For desired tomorrow
第7話「火星」

   「・・・・・居ないね」
 ユリカは呟いた。
 目の前には火星が有る。重ねて言うが、目の前に火星だけ存在している。
 「・・・そうですね」
 「お休み中なんでしょうか?」
 「別にいいんじゃない?」
 ルリ、メグミ、ミナトがそれぞれの感想を言う。
 「まさか・・・・あの時に言った事は本当の事だったのですか・・」
 「プロスさん、あの時ってどういう事ですか?」
 プロスの呟きを聞き取ったユリカが問い詰めようとする。
 「いえ、葉月さんが火星付近の敵を先に倒しておいてあげた。
  そう言っていたのですが、まさか本当の事とは・・・」
 ちなみに万葉の外見は何処にでもいそうでいない16歳の少女である。
 「えー、それなら早く言ってくださいよ。プロスさん」
 「・・・すみません。その場を切り抜けるための嘘か冗談かと思っていましたから」
 「その場を切り抜けるって、何かあったんですか?」
 「あ、それ気になるな〜」
 プロスの答えにメグミが興味を持ち、ミナトが賛同する。

 ピッ!

 『艦長、どうなされたのですか?
  スパル様はもう気合が十分のようですが』
 リリィが何時まで経っても、出撃させようとしないブリッジに通信を繋ぐ。
 『・・・・もしかして、余計な事をしたのかな?』
 万葉の眼はリョーコの機体の方を向いている。
 『おい、何時になったら出るんだ!?』
 リリィの証言通り、気合十分のリョーコ。
『・・・倒しすぎたか』
 『何々?どうしたの?』
 『あ、敵が居ない?ったく、確かめてからにして欲しかったぜ』
 行き場のない闘争心が変に溜まっているようである。
 『・・・火星付近は一掃しましたけど、火星は手付かずですから。
  それは見させてもらいますよ。まさか、できないと言わないでくださいね?』
 そう締めくくり、ウィンドウを閉じる万葉。

 「・・・・グラビティ・ブラスト、スタンバイ!!」
 「グラビティ・ブラスト、発射準備完了」
 「火星で待ち構えている、敵第2陣を遠距離から一気に叩きます!!
  ルリちゃん、チューリップの位置はサーチできた?」
 「完了しています。
  ミナトさん、この位置に移動してください」
 「ふんふん、了解!」
 「・・・皆さん、気合が入っていますな」
 闘争心を発散できず、変に溜め込んでいたのはパイロットだけではなかった。
 大半はその場の空気に乗っていると言うのもあるだろうが。

 ドゴオォォォォォォォォオオオオオオオンンンン!!

 行き場のない闘争心と戦闘を予測していたのに何も無かった為、
 安堵、怒り・・・そして、八つ当たりのグラビティ・ブラストがチューリップを、敵部隊を破壊していく。

 「重力制御忘れているぞ!」
 アキトは状況を察知して、手近な物に掴まる。
 「テ、テンカワ!!」
 「きゃああああ!! アキト君!!」
 「くっ!!」
 リョーコ達3人がアキトにしがみ付く。
 どうでもいい事だが、女性は男性より軽いとは言え、3人も支えるのは骨が折れる。
 「くそ〜〜〜〜〜!!テンカワばかり美味しい目に会いやがって!!」
 彼らはその事を理解しているのだろうか?恐らく、していないと思う。
 ウリバタケは滑り落ちる、途中リリィに掴まろうとするが弾かれる。
 「あ・・・・つい、反射で。
  御主人様、ご無事ですか?」
 真っ先に自分が弾いたウリバタケよりアキトの身を心配する辺りが彼女らしい。
 鎖を使って、自分を支えている。
 明らかに彼女の鎖は全長より長くなっているが、誰も言わない。
 「・・・・驚く事かな?」
 1人、冷めた眼で状況を観察しているのは万葉。
 彼女は重力に逆らわず、そのまま床になった場所に立っている。
 「・・・そろそろ、復旧するか」
 準備体操の代わりか軽く跳躍して、そして大きく跳ねる。
 空中で3回転半捻りを行い、本来の床に着地する。
 「・・・・・流石に・・・食堂は酷いだろうな」
 万葉は辺りを見回して、確認していない食堂を心配した。


 無事、火星に到達。
 ブリッジで今後の事についての話し合い。
 実行部隊とも言えるパイロットの出席は当然だが、ガイだけいない。
 その事を指摘されると、前のリリィの攻撃で医務室に担ぎ込まれたらしい。
 リリィは「ああ、そうですか。お見舞いに行かないといけませんね」で済ませている。
 ガイの代わりと言うのではないが、万葉が出席している。
 背後でゴートが睨みを利かせて、不快にさせていたが。
 「では、今からナデシコはオリンポス山に向かいます」
 「そこに何があるんですか?」
 「そこにはネルガルの研究施設があるのですよ。
  我が社の研究施設は、一種のシェルターでして・・・
  一番生存確率が高いのです」
 「・・・生存率?」
 プロスの返事に万葉が話に入る。
 「はい。当然の事ながら、シェルター内には食料もありますので」
 「では、今から研究所への突入メンバーを発表する」
 プロスが営業スマイルで答えて、ゴートが直に次の行動に取り掛かる。
 「あの、すみません。俺にエステを貸してもらえませんか?
  故郷を・・・ユートピア・コロニーを見に行きたいんです」
 「何を言っているんだ、テンカワ!!
  今、お前とエステを手放せる訳ないだろう」
 ゴートが顔を顰めて怒る。
 「・・・かまわん。行ってきたまえ」
 「提督!!何を言うんですか!!」
 「別に良いのでは?」
 「万葉!キサマもか!!」
 「まあまあ、万葉さん何か理由でも?」
 怒鳴っているばかりのゴートをプロスが宥めながら、万葉に理由を問う。
 「別に根拠はありません。
  ただ、本当に隠したい物は安全な場所より心理的な死角に隠す。
  もしかしたら、頭の良い指導者がいるのかもしれない、そう思ったんですよ」
 「・・・なるほど、否定できる話ではありませんね」
 「それじゃ、行って来ます」
 「あ、テンカワさん、少し待ってください」
 出て行こうとするアキトを万葉が止める。
 「良い予感がしません。これを持って行って下さい」
 差し出された手には茶色の石がついた羽根がある。
 「御主人様、ナデシコでお帰りをお待ちしています」
 リリィは一礼して、アキトの帰りを待つ事にした。


 陸戦用エステバリスが火星の大地を疾走する。
 「アキトさんの故郷、遠いですか?」
 「・・・・ヒスイちゃん、何時の間に取り付いていたの?」
 アキトの問いにヒスイは驚いた。
 「鋭いですね。
  ルリと間違われると思っていました」
 そう言って、ヒスイは親しみを込めて微笑む。
 「ヒスイちゃん、自分がルリちゃんを守らないといけない。
  そう考えていないかな?そういう所からかな、纏っている雰囲気が違うんだ」
 「・・・流石ですね。
  皆、ルリの能力を過小評価しています。
  その気になれば、地球の経済を操れるぐらいです。
  だからこそ、身柄や命を狙われる。
  ルリを守る為になら、私は修羅になりましょう」
 「・・・頼ってくれると嬉しいんだけど?」
 「ありがとうございます。
  でも、先に私達を頼ってくださいね?
  アキトさん、悩んでいませんか?」
 「・・・・そうだね、相談してみるのも良いか」
 「ところで、さっきから気になっていたんですけど、これは何ですか?」
 ヒスイが横に置かれていた箱を持ち出し、開けてみる。
 「あ・・・・戦闘服。すっかり忘れてた」
 「忘れないでください」
 「・・・手紙が入っていますよ?」
 「手紙?」
 <テンカワ アキトさんへ
  件のナノマシンですが、手配できました。
  ただ、どんな副作用が起こるかはわかりません。
  それでも、使用するなら私に言ってください。
                  万葉>
 「どんな内容だったんですか?」
 アキト宛の手紙なので、大人しく待っていたヒスイが聞いてくる。
 「万葉ちゃんからの手紙だよ。
  それより、もうすぐユートピア・コロニーだった場所だよ」
 アキトの言葉で、ルリは追求を止めて前を見る。
 「・・・・薄情だな。
  あの時はユートピア・コロニーを見て、悲しさや懐かしさがあったのに。
  今は何も感じない。俺がそう思い込んでいたのか」
 エステバリスから降りて、アキトは呟いた。
 「自分を、責めないでください。
  記憶が色褪せる様に、悲しい思い出も何時かは思い出になります。
  重要なのは教訓を生かすことです」
 後ろからヒスイに抱きしめられる。
 《アキト、時間ある?》
 《!ラピスか?いったい、どうしたんだ?》
 《・・どうしたの、アキト?焦っている》
 《そんな事ないぞ。それより、何かあったのか?》
 《うん、近くに鏡、ある?》
 《・・・ないな。今、ユートピア・コロニーに居るんだ》
 《そう。それなら、また今度で良い。
  ユートピア・コロニーってアキトの故郷?》
 「アキトさん?」
 アキトが虚空を見上げているのに気付いて、ヒスイは声をかける。
 《ああ、もう何も無い所だけどね》
 《・・・ごめん、アキト。悲しくさせた》
 「アキトさん?」
 反応しないので、揺さ振る。
 《・・気にしなくて良いよ。それより、そろそろ切るぞ?
  それから、今から8ヶ月後まで忙しいから相手できないからな》
 《うん、分かった。上手く行くと良いね》
 ラピスはそう言うと、リンクを切った。
 「もしかして、ラピスと話していたんですか?
  行き成りでしたから、少し心配しました」
 「心配かけてごめん」
 アキトの謝罪を聞いて、微笑む。機嫌が良くなったようだ。
 「それで、どの辺りなんですか?」
 火星の空気を楽しむかのように歩いていく。
 「・・・・確か、そのあた」ボコッ!
 ヒスイの上の地面が抜けた。
 一番脆かった部分かそれとも、未来が変わりつつあるのか。
 「ヒスイちゃん!」
 アキトも急いで、穴の中に飛び込む。
 「クッ!・・間に合うか?」
 地面が高速で迫ってくる。
 「これくらいできますよ」
 ヒスイは両足のバネを最大限に使い、着地の衝撃を逃がした。
 「え? !」
 ヒスイが難なく着地したのを見て、呆気に取られる。
 その為か完全に衝撃を逃がすことが出来なかった。
 「大丈夫ですか、アキトさん?」
 「誰だ、お前達!?」
 「まさか、木星の奴らか!クソ、ただで死ぬか!!」
 アキト達に気付いた男達は狂気の叫びを上げながら、鉄パイプを持って襲い掛かる。

 ドコッ!

 「そうですか、そういうつもりですか。
  アキトさんは私達の幸せの為に必要な人。
  冥界に行きたい人から来て下さい」  ヒスイが襲い掛かった男を一撃で叩き伏せる。
 顔面から床に激突して、気絶する。
 男達はヒスイの攻撃と殺気に怯んだ。
 「ヒスイちゃん、待つんだ!
  俺たちは助けに来たんだ!!」
 「「「助け?」」」
 アキトの叫びに反応する男達。
 「あらあら、勇敢な女の子ね。
  それで、助けに、とはどういう事かしら?」
 奥から男達の輪に女性が加わる。
 「俺たちはナデシコのクルーだ。
  火星に残された者を救助しに来た」
 「ナデシコだと?」
 「さっきナデシコって言ったよな?」
 「ああ、そう言ったぞ」
 ザワザワ、そう表現したくなるほど騒がしくなる。
 そして、男達は一斉に女性を見る。
 「・・・・そうね。悪いけど私たちは乗らないわ」
 周りの視線が少し違う物に変わった気がする。
 「でも、貴方達の様子じゃ、納得しないみたいね。
  私がナデシコに言って、説明してあげるわ」
 視線が元に戻った。
 「・・・・・・分かりました。
  なら、敵に見つかる前に早く行きましょう」


 「・・・この時間帯は・・・上手くいっているかな?」
 「何が上手くいっているかなだ?」
 万葉の呟きにゴートが反応した。
 「・・・ゴートさん。
  一体、何時まで私に張り付いているつもりなんですか?」
 「お前が尻尾を出すまでだ」
 ・・・・作戦会議の時から万葉の後ろにはゴートが居る。
 「私は貴方に恨まれるような事はした覚えがないのですが?」
 「お前の身元が分からん以上、仕方のない事だ。
  格納庫の事は聞かせてもらっているからな」
 3回転半捻りの事である。
 それを聞いて、早歩きになる。
 当然、ゴートも万葉を追う。
 「失礼します」
 そう言って、速度を落とさずブリッジに入る。
 「ルリちゃ〜ん、お願い!」
 「おや、葉月さん、どうかなされましたか?」
 気付いたのはプロス。
 ユリカはルリに頼んでいるが、却下されている。
 「プロスペクターさん、ゴートさんに私に付きまとうな、と言ってくれませんか?
  はっきり言って、落ち着きません。迷惑です」
 「はあ、それはすみませ・!!」

 ズズゥゥゥゥゥゥンンン!!!

 「・・敵、前方のチューリップから次々に現れます」
 「ルリちゃん、グラビティ・ブラスト発射準備!!」
 「グラビティ・ブラスト・・発射準備完了」
 「グラビティ・ブラスト、発射!!」

 ギュォォォォォォォォンンンン!!!

 「・・敵、小型機は一掃するものの、戦艦タイプは依然として健在。
  その数、更に増大していきます」
 「最悪ですね。
  地球付近の格下とは違うと言ったところですか」
 まったく動揺していない状態で万葉が艦長を見る。
 「・・グラビティ・ブラストが効かない?」
 「艦長、敵もディストーション・フィールドを張っているみたいです」
 「呆然とする暇があれば速く指示を出してください。
  貴女はこの艦の最高責任者ではないのですか?」
 「テンカワ機から通信、入ります」
 「ルリちゃん、繋げて!」

 ピッ!

   「アキト、今すぐ全速力で・・・」
 『ユリカ、今から敵陣を強行突破してナデシコに合流する!!』
 通信を開いて、ブリッジクルー全員が呆然とする。
 ゴートやプロスさえも眼を見開いている。
 万葉だけ悪戯が見つかった子供の様な顔をしている。
 「おい、き」「ヒスイ、どうして貴女がそこに居るんですか!!」
 アキトの声がルリの怒声にかき消される。
 「ルリルリが・・2人?」
 「・・・これは、いったい?」
 「アキト・・その子・・・誰?」
 全員、それだけを搾り出すのにやっとのようである。
 「ヒスイさん、失敗しましたね」
 『・・・そうですね。気付くのが遅れました』
 「アキトさん、ヒスイ、どういう訳か説明してくださいね?」
 「テンカワさん、私も出ます。
  合流したら、直に防衛に。良いですね、艦長?」
 「え?あ、許可します」
 許可を得ると、早歩きで入り口まで行き、
 ゲートが人が通れる幅まで開くと、爆発的なスタートダッシュを行う。

 ピッ!

   『艦長、どうなされますか?
  エステバリスで防衛しながら退却するなら何時でも行けますが』
 格納庫からリリィがコミニュケで作戦を聞く。
 「エステバリス隊は敵を倒す事よりナデシコの防衛をお願いします」
 『畏まりました』
 ウィンドウが閉じられる。
 エステバリス隊と万葉の機体が出撃する。
 「・・・葉月さん、速いですね」
 リリィは刀と鎖でナデシコに近付いている敵を破壊していく。
 万葉はライフルでナデシコに近付こうとしている敵を破壊する。
 他のパイロットも連携を取りながら、必死に防衛している。
 破壊していく内にアキトが戻り、再度出撃する。
 「・・息が合っているな。
  やはり、何かある。調べる必要があるな」
 「ゴートさん、だからロリコンと呼ばれるんですよ」
 「ミスターまで言うのか・・・」
 「・・・敵、後退していきます」
    ゴートとプロスの漫才を無視して、ルリが報告する。
 「え?なんで?」
 「私に聞かれても・・・!
  前方から高速飛行物体、来ます!
  大きさ、戦艦サイズ!」
 ルリの悲鳴が響き渡る。
 点であった物体が、肉眼ではっきりと見えてくるようになる。
 『な、なんだ、ありゃ?』
 『・・・蛇だね』
 最早、中距離戦と言えるまでの距離。
 ナデシコに追いつこうとしたそれは大きかった。
 とても大きく、特徴的な機体だった。
 腰から上は普通の人型だが、下が蛇の尾のような形になっている。
 『・・・機動戦艦ナデシコか・・
  この程度で・・・実はまだ熟す時ではないか』
 その機体から声が発せられた。

                                 第7話 終
  後書き
  作者シュウ:次は・・あのキャラか。
   レイリア:この話も繋ぎね。結構、気に入っている?
    シュウ:そうだね。
        書くのは苦労するだろうけど、私の言いたい事言わせるからね。
   レイリア:・・・自虐的傾向有り、と。
        こんにちは、リリィの機体制御をしているレイリアです。
    シュウ:ほとんど名前だけのキャラです。万葉のセーレスは多少はあるのに。
        性格以外、決めてない。
   レイリア:決めないと怒るよ。
    シュウ:気が向いたらね。ちなみに性格は自由だね。気まぐれとも言う。
        どんな時でもふざけたい時はふざける。真面目にやろうと思ったら真面目にやる。
   レイリア:それで、この蛇君とは?
    シュウ:オープン・ダイス。ただし、撃墜は有りだが死亡は却下。
        だから、8ヵ月後に何機、エステが出れるかは知らん。
   レイリア:下手したら、白旗?
    シュウ:エステバリス隊全滅の可能性もあるな。

 

 

代理人の感想

足なんて飾りですよ。

上の人にはそれがわからんのです。

 

 

とは言え空間機動をする機体(たぶん)で蛇の尻尾というのもなんだかなんだかですが(爆)。