<ヤミノヒカリ>

 自らの理想を唱え、その為には非人道的行為すら厭わなかった草壁春樹。
 この男の理想が生まれた背景を語るには、
 彼と、北辰という名の男の出逢いを記さねばならないだろう。
 これは、僅かな証言者からの情報に、
 若い頃の草壁をよく知る人物からの取材を元にした推論である。
 これが真実だとは言わない。
 ただ、歴史上稀に見る大規模なクーデター『火星の後継者クーデター』に対する
一考察だと考えてもらい、
 いずれわかるやもしれぬ真実への僅かな助けになれば、
 筆者にとって望外の喜びである。

 ヨシダ・トシヒサ著「彼らは何故立ったのか」より


闇光


光に生まれる闇



 最初に発見されたその死体から、事件の異常さはありありと見て取れた。
 被害者は、佐藤明・二十一歳。ごく平凡な一青年だった。
 
 深夜、路地を歩いていたところを、鋭利な刃物で数十箇所にわたって切り裂かれた
上、心臓を一突き。その後、口腔内に切断された自らの指を詰め込まれていたのだ。
 木連政府は、直ちに調査団を組織。事件の究明を急がせた。

 しかし、それを嘲笑うかのように、第二の犯行が起こる。
 今度の被害者は、吉田絵美・二十八歳。軍の重鎮である宗像竜三大将の愛人とも
言われていた女性である。

 ―――事態は、一刻の猶予も無かった。
 軍の特殊部隊の一部すら投入され、昼夜を問わず捜査は続けられた。

 そしてついに二週間後、犯人と目される人物を絞り込み、隠れ家と思われる場所を
突き止めることが出来たのである。
 しかし犯行はとどまることを知らず、それまでにもさらに五人が被害者のリストに
名を連ねていた。

 捜査本部は、隠れ家への突入を決断。
 その指令は即座に承認され、その日の夜に決行されることとなった。

 時に、2175年・冬のことである…………。






「隊員の配置、完了しました!」

「ああ、ご苦労」

 下士官の報告を受けて、その男は頷いた。

 まだ若い。
 少年と言っていいだろう。
 豊かな黒髪を短く刈り上げ、誠実そうな光をその目に宿している。

 だが同時に、人を惹きつけるオーラ……カリスマを、この歳にして身につけていた。

 階級章は、少佐。
 この若さにしては、異例といえるだろう。

 だが彼は、軍の中でもエリートである草壁家の若当主である。
 同時に、世襲軍人によくある、権威のみをかさにきた無能ではなかった。
 士官学校を、開校以来群を抜いた成績で主席卒業した、すこぶるつきの有能なのだ。 

 彼の預かる隊も、ただの部隊ではない。

        げきがぶたい
 ―――激我部隊。

 様々な分野に於いて、高い能力を持った人材で構成される、エリート集団である。

(絶対に逮捕してやる………)

 多くの人々を恐怖に陥れ、七人もの命を奪った凶悪犯。
 許すわけにはいかない。

 自分の……軍の正義は、ヤツのような悪を粉微塵に粉砕するだろう。
 正義と悪。善と邪。
 自分達は、それを貫く実行者なのだ。

「2300(ふたさんまるまる)に状況を開始。突入後は、犯人の捕縛に全力で
当たれ!」

「はっ!!」

 敬礼し、去っていく下士官の背中を見つめながら、彼は拳に力を入れた。

(失敗するわけには、いかない……)

 呪文のように繰り返し、意識を集中させる。

 まだ若輩ながら、既に一角の人物であるという雰囲気を漂わせる男―――。
 彼の名は、草壁春樹といった。






「状況、開始!」

 腕に巻いたデジタル時計が二十三時を数えた瞬間、草壁はその時計兼通信機を使い、
全員に突入の指示を出した。

 建物を取り囲んでいた二十名にも及ぶ部隊員たちが、音を立てずに、速やかに突入
していく。
 草壁は、自ら陣頭に立ち、先陣を切って突入していた。

   暗い通路は、ほとんど入り組むことも無く、地下へ続くと思われる階段まで一直線だ。
 下に降りる道は、ここしかない。

  (気をつけて行くぞ。後方に注意を怠るな)

 彼は、小声で全員に伝え、階段を慎重に、かつ急いで進む。
 恐らくは、自分達が侵入したことは既に知られているだろう。
 時間をかけるわけにはいかない。

 極力足音を消しつつ、疾走する。


 数秒もせず、光が見えてきた。
 走りながらも、緊張感が押し寄せてくる。
 抵抗せず、分泌されるアドレナリンを体中に拡散させる。
 勿論、そんなことが意識的にできるはずも無いのだが、こういうものは思い込みで
ある。


「動くな!!」

 突入と同時に、手に持っていた拳銃を前に突きつけ、叫ぶ。
 その銃口の先に必ずしもいるわけが無いが、脅しの効果としては充分だ。

 銃を構えつつ、素早く周囲の状況を探る。
 後続の隊員たちも、無駄な動き一つすることなく、同じような行動に移っていた。

 そして、草壁が見たのは、

「な……こんな施設が、あったのか!?」

 壁に備え付けられた大型のコンピュータ。
 低い音を立てて稼動する、何かの分析用機械。
 いくつものモニター。

 最先端の研究所に勝るとも劣らない施設であった。


 そして、部屋の中央にしつらえられた金属製のベッドの上には、一人の青年が
横たえられていた。

 ぼさぼさになった黒い髪。
 瞼を閉じているため、その瞳を見ることは出来ない。
 年齢は、草壁より少し上くらいか。

 そして、彼はまるで拘束するかのようにそのベッドに縛り付けられていた。

 
「何だ……何故、こいつが……?」

 草壁は、驚きの声を発した。
 愕然とした表情を浮かべ、青年を見ている。
 それは、他の部下達も同様であった。

 連続殺人犯と目される、彼らの捕縛対象―――
 それこそが、この横たわる青年だったのだ。

 しかし、その男が、何故………?


「なんだ、貴様らは!!」

「!?」

 その思考を中断させたのは、聞いたことの無い男の怒鳴り声だった。

 声のした方を見る。

「一体何事だ!? 貴様らは何者だ! 不法侵入だぞ!」

 六十は越えているだろう、白衣を羽織ったその男は、目を血走らせ、唾を飛ばしながら、草壁たちが突入した通路と逆のところにある階段から降りたばかり…一段ほど高い場所から怒鳴っていた。

「それはこちらが聞きたい!! 貴方は何者だ!? 
 我々は、木連軍第一師団所属、激我部隊。
 私はその隊長を務める草壁春樹少佐だ。
 凶悪犯逮捕の任務を遂行するため、この家屋に踏み込んだ」

「軍……だと?」

 ぴくりと、男は頬を動かした。
 その目が、一瞬怯えたように小さくなる。

 だが次の瞬間、彼はその瞳――いや、顔全体に噴き上がるような怒りを浮かべると、

「……フ、フハハハハ…………そうか、まさかとは思ったが……山本めぇ!!!」

 今までのそれを遙かに超える大音声で叫んだ!

「私を切り捨てるとは、いい度胸だ!
   全てをぶち壊してくれる!!!」

 近くにあったコンソールに取り付き、男は猛然と操作をはじめた。

 草壁たちは、状況の展開についていけていない。

 何故、この男は突然狂気に染まったのだろう?


 だが、そのことを考える前に、草壁の身体は動いていた。

(よくは解らんが……ヤツの行動を止めねば!)

 拳銃を即座に照準し直すと、男の操っている機械めがけてトリガーを引く!


  ドン、ドン、ドン! ドンドンドン!!


「う、うわあっ!!」

 悲鳴を上げて、男はコンソールから飛びのいた。
 都合六発、フルオートの精密射撃を浴びたその機械は、バチバチとスパークを上げ、その光を消す。


「さぁ、抵抗は無駄だ。どういう訳か話してもらおう」

「き、貴様ら、何ということを……」

 草壁の方を向く男。
 だが、その瞳にあるのは怒りではなく、恐怖の色だった。

 草壁の質問にも答える様子は無い。
 というよりも、その余裕すらないといった具合だ。


 訝しげに思ったその刹那―――


「ウ……」

 呻き声のようなものが、彼らの耳に聞こえた。

「ひっ!」

 その途端、男は先程までとは比べ物にならないほど竦み上がる。


「ウ、オ、オ……オオオォォォォォオオォォォォォッッッッ!!!!!!」


  ビシィッ!


「な、何だ!?」

「隊長! あの男が……!!」

 部下の引きつった声を聞き、草壁は彼の見ている方を振り向く。

「――――!!」

 そして草壁が見たものは、拘束具を自力で引き千切り、立ち上がろうとしているさっきの青年の姿だった。

「ガアアァァ!!」

 その腕に、とてつもないほどの筋肉が盛り上がり、伸縮性にも富んでいるはずの拘束用ロープを引き裂いていく!

「おい! 何なんだ、あいつは!!」

 草壁は、この研究室の主だと思われる、白衣の男に怒鳴った。
 だが、

「あ、あああ、ああ……」

 彼はその目を恐怖に見開くだけで、草壁の問いに答えようともしない。


    ドン!!


 草壁の放った一撃が、男の鼻の頭を掠めて、壁に弾痕を穿った。

「ひぃ!」

「答えろ! 答えるか、それともこの場で撃ち殺されるか! 好きなほうを選べ!!」

「あ、あれは……」

 草壁の声に本気を感じたのか、男はどもりながら口を開いた。

「実験体No.002、だ……」

「実験体だと………!?」

 不快な言葉だ。
 だが、喋っている間にも、青年は徐々に拘束具から脱しつつある。
 草壁は焦っていた。

「そ、そうだ! 脳波操作とマインドコントロールを併用した、最強の実験兵士だ!
   睡眠学習で、木連式柔と抜刀術も達人レベルまで高めてあるんだ。
 き、貴様のせいだ。
 あいつは暴走している!
   誰にでも襲い掛かる!!
 貴様が制御装置を壊してしまったからだ!!
 私たちは、ここで死ぬんだああぁぁ!!」

「チッ!」

 再び錯乱状態に陥ってしまった男に、草壁は舌打ちした。
 だが、必要な情報は得ている。

「つまりは、こいつがあの男を操っていたという訳か………!!」

 鋭い視線を、青年の方へ向ける。
 彼は、もうその強力な拘束具を限界まで引き伸ばし、誡めを解こうとしている。

 他の部下たちはといえば、その壮絶な光景に当てられたのか、腰を抜かしている者が殆どだった。

  「引け、お前達! オレが相手をする!!」

 叫びながら、草壁はその青年の前に走って出る。
 縛めを脱する前に、取り押さえてしまうつもりだった。


 だが………!

 しかしその瞬間、青年は身体の自由を取り戻していた!


  ガシィ!


 繰り出される拳を、クロスさせて防ぐ。
 その一撃は、今まで受けたどんな攻撃よりも、重かった。

「くっ………!」

 後ろに飛び、間合いを取る。

(これは……確かに、油断できる相手ではないッ)


 草壁とて、木連式柔は修めている。
 同じ時期の弟子たちと比べてもその実力は大きく勝り、齢十五にして免許皆伝を受けたほどなのだ。

 その彼をして、戦慄させる実力の持ち主であった。
 たとえ機械的に学習させられたとはいえ、本人の資質が無ければ到達できる力ではない。

「フオオォォォ………」

 息を、静かに吐く。
 独特の呼吸法によって、身体を落ち着け、精神を集中させていく。


 青年も、草壁を強敵と見たのか、同じような呼吸法をし、力を溜めていた。


 爆発的な力を足に込め、草壁は疾走した!

「―――突!」

 間合いが詰まると同時に、水月へ掌底を放つ!

 だが、完璧なタイミングのそれを、青年は瞬時に動いて躱す。
 そして、その回転の動きを活かしたまま、草壁へミドルキックを放ってきた!

 ……否。
 スピードを減ぜぬまま軽く跳躍し、蹴りを放ってきたのだ。

   この場合、最初の一撃をガードしても終わらない。
 床に手をつき、さらに逆の蹴りが繰り出されるのである。


          そうしゅう
 木連式柔・双蹴


「オオッ!」


  バシィ!!


 鋭い弧を描いた蹴りが、草壁の脇腹に叩き込まれる!
 だが、逆に草壁はその足を掴むと、自分の方へ引き寄せた。
 腹筋に力を込めて最初の一撃をしのぎ、左腕で次の攻撃をガードしたのである。

  だせんとう
打旋投!!」

 バランスを崩した青年の胸に、肘打ちをめり込ませる。
 そして同時に、水月へ膝蹴りを叩き込むと、勢いを殺さぬまま巴投げのように投げ飛ばした!!

 木連式柔の、連携技の一つである。


「ガァアアッ!!」


 だが、完璧に投げたと思ったその瞬間、青年は足掻いた。
 草壁の顎に、崩れた体勢から渾身の拳を放ったのである。
 投げの体勢に入っていた草壁にそれを躱すことは出来なかった。

「ク、アァッ!」

 僅かに掠っただけだが、痺れるような痛みが脳髄へ突き抜ける!
 脳震盪を起こしそうになるが、何とかその一歩手前で踏みとどまった。

「グ、うぅ……」

 よろけながらも、ダウンすることは何とか免れる。
 見れば、青年も似たような状態であった。


 しかしその闘争心は微塵も衰えることなく、青年は前にも増すほどのスピードで打ちかかってきた。

 強烈な左ハイ。
 草壁は、右足を軸として踵に重心をかけると、まるでフィギュアスケートのように回転し、その攻撃を凌いだ!

          てんみ
 木連式柔・転身
 一見ただの回避技に見えるこれは、達人にかかれば恐るべき連続技への布石となる。

 回転の動きを殺さぬまま、草壁は左の裏拳を青年の後頭部に叩きつける!!
 旋回のエネルギー全てを攻撃力に転化するのだ。
 それを、コンマ数秒で繰り出す。
 単純な技だが、誰でも簡単に出来るものではない。

 草壁の切り札の一つ。
 間違いなく、必殺の一撃である。

  てんはげき
転破戟!!」


 だが……

「くッ」

 後ろに下がったのは、草壁の方であった。
 その手は、痛撃に赤く染まっている。

(まさか、あれを躱されるとは………!)

 青年は、裏拳がヒットするその寸前、前方に躰を投げ出すようにすると両手で倒立。
 さらに腕の力のみで躰を回転させ、天に昇るが如き逆さ回し蹴りを放ったのだ。


         さかさおろし
 木連式柔・逆颪


 咄嗟に防御できたものの、驚くべき技量と判断力であった。


 後ろに跳び退り、距離を取る。
 体力も集中力も、限界に近づいているようだ。
 次の一撃で、決めるつもりだった。


 達人同士の闘いが、長時間続くことは無い。
 その力が優れていれば優れているほど、一撃必殺の可能性が高まっていくのだ。
 たった一合の打ち合いで勝負が決することも珍しくないのである。
 そしてこの闘いは、まさしくそれであった。

 草壁と、青年。
 二人の実力は、殆ど拮抗している。
 ほんの僅か、草壁の方が上のようだが、隙を見せようものなら一瞬で草壁も斃されるだろう。


 だが…………


「これほど楽しい闘いは…久しぶりだ」

 思わず笑みを浮かべ、口にする。

 そして、それを合図としたかのように、二人は同時に地を蹴った。


 唸りを上げて、青年の左拳が草壁に迫る。
 威力、スピード、タイミング。
 どれをとっても、非の打ち所の無い一撃!
 これほどの威力の攻撃は、青年も初めて放ったに違いない。

 万一躱せたとしても、次の攻撃パターンは幾つでもある。
 思考が働いてはいないが、彼は無意識の識閾下で、勝利を確信した。


 だが……草壁はそれを凌駕した。


 左手で彼の拳を払うと、肘を下から抉るように青年の右頬に打ち込む!
 頬骨の砕ける感触。

 さらに、右手を青年の首に回し、顎を掴み、後ろから瞬時に足を刈る!
 重心をずらされた彼の躰は、空中で一回転し、回転エネルギーを力とスピードに変換して、背中から床に叩きつけられた。

「が……ッ」

 悶絶すると、彼はそのまま意識を失った。


                           しょうがかいてん
 木連式柔・朱雀之型・奥義―――翔牙回天

 草壁の、最大の技である。


「ふぅ………」

 額の汗を拭う。

「隊長!!」

 駆け寄ってきた男に、草壁は顔を向けた。

「新城。北条と共に、あの上にいる男を拘束しておいてくれ。前田、橘川!」

「はっ」

 呼ばれ、部隊の中から二人の男が走ってくる。

「お前達は、この男を頼む。
 ……何人かと協力して、内々に、オレの家に運び込んでくれ」

「は?」

「……頼む。この事件、何か裏がありそうだ」

「了解しました」

「ああ」

   草壁は、そして部隊員たちに向き直ると、

「よし、帰還する! 
 ただし、この男については他言無用だ。
 無茶なことだとは解っているが、頼む」

 頭を下げた。

 この行為だけでも、彼は優れているといえる。
 階級が下の人間に対して頭を下げるなど、普通の軍人では絶対にありえない。

 ともすれば、弱気ゆえの無能と言われかねないが、彼は潔しと評価を得られるタイプの人間だった。

 
「水臭いですよ、隊長」

「隊長にお考えがあるのなら、自分達はそれに従います」

 何人かが、そう発言する。
 この発言が、彼の人望を表していると言えよう。

「よし、それでは、帰還!!」






 その後…………


 軍の正式発表において、連続殺人犯は捕まったと発表された。
 しかし、その犯人が誰であったのかは、公にされていない。

   草壁家の力を使えば、あの研究室で逮捕した男を犯人とするなど、雑作も無いことだ。
 だが、それを行使する前に軍から『犯人逮捕』の発表がなされたのは、草壁にとって予想外のことであったが………。


 現在留置場に拘束されている男は、特に暴れる風でもなく、表面上はおとなしくしている。
 彼の身辺については、徹底的に調査が行われた結果、かつて脳神経学と遺伝子工学において権威といわれていた、山崎貞雄博士であるということが判明した。

 軍が発表を躊躇ったのは、このことも大きく関係していた。
 山崎博士は、公式に沢山の軍の研究にも携わっている。
 しかしその裏で、非合法な研究にも、多々関係していたのだ。

 
 さらには、彼の息子である山崎正志博士は、現在においても軍の大切な研究者である。
 おかしな勘繰りと非難が浴びせられれば、彼の才能と研究をも水泡に帰してしまうかもしれない。

 生体跳躍の研究に力を注いでいるいま、彼を失うなうことを容認できるはずも無かったのだ。
 勿論その裏には、軍の面子を保つという意味も言うまでも無く含まれている。


 このように、状況は完全に草壁に味方をしたのである。
 青年の存在は、殆どの人間に知られること無く、隠蔽されていった。


 そして――――






「……どうだ、治せるか?」

「難しいですね………。
 どうやら、かなりの間マインドコントロールされていたようです。
 他にも、幾つか非合法な薬物を投与された形跡もあります」

 病院の一室。
 草壁は、医師にあの青年の容態について訊ねていた。

 ここは、草壁家の経営する病院の一つだ。
 前田と橘川に運び込ませた青年を、彼はここに移したのである。

「意識を元に戻せる可能性は?」

「……ゼロではありません。ここの施設でも、可能でしょう。
 ただ……確率は、かなり低いと思います」

「どれくらいだ?」

「………恐らくは、コンマ以下です。
 彼の精神力に望みを賭けるしかありません」

 草壁は、沈黙する。

  (そこまでとは………)

 彼からは、事情を訊く必要があった。

   勿論、前述のように彼の存在について知られる可能性は全くと言っていいほど無い。
 だが、この事件に何かどす黒いものを感じていた草壁は、独自に内密の調査をしようと思っているのである。
 そのためにも、彼は重要な証人だった。

「放って置いては何も変わらん。
 出来ることをしておいてくれ」

「……解りました。
 精一杯、やってみますよ」

「うむ、頼む」

 医師に少し微笑みかけると、草壁は部屋を出た。
 彼には、これからすることがある。






 暗い。
 寒い。

   ここは……何処だ………?

 オレは……誰だ………?


 漆黒の闇の中、彼の意識はあった。

 ……いや、それは正しくない。

 彼は、意識があったわけではないのだ。
 殆ど無意識に、その状態を感じていただけ。
 夢を見ているような具合だった。


 闇の中に、僅かに色が混ざってきた。

 ―――赤。
 目の覚めるような、真紅。



 紅い
 雫が
 少しずつ
 広がっていく
 ぽつぽつと
 まるで
 血のように


 

 そう……これは、血だ。
 流れ出る、いのちの本流。


 

 上を見ると
 紅い雫が
 ぽたりぽたりと
 落ちてくる
 水滴のように
 滝のように
 ……何故だろう?



 これは……夢。
 泡沫の夢。
 彼の脳に記憶された映像が見せる、抽象的なヴィジョンにすぎない。
 だがそれ故に、強い真実性をも孕んでいる。



 眼を凝らして
 上を見上げる
 そこには、何がある?



 いま、彼は覚醒しようとしていた。
 永い眠りから醒め、自らの意思を、取り戻そうとしていた。



 見えたのは、オレが見たのは
 あぁ、それは
 ひと
 何人もの、ひと
 傷だらけで、とても痛そうで
 その躰から
 朱紅の雫は
 落ちてきていた



 意識レベルが、上昇していく。
 識閾下にあることを強制され、抑えられていた彼の自我。
 いったい、どれだけの間封印されていたのだろう。



 そのひとたちの眼は
 自分を見ていた
 恨めしそうな色を湛え
 憎々しげに
 自分を見ていた
 徐々に、その顔が近づいてきて
 あともう一寸というところまで―――――



「ああアアあぁぁァァァぁぁぁァァぁぁァァぁぁッッッッッ!!!!!!!」



「自我境界、突破しました!」

「覚醒、確認!」
 


 
 


文注

 
げきがぶたい
 激我部隊
 優人部隊の前身となった、木連軍のエリート集団。
 各分野のエキスパートを集めて創設された、特殊部隊である。
 だが、草壁春樹に心酔し、ほぼ彼の親衛隊と化す。
 その中でも特に草壁の信頼篤い四人、新城雪朋・前田康近・橘川利家・北条宗敏は後に「草壁四天王」と呼ばれた。




あとがき

 う〜ん、暗い。
 まぁ、そんな話が書きたかったんだけど……。

 悪役ながら、自らの理想を貫いた漢、草壁春樹。
 闇に生き、外道の道を歩んだ北辰。

 これは、彼らの物語です。
 若かりし頃の草壁と、北辰。
 どう展開していくのか、まだ自分にもはっきりとは見えていません。

 後篇も、これ以上にダークな展開になると思いますが、良ければ宜しくお付き合いください。

 

 

 

 

 

 

管理人の感想

 

 

昴さんから投稿第四弾です!!

う〜ん、北辰と草壁のお話ですか。

しかし、15歳の草壁・・・

・・・

・・・

駄目だ、顔が浮かばね〜や(苦笑)

この後もお話は続くそうですが。

さてさて、どんな話になるのでしょうかね!!

 

それでは、昴さん投稿有難うございました!!

 

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