機動戦艦ナデシコ
- the prince of darkness -

 

 

第一章

 

 

火星の後継者からの極冠遺跡の奪回を主眼とした、ナデシコCによる火星制圧行動は、行動に携わった者達自身にさえ、
当初は順調に状況を推移させたまま、任務を達成できるのではないかとの思いを抱かせた。
「電子の妖精」の二つ名を持つ艦長ホシノ・ルリのオペレートによる、火星の後継者基地の電子的な制圧及び艦隊戦力の無力化、
極冠遺跡周辺の制空権の確保、出現が予想されていた、北辰を首魁とする機動兵器部隊の撃滅。
楽観的な発想を持つ乗員の一部に、あとは首謀者である草壁春樹元木蓮中将以下の火星の後継者幹部を拘束すれば、
今回の動乱は総て終わりに出来るとの見方をする者が出ていた事を軽率といって批判するのは、必ずしも公平な判断とはいえないであろう。

 

しかし、状況はある時点を境に急変する。

 

アキトの活躍で北辰を倒した事により、クルーの間に張り詰めていた緊張の糸が解けようとしていたナデシコCのブリッジに、
オモイカネの下位ユニットである戦術モジュールが発令した警報が響き渡った。
それは、極冠遺跡上空の火星引力圏外より飛来しつつある、所属不明の三十隻を超える、
駆逐艦クラスの質量を持った艦艇群の接近を示すものであった。
ブリッジ内に新たな緊張が走る。
クルーの視線が自分に集まっている事は理解しているものの、艦長であるルリも動揺した表情を隠しきれない。
なにより火星周辺宙域一帯の全システムを自分が掌握している状態で、
なぜ敵の艦隊行動が可能なのか、彼女自身理解できていない為であった。

 

「なにっ、」

 

「こ、これは・・」

 

声の上がった方を見やると、衛星軌道上の監視衛星からの画像を解析していたはずの、
ルリの副官のタカスギ・サブロウタ大尉とサブオペレータのマキビ・ハリ少尉が
苦虫を噛み潰したかのような表情で、自分を見つめ返している。どうみても、良い兆候ではない。

 

「どうしました。敵の情報についての、正確な報告をお願いします。」

 

いやな予感は高まっていくばかりである。

 

「敵艦隊の正体は、旧木蓮近衛宙航師団に所属する突撃雷撃艦艇部隊です。
 最高司令部からの密命を受け、敵勢力圏内に浸透し潜伏したのちに、
  予定時間になると目標に対し全力攻撃をしかける、帰還を前提としない特攻部隊です。
 決定的な隠密行動を主眼とするため、一旦命令を受け取った後の、行動の撤回は有り得ません。
 情報の混乱と漏洩を防ぐ目的で、極短超空間波帯域における暗号通信の送受信以外の情報の外部との入出力インターフェイスが、
 そもそも物理的に用意されていない馬鹿げた構造の艦なのですが、今回はそれを完全に利用されました。
 つまり、電子的な手段では、やつらには手のつけようがないということです。
 更に、まずいことには敵勢力包囲下での戦闘行動をも想定して設計されているため、防御力が格段に強いことが特徴になっています。
 多分、ナデシコCやユーチャリスのグラビティ・ブラストではフィールドを突破できないのではないかと予想します。」

 

サブロウタの報告は最悪といっても構わないものだった。
つまり、ナデシコCには、飛来する強力な敵艦隊と正面から物理的に戦う以外の選択肢が、残されていないことを意味していた。

 

ルリは現状を鑑み、一つの判断を下す。
十分ではないにせよ、打てるべき手は、打っておかなければならない。

 

「宇宙軍に緊急連絡。
 敵部隊の出現と戦闘行動への突入が不可避であることを報告。
 援軍として月面駐留艦隊の分艦隊派遣を要請。
 敵戦力分析内容結果も添付してください。」

 

通信士に対し、矢継ぎ早にルリの言葉が掛けられる。

 

本来の予定では、争乱終了後に遺恨を残さない目的で、宇宙軍の戦闘介入は行われない予定だったのだが、
このような形で事態が推移してしまっては、どうしようもない。
宇宙軍司令官であるミスマル・コウイチロウからも状況によっては、介入やむなしとの内諾を得ている。
政治的に問題の出ない範囲でぎりぎりの宙域、火星より三時間程度の到達距離に月面駐留艦隊の分艦隊が待機している。

 

「ならば、それまでの時間、俺とラピスで敵を足止めしよう。」

 

正面のスクリーン上に新しいウィンドウが開きアキトの顔が大写しになる。どうやら、ブリッジの会話を聞いていたようだ。

 

ユーチャリスが搭載する無人兵器による牽制と陽動を主力とした、火星大気圏外における時間かせぎ。
彼我の戦力を分析してオモイカネが立案した作戦の成功予測は、僅かに50%を下回るものであった。
逡巡するルリ。しかしながら、ナデシコC一隻で火星の後継者全軍を電子的に制圧し続けなければいけない現状では、
実際には他に採用可能な選択肢は考えられず、なによりアキトならば、
困難な状況下でも何とかしてくれるに違いないとの確信が心に浮かんだ。

 

「わかりました。月面駐留艦隊が到着するまでの、三時間の間だけ時間かせぎを宜しくお願いします。」

 

大気圏外へ向けて飛翔するユーチャリス。
最大加速で大気圏をぬけ、遺跡直上の宇宙空間で静止した後、敵艦隊を牽制するための無人兵器を配備していく。

 

無人兵器の展開を無視するかのように直進を続ける雷撃艇群。
両者が戦闘行動に突入したのは、分艦隊の到着予定時刻を遡ること二時間半であった。

 

 **

 

戦闘が開始されて一時間。

 

戦局は、オモイカネが当初想定した状況下で行われている。
大気圏突破を試み進入軌道を採ろうとする敵艦の頭を無人兵器群が押さえる形で牽制攻撃を繰り返す。
高出力の防御フィールドのおかげで致命的な損害を受けることはないものの、
制御可能な降下軌道を弾き出された雷撃艇が次々と降下を一時的に断念するという形で、
敵の大気圏侵入は未だ果たされていない。予定通り戦局は膠着している。
特に、北辰との戦いで防御ユニットを一旦解除してしまったブラックサレナが、
弾薬補給と再換装を終え十五分程前に戦闘空域に投入されて以来、ユーチャリス側の優勢が保たれている。
僅か一時間半程度の時間でブラックサレナの応急修理と換装が終わる辺り、半自動化された実験戦艦の面目躍如といったところであろう。

 

しかしながら、敵は大気圏突入を一旦断念し、ユーチャリスの殲滅を第一義とする攻撃に的を絞ってきたようである。

 

敵が、ユーチャリス殲滅を優先した場合、アキトとラピスの安全に対するリスク係数が
極端に大きな偏差を持つであろうことは、オモイカネも事前に申告している。
単純に言えば、アキトとラピスの命は状況次第でどうなるかわからないと、断言しているに等しかった。

 

密集隊形でユーチャリスへと直線的に進行してくる敵艦群。

 

アキトのブラックサレナはユーチャリスの前面に立ちはだかり、浴びせられる弾幕を避けつつ艦隊正面から突入していく。
先頭の艦艇に標的を定めると、すれ違うまで僅かな時間の間に、持てる火力の総てを注ぎ込んだ銃撃を叩き込む。

 

敵艦隊とブラックサレナがすれ違った後には、敵艦の爆発に伴う光の華が一つ形作られていた。

 

アキトが離脱した空域に、ユーチャリスからの砲撃が重ねられていく。

 

砲撃の余波を受けフィールド出力が低下した一隻の敵艦を見出したアキトが、
素早くブラックサレナを操作して機関部に攻撃を加え航行不能な状態にする。

 

敵の本分を奪うかのような、無謀とも思える一撃離脱の特攻攻撃を、アキトのブラックサレナは幾度も敵艦隊に対し繰り返す。

 

一点に絞ったフィールドへの執拗な荷重攻撃が、また一つ、新しい光の輪を産み出していく。

 

既に十隻程の敵艦を沈めることに成功している。
このままの状態で戦い続ければ、宇宙軍の到着はすぐなのではないかと、皆が思い始めた時に、その出来事は起こった。

 

無人兵器群の弾幕の中を突入してきた一隻の雷撃艇の放った宇宙魚雷が、
フィールド突破の衝撃でその進路を曲げられながらも、ユーチャリスへと肉薄する。
それは、補給を終えた無人兵器の発進途中で大きく船体を開いていたユーチャリスの兵器格納ブロック内で爆発することで役割を果たした。
破損個所がディストーション・フィールドのジェネレータ部にまで届いてしまった事は、
どうしようもない不運であったとしかいいようがない。

 

アキトの捨て身の努力により辛うじて保たれていた均衡は、破られてしまう。

 

ディストーション・フィールドを失ったユーチャリス。
アキトの目の前で、見る間に更なる被弾を受け、内部からの誘爆を伴いながら損傷を重ねていく。

 

艦橋付近に直撃弾が入る。
悲鳴交じりのイメージを最後に、ラピスからのリンクが切断される。ブリッジを写していたスクリーンには、
オペレーター席から投げ出されたラピスが床に横たわっている映像が確認される。

 

ラピスの危機に、一瞬注意が散漫になったためだろうか。ブラックサレナの肩にも爆光が広がり、左腕がもぎ取られる。

 

アキトの絶叫が轟く。
直後にブラックサレナの周りを取り囲んでいた艦艇のうちのニ隻が爆発四散するが、戦局に影響を与える程のものではない。
ユーチャリスの被弾により制御システムが損傷を受けたせいか、
もはや無人兵器は統制のとれた動きをしておらず、事実上無力化されてしまっている。
被弾したユーチャリス一隻と半壊したブラックサレナに対して、戦闘行動が可能な敵艦艇は未だ十五隻以上を数えていた。

 

坂道を転がり落ちるかのように戦況が悪化していく様子は、固唾を飲んでを事態を見守っているナデシコCの乗員にも同時に確認されている。

 

絶望感が全員の胸をしめつけていく。
もはや誰が見ても、これ以上の、戦闘行動の継続は不可能だった。

 

 **

 

今や、ユーチャリスは最期の時を迎えようとしていた。

 

艦内には、間断ない敵の攻撃の被弾に伴う損傷が積み重ねられ、設計の限界基準値を超えたブロックから次々と爆発、
もしくは圧壊、或いは機能停止という形でダメージが蓄えられていく。

 

制御コンピュータの知能回路が、自己判断により修復を目的とした命令を末端のモジュールに対し連続して発令していくが、
物理的に回路が寸断されていく為、その要求は完遂されることなく、修復の失敗を警告するバッファに処理が積まれるばかりで、
もはや実効的にはその機能を果たす事は出来なくなっている。

 

致命的な損傷を示す警報が鳴り響き、人の手による即時の対応を要求し続けるが、それに応える者は現れるはずもない。
有人航宙艦のシステムにとり、最優先課題であるはずである居住ブロックの気密確保のための隔壁制御ですら、
もはや果たされなくなっているであろう事は、外壁に穿たれた巨大な亀裂を原因とすると思われる、
艦内の空気の流れを観察すれば一目瞭然であった。

 

様々な資材が散乱し、もはや原型を留めない状態になっているブリッジに、淡い光が現れ、人の形を採り始めた。

 

意識を失ってしまったラピスの生命を助け出そうとして、戦闘の継続を断念したアキトが、ボゾンジャンプを利用して帰艦したためである。
ラピスから伝えられたイメージにより、艦に加えられた損傷が致命的なものであることをアキトは理解している。

 

艦内に大きな揺れが走った。至近の空域に放棄してきた、ブラックサレナが敵の集中攻撃により爆発し、
その衝撃でユーチャリスが揺さぶられたのであろう事は、残念ながら、確認するまでもないことであった。

 

振動で微妙な平衡が崩れたのだろうか。
意識の無いラピスに覆い被さろうとするかの様にいくつもの鉄骨が降り注ぐ。
一切の躊躇いを見せずに、アキトはラピスの前に身体を投げ出していく。

 

ラピスの意識の脱落を知ったルリは、先程からユーチャリスのシステムを掌握し、事態を好転させようと必死の努力を続けるている。
しかし、操作する手の平の先からこぼれるように、ユーチャリスのシステムは物理的損傷により次々とその機能を失い、自壊していく。

 

いかにルリが「電子の妖精」と呼ばれる程のオペレータでも、もはや成す術は残されていなかった。

 

最後に残った船内監視カメラの映像は、艦橋で意識を失い倒れていたラピスを、最寄のエアロックまで何とか連れ出したアキトが、
脱出カプセルの中に押し込めようとしている姿を捉えている。
ボゾンジャンプを試みようとしない点から判断すると、戦闘中にCCを失ってしまったか、
肉体的な怪我、或いは意識的な問題でジャンプに出来ない状態なのであろうと考えられる。

 

ラピスを庇う姿が右手しか使っていないこと、更に抱え上げたラピスのスーツが血に染まっている事を思うと、
アキトは左半身にかなりの怪我を負っており、この痛みでジャンプ必要な精神集中が不可能になってしまっていると判断された。

 

蒼白になったルリが、状況を解決する糸口を求め必死に思考を巡らせている内に、
画面は脱出カプセルの放出の様子を映し出したかと思うと、次の瞬間には映像を大きくぶれさせた後にブラックアウトする。

 

そして、程なく上空からの衝撃波がナデシコCのディストーション・フィールド微かに揺らしていく。
ユーチャリスの相転移エンジンの爆発を確認との、オモイカネのメッセージが、無情にもスクリーン上に表示される。

 

再生された、通信が途絶する直前の映像中のアキトは、エアロック内に倒れたまま一切の動きを止めていた。
僅かな可能性にかけ、祈るようにゲージを確認するルリ。
しかしボソンジャンプを表すはずのボーズ粒子の増大反応は、該当する時間帯には一切記録されていない。
言葉を失うナデシコCのブリッジ。

 

ユーチャリスという障害を排除した、敵艦隊の大気圏突入を伝える戦術モジュールの警報のみがブリッジに響き渡る。
ナデシコCを統括するオモイカネは、ここに到り、想定していた作戦の完全な成功の可能性が殆ど無くなったことを報告する。

 

ユーチャリスの轟沈により、戦況は激変した。

 

ナデシコCとの相打ちのみを目的として殺到する木連雷撃艦隊の猛攻の前に、
サブロウタやリョーコらのエステバリス隊の必死の抗戦も虚しく、
ディストーション・フィールドを突破した敵艦からのビーム砲が、いつしか機関部を直撃する。

 

一時的な電力供給の急激な低下により、鉄壁だったはずの敵情報通信システムの制圧状況に綻びが生じていく。

 

間隙を衝いて宙港の管制を取り戻したことで、以前から用意されていたと思われる全有人制御の高速巡航艦に搭乗した、
草壁春樹以下の「火星の後継者」主要メンバーは、単艦のみの緊急発進を行い火星宙域を離脱していく。

 

草壁の主旨に同意し参集したはずの、総ての味方を置き去りにして。
虎の子の雷撃部隊を、総てナデシコCを押さえる捨石とするため、更なる突撃を敢行させながら。

 

傷ついたナデシコCには草壁らを追う余力は、もはや残されていなかった。

 

ミスマル・コウイチロウの送った宇宙軍の増援部隊は、予定到着時間を上回る速度で戦闘空域に到達したものの、
僅かに三十分程度の差で間に合わず、事態に影響を与えることは適わなかった。

 

ラピスの脱出カプセルは宇宙軍の手で無事回収された。
スーツは血まみれだったが、助け出されたラピスは全くの無傷で、血痕は総てアキトのものであると判定された。
あれ程の極限状況下でラピスを守り通したアキトの行動に、彼を知るものは皆、変わり果ててた口調と外観を装っていた彼の心が、
実際には全く昔と変わっていなかった事を痛感していた。

 

意識を取り戻したラピスが、連絡を受けたエリナが到着するまでの間、ひたすらに艦内をうろつき回り、
会う者総てに、たどたどしい口調で「アキトはどこ・・」という言葉を投げかけていたという記録が伝えられている。

 

こうして、火星極冠遺跡を巡る戦闘は、双方の当事者達の心に手酷い失望と深い傷跡を残して終了した。

 

ナデシコCの艦長席に深く身を沈めたルリは、涙すら流すことの出来ぬまま、自身のとりかえしのつかない判断ミスにより、
自分にとり何より大切だったもの、その総てを失ってしまった喪失感に、どうすることも出来ず身体を震わせ続けていた。

 

 **

 

戦闘終結から三ヶ月程の後、地球、木連双方の高官協議により、
地球連合政府と火星の後継者の支持母体を標榜する木蓮内の有力衛星都市国家との間に休戦協定が結ばれた。

 

多大な人的犠牲を伴った争乱の末に得られた協定は、火星極冠遺跡を地球、木連双方の共同統治下に置いて理性的な管理を行うという、
数年分時計の針を巻き戻しただけの内容であり、良識ある者達の眉を顰めさせるに足るものだった。

 

あれだけの事をしでかしながら、草壁は未だ権力の座を追われることなく、
反地球連合を旗印にする木星圏の主戦派を中軸とした解放運動の重鎮としての、揺るぎ無い地位を確保している。

 

遺跡の戦闘に関わった者たち総てにとり、あまりにも出来の悪い映画のストーリ展開を
強制的に見せられているような醜悪な政治的茶番劇であった。

 

ともかくも、地球圏には再び平和が訪れた。

 

しかし、ルリにとってアキトのいない世界に訪れた平和という概念は、何一つ意味を持つものではなかった。

 

戦闘の後処理を終えた時点で、ルリは宇宙軍を離れていた。

 

かつての仲間達との連絡も途絶えさせたままだった。
ユリカとも一度も会話をかわしていない。

 

極冠遺跡を押さえた事で、アキトとルリにとり最大の目的であった、ユリカの解放には成功した。
遺跡との長期間のリンクの影響で極度に消耗し、意識を取り戻さないユリカが収容されている軍施設内の病棟を、
軍属を離れた後でもルリは毎日見舞った。
だが、それも自宅への連絡でユリカが目覚めたと聞くまでだった。

 

ルリのユリカへの献身を知る看護婦が気を効かせて連絡の労をとったのだが、
連絡を受けたその日のうちに、住んでいた部屋を引き払い、ルリは消息を消した。

 

ユリカにはどうしても会えなかった。

 

会えば、アキトが死んでしまった事を告げねばならない。
ユリカを前にすれば、自分のミスでアキトを殺してしまった自責の念から、何をしでかしてしまうか全く自信がなかった。
ユリカが聞けば、負担に思うしかない心の中に隠していた総ての想いを、洗いざらい打ち明けてしまいかねなかった。

 

あてもなく電車を乗り継ぎ、終電の時間にいた土地で無理やり宿をとって眠るという、
投げやりな日々を幾日か繰り返した後に、ルリはとある港町の小さな公園にたどりついていた。

 

それは、今となっては思い出の中にしか存在しない、幸福だった過去の日々に、三人で屋台のラーメン屋を出していた、あの公園だった。

 

平日の夕暮れ時ということもあり、行き交う人影はそう多くなかったが、ルリの視線は一組の親子の前で、その動きを止めた。

 

左手に風船を握った女の子が、右手を掴んで歩調を会わせてゆっくりと歩く父親に楽しそうに話しかけている。
それが、少しおかしな内容だったのか、父親はやれやれといった表情で手を放すと、諭すように女の子の髪をくしゃくしゃとなでた。
女の子はかわいい顔を膨らませて、懸命に抗議の意志を表現する。

 

ルリが失ってしまった大切なものを、その女の子は確かに手にしていた。

 

幸せそうな親子が目の前を通りすぎたあとも、暫くルリはその場所を動かなかった。

 

女の子が不思議そうな顔で、何度も振り返っては様子を伺っていたことに、自らの記憶の風景に心を委ねていたルリは気付くことはなかった。

 

頬にいく筋もの涙が、止めど無く流れては落ちていっていることにすら、自分自身でも気付いていなかったのだから。

 

ふと我に帰ると、既に街は薄闇に包まれようとしていた。
まもなく夜が来る。

 

この広い世界で、ルリは独りぼっちだった・・。

 

 

 

 

第一章	「 火星 」	了

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

しんくさんから初投稿です!!

意外な展開を見せる、劇場版のアフターストリーですね。

今後、ルリはどうなるのでしょうか?

それにしても、準備が良いな、草壁(苦笑)

これも山崎の入れ知恵?

 

それでは、しんくさん投稿有難うございました!!

 

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