本SSはゴールドアームさん作『時の流れに〜再び〜』からキャラクター設定を掻っ払ってお借りしております。













































「私は悪魔ですから、自分の性質に従って行動します」

『 ファウスト博士:メフィスト=フェレスの台詞』


























 嫌動戦艦ナデシコ 駄目なストーリー
もしものエピソード if6




 メフィスト=フェレス




































ホシノ・ルリの意識は、眠りについた時に訪れる闇の中で漂っていた。

(……………)

何故、何時、この眠りに付いたのかは定かではない。

(……………)

ただ、彼女が今眠りに付いている事だけは確かである。

(う……ん……)

暗闇の中で、丸くなる。
膝を抱えて、ついでに背中も丸める。
現実では寝相の良い彼女も、この睡眠時に訪れる夢の空間内では好き勝手にしていた。
此処では世間体も糞も無い。彼女の養母の様な寝相でも誰にも咎められる事はないからだ。

「おーい、こら。起きろ〜」

その声に、ルリの意識は微睡んだ。

(ん、ハーリー君ですか……?)

すると今度は肩を掴まれ、やや乱暴に揺すられる。
あの気弱な少年なら、こんな風に自分に接する筈が無いとルリは思った。
となれば、自分を起こそうとしている人物は自身が知っている少年ではない。

「起きろって言ってんだからさっさと起きろ〜」

そんな事を考えている内に、かなり乱暴に揺すられ始める。
細い首から上ががくがくと揺れ、意識が激しい振動で強制的に覚醒を始めた。

(ユリカさんでもないし……リョーコさんやミナトさんでもない)

彼女は非常に明晰な頭脳の持ち主だったが、低血圧な為寝起きには非常に弱かった。
普段なら常人では計り知れないほどの処理機能を持つ脳も、まだ事態を完全に把握するには至らない。
尤も、瞼すら開けていないのだからしょうがないと言えばしょうがないが。

(じゃあ、今私に声をかけながら肩を揺すっているのは誰?)

知り合いが自分を起こそうとしているという可能性を消去法で否定したルリは、瞼を開く事で真実を知る事にした。
視覚的に情報を得る。これが現状では一番確実かつ簡単だからだ。

「え……此処は?」

辺りの異様な光景に、ホシノ・ルリは目を見張った。
予想の範囲をはるかに超えた状況に、脳内が一気に覚醒を開始する。

そこは、普段彼女が執務を行っている艦長室でも、艦全体の指揮を執っているブリッジでもない。
かつて寝起きしていた四畳半一間のぼろアパートの天井でも、軍士官用宿舎の自室の天井でもない。

「此処は……一体、何処何でしょうか?」

見上げた視界の先に広がるのは眩い光の光沢。
幾何学模様の壁が見渡す限り広がっている。
辺り一面は非現実的な、ルリが過ごして来た18年間の数奇な人生で見た事も無い光景になっていた。


「おーい」
「え?」

そしてある意味それ以上に非常識な存在。


「やっと起きたかな?」

すっぽんぽんの、無花果の葉っぱすら付けていない長髪の少女が一人。
前屈みの姿勢でルリの顔をのぞき込んでいた。

「え、え、ええええええっ!?」

思わず、反射的に飛び起きて後ずさる。
当たり前だろう。
起きたら見覚えのない場所に寝かされていて、しかも目の前に全裸な少女がいたのだから。

「あ、貴女は一体何ですか何で裸なんですかっ!?」
「んな事、言われてもねぇ〜アタシ、元々全裸な訳だし」

相手は頬をぽりぽりと掻いている。
自分が全裸な状態だという事には、全く頓着していない様だ。
彼女の胸元   剥き出しの乳房に一瞬だけ目がいき、少しだけ泣きそうになるがそこは何とか我慢。

「な、何偉そうにしているですか。と言うか貴女は誰ですか!?」

彼女の豊満で形の良い胸に劣等感を感じたのか、ルリも胸を張り返す。
尤もルリの外見が美少女であり、胸囲戦力の差に絶望的なものがある為、威厳も迫力もない。
寧ろ、自身の胸の無さだけを強調している状態である。

「ん、何? この胸が……気になるのかなぁ?」
「う、うぅ」

彼女が身体を動かす度、乳房が同じ様に左右に重々しく揺れる。
ルリでは左右に揺らすどころか、薄着でないと存在をアピールする事すら困難だろう。

「べ、別に気になんかなりませんが、そんな格好ではしたないと思わないんですか?」
「別に思わないけど? まぁ、君が気になるって言うならこちらも対処するよ」

そう少女が呟いた直後。
見る間に彼女の胸がへこんでいき、あっという間に小○校低学年サイズになる。
つまり、全くを持ってツルツルのペッタンコだ。某古本娘も真っ青だろう。

「どう? これなら余分なコンプレックスなんか感じない筈だよ」
「……何かこれ以上ない程、凄まじく侮辱的な扱いを受けた様な気がします。元に戻して貰って結構です」
「あ、そう。それじゃこれなんかどうかな?」
「これなんか? ……なっ!?」

ルリは目の前の”物体”に絶句した。
ホルスタインの乳、つまり牛の乳が胸に付いている。
しかも同時に、少女の頭部も牛に変化していた。

「どう、これなら例えサイズが大きくても意識しなくて済む……」

「貴女、私に喧嘩を売っているんですか?」
「あっはっはっは、そんな訳ないじゃなーい。だから、怒らない怒らない」

少女が掌をヒラヒラと動かすと、頭と胸は瞬時に最初の状態へと戻った。
常識をかなぐり捨てた非常識な相手に激しい頭痛を覚えながらも、ルリは最初に問おうとしていた疑問をようやく口に出す。

「くだらない事で話が随分と逸れてしまいましたが、取り敢えず貴女に聞きたい事があります」
「何でもどうぞ、どんな事でも聞いて良いよホシノ・ルリちゃん」
「……私の名前、知っているんですか?」
「無論、知っているよ。それと、君が乗っていたナデシコCについては心配しなくて大丈夫だから」

少女は笑顔を浮かべながら、指をパチンと鳴らす。
同時に壁の一部が暗くなったかと思うと、其処に見覚えのある白亜の戦艦が映っていた。

「あ、あれは!」
「ランダムジャンプで不安定な跳躍を行った結果、時空の狭間に落っこちてしまったナデシコCだよ。あのままほっといたら無意味な跳躍を繰り返しながら永遠に時空を彷徨う所だったんだけどね」

驚くルリの表情を楽しそうに覗き込みながら、少女は言を続ける。

「アタシが君を此処に招く時に、固定しておいたんだ。『中身』もちゃんと保護しておいたから安心して」
「貴女は……一体何者ですか?」
「ルリちゃんの疑問に答えるには、アタシの正体よりも先にここが何処を教えた方が全体を把握するのに手っ取り早いね。ここは狭間の空間。時も場所も存在しない、いわば零次元空間だよ」
「零次元空間?」
「もっと分かり易く言えば……君達の言う『遺跡』の真ん中、演算ユニットの中枢だね」

芝居がかった動作で少女が掌を大きく振ると、何も無かった空間に大きな物体が現れた。

「あ、あれは」

それは、かつてルリが乗った戦艦が宇宙の果てに捨てた筈のもの。
そして3年後に『火星の後継者』の手に渡り、その跳躍能力で地球圏を震撼させた恐るべき存在。
人類の新しい歴史の幕開けを担うものでもあり、同時に破滅へと導きかねない力を秘めたパンドラの箱。
今は地球連合政府の厳重な監視下にある筈のものである。

「遺跡ユニット……」
「そう、君とはかなり縁が深いもんだよね。んでもってアタシはその『遺跡の管理人』ってトコかな?」

少しだけ、勿体付ける様に少女は自分の胸元に手を当てて名乗った。

「遺跡の管理人……? そんな馬鹿な、遺跡はボゾンジャンプの為の演算ユニット。人格等有るはずが」
「無いと、言い切れる? いや、そもそもルリちゃん。貴女は『遺跡』の事をどれだけ知っているのかしら?」
「う………」

言われてルリは返答に詰まる。
確かに、ルリは遺跡の事を『ボゾンジャンプ』を行う為に必要な『演算ユニット』としか見なしていない。
第一、それ以上にあの物体を理解する事なぞ、今の人類の技術では到底不可能だ。
遺跡に関する研究者の第一人者であるイネス・フレサンジュですら、彼女と同じ認識の域を出られていない。

「ま、それはともかくとしてだね。ここからが本題と言うか、私からの提案。その為に、君を此処に呼んだんだから」
「な、何ですか? 一体、何の為に私を此処へ呼んだのですか」
「まぁ、罪滅ぼしみたいなモンよ。貴方みたいにジャンプ絡みで遭難した人を、私は此処に呼んでいるの」
「………罪滅ぼし?」
「訪れた哀れな客人に1つの選択を、させる為にね」

にんまりと笑みを浮かべる『管理人』の表情に、やや引き気味になる。
が、『管理人』にとってはそんな事は些事な事らしく、全く構わない様子で顔を近づけて囁いた。











「ねぇルリちゃん……もう一度、過去に戻ってやり直さない?」

文字通り、とんでもない言葉を。
















「…………は?」
「だーかーらぁー、ルリちゃんを過去へ戻せるって言ってるのよ」
「過去……未来の反対ですよね?」
「うん、そだよ。で、どうなのさ?」
「どうなのさって言われても……」

話が見えず、ルリは眉をひそめる。
いきなりこんな訳の訳の解らない場所へ引き込まれ、こんな事を言われれば戸惑うだろう。

「そんな事、出来るんですか? そもそもジャンプは長大な距離を一瞬で飛び越える機能の筈ですが」

ルリの問いに、管理人はちっちっちっと右手の人差し指を左右に振る。

「あまーい、それはルリちゃんの勝手な思いこみ。跳躍は只単に自身と目的地との距離を零にするだけに非ず。過去と未来を、未来と過去を繋げる事すら可能なんだなこれが。それこそ平行世界や、他の次元との接続もやろうと思えば出来るんだよ」

楽しそうに、両方の掌を左右に振りながら、彼女は楽しげにくるくると回る。
管理人の肢体が回る度に、辺りの壁の文様が複雑な色彩を帯びていく。

「だから、これからルリちゃんを過去に戻す事も朝飯前なの。もちろん、今の身体でも、昔のナデシコ搭乗時の身体でもお好みの姿で戻してあげるよ。あ、何なら貴方の大事な副官2名をオプションとして追加しちゃってもいい。せっかく過去に戻ってやり直すんならさ、出来るだけはでーにばばーんとやらないとねぇ?」

くふふと笑いながら口元に手を当て、ルリの顔をのぞき込む。

「で、どうよ? 過去に戻るって話。受けてみたいと思わない? ah ha?」

のし掛かる様に近付いて来る管理人。
ルリは慌てて顔を背けながら、必死に言葉を紡ぐ。
「いえ……あんまり戻りたいと思った事はありません」
「何で迷うのかな〜……よーく考えてみ? これ程美味しい話なんか滅多にないのに」
「美味しい話?」
「美味しい話に決まっているじゃん。過去に戻るって事は過去の過ちとか後悔とかを正せるチャンスなんだよ? あーすれば良かっただとか、こーすれば良かっただとか。普通に生きていりゃ幾ら後悔してもどうにもならない昔のイベントを、もう一度やり直せる。しかも、シナリオは知っているだから自分の思惑のまま。必勝不敗の後出しジャンケンなんだよ」
「わ、私はそんな風に過去を引き摺りながら生きているつもりはありません!」
「……ふーん。それって本音?」
「きゃっ!」

いきなり少女が離れた所為で、ルリは床へと尻餅を付いた。
そのまま呆けた方に見上げてくるルリを見下しながら、管理人は悪魔の一言を囁く。

「本当は今でも後悔している事、結構多いんじゃない……かなぁ?」
「なっ!」
「例えば……あの、ハネムーンへの旅立ちの日とかさ。ねぇ?」

触れられたくない記憶に触れられ、頭の熱が一気に上昇する。
ホシノ・ルリから家族とその温もりを奪ったあの悪夢の日。
何故、2人と一緒に行かなかったのかと後悔し続けた、人知れず心が砕けそうになるまで泣き続けたあの日々。

「ふ、ふざけないでくださいっ! 貴女にそんな事を言われる筋合いなどありません!」

立ち上がり、勢い良く素肌の両肩を掴んで揺るぶる。
滅多に浮かべない怒りの形相を持って、自分の心の傷を抉った相手を睨み付けた。

「うん、確かに無いよね。アタシも、ルリちゃんが今までどう生きていたかに口を挟む気はないね。だけど」

だが、彼女はルリの放つ剥き出しの怒りや殺気にも全く動じなかった。
それどころか鼻と鼻が触れ合う程顔を近づけ、管理人は再びにんまりと笑みを浮かべる。

「後悔、してるんでしょ? 過ぎ去った事を今でもなお」

その表情に異様な嫌悪感を感じ、思わず平手打ちをかまそうと思ったが寸での所で思い止まった。
ルリの苦悩と怒りも露知らずと言った感じで、管理人は尚も捲し立てる。
目の前の少女が生きてきた18年の歳月。その中で重ねられて来た傷を暴き、痛みと悲しみを思い出させる為に。

「貴女の養母であるミスマル・ユリカは意識はあるものの、未だにベットから起きあがる事も出来ない。養父は養父で、養母の元へと戻るのを拒否しルリちゃんの追跡からも逃れようとしていた。その挙げ句の果てにジャンプミスでこの様な事態へと陥った……違う?」
「そ、それは……」

たたみ掛ける様に言う管理人の言葉に、ルリの語勢が萎えていく。

「私が助けたから良いものの、助けなかったら貴方も貴方の部下もそして追いかけていた王子様も、永遠に跳躍の螺旋に捉えられ未来永劫彷徨うことになっていた…………違う?」
「………」
「全く、どーしようも無いわよねぇ? ルリちゃんは必死に頑張っているって言うのにさ」

ルリが黙り込んだのを見計らい、管理人は仕上げへと移る。
少女の首を縦に振らせ、自分のシナリオへ組み込む為の仕上げを。

「例え、このまま元の世界へ戻ったとしても待っているのは過酷な現実だけよ? ユリカが回復する見込みは未だ無し。アキトも元の世界へと戻ればまた貴方達から逃げ出そうとするわね。そんな、にっちもさっちもいかない世界、修正したいと思わない?」
「しゅう……せい?」
「過去に戻って、未来と現在を『作り直せば』いいのよ。それこそ自分の望む形にね」
「…………作り、直す?」

管理人の言葉に対し、僅かにルリの眉間に皺が寄った。
金色の瞳に険しさが混じり始めたが、少女は意に介さず話し続ける。

「そう、ルリちゃんの願うままに。貴女が望むままに作り替えればいい。救えなかった人々を救うのもよし、将来邪魔になる連中を排除するもよし、火星戦争を願った形で終結させる事すら出来る。何なら君が抱えていた想いを果たすのもありだね」
「…………」

ルリが眼を瞑ったのを見て、管理人は薄笑いを浮かべた。

(ふふ、あっけないわね)

後は肯定の返事を引き出すだけでいい。
そうすれば、彼女のシナリオへとホシノ・ルリは組み込まれる。
少々結果としてはありきたりで味気ないが、これもまた作業の一環だから仕方ないだろう。

内心苦笑しながら、彼女は最後の一言を告げた。

「で、どうなの? 貴女の選択は。元の世界へ戻る? それとも……」













「過去に戻「戻りません」」














「え、ど、どうしてさ?」

初めて、管理人が戸惑いの表情を浮かべた。
しかし、ルリは彼女の反応を既に気にはしていない。

「どうしてもこうしてもありません。私に、やり直しをしたい等という気持ちがないからです」

逆行への誘いは退けられた。
管理人の提案は圧倒的多数の人間には非常に魅力的なものだったろう。
だが、ホシノ・ルリと呼ばれるこの少女にとっては価値が無かった。
只それだけが、管理人の不運でありルリの選択を決定付けたのだ。

「自分の生きて来た18年を都合が悪いからと言って切り捨てて、やり直しをするなんて私自身への侮辱です。私は、今までの『私らしく生きてきた人生』を捨てたり否定したりはしません」

彼女の胸中に自身の言葉が過ぎる。

火星での最後の決戦。
木連軍主力と優人部隊に包囲され、絶体絶命のピンチを迎えて居たあの時。
遺跡ユニットを破壊し、全てを『無かった事に』しようとしたユリカに対して幼いルリが言った言葉を。

何も持たず、意図的に作り上げられた少女。
彼女は出会った。運命の船と。共に戦った戦友達と。共に生きた家族や仲間達と。
唯一自分自身の手と意思で得たものを、否定などどうして出来ようか。
喜んだり怒ったり悲しんだり笑ったり、そうやって積み上げて来たものをどうして切り捨てれるだろうか。

だから、ホシノ・ルリには出来なかった。
過去に戻り、もう一度人生をやり直す等という選択は。

「ですから過去に戻る事など私にとって意味も価値もない。話はもう終わりです。私を元の世界に戻して下さい」

2人の間に、沈黙が流れる。
管理人の流麗な眉毛がピクピクと動いている。
何処か、異形の者でも見るかの様に、彼女はルリの顔をじぃーと見詰めた後、

「ふーん、なるへそ……ま、いいや」

やれやれと言った感じで肩を竦めて見せた。

「本人がいらないって言うんならしょうがない。ルリちゃんの希望通りにしよう」

勿体ないねぇ〜などと呟きながら、『管理人』は左手の指を宙へ向けてゆっくりと振り始める。
まるでタクトでも振るかの様なその動きが早まるにつれ、辺りの壁が発光し始めた。

「ルリちゃんの選択は元の世界で良いんだね。ついでにテンカワ・アキトの方もそれでいいかな?」
「…………あっ!!」

管理人の言葉を聞き、ルリは肝心な事をすっかり忘れていた。
自分がこうなった原因の事故の時、同じ様に巻き込まれたもう一つの戦艦の主の事を。

「アキトさんは、アキトさんはどうなったんですかっ!?」
「んー彼の事?」

どうでも良さ気な動作で指を動かしながら、管理人が振り返る。
悪魔的な微笑と共になので、正直ルリとして嫌な気分だったが仕方がない。

「実はね、ルリちゃんよりも先に彼を招いたんだ。この場所へと」
「アキトさんが此処に来たんですか?」
「うん……ほら」

管理人がパチンと指を鳴らすと、幾何学模様の壁の一部が透けて見える様になった。
その壁の中に浮かんでいるユーチャリスと一人の人間。それは      

「あ、アキトさんっ!?」
「彼にも、同じ質問したんだよ。『過去に戻ってやり直さないか』ってね」
「そ、それで。アキトさんは何て言ったんですか?」

空中に浮かんだままのアキトを指さしながら管理人は嗤った。
笑みの端に侮蔑と嘲笑を覗かせ、それを上回る愉悦を湛えながら。

「ん〜何だかんだ理由付けてたけどさ。結局、戻る事を選択してたよん?」
「…………」

その言葉を聞いた途端、ルリの線の細い柳眉がキリキリと逆立つ。
こめかみにくっきりと青筋が浮かび、全身がワナワナと震える。

「やっぱり、やっぱりアキトさんはカッコつけていただけなんですね」
「そうだね〜何だかんだ言っても、自分で悲劇のヒーローを気取っていたんじゃない?」

何処からか取り出したお茶をズズッと啜りながら、管理人は無責任に焚き付ける。
全身から怒りのオーラを発散しているルリを、実に楽しそうに見詰めながら口の端をにたりと歪めた。

「……今すぐ、私達を元の世界へと戻して下さい」
「ほへ、彼もなの? 戻りたいって言っていたのに?」
「当たり前ですっ!! 現状が嫌だからって逃げ出そうだなんて考えが甘すぎます! 一刻も早く元の世界でとっ捕まえてユリカさんと合同で根底的かつ徹底的にアキトさんの思考と性根を矯正しなくてはいけませんから!!」

ホシノ・ルリ大爆発。
養父が選択した『情けない決断』に、怒りが頂点に達した様だ。

「まぁ、そこまで言うんだったら彼の選択はキャンセルね……っと」

最後にぴっと親指を虚空に切ると同時に、ユーチャリスとアキトがボゾンジャンプの光に包まれて消え去る。

「全部終わったよ。後は、ルリちゃんが艦内に戻れば、全て元通りだね」
「一応、その件に関しては感謝します……ありがとうございました」
「気にする事ないよ。こちらもなかなか、貴重な体験をさせて貰ったし」
「え?」

管理人の言葉にルリは首を傾げた。
貴重な体験とは一体どういう事だろうと。
彼女の弁では、これまで幾多の人間を此処に迎え入れて来た筈なのに。

「さて、そろそろお別れのお時間だね」

考えている内に、自分の身体が七色のオーラに包まれ始めた。
身体に流れるナノマシンが活性化し、身体の表面を無数の光沢が走り始める。

「じゃあねルリちゃん。これからも色々と大変だろうけどさ、めげずに頑張るンだよ。ほな、さいなら〜」
「ま、待って下さい。貴方は何故此処に来る人達を……」

問いかけた疑問は最後まで言える事が無く。
ターミナル・チューリップを潜る時に感じる透明感が、ルリの全身と意識を一瞬にして呑み込んだ。





















遠ざかる意識の中で、管理人の声が聞こえた様な気がした。





















「まぁ、心弱き者達を過去と呼ばれる奈落に引き摺り込む為かな?」





























「ん、んん………」
「か、艦長! 大丈夫ですか!?」
「あ、気が付いたんですね。良かった〜」

気が付くと、ルリはベットの中に居た。
真っ白な清潔感重視の部屋。僅かに漂う薬品の匂いが、此処が病院である事を言外に知らせて来る。
目蓋を擦りながら上半身を上げるとベットの脇には何時もの副官コンビ、マキビ・ハリと高杉三郎太が居た。

「え、此処は……何処の病院ですか? 私、何時の間に?」
「此処は月面都市の宇宙軍軍病院っすよ。俺ら、月面近くまで跳ばされたみたいでしてね。助けに来た警備艦隊の話を聞いた時には驚きましたよ。いきなりボソン反応が出たと思ったら、ナデシコCが跳躍して来たって」
「そーなんですよぉ。気が付いた時すっごく驚いたんですから」

2人の言葉が、何故か現実感を伴わない。
ぼぅっとした頭を少しだけ抑え、ルリは取り敢えず現状の報告を指示した。

「ナデシコCは、クルーのみんなは無事なのですか?」
「全員無事ですよ。ランダムジャンプの危険性を考えりゃ御の字って奴ですかね?」
「艦内システムの方も異常ありません。ただ、ウリバタケさんの作った捕獲ネットはあの宙域に取り残されていると思います」
「それはしょうがねぇな。あんな揉み合いになった挙げ句の果てにランダム・ジャンプじゃ回収する余裕なんてねぇよ」
「そうですか……」

ウリバタケ謹製の対戦艦用捕獲ネットの事は比較的どうでもいい。
ナデシコCとクルーが無事なのは何よりも喜ばしい事だ。

だけど、

(おかしい、何か……何かがあった様な気がするんですけど)

ルリは首を捻った。
何か、何か大切な事を忘れているんじゃないのかと。

そう、何か重要な事件があった筈なのに、そこだけスッポリと抜け落ちている様な。










彼女が少しだけ感じた些細な違和感。
しかし、ホシノ・ルリがこの『違和感』の正体が何であるかを思い出す事は、生涯無かったという。











その代わりに、

「あ!」

ホシノ・ルリは別の大切な事を思い出した。

「アキトさん、アキトさんはどうしたんですかっ!?」

追跡中に捕獲ネット内で散々暴れた挙げ句、ナデシコCごとランダム・ジャンプで跳躍したユーチャリス。
その主であるテンカワ・アキトがどうなったのか、まだ2人に尋ねていないのを彼女は思いだしたのだ。

「………うー」
「あの、艦長。大変言いにくいのですが」
「早く言って下さい!」
「えっと〜〜〜すみません。逃げられました!」
「ご、ごめんなさいっ!」
「…………」

がばっと頭を下げる副官コンビに、ルリは無言で続きを話す様に促す。
既に怒りのオーラが出始めている艦長にガクガクと怯えながら、ハーリーが必死に言葉を紡いだ。

「ジャンプアウトの後、彼方の方が先に意識を覚ましたみたいで。僕が艦長の代わりに艦内システムを再起動させた時には、既に捕獲ネットを断ち切って跳躍する所でした。あ、あとそ、それとぉ〜……」
「それと?」
「て、テンカワ・アキトから伝言があ、ありました。も、もちろん、め、メールなんですけど」
「それでアキトさんは何と?」
「え、えっとで、ですねぇ……そ、そんな怖い顔で睨まないで下さいよ艦長ぉ〜!」
「おい、ハーリー。無理しなくていいぞ、俺が読むから」

高まるルリの殺気に完全に萎縮してしまったハーリーを後ろに下げ、三郎太が前に出る。
その手には一枚の紙が、おそらくはアキトからの伝言が記してある紙が握られていた。

「え〜では読みます。『俺はユリカの元へも、誰の元へも帰るつもりはない。俺は罪と血で穢れた男だ。もう君も俺に関わらず自分の道を生きてくれ』……以上っす」
「………………………」
「ひ、ひぃっ!」

めきょっと鈍い金属音と共に、サイドテーブルがルリの手形と同じ形状に歪む。
ハーリーが情けない悲鳴と共に、病室の床へと尻餅をついた。
右手で掴んだテーブルを見下ろしながら、ルリは極めて淡々とした口調で呟いた。

「ハーリー君。三郎太さん。何故かは解りませんが、私は今、凄く腹が立っています。今直ぐにでも、思いっきりアキトさんにお灸を据えたい気分です。と言うか、出会い頭にグラビティブラストをお見舞いしたい位に」
「か、艦長……こ、怖いですよぉ……」

まなじりをつり上げ、虚空を親の仇の様に睨んでいる艦長に、ハーリーと三郎太は思わず後ずさる。

「三郎太さん。私の診察結果はどうなっています?」
「え、ああ大丈夫っす。ジャンプ時の後遺症も無し。今すぐ退院しても大丈夫だって言ってました」
「そうですか。なら、全く問題はありませんね」

そう言うとルリは勢いよくベットから身を起こし、手早く髪にリングを通していつもの髪型へと整えた。
軽く頬を張り気合いを入れ、その光景に唖然としている副官コンビにキビキビとした口調で指示を出す。

「ナデシコCに戻り、作戦を続行します。直ちに乗員の招集と艦の総点検を行うのでよろしくお願いしますね」
「か、艦長?」
「え、ちょっと待って下さいよ。もう少し休んでからの方が……」
「早く行きますよ2人とも。ぼさっとしている暇など、スケジュールが許してもこの私が許しません!」

2人の声など、怒れる電子の妖精には届く筈も無く。
三郎太とハーリーの前を横切って、ルリはさっさと病室から出て行ってしまった。

「か、艦長……い、一体どうしたんでしょ?」
「ま、いーじゃねぇか。艦長も元気になったんだし、また張り切って王子様の追跡調査へと戻ろうぜ?」
「で、でも艦長……まだ、病院のパジャマのままなんですけど」
「え………あっいけねぇ! 艦長、着替え着替え    !!」
















「やっはっはっは。なるほど、流石と言うべきかなぁ」

目の前に浮かんでいる球体の中に映し出されている光景。
即ち、軍病院でのルリとハーリー達の会話のシーン。
それを見ている人物……ルリとアキトに対して誘いをかけた存在    『遺跡の管理人』であった。

「『ホシノ・ルリ』と呼ばれる少女の系譜は大概脆いもんだと思ってたけど、こりゃあ意外だったわ。感心感心」

あっけらかんとした口調で、手元に浮かんで居た球体を指で軽く弾いた。
球体はくるくると回転しながら飛んでいき、幾何学模様の壁にぶつかって消える。

「久し振りに興味深い『例外』を観れてよかったぁ。最近、作業がマンネリ化してたからねぇ〜」

虚空に胡座を掻き、他の並列世界の情報を呑み込みながら呟き続ける。
まるで、取り逃がした魚を惜しむかの様に、取り逃がした魚が何処へ向かうのか妄想するかの様に。

「しかし……無理矢理でもあの子を『過去』に送り込んでみれば、面白い観察対象になったかもね」

自分の積み上げて来たモノを無理矢理剥奪され、強制的にリセットさせられたら少女はどうなるか?
絶望に打ちのめさせられるのか、はたまたそれでも立ち直り再び歩み始めるのか。

「どうなるのかな〜試してみるのも一興かな?」

その状況は試してみる価値があるかもしれない。
今度、新しい客で似た様な『答え』を返す人が居たら実験してみようと彼女は思った。

「ま、いっか。過去に戻りたいなんて思っている連中なんざ、それこそ腐る程居るわけだし。そのおかげでアタシも、観察対象モルモットに事欠かない訳だし、その連中も過去に戻れて万々歳って感じだしねぇ? ……尤も、そんな連中程過去に戻ってもろくな結果にはなりゃしないんだけどさ」

やれやれと言わんばかりに肩を竦める管理人。
その仕草や表情には、彼等に対する罪悪感や後ろめたさは微塵も感じられない。

「そもそも、未来どころか現在からも背を向けて逃げる奴が、過去の過ちなんざ正せる訳無いってのにね。ま、結末がどうなるかを大体予測出来ていて、希望を持たせて送り出すアタシもアタシだけどさ……くふふ」

邪笑と嘲笑の入り混じった笑みを浮かべる管理人。
その笑みが向けられているのは、淡い希望に縋り過去へと旅だって行った者達以外にも向けられていた。
そう、全てのシナリオを仕組んでいる自分自身にさえ。

「矛盾よね。本当に矛盾。未来・現在・過去は本来一繋がりなのにね。人は都合が悪ければそれを否定しようとする。本当に馬鹿な連中。過去を否定するって事は、あの子が言っていた様に自分の積み上げて来たもの、そして自身が歩む筈だった未来をも否定する事なのにね。アタシが提示した『リセット』を欲した奴らは皆そうだった。皆、幻想に縋っていた。所詮、幻想は幻想に過ぎないのに…………………ま、しょうがないか……何せ」

頭をポンと叩き破顔する管理人。

「『馬鹿は過去に戻っても直らない』ってね。アハ、ハハハハハハ        !!」

膝頭をバンバンと叩き、耐えきれない様に哄笑を上げる。
底知れない笑みを浮かべ、遺跡という筺庭の中から全てを見ている少女。

「過去に戻って乱痴気騒ぎを起こした挙げ句に破滅した馬鹿者どもも、1つだけ等しく学んだ事があったでしょう。過去に遡ろうが、未来に進もうが、自分自身が変わらねばどうにもならないという世の理をね!!」

彼女に悪意はない。
ただ、ひたすらに残酷だった。
それこそ、運命と呼ばれる存在と同じ位に。


























語り終えた少女の部屋に、また迷い人が入り込んで来た。
そして、彼女は迷い人に問う。






















「ねぇ貴方……もう一度、過去に戻ってやり直さない?」

























THE END



























後書き

本気で悪魔ですなハルナちゃん。
何気に某混沌様も混じっている様ですが(滝汗

金腕さんご本人から伺った話ですが、一時期彼女には荒んでいた時期があったそうです。
んで、その時期をtakaなりに夢想した結果、このSSが生まれました……taka自身がアンチ・逆行なのも要因の1つですが。
尤も、金腕さん曰くてんでぬるい黒さだそうで(((( ;゜Д゜)))

取り敢えず、この話内でのホシノ・ルリは逆行の誘惑に耐えました。
盆地胸を直せると言われたらその限りでは無いと思いますけどねw

しかし、連載の方が全然進まねぇ……5話の書きかけが途中でフォルダごと吹っ飛んだり、ゼンダムやフェイトに浮気している所為で全然進まない……エンディングまでは全て構想が出来上がっているのに。
まぁ、年内には何とかしたいと思います。 _| ̄|○ シッカリシロヨオレ……。


 

 

 

 

代理人の換装

今回のMXですが、フルアーマー電童はやっぱり一回こっきりのイベントユニットなんでしょうかねぇ。

電童のユニット能力に換装があるので期待したいところではあるのですが。

今回はエステにも換装はないし、あとあるとすればブラックサレナの高機動ユニットくらいかなぁ。

 

 

・・・・・・・・・・もとい!

 

 

代理人の感想

失礼しました。久々の黒いSSを読んでて脳がフリーズしてましたようで。(爆)

 

それはさておき、色々な感想はありますでしょうが、私がこの作品を読んでて思ったのは

「運命に立ち向かう人の勇気こそこの上なく尊いものである」ということでした。

人知を尽して結果の定かならぬことにこそ人として挑むべき価値があり、戦うべき価値もある。

ある意味で彼女こそは人間が打ち破るべき永遠の敵ではなかろうか、と感じたのです。

だってどうにでもなることならわざわざやる価値が無いじゃないですか。

 

頭でふざけた分、今回は一寸真面目。