綺麗な歌声が、何も無い大地に響く。

見渡す限りはゴツゴツとした岩しか見えないこの場所は荒野だ。

そんな場所で、静かに一人の少女が歌を歌っていた。

猛々しく、荒々しくもどこか悲しみに満ちた歌を。

それは、過去に実際にあった何かを元にした歌。

何回も何回も繰り返された時を、永劫の中で戦ってきた者達を称える歌。

英雄の歌であり、凱歌の歌であり、生命の賛美歌でもあり、愛の歌でもあり、そして、戦いの歌でもあった。

ふと、彼女しかいない場所に誰かがやってきた。

それにともなって周囲にどんどんと邪悪な何かが広がり、世界を侵食していく。

貪欲に、ただひたすらに。

これは、無慈悲で邪悪な神様の力。

時空と可能性に干渉する大規模な検閲。

少女はそれに気づくと歌うことを止め、後ろを振り返りもせずに一言発する。

「・・・・君も懲りない奴だねぇ。 神様。 いや・・・・名前で呼んだほうがいいかい?」

「はは、名前なんて僕には無意味だよ。 それにこれは僕の―――――私の仕事だからな。」

返ってきた声は始めは女性の、後の方は男性の声だった。

その存在は、ひどく周囲から浮いている。

普通の人間には無いような姿。

黒を主体とし、三つの目を持つ存在。

それは形を変えて一人の男性の姿をとった。

「道化芝居さ。 だがこれが私の仕事であり、芝居を客に見せるための準備でもある」

「誰も君の準備した芝居なんて見たくないと思うけどね。 それこそ・・・・君のお仲間じゃないとね」

「これは手厳しい。 まあ・・・この芝居は確かに私の仲間を呼ぶためのものだからな。 それは否定できないが・・・・・・」

「いい加減諦めたらどうだい? もう君の作り出した世界は無いんだよ?」

「それはできない。 仕事はきちんとこなさないとならないからな。 高々一度や二度の失敗では諦めないさ」

「そうかい。 でもね、例え君が仕事を続けようとも、永久にできないことはあるんじゃないかな?」

その一言に、男の顔を悔しさが彩る。


少女の言及が失敗したあのときのことを思い出させたからである。

だが、それも一瞬のことだ。

「・・・・例えそうだとしても、これには続ける価値があるのだよ。 君には到底理解できないだろうがね。 ネロ・・・・いや、ついさっきは彼の手足の・・・だったか? 君を探すのには苦労したぞ」

少女はそれには答えずに再び歌を歌い始めた。

願いの籠められたその歌は、延々と荒野に響き渡る。

・・・しばらくそれを聞いていた男は、しかし再び少女に声をかける。

「まあ、どうでもいいことだな。 だが仕事には付き合ってもらうぞ。 君も役者の一人なのだからな。」

少女は答えない。

振り返りもしない。

「それに・・・・・実はついさっきなかなか面白い客人が門の中にいる私の前に現われたのでね。 彼らにも再び舞台に上がってもらうことにしたよ。 君のその歌に出てくる二人だと思うが・・・・まあ二度目は無いということを教えてやろう」

二人、という単語に少女が反応した。

歌が止まり、少女が初めて男を振り返る。

「・・・・私が君の意のままに動くと思ってるの?」

その目には、強い決意の光が燈っていた。

常人ならば、頭がどうかしそうなほどの恐怖を感じるだろう彼女の本気の眼差しを、男は肩をすくめながら受け流すと彼女に手を差し出す。

「君が動かないのは勝手だが、そうなればさらに主人公達の苦難が増すだけだ。 もっとも、君が出て行ったところで、やはりシナリオは主人公が苦むことに決まっているが・・・・・」

「はあ・・・・めんどくさいな」

男のセリフにため息をつくと、少女はポケットからハンカチを取って左手を覆うと、敢えてその左手を差し出した。

「・・・・」

無言で男は差し出す手を左手に変えると、ハンカチで包まれたその手を掴んだ。

「君のシナリオなんか私が壊してあげる。 だから・・・左手」

「ふむ・・・まあやってみたまえ。 この泡沫の宇宙の中で、君もどこまで足掻くことができるか試せばいい。 彼らのように」

「一度負けた君がいうセリフじゃないね。 それこそ、君の足掻きが泡沫の宇宙の中で永久に無意味だということを教えてあげる。」

「千の異形を持つ私には、たった一度の失敗など微々たるものだ。 永久に続くとしてもそれは成功への失敗でしかない」

「そうかい・・・・なら次の失敗が君の致命傷になるようにしてあげるよ」

「やってみるがいい。 しかし・・・今回は楽でいい。 何しろ片方はほぼ完成しているのだからな。 後は彼らの現われる場所に彼と対極に位置する者を育てるだけだ。 アレはすでに見つけてあるし後は・・・・運命のシナリオが彼らを導くだけだ」

「ふーん、まあ勝手にしなよ。 私は勝手に君の邪魔をするから。」

「さて・・・・君にあの者の邪魔ができるかな? 君の大好きな彼の邪魔を・・・・」

「一体なにを言って・・・・・」

「全ては始めてからのお楽しみさ。 さあ・・・・そろそろ行こうか。 第二幕の始まりだ」











第1話
         
             「迫り寄る怪異」









夢を・・・・何度も同じ夢を見たことがある。

種類は二つ。

一つは、復讐に生きた男の物語。

もう一つは、無垢なる剣を取り続けた男の物語。

結局のところ、それらの夢はひどく曖昧でありあまり詳しくは内容を覚えていない。

夢の内容だからしょうがないかもしれないが、その内容がひどく気になる自分がいる。

やはり、夢に出てくる彼女に似た人を見つけたからだろうか?

あの綺麗な銀色の髪をした・・・・。










「・・・・チキンライスと特製ラーメンをお願いします」

オーダーが入った。

「チキンライスと特製ラーメン一丁」

「あいよ!!」

俺の告げるオーダーを威勢のいい声と共に、料理人が料理を始める。

俺も一応手伝いに来たわけで、任されているチキンライスの調理すべく、フライパンを手に取った。

隣にいる料理人は俺の義理の弟、テンカワ・アキトだ。

昔から、料理人を目指していたアキト。

こいつは今、夢への道を一歩ずつ進んでいる。

料理の学校を出た後、ラーメンの屋台を開業。

ゆくゆくは店を持ちたいと、アキトは闘志を燃やしながら営業に励んでいる。

そんな弟のラーメンの屋台になぜ俺がいるのかというと、理由は二つある。

一つは俺も弟と同じで料理が嫌いじゃないからということ。

そしてもう一つは・・・・・目の前のお客さんが原因だ。

おっと、考えてる間に料理ができたな。

「チキンライスお待たせ」

「どうも」

小さな声で、お客さんが俺の作った料理に手を伸ばす。

カウンターに置いてある割り箸をとり、二つに割る。

そして俺の作ったチキンライスに箸を入れた。

口の中にそれが運ばれた瞬間、俺は目を凝らして彼女の表情を伺う。

一口・・・二口・・・ふと、無表情だった彼女の顔が綻んだのが見える。

俺は、拳をグッと握りながら今日も勝負に勝ったことを理解した。

初めて見たときからあまり感情を表に出すような客じゃないことは判っていた。

そんな相手に俺が別の表情を出さそうと思えば、今の俺にはこんなことしかできない。

だからこそ、勝負に勝ったような気がするのだが・・・・・。

この勝利の余韻も長くは続かないことを俺は知っていた。

「はい!! 特製ラーメンお待ち!!」

続いてラーメンがお客さんの前に置かれる。

なぜかチキンライスは俺のほうがうまいと言って、手伝いに来たときは作らされるのだが、俺はそれでもかまわないとは思う。

だが・・・・いつも思うが。

そのラーメンの破壊力は反則だろう?

一口だ。

そう、たったの一口で彼女は満面の笑みを浮かべた。

ガクッ。

これがプロとアマチュアの料理の差なのか?

弟に劣等感を抱きつつも、俺はその笑顔を眺めた。

初めて見たときからずっと、俺は何かをこの娘に感じている。

それは、一体何なのだろう?

考えられるのは二つ。

一つは俺の見るあの夢のせい。

もう一つは、まさかとは思うが俺が・・・・・。

この娘に惚れているからなのか?

自問自答を繰り返しながら、俺は彼女がどんどんと料理を食べるのを見届けた。

・・・・余談だが、彼女はどうやら比較的食べる女性のようだ。

毎回チキンライスのおかわりを要求されるからな。

多分今日も要求があるだろうと思い俺は二杯目を作り始めた。









「ごちそうさまでした」

代金を支払うと、彼女は頭を下げて屋台から去っていった。

名残惜しみつつ俺は彼女を見送る。

「ありがとうございました。 またのお越しを・・・・・・」

って、もういねぇよ。

あいかわらずだな。

「ふー。 それにしても今夜はあんまりお客さんが来ないな」

「まだまだ時間はあるよ。 九朗の兄貴」

「ん? まあ・・・そうだろうけどな」

時刻は9時。

だが、どうも帰りがけの客が少ない。

いつもなら常連の一人や二人は来るだろうに。

「それにしても、そっちは探偵の仕事をしなくても大丈夫なのか?」

「んん? ああ、どうせお客さんは滅多に来ないから大丈夫だ。 アキトの手伝いをしてたほうがよっぽど腹の足しになる」

悲しいかな俺は、いわゆる三流探偵に属するしがない探偵。

大きな仕事を依頼されるほど有名でもなければ、実力も無い。

強いて俺の特筆すべき能力といえば・・・・・アレだけだ。

アレだけは成功率10割を切らないからな。

そのせいで、アニマル探偵の称号を得たわけだが・・・・。

はあ、しょうもないな。

「兄貴さあ、もうちょっと先のことを心配したほうがいいんじゃないか?」

・・・・弟に心配されるとはな。

グス、兄の威厳が果てしなく脆いんだな俺。

「まあ・・・な。 だが、今の生活が性に合ってるし、当分はこのままだ。 だから観念して俺にラーメンを食わせろ」

「・・・手伝いに来るか飯食いに来る以外に俺のところには来ないね。 大学をやめてからさ」

ピクッ。

「一体何があったのか知らないけど、いい加減前に進まないと腐っちまうぞ? 兄貴もまだまだ若いんだからさ。 色々と挑戦してみれば? なんなら俺みたいに料理人になるとかさ。」

「・・・・それもいいかもな。」

実に魅力的な提案だ。

一度はアキトと同じように俺も料理人を目指そうかとも思った。

だけど、それよりも先に俺には気になることがあったからこそ、大学のとある学科に入ったのだ。

そのときは俺の過去を知るためには重要なことだとそのときは思ったから。

だが、結局はあの大学に入ってから勉強すればするほどに当初の目的からは外れていった。

勉強が面白くなり、次々と乾いた綿が水を吸い込むように知識を求めていた。

その知識が何を俺にもたらすのかということを考えもせずに。

だからこそ、俺はたった一度の恐怖からそれまでがんばっていた勉強を捨てた。

捨てて・・・・探偵になったわけだ。

「うん、そしたらさ一緒に店でも・・・・・」

眩しいほどに未来を見据えてがんばる弟。

「うーん、でもどこに店を建てようか? このまま火星がいいかな? 地球は・・・ちょっとお金に問題があるだろうし・・・・」

その姿は、あの頃となんら変わりはしない。

料理人になることを決意したあの頃と。

俺も、真っ直ぐに自分の夢を追えたらよかったんだけどな。

「おいおい、いつの間に俺を料理人にするつもりだアキト? 俺は探偵だぞ?」

「はいはい。 でもそういうのも面白そうだろ?」

そう言ってアキトは苦笑する。

「まあ・・・面白くはあるけどな」

それから後も、他愛も無い話をしながら閉店まで過ごした。









「じゃあ兄貴、また来週」

「おう、またな」

屋台を引いて帰るアキトと別れ、眠気に耐えながら帰路につく。

アキトの家はここユートピアコロニーの南端部にある。

ここから歩いて数分の場所だ。

俺の家はアキトとは反対で北部の方向にある。

実家から大学に通うために北部へと移ってから、それから大学を中退した今でも同じマンションに住んでいるのだ。

家を探すのが面倒だし何よりも家賃が安い。

実家に帰るという手もあるが、かったりーしな。

「今日も会えたなぁっと。」

ツインテールの銀髪に吸い込まれそうな綺麗な黄金の瞳をした彼女。

毎週かかさず土曜日の夜にやってくるアキトの屋台の常連だ。

本来はアキトはラーメンをメインにしかやってないのだが、俺が来たときだけチキンライスをメニューに並べる。

どうも、俺にちょっとでも料理をさせるためのようだがそれが今はありがたい。

目標を失った俺が、少しでもやる気がでる事柄なのだから。

「目標・・・・か。 俺は、本当に何がしたいんだろうな」

俺の九朗という名前は、アキトの両親が俺にくれた名前だ。

だが、俺には拾われる前には別の名前があったらしい。

その名は大十字明人。

アキトを生んですぐに俺を拾った両親が、自分達の息子として育てるために俺に九朗という名前をつけたそうだ。

今では両親の死をきっかけに姓を変えて、本来の苗字と貰った名前を組み合わせた九朗を名乗っている。

今更明人と呼ばれるつもりもないしな。

でも、少なくとも俺は俺の両親のことが知りたかった。

亡くなる直前に義父が、俺の隣にあった妙な本が唯一親の手がかりだと話してくれた。

だからこそ、俺はその本を読んで勉強したわけだ。

色々と・・・・・な。

「はあ・・・・しっかしどんどん大きくなるよなあ。 この街は。」

道を歩きながら、凄まじい高さを誇るビルを見上げる。

ネオンの光や、街灯があるおかげで深夜だというのにこの明るさ。

加えて人もまだまだ出歩いている。

24時間眠らない街だな。

ここユートピアコロニーは、今ひたすらに急成長を続けている街の一つである。

これは地球から木星まで、どこに住んでいる人に聞いても間違いなく頷くだろう。

成長の始まりは50年前。

木連と呼ばれる木星にいた人たちとの和平が地球連合との間で決まってからずっとこの火星は成長を続けてきた。

元々テラフォーミングをして人類の新たなる大地にしようとしていたのだが、まずは地球と木星が互いに手を取るのに段階的な処置として、火星の大地が解放されたことが理由になるだろう。

地球と木星の移住者が集まって暮らしていくことで、両者の交流が進んで行き、そのために火星の各地で大規模な街の建設が進められてきた。

そしてそのとき火星の地で異星人の遺産が多数発見された。

そこからはもう大激動時代へと突入だ。

次々と発見されていくオーバーテクノロジー。

その技術を得て商売の幅を伸ばそうとする大企業や、ビジネスチャンスと睨んだ多くの野心家達がこぞって火星に足を運んできた。

しかも、それには木星の技術であった次元跳躍門の存在がさらに火星への移住者を加速させる結果となったのだ。

次元跳躍門、これも木星で発見されたオーバーテクノロジーの一つなのだが、これには遥か遠い距離を、それこそ地球から木星までの距離も無にするだけの力があった。

その門をくぐることで、別の門へと瞬時に移動するまるでマンガのような技術。

一応、その門を越えるためにはある条件が必要だがそれも今ではすっかりとクリアされている。

距離の壁が消え去ったことは、移動時の経費の削減にもつながり、わざわざ本社を地球から火星に移した企業もあるほどだ。

その中でも特に、ユートピアコロニーは今も成長を続けていく街である。

それは一企業の手によって起こったといっても過言ではない。

いち早く火星に本社を移したある企業が、無謀ともいえる投資を繰り返し、またその全てを成功に収めた結果、このユートピアコロニーが発展した。

地球三大企業の一つ、ネルガルの会長すらもその企業の無茶苦茶な投資には舌を巻くほどだったという。

その企業の名は『ルドベキア』。

20世紀の後半にもアメリカで似たような成功を収めた財閥に属していた一つの企業だ。

財閥から独立したその企業が、次々と成功して行くそれは火星を希望の星に変えた。

増える人口、しかしそれを超える勢いで発展していく経済と、次々と解明されていくオーバーテクノロジーの恩恵によって人々の生活水準はさらに発展していく。

ルドベキアが扱ったのはその中でもオーバーテクノロジーと情報産業だ。

火星と木星と地球を繋ぐ大規模な広範囲型ネットワークの形成。

そしてオーバーテクノロジーを利用した画期的な商品。

これらが時代のニーズの支えを受けて外れることなく需要される。

莫大な利潤とそれに付随する恩恵がユートピアコロニーに収束したために、今日のコロニーの発展はすさまじい。

しかも・・・・それは50年たった今でも続いている。






「うーん、だが何かが間違ってるなぁ。」

こんなに成長を続ける街なのに、なぜ俺の懐はこんなにも寒いのだろう?

財布の軽さに涙が出そうになる九朗だった。

そんなことを考えていたとき、九朗は突然激しい不快感に襲われた。

ドクン!!

「はあ・・はあ・・・はあ・・・・・」

心拍数が上がり、呼吸が荒くなる。

(な・・何が起こってるんだ?)

余りの気持ち悪さに、近場のビルにもたれかかるようにして体を支える。

別段体に異常があるわけではない。

だが、嘔吐感にも似た何かとてつもない怖気が体に走るのを九朗は感じた。

(く・・・・この気持ち悪さ・・・・一体・・・なん・・・なんだ・・・畜生!!)

まるで自分という存在に誰かが干渉しているような違和感。

自分の全てが覗かれているような気持ち悪さ。

そしてそれは自分以外の何かにも、明らかに干渉していた。

自分の周りが、世界が揺らぐように見える。

(俺だけじゃねぇ・・・これは・・・・)

「明人・・大丈夫?」

(世界規模の検・・・・・・)

「ねえ、明人・・・大丈夫?」

「ん? ああ・・・・大丈夫だから気にしない・・・・・でく・・・れ?」

気持ち悪さを心配されたのだろうと思って、九朗は声をかけてきた誰かに顔を向けた。

その九朗に妙な本が差し出されている。

「はい。 これがないと明人は大変だからこれから肌身離さず持ってないと駄目だよ」

差し出されたのは、九朗が義父に渡された親の形見と同じ本だった。

(いや・・・こいつは俺の本だ。 なぜこれをこの少女が? いや、それ以前になんでこいつ俺の本当の名前を知ってる?)

いぶかしんだ九朗はそこでようやく彼女の姿を見た。

桃色の髪をショートにし、黄金の相貌をした少女がそこには存在している。

服装はオレンジ色の割と可愛い感じのものだ。

「コレ、きっと明人には必要になるからいつも持っておいたほうがいいよ」

強引に手の中に本が渡される。

それを掴んだ瞬間、九朗はなぜか気持ち悪さが消えた。

中を確認。

それは・・・・やはり九朗が家においてあったはずの本だった。

同じような本、例えば写本の一種かとも思ったが九朗はこれが自分の本だと無意識に判断して、今一番の疑問を尋ねた。

「えと・・ちょっと聞きたいんだけどさ、何で俺の名前を知ってる?」

「・・・・なるほど。 私を見ても何も反応が無いってことは・・・鍵をされたんだね」

(鍵? 話しぶりからすると俺はこの少女を知っているのか?)

「まあいいや。 どうせ明人ならそのうち鍵を開けるでしょ。 それより・・・そうだね。一つ大事なことを教えてあげる。」

「大事なこと?」

「そう、とっても大事なことだよ。 覚えておいてね。 そのうち明人には剣が必要になると思う」

「剣?」

(一体何を言ってるんだ?)

九朗の疑問をよそに彼女は続ける。

「絶対に折れない剣は、今はまだ明人の元には来られない。 でも、それを模したモノなら明人の近くにある。 それを代用してがんばってね。 」

「はあ? 全然わけが分からないんだけど・・・」

「今はそれで良いの。 それじゃあがんばってね。」

そう言うと少女は急に九朗に背を向けて走り出した。

「待ってくれ!! まだ聞きたいことが!!」

九朗の叫びは届かない。

彼女はもうすでに人ごみの中に消えてしまっていたから。

「一体なんだったんだ?」

独白するが、答えなど出はしない。

唯一、手の中にある本の重みだけが、意味不明な出来事が現実にあったことの証明だった。

「この本に何かさっきのことが関係あるのか?」

本のページをめくる。

そこには相変わらず古いラテン語で書かれた情報しか記載されていない。

それに、九朗は今更自分にその本に書かれた内容が必要だとは思えなかった。

さんざん大学の勉強のときに読んでいたのだから。

「・・・・帰るか」

不可思議な現象と不思議少女の存在、それらの疑問の答えはどうせ考えても出やしない。

そう判断した九朗は再び家を目指した。

今度はいささか早足に。

どうにもこうにも何もかも忘れてさっさと寝てしまいたかった。

もし、この本が関係しているとすれば、それはきっと・・・・・きっとろくでもないことでしかないはずだから。

大学で起きた何かと絶対に同じ何かを招くだろうから。









その映像は急に始まった。

どことも知れぬ室内で、二人の男女がいる。

女性は男を必死で引き止めようとしていた。

どうやら俺は男の視点とやや離れた位置からそれを見ているようだ。

二つに同時に存在するという矛盾した状況。

しかし、確かに俺はその中での登場人物であり客でもあった。

「アキトさん!! 帰ってきてください!!」

誰かが俺をアキトと呼んでいる。

一体誰だ?

ああ・・・この綺麗な銀髪は彼女か。

「君の知っているテンカワ・アキトは死んだ。 もう、死人に拘るのはやめろ」

アキトが死んだ?

おいおい、物騒な夢だな。

あいつは今日も屋台を引いてるはずだぞ?

「死んだ? 冗談はやめてください。 貴方は今私の前にいます。 いて、こうやって話をしています。 これは生きている証拠です!!」

なんだ?

アキトの奴、死んだフリだったのか?

うーん、さすが夢。

今は一体どんなシチュエーションなんだ?

「もう、死んだんだよ。 ここに残っているのは亡霊だ。 亡霊は生きている者の所に帰ることなどできないんだ」

「ふざけないでください!!」

・・・・逢引?

そんな雰囲気じゃないな。

うーん、それにしてもこの屋台によく来る彼女に似た少女は、怒ったらこんな表情をするのか?

実は感情豊かなのか?

・・・俺の無意識のイメージなのだろうか?

ま、夢だしな。

どんな姿があったとしてもこれは所詮幻か。

俺が知るはずのないことなのだから。

「ふざけてなんかいない。 亡霊になった俺は敵を倒すまで満足できない。 奴らが存在している限り俺の戦いは終わらない」

「なら敵を倒し終わったら・・・・倒し終わったらどうするんですか?」

「亡霊の存在する意義はそのときに無くなる。 亡霊は亡霊らしく地獄に行くさ」

「アキトさん・・・・ほんとに・・・いい加減にしてください!! 亡霊は亡霊らしく地獄に行く? 死ぬんですか? またあの時みたいに私を置いて? あなたの帰りを待っている人たちをおいて一人で逃げるんですか? そんなこと私は認めません!!」

むう・・・・なんだかどこかでこれと同じ場面を見たような気がする。

といってもあいつがこんな話をしてるわけないだろうけどな。

妙に生々しい気がするが、俺の気のせいか?

「俺がいたらみんなを不幸にするだけだ。 だから帰れるはずなんてない。 そんな俺にはそれが一番いいんだよ。 それで、みんな幸せになれるはずだ。 不幸の元凶がいなくなるんだから。」

不幸の元凶ねぇ。

アキト、お前は何をしたんだ?

「アキトさん!! 勝手に決め付けないでください。 私の幸せは私が決めるものです。 そして、その幸せの中にはあなたがいることが前提なんですよ? 」

「・・・ルリちゃん」

ザザァザザァァァァァアァァ・・・。

ん?

流れていた映像が消え去り、また別のイメージが映像となって俺の脳内に投影される。

それはまるで映写機で再生されるような、鮮明な映像。

変わる、換わる、代わっていく。

超スピードで過ぎ去っていく映像。

全てが一瞬のイメージであり、だがしかし一コマ一コマが目の奥に焼きつくような錯覚さえする。

やがて、映像が普通に再生され始めた。

そこには、先ほどとは違い夕日をバックに抱き合う二人がいた。

初めとは別人だと思う。

姿も、声も違う。

でも・・・・どこか似ているような気がする。

と、不意に女性が口を開いた。

「わたくしは、大十字さんをお慕い申しております」

!?

今度は俺か?

一体この夢はなんなんだ?

大十字・・・・もしかして俺が昔、どこかで見ていた記憶なのか?

・・・・ありえない。

俺は一才のときにテンカワ家に拾われたんだぞ?

一才の時の俺がこんな記憶を覚えているはずがない。

仮にこの男が苗字からして俺の父親とかだったとしても、親の記憶を受け継ぐなんてことは絶対にないはずだ。

「!?」

俺の驚きと男の驚きが重なる。

男は女性の言葉を予想していなかったようだ。

数秒の空白の後、やがて搾り出した声は・・・・しかし、どこか納得しているような感じだった。

「・・・・どうして?」

「・・・わかりません」

悪戯っぽく笑う彼女の目に、男は言葉を失う。

「可笑しいですね。 憎んでさえいた貴方なのに。 それでも今・・・・こういう気持ちになっているのですから」

男に回した手に力が篭る。

男もまた、女性を離さないように強く、そして優しく抱きしめ返す。

「でも・・・・今また私はあなたが憎いと思っています」

むう、この二つの夢に何か意味があるのか?

「・・・・・」

「わたくしに、こんな思いを抱かせたあなたが、わたくしを置いてどこか遠くに行ってしまうのですから。 だから・・・・貴方が憎いです。殺したいほどに」

どこかに置いていく?

・・・・だめだ。

俺!!

離すな!!

絶対に彼女を離すなぁ!!

傍に・・・・・傍にいてやってくれぇぇぇぇぇ!!

離したら!!

離したらきっと・・・・・。

無意味に、夢に向かって叫ぶ。

だが、これは夢だ。

今俺の心の中を埋め尽くすような後悔の念が伝わるはずも無い。

「――帰ってくる」

その一言に込められた思い。

それが、俺の中の何かに触れるような気がした。

俺と俺の違いが、根底ではどちらも共通の思いが、俺の中の何かに訴えてくる。

本当にこの映像は、夢は、一体何なのだろう?

こんなに俺の心を締め付けるような、こんな・・・・・こんなにも熱い何かを感じさせる夢とは?

「え?」

「必ず帰ってくる。姫さんの・・・・瑠璃の所に」

「・・・・」

これは誓い。

そして聖約。

決して違えてはならない約束。

「必ず帰ってくるさ」

「・・・・大十字さん」

おい、俺。

といっても別人だと思うけどさ。

約束したんだから絶対に守ってやれよ。

「なら・・・証をください」

「え?」

「貴方が私との約束を忘れないように・・・・私があなたを忘れないように。 この約束から私と貴方が逃れられないような証をください!! お願いします。 九朗・・・・」


ザザザァァザザザザザァァァァアァァァ。

ふと、映像が乱れる。

いや、乱れたんじゃない。

また映像が切り替わってるんだ。

次は・・・・また初めの二人に戻った?

彼女は寝ている。

そして俺は・・・・そっと彼女をそのままに部屋を後にしようとしている。

なぜ?

なぜだ?

おい!! アキト!! 絶対に離れるな!!

「ごめん・・・俺は・・・まだ、帰れない。 奴ら全てを倒すまで・・・それまで待ってくれ」

馬鹿野郎!!

置いていくな!!

おい!! 

お前が彼女の傍にいなければ・・・・・彼女は!!

力の限り叫ぶ。

俺は、この夢の続きを知らないはずなのに。

結末が見えた。

先が見えた。

だからこそ力の限り叫んだ。

叫びは・・・・・・。








届かない。








「行くなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!」

ガバァッ。

無意識に手を伸ばしたが、俺が掴んだのはアキトではなく毛布だった。

「はあ・・・はあ・・・・はあ・・・・」

息が荒い。

乱れた呼吸が直るまで、俺は深呼吸を繰り返しつつ周りを見た。

机、テレビ、照明、そして学生時代に使っていた教科書の山と、あの本があった。

毎朝見ている光景だ。

ここは・・・・。

そうだ。

俺の部屋だ。

「そうか・・・・いつもの夢・・・・か」

バフッ。

起き上がらせていた上半身を再びソファー兼ベットに横たえる。

この部屋にはベットなどというブルジョワな物はない。

「珍しいな。 夢の内容をほとんど覚えてるなんて」

名前が聞けたのも初めてだ。

アキトにルリ。

大十字九朗に瑠璃か。

目を瞑り夢の中の映像を思い出そうとする。

「むう・・・・しかしなんでこんな夢を見るんだ?」

俺は妙な病気にでもかかってるのか?

・・・・まさかな。

「ふう・・・・シャワーでも浴びて気分を変えよう」











「ふぅーーー。 さっぱりさっぱり。」

シャワーを終えたアキトは、濡れた髪をタオルで拭きつつ、おもむろにテレビをつけた。

『えーとつまりですね。 ルドベキアという企業は今まさに火星の希望の・・・・』

ピッ

『現在のユートピアコロニーはまさに楽園を体現するような成長を見せ・・・・』

ピッ

『昨日の深夜、ユートピアコロニー南部を襲った謎の大型機動兵器は凄まじい力で街を破壊。軍のエステバリス隊や、警察機構が急遽出撃しましたが成果が上がらず・・・・』

「はあ? 大型機動兵器? なんだそりゃ? 」

チャンネルを変える手を止め、それのニュースを見る。

『この機動兵器は、超高出力のディストーションフィールドと分厚い装甲に覆われた全く既存の概念から逸脱した兵器であり、いわゆる耐久力が優れた兵器であると専門家が語っております。その機体の映像ですが・・・ええ・・全く不可思議な形状をしております。えーこれが機動兵器の姿です。』

そういって映像に写されたのは超巨大なドラム缶だった。

「・・・・・なんだこりゃ?」

いや、よく見るとドラム缶に複数の『足』がついている。

そして、そのドラム缶の装甲にはびっしりと砲門があり、次々と唸りを上げながら轟いていた。

機銃、ミサイル、カノン砲、ビーム砲からグラビティブラストまで多数の兵器がそれこそ降り注ぐ雨のように街に向けて発射されている。

『エステバリス隊クラスの兵装では全く歯が立たないこの大型機動兵器は全長80メートルほどだそうです。 対処できないと判断した軍は戦艦によるグラビティブラストの発射許可を求めましたが、その前に何者かによって破壊されました。』

映像は続く。

と、その映像の中で白い何かが飛んでいるのが見えた。

鳥ではない。
それは明らかに人に近い形状をした何かだ。

そうまるで・・・・白い装甲を纏った天使のような。

それが、おもむろに右手を敵に向けると急激にその右腕がメタモルフォーゼし、砲身と化す。

そこから一条の光が空を突き進む。

(ビーム?)

そのビームはディストーションフィールドで包まれたドラム缶に命中した。

「おいおい、ディストーションフィールドは? ビームの癖に突破できるのかよ?」

その一撃は、多少効いているようだった。

衝撃でグラつくドラム缶。

そこに次々とビームが発射される。

ドラム缶が反撃に出鱈目な数の砲門をその天使に向けるが、それらは掠りもせずにかわされる。

やがて、ドラム缶の真上の死角に到達した天使は、断罪の刃を振り下ろす。

今度は両腕がメタモルフォーゼし、両腕が光の刃(ビームセイバー)を顕現させる。

その輝きは燃えるユートピアコロニーの中でも一際輝きを発し、闇夜を照らす。

交差するように構えられた二本のビームセイバーが、さらに輝きを増していく。

そして、蓄えられた輝きとエネルギーが一撃でその機動兵器を切り裂いた。

十字に切り裂かれる機動兵器。

まるでドラム缶の分厚い装甲など無意味だというかのように。

それは、無慈悲な一撃だった。

その天使は機動兵器が完全に動きを止めたのを確認して去っていった。

『えーこの白い装甲を纏った何者かについても、そしてこの大型の機動兵器についても急遽情報収集が行われているそうですが、今のところ具体的な情報は入ってきておりません。 専門家によりますと一種のオーバーテクノロジーの産物ではないかと言う意見があり、その方向性で各捜査機関が動き出しているそうです。 以上、昨日の騒動の・・・・』

ピッ。

『えー、昨日の機動兵器の特別番組を・・・』

ピッ

『謎の天使現る!! その敵はドラム缶!?』

ピッ

九朗はどこも同じような内容だと判断してテレビのスイッチを切った。

「・・・わけわかんねぇ。」

(・・・・謎の大型機動兵器に白い装甲の天使?)

自分の常識が崩れていくのを九朗は感じた。

一体いつからユートピアコロニーは、こんなにも荒唐無稽な何かを内包するような街になったのだろうか?

少なくとも昨日の夜までは何も起きていなかったはずなのだ。

(昨日・・・・昨日か。)

そういえば昨日の夜に自分は気持ちが悪くなった。

そして不思議少女に出会って、それから本を持っていろと言われた。

剣がどうとかも言っていた。

それらは全て、あの昨日の出来事が始まりのようだと九朗は思った。

「・・・・まさかな」

悪い予感を頭の中から振り払い、九朗はタオルをその辺のソファーに投げる。

ブォォォォォォォ。

続いてドライヤーで髪を乾かし、身なりを整えて九朗は空腹を訴えていた胃を満足させるべく動き出した。

金に余裕は無い。

だからこそ、あの場所を目指す。

きっと今日もありがたいお話付きで料理を振舞ってもらえるはずだ。

九朗はマンションを出て、ゆっくりと知り合いのいる教会に足を向ける。

無意識の内に、しっかりとブックホルダーとあの本を持って。











閑静な住宅街にその教会はひっそりと立っていた。

周りのビルや建物と比べると恐ろしく質素な造りである。

まあ、普通の教会がそんなに豪勢な作りだとは思わないが。

今ここには神父はおらず、一人のシスターが子供達の世話をしながら暮らしていた。

そして、その教会こそが九朗の目的地である。

その教会のシスターとは大学時代偶然知り合って以来の付き合いで、それは今も続いている。

九朗的には避難所、もしくは食料庫と呼んだほうがいいだろうか?

この場所のおかげで、九朗は何度も飢えから身を守っているのだ。

これでアキトの屋台を加えれば二つの避難所を確保していることになる。

・・・・彼の生活水準は低い。

門を潜り、勝手を知っているが如く入り口へと歩く九朗。

いつも通り、この教会からは子供達の元気な声が聞こえてくる。

きっと礼拝堂で遊んでいるのだろう。

本当に、元気な子供達である。

きっとシスターの大らかな育て方のおかげだろう。

ガチャッ。

「ライカさーーーん。メシーーーって!?」

入り口の扉を開けた九朗の目の前に、何かとんでもなく凄まじい速度で向かってくる物体があった。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!」

それは、子供であった。

そう・・何処にでもいるような・・・・いや、どこにでも絶対にいないようなそんな脚力を持った子供だ。

音速で加速するその子供を九朗はかわすことができなかった。

「ちょっ・・・・ま・・・・」

ドン!!

九朗はきりもみしながらその少年に吹き飛ばされる。

走っている少年に吹き飛ばされる大人など、きっとこの教会でしか見れないことだろう。

自分を吹き飛ばした少年に、後で報復を誓いながら九朗の意識は消えた。

「やったーーーー!! ハーリー爆弾命中!!」

「それーー!! 九朗を捕まえろぉぉぉ!!」

子供達は元気すぎた。

どこからか持ってきたロープで九朗をぐるぐる巻きにしていく。

子供達は3人。

一人はおずおずとした感じの少年。

ハーリーと呼ばれ、九朗を弾き飛ばした少年だ。

次に、活発な雰囲気をしている少年。

そして、好奇心旺盛な女の子が一人だ。

「うーん、ここはやっぱりガムテープが欲しいところかな?」

男の子が提案。

「じゃ、私持ってくるーーーーー」

女の子が急いで取りに行く。

「え、ええと何もそこまで・・・・・」

ハーリーはオロオロしながら止めようとするが、

「なに言ってんだよ。 九朗に止めを刺した今がチャンスなんだ。ほら、ハーリーも手伝えって」

せっせと身動きを封じていく男の子の言葉にハーリーは従った。

序列が一番下のハーリーには、止めることはできないようだ。

先ほどのダッシュも、この男の子に苛められたハーリーが逃げ出そうとしたときに偶然発揮されたものだ。

嗚呼、この名前を得た者の宿命か。

限りなく、見せ場がダッシュの場面しかないのはお約束だ。

「ガムテープ持って来たよ!!」

「おっし。これで九朗捕獲作戦は成功だ!!」

女の子が持ってきたガムテープが九朗の口を塞ぐ。

九朗は生け捕りにされた。

たかだが、3人の子供達に。

「みんなーーー、さっきから一体何してるの?」

「あ、ライカお姉ちゃんだ!」

教会の奥の部屋から現われたシスターは、ドタドタと騒がしい子供達の喧騒に引かれてやってきた。

黒髪と青い目が印象的な美人な女性である。

ついでに胸もでかいというのは男である九朗の感想。

その大らかな性格は、子供達を一人で支えているというシスターという印象からは程遠い。

「あれ? なんで九朗ちゃんが縛られてるの? ま、まさかまさか!! 自分で放置プレイがどうのことのとか言い出して縛ってそのままとか? それでそれで子供達に色々悪戯されるのが快感だとかそういう意図でそんなことを!! ああ、神様・・・・あの穢れていなかった九朗ちゃんを煩悩ありまくりの九朗ちゃんにするなんて酷すぎます!! あんまりな試練です・・・・・・・うう・・・九朗ちゃん。 もう普通の九朗ちゃんは戻っては来れないのね・・・・もう・・・これからは変態Mな九朗ちゃんに会わなければならないとでも?」

加えて、彼女は少しだけ勘違いが得意である。

「やーい、九朗の変態!!」

子供達が九朗にガスガスと衝撃を与えていく。

その衝撃によって、九朗の意識は覚醒した。

目を開けて周囲を確認する。

周りには、子供達とシスターの姿があった。

「〜〜〜〜〜〜!!!」

ガムテープによって塞がれた口によって言葉がでない。

そのガムテープを引き剥がそうとも、手は勿論体が動かない。

「〜〜〜〜〜〜!! 〜〜〜〜〜!!」

それによってジタバタと蓑虫の様に体を動かすことしかできない。

「あら? 九朗ちゃんお目覚め? 」

「〜〜〜! 〜〜!! (なんだこりゃ!! 早く外してくれよライカさん)」

「みんな、今の九朗ちゃんは危ないから近づいちゃだめですよ」

「「「はーい!!」」」

「〜〜〜!!! (ちょっとまて!! 危ないってなんだ)」

ズリズリと体を動かし、ライカの方に向かっていく九朗。

だが、それを確認したライカは九朗の願いを聞きはしなかった。

「わ・・・もしかして狙いは私? ちょ、ちょっと待って九朗ちゃん。さすがに私にはそんな趣味はないよ。 」

後ずさりながら九朗から距離を取っていく。

「〜〜〜〜!! (趣味って何だ趣味って!!)」

「ああもう・・・来ないで九朗ちゃん!!」

ズリズリ。

「だ・・・だめだったら」

這いよってくる九朗。

それから必死で逃げ惑うライカと子供達。

「わーい、逃げろ逃げろ」

「芋虫九朗だぁぁぁ!!」

「い・・いいのかな? 」

逃げる者と必死に追う者。

両者の距離は凄まじく開いていく。

だが、ついにライカたちは壁の端に追い詰められてしまった。

「く・・・こ、こうなったら・・・・・ハーリー君!!」

「え? な、何ですか?」

「がんばって♪」

「え?」

生贄はハーリーに決まったようだ。

「神様!! ハーリー君のがんばりを私は忘れません!!」

にじり寄ってくる芋虫九朗。

その目には凄まじいほどの怒りの表情があった。

ビク。

それを間近に見たハーリーは恐慌にきたし、禁断の奥義を繰り出した。

「う・・う・・・・うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」

ドドドドド!!

初速は音速。

そして音速から光速へ。

「〜〜〜〜〜!!!」

超光速の移動物体と再びなったハーリーは、目の前にあった障害物に止めを刺しながら教会の外へと逃げ出した。

後に残ったのは、またも気絶した九朗とライカたち。

「ふ、ふう・・・さすがハーリー君。 男の子だね。 」

ピンチを脱したライカの顔は妙に清清しかった、と子供達は後に語る。

これは、どこにでも普通に見える日常の光景の一コマ・・・・・なのか?









「ははは、ごめんなさいね九朗ちゃん」

「・・・・まったく、勘弁してくれよライカさん」

ちゃっかりとご飯にありつくことが成功した九朗は、やや怒った風な感じで睨む。

内心では子供のしたことだと理解しているので、怒った振りだけだが。

「でも、こうしてしっかりご飯は食べるんだからさすがね。」

「まあ・・・」

苦笑しつつ、ご飯をいただく。

「それにしても、アレから随分と料理の腕を上げたんだな。」

初めて手料理を振舞ってくれてから比べると本当に進歩したな・・・うん。

ほんと、色が変色して毒を出す料理なんてあの時生まれて始めて見たぞ俺は。

「う!! ま、まあね。 あの子達にもしっかりとしたものを食べさせてあげないといけないし・・・それに、内には大きな子供がご飯を食べに来ますからね。」

「・・・それって俺のことか?」

「九朗ちゃん以外に誰がいるのよ?」

「・・・ごもっとも」

確かに今否定しても説得力も何もありゃしない。

「ふう・・・・・食った食った。 ご馳走様。」

「お粗末さま・・・・と。 さて・・・そろそろいい? 九朗ちゃん。 毎度のお説教タイムの時間よ」

「う!!」

始まった。

九朗はそう判断した。

だからこそ、急いで椅子から立ち上がる。

ガタッ。

「じゃ、じゃあメシありがと。 というわけでさいならーー!!」

急いで爆心地から離れようとダッシュをかける。

が・・・・・。

ガシッ!!

「はいはい。 今から九朗ちゃんに大事なお話がありますからね。しっかり聞いてくださいね。」

凄まじい力で肩が掴まれる。

それに抗う力など、俺は生憎と持ち合わせていないわけで、逃げ出すタイミングは完全に費えた。

「ねえ九朗ちゃん? そろそろ・・・・・・・・働けよ」

ものすごく簡単でわかりやすい一言だ。

簡単ゆえにその破壊力は絶大。

俺の精神に深く突き刺さるほどの威力を持っている。

まあ・・・・・探偵なんてやってる俺が悪いんだけどさ。

「い、いや、シスター? 俺はどちらかといえば働かないのではなくて、仕事の依頼がこないからしょうがないわけで・・・」

「もう、そんなこと言ってるからです。 いいですか天は・・・・・」

ああ・・・・これさえなければ毎日でも通うのに・・・・。

「・・・・・ですから・・・・・なんですよ」

シスターとして、俺のような人間は更正させたいらしい。

最近じゃ会うたびにいろいろと話を聞かされるからな。

「・・・・・ということで努力してがんばりなさい。 ね? 九朗ちゃんにはまだまだ色々とできるチャンスだってあるんだし・・・・・」

「ふっ・・・所詮、人は一人では生きられないのさ」

とりあえず誤魔化してみる。

「はいはい。 追い詰められたらすぐに意味もなくキザに逃げるのは九朗ちゃんの悪い癖よ。」

うぐぅ!!

俺はすでにこの人にパターンを読まれているというのか!!

いや、まだだ!!

「・・・・結婚しようか、シスター」

シリアスに攻めてみる。

「断る」

・・・・・即決だった。

一瞬の躊躇すらも無い。

完全なる拒絶。

いつもはおっとりしてるのに、妙に鋭い一言だ。

「へん!! いいさいいさ。 哀れな子羊な俺は、またたかりに来るもんね!!」

「あう・・・そんなふて腐れたような言い回しで来ますか九朗ちゃん。 といっても・・・・それだと今と全然変わらないと思うのは私だけかしら?」

・・・・・俺もそう思う。

だが、言ってしまったからには後には引けぬ!!

「大十字九朗は『漢』だからな!!」

ああ、もうわけがわからん。

「・・・意味がわからないんだけど?」

「ま、ということでさよなら!!」

今度こそチャンスを掴むべく、俺はドアに駆け寄る。

「あ!! ちょっと九朗ちゃん?」

今度捕まったらさらに長い話が待っている。

それはコリゴリだ。

だから俺は全速でかけだした。

「またな〜〜〜ライカさん!!」















「もう・・・九朗ちゃんたら。 はあ・・・・大学に行ってたときにはまだまだマシだったんだけどな。 一体何があったの? ・・・・・アキトなら知ってるのかな?」












俺はライカさんには何故か頭が上がらない。

飯の世話になっているということもあるが、それ以外にもどこか懐かしく感じている自分がいるのだ。

だが、俺がライカさんに会ったのは大学に通っていたとき。

それ以外では覚えていない。

「まあ・・・・いいか。 居心地がいいからな。 あの人の近くは」

夜の路地。

街灯に照らされながら俺は家へと歩く。

どうやらかなり気絶していた時間が長かったようだ。

さっきのが夕飯だったからな。

「あ、そういえばハーリー君にお仕置きしてなかった」

二度も気絶させてくれたお礼を忘れるなんてな。

うーむ。

次回に取っておこう。

そんなことを考えながら歩いていると、俺は後ろから肩を叩かれた。

「ちょっといいかい?」

女性の声が聞こえる。

「俺?」

振り返りながら俺はその女性の姿を見る。

その女性は妙に妖艶な印象を振りまいていて、男共が放って置かないような美女だった。

年は俺より少し上だろうか。

妙に胸元が開いたスーツを着ており、メガネをかけている。

「そう、君にちょっと用があるんだ。」

「なに? 道を聞きたいとか?」

観光客・・・には見えないけど、俺に声をかけてくるんならそれぐらいだろうな。

知っている顔じゃないし。

「違う違う。 ちょっとね、君のその本に興味があってね。」

「本?」

指差された先には確かに本があった。

いつの間にか持ってきていたあの本だ。

今の今まで気づかなかったが。

「これが何か?」

「見せて貰ってもいいかい? ちょっと僕が見たかった本に似ているんだよね。」

・・・・これに似た本?

この女性はこの本のことを知っているのか?

「ふむ・・・・それは君にとって大事な本のようだね。 少しでいいんだ。 見せてくれないかい?」

えーと・・・どうしようか。

この人が単なる一般市民なら見せるわけにはいかない。

本の内容に、この人が闇に呑まれる危険がある。

「ああ、大丈夫。 僕はその本に呑まれたりしないから。」

!?

なんていうタイミングの良さだ。

俺の考えていることが読めてるのか?

「・・・・知ってて何故この本を読みたがる?」

「なあに、純然たる興味だよ。 そう例えば・・・なぜ君がその本を持っているのかとかさ」

「・・・・俺がこの本を持ってたら可笑しいとでも?」

「うん。 その通りさ。よく分かったね」

何故?

何故そんなことが言い切れる?

女性は可笑しそうに笑いながら言葉を続けた。

「その本は確かに僕が処分したはずだったんだよね。 だから・・・・なぜ君が持ってるのか気になるのさ。 本来ありえないものがあるなんて可笑しいだろ?」

その見透かされるような笑みに、どこか怖気が走った。

ドクン、ドクン、ドクン。

妙に呼吸が息苦しくなってきた。

これじゃまるで・・・昨日の夜みたいだ。

俺は気持ち悪さに耐えかねて、本に触れる。

すると、またしても気持ち悪さが消えた。

「ふーん・・・・もしかしてそれは君と彼女を繋ぐ本なのかな?」

「彼女? 一体誰のことだ!!」

思わず声が荒げる。

そこで、ふと気づいた。

俺は今、どことも知れぬ空間にいるということを。

さっきまで俺を照らしていた街灯もなければ、建物もない。

人すらもいない。

ここは・・・一体何処なんだ!!

「・・・・鍵は正常にかかっている。 となれば・・・・・ああ、あの娘の仕業か」

存在するのは俺と目の前にいる女性だけ。

嫌な汗が出てきた。

喉がカラカラに渇く。

「なるほど・・・もう一度彼女は君に剣を執らせたいのかい」

「剣だと?」

その一言に俺は昨日の不思議少女の言葉を思い出す。

彼女は言った。

俺はきっと剣を必要とするだろうと。

そして、それは身近にあると。

「ま、どうでもいいことだね。 とりあえずその本は処分させてもらうよ。 僕のシナリオにその本は必要じゃないから」

女性はゆっくりと俺の手にしている本に手を伸ばす。

その時俺ははっきりと見た。

その女性の顔にある三つの目を。

それは邪悪で、しかも醜悪な目。

見ただけで怖気が走り、体が震えるほどの恐怖を感じる程のもの。

混沌そのもの。

「!?」

バッ。

急いで後ろに飛び退り、女性との距離を取る。

そして再び女性の顔を見た。

だが、さきほど見えた三の目はなく、そこには驚いた表情の女性がいるのみ。

「おや? 今何か見たかい?」

「あんた・・・・何者だ!!」

「それは今知るべきことじゃないよ。 明人君。 まあ・・・・今の君より君のことを知っている者とだけ答えておくよ」

「俺を・・・知っている?」

こいつ!!

俺の本名まで知ってやがる!!

「そうさ。 だから、その本を僕に渡してくれるのならば教えてあげてもいいよ? 交換条件でどうだい?」

俺のことを知っている?

・・・・・正直知りたい。

知りたいと純粋に思う。

でも、今この本を手放すのはとてもヤバイ!!

本能が訴える危機感。

それが俺を必死に繋ぎとめる。

今繋ぎとめなければ俺は堕ちる!!

「・・・断る」

「そうかい。 それは残念だ。 なら・・・・・力づくでいかせてもらうよ!!」

「な!!」

不意に俺の前にいた彼女の姿が闇に消える。

周りを見渡すが一向に何も見えない。

存在しているのは俺だけだ。

だが・・・・・俺は右に飛んだ。

ザクッ。

本を掴んでいた右腕の袖が破れ、その下にある俺の腕が浅く切り裂かれる。

「へぇぇぇ、もしかして今のが見えたのかい? それとも・・・・無意識下の自己防衛本能?」

何処からともなく声が聞こえる。

(見るわけねえだろうが!!)

何かしてくるって分かっててその場でいられるかってんだ!!

俺は、闇の中を逃げ出した。

走る、走る、走る。

後ろを振り返らずに走る。

捕まったらだめだ!!

あいつは・・・・・・あいつは・・・・・・・・。

(あいつは何か分からないがやばすぎる!!)

それに、これじゃあまるで大学の時に俺が遭遇したあの男と一緒じゃねえか!!

永遠とも思えるほどに続く闇の道。

「はあ・・はあ・・・・・はあ・・・・」

どれだけ走っただろうか?

息はきれ、足はガクガクするほどに疲れている。

だが、止まることはできない。

目に見えない怪異が、俺に迫っているのだから。

「どこまで逃げるのかな?」

(あんたがいないとこまでだ!!)

出口・・・出口はどこだ!!

どこにある!!

ふと、前方に誰かがいるのが見えた。

「おい!! 助けてくれ!!」

必死に走り救いを求める。

「おや? でもその前にその本を僕に渡してね?」

それは、あの女だった。

急いで方向を転換。

左に走る。

だが・・・・。

「だから、どこまで逃げても無駄だよ?」

今度は右だ!!

「ここは僕が作ったループだよ?」

後ろ!!

「だから・・・・君が逃れるなんてほとんど不可能さ。」

足が止まる。

目の前に、後ろに、右に、左に、女がいる。

逃げ場は・・・・無い。

「捕まえたよ。明人君」

4人の女が俺を押さえつける。

「ダメだね明人君。 君は本当に往生際が悪いんだから。 まあ・・・足掻く君はとてもかっこいいとは思うけどね」

まるで万力のような凄まじい力で体が固定される。

「くそ!!」

何とかしようともがくが、ビクともしない。

「さて・・・・じゃ、その本は没収させてもらうよ。 君に相応しい本は僕が用意したからね」

体を抑えている4人とは別に、もう一人現われた。

そいつはブックホルダーに収まっている俺の本を手に取る。

「へぇぇぇ・・・・・やっぱり死霊秘法かい? でも・・・これはラテン語版だね。まあ・・・彼女の端末ということなんだろうけど・・・ぐ!!」

それは、いきなり起きた。

本を持っていた女が、いきなり燃えるような火に包まれる。

燃える女。

凄まじいほどの熱気を放つそれは、一瞬にして女を消し炭にした。

その炎は、女を喰らい尽くしても飽き足らないといった様子で、今度は俺のほうに向かってくる。

「「「「クトゥグアだと!?」」」」

俺を抑えていた女達が叫ぶ。

呼ばれたそれは、その声に反応したのか形を取っていった。

燃え盛る炎のように赤い髪をした女性へと。

そしてさらに炎は姿を変える。

今度は炎に包まれた猛る獣。

とてつもない神性を放つ、煉獄の神獣。

俺は・・・・その獣の名に覚えがあった。

確かクトゥグアとは旧支配者を指す言葉で、フォマルハウト星に住まう炎の神性だ。

その、とてつもない力を秘めた神獣は一目散に俺の方に走ってきた。

灼熱の獣が迫ってくる。

神獣はまず俺を前から抑えていた女に喰らい付く。

「ぐああぁぁあ!!」

燃え、次々とその存在を食われていく女。

そんな中、一人の女が俺から離れると、落ちていた本を取りに向かう。

獣は、女の相手に夢中なのか気づかない。

「主も往生際が悪ければ本も悪・・・・」

だが、本を取りに行った女はいきなり凍らされた!!

ヒュオオォォォォォォ!!

寒い、凄まじいほどに寒い冷風が空間に現われる。

それは、あれほど俺を束縛していた二人をいとも容易く吹き飛ばし、俺を自由にした。

「「イタクァまで・・・・!?」」

イタクァ、これもまた旧支配者としてイヌイットの伝承に出てくるウェンディゴという名で伝わる神性だ。

風が、クールビューティーを体現しているような女性に変わる。

その冷たい眼差しは、芯からモノを凍えさせるような力を持っていた。

彼女は女に取られ、俺から離れていた本を持ち上げると俺に渡してきた。

(助けて・・・・くれたのか?)

本を受け取りながら、現われた二人を見る。

燃える獣も、再び女の姿に変わっていて俺のほうにやってきていた。

その後ろには、燃えつきた女の消し炭が一つ。

二人の対極に位置する支配者は、おもむろに俺の俺の手を片方ずつ握る。

その瞬間、俺は右手に熱い何かを。

左手に冷たい何かを得た。

手の甲に魔術文字が浮かび上がる。

右は炎を。

左には風を現す文字が。

「・・・おやおや。 本当に君は僕のシナリオを変えてくれるね。 」

女は、何事も無かったかのように、また俺の前に現われた。

凍り漬けにされた女も、焼き尽くされた女もすでに何処にもいない。

俺の前に、女から俺を護るように二人が立ちふさがる。

「てめぇぇ!! 一体俺に何の用だ!!」

「おやおや・・・・随分と嫌われたものだねえ。・・・・まあいいさ。 なんとかその二人を君から引き剥がせないこともないけど・・・・そんなことをすれば僕もただじゃすまないし。 今日の所はこれぐらいにしておいてあげよう。 でも・・・・いつか君のその本は処分させてもらうよ」

パチンッ。

女が指を鳴らす。

すると・・・闇が消え、辺りの景色が一瞬で元に戻った。

俺を照らす街灯。

歩く人々。

ユートピアコロニーの夜の景色だ。

「じゃあね。 また会おう。 大十字明人君」

そういうと怪異なる女は夜の闇に消えた。

(二度と会いたくねえ!!)

ようやく恐怖から開放された九朗は、疲れたようにうな垂れながら手近にあったベンチに座り込む。

だからこそ休息を取りたかった。

「そういえば俺を助けてくれたあの二人は・・・・・?」

辺りを見回すがいつの間にか二人も消えている。

だが、妙な魔術文字は手の甲に残ったままだった。

「はあ・・・かったりい。 一体何なんだよ。」

本を手に取り、ページを開く。

調べるのはクトゥグアとイタクァに関する記述。

あの二人の女性も、九朗は怪異だと判断した。

だからこそ、書かれているであろう本を開いたのだ。

冷静に考えれば、アレらの出来事は怪異としか言い表せない。

科学的に今さっきの体験を述べよと言われても不可能だし、どんな専門家もオーバーテクノロジーの研究家も答えることなどできない。

唯一答えられるとすればそれは・・・・・・・。

九朗の持っている本の力を自在に引き出せるような魔術師だけ。

魔術や魔法といった現実にはありえないとされる力を行使できる者たちだけだ。

だが、そんな人間などほとんどいない。

ほとんど失われた技術と言ってもいい。

科学の発展はそれらを必要としなくなり、人々はすでにその存在をオカルトだとか、怪談の類としてしか見ていないのだから。

「隣いい?」

「ん? ああどうぞ」

本を眺めていた九朗は、確認もせずに返事を返した。

「やっぱり持ってて良かったでしょそれ。」

その声はどこかで聞いたことのある声だった。

弾かれたように本から顔を上げ、声の主を見る。

そこには、桃色の髪をした少女が座っていた。

「君は・・・・」

「こんばんわ明人」

「こ、こんばんわ」

自分でも我ながら間抜けな顔をしていると九朗は思った。

今自分は、不思議少女を目の前にして顔を引きつらせたような微妙な顔をしているだろうから。

この少女も自分に何か害意を持っているのだろうか?

そう疑ってしまう自分がいるからだった。

だが、少女からは何の害意も感じられない。

それどころか久しぶりに会った友達に話しかけるような、嬉しそうな感情しか感じられなかった。

「うーん、やっぱりそれが有ってよかったでしょ? 隙を見せたらきっとその本がない明人はあの女に検閲されまくってたよ」

検閲?

確か・・・・報道や演劇の内容を公の機関が強制検査することだよな。

「それより教えてくれないか? 君は一体何者なんだ? さっきの女は? それにどうして俺の名前を知ってる?」

「うーん・・・どうせ聞いたって今の明人には理解できないと思うな。 それよりも大事なことがあるだろうし・・・・」

「大事な・・・・・こと?」

「剣だよ。 まだ明人はそれを持ってないじゃない。 剣がないと明人でもさすがに戦えないでしょ? 予定ではもう接触してるはずなんだけどな。 ・・・・・向こうもさすがに警戒しているってことかな?」

「剣? それっていったいなんなんだ? あの女は君が俺に剣を持たせたがってるって話してたけど・・・・君は俺を何かに利用しようとしているのか?」

「私がっていうよりも向こうが・・だね。 どちらかといえば私を助けて欲しいとは思ってるけどね。」

「・・・・助ける?」

「ま、それはどうでもいいことだよ」

ズシン!! ズシーン!! 

そのとき、俺は何か地響きのようなものを聞いた。

「あちゃーー、剣を得る前に来ちゃったか」

大仰な仕草で少女はため息をつく。

「明人、急いでここから逃げた方がいいよ。 でないとアレにやられちゃうよ?」

ドガァァァァァン!!

それは唐突に、いきなり現われた。

ビルを倒壊させ、アスファルトを踏み荒らしながら。

真っ直ぐにこっちに向かって歩いてきている。

馬鹿みたいにでっかいドラム缶が。

いや、そのドラム缶は明らかに進化していた。

なぜなら、ニュースで見たときとは違って両腕にドリルを装備しているのだから。

「な!! 何だありゃ!! 」

「・・・・まさか明人の本が狙いだったりして」

「冗談じゃねえ!!」

「確かに。 ま、ただ単に偶然だとは思うけどね。 ということで逃げなよ。 私も行くから」

そう言うと少女はベンチから立ち上がって走り出した。

「やべぇな。 マジでユートピアコロニーはあんな得体も知れない機動兵器が住み着くようになっちまったのかよ!!」

化け物のような怪異が現われ、今度は荒唐無稽な巨大ロボットだって?

勘弁してくれ!!

俺も少女から遅れること数秒、認めたくない世界の一部を必死で否定しながら走り出した。

その背後では、ドラム缶型の機動兵器が馬鹿でかい轟音を発しながら砲撃を始める。

轟く爆音、衝撃による振動。

それらが楽園の名を冠したコロニーの街を襲う。

「いったいユートピアコロニーに何が起きたんだちくしょーーーーーーーーー!!!」

全力で逃げ出す九朗の叫びは、逃げ惑う人々の喧騒に掻き消えた。
















あとがき

こんにちは。

素人投稿家の谷島・之斗(たにしま・ゆきと)です。

ええと第一話を投稿します。

第一話のパターンが頭の中に4つほど浮かんだのでどれにしようか迷いましたが、一応これにすることにしました。

オーソドックスなナデシコの発進時に逆行するアキトとか、セガサターンのカイトのような時期の逆行も考えたのですけどね。

あいかわらずノリで書いてます。(笑い)

第0話を書いた後、一体どんな感想があるのかとドキドキしていましたが、滅茶苦茶だという人、あるキャラが浮かんだとか、キャラを出して欲しいといった色々な感想がいただけました。

嗚呼、投稿作家の先輩方。

投稿作家とはこんなにも読んでくれた人の感想が気になるものなのですね。

このドキドキが病みつきになりそうです。

後ろ指を差されると滅茶苦茶へこみそうですけどねw



   


  
 

追伸。



自分の中に浮かんだ話をできるだけ文にできるようにがんばってみたいと思います。

それではまた、次の話で会いましょう。


                                        2:17 2004/06/14

 

代理人の感想

ドラム缶キターーーーーーーー!

残念ながら操縦者のほうはお預けのようですが!

・・・まさかとは思うけど、金髪の美女になってたりしないだろーなー(笑)>某キチ○イ

いやん、結構似合いそう(爆死)。

 

で、真面目に第一話の感想ですが・・・現状では「面白いかな、でもまだ様子見かな」ってとこでしょうか。

デモンベインの場合は「ループ」が重要なキーワードになってるので、

まるっきり同じ展開でも一概に否定は出来ないんですが、やはりそのまんま逆行というのは飽きますしね。

ナデシコ逆行とかカイト逆行よりは良かったかと思います。

 

ではまた。