜〜〜つ!!」

―――サツキミドリ―――
サツキミドリ――隕石を利用して作ってあるこのコロリーが、火星行きの宇宙船の補給基地として作られたのは意外と古い。
本来は月で補給するのだが、補給基地としては月は余りに適さない。
理由としてはまず地球と月が余りに『近すぎる』のだ。
補給が少なくなった物資を補充するというのに、月に行く程度の距離では物資どころか燃料ですら十分に余裕がある。
次に『重力』である。
いくら月の重力が地球の六分の一とはいえ、物体が重力の綱を断ち切って宇宙に飛び出すにはそれなりの『力』が必要になってくる。
先述したように大して物資・燃料共に減っていない状態で月によることは燃料の浪費でしか無い。
よって理想的な条件を備えた補給基地が求められるのは当然の成り行きであり、そして作られたのがこのサツキミドリである。
…と、これがサツキミドリが建設されるまでのいきさつではあるが―――

「ったく、なんでこんな真似しなくちゃなんねーだよ!!」
「仕方いよリョ―コ、エステバリス乗れるの私たちなんだもん」
「そーじゃね!!なんで逃げる準備しなくちゃなんねーんだ!!来ると分かってるんなら逃げずに戦えってんだ!!」
「戦い…戦い……人が死ぬ事……それは他界。ぷ、ククク……」

―――少なくともこの3人には何の関係も無い。


―――再びナデシコ―――
「―――と、これがこっちの現状かな」
ナデシコのマークを写したウインドウから声が聞こえてくる。
本来ならTV電話よろしく相手の顔が映っているのだが今は写っていない、相手側が自分の画像を送っていないのだ。
字幕にするならきっと『Sound only』と書かれているにちがいない。
「そうか、こちらも今のところ大きな食い違いは出てきていない」
「……それもここまで…だろうけどね」
「……わかっている」
しばらく思考の海に浸っていたアキトだが今は気分を切り替え謎の人物―――アカツキに他ならないが―――と現状確認の真っ最中。
本来こういった通信は防諜の完璧なところでするのだがナデシコにはそんな所は無い―――正確には一ヶ所だけあるのだが(本社との秘匿回線室)一介のパイロットでしかないアキトがそうそう使う訳にもいかない。
よってこういった余り人目のつかない通路で通信するはめになる。
余談だが、アキトの自室はいつユリカが盗み見するのか分からないので余り使わないようにしている。
………
……

「そろそろサツキミドリに着く…切るぞ」
事務的な打ち合わせを二三したところで通信を打ち切ろうとする。
しかしアカツキがそれをとめる。
「あぁ…チョットまってくれ実はエリナ君のことなんだが」
「エリナがどうかしたのか…!?」
アキトの背に悪寒が走る。
「キミに『可愛がられ過ぎた』為にまだベットから起きられないそうだ」
ズル……
擬音化すればそんな音を立てて転んでいた。
「……アカツキ、一瞬本気で心配したぞ!!」
ドスをきかせた声でアキトが凄む。
「ハハハハ…まあそんなに怒りなさんな、チョットした軽いジョークだよ」
「まったく貴様という奴は……」
「でも『起き上がれなかった』、という点はほんとだよ、まあ今はもう起き上がっているけどね。次からは少し手加減してくれよ?お陰で彼女のぶんの仕事が僕の方に回ってきて大変だったよ」
「…………切るからな」
「OKじゃあまた今度」

ビィ―ビィ―ビィ―
通信を切ると同時にけたたましくサイレンが鳴り響く、どうやら着いたようである。


―――格納庫―――
「アキト!頼まれたモンできてるぞ!!」
格納庫につくやいなやウリバタケが声をかけてきた。
「はやいな…もうできたのか?」
「あたぼうよ、俺達整備班をその辺の奴らといっしょにされちゃ―困るってもんよ!!」
そう言ってウリバタケが指差す先には一振りの『剣』が設置されていた。
無論ただの剣では無い――いやそれ以前に人が振り回すような大きさではない、刀身部が5〜6メートルにもなり通常のエステバリスと同等程度の大きさを誇っている。
完全にこれはエステバリス専用の剣である。
「どうでい、ご期待に添えれたか?」
そう、これが以前アキトがウリバタケに渡したメモの内容であった。
エステに標準装備されているイミディエット・ナイフ、これが白兵戦時におけるエステ唯一の武器であるが、これでは心もとない。
しかも現在及び5年後までにおいて、白兵戦用の武器の開発は一切(一部の例外有るが…)行なわれていない。
これは現行の戦闘では、白兵戦の距離に持ち込む前に勝負は決してしまうためである。
しかしアキトの駆る『プラス』ひいては『サレナ』、あるいは『夜天光』などの機体の機動力になってくると、今度は銃弾の方が当てずらくなってくる。
よってウリバタケに開発を依頼したのである。
メモには簡単な概要しか書いていなかったのにそれをこんな短時間に――しかもおあつらえ向きに日本刀の形状にするとは…
「お前さんがいつも日本刀ぶら下げてるの見てな、だったらこいつも日本刀の形にしたほうが使いやすいと思ったんだがな…どうだ気に入ったか?」
「性能は?」
「イミディエット・ナイフを大型化し出力を上げてある、岩盤だろーが戦艦の装甲だろーがバターの塊と同じだ」
「銘は?」
「『霜刃』氷の刃、どんなんでも断ち切る刃って言う意味だ」
「パーフェクトだウリバタケ」
「感謝の極み」
左腕を胸のあたりで90度に折り曲げ一礼する。
その様を見てお互いに失笑をもらす。

―――サツキミドリ―――
突如として現れたバッタの軍団。
艦こそきてはいないが、数がはんぱでは無い、それこそまさに湯水のごとく現れてくるのだ。
最前線の戦場でもまずお目にかかれない程のバッタの数、そして濃密な殺気、今まさにサツキミドリは戦場と化していた。
「ちきしょ―!!一体どこからこんなにわいて来るんだ!!!」
「にげよ〜〜〜としてた理由はよく分かったね〜〜〜」
「にげる…にげる…にげる…二度蹴ること…それは二蹴る」
「このいそがし――時にくだらね―こと言ってんじゃね――!!」
幸いリョ―コ達は脱出時の護衛としてエステで出撃していたため、奇襲を受ける事にはならなかったがいかせん相手の数が多すぎる。
打ちもらした敵が着実にコロニーに損傷を与えていく。
ライフルの残弾確認。もう残り半分を切ってある、しかもこの数ではまず補給は受けられない。
「ちぃ、このままじゃジリ貧だ!ヒカル、イズミ集まれ!シャトルの脱出ルートだけでも確保するぞ!!」
リョ―コは散開してのコロニー防衛を諦める。
「え〜〜〜そうしたらコロニー落ちちゃうよ?」
「どのみち助かりはしねえ!だったら逃げ道だけでも確保しとかね〜〜とな」
「「了解」」


―――ナデシコ―――
遥か前方で花火の如く火花が点滅する。
無論それは花火などでは無い、一つ咲くごとに絶対の破壊をもたらす破滅の炎である。
距離に比例して物は見える大きさが小さくなる…そのことを考慮すると実際には大規模な爆発が起こっているのは想像に難くない。
「…やはり間に合わないか」
『プラス』が捉えているセンサーからも絶望的な情報が送られてくる。
別に間に合わないのは悲しむべき事ではない、少なくともアキトにとっては…むしろ正史通りに事が運ばれる事によって、イレギュラーの発生が避けれた、と思うべきであろう。
しかし無意識とはいえ口にでてしまったのは憤りの言葉―――いや無意識が故にこれがアキトの本心であるのかもしれない。
「おいアキト!!このままだと俺たちが着く前に沈んじまうぞ」
ガイが危惧するように今やサツキミドリは火の塊と化していた。
「……コロニーはもう助からん」
「なんだと!諦めるのかアキト!!」
「コロニーは助からんが、ひょっとしたら職員の乗ったシャトルが取り残されているかもしれんな…どうする?」
虚空に向かって呟くアキト。
『…アキト』
アキトの視線の先にユリカのウインドウが開く、そうアキトはガイではなくユリカに向かって話し掛けていたのだ。
「どうするユリカ…いや艦長?」
普段のようにユリカと呼ばずあえて艦長と呼ぶ。
この状況でシャトルを助けに行くのは自殺行為に他ならない、強固なディストーションフィールドに守られているナデシコならいざしらず、実際に救助活動をするのはエステバリスである。
すぐに囲まれてミサイルの雨にやられるのがオチである。
「…早く決めろ艦長、助けるか見殺しにするか」



「諦めるんだユリカ、酷かもしれないけど僕達はクルーの安全を最優先する義務があるんだ」
「そうです艦長、この状況で戦闘に突入するのは不利益しか算出されません」

確かにこの状況で助けに行く事はエステバリス隊に――アキトに――死ねというのも同義だろう。

「だからって見殺しにするんですか!?」
「落ち着いてメグミちゃん、何もそんな事いってる訳じゃないのよ」
「どこが違うって言うんですかミナトさん!!」

でも私達は――少なくとも私はそんな事をする為に艦長に、ナデシコの艦長になったんじゃ無い。

「い、いくらなんでも言いすぎだ、懲罰ものだぞ」
「だったら副長、回りくどい言い方せずにハッキリと『見捨てる』といったらどうなんですか!!」

ならば―――『私らしく自分らしく』するには―――

「機関全開!最大戦速でサツキミドリに向かってください、アキトは先行して戦闘空域に突入してシャトルの護衛にまわって!!」
「「えぇ!!本気かい(ですか)ユリカ(艦長)!!」」


『機関全開!最大戦速でサツキミドリに向かってください、アキトは先行して戦闘空域に突入してシャトルの護衛にまわって!!』
画面の向こう側でユリカが期待通りの指示をだす。
目の前に無力な民間人がいるならば助けずにはいられない、これが良くも悪くもユリカの性分である。
「…まったくお前という奴は」
無茶苦茶をいう…と心の中でつけたす。
ユリカには――ナデシコのクルーにはまだ自分の本当の実力を見せたわけではない、つまりユリカは自分の戦闘力を当てにせずナデシコの力だけで助けるつもりなのだ。



『無茶だユリカ!むざむざ死にに行かすようなものだ!!』
『そうです艦長、ここは引くべきです!!』
 
なにも知らぬユリカでさえ在るべき結末を変えようとする。
ならば知っている俺が取るべき行動は何か?
イレギュラーが起きないように指をくわえて見ている?
それで良いはずが無い。
イレギュラーが起きないという事は『最悪の結末』を再現するに他ならないのだから。
それが受け入れないから俺は『力』を欲したのでは無かったのか?
ならば――後はこの『力』を振るうだけだ!!

「テンカワ・アキト!先行する!!」
暗黒の宇宙に一筋の閃光が産まれた。


―――サツキミドリ―――
「え〜くそ!!ちっとも減ってねーぞ!!」
「リョーコ、これって本格的にまずいよ〜〜」
「そろそろマズクなってきたわね」
リョ―コ達はシャトルの発射口で完全に足止めをされていた。
つい先程まではサツキミドリの破壊を優先していたバッタ達がシャトルにも群がり始めたのだ。
これによってシャトル脱出ルートの制空権まで奪われてしまい、発射口付近で立ち往生してしまっているのだ。
制空権を奪いかえすべく、バッタを一ヶ所に集めディストーションフィールドの高速度攻撃でなんども数を減らそうとしているのだが、数が多すぎる、あけた穴もすぐに別のバッタが埋めてしまう。
もう此処までか、そう諦めかけた時―――
「3時の方向から何か来るよ!!」
「なにぃ!!」
―――漆黒の閃光が飛来した。


爆音。轟音。破滅と破壊の狂想曲が一面に響きわたる。
『プラス』の保持しているディストーションフィールドは従来機の約2倍強、これで高速度攻撃をしようというものなら単純に2倍の敵機が落とせる、しかもバッタは大量のミサイルを背に抱えているため、誘爆によって連鎖式に爆発していく。
それを横目にシャトルの僅か200メートル手前で逆噴射をかける。
突入時の勢いを僅かな距離で無くそうとするためアキトに巨大なGがかかる。
「全員無事か!?」
シャトル手前すれすれで止め全回線を開いて呼びかける。
「おう、俺達は大丈夫だ…ってなんだそれ?」
「うわ〜〜〜すごい格好ね?何かのコスプレ?」
「真っ黒くろすけ…くろすけ…手袋の反対…それは『ろくぶて』…チッいまいち」
アキトの格好をみた3人娘が思い思いにコメントする。
(そんなに変か……?)
ついついそんな事を思ってしまう。
今アキトは日ごろ着用しているマントを脱いで、その上に甲冑にも似た耐Gスーツを着けバイザーはそのままのという格好である。
確かにマント有りの格好に比べれば、いくらかマシではあるが、あくまでもいくらかは…である。
それはともかく気を取り直して続ける。
「こちらテンカワ機、補充のエステバリス隊、及びシャトル3機いずれも無事!!」

『了解アキト、じゃあ120秒後に援護射撃するからその隙にこっちに来てね。ルリちゃん計算急いで』

「聞こえたな!?今から120秒後にナデシコからの援護射撃がある、その隙にこの宙域を離脱するぞ」
「よし分った120秒持ちこたえたらいいんだな!?いくぜ!!」
掛け声と共に全機散開する。



眼前のバッタをイミディエット・ブレートで横一文字の叩ききる。爆散。
背後のバッタがミサイルを発射する。
そのままミサイルを引きつれ背後にいたバッタの一群に突入、交差。爆滅。
死角から迫ってくるバッタにライフルの正射を浴びせる。
ありとあらゆる角度から来る敵を切り、突き、撃ち、交差する、あたかも舞踊を踊ってるかのように。
歯向かう敵には一切の妥協を許さず完全な死を与える舞、完成された美しささえただよう完璧な戦舞。
そんななか画面端のタイマーに目をやる。60秒…まだ半分しか時間はたっていない。
アキトにはまだまだ余裕はあるが他の3人はそうはいかない。
先程から断続的にバッタの撃ちもらしが出てきている。
もっともシャトルに攻撃を仕掛ける前に後詰のイズミが打ち落としているがそれも間に合わなくなってきている。
「しまった!!イズミそっちに一機いっちまったぞ!!」
「ッ!!射線が…!!」
丁度シャトルの影にいて射線が取れない。
バッタの後部ハッチが開きミサイルを放とうとする。
「させるか!!」
すばやく回り込んだアキトがイミディエット・ブレートを投げつける。串刺しになったバッタが爆発する、放ったミサイルも誘爆していく、しかし一発のミサイルが最後尾のシャトルをかすめ爆発する。
幸い当たりが浅かった為か小規模な損傷しか見られなかった。
あらためてタイマーを見る。120秒…時間だ。


『収束グラブティーブラストいくよ〜〜〜!!』


黒い稲妻が解き放たれ射線上の障害物を次々と消し去っていく。
「…くッ!!」
あおりを受けシェイクされたコクピットのなかで悪態つく。
だが――そのおかげといってはなんだが、脱出に邪魔だったバッタ達が一掃された。
脱出プランはこうだ。
シャトルすれすれに収束グラブティーブラストを打ち込む、これによってナデシコまでの進路を邪魔するバッタ達を一掃、そして誘爆が治まる前に一気に駆け抜ける。
単純にして明快、そしてその変わリやり直しの効かないプラン。
そして――今、局地…いや局所的に制空権を取り戻した。脱出のチャンスはこの一度だけ。
「リョ―コちゃん先行して、脱出するぞ!!」
「「「了解」」」
リョ―コの赤いエステバリスを先頭に2機のシャトルが次々に発進していく。
しかし最後尾のシャトルだけが発進しない。
「どうした!!」
アキトが問う。
『ッ!!エンジンが…さっきのミサイルのせいか!!』
シャトルの機長が答える。
ミサイルで受けた損傷部の二次災害をさけるためAIがシステムチェックを優先させメインエンジンの始動が遅れているのだ。
「オイ、ど〜したんだよ!!」
「なんでもない!!そのまま突っ切れ!!」
こうなってはAIのチェックが早く終る事を祈るしかない。
その間にも誘爆は治まっていきバッタがじわじわと押し寄せてくる。







《チェック完了――エンジン始動できます》
シャトルに搭載されているAIが無機質な合成音でチェックの完了を伝える。
チェックにかかった時間わずかに30秒、しかし既にバッタ達はグラブティーブラストで空けられた穴をふさぎ終わっている。
時計の針を120秒だけ巻き戻したかのような風景。
機体の安全を守るべきAIのチェック機能、それによって脱出のチャンスを失うとは皮肉にもならない。
『どうする?』
「……」
『グラブティーブラストといったか?もう一発撃ってもらうか?』
「…無理だ、あれは普通のと違って連射は効かない」
『此処までか……』
背後に沈みゆくサツキミドリ、前方に無数のバッタ達。
いっそ歌いだしたくなるぐらいに絶望的な状況。
八方手塞がり、もはや生還の見込みなど、どこにも有りはしない。
しかし、それでも―――
「…いや、手が無い事も無い」
―――アキトはそう言いきった。






『本当ですか!?どうすれば!!』
年の若い副長が思わず身を乗り出す。
「何もしなくていい、ただ俺の後ろを全速力でついてこれば良いだけだ」
『正気か?バッタどもの群れを全速力で突っ切るだと?そんな曲芸じみた操縦はできんぞ』
副長とは対照的に落ち着いて機長が尋ねる、ここまで落ちついているのは、単に副長の倍近い歳のせいだけではないだろう。
正に歴戦のパイロットの名が相応しい。
「この直線コースを突っ切る…邪魔なバッタは全て俺が排除する。無理ではないだろ?」
アキトがシャトルとナデシコを一直線で結ぶ進路を提示する。
それを見た機長の脳裏に『この男は正気か…』そんな考えが浮かぶ。
バイザーごしでは相手の目を見ることが出来ぬが、少なくとも放つ言葉からは正気とうかがえる。
『断る…と言ったらどうする?』
「どうもしない、俺だけナデシコに戻らせてもらう」
苦しさ紛れの苦肉の策…という訳でもなさそうだ。
ここに来て機長も腹をくくる、どの道この怪しげな男を信じるしか助かる手は残されていないのだ。
『いいだろう、その策に乗ってやる』
その言葉を聞いてアキトの顔に例の冷笑が浮ぶ。




「プラス…リミットオフにしろ」
怒りとも喜びとも判別つかぬ感情が胸を駆け抜け脳内のナノマシーンが活性化し発光する。
その光が全身を包む――ナノマシーンの発光現象――この時代ではホシノ・ルリでさえ成し得ないIFSによる超高速情報処理。
《了解…可動限界まで後3:00》
『プラス』に内臓されている小型相転移エンジンに火がともる。
10メートルに満たぬエステバリスには不必要なまでのエネルギーが生産される。
間接部にスパークが走り、背中のブースターに余剰エネルギーが流れ出す。
「木連式抜刀術『閃』!!」
アキトの視界がコマ落としの風景になる脳内のナノマシーンによる膨大な情報処理の産物だ。
バッタ、シャトルそして自分の――プラスの動きですらスローモーションで写る。
「ウオオォォ―――!!」
口から叫び声が放たれる、しかしすでにそれは言葉ではない。
途中ナデシコからの通信が繋がるが気にも止まらない、ただ目の前の障害物を突き・切り・払い・撃つ。
進路上のバッタを一機も撃ちもらさず破壊していく、両側面に集中展開したディストーションフィールドがバッタの爆風や残骸からシャトルを守る。
程なくして進路上にナデシコが写る。





――ナデシコ―――
『この直線コースを突っ切る…邪魔なバッタは全て俺が排除する。無理ではないだろ?』
『断る…と言ったらどうする?』
『どうもしない、俺だけナデシコに戻らせてもらう』
『いいだろう、その策に乗ってやる』
メインモニターにアキトが表示したコースが映し出させる。
全速力で飛びながら邪魔なバッタを全て排除する――相手の正気を疑うどころか狂気でさえ疑うような作戦。
「そんな…無理だよアキト、メグミちゃん通信繋げて!!」
「りょ、了解しました――アキトさん!無茶な真似は止めてください!!アキトさ……ヒッ」
そして見ることになる――狂気に満ちた獣の姿を。
「そんな!!こんな事が…ミスター!!」
「まさか――後天性IFS強化体質!?」
全身を白銀に発光させ怒りとも喜びとも判別つかぬ表情を顔に浮かべる獣を!!
邪魔する敵をただただ突き・切り・払い・撃ち・破壊し・叩き潰し・陵辱する悪魔としか形容できぬ機動兵器!!
いや、すでに『それ』は機動兵器という範疇を完全に逸脱している。
もし『それ』を機動兵器と呼ぶなら一度『機動兵器』という言葉の定義を考え直さねばならぬほどに……それほど美しく、そして無慈悲であった。



戦い終わりはずいぶんとあっけないものだった。
中央突破したアキトをおってきたバッタを、いち早く正気に戻ったユリカがグラブティーブラストでなぎ払わし、壊滅させた。
結果、ナデシコは無傷でサツキミドリのクルーを助ける事に成功した。
しかしナデシコのメインクルーは言い様も無い恐怖に捕らわれる事になった。
無論それを口にするものは誰もいなかった……だが
(もし『アレ』と戦うような事になったら……)
そんな有り得ないはずの考えを捨てる事はついに出来なかった。
ただ一人、黄金色の瞳をもつ少女を除いて……
だから誰も気づく事は無かった。
「やっと会えた…やっぱり貴方だったんですね……」
と呟いていた事は……


続いてるゥ――!!(驚嘆形)

〜兵器・人物紹介〜
―――ブラック・サレナ(全地形対応型)―――
アキトが今現在つかっている機体。
全長8メートル、幅6メートル(肩部バーニアふくむ)ノーマルエステバリスよりも一回り大きい。
アキト本人は現在使用っているブラックサレナを『プラス』未来で使用していたブラックサレナを『サレナ』と呼び分けている。
アカツキの命によってスキャパレリ・プロジェクトと平行して進められる事になった『プロジェクトB』の研究成果、勿論『プロジェクトB』のBはブラックサレナの略である。
『プロジェクトB』の概要は単純で無敵のエステを製作しようものである。
当初の目的ではブラックサレナを製作する予定であったが、追加装甲の組成に始まりジャンプフィールドの発生装置、小型相転移エンジンなど、現在においては全くのブラックボックスである部分が多すぎるため計画は初期段階で頓挫してしまった。
よって計画を変更し、現在理解可能な部分を徹底的に解明し、その上で最強の機体を作るというものになった。
この時にブラックサレナの戦闘データが参照され、製作可能な機体…『夜天光』に白羽の矢が当たった。
もっとも、このことはアキトにとって皮肉でしかないだろう。(正史において大戦末期には夜天光は完成していた)
このため『プラス』は夜天光と外見が似ている。
性能は通常のエステバリスの約二倍強の出力が有り、テストタイプの小型相転移エンジンも組み込んである、リミットオフする事によって小型相転移エンジンを始動させ短時間であるが『サレナ』と同等程度の機動ができる。
この小型相転移エンジンだが、これは正史においてウリバタケが『エステバX』に使っていたものとほぼ同型である…つまり欠陥も同じである。
大量のエネルギーが処理しきれなくて内部爆発が起きる、ならば余剰エネルギーを常に背のブースターから垂れ流すことによって内部爆発を無くし機動力を格段に上げる…これがリミットオフである。
もっとも其れであってもエネルギーが蓄積されていくので3分程しか使えない。
フルバー○ト…?とは突っ込んではいけない、筆者がものすごく凹むから(笑)
映像的には『アーマード・○ア2』のオーバーブーストに似ている。
余談だが『全地形対応型』と歌われているが、両足を取っ払っているため、狭い空間(洞窟など)での格闘戦は苦手とする。

後書き
あ――――と、え――――と……
そ、その…ご、御免なさい 物凄く間が開いてしまいました……m(_ _)m
学期末でレポートとか試験とかが重なってしまって(汗)
決して…決して、書くのを忘れてた訳では無いです…
だからガイ…君もすみっこでいじけないでくれ…忘れてた訳じゃ無いんだから……いつか君にも活躍の場が……
何はともあれ、次はいつ頃できるのだろうか……(遠い目)

後書きの後書き
いや〜〜〜何とか5話、書き上げる事が出来ました。
今まで書いてきたなかで一番の難産でした。
10行書いては20行削る……そんな試行錯誤の末に書き上げました。
そもそも凡才である自分がユリカ嬢の戦術を真似しようとしたのがそもそもの間違いで……(涙)
なにはともあれ、作中で少し分かりにくい所が有りますので、少し補足を…

『グラブティーブラストといったか?もう一発撃ってもらうか?』
「…無理だ、あれは普通のと違って連射は効かない」

このシーンですが、ここで指しているグラブティーブラストは収束型のほうです。
元来、ナデシコが保持しているグラブティーブラストは拡散型で、文字どうり広範囲の敵を殲滅するのに用います。
しかし、普通にこれを撃ってしまうとシャトルが巻き添えを食らってしまうため、わざわざエンジンに負担をかけ、時間をかけてまで、拡散するグラブティーブラストを収束した訳です。
そのための120秒であり、ルリの計算であったわけです。

 

 

 

代理人の感想

いや〜、遂に復活しました「時の帰還者」!

Actionでは割と珍しい前向き逆行アキトを擁するこの作品、実は結構好きだったり。

・・・・・・アキトもウリバタケと同レベルの人だったと言うことが今回暴露されましたが(爆)。

あ、そう言えばここでお約束の一言を。

 

 

足なんて飾りですよ。

お偉いさんにはそれがわからんのです!

 

それではまた次回(笑)。