＜ 時の流れに福音を伝えし者 ＞
第一話． その一 『「男らしく」でいこう！・・・ここは何処だ・・・そして俺は』
でもって君は？
風を・・・顔に感じた。
何を馬鹿な事を考えてるんだ、俺は・・・
もう俺の触覚は、殆ど無いに等しいはずだ。
サワ、サワ・・・
草木の匂いを・・・嗅いだ。
久しく・・・いや、忘れたと思っていた匂いだ。
もう、嗅覚さえ無いはずなのにな。
リー、リー、リー・・・
サラ、サラ、サラ・・・
草の音と、優しく頬を撫でる風の音と、虫達のさえずる声が聞こえる。
全てが懐かしく・・・
俺の心を揺さぶる。
あの火星での草原の思い出が、俺の心の底から蘇る。
夢・・・の筈だ、これは。
そして俺は意識の底から這い上がり・・・
目を・・・開けた・・・
視覚補助のバイザーが無い事は、何となく感覚で解っていた。
だが・・・
頭上に煌々と輝く、白銀の円
「何故・・・月が見える。」
俺が裸眼で見たのは、美しい満月。
一体、月を自分の眼で確認したのは、何時の事だったろうか？
昔の・・・今は心の底に封印した筈の記憶で見る、最後の月の姿は・・・
隣には愛する人と、守りたい人と・・・俺の大切な家族と。
三人で見上げたはずだったな。
お互いの幸福を祈りながら。
「視覚が・・・戻っている？
聴覚が、嗅覚が・・・五感を俺が感じている！！」
両手を握り締め、身体の各部を触ってみる。
こんな・・・馬鹿な！！
夢にしては、余りにリアルすぎる！！
何より月夜に浮かぶ俺の服装は、何時も着用している漆黒の戦闘服ではなかった。
そして俺の横には大きな荷物と、見覚えのある一台の自転車？
「これは？
俺が地球で昔コックをしていた時の、服装だ・・・何が起こったんだ。」
現状を確認し・・・俺は更に混乱をした。
その時、俺の脳裏に懐かしい声が聞こえた。
（アキト！！）
（・・・ラピスか！！）
（うん！！ 今、私は昔いた研究施設にいるの・・・どうしてなの？）
昔の研究施設、だと！！
まさか！！ 過去に・・・戻ったというのか！！
しかし、ラピスとのリンクが繋がっているのは何故だ？
・・・もしかしてラピスとは身体的ではなく、精神的に遺跡を介して繋がっているという事なのか？
（・・・アキト、私の身体が６才に戻っちゃってる。）
そのラピスの言葉で、俺は確信をした。
俺は・・・俺達は過去に戻ったんだ。
（そうか・・・どうやら信じられない事だが、過去に跳んだらしい。）
（やっぱり、そうなんだ・・・）
俺は・・・やはり心の奥底での願望を捨て切れなかった。
もう一度あの頃へ、という願い。
その願いが叶う事など、無い筈だった・・・
今、俺は全てを・・・全ては白紙に戻ったのだろうか？
いや違う！！
俺の身勝手な願望が、全てを白紙に戻したんだ！！
ならば・・・同じ過ちを繰り返す訳には、いかない！！
（ラピス！！ 頼みがある、今の年月日と時刻を教えてくれ。）
（うん・・・えっと、今の年月日は２１９６年・・・）
やはりあの時の時間、か・・・
ユリカと再会し、ナデシコＡに乗る事になる運命の時・・・
前回の・・・過去の二の舞にはさせない！！
（ラピス・・・必ず北辰より先に、研究所から助け出してみせる！！
だからこれから頼む事を、地球で実行してくれないか？）
（・・・うん、解ったよアキト。
私はアキトを信じる。）
（・・・済まない。）
そして俺はラピスにある計画を託した・・・
この計画は、この先にどうしても必要な事だった。
そして、俺は自分の考えを全てラピスに話し終わった時
月はその姿を大地に沈めつつあった。
（・・・以上だ、俺はこれからナデシコＡに向かう。）
（うん・・・何時でも話しかけていいよね、アキト？）
（ああ、何時だって話し相手になってあげるよ。）
寂しいんだろうな・・・済まんラピス、今は側に居る事は出来ない。
今は話し相手としか、ラピスに接する事は出来ないんだ・・・
（じゃあ、行って来る・・・）
（頑張ってね、アキト・・・）
そして、俺はユリカとの再会の地に向かおうとしたとき、目の前に光の粒子が集まりだした。
「な！ ボソンジャンプだと！ この時こんな事はなかったぞ！」
光がおさまった後には、白銀髪の子供が立っていた。
僕は光に包まれて後、目の前に広がっていたのは草原だった。
「ここ何処？ 火星じゃないと思うんだけど・・・」
遠くの山を見ると、沈みかかっている丸くて青白い月が見えた。
・・・って、青白い月！？
そんな馬鹿な！
火星には衛星はないはずだよ。
じゃあ、ここは地球？
それこそあるはずがない！
地球には雑草一本だって生き物は存在しない。
まして、地球の月は真っ赤だ。
これはまるでサードインパクトが起こる前の地球。
じゃあ、あの四角体はタイムマシン？
「キミー・・・」
僕の後ろで声がかかった。
後ろを振り向くと、ボサボサ髪の高校生くらいの男性がいた。
人がいるってことはやっぱりここは僕のいた地球ではないことは確かだ。
もしかして、ここに来た瞬間を見られた？
どう説明しよう？ 僕だって現状を把握できてないのに・・・
「君は、火星の人間なのか？ ボソンジャンプして来たみたいだが？」
ボソンジャンプ？ もしかして今の瞬間移動のこと？
それに火星人って・・・
この人、何か知ってるみたい。
聞いてみなくっちゃ・・・
目の前に現れた子は、何やらまわりを見て驚いている。
それにこの容姿、
白っぽい肌の色や白銀の髪、
瞳の色が紅いが、マシンチャイルドのようだ。
少なくとも、遺伝子に普通の人と差違があるのだろう。
先ほど口にした『火星じゃない』という言葉。
もしかしたらこの子は火星の生き残りなのかもしれない。
とにかく、聞いてみないことには何もわからない。
「キミー・・・」
声をかけるとその子は振り返り俺の方を見た。。
俺を見てまた驚いていたようだが、
構わず、俺は質問をした。
「君は、火星の人間なのか？ ボソンジャンプして来たみたいだが？」
白銀髪の子は俺の質問に首を傾げる。
ちがうのか？
「あのー、ボソンジャンプって今僕がここに現れた現象のことですよね。
出来たらそのことについて教えてくれませんか？
僕も現状を把握できなくて・・・」
しまった、
ボソンジャンプの名前を出すのはまずかったか。
この時代で詳しいこと話す訳にもいかないし・・・
「ところであなたは誰ですか？」
「ああ、俺はテンカワアキト。 ・・・一応コックだ。」
そうか、今の俺はまだコック見習いなんだな。
また料理が出来るのか。
「僕はイカリシンジといいます。
ここは地球なんですか？」
ここが地球であるかを聞いてきた。
やはり火星から来たのか？
「ああ、地球のサボセだよ。」
「今年は西暦何年ですか？」
なぜ、西暦まで聞くんだ？
まさか、この子も俺達と同じように時間移動をしたのか？
「今年は西暦に２１９６年だ。」
２１９６年！！！
サードインパクトの前に戻ったならともかく
サードインパクトが起こった後の西暦に来るなんて。
もしかしてここはサードインパクトを回避できた平行世界なの？
「じゃあ、二十世紀最後にセカンドインパクトってありましたか？」
「いや、聞いたことはないが？」
セカンドインパクトがない？
それじゃあここは使徒がいない異世界なの？
いや、この人はあの四角体の力を知っていた。
という事は、この世界にもそれがあるってことだから
全く別の世界って訳じゃないな。
とにかく、この人にこのことを話してみよう。
「あの、どうやら僕はこの世界と似た世界からボソンジャンプできたみたいです。」
なんだって
ボソンジャンプは時間移動が出来るが、
別世界まで行けるのか。
「君は、どうやってボソンジャンプして来たんだ？
俺の知る限りでは、
ボソンジャンプは、空間移動と時間移動しかできないんだが。
それに、何で良く似た世界だとわかるんだ？」
「僕がこの世界に来たのは事故なんです。
火星にあった空洞の中の四角体に触れたとたん
僕の体の中に何か入って来て、
その後、体に光の線が浮かび上がって
光を纏ったと思ったら
次の瞬間ここにいました。」
四角体？
もしかして、遺跡に触れたのか。
体の中に入ったのはおそらくナノマシンだろう。
それがシンジくんの体を作り変えたんだろう、
だが、だが遺伝子レベルでそんな急に体を改造すると普通は死んでしまう。
どうして、シンジくんは生きているんだ？
「良く似た世界と思ったのは
あなたがボソンジャンプと言う技術を持っていたからです。
これがあるという事は、僕の世界と同じように
火星にあの四角体と同じ物があると思ったからです。」
なるほど、地球や火星と言ったものもあるし、
共通点はたくさんある。
「だが、違いは何なんだ。
さっき言ってたセカンドインパクトってやつか。」
おそらく、インパクトって言うんだから
歴史に残るほどの災害かなんかだろう。
「はい。 それともう一つ。
２０１６年にサードインパクトいうのが起きて
世界は僕だけを残して滅んでしまったんです。」
な、そんなことが・・・
「すまない、聞いちゃいけないことだったか・・・
しかし、どうして君だけ唯一生き残ったんだ？」
「それなら僕の記憶を
見てもらった方が早いです。」
どういう事だ？
自分の記憶を見せるなんて
できるのか？
シンジくんは右手を前に差し出すと
俺の額に触れた。
「アビリティ、『アラエル』」
シンジくんが呪文のようなものを唱えると
シンジくんの手が光が紅く輝いた。
すると、俺の頭にイメージが流れ込んで来た。
取り込まれる女性
子供置いていく父親
『妻殺しの息子』と呼ばれ続ける少年
父親からの手紙
陽炎の少女
紫の鬼の巨人
折れた痛みが走る左腕
知れない天井
殴られる少年
蒼髪の女の子の笑顔
赤髪の女の子の意気込み
二鬼の鬼のユニゾン
マグマに潜る赤鬼
三鬼の鬼の共戦
闇に落ちる紫の鬼
握り潰すプラグ
赤鬼の切り飛ばされた首
溶けていく自分
苦しみ乱射する赤鬼
自爆する青鬼
水槽に浮かぶたくさんの少女
白銀と紅い瞳の少年
握り潰す親友
やつれた少女
血を流す義姉
九匹の巨大な爬虫類
貪られる赤鬼
羽を広げる紫の鬼
超巨大になった赤い瞳の少女
そして、赤い海・・・
「・・・今のが？
こんな事があったのか。
この力を持っているという事は
きみは・・・」
今のイメージが正しければ
シンジくんは・・・
「はい、僕は人間じゃありません。
この力もサードインパクトで手に入れた
使徒の力です。」
そうなのか、やっぱり・・・
「だが、こんなことを
見ず知らずの俺に話してもいいのか？」
「詳しいことを教えてもらったんです。
なら、僕も質問に答えるのは当然ですよ。」
そうか、
なら、俺のことも伝えなくちゃいけないか。
「実はな、俺もついさっき
数年先の未来から事故で
この時代に来たばかりなんだ。」
「あなたもボソンジャンプの事故で・・・
ボソンジャンプって事故が多いんですか？」
俺はシンジくんにボソンジャンプについての
大まかなことを教えた。
他にもこの世界でのことや
未来でのことなどを含めて・・・
「そんな事があったんですか。
それで、アキトさんはこれからどうするんですか？」
シンジくんは俺に尋ねてくる。
これからのことは既に決まっている。
「俺はこれから歴史通り
ナデシコに乗るつもりだ。
あんな未来にしたくないからな。
君はどうするんだ？」
「できたら手伝わせて
もらってもいいですか？
行く所もありませんし。」
なに？
だが、ナデシコに乗れば・・・
「戦いに巻き込まれるぞ。
ほんとにいいのか？」
「はい、戦いなら前の世界で慣れてますし
元の世界に帰れても
退屈なだけですし。
僕の力なら何かお役に立てるかもしれません。」
シンジくんの力があれば
確かに心強い。
だが、前の世界の戦いの中で
シンジくんはかなり酷い目にあった。
そんな子を俺の戦いに巻き込みたくない。
「お願いします、
これから大変なことが起こるっていうのに
知ってしまった以上
放っておくことなんてできません！」
「・・・そうか。」
本人が望んでいる以上
これ以上止めるわけにはいかないか。
「わかった、一緒に行こう
これからよろしく頼む。」
俺は右手を差し出す。
「はい、よろしくお願いします。」
シンジくんも右手を差し出し
俺達は握手を交わした。