第二話 潜入 一日目






「アキトさん、それでこれからどのように木連の政権を握るんですか?」



 アキト達は今、木星と目と鼻の先の所にいる。
 流石にレーダー等には見つからない様にしているが、結構近い所にいる。
 そんな状態で、ルリはアキトにこれからの事を尋ねている。
 今迄聞かなかったのは、アキトを信用していたからなのか、それとも聞いて後悔したくなかったからなのか。
 そのどちらなのかはルリにしか判らない。


 ルリも木星を見た事により、少しばかり緊張しているらしい。
 それにアキトも詳しい方法は一言も言っていないしな。



「う〜〜〜ん、直接姿を現して、制圧するという方法もあるんだけどね〜。
 その後の政権の安定性を考えると、下策と言わざるを得ないだろうからね。
 やっぱり、内部に潜入していくのが良いんだろうな。」



 アキトとしても、手っ取り早く制圧してしまうという方法が簡単で良いとは思うらしい。
 アキト達の戦力と、木連の戦力を比較した時、アキト達が負けるという答えは出てこないだろうからな。
 無駄な時間と労力を省くとしたら、これ程手間暇を省けた作戦はないだろうな。

 何と言っても、宣戦布告してから相手が勢揃いしたところを完膚なきまで叩きのめせば、
 政府だって軍だって、ぐうの音も出せないだろうからな。

 しかし全面対決作戦では要らぬ敵が大量に発生してしまうかもしれない。
 そう、一歩間違えると木連内部にいるであろう穏健派の人間までもを敵に回してしまう可能性がある。
 いや、可能性があるというよりも、ハッキリと敵に回してしまうだろうな…
 いくら穏健派と言ったって、自分達が占領・支配される事を容認するはずが無い。

 そうすると、反政府運動としてストやデモ行進等なら可愛いもので、
 表では勝てないからと言って、レジスタンス活動を起こす事までもを考えなければならない。
 勿論アキト達に掛かれば、全てを撃退する事は間違いないだろうが…
 だからと言って、ワザワザ不必要なエネルギーを消費する事もあるまいて。



 それに、社会全体が不安定になり、騒然とした雰囲気になると、
 却って急進的な連中に支持が集まってしまう可能性も否定できないからな。

 折角平和的な解決を実現しようとやってきた結果が、主戦派への支持を確固たるものにした。
 そんな馬鹿げた結果も最悪の事態として、想定しなくてはいけなくなる。

 もしくは、木連内部で紛争が起こってしまい、
 強硬派と穏健派で血で血を洗う争いの可能性もありうる。

 アキトにしてみれば、それらの状況に陥る事は絶対に避けなければならない。
 上手い具合に木連の大多数の住民を誘導していき、気付いた時には穏健派が圧倒的な数を占めていたという風にして、
 強硬派の連中でさえも、この状況からはもう挽回する事は不可能であると思わせる、
 そんな状態にしてしまわなければならないのだ。



 付け加えるならば、アキト達三人で木連を治めるのは無理がありすぎる。
 如何に力と技術があろうとも、支配するには人間が必要不可欠だ。
 民衆から圧倒的な支持を得ていれば少人数での支配も可能かもしれないが、
 一時的にしろ力で抑え込む以上、ある程度の人間はどうしても必要になってしまう。
 従って仲間を増やさなければいけないだろう。

 しかし、無理やり言う事をきかせている状態で仲間を募ったって、意味が無いのは誰が考えたって判る。
 そんな時に近寄ってくる連中は、信用のおけない輩であると相場が決まっているからだ。
 所謂、阿諛追従の輩ども、こいつ等は何人よって来ようが人数になりやしない。
 そんな連中を排して、真に信用する事の出来る仲間を集めるには上から呼び掛けたのでは絶対に無理である。


 同調する人間が少ない時でも、変わらず応援してくれるようなそんな仲間でなければならないからだ。
 それに、アキトの意思通りにする為には、信頼できる人柄と頭の良さ、それに影響力がある人物でなければならない。
 そういった人間ほど、劣勢の時に味方になってくれると古来から決まっている。


 そうすると、木連内部に潜入するしかないとも言える。
 消去法的に考えて、実は他に手段がなくて仕方がないからだとも言える。





 実際のところは、木連による火星攻撃までそれ程時間がある訳ではない。
 従って、途中で作戦の変更もせざるを得ないかもしれないが、
 というよりも、最終的には軍事的に行動しなくてはならなくなるのは間違いないが、
 アキト達にとって、最初のうちは穏健なこの方法が一番良いだろう。

 アキトはそう決断付けたようだ。



「そう言う訳で、一番最初にしなければならない事。
 それは木連の金を握る事かな。
 どうせ木連だって地球人なんだから、地球と同じ様に裏金やらなにやらを集めている奴らがいる筈。
 そこから貰う分にはどこにも迷惑はかけなくて済むはず。
 という事でラピス、裏金から貰ってしまおう。
 できるだろう?」



「…うん、できるよ。」



 ラピスの手にかかれば金を銀行口座の右から左に移し変える事なんて造作も無い事だ。
 抑揚の無いラピスの返事にも、自信のようなものが含まれていた様にも感じられた。

 アキトはその返事を聞いて、ラピスに金銭面のことを頼むことを決めた。
 しかもその途中の金の流れまでもを指定するようだ。



「そうだなぁ〜、いきなり表舞台に大金を持ってでると怪しまれるから、
 最初は宝くじか何かで大金が当たった事にしよう。
 宝くじ位あるだろう?
 で、それを元手に株で大儲けして、企業を起こす。
 こんな感じでどうかな、合わない所があったら直しちゃって構わないから。」



 直して良いと言っても、ラピスに直せるはずも無いだろうに…
 ラピスには、まだ独力で何かを決める、という事をした事がないのだから。

 ついでルリに頼む内容は、



「それでルリちゃんには、戸籍や住所関係をお願いしたいんだけど。
 そうだね、俺達三人の関係は同じ孤児院出身者で、その孤児院は既に潰れた事にするのが一番いいかな?
 他に良い方法があったらそっちでもいいけど。
 で、今は義理の兄弟という事で、出来ればテンカワ・ルリ、テンカワ・ラピスって名乗って欲しいんだけど。
 その方が自然だと思うからね。
 やっぱり未成年者が赤の他人と一緒に暮らすのは問題があると思うし。」



 アキトがそう言うと、ルリがボーーとした顔で小さな声で何やら呟いている。
 その声は余りにも小さくて聞き取れないが、聞いても良い事がなさそうにアキトには感じられたので、無視する事にしたらしい。

 顔を赤くしてブツブツ呟くルリの姿を見たならば、当然の選択かもしれない…。



「…アキト、ルリ姉どうしたの?」



 ラピスもルリの様子がおかしいと思ったらしい。
 アキトに尋ねている。



「…ラピス、ラピスはこれからいろんな事を覚えていかなくてはいけない。
 そのお手本として、ルリちゃんの事を真似していく事になると思う。」



 アキトはそこで一呼吸おいて、更に続けて言う。



「だけど、絶対、今のようなルリちゃんは真似したらいけないぞ!!
 いいかい、絶対だよ!!」



 …アキトは熱くラピスに語りかけている。
 ラピスも不思議そうな顔をしていたが、アキトの真剣な顔にそれ以上何も尋ねなかった。
 尋ねられなかった、のかも知れないが…








「ルリちゃん、さっきの続きを話してもいいかい?」



 やっとルリの妄想も一段落ついたらしい。

 しかし十数分が経過しているにも拘らず、まだ先程の話から一歩も進んでとは…
 ルリがどれ程あっちの世界に深く入り込んでいたのかが解る。

 アキトの台詞に驚いているルリ。
 ま、妄想している時間の長さは本人には絶対に分からないものだからな。



「え、ええ、アキトさん。
 あの、私、今何かしていました?」



 アキトにできた事は、その質問を丁重に無視することぐらいなものだった。



「で、俺達が住む場所なんだけど、出来れば新興住宅街が色々便利かな。
 引っ越していっても目立たないだろうし、隣人との関係も新しく築き易いだろう。
 うん、出来れば学校も新しく造られたところの方がいいかな。
 ラピスに友達が出来るかもしれないし。
 そんな場所をリストアップしておいてよ、ルリちゃん。」



 お金と住む場所がどうにかなったなら、後はアキト達自身の問題だろう。
 アキト達が木連内で生活していても不自然でない位には、木連の社会を知らなければならない。
 それに、ルリやラピスのような髪が、苛めや差別の対象になっていないかも重要だろうな。

 ま、もしもそんな事をする輩がいたら、アキトによって一族郎党全て何時の間にか社会から消されてしまっているだろうが。



「それとこれは二人ともにだけど、木連の政治・経済・社会等をなるべく細かく調査しておいてよ。
 これから暮らしていく上で、必要不可欠な知識だからね。
 怪しまれない為の第一歩だから、当たり前の事ほどしっかり調べておいてね。」



 アキトは木連での常識もきちんとおさえておくつもりらしい。
 潜入の基本とは言え同じ地球人なのだからそれ程違っているとは思えないのだが。



「じゃあ二人とも、早速必要な準備に取り掛かってよ。
 大体一・二週間後には全ての準備を終えて、木連の大地に降り立っていたいから。
 お願いね、ルリちゃん、ラピス。」



 アキトは自分に出来る事なんて何にもないので、自分自身を鍛える事にしたようだ。
 この時代でもアキトに勝てる奴がいるとは思えないのだが、備えあれば憂いなし、と言ったところか。

 考えてみれば、北辰だってあの時よりも若いんだから、若しかしたらあの時よりも強いかもしれないしな。
 他にも武術の達人は居てもおかしくないし…
 どんな状況に陥る事になるのかなんて、神以外に知る由も無いのだから、体を鍛えておくに越した事はないわな。
 強い事が足枷になる事なんてありえないだろうしな。


 後、アキトは自分自身の感情を制御しようともしていた。
 感情が昂らなければ、光る事も無いのだから精神修行をしようとするのは当然か。
 そんな訳で体を動かす事だけでなく、禅の修行も取り入れたらしい。

 流石のアキトも、いくらなんでもバイザーと黒マントを着けて日常生活を送れるとは思っていなかったらしい。
 そんな格好で街を歩いていたら、一発で職質されるのは目に見えているから当然か。






 それともう一つ、アキトがこの期間の間にした事があった。

 それは、もう一度料理を作る事だった。

 アキトとしたら、二度と鍋を持たないと心に誓っていたのだが、
 やはり育ち盛りのルリとラピスに、ジャンクフードばかりを食べさせておく訳にはいかないと考えたのだろう。
 折角ラピスもルリのお陰で女の子らしいところも徐々に出始めているんだから、
 それを伸ばす為にも食事はきちんと取らなくてはいけないと思ったのだろう。


 何事も食が根幹をなすからな。
 衣食足りて礼節を知る、という言葉があるぐらいだし。


 そう理屈をつけてアキトは厨房に立ったのだが、
 アキトの意識の中には、料理を作る事の喜びのようなものが未だ残っていたらしい。
 鍋に向かうと無意識のうちにも楽しい気持ちになっているアキトであった。

 ………やはり今迄抑圧してきたというのもあるのだろう。
 厨房に立っただけで嬉しく思ってしまうほど。


 勿論、アキトには味覚がもはや殆んど無い為に、微妙な味の感覚は全然判らなくなってしまっている。
 豪快に、塩と砂糖を間違えたりする事もあったりもした。
 酒とお酢のように、見分けがつき難いものは、間違える事が多かった。
 量の加減が取れずしょっぱすぎたり、味がしなかったりなんて事もしょっちゅうだった。


 しかしそれでも、ルリとラピスは美味しいと言って食べ続けてくれていた。
 だからこそ、アキトも作り続ける事が出来たのだろうが。

 ルリはアキトが再び料理を作ってくれる事が何よりも嬉しいらしく、
 アキトが料理を作る事を再開した第一作目のチャーハンなんて、味は昔とは比べ物にならないほど落ちていたにも拘らず、
 何度も何度もお代わりをして食べていた。

 ラピスは、生まれて初めて食べるジャンクフード以外の食べ物に驚きを隠せないらしかった。
 過去でもエリナが用意してくれた事はあったが、アキトが食べなかった為にラピスも食べていなかったからな。
 それだけに、アキトが作ってくれたチャーハンが殊の外美味しく感じられたのだろう。
 ルリに負けず劣らず食べていた。

 一方アキトは、そんな二人をとても嬉しそうに、唯黙って見詰めていた。



 アキトは今では手に取った微妙な感覚で、味加減を推測する事が出来るまでになった。
 ……全てルリとラピスの舌に合わせてだが。










「フ〜〜〜、ここが今日から俺達が住む街なんだね。」



 アキトがルリに話しかけている。
 アキトも料理を作るようになって、良い意味で吹っ切れたのであろう。

 事件後、ルリと始めてあった時に比べ、格段に感情の篭った声を出すようになっている。
 それでいながら、顔が光りだしていない。
 修行の成果が早くも出始めているようだ。



「ええ、アキトさん。
 アキトさんがだされた条件を最も満たしているのが、この街だったんです。
 ここが、アキトさんと私とラピスが過ごす街です。」



 ルリも晴れやかな顔でアキトに応えている。
 最善を尽くしたという自信があるのであろう。
 アキトが昔の様に話しかけてくれるのが嬉しいのだろう。
 とても清々しく、輝いた顔をしている。



「ありがとう、ルリちゃん。」



 アキトにもその気持ちは伝わっているのであろう。
 改めて、ルリに感謝の気持ちを述べている。


 しかし、アキトが改めて感謝したくなるのが解る、本当に感じのいい街だった。
 ステーションから降り立ったばかりでも、明るい雰囲気を街全体が出しているように感じられる。
 それに新興住宅街を選んだだけあって、新しい息吹といおうか、熱気といおうか、
 兎に角、街全体が活気に満ちている。

 それに商店街もステーションからずっと続いているし、街の人も若い人が多い。
 ステーションの周囲は、アキトが出した条件をクリアしていると言ってよいだろう。



 アキト達は、ルリの案内で真っ直ぐ新しい家まで直行している。

 ラピスは周囲を気にするようになったのか、あちらこちらの店の軒先を眺めながら着いて行く。
 ラピスの情操教育も着実に進展しているらしい。







「着きました!
 ここが、新しい家です!!」




 ルリが誇らしげにある一軒の前で立ち止まり、そう宣言する。

 家自体はごく普通の外観をしていて、目立つものではなかった。
 建物自体も地球や火星とそれ程大きく違いがある訳でもなく、、見慣れた感じまでしてしまうアキトであった。
 ……庭までついてるし。



「ここが俺達の家か〜………」



 家を見て、少し感慨深くなってしまっているアキトであった。

 アキトが『家』で暮らしていたと言えるのは、両親が死ぬ前とナデシコから降りていたあの期間だけだからな。
 『家』というものに対して、感傷を抱いてしまうのも仕方が無いと言えるだろう。

 今アキトの心の中では、今度の家はどれ位の間暮らすことが出来るんだろうといった事や、
 この家でいい思い出が作れるだろうか、そんな想いが胸に込み上げてきている。


 どうせ木連を掌握する為の踏み台に他ならないとしても……






「アキトさん、取り敢えず生活に必要なものは全て家の中に入れておきましたけど、
 今日はこれからどうしますか?」



 ルリがアキトにこれからの事を尋ねている。

 それに対してアキトは、ルリは自分がいない間しっかり生活していたんだという事を改めて感じていたようだ。
 そして、ルリのようにラピスも育ってくれれば嬉しいなぁ、なんて事を考えていた。


 確かにアキトと初めて逢った時のルリからは、何も言われないうちに生活用具なんかを入れておくなんて事は想像する事すら出来ない。
 もはや一人前の人として自立し始めている証拠であろう。



「ありがとう、ルリちゃん。
 取り敢えずこの街の事をもっと知りたいと思うから散歩でもしてみようと思うけど、
 ルリちゃんもラピスも一緒に来るかい?」



 ルリもラピスも異存はないようだ。
 アキト達は家の周りを散歩する事に決めたようだ。

 アキトが最初に家の周りを見る事に決めた大きな要因は、ラピスであった。
 アキトにしてみれば、これからラピスをルリと育てていかなくてはいけないが、どうしても不安が残っていた。
 それと言うのも、ルリを女の子らしく導いてくれたミナトがここにはいないからであった。

 そこで、早めにいい人を家の周りからピックアップしてラピスに女の子として必要な事を教えて貰った方が良いと考えたのである。
 それにルリにしても、女性としてマダマダ色々な事を学ばなければいけない事があるだろう、とアキトは思ったのである。

 実際問題、ルリも大人の女性としては一人前には程遠く、
 大人の女性になる為の勉強中であることは否めない。






 勿論、まさかの時の為に逃げ道の確保の仕方等を確認するというのも要素の一つだが。
 それらはルリによってある程度は目鼻立ちがついていたが、やはり最後は自分の目で確かめなければ安心できないのだろう。

 確かに、百聞は一見に如かず、という言葉の通り実際に現場にいってみないと判らない事というものは多いからな。
 戦士としては当たり前の姿勢だがな。
 実戦を勝ち抜いてきたアキト達は、そう言った基本を良く知っていた。



 そうして一通りのチェックが終わった頃には、辺りはすっかり暗くなってしまっていた。



「ルリちゃん、ラピス。
 もう暗くなってしまったから、今日の所は帰ろっか。
 明日からは大変になるかもしれないし、今日は早く寝よ?
 お隣さんへの挨拶も、明日でいいだろう。」



 アキトのそんな声で、三人は仲良く手を繋ぎながら家へと帰っていった。

 ルリがお布団を何故か一枚しか入れていなかった為に、三人で一つの布団にくるまって寝たのはまた別のお話し。
 その際に、



「あ、忘れてました。
 今度買って来ますから、今日は皆で寝ましょう。」



 とルリが嬉しそうに言い、アキトが「ルリちゃんがやっぱり大人の女性になるのは未だ先だ」と思ったというのも本筋とは関係ない。


 こうしてアキト達の木連での一日目は過ぎていったのである。










後書き
  一応ですが、続きを書いてみました。
  実際には二通りの道を考えていたんです。
   一、上記の通り潜入していく。
   二、戦闘してさっさと上に立つ。
  結局、一を選んでしまいましたが………二の方も捨て難かったのですが


  少し短いですが、区切りの良い所だとこの辺だと思いましたので。
  また、いつも以上(通り?)に読み辛い文章で申し訳ありません。



 

 

代理人の感想

 

う〜む、制圧はしませんでしたか。

木連を支配する独裁者アキトというのも見てみたかったんですが(核爆)。