第三話  始まりの終わり






「おはよう、ルリちゃん。」



 木連で迎える初めての朝。
 アキトはルリに爽やかな笑みと共に、朝の挨拶をしている。



「おはようございます、アキトさん。
 今日の朝ご飯は何ですか?」



 ルリも笑顔で返事を返している。



「うんとねっ、今日はご飯とお味噌汁、それに塩鮭に卵と海苔という古式ゆかしい朝ご飯にしてみたんだけど。
 あ、ルリちゃん、洗面所に行くならラピスも起こしていってね。」



 最近のラピスは起きるのが遅くなってきている。
 遅くなってきていると言うよりも、起こされるまでずっと寝ていると言った方が良いぐらいだ。
 ユーチャリスでアキトと一緒だった時には、アキトが目覚めると殆んど間をおかずに起きてきていたのが嘘のようだ。

 やはり新しく家族ができたのと、アキトがピリピリしなくなって安心しているのかもしれない。
 アキトも規則正しい生活を送ってくれるのならば余り気にしないのだろう。
 寝る子は育つ、この言葉通りに育ってくれるのを誰よりも願っているのはアキトなのだから。



「はい、解りました。」







「はい、戴きます。」



「「戴きます。」」



 ご飯を食べる際には必ず三人揃って、手を合わせてから食べるようになったらしい。
 これもラピスへの情操教育の一環として欠かす事が出来ないとアキトが考えたようだ。

 アキトはラピスを完璧な子に育てようとしているらしい。
 箸の持ち方等も注意していたからな。



「あ、そうだルリちゃん。」



「ハグハグ、ン?
 ファイ、ファンデヒョウカ、ファヒィヒョファン?」



 ちょうど口に含んだ時だった為、そのまま喋ってしまうルリ。
 当然ながら何を言っているのか判りはしない



「ご免、口にあるものを飲み込んでからでいいよ。
 あ、焦らなくていいからね。
 ゆっくり、きちんと噛んで食べて。」



 ルリが慌てて飲み込もうとするのをアキトが止める。
 その一方でアキトはラピスに対して注意もしている。



「いいかい、ラピス。
 ものを食べている時には、喋ろうとしたら駄目だよ。
 今のルリちゃんのように何を言っているのか判らないだけでなく、
 口から食べ物が飛び出てしまう危険性すらあるからね。
 それに、周りで食べている人に対して、不快感を与える事もあり得るからね。
 絶対に真似しないように。」



 アキトは全ての事をラピスの教育の材料にしていくつもりらしい。
 ラピスもそんなアキトに対して、コクコクと頷いている。


 そうこうしているうちに、ルリがやっと口の中のものを飲み込めたようだ。



「ゴックン。
 はい、何でしょうかアキトさん?」 



「えっとね、今日の予定の事なんだけど、
 まず始めに、向こう三軒両隣に対して引越しの挨拶をしてしまいたいと思う。
 時間が少し早いんだけど、九時位に出かけよう。
 で、その後なんだけど家に戻ってきたら、もう一度木連の状況を確認しようと思っているから、その準備をしておいてね。」



「はい、準備しておきます。
 あ、そうだアキトさん。
 挨拶に行く時には、何か持っていった方が良いんじゃないですか?」



「あ〜〜、そうだね。
 本当なら引っ越した時なんだから蕎麦が正式なものなんだろうけど、今は持ってないからな〜〜。
 何を持っていこうか……何か良い物ないっけ?」



 アキト達は頭を捻ってみたものの、如何せん木連の物がなさ過ぎる。
 目立たない為にも、地球のものなんかを贈る訳にもいかないし…。
 良いアイデアは浮かばなかったらしい。



「う〜〜〜ん、しょうがないな。
 近場でタオルか何かを買って来よう。
 それで良い事にしてしまおう。」



「はい、判りました。」







「さて、この家が最後の一軒だね。」



 アキト達は挨拶回りの最後の家である、左隣の家の前にやって来ていた。
 ここまでの挨拶回りは順調そのもの。
 誰からも怪しまれることなく、却って今時珍しい程礼儀正しいと褒められるぐらいだった。



「じゃあ、名前を確認して、
 え〜〜と、白鳥さんね……………………………………………………………白鳥?



 アキトが表札で名字を確認し、インターフォンをさて押そうとしたところで固まった。



「………………ルリちゃん、若しかして、白鳥ってあの白鳥だったりするのかな?」



 アキトは何故か汗をかきながらルリに確認している。
 その声は、どうにか自分の予想が外れていますようにという願望が込められているかのようだった。

 それに対してルリは、インターフォンをアキトに代わって押そうとしながらあっさりと答える。



「ええそうですよ。
 多分アキトさんが思っている白鳥さんです。」



 言い終わるや、インターフォンを押してしまうルリ。



「ええっ!?
 だって、白鳥さんは、
 ええっと、だから、つまり、」



 ルリの答えに焦ってしまい、もはや何を言っているのか意味不明なアキト。
 そんなアキトに追い討ちをかけるように、インターフォンから声が聞こえてくる。



『は〜〜いっ!』



「あ、あの〜〜、今度隣に引っ越してきましたテンカワというものなんですけど。」



 まだ混乱しているらしいアキトに代わってルリが挨拶している。
 テンカワと名乗った時に、顔を赤く染めたのは御愛嬌だろう。



『あっ、ちょっと待って!』



 止める隙もないほど素早くインターフォンが切られる。


 ガチャ


 モニター越しにではなく、直接会って会話しようと思ったらしい。
 玄関でドタバタドタバタしている気配がした。



「ご免ご免、お待たせ〜。
 私、白鳥・ユキナよろしく!!」



 予想通りの人間が、予想よりも幼い姿で出てきた。
 その事にアキトとルリは、過去に来てしまった事を強く認識させられたのであった。

 喋っている言葉は一言一句予想と違わなかったが。

 暫し呆然としてしまったアキトをルリがユキナから見えないように突っつき、立ち直らせる。



「あ、ああ、ユキナちゃんね。
 俺はテンカワ・アキト。
 今度隣の家に引っ越してきたんだ、よろしくね。」



 自覚のない必殺技、テンカワスマイルを発動しながら挨拶をするアキト。
 それに続いてルリも自己紹介をする。



「テ、テンカワ・ルリです。
 ユキナさん、よろしくお願いします。」



 自分から『テンカワ』と名字を付けた自己紹介をするのはこれが始めてだったりするルリ。
 自分の名字を言うのに何故どもってしまった上に、顔を真っ赤に染め上げているのかはその場にいる誰にも解らなかった。

 一瞬テンカワスマイルに屈しかけたユキナだったが、ルリの変な様子にどうにか理性を保ったようだ。
 ルリの挨拶が終わったので、次に挨拶するであろうラピスに目を向けた。

 しかし何時まで経っても挨拶をしない。
 元々気の長くないユキナは噴火寸前にまでイライラが募ってしまい、とうとう噴火かというその時、
 これ以上ない絶妙のタイミングでアキトが口を挟む。



「ほら、ラピス。
 きちんと挨拶しなきゃ駄目だよ。
 ご免ねユキナちゃん。
 ラピスは人一倍人見知りが激しくて、俺達兄妹以外には一人だけにしか懐いてないぐらいなんだ。」



 その一人というのが誰の事かは言うまでもないだろう。



「あ、いえ、そんな。」



 噴火によって爆発されるはずだったエネルギーもどこかにいってしまったので、どこか間の抜けた返事を返すユキナ。



「さぁ、ラピス。
 挨拶して。」



 アキトの再度の促しに、ラピスもやっと決心がついたらしい。
 蚊の鳴くような声でも、どうにか名前を言う。



「……テンカワ・ラピス。」



 名前しか言わないのかっ!とユキナは心の中では突っ込んでみたが、
 アキトの後ろに隠れてしまっているラピスの様子を見ると、大声を張り上げるわけにもいかず不完全燃焼に終わってしまう。



「あの、ユキナちゃん。
 ユキナちゃん以外のご家族の方は?」



 黙ってしまったユキナにアキトがわざとらしく問いかけるが、今のユキナはそのわざとらしさにさえ気付かなかった。



「あ、私以外にはお兄ちゃんがいるんだけど、今はでかけてるから。」



「………お兄ちゃん。」



 当然ながら彼の事だろうと想像がつくものの、何とか違っていて欲しいと足掻いてしまうアキト。
 その為ユキナの話を聞いていれば解る事まで質問してしまう。



「ご両親は?」



「……いない。
 あっ、だけど大丈夫なんだよ!
 お兄ちゃんは軍のエリートだし遺産も結構あるし!」










 ルリの厳しい眼差しによって充分反省させられたアキトは白鳥家を出る際にユキナに話しかける。



「取り敢えず今回はこれくらいで失礼させて貰って、
 また後で九十九さんがいるときにでもお邪魔させてもらおっかな。」



「う〜〜ん、最近お兄ちゃん帰ってくるの遅いし、
 帰ってきても直ぐに出かけて行っちゃうから会えるかな〜?
 最近は晩御飯も家で食べずに徹夜でゲキガンガーだし。
 ……って、あれ、私アキトさんにお兄ちゃんの名前教えたっけ?」



 ユキナの台詞に思わず立ち止まってしまうアキト。



「あ、ああ、うん。
 教えてもらったよ。
 大体そうじゃないと、俺はユキナちゃんのお兄さんの名前なんて知る事が出来るはずないじゃない。
 やだな〜〜、ユキナちゃん。
 アハハハハハハ。」



 乾いた笑いで誤魔化しながら、話題を次に移していくアキト。
 ルリの目が先程よりも厳しくなったのは、多分気のせいなのだろう。



「あのね、ユキナちゃん。
 もしも良かったらユキナちゃんも家でご飯食べない?
 もう一人分ぐらい増えたって手間は変わらないし、それにユキナちゃんも一人で食べるよりも皆で食べた方が美味しいだろう。
 考えておいてね。」



 ルリも笑顔で話に加わる。



「そうですね、ユキナさんが加わったら家の食事風景も賑やかになるでしょうし。」



 ラピスはまだアキトの後ろに隠れているが絶対反対という訳でもないようだ。
 唯黙ってアキトにしがみついている。









 白鳥家から帰ってきて開口一番アキトはルリに問いかける。



「ルリちゃん、わざと白鳥家の隣にしたね?」



「はい。
 わざとです。」



 アキトの表情は恐いものであるにも拘らず、サラリと答えるルリ。
 結構イイ性格になってきているのかもしれない。

 その余りにハッキリと肯定されてしまい、少しビビリながらもアキトは更に問いかける。



「……じゃあ、何で白鳥さんの隣を選んだのか理由を教えてよ。」



「では先ずアキトさんに聞きますけど、何で白鳥さんのお隣ではいけないんですか?」



 質問に質問で返すルリ。
 それって本当は許されない事なのだと思うのだが…。

 しかしアキトはルリに気圧されている為、モゴモゴト口篭りながらルリの質問に答えてしまう。



「あ、え〜〜と。
 九十九さんって優人部隊の一員で、エリート中のエリートな訳じゃん。
 簡単には説得できないだろう、今回はミナトさんもいないことだし。
 それに俺達の生活態度から、変だと感じる可能性も一般人よりも遥かに高いだろう。
 最後に、これが一番大事だけど、若しもラピスがゲキガンガーにはまってしまったらどうするんだよ、ルリちゃん。
 木連の軍人は皆ゲキガンガーに頭の中を侵されているから、ラピスの近くにはいて欲しくないんだ。
 これくらいかな、ルリちゃん。」



「解りました。
 では一つ目から、
 簡単に出来ないからといって説得を諦めてしまっては誰一人として説得なんて出来ないでしょう。
 それに影響力のある人、という条件に当てはまる人は皆同じ様な条件です。
 次に二つ目ですが、私達は既に潜入しているんです。
 たとえ誰であろうと不審に思われたら終わりです、従って軍人・一般人関係なく用心しなければなりません。
 だから隣が軍人であろうとなかろうと、関係ないでしょう。
 で、最後のですが、ユキナさんがいます。
 ユキナさんはゲキガンガーに毒されていませんでした。
 ラピスが毒されそうになっても、多分守ってくれるでしょう。」



 ルリの怒涛のような反論に言葉がでないアキト。
 実際には結構穴だらけな理論なんだけどね。



「それで私が白鳥家の隣を選んだ理由ですが…………ユキナさんがいるからです。
 ユキナさんはあの頃の私に優しくしてくれました。
 きっとラピスにも優しくしてくれるでしょう。
 なによりユキナさんは世話好きですから。」



 理由になっているようでなっていないルリの理由。
 端的に述べると、ユキナの傍の方が良かったというだけの事だろう。

 そこまで言われると、アキトとしても何も言い返せなくなってしまうらしい。
 ニッコリ笑うルリの笑顔を見ながら、仕方ないか、等と考えているのであった。











「ルリちゃん、朝に頼んだ事は用意できてる?」



 木連の現状分析についてのことであろう。
 これからの指針を決める大事な情報だけに、何度繰り返し確認してもし過ぎということはない。



「はい、準備万端です。
 何時でもOKですアキトさん。」



 ラピスはやはり黙ってアキトの膝の上に乗っかっている。



「じゃあ始めようか。
 ルリちゃん、木連の政府の様子からお願い。」



 アキトの言葉とともに、壁の画面が明るくなる。



「木連の現在の政府のトップはこの人、明智・光春です。
 内閣総理大臣として二年以上政権を維持しています。
 ただし、実権は全く持ってなく、ただの飾り物と見られています。」



 時の内閣総理大臣を飾り物として切って捨てるルリ。



「うん、じゃあ実権を握っているのは誰なんだい?」





「………草壁・春樹です。」



バキッ!!

 アキトが手に持っていたボールペンを真っ二つに折ってしまった。
 確かそれって、強化プラスチックで出来てなかったっけ…。



「草壁・春樹。
 作戦本部議長…その上に制服組の人間で、国防大臣と木連軍司令長官の二人が上官として存在していますが、
 事実上軍を握っているのはこの男です。
 彼の決済を受けない事には、上の二人には一切議題は回らないようになっているそうです。
 まあ、二人の存在意義は詰め腹を切る事ぐらいなもののようです。
 実際ここ数年で、上の二人は何回も変わっていますが、彼らは退役軍人の中から草壁に近い人間という理由で選ばれたそうです。」



 一度そこで息をついた後、そのまま言葉を続けるルリ。



「彼の官位は木連軍中将。
 彼の声が一声かかれば、徒手空拳ででも前線に飛び出す事が出来ると軍全体が豪語するほど信望があります。
 また、現在の木連が絶妙なバランスの上に成り立っている、成り立たせている功労者でもあります。」



 ルリが草壁を褒めた事が気に入らなかったらしいが、グッと気を落ち着かせてからアキトが声を出す。



「随分草壁を褒めるんだね、ルリちゃん。
 ま、いいや、その功労者って意味を教えてよ。」



「はい、現在木連の軍には大きく分けて三つの派閥と一つの異端に分かれています。
 その四つの立場の人間がそれぞれ草壁を支持しているんですが、
 四つの立場の代表的な人間の名前に東西南北が入っている事から、その四人の事を四方天と呼んでいるそうです。
 事実上その四方天で草壁を支えていると言って良いでしょう。
 そして、その考え方の違う四方天を混乱させる事もなく上手く纏めているのが草壁なんです。」



「まず東から、東・八雲。
 優人部隊及び優華部隊の総指揮官です。
 立場は和平派……派と言うのは正しくないかもしれません、軍内部では反戦を公言しているのは事実上彼一人でしょう。」



「一人だけの和平派?
 よくそんな人間が優人部隊の総指揮官になんかなれたな〜。」



 アキトの独り言をルリは耳聡く聞いていた。
 また、その答えも知っていた。



「それには幾つかの要因があります。
 一つは彼が戦術・戦略の天才だったという事。
 実際に彼に戦術・戦略シミュレーションで勝った事がある人間は木連の中にはいないそうです。
 しかも教科書にも載っていないような用兵で味方の被害を最小限に抑えてしまうそうです。
 二つ目が彼が東家の出身だという事。
 木連軍の中でも名門中の名門東家の嫡男であることから、彼を追い落とそうとする人間は表面上は出てこないそうです。」



「成る程、木連のユリカって訳だ。
 でもそれだと余計に裏に篭って酷い陰険な扱いを受けそうだけど?」



「はい、それだけではありません。
 三つ目の要因は、草壁の厚い信任を受けているという事。
 何故草壁が無償の後ろ盾となっているのかは解りませんが、実際に影に日向に彼を守っている事だけは確かです。
 彼を優人部隊の総指揮官に大抜擢するように指示したのも草壁ですし……
 彼がどう思っているかは別にして、木連軍の中では草壁の寵愛を受けていると思われています。
 そして最後にして最大の要因は、彼の妹です。」



 草壁がそんな事をしていたとは夢にも思っていなかった為に、暫し呆然と聞くだけになっていたアキトだったが、
 いきなりそれまでとは全然違い、「妹」が要因だと言われて面食らってしまったらしい。



「妹?
 妹って、兄弟姉妹の妹だよね?
 何で此処で妹さんなんかがでてくるの?」



「えっと、彼の妹は東・舞歌と言って優人部隊・優華部隊の参謀長を務めています。
 しかしこの場合の彼女が要因だと言ったのは彼女の仕事などは丸っきり関係なく、彼女自身による所が大です。
 彼女の幼い頃の渾名は『鬼舞歌』
 小さい頃から近所の年上の悪ガキを叩きのめし、幼年学校の時には同学年の男子を全員気絶させたというつわものです。
 その後も士官学校等でも順調(?)に周りの男をボロボロにしていたそうです。
 従って、八雲に手を出すと妹の舞歌まで敵に回すということで、手を出すものはいないみたいですね。」



 思いの外一人に時間がかかってしまっていた。
 ルリは次からの人間は飛ばして説明するつもりらしい。



「西は、西沢・学。
 跳躍砲、所謂ボソン砲等の科学分野と軍の物資・補給関連を一手に扱う切れ者です。
 軍内部の官僚組織を握っている事と金をガッチリ握っている為、影の実力者とも目されています。
 実力は、四方天の中でも筆頭でしょう……と言うよりも一つ飛びぬけていると言った方が良いかもしれません。
 で、立場ですが、現実派と言いますか現状派と言いますか、兎に角地球とは荒波立てないかわりに木連にも手を出すなと言う考えです。
 軍の制服組の中ではそれなりの考え方の代表ですね。
 但し、実際の行動を起こす為の力、つまり兵士を持っていない勢力なので最初のうちは無視しても良いでしょう。」



 辛辣な事を言うルリ。
 しかしこれは唯の助走に過ぎなかったのだ!
 そう!彼女の真価は次の人物を紹介する際に如何なく発揮されたのだ!!



「次は南の南雲・義政ですね。
 一応は政略担当で、主戦派の代表という事になっていますが、ただの馬鹿です。
 草壁も南雲の取り扱いには手を焼いているようですが、軍の一部に深く根を張っている狂信的な輩の代表です。
 従って、軍の一部からは熱狂的に支持を集めていますが、それ以外からは総スカンを喰っています。
 それでも首にならないのは草壁がこういった輩も使いどころが必ずあると思っているからでしょう。」



 久しぶりにルリが「ばか」の言葉を使った。
 但し、ナデシコに乗っていた時と違うのは、あの時の「バカ」にはそれでも何かしらの感情が篭っていたが、
 現在使った「ばか」には「馬鹿」という言葉の意味しか入っていないのだから。

 ああ、それにしてもルリは何処でそんな辛辣な性格になってしまったのだろう。
 アキトの額にも冷や汗が張り付いているぞ。





「最後が北の…………北辰です。」



グシャッ!!

 その言葉がルリの口から出た瞬間、アキトの手の中にあった新しいボールペン(強化プラスチック製)は音を立ててボロボロになった。
 今回は二つに折れるなんてものではなく、原型が分からなくなるほどにまで粉々になってしまっている。

 顔は感情が昂るとでると言っていた通り、光っている。
 その名前がでると、感情制御がまだ上手くいかないのだろう。


 またその膝の上ではラピスが心細げに震えながらアキトに抱きついている。
 その表情は今にも泣き出さんばかりの顔をしている。

 二人のそんな変化に驚きながらも、それでも言葉を紡ぐルリ。



「北辰、憲兵隊……いえ、違いますね。
 言うなれば、秘密警察と諜報部隊、それに特殊部隊を合わせたようなものを手駒にしていますが、人数的には多くありません。
 彼には政治信条というものは無いそうです。
 ただ自分が仕える人間が命ずるままに動く、と口にはしています。
 しかし実際のところは”殺し”を楽しむ快楽殺人者・狂犬というのが大方の見方です。
 また、人体実験を秘密裏に行っているとの未確認情報もあります。
 これは草壁すら知らない事だと言うことです。
 実際草壁の命令に従わなかった事が何度もあったそうですし……。」



 ルリの声が続く中、アキトは更に怒りを増していき、ラピスはラピスで益々アキトにしがみついている。
 それでもルリはまだ話を続ける。



「北辰が現在の地位に就いてからだけで、軍内部での粛清が結構あったらしいです。
 記録が一切なくなっている為正確な数字は解りませんが、異常な死に方をした者を含めると、相当な数になる事は間違いないです。
 また、一度北辰らの部隊に捕まると、正式な治安組織でさえも手が出せなくなったそうです。
 それまでは十人中八人は治安部隊に引き渡され、一人は内部で、一人は解放されていたらしいですが、
 現在では十人中八人まではそのまま帰ってくる事はなく、一人は精神的に壊され、良くて一人だけが治安当局に引き渡される。
 そう変わってしまったそうです。
 お陰で治安当局とは小競り合いが絶えないそうですが、軍の機密保持を理由に草壁が突っぱねているそうです。
 何故草壁が北辰を庇うのかはわかりません。」



 ルリが説明を中断して、アキトに問いかけるような眼差しを向ける。
 それに気付いたアキトが応える。



「まあ、清濁併せ呑むのが為政者足る者の務めとも言うし、
 草壁もそういった者を使いこなせてこその為政者であると考えているのかもしれないね。
 まあ、俺は草壁じゃないから一般論としての意見しか言えないけど。
 本当は、草壁が北辰に裏で指示してるのかもしれないしそれは判らないよ。
 でも唯の馬鹿ならそんなに人望がある訳ないのだから、やはりそれなりの人物ではあるんだろうな。」



 それよりも、アキトは先程の説明の中で気になった所があったらしい。
 ルリの質問にはそれぐらいをもって答えとし、質問を返す。



「ねえ、ルリちゃん。
 今の治安当局の責任者とその力、それにその人の考え方ってどうなっているのか解る?」



「はい、現在の治安の責任者は…桃井・彬内務大臣ですね。
 桃井は比較的開明的な考え方をする人らしく、民意が開戦ならばそれはそれでしょうがないが、軍の独走は許さないという考えです。
 従って、現在の北辰に対しては対立する立場に立っています。
 また彼は人望もあるらしく、治安機関は全て彼で持っているとまで言われるほどだそうです。
 治安当局としての力は、警察・検察が動員できるぐらいで大した力はないと言えるでしょう。
 北辰が彼を排除しないのは、人望があることと力がないことからいつでも消せると思っているからでしょう。」



 ルリは更に言葉を続ける。



「もう一人北辰に対立している人がいます。
 名前を斉藤・真と言って、司法長官です。
 桃井と仲がよく、基本的に彼と同じ考え方です。
 内閣の中ではこの二人ぐらいでしょうか、それなりに頭が切れる人間は。
 ………
 以上が木連の主要な人物達といえると思います。
 これ以外は追々でも構わないでしょう。」



 ルリの長々とした説明がやっと終わった。
 アキトもその説明の間気を張り詰めていた為、息を吐きながら感想を言う。



「ありがとう、ルリちゃん。
 大体のところは分かったような気がするよ。」



 一度そこで息をつき、意思を確認するかのように訥々と喋る。



「草壁が良くも悪くも木連の中心だと言う事は、改めて解った。
 ただ、アイツの考え方がハッキリしない以上どうする事も出来ないし、居なくなった事で木連が無政府状態に陥ってもらっても困る。
 だから草壁にはずっと上にいてもらって、暴走しそうな連中の手綱を締めていてもらおう。
 俺達が一番最初に近付かなくてはいけないのは、東・八雲だろう。
 彼が失脚する前にその地位を上手に使って軍内部に和平派を増やしてもらわなくてはいけない。
 幸いな事に優人・優華部隊というエリート部隊のトップのようだから、彼らを説得できれば大きな戦力になるに違いない。」



 木連の中でエリート中のエリートたる優人・優華部隊が一致団結して和平派になったら、
 それはとてつもなく大きな勢力になるのは間違いない。



「他の二人のうちで、西沢は接触する事を極力避けた方が良さそうだな。
 下手に近寄って、西沢にこちらの考えを見破られたりしたら大変だからね。、
 それにこちらの勢力が大きくなりさえすれば、実力で抑える事が出来そうだし。
 で、南雲だが、無視で構わないだろう。
 狂信者は相手にできないからな。
 ま、なるべく勢力を削っておきたいと思うけどね。」



 ここまでは穏かに話していたが、次の人物の話になるとそうはいかないらしい。
 それでも感情を昂らせる事なく話そうとは努力している。



「北辰……明らかに敵だな。
 どんな形で戦う事になるかは今の段階では解らないが……。
 油断は出来ないだろう。
 ルリちゃん、出来るだけ監視しておいてね。」



「内閣に入っている二人……桃井と斉藤だっけ?
 その二人は取り敢えずは様子見かな。
 愚直な奴だったら捕まえに来る可能性も否定できないし。」



 取り敢えずの方針としては、東・八雲に近寄る事にしたらしい。
 しかしそれ以外にも色々やる気があるようだ。






「で、突然ですがここでルリちゃんに問題です。
 若しも俺達が現政権を引っ繰り返さないまでも、揺さ振りをかようと思うなら、一体何をすれば良いでしょう。」



 アキトが唐突にルリに問題を提示してみせる。
 それに対してルリは咄嗟には反応できない。



「…五・四・三・二・一・零〜〜。
 時間切れで〜す。」



 シンキングタイムが丸でない問題は、ルリが答えられないまま時間終了。
 アキトが答えを言う。



「簡単な方法は、治安を悪化させてしまう事。
 勿論俺達は和平派が主力になってもらわなければいけないのだから、一般人を標的にするのは拙い。
 一般人が犠牲となって、それによって好戦ムードが広がっては元も子もないからね。
 この場合には、軍、特に主戦派の南雲一派の施設等を集中的に叩く事かな。
 それにより一般人の軍に対する信用を失くし戦争しても勝てないと思わせ、一方で主戦派の数を減少させる。
 取り敢えずこの方法がベストだと思う。」



「勿論、メディア戦略も欠かせないけど、いきなり反戦を訴えても上手くいかないからね。
 社会秩序がしっかりしている時には政府の言う事を信じ易いし。
 従って、軍にダメージを与えた後、然るべきキャンペーンを張っていこう。」



 どうやら当面の動きの目的は立てられたようだ。
 あとは上手く作戦を遂行していくのみ、と言ったところか…。










後書き
 人物紹介のお話です(笑)
 木連の人の名前がどんな風なのか良く分からなかったので、全て日本人風にしてしまいました。
 今回出てきたうちで、数名はアキトに深く係わらせようと思っています。(予定は未定ですが……)

 それにしてもルリに説明をさせてしまった(笑)
 これからも説明は多そうですが、説明お姉さんの出番はないだろうからな〜(笑)


 

代理人の感想

 

西沢さんがちょっとオリジナル入ってますね〜。

後、影の部分が(今の所)北辰に集中しているような節もあります。

これは草壁の暗部の責任とイメージを北辰がまとめて負っているのか、

あるいはこちらの草壁はステロタイプな草壁像とは違うのか?

以下次号(笑)。

 

 

 

追伸

桃井と斎藤はわかりますが、明智って言うのはどこから来たんでしょうか?

韻を踏んでるわけじゃないのかな?