劇場版アフターストーリー

黒き仮面

 

 

第1話

 

 

2201年8月20日

夕刻

月 フォン・ブラウン市

 

 

 

月第1の都市、フォン・ブラウン市にはネルガル重工所有の造船所がある。

月だけでなく地球圏全体で見ても最大規模のものだ。

戦艦を建造、修理可能な大型ドックも8つをかぞえる。

だが1番ドックの地下150メートル、あらゆるセンサー類に対する防護を施した空間に

公式上は存在しない、秘密のドックが息を潜めていた。

「0番ドック内にボース粒子発生!」

オペレーターの緊張した声が響き周囲があわただしくなる中で、

一人、沈黙をまもっている女性がいた。

ネルガルの会長秘書、エリナ・キンジョウ・ウォンその人である。

彼女の黒い、やや吊り上がりぎみの瞳は、見るものに強靭な意志を感じさせる。

しかし今、彼女の瞳には、まちがいなく感情のたかぶりを見ることができた。

エリナは心のうちを顔にださないよう意志の力を総動員しながら、ドックにむかい歩き出す。

だが、どうしてもはやまる歩調をおさえることができなかった。

 

『帰ってきた・・・帰ってきてくれた!』

エリナは心の中で叫んでいた。

それも当然だろう。

今回の作戦は今まで以上に危険なものだった。

最悪の場合、火星の後継者の特殊部隊を一人で相手にすることになる。

アキトの性格を考えれば、その局面でユリカを残し後退できるとは思えない。

そんな戦場に想い人を送り出さねばならない悲しみ。

それを止められない自分に対する怒り。

そういった感情が逆に、エリナの中で歓喜のおもいを爆発させていた。

 

エリナがドックに入ったときには、すでに白い戦艦が姿をあらわしていた。

ユーチャリス。

花の名を冠したこの凶悪な兵器は、しかし沈黙を保ったままであった。

その周りでは準備をととのえた整備員が戸惑いの表情を浮かべている。

「どういうこと?」

異常を感じたエリナが整備長に問いかける。

いつもならもう作業がはじまっているはずだ。

「船がエンジンを止めておらんのです。ブリッジからも何もいってきませんし・・・」

整備長も困惑を隠せない。

エリナの心に不安がよぎる。

「テンカワ君!応答しなさい! ラピス!聞こえているの!」

コミュニケを使いブリッジを呼び出すが何の反応もない。それなら・・・

「スクナヒコ!第4位命令権者として命じます。ブリッジの映像をよこしなさい!」

ユーチャリスの人工知能、スクナヒコは間をおかず映像を送る。

そこには・・・

キャプテンシートの前に倒れこんでいるテンカワ・アキト。

そのかたわらに座りこみ、呆然としているラピス・ラズリ。

尋常でない2人の姿があった。

 

 

 

「ふう・・・」

大きなため息がもれる。

当面の仕事に一区切りつけたエリナがアキトのかたわらにいた。

疲労の色が見える。

なにしろ、あれから丸1日駆けまわっていたのだ。

アキトの治療の手配。

ブラックサレナ、ユーチャリスのデータ収集と整備。

やらねばならない事、彼女にしかできない事はいくらでもあった。

いかに見かけよりタフな彼女でも無理はない。

ましてや倒れたのが想い人だからなおさらである。

彼女がいるのはドックにある医療施設、その中のアキトの病室である。

病室とはいってもアキトとラピスしか使う人間がいないので彼らの私室と言っていいかもしれない。

先ほどまでラピスもアキトのそばを離れなかったようだが、なんといっても子供である。

睡魔に耐えられず隣室で眠っているらしい。

『マシンチャイルドといっても子供なのよね・・・』

かわいげがあるとは言いがたい少女の事に思いを向けると、エリナの唇は自然とほころんだ。

だが目の前で寝息をたてている男のことを考えると再び心がしめつけられる。

医師の話では倒れたのは外傷が原因ではないらしい。

今は3時間前に到着した彼の主治医、イネス・フレサンジュが精密検査を行っている。

『このまま目を覚まさなかったら・・・』

考えまいとしても、どうしても頭の中から離れない。

ありえないことではないのだ。

アキトが火星の後継者に強要された人体実験。

それは大きく二つに分けられる。

一つはボゾンジャンプ利用のためのデータ収集。

これは「遺跡」との融合方法を探るものでアキトの体に与えた損傷は比較的小さい。

問題なのはもう一つの方。

戦闘能力の強化実験である。

すなわち、視覚などの五感、反射神経を数倍に高め、通常は三割程度に抑えられている筋力を

100%発揮可能にしようという実験であった。

この実験の直後、ゴート、月臣らネルガルシークレットサービスに救出されたアキトは、

廃人同然であった。

全身の感覚器から、その許容量をこえる情報を送られていた脳はパニックをおこし、

限界をこえて酷使された神経は焼ききれる寸前、

そして全身の筋肉はズタズタであった。

その凄惨な姿を思い出し、エリナは身震いした。

『やっぱりあの時、止めればよかったの?

 だけど・・・

 だけど私には・・・』

 

ガチャ

 

突然ドアが開く。

反射的にそちらに顔を向けたエリナの視線の先には、白衣に身を包んだイネスの姿があった。

「エリナ、なんて顔をしているの。会長秘書の顔じゃないわ。」

微笑をうかべて語りかける。

「そんなことより!アキト君はどうなの?」

自分の不安をよそにマイペースを崩さない友人に言葉がきつくなる。

『よほど動転しているのね。いつもなら私の顔を見ただけでわかりそうなものなのに。』

「イネス!」

「そんなにどならないで。ここは病室なのよ?」

その言葉にエリナははっとして振り向くが、アキトが目をさます様子はない。

「とりあえず、安心してよさそうよ。

 彼が倒れたのはこの1年の間にたまった疲労のせいだろうから。

 ユリカさんを助けだして気が緩んだんでしょうね・・・」

「・・・そう・・・よかった・・・・」

エリナが安堵の声を漏らす。だが、

「いまのところは、よ。」

エリナの顔に緊張が走るのを見ながらイネスが続ける。

「彼の体が限界に近づいているのは間違いないわ。

 五感、神経、筋力を強化するナノマシンを私の試作品である程度抑えているけど、

 感情がたかぶると抑えきれなくなる。

 こうも戦闘が続いたんじゃ・・・ね。

 そうでなくても彼に感情を殺すなんてできるわけないわ。

 顔に出さないようにすることはできてもね。

 ナノマシンのほうを完全に抑えるか、コントロールできるといいんだけど・・・」

「なんとかならないの?」

エリナがすがるような目をして問いかける。

イネスはこみあげる感情を顔に出さずに答える。

「私には不可能よ。」

エリナは無言でうつむく。

『そうよ・・・今まで何度となく聞かされたことじゃない。

 つらいのはイネスも同じなのに私だけこんなに取り乱して・・・

 私がこんなことでどうするの!

 私がアキト君を支えなきゃ・・・』

エリナが悲壮な決意を固めていたとき、

「いままでならね。」

ポツリとつぶやきが聞こえた。

いぶかしそうに顔をあげるエリナにイネスが説明する。

「火星の後継者のラボを押さえることができたでしょ?

 それで人体実験のデータも無傷で手に入ったの。

 なにしろ施設をまるごと操作不能にしてしまったものだからデータを処分する事もできなかったのね。

 これがあればアキト君、何とか・・・なりそうよ。

 いくら・・・ネルガルでも・・・ここまでは・・・実験・・・できないものね。」

最後のほうは口元に手を当てながら苦しそうに話すイネス。

からかわれたことに気づきエリナの顔が朱に染まる。

「イネス!こんな時にあなたって人は!」

「ご・・・ごめんなさい、あ・・・あなたのかわいい顔なんて・・・めったに見れないから・・・」

「イネス!!」

苦しそうに笑いながら謝るイネスにエリナは半狂乱である。

 

その夜、絶対安静の病室からは、叫び声と笑い声が途切れることはなかったという。

 

第一話 了

 

 

 

<あとがき>

最後まで「戻る」をクリックせずに読んでくださった寛容な方、ありがとうございます。

初級、白帯、若葉マークのSS書き、獅子丸と申します。

筆がすすまない。話がすすまない。文章が拙い。

キーボードを打ちながら泣けてきましたが、なにはともあれ第1話をお届けします。

恐ろしい事にこれは連載です。続きます。

こんな駄作でも読んでやろうという、時間に余裕のある方はどうかお付き合い願います。

私もできるだけ精進いたしますので・・・

では失礼を。

 

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

獅子丸さんからの投稿です!!

エリナさん視点ですか〜

う〜ん、これは面白くなりそうですね。

時間的には、ユリカ救出後のお話みたいですが。

さてさて、身体が元に戻ったアキトは今後どの様な決断を下すのでしょうかね?

それにしても、イネスさんお茶目(笑)

 

では獅子丸さん、投稿有り難う御座いました!!

次の投稿を楽しみに待ってますね!!

 

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