その出鱈目な敵は、街を次々と玩具のように破壊していく。

ただ歩くだけで整備されたアスファルトが陥没し、移動した後には巨大なビルさえもただの脆い壁として突き破られる。

ドラム缶のような形状のそれは、全方位に向けて様々な武器が搭載されており、進行方向だけでなく周囲の建物をも破壊した。

人々の悲鳴に混じる轟音が、爆音が、破壊音が、止むこともなく人々の心に恐怖を植えつけていく。

そんな中、通報を受けて動き出した治安軍の機動兵器達がたった一機の敵に向かって群がっていった。

「エステバリス隊!! 敵が攻撃時にフィールドを解除する瞬間を狙って撃ちなさい!!」

治安軍の指揮責任者、ムネタケ・サダアキ准将は出鱈目な敵を鎮圧すべく指示を出す。

その顔には余裕が無い。

敵の全長はおよそ80メートル。

それほどの巨体ともなれば、装甲もそれ相応に厚くもなる。

それに加えて、高出力のディストーションフィールドを展開する敵には、ほとんど軍は成す術が無かった。

こちらの兵器は6メートルほどの機動兵器であるエステバリスのみ。

さらに小さい虫型機動兵器もあるのだが、それはエステバリスよりさらに小さい。

そんなものが、あの巨大なロボットには通用するとは到底思えなかった。

一応、攻撃力重視の砲戦フレームや、重武装フレームで対応してはいるが、どれほどの効果が出ているか分からない。

頼みの綱である戦艦によるグラビティブラストは、しかし使用許可がまだ降りていない。

(このままグラビティブラストを使わないでいるより、さっさとアレを倒した方が被害が少ないってなぜ理解できないのかしら上の連中は!!)

そのことが、ムネタケを苛立たせる。

(あんな化け物を相手に小型兵器でどうやって相手をしろっていうのよ!!)

円周上から周囲に無差別に撒き散らされる破壊の一撃は、はっきり言って手がつけられない。

もはやこれは弾幕規模の砲撃だ。

大きさから言って一発でもエステバリスが喰らえばタダではすまない。

今の所は、大きさの違いによる機動力の圧倒的な差によってやられる心配はないが、それでも部下の危険性を考えればここは引きたいところだ。

(だけど、私達が引いたら街は? このままじゃコロニーはめちゃくちゃだわ)

ロボットが街を荒らす姿に凄まじいほどの怒りを覚えながら、ムネタケは自分に今できる何かを必死に模索した。

だが、解決策は一向に浮かんでこない。

無常にも過ぎ去っていく時間。

そんな中、戦場に一つの変化が起きた。

「ムネタケ准将!! 未確認物体が高速でこの場に向かってきます」

「何ですって? データ照合急いで!!」

オペレータが急いで高速で迫り来る物体のデータを収集する。

「未確認物体照合終了。 こいつは・・・・この前の白い奴・・・・メタトロンです!!」

白い奴。

昨日の騒ぎでその巨大ロボをも破壊するほどの力を示した存在。

全く情報がないそれを、軍はその天使のような姿から呼称をメタトロンと定めた。

その天使が再びユートピアコロニーの闇夜を飛翔する。

ムネタケにはその存在がこの状況を打破する鍵だと思えてならなかった。

「・・・・部隊に通達。 メタトロンに攻撃しないように徹底させなさい。 この前アレを破壊したあいつなら・・・・・・もしかしたら」

何処からともなく現われた巨大ロボット。

それを破壊したメタトロンなら、もしかしたらこの状況を何とかできるかもしれない。

「軍の無能を晒すようで嫌だけど・・・・頼むわよ」

モニターに映された白い装甲天使に、ムネタケは無言で希望を託した。





門を越えし者

    第02話 



            
               「名前も知らない君に問う・・・これが剣なのか?」













逃げ惑う人々の波の中。

その中に九朗はいた。

いきなり現われた巨大ロボは、周囲を破壊しながらその圧倒的な力を誇示していた。

「たく・・・・ドンパチならよそでやれっての!!」

破壊されていく街。

鳴り止まない砲声と爆音が耳を打ち、悲鳴が恐怖を駆り立てる。

そんな中、九朗はふと上空を高速で飛行する白い物体を見た。

それは背面の翼からフレアの光を発し、空を突き進む白き装甲天使。

昼間ニュースで見たのと全く同じ姿。

「巨大ロボの次は、正義のヒーローかよ!! 」

超高速で飛来するそれは、敵の砲撃を余裕を持ってかわしながら距離をつめていく。

バシュバシューーー!!

発射される天使のビーム。

それが、冗談のようにロボットの巨体を揺らす。

光学兵器であるはずのビームが、なぜディストーションフィールドを突破するのかは謎だったが、それはとてつもない喜劇に見えた。

人と同じような身長の天使が、80メートルの身長を持つ巨体を揺るがしているのだ。

喜劇でなくては何というのだろう?

次々と突き刺さる天使の攻撃。

そのたびにドラム缶の装甲が拉げ、凹み、ヒビがはいっていく。

通常兵器が全く効かなかった敵が、目に見えて弱っている。

その様子に、先ほどまでほとんど効果を発していなかったであろうエステバリス隊が全弾を発射する勢いで攻撃を開始した。

ヒビの入っていた装甲が、それらの銃器によって少しずつではあるがダメージを追っていく。

装甲天使はその姿を見て、接近しつつ両腕に光の刃、ビームセイバーを顕現させる。

驚異的な変化(メタモルフォーゼ)によって現われた刃が闇夜を照らす。

それに危機感を抱いた敵が、天使に向かって怒涛の如く砲撃するが一発も当たらない。

やがて、十字にセイバーを構えた天使が静かに吼えた!!

「十字・断罪(スラッシュ・クロス)!! 」

閃光の軌跡に続くは二筋の光。

それは、空気を切り裂いてさらにその先にいる巨大ロボを四等分に切り裂いた。

「おいおい・・・・ニュースはマジだよ」

あらゆる意味で度肝を抜いた光景を、九朗は逃げるのをやめて呆けた顔で見上げていた。

全くもって非常識で、冗談みたいで、そして目を疑うような所業が今、九朗の目の前にある。

その証拠は崩れ落ちた破壊の権化、巨大ロボのスクラップ。

九朗は天使が去るまで、空を見上げたままだった。










『・・・・といわけで、再び昨日に引き続いて現われた謎のドラム缶方の巨大兵器は白い装甲を纏った何者かに撃破されました。 なお、軍ではその白い装甲を纏った天使のような姿から、メタトロンと呼称されているようです。 なぜこのような不可思議なことがユートピアコロニーで起きたのでしょうか? ネルガルTVは今後も調査を・・・・』

プチッ!!

男はテレビを消すと、怒りもあらわに怒鳴った。

「面白くない。 非常に面白くないのであーる!! 我輩の作った破壊ロボが!! 美の結晶がよりにもよってドラム缶扱いですと? ぐぬぬぬぬぬ、資本主義の犬共め!! 今度匿名で我輩のサイン入りブロマイドと一緒に破壊ロボの一撃をお見舞いしてやるのである!!」

怒鳴りと共に、手近にあったエレキギターをかき鳴らす。

耳を劈くような奇天烈なビートを刻みながら、男は次の手を考えていた。

(く・・・あの白い奴め。 一度ならず二度までも我輩の破壊ロボをスクラップの仲間入りに・・・・・・全て奴のせいなのである!! 今に見ておれ!! 真の天才・・・真実の天才である我輩の力をとくとみせてやる。 そんでもってその真っ白な翼に、これでもかというほどに油性マジックで落書きしてくれる!!)

白衣を着た男は、復讐を誓いつつも部屋の奥へと向う。

その先にあるのは大きな格納庫だった。

ウィィィィン。

自動ドアが開き、男を受け入れる。

格納庫にあるのは見渡す限り少しずつ形状が違う破壊ロボだった。

ドリルをつけているもの、カノン砲を装備しているもの、はたまたかなり大口径の大砲をくっつけたモノまである。

「く・・・だが、あの小さい敵にはさすがの我輩の破壊ロボも少しばかり命中率が悪い。ううむ・・・・。」

(それに、ディストーションフィールドを突破するあのビームといい、破壊ロボの装甲を切り裂くようなビームセイバーといい、我輩の科学とは全く違う形態の兵器ということであるか?)

オーバーテクノロジーという単語が男の頭を掠めるが、それは男の脳が否定した。

(例えばオーバーテクノロジーの類であるなら、科学の申し子たる我輩にも解析は可能なはずである。 しかし奴の攻撃は我輩のスキャンが効かない・・・・となれば、残った可能性は・・・・まさか!! 奴らと同類の?)

「わかった!! 分かったのである!! なるほど。それなら物理常識を超えられる!! 」

閃いた答えが彼の脳を突き動かす。

急いで研究室に戻り、パソコンを起動させてありとあらゆるデータを入力していく。

自称天才というのは疑えないほどに、その作業スピードは速い。

両手で二つのパソコンのキーを叩きながら閃いた理論をまとめていく。

カタカタカタ。

その日、研究所の明かりが消えることは無かった。









コンコン。

この部屋がノックされるなんて何日ぶりだろう?

九朗はソファーの上でボンヤリとしながら考えた。

(ああ・・・・腹減った)

ライカの家に行って以来二日。

その間九朗は何も食べていなかった。

いや、水だけはちゃんと摂取していたが。

それしか摂取するものが無かったというのが正しい。

(ん? この家にノック?  ここは俺の探偵事務所兼家・・・・ということは!!)

「飯が食えるじゃねぇか!!」

仕事の依頼だと判断した九朗は、急いでソファーから起き上がった。

急に立った事で眩暈を感じたが、今はそれよりも仕事の依頼を得ることのほうが大切である。

ベルトにブックホルダーをつけたまま、九朗は玄関へと向かった。

「うーむ・・・留守であるか? となれば・・・・・・レッツプレイ!!」

何やら客が呟いているいるようだが、思考能力が低下した九朗は特に気にもしなかった。

だが、次の瞬間強制的に頭の覚醒を促がされた。

ズガァァァン!!

「な!!」

いきなり開こうとしたドアが爆砕した。

至近距離での衝撃で九朗の体が吹き飛ばされる。

そのせいで廊下を数メートル転がった。

「つ・・・ててて・・・なんなんだいったい? 最近の俺には不幸の女神が微笑んでるのか?」

起き上がりながら、爆砕したドアの方を見る。

するとそこには、ギターケースを担ぎ白衣を着た男が立っていた。

「おや? いないかと思ったらなかなかどうしているではないか。 はっ!! まさか貴様、我輩をそこらの新聞勧誘員とでも思って居留守でもしていたのであるか? ぬぅぅぅぅ、我輩を大天才ドクタァァァァァ・ウェストと知っての狼藉? 嗚呼・・・なんたる無知。 無知とは悲劇!! くう・・・・哀れすぎて涙が出てくる我輩はとっても高感度!!」

「・・・は?」
「まあ・・つまりアレであるな。 馬鹿となんとかは紙一重というであるが、つまり我輩レベルになると完全に向こう岸に渡りきっているからして、我輩の崇高な考えなど理解しようと無駄の祭り!! 」 

すでに会話というか、言動が意味不明だ。 九朗は頭を抑えながら目の前の男が何を言いっているのかを必死に考えた。そして、ついに一つの結論に達した。

(や、やべぇ、変態がやってきた!!)

「・・・・とまあ、そんなことはどうでもいい事であるな。 それより・・・・」

ウェストと名乗った科学者風の男は、玄関を出た。

そして、わざわざ表札を確認して再び戻ってくる。

「えーと、大十字九朗? 今後ともよろしく?」

「よろしくじゃねぇぇぇぇ!! 何なんだお前は!! いきなり人の家の玄関のドアをぶっ壊すは、哀れんだ後よろしく? わけわかんねぇ!! 」

「ふむ・・・まあ、状況とは常に流れ行くもの。 凡人な人間が、神がほんの少しの悪戯と、バファリンの如き優しさを持って生み出した我輩のような大天才の考えを理解できるはずも無いか」

一人納得するウエスト。

その姿に九朗は凄まじいほどの怒りを感じた。

(この野郎・・・・人が飯代もないほどに生き足掻いてるってのに。 余計な出費を増やしやがって!!)

「ふむ・・・まあいいのである。 とりあえず魔力センサーオン!!」

九朗が怒りに燃えているとき、ウエストは懐に持っていた小型の機械のスイッチを入れ、なにやらそれを色々な方向に向けていた。

その機械が九朗の方を向いた瞬間激しくランプを点灯させる。

「・・・・・ふむ。 なるほど、その本が魔道書という奴であるか。 」

視線の先にあるのは九朗のブックホルダーにある本。

「!?」

(ま、またこの本絡みかよ。 ということはまさかコイツも・・・)

「まあ、こちらにも色々と都合があるからにして、その本を頂くのである。 カモォォォォォン。 戦闘員の皆さん!!」

ドタドタドタ。

合図と共に複数の人間がウエストの後ろにやってきた。

そいつらは丸の中に火と書いたタコ帽子を被り、手にはマシンガンやハンドガンといった銃器を持っている。

「んなアホな・・・・」

九朗はそれだけしか言えなかった。

今更そんな20世紀後半のテロリストのような奴らが、ドカドカと自分の家に入ってくるとは微塵も想像していなかったからだ。

思わず、不法侵入者に対して「警察に電話をするぞ」と言ってやろうと思った。

だが、それをしようと受話器を手に取ったとき、ウエストが命令を下す。

「さて、大十字九朗の持つあの本を奪うのである!! 全ては我輩の発明のために!! 大十字九朗、すまんが、我輩の科学が魔術を越える礎となって志半ばで倒れてくれ!! 我輩、君のことは忘れない・・・・」

大粒の涙を流しながら、自分を心配してくれている科学者。

その手がエレキギターを取り出して、悲しげな音を奏でる。

「さて・・・・十分に悲しんだところで・・・・いくのである!!」

いきなり悲しみモードから切り替わったウエストの指示で、一斉に動き出してくるテロリスト風の人間達。

九朗は弾かれるようにして反応し、家の奥へと向かった。

「だあぁぁぁ!! 実はこの本が不幸の元凶なんじゃねえのか!!」

不思議少女の、「この本がないと危ない」という言葉が「この本があるから危ない」と思えた九朗だった。

急いで廊下を曲がって部屋に飛び込んだ瞬間、次々と銃弾が発射された。

ドドドドドドドドンンンンン!!

耳を劈くような銃声。

九朗は現実に迫り来る危険から逃れるべく逃げる。

窓を開け、二階であることも承知の上で飛び降りた。

ドシン!!

着地時の衝撃で足が痺れるが、自分の傍に命中した銃弾がそれを感じさせてはくれなかった。

穴が穿たれるアスファルト。

反射的に地面を転がるようにして銃撃の射線から逃げ、マンションを囲っている塀に寄る。

そこに迫って来る銃弾が、次々と塀を崩していく。

(やべぇ・・・この前の女もやばかったけど、今のこの状況も現実的にやべぇ!!)

アレは完全に現実味の無い怪異だった。

理解不能な、それこそ現実的にありえないようなことが次々と起こった空間。

だがこれは違う。

これは現実の世界で、理解できる範疇の中での出来事。

アクション映画とかで普通に見るような危険が今、自分の身に降りかかっているのだ。

主人公はどうやら自分のようである。

生憎と九朗には戦えるようなスキルは持ち合わせてはいないが・・・・。

「く・・・・・映画とかならかっこよく反撃でもするんだろうけど、こちとら普通の探偵なんだよ!!」

銃撃による噴煙にまぎれて、九朗は塀を盾にして走り出した。

(いくらなんでも街中まで奴らも迫っては来ないだろう。・・・・にしても俺、部屋追い出されるな完璧に)

家賃滞納、電気とガスも止められた今、部屋の修理代を払うような余裕など無い。

加えて、テロリスト風の奴らがもし見張っていたとしたらとても帰れるものではない。

「まちやがれぇぇぇ!!!」

「ちぃっ!!」

どことなく日常を想像して現実逃避を試みたが、しっかりと後を追ってくるテロリストが許してもくれない。

九朗は街中でまくために全速で走った。

生きるためのエネルギーを大量に消費して。













<ルドベキア本社社長室>

社長室といったら普通はどういう部屋だろうか?

よくよく見ると、その部屋は普通の社長室とは作りが根本的に違っていた。

まず、仕事用のデスクが無い。

客を迎えるためのソファーの類はあるのだが、あるのは一つの椅子のみ。

このような造りの部屋は、世界広しと言えどルドベキア本社でしか考えられないことだ。

唯一この部屋にある仕事用具の椅子の上には、一人の少女が座っていた。

肘掛にゆったりと手を置き、楽な姿勢で目を瞑っている。

別に、少女は眠っているわけではない。

この状態で、常人にはできないような大多数の仕事をしているのだ。

情報ネットワークを、ルドベキアが手中に収めている理由の大部分はこの能力のおかげだといっても過言ではない。

先代から直々に手ほどきを受け、社長代行を任されているこの少女にとっては実に他愛も無い作業かもしれない。

実際、少女は少々この毎日繰り返される単調な仕事に飽きてきていた。

と、不意に空中にウィンドウが開いた。

「失礼します。 お嬢様、お茶の御時間でございます」

メガネにちょび髭を装備しているその人は、誰が見ても執事と呼ばれる職業の者だった。

「・・・わかりました」

いつもの休息の時間に入ったことで、少女は一旦休憩を取るために椅子から立ち上がった。

その瞬間、少女の右手の甲から発されていたIFSによるナノマシンの煌きが止む。

「オモイカネ、後はお願い」

『おっけー!! 任せて!!』

社内を管理してくれているAIにお礼をしつつ、少女はソファーに向かった。

コンコン

「どうぞ」

ガチャッ

「失礼します」

入ってきたのは、先ほど彼女に時間を告げた執事だった。

手に持ったトレーにポッドとケーキを乗せてソファーに向かってくる。

「どうですか? 仕事の方は?」

「ほとんど終わってます。 後はあの巨大兵器の対抗策と、その被害をまとめるだけです。」

「左様ですか」

「・・・・少しめんどうですね。 軍ではアレを破壊するためにグラビティブラストの使用を考えているそうですが、そんなことをすれば街は滅茶苦茶です。・・・とはいえ、アレしかもう効きそうな兵器が軍にはないでしょうけど・・・・」

カップに注がれた紅茶を口に含み、少女は言葉を止めた。

「ということは現状では頼れるのは社長の知り合いのメタトロン様だけ・・・・ですか」

「しょうがありません。 ・・・お婆様が用意したアレが使えればいいのですけどね。 パイロットがいませんし」

「パイロット・・・・一体誰のためにアレは用意されたのでしょう?」

「さあ? 私にもお婆様はそこまで話してくれませんでした。急に私に社長代行を任せてから姿を現しませんしね。好きにしていいとは言われましたけど・・・全く、どこにいるんでしょうか?」

ケーキにナイフを入れつつ、少女は自分の元気すぎる祖母を想像した。

その祖母は、ルドベキアをここまで大きくした才女だった。

実質火星では影の支配者といってもいいほどの影響力を持っているし、どうやら地球や木星にも顔が広いらしい。

そんな大きな祖母に育てられた彼女は、当然祖母の背中を見て育った。

祖母の方も、彼女を引き取ったときにはすでに彼女を後継に選んでいたようだ。

自分の代わりが勤まるように指導し、また家族として彼女に接していたのだ。

その祖母の姿は、少女にとってはひどく尊敬できるものだったのである。

だからこそ、少女は今ルドベキアを全力で経営している。

社長代行として自分ができることを全てやりながら。

「あの方のことですから・・・・地球を一周でもしているのでしょう。 まだまだ現役のようですからね。」

「元気すぎて困ります。 少しは私に心配させないで欲しいです。」

「ははは、しかしそれを言ったらお嬢様も心配させておりますよ? 最近では週に一度の夜の散歩がございますからな」

「・・・・・」

「一応護衛にはついていますが、気をつけてくださいませ。 お嬢様に何かあったら私どもが社長に会わす顔がないですから」

「・・・がんばってください」

「かしこまりました」

主の答えに苦笑しながら、執事は空になったカップに紅茶を注いだ。

カタカタカタッ

ふいに、カップが振動した。

いや、振動しているのはカップだけではない。

部屋のあらゆるものが振動していた。

ズシィィィン

                 スシィィィィィン

今まで二回ほど聞いたあの巨大ロボの発する音が聞こえる。

少女は弾かれるように立ち上り執事にうなずく。

それに合わせて執事もうなづき返しながら、急いで部屋を出た。

少女は窓のあるほうに近づき、音がするほうを確認する。

円形状の街として繁栄してきているユートピアコロニーの、ほぼ中心部に当たる位置に存在するこのビルからは、ほとんど街の様子が見渡せるのだ。

ビルを倒壊させ、街を破壊する巨大兵器などすぐに発見することができた。

「出ました・・・か。 メタトロンさん・・・早くできてくださいね」

動くだけで街を破壊する巨大兵器。

それらが我が物顔で街を徘徊するその様は、とても少女にとって許せるものではない。

祖母が作り上げてきた街が壊されているのだ。

自分が託されている街が蹂躙されているのだ。

ただ見ているしかない少女は、どこかで自分に憤りを感じていた。

だが、その思いも次の瞬間に霧散する。

今できることをするため、少女はこの部屋唯一の仕事用具に座る。

そして、肘掛の先にあるIFSコンソールに手を当ててIFSを起動した。

ナノマシンによって補助脳を形成し、接触させたコンソールにダイレクトにイメージを伝えるインターフェースであるIFS。

現在の火星ではほとんどの住人がつけ、車の操縦やオペレータの仕事から機動兵器であるエステバリスまで幅広く用いられている機械と人間を繋ぐ役割を果たしていているモノだ。

この少女が使っていてもそれは不思議ではない。

もっとも、この少女が使っているようなハイレベルな処理能力を有しているモノは常人には使えはしないが。

起動させたことで少女の右手の甲が光を発する。

IFS所持者に現われるナノマシンのタトゥー。

それに自らの意思を伝える。

やがて少女の意思を受けた椅子が床に沈んだ。














<ユートピアコロニー南東部・再開発区画>

「はあ、はあ、はあ・・・・たく・・しつこい奴らだったぜ。」

ようやくテロリスト共をまいた頃には、九朗はあまり来たことがないコロニーの南東部に来ていた。

北部の自分の家からここまで、よく空腹のまま走ったものだ。

コロニー南東部には、昔のコロニー部の再開発のために今現在はほぼ無人である。

まれに浮浪者や、職がなくあぶれた者もこの場所に住んでいたりするが今現在では作業員ぐらいしかいない。

グルルルルゥ!!

(は・・・・腹減った。 やべぇな。 そろそろ天国からお迎えが来そうだ)

泣いている腹の虫の声を聞きながら九朗は歩く。

(こうなったら・・・いつもより早いけど、アキトの所にでも行くしかないな。 ライカさんの教会までは絶対に持たない)

もはや気力だけで体を支えている状態だといっても過言ではない。

それほどまでに九朗は疲弊していた。

疲れきった体に鞭打ってフラフラになりながら九朗は歩く。

この辺りは来たことはないが、ずっとこの街で住んできた九朗には大体の方角さえ分かればなんとかなる。

その足は、真っ直ぐにアキトの家を目指していた。

ズシィィィィィン!! 

                       ズシィィィィン!!


「・・・・どこかで聞いたような音だな。 それにそこはかとなく地面が振動しているような気が」

その音は間違いなく自分の方に向かってきている。

九朗は嫌な予感がして音がする背後を振り返った。

あるのは、開発によって建造されている高層ビル。

ドガガガガガガッ

だが、それからいきなりドリルが生えた。

しかも馬鹿でかいドリルだ。

次の瞬間、轟音を発しながらビルが崩れる。

そして現われたのは・・・・・・・荒唐無稽のドラム缶だった。

「ドォォォォクタァァァァァァァァ・ウエェェェスト!!」

そのドラム缶から、さきほどまで自分を追いかけていた変態の声が聞こえてきた。

ついでに、はた迷惑な高音でかき鳴らされるギターの音も聞こえる。

「・・・・・は?」

八十メートルの巨体が今、九朗の目の前にある。

しかもそれから発されているのは変態の声。

いくら三流の探偵である九朗でも現状を簡単に理解できた。

「ちょっとまてい!!」

「はっはっはっは。 大十字九朗!! 我輩の発明『魔力センサー3号君』からは逃れられないのである。 おとなしくお縄を頂戴することを我輩、お勧めするぞ。 さもなくば我輩の作り上げたハイーパーウェスト無敵破壊ロボ13.5号が貴様をプレス機の如く踏み潰すのである!!」

(センサーは3号君だったか?)

妙に名前が変わっていることが気になったが、九朗は魔道書を本気で捨てようかとも考えていた。

ようはこの本がそのセンサーとやらに反応しているわけで、それさえ捨てれば自分が追われることはなくなるのだ。

これ以上不幸な目に合わされるより、そちらのほうがいいように九朗は感じた。

「さあ、おとなしく魔道書を渡すのである。 我輩の科学のため、科学が魔術を越えるそのために!!」

(科学が・・・魔術を越える?)

それは九朗には意味がよく分からない言葉だった。

もはや魔術がほとんど廃れている現在、科学が魔術に負けているとは思えない。

いや、現実的に存在していないとされているのだから勝負にすらなってはいないではないか。

なのにこの男はなぜ科学が魔術を越えるためにと言っているのか。

勝利を確信したウェストの声が辺りに響く。

「さあさあ、我輩の目が黒い内に渡すのであ・・・・・・ぬおう!!」

バシューーッ

ウェストの言葉は最後まで続かなかった。
 
例によって現われたドラム缶を退治するために白い天使が光臨したからだ。

発射されたビームがドラム缶の装甲を揺るがす。

「君、早く逃げたほうがいい。 ここは危険だ」

白の天使は九朗に忠告すると巨体に向かっていく。

九朗は言われるまでもなく、すでに逃げ出していた。

だが一言、

「サンキュー!! 天使のヒーローさん!!」

お礼を言って開発区画をひた走る。

「おのれぇぇぇぇぇメタトロン。二度ならず三度までも我輩の邪魔を!!」

怒りに燃えるウエスト、しかし白い天使は聞きもしない。

顕現させたビームセイバーを構え、必殺の刃を叩き込もうと迫っていた。

「くらえ、断罪の・・・」

「あ・・そ、それはちょっとタイムである!!」

二度自らの破壊ロボを葬ってきた凶悪な必殺技に、露骨に脅えを見せるウェスト。

まだ、通常兵器を越えた魔道兵器への防御策は施されていない。

そのためにまず魔術を知ろうと、魔力を多く内包している魔道書を探していたのだ。

魔道書が手に入っていない今ではそれは仕方のないことだが。

ドゴォン!!

打撃音が木霊する。

一度撤退しようと緊急脱出用の次元跳躍装置を作動させようとしたウエストは、しかしそれをやめた。

なぜなら、自分の破壊ロボを壊そうとしている存在がいきなり周囲のビルに突っ込んだからだ。

「・・・ドクター・ウエスト。 こいつの相手は俺がしてやる。 あんたはさっさと目的を果たすんだな」

声をかけてきたのは、黒い装甲に身を包んだ天使だった。

まるで白い天使であるメタトロンと対照的な、例えるなら堕天使のような天使だ。

その天使が、あるビルの方を向いて武道の構えを取る。

ビルの方には、堕天使の一撃によってビルの中に突っ込んだ白き天使がいた。

「ぬぬううううサンダルフォン!! 我輩の邪魔は」

「上の命令だ。 それに・・・・・俺はあいつに用がある。」

サンダルフォンと呼ばれた天使はそっけなく答えると翼からフレアを発しながら、空を飛翔してメタトロンの方に向かっていった。

「・・・・まあ良いのである。 我輩は我輩の目的を果たすだけである」

激突する二人の天使の戦いを確認したウエストは、再び魔力センサー一号君を起動し、目的の物の場所をトレースしながら破壊ロボを操縦した。

「ふふふふ、さあ・・・・魔道書をよこすのである大十字九朗!!」








<ルドベキア本社地下50階>

そこは、一企業が持っているにしては余りにも場違いなものだった。

広大な面積を有するそこは、まるで戦艦のブリッジのように数々の人間が配置についている。

様々なモニター、様々な機械たちが場所を埋め尽くしユートピアコロニーのあらゆる場所の情報が逐一解析可能になっているのだ。

ウィィィィィンガシャン!!

上から降りてくるようにしてその場に現われた椅子が、ようやく降下を止めた。

それに座っていた司令服を着た少女は周囲を見渡して、皆が配置についていることを確認しつつ尋ねた。

「状況は?」

「はい、現在敵機動兵器は進路をコロニー南部に向けて進行中です。 メタトロン様が確認されていますが、現在は別の敵の相手に手間取っています」

執事が答える。

「別の敵・・・というと?」

「コレです。」

オペレーターがモニターに、凄まじい戦いを繰り広げる二人の天使を映し出す。

空を高速で飛翔しながらも、互いに相手に刃と拳を叩き付け合うその姿はまるで天使と悪魔の戦いだ。

「同じような方がいたんですね。 しかし・・・これではアレが止められません。 由々しき事態です」

少女は考える素振りを見せながら、手を考える。

一つだけ、少女には対抗する術が浮かんだ。

が、正直それはあまり使いたくない。

できれば祖母が認め選んだ人に乗ってもらいたいからだ。

誰が乗るのかは知らないが、その者だけがアレを完全に起動させる資格を持っているのだから。

だが、今こうしている間にもあのロボットは次々と町を破壊していく。

軍の部隊が出撃してはいるが足止めにもなっていないのが現状だ。

(今できること・・・・・やはり、やるしかありませんか)

少女は決意を固めるとおもむろに席を立った。

「私がアレで出ます。 すぐに準備をしてください」 

「お嬢様? いくらなんでもそれは・・・お嬢様にもしものことがあれば」

「大丈夫です。 お婆様から訓練は受けてますから。 本来のパイロットのようには行きませんが4、5分は動けます。 アレならそれだけあれば十分ですよ」

「しかし!!」

「かまいません。例え短い間でもお婆様の作ったアレが負ける道理はない。現状ではこれ以外にはもう我々には打つ手はありませんしね。 そうでしょう?」

「・・・・分かりました。 無理はなさらないでくださいお嬢様」

こうなってはてこでも動かないということを知っている執事は、渋々従う。

「大丈夫ですよ。あ、それと・・・・今の私はお嬢様ではなく司令と呼んでくださいね。 ということで司令命令です。 終わった後に紅茶が呑みたいです。準備をよろしく頼みますよプロスペクター」

「かしこまりました」

執事に冗談を言いながらも、少女はアレの場所に急いだ。
 
ここからすぐ近くにある格納庫。

そこに眠る剣を起こすために。

「・・・・・・なんとかなりますよね。 お婆様」













空、普通の人には決して生身では届かないその領域で二人の天使が舞っていた。

一人は二本のビームセイバーを用いた剣の舞を。

二人目は己の拳でもって舞う武の舞を。

背面から発する翼のフレアの輝きがそれを彩り、街を照らす。

シュオン!!    

             ビシュ!!             
                               ギュワン!!

   バシューー!!

白い天使が繰り出すビームセイバーが、光の軌跡を描いて振り下ろされる。

対する黒の天使は己の気を纏わせた暗黒の拳で持ってそれを迎え撃つ。

ドラム缶型の機動兵器、通称破壊ロボの装甲すらも切り裂く斬撃を、しかし黒の天使は容易く受け止める。

収束された魔力を刃状にしているセイバーに、同じく魔力を収束している拳で対抗しているためだ。

「ふ・・・・・まさか、君がメタトロン(天使)の名で呼ばれているなんてね。 昔の名前は捨てたのかい?」

「!? ・・・・まさか貴方は!!」

その瞬間、メタトロンに隙ができた。

その隙をついて黒の天使サンダルフォンは至近距離で蹴りを繰り出す。

ドガァァァ!!

白の装甲に突き刺さるような蹴りによってメタトロンが吹き飛ばされる。

「ふん・・・まだ僕の名前を思い出せない? それともやっぱり僕のことなんか忘れたのかな?」

そのサンダルフォンの声にはどこか寂しさの色が見えた。

が、それも一瞬。

空中で左手を上に、右手を下にして構える。

「まあいい。 忘れたのなら思い出させてやるだけだ。 なあメタトロン!!」

蹴りの衝撃から立ち直ったメタトロンに向けて、拳を振りぬく。

その瞬間に、サンダルフォンが振りぬいた右腕から拳大の大きさの魔力弾が発射される。

「忘れたわけじゃない!!」

メタトロンは瞬時に左腕をメタモルフォーゼさせ、ビームを放つ。

空中で激突したビームと魔力弾が衝撃波を発しながら炸裂する。

「ふん・・・・・なら自分の罪も思い出しただろう? 俺は君を倒す。 恨まないでくれよ」

「・・・・・・私は・・・・あなたと戦いたくない。 あなたは・・・・友達だから。」

「友達・・・か。 はは、君の言う友達ってのは背後から撃つような奴なのか? あいにくと僕にはそんな友達はいない!! 二度とそんな言葉を口にするな!!」

激昂するサンダルフォンは、加速しつつ拳を叩きつけた。

音速で迫る拳が、次々とメタトロンに迫る。

メタトロンはそれらをギリギリビームセイバーで裁いていく。

「僕は・・・・・・俺は君を倒す!! 倒すためにこんな体になってまで帰ってきた!! 絶対に僕は君を許しはしない!! メタトロンにサンダルフォンの雷を落とすまでな!!」

ドオン!!

どんどん上がっていくサンダルフォンのペース。

それに対抗すべくメタトロンの剣閃もまた速度を上げる。

凄まじく高速の領域に二人はいた。

残像が残像とぶつかり、その残像が消える頃には二人はすでに別の空の上を疾駆している。

「サンダルフォン・・・・死人は生き返るべきじゃなかった。 だから・・・私が今一度!!」

「君にそれができるか!!」

「私がやらないといけない。 それができるのは私だけだから!!」

両者が同時に距離を開ける。

必殺の一撃を相手に浴びせるために。

白い天使はビームセイバーをクロスさせて構え、黒の天使は武の型を取る。

静寂。

だが、それも相手に最大級の一撃を繰り出すための間。

そして、二人が同時に動き出した。

「断罪のぉぉぉぉ!!!」

「秘奥ぉぉぉぉぉぉ!!!!」

叫びが轟く。

だが、二人は一撃を加える前にまたも同時に後退した。

空にいる二人の間に、地面から突如として壁が迫ったのだ。

いや、それは壁ではなかった。

よく見ればとても大きな機動兵器だと分かる。

「なんだこれは!! ・・・まさかこれが噂の!!」

「ルドベキアの剣!?」

二人は分断されるようにしてその機動兵器から距離を取ると、安全区域まで後退した。

その機動兵器は射出後すぐに、ドラム缶の方へと向かって飛んだ。

大型の翼をはためかせながら。












「わ、我輩の知らないロボットだと!!」

眼前に見える機動兵器のパイロットらしき者の声が聞こえる。

だが、少女には聞こえてはいなかった。

今、少女は自らの能力をフルに活用して情報を処理しつつ大型の機動兵器を動かしている。

大きさはドラム缶程もない50メートル程だが、こちらのほうが明らかに洗練されていて優雅であり、そして力強かった。

大型可変翼のウイングシールドと脚部シールドを装備したその機動兵器の姿は、まるで穢れていない白で塗られた善神。

機械仕掛けの神のようだった。

それが、翼をはためかせつつドラム缶に強襲した。

ドガァァァァァン!!

馬鹿でかい質量の物体が、同じくとんでもなく大きな質量を蹴り飛ばすそれは凄まじい振動を生み出した。

揺れる大地。

着地時に地面のアスファルトが砕け、コンクリートが巻き上がる。

「はあ・・・はあ・・・・・後・・4分」

ドラム缶が地面に転がっている間に、少女は決着をつけることにした。

体にかかる負担が、恐ろく大きな今の状態では、とてもじゃないが長期戦など不可能だ。

無理やり強引に起動させているのだから仕方がないが。

「通常兵装・・・・・・・ディストーションレールガン4門・・・掃射!!」

背面の翼から肩部に二本の砲身が伸び、両腰の辺りからも二本の砲身が伸びる。

そして、次の瞬間に轟音と共に発射された。

唸りを上げながら疾駆する圧縮したディストーションフィールド製の弾丸。

凶悪なまでの威力を誇るそれは、敵のディストーションフィールドを貫き、強固な装甲にヒビを入れる。

「ぬ、ぬわぁぁぁんとお!!!! 破壊ロボのフィールドを一撃で!?」

驚愕しながらも、ウェストは必死に機体を起き上がらせていく。

ドリルを支えに、複数の足がその巨体を驚異的なスピードで持ち上げる。

「エネルギー再装填開始。」 

(現状では第2射まで間に合わない・・・・・・・なら接近戦ですか)

すばやく、近接兵装の準備をしながら砲身をしまう。

(使用できるのは・・・・安全装置でロックされていない第二近接兵装だけ)

「・・・・一撃で決めます」

残り3分。

「ぬぉぉぉぉぉ、好きにやらせんのである!! くらぇぇぇぇぇぇ!!」

起き上がった破壊ロボが次々と砲撃を開始する。

機銃が、ミサイルが次々と迫ってくる。

「ウィングシールド・・展開」

だが、それらは機動兵器の翼に防がれた。

大仰な背中の可変翼はただの推進装置ではない。

空へと巨人を導く翼であり、盾でもあるのだ。

「しからば・・・これは!!」

破壊ロボの胸部がパックリと開き、重力波(グラビティブラスト)が発射される。

「・・・・オートディストーションフィールド」

展開された対光学、重力波兵器のフィールドがグラビティブラストを防ぐ。

安全装置が施されている今でも、この機動兵器の防御は厚い。

それは、おそらく目の前のドラム缶よりもだ。

砲撃の中を歩く。

ひたすらに撃ち続けてくる敵のせいで視界が悪いが、少女は真っ直ぐに歩いた。

残り二分。

(そろそろきついですね。 早く・・・決めないと)

もう、第二兵装を使う距離まで来ている。

眼前には自分を阻む壁としてあるドラム缶が一体。

「行きます。 ・・・断鎖術式一号ティマイオス!! 二号クリティアス!! 開放!!」

瞬間、爆発的な加速で機動兵器が大地を走った。

脚部シールドに溜め込まれたディストーションエネルギーが次々と推進力に変換されていく。

ズガァン!! ドガァァン!!

大地を揺るがす振動。

しっかりと大地を踏みしめながら巨人がドラム缶に迫る。

「く・・やらせんのである!!」

ドラム缶が砲撃は効果が薄いと判断し、ドリルを向ける。

キュイィィィィィン!!

高回転のドリルが巨人に迫る。

少女は右側に回避。

周り込むようにしてかわしつつ必殺の間合いに向う。

(コレで・・・終わらせる!!)

この距離ではおそらく外さないだろう。

そう、本当にその距離は絶対に外さないであろう距離だった。しかし・・・・。

ズガァァン!!

しかし、少女は一つ破壊ロボの武装を失念していた。

破壊ロボの機銃やら大砲は、何も前方だけに発射されるものではない。

ドラム缶型のそいつは、全周囲に射程範囲を持っているのだから。

たった一度の砲撃によってバランスを崩した巨人は、滑るようにして地面に倒れる。

高速機動での回避、そして間合いを目指したときの急な旋回中に喰らった砲撃によって少女がイメージングを崩したのだ。

IFSによるイメージ・フィードバックを利用しているのだが、この少女は起動中の巨人を操ったのが初めてだった。

その経験の無さが災いしたのだ。

衝撃にさえ備えていれば、別にその巨人にとってその程度の攻撃など効きもしないはずなのだから。

「・・・・く、姿勢制御」

急ぎ機体を起き上がらせる。

頭を圧迫するような情報の嵐に耐えながら、少女は機体を動かす。

だが、眼前には破壊ロボのドリルが迫っていた。

ドガァァン!!

衝撃はダイレクトにコックピットに響く。

オート展開されたディストーションフィールドがある程度攻撃の威力を落としたとはいえ、実体を持つ攻撃によって突破された衝撃が機体内に浸透してくる。

「きゃあっ!!」

吹き飛ばされるようにして巨人がうつ伏せに倒れた。

「ぬあっはっはっは!! フィールドが破られたときにはどうしようかと思ったであるが、ここからがまさに逆転に告ぐ逆転!! 怒涛の反撃タイムである!! 喰らえ!! 名も無きロボットよ!!」

ドリルが次々と倒れ込んだ巨人を襲う。

二度、三度・・・・・。

容赦の無い一撃は着実に強健な巨人の装甲を削っていく。

背面のウィングシールドが悲鳴を上げるような甲高い音を発している。

あまり長くは持たないだろう。

(あと・・・三十秒!? まずい・・・・・・)

急いで勝負をつけなければ自分とこの巨人は成す術もなくなる。

そうなれば、完全にこれが破壊されてしまう。

少女は必死に機体を起き上がらせようともがいた。

だが、焦れば焦るほどうまくいかず、情報の波によって散漫になっている集中力がどんどんと途切れていく。

やがて、少女の時間は終わった。

ガクン!!

ウィングシールドの動きが止まり、機体のセンサーアイの光が消える。

(そんな・・・・・・・・お婆様。 ごめん・・・・なさい・・・・)

極度の消耗と、次々と襲い掛かってくる衝撃が、少女の意識を飛ばした。














「ぬあっはっはっは!! やはり我輩のロボットが最強なのである!! 」

いきなり現われた巨人は、初めは押していたがドリルに手こずって動きを止めた。

その動きは、まるで初心者が乗っているみたいだと思わせるほどにつたないものだと九朗は思った。

ロボットが来るまで追い回されていた九朗は、助かるチャンスだと思っていただけに新たに現われた巨人の敗北は歓迎できるものではない。

(く・・・また、あいつが追ってくるじゃねぇか。 ヒーローは向こうで悪役と戦ってるし・・・・・どうしようもないのか?)

「くらえくらえくらえ!!」

次々と嬲るように発射される砲撃と、ドリルによる一撃が次々と巨人の巨体を攻め立てる。

そして、ついに背面の翼が破壊された。

折れ、地面に落ちる翼の破片。

それが、九朗の目の前の地面に突き刺さった。

衝撃!!

もう片翼も折られた。

もうあの巨人には自らを護るような術はない。

力を失い、翼を奪われ、巨人は蹂躙されていく。

その光景を見た瞬間、九朗の中で何かが弾けた。

ドクン!!

ドクン!! ドクン!!

(奪われる? もしかして俺もあいつらに捕まったらあんな風に?)

この前の女に自分が捕まったとしたら?

今あの変態に自分が捕まったとしたら?

俺も・・・・奪われるのか?

飛ぶこともできないように翼を奪われ。

自由を奪われ・・・・・。

最後には命も?

九朗には巨人が泣いているように見えた。

必死に何かを訴えているように見える。

泣いている巨人が、誰かが、自分を呼んでいるように思えた。

だからこそ、途方も無いほどの怒りをあのドラム缶に感じた。

それは、何でないほどに簡単な純粋な怒り。

九朗にとっては凄まじいほどに許せないことだった。

だからこそ・・・・、

「ざけんな・・・・・」

初めは呟くような囁き声で。

「ふざけんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!」

二度目は天にも届くような大声で吼えた!!

瞬間、九朗のブックホルダーから本がバラける。

それは空中で分解し、ページに分かれながら九朗の体に吸い込まれていった。

これは、一種の怪異だった。

現実には起こり得るはずのないことが今、九朗の身に起こっている。

髪の毛が伸び、金髪に染まる。

服の上に黒いボディスーツ現われ、黒いマントのような翼を纏う。

それは、まさに魔の装束を身に着けたものの姿。

魔術師(マギウス)の姿だった。

カチャリ!!

その時、彼にかけられた鍵の一つが外れた。

(体を駆け巡る力の胎動を感じる。 魔術の術式が俺の中に広がっていくのを感じる。 妙に体が熱いのに、頭だけは妙に冷静だ。 なんだ・・・そうか。 俺にも・・・俺にもこの本が使えるのかよ!!)

今まで散々に読んできたが、決して力を使うような領域に立っていなかった男のそれは、覚醒に近い何かだった。

九朗の両手に刻まれた魔術文字が光る。

そしてそれに呼応するように両腕を水平に持ち上げた九朗は、空中であの怪異なる空間の中で得た何かを掴み取った。

それは圧倒的な力を内包した魔銃だ。

右手には黒と紅の装飾が施された自動式拳銃を、左手には銀色に光る回転式拳銃をそれぞれ握っている。

そんな九朗の傍にいつの間にか二人の人影があった。

一人は、自動式拳銃を持つ右手に手を添える燃えるように赤い髪をした女性の姿。

もう一人は回転式拳銃を持つ左手に手を添えるクールビューティーを体現している女性。

あの女から自分を助けてくれた怪異の二人だ。

「クトゥグア!! イタクァ!! 力を借りるぜ!!」

引き金を引く。

その瞬間二人の女性が吸い込まれるように消え、魔銃にその力を宿した。

ドドン!!

銃声は二発。

回転式拳銃(イタクァ)の弾丸が巨大ロボの二つあるドリルの内一つの関節を凍らせ、自動式拳銃(クトゥグア)の弾丸が巨体を吹き飛ばす。

「な!? なんですとおぉぉぉぉ?」

ウェストにはおそらく何が起きたのかよく分からなかっただろう。

もう、荒唐無稽のレベルを九朗の方が上回ってしまったのだから。

「マギウスウィング!!」

マントが浮力を得、九朗の体を飛翔させる。

大きく広がったそれは、まるで蝙蝠の羽のようだった。

九朗は勢いよく飛行すると、地に伏した巨人に向かう。

ボロボロにされ、翼を失ってもなお巨人にはまだ立ち上がる力が残っているはずだった。

(そうだ・・・こいつはまだやれる。 まだ・・・終わってなんかいない。 俺がお前の鍵を外してやる!!)

手に持った二丁の拳銃を巨人に向ける。

そして、コックピットがあるだろう位置に向かってぶっ放した。

強引にコックピットハッチに人が通れるほどの穴を開け、中に飛び込む。

「!?」

驚きは一瞬。

なぜならコックピットの後部、サブシートに座って気絶している銀髪の少女の姿を見たからだ。

何故君がこいつに?

そう思いつつも、九朗は急いで前方にあるメインシートに滑り込むようにして座った。

妙な計器類があるが、その中で一つ、本を大量に置いている場所を発見。

様々な本がある。

それはすべて、九朗の持っている本と同類の魔道書だった。

だが、これらの力は生憎と弱い。

どうやら、強引にこれらを使ってこの機体を動かしていたようだ。

魔道書は高位になればなるほど演算能力が増す。

そして、最高位クラスの魔道書になれば神を呼ぶことができ、それを操れるだけの演算能力を持っている。

おそらく、少女はこれらを合わせて一つの魔道書と判断させ、強引に戦闘を行っていたのだ。

足りない部分の演算は自らのIFSでの演算で補って。

「あいつの相手は俺がしてやるよ。 だから・・・安心して寝てな」

魔道書の山を払いのけ、九朗は自分の本をそこに乗せる。

すると、先ほどまで死んでいた機械に火が入った。

駆動音が響きだし、莫大な出力を得るための魔力機関が目覚めていく。

「・・・・操作方法はIFSか」

火星育ちの九朗がこれを持ってないはずは無い。

どうやら動かすのに問題はなさそうだった。

『魔道書ネクロノミコン確認・・・魔力兵器の安全装置を解除します』

空中に浮かび上がったウィンドウ。

それらが次々と機体の情報を伝えていく。

『おめでとう明人。 この剣は君の物だよ。 好きにしていいからがんばってね』

声が聞こえた。

どうやら安全装置のロックが解除されれば流される仕組みだったようだ。

『機体名はアイリス・ブレイド。  三流監督のシナリオに負けないようにこれからもがんばるんだよ。 この剣は君の思いに答えるためにあるからね』

声はそれだけしか記録されていないようだった。

(・・・もしかして俺がこれに乗るのは決められたことだったのか? それに・・・・これが剣なのか?)

これを託そうとしている誰か。

それの意思が自分を今この場所に立たせているようだった。

真意は分からない。

だが・・・・九朗がやることは決まっていた。

これが剣ならば、戦うためにあるのなら今は戦う。

ただ、それだけのことなのだから。

まだ、湧き上がっている衝動は収まっていない。

衝動を叩きつける相手は今もこの機体の近くにいる。

だから、九朗はその手に剣を執った。

ただただ純粋な思いによって磨かれた剣を。


(どうでもいい。 分からないんならほっとけばいいさ。 どうせそのうち分かる!!)

「今は・・・あいつの相手が先だ」

ひどく、自分を不快にさせる相手が目の前にいる。

奪う、汚す、破壊するための兵器が。

馬鹿げた大きさのドラム缶が!!

「行くぞ、アイリス・ブレイド!! お前の力を見せてやれ!!」

九朗の右腕の甲にタトゥーが煌く。

IFSが起動され、次々と九朗の意思を機体に伝えると共に、魔術師としての術式がダイレクトに九朗から機体に、機体から九朗に伝達される。

安全装置によってロックされていた魔力兵器を目覚めさせる術式が今、機体中に循環していく。

モニターに、周囲の映像が表示される。

ドリルを二つ構え、起き上がって注意深くこちらの様子を探っている破壊ロボがそこに映っていた。

モニターの映像が動く。

九朗がその巨体に自らの意思を乗せ、操縦を始めたからだ。

翼を失ってもなお立ち上がる巨人は、今このとき初めて目覚めた。

「行くぜぇぇぇぇ!!」

「そ、その声は大十字九朗? なぜ貴様がそれに!!」

目の前のドラム缶に殴りかかるようにして突っ込む。

機体の右腕の拳がディストーションフィールドで覆われる。

それが威力を増した一撃となってドラム缶の腹部を下からアッパーカット気味に放たれた。

ズガァァァン!!

その一撃でドラム缶の巨体が浮いた。

陥没する装甲。

だが、その程度では破壊ロボはやられはしない。

分厚い装甲は本当に性質が悪い。

「喰らうのである!!」

衝撃から辛くも立ち直った破壊ロボが、二本のドリルでもってアイリス・ブレイドを襲う。

「断鎖術式一号ティマイオス、二号クリティアス開放!!」

跳躍!!

脚部シールドのエネルギーを開放し、瞬時に飛びあがる。

瞬間的に開放されるディストーションのエネルギーによって加速し、高速で移動したのだ。

その下を、破壊ロボのドリルが通過する。

「な、なんですとぉぉぉぉぉ!!」

空中でさらに脚部シールドの力を解放。

宙返りするような感じで一回転し、その勢いに乗せて必殺のごとき飛び蹴り放つ。

「アトランティス・ストライクゥゥゥゥ!!」

脚部シールドから開放されたエネルギーがその猛威を振るう。

直接対象に破壊エネルギーを開放するこの兵器が破壊ロボに叩きつけられる。


くらう直前ギリギリでドリルの両腕掲げ、それをガードする破壊ロボ。

ドバァァァァァン!!!!

アイリス・ブレイドを散々苦しめていたドリルが、今この瞬間に跡形も無く吹き飛ばされた。

「な・・・・・なんなのであるかそのロボットはぁぁ!!」

「そんなの俺が知ってるわけ無いだろ?」

着地後、棒立ちのドラム缶を蹴り飛ばす。

腕を失い、足だけになった破壊ロボが地面に転がる。

(アトランティス・ストライクで止めを刺すか? いや・・・もう一つあるを第一近接兵装ってのを使ってみるか)

IFSからの情報で知っているに過ぎないが、今の九朗にはそれだけで十分だった。

頭をめぐる魔術の術式に意思を乗せ、機体中に疾走させる。

術式がプログラムと化していた魔術兵装を九朗の頭に刻み込む。

その瞬間、九朗は刻まれた呪文を唱えつつ魔力を編み出した。

紡がれた魔力が必滅の技を作動させる。

「消滅は必然!! なればこそ我は汝らに無の理を解く!!」

凄まじいほどの魔力がコックピットで荒れ狂うが、九朗は冷静にそれを操って対処していく。

それに応えるかのごとく、アイリス・ブレイドの魔術機関がさらにエネルギーを搾り出していった。

「消え果て、失い、無に還れぇぇぇぇぇぇ!!!!」

左手に集まる途方も無いほどのエネルギー。

それに続いて、アイリス・ブレイドの背面に魔法陣が描かれていく。

五芒星の魔法陣であるそれは、魔を払い邪悪を退ける確かな印。

左手を掲げ、九朗は機体を疾駆させた。

背面のブースターがフレアの軌跡を残しつつ、大質量の機体を前へと押し出す。

ようやく体勢を整えた破壊ロボに、エネルギーの収束した左手が接触する!!

「な・・・なんであるかそれは!!」

「アトロポス・インパクトォォォォォ!!!!!!!」

開放された力が、馬鹿でかい破壊ロボを覆っていく。

それらが光輝く結界となって周囲に広がった。

ユートピアコロニーに今、閃光の花が咲いている。

色は青白い・・・どこか残酷なまでの優しさを持つ光の花。

だが、それも一瞬の出来事。

「ぬああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

ウエストの断末魔の言葉さえも飲み込んで、それはついに終焉を迎える。

「消去(デリート)!!」

閃光が魔術文字と共に爆縮していく。

魔術によって存在のあり方を暴かれた破壊ロボは、自らを構成する全てをこの世界から消されていった。

塵一つも残さずに。

後に残ったのはそれを放った機体と、円状に穴が穿たれたクレーターのみ。

宣言どおり世界というデータの中から対象空間と物体がデリートされたのだ。

「・・・・・終わったか」

コックピットのシートにもたれつつ、九朗は息をついた。

敵を倒したことで衝動は収まった。

・・・・ふと九朗は思う。

いつの間にか不可思議な状況の中でいる自分や、世界に違和感を持たなくなってきていると。

(それにいつの間に俺は魔術師になってたんだ? この本の元になった本は確かに強力だって聞いてるけど、写本にすぎないこいつになぜそこまでの力があるんだ?)

アイリス・ブレイドの魔力兵器の安全装置のロックを解除する鍵にして、九朗の親の形見である魔道書。

17世紀に再編されたラテン語版ネクロノミコン。

オリジナルである死霊秘法(ネクロノミコン)魔物の咆哮(アル・アジフ)は最強の魔道書だと言われているが、その写本に過ぎないこの本がなぜこんなにも強力なのか?

謎はまだまだ深まっていく。

「あ、そういえば!!」

九朗は急いで後ろのサブシートで気絶しているであろう少女に駆け寄った。

特に気絶している以外は何も怪我とかをしていないようだ。

九朗はその姿に安堵する。

「ふう・・・にしてもこれからどうすっかな。」

モニターで外を見れば野次馬や警察やらが集まってきているようだった。

今、機体の外に出ればどんなことになるか。

九朗はこれからのことを考えて途方にくれた。

「それに・・・・腹減ったぁぁぁぁ」

グルルルルルルルゥゥゥゥゥゥ!!!!

腹の虫は着実にその音量を増していた。













「何という威力だ!! アレではまるでデウス・マキナ(鬼械神)じゃないか!!」

「アレが・・・・ルドベキアの切り札・・・これほどの力がないと戦えないというのか?」

二人の天使は最後のアイリス・ブレイドの一撃に恐怖を感じた。

完全消滅、完全消去。

その無慈悲な一撃は全てを無に帰す。

喰らえばひとたまりもない。

「・・・今日のところは様子見として引いてやる」

「逃がすと思っているのか?」

「ふん・・・なら追って来い。 組織を挙げて歓迎してやる」

そういうとサンダルフォンはこの場から離れていった。

「・・・・」

メタトロンはその黒い天使を無言で見送った。

言いようの無い感情を装甲の中に隠したまま。












「ふーん、アレが彼女が用意した剣か。 できるだけ近づけたつもりなのかな? 昇華ではなく消滅。それが君の答えかい? ・・・・それにしても大分役者が出揃ってきたね。 まだまだ足りないけど」

屋台にある小型のテレビを見ながら呟く。

そう呟いた彼女の前に、一杯のラーメンが置かれた。

「へいお待ち!!」

置かれたのはこの店主自慢の特製ラーメンだった。

「へぇぇぇぇ、なかなか美味しそうじゃないか。 さすが店を出すだけあるね」

「店って言っても屋台ですけどね」

「ははは、十分店だと思うよ僕は」

割り箸を取り、早速彼女はラーメンを頂きはじめた。

ズルズルズル

「うん・・・いい味だ。 さすがに1000回も繰り返していると違うね」

「ん? 1000回ってなんですか?」

「ああ、こっちの話さ。 ・・・・そうだ。ちょっとこの本見てみないかい?」

「何かの勧誘ですか?」

「ははは、違う違う。 多分君の兄の落し物なんじゃないかと思ってね」

「アレ? 兄貴の知り合いですか?」

「知り合いといえば知り合いだね。 まあ、残念ながら僕の方は嫌われてるみたいだけどね」

「そうですか? まあ・・・確かに兄貴は妙な本を一冊持ってましたけど・・・それかな?」

「はい、とりあえず聞いておいてくれない?」

女性は店主に本を差し出す。

妙に古びたそれは、題名がよく見えない。

かなりの年代物のようだった。

店主はそれを手にとって見る。

だが、自分の知っている限りその本は兄のものではないと判断した。

「うーん、これたぶん別の人のですよ。兄貴はそんな本は一冊しか持ってな・・・・ぐぅ!!」

「だろうね。 コレは君の本だからね」

店主が胸を押さえながら息苦しさに耐える。

必死に何かを否定し、思い出したくない何かを忘れようとする。

それは、悲しみ、絶望、孤独、恨み、ありとあらゆる負の感情を呼び起こす何かだった。

苦しむ店主をよそに、女性は箸を進める。

「うんうん、やっぱり君のラーメンが一番美味しいね。 ここまでたどり着くまでの年季の差って奴かな。 ああ・・・・・今のその苦しむ表情もいい味付けになってるよ?」

女性がスープまで飲み終えたころ、ようやく店主の発作がおさまった。

「じゃあね。 多分今度こそ最後だと思うから安心してくれていいよ?」

「レメ・・・やれ」

「はい、我が王」

ズバァァン!!

帰ろうと踵を返そうとしたそのとき、女の首が凄まじい速度の斬撃によって切り飛ばされた。

「もう・・・いきなりはひどいじゃないかソロモンの王? せっかちは女性に嫌われる元だよ?」

「煩い、用が無いんならさっさと消えろ」

「はあ・・・冷たいなあ。 冷たいなぁ。僕はこんなにも君達を愛しているのになぜいつも嫌われるんだろうねぇ?」

首の無い体が首を拾い上げ、切断された首を元の場所に戻す。

すると、おかしなことにその首が繋がった。

「化け物が。 貴様なんぞ誰も好きにはならん」

「うーん、酷いねぇ君は。 君もそう思わないかい? レメゲトン」

体に不釣合いな程の大きさの騎士剣を構えている少女に女性が尋ねる。

「王が貴方を嫌っているから、私も貴方が嫌い」

「・・・・はあ。 君のそういうところってほんと誰かに似てるよ」

「だから何?」

「どうでもいいがさっさと消えろ。 目障りだ」

「はいはい分かったよ。 でもね、多分これで最後というのは本当さ。 君の相手はこの世界でもって完成する予定だからさ。 完成した君の相手にまさに相応しい相手だよ」

「ふん・・・・貴様の予定なら尚更信用できんな」

「ははは、じゃあね二人とも。 また分岐点で会おうじゃない」

そういうと女性は闇の中へと消えた。

「ちっ、何が分岐点だ。 それすらも自分で操作している奴が・・・・」

「・・・・王」

「レメ、心配しなくても別にいつもどおりさ。 きっと今回もな」

王と呼ばれた男は、自分を心配している少女の頭を撫でながら空を見上げた。

そこにあるのは、いつもと変わらない火星の空。

彼にとって忌まわしいほどに何も変わらない空だった。

「・・・・君も囚われいるのか? この馬鹿げた世界に・・・・ちゃん」

「王?」

「いや・・・・なんでもない。 それよりレメ、もう戻れ。 まだシナリオは動いていないはずだ。始まるまでは、俺に夢を見させてくれ」

「御意に・・・・我が王」

少女の体が次々とバラけ、本のページとなって静かに王たる男の元に集う。

やがて、それは一冊の古ぼけた本に戻った。

「本当に・・・・いつまで続くんだこの世界は」

その一言を発したときの男の表情は、手に持っていた魔道書にとって、見たくも無いほどに暗いものだった。

自分の力では開放できないという無力感を、絶対に感じてしまうものだったから。

火星の空に、今はまだ何も変化は無い。









あとがき

第2話の修正版をお届けしました谷島・之斗(タニシマ・ユキト)です。

例によって代理人さんのありがたいお言葉を得ての修正です。

誤字に気をつけてはいましたが、今度は文章の表現へのご指摘。

・・・・ああ!! 私の国語力の低さがネットにて暴露されてしまった!! (激しく赤面!!

嘆いてももう遅いですね。

・・・・これからもっともっと気をつけねば。


あ、それとまだ門を越えし者の欠点(ナデシコの誰に門越えのキャラがあたるのか?)は直せるにいたっていません。

まだまだ読みづらいし、わけが分からない!! と言う人、こんな二次小説は駄目だ!! と思う人ももいると思いますが、長い目で付き合っていただければ幸いです。

では・・・・・。                                14:03 2004/07/13