それは、遥かな未来であり、遥かな過去でもある物語…………。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 プロローグ

 

 OPナレーション

 思うに、『可能性』というものは無限にあるものだ。

 「一寸先は闇」……とはよく言ったものだけど、世の中っていうものは……いや、時間の流れっていうものはまさにそのとおりのものなんだろう。

 たった一つの切っ掛けで、全ての事が変わるし、変える事ができる。

 それが果たして良い事なのか、はたまた悪い事なのか……。

 ……それは置いておくにしても、変えるチャンスがあるなら、それをしてみるのもいいかもしれない。

 とくに、最悪な未来を知っているのなら…………。

 

                            by…………

 

 

 あの『火星の後継者の乱』から3ヶ月。

 無限に広がる漆黒の宇宙を舞台にたった二隻の戦艦によるドッグファイトが行われていた……。

 かたや、元連合宇宙軍(現統合軍)最強の異名を誇る「独立ナデシコ部隊」

 その部隊を構成する唯一の戦艦でもあり、先の「火星の後継者」の乱をたった一隻で鎮圧した戦艦「ナデシコC

 かたや、先の「火星の後継者」の武力蜂起時以前に、たった一隻で数多のコロニーを落とし、統合軍を手玉に取った「ユーチャリス」

 共に一隻の戦艦としての能力を大きく上回った二隻の壮大な戦闘。

 そして、それは自分の大切な絆を取り戻そうとする者と、大切なものを護るために自らを犠牲にしようとしている者との戦いと言う事もできた。

 

 

 

 

 

――ルリ・サイド――

「アキトさんッ! もうやめにしましょう、こんな事は!」

 “電子の妖精”・・・そう呼ばれる少女――ホシノ・ルリ――は、自分の大切な家族であり、

いまだに自分が慕っている唯一の男性――テンカワ・アキト――にむけて悲痛な声で叫ぶ。

 その瞳には――その金色の瞳には声音(こわね)以上に悲しみを・・・望みをたたえていた。

 しかし、アキトから返ってきた言葉はやはり彼女を――

いや、言い換えれば自らの存在を否定するものだった・・・。

 

『前にも言ったはずだ。 君の知っている“テンカワ・アキト”はすでに死んだのだと。

 ここにいるのは、テンカワ・アキトの亡霊・・・いわば復讐の為だけに人を殺め続けた、

 ただの復讐鬼にすぎない』

 その声には、すでに彼女の知る優しげな響きは無く、ただただ無機質に響くだけのものだった。

 そして、声は淡々と続ける。

『そして、亡霊の帰るべき場所は君達の傍ではない』

 

「そんな事ありません!

 あなたは私の知っているアキトさんですッ!!

 ユリカさんも戻ってきました、火星の後継者もほぼ壊滅状態です。

 もうあなたの復讐するべき相手はいないはずです!

 だから、戻ってきてください! ユリカさんも、あなたの事をずっと待ってるんです!」

 

 悲痛な叫び・・・それは今まで幾度と無く繰り返してきた・・・・・・

 そして、彼女の願いがかなうまで繰り返され続けるであろう叫び・・・

 しかし、それに応えるべき者の心には、自らの犯してきた数々の罪の事実・・・

 そして、自らの立てた誓い・・・この二つの事が重くのしかかっている。

 それゆえに、彼は彼女の呼びかけに答える事を拒否し続けている。

 それは、皮肉にも彼の心が彼女が言うように変わっていない事を示していると言ってもよい。

 しかし、今のアキトにはそのことを認めることが出来ないでいた。

 

 

 

 

 

――アキト・サイド――

「これ以上の通信は無駄だ・・・。ラピス、ジャンプの準備をしてくれ」

 

『アキトさん!!』

 

「ウン、ワカッタ」

 ラピス・ラズリ――今、アキトをこの世に繋ぎとめている、最後の鎖。

 薄桃色の髪と、金の瞳を持つマシンチャイルド。

 ラピスはアキトの言いつけのままにユーチャリスのメインコンピューター“オモイカネ+(プラス)”にジャンプフィールドの生成を言いつける。

 

 

 

 

 

――ルリ・サイド――

「まだ逃げるつもりなんですか、アキトさん!!

 ハーリー君、私は遺跡に強制割り込みをかけます。その間ナデシコをお願いします。

 アキトさん、絶対に逃がしません」

 そう言い放つと、ブリッジの中央にせり出していたルリのシートがウィンドウボールに包まれる。

 オモイカネとのリンク状態になったルリの体がナノマシンの光に包まれる。

 その光に包まれた姿は、まさに“電子の妖精”と称されるに相応しいものである。

 遺跡への強制割り込み――ジャンパーがボソンジャンプを行うさいには、必ず遺跡への情報のリンクが必要となる。

 それを逆手に取り、送られた情報をキャンセルする。

 それがルリの行おうとしている事である。

 しかし、そんな事はおかまいなしに「ユーチャリス」のジャンプフィールドは展開されていく。

 

 

 

 

 

――アキト・サイド――

「アキト、準備デキタヨ」

 ラピスがアキトにフィールドの展開が完了した事を知らせる。

「ああ、わかった」

 そのラピスに簡潔に応えると、ジャンプ先にイメージをふくらませる。そして、

「ジャンプ」

 彼にしてみればここまではいつもと変わらないはずだった。だが……

 

 

 ビィーーー!!ビィーーー!!

 

 

「どうしたんだ! ラピス!!」

 普段あまり感情を表す事のないアキトが珍しく慌てた様子でラピスに確認を取る。

「アキト、大変!ジャンプフィールドガ……制御出来ナイノッ!!」

「なっ!?

 まさか、ルリちゃんの仕業か・・・!?」

 

 

 

 

 

――ルリ・サイド――

「艦長! ユーチャリスのジャンプフィールドに異変が現れています!!

 やっぱり、この方法は危険過ぎますよ!!」

 ハーリー――マキビ・ハリ――がそう叫ぶ。

「しかし、現状ではこれしかアキトさんを捕まえる方法がありません。

 多少の危険には……目をつぶるしかないんです」

 淡々と……何かを堪えるようにしてルリはそれだけを言う。

「でもッ・・・・・・」

「ハーリー! 艦長だってツライって事、忘れるんじゃない」

 なおも何か言いたそうにするハーリーに対してサブロウタ――タカスギ・サブロウタ――はそうたしなめる。

「でもッ……やっぱり危険過ぎますよ。

 本当に成功するかどうか……いえ、どんな結果になるかすら……わからないんですよ」

 堪え切れなくなったハーリーは俯いてそう呟くしかなかった……。

「“成功する”じゃありません・・・“成功させる”んです」

 ハーリーの呟きに、自分に言い聞かせるように呟くルリ。

 しかし、彼女はよほど運命の女神には嫌われているらしい、いや、それを言うなら“彼”も……か。

 

 

 

 

 

――アキト・サイド――

「くッ、ジャンプ強制終了! フィールド強制解除!!

 ルリちゃんとオモイカネを甘く見すぎたか……」

 唇を噛締めるアキト。しかし、

「ダメナノ、アキト! フィールドガ暴走シテルノッ!

 コノママダト、カッテニ跳ンジャウ!!」

 ラピスから滅多に聞けないほど慌てた声が“聞こえる”

「なッ!?」

 ラピスからの報告にアキトの顔にも焦りが混じる。

 

 

 

 そして、ジャンプが始まる……。

 

 彼に歴史の歯車を回させるために…………

 

 

 

 

 

――ルリ・サイド――

 ルリ達の目の前でジャンプしていく「ユーチャリス」

「また、逃げられてしまいましたね……」

 リンクを切り、悔しそうにそう呟くルリ。

「でも、次は逃がしませんよ・・・アキトさん」

 彼女にしてみれば、それはいつもの鬼ごっこが振り出しに戻っただけである。

 そう、彼女はそう思っていた……ずっと…………。

 

 

 

 

 

2195年 火星

 数多の機動兵器が群れ。

 補給、増援のあてにできない戦場。

 それが、今の火星の状態を如実に表していた。

 

「…………全機に通達します。

 今すぐ現在いる場所から撤収。すぐにここに戻って来て下さい。

 これは、命令です。繰り返します、今すぐ、戻って下さい」

 耳元で命令だと叫びつづける上官の声が聞こえる。

 それを聞き流しながら、血を吐くように、彼はそう通信を送る。

 優しげで整った顔立ち、ややすれば、女性と見間違われても仕方がないような容姿を苦しげに歪ませている。

 

『そんなっ!……隊長!自分達はまだやれます!!』

 

『そうですっ!せめて、あと10分だけでも!』

 

『まだ逃げ切れていない人達だっているんです!後もう少し時間を……』

 

『お願いします!隊長!!』

 

『隊長!!』

 

 彼の部下達からの悲痛な願いを込めた叫び。

 だが、彼は彼らのその願いに応えることが出来ない事を痛いほど……わかっていた。

 そして、もう一度……、そう、もう一度だけ静かに繰り返す。

『……これは命令です。全機、速やかに撤収の準備をして下さい。

 俺達には、まだやらなければならない仕事が残ってるんです』

 

『しかし! 隊長!!』

 

『……了解。全機速やかにこの戦域から撤退!シャトルの護衛に当たる!

 …………これで、よろしいですね隊長』

 

『ありがとう・・・カツヤさん。

 みんな、聞いての通りです。俺達の任務は、打ち上げられるシャトルの護衛。

 あのシャトルには、何百という民間人も乗っています。せめて、あのシャトルを無事に 地球に送り出したい…………だから、戻って下さい!』

 彼の気持ち……それは彼ら全員が感じているものだった。

 

『…………了解』

 

『……判りました、直ちに撤収します』

 

 一人、また一人と彼の下に集まるため、自分の死守すべき場所へと集まってくる。

『ごめんなさい……最後まで、わがままの言いっぱなしで…………。

 この戦闘が終わったら、いくらでもリクエストに答えるから……今は、今だけは耐えて下さい』

 苦笑を浮かべつつ、彼はそれだけの言葉を搾り出す。

 耳元でキャンキャン喚いてる自分の上司からの通信をオフにし、彼も最後の戦闘に備える。

「……アキトさん。約束……必ず守ってみせます。

 だから、また会いましょう……あの場所で…………あなたの護るべき場所で」

 彼の最後の呟きを聞いた者はいなかった。

 そして、火星最後の戦いが始まる。

 

 

 

 

 

 

         機動戦艦ナデシコ・アナザー

             〜もう一つの刻(とき)のカタチ〜

 

 

 

 

 

EDナレーション

 ついに動き出す刻(とき)の歯車。

 そして姿を現す白い機動戦艦。

 漆黒の王子は願いをかなえられるのか…………。

 藍き戦士は何を見つめるのか…………。

 次回、機動戦艦ナデシコ・アナザー〜もう一つの刻のカタチ〜

 第一話『やっぱり最初はバカばっか』 を、みんなで読もう。