劇場版アフターストーリー

黒き仮面

 

 

第4話

 

 

 

 

女がベッドの中で目を覚ます。いや、夢と現の境か。隣で眠っているであろう男に手をのばした。

だが、手に触れるのは冷たくなったシーツ。

その冷たさが目を覚まさせ、女の心を悲しみで満たした。

「・・・私では、あなたの心を埋められないの?」

流れる涙がシーツに広がってゆく。

エリナ・キンジョウ・ウォン、彼女の問いに答えられるものは、このとき、宇宙に存在しなかった。

 

じゃりっ、じゃりっ

 

夜道に乾いた音が響く。

地球連合日本国。首都、トウキョウ。

その都心から車で1時間ほど走った土地に姿をあらわす、巨大な、純和風の邸宅。

日本の裏社会の雄、新撰組。この巨大組織を20年にわたり支配下に置く現組長が建てた要塞である。

その要塞へつづく道を歩む、ひとつの人影。

8月の上旬、夏の盛りだというのに黒のロングコート。顔には濃いサングラス。

だが門番にあたっていた二人の男の警戒心を呼び起こしたのはその異様な風体よりも、人影が放つ気配。

「・・・何の用だい。」

一人が不信人物の前に進み、もう一人は懐の凶器に手をのばしつつ援護できるポジションをとる。

訓練された人間とわかる、滑らかな動き。門の守備は鉄壁かと思われた。相手が彼らの同業者でさえあれば。

「・・・・・・・・・」

「「?」」

自分達の動きを品定めするかのように見つめる相手に、二人は得体の知れない気味悪さを感じた。

「・・・合格だ。」

「なに?」

「今夜は貴様等だ。」

その瞬間、黒ずくめの男、テンカワ・アキトの体から猛烈な殺気が吹き付け、二人の体は硬直する。

禍禍しく、それでいて美しい悪魔のほほえみ。

それを最後に、二人の意識は途絶えた。

 

ガンガンガンガンガンガンガンガン・・・・・・・・

屋敷の中で非常事態を告げる鐘の音が鳴り響く。照明がいっせいに点灯したことが門の外からでもわかる。

監視カメラは忠実に任務を遂行しているようだ。俺としてもそちらのほうがありがたい。

ブワッ

コートをはためかせて門を飛び越える。着地。顔をあげなくても俺の跳躍を目撃した奴らが目をむくのがわかった。

俺の前にいるのが十人あまり。屋敷のあちこちからさらに人影が走ってくる。

「さあ、はじめようか」

俺の声に我に帰ったのか、男達が銃を構えた。だがそれが火を吹くよりはやく、俺は風をまとって間合いを詰める!

こいつらの腕では俺のスピードについてこれはしない。

ガン、ガガン

予測どおり鉛弾はかつて俺が存在した空間をかき乱すだけ。正面の男の顔が驚愕にゆがむ。

お前が最初か!

ドゴッ

俺の掌底に反応することさえできずそいつは吹き飛ぶ。

「「てめえっ!」」

場慣れしている。接近戦で銃に頼る愚を知っているのだろう、両脇にいた男達が一人は拳で、

もう一人は銃床で殴りかかってくる。

なかなかの連携だが・・・右の奴がはやすぎる!

ズドッ、ドガッ

俺は右の奴の拳をかいくぐり鳩尾に肘を一撃。

無防備な背中に振りおろされる凶器をターンして回避、同時に裏拳を叩き込む!

どさっ、ずしゃっ

意識を絶たれた肉体が続けざまに崩れおちた。周りの男達が息を呑むのがわかる。

気持ちはわかるが・・・怖気づいてもらっては困る。

「どうした、新撰組は腰抜けぞろいか。」

一番近くに倒れている男の顔を蹴り上げた。

「「「「「「やろうっ!」」」」」」

そうだ、向かってこい!

 

「なにごとだ。」

新撰組5代目組長、近藤重正、五十九歳。

一地方組織に過ぎなかった新撰組を1代で日本最大の組織に育てあげた、日本犯罪史上に残る大物である。

大兵肥満、好々爺然とした人物、だが眼光がその印象を裏切っている。人を射すくめる鋭い目。

さすがと言うべきか、騒然とする邸内にあって一分の動揺も感じさせない。

「侵入者です。正門を突破され、今は中庭で若い連中が相手をしています。」

「どこの鉄砲玉だ。うちに真正面から喧嘩を売るところなんざ・・・」

近藤の頭の中でアジア系、ラテン系の名がうかんでは消える。

全ての組織と良好な関係にあるとは言いがたいが、抗争を始めるのはまた別問題だ。

そこまでの緊張関係は、今のところ、ない。

「で、数は?ここまで音が響いてこないってこたぁ、大した人数じゃなさそうだがよ。」

若頭が困惑の表情を浮かべる。近藤の片腕として、いまでは実務のほとんどを取り仕切る切れ者が、である。

「おい、まさかそんなこともわからないと言うんじゃないだろうな。」

「いや、それが・・・下の連中は相手が一人だと言ってくるもんで・・・」

近藤の顔は一瞬呆けたようになり、次に憤怒の形相に一変した。

「バカヤロウ、そんなわけがあるか!

下の連中がつかえないんならテメェの目で見にいかんかい!もういい、おまえら、ついてこい。」

護衛にあたっていた若い衆を連れて近藤は中庭に向かう。

この殴り込みが一ヵ月後であれば組長も若頭も別の判断をしたかもしれない。

一人の喧嘩屋の噂は世界中を駆け巡っていたから。

しかし不幸にも、彼らは二番目の標的だったのだ。

 

広い邸内を一気に突っ切り、近藤が直属の部下を引きつれて中庭に降りる。

その数30名。海外の軍隊で訓練を積んだ強者ぞろいだ。

そのような経歴を持つ者達が一人残らず自分の目を疑った。

彼らが目にしたのは広大な庭園を覆い隠すかのように倒れ伏す組員の群れ。

一人の男に襲い掛かる十数名の集団、さらにそれを取り囲む数十人の男達。

そして、電光のような動きで仲間を蹴散らす、黒ずくめの男の姿だった。

 

近藤の背に冷たい汗が流れる。彼とて幾多の修羅場をくぐってきた古強者だ、臆病者とは程遠い。

それなのに、いや、だからこそと言うべきか、

たった一人の襲撃者に恐怖を感じていた。相手の顔には傷ひとつない。無傷なのだ、数十人を倒しておきながら。

歴戦の経験が、本能が、敵の力を感じさせた。

『こいつは素手じゃあ、無理だ・・・』

そばに控えていた若頭にそっと耳打ちする。一瞬、ギョッとしたような顔をするが、頷き、奥に消えた。

 

ズシャァ・・・

また一人、地に倒れた。近藤自慢の精鋭部隊30人が五分とたたずに壊滅。

まだ組員は数十人残っているが襲撃者を遠巻きに囲んでいるだけだ。

いつもなら罵声を浴びせるところだが、責められまい。

尻尾を巻いて逃げ出さないだけましだろう。

「大した腕だな、若いの。」

目の前にいるのはただの鉄砲玉ではない、この組をつぶせるだけの核弾頭だ。

内心の恐怖を押さえ込み、努めて平静を装う。

「どこのもんだ?」

「・・・別にどこでも。無所属だ。」

「そうか、傭兵だな。ならどうだ、うちにこないか。いくらもらってるか知らんがその倍は出すぞ。」

「・・・・・・・・」

「足りんのか、それなら3倍でどうだ?」

「話が違うな・・・・」

「なに?」

「"暴れ牛"だと聞いたが。子分の半分を殴り倒されながら悠長に引き抜きか。」

「・・・そうかい、それが答えかい。」

顎を右手でつるりとなでた。その瞬間

ズガガーン!

大口径の銃の音が響く。屋敷の屋根からの狙撃、それも角度の異なる二人の狙撃手からの同時射撃だ。

万に一つも外れるはずがない。

にもかかわらず・・・

影は動いた、それも、銃声の直前に。

 

近藤の声を聞いた瞬間、俺のうなじの毛が逆立った。

遅れて左右上方から殺気を感知する。それを意識したとき、体は既に飛びすさっていた。

弾丸が空気を切り裂く音を聞きながら、俺は抜き打ちで銃をはなつ!

人影が屋根に倒れこみ、地面へ転がり落ちる。

急所ははずしたはずだ。頑丈なこいつらなら屋根から落ちても死にはすまい。

「ずいぶんと愉快な真似をしてくれるな。暴れ牛の二つ名が聞いてあきれる。」

近藤に右手のコルト・パイソン・ウリバタケスペシャルをポイントしながら無感情に言った。

残っていた子分達があわてて近藤の前に壁を作る。

こいつの弾丸はネルガル開発部自慢の高速徹甲弾。主力戦車は無理でも装甲車ぐらいは楽にぶち抜く。

壁など無いも同じだが、俺は銃をホルスターに戻した。銃を使っては意味がない。

「なにをしている、やれっ!」

幹部らしい男の引きつった声に、俺を囲む連中が動こうとする。まさにその時。

 

「やめておいたほうがいい、恥の上塗りになるだけだ。」

左手からの声。大きくはないのによくとおる声だ。動き出そうとした男達が止まる。

「この兄さんはプロだよ、それも一流と言っていいな。」

俺を囲んでいた人垣が割れて一人の男が姿をあらわす。俺と同じくらいの身長、痩せ型の体型、柔和な顔立ち。

身を包んでいるジーンズの上下といい、一見学生か画家の卵のような若い男。ひどく場違いだ。だが、

『・・・できる・・・』

何気なく歩み寄る姿に一分の隙もない。俺と十歩ほどの距離を残して立ち止まった。

「ムクロさん!どこに行ってたんだ。この一大事に。」

死人のような顔をしていた近藤が大声をあげる。地獄で仏にあったような、というのは今の近藤の顔をさすのだろう。

それにしても俺と同年代であろう人間に"さん"付けか。

「すまんな、山に登っていた。」

青年のほうは淡々としたものだ。近藤に顔も向けずに答え、俺をじっと観察している。

「場所を変えようか、ここは面白みがない。あの山にいい場所があるんだ」

青年は左手に顔を向けていった。

「ムクロさん、何を言ってるんだ!生かしてここから出すつもりか、50人はやられているんだぞ!」

「組長、俺はあんたの子分じゃない、その事はわかってるな?」

「・・・・・・・・・」

苦虫を噛み潰したような顔をする近藤。

「それに、寝ている奴等も死んではいない。」

「なに?」

驚く近藤。取り巻きも同様だ。そこまでは頭が回らなかったのだろう。

「殺すほうがよほど楽だっただろうに、な。それとも自分達の手でケリをつけるかい。」

「・・・・・・いいだろう」

俺には少々意外だった。何よりも面子を重んじる、こいつらのような人種があっさり同意するとは思わなかったからだ。

もちろん、場合によっては面子よりも利益をとるだろうが、どんな打算をめぐらせたのやら。

目の前の青年をよほど信頼しているのか。あんがい体勢を立て直すための時間稼ぎ、

ぐらいにしか思ってないのかもしれない。

「あんたも、それでいいかい?」

俺としても有象無象より一人の強敵を相手にするほうが良い。黙って頷いた。

「それじゃあ、行こうか。ついてきな。」

無造作に背を向けて歩き出す。俺も後につづく。

問題は、俺では勝てないかもしれない、ということだが。

 

近藤の邸宅を出て20分あまり。俺は今、名も知らぬ山中にいる。標高は大したことなさそうだが、険しい。

今歩いているのも登山道などではなく獣道といったほうがよい代物だ。そんなところを青年はスイスイと進んでいく。

別に速いというわけではない。

滑らかなのだ。バランス感覚、体重移動、体さばき。技術面では俺より数段上と考えるべきだ。

おそらくは、月臣よりも、上。

「いい山だろう、ここは」

突然青年が口を開いた。こちらに顔を向けもしないし、立ち止まりもしない。

返事もしない俺を気にした様子もなく青年は続ける。返事など期待していなかったのかもしれない。

「ここはかつて山岳信仰の対象だった場所だ。今では地元の人間が知るだけだがな。

 霊山のふもとにヤクザが住む、お笑いだと思わないか?」

「俺はヤクザを笑える身分じゃない。貴様とてそうだろうが。」

ヤクザが生涯に何人殺す?二人か?三人か?大抵の者は片手で足りるだろう。

それにひきかえ俺はどうだ。僅か二年の間に千人に届く勢い。

大半は俺が直接手を下したわけではないといっても、原因は明らかに俺。

結果を予期していながら事を起こした以上、俺が殺したも同然。

そして、目の前を歩む青年からも同類のにおいを感じる。

「ずいぶんと自虐的だな。俺はそうは思わんよ。」

淡々とした声が続ける。

「ヤクザどもが喰らうのは腐肉か死にかけの獲物だ。己の身を危険にさらす覚悟などありはしない。

 躾の足りない犬の群れさ。

 おまえという狼を前にすれば何もできない。俺が口をはさまねば、恥も外聞もなく、全員逃げ出しただろうさ。」

「独善的だ。命をかければ万事正当化できるというのか。」

「まさか。正当化などするつもりはない。する必要もない。

 どうあがいたところで人の行為は善悪で割り切れはせんよ。

 少々違うが、人生万事塞翁が馬、と言うだろうが。

 ならば人間にできるのは己に恥ずことなく、心に忠実に生きることだけだ。

 それが悪と呼ばれるのなら、地獄だろうと何処だろうと落ちてやるさ。」

こいつもそう言うのか。アカツキも、月臣も、そしてエリナも同じようなことを言った。

頭ではわかる。何かが欲しければ代価が必要だということは。己の手を汚さねば何も手に入らないということは。

だが俺の心はそう割り切ることを拒絶する。

・・・俺の心は、きっと弱すぎるのだ。

サーッ

物思いにひたる俺に満月の光が流れ落ちる。うっそうと茂っていた木々が途切れ、視界がひらけた。

目の前にあるのは朽ちた柱、いや、鳥居だ。

奥を見れば崩れおちそうな社がある。忘れられた神社というところか。

「ここなら邪魔は入らん。広さも手ごろだろう?」

かつては境内と呼ばれていたであろう、雑草に覆われた草地。50メートル四方はある。

罠が仕掛けてある可能性もあるが、まず心配あるまい。

そんな手を使うのなら近藤の屋敷のほうが有利なはずだ。この男との戦闘のさなかに狙撃をかわす自信はない。

「そういえば名前もきいていなかったな。俺はムクロ」

「・・・イヌガミ・キョウヤ。」

「渡世の義理、というやつだ。悪く思うなよ。」

ムクロの言葉が終わると同時に俺は襲いかかった。

自分よりも技量の勝る者を相手にして守勢に回っては勝ち目がない。

少なくともこちらのペースに巻き込まねば。一気に間合いをつめ、棒立ちのムクロに拳の乱打。

木連式柔"虎乱"。一見すれば単なる連続突きだが、

一撃一撃が相手を追い込むよう、計算しつくされた詰め将棋。

それが・・・ことごとくかわされる!俺の拳をそらし、かいくぐり、舞うように捌くムクロ。

動きは決して速くはない、俺と同レベル。なのに、

「チィッ」

"虎乱"、その九連突きの最後の一撃までがかわされた。この技の短所は最後の一撃の後に隙ができること。

ズドォッ

俺の胸部に掌底が叩き込まれる!かわすなど考慮の外、俺にできたのは急所をはずすことだけだ。

カウンターで叩き込まれた、重い一撃。瞬間、呼吸が止まった。

「ぐっ」

追撃に備えるがムクロはすばやく後退する。

「?」

「・・・イヌガミ、お前まだ余裕があるな。何を考えているのか知らんが・・・出し惜しみしていれば、死ぬぞ。」

「・・・・・・・・・」

何者だ、こいつ。たったこれだけのやりとりで・・・

実のところ、俺は全力ではない。1週間前に調整を受けたばかりなのでセーブしていたのだが・・・・

金髪の女医とのやりとりが脳裏によみがえった。

 

ぷしゅっ

軽い音を立てて無針注射器がナノマシンを体内に送りこむ。

治療目的とわかっていても、俺には気分がいいものではない。

「ハイ、これで終了。」

「これだけか?」

まだ3本注射を打っただけだ。俺の症状を完治させるものではないといっても、俺の体はひどいものだ。

症状を改善するだけでもかなりの労力が必要なはずなのだ。

普通、こういう説明は治療の前にやっておくのだろうが、俺の主治医にそんなものを求めるのは自殺行為だ。

肝心な部分の前に技術論を延々と説かれるハメになる。

マゾヒズムと縁のない俺は何もきかずに診療台の上にいた。

「ひどいセリフね。研究期間を含めれば2年近くかかっているのよ。」

イネスがさも心外といった顔で苦情を言う。

「それはそうだろうが・・・」

「あなたにほどこされた強化処理は、本当なら今打ったナノマシンまで投与して完了するものなのよ。

 2年前に打たれたナノマシンが"増強"を、今打ったほうが"コントロール"をつかさどる、擬似神経といってもいいわ。

 "増強"の方が"アクセル"、"コントロール"の方が"ブレーキ"と呼ばれていたようね、センスのかけらもないけど。

 つまるところ"アクセル"は"ブレーキ"を後で使用する事を想定して作られているの。

 だから注射3本ですんだわけ。」

「・・・なるほどな」

「納得してもらえたようね。これで意識的に筋力、知覚、反射神経をコントロールできるようになるわ。

 ただ、問題は無意識時なの。」

「つまり?」

「眠っている間はコントロールしようがないわ。意識がないんだから。

 目覚し時計を止めようとして叩き潰した、とかね。」

「おい、問題どころか欠陥品じゃないか。」

今まではコントロールは不安定だったが感情が高ぶらなければ、言い換えれば戦闘以外では、

そこまで筋力がでることはなかった。

ラピスを連れている俺には冗談ですまされない。

「問題を抱えていたのはむこうの科学者達。私はきちんと解決してあるわ。」

「というと?」

「リミッターをかけることにしたの。

 "リミッターA"、これがはずされない限りどの機能も、強化されていない人間と同レベルに抑えられるわ。」

「ほう。」

「これをかけている限り、今度のように脳に過負荷がかかって失神、という事はないわ。

 同時に、理論上は、生命への危険もなくなる。

 でもそれだけだと戦闘能力という点ではレベルダウンにしかならないから、もう1つ、"リミッターB"をつけてあるわ。

 これは、だいたい50パーセントぐらいかしらね、体に損傷が出ないギリギリのレベルで制限をかけるの。

 まあ、筋肉痛と頭痛ぐらいはあるだろうけど。」

「逆を言えばこれまではずしたら体がもたないわ。

 まあ、これははずせないようにしたからリミッターとは言えないかしら。」

 

まさかこうも早くリミッターをはずすことになるとは思わなかった。まだ1度もはずした事がないのだ。

俺は懐に手を入れる。コートの下に着込んだボディアーマー、その左胸部分、狼のエンブレムに手を当てた。

『リミッターA、解除!』

俺の思念がIFSを通してエンブレムに伝達され、裏側に仕込まれた装置を目覚めさせる。

3秒間、断続的に放たれる電波。

2、3メートル離れただけで感知できなくなる微弱なものだ。しかし俺にはこれで十分。

体内で活動を弱めるナノマシン、そして活動を活発化させるもうひとつのナノマシン。

全身黒ずくめ、顔にはマスクをはめているせいでわからないが、俺の体には模様が浮かび発光しているはずだ。

しばらく忘れていた、あの感覚が蘇える。

そう、草むらを走る風が足を緩める。虫の鳴き声がスローテンポになる。体は熱を帯び、力が溢れる!

「・・・いくぞ!」

 

俺は猛然と襲いかかった。倍近い手数とスピード。

それでもムクロはかわす。かわし、隙あらば鋭い一撃を見舞ってくる。だが今度は俺もくらいはしない。

一進一退。まさにそんな状態が続く。

 

フゥ、フゥ

ハァ、ハァ

俺もムクロも息が乱れている。顔に出しはしないが手数が多かった分、疲労度は俺の方が上のはずだ。

ただでさえ体に無理をさせているのに。これ以上長引くとマズイ。

『ジャンプで逃げようか』

その思考が頭をよぎった。今の間合いは十歩ほど、相手は俺がジャンパーと知るよしもないムクロ。

気づいたムクロの攻撃が俺を捉える前に俺は蒼い粒子とかしている。

『やめだ』

俺は意識から追い払った。何故かといわれれば答えられないだろう。

だが俺は明確に拒絶した。意識を強敵に集中する。

俺の方が速いのは今やはっきりしている。

それでも俺の拳が当たらないのは、俺が動く前に奴が回避運動にはいっているからだ。

つまり、認めたくはないが、技量に関しては素人とプロほども差がある。まともなやり方では、当たらない。

「どうした、もう限界か?」

じりじりと間合いをつめてくるムクロ。すでに呼吸は平常に復している。

「口数の多い奴は長生きできんぞ。」

ムクロの言葉に応えながら、俺は腹を決めた。そもそもこいつにただで勝とうなど虫が良すぎたのだ。

攻撃に重点を置く"火の位"から防御重視の"地の位"に構えをうつす。

「・・・いい判断だ。おもいきりもいい。」

ムクロの顔から微笑が消えた。間合いをつめる動きがさらに慎重になる。

『・・・見抜かれたか。大して期待していたわけじゃないが・・・』

防御の構えを取ったからといって逃げにまわるつもりはない。現に俺の四肢は今まで以上に張りつめている。

相討ち。勝機はそこにしかない。

スピードは俺の方が上、加えて俺の反射神経があれば、

ムクロの攻撃を認識してから動いても相討ちには持ちこめる。

相討ちならパワーに勝る俺が有利。カウンターを取る必要はない、というより技量に勝る相手には不可能。

単に、防御がもっとも薄くなる攻撃中ぐらいしか当てる自信がないのだ。

防御の構えで騙されてくれればよかったんだが、そうはいかないらしい。

俺はふたたび"火の位"をとる。もはや偽装は不要。後は俺の身体能力に賭けるだけだ。

 

満月に照らされる草むら。鳴りやまぬ虫の声。

月に自我があれば、己の運行よりも遅い二人の動きにしびれを切らしただろう。

だが、亀の歩みのように遅々としながらも、間合いは詰まる。詰まり、一足一刀の境を越えた。

 

『まだか、まだこないか・・・』

アキトの心が焦燥に焼かれる。先に動けば勝機が失われるとわかっていても精神力は無限ではない。

まして今のアキトの知覚は常人の倍近い、したがって精神の消耗も人より激しい。

千日手になるかとアキトが思いかけた瞬間、ムクロの右手が動く!

『これは・・・フェイントじゃない!』

もはや止められないところまでムクロが加速したのを確認して、アキトが動く。

ギリギリまで引き絞られ放たれる矢のごとく、電光のような拳。

それは狙った空間をたがうことなく貫いた!手ごたえは・・・皆無!

『いない?』

アキトはムクロを見失っていた。手の届く距離にいた相手を。

愕然としたその時、右後方の死角に気配を感じる。

『迎撃?まにあわん!』

アキトの体は渾身の拳の勢いで前方に流れたまま。アキトは勢いに逆らわず、とっさに体を前方に投げ出す。

かわせなくともダメージを和らげることぐらいはできる。

『負けたな。』

だが、

ザザァー

見事な受身を取って跳ね起きるアキト。

『なぜ攻撃がこない?』

戦闘体勢をとりつつ振り向く。しかし、アキトの目に映ったのは迫り来る強敵の姿ではなく、

崩れ落ちる男の影だった。

 

 

第4話 了

 

 

<あとがき>

どうも、獅子丸です。今回は前の3話よりもちょっと長くなりました。

といってもこれでやっと普通のSS作品の量でしょうか。

前回のあとがきでバイオレンスなどといっておきながら、だめです。全然バイオレンスじゃないです。まいりました。

こうなれば早いとこ機動兵器戦に持っていくしかないですね。

派手なドンパチならまだどうにかなるかも(笑)

ただいつになることか・・・生産速度はどうも上がりそうにないので(開き直り)。

気の長い方はどうかお付き合いください。

では次は第5話のあとがきでお会いしましょう。

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

獅子丸さんからの投稿です!!

ヤクザの事務所に殴り込みですか(笑)

う〜ん、格闘マンガのノリになってますね〜

充分にバイオレンスですよ、幽さん(笑)

それにしても、このオリキャラのムクロは強いですね。

でも最後に倒れたのが気に掛ります。

今後の展開はどうなるのでしょうか?

 

では獅子丸さん、投稿有り難う御座いました!!

次の投稿を楽しみに待ってますね!!

 

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