機動戦艦ナデシコ



人ならざる者たちの挽歌




Case1

俺がこの世に生を受けたのは、正に奇跡と言って良いだろう。
いや、この言い方は少しまずいか。
「悪夢のような奇跡」と言い換えよう。
この表現が一番ぴったりだ。
悪い夢を見るかのような奇跡なのだから。
まあ、俺が生まれてこなかったからといって、別段誰かが困るわけでもない。
むしろ喜ぶ可能性のほうが高いと思う。
なぜなら俺は、自分がどんな存在かを理解しているのだ。
何故理解しているのか、と問われれば俺はそれに応える術を持たない。
本能的に理解していると思ってくれればそれでいい。
ならば何故生まれてきたのか、という質問に答えるには少々時間を要する。
それでも……聞いてもらえるだろうか?




俺自身、いつ生まれてきたのかは知らない。
ふと気が付いたら、目の前に世界が広がっていたのだ。
初めて見るもの、初めて聞く音、初めて感じる感触……全てが新鮮だった。
俺はこの奇跡、あるいは悪夢に感謝したい。
悪夢でもなんでも、こんな晴れやかな気持ちになれたのは正にそのおかげなのだから。
しかし、俺は自分の命が長くないことを本能的に察知していた。
役目が終わればそこで死ぬ。
誰にも知られることなく、この世から消えてしまうのだ。
死にたくない、という気持ちはもちろんあった。
この初めて見る世界を、いつまでも感じていたい。
役目など放っておいて、生きているという自由を謳歌したい。
どんな手段を使ってもいいから、死という束縛から解放されたい。
だがそれは叶わぬ夢。
俺自身がそれを一番強く理解していた。
ならば、この儚くも短い時間に何かを残したい。
俺が俺である証明を、深く刻み込んでおきたい。
幸い、俺自身が何者であるかは本能で理解している。
俺に何が出来るのかも良く解っている。
あとはそれを実行に移すだけ。
そうすれば、誰かが俺のことを覚えていてくれるだろう。
何年、何十年か経った後に、誰かの記憶の片隅に俺という存在が残っているのならば、それで満足だ。
死にたくない。
だが、俺が存在したということをたった一人にでも知っていてもらえるなら、死んでも構わない。
俺の成した事に、意味を持たせることができるのならば……


そんなわけで俺は今、我が創造主に持ち運ばれている。
かなりのスピードが出ているため、揺れすぎてたまらない。
何故そんなに急ぐのかと聞きたいところだが、そんなことは俺も知っている。
俺に役目を果たさせるためだ。
役目を終えたとき、俺の命は尽きる。
だから、このひどく揺れている間が、俺に生きることを許された時間なのだ。
理不尽極まりない。
道中、何人かの人間に出会う。
その姿を見て、俺は胸中穏やかではなかった。
俺はもうすぐ死ぬ。
だがこいつらは、これから先何十年も生き続けるのだろう。
この差は一体何なのだ。
命を持つものと持たないものの間には、決して超えられない壁でもあるというのか。
嫉妬と怒り、そして羨望の念をぶつけながらすれ違う。
だがその途端、そいつらは皆倒れてしまった。
これこそが俺にできる唯一のこと。
近くに寄ってきた生物は、全てが俺の前に倒れ伏すのだ。
はっきり言って気持ちのいいものではない。
俺は何もしていないのに、近付いただけでいきなり倒れてしまう。
どう表現していいのか分からないこの気持ちは、他の誰にも理解できないだろうよ。
無論、俺自身の意志でそれを行うことも出来る。
試したことは無いが(と言うよりその暇が無い)、その気になれば半径50メートル圏内の生物を一瞬で活動停止に追い込むことも可能だ。
特に恐ろしいとは思わない。
それが俺にできる唯一のことならば、存分に使ってやろうじゃないか。
存在の証を立てるために実行するつもりだったが、生憎と目的地に着いたらしく創造主の動きが止まる。
目の前にあるのは一枚の扉。
それを見た途端、俺は奇妙な感覚に襲われた。
仲間がいる。
この扉の向こう側に、俺の兄弟がいる。
何故そんなことが解るのか不思議だったが、俺はすごく嬉しかった。
役目を果たし、孤独のまま寂しく死んでいくだけの俺に仲間がいたのだ。
どんな奴だろうか。
嫌な奴でもいい。
良い奴ならもっといい。
せめて一目会いたい。
会って、話をしてみたい。
この極めて短い時間の中で出会えた奇跡を、熱く……熱く語り合いたい!
俺たちを隔てる無粋な扉が開かれ、我が創造主がそこに飛び込んでいく。
『アキトさん、アキトさん!』
そこにいたのは男と女が一人ずつ。
アキトと呼ばれた、顔を青くして倒れている男に近づいていく我が創造主。
女を押しのけ、男を抱き寄せる。
『さあ、これを飲んでください』
と、俺を男に差し出す。
そう、俺の役目とはこの男に飲まれることなのだ。
我が創造主はこの男を元気付けようとして俺を作ったのだ。
俺を受け取った男は、手早く口に持ってくる。
その時俺の視界に、皿に盛られた不気味な物体が転がっているのが見えた。
これを見たとき、俺は本能で察する。
あれが俺の仲間、俺の兄弟なのだと。
ああ、兄弟……最後に一目会えて、嬉しかったよ。
その言葉を最後に、俺は男の口内にもぐりこむ。
これで俺の命も終わりか……
意識が混濁する中、様々な思いが走馬灯のように駆け巡った。
唯一の心残りは、俺を飲んでもこの男は元気にならないことだな。
それは俺が一番良く知っている。
むしろ体調が悪化する可能性のほうが……高い……
今度、生まれ変わったら……俺に近付いても、誰も死なない……そんなものになりたいな…………



ゴクン






Case2

僕は何のために生まれてきたのかなあ?
目の前にある光景を見ながら、強くそう思う。
それは一瞬だった。
いきなりアキトさんが叫び声を上げて倒れたんだ。
僕を作った女の人は、アキトさんの体を必死になって揺すっている。
なんでこんな事になったんだろう。
アキトさんが倒れることは最初から予想していた。
でもアキトさんが倒れた時、僕は死んでいるはずだったんだ。
僕は一体……何のために生きているんだろう。
僕は一体……何のために生まれてきたんだろう。



いつ生まれたのか、はっきりとは覚えていない。
気が付いたら、目の前に女の人の顔があったんだ。
そしてその女の人はこう言った。
『アキト、これを食べたら喜んでくれるかなあ』
嬉しそうなその言葉を聞いて、僕は自分の役目を悟った。
僕はアキトという人に食べられるために生まれてきたんだと。
同時に、自分の命が短いことも悟らざるを得なかった。
食べられたら、それで僕の命は終わってしまう。
だけど、それは避けられないことだと知っていた。
それが自分の運命なんだと本能が教えてくれた。
だったら、潔く最期を迎えよう。
じたばたせずに、自分の運命を受け入れよう。
これが一番賢い生き様なんだ、と自分に言い聞かせる。
そうしないと、怖くて逃げ出してしまいそうだったから。
『絶対に喜んでくれるよね、アキト』
そう言って蓋をかぶせる女の人。
光が完全に閉ざされ、真っ暗な闇の中で僕は思う。
絶対に喜んではもらえないだろうなあ。
自分のことは自分が一番良く知っている。
僕を食べて喜ぶ人がいるとしたら、化け物か味覚障害者ぐらいだろう。
そんな僕を作ったこの女の人も、ある意味化け物かもしれない。



真っ暗な闇の中で視覚は役に立たない。
だから自然と触覚と聴覚が鋭くなる。
決まったリズムの足音が聞こえるから、たぶんアキトという人の所へ行くんだろう。
それに混じって鼻歌も耳に届く。
そんなに嬉しいんだろうか。
僕はそう疑問に思った。
僕を食べても喜んではもらえない。
逆に体調が悪くなるだけだ。
場合によっては気を失うこともある。
この事を、僕を作った女の人は分かってるんだろうか。
その時、女の人とは別の足音が聞こえてきた。
同時に、なにやらぼそぼそと呟く声も聞こえる。
『……僕のため……』
『手料理……』
小さくてよく聞き取れないが、そんなことを言っているみたいだ。
とすると、この人がアキトという人なんだろうか。
ああ、是非顔を見てみたい。
僕を食べるという勇気のある人を間近で眺めたい。
とか思っていたら、
『ジュン君お休み〜』
と言う女の人の声がした。
どうやら足音の主はジュンという人だったみたいだ。
すると、どこからともなく悲しそうな呻き声が聞こえた。
そんなに僕を食べたかったんだろうか。
だけどジュンという人、あなたは命拾いをしたよ。
僕を食べると気を失うんだからさ。
アキトという人にも、こんな幸運はあるのかな。
そんなことを思っていると、不意に足音が聞こえなくなった。
どうやらアキトという人のところに着いたみたいだ。
『ア〜キ〜ト〜』
その声と共に、何かが開く音がした。
そしてまた足音が聞こえ始める。
そうか、アキトという人の部屋に入ったんだな。
早くアキトという人の顔を見て見たいなあ。
この蓋、開けてくれないかなあ。
そんなことを思っていたら、視界が強烈な光に包まれたんだ。
その刺激には驚いたけど、しばらくしてようやく落ち着いた。
そこで初めて、僕はアキトという人の顔を間近で見たんだ。
この人がアキトさん……
僕を食べるという人。
僕を作った女の人が、とても嬉しそうにする人。
色々な思いがあったが、一番強く思ったのはこれだった。

ご愁傷様。

だって他に言いようが無いじゃないか!
僕を食べると泡を吹いて倒れるんだからさあ!
そう思うと、この人がなんだか気の毒になってきた。
でも食べてもらわないといけない。
それが僕の運命なのだから。



そして運命の瞬間が訪れ……






僕はまだ生きていた。




目の前では、相変わらず僕を作った女の人がアキトさんにすがり付いている。
その光景を見ながら、僕は全てを失ったような感覚に陥っていた。
今生きているということ。
それはつまり、死の運命を乗り越えたということだ。
それはそれで嬉しいと思う。
だけど僕はこの先、何をすればいいんだろう?
アキトさんに食べられて死ぬ。
それが僕の全てだったはずだ。
でも僕は死んでいない。
初めはアキトさんに食べられるために生まれたはずだった。
でもその役目を終えてなお生きている僕に、何をしろというんだろう。
運命からはじき出された僕は、何のために生きているんだろう。
ふとその時、奇妙な感覚を覚えた。
アキトさんの部屋の入り口、今は閉まっている扉の向こうに何かを感じたのだ。
僕の仲間?
僕と同じ運命を背負った兄弟が、あの向こうにいる……!
そう思った途端に扉が開き、僕を作った女の人とは違う女の人が飛びこんできた。
その人の持つコップに入った不気味な液体を見た瞬間、僕の体を電流が走る。
あれが僕の兄弟。
作った人は違えど同じ死の運命を背負った仲間なんだ!
すると兄弟を持った女の人がアキトさんに近付いて、兄弟を飲ませようとする。
その時僕と兄弟の意志がつながったような気がした。
確かに聞こえたんだ。
『最後に一目会えて嬉しかった』と言う兄弟の声が。
そこで僕は運命というものに感謝し、自分が何のために生まれたのかをはっきりと自覚した。




僕は兄弟に会うために生まれたんだと。



=あとがき=
どうも、なにやら電波を受信したらしいソル=ブラッサムです。
いわゆる電波と呼ばれるものを受信するのは初めての経験ですが、奇妙な感覚でした。
どう奇妙かと聞かれても困りますが、何も考えなくても展開が頭の中に浮かんできたのです。
まあ、話を戻して本編の話題に移りましょう。
無機物の一人称は、確かどなたかが使われたネタのような気がしますが、難しいですね。
しかも短いですし、文章力の無さを露呈した形になりました。
ちなみに出演はCase1が「俺:メグミ・レイナード特製スタミナドリンク」「創造主:メグミ・レイナード」「男:テンカワ・アキト」「女:ミスマル・ユリカ」、Case2が「僕:ミスマル・ユリカの手料理」「僕を作った女の人:ミスマル・ユリカ」です。
誰が喋っているのかをわからなくするために極力代名詞を使いましたが、読みにくかったならばすみませんでした。
それでは、また

 

 

 

 

代理人の個人的な感想

いよっ、ザブトン一枚(笑)。

まぁ一発ネタですけど面白かったですね。

難を言えば、オチがもっと鋭ければパーフェクトだったのですが・・・・・

まぁ、そこは次回に期待しましょう(笑)。