ここは地球連合軍本部、第二会議場。連合を揺るがす、度重なる問題の今後の対応を協議する為、星持ちの将官が忙しい中、集まっている。忙しさのあまり持ち場を離れられなかった者は、職場からのホログラフィーによる擬似参加で対応していた。

ちなみに星持ちとは、准将以上の階級を持つ者の事。准将以上の階級章は、古き良き伝統に従い、星の数で示される。最高は星五つの元帥。軍における最高位、そこに君臨する地球連合宇宙軍司令長官、地球連合陸軍司令長官、地球連合海軍司令長官、地球連合空軍司令長官、地球連合統合参謀本部議長も出席している。

そして、彼ら元帥の上に君臨し、その人の上は地球連合政府大統領のみという一応政治家、実態は退役将校の地球連合総軍司令長官まで顔を連ねていた。

「さて、お集まりの皆さん。本日、最初の議題はネルガルの新造戦艦、ナデシコの一件に関してです。」

答弁台にて、話を始めたのは大佐の階級章をつけた一人の将校。当会議の司会役である。

彼が口を開くと同時に会議場のそこかしこから、ざわめきが聞こえてくる。

「連中め!我々を舐めているのか!?くそっ!戦艦の民間運用なんぞ、聞いた事も無い!!」

「敵が言葉通りのエイリアン(異邦人)であるがゆえに出来た特例ではあるがね。」

「特例?そんなもの許すわけにいかん!企業の戦艦装備が当たり前になってしまってからでは遅いのだぞ!?我々の存在意義が消し飛んでしまう!」

「その通り!直ちに拿捕してしまうべきだ!いや、既に失敗していたな。撃沈してしまえ!!」

「道具をどうこうした所で、体質は変わらん。それよりもネルガルは取り潰してしまうべきだ!ネルガルに続く企業が出ないように。」

「いや、潰してしまうよりも従属させるべきだ!連中の商品は木星蜥蜴を圧倒出来る。なんらかのペナルティーで連中を軍属にしてしまうか、奴らのとっておきを安値で買い叩くなりをすべきだ!」

「こほん!」

司会が咳払いをして、雑談を打ち切った。

「ネルガルの製品について話が出たところで、連合軍技術研究本部部長から現在の進捗状況などを伺ってみましょう。お願いします。」

一人の男が紹介と共に席を立ち、その場で話し始める。

「どうも。現在、技術研究本部は通称、木星蜥蜴が我が連合軍を圧倒し続けた原因である三つの技術。ディストーション・フィールド、グラビティー・ブラスト、相転移エンジンの解析と開発に着手しています。この一年で、すでに基礎研究段階はそれぞれ終了しております。そもそも、通称バッタと呼称され…」

部長が講義にいそしんでいるあいだに簡単に説明すれば、連合軍は第一次火星宙域遭遇戦にて、辛うじて撃破出来たバッタ等の小型機動兵器を出来うる限り回収した。当然、撤退に次ぐ撤退だった為に大した数を回収出来た訳ではないが。

その鹵獲兵器の中には、カトンボも含まれていたとか。

技術研究本部は直ちにその鹵獲兵器のリバース・エンジニアリングを開始した。リバース・エンジニアリングとは、既存のハードウェア、ソフトウェアを分解、解析して、その構造や仕様、使われている理論などを理解する事である。これは一歩間違えばデット・コピーを量産する切っ掛けとなり、素人にはお勧めできない諸刃の刃である。高い技術力と有能な人材が豊富に無ければ、得た情報を元に新規開発という芸当は出来ない。

解析が終了し連合軍向けの各種装備の設計図が大急ぎで煮詰められていた時に、ネルガルがナデシコとエステバリスを電撃発表したのだった。

ネルガルが次世代の兵器を開発していた事は連合軍諜報部の調べで判明していたが、ソレがいかなるものか?というのはネルガルSSの厚い壁に阻まれて、さっぱり伝わってこなかった。

本来なら兵器開発は軍と密接な連絡を取りつつ行なう物である。最大にして公的には唯一のユーザーである軍を無視して作った兵器に使い道は無いのだ。

ちなみに兵器開発の手順は、軍需メーカーの製品、砲、発動機、鋼材、レーダーなど電子機器、などなど必要な機材のデータを元に軍が「こんだけ動き回れて、こんな武器を持った、これぐらいの大きさ、重さの兵器が欲しい。」といった要求仕様書を提示する。これに各、メーカーが要求仕様に沿った企画を提示する。軍が各社の企画書の中から気に入ったのを選び、予算を出す。

これが次世代機、例えば新機軸の推進器の装備を計画していたりする場合、要求仕様書に「この推進器を搭載した物を作るように」とソレのデータを付け加えて提示される。

まれにメーカーの方からこういう新機軸の機体を研究している。と打診があって、軍が研究費用を肩代わりする事もある。

後は、次々に作られてゆく設計図、モックアップ、原型機、時には実用試験機、試作機、そのデータを元に改良した先行量産機、そして正式量産一号機。そのそれぞれで軍のツッコミを受けつつより完璧を目指して改善、改良をほどこす。

もちろん、メーカー側は技術革新と共に複雑化するばかりのハードウェア、ソフトウェアからバグ取りをするのが精一杯。改善点を洗い出して改良出来るほどの余裕が失われて久しい為、軍のツッコミも全てが受け入れられる訳ではない。

が、そのツッコミ。軍の要望をまったく受けずにネルガルは作ってしまったのだ。

あまつさえ、新型機動兵器・エステバリス。その先行試作機を軍に提供するほどのツラの厚さを示した。

軍が面白くないとケチをつけるのも、無理は無い。もちろん、ネルガルにも言い分がある。

幸運にも手に入れた火星遺跡群の技術、理論をたやすく地球市場へ流したくなかったのだ。

そう、正しく市場に参加する為には同業の各社と連携を取らなくてはならない。その時点でネルガルが得た新技術は市場に拡散してしまうのだ。

下手に公開すれば先のリバース・エンジニアリングで即座に解析され、似た物が大量発生してしまいネルガルの利益に繋がらなくなってしまう点もある。

これを独占し、完全に自社の技術にしてしまい、ありとあらゆる商品に対応出来れば、巨万の富を得られる!と暴走してしまうのも無理はあるまい。

「…と、言う訳ですでに、各種機動兵器用のディストーション・フィールド発生装置の量産型がロールアウトしておりますので、もうじき各地の軍直轄工場にて生産、各部隊に支給されます。艦船用は今年度末を予定。グラビティーブラストも今年度末。相転移機関は来年末を目処に開発中です。現在、ディストーション・フィールド、グラビティー・ブラストを装備した新型艦船の開発を急ピッチで進めております。もちろん、相転移機関、開発完了後には換装出来るよう計画しております。来年一月中には一号艦が就航予定です。」

部長の話が終わった。同時に会場から賞賛の声が次々に上がった。

なぜ、こんなに急ピッチで開発が進められるのか?ナデシコ本編では、連合軍は後半まで木連兵器群に翻弄されていたではないか?答えはアリスの初陣に関係している。

「短編バージョン」でアリスが完全破壊したカトンボとバッタ、ジョロの分遣隊。

分遣隊の壊滅によって穴の開いた戦域を木連の担当部門が整理した結果、ヨーロッパの軍研究施設が一時的に攻撃圏内から外れたのだ。

運の悪い事に連合宇宙軍第1艦隊が回収してきた無人兵器群は、そのヨーロッパ軍施設に運び込まれていた。

本編においては僅かに生産できたディストーション・フィールド搭載機で抗ったものの壊滅。連合軍の火星遺跡由来の兵器解析は大幅な停滞を余儀なくされた。

件のヨーロッパ軍研究施設は現在、ディストーション・フィールド搭載戦闘機、同ホバー戦車、エステバリスなどで厳重に警備されている中、隣接している工場で各種兵器を生産している。

アリスの一戦とそれに纏わる木連側戦域の再編成で研究施設の首の皮が繋がったといえる。

ちなみにホバー戦車とは、キャタピラの代わりに重力波推進で地表上1m未満を滑空する戦闘車両である。対装甲目標の主力戦車、長距離砲撃用の自走砲、兵員輸送用の装甲戦闘車などのバリエーションがある。

滑空する事によって、走行時の振動から解放された戦車は各部品の損耗度が下がり、結果、整備性が大幅に向上し、また、滑空する事で部隊の展開速度はとんでもなく早くなった。

燃料をドカ食いするが、いざとなれば高空を飛行機のように飛ぶ事も可能である。

「技術研究本部部長、有難うございました。さて、ここで地球連合総軍司令長官から今後の方針を伺います。」

初老だが足腰はしっかりしている厳格な顔付きの男が立ち上がり、答弁台に移動した。

彼もアリスの一件で命を拾った一人である。

当時、ヨーロッパ戦線視察に向かっていた彼は乗機ごと、遭遇したバッタの群れに叩き落されてしまったのだった。

ワンマン社長な統率力を持った彼の死が与えた影響こそ、本編にて軍がまともに動けなかった理由の一つである。

「Happy・New・Year、諸君。さて、ネルガル所属船、ナデシコに対する連合総軍の対応を発表する。…我らは彼らに一切、関与しない。ネルガルに対してはエステバリス、相転移炉搭載戦艦の増産要求で済ます。」

ざわめきが会場を満たす。と、一人の将官が挙手し立ち上がった。連合宇宙軍第3艦隊第2地球軌道守備隊司令である。

「閣下。どういうおつもりですか?ネルガルに対してはハッキリとした対応をしなければ、第二、第三のナデシコを許す事態に陥りますぞ?」

冷静ではあるが、表情にネルガルに対する怒りが滲み出している。

「これもこれで、ハッキリとした対応だと思うがね。なに、安心したまえ。連中、じきにナデシコを持て余すはずだ。なにせ、軍艦の維持には金が掛かる。連中がどういう意図でナデシコを作り出したかは判らんが、いずれ、軍に払い下げられるか、輸送艦に改装されるだろう。使い道の難しい物を後生大事に抱えるほど企業もアホではないよ。戦闘艦なぞ下手に持てば、テロリストと認定されてもおかしくないしな。結論として第二、第三のナデシコは誕生しても軍属になるだろう。我々はなにも困らない。」

司令長官の言葉と同時に、司会役から通信の連絡を受けた。彼は即座に了承した。

と、弁論台の後方にある巨大スクリーンに電気が通る。

「あけまして、おめでとうございま〜す♪」

大きな声と共にスクリーンに映ったのは、華麗な振袖に身を包んだナデシコ船長の姿だった。

反論を結果的に封じられてしまった連合宇宙軍第二地球軌道艦隊司令の額に怒りの血管が、ビシリッ!と浮き上がった。


機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE

機械仕掛けの妖精

第三話 誰にも告げない「さよなら」



 地表から100kmの超高空、いや、もう宇宙に近いソコに一隻の船があった。現在も宇宙に向け上昇中のその船の名は、ナデシコという。

ナデシコで一二を争うほど、熱気に包まれた場所、食堂で、唯一の男性従業員が険しい顔で食材の下ごしらえを続けていた。

テンカワ・アキトである。

彼がそんな顔をするのも無理は無い。出航時以来、エステバリスに乗っていないアキトに一部クルーの非難が集中していたのだ。

しかも、太平洋上でのチューリップとの戦闘はアリス一人にまかせっきりだった。

ハッキリ言ってド素人のアキトを空戦フレームに乗せて、先の戦闘に参加させても、まっすぐ飛ぶのが精一杯。まともに戦えず、戦いの足を引っ張るのが関の山だったろう。

とはいえ、人間という生き物は基本的に正論だけで納得出来るほど理性的な生き物ではない。

特にアリスと付き合いがある整備班からの非難が二人のエステバリス・パイロットに向けられていた。

ちなみにもう一人のパイロット、ダイゴウジは非難など、どこ吹く風とばかりに普段通りに生活していた。

だが、火星以降散々な目に会い続けてきたアキトはもう限界だった。

「痛てっ!」

考え事をしながら作業をした報いなのか、アキトは指を包丁でザックリ切ってしまった。

「…はぁ。…テンカワ!とっとと医務室に行って来な。手当てしてもらったら、気分を入れ替えるまで休憩してな。今のままじゃ厨房に立たせらんないよ。」

ホウメイが、なんともいいようの無い顔でアキトに告げる。

「すまないね、テンカワ。アタシじゃアンタの悩みを解消出来なかったよ。」

ホウメイが疲れた声で、アキトの出て行ったドアに向けて呟いた。


 そして、医務室。左指を押さえつつ、室中に入ったアキトを襲ったのは困惑だった。

「ふむ?なにをそこで突っ立っているのだね?早く来たまえ。怪我をしたのだろう?」

医務室、備え付けの椅子にどっかりと腰を下ろした男は、治療器具を取り出しながらアキトに手招きした。

冷静でどこか傲慢な台詞を放ったのは、担当医が座るべき場所に腰を下ろしたテオドール・グルーバー中尉である。

「なっ…なっ、なっ!?」

想像もしなかった光景にアキトの頭は真っ白になってしまった。

「?…ああ、なぜ、私がここにいるのか不思議なのだな。実はな、本来ここに居るべき医師がナデシコに合流できなかったそうなのだ。そこで、医師免許を所持している私にお鉢が回ってきたと言う事だ。」

「医師免許!?」

「ああ、勿論持っているとも。この白衣は伊達ではない。」

「…なんで、そんなの持ってるんだ?軍人に必要ないだろ?」

「君は失敬な男だな。軍なればこそ、医師の資格を持った軍人は必要だ。所謂、軍医と言う奴だ。戦場で傷ついた将兵を救えるのは、彼らだけなのだ。故に軍は軍直轄の医大を保有してすらいる。この手の人間は貴重だからな。いくら居ても困る事は無い。実際にはギリギリの人員で切り盛りしているようなものだが。」

ボケを無視したアキトを強引に椅子に座らせ、怪我した指を治療しつつ、グルーバーは解説する。ちなみに軍直轄の医大は現実に存在する。世界各国の軍が持っている。自衛隊も勿論である。中国の様に、民間病院よりも設備や薬品が整っているなどと言った所もある。まぁ、中国の場合は民間病院が麻酔すら満足に使えないほど貧乏なのが問題だが。

あっと言う間に治療は終わった。

「だからといって、あんたが医師免許を持ってる理由にならないだろ?」

アキトが不快感を露わに問い返す。

「ああ、私は生体工学を専攻している。博士号を持つ時、ついでに取っておいたのだよ。仕事柄、人体に触れる事も多いからな。」

グルーバーが相変わらず、表情一つ変えずに答えた。…と、グルーバーがアキトの仕草から何かに気付いた。

「テンカワ君。君、何か悩み事を抱えているだろう?良い機会だ。話してみたまえ。」

「なっ!…あんたには関係無いだろ!」

「ふむ、関係無くも無い。察するに整備班を中心とした例の陰口だろう?確か『戦う術があるのにアイツは戦わない。臆病者だからだ。』だったかね。」

グルーバーのあからさまに過ぎる言葉にアキトが爆発する。

「うるさい!五月蝿い、ウルサイ!!知った風な事をいうな!!IFSは火星で暮らすのに必要だっただけだ!俺はコックになりたいんだ!軍人なんかになりたくない!!」

アキトの怒声を気にもせずグルーバーがさらに話を続ける。

「なるほど、ならば堂々とそう主張すれば良いではないか。『IFSを持ってるだけでパイロット扱いするな。そんなにパイロットが欲しければ自分にIFSを射て。』とな。それが出来ないのは君自身に負い目があるからではないかね?」

「…う、負い目ってなんだよ。」

「『IFSがあれば、エステバリスを動かせる。過程はどうあれ、少女一人に戦場をまかせてよいのか?』だ。ある意味において彼らの非難は君の図星でもある。」

「じゃぁ!どうしろってんだよ!?」

「簡単な話だろう。戦いたまえ、木星蜥蜴と。それが君の意思だ。君の焦りの原因だ。」

「…でも、俺はコックだ。兵士じゃない。」

「ふむ?なにか解釈に齟齬があるようだな。なにも私は軍人になれと強要している訳ではない。この船は民間船だ。自衛の為に市民が銃を持つだけだ。連合の承認の元にな。それに、コックを続けたいのなら別に構うまい。」

「…え!?」

アキトがグルーバーの言葉に反応する。

「コックを続けたいのなら続ければ良い。もとより、契約書にはパイロットとコックを兼任してはならないとは書かれてはいまい。ああ、一応後で確認しておく事だな。何か不備があるかもしれん。」

「そっか、兼任すりゃいいんだ。」

憑き物の落ちたような表情でアキトが呟いた。ちなみに後日、契約書を確認した際、保険金に関わる条項がすっぱり抜け落ちているのを発見したアキトはプロスペクターに相談する事になり、借金天国になる可能性から脱出出来たのであった。

「忠告するとすれば、コックとパイロット、どちらを主にするのかはハッキリするべきだな。パイロットが余暇にコックをするのか、コックが緊急時にパイロットをするのか。その点を意識しなければ、君は過労で倒れるぞ?それに確たる立ち位置を作れなければ、また同じ悩みに捕らわれる事になるだろう。」

ほんのちょっとグルーバーを見る目が変わったアキトが席を立ち、「パイロットが先か、コックが先か、か。」と呟きつつ医務室を後にした。




 通路の一角に設置された休息所にて、一人の猛き男と一人の未だ無垢な少女が熱い会話を交わしていた。正確には男が喋り続けているだけだが。

「…きだからよ!俺はゲキガンガーの様に戦うんだ!!骨折も直ったしな!次はお前さんより多くの蜥蜴共を倒してみせるぜ!」

「ゲキガンガーの様に戦えば、ボクより戦える!?…ゲキガンガーって何?」

「おおよ!良くぞ訊いてくれた!ゲキガンガーとは!!一言で言えば、熱き漢の魂!燃える正義の証!正しき漢のバイブルだ!!」

「男限定?…ボクはダメなの?」

その少女、アリスが自分をより強くさせうる媒体を求めて質問を重ねる。しかし、アリス!それは危険だ!作者にはゲキガンガーにのめり込んだ君を描く自信は無い!

猛き男、ダイゴウジが、我が意を得たりと強く反論する。

「違う!それは違うぞアリス!!ゲキガンガーは男女平等!必要なのは、ゲキガンガーを求める熱血だけだ!」

「…熱血?…それは何?判らない。」

「なにぃ!熱血が、理解できない!?よ〜〜し!じゃあ、なおさらゲキガンガーだ!!見て、感じて、理解するんだ!!」

アリスが、ダイゴウジの手によってゲキガン信者にされようとしたその時、アラームと共に通路から放送が鳴り響いた。

「ブリッジ・クルー及び、パイロットは全員、直ちにブリッジに集合してください。繰り返します。ブリッジ・クルー及び、パイロットはブリッジに集合してください!」


船内放送から数分後、ブリッジに集合した面々は予想外の事態に困惑していた。

「…ええ、つまり、そういう事で、連合総軍司令長官からですね、ナデシコの行動に関するフリーパスは出たのですが、つい先ほど、連合宇宙軍から親睦という名目で模擬戦の依頼が来まして…。」

プロスペクターが現状を説明する。ちなみに、ユリカが連合軍会議場に直通通信をした時、彼はユリカの暴挙に卒倒しそうになっていた。結果的に成功だったため、安堵のため息をつくに留まったが。

「つまり、火星への道を押し渡るのであれば、それに相応しい力を見せてみろという事だ。」

ゴートがまとめて結論を言う。

「と言うわけで、模擬戦です!実弾を使わず、機動兵器はターゲット・ロック3秒、艦船は主兵装の攻撃諸元値、割り出し完了で目標撃破とします。」

「連合軍の戦力はデルフィ二ウム9機、リアトリス級戦艦1隻、アキレア級双胴駆逐艦2隻という陣容になっておる。」

ユリカとフクベが模擬戦について解説を始めた。ちなみにアキレア級とは双胴駆逐艦パンジーのクラス・ネームである。のこぎり草、ヤローと呼ばれるこの花の花言葉は「戦い、勇敢、指導」である。

「こちらの陣容を伝える前に、確認しておく。テンカワ、今回は模擬戦だが今後は命を賭けてもらう事になるぞ?」

再び、ゴート。

そう、アキトもこのブリッジに居るのだ。一応、なし崩し的にパイロット契約はされているものの、今回初めて、自分の意思で戦いの場に踏み出すと決意表明したのだった。

「かまわない、あくまで俺はコックだけど、手が足りないなら…協力する。」

アキトが決意と共に言葉を紡ぐ。冷静になってみれば、俺はグルーバーの口車に乗せられたんじゃないか?と内心では考えたりしているが。

「では、こちらの陣容を発表する。エステバリス0Gフレーム2機とナデシコで模擬戦に参加する。」

ゴートの言葉にブリッジがざわつく。ただでさえ艦載機が少ないのにジャバウォックを出さないのは何故か?と。ざわつきを無視してグルーバーが口を開いた。

「アリスには今回、テンカワ君の指導教官を勤めてもらう。アリス、テンカワ君のエステに同乗したまえ。」

「Tes.主任。」

グルーバーの言葉に一番反応したのは、アキトだった。

「なんでだ!俺は一人でも戦える!現に佐世保でも戦えたじゃないか!」

「ふむ、あの時は陸戦フレーム。今回は0Gフレームだ。空を、宇宙を飛ぶという感覚は訓練無しには身につかない。本来なら、君にはシミュレーター訓練をみっちりこなしてから実際に機に乗ってもらう予定だったが、今回は良い機会だ。まずは宇宙を飛ぶ感覚を養ってもらう。」

そして、グルーバーの正論に撃沈。そこでダイゴウジが口を開いた。

「つまり、今回戦いのメインは俺って事だな!いよぉし!燃えるぜ!俺の実力、披露してやる!!」

待ちに待った出番が来たと、はしゃぐダイゴウジ。

対して、落ち着いたアキトがアリスに話しかける。

「ふぅ…じゃあ、今回はよろしく頼むよ。アリスちゃん。」

「Tes.酔わないでね、テンカワ。」

アキトの差し出した手を取り、握手しながらアリスが答える。そこに…

「あ〜!アリスちゃん、ずっる〜〜い!!アキトは私と一緒が良いの!ね〜、ゴートさん、私がアリスちゃんの代わりになっちゃダメ?」

「…もし、そうすればアリスがナデシコを指揮する事になるぞ?」

ゴートのツッコミがユリカを打ちのめす。

「…うう、アキトと一緒がいいけど、艦長の座を降りるわけにいかないし…」

回復するまでしばらく、掛かりそうだ。

その間に、ブリッジクルーで模擬戦について方針の打ち合わせが続けられた。




 地球衛星軌道、地表から500kmの一角。そこに陣取る地球連合宇宙軍第3艦隊第2地球軌道守備隊旗艦、ポインセチアの提督席にて一人の男が旗艦の花言葉通りに燃え上がっていた。

「くっくっく、ネルガルめ。我々を舐めるとどうなるか教えてやる。大昔の大航海時代ならいざしらず、この現代に民間武装船など許すものか。」

そう、彼は冒頭にて連合総軍司令長官に反論した男である。本来なら実弾演習と言う体裁の元、ナデシコを亡き者にしてしまいたかった所であったが、お咎め無しという上官の采配に逆らう事も出来ず、模擬戦と相成った。

「ふん、この模擬戦形式なら連中お得意のディストーション・フィールドもグラビティー・ブラストも電磁シールドや長距離ミサイルと変わらん。くくく、瓢箪から駒とは正にこの事。」

模擬戦での圧倒的な勝利を脳裏に浮かべながら、にやける守備隊司令に通信士からの連絡が入った。

「発、ネルガル重工所属、機動戦艦ナデシコ!宛、地球連合宇宙軍第3艦隊第2地球軌道守備隊旗艦ポインセチア!通信内容、…模擬戦の申し出、承りました。お手柔らかにお願いしますね♪…であります!」

通信士が本文の女言葉に辟易しながら読み上げた。それでも、完璧に読み上げるあたり職業意識の高さを感じる。

同時にレーダーを睨んでいた策敵監視員が声を上げた。

「地球より当方に向けて接近する艦影補足、艦数1!IFF応答!…ナデシコです。当宙域、到達は10分後と推定!」

知っている方も多いと思うが、IFFとは敵味方識別機の事である。IFSの間違いではない。連合軍に登録してある識別信号を四六時中流す装置であり、これが無ければ敵扱いされ撃沈されても文句は言えない。実は民間船にもこの手の装備は付いている。電子海図上で、どういう船がどういう航路を取っているか一目でわかるようにする為だ。船名まで表示されているそうだ。

ちなみに電子海図とは海のカーナビである。最近、高精度のものも出回りだしているらしいが、未だ、参入企業が少ない為、割り高なのが玉に瑕。フリーソフトもあるらしい。

「ふん、来たか。目に物見せてくれる!臨時編成戦隊、全艦、戦闘態勢に移行せよ!模擬戦だからと気を緩めるなよ。連中は新兵だが最新鋭だ!我々の技量の高さを見せ付けてやれ!!」

艦内が慌ただしくなる中、提督は三度ほくそえんだ。


 対して、ナデシコの格納庫。二機のエステバリスが発進準備を着々と進めている。そのピンクの機体のコクピット、アキトがピッチリしたナノマシン製スーツに身を包み待機している。

「アリスちゃんもこれに乗るって言ってたけど、どこに乗るんだろ?」

アキトが悩んでいると、ハッチから小さな体が滑り込んできた。その体はアキトと同じくナノマシン製スーツを身に包み、体のラインがこれでもか!と強調されている。メリハリに乏しいのがなんともいえないが。つまり、アリスである。

アリスの体はコクピットで唯一、体を安定できそうな場所に落ち着いた。そこは、アキトの膝の上だった。

「な!?ア、アリスちゃん?そこはちょっと拙いんじゃないか!?」

突然の事態に頭真っ白のアキトがアリスに抗議する。

「拙い?…問題ない。ここが一番、安全。」

アリスは何時も通りに答える。

「問題ないって…こっちが問題なんだけど…」

「…?…じゃあ、テンカワがボクの上に座る?構わないよ?」

アキトがアリスの言葉を、自身の脳内で想像してみた…

「だ、ダメだ!!そんなの、ダメだ!!なぜか判らないが、途轍もなくダメ人間な雰囲気がする。まだ、この方がましだ。」

「そう?じゃ、これで。」

アリスがアキトの右手の上に自分の右手を重ねる。と、IFSパネルが明滅し、コクピットのハッチが閉じた。

そのまま、起動シーケンスに移行した。

起動シーケンスを片目にアキトはアリスに前々からの疑問を伝える事にした。

「なぁ、なんでアリスちゃんは戦闘機なんかに乗ってるんだ?」

「それは…ボクが戦う為に作られたから。」

「作られた!?そんな!こんな小さな女の子になにしてんだ!あの糞軍人は!最低じゃないか!」

「?…なにを怒っているの?『糞軍人』って主任の事?なにが最低なの?」

「なにって…子供の将来を奪うのは許されない事だからだよ。主任ってのが、あのグルーバーの野郎の事ならその通りさ。」

「将来…これから先の事。…テンカワ、ボクの将来は奪われてない。逆に、主任に将来を与えられた。主任が居なければ、ボクは羊水シリンダーの中で今も外の世界を想像するだけだったはずだよ。」

「う…でも、…じゃあ、救われたから仕方なく戦闘機に乗ってたのか?」

「それも違う。はじめは命じられたから、ただ戦ってただけ。だけど、最近はそれもなにか違う。空を飛ぶのは良い感じがする。最近はそんな風に思う。」

「良い感じ?…それって空を飛ぶ事が楽しいって事かい?」

「楽しい…そう、ボクは楽しい。ジャバウォックで空を飛ぶのも楽しいし、全力を尽くして敵と戦うのも楽しい。ボクが世界に広がるような、世界がボクを包み込むような、そんな感じが楽しい。」

アリスはそう言って、アキトに微笑んだ。それは実に良い笑顔だった。

その時、ウリバタケから通信が入った。

「エステのチェックは完了したぜ!武装はイミディエット・ナイフのみ。今回は模擬戦だからな。模擬戦用のFCSはインストール済みだ、戦うときはちゃんとそっちを使ってくれよ?…って、えらく羨ましい光景だな、テンカワ!どうだ?アリスちゃんのお尻の感触は?」

FCS、ファイア・コントロール・システム。つまり、火器管制装置。模擬戦用FCSはレーダー・ロックの状況から、詳細な想定ダメージをデータ・リンクで敵役味方役の双方、全ての参加者に提示してくれる。それはともかく、ウリバタケのちょっとH寄りな話題にアキトは即座に赤くなった。

「なっ、なにを言ってんスか!?そんな不埒な事考えらんないッスよ!」

「ほー、良くぞ言った!!アリスちゃん。そこのむっつりテンカワが不埒な真似に及んだら、躊躇う事無くド突き回してかまわないからな。俺が許す!」

「不埒…言動が限度を越しており、けしからぬ事…よく判らないけど、判った。」

アリスの頼りない言葉に、ひょっとして言葉の揚げ足取られてボコられるかも、と青くなるアキトであった。

「よ〜し、エステのロックを外すぞ!まず、テンカワ機だ!」

重い金属音と共にエステバリスが解放される。アキトが機を操ろうとしたら、アリスが制御を奪ってしまった。

「今日は、ボクの操縦を見てて。IFS越しにどういう制御をしているか判るはずだよ?」

アリスがさらりと自分を基準にした無茶を言う。

「アリスちゃん、流石にそれは無理だよ。」

アキトが呆れた感じで答える。

ハンガーから離れ、エレベータに向かうエステにグルーバーから通信が入った。

「アリス、最終確認だ。今回は生身の人間も乗せている為、機体のリミッター解除は禁止する。同時にIFS全感覚投入も禁止だ。あくまで並で戦え。」

「Tes.主任。セーブして戦います。」

アリスがグルーバーと交信している内に、二人の乗ったエステはカタパルトに到着した。発進位置に移動させたアリスがブリッジに通信する。

「テンカワ機より、ブリッジへ。テンカワ機、離陸準備良し。」

アリスの通信にメグミが答えた。

「ブリッジからテンカワ機へ。離陸を許可します。気をつけてね、二人とも。」

「Tes.ブリッジ。テンカワ機、離陸する。…テンカワ?これから、ソラを飛ぶ楽しさを教えてあげるね。」

アキトがアリスの言葉に身を固めた瞬間、通路に装備された電磁カタパルトが、エステを高速で宇宙へ放り投げた。

一瞬、息に詰まったが、それが落ち着いた時、アキトはすでに宇宙と言う無限の空に飛び出していた自分を発見した。

「う、うわわっ!落ちる!?」

何もかもがあやふやで、視界だけがやたらハッキリしている不可思議な空間を認識した瞬間、自分が落下している錯覚に捕らわれたアキトが混乱する。

「落ち着いて、テンカワ。機械の情報を確かめて!自分の感覚より機械を信頼して!機械は君を裏切らない。」

アリスの言葉にアキトが視野をコクピット内に戻して、一つ一つ計器を確認していく。

「…ふう、ありがとう。どうにか落ち着いたよ。」

しばらくして、ようやくアキトがため息と共にアリスに感謝を述べた。

実際、空間失調症・バーディゴは、あやふやな人間の感覚が状況を錯覚して捉える事によって起こる。そのために平行指示器や、方位計は少々大げさに目に付くよう作られている。

しばらく、宇宙に浮かぶという感覚に戸惑っていたアキトだが、即座に宇宙空間に対応してきた。

「慣れたみたいだから、少し動いてみるね。」

アリスが言うと共にエステの重力波スラスターが起動し、ナデシコの周囲をクルクル飛び回る。

「お、おお?なんか距離感が狂うな。ナデシコが妙に近く感じる。なのに距離計はナデシコが遠くにある事を示してる。」

「そう、宇宙には大気が無い。だから、遠くの物もハッキリ見えるんだよ。さっきも言ったけど、自分の目より、機械を信用して。慣れれば、計器を見ずに動かせるようになるよ。」

アリスがアキトに忠告しながら、エステをナデシコと並走させる。ダイゴウジの青いエステはアキト機の反対側を同じくナデシコと並走している。

と、ユリカから通信が入った。

「皆さん!模擬戦の始まりです!気合をいれていきましょう!!」

ユリカの声に答える様に、ナデシコは推力全開で突撃を開始した!

「エステバリスはナデシコの直掩をお願いします。デルフィ二ウムを攻撃圏内に入れないでください!」

「よっしゃぁ!まっかせろ〜!!」

ユリカの言葉を受け、ダイゴウジのエステが加速しナデシコの前方に躍り出る。

「テンカワ、ボク達も出るよ。」

アリス操る、アキトのエステもダイゴウジの後を追って加速。ダイゴウジ機の右後方に着いた。

所謂、バディ。二機一組の攻撃態勢である。先頭の機が敵陣を散らしつつ、攻撃。後方の機が、取りこぼした機を攻撃する。また、先頭の機が敵に後方を取られた時、その敵を追い散らし、撃破する役目もある。

後方の機が敵に食い付かれた時は先頭の機が旋回して敵を撃つ。

基本にして応用が問われ、単純にして複雑な機動を要求される極めるのは難しい編隊体型である。

コクピットのモニターに9個のマスが表示される。敵を示す赤で囲われた今は光点にしかみえないソレが、対戦相手のデルフィニウムである。

それを確認したアリスがダイゴウジに通信を繋げる。

「ダイゴウジ、エネミー・タリホーだよ。どういう戦法を取る?」

「知れた事ぉ!ただ突っ込むのみ!それで連中の編隊が崩れたらソレで良し!連中が俺を無視してあくまでナデシコを狙うなら、アリス!お前が連中を足止めしろ!なぁに、直ぐに飛んでもどってくるさぁ!!」

「Tes.ダイゴウジとの距離は離しておく。ナデシコの重力波供給範囲を忘れないように。」

たったそれだけの会話でお互いの役割を認識した二人がそれぞれの行動に出た。

アリスは機体を減速させ、ナデシコへの突撃軌道をふさぐ。

ダイゴウジはその突撃軌道に自機を乗せ、デルフィニウム隊に向かって再加速した。

猛烈な勢いで接近するダイゴウジ。

ダイゴウジ機が大きな軌道変更が出来ないほど加速してしまった時点で交差軌道から離れるデルフィニウム隊。

「掛かったな!」

デルフィニウムが分散したとたん、くるりと反転しスラスターを全力稼動させる。

とたんにスピードが落ちるが、機体はそのまま、デルフィニウム隊が空けた穴を通り過ぎてゆく。双方の速度差からFCSはレーダー・ロックする事が出来ない。正確にはすれ違い、離れるまで3秒掛からないのだ。

その時、一番近くを飛んでいたデルフィニウムを振り返りながら、睨みつけ、ダイゴウジが叫んだ!

「今だ!喰らえ!!ワイヤード・フィスト!!」

誰よりも焦ったのは、狙われたデルフィニウム・パイロットだった。

当然だろう、まさかのレーダー・ロック!一体どんな手品を使ったんだ?といぶかしむ間も無く、マジモンの攻撃。避ける間も無い。

糞!なんて野郎だ。模擬戦で本気で殺しに掛かるんじゃねぇ!…ああ、親父、お袋。こんな所でくたばる親不孝者の俺を許してくれ。姉貴、今までケンカばかりで御免よ。俺、実は姉貴の事が…

彼が危うく、モノローグ上でカミング・アウトしそうになった時、エステから飛来した右手がデルフィニウムに接触した。

ガッシン!

思ったよりも大人しい衝撃を不思議に思った彼がダメージ・コントロール・システムを呼び出す。

結果は損害皆無。

何が起きたんだ?とメインカメラを旋回させると左肩には、エステの右手がガッシリと掴まれていた。

「いよっしゃぁ!ワイヤー、収納!!」

ダイゴウジの言葉と共に右肘から伸びているワイヤーが、高速回転音と共に巻き取られる。

見る見る接近する、エステとデルフィニウム。双方の機体からレーダーレンジに入った事を知らせる音が鳴ったがデルフィニウムのパイロットは反応できなかった。

結果、ダイゴウジが模擬戦、初戦果を挙げた。


「ふうん、ダイゴウジって面白い事を考えるんだね。アレがゲキガンガーなのかな?」

アリスがピンボケな感想を口にした。

「でも、アリスちゃん。あれは反則じゃないのか?」

「…う〜ん、難しい。白でなく、黒でなく…黒よりのグレーって感じ。」

「殆んど、反則ってことじゃないか。」

ため息と共にアキトが感想を言った。

「さて、次はボク達の番。しっかり掴まって、どのように機動するのかしっかり見ててね。」

アリスが話すと同時に機体を前進させる。

移動先はデルフィニウム隊の側面。少し露骨に大きな弧を描いて接近する。

「出来うる限り、敵の正面からは突撃しない事。側面、後方を捉えて、ソコを攻撃するのがセオリーだよ。」

アリスが戦闘の基本を語りながら、エステの位置を、目を着けた敵機の後方に移動させる。

デルフィニウム隊も2度と同じ手を食うか!と、さきほどより大きく分散し切り抜けようとしたが、一機、どうしてもアリスを振り切れない。

巧みに機動をそらし、背後を取られないように旋回するが、アリスは苦も無く追従し、接近する。

「エーリッヒ・ハルトマンって男が言ってた。99%確実な時にのみ攻撃するのが生き残る秘訣だって。」

アリスの言葉通り、完全に後ろを捉えたと同時に3秒のレーダー・ロックを終える。

仮想撃墜されたデルフィニウムはその場に停止しビーコンを発した。

アリスはそのまま、次の機体に飛び掛りあっと言う間に背後を捉える。

「…なぁ、アリスちゃん。どうやったら、相手の動きが判ってるような動きが出来るんだ?」

「簡単だよ?敵の動きを見るんだ。スラスターからの噴射炎から、移動方向を判断して頭を抑えちゃうんだ。」

アリスがさらりと答えると共に、本日3機目のデルフィニウムが停止する。

デルフィニウム隊は遅まきながら、アリスを放置してナデシコにたどり着けないと理解して、アリスを包囲撃破しようとする。

アリスは即座にまだ緩い包囲を突破し内一機をまたもや仮想撃墜する。

しかし、デルフィニウムも負けてはいない。

加速性能と機動性でこそ、エステバリスには劣るが最大速力は勝っている。スピードに乗れさえすれば、エステを振り切る事も出来るのだ。

巨大な推進器は伊達ではないのだ。

しかし、宇宙空間において、高速機動中の急激な方向転換は至難の業。スピードに乗れば、自機の取る予想進路がモロバレしてしまうのだった。

体に襲い掛かるGを堪えて、無理やり軌道変更するか、撃破されるのを覚悟で突っ込むか。

生き残ったデルフィニウム隊5機中、3機がナデシコへ向け突っ込み、2機が強引な軌道変更と減速を試みた。

「クスクス…真っ正直に突っ込んできても無駄だよ。そんな事させない為にこの位置に陣取ってるんだから。」

突っ込んできたデルフィニウムを1機、2機と仮想撃墜するアリス。

しかし、軌道変更と減速で優位な位置に着いた2機がアリスに襲い掛かる。

「くそっ!2機が後ろについた!」

アキトが後方を確認しつつ、アリスに報告した。

「うん、でも大丈夫。ボク達は一人じゃない。」

「?…それって…」

アキトが意味を図りかねていると、唐突に暑苦しい声がウィンドウから流れてきた。

「は〜っはっは〜!!ヒーローは遅れて参上するぅぅっ!アリス、援護するぜぇ!!」

ダイゴウジの機体がアリス後方の2機の片方に食い付いた!

振り切ろうとするが、アリス迎撃の為に減速したのが、失敗だった。

1機を仮想撃墜し、逃げ回るもう1機を追いかける。その機体を仮想撃墜するのと、ナデシコへ突入しようとした最後の1機を仮想撃墜するのは同時だった。


さて、機動兵器戦が一段落着いたその時。もう一方の主役、ナデシコは緩い弓形弾道を描いて第2地球軌道守備隊旗艦・ポインセチアに突っ込んで行く所だった。

「くくくっ、ナデシコの艦長はアホか?そんな素直な軌道で諸元値解析を遅らせられるものか。艦の方位をナデシコと正対させろ!砲雷科!射程圏内に入ると同時に、全対艦兵装の諸元値を叩き出せ!!時間が勝負だぞ!連中は相打ちを狙っている!僚艦にもそう伝えろ!!」

ポインセチアのブリッジで守備隊司令が吼えた。

そこに策敵監視員の報告が入る。

「ナデシコ、射程圏内まで…5…4…3…2…1…」

ゼロの言葉が出ると同時に通信士から信じられない報告が入る。

「司令!ナデシコより、砲撃諸元値!送信されました!!当艦は撃沈であります!!僚艦2隻にも諸元値が送信されたようです。」

「なにぃ!?そんな馬鹿な!射程圏内到達と同時だと?砲雷科!!直ちに解析しろ!欺瞞工作かもしれん!」

守備隊司令が僅かな希望を賭けて怒鳴る。だが、現実は非情だった。

「司令!ナデシコから送信された諸元値、解析完了しました。間違いありません!当艦は完全に捕捉されております!」

「くっ、民間人に翻弄されるとは…通信士、ナデシコに通信を入れてくれ。」

屈辱に身を震わせながら、守備隊司令は命令した。


「船長、第2地球軌道守備隊旗艦・ポインセチアより通信です。貴船の砲撃により当艦及び僚艦2隻は爆散した。貴殿の電光石火の攻撃に敬意を示す。です。」

ナデシコのブリッジでメグミが通信を読み上げた。

「やったぁ〜!今回の主役はルリちゃんとオモイカネだよ♪」

ユリカがルリとオモイカネに賞賛を送った。

「えっへん!」

オモイカネがウィンドウで胸を反らすといった仕草を再現し、ルリが、

「当然です。」

と答えた。

ちなみにこの電光石火の諸元値解析は、地球連合最高、最速の電子処理能力を誇るオモイカネと、彼を的確にナビゲートしたルリの力によって初めて成し得た。ナデシコの素早い目標捕捉はこのコンビの双肩にかかっていたのだ。


そして、ナデシコに戻る途中のエステのコクピットの中。

「戦果6機。まあまあだね。」

アリスが誇らしげに語る。

その姿に、どこか腑に落ちないモノを感じたアキトが問いかけた。

「なんで、そんなに誇らしそうなんだ?」

「誇らしそう?…なるほど、これが誇らしいっていう感じ。…うん、誇らしいよ。だって、ボクは軍人だもの。」

発進前に格納庫でしたようにアキトに振り返り、微笑むアリス。

しかし、その笑顔は綺麗な反面、悪魔の笑みがごとく見るものを恐怖させずにはいられないものだった。

 


 ナデシコの格納庫、艦内時間で深夜。

一人の男が鼻歌を歌いながら、愛機の左肩にシールを貼り付けていた。

「夢が明日を呼んでいる〜♪…よ〜し、ふっふっふ、撃墜3機!やれば出来るじゃないか!俺!待ってろよゲキガンガー!後2機でお前はエースの乗機になれるんだぜ♪」

ダイゴウジが愛機の肩をペシペシ叩きながらにやける。

「いや〜、惜しかったなぁ。もうちょっとでアリスと逆転出来たんだよなぁ〜。」

ダイゴウジが先の模擬戦を思い返していると、物陰を動く影を見つけた。

「おい!誰だ!!そんなトコに隠れてないで出てこい!」

すばやくエステバリスから降りると、目撃した影の側に近寄る。

しばらくした後で、物陰から一人の男が現れた。その姿を見て驚くダイゴウジ。

「あ、アンタは副提督!なんで、こんな所に!!」

「ふん、冥土の土産に教えてあげるわ。私達はこんな船から出て行くのよ。」

ムネタケが口を開くと同時に腰のホルスターから銃を抜き、発砲した。

バッ…ゴキュ…バィィィン、カラン、ポト…

初弾が放たれると同時にムネタケの銃は分解してしまった。そう、彼の銃はアリスに齧られたままだったのだ。

どうやら、重要なパーツを食われたらしく、銃はもはや修復不能になってしまっていた。

「なっ!!あの小娘ぇぇぇ!!覚えておきなさい!今度あったらひどい目に遭わせてやるんだから!!」

銃を捨て、踵を返して、格納庫の輸送機に乗る。緊急操作を行なう事でナデシコの船外に飛び出し、輸送機は地球へと一直線に駆け出した。

格納庫には、一人、ダイゴウジが残されていた。

彼の胸からは血が滴り落ち、床に血溜りを作り出していた。










第三話 完











あとがき

なんとか、予告した期日に間に合わせれたTANKです。

代理人様こと鋼の城さん。自分の我が侭に答えて、メールアドレスを公開していただき有難う御座います。

感謝感激です。喜びのあまり、感想メールが一杯来る夢を見ました。

まだ一通も来てないんすけどね(汗)

さっき、メールを受信して、プログを見たとかいうタイトルだったので、ひょっとしたら!?と、期待に胸膨らませたトコロ、実際は、出会い系サイトのダイレクト・メールだったりして意気消沈。

別の部分を膨らませてもしょうがないんスよ〜、ドララ〜。

ちなみに、今回の話を書くに当たって、なぜなにナデシコ特別編の資料をようやく読みました。…結果、うげぇ!ジョロって陸戦用だったのか!とか、げ、クラス・ネームの無い艦種があるじゃん。とか、驚愕の事実が判明しました。ジョロに関しては、今後は設定通りでいきます。既に作った話は後日改訂版をば。クラス・ネームの無い艦種やオリジナルの艦については勝手に調べた花を当てはめています。特に第2地球軌道守備隊旗艦・ポインセチアはマイ・ヒット。花言葉は「祝福する・私の心は燃えている」です。花言葉にも物騒なのがあるようで、そんな花の名を冠した艦が出てくるかもしれません。

後、色々小ネタとして、実話や実際の軍のあれこれを書いていますが、うろ覚えな部分や話の流れ上、誤解しやすくなってしまっているかもしれません。こんな感じなんだ〜。という香り付けなので、あまり本気に取らないで欲しいです。


>今回はちょっと、ありきたりになっちゃったかも


そうですね、確かに本編と話の流れは変わらないし。むぅ、アリスを最初っから直ちゃん化させときゃよかったんだ。後悔後に立たず。でも、アリスの成長を描く事で話のテーマを維持出来るしなぁ。難しい。


>ルリが素手でバッタを殴り倒すのも意外にたくさんありますから

…インパクト、ばっちりっスね。しかも、意外と沢山あるんですか。ううむ、アリスの超人振りを上げるべきか?でも、アリスにはギリギリの戦いを出来うる限りリアルに戦って欲しいなぁ。

ああ、リアル路線は地味路線でもあるんだった。


>攻めるなら軍人らしさというキャラから

と、言う言葉にインスピレーションを受け、今回の話を作ってみました。まだ、自発的に行動させづらいアリスに、メリハリを付けさせる為アキト君にがんばってもらいました。ついでに連合軍も改変中。


>例えばリリカルなのはみたいに違和感のある物を二つ上手く結び付けられればいいと思うんですよ。

おお、リリカルなのは!自分はA’sの第一話しか見ていませんが、戦闘シーンで驚愕した覚えがあります。

「なんてこったぁ!少女向けアニメでガオガイガー級ケレン味アクションをしておるじゃないか!?」

なるほど、可愛さと戦争の狂気の融合。燃えますね♪今回もちょっぴり出してみました。上手くいってればいいんですが。



TANK

 

 

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代理人の感想

むう、惜しいっ!

ウリバタケにエステバリスの三体合体を依頼するアリスとかいい感じなのに!

ウリバタケもアリスの頼みなら無理を通して道理を引っ込ませそうな気がするのに!

惜しいといえば今回の原作イベント「さらば友よダイゴウジガイ暁に死す!」(違)ですが、原作とどう変わるのかなぁ。

薄々気になってましたが、実際に出てくるまでこれが伏線かどうか自信がなかっただけにちょいとドキドキもんですな。

つーか、普通半分齧られた銃で人を撃つかムネタケw