Gemini 六話



 時刻的には夜の九時を回った頃、大気圏を脱したナデシコのブリッジでプロスがユリカに話しかけている。
 その傍にはマモルがいることから、プロスがユリカに話している内容が仕事のことであることが容易に想像できた。

「連合宇宙軍がサツキミドリに? 確かなんですか?」

 ユリカが、プロスの報告に思わず訊き返した。

「アマヤマさんが入手した情報ですので、十中八九間違いありません。確認できただけで三個艦隊はいるかと」

「三個艦隊も……。マモルちゃん、情報仕入れたのマモルちゃんなんだよね? だったら、詳しい戦力わからないかな?」

「戦艦や巡洋艦・駆逐艦は廃棄寸前の旧型艦ばかりです。ナデシコの大気圏離脱前から、密かにサツキミドリに近い軍のコロニーに隠していたものだと思われます」

 マモルは、ユリカの問いにすぐに答える。

「旧型艦……だったらやって勝てないことはないね。だったら強行突破する手もありだね?」

「馬鹿いわないでください。だいたい、話はまだ終わっていません」

 マモルは、楽観的に言ったユリカに釘を刺してから、話を続ける。

「確かに、相手は三個艦隊とはいえ旧型艦ばかりです。それだけならやってやれないことはないでしょう。しかし、そんなことは、当の本人達である宇宙軍側が一番よくわかっていることです」

「だったら問題ないんじゃ……」

「だから、人の話は最後まで聞けって言ってるでしょうが」

 マモルは軽く、ユリカの頭に拳骨を落とした。
 痛いものではないが、やられたユリカは、口を閉ざす。

「連合宇宙軍が、旧型艦ばかり揃えてきたのは、どうしてだと思いますか?」

「えっと……他に集められなかった、から?」

「それもあるかもしれませんが、連合宇宙軍には別の目的があります。ホシノオペレーター、私の自室端末から『NO.211』のファイルを引き出してメインスクリーンに映してください」

「わかりました」

 マモルの指示に、ルリはすぐに作業を行い、メインスクリーンにファイルの中身を展開する。
 いくつかのウィンドウが開き、その中のいくつかに戦艦の図面が映る。

「31−45を中央に表示してください」

「はい」

 いくつかのウィンドウの中の一枚が、中央に表示される。
 表示されたウィンドウに映ったのは、戦艦の図面で、戦艦の幾つかの部分が赤く塗りつぶされていた。

「これが、現在サツキミドリに集結している連合宇宙軍艦艇の中で、一番多いタイプのものです」

「至って普通の戦艦に見えるけど……?」

「至って普通の戦艦です。赤く塗りつぶされたところ以外は、ですが」

「赤く塗りつぶされたって……半分くらい赤くなってる気がするけど……これがどうしたの?」

「その赤い部分には、最新の高性能爆薬が満載されています」

「はいぃ?」

 ユリカは、マモルのいったことをとっさに理解することができなかった。
 余りにも予想外の答えだったからだ。

「こ、高性能爆薬?」

「そうです。宇宙軍でも限られた人間しか存在を知らない爆薬で、『ES−02』と呼ばれています。ちなみに、ES−02の性能を表す、詳しいデータが手に入らなかったため、一世代前の『ES−01』のものを入手しておきました」

 マモルは、そう前振りしてから、詳しい内容を話し出す。

「ES−01は、火星の大気圏内及びアステロイドベルトで爆破実験を行なっておりまして、私が入手した資料はその資料となっております。その資料を元に換算しますと、戦艦一隻に搭載されている量で、直径二十キロを六千度という超高温で焼き尽くせます。ES−02はその改良型で、ES−01の欠点であった、真空の状態における爆発力低下を、本来の爆発力より低下率九%未満に抑え、さらに有効範囲がES−01の1.5倍になっているとか……ES−02の資料は不足しているので、断言することは出来ませんが……」

「そ、そんなのが三個艦隊分も?」

「その通りです。奴らは、廃棄寸前の艦船を巨大な機雷として設置したんです。廃棄寸前の戦艦なら、こちらは油断するであろうし、世論に対しての言い訳もつきます。ナデシコとサツキミドリは、ES−02の爆発力を試す良いサンプルにもなりますし、廃棄寸前の戦艦なら失って惜しくないどころか、廃棄する手間が省けますので、一石三・四鳥は狙ってますね」

 肩を竦めながら、説明したマモルは、最後に補足を加えた。

「因みに、一つ付け加えておきますが、ES−02が満載されている艦船は、コントロール艦からの信号で全ての艦船を爆破できるようになっています。全て同時に爆破することも可能です」

「も、もしかして、爆発するとサツキミドリを巻き込んだりしちゃう?」

「もしかしなくてもそうなります。直径三十キロの有効範囲をもつ巨大爆弾が三個艦隊分。さらに爆発の際起こる熱が六千度の超高温ですのでサツキミドリもサツキミドリ内部の人も、ひとたまりもありません」

 宇宙という過酷な状況で生活できるように作られているコロニーであっても、爆発の衝撃と超高温にみまわれれば、流石にひとたまりもない。
 そもそも、そういうことに耐えられるよう設計されていないのだ。

「ナデシコがサツキミドリにいけば、ジ・エンドです」

「マモルちゃん……どうすればいいと思う?」

「どうするもこうするも、そのことを話すためにこの話を始めたのですが……プロスペクター担当官、お願いします」

「わかりました。ここからは私が説明いたします」

 マモルの言葉にしたがって、プロスが話を引き継ぐ。

「実は先ほど本社から連絡がありました。サツキミドリに運ぶ予定だったゼロG戦フレームおよびそのパイロットを月に留めてあると。よってナデシコはそれらを搬入するために月へ寄港することになります」

「月に?」

「そうです。月にはネルガルの施設もありますので、入港は基本的に可能です。今なら宇宙軍の目はサツキミドリに向いていますので、比較的簡単にいくはずです」

「そんなに上手くいきますか?」

 プロスの言葉に、半信半疑なユリカが訊く。

「絶対とは言い切れませんが……まぁ、こちらにもコネクションはございますので、何とかなるかと……少なくとも、サツキミドリにいくよりは安全なはずです」

「う〜ん。確かにサツキミドリにいくのは自殺行為だよね……」

 ユリカはそう言うと、少し考え込んだ。

「わかりました、月に行きます」

 サツキミドリと月を安全性を量る秤にかけた結果、ユリカは月行きを決めた。
 少なくとも、サツキミドリにいくよりかは、幾分安全なのは確かだったからだ。

「了承していただけて何よりです。それと、もう一つお知らせしておかねばならないことがあります」

「なんですか?」

 ユリカの言葉に答えつつ、新たに話題を出してきたプロスに、ユリカが訊いた。

「次の寄港地である月で、アオイ副長とムネタケ副提督が下船されます」

「ジュン君とムネタケ副提督が? なんで?」

 ユリカは思わず聞き返した。
 二人の下船理由が思い浮かばなかったためだ。

「アオイ副長は、そもそも反乱騒ぎを起こしておりまして、そのことに対する処分をしなければなりません。その手続きなどのため、アオイ副長に下船していただくのです。ムネタケ副提督はその付き添いです」

「……ジュン君は納得してるの?」

 ユリカは、ジュンに訊く。 

「勿論、納得してるよ。僕がやったことは、処分されて当然のことだし、それに……」

 ジュンは、ユリカの問いに答えたところで一旦言葉を切り、マモルを見てから、言葉を続けた。

「それに、やることが出来たから、僕はナデシコを降りるんだ」

「やること?」

「うん。とっても重要なことなんだ……だから、僕は納得してナデシコを降りるんだ」

「そうなんだ……じゃあ、仕方がないね。ちょっと寂しくなるけど」

「そう言ってもらえると、嬉しいな。まぁ、永遠の別れってわけじゃないから、また会えると思うけどね」

「そうだね。その時を楽しみにしてるね」

 ユリカは、ジュンに微笑みかけてかけながら言った。

「そういえば、ジュン君とムネタケ副提督は兎も角、アユミちゃんはどうなるの? クルーじゃないけど」

「アユミですか……アユミは、一応整備士兼予備パイロットとしてナデシコに残ります」

「え? 残るの?」

 ユリカが意外そうな顔をしながら言った。

「一応本人の希望です。クルーにでも何でもしないと、何しでかすか解りませんから……幸い、整備の腕は悪くありませんので、一応整備士として雇うことになりました」

「大変だね、マモルちゃん」

「察していただけて何よりです……」

 マモルのその返事に苦笑しつつ、ユリカは正面を向いた。
 そして、号令をかける。

「一区切りついたところで、出発しましょう! 月へ向けてしゅっぱ〜つ!」

 極めて能天気なユリカの声に従って、ナデシコは月への航路をたどり始めた。
 動き始めたブリッジの中で、ルリだけが浮かない顔をしていたのに気づいたものは、いなかった。





 ナデシコが月に向かい始めて少し経った頃、トレーニングルームには四人の人間が組み手を行なっていた。
 アキト、アキナ、サキ、ユキの四人である。
 アキトがアキナに玩具のように遊ばれているのに対して、サキとユキの組み手は、半ば殺し合いのような迫力があった。
 というより、サキとユキは、半ば本気で殺し合いをしていた。
 勿論本気で殺そうとしているわけではないが、お互いに本気を出して組み手をしているため、それだけの迫力が出てしまうのだ。
 この組み手を見た後に、格闘やアクション映画を見ても、陳腐なやり取りにしか見えないことだろう。
 そんな組み手を横でやられて、アキナに良いように弄ばれボコボコにされているアキトとしては、自分がとても情けなく思えて仕方がなかった。

「ぐぎゃっ!」

 アキナの掌底を顔面に食らったアキトが、変なうめき声を上げて床に倒れた。
 微量ながら、鼻血を出しているため、余り格好のつかない倒され方になってしまっていた。

「よし、今日はここまでだ。サキ、ユキ、お前らもその辺で仕舞いにしろ、きりないから」

「そうだな。終わりにしようか、ユキ?」

「うむ」

 アキナの言葉に従って、二人も組み手を終わりにした。
 サキとユキの組み手は、どこかで止めなければ、際限なく続く。
 もともと北辰とアキトの実力にはそれほど差がなかった、その上、この世界に来た際に入った体が二人ともマモルの娘の体であったため、ほぼ完全に二人の力は均衡していた。
 マモルとサキの言葉もあってか、サキとユキは、それなりに仲がよくなっていた。
 サキとアキナは言うに及ばず、アキナとユキの衝突も、当初予測されていたよりも多くはなかった。

「アキト、いつまでも寝てないでさっさとおきろ」

「ふぁい……」

 アキナに言われ、鼻を押さえながら、アキトは起き上がった。
 起き上がった際、鼻を拭ったため、鼻血は既に消えていた。

「アキトはどんな感じだ?」

「使えない」

 サキの問いにアキナが率直に答えた。

「随分とはっきり言うな……アキトがいじけてしまったじゃないか」

 サキがアキナの隣にいるアキトを指しながら言った。
 アキトは、しゃがみこんで独り言をぶつぶつと呟いていた。

「事実だろうが。大体、最初から使えるなら俺が教える意味がないだろうが」

「確かにそりゃそうだと思うが……」

「役に立たないから俺が鍛えるんだ。マモルに頼まれた以上、半端な鍛え方はしない。最初から厳しくやる」

「に、したって言い方ってものがあるだろうに……」

 同じアキトとしての過去があるもの同士のアキナとサキだが、考え方に若干ずれがあるようだった。
 アキナはアキトに厳しくするのに対して、サキはどちらかといえばアキトを擁護する。
 マモルも含めて、似た過去を持っていても、三者三様になるのは、ある意味で三人が違う人間であることを、如実にあらわしているようであった。

「いいんだサキちゃん。俺が役に立たないのは事実だし……それに、年下のサキちゃんに庇われれるようじゃ、俺もまだまだってことだし……」

「い、いや、俺はなんていうか、アキナの言い方を注意しただけであって、庇ったってわけじゃ……いや、庇いたくないわけじゃなくて、なんていうか……」

 アキトが余計に落ち込んでしまったのをサキが必死にフォローしようとするが、フォローの言葉が見つかず、結果言いどもってしまう。

「何が言いたいのだ……」

 思わずユキが突っ込みを入れた。

「つまり、その、なんだ。アキナの言い方を気にするなってことだな、うん」

 ようやく見つかった言葉に、サキは思わず自分で頷いてしまった。

「俺の言い方が悪いみたいな言い方をするんじゃない、サキ」

「実際悪いだろうが」

「悪いというより、きついのではないか? 棘のある言い方といおうか……」

 アキナとサキの言い合いに、ユキが訂正を加える。
 しかしながら、ユキの言葉は完全に無視されてしまった。

「サキ、お前アキトに甘すぎないか? 今までが今までなんだ、厳しく鍛えなくては間に合わないだろうが」

「甘いんじゃない。鍛えることには賛成している。だが、言い方が良くないっていってるんだ。やる気をなくさせる物言いをしてどうする」

「この程度でやる気がなくなるんなら、最初からやらなければいい」

「本人のやる気を出させるのも、師匠の役目だろうが」

「そこまで面倒はみきれん」

「無責任なこと言ってんじゃねぇ。まったく、胸の大きさと同じで、心の小さい奴だな」

「む、胸の大きさは関係ないだろうが。大体、胸の大きさは、お前の方が小さいじゃないか!!」

 半ば精神まで女性化しているのか、アキトについての口論だったはずが、自分たちの体型の話に摩り替わっていた。
 しかも、胸の大きさに反応する辺り、アキナの女性化は、自覚のあるなしにかかわらず進んでいるようだ。

「俺のは発展途上だ。俺は母さんの娘なんだぞ? 大きくなるに決まってるじゃないか」

「マモルって、そんなに大きかったか?」

「アンダー70、トップ90のEカップだ。因みにウエストは55、ヒップは88だ。俺が言うのもなんだが、実はモデル並みに……いや、それ以上にスタイルが良いんだ。俺はその血を継いでるから、当然大きくなる。アキナのAカップなんてすぐに抜いてやる」

「Aじゃない! 75のCだ! 失敬な!!」

 アキナは、マモルに無理矢理測定されて、自分のスリーサイズをしっかり把握していたため、すんなりとその反論が出てきた。

「でも母さんより小さいことにかわりないじゃないか。しかもその胸、殆ど筋肉だろ?」

「なんだと!?」

「図星だからって怒鳴るな。筋肉胸女」

「てめぇ……」

 サキの言葉を流石に許容しきれなくなったアキナが、サキを睨みつける。

「なんだ、やるのか?」

 サキも、アキナの睨みに対抗して、冷たい視線をアキナに向ける。

「やめんか、馬鹿者共が」

 睨み合う二人の間に割って入ったユキが、ドスのきいた声で言った。


「アキナ、貴様はアキトの鍛錬を母上から任され、それを了承したのであろう? ならば、最後までそれを全うしろ。本人にやる気がないなら、やる気を出させるのも貴様の仕事だ。つべこべ言わずにやれ」

 まず、アキナを睨みつけながら、アキナに言った。

「ぬぅ……」

 アキナは言い返せず、思わず唸った。

「姉上、アキナに対する忠告はいいが、体型のことまで言うことはあるまい? 相手の気持ちも少しは考えよ。姉上とて言われて良い気分はしまい?」

 アキナの時より、幾分柔らかい声と視線で、サキに言った。

「……そうだな。ちょっと頭に血が上っていたようだ……アキナ、悪かったな」

「いや、根本的に悪いのは俺の方だ……アキト、サキ、悪かったな」

 アキナが頭を下げながら言った。

「謝る必要はない。気づいたならそれで十分だ」

「そ、そうですよ。それに、悪いのは使えない俺自身ですし……アキナさんが気にすることは何もないですよ。頭を上げてください」

「そういってくれると、幾分気が楽だ」

 そう言いつつアキナが頭を上げると、ようやくその場の雰囲気が和らいだ。
 そこに、マモルが入ってきた。その後ろには、ルリもいる。

「訓練は終わったようね。久々に体を動かそうと思ったんだけど、ちょっと遅かったみたい」

 マモルは、冗談めかした声で、そう言った。

「マモル。何か用か? 普段忙しいお前が、こんなところにわざわざ来るなんて。そんな格好で体を動かしにきたとは思えないし」

 アキナが、マモルの格好を見ながら言った。
 マモルは、いつもの制服に黒いバックを持っていた。
 これから運動するようには、とても見えない。

「ようやく仕事がひと段落着いたから、ちょっと様子を見に来たの。執務室とブリッジだけじゃ、いい加減息が詰まるしね」

「毎日仕事ばかりだからな」

 アキナは、苦笑しながら、マモルの言葉を返す。

「休むと仕事が溜まるから、休めないだけなんだけどね」

「大変だね、マモルちゃん……」

「仕事ですから。……あ、仕事で思い出しましたが、テンカワさん、ホウメイコック長からの伝言で、こちらが終わったらすぐに厨房に入って欲しいとのことです」

「え? でも今日の仕事終わったはずだけど……」

「整備班の人が、デッキの片づけとエステの整備で徹夜になるらしく、その夜食を作るのに一人じゃ手が回らないそうです」

「そうなんだ、だったらすぐに行かないと。アキナさん、サキちゃん、ユキちゃん、お先に失礼するね」

「おう。仕事頑張れよ」

 トレーニングルームを出て行くアキトに、アキナがそう声をかけた。

「さて、アキトが去ったところで話があるの。私の執務室に来てくれる?」

 アキトが去ったことを確認したマモルが、提案した。
 異論は出なかった。





 執務室に移動したマモル、ルリ、アキナ、サキ、ユキの五人は、執務室に備えられているソファーに腰をかけていた。
 五人の前には、小さなウィンドウが展開されており、その内容は、ブリッジで映し出されたものと同じ内容のものだった。
 そのウィンドウを使いつつ、マモルは、ブリッジで話した内容を、改めて四人に聞かせた。

「ナデシコがこれから月へ行くのは解った。だがサツキミドリはどうする? 史実どおりに行けばサツキミドリは壊滅することになるぞ?」

 一通りの説明を聞き終えたアキナが訊く。

「それは問題ないと思います」

 答えたのはマモルではなくルリだった。

「説明にあったとおり、現在サツキミドリには、旧型艦とはいえ三個艦隊が駐留しています。木連側がES−02の存在を知っているかどうかは解りませんが、三個艦隊と戦うメリットがありません。無人兵器ばかりとはいえ、流石に無駄な消耗を強いるようなことはしないと思いますから、おそらくは大丈夫だと思います」

「まぁ、そういうこと。付け加えるなら、ES−02をうまく使えば敵を一掃出来ると思うから、少なくとも木連の無人兵器に落とされることはないわね」

 ルリの説明にマモルが補足を加えた。

「……わざとサツキミドリ行きの情報を連合宇宙軍に流したな?」

 サキが、今までの説明から、そう訊いた。

「あら、わかった?」

「余りにも都合よく行き過ぎてるからな……最初からサツキミドリに行くつもりはなかったんだろ?」

「えぇ。連合宇宙軍が動くか否かに関係なく、最初から月に行くことに決めていたわ」

「「えっ?」」

 ルリはアキナが、同時に疑問符を頭上に浮かべた。

「なんでですか?」

 ルリがマモルに問う。

「何でって……ナデシコがどんなに早くついたところで、サツキミドリを守りきれるわけじゃないわ。むしろ、下手にナデシコが行けば、敵を刺激することになりかねない。それなら、ナデシコは行くべきではない、と判断したのよ。ついでに言えば、月の方が安全且つより多くの物資が搬入できるし」

「ナデシコが行っても危険なら、あえてそれをすることもない、ということですか?」

「まぁ、そういうこと。上手い具合に連合宇宙軍がサツキミドリに行ってくれれば、サツキミドリを救うことも出来るから、ナデシコにとっては利に適ってる、というわけ」

「回りを上手く利用しますね……流石に年の功といったところですか?」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 マモルは、ルリの言葉に苦笑しながら答えた。

「月につけば、あとは火星に行くだけになるから、ようやく私にも暇が出来そうね。ミスマル提督をはじめとしたトラブルに巻き込まれる恐れもないだろうし」

「地球にいる間はトラブル続きだったからな……」

 マモルの言葉に、アキナが首肯する。

「やっと落ち着けると思うと、涙がでそ……」

 マモルがそう言い掛けたときだった。
 執務室が、激しい揺れに襲われたのだ。
 いや、正確には、ナデシコ全体が揺れていた。

「くっ……! こ、これは」

 アキナが、揺れに耐えながらなんとか声を出す。

「外部からの衝撃による揺れ、みたいね……この辺にはナデシコを激しく揺らすことが出来るほどのデブリや人工衛星はなかったはず……とすると……」

「攻撃、か」

 マモルの言葉に、サキが述べる。

「おそらくは。だが、何で攻撃されたかまではわからん」

 サキの言葉に答えるように、ユキが言った。

「それだけでは、木連か地球か判断できないな……」

「………とにかくブリッジに移動して、現状を把握をしましょう」

 サキとユキの言葉を聞いたマモルは、そう提案した。
 マモルの提案に異論は出ず、五人はブリッジへ向かった。





 マモルたちがブリッジに入ったとき、既にブリッジ要員は集まっていた。
 ブリッジに入ってすぐ、ルリはオペレーター席に着き、現状把握を行なう。

「ルリちゃん、状況はどうなってる?」

 オペレーター席に着いたルリに、ユリカが訊く。

「先程の衝撃は、外部から物理兵器の攻撃によっておこったものと思われます。その影響で、本艦は現在停船中です。攻撃による損傷は軽微ですがエンジン付近に攻撃を受けたため、点検の必要があります。また、二時方向千八百に所属及び形式不明の艦影があることから、おそらくその艦からの攻撃だと思われます」

 ルリは一息で現状を説明した。
 それと同時に、宙域図を表示する。
 確かに、ナデシコの二時方向に艦影が映っていた。

「ルリちゃん、その船の映像出せる?」

「可能です。少し待ってください」

 ユリカの問いにそう答えてから、ルリは作業を行なう。
 しばらくして、一隻の船の写ったウィンドウが表示された。
 黒を基調とした流線的な船体は、どこかレトロな感じの形をしていた。

「マモルちゃん。あの船知ってる?」

「似た型の船なら、一度だけ見たことがありますが……」

「どこで見たの?」

「宇宙史博物館です」

「博物館?」

「そうです。四十年程前、退役艦として宇宙史博物館に引き取られた<ゲッティスバーグ級>に似ています。まったく同一というわけではありませんが……」

「よく知ってるね、マモルちゃん……」

「宇宙船事業を行なっているネルガルにいる以上、その程度の知識は持っていて当然です。ホシノオペレーター、あの艦のデータはないと思いますが、ゲッティスバーグ級の資料なら、オモイカネにあるはずですので探してみていただけますか?」

「わかりました」

 ルリはすぐにオモイカネのライブラリを検索して、すぐにメインウィンドウに表示させる。
 それには、確かに映し出された船と酷似した船が映し出された。

「ゲッティスバーグ級。正確にはゲッティスバーグ級ミサイル艦。五十七年前に一番艦がアメリカのジャスティ・ウェッソン社で作られて以来、十年間宇宙軍の主力の一角を担っていたようですが、新型艦の開発と共に廃棄が進み、四十二年前に最後の一隻が廃棄されたのを最後に、事実上、動くものは存在しないことになっています」

 ウィンドウを表示させると同時に、ゲッティスバーグ級についての説明を付け加えた。

「ふ〜ん……とにかく古い戦艦なんだね」

「骨董品といっても差し支えないですよ。現在では、まともな戦力になりませんから」

「半世紀以上前のミサイルでは、戦力になりませんからね……今とじゃ規格も違いますし」

 マモルの表現に、ルリがそう補足した。

「でも、何でそんな船がこんなところに?」

「そればっかりは、私にも解りかねますが……」

 マモルは、眉根を寄せて、ユリカの問いに答えた。
 この事態は、マモルにも解りかねたのだ。

「万が一の場合に備え、迎撃準備だけはしておいたほうがよいかと思います。少なくとも、当艦は攻撃を受けていますから、何らかの備えは必要でしょう」

 マモルが現状を鑑みて、提案する。

「そうだね。ルリちゃん、エステバリス隊に出撃用意を発令して」

「それは構いませんが、ナデシコには無重力状態で戦えるエステバリスのフレームはありませんよ?」

 ユリカの出した命令に、ルリが指摘する。

「え? そうなの?」

「自分の船のことぐらい、わかっていてください……」

 呆れ顔で、ルリがため息混じりに言った。

「あう……」

「とりあえず、ディストーションフィールドを張って、グラビティブラストの発射用意をしておけばよいのではないですか?」

「そ、そうだね。ディストーションフィールド展開。グラビティブラスト発射用意!」

 マモルの提案に乗り、ユリカがそう命じた。

「了解」

 ルリは一つ返事と共に、それぞれの作業をすぐにこなした。

「艦長。通信です! 発信源は、あの船です」

「繋げて」

 メグミの報告に、すぐさまそう命じる。

「了解。メインウィンドウに表示します」

 メグミが返事を返してすぐ、メインウィンドウに映っていたゲッティスバーグ級の資料が消え、代わりに一人の男の姿が映し出された。
 年のころは四十代半ば。白髪の混じった髪に、所々皺の彫られた痩せこけた顔。所々で伸びる無精髭。そして白衣。
 おおよそ、科学者というもののイメージを、そのまま形にしたような、そんな姿をしていた。

『こちらは<新たな夜明>所属、<MASSACRE>である。ナデシコ艦長と話がある、艦長を出していただきたい』

「艦長は私ですが……」

 男の言葉に従い、ユリカが名乗りです。

『君が艦長か。ならば、単刀直入に用件だけ言わせて貰おう。貴艦のクルー、アマヤマ・マモルを引き渡してもらいたい』

「え?」

 予想だにしない言葉が出てきたため、ユリカはとっさに返答することができなかった。

『聞きとれなかったのなら、今一度言う。アマヤマ・マモルを引き渡してもらいたい』

「いえ、一度目で聞きとれましたけど……なんでマモルちゃ……アマヤマさんを?」

『それは、君たちが知るべきではないことだ』

「理由もわからず、クルーを引き渡すことは出来ません」

 ユリカはきっぱりと言い放った。

『これは、君が介入してくる問題ではないのだ。これは、親子の問題なのだからな』

「親子?」

『そうだ。私の名は、アマヤマ・ケイジ。アマヤマ・マモルの実の父だ』

「「「「なにぃ〜!!」」」」

 サキ、ユキ、アキナ、ルリが、ニュアンスこそ違ってはいたが、同じような言葉を発した。
 よもや、目の前の男が、マモルの父親であるなどと予想もしていなかったのだ。

「そ、そういえば、火星でお隣に住んでた頃に見た、アマヤマのおじ様の面影があるような……」

『む? すると君は、ミスマルさんのところの、ユリカちゃんか?』

「そうです」

『大きくなったものだ。すっかり見違えたよ』

「恐れ入ります。それよりおじ様、マモルちゃんは、ナデシコの重要なクルーとして働いていただいていますので、お渡しに応じられません」

 相手が知り合いだと解ったためか、ユリカは幾分砕けた話し方になった。

「それにです。問題を起こしていない以上、下船するかどうかの意思決定は、マモルちゃん自身にありますので、私が決めることは出来ません」

『つまり、マモルが来るといえば、問題ないわけだな?』

「そうなります」

 マモルの事情などまったく知らないユリカは、あっさりと肯定した。

「と、言うわけで、マモルちゃん、どうする?」

 ユリカはマモルに問うが、マモルからの返事はなかった。
 マモルには、返事を返せるだけの余裕はなかった。
 顔面を蒼白にし、床にへたり込んでいた。
 それだけではない。
 体を、それと解るほど震わせていた。
 目の焦点も合っておらず、腕を胸の前で交差させ、それぞれの手で血が出るほどに強く、二の腕を掴んでいた。
 明らかに、いつものマモルではなかった。

「………マモルちゃん!?」

 ユリカはとっさに駆け寄る。
 アキナ、サキ、ユキもマモルのただならぬ様子に、駆け寄ってくる。

「どうしたのマモルちゃん! しっかりして!!」

 叫びに近い声で、声をかけるが、マモルからの返答はなかった。

「………ん、で……」

 マモルの唇が微かに動き、微かな声が紡がれる。

「マモルちゃん?」

「なん、で……」

「なんで?」

 ようやく言葉になってきたマモルの声を、ユリカが反復する。

「何で……生きてるの……? あの時………確かに………」

『マモル…私のマモル……私が生きていることが、そんなに不思議かい?』

 マモルの声が聞こえたわけではないだろうが、ケイジが声をかけてきた。

『無理もない……私とて、死ぬかと思ったのだから……だが、私はある男に救われ、生き延びたのだ』

 少々愉快そうな表情をしながら、ケイジが言った。

『さぁ、マモル。一緒においで。もう一度、あの日々を取り戻そう』

「っ!?…………い、や…………嫌………嫌……嫌…嫌、嫌嫌……いやあああぁぁあっ!」

「マモル!? 落ち着け、しっかりしろ!!」

 マモルが叫ぶのと同時に、近くにいたアキナが、マモルの肩を掴み、言い聞かせる。

「ア、キナ、アキナ、アキナ、アキナアキナ!」

 マモルは、かろうじてアキナの声に気づいたのか、アキナの名を叫びながらアキナに抱きつく。
 アキナは、優しくマモルの頭を撫でた。
 マモルは、アキナの胸に顔を埋めた。
 その状態で、ようやくマモルは、少し落ち着きを取り戻した。

「……落ち着いたか?」

 アキナが訊く。
 マモルは、声には出さず、頷くだけで肯定した。

「だったら、少し待ってろ、話を付けてくるから」

 アキナはそう言うと、マモルから体を離し、ケイジに向き直った。

「……おい、オッサン……とっとと帰れ。マモルが嫌がってる」

『これは、父と娘の問題だ。部外者が口を出す問題ではない』

「ふざけるな! 俺は知ってるんだぞ、貴様がマモルに何をしてきたのかをな……どう扱ってきたのか知ってる以上、てめぇにマモルは渡せねぇ!」

 アキナがケイジに啖呵を切る。

「その通りだ。お前なんかに母さんを渡せるか」

「母上の心をこれ以上乱すようなら……貴様を殺してやる」

 アキナの啖呵に、サキとユキも便乗して来た。
 マモルの前に、三人が立ちふさがるような状態になる。
 だが、ケイジはそれを意に介した様子はなかった。

『何とでも吠えればよい。所詮は他人なのだからな。しかし、マモルを母と呼ぶ、か……容姿もマモルに似ている………生き残りか……面白い。お前たちも一緒に連れて行ってやろう。それなら文句はあるまい?』

「駄目っ!」

 ケイジの言葉を訊いたマモルが、とっさにサキとユキを左右の手で、それぞれ抱きしめる。

「この子達は駄目……」

「母さん?」

「母上?」

 サキとユキが、マモルをみる。
 顔を見る事はできなかった。
 しかし、マモルは震えていた。

「おい。こんなマモルの姿を見てまで、マモルを連れてこうって言うのか? あんた」

『当然だ。こんなところにマモルをおいておけば、マモルの価値が下がるからな』

「……なんだと?」

『マモルには、お前たち凡人では解らぬほどの価値があるのだ。こんなところにおいておくわけにはいかん』

「貴様がなんと言おうと。マモルにどれだけの価値があろうと。マモルは渡さない、絶対にな」

 アキナは、ケイジを強く睨みつけた。
 しかし、ケイジは、それを軽く受け流す。

『勇ましいことだ。だが、マモルは、こちらへ来ざるをえんよ。なぜなら、この艦には<イザナミ>が搭載されているのだからな』

 ケイジの言葉に、マモルの体がビクンッと震え、硬直した。
 しかし、その変化に気づいたものは、マモルの腕の中にいるサキとユキだけだった。

「……イザナミ? なんだそれは?」

 アキナが訊きかえした。

『答える必要はあるまい。マモルだけが知っておればよいのだ。そしてマモルは、それを知っている』

「マモルが?」

『マモル。お前が来ないというのなら、イザナミをナデシコに向けて放つことになるが、良いのか?』

「そんな!」

 マモルは、思わず声を上げた。

『お前を他の誰かに渡すくらいなら、イザナミを放った方が、よほど良い』

「無茶苦茶な! あれを使えばどうなるか、解っているでしょう!?」

『お前もわかっているのだろう? ならば、出すべき答えはわかるな?』

「っ!」

『すぐには決められないだろう……一時間だけ待つ。その間に答えを出せ。逃げたり攻撃してきたりすれば、イザナミを即放つ。逃げた場合は地球か月かコロニーでな……双方によい返事を期待している』

 ケイジは、最後にそれだけ言うと、一方的に通信を切ってしまった。
 ブリッジにいるもの達は、一様に呆然としてしまっていた。
 その中で、マモルは、ふらふらと立ち上がり、出入り口に向かって歩き始める。

「待て、マモル! どこに行く気だ!?」

 アキナがとっさに、マモルに声をかけた。

「……ナデシコを下ります」

「何だと! 気は確かか!?」

「そうだよマモルちゃん! マモルちゃんは行きたくないんでしょ!? だったら行っちゃ駄目だよ!!」

 下船を宣言したマモルに、アキナとユリカが、怒鳴るように言った。

「……私が降りなければ、ナデシコクルー全員が死にます」

「「え?」」

 マモルの言葉に、アキナとユリカが、同時に声を発した。
 他のクルーたちも、声にこそ出さぬものの、訝しげな表情をしていた。

「……どういうことだ?」

「イザナミは、ここにいる全員……いえ、それより多くの人間を殺すだけの力がある、ナノマシン兵器なのです」

「ナノマシン兵器? なにそれ?」

 ユリカが、マモルに訊ねる。

「Nuclear Biological Chemical weapon。通称NBC兵器というのはご存知ですか?」

 マモルが逆に訊き返す。

「核・生物・化学兵器の総称でしょ? 知ってるけど?」

「それでは、それらのうち、生物兵器及び化学兵器の使用が禁止されていることも、当然ご存知ですね?」

「うん。学校で習ったからね」

 ユリカが行っている学校とは。軍学校のことである。
 軍の禁則事項などは、学校の必修科目の中で習うことになっている。

「ナノマシン兵器は、その生物兵器の代用品……いえ、生物兵器の進化系として開発されたのです」

「「「なっ!?」」」

 ブリッジにいた人間が、すべからく驚愕の表情を浮かべた。

「Nanomachine weapon。通称<ナノ兵器>と呼ばれているそれらは、木星蜥蜴の出現以前に某軍で開発されていたものです」

「何でそんな物を……」

 ユリカは、辛うじてそれだけ口にした。

「以前、地球の各軍は、表面上協力し合う形をとっていましたが、その実、裏では対立していました。他の軍より少しでも優位に立つために、他の軍を圧倒できるだけの力が必要でした。しかし、より強い力を発揮するNBC兵器は使用も所持も難しい。開発も民衆に知られれば、自分たちが糾弾されることは目に見えていました。そこで、ある軍が、どの分類にも属さないナノマシンの兵器利用の研究を開始したのです」

「そんなことのために、そんな物を創るなんて……」

「そんなこと。確かに、部外者からみれば、そんなことでしょう。しかし、当事者にしてみれば、重要なことです。力がないものは、力のあるものに屈するしかない。自分たちが屈しないために、力を持つことは重要なことだったのです」

 力のないものは、力のあるものに屈するしかない。
 それは人間が辿ってきた歴史が証明する、真実である。
 人を傷つけたくないから力を持たない、力を持たないものを力を持つものは攻撃しない。
 そんな幻想は、この世では通用しない。
 人が存在し続ける限り、何らかの形で対抗する力を持ち続けなければならないのだ。
 自分の身を守るために。

「政治的な話はこの辺にして、話を戻しますが、ナノマシン兵器は表向き医療用ナノマシンとして研究されていました。ですから、開発計画の名称も<医療用ナノマシン開発計画>とされていました。そして、その開発計画の最高責任者の名が……アマヤマ・ケイジ……あの男です」

「マモルちゃんの……お父さんが?」

「そうです。ですから、あの男が幾つもあるナノマシン兵器の中で、最も完成された殺戮兵器と言われるイザナミを持っていても、まったく不思議はありません。それどころか、私が知っているものよりも、高性能になっている可能性さえあります」

「そう、なんだ……」

 もっていないかもしれない、という、僅かな可能性は、マモルのその一言で否定された。

「イザナミは自己増殖するナノマシンですから、サンプルが少しでもあれば、増やすことは意外と簡単に出来ます。開発者なら、サンプルを持っていても不思議じゃありません。持っていないという可能性は、完全に捨てたほうがよいでしょう」


「でも、そうなると……」

「私が降りなければ、イザナミが解き放たれる可能性が高いです。それだけは、どんなことがあろうと、避けなければなりません」

 マモルは、はっきりと言い切った。

「イザナミは、一度解き放たれ、起動した瞬間に、生物・無生物に関係なく、一定以上の熱量のある物体に入り込み、内部からその物体を破壊します。人も動物も機械も、ひとたまりもありません」

「機械も!?」

「機械もです。しかも、熱量が失われるまで、自己増殖を続けながら、その物体を破壊し続けます。入り込んでいた物体が熱量を失うと、違う熱量を持つ物質に入り込み、また増殖をしながら破壊を行ないます。その繰り返しです」

「そんなものが使われたら……」

 その先は言わなくても、十分に伝わったことだろう。
 こんなものが使われたら、待つのは滅びだけだった。

「この場で解き放たれたら、少なくとも、ナデシコは二度と、どこにも寄港できなくなります」

 マモルは、きっぱりと言いきった。

「イザナミ単体の寿命は十年ほどあるといわれていますし、その活動が宇宙・大気圏内などの環境のせいで衰えるということもありません。もし、ナデシコに付着した可能性がある場合、ナデシコの寄港は事実上不可能になります」

「絶対に、それだけは避けなくちゃ……」

「だから、私が下船するといっているのです。そうすれば、少なくとも、ナデシコもナデシコクルーも助かります」

「でも、それだとマモルちゃんが……」

「そうだ。マモルだけを犠牲にすることになる。俺は、そんなことを許容するつもりはない」

 マモルの説明に納得しつつも、ユリカとアキナはなおも難色を示した。

「マモルを犠牲にするくらいなら、あの船を沈めるべきだ。あんな船、グラビティブラスト一撃で沈められる」

「馬鹿いわないで。はずしたらどうするつもり? だいたい……ナデシコであの船を沈めることは、恐らく不可能よ」

「なぜだ?」

「あの船に、あの男……アマヤマ・ケイジが乗っている以上。あの船は見た目どおりのゲッティスバーグ級ミサイル艦じゃない。腐ってもあの男は天才的な科学者であると同時に化学者よ。グラビティブラスト対策くらいしてるわ……もしなかったとしても、私達にそれを確かめる術はない……確かめる術がない以上、不用意に攻撃するべきではないわ」

「しかし……」

「私一人が降りれば、この場を切り抜けられる。私が降りなければ、クルーを危険に晒すことになってしまう……無駄にクルーの命を危険に晒すようなことはしてはいけない。そうでしょう?」

 そう言いつつ、マモルはアキナの頭を撫でた。

「貴方の気持ちは、嬉しいわ。私のことを想ってくれているのでしょう?」

「……まぁ……な」

「ありがとう。でもね、今回のことは私が決着を付けなくてはいけないことなの……あの男の始末は、私が付けなくちゃ……」

 マモルは、既に覚悟を決めていた。
 一度決めたことを曲げられるほど、マモルは弱い人間ではなかった。

「マモル……」

「ごめんねアキナ……ここまで連れてきておいて、放り出すようなことになって……テンカワさんや、サキや、ユキや、ナデシコクルーの皆さんにも申し訳ないけれど……」

「お前のせいじゃないだろ! あの男が悪いんだろ! お前が謝ることは何も無いじゃないか!!」

「これは、言ってしまえば、私事だから……やっぱり、謝らないと、ね」

 マモルは、どこか憂いのある笑みを浮かべながら言った。

「さて、急がないと、時間が来ちゃうわね……。だから、最後に一つだけお願いしていい? アキナ」

「……構わないが?」

「テンカワさんやルリちゃんを守ってあげてね、二人とも、まだまだ弱いから」

 マモルは、苦笑しながら言った。

「あぁ。わかった」

「ありがとう。サキ、ユキ、貴方たちはアキナを支えてあげてね、まだまだ危なっかしいから」

「わかったよ、母さん」

「しっかり支えるゆえ、安心してほしい」

「ありがとうね」

 マモルは、サキとユキの頭をなでながら、言った。

「あの、マモルさん」

「なに? ルリちゃん」

「私は、行くことを止めませんが、一つだけ約束して欲しいことがあるんです」

「約束?」

「はい。私達のところに帰ってくるって、約束して欲しいんです」

「ルリちゃん……」

「私は……もう、失いたくないですから……」

 悲しげな顔をしながら、ルリが言った。
 前の歴史のように、もう誰かを失いたくない。
 そんな思いが、伝わってきそうな、そんな表情をしていた。

「帰ってくるよ、きっと、ね」

 マモルは、ルリに微笑みかけながら、そう答えた。

「きっとですよ?」

「うん。きっとね」

 もう一度微笑みかけながら言うと、マモルは今度はユリカに向き直った。

「艦長。お願いがあります」

「なに? マモルちゃん」

「アマヤマ・ケイジのことと私のことは、テンカワさんとアユミには……いえ、この場にいるクルー以外には絶対に洩れないようにしてください。誰かに私のことを訊かれたら、私が下船したのは、ネルガルで緊急の用事があったため、そう説明してください」

「……わかった」

 幾分真剣な表情で、ユリカはそう返事を返した。

「それから、もう一つ……私がナデシコから出たら、すぐにナデシコを出してください。出来るだけ、早くこの宙域から離脱するために」

「……わかった。出来るだけ早く離れるね」

「ありがとう……ユリカちゃん」

 マモルは、その昔、ユリカの家の隣に住んでいたときの呼び方をした。

「その呼び方、久しぶりだね」

 マモルの、懐かしい呼び方に、ユリカも思わず微笑む。

「たまには、そう呼んでみたいですから……それじゃあ、もう行きますね」

「うん……気をつけてね」

「艦長も、そして皆さんも……それでは、失礼いたします」

 マモルは、その言葉を最後にブリッジを後にした。
 そして、マモルがナデシコのブリッジに戻ってくることは、二度と無かった……。





 マモルは、ナデシコを降りる前に自室を訪れていた。
 ナデシコを降りる前に、どうしてもやっておかねばならないことがあったためだ。
 マモルは、自室の本棚から一冊の本を抜き出し、挟んであった枝折のようなものをとった。
 見た目普通の枝折だったが、白い色のそれには、妙に光沢があった。
 マモルは、それを胸ポケットに入れた。
 そして、軽く目を閉じ、開く。
 すると、マモルの瞳が金色に変わり、全身に光の筋のようなものが走り、文様のようなものを浮かび上がらせた。

「御前用秘匿コード『code/mirror』起動。『pass word/gozen』。直通回線起動」

 マモルがそう口にすると、部屋の中に幾筋もの光の線が走り、そして部屋の中央あたりに半透明の少女の姿が現れた。
 フォログラムである。
 マモルと同じくらいの年齢に見えるその少女は、卵形の形のよい輪郭に、大きいが少し垂れている黒い瞳と形のよい眉。整った鼻筋に、形のよい桜色の唇。そして、長く伸ばされた黒い髪。
 どこか、日本人形を思わせるような雰囲気のある少女は、整ったその顔を、悲しげなものにしていた。

「夜分にお呼びだてして、申し訳ありません。御前」

 マモルが、少女に対してそう言った。

『滅相もございません。私の方こそ、御前があのような状態であったのにもかかわらず、何も出来ず、申し訳なく思っております』

 御前と呼ばれた少女もまた、マモルのことを御前と呼んだ。

「御前の御心を煩わせてしまいましたか……申し訳ありません」

『私の心など、いくら煩わせていただいたところで、御前に対してのどれほどの報いにもなりません。全てを御前に任せてしまっているのですから……』

「それが、私の役目です。私は御前の手足なのですから」

『御前……何故そのように、全てを背負われるのですか……見ているこちらが、辛くなってしまいます……もっと、私を頼って欲しいですのに……』

「私は、御前に苦しんでいただきたくないのです……故に、全て私が背負ってきたのです。御前を守るために……」

『いつも御前は、そういって私の分まで背負われて……私にもその苦しみを背負わせていただければ、どれほど……』

「御前……申し訳ありませんが、時間が余りございません。要件を先に済ませてもよろしいでしょうか?」

 マモルは、延々と続きそうな御前の話を切るように、そう言った。

『……わかりました。先に要件を済ませてしまいましょう』

「感謝いたします……話というのは他でもありません。既にご存知のことと思いますが、私は、計画に携われなくなります。その前に、私の持つ権限を御前に委譲しておかなければなりません」

『計画を進めるには、それしかありませんか……仕方がないですね……』

「ご迷惑をおかけします」

『普段ご迷惑をおかけしているのはこちらなのです、お気になさらずに』

 御前はマモルの言葉に苦笑した。

「それでは……。統べる者より鏡面に映りし統べる者へ……」

 マモルが、胸に両手を当てながら、言葉を紡ぎ始める。

『鏡面のそちら側から鏡面のこちら側へ……』

 マモルと同様に、御前も胸に手を当てながら、言葉を紡ぐ。

「御前より御前に……」

 マモルが両手を御前に向けて突き出す。

『御前から御前に……』

 御前も両手をマモルに向けて突き出す。

「御前が持つ全ての権限を移譲致します」

『御前の持つ全ての権限を受託致します』

 二人が、そう言いあったところで、それらの一連の動きは終わった。

「権限の移譲が終わったところで、一つ許可願いたいことがございます」

『……タケミカヅチ、ですか?』

「その通です……後の禍根は私の手で絶たなくてはなりません……」

『……解りました。タケミカヅチの使用を許可します……』

「感謝します。それから、あくまでも進言としてですが、タケミカヅチのデータを収集しておくことをお奨めします。タケミカヅチの実戦データは、我々の利になります」

『ツクヨミにデータを取らせます。御前がいなくなれば、あの子も寂しい思いをすることになると思いますが……』

「御前にもツクヨミにも寂しい思いをさせてしまうことになり、申し訳なく思います……ですが、泣いても笑っても、これで、さようなら、なんです……」

『いつまでも、待っています……』

「待たないでください。出来るだけ早く忘れるようにしてください」

『お断りいたします。いつまでも忘れずに待ち続けます』

「困った人」

『お互い様』

「意地っ張り」

『強情っ張り』

 そこまで言いあって、二人は思わず笑った。

「最後の最後がこれだと、格好つかないね」

『そうだね。でも、最後まで敬語は寂しいよ』

「そうね……」

『姉さん、私は、姉さんのことを止めないわ……姉さんのすることには、必ず意味があるから……その代わりに私は待っている。姉さんが帰ってくるまで』

 御前は、マモルのことを姉と呼んだ。

「姉さん……」

 マモルも御前のことを姉と呼ぶ。
 二人にだけしか通じない、二人だけの呼び合い方だった、

『待ってるからね、姉さん』

「ごめんね……ずっと待たせることになるけど……」

『気にしないで。私達は、二人で始めて一人になるのだから。二人が揃うその日まで、待つのは当然でしょ』

 御前は、辛そうな顔のマモルに、微笑みながら言った。

「ごめん……」

『姉さんは何も悪くないから、謝らないで。それより、早く行ったほうがいいんじゃない? 時間がないでしょ?』

「うん……ごめんね姉さん。もう、行くね」

『いってらっしゃい』

「いってきます……『code/mirror』『pass word/gozen』。直通回線切断、システム終了」

 マモルが、そう口にすると、御前の姿が消え部屋中に走っていた光の線も消えた。
 全て終了したことを確認したマモルは、小さいため息をついてから、部屋を後にした。
 この部屋にも、マモルは二度と、戻ってはこなかった……。





 自室を後にしたマモルは、デッキへと移動していた。
 マモルは、デッキ入り口付近にある制御用コンソールをいじり、デッキ内に警報を鳴らした。
 そして、自分は入り口付近に重ねてあった荷物の影に身を潜ませた。

『警告。警告。デッキ外壁及び内部に損傷の可能性あり。デッキ内のクルーは速やかに退避してください。繰り返します……』

 その警報が鳴ったとたん、デッキ内にいた人間が、慌てて入り口から出てきた。
 船体に破損があった場合、そこから空気が漏れ、真空状態になる可能性がある。
 最悪の場合、宇宙に放り出されてしまうことさえある。
 警報が鳴ったらすぐに退避する、宇宙で生き残るための常識だった。
 警報が鳴って僅か五分ほどで、デッキ内にいた人間は全て退避していた。
 マモルは、それを見計らってデッキ内に入ると、すぐにコントロールルームに行き、デッキ内の全ての入り口を閉じて、ロックした。
 その上で、マモルは、デッキの片隅に置いてあった、巨大なコンテナの前に立った。

「久しぶりね、タケミカヅチ……やっと貴方を使う日が来たわ……こんなに早く使うことになるとは思わなかったけれど……」

 そうコンテナに話しかけながら、胸ポケットから、先ほど部屋で取ってきた枝折のようなものを取り出した。
 枝折のようなものを、コンテナについているコンソールに差し込む。
 そして、コンソール上にあるテンキーを残像が見えるほどの速さで打ち込んでいく。
 三十回打ち込み、確定キーを押した。

「解除パスワード『takemikaduti』。解除者コード『gozen』。解除者パスワード『uromam』」

『パスワード確認。コード確認。タケミカヅチ解放』

 マモルの言葉にコンソールからそう声が返ってきた。
 コンソールの声と共に、コンテナが左右に展開し、中から大きな人型をした機械が出てきた。
 うつ伏せ状態と思われるその起動兵器は、白と黒を基調とした塗装を施されており、全体的に重厚的な感じだった。
 背部部分が妙に出っ張っており、丈の短いバズーカのようなものが、背部右側面についていた。
 マモルは、その機体の腰部部分にあるハッチから中に入り込んだ。
 マモルの入った腰部部分には、狭いながらもコックピットが存在した。
 小さい座席に腰をかけ、起動作業を行なう。
 あまり時間は掛からず機体は起動した。

『タケミカヅチ起動』

『おはようございます。マイマスター・マモル』

 タケミカヅチ内にウィンドウが展開さる。

「おはよう、タケミカヅチ。今日は生還を期さない作戦になるわ。覚悟はいい?」

『マスターと共にあることができるならば、いかな作戦であろうとも、従います』

「ありがとう、タケミカヅチ……」

 マモルは、優しい微笑を浮かべた。

「タケミカヅチ、ナデシコのブリッジに通信を繋げて」

『了解』

 タケミカヅチは、すぐにブリッジとの通信をつなげた。
 通信にはユリカが出た。

『マモルちゃん? どうかした? さっきからデッキが騒がしいし、なにかあった?』

「デッキの騒ぎは私が起こしました。デッキから人払いをするために、嘘の警報を出させていただきました」

『じゃあ騒ぎの原因はマモルちゃんだったんだ』

「そうなります。お騒がせして申し訳ありません……それよりも、一つお願いがあります」

『なに?』

「これからデッキより発艦いたしますので、ハッチを開放していただきたいのです」

 単刀直入にマモルは頼んだ。

『それは構わないけど……なにで出るの?』

「機動兵器でですが、それが何か?」

『機動兵器って……宇宙空間で使える機体なかったんじゃなかった?』

 先ほどルリから聞いた話を思い出し、訊く。

「ナデシコの機動兵器は確かに使えませんが、私個人が持ち込んだ機体は使えます」

『マモルちゃんが持ち込んだ機体?』

「そうです。本当は、実戦データ収集のために持ち込んだのですが……」

『この事態だからね……』

「そういうことです。私事でナデシコの備品を使うわけにはいきませんので、自分の機体を使うわけです。ということで、ハッチを解放していただけませんか?」

 手短に、マモルは説明した。

『うん……でも、本当にいいの? 今ならまだ、他の方法を考えることだって……』

 ユリカは、この期に及んでマモルにそう言った。
 なんだかんだ言っても、マモルにいなくなられるのは、ユリカは嫌だったのだ。

「もう時間なんてありませんよ。それに、これは私が決めたことです」

『マモルちゃん……いいんだね?』

「無論です」

『じゃあ、ハッチを開けるね……』

 少々悲しそうな顔をしながらも、ユリカは言った。

「ありがとうございます」

『マモルちゃん』

「なんでしょう?」

『……気をつけて、ね』

「……ありがとうございます」

 マモルは、ユリカの一言にそう答えると、通信を切った。

「まったく……普段は馬鹿なのに、こういう時に限って、胸をつくようなことを言うんだから……まったく……少し死にたくなくなるじゃない……馬鹿……」

 泣いている様な、笑っているような、どちらともつかない表情をしていた。
 しかし、それはほんの一瞬のことで、すぐにマモルは次の行動に移った。

「タケミカヅチ、メイン相転移エンジン始動。PTB用相転移エンジン始動。出力100%で五分以内にPTB発射用意を済ませて」

『オーバーヒートの可能性がありますが、よろしいですか?』

「かまわないわ」

『了解。メイン相転移エンジン始動。PTB用相転移エンジン始動。PTB発射用意に入ります』

「よし。行きましょう、タケミカヅチ……私達のあるべき場所へ」

 マモルはそういうと、タケミカヅチの入っていたコンテナに一緒に入れられていた、タケミカヅチの全長ほどある巨大な盾のようなものをとった。
 そして、盾を掴んだタケミカヅチは、ハッチまで移動する。

「タケミカヅチ、アマヤマ・マモル……出ます」

 マモルはデッキから発進し、宇宙空間へと飛び立った。
 あるいはこの時から、マモルの本当の意味での戦いは始まったのかもしれない。





 そこは、小さな白い椅子があるだけの、真っ暗な空間だった。
 広さも、高さもまるで解らない、そんな暗闇。
 小さな白い椅子とそれに腰掛ける少女だけが、なぜかその空間で薄地白く光っていた。
 少女は、マモルが自室で話していた相手だった。
 御前とも姉さんとも呼ばれていた、あの少女だった。

「ツクヨミ、タケミカヅチの実戦データ収集を開始して……」

 御前は、中空へ向かって言った。

『了解』

 御前の少し前に、それに答えるウィンドウが表示される。

「……ねぇ、ツクヨミ。何で姉さんは、もっと楽に生きようとしないのかな? 私なんかより、ずっとずっと、苦痛を味わって生きてきたのに……人に考えつく限りのあらゆる苦しみを味あわされてきたのに……」

 悲しそうな顔で、御前はツクヨミに訊いた。

『マモル様は、貴方を含め多くの人を、ご自分の命だけで救おうとしておられます』

『マモル様は、御自分一人だけが犠牲になるように仕向けておられます』

『故に、あのような生き方をなされるのです』

「姉さまは強いね……だからこそ、もっと楽に生きて欲しいのに……」

 溜息をつきながら、御前が言う。

『楽に生きることが許せないのでしょう』

『マモル様は御自分の過去をいまだに背負っておられますから』

「ツクヨミは、姉さまのことを全部わかってるんだね」

 御前は微笑んだ。

『全てではありません』

『ですがマモル様は敬愛すべきマスター』

『できるかぎりマモル様のことを理解するのは私の義務です』

「私にも姉さまを理解してあげられる日が来るかな?」

『いずれ、必ず』

「だといいなぁ」

 御前は笑顔になった。
 だが、その奥には悲しみがあった。
 何ゆえの悲しみかは御前にしかわからないだろうが、その悲しみの深さは、あるいは海よりも深いかもしれなかった。





 タケミカヅチは、宇宙に出てナデシコから離れていく。
 それと同時に、ナデシコもその宙域からの離脱を開始した。
 それをみたマモルは、すぐにアマヤマ・ケイジの乗る船に、通信を入れた。

「……約束どおり出てきました。ナデシコが離脱することを認めてください……ナデシコの安全が確認できたら、そちらに行きます。ナデシコに何らかの攻撃が加えられた場合、私はこの機体ごと自爆して死にます」

『いいだろう。もとより、ナデシコごときに興味はない。お前さえ私の元に戻ってくればよいのだからな』

「感謝します……」

 形式的に、マモルは礼を述べた。
 嫌悪し恐怖している相手でも、今は刺激するわけにはいかない。
 しばらく沈黙が続き、ナデシコが十分に離れたことが確認できた。

『ナデシコは安全なところまで去った。さぁ、帰っておいで、私のマモル』

「……そうですね……帰りましょうか、私達のあるべき場所へ……私達のあるべき……地獄へ」

『……何を言っている?』

「私も、貴方も、この世にいてはいけない人間なのです。私達は消えるべき人間なのです……」

『何を言っているマモル。我々こそ、次代を担う新人類ではないか。何故消える必要がある?』

「……貴方に何を言っても無駄なようですね……ならば、何も解らず消えなさい!」

 マモルは、そう言いながら、タケミカヅチを操作する。
 タケミカヅチの背部右側面についている、丈の短いバズーカのようなものが動き、右肩に担がれるような状態になる。
 さらに持っていた巨大な盾の上部とバズーカのようなものの先端が繋がれる。
 そして、盾の下部から、四本の細長い突起が突き出した。

『PTB発射用意完了』

「RTB発射! 消えろおぉっ!!」

『PTB発射』

 マモルの声と共に、盾だったものの四本の突起部分から、何かが放たれる。
 それは、禁断の奔流だった、
 それほど離れていないアマヤマ・ケイジの船にその奔流が到達するまで、時間は掛からなかった。
 そして、奔流に飲み込まれた、その船は、見る見るその形が崩れていく。

『な、なんだ!?』

「その船を消します。イザナミも貴方も、この世に一片たりとも残しません!」

『ま、まさかこれは……!』

「気づいたところでもう遅い! 消えなさい!」

『マモル……!』

 ケイジの残せた言葉は、それが最後だった。
 ケイジの船は、タケミカヅチが放った奔流が消える頃には、影も形も残されていなかった。
 船が消えたことで、通信も途絶した。

「………終わった……今度こそ、本当に……」

 マモルは、体から力を抜き、コックピットの背もたれに体重を預けた。
 だが、すぐに体を起こすことになった。

『警告! 警告! 機体各所がオーバーヒートを起こしています。現在全体の四割が使用不能』

「……今後の起こりうる事態は?」

『五分で全システムがショート。七分後には、機内に溜まったエネルギーがシステムダウンに伴い暴走。七分半後には爆発すると思われます』

「七分半じゃ逃げることも出来ないわね……ボソンジャンプ系のシステムはどうなってる?」

『演算装置の七割がショート。ジャンプフィールド発生装置は三割ほどショート。ジャンプは不可能です』

「……それは、正規のジャンプが不可能ということ?」

『肯定。現在ジャンプを行なえば、どのような事態になるかわかりません』

「…………構わないわ。ジャンプフィールドを発生させて! ジャンプするわ!」

『危険です』

「どの道このままじゃ死ぬだけよ。でも、ランダムジャンプを行なえば、今よりも生存率は上がるはずよ。生きていれば、ここに帰ってくることだって出来るわ。わかったらさっさとジャンプさせる!」

『了解。ジャンプを行ないます』

『ジャンプフィールド発生』

『演算不可』

『ジャンプに入ります』

「死ぬときゃ一緒よ、タケミカヅチ」

『死なば諸共。お供いたします』

 タケミカヅチは、淡い光に包まれた後、その場から姿を消した。
 マモルをその中に乗せたまま、タケミカヅチは、この世界から姿を消した。





『タケミカヅチの反応が消失いたしました』

 薄暗い部屋の中に、ツクヨミの声が響いた。

「そう……」

 部屋の中にぽつんと置かれた椅子に腰をかけている御前が、消沈した声で返事をする。

「タケミカヅチのデータ収集を終了。捜索は……しなくていいわ」

『命令承認。データ収集終了』

『本当に捜索しなくて、よろしいのですが?』

「タケミカヅチの反応が消えた以上、姉さんの捜索は無意味よ……」

 奥歯を噛み締めながら、御前は言った。

『生存の可能性はゼロではありませんが?』

「私達には、計画を遂行する義務があるわ……姉さんなら、自分の捜索より、計画の遂行を望むわ。無駄なことをせずに、計画を遂行しろって、ね……それに探すことで、私達の存在が明るみに出てしまえば、計画の支障になる。それだけは避けなければならないわ」

 どこか悲しげな表情をしつつ言う。

『マモル様ならば、確かにそうおっしゃるでしょう』

『命令承認。捜索はしません』

「ごめんね、タケミカヅチ……本当なら探したいでしょうに……」

『私は、マモル様の命令に従うまでです』

『マモル様ならば、マモル様の御身よりも計画の遂行を望みましょう』

「だから、私は姉さんを探さない……探さなくても、姉さんはきっと帰ってきてくれる。私は、信じてそれを待ちます」

『私も共に待ちます』

「ありがとう。ツクヨミ」

 御前は微笑んだ。
 しかし、すぐに表情を引き締めた。

「ツクヨミ、姉さん……御前の消息不明により、Geminiの付属計画を実行に移します」

 御前はそう前置きすると、深く息を吸った。

「Sephirothを発動します。これに伴い、Sephiroth構成員全員を非常呼集。三十分以内に全員を集合させて。武装は無制限。時間厳守を厳となせ」

『了解。そのように命じます。Reverseはいかがなさいますか?』

「あちらは御前の管轄。呼集の必要はない。Equilateralだけでいい」

『了解』

「……はじめましょう」

 御前は、厳かにそう言いながら、立ち上がった。
 御前が立つ。
 ただそれだけのことで、何かが大きく動き出したようであった。
 そして、正にその時から、大きな動きが始まったのだ。
 世界を飲み込む、大きな動きが、始まったのだ。





 明かりが一つも灯らない暗闇の中で、会話が行なわれている。
 何も見えない暗闇にあっては、会話をしているものの姿を確認することは適わなかった。
 だが、それ故に会話がよく聞き取れた。

「マモルが死んだ……どう責任を取るつもりだ?」

「マモルは死んでおらんだろう。もっとも、すぐに連れてくることも適わないだろうが……」

「それでは無意味だ」

「そうだ。マモルがいなくては、全てが頓挫する」

「紛い物では時間稼ぎにもならん」

「だが、データは十分にある。もはやオリジナルは不要ではないのか?」

「なにをいうか。オリジナルは必要だ」

「マモルがいなくては、最後の空白を埋めることが出来ないわ」

「なんとしてでも、マモルは必要だ」

「マモルはすぐに帰ってこよう。問題はない」

「何故そう言いきれる」

「何故? 何を言っている。マモルはこの世界で成そうとしていることがある。ならば待っていれば必ず戻ってこよう」

「論理的ではない」

「だが、それを信じるしかあるまい? 我々では、マモルを探すことは適わん」

「……仕方あるまい」

「一年間様子を見よう。それで変化がなかった場合、今一度会議を開く。それでよいな? 異議無き場合は沈黙で答えよ」

『……』

 その場に沈黙が訪れた。
 誰一人として、異議を唱えるものはいなかった。

「ならば、一年後再び集まろう。我々にAtziluthへの扉が開かれんことを」

『Atziluthへの扉が開かれんことを』

 全員が言葉を揃えてそう言うと、その暗闇から全ての人の気配が消えた。
 まるで何事もなかったかのように、全てが消えた。
 残されたのは、その場を形成していた、暗闇だけだった。





 Gemini 第七話
 Gemini 時ナデ編 くぃーん・おぶ・だーくねす

 に、続きます。



   あとがき

 性懲りもなく、またオリジナルキャラが二名も出てきました。
 いい加減にしろ、というツッコミを入れたい方もいらっしゃると思いますが、とりあえず今のところ必要なキャラなので、容認していただけると幸いです。

 さて、今回のオリジナルキャラは、以前から名前の出ていたアマヤマ・ケイジと氏名不明の<御前>の二名が出てきました。
 マモルを恐怖のどん底に陥れる人物とマモルが心を許している人物という、両極端な二人でした。
 今後この二人がどう動くのか、それもまた楽しみにしていただきたいな、と思います。

 また、今回、オリジナルキャラ以外にも、色々と新しい兵器が登場しました。
 ES−02、ゲッティズバーグ級ミサイル艦、イザナミ、タケミカヅチ。
 詳しい資料は、別に設定資料集を作りますので省きます。
 どれだけ需要があるかは不明ですが……。


 キャラ、兵器ともに、かなりの数が登場し、且つマモルがランダムジャンプしたことで、Geminiの序章部分が終わりました。
 そういう風に分けているわけではありませんが、目安として考えると、ここまでが序章部分に含まれるかと。
 というわけなので、第一章部分の始まりは、第七話からということになります。
 また、これ以降Gemini 時ナデ編も開始されます。
 こちらは、マモルがメインの話になります。


 今後二つに分かれてのお話となりますが、これからも読んでいただけると幸いです。



 それでは、また次の話にて。

 

 

 

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代理人の感想

マモル弱っ!

元からその強さにあまり説得力のないキャラクターですが、これはさらにまずいかと。

精神的に脆い人間が強い力を持ってても、そりゃ単に強力な銃を持っただけの子供みたいなもんですからね。

スパロボの親分やレーツェル、あるいは海賊コブラやケイシー・ライバックみたいな、

スペックだけ見れば最強無敵のご無体キャラが反発を覚えずに受け入れられるために強靭な精神力

(いかなる状況においてもくじけない歴戦の風格と言い換えても可)は必須の条件の1つと言えるでしょう。

キャラが確立してない状況で弱みを見せちゃったらそこで終りですよ。