Gemini時ナデ編

   くぃーん・おぶ・だーくねす  

   序章 第三話 王子様と女王様の決断




 マモルの家の地下には、マモル専用のコンピュータルームが存在する。
 モニターに囲まれた四角い部屋の中に、いくつものコードが延びる座席が置かれ、IFSにも対応している。
 座席には、マモルが座っており、マモルの首から伸びるいくつものコードが、座席と繋がっている。

「いささか、まずいことになりそうね……」

 モニターを見ながら、マモルが呟く。

「ウズメ、この情報の信憑性は?」

『98・9872%』

 中空にウィンドウが表示され、マモルの問いに対する解答が表示される。

「殆ど事実ってことね……しかも、同じような時期に統合軍まで……いや、統合軍が動き出したからか……ウズメ、統合軍の動きは?」

『近く非公開の議会が召集される模様』

『グラシス・ファー・ハーテッド中将の参加表明も確認』

『会議の内容はマスターへの『反統合政府的活動を行っている嫌疑』をもっての、軍事作戦を含む逮捕、抹殺計画について』

「……その情報の信憑性は?」

『99.7673%』

「頭が痛くなるわね……」

 マモルは溜息を吐く。
 つくづく、自身に敵が多いことを認識する。

「まだどれも完成してないっていうのに……ウズメ、『スサノオ』のAIの構築状況は?」

『構築済みプログラム9.98769%』

「一割にも達していないとは、いよいよ絶望的ね……」

 マモルは、深く溜息を吐いた。
 際どいラインではあると自覚していた。一個人となった自分でどこまでやれるか、疑問にも思っていた。
 努力した結果がこれであっても、納得する程度には、予測のついていたことだ。

「スサノオの改装は終わっている?」

『第一次改装は、7時間33分で完了する予定です』

『第二次改装には、386時間27分が必要です』

「流石に第二次改装は無理かぁ……第二次改装が終わってくれると、だいぶ楽なんだけどなぁ……。ウズメ、設計図出して」

 マモルが命じると、すぐにモニターに設計図が映し出される。
 それは、機動兵器の設計図だった。ブラックサレナのように見えて、そうでなく。ブローディアのように見えて、そうでなかった。
 似ているように見えるがまったく違う機体の設計図が、そこにはあった。

「流石に無茶が過ぎたわね……アキトを乗せずに、アキトの乗ったブローディアに対抗できるように造りかえるには、時間が足りなすぎた……基礎理論まではいけてるのになぁ」

『現段階でスサノオを動かせるのは、マスターのみです』

『マスターのスペックならば、動かすことは可能です』

「体がついてかないわよ。一次改装ではね」

 マモルは肩を竦める。
 『この世界』で得たものは大きいし、多い。
 だから、お節介も焼きたくなる。
 だが、いささか焼きすぎた。
 己ばかりか、マリにまでその泡を食わせてしまう。
 もう少し時間があれば、何とでもできたのに。

「仕方ない……できる限り時間を稼ぎつつ、必要最低限の部分を優先し、それ以外は第三次改装に回しましょう。J−24からK−26、X−01からZ−199までをカット。第三次に回します」

『想定完了時間再計算』

『79時間37分に短縮』

「三日か……三日なら、稼ぎ出せるかもしれないわね……『ソメイヨシノ』の整備状況は?」

『即時臨戦体制を整えられます』

「ふむ。ソメイヨシノはいけるか……『カグツチ』『タケミカヅチ』はどうか?」

『カグツチは整備済み。即時出撃可能』

『カグツチの追加装備『ヤタガラス』は現在未完成。完成まで332時間14分が必要です』

『タケミカヅチは整備済み。即時出撃可能』

「どちらも一応いけるか……ヤタガラスは難しいけど、戦えないわけじゃないし……いけるかな……ウズメ、統合軍の全情報を出して。第一級資料を優先」

『了解しました』

 マモルは、作業に入った。
 現状起きている状況を、なんとしてでも打開するために。



 統合政府並びに統合軍高官が一堂に会する機会は、そう多くはない。
 だからこそ、一堂に会した会議が行われるということは、それだけ大きい意味を持つ。
 薄暗い部屋に、現在の統合政府並びに統合軍の高官が集まり、それぞれに割り当てられた席に座っている。
 その中には、グラシスの姿もあった。

「アマヤマ・マモル元連合軍中将に対する討伐作戦は、全会一致で可決するものとする」

 議長がそう宣言すると、会議室中から拍手が巻き起こった。
 グラシスもまた、拍手をしていた。

「今回の討伐作戦には、五十隻規模の艦隊をもってあたるものとする。各方面軍司令官には、ご協力をお願いしたい」

 議長のその言葉に、グラシスは立ち上がり、宣言する。

「我が、西欧方面軍から二十隻を都合いたしましょう」

「おぉ、グラシス中将、それは心強い!」

 議長は喜色満面の笑みを浮かべた。
 グラシスも笑っている。

「今回は何としてでも、アマヤマ元中将を討伐せねばなりませんからな……何としてでも……」

 グラシスは、決意するように言った。
 そして、その意思は、この会議に参加している者達にとって、共通の意思でもあった。
 アマヤマ・マモル討伐。それは、統合政府にとって、とても大きい意味をもっていた。



 アキトがマモルの家に暮らし始めて三週間が経過した日の昼。
 昼食を終えたアキトは、縁側でマモルに膝枕されながら、昼寝していた。
 アキトの胸を枕にマリも昼寝しており、マモルは二人を団扇で扇いでいた。
 寝ている二人はとてもリラックスしており、二人を見るマモルの顔もまた、とても優しげなものだった。
 しばらくその状態が続いていたが、突然アキトが眼を開き、視線を庭の方へと向けた。

「誰か来たみたいだな……この辺の人間じゃなさそうだが……」

 アキトが、警戒するように言った。

「数は一人、歩き方からおそらくは軍人かしら」

 アキトの言葉にマモルが補足を付け加えた。
 もっとも、マモルの方には、まったく警戒した様子はなかったが。

「わかるのか? マモル」

 アキトは、驚いた顔をしながらマモルを見た。

「昔アマゾンでゲリラ戦をしたことがあってね。それ以来、気配には敏感なの」

「へぇ〜……」

 マモルの説明に素直に感心しつつも、家に近づいてくる気配を警戒していた。
 誰だかわからない以上、気を抜くわけにはいかなかった。

「少し警戒を解いたら? こちらに敵意があるなら、わざわざ山道を通ってここに来ないわよ」

 警戒し続けるアキトに、マモルが苦笑しながら言った。

「そうは言うけど、相手は軍人なんだよ?」

「軍人全てが敵意を持ってるわけじゃないわよ」

 反論してくるアキトに、マモルは頬に手を当てて困った顔をする。
 その時、インターフォンのチャイムが鳴り響いた。

「敵意を持ってるなら、チャイムは鳴らさないんじゃない?」

「………そうだな」

 得意げに言うマモルに、アキトの気が一気に抜ける。散々警戒した自分が馬鹿みたいに思えたのだ。
 それに苦笑しつつ、マモルが声を張り上げる。

「縁側にいますから! こちらに回ってくださるかしら!」

 マモルがそう声を張り上げてから少しして、縁側の前に統合軍の軍服を着た女性が姿を見せた。
 年の頃は二十歳前後。
 大きな青い瞳に、ショートカットにしたブラウンの髪が印象的な女性だった。
 薄紅色の唇に、少し高めの通った鼻筋、子供のような丸い輪郭。
 美しいという表現よりも、可愛いという表現が正しそうな顔立ちをしていた。

「あら、エヴァじゃない。久しぶりね」

 女性を認めたマモルが、そう言った。
 どうやら目の前の女性は、エヴァというらしい。

「ご無沙汰しております。閣下」

 エヴァが、恭しくマモルに敬礼した。

「知り合いか?」

 マモルに膝枕されたまま、アキトがマモルに訊いた。

「軍にいたときの私の部下よ」

「そうなんだ」

 マモルの返答を聞いて、ようやく完全に警戒心を解く。

「閣下。マリちゃんはわかるのですが……その男は?」

 エヴァが、マモルの膝を枕に寝ているアキトとアキトの胸を枕に寝ているマリを見て、訊いた。

「三週間前からここで一緒に暮らしてる、アキトさんよ」

「一緒に……ですか。閣下のことですから、何か理由があるのだろうとは、推測いたしますが……その男性、察するにあの漆黒の戦神ではありませんか?」

 マモルの答えを訊いたエヴァは、アキトの容姿を確認しつつ、マモルに訊ねた。

「その通りよ。貴女も『よく知っている』でしょう?」

「マモル!?」

 あっさりとばらしたマモルに、アキトが思わず声を上げながら体を起こす。
 マリが胸から太腿まで転がって動くが、目を覚ましたりはしなかった。

「エヴァに隠したって無駄よ。諜報員としては世界最高って言われてるんだから、すぐにバレちゃうわよ」

「そ、そうなんだ……」

「まぁ、エヴァは口も堅いし、私が誰にも話さないでって『頼めば』断らないだろうから、大丈夫よ。ね?」

 マモルが、エヴァにウインクしながら言うと、エヴァは姿勢を正した。

「はっ! 閣下の命令及び願いは、全面的に実行いたします!」

「ね?」

「…………」

 エヴァとマモルの受け答えに、アキトは何も言うことは出来なかった。

「さて、立ち話もなんだから、上がってちょうだい」

「はっ! 失礼致します!!」

 マモルの言葉にそう返事を返しつつ、エヴァが家に上がりこむ。

「アナタ、マリを起こしてくれる?」

「あぁ。マリ、寝てないで起きろ」

 マモルの言葉に返事を返してから、アキトはマリを起こす。

「あう? ん〜〜……あ、お母さん、お父さん、おはよう」

 マリは、眼を擦りながら起きると、マモルとアキトに言った。

「二人とも、エヴァと一緒に、卓袱台のところに座っててくれる? 麦茶入れてくるから」

「わかった」

「うん」

 マモルの言葉に二人はそう返事を返しながら、卓袱台まで移動した。
 既に卓袱台のところにはエヴァが座っており、アキトはその隣に腰を下ろし、マリはアキトの隣に腰を下ろした。
 三人が座って少しして、マモルが麦茶の注がれたコップを四つお盆に載せてきた。
 卓袱台の上にコップを置き、お盆を床に置くと、マリとエヴァの間に腰を下ろした。

「さて、とりあえずエヴァが何の用でここに来たのか訊きたいところなのだけれど……先にエヴァについて説明させましょうか」

 マモルは、そう話を切り出した。

「エヴァ・グデーリアン大尉。自己紹介なさい」

「はっ! 了解であります!」

 エヴァは、敬礼しつつ返事を返すと、言われた通り自己紹介を開始する。

「私は、統合軍情報局に所属しておりますエヴァ・グデーリアン大尉と申します。戦時中はアマヤマ・マモル中将閣下の直轄の部下でした」

「ちょっと待ってくれ。中将ってことは、マモルは将官だったのか?」

 アキトは、マモルの階級を訊いて驚いた。
 一緒に暮らしていた人物が、とても将官であったようには見えなかったのだ。

「そうですが……三週間も一緒に暮らしていて、知らなかったんですか?」

 アキトの質問に、エヴァは少し呆れながら言った。

「現状に満足してたから、過去を詮索しようとは思わなかったんだ……」

「それでよく三週間も共同生活が出来ましたね……」

「まぁ、実生活には必要なかったからな……それよりも、中将ってことは、それなりに重職についてたんじゃないか?」

 アキトは改めて訊いた。

「連合政府軍務省監理局局長を務めていらっしゃいました」

「……どんな役職だ?」

 エヴァの言った役職がわからず、アキトは思わず訊き返した。

「管理局というのは、政治関係を除く、軍の裏方を統括している組織で、物資の分配や運搬、予算の管理なんかを一手に引き受けている組織のことです。その局長であるということは、軍の裏方のトップということです」

 エヴァが、あっさりと凄いことを言った。
 エヴァの言葉を信じるならば、マモルの務めていた役職は、相当な高官ということになる。

「それなりどころか、とんでもなく重職じゃないか……」

 アキトも、凄さを理解したらしく、流石に声が硬くなっていた。

「各方面軍司令が逆らえない数少ない役職の一つですから、確かにそういえないこともないでしょうね」

「でも、なんだってそんな重職にいた人間が、こんな辺鄙な土地にいるんだ?」

「………政府や軍の高官のせいです」

 何気ないアキトの質問に、エヴァが奥歯を噛み締めた苦い顔をしながら言った。
 その様子に、アキトは眉根を寄せる。

「……どういうことだ?」

「監理局局長だった閣下は、その就任から僅か一ヶ月で監理局を纏め上げ、監理局を一新して、従来のやり方を廃し、不正を徹底的に調べ摘発することで、軍全体の屋台骨を強固なものにしました。ですが、政府や軍の高官の中には、調べて欲しくない過去を持つものが少なくありませんでした」

「自分から調べておいて言うことではないけれど……後方で予算や物資の管理なんかをしてるとね、知りたくなくても、いろんな不正や汚職を知ることになってしまう……それこそ、連合政府や統合政府、連合軍や統合軍の政治家や軍幹部達全員の弱みを私は多く知ってしまっているわ」

 マモルは自嘲するように笑った。
 物事の裏側に触れる仕事をするということは、知りたくなくとも、触れたくなくとも、物事の汚い部分に触れなければならない。
 そして、物事の汚い部分に触れるということは、知るということは、汚い部分を持つ人間にとって知られたくない部分を知るということである。
 マモルが望むと望まざるとに関わりなく、マモルがそういった仕事をしていたマモルの敵は増え続けた。
 ましてや、調べて摘発することまでしていたマモルである。邪魔以外の何ものでもない。

「様々な情報を知る閣下は、次第に政府と軍にとって邪魔な存在になっていきました。そして……暗殺しようとするものが現れたのです」

「それで……その暗殺者の目から逃れるために、軍を辞めてここに来た、と?」

「そうです。軍を辞めた後も襲撃が続き、マリ様が誘拐されかかるという事件も起こったため、こんな場所に住むことを余儀なくされたのです」

 悔しそうにエヴァが言うと、アキトの表情も険しいものに変わっていく。

「自分の私欲のためにマモルとマリを殺そうとしただと……どこまで腐ってやがるんだ……」

「政治家が腐ってるのは、今に始まったことじゃないわ……死んでやるつもりはないけど、私の命一つで、連合軍が少しでも改善されるなら安いものよ」

 アキトが、今にもキレそうな状態になったところでマモルが言った。
 マモルは、どこか悟ったような表情をしていた。
 あるいは、悟ったのではなく、諦めていたのかもしれないが、それを確かめる術はなかった。

「だがな、マモル……」

「過去のことを蒸し返したところで、何も始まらないわ。何を言ったところで、所詮は過去の話なんだから……それに、あなたの知り合いだって、それに含まれてるから、あまり言わないほうが良いわよ」

「俺の知り合い……?」

「グラシス中将とミスマル提督。特にグラシス中将には、かなり嫌われているわ」

「そんな、グラシス中将が……!?」

「別に不正や汚職絡みで対立していたわけじゃないわ。そういった方面では、比較的清廉な人だったしね」

 ワンクッションおくようにそう言ってから、マモルは話を続けた。

「そうはいっても、彼だって人間……私に知られたくない、知っていて欲しくないことの一つや二つあるわ。ましてや、今の彼には、思うところがあって私と対立することを選んだのだし……」

「どういうこと?」

「……グラシス中将が、私と如実に対立し始めたのは、孫娘二人がナデシコに乗り始めてからだからよ」

「えっ?」

 マモルは、言葉を失っているアキトを見て、頭を掻いた。
 この場合、鈍いと言ってやるのは、酷であろうか。
 それでも、これくらいは察して欲しい。
 マモルの頭を二つの意見がよぎったが、それは一先ず置いておくことにした。

「結局ね、グラシス中将も人の親ってことよ。いや、人の祖父、かな」

「意味が分からないんだけど……」

「簡単よ。私が『あの』ナデシコを嫌っていたのが理由よ。私が、ナデシコを敵視していたから、グラシスは敵に回ったの」

「そんな……なんでマモルがナデシコを嫌うんだよ……」

「存在が迷惑だったから。個人的にも政治的にも軍事的にも」

 言い淀む事すらなく、マモルは言い切った。

「ナデシコには、迷惑をかけられっぱなしだったのよ。軍にいるときずっとね……分かりやすい例を挙げるなら、ナデシコに破壊された戦艦や機動兵器を補うのに、管理局の三割の人員が過労で倒れて、七人が過労死したわ。嫌うなって言う方が無理でしょ」

「でもそれって、ネルガルと連合軍の間では、決着がついてるよね。俺自身も軍に徴用されたし……」

 そう、この世界では、オモイカネの暴走による損害は、保険で支払われたお金以外にも、アキト自身が軍に徴用されることで、決着をみている。
 それによって、手打ちはすんでいる。あくまでも、手打ちは。

「失われた戦艦や機動兵器を補うのに、どれだけの時間が必要だか、知っていていっているの?お金出されて、幾ら強い兵士でもたった一人徴用して、でどうにかなる問題じゃないのよ」

 マモルの言葉に、感情はこめられていない。
 淡々と、まるで何かを報告するかのように語る。
 損害が敵との戦闘による損失だったならば、まだ話は簡単だった。
 戦時中である以上、戦闘で損害は出る。だが、味方から攻撃を受けて、損害を出すと言うのでは、話が違う。
 そんな簡単な話ではない。

「上の方では決着がついていても、後始末をする管理局では、そう簡単に事の決着はつかなかったのよ。表向き決着したことだから、文句を言いにいったりはしなかったけどね」

 組織である以上、上が決めたことには従わねばならない。だから話としては既に終わっていることである。
 ただ、そこに感情は含まれない。
 どのような印象を持つかは、決着の如何に含まれることではない。

「私はナデシコが嫌いだった。私が局長だった時の管理局の面々の殆どは、ナデシコを嫌っている。だから、ナデシコ側に懇意な人間は、私達の敵に回った。それだけのことよ」

「それで、グラシス中将も……?」

「元々仲が良い訳ではなかったんだけどね。決定打はそれ」

 軍といえども、結局は人が形作る組織である以上、最終的には人の意志、あるいは人の感情で動く。
 グラシス中将といえども、例外ではあるまい。

「まぁ、孫娘のためなのか、他に理由があるのかは、私の知るところではないけれど……」

 マモルは、軽く溜息を吐くと、話を戻した。

「私の話になってしまったわね、エヴァの紹介が終わったわけじゃないのに」

「私の話など、それほど重要ではないかと」

「駄目よ。ちゃんと話さなくちゃ。さ、続けて」

 優しく笑みを浮かべて、マモルは、エヴァに自己紹介の先を促す。

「……私は、アマゾンで閣下に救われて以来、ずっと閣下の部下をしています。今も昔もこれからも……統合軍の情報局に籍を置いていても」

「私の立場が立場だから、エヴァには、情報局で政府と軍の動きを見張ってもらってるの……もっとも、それももう潮時かしら?」

「はっ。そろそろ怪しまれていますから、これ以上は危険かと」

「そっか……じゃあ、またしばらくは、ここにいるといいわ」

「ありがとうございます、閣下」

 エヴァは再び敬礼し、拙い笑みを浮かべた。
 それに笑みで応じて、マモルは話を変える。

「さて、じゃあ今度はアキトさんのことね」

「俺のことって言っても、漆黒の戦神ってだけでだいぶ伝わると思うが……」

「そりゃそうなんだけど。一応、ここに来た経緯くらいは、話しておかないとね?」

「聞かなくても、大体予想はつきますけどね。色々情報は入ってきますから」

 ナデシコは、政治的にも軍事的にも微妙な位置にある。ともすれば、重要な位置に。
 情報局には、ナデシコ関係の情報は腐るほど入ってくるのである。

「それなら、確認として聞いて。勘違いを防ぐためにもね」

 マモルは、よほど機密性の高いことでなければ、口に出して確認するように心がけている。
 それは、無用な誤解を防ぐと同時に、勘違いで予定外の行動がおきないようにするという理由から、軍人時代に染み付いた行動だった。

「アキトさんがここで暮らしている理由は、ナデシコの女性達のお仕置きから逃げ出して、浅間神社にいるところを見つけて、家に連れてきたのが始まりよ。放っておくのも可哀想だから、匿ってあげてるの。今は夫のフリをしてもらってるわ」

「まぁ、そんなところだと思いましたが……本当に漆黒の戦神殿は女性からお仕置きを受けていたんですね……最初聞いたときは冗談だと思いましたが……」

「本人を知らないからそう思うだけで、本人を知ってれば、特に意外なことじゃないと思うけど……」

 呆れたように言うエヴァの言葉に、マモルは苦笑してそう補足した。

「細かい経歴については、まぁ、良いでしょう。よく知っているだろうし、時間掛かるしね」

 そう言って、アキトの説明は、必要な分だけで早々に打ち切った。

「じゃあ、エヴァ。本題のほうを話してくれる?」

「了解しました」

 真剣な顔をして、エヴァがマモルとアキトを見る。
 一呼吸置いて、気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりと、エヴァは語り始めた。

「……近く、統合軍による、閣下に対する討伐作戦が実施されます」

「統合軍が!?」

 アキトが思わず声を上げた。
 話を聞く限り、意外なことではないが、それでも、驚きは隠せない。

「……私の方でもある程度つかんでいるけれど……決定したのね?」

「はい。戦力が集結し次第、実行されます。参加艦艇数五十隻以上。その中には……ナデシコも含まれます」

「ナデシコが……?」

 マモルは眉間に皺を寄せた。
 流石に、ナデシコの参戦は予想外であった。

「何で、そんなことに……!?」

「先程の理由からです。戦争が落ち着いた今、政治家や軍幹部にとって最も恐れるべき相手は、自分達の不正や汚職を知る人物ですから……閣下はネットワークを利用した情報戦も得意としますから、それに対抗するための措置でしょう」

 戦争の終結がマモルを危険に晒している。なんという皮肉であろうか。
 黙りこんでしまったアキトをよそに、エヴァは、話を続ける。

「陣頭指揮はミスマル提督が執ることになりました。また、西欧方面軍からは、二十隻の戦艦が出撃することになっています」

「随分とやる気じゃない。グラシスめ……」

「そんな……西欧方面軍が……グラシス中将が……」

 アキトは言葉を失っていた。信頼していた親しい者達が、今一番近くにいる、自分を助けてくれた人物と戦おうとしている。
 その中には、ナデシコが……戦友が含まれている。

「でも、なんで……西欧方面軍はともかく、何でナデシコが……?」

「ナデシコと……というより、一部のクルーと統合軍の間に『ナデシコが討伐作戦に参加すれば、テンカワ・アキトの捜索を統合軍が全面的に協力する』という密約が交わされたのです」

「じゃ、じゃあ、俺のせいで、ナデシコが?」

「別にアキトさんだけのせいではないわ。あなたがナデシコにいても、言葉巧みに参戦させられていた可能性はある。だって、グラシス中将もミスマル提督も、私と敵対しているのだから」

 もしマモルと知り合っていなければ、アキトは、この地を攻撃していただろう。
 グラシス中将とミスマル提督に言われれば、疑うことすらできなかったはずだ。
 ここで、マモルと出会っていなければ、そうなっていた。

「統合軍との戦闘は、回避できそうかしら?」

 マモルがエヴァに意見を求める。

「無理でしょう。既に議会で可決されています。如何に工作を施しても、精々時間稼ぎにしかなりません」

「統合軍との戦闘は、もはや避けようがないわけね……アキトさん」

「なに、かな?」

「こうなってしまった以上、私は戦わなければなりません。これまで通りの生活も、あなたを匿っておくこともできない……だから……ここから逃げて」

 マモルは真剣だった。神妙であった。でも、どこか悲しそうでもあった。

「一月やそこらなら、私の方で手を回して、逃げられるようにしてあげられる。だから逃げて。ここにいたら、戦闘に巻き込まれた上にナデシコに捕まるわ」

 アキトは、すぐに返事を返さなかった。
 返事を返せなかった。
 マモルを置いて、マモルを戦場の真っ只中に残して、自分だけ逃げることはしたくなかった。
 でも、ナデシコや、コウイチロウと戦うのも気が引けた。

「もし逃げてくれるなら……そして我侭を聞いてくれるなら……マリを連れて行って欲しいの」

「マリを?」

「親としては、娘を戦闘に巻き込みたくないのよ……かといって、誰にでも預けられるわけじゃない。あの子は、特別だから……」

「マリが、特別?」

 アキトはマリを見た。
 マリは、何も言わず、ただ黙って、マモルを見ていた。

「……マリは、マシンチャイルドなのよ」

 マモルが言ったその言葉に、アキトは目を見開き、息を呑んだ。
 頭がついていかなかった。頭が、わかることを拒絶していた。
 確かに特徴は、マシンチャイルドであるルリやラピスと合致するところがある。
 それでも、ただの偶然だと思っていた。いや思いたかっただけかもしれない。それでも、普通の子供であることを、アキトは心のどこかで望んでいたのだ。
 無論、マシンチャイルドだからといって色眼鏡で見るようなことは、アキトはしない。
 だが、マモルがマシンチャイルドを連れて逃げながら暮らしているとなれば、それはもう別の意味を持ってくる。

「連合軍が開発に成功した最後のマシンチャイルド。ホシノ・ルリ、ラピス・ラズリ、マキビ・ハリの三人のノウハウを連合軍か密かに買い取り、作り上げた最強のマシンチャイルド、それが、アマヤマ・マリ、私の娘よ……」

「マリが……マシン、チャイルド……」

 アキトは、そう呟きながら、マリの言葉を思い出していた。

(私のせいで、ずっと苦労してきたから……軍隊に入ったのだって、私を守りながら育てるためだったから……)

 私のせいで。マリはそう言っていた。
 その真意が、今になってようやく分かる。
 わかったからこそ、マリのその先の言葉も思い出す。

(お母さんを幸せにしてあげて欲しいの……)

 マモルはマリを、マリはマモルをそれぞれ想い合っていた。
 そして今そこには、自分も含まれているのではなかったか。
 自分も含まれていて欲しい、場違いにもそう思った。
 そして、マモルと交わした約束とマリと交わした約束を思い出す。

(一年間の間に、私を口説いて惚れさせて。そしたら、昨夜の責任をとるという形で、結婚してあげる)

(お父さん、お母さんのことが好きなら……お母さんを幸せにしてあげて欲しいの……)

 その二つの約束を交わしたのではなかったか。
 自分は、北斗と戦わずに手に入れられる満足感や幸福感を手に入れられる、この場所を守りたいと思っていたのではなかったか。
 そのためなら、手を汚すことになっても構わないと思っていたのではないのか。漆黒の戦神としての力を、この二人のためだけに使っても良いと、思ったのではないのか。
 マリだけを連れて逃げることはできない。二人を引き離すようなことはできない。
 マリは自分のことを父とよんでくれているが、それはマモルが自分を匿っていてくれているからに他ならない。
 マリにとってのただ一人の親は、紛れもなくマモルなのだ。
 だから、マモルとマリが離れるなんてことがあっていいわけがない。
 アキトは決心した。それがこの先どんな事態を引き起こそうが、そんなことは知らない。重要なのは、『今』マモルとマリのために戦うことだ。
 管理局だとか、元中将だとか、マシンチャイルドだとか、そんなことは関係ない。
 関係ないのだ、そんなことは。

「……俺は逃げないよ。マモル、マリ……」

 アキトは、はっきりとそう告げた。それがアキトの答えだった。

「俺はここに残って、マモルとマリを守る為に戦う」

「自分が何を言っているか、わかっているの?」

 マモルは、歓迎などしなかった。ただ、聞き返した。

「マモルとの約束の時間まで、まだ結構あるだろ。マモルが言ったんだぞ、一年間でって」

「あんな約束のために、あなたの仲間や統合軍を敵に回そうっていうの?」

「決めたから……」

 アキトは立ち上がり、マモルの後ろまで移動して、後ろからマモルを抱きしめた。

「マモルとマリと……二人と過ごす時間を守るって、決めたから……」

「あなた……」

 マモルは、目を閉じた。それ以上、アキトにかける言葉はなかった。
 アキトが決めたことである以上、これ以上、何もいうべきことはない。

「お父さん……」

 マリが、アキトの袖を掴み、顔をアキトの腕に擦り付ける。
 アキトからは見えないが、泣いているようであった。

「……わかった……ありがとう、アキト……」

 自分を抱くアキトの腕に触れマモルは、目尻に涙を浮かべていた。

「でも、覚悟してね……辛い戦いになるから……」

「覚悟の、上だよ……」

 覚悟。それは、何に対しての覚悟であったのか。それは本人にしかわからない。
 しかし、それは決別を示していた。統合軍やネルガル、そして何より、ナデシコとの決別を。
 その様子を傍から見ているエヴァは、少し居辛そうであったが、マモルのその様子に、どこか安心もしていた。
 マモルにも、自分を任せられる人ができたのだと。



 アキトが結論を出した頃、合流を果たしたナデシコとシャクヤクでは、ナデシコ側の会議室において、今後の方針が話し合われていた。
 これは、一部クルーと統合軍の合意であるとはいえ、ナデシコとシャクヤクの公務について話し合うためのものであるため、参加者は限られ、また、極力私情が挟まれないように慎重に行われた。
 参加者は、ナデシコ提督オオサキ・シュン。同艦長ミスマル・ユリカ。シャクヤクに舞歌が乗っていないため、指揮官代行として各務千沙。この三人によって話し合いがなされていた。

「反政府活動家の討伐作戦というのなら、断る理由がそもそもないわけだが……それにしても、アキトを捜索させるための交換条件というのは、どうなんだ?」

 シュンとしては、複雑である。
 あるいは、人死にが出るような作戦に参加する理由が、アキト捜索のためというのは、いかがなものか。
 しかもそれが、自分を介さず、、一部女性達によって密約が結ばれ、決定されたことが、更に問題であった。

「いえ、それはかなり重要だと思いますよ」

 千沙が、そう反論する。

「アキトさんが見つからないと、北斗様がどれだけ暴れることになるか……」

 それは実に切実な問題であった。
 特にシャクヤクにとっては。

「それは確かに問題なんだが……」

「シュンさんは、アキトが見つからなくても良いって言うんですか?」

 ユリカがシュンを睨みつける。アキトが絡むと、ユリカは本当に恐ろしくなる。

「いや、そうは言ってない……だが、この取引も、討伐作戦も胡散臭いって言ってるんだ。裏を取ったほうがいいんじゃないのか?」

「そんな暇はありません!こうしている間にもアキトが何所の誰とも知れない女を落としているかもしれないんですよ!?」

「いや、幾らなんでも、そこまで節操がないとは思えないんだが……」

 討伐作戦に参加するか否かその結論が出るまで、このあと三時間を要した。
 最終的には、結局シュンが折れることになったが、後にシュンは、この時折れたことを後悔することになる。



 マモルは、マリ、アキト、エヴァの三人を連れて、山道を歩いていた。
 マリは小さいため、マモルが背負って運んでおり、歩みは遅くない。もっとも、マリがマモルの背中で寝てしまったため、いささか歩きづらそうではあったが。
 アキトが開墾している山とは別の山なのだが、マモルが語ったところでは、今歩いているこの山もマモルの所有地らしい。
 先頭を歩いているマモルの後ろにアキトとエヴァが並んでついていく。
 三人の間に会話がなかったため、いささか落ち着かないアキトが、隣を歩くエヴァに話しかける。

「ねぇ、エヴァちゃん」

「……馴れ馴れしいですね」

「あ、ごめん、気に入らなかった?」

「……構いませんよ、好きなように呼んでいただいて。閣下にも最初そう呼ばれていましたし」

「へぇ……」

 アキトは、少し意外な気がした。マモルにではない。エヴァちゃんという呼び方を許容してくれた、エヴァにである。
 エヴァは、もっと硬い人物なのではないかと、勝手に思いこんでいた。

「貴方は、閣下の事をどれほど知っていますか?」

「……さっき聞いた以外のことは何も」

 少しだけ言い難そうにアキトは答えた。
 しかし、それ以外に答えようがなかった。

「そうですか……まぁ、閣下は、御自分のことを多く語るような方ではないですからね……」

「エヴァちゃんは……マモルとは、長い付き合いなの?」

「先の戦争の初期にアマゾンで救出されて以来、ずっと閣下のお側にいます……閣下のお側だけが、私の居場所ですから」

「そっか……」

 それで会話が途切れてしまった。
 元々、知り合いですらない二人である。会話が続くわけがない。

「……閣下は……」

「ん?」

「閣下は、信頼できるものしか側に置きません。だから、ナデシコは信頼できませんが、貴方は信頼します……私が信頼するということは、互いの命を預けあうことを意味します。私に命を預けるかどうかは任せますが、私の命は、貴方に預けます」

 アキトは一瞬、キョトンとしたが、すぐに嬉しそうに笑った。

「ありがとう、エヴァちゃん。俺の命も、エヴァちゃんに預けるよ」

「そうですか。なら預かりましょう」

 エヴァもフッと笑った。
 そうこうしているうちに、マモルが立ち止まった。アキトとエヴァも立ち止まる。
 マモルの前には、ボロボロのお社があった。放棄されて久しいらしく、周りには草が生え放題で、お社からも草が生えてるような始末だった。
 マモルは、お社の賽銭箱に手を触れる。
 すると、お社が台座ごと上に上がった。
 上に上がったお社の下には、小さい入り口と、地中に向かって降る階段があった。

「ついてきて」

 マモルはそう言うと、階段を降り始める。
 アキトとエヴァは、黙ってそれに続いた。
 しばらく行くと行き止まり、三つの扉が並んでいる小さい部屋に出た。
 マモルは、その内の真ん中の扉を開くと、その先に現れた階段を更に降る。
 更にしばらく降ると、広い空間に出た。
 そこは、まるでドックの様でも工場の様でも基地の様でもあった。
 それをそう見せているのは、その空間の大半を占めている、巨大な戦艦であった。
 その戦艦は、アキトの記憶にある戦艦によく似ていた。
 この世界に来る前に自身が乗っていた戦艦『ユーチャリス』と……。

「これは……!」

「連合軍がナデシコへの保険として開発し、途中で放棄したワンマンオペレーション戦艦オウカ級一番艦『ソメイヨシノ』……ナデシコに対抗することだけを念頭において作られたため、電子戦に特化してるわ」

「ナデシコに対抗するため、か……」

「あまりにもコストが掛かりすぎるため、放棄されてしまったものを管理局で密かに引き取って完成させたのよ」

 ソメイヨシノを見上げながらマモルは説明した。
 ナデシコに対抗しうる性能を持つ戦艦がこちら側にあるのは大きい。戦うにしても、それなりの戦力が整っていなければ、戦いようがないからである。

「コストが掛かった分、ナデシコに対抗できるだけの性能を持つ戦艦に仕上がりました」

 突然、アキトの背後で声がした。咄嗟に振り向くと、そこには、和服姿の若い女性が立っていた。
 アキトでさえ、気配すら感じなかった。声を聞くまでいることにすら気づかなかった。
 アキトは冷や汗を流す。

「驚かせてしまったようですね。申し訳ありません。私は、ソメイヨシノのAI『サクヤ』と申します。この姿はフォログラムです」

「AI……!?」

 アキトは耳を疑った。
 ブロスとディアの例があるから、。不可能でないことは分かっているが、それでも、ここまでのAIを開発していたというのは脅威であった。

「……これほどのAIを連合軍が開発したのか? フォログラムを使った姿の投影までやるようなAIを」

「違うわ。『サクヤ』は私が開発したの」

 マモルは、事も無げに言った。

「マモルが?」

「連合は、まだそこまでの技術を持ってはいないわ。この子は、私が単独で開発したの。オモイカネを制圧できるAIとしてね」

 オモイカネを制圧しうるAIとなれば、それは世界有数のAIということになる。
 そんなものが実在しうるのか、アキトには俄かには信じられなかった。

「サクヤ、スサノオは今何所にある? 改装中だと思うのだけれど」

「第二ハンガーに他の機体と一緒に置いてあります。ご案内しますか?」

「頼むわ」

「了解しました」

 サクヤは優雅に一礼すると、先行して歩きはじめる。
 歩く仕草も人間と変わらず、フォログラムか疑いたくなるような出来だった。
 しばらく歩くと、壁際にあるハンガーに数機の機動兵器が立っている所についた。
 マモルは、そこにつくと、真ん中に置かれた黒い機動兵器の前に立った。

「これはまだ開発中の機体なんだけど、この機体は、アキトの乗ったブローディアに対抗するために作られた機動兵器『スサノオ』よ」

「ブローディアに?」

「……ブローディアは、政治のバランスさえ崩しかねないほど強力な機体。それに、化け物じみた力を持つ人間が乗っている。何らかの対抗手段を講じていても不思議ではないでしょう?」

「これも……ナデシコや俺に対抗するために作られたのか……」

 そう考えれば、ここにある戦艦や機動兵器は、ある意味においてナデシコが生み出してしまったようなものだ。
 本来作られるはずのなかった兵器が、ここには詰まっている。

「現在は改装中の上、AIが未完成で、現段階でスサノオに乗れる者はいないわ。AIが完成すれば、ブローディアに対抗することも可能になるけれど……」

「ふぅん……兵装は?」

 アキトは、注意深くスサノオを見上げた。
 漆黒のその機体が、己を呼んでいる。そんな気がした。

「現在は第二次改装中で、DFSの試作品までの装備を搭載することになっているわ。第三次改装ではラグナ・ランチャーもね……。既に搭載されているものは、PTBとES−03弾頭発射機等よ。後はエステバリスの通常装備が使用できるわ」

「PTB?ES−03弾頭?」

「PTBはPhase transition bazookaの略称。和名なら『相転移バズーカ』ってところかな」

「それって、相転移砲の……?」

「小型版よ。戦術級といってもいいわ。某所からの技術提供もあって、開発に成功したのだけれど……コストの高さとリスクから、正式採用はされてないけどね」

「そんなものまで……」

 アキトは驚きを隠せなかった。
 ブローディアも大概無茶な兵器ではあったが、PTBも無茶が過ぎる。それを、連合軍が開発していたことが、何よりも驚きであった。

「ES−03弾頭は、ES−03という特殊爆薬を弾頭に使用した強力な炸裂弾よ。効果範囲は狭いけれど、着弾時一万度もの高温を瞬間的に発生させ、熱した鉄の棒でバターを刺すように、戦艦の装甲を簡単に溶かし貫くわ」

「そんな弾頭、聞いたこともないが……」

「この弾頭は、私のオリジナル。何所にも出回ってないわ」

「マモル……君は、本当にただの中将だったのか?」

 アキトは、当然の疑問を口にした。
 これほどまでの知識や技術力を持っている人間が、ただの中将であったのか、疑問であった。

「さてね、何所から何所までが『ただの』に入るのか、私には判断のしようがないわ」

 そう言って肩を竦めると、もう一度、スサノオを見上げた。

「この子が完成していれば、勝率も生存率も跳ね上がったんだけどね……時間が足りなかったわ。なんとか開戦までには、戦えるレベルまでは持っていくつもりだけど……どこまで使えるものか……」

 マモルは溜息を吐くと、軽く首を振って、スサノオの右隣の機体に目を向けた。

「スサノオは完成して使えるようになったとしても、アキトさんが使えるような代物ではないから……アキトさんにはそっちの機体を使ってもらうわ」

 マモルが見た機体、それは、まるで継ぎ接ぎをされたような機体だった。

「マモル、これは?」

「タケミカヅチ……私が、私のために作った最初の機体。単独ボソンジャンプの試験機を戦闘用に改装したものよ。理論上は、B級ジャンパーでも単独ボソンジャンプが可能よ」

「単独ボソンジャンプだって!?」

 単独ボソンジャンプそのものは珍しくも何ともない。
 むしろ、アキトが驚いたとすれば、その多きさにだろう。
 ブラックサレナ程度の大きさしかない機体での単独ボソンジャンプというのは、それだけで驚きに値する。
 ブラックサレナの例があるため、不可能ではないというのは理解できるが、その技術に固執していたネルガルや木連ならば兎も角、連合軍がこの時期に完成させたのが驚きであった。

「タケミカヅチは、連合軍が開発した機体ではなく、私が独自の伝手で完成させたものよ。タケミカヅチを連合が開発していれば、歴史はもっと大きく変わっていたでしょうね」

「マモルが……これを独自に?」

 アキトは呆然とするばかりであった。

「タケミカヅチは、機体そのものとPTB用に小型相転移エンジンを二基搭載し、PTBを主兵装にしてるし、ES−03弾頭も使用できるようになっていて、それなりの戦闘力を持っているわ。ブローディアとまではいわないけれど、この機体でも十分戦えるはずよ」

「これを俺に……」

「因みに、私はあっちの機体を使うわ」

 マモルは、スサノオの左隣を見る。
 そこには、紅く塗装された機動兵器があった。

「電子戦特化型機動兵器『カグツチ』……電子戦ならば『現在』のナデシコを超えるスペックを持つ、私の専用機」

「電子戦専用って……マシンチャイルドでもない、マモルが?」

「そうね、確かに厳密に言えば、私はマシンチャイルドではないわ。でも、私のスペックは、ホシノ・ルリのそれを超えている」

 マモルは、軽く目を瞑り、ゆっくり開いた。すると、黒かった瞳が、金色に変わる。

「金色の、瞳……!」

「厳密に言えば、私はマシンチャイルドじゃない。なぜなら、私は遺伝子操作を受けていないから……私は、生まれながらにして金色の瞳を持つ、天然のマシンチャイルドよ」

「そんなことってありえるのか……?」

「難しいけど、無いわけじゃない。私以外に見たことはないけれど、私はこうして、ここにいる」

 マモルは、まっすぐアキトを見据えてそう言った。

「私とカグツチがあれば、電子戦で遅れをとることはないわ。後は……あなたのタケミカヅチ次第よ」

「俺次第で勝敗が決するってことか……責任重大だなぁ」

「大丈夫よ。あなたなら……私を自分のものにするって宣言した男なんだから」

 いたずらっぽく笑うマモルにアキトも笑った。
 ひとしきり笑うと、今度はエヴァに視線を向ける。

「エヴァ、あなたには、マリと一緒にソメイヨシノに乗ってもらうわ。マリの護衛と補佐を兼ねてね」

「了解しました」

「それから、統合軍が来るまでの間、何とか戦場をずらせないか、工作してみてくれる?ここで戦いたくないから……」

「既に手を打っています。うまくすれば、民家の無いところで戦えるはずです……私以外の仲間には、以前厳命された通り、統合軍の討伐作戦が決定したら、すぐに情報収集を切り上げて逃げるように指示してあります」

「そう……ありがとうね、エヴァ」

 そう言って、マモルは、エヴァの頭を撫でた。
 エヴァは、恥ずかしそうにしていたが、それでも拒絶するようなことはなく、身を任せていた。
 その様子を見ていたアキトは、改めて意思を固めていた。
 マモルと一緒に戦おうと。例え、ナデシコや、親しいものが敵に回ってしまっても、マモルとマリ二人のために……ともすれば、それを守ろうとするエヴァを含めた三人のために、戦おうと。
 こんな優しく、真っ直ぐで、綺麗な人が、たった一人で戦うなんてことを見過ごすことはできない。
 エヴァが近くにいたとしても、五十隻もの戦艦を相手に、マリを含めたとしても三人だけで戦わねばならないなんてこと、許容なんてできるはずがない。
 まして、マモルを妻にすると、責任を取って結婚して見せると、決めたのだから。そう決めた男が、妻にする女性を、愛すべき女性を、見捨てて逃げるなんてことはできない。
 守って見せる。守りきって見せる。そうすれば、どんな形であれ、マモルやマリと一緒にいられる。
 戦わなくてはいけないけれど、もしかしたら、近しい者たちと戦わねばならないかもしれないけれど、それでも今は、マモル達と一緒にいられる。
 その事を感謝することにした。
 マモルとマリを守ると決めたから。



 戦が始まろうとしていた。
 一つの家族による、巨大な組織との戦いが。



   序章 第四話に続く


    〜あとがき〜

 お久しぶり、はじめまして、お懐かしい?神帝院示現です。
 以前の投稿から実に五年!日付を見てびっくりデス!歳をとるわけだ〜。
 以前のころは就職だなんだと、結局忙しくなって放棄してしまったのですけれど、最近フリーな感じの仕事になったので(爆
 以前書いていた二次創作の続きを書いてたりします。火魅子伝とか<こっちは、一年十ヶ月で済んでましたが(爆
 パチンコも出ましたし(古
 丁度良いかと。
 ネット上で見かけるコアなファンや読者の声というものは、不思議と励みになるもので、つい最近、この作品を楽しんでくれていた人がいることを知ったりしました。
 何年も前の書き込みでしたが、大きな励みになったりしました(多謝!

 さて、話の内容ですが……正直、当初の構想をこの五年ですっかり忘れてしまっていたので、残っていた文章と記憶を格子に、新しく構想を練り直して書いた感じになっています
 ですので、この第三話に限っては、古い文章と新しい文章が(特に最初の方で)混ざっています。なんで、こことここで、なんか文章の書き方とか表現が変わってんなぁ〜というところがあるかもしれません。
 特に新キャラ、エヴァ・グデーリアンに関しては、過去の構想から存在したものの、設定を大幅に変えたりしているので不安定だったりしちゃったりします。
 そして、自分で言うのもなんですが、恐ろしく急展開になっています。これも、昔の構想を忘れた結果なのですが……申し訳ない。

 この五年で、自分なりに変化があったのか、どうにもマモルの毒が薄くなってる気がします。う〜む……黒マモルの方が人気があったようなので、そっちに戻したいんですけどね〜。
 娘がいると、母親のほうに重きがいってしまって、真っ黒にできない。むむぅ。要模索。

 五年前に書いていたところまでを読み返し、改めて考えると、かなり伏線を張ってそのままなんで(設定資料は残っていたので伏線の意味はとりあえず分かっています)、ここから少しずつ使っていこうかと。
 というわけで、とりあえず手始めに、マモルの能力から始めることにしました。
 如何せん、マモルの能力は、ひた隠しにしてきた部分がありましたので。ついでにタケミカヅチとPTBの設定も。
 そのあたりの資料も残っているものを元に開示していこうと思ってます。

 とりあえず、五話までは書き終わっているので、順次公開していく予定でいますので、今後ともよろしくお願いします。

 それでは、今回はこの辺で〜ではでは〜







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代理人の感想
うわぁ、5年ぶりですか。本当にもうお懐かしいですねぇ。
と言うか当時の作品を読んでみると、結構ひどい事を書いてたり。いやはや申し訳ない。

当時ちらほらあった同盟ヘイト系ですね。さて、どうなるやら。続きを楽しみにお待ちしております。


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