ナデナロク

第2話<赤き神殿と黒き獣>

 

―――1―――

相棒は今、猛烈に走っている。

追われているのだ。

我が相棒は、SS級の実力の持ち主で、普通の相手には引けを取らないが、

 

それは人間相手の事であって、後ろから迫り来る直径10mはありそうな大岩が相手では

そうはいかなかった。

「何だって言うんだ!あいつは!」

「ほら、無駄口叩いていると潰されるぞ。」

底なしの体力も、流石に10時間も全速力で上りを走れば息が切れてきた頃であろう。

「お前・・・人事みたいに・・・。お前も潰れるんだぞ?」

「あぁ、人事だ。私は特別製だ。

それぐらいの岩の重みくらいじゃ折れはしないのでな。

お前も大丈夫なのではないか?」

私にしては、意地悪い質問をするが、相棒はそれどころではないようだ。

アキトは宝探し・・・もとい、トレジャーハンティングの護衛としてとある女に雇われたのだが、

その女と言うのが曲者で、『輝け、絶対に組みたくないトレジャーハンティングリストNo1』に毎年堂々とトップになっている。

今回の大岩の罠も、彼女がわざと・・・発動させて自分はギリギリの所でしっかり安全な場所へ逃げて上へ行ってしまった。

彼女曰く、超一流のトレジャーハンターとは、罠を発動させて、そのスリリングを味わうらしいのだが、私には超一流の精神が判らない。

性格の悪さなら、確かに超一流だ・・・。

私のセンサーにこの先の様子が飛び込んでくる。一応相棒だし、忠告してやろうか。

「そんなことより、後数十メートル先は行き止まりで、壁に穴が開いてるぞ。」

一瞬動揺の表情となるが、いつもの事だと達観した表情になる。

「畜生。どうしろって言うんだよ。」

アキトは最後の気力を振り絞り、速度を上げる。

そして、壁際に辿りついたと思ったら、岩の方に向きなおし・・・、

まさか、受け止める気か?ここまで馬鹿になったのか・・・相棒よ。

 

アキトは、外壁に向かってジャンプした。

それだけではない。

全く掴むところのない外壁をすいすいとよじ登っていく。

全くこんな所まで人間離れしているとは・・・。

「お前・・・蜘蛛みたいだぞ。」

「そうか?ありがとうよ。」

嫌味もさらりとかわされ・・・いや、嫌味だと気付いていないのだろう。

頂上目指してひたすら登っていく。

頂上まで登る間に、何故この仕事を受け取ったのか経緯を話しておこう。

 

おっと、その前に自己紹介がまだだった。

私の名はサレナ。

岩に追い詰められ、人間離れした行動をする相棒が持つ剣。

それが私だ。

 

 

―――2―――

依頼が完了し、ヴェネツィアで銃の手入れをして貰っていた。

ボロボロの宿にアキトは止まっていた。

格安のそのホテルには、個室シャワーがついているとは、意外と穴場のようだ。

元S級なのに、年中貧乏のアキト。

その理由は、困った人を無料で助け、依頼も格安と言う、社会的奉仕業な性格のためだ。

気に入った仕事は、殆ど無料で受ける。

全く呆れた、いや、見習うべき精神か?それが元で死んでは意味が無いが・・・。

アキトは、宿屋の個室シャワーから出てくると、私は話しかけた。

「今すぐこの辺りから離れた方が良い。」

「何言ってるんだよ。とうとうぶっ壊れたのか?」

どうやったらこんなニヤケ顔が出来るのだろうか、些か疑問を持ちつつも話を続ける。

「いずれこの辺りに上級の魔物・・・いや上級中の上級が現れる・・・というより復活する。

齢1000年を超えていて、今までの魔物達とは違う。間違いなく殺されるぞ。」

アキトは眼つきを鋭くし、剣呑な声で応える。

「間違いなくねぇ・・・お前にしては、珍しく弱気だな・・・。

そんなの俺が倒してやるよ。」

私は声を鋭くして声を上げる。

「私は!・・・正直、私は、

私のせいでお前を失う事が怖い。だから、逃げて欲しい。」

「はぁ、お前やっぱり馬鹿だろ?」

馬鹿に馬鹿と言われて頭にきたが、次の瞬間それを聞いて落ち着く。

「お前を苦しめる奴を俺が放っておくと思うか?」

ヘラヘラ笑いながらも、漆黒の目の奥にはギラギラと燃え滾っているかのようだ。

 

「ラグナロクは・・・5000年も前から作られて存在してきた。

ラグナロクの本質は剣ではなく、そこの鍔元の青い宝石にある。

作られた目的は、言わずと知れた魔物の駆逐の為。

私のプログラムには、魔物の駆逐が最優先でプログラミングされている。」

アキトは、黙って聞き入ってくれる。

「その中でも特に最優先なのが、魔物の王・・・金色の魔王の消滅だ。

しかし、一度たりとも成功した事はない。封印するのが精一杯なのだ。

消滅をさせる可能性があるのは、ラグナロクの完全なる封印を解く事だ。

ラグナロクの封印とは、金色の魔王の残した、4体の腹心を倒す事で解かれる。それぞれ、

赤を司る、赤眼の魔王、ルビーアイ・シャブラニグドゥ。

青を司る、蒼穹の王、カオティック・ブルー。

白を司る、白霧、デス・フォッグ。

黒を司る、闇を撒くもの、ダーク・スター。だ。」

お前がこの前に倒した、炎を操るヘルマスター。

あれは、赤眼の魔王の腹心で、それが倒される事により、赤眼の魔王が目覚める可能性が高い。」

 

突然、アキトは顔を上げて微笑む。

「なんだ、簡単じゃねぇか。

ようは、そいつら全員ぶった斬れば良いんだろ?」

「ハッハッハッ」

「なんだよ気持ち悪いな。」

私は笑うしかなかった。そうだ、アキトはそういう男だ。

それがどんなに難しい事か考える前に、やるか、やらないかどちらかしかないのだ。

そして、自分の信念を貫くと言う男だ。仲間を絶対放っておく事は出来ない・・・と。

「んで、そいつは何処にいるんだ?

今から行って、ぶん殴ってやるよ。」

「ここから少し北上した神殿に封印されている。

全く、呆れた馬鹿だよ。お前は・・・。」

「なんだ?今頃気付いたのか?

そして、お前も同類だ。何たって俺の相棒なんだからな。」

 

 

 

そして、神殿には先客がいた。

どうやら、アキトの知り合いらしく、会った途端嫌な顔を浮かべる。

「よう、アキト〜」

ボーイッシュで豪快な女だ。

アキトは苦笑でこれを返し、さっさと中へ入って行ってしまう。

「なんだい。連れないね。トリスだよ忘れたのかい?

一緒にトレジャーハントした中じゃないか。

ところで、ここであったのは何かの縁じゃない?護衛引き受けてくれない?

あんたの腕だけは買ってるんだからさ。」

「イヤだ。」

それに応えた声は、即答だった。

見事な即答振りに、トリスもたじろぐ。

トリスは一歩先に進み、石床を蹴りつける。

そして、すかさず踵を返して、走り去る。

「全く、何だって言うんだ?」

「・・・。」

一瞬私のセンサーに何かが物体が近づいてくる。

「警告するぞ、アキト。巨大質量物体が接近中だ。

もうす・・・。」

嫌な予感と共に、後ろを振り返るアキト・・・。

「うぉぉぉぉ」

絶叫と共にアキトは走り出す。

と、いった事があったのだ。

 

―――3―――

おっと、思い返しているうちにアキトは頂上へ差し掛かっていた。

50mの壁を、よくもまぁこんな短時間で登ったものだ。

登ると同時に腰のホルスターから銃を取り出す。

新品でいて、尚且つ使い古したように欠けているグリップが指先に馴染んでいた。

そして、突如の発砲。

狙いは、目の前に居た、優男だ。

躊躇わず頭を狙い、爆砕している。

「よぉ、またあったな。助けてやろうか?」

男から注意を逸らさずに、見下すようにトリスを見る。

男の頭は瞬時に復活する。

上級の魔物にとっては全く苦にもならないのであろう、余裕の笑みを浮かべている。

「なんでも良いから、ちゃっちゃとやっちゃってよ。」

アキトのコメカミに2本程青筋が浮かぶが、男の危険な気配を感じ音も無く床に降り立つ。

 

「アキト・・・あいつは、」

「判ってる。赤眼の魔王って奴だろ?魔気が違う。」

「おっ、これは、黒き咆哮ブラック・ハウリングで、高名なテンカワ・アキトに知られているとは光栄だね。」

黒き咆哮ブラック・ハウリングとは、A級以上の傭兵が名乗れる、二つ名の事で、

アキトは、ギルドを脱退してもなお、SS級を蹴った者としてその名を知らしめていた。

黒き咆哮の意味は、その名の通り、咆哮のように、音速を超えるスピードを意味する。

 

優男・・・もとい赤眼の魔王は隙だらけで立っていた。

しかし、赤眼の魔王から出るプレッシャーは、アキトを本能的に飛び掛るのを止めていた。

「高名?俺の人気は魔族にも拡がるほどなのか?」

意地悪く言うアキトに私はすかさず突っ込みを入れる。

「悪名だけはな・・・。」

「それより、ヘルマスターが、随分と君にお世話になったらしいね。私としては、お礼をしたいのだが・・・。」

赤眼の魔王は、アキトへの返答もせずに、一歩足を進める。

アキトは反射的に一歩後退する。

「残念だが、男のお誘いは受けない事にしているん・・・だ!」

アキトは一歩下がってしまった自分自身に憤怒し、本能を無視し地を蹴る。

黒い旋風は、魔王の後ろへ回り込み、首筋へと剣が吸い込まれる。

剣筋は、魔王の首に絡みつき、一気に反対側へと突き抜け・・・、止められる。

魔王が首を斬り飛ばされつつも、左手で剣を掴んだのだ。

そして、その手に力を込める。しかし、私の剣はそうそう折れる物ではない。

「流石に硬いですね。」

そこへアキトは更に強く地面を蹴る。一気に跳躍し、魔王の左手を貫通させ、剣に自由を取り戻させる。

アキトは、右手で着地をし体制を整えると、魔王の首が繋がっている事に悪態をつく。

「今度は本気で折らせて貰いますよ。」

「ちっ、全然効いていないのかよ。」

魔王の突進は緩やかだった。しかし、突如姿がぶれる。

咄嗟に前へ一歩飛ぶ。その後ろから殴りかかる、魔王の右手には一振りの杖が握られていた。

「骸骨杖・・・。あれに殴られると、生気を吸われ干からびるぞ。」

「まだ、じじいになるのはごめんだ。」

後ろを振り向かず、ホルスターに手を伸ばしそのまま引き金を引く。

銃弾は地面を捕らえ、その反動で真後ろに迫っていた魔王へ横殴りの斬撃を放つ。

魔王の杖の一撃を受け止めるが、勢いが不十分だったのか、体制を崩す。

そして、魔王のその場からすくい上げるような蹴りは、

アキトの腹部を的確に捉え、10mは吹き飛び壁に激突し黒い血塊を吐く。

 

「いい加減、ラグナロクの力を使ったらどうだ?」

しかし、アキトには動く気配が無い。先の一撃で、腹部には大きな穴が開いていた。

「おや?さっきの一撃で死んでしまったのかな?人間とは脆弱なも・・・」

場の空気が一気に絶対零度へと引き下がる感覚が辺りを包みこめる。

熱や寒さを感じない私でさえ、寒さを覚える。

聞こえたのは一体なんだろう・・・。

この世のものとは思えない・・・。

そう、例えて言うならば、世界に対して憎しみを持つような獣の咆哮。

魔王でさえ、思わず一歩引き下がる程のだ。

「グルルルゥゥゥ。」

声はアキトの方から聞こえた。

アキトの喉がうねりを上げる。そして、全身の肌は黒く変色し、腹部の肉はそれを埋めて、再生していく。

その眼には、かつての黒き双眸の面影は既になくなっていた。

その眼に浮かぶは・・・銀が支配し何処を見ているか判らない。

顔中の血管が黒く浮かび上がり、異形な物へと進化する。

腕の皮が破れ上がり、その下からは筋肉が湧き出てくる。

そう、例えるなら・・・悪魔。

2m程の人間が、倍の4m近くの化け物へと成り変わる。

私は、かつてこの姿を見た事がある。

これは・・・恐るべき戦闘能力を有し、数十秒で、ある都市をも壊滅状態まで追いやったほどだ。

その悪魔・・・いや、アキトは魔王へ一歩踏み出すと、姿が掻き消える。

否、見えないと言った方がただしいのであろう。

消え去った瞬間、魔王の体は千切られていた。

アキトの爪が魔王を引き裂いたのだ。肌が再生するが、そんなのをお構いなしに、がむしゃらに切り刻み、引き千切る。

流石の魔王も驚愕と、畏怖、そして絶望感が漂わせている。

そしてその魔王は、最後に悪魔の口へと消えていった。

「グルルルゥ・・・。」

悪魔は次なる獲物を探す。トリスが、魔王との戦闘で姿を消していた事に少なからず安堵する。

私はプログラム赤を起動させてみる。

コンタクトは無事成功。どうやら赤眼の魔王のジャミングはなくなったようだ。

これは、赤眼の魔王が、消滅した事を意味する。

 

床に転がる私は、アキトの後ろに意識を集中する。

大気中の分子を練り上げ、人型へと形作る。

そして、それに私の魂、いわばプログラムを移す。

すると、今まで感じる事がなかった5感が備わると同時に寒気を覚える。

私はかつて1度だけ、この姿となったアキトを元の状態へと戻した事がある。

またその賭けをしなくてはならないようだ。

大気中の物質をかたどる意思へと話しかける。

その物体を形成する意思は、驚くべきエネルギーを持つ。

そのエネルギーを使い、アキトの周りの時間を少しだけ逆行させ、元の姿へ戻すのだ。

しかし、この方法では、アキトが物体を形成する意思に負けると、

分子間の崩壊へと繋がり、バラバラになって消滅してしまう。

また、制御に失敗すると、この都市や近辺の都市まで破壊エネルギーにより消滅するだろう。

それ程のエネルギーなのだ。

アキトがこちらへ気付く。ゆっくりと後ろを振り返る。

私は、すぐさま意思を解き放つ。

悪魔はビクンと仰け反り、倒れる。私は意思を開放した瞬間、更に意志を呼び集め、

産まれる破壊エネルギーの相殺にあたらなければならなかった。

鋭い閃光が吹き荒れ、それが終わると、元の姿に戻ったアキトが倒れていた。

どうやら、賭けは私の勝利に終わったようだ。

少なからず私は安堵した、相棒を失わなかった喜びに。

 

―――4―――

3時間後、アキトはゆっくり起き上り・・・

「おはよう。」

「いつまで寝てるんだ、馬鹿が・・・」

一瞬、怒った表情をするが、それより不思議な顔をしている。

「それより、お前後ろの子供はなんだ?」

私は間抜けな声を上げて、後ろを振り返る・・・。

そこには確かにピンク色の髪をした、小さな子供がいた。一体いつの間に・・・。

その子供は、アキトを見詰め、微笑む。

そして、アキトの胸へとダイブする。

「アキト、アキト〜。」

泣いているようだった。

アキトは困った表情を浮かべるが、そのまま抱き留める。

少女は幾分落ち着いたのか、アキトから離れる。

「君は一体誰なんだい?」

「私は、アキトの、アキトの・・・。」

何かを言おうとして、突如消えてしまった。

「なんだったんだ今のは・・・。」

「アキト、お前の知り合いか?」

「何か、懐かしい感じと、罪悪感がある・・・。それくらいしか判らない。」

「そうか。」

私は短く答えると、剣の方へと意識を集中し、剣に意識を戻す。

やっぱりこちらの方が落ち着く。外を見る事は珍しく、面白いが、どうも疲れる。

また、意思を操った時は余計に疲労が大きい。

 

アキトは剣を拾い上げ塔の出口へと向かった。

「次は何処へ行くのだ?」

アキトは暫く思案し、当たり前だろ?と言った表情を浮かべる。

「次の神殿だよ。お前の腐れ縁とやらを断ち切ってやるさ。」

「その前に、財布の心配をしたらどうだ?」

「心配すんなって。そんな貧乏に見えるのか?」

アキトは、皮袋を手にし・・・。

異常な軽さと、何も音がしないので苦笑いする。

「だから言ったろ?馬鹿め。」

アキトは剣を軽く小突き、何も言わずその場を立ち去る。

 

〜あとがき〜

戦闘シーン短い&呆気なさすぎた気がします。

でも、私にはそれで限界なので勘弁してください。

(ラグナロクでも戦闘シーンあんま好きではありません。)

ラグナロクの世界観を崩していく気がするのは気のせいでしょうか?

では次回のあとがきでまた会いませう。