多くの書類に囲まれた執務室。

その場所で、一人の男が黙々と仕事をしていた。

男はかなり位の高い人物のようで、その書類は全て重要機密扱いの代物だった。

だから、この場所はかなり厳重な警備によって到来者の管理が厳しく制限されている。

そう、ネズミ一匹も入れないほどに。

だがそんな場所に忽然とスーツ姿の女性が現われた。

まるで初めからその場にいたかのように。

いきなり現われた女に警備は何も反応しなかった。

そもそも、それができるならば神秘や怪異などといったものから人類は無縁の存在になっているだろう。

「・・・・ふむ。 アレが君の言う剣かね?」

急な来訪者に驚きもせずに、男は警戒しながらその女の方に顔を向けた。

「ああそうだよ。 どうだい? まだまだ完全ではないけれど十分な力を持っていると思わないかい?」

質問に答えた女性は面白そうに笑いながら答える。

「ふん・・・・確かに強力なようだ。 だが・・・・どういうことだ? 見たところアレは完全な鬼械神(デウス・マキナ)ではなく単純に魔力機関と魔術兵装を内蔵した機動兵器・・・・不完全な代物だ。 いくら破壊ロボを倒したといってもあの程度では心もとない」

「へえ・・・・さすがはオーバーテクノロジー研究所火星責任者の草壁春樹殿。 一目見ただけで見破るとはさすがだね。 うん・・・そんないい目をしている貴方だからこそアレの秘密を教え、本を渡したんだ。 やはり任せて正解だったよ」

「・・・・」

草壁と呼ばれた男は無言で先を促がす。

彼が聞きたいのはアレが自分の目的に必要な『力』なのかということだ。

だから、いち早く確認しておかなければならなかった。

単なる邪魔者、紛い物なのであればいらないし計画の修正も必要だろう。

熱血と正義を冷静に見極め、理想のために死ねる男である彼にとって、計画は絶対に成功させなければならないものなのだ。

静かに、しかし確実に効果を上げて己が理想をのために行動しなければならない。

でなければその先、人類の未来は取り返しのつかないことになってしまう。

そんなことは彼の正義が許すはずもなかった。

それに、知ってしまったからこそ行動せずにはいられない。

脅威と知ってなお何もせずにいられるような人間ではないのだ、草壁という男は。

「アレは元々完全なモノなんかじゃないさ。 でも・・・・神殺しの剣の模造品だよ。 アレでも計画とやらを満たすことはできると思うけどね?」

「模造品? ならば完全なモノがあるというのか? 」

「まあオリジナルはあるけど、アレも完全なものなんかじゃないんだ。 そもそもアレは永遠に完成はしないしてはならない物なんだ。 不完全であるがゆえに完全を凌駕するもの。あれはそういう物なんだよ」

(もっとも、アレを操る者は少しレベル不足なんだけど・・・・・)

草壁の言葉に内心で付け足しながら女はほくそ笑む。

「・・・・ふむ。 君がそういうのならそうなのだろうな」

女の笑みに怖気を感じながらも、草壁は一つ疑問を持った。

なぜ、わざわざ不完全なアレで良いというのか、ということだ。

完全に計画を進めるならば、より完成度の高い方がいいはずだ。

なのに彼女は中途半端な紛い物で十分だという。

うすうす感じていたとはいえ、どうやら自分は利用されているようだな、と草壁は判断した。

(ふん・・・やはり女狐は女狐であったか)

彼女にあの本を渡され、アレを見せられて組織を作り上げたのは、自分の考えと彼女の望みが一致したからに過ぎない。

だから、草壁はこの女を信じてはいなかった。

互いに利用し、利用される関係。

それを最大限に利用するために信頼を得るような動きを見せていたに過ぎないのだから。

だが、まだそれを言うには早い。

どんなシナリオをこの女が用意しているかは知らないが、自分がやることは決まっている。

要はそれまでの関係なのだ。

自分の計画が成功すれば、彼女のような怪異など、恐れる必要などないのだから。

そのために、どのような汚名を被ろうとも事を成す決意はすでに済ませている。

コンコン

と、不意にノックの音がした。

「草壁閣下、シンジョウです」

「・・・・入りたまえ」

ガチャッ

「失礼します」

シンジョウと名乗ったその男は立派な軍人だった。

木連の軍服を隙なく着こなし、真面目な堅物を思わせる木連特有の軍人だ。

そして、草壁が信用している者の中でも5本の指に入るほどの信頼を受けている部下でもあった。

「おやおや? カリグラ君は何をしにきたのかな?」

「!?」

ニヤニヤと笑いながら女がシンジョウに問う。

彼は信用できないような女がうろうろとしていることを忌々しく思いながら、女を無視して草壁に問いかけた。

「草壁閣下、例のルドベキアの兵器・・・選定を私に任せてもらえませんか?」

「あちゃーー、もしかしてここでも僕は嫌われてる?」

悲しそうな顔をする女。

あえて女を無視するシンジョウに苦笑しながらも、草壁答える。

「ふむ・・・それはかまわないが。 アレの修理には時間がかかるだろう。 完全に修復されていない状態でもいいのならば構わないが・・・いいのか?」

「はっ! ようやく計画に必要だと思われる者が現われたのです。 私に選定役を是非」

「・・・・では任せようか。 本気で相手をしてもらってかまわない。 中途半端なモノは私の計画には必要ないのでな」

「はい。 レベルが達していないと判断した場合、アレは破壊しておきます」

「うむ、くれぐれも気をつけたまえ。 彼女が言うにはアレは十分にその可能性を持っているらしいからな」

ビシッと敬礼を決めるシンジョウに草壁が忠告する。

今まで彼女がそんなことを言ったことがなかったことから、あの機動兵器は確かに気をつけなければいけない程のモノなのだと草壁は考えている。

そもそも、彼女はアレを巻き込むことを前提に話をしていた節すらあった。

(・・・保険があった方がいいかもしれないな)

「シンジョウ君、ついでに南雲大佐にも声をかけておいてくれ」

「それは・・・私を信用して下さってないということですか?」

「いや違う。 どうにも彼女が言うにはアレは当たりのようだ。 ならばそれ相応の対応をこちらもとらねばなるまい?」

「・・・了解しました」

「それと、ついでにアレのパイロットの実力も選定しておいてくれ。 相当な腕をもっていなければならない。 だからどれほどの力を持っているのかを試しておいてくれ。 機動兵器だけが強くても意味がないからな」

「おや? 君達はパイロットの目星はついているのかい?」

「なに、君が教えてくれるのだろう? あの機動兵器が当たりと睨んでいる君だ。 当然知っているのだろう?」

「はあ・・・人を使うのがうまいさね。 いいよ教えてあげる。 パイロットはユートピアコロニーに住む大十字九朗・・・・探偵さ」

「探偵? そんな者が力を持っていると言うのか貴様は?」

興味を覚えたのかシンジョウが始めて彼女に声をかける。

「それは君が確かめる仕事だろう? がんばって自分の目で見極めておくれ」

「む・・・いいだろう」

「それではよろしく頼む。 いい結果を期待しているよシンジョウ君」

「はっ!! 全力で任務にあたります」

今度こそシンジョウは部屋を出た。

バタンッ

再び二人だけになった草壁と女は、これから起こるであろう結果に期待を寄せた。

女は、ただ純粋に結果が楽しみでたまらないというような様子で。

草壁は結果が自分の理想に届くようなモノであることを願って。

ある意味で対極の目的を持つ二人の、それはそれは切実な期待だった。











門を越えし者

第03話



               「軍靴たる選定者」









ルドベキアの剣。

それは火星の発展に大きな貢献を果たした人物が作り上げた物だった。

いくらオーバーテクノロジーが数多く発見され、日の目を見てきたといっても、それは異質であると言わざるをえない。

全長およそ50メートル。

その凄まじい大きさに浮力を与えるさらに大仰な翼。

4門装備されている砲門や脚部シールド。

白い善神のように見えるその巨人は、おそらく二体とこの世にはいまい。

と、格納庫に立っているその巨人の下で、桃色の髪をした老婆がそれを見上げていた。

年齢にしておそらく6、70。

しかしその顔は老いた者の顔というよりも、威厳を持った者の顔だった。

それは当然のことだろう。

彼女こそがこの巨人を作り上げた者、ラピス・ルドベキア。

ルドベキアの社長にして火星の繁栄を築いてきた者であり、様々なオーバーテクノロジーに精通している存在でも在ったからだ。

巨人を見上げるその女性は、ふっと穏やかな笑みを浮かべると後ろを振り向きもせずに呼びかけた。

「ルリ・・・・・近くに見に来ない?」

離れて自分と機体の様子を眺めている少女。

自分の引き取った孫娘に向けての言葉だった。

彼女の声にしたがってルリと呼ばれた少女は、おずおずとその場所に歩いてきた。

祖母がどこに行こうとしているのか気になり、後をつけていたのだ。

いつしか自分が知らないような場所に来てしまったため、来てはいけない場所に来てしまったのではないかと思い、声をかけるタイミングを失っていた。

だから、隠れるようにして様子を伺っていたわけだ。

「アレが気になる?」

呼ばれたので祖母の元に近づいて来たルリは、その問いに正直に答えた。

「はい」

「そう・・・・確かに貴方は気になるかもしれないわね。 アレは決して貴方に無縁のものではなくなるのだから」

「???」

頭上にハテナマークを浮かべるルリ。

あの機械巨人が自分と無縁ではない。

その言葉が妙に彼女の好奇心を刺激した。

「アレはね、きっと貴方にとって必要な剣になる。 だから・・・・気に留めておいて。 あなたの人生にアレは大切な何かをもたらすでしょうから」

複雑な表情を浮かべながら語りかけてくる祖母の言葉を、ルリは一応覚えておくことにした。

この祖母の言葉はいつだって間違ってはいなかった。

だから、きっとこの言葉も正しく、意味があるのだろう。

それが何かは分からないが、それでもそれはいつか自分に関わってくるらしい。

予言にも似た祖母の言葉は、少女が知る限り外れたことがなかったのだから。

「お婆様、私に必要な剣になる・・・・ということは私がアレを動かすんですか?」

「・・・・操縦自体はできるようにはしてあるわ。 でも、それは誤魔化す程度によ。アレのパイロットは決まっているの。 貴方の役割は補助パイロットぐらいかしら。 まあ・・・それもメインさえいれば必要はないんだけれど、一応ね」

「意味がないのに二人乗りなんですか?」

「それは貴方が決めることよ。 意味は無いといえば無いのだけれど、有ると言えばある。 結局は二人しだいでしょうね。 私には意味が無いけれど、貴方には意味があるかもしれないし、貴方にはなくてももう一人には意味があるかもしれない。 要は受け取り方次第ね」

二人乗っても大して意味がない。

しかし乗ることに意味がある。

この問いはまるで謎かけのようだとルリには感じられた。

二人乗ることで最大限の能力を発揮できるとかそういう類のモノであるならば、乗ることに意味があると理解できる。

だが、きっとおそらく祖母が言いたいのはそういうことではないのだろう。

「・・・・さて、貴方にコレを見つけられちゃったわけだし、この機体のことを教えておきましょうか」

悩んでいるルリに苦笑しながら、彼女は続けた。

「機体名はアイリス・ブレイド。 アイリスの花言葉は知っているわね? それにブレイドはそのまま剣の意味があるわ。 ここまで言えばこの機体に込めれれた意味が分かるでしょう?」

「アイリスの花言葉は貴方を護るですからこれは・・・・」

「そう・・・これはね。 パイロットが大切な誰かを護るための剣なのよ。 護るといってもこの機体にできることなんて敵と戦うことぐらいしかないでしょうね。 でもね、戦わなければ護れないときが必ず来るわ。 だから・・・・・コレを私は用意したの。 コレに乗るべきパイロットのために」

「・・・・誰がコレに乗るんですか?」

「貴方に関係がある人よ」

「私に?」

「初めに言ったでしょ。 乗れるのは貴方とそのパイロットだけ。 例外はまあ私みたいな人間とか魔術師ぐらい」

「私が知っている人ですか?」

「そうね・・・知っているといえば知っているでしょうけど、今の貴方は知らないわね」

「名前、教えてもらえますか?」

「駄目。 それはお楽しみにとっておきなさい」

「・・・・そうですか」

「さて・・・それじゃあこの機体の秘密を教えてあげましょう。 この機体は・・・・」

それから数十分、彼女はルリに教えられることは教えた。

操縦方法から、機体の武装まで実に色々とだ。

そして、それをルリは忘れることは無かった。

機体に対する好奇心もあったが、それ以上にこの機体から感じる何かが彼女の心に影響を与えていたのだ。

それに、パイロットのことを尋ねれば尋ねるほど気になって仕方が無い。

祖母に何度も尋ねてようやく名前だけを教えてもらったほどに。

「ふう・・・そんなに気になるの? まあ・・・名前だけならいいかしらね。 彼の名前はアキトよ」

「アキト・・・・」

「苗字は教えないわ。 読みかただけよ。 さて、じゃあレクチャーはこれぐらいにしようかしら。今日も色々と会社のために教えておくことがあるから」

柔和な笑みを浮かべてルドベキアの女帝はエレベーターに向かっていった。

祖母の後ろを歩きつつも、ルリは一度だけ巨人を振り返って問いかけた。

「・・・・あなたは一体誰を護るんですか?」

問いかけに答えはない。

だが、ルリはその答えが薄々自分ではないのかと思えた。

私と、アイリス・ブレイドのパイロット二人にとって意味がある。

その答えこそが、自分が気になった答えではないのか?

少女の予測は、未来での可能性の一つだった。



                       





夢を見ていた気がする。

でも、それは単に昔の出来事で、私が始めて剣を見つけたときのもの。

アイリス・ブレイドに乗っているから、そんな夢を見たのでしょうか?

・・・あれ?

いつも寝起きは良くないほうですが、今はとても気だるい。

・・・意識が朦朧としています。

ああ・・・・そういえば私は時間切れで倒れたんでした。

とすると、敵に倒されたということでしょうか。

いくら機体が強力であったとしても、動かない敵は脅威足りえませんし。

初めての戦闘、初めての操縦。

お婆様の剣であるアレが敗北したというのは全て私の責任。

そう・・・本当ならば負ける道理などないはずなのに。

アレは護るための剣なのだ。

護るべきものがある限り決して折れず、輝いたままで敵を切り裂く剣。

だからこそ、負けてはならない。

もし敗れることがあればそれは・・・・・・。

それは護りたい大切な何かを失うということだから。

それはきっと苦しい。

体に痛みはないかもしれないけど、心が痛い。

痛くて悲しいだろう。

きっとそれらは二度と手に入らないようなものばかり。

だから・・私は護りたいと思うのだろう。

『ルリ、あなたに護りたいものはあるかしら?』

いつかのお婆様の言葉が頭によぎる。

私が護りたいもの・・・・それはこの街でありこの会社だ。

ついでに最近の楽しみになっているあの屋台。

だから・・・・私は剣を執った。

あの剣ならそれらを護れると思ったから。

最善の方法、今できること。

それらを考えた上で私は乗り込んだのだ。

アイリス・ブレイドに、大切な何かを護るための剣に。

・・・あ。

それなのに、今私は何をしているのだろう?

こうして考えられるということは、私はまだ生きているということ。

なら、気を失ったのは一瞬でまだ剣は折れていないのではないか?

5分。

それが限界だったとしても、もう一度やればまた戦えるのではないのか?

気だるげな意識を強引に覚醒させて、私は体を動かそうとした。

手を握ったり開いたりしてみる。

(動く・・・)

少しずつ体の感覚が戻ってきている。

なら・・・・。

気を抜けば寝てしまいそうではあるが、意識は今はっきりと目覚めを待っていた。

まだ・・・・戦えるなら。

私は・・・・戦わないといけない。

まだ・・・・何も護ってないんだから!!

ガバッ!!

強引に目を開け、身を起こす。

そしてIFSコンソールに手を伸ばして・・・・・・・・布団のシーツを握った。

「・・・・・?」

ここはどこだろう?

私は戦っていたはずだ。

そして、アイリス・ブレイドのコックピットで気絶していた予定。

目の前にあるのはモニターで、座っているのは補助シートでなければならないはず。

だというのに、私が今いるのはどこか見覚えがある医務室のベットの上でした。

どこで、状況判断を誤ったのだろうか?

周囲の様子を見てみる。

やっぱり現実が変わるはずもなく、ここは私がよく知っている場所、ルドベキアの医務室のようです。

内装に覚えがあるし・・・・強いていつもとの違いをあげるならば、なぜかここにはいるはずのないチキンライスの人がいることぐらいでしょう。

その人は椅子の上で座ったまま寝ていました。

・・・・・なぜ?

私のいるベットのすぐ近くにいるということは、彼が私をここまで連れてきてくれたということなのでしょうけど、どうやってでしょうか?

私は・・アイリス・ブレイドに乗って気絶した。

ということはコックピットだけ助かったということでしょうか?

・・・ここで考えていても分かりませんね。

プロスペクターにでも聞いてみましょう。

すぐ近くの台の上に置かれていたコミュニケを取り、通信を開く。

「プロスペクター」

『お嬢様、気づかれましたか』

通信ウィンドウが開き、ちょび髭メガネの執事の顔が表示される。

「はい。それで、今の状況を知りたいのですが」

『そうですか。 では説明しま』

バタンッ!!

そのとき、いきなり医務室のドアが開かれました。

「ちょっとプロスさん。 その役は私が貰うわよ」

現われたのは医療と科学の二分野を統括するルドベキアのドクター。

長い金髪と白衣が特徴的なイネス・フレサンジュ博士でした。

・・・・また説明をしにきたのでしょうね。

しかし、どうやって説明の匂いを嗅ぎつけたのでしょう。

この部屋には盗聴器でも仕掛けられているのでしょうか?

今度社内を調べてみようかな。

『・・・そうですか。 ではお願いします。 私は軍の方々を宥めるのに手一杯でして・・・』

「ええ、きっちりしっかりコンパクトに説明してあげるから任せて」

『ではお任せします。 お嬢様、がんばってくださいね。 それともう無茶なことはしないでください』

そう言うと、プロスペクターは通信ウィンドウを閉じた。

かなり心配をかけたようですね。

ごめんなさい。

心の中で謝罪しつつ、私はこれからの脅威に立ち向かうべく心を武装します。

「さて、ルリちゃん? どこからどこまで聞きたい?」

ホワイトボードを急いで準備しながら、イネスさんがにじり寄ってきます。

・・・・勘弁して。

どうやら長い説明を受けそうです。

なぜ彼女の説明はあんなに長いのでしょうか?

・・・・説明好きだからでしょうかね?

「じゃあ、始めるわよ♪」





        * *





「・・・どうすっかな」

俺は今悩んでいる。

できることならさっさとこの場所から離脱して、後ろのサブシートに乗っている彼女を病院かどっかにつれていきたい。

ついでに空腹を訴えている腹もアキトの所で黙らせたいところだが、それは後回し。

『そこの機動兵器のパイロット!! 大人しく出てきなさい!! 今なら事情聴取にカツ丼をつけてあげます!!』

カツ丼、それはかなり魅力的な案だと思うけど、さすがに彼女とカツ丼では比べようが無い。

3対7ぐらいで彼女の勝ちだ。

このまま出て行けば拘束されるのは目に見えてるし、この機体も没収されそうだ。

おそらくはこの娘の物なのだろうから、起きたときに軍の奴らに没収されたなんて説明はしたくない。

だが、いつまでもこうしてはいられないだろう。

軍の機動兵器、エステバリスがこの機体を取り囲むようにして武器をこちらに向けている。

こちらを脅していると見て間違いない。

友好的な話し合いなど却下だ。

正直、あのドラム缶を倒せるほどの機体なのだから倒すこともできるし、この包囲網を突破することぐらいできるだろう。

だが、その後が問題だ。

こんな大きな機体を隠せるような場所などないのだから。

「はあ・・・・こうなりゃやっぱり機体を捨てるか?」

『それは困りますな。』

「!?」

いきなり空中に通信ウィンドウが開き、ちょび髭メガネの人が現われた。

現状から考えればこの人はきっと彼女の関係者なのだろう。

俺は様子を伺うようにして問いかける。

「あんたは?」

『私はその後ろの少女に仕える執事、プロスペクターと申します』

「・・・俺は大十字九朗。 探偵だ」

『探偵? ・・・・そうですか。 まあいいでしょう。 少々お願いしたいことがあるのですがよろしいですか?』

「頼み?」

何やら面倒なことになりそうだな。

『・・・・どなたかは存じませんがこちらの言う通りにしていただけますか。まずはその機体を回収したいのですが。』

「軍の奴らに囲まれてて身動きが取れないんだ・・・何か方法があるのか?」

『はい。 とりあえずその機体の翼を回収してください』

言われたとおり、周辺に転がっていた翼を回収する。

アイリス・ブレイドが動き出したことで周囲のエステバリスが一定の範囲をとりながら追ってくる。

『と、止まりなさい!! 聞こえてるんですか!!』

今まで俺に呼びかけていた女性が急いで止めようと声を張り上げる。

当然無視。

『では、次に右のIFSコンソールの近くにある赤いボタンを押してください』

ポチッとな。

言われたとおりボタンを押す。

すると、アイリス・ブレイドが何か白いフィールドのような物に包まれていく。

ディストーションフィールドのような半透明ではなく、これは完全に白い色。

それが機体を白く照らす。

『では、次にこの映像を見てイメージしてください』

ウィンドウが別の映像に切り替わる。

そこは、どこか広い格納庫のような場所だ。

なぜ、彼は俺にイメージをさせようとしているのかは分からない。

(何か意味があるのか?)

言われたとおりイメージを浮かべてみる。

と、そのとき俺はわけの分からない空間に吸い込まれた。

それによって俺とアイリス・ブレイド、そして彼女はその場所から消え去った。

『ちょっと何をする気・・・・・てボソン粒子反応!?』

後に残ったのは、呆然とした軍のエステバリスと拡声器を握った黒髪の女性、そして野次馬たちだけだった。










(な、なんだこりゃ!! )

感覚が消える。

どこか俺と言う存在が溶けるようにして何かと混ざりあうような錯覚。

そして水のように溶けた俺という情報が大きな川に流される。

通常の空間ではありえない現象。

それはどこか遠くに俺たちを導く大きな大河。

ああ・・・そうか。

行き先は俺のイメージした場所。

あの格納庫のような場所か。

漠然と理解した結果。

マギウス(魔術師)としての感覚が世界の真理、法則を読むようにして俺に伝えてくる。

これは怪異でない。

単なる現象。

科学技術によってもたらされる移動手段だ。

やがて、出口が近づく。

蛇口という空間の穴から、俺という水が流される。

俺は混ざり合った状態から、それになる前に戻っていく。

感覚が戻り初め、目の前は俺がイメージした場所が広がる。

なんてことはない。

これは俺が得意だった・・・・。

カチリ!!

また、鍵が一つ開放された。

わからない。

なぜか分からないが、今さっき経験した体験は俺にとってどこか日常的な、それこそ簡単なことだったのではないか?

息をするのにわざわざ意識しないのと同じで、すでに慣れきった行為。

そんな風に自分では感じた。

(俺は・・・何を感じてるんだ?)

分からない。

だが、それは知らないことを知ったということではなく、遠く彼方に忘れ去ったことを思い出したような感じだった。

一度も今の俺はこんな体験をしたことがないというのに。

妙にしっくりくる感覚。

『・・・・ふむさすがですな。 社長の話していた通り、あなたにはそれを使いこなす力があるようですね』

プロスペクターと名乗った人が感嘆の声を上げる。

いつの間にか閉じていた目を開き、俺は尋ねた。

「社長? そいつが俺をこれに乗るように仕向けたのか?」

『さあ、それは私には分かりかねます』

「・・・・」

視線が交差する。

だが、それは長くは続かない。

大事なことを思い出したからだ。

そう、今はそれより彼女を休ませる方が先だろう。

急いでシートから立ち上がり、気を失っている彼女を抱き上げる。

軽い。

まるで重さを感じない。

マギウスとなったことで魔力による身体強化がある分を差し引いても彼女は軽い。

まあ、彼女はの小柄な体型を考えれば当然か。

「医務室はどこにある? 色々と聞きたいことはあるけど先にこの娘を休ませたい」

『医務室は76階です。 エレベーターを降りた後真っ直ぐ先にあります。 お嬢様をお願いします』

「了解っと」

コックピットを開き下を見る。

左側にエレベータを発見。

そこに向かって一気に飛び降りた。

大体45メートルぐらい下に地面があるが今の俺には関係が無い。

マントが浮力を調整し、ゆっくりと体を地面に降ろすからだ。

着地したころ、エレベーターとは反対の方にある通路から作業服を着た一団がやって来て、機体に群がっていった。

その中で現場の責任者らしき中年の男性が指示を出している。

拡声器で増幅された声が当たりに響く。

「トイ・リアニメーターを起動させろ。 おおまかな仕事は奴らに任せて俺たちは各部の調整だ!! いいか、完璧にこいつを修復しないと社長代理に会わす顔がないぞ!! 分かったらとっとと作業開始だ!!」

「「「「「「はい、班長!!」」」」」」

アイリス・ブレイドに群がっていく整備班。

そして、それらの後ろからやや遅れてやってきた修理ロボット、多分さっき言ってたトイ・リアニメーターとかいう奴だろう。

それらに少し視線を向けつつも医務室へと急ぐ。

降りてきたエレベーターに乗り込み、階数を入力する。

そして、動き出したエレベーターの現在階数を見て吃驚した。

「地下50階!?」

なんだってそんなに深いんだよ。

凄まじい勢いで上昇していくエレベーター。

上昇による力のベクトルは完成制御装置によって感じない。
 
こんな高性能な物があるということは、きっとここはかなり大規模な場所なのだろう。

(むう・・・一体ここはどこなんだ? 跳んで来たおかげで全く分からないぞ。)

彼女が苦しくないように注意しながら、俺は到着を待つ。

「それにしても・・・・・なんだって君みたいな女の子がアレに乗ってたんだろうな」

アイリス・ブレイド、白き巨人。

強力な兵装を持ち、魔術兵器を有する現在の科学とは別の力を持った兵器。

そして・・・・俺の剣。

なぜアレが俺の剣なのか。

この少女が乗らなければならなかった理由はなんだ?

(・・・とりあえずここの責任者、社長とやらにあったら真っ先に聞いてやろう)

ウィィィン

開いた扉から急いで出て、医務室に向かった。

入り口にはすでに医者らしき女性が待機していて、俺の到着を待っていた。

金髪と大人の雰囲気が印象的な人だ。

「ご苦労様、とりあえずベットに寝かせてくれる? 」

「はい・・・」

ゆっくりと彼女を降ろす。

「じゃ、後は任せて部屋の外で待ってて」

「お願いします」

医務室の扉が閉まる。

俺は近場にたあった長椅子に座り込んだ。

「ふう・・・これで一安心だな」

見たところ外傷は無かったわけだし、ただ単に気絶してただけだろう。

一応検査は必要だろうけどな。

「・・・・そういえば、どうやったらマギウススタイル(魔術師としての姿)を解除できるんだろう?」

このマントも、この黒い服も、そして色が変わった髪も全ては俺の中に入ってきた魔術書のページの影響だ。

ということは、それらを本に戻せば俺は戻れるということだろう。

ブックホルダーがある位置に目を落とす。

そこにはページがいくらか減った俺の本がある。

とりあえずそれを手にとって念じてみる。

「戻れ・・・」

と、ただそれだけで俺の中にあったページが俺の中から舞うようにして飛び出していく。

それらは、俺が手に取った本の中に次々と吸い込まれた。

「結構簡単なんだな・・・・・逆の要領でいけばマギウスになれそうだし」

今度変な奴らに襲われてもこれで何とかなりそうだ。

この本を狙っていた連中、ウエストとか言うやつは科学が魔術を越えるためと言ってたな。

(アイリス・ブレイドのアトロポス・インパクト、アレみたいな魔術兵装を越えるような物が作りたいってことか? それとも魔術を科学で扱うためということだろうか?)

魔術とは、物理現象を越えた先にある神秘を現実にするための物だ。

それはすなわち物理的な法則が全く無視できるということ。

自然、世界の法則に術者が手を加え、自らの法則が働いている空間を魔力でもって編み出す。

その空間内ではどんな物理法則も作用せず、術者が編み出した法則だけが作用する異界となる。

この異界こそが魔術の恐ろしいところであろう。

術者の法則が優先されるということは、それに対抗する術がなければ絶対に敗れないということなのだ。

魔術で障壁を作ったとして、それが物理法則を捻じ曲げるものだとすれば通常の世界の兵器、法則を編み上げられる前の世界の武装など、その異界に入った瞬間にそのあり方を捻じ曲げられて無意味なものと化す。

防御障壁が、例えば運動エネルギーを反転させるような物ならば、そこを銃で撃ったとしてもその障壁に触れ、法則が変わった瞬間に逆方向、つまり撃った本人の方向に弾が飛び出すなんてことも理論上は可能なのだ。

世界の真理を暴き、自分の世界を魔力で構築する魔術は科学の敵と言ってもいいだろう。

もっとも例外はあるのだが。

魔術師が編み出した魔術、それの法則が作用する前に魔力圏を突破するとか、単純に法則を無視するような強力な一撃を加えればいいのだ。

要はディストーションフィールドと同じだ。

光学兵器やグラビティブラストに強いが、実体弾の攻撃には弱い。

つまり自分の法則が作用するものならば滅法強いが、通用しないような強力な一撃が加われれば突破されるってな感じ。

物理法則を捻じ曲げることができるといっても万能というわけでもないし、より強い何かの法則を捻じ曲げるにはそれ相応の力がいる。

そこは魔術師の力次第ということだ。

現代じゃそんなふざけたことができる奴なんていないだろうけどな。

魔術師がいくら世界の真理を捻じ曲げられたとしても、所詮は人の身。

できることなんて高が知れる。

それ以上のことを望むのならば力を増幅させる魔道書が必要になってくる。

そう・・・・例えば俺の持っているこの本のような。

もし、科学的にこの本の力を解明でき、自由に行使するようなことができるようになれば確かに魔術を科学で越えることは可能だ。

だから、あの科学者はこれを求めたのだろうか?

(何か知らないが強力みたいだしなぁ・・・・・・)

冷静に考えてみれば、ただ空を飛ぶ。

それだけでも普通の魔術師には無理なのに、こいつはそれを可能にした。

魔道書が凄い力を発揮しているからこそ俺が飛べたのだ。

魔道書を閲覧できるクラス(位階)に大学では立っていたってのに、俺には大した力はない。

そんなしょぼい俺がここまでの魔術を使えるのだ。

強力でないわけがない。

だが、それはおかしい。

一度俺はこの本を大学の偉い人に見せた。

その人はこの魔道書は珍しいが大した力は無いと言っている。

結構その筋では有名な人だったから間違えることは無いはず。

だというのに、この本の力はなんだ?

これはもはや力ある魔道書の域だ。

悠久の年月を越え、魔なる力を得た本。

大学にも一冊もない最高位クラスの魔道書ではないか?

分からない。

ここまで来ると自分の信じていたものがどんどん覆されていくという恐怖すら感じる。

それに・・・・そうだ、一つ忘れていたことがある。

あの女があの怪異なる空間の中で言っていたじゃないか。

『その本は確かに僕が処分したはずだったからね・・・』

処分した、そう言い切ったのだあの女は。

それが嘘だったのか真実だったのかは分からない。

だが・・・・現にこの本は俺と共にある。

俺と一緒にある本をどうやってあの女は処分したというのだろう?

俺はあのとき初めてあの女に会ったというのに。

俺の記憶が曖昧なほど昔にでも会ったことがあるということか?


だが、それはおかしい。

あんな危険な女がいたとすれば、忘れるはずが無いはずだ。

そう、大学であったあの三つ目の男と同じように。

!?

ドクンッ!!

ドクンッ!!!

心臓が脈打つ回数が増し、怖気が走る。

(く・・・・嫌なモノを思い出しちまった!!)

俺が忘れたがっているあの大学での最後の出来事。

初めて出会った怪異。

アレは―――――

「や、こんにちわ明人」

と、いきなり俺の隣に誰かが座った。

この展開、このパターン。

もしかして・・・・・。

視線を隣に向ける。

すると、そこにあるのはやっぱり桃色の髪。

例の不思議少女がいた。

「・・・・・神出鬼没だな」

「うにゃ? そうかな?」

首をかしげる不思議少女。

それによって桃色の短い髪が揺れる。

「いつ現われたのか気づかなかったよ。 それに・・・なんだってこの建物の中に?」

「偶然、偶然だよ明人」

「偶然ねぇ・・・・・」

絶対に嘘だな。

街中ならともかくとして。

む、そういえばこの少女も謎な存在なんだよな。

「それより、剣の発見おめでとう。 もうアレは明人の物だからいつだって呼べるよ。 その本を使えばね」

「本を?」

「聖句と共に念じればそれは主の元にやってくる。 明人があれの所有者だからね。 舞台の上に本物がやってくるまでは模造の剣は明人の物なの。 例外はルリと一部の魔術師だけどね」

アイリス・ブレイドが剣っていうのは分かるが本物ってなんだ?

あとルリって誰だ?

もしかしてあの少女の名前だろうか?

いや・・・・待て、ルリって言えばあの夢の子の名前じゃないか!

「さて、貴方がアレを執ったことでさらなる試練が貴方を襲う。 でもね、それは貴方に課せられた運命なんだ。 だからしっかりとがんばるんだよ。 三流監督はまだまだ力を入れてないし、シナリオは動いていない。けど物事の始まりは肝心だよね。 そしてこの馬鹿げた繰り返しを壊すか続けるかも貴方次第。 だって貴方は大十字明人なんだから」

何かを願うような表情で彼女は笑った。

その笑顔はどこか無理しているように感じられた。

だって・・・本当に笑い飛ばせることなのだとしたら、そんな縋るような目はしないはずだから。

ぶっちゃけるとこれ以上訳わからない事態に巻き込まれるのは御免だ。

だと言うのに、俺の口から出たのは意思とは正反対の言葉。

「・・・試練ね。 そんなもの俺がアイリス・ブレイドでぶっ飛ばしてやる。約束してやるよ。 だから・・ほら、泣きそうな顔すんなよ? ・・・・な?」

桃色の髪を撫でながら、呟く。

彼女は始め驚いたような表情をしていたが、すぐに気持ちよさそうに目を細めた。

「やっぱり明人は九朗で、明人はアキトなんだね」

「ん? いや・・・明人ではあるけど俺は九朗だぞ?」

アキトは弟の方だ。

「明人の手が気持ちいい。 ・・・あのときみたいに」

あの時?

君は一体何をいってるんだ?

「明人、気持ちよかったお礼に名前を教えてあげる」

椅子から立ち上がり、彼女は俺から少し離れた。

もう、泣きそうだった顔は微塵も無い。

ここにいるのは元気な不思議少女だ。

「私の名前はエンネア。 あなたが九朗なら私をそう呼んでね」

「エンネア・・・」

「うん、じゃそろそろ行くね」

俺に背を向けて走り出す。

瞬きした一瞬のうちに彼女はその場から消えていた。

「・・・・・・よし。今度俺のチキンライスを食わせてやろう」

エンネアも笑うべきだと思う。

表面だけじゃなくて、心の底からだ。

何が不安なのかは知らない。

俺の何を彼女が知っているのか分からない。

でも・・・・・・彼女も、エンネアも笑えるようにしてやろう。

訳のわからない事態に巻き込まれるより、そっちの方が俺にとって有意義だ。

女の娘や子供の泣き顔は後味悪いから見たくない。

だから・・・・・・・。

今度会ったらチキンライスを喰わせてやる。

「アキトの驕りでな」

うむ。

我ながら完璧な計画だ。

・・・・アキトにはツケで勘弁してもらおう。

ガチャッ

ようやく検査が終わったのか、医務室の扉が開いた。

「もういいわよ」

金髪の医者がオッケーを出してくれた。

椅子から立ち上がり中に入る。

ベットの上で静かに寝息を立てながら彼女は眠っている。

どんな夢を見ているだろうか?

「特になんとも無いわよ。 過労って所かしら、外傷もないしね。 ま、無茶苦茶な方法でアイリス・ブレイドを起動させたツケでしょう。 数時間もすれば目が覚めるわ」

「そうですか・・・・なんともないなら良かった」

安堵のため息が出る。

「・・・・・・ねえちょっと尋ねていい?」

「はい?」

「貴方、ルリちゃんのこと知ってるの?」

「・・・なぜですか?」

「だって貴方、何ともないって知ってとても安心してるもの。 ちょっと赤の他人に見せる心配とは違うと思ったの。 本当に心から心配してたのね」

そんなに安心した顔したんだろうか?

自分ではよく分からないな。

安堵したのは間違ってないけど。

「まあ知っていると言えば知ってましたけど、名前とかは知りませんでしたよ。 へえ・・・ルリちゃんって言うんだ」

(・・・・俺の夢に出てくる娘と名前まで一緒か。 ということはもう一人出てくるかもしれないな)  

「ふーん・・・ねえ、私貴方に興味が出てきたわ。 私の名前はイネス・フレサンジュ。 貴方は?」

「俺は大十字九朗。 探偵だよ」

「そう・・・・私に色々と教えてくれない? なぜ貴方がアイリス・ブレイドに乗っていたのか。 そしてなぜさっきと姿が違うのか・・・・」

好奇心バリバリの目が俺を見つめてくる。

「アイリス・ブレイドに乗ったのは偶然だよ。 いや・・・・まあ誰かさんの仕組んだ必然だったのかも知れないけどな」

「・・・・面白い言い方ね。 じゃ、さっきと姿が違うのは?」

「企業秘密ってことで勘弁してくれない? あんまり人に言えることじゃないしさ」

「そう・・・だって、プロスさん」

そう言ってイネスさんは入り口のドアの方を振り返った。

そこには、ティーカップと水筒を持った執事がいた。

ちょび髭メガネからして、俺と通信をした人だろう。

「そうですか。 色々とこちらとしても知りたいことがありますが、まずお礼を言わせて頂きたい。 お嬢様とアイリス・ブレイドを助けて頂きありがとうございました。 」

深々と礼をされた。

「あ、いやそんな改まってお礼を言われるようなことはしてないぜ? ただちょっとアレに乗ってあの破壊ロボとか言う奴を倒しただけだし・・・」

「いえ、普通の人にはできないことですよ大十字さん。 貴方ほどの逸材ならばすぐにでも我がルドベキアにスカウトしているところですよ。 お嬢様の目が覚められ、落ち着いた頃には是非交渉したいですね」

「はあ・・・って!!」

今この人は何て言った?

あのルドベキアとか言わなかったか?

「あの・・・聞きたいんだけど、ここの建物ってもしかしてユートピアコロニーで一番高い?」

「はい。 社長の代で急成長した我が社は今はコロニーで一番高いですね。 社長曰く、権力者はできるだけ高い建物を持っていなければならない、という決まりが古来からあるそうでして・・・・」

ユートピアコロニーで一番高い建物。

それは、この火星を凄まじい勢いで発展させたラピス・ルドベキアの作り上げたあの・・・。

「一応聞いておくけど、もしかしてルドベキアってあの火星一の大会社の?」

「ええ、そのルドベキアで御座います」

・・・・なんてこった。

俺はとんでもなく身分が上の人にチキンライスを振舞っていたと言うことか!!

あのルドベキアの・・・しかも令嬢?

そんな人に高々チキンライス一杯で笑顔を出させようとしていたのか俺は!!

・・・・よく食べて貰えたな。

「あら? それも知らなかったの?」

「・・・ついさっき名前を知っただけだし、知ってたら真っ先にひれ伏してる」

「はは・・・何よそれ」

俺の言い方が面白かったのかイネスさんが笑う。

火星で絶対の権力を誇るというルドベキア。

俺なんかすぐに、社会的に抹殺できるんだぞ?

そりゃ・・・失礼のないようにしないと駄目だろ。

「さて・・・大十字様でよろしいですか?」

「ああ。そっちはプロスペクター・・・・プロスさんでいいか?」

「はい結構です。 これからのことについて訊ねたいのですがよろしいですか?」

「これからの?」

「ええ、貴方はルドベキアの剣の所有者に選ばれました。 アイリス・ブレイドはパイロットの物だと社長は仰っていましたから、貴方にはアレを所有する権利があります。 それを踏まえて訊ねたい。 貴方はアレのパイロットになりますか?」

真っ直ぐに問いかけられる。

そういえばエンネアも言っていたな。

アレは俺の剣だと。

「正直どうすればいいのかは分からない。 いきなりだしなぁ。 でも・・・パイロットにはなるよ。 何か俺はアレに乗らないといけないみたいだからさ」

「乗らなければならない? そんな義務はないとは思いますが?」

「アレは俺のために用意された剣らしい。 んで、俺は約束しちまったんだ。 アレで試練とやらをぶっ倒すってな。 だから、俺は乗らないといけない。 乗らないと絶対に後悔するだろうし、後味が悪い何かが起こりそうだからさ」

「・・・・そうですか。 ではルドベキア本社への出入りを自由にします。 これをお持ちください」

そういうとプロスさんは懐から腕時計のような機械を取り出した。

「これはコミュニケと言います。 ルドベキアでもそれなりに位の高い者が所有を義務付けられているものであり、一種の通信機でもあります。 そして一般に入れないような場所でもそれで入ることができます」

差し出されたコミュニケを受け取る。

ま、高性能な腕時計だと思っておこう。

「・・・ねえ、また聞きたいんだけど貴方が約束した相手ってもしかして社長?」

「え? いや・・違うと思うぞ。 その子は桃色の髪をしてたけど少女だった。 とても6,70の年には見えなかったし」

「「桃色の髪!?」」

二人が同時に驚く。

「あれ? 何か変なこといった?」

「・・・社長の髪も桃色なのよ。 あなた・・・・もしかして本当は社長に会ったんじゃないの?」

「確かに、あの方はどこか人間離れしていらっしゃいますからな。 変装したりよくしていましたから・・・若返りも可能かもしれませんね」

・・・・いや、大会社の社長が変装ってなんだよ。

そもそも若返りなんて魔術でも難しいと思うぞ。

それにだ。

あの少女は年相応って感じの印象しか受けなかった。

だから、さすがに変装ってのもないだろ。

「さすがに違うと思うぞ。 それに俺ルドベキアの社長となんて接点ないし」

「そう? 実は今社長がいないから、もしかしてパイロットの選定に行ったのかな・・・なんて思ったのよ」

「社長がいない?」

「はい。 少し前から社長代理をお嬢様に任命して以来姿を見せません。 旅に出るという書置きがありましたから地球でも一周しているのではないかと思いますが」

・・・それでいいのかルドベキアの社長さん?

普通書置きだけで旅に出るか?

トップがいなくなるなんて大問題だろう。

「大丈夫です。 ルドベキアはお嬢様がしっかりと経営しておりますから」

顔にでたようで、プロスさんが俺の疑問に答えてくれた。

「そっか・・・・あれ? でもそれだとなんで危険を押して彼女がアイリス・ブレイドに乗ったんだ? 社長代理が戦闘に出るなんて・・・・・」

おかしいじゃないか。

そう言葉を続けたかったが、俺は理由に気が付いた。

強引に接続されていた魔術書の山と、強引に演算をした結果気絶した彼女を思い出したから。

それにエンネアが言っていた。

アレは俺か彼女、もしくは魔術師にしか扱えないと。

それは当然だ。

何しろ魔術書の演算能力がないと起動できないようになっているのだ。

例えば、どこかのスーパーコンピュータでも入れれば動くのかというとそうではない。

アレは魔術兵装を全力で使えるような造りになっている。

そのため通常の演算とは異なる演算が必要なのだ。

物理を越えてその力を振るうための演算。

そんなことができるコンピュータなどない。

あるとすれば、それは魔術を使うための力になりうる魔道書だけ。

しかもかなりの演算能力を持った力ある魔道書に限定されるだろう。

数があればいいというわけでもない。

それにそれだと動く止まり。

専用の魔術兵装を使用するには、ネクロノミコンでないと駄目なようになっているのだから。

「ええ、それは我々もわかっています。 ですがあの時アレを動かせるのはお嬢様だけでした。 そして頼みの綱のメタトロン様は同じような風貌の敵と交戦中だったのです。 軍は当てにはならない。 グラビティブラストを使えばコロニーは焼け野原。 となれば残った手段はアイリス・ブレイドを使用することだけ。 お嬢様は自ら戦うことを選択しました」

「さすがに乗れるっていっても無理やりだったから、戦闘をする余裕なんてなかったでしょうにね。 でもこの子は戦った。 思考能力の半分以上を演算に取られても。 時間制限があろうと。 この子はこの街が好きなのよ。 さすがルドベキアの社長代理って言われるぐらいにね」

「・・・・そっか」

自分で選んだのか。

そうだよな。

自分の住んでる街が破壊されてて、それを見過ごすなんてできないよな。

しかも彼女はこのコロニーの発展に力を入れてきたルドベキアの者なんだ。

生半可な覚悟ではなかったのだろう。

「でも・・・・アレだな。 もうこんな目にあう必要もないさ」

「九朗君?」

「大十字様?」

「だって俺がアレのパイロットなんだ。 だから俺が護ってやるよ。 ユートピアコロニーを、この子が護りたかった街を。 それに・・・この子を戦わせて自分が安全な場所でいるっていうのは後味悪いからな」

眠っている彼女の頭を撫でる。

銀髪の心地よい感触が俺の手に感じられる。

「お疲れさん。 後は俺が引き継ぐからさ。 ゆっくり休みな」

「・・・九朗君? 決意はいいんだけどそろそろ手を離したほうがいいわよ。 プロスさんの雷が落ちるわよ」

「は?」

プロスさんがどうかしたのか?

振り返ってみる。

そこには怒りを押し殺し、青筋を浮かべた鬼がいた。

「大十字様、あまり調子に乗らないでくださいね。 でないと私の理性が切れそうですから」

「九朗君、プロスさんは社長からルリちゃんを任されてるの。 だから当然チェックは厳しいわよ」

イネスさんの忠告。

表情はにこやかなのに、殺気が感じられるプロスさん。

俺はマッハで首を縦に振ると急いで手を離す。

「・・・では私は事後処理がありますのでこれで失礼します。 イネスさん。 紅茶はポッドに入れてあるのでお嬢様が目覚めたらどうぞ一緒にお飲みください」

「あら・・・プロスさんの? いいわね。 美味しく頂くわ」

「では失礼します。 ・・・・大十字様くれぐれも間違いなどないようにお願いしますよ」

そういうと夜叉は去っていった。

「ふう・・・プロスさんちょっと過保護なのが玉に傷よね」

「殺気が怖かった。 本当にやられるかもしれないって思ったよ」

「ふーん・・・まあそうかもね。 あの人は怒らせたら怖いわ。 何しろルドベキアに来る前はネルガルのシークレットサービスのトップに居たって話だからね。 」

「ね、ネルガルのSS!?」

ネルガルと言えばエステバリス。

だが、その次に有名なのがシークレットサービスだ。

あれは地球最強であると言われている。

なぜそんな所の元トップがここにいるのかは謎だが・・・・絶対に怒らせないようにしよう。

「仕事でルドベキアに来たときに社長にボロ負けして、その後ネルガルからルドベキアに鞍替えしたそうよ。 ま、社長に敵うわけないんだから当然よね。 」

・・・・ラピス・ルドベキア、恐るべし!!

さすが生きた伝説を築き上げた存在だ。

・・・ていうかどんだけ凄いんだよ!!

「あ、そうそう。 私ちょっとこれからアイリス・ブレイドの様子を見に行かないと行けないからルリちゃん見ておいてくれない?」

「は?」

「様子見といて。 起きたら私にコミュニケで連絡。 じゃお願いね」

そういうとイネスさんは部屋から出て行った。

「・・・・これがルドベキア本社のやり方なのか?」

疑問だ。

激しく疑問を抱かざるを得ない。

ついさっき知り合った人間にアイリス・ブレイドは託すは、おまけに眠ってる社長代行を任せるわ。

・・・俺が悪い奴だったらどうする気なんだ?

「俺は悪い奴じゃないけどさ」

自分でいってもなあ・・・・・・。

ま、いいや。

様子見るだけでいいんだし。

近くにあった椅子を運び、ベットのすぐ傍に陣取る。

さて・・・・これからのことを考えながら姫君の様子を見ましょうかね。


                 * *







「・・・・というわけで今ここで居眠りしている大十字九朗君がアイリス・ブレイドのパイロットになったわけ」

「・・・・選ばれたと言うことですか。 しかし・・・おかしいですね。 本来はこの人が乗るはずではなかったはずです」

そう・・・おかしいのだ。

お婆様が言っていたのはアキトという名前。

その名前を持っているのは火星ではただ一人。

テンカワ・アキトというラーメン屋の主人しかいないのだから。

「どういうこと?」

「名前が違います。 苗字は知りませんが乗る人は『アキト』という名前であることになっています。ですがこの人の名前は九朗です。 お婆様が言っていた人とは・・・・違う」

「あら? でもそれだと何故彼にアイリス・ブレイドが動かせるのかしら? それにプロスさんがこっそり私に言ったんだけど彼はちゃんと鍵を持ってるって話よ?」

「鍵?」

「ええ、アイリス・ブレイドを完全に起動させるための魔道書よ。 それを持ってるらしいわ」

「・・・・お婆様は例外があると言っていました。 魔術師で力ある魔道書を持っているものならば動かせると。 もし大十字さんが知らず知らずのうちにその本当のパイロットの人から鍵を貰っていたとしたら?」

「・・・・それがあれば動かせる。 だから彼は偽者だって思うわけ?」

「可能性の問題です。 後でちょっと調べてみます」

「そう・・・・まあいいわ。 当たりでも外れでもこの人はいい人っぽいから問題ないでしょ?」

・・・・できれば私はお婆様が本当に選んだ人に乗ってもらいたい。

だから、チキンライスの人でも違うのならば鍵を持ち主に返してもらおう。

あの人がアキトで、兄弟なのは知ってる。

だから、何かの間違いで鍵の居場所が変わったのかもしれない。

だって・・・・あの人が乗る人だと私は思ってたんだから。

気になったから食べに行ってたんだし、そのおかげで楽しみができもした。

そう・・・あの人のラーメンは本当に美味しいと思うから。

チキンライスは少しずつ腕を上げてきていますからそれも楽しみですが。

「う・・・ん・・・・」

「あら、ようやくお目覚め?」

「イネスさん? 俺はまだ呼んでませんよ?」

「寝ぼけてないで見てみなさい。 ルリちゃん起きてるでしょ? 」

「あ!」

イネスさんの言葉に大十字さんは慌てた様子で私の方を見ました。

「・・・どうも」

「あ・・・うん」

ここはやはりまずお礼と自己紹介が先ですね。

「助けて下さったことは伺っています。 危ないところをありがとう御座いました。 私はルリ・ルドベキア、今は会社で社長代理をしています」

「あ、俺は大十字九朗。 探偵で・・・君がよく来るラーメン屋の屋台でチキンライスを作ってる」

「ええ・・・いつも美味しく頂いてます」

「あら? 九朗君屋台を引いてるの?」

興味を持ったのかイネスさんが尋ねます。

「いえ、弟のアキトの手伝いだよ。 俺は探偵だから。 まあ・・・料理は好きな方なんで」

「・・・ふーん。 今度私も食べに行って見ようかしら」

さて、イネスさんが興味を持ったのはどちらでしょうかね。

アキトという単語に反応したようですが・・・・。

「大体、月曜以外は大体夜中と昼ごろはやってるんでよかったら行ってやってくれ。 あいつのラーメンは美味いから」

どこか誇るように言う大十字さん。

「あなたのチキンライスも美味しいと思いますけど?」

「そ、そうかな?」

「はい。 少しずつ美味しくなってきています」

「そっか・・・・・じゃもっとがんばって作ろうかな。 君が満足できるぐらいにさ」

どこか照れたように頭をかきながら大十字さんは答えました。

なかなか魅力的な言葉ですね。

まだまだ美味しくなるというのなら通いがいがありますし。

「・・・・じゃあイネスさん。さっそく今夜にでも行ってみましょう。 いつもは土曜日にいく予定だったのですが早くてもいいでしょう」

「そう? じゃいつぐらいにする? 」

「9時ぐらいでいいでしょう。 ちょっと寝ていた分の仕事もしなければなりませんし」

「あなたねぇ、今日は大変だったんだから仕事なんて休んじゃいなさい。 オモイカネがどうせやってくれるでしょ?」

「しかし、寝ているわけには・・・・」

「うーん、ルリちゃん。 無理せず寝てた方がいいんじゃない?」

「え?」

「ちょっと瞼下がってきてる。 まだ寝たりないんじゃないか?」

・・・・まあ、確かに少し眠い気もしますががんばれないほどではないのですが。

「・・・・二人がそこまで言うなら」

「だって」

イネスさんが笑いながら大十字さんに語りかけます。

「ま、大事を取っておくに越したことはないだろう。 今日はがんばったんだしな」

「はあ・・・」

「さて・・・・じゃ俺はそろそろ帰らせて貰うよ」

「あら、もう行くの?」

「今日は色々とあったんでね。、家に帰って休憩。 夜にはちょっと屋台に出てみるから」

「そうですか・・・・今日はありがとうございました。 これからよろしくお願いします大十字さん」

「じゃ、またね九朗君」

「うん・・・また」

バタンッ

片手を振りながら大十字さんは出て行かれました。

残ったのは私とイネスさん。

「・・・それじゃ私も行こうかしら。 まださっき言ったとおりアイリス・ブレイドの修理が残ってるしね。翼までは無理だけど本体は後ちょっとで修理が終わりそうだし」

「・・・迷惑をかけましたね」

「何言ってるのよ。 あの程度なら大丈夫よ。 ウリバタケ班長と、トイ・リアニメーターなら3日もあれば修復可能。 だから心配せずにゆっくり寝てなさい。 でないと今夜九朗君に会いに屋台にいけないわよ?」

「・・・・なぜそこで大十字さんが出てくるんですか?」

「さあ?」

くすくすと笑いながら、イネスさんも医務室を出て行きました。

何が可笑しいんでしょうか?

むう・・・・私にはよく分かりませんね。

今度オモイカネに聞いてみましょうか?

「ま・・・いいです。 今はゆっくりと休ませてもらいましょう」

ベットに横になった瞬間、再び睡魔が襲ってきました。

あ・・・結構無理してたみたいですね。

これならすぐに眠れそうです。














滅茶苦茶大きな建物を背にしつつ、俺は家を目指す。

「・・・それにしても俺、マジでルドベキア本社に入ってたんだよな」

噂によるとあの会社に入社を許されるのは、性格はともかくとして腕が一流の人ばかりだという。

そんな人々の集まりまくっている会社に、俺のような三流探偵が出入り自由とはね。

「まあ、探偵として呼ばれるわけじゃないけど」

アイリス・ブレイドのパイロットとしてだからな。

ああ・・・それにしてもよく引き受けちまったな俺。

戦うってことは俺がやられる可能性もあるってのによ。

ま、戦うとしてもどうせ相手はあのドラム缶だろう。

なら、アイリス・ブレイドで余裕だ。

うーん・・・・・5,6機ぐらいなら同時でも倒せそうだよな。

単純にこちらは敵を一撃で倒す武器が2つある。

それだけでも負ける要素がなくなるよな。

第一近接兵装であるアトロポス・インパクト、そしてまともに入ればそれだけで十分の第二兵装アトランティス・ストライク。 

アレらはかなり強力だ。

アイリス・ブレイドと同等かそれ以上の力を持った奴でも現われない限りは負けはしない。

ぐるるるぅぅぅ!!

なんて考えてると腹の虫が自己主張を始めた。

「・・・・あ、いい加減飯食わないと俺やばいな」

そういえばアキトのところに寄る気だったんだ。

飯・・・く。

思い出したら余計に腹減ってきた。

「家に帰るって言ったけど・・・・アキトの家に行くか」

アキトの家、つまり俺にとって実家になるわけだから言葉的に間違ってはいない。

つまり嘘はついてない!!

って、俺は一体誰に弁明しているのだろう?

「だめだ・・・空腹すぎて思考が怪しくなってるな」

北部に向かおうとしていた足を、南部の方角に変えつつ歩く。

中心部から南部のアキトの家まで2キロ程。

俺の中に残っているエネルギーで果たして持つのか?

「やってやる。 やってやるぜ!!」

無意味にテンションをあげる。

そうでもしてないと挫けそうだった。

「ママ、見て見てあそこに変な人がいるよ?」

「こら、指差しちゃ駄目。 いい天気の時には変わった人も出てくるんだから・・・・ね?」

「はーーい」

・・・・・空しい。

世間の目がこうも個人に厳しいとは・・・。

今日俺は、世界の真理とやらを一つ学んだ。












<テンカワ家 PM6:13>

「・・・・よし、こんなもんかな」

煮込んでいたスープの味を見てみる。

特製ラーメンには欠かせない俺の秘伝の隠し味、それと本来のスープが混ざりいい感じに仕上がっていた。

「・・・・ふむ。 やっぱりここは誰かに食べてもらいたいところだな」

これは料理人としての性だろうか?

だが、生憎とこの家には俺だけしかいない。

つまり、食べさせる相手がいないということだ。

屋台の時間までまだ数時間ある。

この欲求をぶつける相手はいない。

誰か・・・・そう、誰でもいいから俺の家に来てくれないだろうか?

例えば、今回の俺にいるという飯をたかりに来るあの兄貴とか。

「・・・いや、人じゃないが誰かはいるな」

あいつが飯を食うのかは疑問だが・・・・・ふむ。

この1000回一度も何かを食べている姿など見たことがない。

が、声をかけてみる価値はあるだろう。

魔道書がラーメンを食べる姿は想像できないけどな。

「・・・レメ、ちょっと来てくれ」

居間に置いてあった本を呼ぶ。

「お呼びですか? 王よ」

本としての姿ではなく少女の姿で俺の本が現われた。

騎士のような鎧に、体に不釣合いな騎士剣、それはこの普通の台所ではひどく浮いている。

「レメ、今は戦闘中じゃない。 普通の格好をしてくれ。 あと、俺のことは普段はアキトと呼ぶようにな」

「・・・・はい」

銀の鎧と騎士剣が消える。

一瞬で少女の姿が現実から浮かないまでのモノにランクアップ。

白いブラウスに青のスカート姿に変わった。

金髪を後ろに結わえているその姿は、もう普通に街を出歩けるような格好だ。

「よし、実はちょっと聞きたいことがあって呼んだんだ」

「何でしょうか?」

「レメはさあ・・・・腹減らないのか?」

「は?」

目を白黒させながらレメは質問の内容に眉を潜める。

「・・・・ええとそれはどういう意図による質問でしょうか?」

「今まで結構一緒にいるけどレメが何かを食べてる姿を見たことがない。 ということは何も食べられないとうことなのかと思ってな」

「なるほど、そういうことですか。 私は別に何かを食べられないということはありません。 食べる必要がないから食べないだけです」

「・・・・ほう? ということは例えば俺の作ったラーメンも食べられる・・と?」

「はい。 食べようと思えば食べられますが?」

ニヤリ。

「・・・なんでしょうか?」

俺の顔に何かを感じたのか、レメが後ずさる。

「なに・・・簡単なことだよ。 夕飯は俺の作ったラーメンだ。レメには俺と一緒に今から夕飯を食べることを命じる」

「え?」

「食べられるんだろ? なら一緒に食おう。 ちょっと誰かにラーメンを食べさせたい衝動に駆られてるんだ。 レメが食べてくれると嬉しい」

キョトンとした顔でレメが俺の顔を見上げる。

今までこんなことを言い出さなかったせいか困惑しているようだ。

まあ・・・どうもベースになった今回の人格の影響がモロに俺に出ているからな。

この前と違った俺の雰囲気に何かを感じたのだろう。

繰り返すたびに俺は俺の上に上書きされてきた。

が、上書きされる前の俺が消えたわけじゃない。

それらは俺の性格やらを昔のモノに戻す。

ま、敵と戦うときは裏の俺に戻るけどな。

今はまだ、そのときじゃない。

「・・・・嫌か?」

「あ、いえ!! 是非お願いします!!」

どこか必死さが混じっているような感じでレメが答えてくれた。

「・・・一度は食べてみたいと思っていましたから」

その言葉に嬉しいものがこみ上げてくる。

今まで食べさせてなかった分、今日は思いっきり食べてもらおう。

少なくともレメは、ずっと俺と一緒にいてくれた大切な相棒だからな。

「そっか・・よかった。 ちょっと椅子に座って待っててくれ。 すぐにできるからな」

「はい」











「ふう・・ようやく到着だ」

それは、普通の一軒家だった。

南部は比較的開発が緩やかであり、ルドベキアが参入する前からユートピアコロニーに住んでいた移住民たちがいた場所だ。

旧いと新しいを融合させたようなそんな町並みが広がり、やたら高い高層ビルもあれば、ごく普通の一軒家もある。

親父達はここを気に入ってたようで、いわゆるアットホームな家庭とやらを目指していたらしい。

まあ・・・それも幸せの一つの形であるとは思うが。

目指すのはいいけど・・・あの親父達は研究の虫だったからあんまり家にはいなかったんだよな。

どちらかといえば俺とアキトは放任されてたし・・・・。

理想と現実の違いと言うやつか。

テンカワと書かれた表札のある門をくぐり、家に向かう。

庭とはいえないほどの小さなスペースには車庫があり、あいつの使っている屋台がある。

玄関の戸を開け、開口一番いつものセリフを吐く。

「アキトーーーー飯ーーーーーーー」

勝手知ったるなんとやら、俺は実家に上がり込むと早速アキトがいるであろう台所に向かった。

奥からスープの匂いがする。

おそらくは今頃は仕込みをしている最中であろう。

ちょうどいい夕飯になりそうだ。

飯を今か今かと待ちかねている腹ともこれでお別れできる。

「うぃーーっすアキ・・・・・・・」

そこまで言って俺の言葉は止まった。

「や・・・やあ兄貴」

アキトはラーメンを作っていた。

だが、一つ不思議な光景がある。

おおよそ目を疑うような何かだ。

そう・・・・例えば、テーブルの上にすでに6杯の丼がある。

それらは全て空で、しかもスープすらも残ってはいない。

だが、まあそれは別にどうでもいい。

問題なのはその状態を作ったであろう存在だ。

今、黙々とラーメンを食べている少女が目の前にいる。

そして、それはきっと7杯目の丼だ。

・・・・・俺は今だかつてここまで食べる女の子など見たことがない。

そんなに腹ペコだったのだろうか?

(・・・いやちょっとまて、おい!! 本当にコレをこの少女が作り出したのか? 冷静に考えろ。 そう、例えばあの空の丼は友人が来て食べていたとかそんなのではないのか? 少女の前に全部乗っているのはこのさい考えるな。 きっと何かの間違い。 そう間違いだ)

現実逃避を試みてみる。

だが、現実は厳しいものだ。

やがて、麺を食べ終え、スープも飲み終えた少女が口を開いた。

「・・・おかわりお願いできますか?」

「「・・・・まだ食べるんかい!!」」

俺とアキトの声が重なった。








ズルズル。

うまいラーメンを食べながら、俺はこの少女のことをアキトに尋ねてみていた。

「・・・ふむ。 つまりレメちゃんはお前の知り合いの娘で、世話を頼まれたから今日から下宿させてる娘だと?」

「ああ、まさかあんなに食べるとは思わなかったけどね」

苦笑しながらアキトが答える。

その答えにやや恥ずかしそうに頬を染めるレメちゃん。

・・・しかし最近やたらと女の子や女の人の知り合いが増えていくなぁ。

あの怪異の女は別だけど。

「あ、そうだアキト。 今日俺の知り合いが二人お前の屋台に来るだろうからよ。 俺も今日はお前の手伝いをするぜ?」

「知り合い?」

「うん、イネスっていう人とルリっていういつも土曜日に来る常連さんだ」

ピクッ!!

俺の言葉になにやらアキトが不自然な反応を見せる。

目を見開き、今俺がいった言葉を反芻しているみたいだ。

・・・・どうしたんだ?

「ん? 何か都合が悪いか?」

「あ・・・いやその・・・」

「ん?」

「ルリ・・・って子はもしかして銀髪のツインテールで、目が金色の?」

「ああそうだぞ? ってお前いつもラーメン食べに来てるだろ?」

「あ・・・ああそうだったね兄貴」

「・・むう」

どこか変だなアキトの奴。

隣に座っているレメちゃんは何やら怒った顔をしている。

「???」

その視線は真っ直ぐにアキトに向けられていた。

・・・・ははーん。

鈍い俺でもわかったぞ。

つまり・・・アレだな。

「おいアキト、となりに可愛い彼女がいるんだからあんまり他の女の子の話をするのはよくないぞ?」

「は? ちょっと待てよ兄貴!! レメは彼女でもなんでもなくてただの下宿の・・・」

「オーケーオーケー。 そういうことにしておいてやるよ」

「〜〜〜!!!」

こういう話に呆れるほどに弱いのがアキトの弱点だ。

顔を真っ赤にして何かを言おうとしているが、言葉に出せていない。

しばらくはこのネタでからかってやろう。

ついでに、レメちゃんが俺の言葉から何かを想像したようで、心ここに非ずってな感じでどこか遠い何かを見ている。

「ほらみろ。 レメちゃんも満更でもないみたいだぞ?」

「・・・私が彼女ですか?」

「だぁぁ・・・レメ、兄貴の言葉に真に受けたらだめだぞ!!」

「・・・私は嫌いですか?」

「あ・・・いや、嫌いなわけじゃないけど・・・・その・・な?」

「おうおう、修羅場か? 」

「な!!! なんてこと言うんだ馬鹿兄貴!!」

はっはっは。

こうやってからかうのも面白いな。

うむ、兄弟のスキンシップと言うやつを久々に取った気分だ。

それから俺たちはアキトが仕事に出る時間までザワザワと騒いだ。

腹も一杯になり、新しいアキトの家族との時間はかなり楽しかったと思う。

時折思い出したようにからかうネタを振りながら、馬鹿話に興じる。

親父達がやりたかったアットホームな家庭、とかいう奴にかなり近づいた時間だっただろう。

めんどくさいことや、俺がやらないといけないこと。

それらを全部忘れてしまうほどに、それは暖かで護りたいと思える時間だった。

だが、この世に永遠に続く何かなんてものはない。

この暖かな一瞬にも、終わりは来るのだ。

ピンポーン

「ん? 誰か来たみたいだな」

アキトが席を立ち、客の相手をしに向かう。

・・・チャンス!!

「レメちゃん、ちょっと聞いてもいいか?」

「なんでしょう?」

「アキトのことどう思う?」

「どう・・・とはどういう意味ですか?」

これは単なる好奇心だ。

兄貴として、弟をからかうためのネタあつめの一環である。

まあ、本気の場合は俺は暖かく裏方に徹する覚悟もあるが。

「なあに、好きなのかってことだよ?」

ボン!!

直球ストレートな言い回しに、少女の顔が真っ赤になった。

・・・あいつに似て正直な子だな。

微笑ましく思いながら俺はお茶の入ったコップを取る。

お茶を飲もうとして口をつけたとき、アキトが何やら戻ってきた。

「兄貴、お客さんの目宛は兄貴みたいだぞ?」

「俺?」

「家にいってもいないから俺のところに来たらしい・・・」

「ふーん、じゃちょっと行ってくるわ。 どんな人だ?」

「どこかの軍人っぽかったぞ。 妙に礼儀正しかったり、真面目そうな二人だった」

「軍人? 変だな。 俺にそんな知り合いはいないぞ?」

・・・・俺がアイリス・ブレイドのパイロットとだとバレて、それで事情聴取にでも来たのか?

「・・・ふむ。 アキト、ちょっと出てくるぞ。 屋台は先に行っててくれ。俺が屋台にこなかったら今日は用事ができたってことを、食べに来る二人に言っておいてくれるか?」

「いいけど・・・なんか大変なことでもしたのか?」

「さあ? それは向こうしだいだろ」

俺は心配してくれているアキトを残し、玄関に向かった。

















ビシッとした、見るからに軍人らしき面構えの男が二人、俺の目の前にいる。

軍服には見覚えがある。

真っ白な純粋を現すどこか学生服にも似た服。

木連の優人部隊と呼ばれる者たちが着ること許されたというエリートの服だったはず。

現在、地球との交流が進んできているために、もう木連の本国でしかみることがないっていうぐらいに珍しい服である。

火星に来れば大抵は地球と木星の統合を目的に設立された統合軍の軍服を着るのが常だ。

わざわざ火星で着る理由はない。

だというのに、この二人はさもそれが当然だといわんばかりに着こなしている。

どちらも真面目そうな堅物を思わせる雰囲気と、鍛えぬいたであろう立派な体躯が印象的だった。

「・・・君が大十字九朗君か?」

「ああそうだ。 で・・・あんたらは一体俺に何の用なんだ?」

何が目的なのかを知らなければ、対処法もなにもない。

もし、例のロボット絡みだとすれば、俺は急いでルドベキア本社に向かう予定だ。

多分何とかしてもらえるだろうし。

「申し送れたが、私は・・・・そうだな。 カリグラと呼んでくれ」

「私はクラウディウスで結構だ」

・・・・どっちも本名じゃねえな。

軍だから・・・・コードネームって奴かな。

しかし・・・だとすればコレは極秘任務とかいう奴なのだろうか?

「はあ・・・・で、俺になんの用っすか?」

「単刀直入に言おう。 我々はうちのドクターを倒した君と君の扱った機動兵器の力を試したい。 付き合ってもらえるかな?」

カリグラと名乗った男が静かにそういった。

どうやら俺のことは知られているらしい。

・・・・しかしこれはどういうことだろうか?

こいつらがあのドクターウエストと名乗った奴の仲間とかだとすれば、試すなんて言わずにあの破壊ロボで責めてくると思うのだが・・・・・それに機体だけじゃなくて俺も試すだって?

「何なんだあんたらは」

隙を見せないように身構えながら、俺はいつでも動けるように体に力を入れた。

「カリグラ、家の者に迷惑だろう? 少々場所を変えないか?」

クラウディウスが提案する。

「ふむ・・・確かにな。 では大十字九朗、東部の開発区画にでも行くとしようか。 あそこなら邪魔は入らないだろう」

・・・・どうやら俺に選択の余地はないらしい。

ついてこなければここで暴れる。

暗に二人はそう言っているのだ。

「わかった。 だが・・・・なんで俺があんたらに試されないといけないのか教えてもらえるんだろうな?」

「考えておこう。 全ては君の実力しだいだ」

背を向けて歩き出す二人。

俺は二人の後ろを歩きながら、どうするべきか考えていた。

二対一という不利な状況だが、俺には本がある。

マギウスになれば、いくら目の前の二人が鍛えていようが何とかなるはずだ。

適当に相手をして背後関係を吐かせるなり、捕縛して仲間をおびき出す餌にでもできるだろう。

ちょっとずるのような気もするけど、これ以上変な目に巻き込まれるよりはましだ。

ブックホルダーにある本を掴む。

いつでも切り札を使えるように気を配りながら歩く。

やがて、開発区画の方に到着した。

昼間に破壊ロボとアイリス・ブレイドが大立ち回りしたせいで、この区画の一部はすっかり廃墟と化している。

「さて・・・そろそろ始めようか。 クラウディウスはどうする?」

「私は様子を見よう。 君は一対一が好きなんだろう?」

「それはありがたいな」

・・・・なんか相手は余裕綽々だな。

まあ・・・二人がかりよりも一人の方がこっちもやりやすいといえばやりやすいんだけど。

「では大十字九朗君。 君の力を見せてくれたまえ」

瞬間、カリグラから凄まじいほどの殺気というか威圧感のようなものが発生した。

常人が放射できないようなそれが、真正面にいる俺に叩きつけられる。

「ぐ・・・・」

半端じゃない。

ただ相対しただけなのに、体が震える。

全身が鉛でも背負っているように重く感じる。

(こいつ・・・・やばい!!)

隙を見せれば一瞬でやられる。

判断した俺はすぐに本を広げた。

念じ、世界の法則を捻じ曲げながら自らを変えていく。

俺の念に呼応するように本のページが次々とバラけ、俺の中に入ってくる。

魔術の術式が俺の中を駆け巡り、編み上げた法則が俺を変える。

髪が伸びて金色に染まり、黒いマントとボディスーツを纏う。

俺の中の魔力が爆発的に増幅され、俺は魔術師としてここ成る。

「ほう・・・それが君のマギウス・スタイルか。 なら私も見せようか」

「なに?」

カリグラが懐から本を取り出す。

それは俺の本と同じようにページを空中に乱舞させ、体を覆うようにしながらカリグラの体に吸い込まれていく。

それが劇的に奴の体を変化させた。

鍛え上げられた体躯がさらに目に見えて強靭になり、一回り大きな大男と化す。

まるで巨人のような姿。

それが、カリグラのマギウススタイルだった。

変化と共に、奴から放射されていた殺気がより強くなる。

危機感が恐怖を煽り、緊張感を嫌でも感じざる得ない。

「さて・・・これが私の魔道書『水神クタアト』の力だ」

どこか力を誇示するかのごとくカリグラはゆっくりと構えを取った。

「魔術師だって?」

どこか呆然と呟く。

そんな簡単に魔道書と魔術師が出てくるなんて想像もしていなかったからだ。

(よ・・予定がちがうじゃねえか!!)

「ふん、魔術師相手に生身の人間が挑む道理はないだろう? 魔術師には魔術師を。 これがセオリーだ」

・・・・・どうする?

(二対一、こうなったらもう一人も魔術師の可能性が高い。 く・・・・・戦うしかないのか?)

「ではそろそろ行かせて貰う!!」

ズダァン!!

アスファルトを陥没させるような鋭い踏み込みで、カリグラが飛び出してきた。

デカイ図体に似合わないようなスピードで一瞬にして間合いを詰めてくる。

まるでダンプカーが迫ってくるような迫力。

俺は瞬時に右側にかわす。

ブォン!!

空を切る音と共に、凄まじい威力を誇った拳の一撃が衝撃波を伴って荒れ狂う。

爆砕する地面、それによって周囲にアスファルトの破片が飛び散った。

それはまるで何か巨大な力で押しつぶしたように強引で、しかも強力な一撃だった。

穴が穿たれた道路がその威力の程を証明している。

(やべ・・・・魔力で押しつぶしてやがる!!)

単純に魔力を凝縮した一撃だ。

それゆえにまともに喰らえばただではすまない。

接触した部位に直接叩き込まれる魔力は防ぎようがないのだ。

「く・・・・こうなりゃ覚悟を決めるしかねえ!!」

瞬時に旋回してかわした俺に肉薄してくる大男。

迫り来る右腕。

それを左手で左方向に流しながら、カウンターの一撃を狙う。

ズドム!!

タイミングばっちし。

我ながら最高の一撃がモロに大男の腹に届く。

だが、それと相手のダメージは関係ない。

(な・・なんだ分厚いタイヤを殴ったような感触は!?)

「ふっ」

カリグラの嘲笑。

(や、やば!!)

決まったと思って油断した俺に、奴の左腕が迫る。

下から迫ってくるそれは、俺を10メートルほど宙に浮かす程の威力を持っていた。

咄嗟に腕をクロスさせて防御した腕が、ミシミシと悲鳴を上げる。

一瞬の浮遊感。

続いて落ちようとする感覚が、俺の判断の甘さを責める。

無防備だ。

下ではカリグラが落ちてくる俺を今か今かと待ちかねている。

例によって拳が俺を打とうと魔力を纏う。

く・・・・。

「マギウスウィング!!」

寸でのところで殴られる前に距離を取る。

浮力を得たマントが、俺を後退させた。

「ほう・・・・飛べるか」

大男は初めのような構えを取って俺と対峙する。

後ろでは一定の距離を取ってクラウディウスとかいう奴がこちらの様子を伺っていた。

まともに喰らったらマジでやべえな。

・・・マントを使うか。

拳が効かないんなら、切り裂くまでだ!!

今度は責められる前に俺から前に出る。

マギウススタイルになり、強化された体が大地を疾駆する。

真正面から突っ込む。

それを奴の拳が迎え撃つ。

迫り来る破壊の一撃。

それをまともに受ける愚を冒さないように受け流す。

右腕が奴の腕を流し、続いて迫り来るもう一つの腕をさらに奴の懐に飛び込むことでやり過ごした。

「喰らいやがれぇぇ!!」

体を旋回させ、同時にマントを変化させて鋭い刃に変化させる。

ナイフのような鋭さを得たマントが敵を襲う。

狙うはカリグラの右足。

敵は俺の意図を理解したのか、体を後退させた。

マントが足を掠る。

真っ直ぐな線が引かれ、そこから薄く血が流れる。

だが、あの程度じゃ戦闘力は奪えない。

「・・・面白い使い方だ。 機転も利くようだな」

掠った程度じゃ機動力の半減も見込めない。

それに、今つけたはずの傷が徐徐に回復していく。

マギウスの回復力があの程度の傷を簡単に癒しているのだ。

「だが・・・・まだまだ使いこなせていないな。 魔術師と戦ったのは初めてか?」

「・・・・・」

俺はそれには答えずに敵を睨みつける。

「まあいい。 もう少し遊ばせて貰うとしよう」

カリグラが力押しに突っ込んでくる。

初めと同じぐらいのスピード。

俺はそれの中に飛び込んでいく。

ウイングをチラつかせ、相手をけん制しつつ隙を伺う。

切り裂けるなら殴る必要などない。

まともに戦っては敵わないのだから。

迫り来る豪腕。

それを流す、避ける、防ぐ。

弾幕のように次々と打たれる拳が徐々に速度を増していく。

俺もそれを捌くべくさらに速度を上げた。

避けるだけでなく攻撃し、命を狙う舞いとする。

俺と奴の踏み込みによって次々とアスファルトがめちゃくちゃになっていく。

それでも、俺たちの動きに停滞はない。

少々足場が悪くなろうが、そんなことを気にしている暇などないのだから。

当たれば大ダメージが必至の一撃が身を狙っている。

だから、止まる訳にはいかない!!

「大分慣れてきたな? ならそろそろ本気で行かせて貰う」

拳の弾幕が止んだ。

攻める好機と見た俺は、奴のセリフを無視してウイングを振り上げた。

「らあぁぁぁぁ!!」

気合一閃!!

それを奴の拳が迎撃した。

「はあぁぁぁ!!」

バキン!!

鋭さを持ったマントがさらに強固になった拳に砕かれる。

そしてそれは勢いをほとんど殺すことなく問答無用で俺の体を打つ。

胸部に突き刺さるようなそれは、ボディースーツを引き裂きつつ俺の体を吹き飛ばす。

ドガァァァン!!

視界に映る敵の姿が小さくなっていく。

地面と平行に吹き飛んだせいだ。

衝撃で一瞬意識が飛びかけるが、次の衝撃が嫌でも俺の意識を保たせる。

背後にあった建築途中の建物に背中から突っ込んだ俺は、衝撃によって肺から空気を吐き出した。

「はあ・・・はあ・・・」

足りなくなった酸素を得るべく空気を貪るように吸い込みながら敵の姿を確認する。

奴はゆっくりと俺の方に歩いてきていた。

(どうするよ・・・・・素手で刃状のマントを防げるような奴を相手に)

逡巡は一瞬。

いや、まだ武器はある。

両手の魔術文字を確認しながら、壁にめり込んだ身を引き剥がす。

体中に凄まじい激痛が走るが、強引に無視する。

「もう終わりか? まだまだ楽しませてくれると思ったのだがな・・・・」

再び突っ込んでくるカリグラ。

本気で行くといった言葉通り、それは今までのスピードの比ではない。

段違いに速度の上がった敵。

俺はそれを真っ直ぐに見ながら、右手を突き出した。

「勝手に楽しんでやがれ!! クトゥグア!!」

俺の手に現われるは赤と黒で装飾された魔銃。

顕現と同時に発砲。

ダン!!

燃える神性の力を宿した弾丸が敵を襲う。

「ふん!!」

それを奴は拳で弾き飛ばした!!

(な・・・なんつう出鱈目だ!!)

動揺は一瞬。

二発三発目の弾丸を発射する。

ダダン!!

凶悪な銃弾をことごとく防ぐ敵。

それは決して一発目がまぐれでないことの証明。

「ふむ・・・銃口の向きとタイミングさえ分かればそんなものは大したことはない。 もしかしてそれが切り札だったのか?」

・・・どこまで化け物なんだ?

破壊ロボに傷を負わせられるような魔銃の一撃を弾く?

冗談にしては笑えない。

敵は銃弾に動きを止めことなく突撃してくる。

ダンダンダンダン!!

残りの銃弾を全弾打ち込むが如く引き金を引く。

一発一発の狙いを微妙に変え、さらにタイミングも少しずらす。

だが、それらも敵に容易く弾かれた。

「玩具に頼っているようでは俺には勝てんぞ」

今までで一番早い拳。

それが俺の顔のすぐ横を通り過ぎる。

咄嗟に転がるようにして避けたおかげでかわせたが、突っ立ったままだったら確実に今のでやられてた。

奴の拳は建物の壁を突き破り爆砕させる。

その破壊の力をまさに桁外れ。

急いで立ち上がり、距離をとりながら俺は手段を模索する。

(・・・・・マントはだめ、殴っても駄目、ついでにまともに銃を撃っても当たらないときた。 どうしろってんだ)

「・・・そろそろ飽きてきたな。 これで終わりにしようか」

「ざけんなぁぁ!!」

まだ・・・・まだ何とかできるはずだ!!

消耗している体に鞭打って敵に向かう。

右腕のクトゥグアを握り締めたまま。

俺の闘志はまだ消えていはいない。

絶望で心を覆ってもいない。

なぜなら・・・まだ、俺にはまだやることがあるんだよ!!

こうなったら絶対に拳で防げない位置からぶっ放す!!

砕けていたマントを再構成し、俺は突っ込んだ。

「玉砕覚悟・・か?」

ため息をつきながらカリグラが構えを取る。

クトゥグアを発砲。

ダン!!

残り・・・4発!!

例によって弾かれる。

だが、それで十分。

振り切った拳が戻るよりも早く距離を詰める。

二発目発砲!!

ダン!!

迫り来る弾丸を迎え撃つ拳。

(やっぱり普通に喰らったらただじゃすまないみたいだな)

絶対に拳の部分で防いでいる。

つまりはそれは、腕さえ何とかできりゃクトゥグアは効くってことだ!!

マントを刃に変えて接近。

頭部を狙うような一撃で敵の視界を覆う。

それを拳が砕くが、その隙で十分。

「イタクァ!!」

左手に銀色のリボルバーを召喚し全弾撃ちこむ。

ダダダダダダダァァンンン!!

風の神性の力を借りた弾丸が、俺の意思を乗せて突き進む。

それらは俺の意思にそって不規則な軌跡を描き、敵の急所を狙う。

「こしゃくな!!」

大男が、発射され機動が変わった直後の弾丸を信じられないような体捌きでさばく。

6発中4発が防がれるが、残り二発は着実に敵の体に突き刺さった!!

着弾の衝撃が巨体を揺るがす。

「ぐぁぁぁ」

だが、それだけじゃあ足りないのは予測済みだ!!

「くらいやがれぇぇぇぇぇ!!!」

右手のクトゥグアの銃口を敵の体にゼロ距離に密着させる。

残っていた銃弾が三発。

発砲!!

ドドドォン!!!!

それらが無防備な体を蹂躙する。

「ぬがぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

その瞬間、カリグラの絶叫が周囲に木霊した。

いや、これは咆哮だ。

普通ならばさっきの一撃で死んでいなければならないはずだが、奴はまだ生きていた。

マギウスとなったことで強化された身体能力の恩恵だけじゃない。

奴は発砲の瞬間、拳に回していた魔力を全てまわして銃弾が当たる場所を拳並みに強化したのだ。

さすがに3発もの着弾には耐え切れなかったようだが・・・・。

マギウスになっても別に痛覚はなくなるということはない。

だから、今自分を打ち抜いた弾丸による痛みが奴の理性を吹き飛ばしたのだろう。

咆哮がさらにその音量を増していく。

「ち、しつこい!!」

弾が切れた魔銃を消し、俺は急いでマントでもって敵に留めをさそうと迫った。

「がぁぁ・・・ぐあああ・・・・だがぁぁあ!!!!!!!!」

正気を失ったように痛みから逃れるべくカリグラが暴れる。

周囲に無差別に放たれる衝撃波が、周囲を襲う。

「いい加減、だるいんだよ!!」

マントを振り下ろす。

それは確実に奴の頭部を狙っていた。

ブオン!!

何かを振るような音がした。

そして次の瞬間、何か目に見えないものによって俺のマントが横から両断される。

「な!!」

そのせいで俺は奴を倒すチャンスを失った。

「くぅ!!」

急いで後ろに飛ぶ。

その俺に向かって放たれる見えない刃。

俺のいた場所に、複数の線が引かれるようにしてアスファルトが切り裂かれる。

「悪いな。 カリグラに死なれるわけにはいかないのでね」

本を片手に腕をなにやら振り上げた状態で、クラウディウスが宙に浮いていた。

斜め上からの不可視の刃による攻撃。

奴は何も使わずに、飛んでいた。

いや・・・クラウディウスの周囲に凄まじいほどの風が吹いている。

風の力を操って滞空しているのだ。

「ぐがぁ・・・うぐあ・・・・く、来い!! クラーケン!!!!!」

クラウディウスに視線を向けていた俺は、カリグラの異変に気づくのが遅れた。

激痛にもだえ苦しんでいた奴は何もできないだろうと思っていたためだ。

「ほう・・・カリグラも仕事はちゃんと果たすようだな」

「仕事だと?」

カリグラの方を見る。

すると奴は、魔道書『水神クタアト』を掲げていた。

そこに・・・変化が起きる。

ズズゥゥゥゥゥンンンン!!!

何かが、流れる音が聞こえる。

「なんだ? これ・・・・水の音?」

続いて地面が振動し、ひび割れる。

そのひび割れた地面から溢れんばかりの勢いで水が吹き上がっていく。

水は勢いを増し、やがては水柱となる。

水柱は凄まじい高さまでせり上がり、作りかけの高層ビルを越してもなお高くなっていく。

「これはカリグラのデウス・マキナ(鬼械神)、クラーケンを呼ぶための儀式のようなものだ」

「デウス・・・マキナ?」

「魔道書によって呼び出される神を模した巨人、機械仕掛けの神だよ。 それは最高位クラスの魔道書による奇跡の産物。 魔術の一つの形を示すような物だ」

淡々と語りながら、クラウディウスはさらに高く飛び上がる。

「さて、第二ラウンドだ大十字九朗。 君の持っている剣で水神にその力を示してみせろ」

ズザァァァァアァァァァン!!

水柱が割れる。

そして、そこにはあのドラム缶と同じような馬鹿でかい機動兵器が存在していた。

まるで荒唐無稽。

それはどこか角ばった印象を、見る人に与えるような質実剛健なフォルムをしていて、その圧倒的な存在感は、船乗りが恐れた海の怪物のそれと同じだ。

いつの間にか、その辺りでうなっていたはずのカリグラの姿がない。

もうすでにアレに乗り込んでいるということか。

「くそ・・・・次から次へと敵がめんどくさくなっていきやがる」

九朗は急いで左腕につけていたコミュニケを操る。

すぐに通信ウィンドウが開き、そこから藍色の髪をした女性がその姿を現した。

『・・・はい。こちらルドベキア本社。 どのようなご用件ですか?』

「俺は大十字九朗、急いで執事さんか社長代理に繋いでくれ!!」

『・・・・少々お待ちください』

オペレーターらしい女性が回線を回す。

もどかしい、今にもあの馬鹿でかい奴が動き出すってのに!

やがて、少しの時間がたった後にウィンドウの画面が変わる。

そこに映ったのはちょび髭メガネの執事、プロスさんだ。

『おや? 大十字様なにか御用ですか?』

「説明してる暇はない。 悪いけど急いでアイリス・ブレイドをコロニー東部に飛ばしてくれ!!」

『は?』

「敵だよ!! 今コロニー東部に馬鹿でっかい機動兵器がいるだろ? そいつをぶっ飛ばす!!」

『・・・・・・・こちらでも確認しました。 しかし、今はまだアイリス・ブレイドは完全に修復されておりません。 翼はありませんが、それでよろしいですか?』

「構わない!! 頼む早くしてくれ」

『では、大十字様。 聖句を歌い上げください。 射出するよりもその方が早くそちらにつきます。アレはそれに反応して貴方の元に跳ぶようにできておりますから』

「聖句!? なんだよそれ?」

『アイリス・ブレイドを呼ぶ祝詞です。 所有者の貴方ならば呼べるはずです。 お早く』

「って急に言われても・・・・・」

そのとき、彼女の声が聞こえた。

『それは誓いの空より来たる刃、彼方の時を越え、世界さえも超えて誰かを護る剣。アイリスの約束を胸に、それは使い手たるものと共に在る思いの力』

もう一つウィンドウが開き、そこから社長代理の少女が詠う。

「・・・それが聖句?」

『お婆様が教えてくれました。 貴方はこれを使えますか?』

「なんとかやってやるさ!!」

「ぐがぁああ・・・・・・大十字・・・・・九朗ぉぉぉぉぉ!!!!!!」

奴の咆哮が聞こえる。

時間は余りない。

即興でもいい。

確かな歌を。

剣を呼ぶ祝詞を。

俺は・・・・・歌う。

「誓いの空より来たりて!! 決意たる思いと共に!! 我は、護りの剣を執る!!」

体の中を高速で術式が走る。

それは俺の中の魔力と混ざり、剣へのリンクを繋いでいく。

接続されたリンクから、俺のイメージが流れていくのを感じる。

剣を呼ぶ。

なんだ、なんてことはない簡単なことじゃないか。

単に、あいつをボソンジャンプさせようとしているだけなのだから。

「汝、純粋なる刃!!  アイリス・ブレイド!!!」

剣の名を呼び、聖句の締めくくる。

その瞬間、俺の背後に白い光がともる。

やがてそこから、ボソンの海を越えて白き巨人が現われた。

翼を失ってはいてもなお戦える力を持っている剣が。

剣の到来とともに、俺の体が魔術によって本のページのようにバラけながら舞い上がる。

目指す先は巨人の内部。

怪異は一瞬。

すぐに俺は元の姿を取り戻してコックピットに現われる。

急いで本を置き、IFSコンソールを握り締めた。

『ネクロノミコン確認・・・・・・安全装置のロック解除します』

表示されては消えていくステータス表示のウィンドウ。

やがて、魔力機関に火が入り、巨人に力を与えていく。

モニターの先に映っているのは周囲を無差別に破壊しているクラーケン。

滅茶苦茶に動いているそれは、パイロットの理性が切れかけている証拠か?

IFSコンソールを握り締め、機体に自分の術式を疾走させる。

準備は整った。

後は・・・・奴を倒すだけだ。

「行くぜ!! アイリス・ブレイド!!!」

白き剣が、無骨な敵に向かってユートピアコロニーの大地を疾駆した。














「・・・・様子を見るとはいったが、今の魔道書の闇に呑まれかけているシンジョウではきつかろうな」

はるか上空に滞空するはクラウディウスと名乗ったもう一人の男。

その手には魔道書『セラエノ断章』が握られている。

風を支配する旧支配者、ハスターの力を宿した力ある魔道書だ。

それと男が編み上げた術式の風が、人間一人を高高度に誘う様な力を生み出している。

男は眼下で対峙する二体の巨人を見ながら呟いた。

無骨なクラーケンと洗練された姿を持つ白きアイリス・ブレイド。

通常の常識を超えた規格外の大きさと、魔術兵装を有する二体。

その機動兵器が同時に動き出す。

先に仕掛けたのは、堅牢な印象を見るものに与えるクラーケンだ。

強大な両腕を持ち上げ、アイリス・ブレイドに向ける。

すると、その腕がまるで生きているかのようにアイリス・ブレイドに向かって伸びだした。

ワイヤーに繋がれ、遠隔操作による制御で敵を狙うクラーケンの両腕、それはまるで獲物を求めて大口を開けた大蛇のようだ。

軌道は不可思議で、蛇のような動きを見せながら迫っていく。

その腕の先には、かぎ爪のような鋭いナックルガードが覆っていた

アイリス・ブレイドは迫ってくる二本の腕を飛び越えるように跳躍して回避する。

大質量の物体が着地する振動と音が周囲に響く。

両腕が弧を描きながら獲物を追い求め、周囲の建造物を破壊しながら突き進む。

両腕に接触した建物は、全てが粉々に粉砕されてその蛇の道を作り出す。

アイリス・ブレイドはそれらに追いかけられながらも、蛇の元を断つべく走る。

クラーケンに接近するより先に、迫り来る腕が再度襲う方が早い。

今度は両サイドから挟むようにして腕が迫る。

その瞬間、一瞬捕まったかのように見えたアイリス・ブレイドが、通常では考えられないような速度で前方に加速した。

両足に薄緑色の光を伴い、通常の移動スピードを遥かに上回る速度でクラーケンに迫っていく。

そして、跳躍からのとび蹴り。

「アトランティス・ストライク!!」

叩き込まれる蹴りが、薄緑色の光と共に炸裂する。

ドガァァァァァン!!

衝撃が爆音を呼び、爆発のエネルギーがクラーケンの巨体を襲う。

巨体が吹き飛ぶように後ろに飛ぶ。

一撃は、大質量の物体を吹き飛ばすほどの鋭い威力を誇っている。

だが、それは普通のレベルの話だ。

普通じゃないレベルのクラーケンの装甲を、軽く凹ませる程度の傷をつけたに過ぎない。

それほどにクラーケンの装甲は厚かった。

破壊ロボなどとは比べ物にならない防御力だ。

元々の金属の厚みと、魔力障壁による相互作用がその防御力をさらに増幅している。

多くの建物を押し倒しながら倒れたクラーケンが、立ち上がっていく。

それによって一度動きを止めた両腕が、再度アイリス・ブレイドを襲う。

背後から迫ってくるそれを、アイリス・ブレイドは機体を横に旋回させながら避ける。

しかし、時間差で迫った二本目の腕がアイリス・ブレイドの肩をかすめ、装甲にヒビを入れた。

一撃は重い。

それからも、数度に渡って両腕がアイリス・ブレイドを攻め立てる。

延々と追ってくるそれに辟易したのまたも、クラーケンに向かうアイリス・ブレイド。

それを確認した瞬間、攻め立てていた両腕がワイヤーを伝って逆回しのようにクラーケンに戻っていく。

そして、戦場に変化が起きた。

クラーケン前方の地面、それがヒビ割れていき水柱を出現させる。

出現した水柱は凝縮されるようにしてクラーケンの両腕に集っていく。

ありえないほどに圧縮され、強固さを得た水が接近してくるアイリス・ブレイドを迎え撃つべく放たれる。

弾かれ、無数の水滴の如き弾とり、銃弾のような威力を宿しながら空を飛ぶ。

視界を覆うようなほどの無数の弾丸。

それらが次々と、アイリス・ブレイドを襲う。

瞬時にアイリス・ブレイドがディストーションフィールドを展開するが、弾丸はそれを容易く突き破って巨人を傷つけていく。

魔導兵器を通常装備で防ぐことなどできない。

軽減はできるだろうがそんなものは、薄皮のようなものだ。

次々と着弾する水によってアイリス・ブレイドの装甲が削られ、振動する。

「・・・・ほう。 理性が切れたかと思ったが、まだまだ大丈夫だな」

自分のデウス・マキナを召喚して援護でもしようかと思っていたクラウディウスだが、それを見てやめた。

蹂躙されていく白き巨人。

今この状態は自分が手を出すような場面ではない。

そう、これは選定なのだ。

全てを越えうるような力も持つ者かどうかの。

それが判断される場面なのだ

選定にたる人物ならば、あらゆる者を凌駕してもらわなければならない。

彼らの計画を担う者として。

更なる苦境に立たせるのは簡単だが、段階的にレベルを上げさせて確かな力を得させる。

そのための様子見の段階として、初めはコレぐらいで丁度いいだろう。

彼らの指導者は、彼らに選定役を任せたのだ。

乗るものは荒削りではあるが、第一ラウンドを越える程の光を宿しているし、巨人は今選定している最中だ。

ならば、手を出すのは得策ではない。

苦境の中でも死中に活路を見出す。

それは戦いでは必須なスキルでもあるし、それができないようならば彼は必要な者でないということだ。

「さて・・・・・第二ラウンドはどう攻略するのだろうな。 できれば君が条件を満たすことを願うよ。 大十字九朗」

クラウディウスは冷静に任務をこなすべく選定する。

実力を試すようなカリグラとは違った選定だが、直接ではなく離れた視点から選定するのが今回彼に当てられた役割だ。

眼下で魔水に苦しむ白き巨人。

それを眺めながら、クラウディウスは巨人達の戦いのみを見続けていた。

それが自らの仕事であったし、彼レベルでは周囲に異常など感じられなかったから。

だから、それのみに気を向けていた彼は気づいてはいなかった。

さらなる上空で、彼を含めてこの戦場全てを見ている二人がいたというのに。

それは黒いバイザーに黒マント、黒のボディアーマーを纏い、肩に小さな騎士を携えた王だった。







「まったく、人の商売の邪魔をしやがって。 目当ての客が帰ってしまったじゃないか・・・・どいつが今回の俺の敵だ?」

「いつものように王に害をなす者全て、ではないでしょうか?」

「全て・・・か。 この無限地獄こそが最大の敵だな。 どうすれば破壊できることやら・・・あるいはあの女の手の内で踊り続け、奴が目的を達するまで待たなければ、永久に出られないということか? あの女の本体が目の前にいれば真っ先に狩ってやるのだがな」

口を歪めて言う。  

「・・・・何が奴の目的かは知らんが、とりあえず今はあいつが目障りだな」

魔水から逃げ回っている巨人を見ると、ひどく嫌悪を感じる。

(・・・なぜだ? 俺の役柄を考えれば、彼に嫌悪する理由はないはずだが・・・・)

「・・・・レメ、やるぞ」

不快感が拭えない。

ならば、後のためにもここで潰しておくに限る。

彼が今まで感じてきた中で、最高クラスの不快感がアレにはあった。

決まってそういう奴らが、今まで彼の敵になってきた。

だから、早いうちに消す。

彼の出した結論は簡単なものだった。

例え、今までの世界で幾度となく戦ってきた南雲やシンジョウがいたとしても。

もう目に入ってはいない。

あのような小物などもはや何人集まろうと彼の敵ではない、故に最優先はあの男だった。

「・・・王?」

「ゲーティアを出す」

「!?」

「あいつは危険だ。 ・・・奴個人に恨みは湧かないし、個人的にはまるで遠い昔の友人のように感じられる。 だが・・・・今の奴から感じる生理的嫌悪が、奴を相容れぬ者だと言っているんだ」

騎士の驚きに答えて、王はゆっくりと魔法陣を空中に描き始めた。

複雑怪奇なそれは、魔術文字を混ぜ合わせて描かれた六芒星なる陣を描こうとしていく。

が、描いていた腕が止まった。

何者かが彼の腕を掴み、描くのを止めているのだ。

「・・・・わざわざ殺されに来たか。 名無し」

「名無しはひどいなぁ。 あ、そういえば今回の名前を教えていなかったね。 今回はアルラで名乗ってるよソロモンの王?」

「分岐点まで出てこないのではなかったのか? まだ半日しかたっていないぞ」

「なあに、俳優のミスを止めるのも舞台監督の仕事だろう? 僕もわざわざこんなことしたくないんだけどさ。 アドリブは利かせたほうが時に舞台は面白くなるけど、今君がしようとしていることは舞台を台無しにすることなんだ。 そうなると・・・・また永劫が続くよ? 君はそれでいいのかな?」

「・・・・ち、何が舞台監督だ。 あんたはろくでもない神様だよ。 俺が殺したいと思うほどにな」

「ははは、それは光栄だね」

「そのうち貴様を地獄に落としてやる。 覚えておけ。 開放されたら真っ先にお前を消してやる」

「うわ・・・怖い怖い。 覚えておくよ。 じゃね今度は僕が止めないときにしてね?」

「ちっ!」

描きかけた魔法陣を霧散させ、彼はその場を去った。

本当ならばさっさとアレを破壊したかった。

だが、永劫が終わらせない限りあの女を倒しても意味がない。

だから去ったのだ。

残ったのはアルラと名乗った女だけ。

「ふう・・・大分苛立ってるねぇ王は。 ま、当然かな君にとっては彼ほど不快感を感じる者もいないだろうからねぇ」

女は笑う。

視線の先には必死に戦う、舞台俳優たちの姿。

全てが彼女の手の内にある。

選定も、そしてその結果も彼女が望んだとおりになりそうだ。

イレギュラーは彼がまだ彼女と繋がる本を持っているということだけ。

それはまあ些細なことだ。

海原に小さな水滴を落としたとしても、さらなる波には決して勝てはしない。

彼女にとっては過程はどうでもいい事柄でしかなく、結果さえでればいいのだから。

必死でもがく彼らに絡めるように糸をかけ、足掻かせ、さらなる高みでもって彼女の目的を遂行してもらう。

彼らはそのためだけに必要な俳優なのだから。

「さて・・・どうやってカリグラ君のクラーケンを倒すのかな? 大十字明人君、君なら・・そうだね。 手段なんて無数にあるだろう? 例えば、鏡とか・・・ああ、あの二人もありかな?」









<ルドベキア地下 司令室>

「・・・・はあ。 被害は洒落になりませんね」

モニターに移っているのは二体の大型機動兵器。

それがユートピアコロニーの一角で大立ち回りをしていた。

周囲のビルを問答無用で破壊し、それらははた迷惑な戦いを続けている。

唯一幸いなのは、そこが開発区画だったために人通りが少ないことだろうか?

「しかし、司令。 この場合は仕方ないのでは? 大十字様もアレでは不用意に近づけはしないでしょう」

プロスペクターの言葉にルリはため息をつく。

そんなことはルリにも分かっている。

だが、愚痴でもこぼさないとやってられなかった。

アイリス・ブレイドの戦闘の後始末は、ルドベキア本社の仕事でもあるのだから。

「イネスさん。 敵機動兵器の解析はどうですか?」

「全然さっぱりね。 あんまり参考になるようなことは教えられないわよ? 唯一言えるとしたら・・・敵の 機動兵器はアイリス・ブレイドと似たような存在ってことかしら? いえ・・・それ以上に不可解だわ」

「アイリス・ブレイドと似ている・・・・ということはあの水は魔術兵装?」

「そうだとしか説明できないわね。 何も無いところからいきなり水を出したり、それをアイリス・ブレイドのフィールドを破る威力にするなんて、とても今の科学じゃ無理ね。」

「アレがアイリス・ブレイドの敵ということなのでしょう。 社長はこれを予見して剣を作り上げた・・・・さすがですな。 全てはアレに対抗するためですか」 

イネスの言葉にプロスペクターが続ける。

「・・・そうかもね。 社長の言動と行動はまるで全てを知っているかのように的確だから・・・・ま、科学者としたらあんなものは悪夢でしかないけれど」

(オーバーテクノロジーの産出地である火星。 現在の科学者が否定するような魔法じみたことを可能にする機動兵器の登場。 ・・・・お婆様。 答えがあるのなら教えてください。 火星はこれからどうなるんですか?)

言いようのない不安を感じながら、ルリは唯一の対抗手段である剣を見つめる。

ルドベキアにはアレしか対抗手段がない。

全ては今、パイロットである大十字九朗の手に委ねられているといっても過言ではないだろう。

彼が負ければ・・・全てが終わりなのだ。

あらゆる犠牲を出しながらも敵を倒すための戦場になりかねないのだ。

ここユートピアコロニーが。

自分達が住むこの場所が。

(考えても仕方ありませんね。 そのときはそのときです。 今やれることだけをやるしかないんですから)

不安を心の中に隠し、司令としての顔を表に出しながらルリはモニターを見上げる。

アイリス・ブレイドは魔水に襲われながらも、勝利のチャンスを狙っていた。












「ちぃ!!」

次々と衝撃を受ける機体。

それによって機体にエラーが出ては消えていく。

モニターに映るのは夥しい数の水、それらが、全て銃弾の如く攻め立ててくる。

魔力によって召喚された水は、延々と地面の下から発生していて弾切れを起こしそうにない。

装甲が穿つ弾丸。

銃創が装甲にでき、その間から巨人の血潮たる水銀が流れ落ちる。

状況は良くなかった。

「・・・・断鎖術式一号ティマイオス!! 二号クリティアス開放!!」

かき集めたディストーションエネルギーを脚部シールドに集めて放出。

距離を取るべく後退する。

大地を大きく跳ぶようにして後ろに下がり、建物を盾にしつつ走る。

移動したアイリス・ブレイドを追うようにして、魔の水が次々と周囲に降り注ぐ。

それはまるで機関銃のように容赦がなく、周囲の建物が次々とそれによって倒壊していく。

高速で疾走する機体の中、九朗は次の手を考えていた。

(くそ・・・近づけないんじゃどうしようもない)

敵を倒す手段はある。

第二近接兵装は大して効果はなかったが、第一近接兵装は別だ。

喰らえば、抗いようのない必消の一撃。

死の一撃を与える絶対消去魔術兵装『アトロポス・インパクト』。

だが、それは使われることなく左手で眠っている。

絶え間なく放たれる水を避けるのに精一杯で、近づくことができないのだ。

そんな状況では、近接兵器は効果をあげることなどできない。

(遠距離武器がいる。 もしくは・・・隙を作らせる何かがあれば・・・)

『遠距離武器検索・・・・・該当1、ディストーションレールガン2門』

(・・・・・アトランティス・ストライクがあんまり効果がないんだ。通常兵器は牽制程度にしかならないか?)

思考中にも弾丸は襲ってくる。

『該当2、自動式拳銃』

(こいつに拳銃が?)

『該当3、回転式拳銃』



初めに乗っていたときに、他に武器がなかったために気にしていなかった九朗は機体の報告に驚く。

だが、見たところ機体には拳銃など装備されていない。

ならば、なぜ兵装項目にそれがあるのか?

疑問に思った瞬間、あの二人が自己主張するかのように両腕の魔術文字が光る。

熱く燃え滾るような感覚と、感覚が消え去るような冷たさが感じられる。

「・・・・まさか、こいつは」

術式を機体に乗せる。

疾走している機体の腕が光る。

まるで、自分の体のように反応するそれは二丁の拳銃を召喚し、握り締めた。

それはあの二丁、すなわち・・・。

「クトゥグアとイタクァ・・・・」

『残弾数共に0・・予備弾薬装填を推奨』

(予備弾まであるのか? 俺の剣・・・ここまで来ると出来すぎだな、けど・・・今はそれがありがたいか)

機体を疾走させながらリロード。

クトゥグアを一旦消し、イタクァにスピードローダーで弾を装填。

続いて同じようにイタクァを消してクトグァのマガジンを交換。

「よし・・・・反撃開始だ!!」

二丁拳銃を発砲!!

ドドオン!!

突き進む弾丸と軌跡が変化する二種類の弾丸。

その二つが魔水の合間を縫うようにして敵を襲う。

その魔弾を、クラーケンが水を纏った腕で弾く。

「さっきの再現かよ・・・・・いや・・・・アレが魔力じゃなくて水なら!!」

左手のイタクァに走る魔術式に手を加えつつ、クトグァで牽制する。

弾丸を弾くためにやや攻撃が疎かになった。

その隙をついて、集中力を極限まで高めると同時に魔力を込める。

クトゥグアを消し、右手にイタクァを持って叫ぶ。

「風に乗りて来たれ!!」

手を加えた術式に、魔力を大幅に流し込んで発砲。

と、銀の回転式拳銃リボルバーの銃口から、魔力によって顕現した神鳥にも氷竜とも見れる姿の神々しい神性が解き放たれた!!

超低温の冷気を纏うそれは、イタクァの神獣形態。

周囲のあらゆる物を凍えさせ、凍結させながら空を翔る。

甲高い嘶きと共に向かう先は、無骨なデウス・マキナ、クラーケン。

そして、それに続いてアイリス・ブレイドも敵に向かって走る。

先を行くイタクァが、アイリス・ブレイドの行く手を阻むべく向かってくる魔水を凍らせては弾いていく。

それは威力の違いが、はっきりと出ている証明。

これは、それほどまでに強力な一撃だった。

「すげぇ・・・・・よっしゃ!! これで、決める!!」

イタクァがついにクラーケンに到達する。

通常の弾丸とは違い、突撃してくる神性を止められないと判断したのか、クラーケンが両腕をクロスさせ凝縮していた水を広げて完全に防御の構えを取った。

着弾!!

「ぐぉぉぉぉぁあああああああああああ!!」

咆哮をあげながら抵抗するカリグラ。

だが、神性の力はそんなに生易しいものではない。

ギチギチと、空間をきしませるような音と共に、クラーケンの両腕と地面から湧き出る水が共に氷付けにされる。

そして―――

パキィィィィィン!!

崩れるようにして肘先から両腕が砕け落ちた。

「これで、水芸は使えねぇだろ?」

イタクァの後を追うようにして走ってきていたアイリス・ブレイドが迫る。

それに危機感を感じたカリグラの防衛本能が、凍っていない位置から再び水を湧き上がらせ、機体に纏おうとする。

が、遅い!!

「消滅は必然!! なればこそ我は汝らに無の理を解く!!」

莫大な量のエネルギーが魔術機関から生成されて荒れ狂う。

世界と言うデータベースに干渉するための魔術兵装が、今その猛威を振るうべく始動する。

左腕のシステムが唸り、荒れ狂う術式が九朗の意識を得て形を得ていく。

「消え果て、失い、無に還れぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

編み上げられた術式が、絶対たる意思を持って完成する。

同時に機体の背面に五芒星が描かれて破邪の印となり、魔を払う証となった。

背面のブースターと、脚部シールドの推進力が一瞬で間合いを詰める。

そして、巨人達の距離が零になった!!

「アトロポス・インパクトォォォォォォォォォォ!!!」

叩きつけられるそれは光り輝く掌。

その光が、結界となって対象の巨人を包み込む。

閃光が夜の闇を照らし、周囲を眩しいほどに照らし出す。

「うがぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

恐怖に怯える咆哮が、間近に迫る死への抵抗の叫びが、クラーケンから轟く。

今、カリグラが見ているのはきっと死へ一番近い光景。

本能的な恐怖によって感じる絶対たる終焉への絶望。

存在を暴かれる。

死による結果の消滅、世界からの消去という形。

それは・・・・どれほどの恐怖を対象者に与えるだろうか?

答えは、喰らった者にしか分からない。

消去デリート!!」

閃光が魔術文字に包まれて爆縮する。

無骨なる巨人が消えていく。

徐々に、細々とした破片となって。

やがて、神を模した巨人は完全にこの世から消え去った。













「ふう・・・コレで終わりか」

完全に消え去った敵を前にして、九朗は一人呟く。

その九朗に遥か上空から声をかける者がいた。

クラウディウスだ。

「・・・おめでとう大十字九朗君。 君は確かに我々の選定で合格点を出した。 よって君を我々の敵対者として認識しよう」

「合格て・・・・!?」

驚きと共に目を見開き、九朗の視線はクラウディウスの肩辺りで固まった。

クラウディウスはどういうわけか、肩にマギウスから戻ったカリグラを担いでいた。

その時、九朗は気が付いた。

モニターの一角で小さく、ボース粒子反応が計測されていることに。

「ボソンジャンプか!?」

「そう・・・都合の良い技術だろう? アレはこと移動手段としては最適だからな。・・・とまあ、貴様には関係のないことか。 ・・・そうだな、かわりに合格した褒美として我々のことを少し教えておいてやろう」 どこか、遠くを見ながらクラウディウスは語る。

「我々は『火星の後継者』。 人類の未来を危惧する者だ」

「火星の・・・後継者? 人類の未来? てめぇ、何訳の分からないことを言ってやがる!! そんな手前らの勝手な事情で俺に戦い仕掛けてきやがったのか!!」

「そうだ。 この計画は絶対に失敗することは許されない。 そのための我々『逆さ十字の咎人』アンチクロス、そのための貴様だ」

「俺? まさかお前ら、俺にもその火星のなんたらに入れってんじゃねぇだだろうな!!」

「はははははは・・・・なんだ入りたいのか?」

クラウディウスが嘲笑する。

心底可笑しいと言う風な感じで。

「へ、冗談!! 人様に平気で迷惑かけるような奴らの仲間なんぞに誰がなるかよ!!」

「それでいい。 貴様は我々とは役目が違う。 我々と同じになってもらっては困るのだよ」

「は・・・?」

「貴様はそのまま戦い続けるがいい。 我々の対極の存在として悪たる我々を断罪する正義であれ」 まるで、自らを悪だと言う様に語るクラウディウス。 その目は、悪だというのにどこか正義感のような物を宿していた。 闇に呑まれていはいない。 なのに・・・・なぜ彼らは悪たろうとするのか?

「・・・正義だと?」

「我々は悪だ。 そして貴様は我々を倒す正義。 それでいいのだよ。 それこそが今後君に求められるものだ」

「訳わかんねぇよ!! もしかして貴様らアレか? 集団で妙な電波でも受信してやがんのか?」

「・・・・確かに、まともではないかも知れんな。 だが、それは全て人類のため。 我々は我々の正義のために自らを悪とする。 ・・・・まあこの辺でいいか。 後は自分で見つけて見せろ。 我々は今このときより動き出す。 我らを止める上で知っていくがいい。 絶望の果てにあるだろう未来を掴むためにな」

そういうと、奴の体が妙な光に包まれる。

『ボース粒子反応確認』

計器が観測するのも束の間。

奴は一瞬で消え去った。

「わけ・・・わかんねえよ」

白き剣の中で九朗は呟く。

ドラム缶だけだと思っていた敵が、実はさらに強大な力を持っていた。

それだけでも面倒くさいのに、自分には奴らを倒す役割があるという。

クラウディウスは自らを悪だと言い、九朗には正義たれと言った。

悪を悪と知り、それでもなお奴らが悪とならなければならない理由でもあるというのか?

疑問が尽きない。

「めんどくせぇ、やるなら人様に迷惑をかけないようにやりやがれよな・・・・・・・はぁ」

ため息しか出てこない。

命のやり取りをして、敵を、ユートピアコロニーの街を破壊する奴らを倒す。

一般市民の九朗には、どこか自分の居場所というか立っている場所が絶対的に間違っているような気がした。

(何かが違う。 何かが間違ってる・・・・なんだ?)

不快感がある。

まるで、何かを忘れているような不快さと居心地の悪さ。

(これは・・・・なんだ?)

九朗は白き巨人の中で悩む。

それは・・・・ルドベキアから通信が来るまで続いていた。












あとがき

どうも、谷島です。

人と話すことが苦手なので、文章もまた変になっていないかと心配している私です。

自分ではこれでいいんじゃないか?

などと思って投稿してますが、指摘されて始めて気づくなんてことがよくあります。

文章は難しいですねぇ。

それと、自覚してるんですが私はウエストの持ち味を表現できていないです。

本当のウエストはもっと濃いキャラで、しかも憎めない奴でありもっともっと味のあるキャラクターなんですが・・・。

まあ、それは今後の課題としていきます。

では・・・また次回!!










21:07 2004/07/13

 

 

 

 

 

代理人の感想

んーむ。

火星の後継者の幹部連中がアンチクロスだったり、設定はいろいろと捻ってるんですが。

なんか一歩足りないというか。

原典と命名の意図が良くわからないオリジナルの固有名詞も問題かも。

前座機体にしたって何でアイリス・ブレイドなんて真打ちと全く韻を踏まないような機体名なのか、とか。

アトランティスストライク他は同名なのに、アトロポスはどこから引っ張ってきたんだとか。

 

 

本日の誤字

クラウディス→クラウディウス

アトポロス→アトロポス