「報告します」
薄暗い部屋の中で、女が直立不動の体勢を保持したままそう言った。その手に持つのは部下からの報告書、相変わらず読みにくい字で幾行か書かれている。
部屋は殺風景で、机と椅子以外何も置かれていない。綺麗にフローリングされた床が、何とかその部屋の格調を保っている感じだ。
「対象はナデシコ内においてナデシコクルーと交戦、撃滅されたとの事です」
「ほう・・・いささか筋道は違ったが、計画通りということか」
女の報告に続いて男がゆっくりと、しかし重々しい言葉を漏らす。その言葉の端々に嘲りの色は見えても感嘆の色は見つけられない。
それを感じ取ったのか、女の表情がわずかに歪む。
「それはいいとして、カミヤくん」
男が呟いたその言葉に、カミヤと呼ばれた女はわずかに体を硬直させた。何者をも従わせるかのような、厳格で力強く、そして威圧的な『何か』の具現・・・
カミヤに限らずたいていの普通の人間はその迫力には耐え切れない。そのはずだった。しかしカミヤは表情を少し変えただけでその気配に呑まれた様子は無い。
「私の下には、ただ報告をするだけの人間なら他にいくらでもいる。その意味が判るな?」
「仰せのままに。近日中には必ず吉報をお知らせに参ります」
男の冷徹な宣言にも動じる気配を見せないカミヤは、ためらいなくそう返事をして退室した。その様はまるで氷の如く、常に冷静な態度を崩さない。
カミヤがいなくなり、男一人になったその部屋はいつしか闇に包まれていた。何も見えず何も聞こえず、ただ静寂の波紋が広がるのみ。
ただ男の表情が邪悪な笑いに変化することが、ただその部屋における唯一の動きだった。


機動戦艦ナデシコ
〜遥かなる思惑の中で〜


第三幕


「うう・・・ううっ・・・・・・」
まず最初に感じたのは聴覚だった。カタカタという機械的な音が鼓膜を刺激して、頭の中に響いている。
ここは・・・・・・どこだ。俺は・・・確か格納庫で・・・っ!!
その次に痛覚が、そして間を置かず記憶が覚醒する。後頭部に激痛が走り、格納庫での闘いがフラッシュバックのように脳裏に閃いた。
そこでようやく目を開ける。まず目に飛び込んできたのは白い天井、そして鈍い光を放っている蛍光灯だった。どうやら視覚にも異常はないようだ。
ゆっくりと手を動かして後頭部を触ってみるが、特に血は出ていない。代わりに布のようなものが頭に巻いてあるのを感じる。
手は動かせるな・・・足はどうだ?
そう思って足を動かそうとしたところで俺の今の現状がはっきりとわかった。正面に見える天井、俺の上に覆い被さっている白い布団、鼻をつく薬の匂い――どうやら嗅覚も問題ないようだ――、どこからともなく聞こえてくる呻き声・・・
間違いない、俺は医務室みたいなところで寝かされているんだ・・・ん?呻き声・・・?
その出所を探そうと上体を起こしてきょろきょろと周りを見回すが、カーテンに遮られていていまいち様子がつかめない。
そうこうしているうちにまた頭が痛くなってきたので、体を倒して布団にもぐりこむ。もうどのくらいここで寝ていたのだろうか、布団は俺の体で充分に温められていて、冷たい室内でその温もりは天使のささやきとも悪魔の誘いとも取れた。
「はあ〜、極楽極楽・・・・・・」
「あら、お目覚めかしら。ずいぶんとぐっすり眠ってたわね」
天使かもしくは悪魔の助けを借りて安眠の道へ一歩踏み出そうとしていた矢先に、カーテンの開く音と共に女の人の声が俺の耳に届く。
ふと顔をあげると、そこには白衣を着た金髪の大人の女性がいた。ほんのり化粧を施したその顔と、白衣の上からでもわかる成熟した体は、十二分に大人の色気を醸し出している。
俺は迂闊にも顔をあげたまま硬直してしまい、その女性のにこやかな笑顔をじっと見つめる羽目になってしまった。
「フフッ、起きたばっかりでぼうっとしてるのかしら?それじゃあ、お姉さんがじっくりと『説明』してあげるからね」
妖艶な声と、強調された『説明』という単語を聞き、はっと正気に戻った俺は、目の前の女性が何者であるかをようやく思い出した。
例の書類に書いてあったメインナデシコクルーの一人、イネス・フレサンジュ・・・
医務室担当で、ナデシコクルーの健康管理を担当しているドクター兼科学者。エステバリスの武装開発、及び強化にも携わっている、ナデシコの中でも重要な位置にいる人物。特記事項・・・『説明好き』
ナデシコに来る前に見たこの人の関する情報を頭の中で整理する。ほとんどうろ覚えだったが、イネスさんだけはなぜか印象に残っていたのだ。
何故だろう・・・特記事項の部分が赤字で書いてあったせいかな・・・?
ほとんど覚醒した頭でそんなことを考えながら、嬉しそうに『説明』しているイネスさんをぼんやりと眺めていた。

「・・・というわけで、私たちはあなたを歓迎するわ」
イネスさんからこの言葉を聞いた俺は、感激の思いと説明の聞き疲れで胸がごちゃごちゃになっていた。
何しろ結論であるはずのこの歓迎の言葉を言うまでに、今のナデシコの状況や現時点における木星蜥蜴との戦況、果てはナデシコクルーの心理状態を事細かに説明してくれたのだから。
それらの事情を前提として俺を歓迎してくれている・・・凄く光栄なことだと思う。思うのだが・・・いかんせん説明が長すぎるのだ。
書類を書き換えておく必要があるな。『説明好き』から『説明狂い』に・・・
2時間にわたる説明と歓迎の言葉を聞き、意識が濃霧の如くもやもやしている中そんなことを考えた俺は、その考えが本人にとってかなり失礼に値することまで思い至らず、ふと思い出したことをイネスさんに尋ねた。
「あの・・・俺のトールハンマーは・・・?」
「ああ、あの大金槌ね。レイナちゃんがちゃんと持ってきて、ベッドの横に置いてあるわよ」
説明に使ったホワイトボードを片付けながら答えるイネスさんの言葉にベッドの脇を覗いてみると、俺の相棒が静かに横たわっている。見たところ特に目立った傷もなく、鈍器としての機能に支障は無いようだ。
さっきは俺の腕が未熟だったせいで負けちまった。だけど今度はそうは行かない・・・・・・絶対に勝つんだ。
その時はまた力を貸してくれよ、トールハンマー!
唯一無二の相棒に心の中でそう語りかけ、ベッドを降りてトールハンマーを手に取る。
お前がいてくれたから、俺は今ここにこうしているんだ。これからもよろしく頼むぜ!
気合を入れなおし、トールハンマーを背中に担ごうとした時、不意に思い立つ。今着ているのはナデシコに来る時に着ていた作業着ではなく、セイヤさんのと同じような服だ。
・・・俺の服、どこいった?
ベッドの周りを見回しても、それらしいものは見当たらない。それと、一体誰が俺の服を着替えさせたのだろうか・・・
「ま、細かいことは気にしてもしょうがないか」
「そうそう、あなたの服のことだけど・・・」
と、まるで計ったようなタイミングで、なぜか嬉しそうな表情をして話し掛けてくるイネスさん。
「整備班のロッカーに入れておくようにレイナちゃんに頼んでおいたから。それと、これはあなたに返しておくわね」
ベッドに腰掛けてイネスさんの話を聞いていた俺は、その手に持つものを目にした。
太いベルトのような形で、その両端に金属の留め金がついている。ただ、ベルトの中央部分にも留め金のようなものがついているのが、普通のベルトと違う点だ。
俺の作業着についていた、トールハンマーを背負うための兼帯に間違いない。
イネスさんにお礼を言ってそのハンマー止めを受け取って体に装着し、ベッドに置いておいたトールハンマーを背中に背負う。
懐かしい重みと感触が体全体に伝わり、それだけで感動的な気分になってしまった。
やはり俺は心底鈍器が好きなんだな・・・ほんの少し離れていただけなのに、心に穴があいたようだった・・・
そんな感傷に浸ったまま、俺はイネスさんに重ねてお礼を言って医務室を出た。医務室にいる間、ずっと聞こえていた呻き声の正体を気にしながら・・・

「さて、食堂はどこかな・・・」
全てが未知の場所であるナデシコ艦内をうろつきながら、俺はセイヤさんがいると思われる食堂に向かっている・・・・・・多分。
書類によると、ナデシコの全長は200メートル以上、高さや幅も100メートルを越すという。
更に内部にはさまざまな施設があり、当然のことながらクルーの部屋も人数分存在する。
加えてブリッジや格納庫などの広い空間が所々に点在し、無数の細い通路がそれらを縦横無尽に結んでいるため、さながら艦内は迷路のような雰囲気を醸し出していた。
ましては俺は初めてここに来たのだ。案内板もなしに目的地へ辿り着けようはずもなかった。
「あっちが医務室でさっきはここを左へ曲がったから、今度は右へ曲がって・・・・・・」
T字通路の交差ポイントでぶつぶつと方向確認をしていた俺は、まだ行っていない右側の通路の先に人影を見つけた。
それを見た瞬間キノコが歩いているのかと自分の目を疑ったが、現実はそこまで突飛なものではないらしい。
顔の部分は紛れもなくキノコだったが、全体を見れば明らかに人間で、その人影が見るからにきらびやかで立派そうな軍服を着ていたのが、俺の苦笑を誘った。
確かあの顔は・・・思い出した!提督じゃないか。
書類にあったナデシコの提督、ムネタケ・サダアキ。前任のフクベ・ジン初代ナデシコ提督が火星で殉職したため、後任として配属された宇宙軍中将。
その二代目の提督が、右手に酒瓶を持ちながら千鳥足で歩いている。どうやらかなり酒を飲んでいるらしい。
このとき、俺はふとあの女の言葉を思い出した。
『秋にその辺の山に行けば生えてるんじゃない?』
『まあ、強い毒をもってるのが多いから食べる時は気をつけてね』
あれはこの男のことを指していたのか・・・なるほど、まさしく『キノコ』だ。
と、ドシンという音がしたのでそのほうを振り向くと、提督が床にしりもちをついていた。まともに立っていられないほど飲酒する何かがあったのだろうか?
なんとなく同情と興味から提督に近付く俺。近付くに従って酒の匂いが鼻腔の奥へと進入し、アルコールの成分が俺の脳を刺激する。
間近で見る提督は、見ていて気の毒なぐらいできあがっていた。顔は見事に真っ赤、目は虚ろでどこを見ているのか見当もつかず、吐く息はアルコールの混じった息というより、息の混じったアルコールの気体というほうが正確かもしれない。
傍らには空になった酒瓶が転がっている。さっき持っていた瓶だろう、ゴロゴロと転がって壁にぶつかっている。
ひどいな、こいつは・・・下手するとアルコール中毒にもなりかねんぞ・・・
通路に充満したアルコールの匂いに辟易しながら提督の様子を確認していた俺は、不意に提督に腕をつかまれた。
「あんたぁ・・・見ない顔ね。ま、いいわ・・・ちょっとアタシの酒に付き合いなさいよ・・・」
「う・・・いや、俺、下戸なんで・・・」
言葉と一緒に吐き出された悪臭に、咄嗟につかまれていないほうの腕で口と鼻を押さえるが、まともに呼吸が出来なかった。
なんなんだ、このキノコは・・・普通見ず知らずの奴を酒に誘うか?
などとも思ったが、それほどまでに泥酔しているのだろう。この分だと酔いがさめたときには俺のことも覚えていないに違いない。
完全に目が据わっている提督は、俺の返事を聞くと半眼になって詰め寄ってきた。
「あんですって〜・・・アンタ、アタシの酒が飲めないって言うの・・・?」
「いや、だから・・・」
「アタシの酒が飲めないような奴は・・・」
キノコはそう言うと、何を思ったか俺の腕を離して両手で頭を抱える。そして次の瞬間、俺の目に信じられない光景が飛び込んできた。
事もあろうにキノコの「かさ」の部分、つまり提督の髪の毛がスポッと抜けたのだ!!この事態には俺も開いた口がふさがらなかった。
「死刑!!!」
その言葉と同時、いやそれより早く提督が自分の「ヅラ」で殴りかかってくる。提督の右腕にナックルのようにはめられた「ヅラ」の攻撃を後ろに飛んでかわす俺。
とは言うものの提督が泥酔している分、鋭さは全くないといってよかったが、空振りして当たった床にひびが入ったところを見ると、この「ヅラ」、相当に固いもののようだ。
「いきなり何するんですか!」
「うるさいわね・・・ヒック。アタシの酒を飲まなかった、ウィッ・・・罰よ・・・」
ろれつが回っていない上、足元がおぼつかない状態でそんなことを言われても全く怖くはない。むしろつるりと光る頭が俺の笑いを誘ったほどだ。
接近戦専用の、ナックル型軽鈍器・・・提督の「ヅラ」を俺はそう判断した。ほとんどの鈍器は攻撃する時に遠心力を味方につけるが、ナックル型鈍器は自分の腕力そのものが攻撃力を決定する。
鈍器使いは総じて、腕力が人並みはずれて高い。鈍器を使っているうちに知らず知らず腕力が身についていくからだ。
ただし軽鈍器を使っている場合はそうもいかず、軽鈍器で高い攻撃力を出そうと思ったら自主的に腕力を上げるトレーニングを積まなくてはいけない。
また、レイナさんのように速さで勝負する軽鈍器使いも少なくは無い。軽鈍器は重鈍器に比べて攻撃スピードが格段に速く、レイナさんはそれに加えて『居合』を習得していた。対重鈍器戦において、まず負けることは無いだろう。
しかし目の前の提督には、重鈍器に負けないだけの腕力も、レイナさんに匹敵するほどの攻撃スピードも持っているようには見えない。
だが、俺の中の何かが警告していた。目の前の「ヅラ」はやばいものだと・・・
「意外と・・・・・・すばしっこいじゃない。それじゃ、こっちも・・・ヒック、奥の手で行くわよぉ・・・」
相変わらずろれつの回っていないその台詞に、俺は反射的にトールハンマーを抜いた。全く怖くないはずの言葉に、不気味で剣呑な響きを感じたのだ。
トールハンマーを『地の型』に構え、提督が何をするか慎重に観察する。
『地の型』は、4つの型の中では特に特徴の無い型で、良く言えばどんな相手にも対応できるオールマイティな型ということになる。悪く言うと、俺の親友の言に倣えば『最も目立たない、地味な型』だそうだ。
右手で槌と柄の付け根より少し下の部分を持ち、左手は柄の先のほうを持つ、いわゆる普通の構えで、この構えが何故『型』の内に入るのか、俺自身今ひとつ判らない。
「アンタぁ〜、そんなもん取り出してどうしようって言うのよ〜・・・もう、手加減は無いからね・・・」
提督がそう言った途端、キュルルルルという甲高い機械音と共に「ヅラ」が回転し始めたのだ。
なるほど・・・回転をつけて破壊力を増そうというのか。いい考えだとは思う、思うんだが・・・
そう思っている間にも、「ヅラ」は更に高速回転を続けている。ギュウウンという、しなるような音に変化し始めた時には、当たっただけで骨さえも砕けんばかりの勢いになっていた。
やはり俺としては、鈍器に何の細工も加えずに使うほうがいいと思う。だけど軽鈍器には軽鈍器なりの闘い方があるということか・・・
「は〜はっはっは・・・死になさ〜〜い!!」
ふらつきながら突っ込んでくる提督は、酔っている分スピードがないものの、しっかりと「ヅラ」を振り上げて俺に叩きつけようとしていた。
相手が鈍器使いであればこそ、俺はその意志に応えなければならない。それが鈍器使いとしての心構えであり、先生に口を酸っぱくして言われたことでもある。
左斜め上方から「ヅラ」を打ち込んでくる提督の動きにあわせ、俺はトールハンマーを「ヅラ」の内側、つまり提督の右手首に叩きつけた。左足を軸に腰を使って回転力をつけ、「ヅラ」の攻撃を受け流す形でカウンターを仕掛けたのだ。
その衝撃に、苦痛に顔をゆがめる提督。だが悲鳴を上げないのはたいしたものだ。さすがにナデシコの提督だけのことはある。
「鈍器っていうのは、やっぱり叩き潰すもんだよな」
その言葉を手向けに俺は提督の右側を抜けて背後に回り込み、やはり左足を軸にして大きく振りかぶり背中にトールハンマーを叩き込んでやった。
床にたたきつけられた提督は一度床で跳ねて動かなくなり、回転していた「ヅラ」もその動きを止める。
「ふう・・・恨まないで下さいよ、提督。そっちから仕掛けてきたんですから」
倒れている提督にそう言い、その場を後にする。
あの「ヅラ」、銘でもつけてやるか・・・・・・・・・『ムネタケのカツラ(マッシュルームカット)』・・・うん、これで行こう!
などと下らないことを考えながら・・・


「・・・はっ、私は一体・・・・・・」
ナデシコの通路脇から、ムネタケと整備士の戦いの様子を探っていた男が一人、ショック状態から目を醒ました。言わずと知れたことだが、ヤノだった。
整備士を監視しろとの命令を受けていたヤノは、それを忠実に守りこうして整備士の動向を探りながらナデシコにも潜入したわけである。
「何故だ・・・あの戦いの途中から記憶が無い。確かキノコがあの人に絡んだところまでは覚えてるんだが・・・」
そう自問自答するヤノ。だが答えはきっと出てこないだろう・・・ムネタケのカツラを見、ショックで気絶したなどと・・・
ところでほぼ同じ時刻、ブリッジでも二人のオペレーターが気絶している。ナデシコ内のチェックをしていた折、偶然ヤノと同じ場面を見てしまったらしい・・・不幸なことだ。
「さて後を追うか・・・」
とムネタケ提督の脇を通り過ぎようとした時、いきなりヤノがぶっ倒れた。しかも顔面からである。
「ア・・・アルコールが・・・」
ムネタケのカツラに気絶した男、ヤノ。アルコールに極度に弱い体質のようだ・・・

ー続くー


=作者からの二言(謎)=




すいません!!!

やっちゃいました!!!(平謝)

 

 

 

代理人の感想

あはははははははははははは(爆笑)!