〜1〜

 「…ユリカユリカ、起きてユリカ」

 頬をプニプニつつかれる感触とその聞き慣れた男の子の声に、私は目を覚ました。目を開けると、明るい部屋の中に暖かそうな黒髪が見える。眼ぼけた目を一度閉じ擦りながら再び開けると、カーテンを開けて朝日が当たってる自分の部屋と共に


 「リョウスケ、どうして居るの?」
 「ユリカ、今日、何の日か覚えてないだろ」


 幼馴染みの、10才の時からずっと側に居る、私と同じ歳の男の子「(おぎ)リョウスケ」の顔が正面に見える。
 私は、彼の呆れていそうな表情と声に対して、起こされた事もあって不機嫌に答える。


 「う〜、覚えてるもん。艦長の体調を崩しちゃダメだよ、リョウスケ副艦長」
 「AM9:00を越えても熟睡している、寝たボケ艦長を起こすのも副長の仕事みたいだからね、ユリカ艦長」


 本当に、ああ言えばこう言うんだから。リョウスケのバカ。不機嫌に起き上がった私を見つつ、彼はお父様と一緒に朝食の準備を整えたから食べようと言ってるけど、何時頃から家に来てるんだろ?


 「何時から、家に来てるの」
  「8時頃かな。‥予想通り涎垂らして寝ていた、お嬢様を起こす為にね」


 その声に慌てて口元に手をやった私を見て、彼は笑い顔で一言。


 「嘘」
 「!リョウスケのバカ!!」


  怒って、朝から女の子の部屋に乗り込むデリカシーの無さの分も含めて、私は思いっきり枕を彼に投げつける。けどアッサリ片手で受け止められ、逆に投げ返された枕は、見事に私の顔へ『ポム』と言う音をたて命中した。
  …リョウスケのおバカー!!


 
 
 

機動戦艦 ナデシコ

〜二人の王子様〜

第一話『あなたは優?勇?』

スモモの氷菓子


 
 
 

 〜2〜

 「ユリカ、美味しいかい。今日は父さんが特に腕を振るって作ったんだよ」
 「有難う御座います、お父さま。このお味噌汁も美味しいですわ。…お父さま?」
 「ユリカ!!父さんはやっぱり心配だよ!新造戦艦の艦長など辞めて」
 「お父さま、心配しなくても大丈夫です。だって私は、お父さまの娘ですから」
 「ユリカ〜!
 ……………


 …やっぱり、こうなったか。
 朝からテンションが高い親子会話に僕、荻リョウスケは‥『俺』と言うのは似合わないし、20歳になったから『私』と言うのも、まだ似合う年頃でもないから僕は自分の事を『僕』と言っている。
 僕は、傍目からどう見ても暑苦しいこの光景を、呆れるよりも羨ましいと思っている。まあ、13で両親が離婚して15で引き取ってくれた父親が死亡し孤独、一人暮らしを始めた人間は誰でもこんな会話が僅かでも羨ましいと思っているのだが。
 で、この親子会話に心の温かさを感じつつ食事を取っていた僕は、タイミングを計ってコウイチロウおじさんに声を掛ける。


 「コウイチロウおじさん、いえミスマル提督、ご心配なく。『火星の英雄』フクベ元提督も戦艦『ナデシコ』に乗船していますし、『ネルガル』が言ってる諸性能がある程度本当なら、今の戦艦に比べて沈みづらい艦ですから『ナデシコ』は。だから」
 「リョウスケ君!でも私は心配なんだよ〜」
 「僕もユリカのサポートをしますから。大丈夫です、提督。僕を信じて下さい」
 「もう、お父さま。リョウスケも一緒に頑張ってくれますから大丈夫、大丈夫。私を信じてくれますよね」


 等と言うやり取りを経て、食事を終えたユリカと僕は『ナデシコ』に乗艦する準備を、彼女の荷物を詰め込んで『ナデシコ』が停泊しているサセボ基地に向かおうとしているのだが…おい、時間掛かりすぎだぞ、ユリカ?注意すべくノックをして彼女の部屋に入ると、艦長服と帽子を着こなそうと悪戦苦闘している姿が見えた。何でそんな事で苦労しているんだ、ユリカ。服なんて、それなりに着れば良いだけの事だろ。そんな僕の心の声が聞こえたのか、それとも僕の表情から察したのか判らないが、入って来た僕を見た彼女は


 「だって、第一印象が大切だから一所懸命、見栄え良く決まる格好をしているんだぞ、リョウスケ(エッヘン)。だから女の人には時間が」
 ポカ


 胸を張って堂々と言い切ろうとするユリカに、僕は容赦無く拳を頭に埋めた。こら、モデルじゃないんだから、姿形より態度と行動で自分らしさを出せば良いだろうが。拳を埋めた頭を抱えて涙目で文句を言っている彼女に僕は、「時間厳守も言葉遣いも大切だよ、ユリカ」と言い聞かせるが、まだ反論しそうな感じだったので、僕は彼女を見て感じている事を素直に口に出す。


 「今でも、お前は美人で綺麗だから…」
 「!?もうリョウスケたら〜素直なんだから♪♪でもユリカ、もっと綺麗になって」
 「もう時間がないから、却下」
 「服引っ張らないでよ!折角、見栄え良く決まってるんだから」


 煽てる(おだてる)つもりは全く無かったが、さらに図に乗りかね無いユリカを無理矢理連れ出して、僕はミスマル邸の前に止めてあったネルガルのレンタカーに乗り込む。僕の態度と行動に、彼女も着こなしを諦めて素直に自分の荷物をトランクに詰め込み始める。そんな僕達をコウイチロウおじさんはソワソワしながら見守っていた。そして準備が全て終わり、出発の時。ユリカの挨拶に、おじさんは堪えきれなくなって


 「では、お父さま。ミスマル・ユリカ、『機動戦艦ナデシコ』の艦長として精一杯頑張ってきます」
 「ユリカ〜〜!!胃薬持ったか、寝不足にもなったら困るから睡眠薬も必要」
 「もう、お父さまたら。お父さまこそ、寒いですから風邪など引かない様に、お身体に気を付けて下さいね。それでは、行って来ます」


 ……………いつもの事なんだけど、疲れると言うか羨ましいと言うか。何時まで経ってもおじさんはおじさんだな。
 僕は心の中で苦笑と共に少しの羨望も感じながら、車にユリカの荷物をトランクからはみ出る程積んで、サセボ基地へ彼女と共に出発した。

 

 

 〜3〜

 サセボ基地に向かって車を走らせてるリョウスケの助手席に、私は座ってる。
 今まで『ナデシコ』に着いてからの諸事について打ち合わせてた私達2人は、今はそれに一区切りを付けて静かな時間を過ごしてた。
 しばらく、流れる風景を見てた私は、外に向けてた視線を隣で運転をしてる彼の方に向ける。
 (やっぱり、リョウスケの髪て綺麗だな。)と彼の横顔を見て私はいつも思う。彼の黒髪は本当に綺麗で、『ぬばたまの髪』とは彼の髪の事を言うのだろう。朝日に光り、昼間は輝き、夕日で煌めく。本当に羨ましいな。
 私が10才の時に火星から来たリョウスケは、私と同じクラスになって以来ずっと仲良しな……大切なお友達。時々、私の頭をポンポン殴るのはイヤなんだけど、私が困ってる時には必ず手助けしてくれる優しくて頼りになる男の子。そして両親が二人とも居なくなり、独りぼっちになっても一生懸命、一生懸命頑張ってる強い男の子。
 私の視線に気付いたのか、リョウスケはチラッと私に目を向けた後、いつもの様に優しい口調で私に話し掛ける。


 

 「‥何見ているんだい、ユリカ」
 「リョウスケの髪。いつ見ても綺麗だね、羨ましいな〜」
 「物欲しそうな顔されても、これは体質だから分けてあげる訳にはいかないし」
 「そんな事判ってるもん。髪伸ばしたらもっと綺麗になるのに、男の子だからそんな事しないし。リョウスケには勿体無い(もったいない)よ」
 「勿体無いって、言われてもね」
 「でも、今の髪型は似合っているから、髪伸ばしたら逆に変になっちゃうかもしれないし…う〜ん、やっぱり、リョウスケはこのままでいいや」
 「人の評価を上げたり下げたり、忙しいな、ユリカって」


 

 そう言って、少し苦笑してた彼は前方から私の方に顔を向けた後、ステアリングを握っていた左手を伸ばして


 

 「でも、何だかんだ言っても褒めてくれたんだから、有難う」


 

 と感謝の言葉を言いながら、微笑んで私の頭を軽く撫でる。優しい口調と共に人に対する繊細な仕草は、私をいつも優しく包んでくれる。昔、小さな頃よくお父さまに頭を撫でて貰ってたけど、あの感触と似てる様なそれでいてまた別の心地良さを、私は彼の手から感じ、日向ぼっこをしてる猫の様に軽く目を閉じ頭を彼の方に傾ける。
 でも、リョウスケのそんな優しさも態度もそして微笑みにも憂いが漂う様になってしまった。昔は、もっと明るく笑って私を見てくれてたのに、今では私を見る瞳は陰・暗さが潜んでる様な気がしてしまう。‥辛い事、悲しい事がいっぱいあったから、仕方無いのかもしれない。でも、きっと、また本当の笑顔を取り戻してユリカを見てくれる事信じてるからね、リョウスケ。
 そんな私の身体に、急いでハンドルを切って車が傾いた感触が不意に伝わってきた。すぐに元の体勢に戻ったのを感じたけど、つい目を開けてしまった私に彼は申し訳そうに声を掛けた。


 

 「ごめん、自転車がこっちに寄ってきそうになって」
 ガッシャン


 

 何かがぶつかった音に続いてリョウスケが車を路肩に止める。不審に思った私に彼が1つ溜息を吐いて(ついて)車の後ろを指さす。その指先に目をやると、私のトランクが落ちて彼が避けたと思う自転車とぶつかってた。


 

 「ストライクと言った処かな…荷物多すぎだよ、ユリカ」
 「だって、女の子の身嗜みに必要な物ばかりだもん」
 「だったら僕みたいに、昨日の内に荷物を『ナデシコ』へ運んでおく様にすれば良かったのに。要領が悪い」


 

 う〜、今日やる事、昨日したって仕方ないじゃない。昨日は、ナデシコに持って行く服とか色々選んでたんだから。女の人は、リョウスケみたいにケース1つ程度じゃ済まないんだから、自分を基準にしない事。それにリョウスケだって悪いんだぞ。


 「あー、車のトランクに荷物詰め込んだのリョウスケなのに、ユリカのせいにするなんてヒドイ」
 「お前も一緒に詰め込んだろ。ほらほら、うさちゃんパンツが風に飛ばされる前に拾いに行く様に」
 「うさちゃんパンツなんて、もう履いてないもん。リョウスケのスケベ!」


 

 やっぱりデリカシーの欠片も無いんだから、リョウスケのおバカ。
 私は彼に向かってアッカンベーとしてから車を降りて、トランクをぶつけてしまった自転車の方へと向かう。自転車に乗っていたのは私やリョウスケよりちょっと年下に見える男の子で、その自転車には中華鍋やらリュックサック等、いっぱい乗せてた。


 

 「御免なさい、お怪我はありませんか?」


 

 と私はその人に謝ったんだけど………何処かで見た様な顔だと思うのは気のせいかな??


 

 

 〜4〜

 僕はユリカがトランクの中身を片付けているのを車から降りて見ていたのだが、自転車の少年が彼女を手伝い始めたのを見て僕も彼女の手伝いに向かう。後で、「リョウスケのバカ、無神経、ケチ」なんて言われるのも少し癪だし、やっぱり彼女を手助けたい気持ちもある訳で…条件反射とは恐ろしい物だ。


 

 「…‥小さくまとめられる物は小さくして、衣服類をパッキング材の代わりにしてだな、あれ!?」
 「あの、ぶしつけな質問で申し訳ありませんが……何処かでお会いしませんでしたか?」


 

 何故か慌てている少年に対して、突如ユリカが彼に質問をする。で、僕も彼女にその少年について問い掛ける。…『そこの少年』と言うのも何なので今、彼が手にしている物で呼ぶ事にした。


 

 「おい、ユリカ。お前、このパンツ君と知り合いなの?」
 「え?パンツ君??」
 「ああ。今、お前の白パンツ(ショーツ)をしっかり握り締めているから、パンツ君」
……………
 「!?イヤァァーー!!赤ちゃん出来ちゃう!!!」
 「「そんな事で、出来るかー!!」」


 

 ユリカのカマトト発言に僕とパンツ君が大声を揃えて否定する。そんなので生まれるんなら、今の10倍人類増えてるに違いない。
 で、ユリカの大声に硬直が解けたパンツ君は、慌ててパンツを投げ捨て僕に反論する。


 

 「人聞きの悪い事言うな、アンタ!大体、こっちはあんたらの荷物で怪我しそうになったんだぞ。その上、荷物の片付けを手伝ってるのに痴漢扱いかよ!いい加減にしろ!!!」
 「いや、ゴメン。パンツを握り締めて説教している君を見たら、つい口がそう開いて。本当にゴメン」
 「‥今日は厄日だ。仕事はクビになるわ、痴漢扱いされるし…


 

 パンツ君が落ち込んでいる間に、ユリカは自分の荷物を片付けていた。「もう、お嫁さんになれない」等、妄想じみた事言いながらパンツ君が言ってた通りに、衣類をパッキング材の代わりしてトランクに詰め込む辺り、したたかと言うか素直と言うべきか。
 不意に彼女の手が止まり、辺りを見回し始めた。僕もつられて辺りを見回し何も見付けられなかったので、彼女に問い掛ける。


 

 「何を無くしたんだ、ユリカ?」
 「写真が無いよ、無いの、リョウスケ」
 「もしかして『あの写真』か?」


 

 それに思い立った僕に対してユリカは頷く。彼女の部屋に大切に飾られていた『あの写真』。彼女の無邪気さと夢を現している物であり、僕の心にほんの僅かな嫉妬心を燻らかせる、思い出の物。
 『見付からなければいい』と言う子供染みた妬みに反して、彼女はそれを見付けだし慌てて拾いに行く。その結果。


 

 「!?うわぁわぁわぁわぁあ!」


 

 パンツ君が踏み出そうとする足下にあった写真は、彼女が見事に彼の足から守り、彼女に突き飛ばされる形になったパンツ君は、また転けた。‥本当に厄日だな、パンツ君。


 

 「ふぅー、アキトが無事で良かったよ。…!?あっ!ゴメンなさい。大丈夫ですか?でもでも、足下見ないでアキトを踏み付けようとした君が悪いんだからね、パンツ君」
 「だから、俺はパンツ君じゃない!テンカワ・アキトと言う名前があるんだ!!」
 「へ!?!」
 「だいたい、下着類と写真を一緒に詰め込んでるから、こんなに荷物が盛り上がるんだよ……なんだよ」


 

 パンツ君の文句を無視して、ユリカはずっと写真とパンツ君の顔を交互に見比べていた。そして、その態度に戸惑い始めたパンツ君に向かって不意に笑顔を向けると共に、再びコウイチロウおじさん譲りの大声を出して


 

 やっぱり、アキトだ!!アキトアキト、アキト!?!本当に逢いたかったよ、アキト!!」
 「うわぁ!‥痛てっ!!」


 

 いきなりパンツ君ことテンカワ・アキト?に勢い良く抱き付く。で、勢いに負けた彼は、またまた転けて、今度は思いっきり後頭部を打つ。トコトン厄日だね、パンツ君。
 そして僕は彼女の手からその写真を取り、寝っ転がっている2人に写っている子供を指し示す。


 

 「確認と言う事で。こっちの男の子は?」
 「私の王子様!アキト!!」
 「誰がお前の王子様だ!あっ!小さい頃の俺!?」
 「こっちの女の子は?」
 「…ヒマワリ組のミスマル・ユリカ」
 「ほら、やっぱりアキトは私の王子様♪」


 

 運命の赤い糸…この場合は、赤いピアノ線かデスマッチ用の赤いチェーンかもしれないと思ったが。その存在を信じるハメになりそうだと、僕は溜息を吐きつつ(つきつつ)呆れて肩を竦めた。

 

 
 

 〜5〜

 俺、テンカワ・アキトは今、リムジンの後部座席に乗ってサセボ基地に向かってる。俺が乗ってた自転車はリムジンのトランクに無理矢理詰め込められ、積んでた荷物は助手席で運転の邪魔にならない様に積み重なってる。そして俺が座ってる隣には


 

 「アキトアキト♪もう、アキトたら照れ屋さんなんだから〜。ワザと私を知らない振りして、後で私を追いかけてくれたんだよね。でもでも、アキトはユリカの王子様だから、そんな事しなくてもユリカはいつでもアキトを待っていたのに♪」


 

 俺が小さい時に隣に鬱陶しく(うっとうしく)、へばり付いてたミスマル・ユリカが居て、昔と同じ様に相も変わらず自己中心的な妄想を人に押し付けてくる。そして、運転している青年はオギ・リョウスケと言って、ユリカが言うには10才の頃からの大切なお友達だそうだ。‥よく10年間もユリカと付き合っていられるもんだ。よっぽど人が良いか、ユリカ並みに神経が図太いかのどちらかなんだろう。俺がユリカに付き纏われ始めてから一言も喋らず、バックミラー越しに見える呆れてる様な表情からして、コイツの今までの苦労が判る気がする。少し‥いや大いに同情する事にしよう。


 

 「だから、俺の話を聞けユリカ!俺はお前に一つだけ聞きたい事があるんだ。その返事を聞いたら、降ろしてくれて良いから」
 「そんな事言ってアキト。大丈夫だよ、ちゃんとユリカが交渉してアキトを『ナデシコ』に乗せて貰うから♪」
 「誰もそんな事、頼んでない!人の話を聞けユリカ!!」


 

 だー!コイツ、昔から全然変わってない!このまま、コイツのペースに乗せられたら‥昔の記憶からして、ろくでもない目に遭う可能性が高い。聞きたい事聞き出して、コイツから離れるぞ。
 ユリカに悪戦苦闘してる俺に対して、助け船を出すかの様に運転席のリョウスケが、始めて俺に喋り掛けた。


 

 「じゃあ、テンカワ君は今日、勤め先の料理店をクビになってしまった訳なんだ」
 「アキトで良いです、オギさん。ええ、クビになったんで隣町で再就職しようと思って、自転車で移動してた最中だったんです。‥クビになった俺が悪いんですけど」
 「アキトは悪くないもん。だって、アキトとユリカは引き合う運命なんだから♪」


 

 「誰が引き合う運命だよ。お前が俺を引きずり回してただけだろ」
 …と文句言いたい処だけど、この状態のユリカにどう言っても俺の言葉が聞こえないのは、昔の経験から判りきってたから俺は素直に諦めた。でもリョウスケの奴は、そんな妄想状態気味のユリカに躊躇無く文句を言ってみせる。


 

 「五月蝿いだろ、ユリカ。今は僕がアキト君と喋っているんだから静かにして。・ああ、僕の事はリョウスケで良いからね、アキト君」
 「あー、リョウスケ。アキトとユリカの仲にヤキモチ焼いて邪魔しようとしてるんだね。でもで」
 コーーン
 「いっ痛い…」
 「もう一回叩いてやろうか、ユリカ?」
 「ヤダ」
 「なら、静かにしている様に」
 「……酷いよ、リョウスケ。リョウスケだって、ユリカの邪魔したのに


 

 抜き手も見せずに、助手席に積んであった俺の荷物からお玉を抜き出し、見事ユリカのおでこへ、いい音を立てて命中させたリョウスケ‥いやリョウスケさんは、恨めしそうに見てるユリカの視線をあっさり無視して黙らせたまま、リムジンを運転しつつ俺との話を続ける。
 俺は、リョウスケさんの評価を同情から希望の星へと変更する事にした。さすが10年間、このユリカと付き合ってきた事はある。情けない事だけど俺には到底、真似出来そうもない。


 

 「で、ユリカじゃないんだけど。アキト君、『ナデシコ』に就職しないかい?」
 「いや、『ナデシコ』は戦艦でしょ、俺は軍には」
 「『ネルガル重工』が建造した実験艦だから、扱いは『民間戦艦』になっているんだ。つまり、『ネルガル』が運用していると言う事。僕達も軍からの出向では無く、『ネルガル』のプロスペクターさんと言う人にスカウトされたんだ。と言う訳でユリカ、座席にある端末でアキト君が『ナデシコ』に採用出来る様に、プロスペクターさんと交渉してくれないかな」
 「さすが、リョウスケ!うん、ユリカ、もう頑張ちゃうから。アキト待っててね♪」
 「ちょ!ちょっと待ってくれ、リョウスケさん」


 

 この強引さ‥リョウスケさん、やっぱりユリカに感化されてる。俺は、ユリカや軍に関わりたくないんだ!慌てて断ろうとした俺に、バックミラー越しからリョウスケさんは冷ややかに見える表情で冷酷な理由を突き付けた。


 

 「アキト君。ハッキリ言って君は、何処の料理店でも採用されないと僕は思うよ」
 「!何でだよ、リョウスケさん!?」
 「理由は2つ。1つは、君が火星出身者だと言う事。地球の殆どの人は偏見を持っているんだ、『火星出身者は味音痴が多い』てね。…それともう1つは君がIFS(イメージ・フィードバック・システム)を持っている事、何故だか判るだろ」
 「‥判るさ!これを見たみんながみんな、俺の事を『パイロット崩れ』だと言って!俺は!」


 

 まるで地球に来てからの事を覗き見てた様に淡々と今の現状を言われて、俺は思わずリョウスケさんに苛立ちをぶつけてしまう。『味音痴』なんて、店長のサイゾウさんは言わなかったけど最初、火星の食材に合わせて調理したら調味料を使いすぎて、とんでも無い味になった事もあったっけ。それよりIFSに対する地球の対応が、火星とは全然違ってリョウスケさんが言った様に、偏見で見られてたのはホントの事だ。俺は客から料理人では無くアルバイト扱いずっとされて、反論しようにも、もう一つの理由もあって何も出来なかったんだ。
 そんな俺をリョウスケさんは何とも言えない顔で見て、俺の(てのひら)にあるIFSを見た表情は何かを抑えてる様な、喜怒哀楽がごっちゃになってる様に俺には見える。それから俺の顔に視線を向けたリョウスケさんは、先程までの冷ややかな表情から申し訳なさそうな顔をして俺の苛立ちを抑える。


 

 「怒らないで、判っているから。僕もユリカが言ってた通り火星出身者だからね、9才頃まで居たんだ‥。火星じゃ、IFSを持って一人前だと言う意識だけど、地球じゃあ、遺伝子操作と五十歩百歩の扱いで軍のパイロットとか一部の人達しか使っていないんだ。だから君を雇っていたサイゾウさんと言う人は、よっぽど話が判る人だったか、人が良い人だったんだね。…どうしてそんな店長さんから、クビを言われたんだい?」
 「それは、俺が『ナデシコ』に乗りたくない理由と同じです。‥俺は木星蜥蜴が怖いんです」


 

 俺は今まで誰にも話してなかった、サイゾウさんにも話してなかった火星での出来事を話し始めた。何だかんだ言っても、ユリカが居るから、俺が昔、幸せだった時に一緒だったユリカが側に居るから、俺の言った事をユリカだけは絶対に信じてくれると確信したからこそ、俺はこの事を話したのだと思う。
 巨大なチューリップがユートピア・コロニーに落ちた時。その衝撃で多くの人が怪我して、宅配便のアルバイトをしていた俺は宅配用の車を使って、怪我したみんなを医者が居る所に運んだ事。運び終わった後、俺も避難して宇宙軍の救出を、木星蜥蜴達に敗れて火星から敗走した事も知らず、ひたすらみんなと待ってた事。そして


 

 「…そこに木星蜥蜴が現れて、俺、乗ってた車で必死に蜥蜴を食い止めてたんだけど、みんなが避難しようとした通路にも蜥蜴達が現れて…‥みんな血塗れに倒れてしまって、返り血を浴びた蜥蜴達が俺の方にも向かって来て、それからの意識が無くなって、‥気がついたら何故か地球に居たんだ」
 「何か、移動出来た理由でも有ったのかい、アキト君」
 「俺にも判りません。ただ‥俺が逃げた事には変わりないんだ。避難所で会ったアイちゃん、ミカンをあげたら喜んでくれた小さな女の子。俺はその子を見捨てて一人で逃げたんだ!そして蜥蜴が怖くて、アイツらが遠くにいると判ってても、ブルブル震えてしまって情けない俺は」


 

 そうさ、何も出来なかった!そして何も出来ない!!蜥蜴が出て来る度、俺の身体は勝手にブルブル震えて、それでサイゾウさんの店をクビになったんだ。悔しくて憎くてたまらないのに、何も


 

 自分をそんなに責めないでよ!アキト!!アキトは悪くない!」


 

 今まで黙ってたユリカの大声は、俺の言葉と心の絶望を否定する。思わず俺はユリカに顔を向ける。俺の目に見えた物は、涙を溜めて懸命に俺を慰めようとしてるユリカの姿だった。


 

 「ユリカ…」
 「アキトは悪くない!臆病でもないよ!一生懸命、アイちゃんやみんなを助けようと頑張ったんだから、私はアキトの事をバカにもしないし責めたりもしない。もしそんな人が居たら私、その人を絶対に許さないし、アキトの悪口を言わせない。きっと絶対、アイちゃんだってアキトの事、責めてないよ」


 

 ユリカ‥。ユリカの言葉を聞いて俺は、本当は自分を許して欲しい、辛さを認めて欲しい人を見付けたかったんだと判った。そしてユリカが許してくれても俺自身が、あの時の自分を許さない事も判った。だから俺は俺自身から、もう逃げない。
 そう決心した俺に、この場に居ない人の声が俺の立場を決定する。


 

 『そう言う事情なら、採用しても良いでしょう、艦長』
 「!!プロスさん、有難う御座います!」
 「おい、プロスペクターさんに繋げたままにしておいたのか、ユリカ」
 「だって、その方が採用のお話進むし」
 「あのなー。アキト君の採用断られたら、お前も艦長辞めるつもりだっただろ」
 「うん」
 『一言で済まさないで下さい、艦長。今更、新艦長を捜す事になったら大変なのですから』


 

 俺の立場を決めて、ユリカに喋り掛けてるモニターの相手は、チョビ髭を生やしてメガネを掛けて如何にもビジネスマンと思わせる風貌をしてる中年男だった。その男性にリョウスケさんも口を挟んで、ユリカの手助けをする様な事を喋る。


 

 「その時は、僕も降りてましたので、プロスペクターさん」
 『オギさん、貴男まで‥』
 「僕はミスマル提督から彼女の事を頼まれていますし、それに目を離したら、とことん暴走する此奴(こいつ)の手綱を外すつもりも、到底無いですから」
 「私、じゃじゃ馬じゃないもん、リョウスケ。良かったね、アキト♪」


 

 お前は充分にじゃじゃ馬だよ、ユリカ。全く、お前は俺に変化をもたらす女だな。俺はその度、振り回されて今までと全く違う状況に晒されるんだ。今回もそうだし。でも今回は、素直に有り難うと言っておこう。
 笑顔で俺の事見て喜んでくれてるユリカにそう思いつつ俺は、そのプロスさんと言う人に確認の声を入れた。


 

 「本当に、俺を採用してくれるんですか?」
 『貴男が、本当のテンカワ・アキトさんかをDNA判定して‥形式的な物ですが、本人と確認しましたら採用します。コックはもう既に一流の方を採用していますので、取り敢えずテンカワさんは、その方の見習いと言う事にいたしますが…お給料の方は低くなりますが、それでも宜しいですか?』
 「はい、コックが出来るんでしたらそれでも良いです!宜しくお願いします。」


 

 二つ返事で俺はプロスさんの条件を受け入れた。だいたい隣町で就職出来ると確実に決まってる訳無いし、それよりリョウスケさんが言ってる理由で無職のままになる可能性が高い。それだったら俺の事認めてくれて、声を掛けてくれたプロスさんの話に乗った方が断然に良い。


 

 『はい、それではお待ちしております。それと艦長、これ以上遅くならないで下さい。フクベ提督達は、もう到着しておりますので』
 「は〜い、プロスさん」


 

 こうして、俺の新たな就職先が決まった。『ナデシコ』…戦艦だから蜥蜴と戦うのは間違いないけど、俺はコックとして採用される訳だし、何回も戦いを体験すれば蜥蜴も怖くなくなるはずだ、いやなってみせる。


 

 「これから宜しく、ユリカ、リョウスケさん」
 「こちらこそ、アキト君」
 「わ〜い、またアキトと一緒♪今日からアキトのご飯が食べれるし、お話も出来るし、ずーと側に居てくれるんだね」


 

 ただ、ユリカと一緒に居ると言うのは‥これから大変なのは、ほぼ確実で。今の処、リョウスケさんがユリカの手綱を巧く操ってくれる事を期待するしかない。あぁ、俺って情けねえ。

 
 
 
 

 〜6〜

 サセボ基地に到着した僕達3人は、すぐさま『ナデシコ』が建造された地下ドックに向かう。そして『ナデシコ』の純白の船体が見えて来た。今まで渡された資料でも、昨日直接この目で見ても、やっぱり違和感を感じてしまう。純白の船体に突き出した2本のブレード、船体前方中央部にあるグラビティ・ブラスト発射装置と『ナデシコ』の専用艦載機である『エステバリス』の発進口、そして脱出艇も兼ねている巨大なブリッジ部。はっきり言ってこの艦の形状を決定した奴は、何処かのアニメおたくに違いないと僕は思っている。
 で、その『ナデシコ』の搭乗口には赤いベストに黄色のシャツ、着用していない上着は、きっと紺色に違いないと思う、カラフルな出で立ちのプロスペクターさんが僕達を待っていた。


 

 「お待ちしておりました、艦長、副艦長。そして、テンカワさん」


 

 そう挨拶したプロスペクターさんは、アキト君のDNA判定を行って採用を決定すると共に彼を連れ出して『ナデシコ』の案内を始めた。勿論、僕達2人には早くブリッジに行く様にと、お願いして。
 僕は当然アキト君と一緒に付いて行こうとしたユリカを、文字通り引きずって彼女の荷物と共に艦長室へ叩き込む。


 

 「はいはい、荷物を置いてブリッジに行くよ、ユリカ」
 「ユリカもアキトと一緒に『ナデシコ』の中、見てみたかったのに」
 「ユリカは、渡された資料でタップリ見ただろ。アキト君は本当に初めてだし、これからお世話になる料理長のホウメイさんだったかな?その人にも挨拶しないといけないからね、アキト君の邪魔をしたらいけないよ」


 

 そう諭してみるが、今までの経験及び彼女の表情でそれがあまり意味が無い言葉だと僕には判っていた。アキト君に甘えたいのとその邪魔をした僕に対する反発で、拗ねているだろうから。すると、案の定。


 

 「邪魔じゃないもん、私だって挨拶しないといけないから。アキトの事をお願いしますとか、美味しい色々なお料理を期待してますねとか、言わなきゃいけないし」
 「後で、アキト君の料理を食べる前にでもすれば良いと思うよ。それより、ブリッジに急いで行く。みんな待っているよ」
 「ヤダ。だって、艦長服も一寸汚れたし、お化粧も汗のせいで少し崩れてるし、それに誰かさんがお玉で思いっきり叩いたおでこも、赤くなって痛いし変になってるもん。だから、身嗜みを整えるのが先」


 

 その言葉に、僕はユリカの前髪を上げておでこを見る。言われて見れば確かに少し赤くなっている。‥いい音立ててたからな、当然と言えば当然か。そんな僕を彼女が少し頬を膨らまして怒って見ている。そんな拗ねている表情が可愛く感じて、僕は


 

 「では、おまじないでもしてみようか。『痛いの痛いの飛んで行け』と」
 「あっ!…‥」


 

 まじない言葉を言った後、彼女の赤いおでこに軽くキスをする。そして、僕の方から彼女と目線を合わす。先程の怒っていた表情から、戸惑いと照れている表情に変わった彼女を見て、心が温かくなった僕は微笑して声を掛ける。


 

 「治った、ユリカ?」
 「…まだ、ちょっと痛いかも。でも、リョウスケが謝ってくれたから直ぐ治るよ。いつもこんなに優しければいいのに…」


 

 そう言った彼女に僕は軽く頭を撫でた後、ブリッジに向かう。暫く(しばらく)コミュニケーターの指示通りに移動して、ブリッジの前に立つ。
 (さて、行きますか。)
 そう自分を鼓舞し、一呼吸おいてブリッジに入る。入った途端、複数の視線が僕に集中する。その中を僕はブリッジ上部に上がり、そこに居た3人に敬礼し自己紹介をした。


 

 「『ナデシコ』副艦長の荻リョウスケです。フクベ提督、顧問のムネタケ副提督、そして保安部のゴート・ホーリーさんでしょうか。若輩者ですが、これから宜しくお願いします」


 

 僕の挨拶に対する返答は三者三様だった。「うむ、宜しく副艦長」と落ち着いた声で対応したのが、フクベ提督。重々しく「こちらこそ、世話になる」と言ったのがホーリーさんで


 

 「ちょっと、アンタ。艦長はどうしたのよ、艦長は」


 

 と女言葉で突っ掛かってきたのはムネタケ副提督。‥事前に聞いた評判通りの人物だな、この人は。売り言葉に買い言葉、後々の事も考えて此処は丁重に買う事にするか。


 

 「ミスマル艦長は、身嗜みを整える為に艦長室に現在居ますが、何か不都合でも」
 「不都合ですって。有るに決まってるんじゃないの。艦長が持ってるマスターキーが無いと、この船は動かないの」
 「現在、至急に起動させる必要は存在しないと思いますが。それに服装が乱れた状態で挨拶するのは失礼に当たりますし‥女性を待つと言うのも男の度量でしよう」


 

 そう言った途端、すぐ下の方から拍手が聞こえてきた。その拍手と僕の反発に不愉快な顔し更に言葉を続けようとした副提督に僕は、他のクルーにも挨拶しなくてはいけないと理由をつけて退席しブリッジの中程に向かう。で、そこに居たのは上の男性3人とは違って、少女、可愛い系、お姉さま系の女性3人だった。
 『流石、ネルガル。PRも兼ねて、よくタイプ別に集めたな。』と感心していると、お姉さま系の胸元を大きく開けた美女が僕に声を掛ける。


 

 「良く言ったわねえ、偉い偉い。ホント、むさっ苦しい男だけだったから、いい男の子が入ってくれてうれしいわ。ワタシは」
 「操舵士の遥ミナトさんですね、それと通信士のメグミ・レイナードさんとオペレーターの星野ルリさんですね。副艦長の荻リョウスケです。改めて宜しくお願いします」


 

 そう言って僕は微笑みを浮かべた表情で、三人の顔をそれぞれ見つめて挨拶をする。そんな僕の笑顔をユリカは「作り笑い」なんて批判するが、無表情で素っ気無く挨拶するよりも遙かに良い印象を与えられる事が多いから仕方が無い。人付き合いが苦手、いやそんな事2の次に生きてきた僕にとっては、これが精一杯だ。で今回も、それなりに上手くいったらしい。挨拶を受けた三人の態度に僕は内心、ホッと息を撫で下ろす。


 

 「はい、宜しくオギさん」
 「私はメグミでいいです、オギさん。処で、凄く綺麗な髪ですね、何か良いシャンプーでも使ってるんですか?」
 「巷にある特売品だけど、やっぱり女性は羨ましいのかな?ユリカ、ミスマル艦長の事だけど彼女にも何時も言われてるから」
 「そりゃそうよ、リョウ君。ワタシは君の事そう呼ぶからね。だから、ワタシの事、ミナトと呼び捨てしても良いわよ。いい男の子にはサービス・サービス」


 

 素っ気なく挨拶する星野さんに、羨ましそうに僕の髪を褒めるメグミさん、舌っ足らずな口調で親しく話し掛けるミナトさん。なかなか個性的な、プロスペクターさんが言ってた通りに『癖がある人材』ばかり集まっているな、此処は。ただ『一流の人材』かどうかは、これから確かめるしか無いし僕も評価される対象になっている訳だ。彼女達を失望させない様に、職務は頑張っていきたい。ただ適度に距離を取って、対人関係の煩わしさを招かない様にしなくては。
 そんな事を考えた僕に、ミナトさんは半分からかう様な笑い顔で僕とユリカの関係を聞いてきた。


 

 「リョウ君、艦長呼び捨てにしてるけど、もしかして恋人同士かな?」
 「単なる幼馴染みですよ、ミナトさん。ユリカの王子様とは、来ている途中で運命的な出会いをしてしまいまして、この『ナデシコ』のコック見習いとして採用されてますよ。‥赤い糸を現実で見るとは思いませんでしたけど」
 「王子様に赤い糸か‥オギさんて、結構ロマンチシストなんですね」
 「ユリカがそう言ってるだけですよ、メグミさん」


 

 で、僕はアキト君とユリカの出会った状況を軽く説明した。星野さんは完全に興味無さそうにしているのに対し、後の二人は興味津々で聞き入っている。
 そして僕は二人の事を語りつつ、ある事をついつい考えていた。『赤い糸』か、運命と言う物は不条理際わり無いよな。火星から逃れてそれなりの苦労で幸運を掴む人間が居れば、火星から追い出されて悪戦苦闘し続ける僕が居る。幸運の量は人によって違っている物だと。


 

 「…それは、ホントに赤い糸よねえ。王子様と言う割には結構間が抜けてる感じだけど、運命感じるわねえ」
 「10年以上思い続けた相手とこんな再会したら、確かに赤い糸と言いたくなっちゃいますね。…はぁ、私にも訪れないかなー」
 「メグちゃん、ダ・メ・よ。受け身じゃ来ないわよ、引っ掛けなきゃ」
 「でも、ミナトさん。戦艦だからカッコいい人、いっぱい居ると思ったのにあんまり居ないし。‥艦長の王子様って、どんな人なんだろ?」
 「話聞いてると、可愛い感じがする人ねえ。ワタシのタイプじゃないから別に良いけど。ルリルリは、どんな人が気に入っているのかな?」
 「興味無いんで、いません」


 

 女性らしく賑やかに感想を述べ合うミナトさんとメグミさんに対して、またまた素っ気無く答える星野さん。渡された資料では、この子は強化IFS処置をされたマシンチャイルドだと言う事だけど。この子の対人対応を見る限り、ネルガルはこの子にオペレーター能力を求めている“だけ”みたいだな。
 ネルガルに軽い嫌悪感を感じ、またこの年齢でIFSを付けて地球で生活している限り、まともな対人関係を送っていない事をあっさり予測出来た事も苦々しく思いつつ、僕はミナトさんがお姉さん代わりとして、この子の人間関係を充実させようとしている事に気付いた。僕も彼女に協力しよう。取り敢えず、星野さんに僕の存在を印象付ける為、あだな・ニックネームから始めようか。ただ、そう言う事に関しては僕は拙すぎるから、ミナトさんの手伝い程度しか協力出来そうも無いが。


 

 「ルリルリ?星野さんの事、そう呼んでいるんですか、ミナトさん?」
 「そうよぉ、リョウ君。星野さんて、かたっくるしい事呼ばないでぇ、リョウ君も『ルリルリ』て呼んでみたら?」
 「…じゃあ、僕は『ほっしー』と呼んでもいいかな?星野さん」
 「好きにして下さい」
 「『ほっしー』ねえ。なかなか良いネーミングじゃない、リョウ君」


 

 ウインク1つして、僕に笑みを向けるミナトさん。僕もミナトさんに笑みを向け、『協力しますよ』とシグナルを送る。
 と、そこへ、プロスペクターさんとアキト君がブリッジに入って来た。


 

 「‥おや、まだ艦長は来ていませんか?困ったものですねえ。まあ、いいでしよう。皆さん、こちらはテンワカ・アキトさん。この『ナデシコ』のコック見習いとして採用しました。皆さんも宜しくお願いしますね」
 「えっと、テンカワです。まだまだ未熟ですけど、旨い料理作る様に頑張りますんで、宜しくお願いします」


 

 拙さが初々しく感じる挨拶をしたアキト君に、ミナトさんが笑みを浮かべながら獲物を狙う猫の様に素早く一言言って、からかい始める。


 

 「あらぁ、君がおうじ様なんだ」
 「王子様!?」
 「今日、艦長と運命的な再会をしたんですよね、テンカワさん?2人とも羨ましいなー」
 「いや、・だから俺はユリカの王子様じゃない!あいつが只、そう言いまくっているだけだ」


 

 アキト君が女性陣に対して、思いっきりユリカとの関係を否定した直後。ブリッジのドアが開き、今度こそユリカが入って来た。ブリッジ全員の視線をあっさり無視するとユリカはアキト君の姿を認めて、走って抱き付く。


 

 「アキト、お待たせ♪」
 「恥ずかしいから抱き付くな、ユリカ!みんな見てるだろ!?」
 「だってアキトはユリカが大・大・大好きで、ユリカの王子様なんだから、良いの」


 

 アキト君の言い訳・照れを見事粉砕したユリカはそこで他の人間の存在に気付いた。そして、アキト君に抱き付いたまま幸せいっぱいの笑みを浮かべて一言。


 

「お待たせしました!(わたくし)が艦長で〜す。ブイ!!」

 「「「ブイ?!??」」」
 「……………」


 

 惚気た挙げ句、Vサインまで決めて見事、ブリッジ全員の意識を半ば混乱の域まで叩き落としたユリカに、僕はただただ絶句した。で、彼女の耐性が付いている僕は素早く気を取り直し彼女に声を掛ける。


 

 「…ユリカ。他に言う事があるんじゃないのかな?」
 「えーと??‥!アキトは私の王子様だから、みんな宜しくね!!」


 

 プチ
 その惚気暈けた(のろけぼけた)台詞に僕の中で何かが、堪忍袋の緒、その他諸々が切れた音がした。僕は彼女の背後に回り躊躇無く(ちゅうちょなく)、両拳を彼女のこめかみにグリグリと埋め込み、お仕置きをし始める。出会ってから暫くして始めた教育的指導て奴だが、何時まで経ったら一般常識とユリカの認識の差が無くなるんだろうか。…ずっとこのままかもしれないが。


 

 このノー天気!超マイペース、自己中心、無遠慮、恥知らずの馬鹿ユリカ!!何考えて生きてる!散々待たせた挙げ句、初対面に対する挨拶がこれか!?このドッアホォーー!!」
 「!!ウゥギャャァァーーー!?!痛い、痛いよ、リョウスケ!?」
 「『ミスマル・ユリカです。宜しくお願いします。』位、ちゃんと言え!」
 「ちゃんと言うから、お仕置き、はんたーい!!」

 「………バカばっか」


 

 その時、『ナデシコ』に警報が鳴り響いた。

 
 
 
 

 〜7〜

 警報が聞こえた途端、リョウスケは私のお仕置きを途中で止めて急いでブリッジ上部へ走り出す。私も頭の痛みをまだ感じつつ彼の後を追いブリッジ上部、艦長の所定位置に着き、指令を出す。


 

 「ナデシコ、起動させます。起動後、各部チェック及びダメ・コンの配備お願いします。特に機関部。テスト運転抜きで相転移エンジン全開しますので、特に注意お願いします」
 「ほっしー、起動後、メインスクリーンに状況を映して下さい」
 「ほっしー??」
 「星野さんの事だよ」


 

 もうリョウスケたら、お茶目さんなんだから。そんな処は好きなんだけど、情け容赦ないお仕置きだけは絶対イヤ。特に『スペシャル』・『DX』は反対ハンタイはんた〜い!!‥あうあう、思い出したくない事思い出しちゃったじゃない、リョウスケのおバカ。
 そんなリョウスケの普段通りの態度に内心、少し緊張してた私は落ち着きを取り戻す。マスターキーを差し込んだナデシコは、搭載されてる中枢コンピュータ『オモイカネ』のシステムチェックを受ける。


 

 『機関部異常ナシ』・『武装兵器異常ナシ』・『ブレード部異常ナシ』………
 『全システム異常ナシ。良ク出来マシタ(花マル)』
 「地上の状況、スクリーン映します」


 

 システムチェック終了と共に、ルリちゃんが地上の状況を正面に映し出す。サセボ基地周辺に木星蜥蜴が取り巻いており、基地の防衛部隊は蜥蜴さん達の10分の1以下の数しか無く基地陥落は時間の問題だと一目で判った。それとアキトの後ろ姿が目に入る。
 後から見てもアキトの身体は強ばって、両手を強く握り締めて恐怖と必死に戦ってるのが判る。
 (俺はその子を見捨てて一人で逃げたんだ!)
 …アキトに辛い思いをさせてる蜥蜴さん達、ぜったい許さないんだから!


 

 「艦長、どうするかね」


 

 そんな私にフクベ提督が、落ち着いた声で尋ねる。システムチェック中に私は素早くナデシコの性能・武装兵器のデータを思い浮かべ、私も含めて初陣のクルー達にも出来る簡単な作戦を立案してた。‥これなら簡単に蜥蜴さん達をほぼ殲滅する事が出来ると思うけど、それにはある条件が必要なので、私はプロスさんにそれを尋ねる。


 

 「プロスさん、エステバリスのパイロットは今、何人集まってますか?」
 「現在の処、1人だけこの艦に乗っています。4人採用していますが、後の3人は宇宙でエステバリスの試験運用をしております」
 「エステバリスて、丈夫ですか?」
 「ええ勿論!重量も軽く機動性に優れ、さらに木星蜥蜴の数倍のディストーション・フィールドも展開出来る、当社自慢の機動兵器です。流石にこの数の蜥蜴を排除出来るとは言い難いですが、バッテリーさえ持てば長時間戦えます」


 

 私の質問に答えてくれたプロスさんの営業マンらしい売り言葉で、話半分だとしてもエステバリスの機体性能が作戦構想に適う物だと判断した私は、提督の質問に対しての答え、作戦案をみんなに伝える。‥ただこの作戦案はパイロットの人にそれなりの負担が掛かる事をお願いしないといけないのに、1人だけしか居ないと言う事が欠点だと言えば欠点だけど、現状では最善の手段だよね。


 

 「では、エステバリスを地上に展開、囮として木星蜥蜴さん達を一カ所に集めて貰います。そこをナデシコのグラビティ・ブラストで殲滅。以上の作戦で行きます。」
 「そこで、このダイゴウジ・ガイ様の出番さ!」


 

 声がした方に視線をやると、そこにはパイロットスーツ着た一人の男の人と整備服を着た眼鏡を掛けている中年の男の人がいた。確か、中年の人は整備班長のウリバタケ・セイヤさんで、パイロットの人は


 

 「ヤマダ・ジロウさん。囮の方をお願いしたいんですけど、大丈夫ですか?」
 「違ーう!俺の本当の名前は、ダイゴウジ・ガイ!!ふっ、美人の艦長さん任せろ。このガイ様があんなへなちょこ蜥蜴共、囮と言わず殲滅させてやるぜー!!」
 「お宅、足挫いてエステ乗れないだろ」
 「うぅ、そんなもん根性で何とかなぁる!!」
 「成らないつーの」


 

 ウリバタケさんの冷静なツッコミに、私はヤマダさんの右足首に包帯が巻かれている事に気付いた。そして、ウリバタケさんと視線が合うとウリバタケさんは状況を説明してくれた。


 

 「このバカ、まだ調整中のエステに勝手に乗り上がった挙げ句、片足ジャンプなんぞして」
 「あれは、俺様のスーパー・ウルトラ・グレート必殺技『ガァイ、スゥーパァー・ナッパァァァァァー!』だ!!必殺技が出せないロボットなんぞ整備するんじゃない、おっさん!」
 「喧しい!このロボットバカ!!調整さえ出来てたら、片足でも片腕でも立たせてやる!で、このバカがエステを倒すと共に自分も足首捻挫した訳だ。エステ自体はこのバカの分も含めて全て調整完了だが、肝心のパイロットが全く居ねえ。だから、エステは全然使い物にならねえ訳だ」
 「こんな美味しい場面に、怪我を乗り越えて出撃するのがヒーローの特権だ!」


 

 ヤマダさんて、結構喧しい人なんだ。ヒーローさんかどうか判らないけど、気合いが入りすぎて空回りしそうな人だね。悪い人じゃなさそうだから私は別に‥あっ!?


 

 「黙っていろ、無能!」
 「!?なぁにぃぃ!!」


 

 …遅かった。ある事を思い出した私の横から飛び出した容赦無い一言に、ヤマダさんはいきりたつ。振り返ると、リョウスケがヤマダさんを睨み付けていた。そしてそのまま更に、情け容赦無く言葉で叩きのめす。


 

 「整備中のエステバリスに勝手に乗って機体どころか自分までも怪我した挙げ句、必要な時に役に立たない。それを無能と言わずして何と言う。それと『弱い犬程、良く吠える』から、自分の品位をこれ以上落としたくないのなら黙っていてくれないかな」
 「!!くっ!?」


 

 あ〜あ、ヤマダさん、嫌われちゃった。
 『口だけ』なのは、リョウスケが一番嫌うタイプだから仕方無いけど、これからみんなずっと一緒にいるからリョウスケも、そんなにきつく言わず優しく注意すれば良いのに。ホント、人の好き嫌いをハッキリさせすぎるのがリョウスケの欠点だよ。だからお友達があまり居ないのに、全然反省していないんだもん。副艦長さんになったんだから、その辺を直す様に後で言っておかなきゃ。
 喧しかったヤマダさんを黙らせて、リョウスケは私に目を移す。そして、また一言。


 

 「ユリカ、逃げよう」
 「ちょっと、戦艦に乗って逃げる!?何考えてんのアンタは。出撃して蜥蜴を殲滅させるのが、この船の役目でしょうが!!」
 「あら逃げちゃうの、リョウ君?時刻が時刻だから、夜逃げになっちゃうわねえ。ワタシはリョウ君と一緒なら逃げても良いわよ」


 

 リョウスケのその一言に、ムネタケ副提督は甲高い声で喚いて非難し、ミナトさんはリョウスケに向かって大人な台詞で賛成する。次善の手段としては最良の意見で理由も判ってるんだけど、やっぱり、みんなにも説明しないといけないからね。ここは今さっきのトゲトゲしい雰囲気を薄めて貰う為にも、私より言い始めたリョウスケに説明してもーらおう。


 

 「リョウスケは、どうしてそう思うの?」
 「理由は、このまま出撃してもグラビティ・ブラストの一撃で木星蜥蜴を殲滅出来ない事。つまり、第2射のエネルギー充填中は蜥蜴からの一方的な攻撃を受けるしかない。また、もし第1射で殲滅出来るとしても広範囲に蜥蜴が分散している以上、サセボ基地だけでなくサセボの町までもナデシコで破壊してしまうからね。軍とネルガルの信頼を失墜させても良いなら戦うけど」
 「それは困ります!?是非ともそのような事は止めていただかないと。当社の信頼を失う訳にはまいりませんからな」
 「さらに、蜥蜴の近くにはチューリップの存在が確認される事がある。今回、その状況なら、蜥蜴の波状攻撃を受けてナデシコは最初で最後の戦闘になるかもね」
 「死んじゃうんですか、私達?そんなのイヤです」
 「だから、『チューリップを探し出して撃破する』との大義名分の元、潜水移動で夜逃げするのが最善の策だと思うけど艦長?‥お前もそう考えてるんだろ、ユリカ。全く、人に説明押し付けたら駄目じゃないか。艦長のお前がする事だろ本当は」


 

 プロスさんとメグちゃんをビックリさせて、リョウスケの説明は終わった。流石リョウスケだね、私の考えてる事全て話してくれるんだもん。うんうん、ユリカ助かるよ。
 でもリョウスケの、私の作戦案に疑問を挟む人がいた。


 

 「きぃー、だから民間の素人と大学出の新人に任せたくなかったのよ!下手したら、基地壊滅はアタシの責任になっちゃうでしょうが。そんなのイヤよ!!」
 「確かにそれが最善と思うが、このナデシコは軍へのPRも兼ねて運用する。只逃げるだけでは軍への印象は悪くなる。だから一撃を与えた上、蜥蜴を惹き付けての逃走を願いたい、艦長。ミスターもそう思いませんか?」


 

 自分の事が大部分の副提督は当然だけど、一言も喋らなかったゴートさんまで反対するなんて思わなかった。‥私だってサセボ基地のみんなを見捨てて逃げたくないけど、最善の手段が無いから仕方ないじゃない。ナデシコのみんなは初めての戦いで緊張して本来の実力を発揮出来るかどうか判らないし、私もみんなの実力がどれ程が全く判らないから無茶な事も出来無い。
 そして、ゴートさんの意見に賛同してプロスさんが私に頼み込む。


 

 「艦長。ゴート君の言う通り、ネルガルは軍へのPRをして当社の製品を買って貰う努力をしなくてはなりません。出来ればゴート君の意見を採用して貰えないでしょうか?」
 「でもプロスさん、ゴートさん。反転して逃走しても、突破して強引に逃げても、蜥蜴さんを振り切るまでは攻撃を受けるままになりますし、リョウスケが言ってる通りにチューリップがいたとしたら、逃走ルートに待ち構えて挟み撃ちになっちゃいます。その手段にしても、エステが必要なんです」
 「IFSを持ってる人間が、他にもいりゃあいいだけの事だがな。IFSさえあれば、猫でもエステは動かせる」


 

 私の反論にウリバタケさんが口を挟む。それに対応してルリちゃんが、言ってはいけない一言を言ってしまった。


 

 「テンカワさんがIFS、持ってます」

 「何でコックが、そんな物持ってんの?まあいいわ、アンタ今すぐエステに乗りなさい!アタシのクビがかかってんのよ」
 「くぅー、ヒーローの王道を行くとはナイスな少年だぜ!この俺が協力してやっから、蜥蜴共蹴散らしてこい!」
 「テンカワさんて、本当に艦長の王子様なんですね。艦長が困っている時に、テンカワさんしか出来ない事を出来るなんて凄いです。でも無理して艦長を泣かしちゃダメですよ、テンカワさん」
 「IFSがあるのに、何故コックで働く。給与の面からもパイロットの方が良いのだが、何か理由でもあるのか?」


 

 自分だけの副提督、黙っていた熱血ヤマダさん、敬意を言葉にするメグちゃん、疑問を投げかけるゴートさん。ルリちゃんの言葉に一瞬の間を置いてアキトのIFSを確認したみんながみんな、アキトに次々と声を掛けアキトを追い詰める。私はアキトを助ける為に、みんなを黙らせようと声を上げる。


 

 「ダメ〜!ダメダメダメ!アキトはエステに乗せません!これは艦長命令です!!」
 「何言ってんのアンタ!アンタのワガママで決めないでよ。もしこのまま通すつもりなら軍法会議に掛けるわよ」
 「少年!ナナコさんはああ言ってるが、それを振り切ってみんなの為に命を懸けて戦うのが、本当の(おとこ)だぜ!!」


 

 しかし、副提督とヤマダさんは私の発言に反論し、他のみんなも私に疑いの目を向けてくる。でも私の言ってる事は間違って無い!アキトを助けなきゃいけない!そう思って声を出そうとした時、『ポン』と肩を叩く手を感じた。その手の先に、私を優しく見てるリョウスケの目がある。その目を見て、落ち着きを取り戻した私の前にリョウスケは私を非難から守る様に身体を移動し、私の替わりに口を開く。


 

 「失礼ですが、艦長は私利から言っている訳ではありません。副提督」
 「だったら、何の為よ!」
 「アキト君は火星、ユートピア・コロニーの、小官が知ってる限りでは唯一の生存者です」
 「ユートピア・コロニーですって!?」
 「目前で知り合いが血塗れで次々と倒れて逝く中、奇跡的に地球に辿り着いた彼を副提督や皆さんは、もう一度地獄に叩き込むつもりですか」
 「……………」


 

 リョウスケの問い掛けにみんな、興奮から冷めてばつが悪そうな表情のまま沈黙で応える。こんな状態の時に、冷静に物事を見て正論を言って落ち着かせるリョウスケは非常に頼りになる。私の思いつきや直感をみんなに分かり易く納得させる言葉にして、何度も私を手助けしてくれたし、今もしてくれてる。
 沈黙の中みんなが冷静になったのを確認したリョウスケは、問題の大元である副提督へ更に口を開く。


 

 「また副提督、不適切な言い方かもしれませんが、ご容赦していただきたい。先程の副提督の発言は聴きようによっては、民間人を強制徴兵する発言にも聞こえます。まさか、副提督が軍法違反をする訳は無いと思いますが、一応のご注意をさせていただきます」
 「まっ!まさか、このアタシがそんな事する訳無いでしょうが!!人聞き悪いわよ、アンタ!」
 「失礼しました。では、ミスマル艦長の指示に同意してくれた訳ですね。有難う御座います、助かります」
 「!?」


 

 …あっははははは‥ヤマダさんだけでなく副提督まで黙らせちゃって凄いけど、…ユリカの気分が少し重たくなったのは何故?
 でもそんな状態は、次の言葉で吹き飛んでしまう。


 

 「ユリカ、リョウスケさん、‥俺はエステバリスに乗る」
 「!アキト!?」 「アキト君!?」
 「よし!良く言ったぞ少年、いやテンカワ・アキト!それでこそ本物のヒーローだ!くぅー感動するぜ!?」


 

 ヤマダさんの無責任な言葉に続いて、私もリョウスケもアキトに向かって声を上げようとした。でもその前に、アキトが口を開く。


 

 「確かに蜥蜴は怖い、凄く怖いさ。でも、俺はもう逃げたくないんだ。ユリカが許してくれても俺は、俺自身を許せないんだ。だから今、俺にしか出来ない方法でみんなが助かるなら、俺は戦う!」


 

 ……………やっぱり、アキトはユリカの王子様!!
 アキトだって凄く蜥蜴さんが怖くて苦しいのに、ユリカの為に立ち上がってくれる。ユリカも頑張って、アキトと一緒に蜥蜴さんと戦わなきゃ。そして蜥蜴さん退治した後は、アキトとご飯を一緒に食べて、いっぱいお喋りして、それからそれから‥有難うの気持ちをいっぱいイッパイ、あげちゃうんだから♪
 そんな私の視野の片隅に、リョウスケの顔が見える。その顔はただ静かで、私は彼の表情に思わず目が留まる。そして、その表情と同じ静かな口調で、彼はアキトに話し掛けた。


 

 「‥蛮勇と勇気は違うよ、アキト君。僕は、君に命を預ける事は出来ない」
 「リョウスケさん。でも俺は」
 「ほっしー、地上の状況をどうなっていますか?もし木星蜥蜴が映し出せるのなら、お願いします」
 「基地防衛部隊、壊滅してます。基地司令部のモニター画面、スクリーンに写します」


 

 スクリーン映し出されたのは、破壊された基地設備の周りに沢山いる蜥蜴さん達だった。暫くして、蜥蜴さんにカメラが破壊され映像が消える。
 その画面に思わず、身体が強ばったアキトに対してリョウスケは話し続ける。


 

 「戦争のプロでも10分程度で全滅したんだ、素人の君は何処まで持つ。蜥蜴の恐怖で身体が硬直して袋叩きに遭うか、暴走して囮の役目を果たせない可能性が高い。だから君の勇敢さには感謝するけど、僕は反対する。但し」


 

 そこでアキトから目を外し、リョウスケは私に向き直り、私にも言い聞かす台詞で話し終わる。


 

 「僕は副艦長だ。艦長が決定したのであれば、全力を持って僕は艦長を補佐する。言いたかった事はそれだけだよ」


 

 う〜、リョウスケ卑怯だよ。確かにユリカは艦長さんだけど、ユリカ一人だけで決めれる問題じゃないよ。でも、決めなきゃいけない事も判ってる。だから私は考える。
 私はアキトを助けたい、でも辛い事はさせたくない。艦長さんなんだから無理な事して乗組員の命を危険にさらしちゃダメ、けど命の危険に曝されてる人達を助けるのは当然の責務で私がしたい事。でも、その為に…。
 悩んでた私は決断して、私に視線を集中してるみんなへ口を開く。


 

 「‥決めました。当初の作戦通り、囮のエステで蜥蜴さんを集めて殲滅します」
 「おっしゃー!逃げるなんてセコイ事より、戦ってヒーローになろうぜ!!」
 「ふん、ヘマしないでよアンタ」
 「囮のエステは、ナデシコの重力波ビームが届かねえから、陸戦フレームに追加バッテリーを付ける作業を始めるぞ」
 「大丈夫ですか、テンカワさん?」
 「ああ、大丈夫。有難うユリカ。俺、頑張ってみる」
 「…」
 「ユリカ?」
 「………」


 

 みんなが私に賛成してる中、蜥蜴さんと戦う覚悟をしたアキトが黙ってる私を不審に思って、問い掛ける口調で私の名前を呼ぶ。
 私はアキトの姿を見ながら、自分の下した判断に躊躇してた。
 決めた事だけど、今から言う私の言葉で‥人生を変えてしまう人がいる、その人に辛い思いをさせてしまう。それを考えると口が重く、自分が思ってた以上に重く、辛い。でも、私の判断は間違っていない。いえ、それ以上の最善な手段を思い付けなかった。何故なら、私が信頼してるその人は、どんなに傷付こうが必要ならそれを辞さない覚悟と勇気を持ってる人だから。
 そして私は、戦う事を決めたアキトから目を外し、身体を向け自分が決定した事を“彼”に伝える。


 

 「…ゴメン、リョウスケお願い」

 
 
 
 

 〜8〜

 …リョウスケさん?
 リョウスケさんを真っ直ぐ見るユリカの口から出た言葉は、俺が全く想像していないものだった。そして、その言葉にブリッジにいたみんなも、思わずユリカとリョウスケさんに注目する。そんな中、リョウスケさんが口を開く。


 

 「……嫌だ、断る」
 「でも、リョウスケしか出来な」
 「ふざけるな!僕に死ねと言うのか、ユリカ。エステバリスなんて初めて扱うし、あの中を囮として突っ切る実力は僕には無い。だいたい!」
 「‥怖いの」


 

 ポツリと言ったユリカの一言に、怒鳴ってたリョウスケさんは黙りユリカを睨み付ける。それに対してユリカは、ただリョウスケさんを見続けてる。俺には、そのユリカの表情が辛そうに見えた。そんな怒りや辛さが漂う沈黙の中、2・3回深呼吸したリョウスケさんは落ち着いた声でユリカに答える。


 

 「当たり前だよ。死ぬのは怖いに決まっている、だから」
 「誤魔化さないで。…私は絶対に、リョウスケに“あの時”と同じ思いをさせないって決心してるんだから。“あの時”と同じ辛い思いは、私がさせない」
 「………」 「………」


 

 ユリカのなんだか意味深な台詞で再び押し黙りお互いの視線をぶつける中、リョウスケさんは目を閉じてそのまま右手の皮膚を剥ぐ。剥ぐ!?皮膚に見えたのは火傷治療用の医療テープで、その貼っていた痕には


 

 「荻リョウスケ、エステバリスに搭乗し作戦実行します、ミスマル艦長」


 

 覚悟を決めた口調で敬礼するその右手にはIFSが見えた。想像もしてなかった物を見たみんなは、沈黙の反動で次々と声を出す。


 

 「オギさん、あなたもIFSを持っていたのですか」
 「何で、何でIFS持ちが士官になってんのよ?」
 「このチキン野郎!持ってて逃げんじゃねえ!?」
 「あら、リョウ君が出るの?無茶しても良いけど無理しちゃダメよ」


 

 口々に発せられるみんなの言葉を無視して、リョウスケさんは下に降りて来る。そして俺に向かって口を開ける。


 

 「アキト君、僕がIFSを隠していた理由は軍に詳しい人から聞けばいい。それと‥僕が戦うのを見て自分の道を決めると良いよ、おそらく最後の選択になるだろうから」


 

 そう言ってリョウスケさんは、ウリバタケさんに連れられエステバリスの格納庫に向かってブリッジを出た。そして、ユリカの指示でナデシコの発進準備が進む。


 

 「補助エンジン始動開始。リョウスケが出撃した後、注水開始。海中に出た後、相転位エンジン起動。それと共にグラビティ・ブラスト充填、及びチューリップの存在確認。所要時間はどの位、ルリちゃん?」
 「20分程度です、艦長」
 「じゃあ、補助の核パルスエンジン起動するわよ、艦長」
 「ハイお願いします、ミナトさん。メグちゃんは、ナデシコの状況をリョウスケに伝えて」
 「はい、艦長。‥テンカワさん、無理しなくて良かったですね。艦長の選択は間違って無いと私、思ってます」


 

 ユリカに返事を返したメグミちゃんが、俺を安心させる様に気を遣って話し掛けてくるけど、俺の隣に居たヤマダ、いやガイのヤツがメグミちゃんのその言葉に反応して、思いっ切りユリカの判断に文句を付ける。


 

 「納得いかねー。何でIFSを隠して逃げを選んだ男に任せるんだ。俺が」
 「艦長命令だ、従えヤマダ」
 「俺はガイだ!ダイゴウジ・ガイだと言ってるだろうが!!」
 「テンカワ、オギ副長がIFSを隠していたのには、それなりの訳がある」


 

 リョウスケさんに無能扱いされた上に、自分の仕事と言うか出番を取られて無茶苦茶腹立ててるガイをゴートさんが重々しい声で諭す。そして俺の方に視線を切り替えてゴートさんは、俺にリョウスケさんの訳を説明してくれた。


 

 「IFSを持っている人間が士官候補生になる事自体、まず無理だからだ」
 「リョウスケさんも、『地球では遺伝子操作と五十歩百歩の扱いで、軍のパイロットとか一部の人達しか使っていない』と言っていたけど軍に入隊しているんだから、そんな事、おかしいじゃないか」
 「あんな臆病野郎と同じにするんじゃねえ、テンカワ。IFSは、最前線で戦うヒーローだけが付けるもんなんだよ」


 

 俺の疑問にガイが反論するけど俺は、素直にその反論を聞く気にはなれなかった。リョウスケさんが俺のIFSを見て複雑な表情をしてたのは、おそらくリョウスケさんも俺と同じ様な扱いをされた事があったんだろう。もしかして軍関係に入ったのは、IFSがあったから仕方なく入ったのかもしれない。


 

 「ヤマダが言ってる事は」 「だから俺の名前は、ガイだ!」
 「ある意味、正しい」 「おっ、判ってんじゃねえか、おっさん」
 「IFSは下士官にしか必要ないからだ。つまり佐官・将官など、上を目指す者にとって、IFSを持ってる者は戦闘での駒の一つに過ぎない」
 「じゃあ、リョウスケさんは」
 「IFSを所有している時点で軍での出世は、ほぼ絶たれた事になる」


 

 リョウスケさん‥。俺は苦渋の決断をさせられたリョウスケさんに対して申し訳なさを感じると共に、それをさせたユリカに対して一言言ってやりたくなった。幼馴染みと言う程ならリョウスケさんの辛さを考えて行動しろよ、何時までも人の行動や言葉を自分の都合の良い様に解釈するなよ。それにユリカ。お前も、俺を信じてくれないのかよ!
 ゴートさんの話を聞き終わってそう思った俺は、ブリッジ上部に駆け上がり、指示を出し終えて一息ついているユリカを問い詰める。


 

 「ユリカ!お前」
 「アキト、大丈夫だよ。蜥蜴さん達はナデシコで退治しちゃうから。あ!アキトの得意な料理て何?」
 「取り敢えず、中華料理かな。ラーメンやら、チャーハン‥」
 「じゃ、明日のユリカの晩ご飯はアキトのラーメン定食にけって〜い。チャーハン、ちょっと多く入れてね、アキト♪」
 「おう、任しとけ。…‥じゃなくて!人の話を誤魔化すな、ユリカ!」


 

 誰か、こいつを何とかしてくれ…。
 見事、俺の話を逸らしたユリカはそのまま妄想状態にトリップして、俺の話を聞く振りさえしない。‥何で、俺の飯を食べるだけでそんな妄想が出来るんだ、お前。そんな『ヌカに釘』状態の俺を救ってくれたのは、やっぱりリョウスケさんだった。


 

 『エステバリス、荻リョウスケ出撃する。‥何、疲れた顔しているんだい、アキト君?』
 「いや、ちょっと」
 「リョウスケ、メグちゃんから詳細は聞いてると思うけど、アキトと私とみんなの為に20分間、蜥蜴さん達をめいいっぱい惹き付けて。こっちの状況は、メグちゃんに随時連絡させるから」


 

 ‥きっ、切り替わりが早いヤツ。じゃなくて!


 

 「リョウスケさん!何で人生振る様な選択を決めたんだよ!自分が言ってた通り、蜥蜴から別に逃げたって良かったじゃないか。ユリカに頼まれた位で自分のしたい事、変えなくても良いじゃないか」
 『アキト君、僕は君と同じ選択をしただけだし、ユリカが僕より正しいからね。只それだけの事だよ。それに、君はユリカの頼み事を無視する勇気があるかな?』


 

 苦笑とからかいが混じってる表情で言われた最後の言葉に、俺は何も言えなかった。…確かに、そんな勇気があったら此処には居なかったよな。
 そのリョウスケさんの台詞と共に、俺の方に顔を向けてユリカも自分が下した判断の理由を喋り出す。


 

 「ユリカもリョウスケも軍人さんなんだから、困っている人達を助けるのが仕事で二人共したい事なんだよ、アキト。それに私は、アキトに無理して欲しくなかったし」
 「でも俺は、蜥蜴と今までの自分に負け続けるのがイヤだったから、勇気を出して」
 「アキトの気持ち、判ってるよ。でも、私はリョウスケも信じてるから。IFSを持っていても、リョウスケならきっと自分の道を切り開く強さがあると信じてるから、私はこの選択に決めたの」
 『責任重大‥さて第1関門、始めるか』
 「リョウスケ」 『それじゃあね、ユリカ』


 

 その台詞と共に、リョウスケさんのエステバリスが地上に出た。辺り一面、空の上までも蜥蜴だらけで、画面越しだけど俺は、その映像から恐怖を感じて思わず身体が硬直してしまう。
 その中をリョウスケさんは、ライフルを撃ちながら突撃して行く。破壊した蜥蜴を乗り越えて移動するエステバリスをユリカの予想通り、蜥蜴達は追いかけて行く。


 

 「予定通り木星蜥蜴、オギ機を追跡しています。なおドック注水率20%になりました、艦長」
 「アリガト、ルリちゃん。‥リョウスケ、頑張って」


 

 ルリちゃんの報告を聞いてユリカは、リョウスケさんのエステバリスから中継されている正面のスクリーンを、ただ真っ直ぐ見る。スクリーンに映し出されている状況は素人の俺でも判る程の有様で、リョウスケさんの悪戦苦闘ぶりが映ってる。
 破壊しても破壊しても、次から次へと現れる蜥蜴達。画面が僅かにブレ続けているのは、リョウスケさんが攻撃を受け続けてる証拠だ。


 

 『ウリバタケさん。エステバリスの反応、半テンポずれている!』
 『動作パターンが真っ新なノーマル状態だから仕方がねえ、お前さんの動作がエステに記憶されるまで暫く耐えてくれ。それと、エステのフィールドと装甲は、その程度じゃ破れねえから心配するな』
 『もう、片手以上戦死している按配(あんばい)何でね‥予想以上にバッテリー消費しているから20分間保つか、微妙だな』


 

 ウリバタケさんと切羽詰まった会話をしているリョウスケさんにゴートさんが口を挟んでから、ブリッジのみんなも次々とリョウスケさんを励まし始める。


 

 「オギ副長、今の基本に忠実な動きをしていれば、大丈夫だ。焦れば悪くなる、落ち着け」
 『判りました、ゴートさん』
 「オギさん、オモイカネもあなたの動きをトレースして、エステバリスのカスタム化を進めています。もう少しでマシになる筈です」
 「リョウ君、此処で頑張って男を上げる。帰ってきたら、ご褒美にお姉さんがデートに誘ってあ・げ・るわよ」
 「アンタ頑張りなさいよ、アタシは死ぬなんてゴメンだからね」
 「オギさん、ドックの注水率半分越えました。もう少しでナデシコ、出撃出来ます。それまで頑張って下さい」
 「だー!此処でゲキガンパンチだ!下手くそ!!」
 「当社の製品は高性能で信頼性も高いですから、オギさん、大船に乗ったつもりで、落ち着いて行動して下さい」


 

 みんなが声を掛ける中、俺もリョウスケさんに声を掛けようとするが言葉にならない。蜥蜴に対する恐怖感、それに直接戦わなくてもいい安堵感、そしてそんな自分を情けないと思う嫌悪感。そんな色々な思いがゴチャゴチャになって、俺の心を掻き回す。
 ふと隣を見ると、ユリカは相も変わらず、ずっと黙ったままスクリーンの映像を見てる。喧しいコイツがみんなと同じ様に励まさないなんて結構、違和感を感じる。
 リョウスケさんの無事を祈ってるのか、それとも言ってる通りに、そこまで信頼してるのか。それを考えると、なんか変な気持ちになってきた。


 

 「ドック注水率80%突破、海中ゲート開けられます、艦長」


 

 ルリちゃんの、その報告を聞いて、待っていましたとばかりにユリカが動く。


 

 「ゲートオープン、機動戦艦ナデシコ、発進します!」

 
 
 
 

 〜9〜

 ナデシコの発進をメグミさんから聞いた僕は、戦闘手段を変更する。
 今までは蜥蜴をエステバリスに引き付ける為、縦横無尽にライフルを撃ったり殴ったり蹴り飛ばしたりして蜥蜴の脅威になる様に振る舞っていたのだが、これからは逃走重視で行動する事になる。
 ただ、ナデシコのグラビティ・ブラストの範囲内に蜥蜴の集団を出来るだけ集約させなければならないから逃走ルートは、ほぼ縦方向のみとなる訳で、撃破される可能性が格段に上がる。
 そんな事を考えつつ、上空からのミサイル群を引き付けてライフルで誘爆させながら地上の銃撃も思った以上に回避出来た事に、僕は気付いた。どうやらエステバリスのカスタム化が成功した様だ。ウリバタケさんが「猫でも動かせる」と言った通り簡略、癖のない素直な操縦性能で素人の僕でもそこそこ扱えていたのだが、僕の癖を覚えて更に機敏に動かせる様になった。‥これなら多少の無茶が出来るな。そう考えた僕は、逃走ルートに多少の変更を加える事にした。

 まず、移動速度を遅くして蜥蜴の撃破重視を計る。このパターンなら、・来た。上空からのミサイルが結構な量で此方に向かってくる。それも学習したのか、密集状態では無く波状で来る‥計算通り。引き付けて…引き付けて‥もっと‥いけ!
 後ろ向きに逃走つつ、エステバリスを飛ばしてミサイルを迎撃する。今まで縦横で回避していたパターンを変更し、降下用のブースターを使って上に逃げる。軽量なエステバリスと強固なディストーション・フィールドなら…よし、ビンゴ!
 次々と規則正しく起こるミサイルの誘爆に耐えながら、ブースターの微調整をしつつ爆風に乗り、僕は上空に駆け上がる。そして、腕のワイヤード・フィストで更に上の蜥蜴を捕らえ‥る!?新逃走ルート確保と。ふう、後はワイヤード・フィストを交互に飛ばして空中遊泳を繰り返して逃走すれば良いだけの事だ。IFSで、素直な操縦特性を持っているエステバリスなら余計な計算をしなくても結構何とかなる‥と思ったのだが。

 何度目かのワイヤード・フィストを放った時。いきなり左手に掴んでいた蜥蜴が自爆した。不意を突かれてバランスを崩したまま落下するエステバリスへ、蜥蜴からのミサイルが雨霰(あめあられ)と降り注ぐ。狭いコクピットに警告音が鳴り響き、『ミサイル接近中、当たちゃうよ』・『落下中、体勢を整えて軟着陸しましょう』の緊迫感の無い警告表示が大きく映って、人の注意を分散させる。パニック状態になりつつある僕の意識に、大学での講義が不意に出てきた。確か


 

 「軟着陸後、ミサイル迎撃」


 

 自分の行動を口に出す事で、『行うべき行動の正誤・優先順位の確認、それとその手段を行う手順。』が確実に認識出来ると言っていたな。
 言葉を発する事で、これからの行動を決定しパニック状態から抜け出した僕は、何とか『落下』から『着地』に姿勢を直して地上に降り立つ。そして


 

 「!!」


 

 至近距離、フィールド許容範囲を通り越して接近していたミサイルを反射的に撃ち落とす。


 

 「くぅ!?」


 

 ディストーション・フィールドで防ぎきれない爆風とミサイルの破片が、エステバリスに襲い掛かる。軽量さが徒となり、軽々と爆風に吹き飛ばされたエステバリスは転がり、体勢を立て直すと共に、また至近距離でのミサイル迎撃で同じ事を2・3回繰り返す‥勿論、エステバリスが無事に済む訳は無かった。


 

 「…死ぬかな」


 

 左手部完全破壊・右脚部ローラー損傷・追加バッテリーはミサイルの破片で半分以上破損・各関節部に過負荷警報・さらにライフル残弾数は一桁。
 予備弾倉が誘爆しなかっただけでも運が良かったのだが、右手だけでは弾倉交換に手間が掛かりすぎて、この状況では、ほぼ交換不可能。さらにワイヤード・フィストの範囲外、ブースターを使っても到底届きそうもない上空一面から、蜥蜴がエステバリスを包囲している。対空射撃は出来るが、弾は少なすぎるし、さらに関節部にガタがきてるから正確に撃てる訳が無いと。‥完全にチェック・メイト、王手詰み。今ならエステバリスを乗り捨てて逃げれば、助かる可能性は高いかもしれないが


 

 「‥心配するなバカユリカ。お前に信頼されたから、トコトン足掻いてみるよ」


 

 倒れているエステバリスを起こし、片膝を着かせて機体が出来るだけブレない対空射撃体勢で、上空の蜥蜴へライフル弾を撃ち尽くす。命中する事は無かったが蜥蜴達は見事、此方からの反応に答えてくれて、ミサイルをまたまた雨霰と降らせてくれた。
 さて、人の期待に応えられなかった短い人生…の筈だけど、俗に言う『走馬燈が訪れ』ないな。冷静・達観、いや自分に諦めがある人間はロクな死に方をしないらしい。
 そんな取り留めもない事で死を受け入れた僕は、一つだけ心残りな事を思わず口に出す。


 

 「御免な、ユリカ。最後の最後でお前の期待を裏切って」 『そんな事無いよ、リョウスケ』


 

 何?遺言になる言葉に応えた声を幻聴かと疑った僕の耳に、今度はもっと明確な音で


 

『目標。蜥蜴さん、ぜ〜んぶ!てぇぃー!!』


 

 ユリカの声が聞こえると共に、目前に天の川が現れた。
 此方に向かっていたミサイルと蜥蜴達が暗黒の帯に包まれて、次から次へと暗黒の空間に閃光を放ちながら消えていく。その光景が星々の煌めきに似て、僕の目に夜空の幻想をもたらす。そして暗黒の帯、グラビティ・ブラストが通り過ぎた後の空に、本当の星空が夜を彩っていた。その風景で生きている事を実感した僕へ、ユリカからの通信が入る。


 

 『リョウスケ、お待たせ(ブイ)』
 「ナイス・タイミング、ユリカ。‥助かったけど、もう少し早く頼むよ」
 『そんな事言ったって仕方なかったもん。海中に出てリョウスケの言ってた通り、チューリップが居ないかどうか調べてたら、ルリちゃんがリョウスケが危ないと言ってメグちゃんとも連絡取れなくなったから慌てて『ナデシコ』浮上させたんだから。でもリョウスケが、ちゃんと蜥蜴さん達を引き付けて上空に誘き寄せてくれてたから全部退治出来たし、アキトも私もみんな喜んでるから良かったじゃない』


 

 その台詞を聞いて僕はアキト君に目を向ける。彼は何とも言えない表情で、屈辱やら安堵感が入り交じっているんだろうと思うのだが、呆然とした状態のまま佇んでいた。そして僕の視線に気が付くと慌てて何かを言いかかったのだが、僕は先に彼に声を掛けた。


 

 「アキト君、出番を取ってゴメンな。でも落ち着いてから今後を選択した方が、君の為にもなった筈だと僕は思うよ」
 『リョウスケさん、出番なんて無くて良いです。それに俺はコックを目指しているだけだから』
 「そうだったね、アキト君。処でユリカ、お前の台詞でほぼ確信したんだけど」
 『何?リョウスケ』
 「折角、空戦フレームと言う機体もあったんだから、ナデシコが海中に出た後、空戦フレームで基地上空を飛び回って蜥蜴を引き付けるだけで良かったんじゃないかな?」


 

 その僕の言葉にユリカは暫く沈黙する。僕は彼女の顔をジッと見続け、表情の変化にツッコミを入れる。


 

 「こら、笑って誤魔化そうとしない。こっちは死にかかったんだぞ、もう少し考えて判断する様に、バカユリカ」
 『あー!ユリカがバカなら、リョウスケは大バカだもん(プンプン)。それにユリカ、リョウスケは悪運強いから大丈夫だと思ってたし』
 「こら、人をなんだと思っているんだお前。僕は、気のいい悪魔に好かれているだけの純情な人間なんだ、お前と同じ扱いにしないでくれないかな。‥何だか疲れたから、もう通信切るよ」
 『言いたい放題言って切るなんてヒドイ、リョウスケ』


 

 ユリカと喋っている間に疲労を感じ始めた僕は、彼女に文句を言われながら通信を切る。そしてエステバリスのカメラを星空に向けて、コクピットの座席を倒して仰向けになって星空をボーと眺める。
 まあ僕も、ユリカの台詞で空戦フレームの存在に気付いたんだから、バカと言われても仕方が無い。格納庫にあったのを目で見た筈なのに、全く気にも留めなかったんだから、どれ程、初陣で視野や思考範囲が狭くなって緊張し放しだったか良く判る。そんな状態で、良くここまで上手くいったもんだ。ユリカの悪運か強運の御陰で助かったな。


 

 「‥それに比べて」


 

 思わず独り言を呟いて、僕は右手に存在しているIFSに目を移す。…この役立たずがまともに働いていれば僕は火星を出ていく事は無く、また“あの時”の嫌悪や今回の死が僕に降りかかる事はなかったな。確かにこれがなかったら、僕は間違いなく火星で死んでいただろうし、“あの時”の事故や今回の様にユリカを助ける事が出来無かっただろう。だが僕にとっては厄災を呼ぶ烙印以外の何でもない。
 しかし、これが無くなった処で状況は全く変わらない事も判っている。何故ならこれは『お前の居場所は決して無い』と言う僕の象徴に過ぎないからだ。だから僕は足掻き続けよう。足掻けば足掻く程、更に心が傷付く事が判っていても、理不尽な状況に屈する事だけは決してしない。
 そう思いつつ、星空に包まれて平安を得る眠りを迎える為に僕は(まぶた)を閉じる。
 意識が無くなる直前、「お疲れさま、リョウスケ」とユリカの声を聞いた様な気がした。


 

<続く>


 
 
 
 
 

 ※作者より


 

 初めまして、スモモの氷菓子と言う者です。本当は、ユリカが主役の三人称SSを投稿しようと書いていたのですが、筆が続かなくなり、一人称×3のSSを書いてしまいました(苦笑)。
 ミスマル・ユリカ、テンカワ・アキト、そしてアオイ・ジュンの替わりのオリキャラである、荻リョウスケの三人の視点から、ナデシコSSを書きたいと思います。ただ、筆が凄く遅いので、それが問題です。ヤレヤレ
 で、オリキャラ、「荻リョウスケ」の紹介でも。


 
 

名前/オギ・リョウスケ(日本語表記/荻リョウスケ 英文表記/OGI RYOUSUKE)
年齢/ 20歳
出身/火星(エデン・コロニー出身)
身長/173cm
体重/64kg
家族/父・死別 母・離婚して離別
好きな食べ物/強いて言えば、ケーキ・アルコール
嫌いな食べ物/ユリカの料理?
趣味・特技/資産運用 ダーツ 両手利き 天体観測 ケーキ作り
好きな女性のタイプ/性格とスタイルが良い人(ユリカかな)
チャームポイント/ぬばたまの髪

(1話〜)ナデシコの副艦長にして、ユリカの大切な友達?ユリカより1ヶ月程後生まれなのだが、彼女のお兄さんと周囲から見られてしまう程、落ち着いている。本当はお茶目(ユリカ談)なのだが、思春期に起きたとある事で今の性格になる。ずばぬけた(無)神経・無邪気さ・天真爛漫のユリカを(ミスマルの)色眼鏡無しで認めている希有な存在でもある。



 では、みなさん。宜しくお願いします。

 

代理人の感想

他はまぁ、そこそこだし初SSとおっしゃる割にはむしろ悪くない・・・と思うのですが、

オリキャラのリョウスケ君がちょっと完璧すぎるかなー、と。

別に能力的に優れすぎているとかそう言うことではなく、こういう「正しい行動しかしないキャラクター」

っていうのは実は読んでるほうからすると人間味が凄く薄く思えるんです。

人間が自分の意志で考えて喋り、行動してるんじゃなくて、作者が直接操ってるようにしか思えないんですよ。

言い方は悪いですが、バラエティ番組の見え見えのヤラセみたいなものです。

 

それ以外では弱めユリカといい、軟弱(でもちょっぴり勇敢な)アキトといい、結構いい味だしてるんですけどねー。

 

 

 

 ※改訂第1弾?

 本来はもっとまともに執筆出来る実力を持って改訂すべき処でしょうが、読み返して見てあまりにも酷い出来だと思っていましたので追記・変更しました。(10/26)