_わざわざご足労願いまして、ありがとうございます。


 いや、かまわないよ。
 坊や……ああ、彼のことなんだろう?


 _はい。
  ええと、この本のことは、御存知ですよね?


 ふふ、もちろん知ってるさ。
 こっちでも有名だからねぇ。
 うちの娘たちの愛読書でもあるのさ。


 _そ、それは意外な事実ですね………(汗)。


 ま、それはともかくとして、だ。
 本題に入らないかい?


 _あ、はい。
 では、お名前をお願いします。


 イザベル・ライラック。
 大抵は、グラン・マって呼ばれてるね。




 漆黒の戦神アナザー
     グラン・マの場合







 _最初にお聞きしますが…………
  ライラックさんは…………


 ああ、グラン・マで構わないよ。
 『さん』もつけなくて結構。
 いつもそう呼ばれてるからね。


 _あ、はい。
  では、グラン・マは、伯爵夫人でいらっしゃいますよね?


 ああ、そうだよ。


 _その、彼との接点が見えてこないのですが…………
  その辺りのことを、お話願えますか?


 坊やとの出逢い、か…………
 フフ、いま考えれば恥ずかしいことなんだけどね。
 わたしは、ある思惑があって、坊やに近づいたのさ。


 _ある、思惑…ですか?


 それについては、ノーコメントだよ。


 _…………そうですか。


 おや?
 訊き返してくるとおもったんだけどね。


 _本心ではそうですね。
  でも、首を突っ込んでいいものと悪いものが、世の中にはありますから。


 賢明だ。
 若いのに、よくできてるねぇ。


 ま、それはともかくとして、だ。
 坊やのことは、会う前から興味があったのさ。
 伝えられる、恐ろしいまでの戦果。カリスマ。

 でも、そんな完璧な人間なんているはずもないからね。
 彼の人となりを知ってみたいと思ってたんだよ。

 西欧方面軍のグラシス中将からもそれとなく聞いてはいたんだけど、やっぱり自分の目で確かめないと信用できない性質でね。


 _え、グラシス中将……ああ、なるほど。
  伯爵夫人であられるのなら、軍のほうに顔が利いても………


  ま、そういうことさね。



 _それで、どんな風にお会いになられたんですか?


 私は、巴里にある「テアトル・シャノワール」の支配人でもあってね。
 常連の一人に、日本大使のムッシュ迫水もいるんだ。
 で、ムッシュ迫水に連れられて、彼はやってきたんだよ。


 _?????
  繋がりが見えないんですが………


 そうだろうね。

 簡単に説明すると、だ。
 当時彼が所属していた『Moon Night』のトップだったオオサキ提督に、強力なコネがあることは知ってるだろ?


 _あ、はい。
  特に、アフリカ方面軍とのつながりが強いようですが……………


 軍内部の人間関係ってのは、複雑を極めるもんだ。
 政治とも強くかかわってるけど、大抵はドロドロしたもんだよ。
 その中で、健全なつながりってのはほとんど無いに等しい。

 なら、その中で健全なもの同士の間には、なにかしらの繋がりが出来ることは珍しくないと思わないかい?


 _あ!
  そう言えば、迫水大使といえば………


 そうだね。
 『鉄壁の迫水』の二つ名は、聞いたことくらいだろう?


 _じゃあ、オオサキ提督の知己でいらっしゃったんですか。
  グラシス中将と、少し似た経緯なんですね。


 そうさ。
 で、偶々巴里の近くに『Moon Night』が駐留したとき、ムッシュ迫水がムッシュ・オオサキを、シャノワールに招待したんだよ。


 _で、彼はそれにお供した、と。


 いや、ちょっと違うね。


 _え?


 ムッシュの周りには、魅力的な女の子が大勢居るんだろう?
 そんな娘たちが、シャノワールに彼が行くのを、みすみす見逃すと思うかい?


 _あ、それは………


 ま、恋は盲目って言うからねぇ。
 ここ巴里は花の都、恋の都だ。
 突っ走っても、不思議じゃないけどね。


 _しかし、それならどうやって彼はシャノワールに行ったんでしょう?


 ああ、オオサキ提督が、「自分の代理として行くように」って言ったらしいんだよ。


 _…………………成るほど。
  彼の性格上、何度も頼まれれば断れないでしょうし………。


 後でムッシュ迫水に聞いたところだと、そのムッシュ・オオサキも、かなりの食わせ物らしいからね。
 案外、全部計算済みで、彼をシャノワールに行かせたんじゃないかい?


 _確かに、オオサキ提督は切れ者として有名ですが………
  あれ、「計算済み」って言うのは?


 ん?
 坊やの女勲列伝は有名だからね。
 ウチには可愛い娘がたくさんそろってるし。
 他人の修羅場は、見てて楽しいもんだろう?


 _はぁ、まあ、他人事なら。


 ムッシュ・オオサキ提督は、いまのこの状況をも見越してたんじゃないかってね。
 坊やが誰も伴わずにここに来たってのは、確信犯だと思うよ?

 まぁ、彼は、存在そのものが政治と無関係ではいられないんだ。
 信用できる人間と面識をもたせておいて損はないって思ったのが本音だと、私は見てるけどね。


 _「計算済み」のことは…まさか………とは言い切れないんですが……(滝汗)。
  そ、それより、彼と会った印象はどうだったんですか?


 まっすぐな眼をしている坊やだと思ったよ。
 貴賓室で会ったんだけどね。

 この巴里にも、時々バッタやチューリップの襲撃がある。
 自分たちはこの近くに暫く駐留するので、その間有事があればそれを殲滅する。

 そんな報告をする彼の眼には、『この巴里に住む人間を、決して傷つけさせはしない』とでもいうような光が宿っていてね。
 その眼力の強さには、少し圧倒されたんだけど………
 でもその中に、どこか“護れなかったモノ”への憧憬があるようにも見えたんだ。


 _“護れなかったモノ”への………憧憬?


 そう感じただけなんだけどね。
 人を見る目は、あるつもりだよ?
 伊達に(ピーーー)年(本人の希望により削除)生きてるわけじゃないからね。


 _それで、彼に興味を持たれた…というわけですか?


 坊やへの関心が高まったのは確かだね。
 それで話が終わった後、バーに連れてったのさ。


 _バーに?


 ああ。
 シャノワールには、なかなかいい雰囲気のバーもあってね。
 開演時間はとっくに終わってたし、密会(笑)にはちょうどいいと思ったのさ。


 _み、密会……ですか(笑)。


 まぁ、彼はあんまり呑めなかったみたいだけどね。


 _それで、どんなことを話されたのですか?


 「紳士」について、さ。


 _紳士?


 ああ。
 「いい男」って言い換えてもいいかもしれないね。
 坊やに、私が思ってることをいくつか話したんだよ。

 同時に、彼の考えてることも訊いてみた。


 _ははぁ。
  彼は、どんな反応をしたんですか?


 大抵は、「なるほど」って感じで受け答えしてたね。
 でも、一度だけ、違ったことがあった。


 _……それは?


 「一番大事なもの」の話さ。
 あんたは、自分の一番大事なものって何だと思う?


 _え? 私ですか?
  ……そうですね…………「生き甲斐」でしょうか?
 私にとっては、いまの仕事がそれなんだと思っていますけど。


 ああ、それもまた大事なもんだ。
 人はそれぞれ、違う「大事なもの」を持ってるものさね。
 私は、 坊やに「夢」だって言ったのさ。


 _「夢」…………。


 それを聞いたとき、彼はどんな顔をしたと思う?


 _…どんな顔をしたんですか?


 ………眩しいものを見るように、目を細めたんだよ………………。


 _え?


 そして、言った。

 「オレにも、その資格はあるんでしょうか……」

 って、ね。


  「護るべきものを護れず、その力を得たときは既に時遅く。
   その力を得た経緯を忌みながらも、いまの『大切なもの』を護り通すために更なる『力』を欲する……………。
   そんな、オレに……………………」


 私には、坊やが苦しんでるように見えた。
 過去の重みに圧し潰されそうになりながらも、必死にあがいているように見えたのさ。


 _………………………。


 だから、私は、後ろから抱きしめてやったんだよ。
 坊やは、はっとしたようだけど………力を抜くと、暫くじっとしていた。


 時が、止まったようだったよ。
 坊やの心臓の音まで聞こえてきそうで。
 あんなにゆっくりとした時間は、本当に久しぶりだった。

 私は言ったよ。

  「ムッシュ、誰にでも、夢を見る権利はある。
   夢ってのは、未来に続くもんだ。
   それがもてなけりゃ、目先のことだけで生きることになる。
   生きる目的も生き甲斐ももてず、ただただ『生きるだけ』になっちまう。
   そんな生き方をしてたら、どんな風に世界が見えると思う?」

 彼は、それにこう答えた。

  「灰色………ですか」

 ってね。


 _灰色……………。


 その時、私は確信したんだよ。
 彼は………全てを以ってしても護るに足る、本当の男なんだってね。

 人間は、誰しも心に傷を持ってるもんだ。
 それを乗り越えられれば、人として一皮剥けることができる。
 普通の人間なら、あっさりと圧し潰されるほどの過去を持ちながらも、それを乗り越えようとあがく彼こそ、
真の『紳士』………いや、『黒髪の貴公子』なのさ。


 _黒髪の……貴公子……………ですか。


 絶望を味わった人間にしか、さっきの答はわからないよ。
 それも、本当の意味での『絶望』をね。

 曇りでも雨でもなく、どんより重たい灰色の蓋がのしかかってくるような空の色さ。
 夜でも、星や月が輝いているはずなのに、どす黒い死んだ空気が体の中まで黒く染め付けてくる。
 それが、『灰色』……真の『絶望』なんだよ。

 そして、それを知る人間は、限りなく強く…そして優しくなれるのさ。


 恥ずかしそうに
「醜態をお見せしました」
 って言う坊やの顔には、同時に晴れ晴れとしたような色もあった。
 本当に魅力的な笑顔でね。

 『女殺し』って言われるのも当然だろうさ。
 あの笑顔を見て、どきんとこない女はいないよ。


 _それは、グラン・マも含めて………という意味ですか?


 さぁて、どうだろうね?(謎笑)


 _……意味深ですね。


 いい女は、多くは語らないもんさ。


 _そういえば、ちょうどそのころ、巴里は襲われたそうですが。


 ああ、二日後くらいだったかね?
 漆黒のエステバリスが飛んで来たと思ったら、あっという間にチューリップごと殲滅したんだよ。
 まさか、と思ってたら、案の定坊やがそのエステバリスから降りてきてね。
 『漆黒の戦神』の二つ名の意味を、その時はっきりと知ったよ。
 同時に、バーで思った『黒髪の貴公子』の称号は、間違っていなかったってね。

 それ以来、無人兵器は巴里の街には来てないのさ。
 彼も、その一週間後には巴里郊外を発ってね。
 本当に、あっという間の出来事だったよ。


 _ありがとうございました。
  では最後に、彼に一言。



 ムッシュ、元気かい?
 どうやら、これが載るらしい本のシリーズを見る限りでは、大変な目にあってるんだろうねぇ。
 うちの娘たちの間でも、ムッシュの話が出た途端に、殺気と緊張が部屋に充満するありさまだよ。
 もてる男は辛いねぇ。

 そのうち、またシャノワールに来ておくれ。
 ムッシュのために、新しい演目を準備してるからね。

 ………ああ、そうそう。
 最後のお別れ会の時に撮った写真を送るよ。
 それと、帝都花組に対抗したのか、新しいブロマイドをうちの娘たちも作ってね。
 例の新刊を見たんだろうさ。
 一緒に送っとこう。

 じゃあ、また会うときを楽しみにしてるよ。


 _ありがとうございました。



  民明書房刊「漆黒の戦神、その軌跡」17巻より抜粋


























「むぅ…………マズいな」

 自室の中で、うなる人間が一人。
 手には、例の暴露本の最新刊がある。

「流石はライラック伯爵夫人………。
 もうちょっと、保険をかけておいたほうがいいかもしれん」

 そして、頭脳をフル回転させ始めるシュン提督であった。




























 暗闇の中。
 円卓を囲む、数人の人影があった。

 皆、一様に初老から老成の人間である。

「ふむ………テンカワ・アキト、か。
 我々の想像を、いい意味で裏切ってくれたな」

 一人が口を開く。
 その言葉には、齢を経て身に付けた威厳というものが備わっており。
 並みの人間では太刀打ちすら出来ないであろうと悟らざるを得ない力に満ちていた。

「そうじゃな………。
 彼にならば、我らが力、託してもよいかもしれん」

「うむ。
 全面的なバックアップをするに足る人物と、君は見たのだろう?」

「はい」

 老人の問いに、グラン・マは答えた。

 アキトに関する最終的な報告を、彼女は口頭で伝えるために、ここにいるのだ。

 ここは、ニューヨーク、セントラルパーク地下。
 世界に暗然たる影響力をもつ、ある組織の本部である。


 老人たちの指には、ある指輪がはまっている。
 三大宗教の融和を意味する紋章を刻んだそれは、この『賢人機関』のメンバーたる者の証であった。

「では、決定ですな?」

 花小路伯爵――この『伯爵』とは、彼の通称である――が、会議の締めに入る。

「うむ。
 彼は、世界を背負えるほどの人材だろう。
 異議のある者は?」

 最初に口を開いた老人が、一堂を見回して言った。

 一秒。
 二秒。
 三秒。



 挙手は、なかった。


「では、本日の議題は、決定されたこととする」





 この瞬間、アキトは《賢人機関》……の後ろ盾を得た。
 ただし、本人にとっては、甚だ不本意なことかもしれないが………………。

















 ともあれ、そんなことには関係なく。
 今日も今日とて、とある部屋の一室では。


「アキト………一体、今回はどんなお仕置きだったんだ?」

 灰のごとく真っ白に燃え尽きて、もう今にも風が吹いたら散り散りになってしまいそうなアキトに、少々同情しながらナオは言った。
 アキトはぶつぶつと呟くが、ナオには聞き取れない。

「ん?」

 つぶやきに、耳を傾けてみると。


「裸エプロンは、反則っす…………
 しかも、いつの間にか遠隔使用可のヴァーチャルシステムなんて開発してるし…………
 全員でそれってのは、地獄だよ………………」






 親友、やめてやろうか?


 一瞬、本気でナオはそう思った。




 とりあえず置き去りは決定。











あとがき


 グラン・マはいいキャラです。
 「大人の女」って感じで。
 作中で、彼女のアキトに対する呼称が一貫していませんが、意図してやっているので気にしないでください。

 まぁ、賢人機関も出てきたけど、別にどーってことないです。
 そのうち、野望でも抱いてアキトに消されるような気がします。
 ああいった組織は、それがお約束(笑)。


 あと、賢人機関のせいで重めのラストになるかなぁと思ったんですが(望むと望まざるとに関係無く、
権力が付随し――場合によっては消され――てしまう英雄の宿命。勝手に周囲が盛り上がってるだけなんですよね)。
 やっぱり、お仕置きはいると思いまして(笑)。
 グラン・マだと、お仕置きする理由があんまり見当たらないんですが、まぁブロマイド絡みってことで。

 ちなみに、帝都花組に対抗云々のくだりですが。
 同じよーな『劇場』で、『花組』で、ブロマイドって共通性もあった上に、katanaさんのブロマイド騒ぎで
対抗意識が出来たってことにしておいてください。

 遠隔使用可のヴァーチャルシステムっていうのは、VRRS(ヴァーチャル・リモート・リンク・システム)といいます。
 その名の通り(笑)遠隔使用も可能というスグレモノです(笑)。
 つまり、舞歌さんも北斗もOK!!
 理論は気にしないでください(爆)。


 でも、本当に楽しんで書けました。
 自分としてはかなり早く書き上げられたし。
 こんな作品でも、少しでも楽しんでいただければ幸いです。

 

 

代理人の感想

 

う〜む、グラン・マだったらギャグになるかなと勝手に思っていたんですが

真っ向上段の正攻法できましたか。

女が女でなくなるのは自分が女であることを忘れた時と言いますし・・・・・・・・・・・

まだまだ現役だな、この人(笑)。

(実際、戦闘には参加しないけど攻略もできるみたいですし)