Gemini時ナデ編

   くぃーん・おぶ・だーくねす  

   序章 第二話 王子様と女王様の約束




 アキトは、鳥の声と日の光によって眼を覚ました。
 頭がズキズキと痛かったが、のた打ち回るほどではなかった。
 アキトが徐々に体を起こし、辺りを見回す。
 そこは、昨日からお世話になっている、マモルの家だった。
 ナデシコの自分の部屋と違う様子に、どこか違和感を感じながらも、アキトは少し視線を落とし……硬直した。
 自分の隣に、寝巻きが体に掛けられているだけの、裸の状態のマモルがいたからである。
 アキトは、必死に昨日あったことを思い出していき、顔面が蒼白になった。
 昨夜、自分がマモルにしたことを思い出したのだ。
 ナデシコの某同盟のことも頭を過ぎったが、それ以上に恩人であるマモルにしてしまったことを、激しく後悔していた。
 完全に恩を仇で返す行為だった。
 アキトは、どう謝罪していいか、必死に頭で考えるが、二日酔い中の頭は上手く機能してくれず、対応策が思い浮かばなかった。

「う……ん……」

 そうこうしているうちに、マモルが眼を覚まし、身を起こした。
 身を起こしたことで、体を隠していた寝巻きが体から落ち、マモルの上半身を露出させた。
 昨夜見た、傷だらけのマモルの体が、目に入ったことで、アキトは改めて罪悪感を感じていた。
 そんなアキトをよそに、マモルはアキトに朝の挨拶をする。

「あ、おはようございます。アキトさん……あ、いえ、おはよう、アナタ」

 最初、寝起きだったためか、アキトをさん付けで呼んでしまったため、わざわざ言い直した。
 マモルの様子から、昨日あったことが微塵も感じられなかったが、だからといって気にしないでいることも出来なかった。
 アキトは、とにかく謝ろうという一心で、マモルに対して土下座した。

「ご、ごめん! あんなことして! 本当にごめん!!」

 単純でありきたりな言葉だったが、今のアキトの頭に浮かんだ言葉は、それくらいだった。

「あんなことって、昨夜のこと……?」

 マモルが、アキトに訊ねる。
 アキトは、顔を上げて、小さく頷いた。

「ごめん……酔っていた、なんて良い訳はしない……ちゃんと、責任は取るよ」

「責任を取るって……別に気にしてないから、責任を取らなくてもいいんだけど?」

 マモルが、明るい顔で言った。
 そのため、アキトは一瞬呆けてしまったが、すぐに気を取り直し、謝罪を続けた。

「あんなことをして、責任を取らないわけには行かないよ!!」

「でも、どうやって責任とるつもり?」

「責任とって、結婚する」

 アキトはキッパリと宣言した。
 ある意味で究極の決断だが、某同盟に属する女性以外に対して有効とは限らない。
 現に、マモルは難色を示した。

「昨日会ったばかりの人と結婚するのは、問題あるんじゃないかな……?」

「でも、それ以外に責任のとりようが無いし……」

 普段婚姻届を持って負われているアキトにとって、責任を取るということは、結婚するということと同義なのである。
 某同盟に所属する女性たちが、責任を取ってくれと迫ってきた場合、それは結婚してくれといっていることと同じだからだ。

「だから、責任取らなくていいよ。昨日会ったばかりだし……それに、あんな醜い体だから……責任とって貰うなんて、恐れ多すぎるわ」

「マモルちゃんの体は、醜くなんて無い! とっても綺麗だった!」

 苦笑しながら言うマモルに、アキトは叫ぶように言った。
 アキトは、マモルが自分を卑下するような発言をしたことが、嫌だった。
 アキトにとって、マモルの体は、本当に魅力的だった。
 どれほど傷があろうとも、アキトはマモルに魅力を感じていた。
 だから、アキトはマモルに自分を卑下するようなことを、して欲しくなかった。

「ありがとう。お世辞でも嬉しいわ」

「お世辞じゃない、本心だよ……俺は、マモルちゃんほど、抱きたいと思った女性は、いない……衝動に駆られて、実際に押し倒すほど、求めた女性は他にいない……マモルちゃんは、誰よりも、魅力的だ」

 某同盟のメンバーに聞かれたら、確実にお仕置きされそうな内容だったが、某同盟メンバーがいない現状では、気兼ねなくいうことができた。

「昨日会ったばかりだけど、俺は、マモルちゃんとずっと一緒にいたいと思ってる……昨日のことだって、今考えれば、俺にとっては良いことだったんじゃないかって思う……俺は、マモルちゃんと一緒にいたい」

「なんか、勝手な意見ねぇ……」

「わかってる……でも、本心なんだ……」

「……はぁ〜……まったく、大人に見えても、中身はまだまだ子供ね……」

 一度溜息をついてから、マモルは苦笑した。
 そして、優しい眼差しを、アキトに向ける。

「一年間でどう?」

 唐突に、マモルがアキトに訊いた。
 だが、唐突に訊かれたため、アキトはすぐに返事を返す頃が出来ず、間抜けな声を出してしまった。

「え?」

「責任をとって結婚するって言ったでしょ? でも私達は昨日会ったばかり……だから、これから一年間の間に、私を口説いて惚れさせて。そしたら、昨夜の責任をとるという形で、結婚してあげる」

「出来なかったら……?」

「出来ないことを前提にするのはどうかと思うけど……ナデシコに昨夜のことをリークするとか……」

 マモルが、恐ろしいことを口にした。
 そんなことされれば、まず間違いなくお仕置きされる。
 いや、お仕置きだけでは済むまい。
 何しろ、女性を実際に押し倒したのだから。
 普段の比ではないお仕置きが降りかかることは、間違いないだろう。

「責任を取るという点では、この上なく適してるかもしれないけど……それだけは絶対にやめて欲しい……」

「だったら、一年で私を口説き落とすことね」

「頑張ります!」

 二重の意味で張り切るアキトは、元気の良い返事を返した。

「さて、話が付いたところで、私は着替えてくるから、マリを起こしてきてくれる? 廊下に出て突き当たりの部屋が寝室だから、そこに寝てるわ」

「わかったよ」

 アキトは返事を返すと、すぐにマリを起こしにその場を後にした。
 マモルは、それをどこか悲しげな表情で見ていたが、すぐに表情を元に戻し、自分の服を取りに自室へと向かった。
 騒がしいアマヤマ家の一日は、こうして始まった。





 マモルとアキトが責任云々で話している頃、シャクヤクはナデシコと合流すべく、ナデシコとの合流地点へと向かっている最中だった。
 アキトの失踪の情報が、舞歌と北斗の耳に入ったため、シャクヤクもアキト捜索に加わることになったのだ。
 とはいえ、舞歌は木連軍の仕事があり、シャクヤクには乗っていないので、実質的な指揮は千沙がとっていた。

「ナデシコと合流するまで、あと何時間掛かる?」

 北斗が、あからさまに不機嫌な表情をしながら、千沙に訊いた。
 二人は今ブリッジにおり、ナデシコとの合流をポイントまでの残りの距離を、食い入るように見つめていた。

「あと三時間弱ですが……」

「もっと早くならないのか?」

「これ以上速度を上げるのは、シャクヤクに相当な負荷を掛けることになりますので……」

「……そうか」

 北斗は、そう言って引き下がるが、雰囲気はまったく引き下がっていなかった。
 人を殺せそうなほど強い殺気のようなものが、ブリッジを満たしていた。
 その状況に、千沙は泣きたくなっていた。
 こんな状況が何時間も続いていれば、流石に泣きたくもなる。
 これが、後三時間も続くのだから、千沙の気持ちは、察して余りあった。
 ある意味で、アキトが失踪したことで、一番不幸になっているのは、千沙なのかもしれない。
 千沙は、失踪したアキトを恨みつつも、一刻も早くナデシコと合流できることを願っていた。
 そしてそれは、千沙だけでなく、他のクルーたちも同じ思いだった。
 一刻も早くアキトが見つかることを、クルー一同願わずにはいられなかった……。





 自分が失踪したことで、方々に迷惑を掛けているとは思ってもいないアキトは、マリと一緒にちゃぶ台の前に座っていた。
 ちゃぶ台からは、台所で朝食の用意をしているマモルの姿が見える。
 包丁とまな板がぶつかる小気味の良い音に、味噌汁の良い香り、そして料理をする女性の後姿。
 アキトは、ユリカとの結婚生活では、到底考えられない光景に感動していた。
 ユリカの場合、料理を作っている姿を見たら、即刻逃げなければ命にかかわるため、このような光景を見て楽しむのは、アキトにとって初めてのことであり、新鮮な光景だった。
 それほど待たずに、マモルは料理を終えて、ちゃぶ台の上に三人分の食事を並べる。
 メニューは、オーソドックスに大根と豆腐が入った味噌汁に白米、岩魚の塩焼きだった。

「口に合えば良いんだけど」

 マモルは、自分の分の食事を置いた場所に腰を下ろしながら、アキトに言った。

「見た感じ美味しそうだから大丈夫だと思うけど……いただきます」

 アキトはそう言ってから、味噌汁を啜った。
 味噌汁の味が口に広がった瞬間、アキトは眼を見開いた。

「美味しい……美味しいよ、マモルちゃん!」

 アキトは、少し興奮気味に告げた。
 予想以上に美味しかった味噌汁は、アキトが作るそれよりも数段上のものだった。
 中華ではわからないが、少なくとも、味噌汁の味では、マモルに勝てそうも無かった。

「口にあったようでよかった。おかわりあるから、いっぱい食べてね」

 微笑みながらマモルが言うと、物凄い勢いでアキトは食べ始めた。
 アキトのその様子を、マモルは優しく微笑みながら見つめていた。





 アキトがマモルの美味しい手料理を満喫している頃、某同盟からの命令でアキト捜索を行なっているナオは、公園のベンチに座っていた。
 ナオは、コンビニエンスストアで購入したと思われる冷たいおにぎりと、まだほのかに温かい缶コーヒーを持っていた。
 おにぎり三個と缶コーヒーが、この日のナオの朝食である。
 運悪く二十四時間営業のレストランが見つからなかったため、こんな朝食になってしまったのだが、この姿はどう見てもリストラされたサラリーマンか公園生活を始めたばかりの人間に見える。

「あったかい手料理を食べたい……本当なら、今頃ミリアの手料理を食べている頃なのに……」

 ナオは泣いていた。
 本当なら、婚約者と楽しくやっているはずだったのに、こんな状況になってしまっているのだから、泣きたくもなる。
 ナオもまた、アキトの失踪によって、迷惑を被っている一人だった。
 ナオが食べているおにぎりは、なぜか妙に塩辛かった。





 ナオが、涙を流しつつおにぎりを食べているとはまったく考えてもいないアキトは、マリと一緒に村を散歩していた。
 マモルが家の家事をする間、マリを散歩に連れて行って欲しいと頼まれたアキトは、こうしてマリと一緒に村を散歩していた。
 田畑ばかり風景の村だったが、散歩するには、丁度よかった。
 歩くのに不便はないし、自然とも触れ合える。
 子供を連れて歩くには、うってつけの場所だった。
 アキトは、マリと手をつなぎながら、農道を歩いている。
 その様子は、まさしく父と娘が散歩しているように見えた。

「ねぇ、お父さん?」

 マリが、アキトの顔を見上げながら、アキトに声を掛けた。

「なんだい、マリ」

 お父さんと呼ばれたことを喜びつつも、アキトはマリに返事を返した。
 普通の父親のような状態が、普通に嬉しいのだ。
 前の世界では、そうなる前に誘拐されたし、こちらの世界では望むべくもない。
 どこに行っても漆黒の戦神の名がついてまわる以上、こういった普通の生活を送るのは、難しかった。
 それが、ひょんなことから手に入ったのだから、アキトの喜びは、相当なものだろう。

「お父さんは、お母さんのこと、好き?」

「好きだよ」

 マリの質問に間髪いれずに答えた。
 某同盟に監視される恐れがないとわかっているためか、アキトの言動は、かなり大胆である。

「マリも好き?」

「もちろん、マリも好きだよ」

 二回目のマリの質問にも、間髪いれずに答えた。

「じゃあ、お母さんを幸せにしてあげて?」

 マリが、アキトの眼を見つめながら、懇願した。

「そうしてあげたいけど……なんで?」

「……お母さん、体の傷と私のせいで、ずっと苦労してきたから……軍隊に入ったのだって、私を守りながら育てるためだったから……だから、お母さんには幸せになって欲しいの……」

「マリ……」

「お父さん、お母さんのことが好きなら……お母さんを幸せにしてあげて欲しいの……」

 マリが、泣きそうな顔と声で言うと、アキトは優しくマリの頭を撫でた。

「大丈夫だ。マモルもマリも俺が絶対に幸せにするから」

 アキトが微笑みながら言うと、マリは涙を拭いながら満面の笑みを浮かべた。
 アキトは、もう一度マリの頭を撫でると、マリを持ち上げて肩車をする。
 マリは、アキトの肩車を喜んで、アキトの肩の上ではしゃいでいた。
 アキトは、この時間がずっと続いてくれるように、願わずにはいられなかった。





 アキトたちが散歩に出かけた後、マモルは家事を早急に終わらせて、家の地下に作られた部屋の中にいた。
 部屋の中には、最新鋭の高性能コンピュータが設置されており、マモルは部屋の中心におかれた椅子に座りながら、それらを操作していた。
 よく見ると、マモルの首筋からコードが伸び、コンピュータのコンソールと繋がっているのが確認できた。

「……やはり、行動は活発になっているか……近々新しく枝をつける必要があるわね……」

 いくつかの情報を見ながら、マモルは呟く。

「アキトとナデシコの方は、ジャミングとハッキングとダミー情報で何とかなるとして……ミスマルにも枝を付けておいたほうが良いか……ウズメ、枝を付ける下準備を三日以内に行なえる?」

『二日で十分です』

 マモルの問いに、一枚のウィンドウが表示された。

「よし、じゃあ下準備をお願い」

『了解』

『マスター。監視対象二名が帰宅を開始しました』

 マモルの言葉に、今度は二枚のウィンドウが表示された。
 二枚のうち一枚は、あらかじめ命じておいたものであるため、マモルの言葉に反応して表示されたものではないが、マモルはそのウィンドウを見ると、すぐに終了作業に掛かった。

「接続切断。現在必要のないシステムはダウン」

『了解。接続を切断します』

『三割のシステムをダウン』

 そのウィンドウを確認してから、マモルは首筋についたコードを引き抜いた。
 そして、足早に地下室から出て行った。





 アキトがマリを肩車したまま玄関に入ると、そこにマモルが立っていた。
 アキトは、マリを肩から下ろす。

「ただいま、マモル」

「ただいま、お母さん」

「お帰りなさい、アナタ、マリ」

 笑顔で言うアキトとマリに、マモルも笑顔で応じた。
 たったそれだけのことが、幸せに感じる。
 アキトもマモルも、そしてマリも、そう思っていた。
 ナデシコにいるときとは違った幸福。
 北斗と戦わずに手に入れられる満足感。
 アキトは、この幸福を手に入れられる、この場所を守りたいと思っていた。
 そのためなら、手を汚すことになっても構わないと思っていた。
 漆黒の戦神としての力を、この二人のためだけに使っても良いと、思い始めていた。
 危険な考えかもしれないが、それが、アキトの純粋な想いだった。
 ナデシコ以外で、初めて見つけた、全てを投げ出しても守りたい居場所。
 今のその居場所は、マモルとマリの傍だった……。
 だが、その居場所こそが、新たな戦いに巻き込まれる原因になろうとは、その時は、誰も予想していなかった。
 そう、マモルもアキトもマリも、この平穏が続くと思っていたのだから……。






   序章 第三話へ続く



   あとがき

 くぃーん・おぶ・だーくねす第二話でした。
 今回は、今まで書いた物と比べると、比較的短めです。

 マモルとアキトの約束がどうなるのか、というのも見ものだと思いますが、父親としてのアキトも見て欲しいです。
 父親としてのアキトのお話は、比較的少ないので、思いっきり父親アキトを出したいと思っています。


 それでは、今回はこの辺で失礼します。

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

子持ちの寡婦を無理矢理抱いて、結婚するために一年以内に口説き落とせって・・・・どこのエロゲだ(爆)。

 

にしてもヘタレっつーか・・・状況に流されやすいなぁ。

まぁ、アキトなら仕方ないけど。