Gemini  第三話




 木星蜥蜴の襲撃をかわし、一時寄港の後、改めて出航したナデシコは、現在太平洋上にいた。
 そんな中、徹夜の日が一週間ほど続いたマモルは、現在食堂で、遅い朝食をとっていた。
 見た目上普段とどこも変わりないように見えるが、マモルの疲労は相当なものになっていた。
 普通の人間なら、とっくに倒れていてもおかしくはないほどの、疲労と睡眠不足を抱えていながら、そんな様子を微塵も見せていない。
 はっきり言ってしまえば、マモルは異常である。
 普通の人間なら、既に入院していても、おかしくはないのだ。
 そんな状態のマモルは、現在、食堂の一番奥の端にある席で、ゴートと二人で食事を取っていた。
 もっとも、二人とも、談笑しているわけではなかったが。

「ナデシコ艦内にいる、宇宙軍の犬どもの一覧はもう見ましたか?」

 マモルが、ゴートに訊ねた。
 口調は、業務用の丁寧なものである。

「既に暗記済みですが……なぜ周りに人がいない状態の今、敬語なのですか?」

 ゴートのほうも敬語で応じる。
 朝食の時間にしては遅いためか、確かに二人の周りには、誰もいなかった。

「特に意味はありません。ただ……気を抜くと、そのまま寝てしまいそうでして。なにしろ一週間寝ていませんから」

「一週間……事後処理を殆どお一人でなさっていましたから無理もありませんが……無理をしすぎです」

「無理をしてるのは私だけじゃありませんよ。プロスペクター担当官もここ三日ほど寝ていないはずです。因みに……艦長は、一週間の平均睡眠時間が九時間だそうです」

「……十分すぎる睡眠時間ですな」

「付け加えておきますが、その艦長の始末書と報告書がいい加減だったので、残業が増えました」

「………新手のいじめのようですな」

 ゴートは思わずそんなことをつぶやいてしまった。

「いじめのほうがまだましですね。やり返せますから……」

「無為のミスではやり返すわけにはいきませんからな……」

「まぁ、ミスした分は、給料から差っ引きますけどね。五割ほど……」

「そ、それは多すぎでは?」

「冗談です。本当は十パーセントにしておきました。あまりにもひどかったですけど、流石に半分にするのは可愛そうですしね」

 ミスを犯しても、マモルは注意で済ますことが多い。
 というのも、事後処理が面倒くさい上に、場合によっては自分の仕事がさらに増えることになるからだ。
 しかしながら、全てを許容できるかというと、それはまず無理である。
 マモルが、仕事上のミスで減俸などを行うのは、規則違反でもない限りよほどのことが無ければないのだが、今回は流石に許容範囲外だったようだ。
 一週間も徹夜を強いられている状況で、残業時間を増やされては、大抵のものは許容できないであろうが……。

「まぁ、その話は置いておきまして、違う話題にしても良いですか?」

 マモルがゴートに訊いた。

「構いませんが」

「それでは、お言葉に甘えさせていただきまして……宇宙軍の犬どもは、おそらく今日の未明、行動を開始するはずです。プロスペクター担当官の目的地発表にあわせて」

「そうでしょうな……やつらは、この艦を宇宙に出す気など無いはず……おそらくはその読みで合っているはずです」

 ゴートがマモルの読みを肯定する。

「と、すると、後はゴート保安部長の仕事ですね。任せますよ?」

「御尊名のままに……」

「その堅苦しい挨拶、何とかなりませんか?」

「『我々』の習慣のようなものですからな……『こちら』の状態においての挨拶を変えるのは難しいでしょう。貴方が『御前』である限りは……」

「面倒なことですね……」

 マモルは、ため息をついた。

「ところで……これから、どうなさるおつもりで?」

 ゴートが訊ねる。

「とりあえず計画通りに、ナデシコを宇宙に出すつもりです。すべてはそこからですから」

「しかし……宇宙軍がすんなり出してくれるでしょうか?」

「なんとも言いかねます。計画の上では……障害は無いはずですけれど……ミスマル提督の動き如何では、計画が瓦解しかねません」

「厄介なお人ですな……」

 ゴートは、むっつり顔を少しばかり歪ませながら言った。

「そうですね……とはいえ、今悩んでどうこうなることでもありませんから、あとは、状況を見て考えましょう」

「そうですな。ところで、この後はお休みになるのですか?」

「はい。仕事にようやく区切りがついたので、仮眠をとることにします。寝てる間のことは任せますね?」

「御尊命のままに」

 ゴートの返事を訊いてから、マモルは席を立った。
 自分の食べていた朝食のトレイを片付けてから、食堂を出る。
 そこで、マモルは誰かに呼び止められた。

「マモルちゃん!」

 マモルが振り返ると、そこにはナデシコの制服を着込んだアキトが走ってくるのが確認できた。

「テンカワさん。どうかしましたか?」

 アキトが自分の前で止まるのを待ってから、マモルはアキトにそう訊いた。

「えっと、用事ってほどでもないんだけど……ナデシコに乗ってからちゃんと会話してなかったし、ちゃんとお礼も言ってなかったから、声をかけたんだけど……まずかったかな?」

「いえ、別に問題はありませんよ。休憩時間中ですから」

「よかった。それで、立ち話もなんだから、食堂で話さない? コーヒーくらいなら奢るよ」

「正直食べたばかりですが……せっかくのお誘いですので、一杯だけご馳走になります」

「よかった。じゃあ入ろうか? マモルちゃん」

 アキトが笑顔を浮かべながら言った。
 マモルは僅かに肩を竦めると、アキトと共に食堂へ戻った。



 連合宇宙軍極東方面軍旗艦トビウメのブリッジで、ブリッジクルーが忙しく右往左往していた。
 提督であるミスマル・コウイチロウの非常召集から、僅か一時間ほどで出航したため、作業がすべて終わっていないのだ。
 そんな中、提督用に設けられた席に腰掛けているミスマル・コウイチロウは、トビウメを中心とした艦の配置を映し出しているウィンドウを見ながら、副官に話しかける。

「戦艦三、巡洋艦四、駆逐艦五か……ナデシコに追いつくまでに、あと何隻合流する?」

「戦艦一隻、重巡洋艦一隻、駆逐艦二隻の合計四隻の予定です」

 コウイチロウの問いに、副官は必要なことだけ返答した。

「全部で十六隻になるか……戦力的には申し分ないな………御前の動きはわかるか?」

「申し訳ありません……御前に関しては、現在何もわかっておりません。どんな人物なのかも、どこにいるのかも、なにをしようとしているのかも不明です」

「ふん。まぁ、そんなものだろう……御前は一筋縄ではいかん相手だからな」

 コウイチロウは、口元を不愉快そうに歪めた。

「御前め……貴様の思い通りになると思うなよ………」

 奥歯をかみ締めながら、コウイチロウは言葉を紡ぐ。
 コウイチロウにあるのは、絶対的な敵愾心だけだった。





 マモルとアキトは、食堂の真ん中あたりの席で、向かい合って座っていた。
 二人の手元には、コーヒーの入ったカップが一つづつ置かれている。

「ユリカに両親のこと訊いてきたんだ……結果は、知らないってことがわかっただけだった」

「そうですか……」

「あ、でも、マモルちゃんには感謝してるんだ。少なくとも、今の俺に居場所があるのも、ユリカに確認を取れたのも、マモルちゃんのおかげだから……ありがとう」

 アキトは、どこか照れながら、マモルに礼を述べた。

「私はチャンスを用意しただけです。掴み取ったのは、テンカワさんの意思あってこそですよ」

 マモルは、微笑みながら、アキトの言葉に応じる。

「ただ、このまま戦いを続けていくことになれば、今のままでは、高い確率でテンカワさんが戦闘によって負傷ないし死亡する可能性があります。しっかりとした訓練を受けなければ……」

「それは……前の戦いで、俺自身痛感したよ……」

「痛感できるのは、自分がわかってる証拠ですよ。そしてそういう人は伸びます。良い先生さえいれば」

「良い先生か……ナデシコにちょうど良い人いないかな?」

「いますよ」

 アキトの問いに、マモルはすぐに答えた。

「え? いるの?」

「いますよ。解りませんか?」

「えっと………う〜ん……」

 アキトは、腕を組んで考え込む。

「……アキナですよ。トキモリ・アキナ。ブラックサレナのパイロットです」

「アキナさんって、あの時、俺を助けてくれた人だよね?」

 アキトが確認する。

「他にいますか?」

「いないと思うけど……」

「だったら、そのアキナですよ」

 あっさりとそう言ってから、マモルは、ちゃんと説明をする。

「アキナの操縦能力は、軍のエースパイロットでさえ、足元にも及びません。一対一でアキナに勝てる人間はまずいないといえます」

「そ、そんなにすごい人だったんだ」

「強さだけで言えば、最強の部類に入ります。アキナであれば、貴方の師としてふさわしいと思いますよ」

「でも………やってくれるかな? 俺なんかのために」

 不安げな表情で、アキトが言う。

「私から頼んでおきますので、安心してください」

「え? いいの?」

「はい。テンカワさんに早く一人前になっていただかなければ、私も困りますので」

 そういいながら、マモルは苦笑した。

「何から何まで、ありがとう、マモルちゃん……それにしても、自分でもパイロットになるなんて思ってなかったなぁ……コックになりたいって思っていたから」

「コックですか……コックの勉強がしたいのでしたら、たいした金額を出せるわけじゃありませんが『コック見習い』の仕事を兼任してみますか? かなり忙しくなってしまいますが」

「え?」

 マモルの提案に、アキトは目を丸くする。

「前々から、ホウメイコック長に手伝いが欲しいと言われていまして。テンカワさんがよろしければ、お仕事回しますよ?」

「でも俺、パイロットもやってるんだけど……」

「勿論、コック見習いの仕事は、パイロットの仕事の合間にやっていただきます。自由な時間は減りますが、コックの勉強はできますよ」

「……それなら、やってみたいな」

「では、そのようにホウメイコック長に伝えておきます。詳しい日時などに関しましては、あとでホウメイコック長に直接聞いてください」

 マモルは、そういいつつ、ポケットから電卓を取り出して、なにやら計算を始める。

「うん、ありがとう。いろいろさせちゃってごめんね」

「仕事の一環ですから、気にしないでください。それから、こちらがお給料の総計です。パイロットだけの時より五割ほど増えてます。ただ、労働時間が一日十四時間ほどになってしまいますが」

「じゅ、十四時間……頑張ります……」

 いささか顔を引きつらせつつ、アキトはそう言った。
 それを聞いて、再び苦笑したとき、マモルは食堂に入ってきたルリとアキナの姿を認めた。
 二人のほうも、マモルとアキトの姿を認めると、二人の座っている席まで歩いてくる。
 アキナは、ナデシコに来た頃の服装ではなく、アキナに借りた黒い制服を着込み、女になったときに伸びた黒髪を、後ろで一つにまとめていた。
 バイザーだけは、そのままかけている。

「ホシノオペレーター、アキナ、おはようございます……いえ、もう『こんにちは』の時間でしょうか」

「どっちでもいいだろ、あいさつなんて。隣良いか? マモル」

「良いですよ。ホシノオペレーターも座ってください」

「失礼します」

 マモルの言葉に従い、アキナはマモルの隣に、ルリはアキトの隣に腰を下ろした。

「二人とも、昼食ですか?」

「いや、トレーニング後の休憩だ。ルリちゃんはその付き合い」

「そうでしたか……そういえばアキナ、貴女ホシノオペレーターと知り合いだったのですか?」

 マモルは、既に知っていながらも、あえてそう訊いた。
 仕事続きで、アキナのその後の行動をあまり知らないため、念のためにそういう訊き方にしたのだ。

「あ? あ〜……ブラックサレナの整備を手伝ってもらった関係で、友達になったんだよ」

「なるほど。それでは、ウリバタケ整備班長とも友人関係に?」

「いや……あれは論外だ。ブラックサレナを分解しようとするしな……」

「早速メカバカ大爆発ですか……」

 マモルがアキナの言葉に、よくわからない表現をする。

「表現はよくわからんが……ブラックサレナを分解しようとしていたから、両腕の関節をはずしておいたんだが……まずかったか?」

「……あとで関節を治しておいていただければ、不問にしておきます。事情が事情なので」

「ありがたい話だが……なんで敬語を使う?」

 不審に思ったアキナがマモルに問う。

「けじめの問題です……と、言いたいところですが、実際のところ一週間ほど徹夜しているため、気を抜くと寝てしまいそうなんです。寝ないように集中してるので、話し方が敬語になってしまっているだけです」

「一週間って……おまえ、無茶にもほどがあるぞ? 普通ならぶっ倒れてるぞ」

「まぁ、普通ならそうなんでしょうけど……私は、いろいろと普通ではないですから」

「普通じゃないって、お前……」

「さて……自室にもどって睡眠をとりたいですので、失礼しますね」

 マモルは、アキナの言葉を遮りながらそういうと、一方的にその場を後にしてしまった。
 そのすばやい動きに、他の三人は動くことができなかった。

「……ったく、あいつは……いつも肝心なところを話さないで……いつか身を滅ぼすぞ……」

「あの、アキナさん」

 小声で愚痴をこぼすアキナに、おずおずと手を上げながら、アキトが声をかけた。

「あぁ? なんだ?」

 不機嫌そうな表情を隠すことなく、アキナは返事を返した。

「あの……アキナさんって、マモルちゃんと仲良かったん、ですね?」

「まぁ、悪くは無いだろうな……同じような過去を持つもの同士だし、同じ目的を持ってるからな」

「同じような過去って……マモルちゃん、過去に何かあったんですか?」

「まぁ、いろいろあるわな、一応お互いに……女だし」

 まだ自分を女であると納得しきれているわけではないが、事実は事実として受け入れているようである。

「ま、女の過去は詮索しないもんだ。お互いにいい過去じゃないしな」

「わかりました……」

「気を悪くしたなら謝るよ。だけどな、俺にとって、あいつは特別な存在だからな、あんまり詮索してやって欲しくないんだよ。俺のことも、詮索されたくないが」

「特別な存在、ですか?」

「……俺にとってあいつは、可愛い妹であると同時に頼りがいのある姉でもあるんだ。そして、同じ目的を持つ同志でもある。俺の全てをかけられる、唯一の存在なんだよ、マモルは」

「じゃあ、アキナさんにとって、私はなんなんですか?」

 アキナのマモルに対する評価に、ルリが口を挟んできた。
 アキナと同一人物とも言えるマモルに、嫉妬というのではないのだろうが、アキナの評価は、ルリにとってとても気になることだった。

「ルリちゃんは……守りたい妹、かな」

「そうですか……」

 アキナの微妙な評価に、ルリは微妙な反応しか、返すことができなかった。

「……マモルちゃんにとっての俺って、何なのかなぁ……」

 アキトが、ルリとアキナのやり取りを見て、ふとそんなことを口にした。
 自分でも、マモルをどう思っているのか、わかりきってはいない。
 だが、マモルの評価は気になるものではあった。

「マモルにとってのお前か……まぁ、差し詰め、手の掛かる弟って感じじゃないか?」

「弟っすか」

「あぁ、そうじゃないかって思ってるだけだし、何より、マモルはどんな男だろうと、たぶん男として見ちゃいないと思うぜ?」

「どんな男も?」

 アキトは、意外そうな顔になった。

 いくらマモルでも、男として見ている人くらいいると思っていたのだ。

「まぁ、たぶん、だけどな。マモルはああ見えて、かなり強いし、頭もいい、家事全般だってできるし、性格も、まぁ悪くは無い。大抵の男なんて、足元にもおよばないほど、あいつはかなりできた人間だ」

 アキナは、どこか自分を褒めているようで、少々恥ずかしかったが、アキナはマモルを自分より上の存在だと思っているため、すんなりと褒め言葉は出てきた。
 マモルは、アキナにとって、唯一自分より上にいる存在でありまた目標になっていた。

「見てる限り、俺もそう思います」

「俺自身、マモルには多分敵わないな、どんな面でも。それでいて、頼りない男に惹かれるような、母性本能があるようなタイプでもない。あいつに男として認識されるには、あいつを越えるような奴でなきゃ無理だ……まぁ、いないだろうがな」

「アキナさんが敵わない人じゃ、どうすることもできないと思いますけど……」

 先の戦闘においての、アキナの戦い方を思い出しつつ、アキトはそういった。

「だから、マモルは誰にも男としての魅力を感じることはないって言ってるんだ」

「そうですね……残念ですけど……」

「ほ〜う。残念ね、おまえ、マモルに気があるのか?」

 アキトの呟きに、からかい半分でアキナが訊いた。

「…………正直、解りません。マモルちゃんにはお世話になりっぱなしだし、マモルちゃんと一緒にいると、楽しいって思うんです。けど……好きなのかって訊かれたら、正直解らないんです」

「冗談のつもりで訊いたんだが……まじめな返答が還ってくるとは思わなかった」

 アキナは、まじめな顔で話すアキトに後頭部を掻きながら、苦笑した。

「俺が昔結婚したときも、そんな感じだったかな。いや、もっと悪い感じだったかもしれない」

「ええぇっ!? アキナさん、結婚経験あったんですか!?」

「……そんなに驚くことはないだろう? これでも二十代後半なんだぞ?」

「………二十歳前後だと思ってました」

「嬉しいような悲しいような意見だが……とにかく、俺が昔結婚したとき、正直俺は相手を愛してなかったと思うし、好きだったとも思えん」

「「だったら何で結婚したんですか!?」」

 アキトとルリの声がダブった。
 まぁ、誰でも突っ込みたくなるような発言ではあるだろうが。

「なんつーか………ノリっつーか、流されたっつーか、思い込みっつーか……」

「どれが答えでもろくなもんじゃないですよ?」

 アキトがアキナの言葉にツッコミを入れる。

「ま、あの頃の俺は、家族ってのが欲しかっただけなんだと思うよ。そしてその相手が、偶然ユリ……結婚した相手だったってだけの話なんだろうな」

「アキナさん……そんな相手のために、あそこまで戦ったんですか……」

 アキナの出した結論に、今度はルリがツッコミを入れる。
 確かにアキナは、アキトであった頃、自分の命を削ってまで、ユリカを助け出し、そして火星の後継者たちに復讐しようとしていた。
 それを追っていたルリにとって、アキナの出した結論は、ツッコミを入れたくなっても当然の内容だった。

「あれは奴らの殲滅が最優先で、あいつの救出はおまけだったんじゃないかと、最近思うようになってな……今じゃ帰らなかった理由も、資格云々より、そこら辺起因するんじゃないかと思ってる」

「なんとなく理解してあげられないことはないですけど、私のために一度は帰ってきて欲しかったです……」

 ルリがアキナに拗ねるような声で言った。
 アキトは、その会話を理解できていないのか、会話に入ってこなかった。
 もっとも、今のアキトが理解できる話ではないのだが。

「返す言葉もない」

 拗ねた様子のルリに、アキナは苦笑した。

「ま、とにかくだ。俺じゃ、お前の感情に明確な答えを出してやれないが……もしマモルに気があるんなら、まずは俺に勝て。でなければ、マモルと付き合うことは認めん」

「どこぞの結婚の条件みたいですね」

 ルリは、アキナの出した条件に、冷静なツッコミを入れる。
 とはいえ、ルリにとってみれば、マモルもまた、自分の知るアキトではないにしろ、アキトだったことに変わりはなく、また、その存在を姉のように頼りにしている。
 そんなマモルを、無条件で誰かと付き合わせたくはなかった。

「アキナさんに勝つのは無理だと思いますけど……アキナさんに、戦闘訓練をしてもらおうとは思ってました」

「俺に? 戦闘訓練を?」

「はい。マモルちゃんが、しっかりした訓練を受けなければ危険だから、その先生をアキナさんに頼んでくれるって言ってました」

「マモルが言ったんなら……やってやるしかねえな。ま、どの道、お前を鍛えるつもりではいたし、丁度いいだろう」

「やってくれるんですか?」

「あぁ。だが覚悟しろよ。俺の訓練は、拷問並みにきついからな」

「お、お手柔らかにお願いします」

 舌なめずりするアキナに、アキトは顔を引きつらせながら、なんとかそれだけ言った。
 このしばらくあとから、アキトの地獄の訓練が始まることになる。



 マモルが食堂を辞してから、およそ二時間後。
 プロスは、ブリッジに来ていた。
 ブリッジには、ルリ、メグミ、ミナト、フクベ、ムネタケ、ユリカ、ジュンがおり、それぞれ定位置についていた。
 ゴートとマモルの姿はない。
 プロスは、ゴートとマモルがいないのを気にすることなく、ルリに近づく。

「ルリさん。すみませんが、艦内放送をしたいので用意していただけますかな?」

「わかりました」

 ルリは、プロスに言われたとおりの作業を手早くこなした。
 艦内放送の用意が整ったのを確認してから、プロスは、事務的な口調で話を始める。

「おほん。今まで妨害者の目を欺くために伏せてきましたが、これよりナデシコの目的地を発表いたします」

「妨害者って?」

「それはまた、おいおいお話しします」

 ユリカの疑問の声に、プロスはそう答えてから、話を続けた。

「我々の目的地は、火星です。目的は、火星に残された人と資源の回収。宇宙軍が見捨てたといっても、民間人が全滅したという確証があるわけではありません。それを確認する意味でも、我々は火星に行くのです」
「なるほど〜。それだったら、みんなも良いよね? 人助けだし」

 ユリカが、ブリッジクルーを見回しながら言った。

「そうね〜。まぁ、人助けだったら、戦うより良いかな」

「そうですね。人助けはいいことだと思いますし」

 ミナトとメグミが交互にそう意見を述べた。
 他のブリッジのメンバーや、艦内放送を聞いているナデシコクルーからの反対意見は出ていない。

「反対意見はないようですので。艦長」

「はいっ」

 プロスがまとめると、ユリカは笑顔で頷いた。

「それでは、機動戦艦ナデシコ、火星に向かって……」

「そうはいかないよ」

 ユリカの言葉を遮り、拳銃を抜いたのは、ムネタケではなく、ジュンだった。
 ジュンの抜いた拳銃は、抜かれてこそいたが、誰かに向けられてはいなかった。
 それは、ジュンの性格からきているものだろう。
 軍の学校を卒業したとはいえ、人に銃口を向けられるようになるわけではないのだ。
 しかしながら、銃口が人に向けられていなくても、銃を抜いていることに変わりはないわけだが。

「ナデシコは、連合宇宙軍極東方面軍が接収します。これだけの戦艦を、今地球から放すわけにはいきません」

「困りましたなぁ。軍とは話がついていたはずですが? 副長」

 プロスが肩を竦めながら、反論する。

「今は戦時下です。必要とあれば接収するのは当然のことです」

「しかし契約は契約でして……」

 プロスがジュンを説き伏せようと話を始めたとき、ブリッジのドアが開き、マモルがブリッジの中に入ってきた。
 そして、住を抜いているジュンを認める。

「アオイ副長。当艦は許可のない銃火器の艦内への持ち込み及びブリッジへの全ての銃火器の持ち込みを禁止してます。三ヶ月間15%減俸です」

「こ、この状況で何を言ってるんだ、君は!?」

 第一声で淡々と告げるマモルに、ジュンは声を荒げ、銃口をマモルに向ける。

「こちらには銃があって、ブリッジを占拠しているんだぞ!? 艦内だって、宇宙軍の兵士たちが、既に制圧しているんだ! 減俸だの言っている場合か!?」

「別に、アオイ副長が銃を持っていたところで、ブリッジを占拠できているわけではありませんし、艦内の宇宙軍兵士は、ゴート保安部長率いる保安部に既に制圧されていると思いますよ。ホシノオペレーター、艦内映像を出してください」

「はい」

 ルリは、マモルの言葉に従って、艦内の映像を映し出した。
 そこには、各所で制圧されている、連合宇宙軍の兵士たちの姿が映し出されていた。

「なっ!!」

「それからアオイ副長。私を撃つというのでしたら、覚悟してくださいね……一年は、病院のベッドで、天井のシミの数を数えてもらうことになりますので」

 マモルは、底冷えのするような冷たい視線を送る。
 マモルの言葉と視線で、ジュンは体全体を震わせ始める。
 恐怖が、ジュンの体の中を駆け巡っていた。
 逆らってはいけない。
 その言葉だけが、ジュンの頭の中に広がっていた。
 ジュンは、まったく身動きできなくなっていた。
 その状態のジュンにマモルは近づくと、拳銃を取り上げ、ジュンの頭に手を載せた。
 ジュンの体が、ビクッと大きく震える。
 恐怖で体が硬直した。
 しかし、その後に来た優しい感触で、硬直が解けた。
 マモルが、ジュンの頭を撫でたのだ。

「軍に従うことが、悪いこととは言わないし、大義名分を持つのも悪いことじゃない。けど、慣れない銃で人を脅すなんて無茶をするのは、感心できないわ」

 優しげな声で、マモルがジュンに囁く。

「それから、一つ言っておくわね……連合宇宙軍の目的は、ナデシコの戦闘能力じゃないわ」

「え? 」

「連合宇宙軍の目的は……ナデシコの行動を封じること。貴方は、連合宇宙軍に利用されただけよ」

「それって、どういう……」

「すぐにわかるわ」

 ジュンとの会話を終えると、マモルは、ルリの方を向いた。

「ホシノオペレーター。周辺の索敵を行ってください。おそらく、宇宙軍の艦艇が近くまできているはずです」

「了解です」

 マモルの言葉に従って、ルリが作業を開始する。

「レイナード通信士。艦内に第二級戦闘配備を発令してください」

「解りました」

 メグミもマモルの言葉に従う。

「あの、マモルちゃん、艦長は私なんだけど……」

「解っています。しかしながら、非常事態ですので、先に命令を出させていただきました」

「非常事態って……そんなにすぐ宇宙軍が来るなんてことが……」

「レーダーに反応! 距離ナデシコ前方千! 数……数、十六!! 戦艦四、巡洋艦五、駆逐艦七! 連合宇宙軍極東方面軍旗艦トビウメを確認、極東方面軍の艦隊と思われます」

 ルリにしては珍しい大声が、ユリカの言葉を遮った。
 ルリの知っている歴史では、極東方面軍は三隻しか出してこなかったのだ。
 大声を出すほど驚いても、無理はない。

「ミスマル艦長。学校の成績はともかく、貴方は艦長としてはまだ甘いですね」

「あうぅ……」

 マモルの指摘に、ユリカは反論することができなかった。

「艦長、呻いている暇はありません。宇宙軍は、刻一刻と迫ってきます、どんな形にせよ、行動に移さねばなりません」

「解ってるけど……どうしたらいいと思う?」

「いつでも戦えるようにお膳立てはしてあげたんです、これ以降は艦長の仕事ですよ。だいたい私は参謀でもなんでもないんですから」

「だったら今から参謀に任命するから、何か良い案ない?」

 とても適当にマモルを参謀に任命してから、ユリかは改めて訊いた。

「……接収されるか、戦うか。今の私たちの選択肢は、二つに一つです。それ以外は、実質的に封じられていますので」

 特に反論せず、マモルは三つの案を提案した。

「話し合いが出来れば、一番平和的でいいと思うんだけど……無理かな?」

「おそらくは無駄です。接収が不可能だと悟れば、確実に攻撃してきます」

「な、なんで?」

「彼らの目的は、ナデシコを火星にいかせないことです。そして、そのために武力で接収しようとしたのです」

「どうしてそんなことを……」

「それは……」

『それはわしから説明しよう!』

 突如として通信で乱入してきた、カイゼル髭のおじさんことミスマル・コウイチロウの声で、マモルの言葉は遮られた。

「トビウメから通信に強制介入を受けました」

 ルリは、既に遅い報告を、淡々と述べた。

「お父様!」

『おぉ! ユリカ! 元気にしておったか? 少々やつれたんじゃないか?』

「いやですわお父様、最後にお会いしてからまだ数日しかたっていません」

「どこの誰が、どうやったらやつれてるように見えるんでしょうね……」

 マモルは、ユリカとコウイチロウの話を聞きつつ、そんな呟きをもらした。
 十分な睡眠と栄養を取っているユリカがやつれることは、まずありえない。
 やつれるとしたら、マモルのほうが先である。

「ところでお父様、なぜこのようなところに?」

『うむ、それはだな。ナデシコを接収するためだ。ナデシコのような強大な力を持つ艦艇を、軍の管制外においておくわけにいかないのだよ』

「流石に上手い言い訳をしますね。伊達に軍上層部にいるわけではない、といったところですか。ミスマル提督」

『ぬ……誰だ、君は?』

「アマヤマ・マモル。ナデシコの経理・調停副担当及び参謀です」

『アマヤマ・マモル……?・・・……まさか……アマヤマ博士の……』

 何かを思い出すように言ったコウイチロウの言葉に、マモルの表情が強張った。

「あの男の話はしないでいただきたいのですが」

 底冷えするような、冷たい声で、マモルは言った。

『やはり、彼の娘のアマヤマ・マモル、なのか……まさか、生きていたとは……』

 マモルの冷たい声に、臆することなく返答するコウイチロウ。

「おかげさまで。ピンピンしてます」

『運のいいことだ』

「私もそう思います」

『まぁ、それはいい。問題は君が何故、わしの発言を<言い訳>と言ったかだ』

「それは私が、貴方がナデシコを接収しようとしている<本当の目的>を知っているからです。あるのでしょう? ナデシコを地球に留める本当の目的が」

『……なんのことだ?』

「誤魔化したって無駄ですよ、私は、その<本当の目的>が宇宙軍を二分していることも、知っているのですから」

『……どこまで知っている?』

 表情を険しくしたコウイチロウが、若干トーンを落とした声で訊く。

「ご想像にお任せしますよ。ただ、私は、貴方よりもよく知っている、とだけ言っておきます」

『まさか君は……』

「これ以上この会話はやめましょう。ここには、貴方の娘さんもいることですし……まだ御自分の暗い部分を見せたくはないでしょう?」

『そうだな……』

「マモルちゃん暗い部分って、どういうこと?」

 ユリカが、二人の会話に割って入ろうと、そうマモルに訊いた。

「ミスマル提督、当社としては、なんとしても火星に行かねばならないのです。貴方の主義主張に構ってはいられません。ここは退いてくださいませんか? 気に入らないことがあるなら、後にお聞きしますから」

 マモルは、ユリカを無視して、コウイチロウに提案する。
 コウイチロウも、珍しくユリカには答えず、己の意見を述べる。

『そちらが構わなくても、こちらが構うのだ。もし、接収を受け入れないというのなら、我々は、ナデシコを撃沈しなければならん』

 マモルも、コウイチロウも、一歩たりとも引かなかった。
 否、引くわけにはいかなかった。
 お互いに、通すべき主張があるのだから、引けないのは、当然のことではあるのだが。

「トビウメ以下十六隻がナデシコ前方八百に扇状に展開、主砲をこちらに向けています。この距離から攻撃されれば、ディストーションフィールドがあっても、致命的なダメージを受けます」

 冷静なルリの言葉に、マモルは奥歯をかみ締めた。
 前の歴史のように三隻程度の攻撃なら、何とでもできたが、十六隻もの戦闘艦に集中攻撃を受ければ、さしものナデシコとてただではすまない。
 しかも悪いことに、現在は大気圏内であり、相転移エンジンの出力が十分に出ていないことも、この事態を悪化させるのに一役買っていた。

『機動兵器を発進させようなどとは、思わないことだ。発進を確認したら、すぐにでも攻撃する』

「強引ですね……」

『何とでも言いたまえ。君は、そういう大人のやり方に、慣れているはずだ……<あの場所>で』

「思い出したくもない過去です」

 マモルは、苦虫を噛み潰したような顔をした。
 よほど、嫌な思い出らしい。

「それにしても、十六隻も集めるなんて、思いませんでした」

『人望のなせる業だ。この数が相手では、たとえ勝てたとしても、宇宙に出られるほど無傷ではいられまい』

「話し合いをするつもりもなく、逃がすつもりもない、と?」

『その通りだ。接収以外の道は選ばせん』

「………艦長、私は艦長に意志に従います。いかがなさいますか?」

 マモルは、最終決定をユリカに委ねた。
 もっとも、選べる道は、たった一つだけなのだが。

「……ナデシコのクルーの安全と自由を約束していただけるのでしたら……接収に応じます」

 ユリカは、苦渋の決断を口にした。

『解っている。約束は守ろ……』

 コウイチロウが、表情を緩め、そう言いかけたときだった。
 ナデシコとトビウメにけたたましい警報が鳴り響き、コウイチロウの言葉を中断させたのだ。

「ナデシコ後方千三百に、高速で移動する正体不明の機動兵器を確認。オモイカネのライブラリに載っていない機種です」

 ルリが、即座に対応して、報告する。

「正体不明の機動兵器? ルリちゃん、映像出せる?」

「出せます」

 ルリは、ユリカの問いに短く答えてから、ブリッジの中央に、機動兵器の映像を映し出した。
 映し出された機動兵器は、全体的に細い印象を受ける純白の人型をした機体で、両腕部分が銃になっている。
 また、足に関節はなく、そのかわり足の後ろ側と足の底の部分がスラスターになっている。

「あれは……!」

「マモルちゃん、あれが何か知ってるの?」

 思わず声を上げたマモルに、ユリカが訊く。

「あれは……ネルガル重工が<設計>した機動兵器です」

「え? でも、オモイカネには載ってなかったって……」

「当然です。あれは、エステバリスの元となった機動兵器開発計画の一環で設計された試作機なんですから」

「試作機?」

 ユリカが、当惑した表情で疑問符を頭上に浮かべた。

「……新型機動兵器開発計画P−09。高機動戦闘特化型機動兵器<シラサギ>……圧倒的な機動力を発揮するように設計された機体です」

「じゃあ、あれはネルガルの増援ですか?」

 ルリがマモルに訊く。

「それはありえないと思います」

「どういうこと?」

 ユリカが問う。

「そもそも、シラサギの機動力は、現在においても抜ける機体がないほどに高いのです。アキナのブラックサレナでも、機動力という点で言えば、シラサギに劣ります」

「そんな! ブラックサレナを超える機動力なんて!?」

 ルリが、素っ頓狂な声を上げた。
 当然だ。
 ルリの知っている中で、ブラックサレナは最強の機体である。
 その機動力に追いつけた機体を、ルリはかつて知らない。
 そして、それを操りきれる人物は、一人しかいなかった。
 しかし、目の前の現実が、それを否定した。
 ただ、機動力という点だけであっても、ブラックサレナを越える機体を、操れる人間がいたのだ。
 驚いても無理はない。

「事実です。しかしながら、それほどの機動力を持ったシラサギは、人間に操りきれるものではないということで、造られる前に廃案になりました。そのため、ネルガルでは、あの機体を一機たりとも作ってはいません」

「じゃあ、なんでそのシラサギがここに?」

「解りません。私にわかるのは……シラサギの性能が100%引き出されていたら……ここにいるナデシコを除いた全ての艦艇はシラサギに対応することができないということだけです」

『そんな馬鹿な話があるか! こちらは正規軍なんだぞ!?』

 コウイチロウが怒鳴るが、マモルの意見は変わらなかった。

「事実です。シラサギの機動力に対応できるシステムは、シラサギに搭載されているコンピュータかオモイカネだけです」

「シラサギから通信……いえ、これは電文ですね」

 メグミの報告に、ブリッジクルーはその内容を聞き逃すまいと、静まり返る。

「内容を読み上げます『敵を倒す。心置きなく火星へ』以上です」

 意味不明な内容に、ブリッジ内は、静まり返ったままになってしまった。
 静まり返ったブリッジで、最初に声を出したのは、ルリだった。

「シラサギが、連合宇宙軍に対して攻撃を開始しました。また、海中で活動を停止していたチューリップが動き出したことを確認。チューリップ浮上します」

 ルリは、一息で一気に報告した。
 ナデシコのブリッジには、ルリの報告にあわせて、シラサギの戦闘の様子とチューリップが浮上したところが映し出されていた。
 シラサギの動きは、目で追うのがやっとというほどに早く、戦艦からの攻撃を全て最小限の動きで避け、エンジンに攻撃を加え、戦闘不能にしていく。
 瞬く間に、数隻の戦艦が戦闘不能になった。
 そして、それとほぼ時を同じくして浮上したチューリップに、二隻の戦艦が飲み込まれる。

「クロッカス、パンジー。チューリップに吸い込まれました」

 ルリが、淡々と報告する。
 それを聞いたユリカは、すぐさま命令を下した。

「トビウメとの通信を強制切断! グラビティーブラスト発射用意! 同時にチューリップへ向かって前進開始!」

「了解」

 ルリは、言われたとおりにナデシコを動かす。

「どうするつもりですか?」

 マモルがユリカに訊ねる。

「チューリップを破壊して、そのまま逃走するの」

「シラサギは放置ですか?」

「お父様には悪いと思うんだけど……シラサギさんがお父様たちの相手をしてくれているうちにいこうと思うの。……今行かなくちゃ、もう二度と、火星にいけなくなっちゃうと思うから」

「今以上の追っ手が掛かる可能性がありますが?」

「その都度逃げるよ。絶対に火星に行く」

「……わかりました、そこまで言うのでしたら、もう何も言いません」

 マモルにしては珍しく、ユリカに少し感心していた。
 普段が普段なだけに、そうは見えないが、自分のしたいこと、自分のやるべきことを、しっかりと把握している。
 その上で、行動を決定するあたり、さすが主席といったところか。

「チューリップまで三百。グラビティーブラスト発射用意完了」

「グラビティーブラスト、目標チューリップ! 発射後、この空域を全速で離脱し、大気圏離脱を開始します」

 ルリの報告に、即座にユリカは命令する。

「了解、グラビティーブラスト発射」

 ルリのその言葉と同時に、チューリップにグラビティブラストが放たれ、チューリップを粉々に破壊した。

「これより全速でこの空域を離脱します」

 ルリは、すぐさまそういうと、相転移エンジンの出力を最大にする。
 それに合わせて、ミナトが操船し、ナデシコを、急速に離脱させる。
 後方では、シラサギと極東方面軍との戦いが続いていた。
 とはいえ、趨勢は既に決まっていたが。

「あちらの戦闘は既に趨勢が決まったようですね」

「お父様、大丈夫かな……」

 ユリカが、不意にそうつぶやいた。

「心配なら残ればよかったではないですか。あの状況で、あの場所に残っても、誰も文句は言いません」

「でも……」

「別に非難するつもりは毛頭ありません。ですが、命をかけて火星に行く必要は、まったくないと、申し上げているのです。無論、行くなとも言いませんが」

 淡々と、マモルはユリカに言った。
 勿論、マモル自身が火星に行きたくないというわけではないが、マモルは、ユリカの覚悟を見極めるために、あえてこういう言い方をしたのだ。

「………火星には、まだ生きている人がいるかもしれないんでしょ?」

「あくまでも可能性がある、ですが」

「だったら、誰かが行かないと、誰かがやらないといけないでしょ? それを私たちがするだけだよ」

「命を懸けて、ですか?」

「このご時世、どこにいても命懸けだとおもうよ?」

「……まったく、艦長には敵いませんね」

 マモルは苦笑した。

「艦長の覚悟がそこまで決まっているのでしたら、もはや何も言いません。あくまでも、ナデシコの艦長は貴方です。貴方の決定に、私は従います」

 マモルは、そういってから、シラサギの映っているウィンドウに視線を移した。
 連合宇宙軍の艦艇がことごとくシラサギの攻撃を受けて、白煙を上げていた。
 旗艦トビウメも例外ではない。
 各艦から発進した機動兵器が、シラサギの迎撃に当たっていたが、それもどれほどの効果をあげられてはいなかった。

「そろそろシラサギは撤退するはずです。どうやら、あちらも本気で連合宇宙軍の艦艇を沈める気はなかったようですね」

「撤退って……どうしてそんなこと解るの?」

 ユリカがマモルに訊ねる。

「シラサギの実働時間は最長でも十五分早ければ五分しかありません。特に大気圏内では、著しく起動時間は減りますので、そろそろ限界のはずです」

「それだけしか動かないって欠陥品じゃないの?」

 話を聞いていたらしい、ミナトが訊いてくる。

「あれは試作機ですし……何より、あの機動力では、長時間の操縦は、そもそも不可能です。とはいえ、シラサギにとっては、数分あれば十分ですが」

「そうなの?」

「実際、連合宇宙軍の艦艇十六隻が目の前で戦闘不能に陥らされたじゃないですか、たった数分で」

「まぁ、それはそうかもしれないけど」

「といっても、あんな操縦ができる人間は、そうはいませんが……」

 実際のところ、シラサギを操縦できる人物は、ほぼいないといって良い。
 マモルが確認した範囲のみで言えば、アキナくらいしか確認できていない。
 だからこそ、シラサギが動いているのを見て驚いたのだ。

「ところで艦長」

「なに? マモルちゃん」

「今後大気圏を突破するに当たり、ビックバリアが邪魔になるのは、ご承知のことと思います」

「確かに邪魔になるとは思うけど……?」

「極東方面軍の動きから、開放しない可能性があります。その際、力ずくで突破する手もありますが、できるだけ穏便に処理できた方が良いと思います。ですので、私にその交渉を任せてはいただけませんか?」

「マモルちゃんに?」

「はい。必ず、ビックバリアを解除させて見せますので」

「まぁ、だめで元々だし、マモルちゃんに任せるよ」

「ありがとうございます。早速、その交渉の準備を行いたいと思いますので、これで失礼いたします………プロスペクター担当官、手伝っていただけますか?」

 マモルは、全体としては穏やかな雰囲気を醸し出していたが、プロスに向けた視線には、明らかに威圧感が籠められていた。
 断れば殺す。とでも、言わんばかりの迫力だった。

「わ、わかりました。手伝います」

「ありがとうございます」

 冷や汗を垂らしながら頷いたプロスに、マモルは笑顔で礼を述べた。
 しかしながら、目は、先程と変わらず、笑っていなかった。いや、それどころか、冷めきっていた。

「それでは失礼いたします。あ、そうそう、アオイ副長の処分はしばらく見送りますので、今しばらく副長の職務を全うしてください。それでは」

 マモルはそういうと、ブリッジを辞した。
 それにプロスが続いた。

「マモルちゃんって、仕事熱心だね〜」

「確かにそう思いますが、艦長がそもそも不真面目すぎるので余計にそう思うのかもしれませんね」

 ユリカの言葉にルリがボソッとツッコミを入れた。

「……ルリちゃん、私のこと嫌い?」

「…………………………………ふっ」

 ルリはそう鼻で笑いながら顔を逸らした。

「な、何で鼻で笑うの〜!?」

「別に深い意味はありません」

「深くない意味は!?」

「…………………………………………………ふっ」

 再びルリは鼻で笑った。

「だからなんで鼻で笑うの!?」

「意味はありません」

「何で意味なく鼻で笑うの!?」

「答える義務はまったくありませんので、お答えしかねます」

「ルリちゃんの意地悪〜!」

「何とでも言ってください」

 この後、しばらくこの漫才ともいえる会話は続いた。





 マモルの執務室は、扉の鍵がロックされ、外から誰も入れない状態になっていた。
 その上で、マモルはプロスを壁に叩き付け、右手でプロスの首を締め上げている。
 手の微妙な動きから、相当力を入れて首を絞めていることが解った。

「私に隠し事とは、良い度胸ね……プロス?」

「か、隠し事など……」

「シラサギのこと、知らぬ存ぜぬで済ませるつもり? はっ! 甘く見られたものね、私も」

 マモルは、プロスの首を絞めている右手を、少しずつ持ち上げる。
 すると、床についていたプロスの足が、徐々に床から離れる。

「ぐっ……がぁ………」

「あのシラサギに使われていた幾つかのパーツ……ネルガルで極秘に保存しているのものだったわ……それをアカツキの側近であり秘書課課長補佐である貴方が知らないとでも?」

「わ、私は、しらな……がはぁっ!」

「言い訳を聞いてあげるほど、今の私は機嫌がよくないわ。包み隠さず話しなさい……でなければ、その首をへし折った上に、ネルガルを潰すわよ……」

「わ、わか、り、ま……した」

 プロスがやっとの思いで紡ぎだした声を聞いたマモルは、右手をプロスの首から離した。
 プロスは、その拍子に落下し、床に腰を打ち付けてしまった。

「げほっ・・・・・・かはーっ、かはーっ・・・・・・し、死ぬかと思いました」

「殺すつもりでやってるんだから当たり前でしょ。反乱騒ぎのせいで二時間ほどしか寝てなくて、気が立ってるんだから、さっさと話しなさい」

 マモルは、一週間ぶりの睡眠を、反乱騒ぎのせいで二時間ほどしか取ることが出来ず、寝不足の状態が続いていた。
 他の面前では、仕事と割り切って何とか不機嫌な部分を押さえてはいたが、プロスと二人になったときまで、その状態を続けることはしない。
 一応睡眠はとったので、気を抜くと寝てしまう、ということはないが、今度は意識しなければ敬語が使えなくなっているほど、機嫌が悪くなってしまっていた。

「わ、わかりました。とはいえ、実際のところ、シラサギに関しては、こちらでも不明瞭な点が多いのですが」

「解っていることだけでかまわないわ。推測は必要ない」

 マモルは簡潔に命じた。

「では……二週間ほど前のことなのですが、会長の秘匿回線にサキと名乗る少女から連絡が入ったのです。自分を保護して欲しいとのことでした」

 マモルの言葉を聞いてから、プロスはようやく話し始めた。

「保護?」

「本人は、社長派の研究所で、非合法な実験をされたマシンチャイルドであり、早急に保護が必要だと言っておりました」

「マシンチャイルド……非合法な実験……どうにもこうにも、ネルガルは私に対する裏切り行為が大好きね」

「ネルガルには、反御前派の人間がいるのも事実ですが、一概にネルガル全体が反御前派とはいえないと思います」

「貴方は反御前派なのかしら?」

「いえ、私は親御前派です」

 プロスはきっぱりと言い切った。

「ま、そういうことにしておいてあげるわ……それで、その少女をどうしたの?」

「三十六時間後に無事保護しました。そして、このサキという少女こそ、あのシラサギのパイロットなのです」

「へぇ……」

「十歳という歳にもかかわらず、彼女の操縦技術は目を見張るものがあります」

「そっ。ま、それは後でいいわ、問題は、何でシラサギをその少女に与えたのか、よ」

「……彼女からの提案がありまして。ボソンジャンプに関する情報を与える代わりに、機動兵器をくれと言ってきたのです。研究に行き詰っていた我々としては、その提案を断る理由はありませんでした」

「だからって、何でシラサギなのよ? あれは、完全な欠陥品なのよ?」

「彼女がエステバリスよりも機動力の高い機体を希望したためです。しかも、十日という期間を設けられたので、その時間内で、エステバリス以上の機動力を発揮する機体を一から作る時間はなく、仕方なくシラサギを与えたのです」

「シラサギ特有の部品は、研究用に作ってあったものね……足りない部分をエステバリスの部品で代用すれば、確かに十日以内に造ることは可能ね……」

 マモルは、腕を組みながら言った。
 ネルガルでは、確かにシラサギ自体は作っていない。
 しかしながら、シラサギ専用の部品は、後の研究のために作られ、保管されていたのだ。

「でも、何で<SW>を与えなかったのよ? あれなら十分にその娘の要望にこたえられると思うけど?」

「SWは開発中でしたし……なにより、こちらとしても作ったばかりの最新鋭機動兵器を与えることには抵抗がありましたので……」

「ま、そんなことだと思ったわ……シラサギとSWのことは解ったわ。今度はサキという少女について話してちょうだい」

「わかりました。もっとも、私にわかっていることは、あまり多くありませんが……とりあえずこちらをご覧ください」

 プロスは、マモルの言葉に答えながら、一枚の紙を取り出し、マモルに差し出した。

「これは?」

「サキさんに関するデータを要約したものです。ボソンジャンプの情報をなぜ持っていたのかはともかく、彼女がどういう存在なのかは、それを見ればお分かりになるかと」

「……えらく準備がいいわね?」

 紙を受け取りつつ、マモルは疑わしげな視線をプロスに向けた。

「サキさんに関しては、いつか御前の耳に入ると思っておりましたから。前もって準備しておいたのです」

「だったら最初から話しておけばいいでしょうに……」

「こちらにも準備というものがございまして……」

「……差し詰め、私を出し抜いてボソンジャンプの技術を手に入れようって魂胆だったんでしょ? その後で彼女を私に差し出し、情報を渡す……こんなところかしら?」

「そこまで読んでおられましたか……」

「データを紙で持ち歩いていたのは、私にばれた時のための保険でしょ? ばれたときは、私に逆らわない方が得策だもの」

「パーフェクトです、御前」

「褒められても嬉しくないわ、こんなこと」

 そういいつつ、マモルは紙に視線を落とし、内容を読み始めた。
 最初は、特に興味をそそられた様子がなかったマモルだったが、半分ほど読んだところで、驚愕の表情になった。

「これは……!?」

「ネルガルの情報部が調べた、れっきとした事実です」

「まさか、生き残りがいたなんて……しかも他にもいるなんて……」

「意外でしたか?」

「ちょっとね。でも、あの子達の一人なら、確かにありえることかもね……」

 マモルは微かに微笑んだ、しかし、その微笑の中には、どこか暗い翳りがあるように感じられた。

「プロス、伝言を二つほど頼むわ。それで今回のことは、不問にしてあげる」

「わかりました。それで、どなたに?」

「一つ目はアカツキに『今回は見逃すけど、次やったら潰すわよ』って伝えて」

「わかりました」

 予想していたのか、プロスは伝言の内容に、特に驚かなかった。

「で、二つ目はサキに」

「サキさんにですか?」

 プロスは、意外そうな顔をした。

「そうよ……『会いたい。できるだけ大気圏突破前にナデシコに来て』ってね」

「解りました……しかしながら、会ってどうしようと?」

「貴方には関係のないことよ。これは、私とサキ、二人の問題だもの。貴方が介入するのは無粋というものよ」

「そうですな……それでは、お二人にはそう伝えておきます」

「あ、ちょっとまって、もう一つあったわ」

 マモルは、部屋を辞そうとしたプロスを呼び止めた。

「なんでしょう?」

「エリナに伝言よ『私の傍にいたいなら、馬鹿の手綱をしっかり締めておきなさい。殺さなければ、大抵のことは許すから』って伝えておいて」

「わかりました。以上でよろしいですか?」

「えぇ。ただ、最後に一つだけ言っておくわ。裏切りは許さないわ……貴方から進んで私の配下に入った以上、裏切れば殺す。肝に銘じておきなさい」

「……わかりました。それでは、失礼いたします」

 体を若干こわばらせながらそう言うと、プロスは執務室を辞した。
 プロスが辞したのを確認すると、マモルは、改めて手元の紙に視線を向けた。

「サキ……か……」

 マモルの口元に微かな笑みが浮かんでいた。
 その笑みは、とても優しげで、包容力のあるものだった。
 先程までプロスに向けていた冷たい雰囲気は完全に消え、優しげな雰囲気だけが、そこにはあった。
 そしてその雰囲気は、執務室に来訪者が現れるまで続いた。





   Gemini 第四話へ続く



   〜あとがき〜


 前回の投稿が2月13日でしたので、ほぼ半年ぶりの投稿になってしまいました……。
 私とこの作品のことを憶えていらっしゃる方がいるかどうかすら、微妙なところですが……。
 こんな作品でも、心待ちにしてくださっていた方がいらっしゃいましたら、長いことお待たせして大変申し訳ありませんでした!
 心よりお詫びいたします。

 さて、今回で第三話になった、このGeminiですが、回を重ねる毎に、原作から遠ざかりまくっているように感じます。
 極東方面軍が出してきた艦艇数とか、ミスマル提督の言動とか。
 ルリのキャラとかも随分変わってきてます。
 そして極めつけは<シラサギ>と<サキ>ですね。
 完全にオリジナルです。
 詳しい説明とかは第四話で出てくるので控えますが、シラサギの外見は、機動戦士ガンダム0083に出てくるドラッツェに近いと思っていただければいいかと。
 大気圏内で使えるドラッツェ。
 色が白であるという点と、足の後ろ側と足の底の部分がスラスターになっているという点と、両腕が銃になっているという点では違いますが。
 シラサギの外見はともかく、この調子でオリジナルのものを出し続けて言いものかどうか、少々悩んでいるところではあります。
 出せば出すほどナデシコと離れていきそうで、かなり怖かったり……。
 まぁ、その辺は『二次創作』ということで割り切っても良いのですが……。
 結構気になる部分ではあります。
 まぁ、今更修正するのは、かなり無理があるんですけどね……。


 それでは、長くなりましたが、この辺で失礼いたします。

 

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

一週間起きっ放しって・・・人間じゃないよそりゃ(笑)。

と言うか、そろそろ最強キャラが走り始めた感触が。

このまま進んじゃうとちょっと面白くないことになりそうな気がします。

 

後、やっぱり誤字脱字が多いですね。

ご尊名→ご尊命

確立→確率

ホーメイ→ホウメイ

などなど。お気をつけください。