そこは、漆黒の闇だった。

宇宙…如何なる存在も、平等に、過酷に、消耗させる黒い闇。

その宙域には遙か彼方に瞬く星光りしか無かった。

…いや、一つの物体が侵入してきた。マット・ブラックに塗装された巨大な箱。

箱というには、あまりにも歪なその形は3Dポリゴン誕生初期の、あるいは最初期のステルス機の様な面構成がなされていた。

ものすごく、好意的に見て輸送機。もしくは輸送船と言った風情のそれは、明かりも灯さず、エンジンも焚かず、スラスターも吹かさず、ただ、ただ、与えられた慣性モーメントに従い広大な宇宙を進むだけだった。

その、輸送船らしき物は一直線にとある岩塊に向かっていた。

その岩塊には、様々な人工物が生えていた。

その岩塊の名は、『サツキミドリ2号』と言う。


そして、輸送船らしき物体の中には…




機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE

機械仕掛けの妖精

第四話 宇宙戦争に「ときめき」



 濃密な小惑星帯の中を、小さな光が縫う様に駆け抜ける。

その光は人型の機械の背中から噴き出ている。

ピンク色のその機体は、何度もヒヤリとさせる瞬間を乗り越えながら、ついに小惑星帯の外れに到達した。

「パラララッ、パッパッパ〜♪」

〔操作演習、上級コース。クリア!おめでと〜!!続いて、戦闘演習、初級コースに移ります。止める場合はコンソールの終了キーを押してください。〕

「パパパパ〜、パ〜、パララパ〜パッ、パッパ、パラパパ〜、パララパパパ、パパパ、パッ…」

〔戦闘演習、初級コース。スタート!!〕

ゲーム・ミュージック交じりのアナウンスが終わると突然、場面が変わりピンクの機体はバッタの群れに放り込まれた。

「…セオリーは、ハァ、ハァ側面、背後からの攻撃。確実なチャンスをハァ、ヒュー、ハァ待つ!」

ピンクの機体が一機のバッタの背後に捻り込み、銃弾を叩き込む!

爆発したバッタを背に、次の獲物を狙うピンクの機体。

二機、三機、四機と順調にバッタを落とし続けるが、疲労の所為か、正面に意識を集中しすぎた所為か、背後からバッタの体当たりを食らって行動不能になってしまった。

「デレデ、デレデ、デレデ、デレデ、デ〜デ、デン♪」

〔ゲーム・オ〜バ〜!!〕

シミュレーションルームに置かれている巨大な画面に音楽と共に能天気な文字が現れ、同じくこの部屋に置かれている、ピンクの機体を操り続けたパイロットの居るシミュレータのハッチが開いた。

「ハァハァハァ……くそ、ようやく戦闘演習か…こんなんじゃ、『あの娘の目を覚ます。』なんて口にも出せない…」

先ほどまで、奮戦していたパイロットの名はテンカワ・アキト。

彼は、先の模擬戦で『あの娘』、アリスの悪魔の様な笑みを間近で見てしまった。

お人よしの彼は「軍隊なんかに入れさせられたから、歪んだ笑いしか出せない」と思い込み、彼女の目を覚ますべく、暴力とは無縁の世界で微笑ませる為、まずは自分が戦場に立てるように、と自主訓練をしていたのだった。

アキトが、まだまだこれからだ!と決意を固めていたその時、件の『あの娘』が何をしていたかと言えば…



 「レ〜〜ッツ!!!!ゲキガ・イン!!!!!」

ここは、とある男の私室。この部屋の持ち主のバイブルと言うべき、あるアニメが大型スクリーンに投影され絶賛放映中だった。

「…これが、ゲキガンガー…」

まだ幼い少女が目を大きく見開いて、スクリーンを凝視する。元々表情が薄いので判りにくいが、今、彼女は猛烈なカルチャー・ショックを受けていた。

その少女の名をアリスという。

「そうだ!これがゲキガンガーだ!!そして、これが熱血だ!!!」

この部屋の主が叫んだ。

主の名はヤマダ・ジロウ。自称…もとい、魂の名をダイゴウジ・ガイと言う。



ヤマダ・ジロウは死んだはずでは!?

彼の体を確認してみれば、胸に包帯をグルグルに巻いてあるのが確認できる。包帯越しに僅かに、胸からの出血が見受けられる。

ここで周囲を見渡してみよう。

彼の机の上にはゲキガンガーの金属模型が置かれている。

ダイキャスト、つまり亜鉛合金の重量物であるソレは、右胸に当たる部分が大きく砕けており、左手一本の片腕状態になっていた。

その足元には根元から砕けて、もはや付けられない右腕、そして、その欠片、変形した銃弾が添えられていた。

そう、ムネタケの放った凶弾は幸運にもその時、ダイゴウジの懐にあった超合金・ゲキガンガーに命中し、又、アリスに半分食われていた所為で、その銃本来の破壊力を発揮出来ず、そこで弾が停止。

しかし、超合金・ゲキガンガーはその衝撃で砕け、銃弾のエネルギーを受け取った破片がダイゴウジの胸を切り裂いた。

と、いうのが事の顛末であった。

もちろん一発目の銃の故障で、二発目、三発目が撃てなかった、というのも彼の生存に大きく関与していた。

まぁ、かのダイゴウジが、この一件でさらにゲキガンガーを信仰するようになったのは、むべなるかな。というヤツである。


「くぅぅぅっ!やっぱ、ゲキガンガーは何度見ても良い!最高だぜ!!」

「…ダイゴウジ、五月蝿い。話が聞けない。」

「…う、すまねぇ。」

ゲキガンガーに感動するダイゴウジにアリスが冷徹な裁きを下した。しかし、声こそ冷徹であるが、彼女は今、床に体育座りをしている。どこか微笑ましい雰囲気だ。

これが、アリスのアニメ初体験。そして、アリスとアリスに関わる者達にとって珍しく、貴重なアリスの自発的行動であった。

…そんな事に使うなんて、作者は悲しいぞ。だがしかし、当人にとって一大決心な事柄も、他者にとってはどうでもいい事だったりするのが世の常。今は彼女の第一歩を暖かく見守るとしよう。

「いくぞ!ジョー!!アキラ!!」

「「応!!!」」

「「「ゲキガ〜〜〜ン!!!フレア〜〜〜〜!!!!!」」」

爆発音!!

そして、夕日をバックにポーズを決めたゲキガンガー3を背景にエンディングが流れる。

「これが…ゲキガンガー。」

「そう、これがゲキガンガーだ。」

アリスの呆然とした声に、ダイゴウジが胸を張って答える。

「どうだ?熱血を理解できたか?」

「…まだ、判らない。もっと、話を見て、彼らの行動を理解しなければならない。」

ダイゴウジの問いに実直に答えるアリス。

「おお!その意欲があれば合格だ!!で、ゲキガンガー3で、どこか気に入ったトコがあったか?」

アリスの答えに、アクマで純粋に興奮するダイゴウジ。ようやく、趣味を理解できそうな相手にめぐり合えたのだ。盛り上がってもおかしくない。

現に、アキトもその候補者だったが、彼は、彼の身の回りのゴタゴタ、心の整理の真っ最中で、趣味に引き込むゆとりが無かった。いずれ、ゲキガン談話を楽しもうと目論んでいるが。

ちなみに、今回の上映会にも誘ったのだが、「やる事があるから。」とアキトは辞退したのであった。…参加していれば、アキトの何かが変わっていたかもしれない…

「……ゲキガンガー3の機体そのもの。三種類の乗り物が合体する所が良い。ボクのジャバウォックがそう出来たら、もっと木星蜥蜴が倒せる。」

うっすらと唇の端を上向きに歪めながら、アリスが言った。続けてアリスが言う。

「不合理極まりない話なのに、何故か気になる。ゲキガンガー3も無駄の塊に見えるのに、何故か好ましく思える。…何故?」

「む?…むむむむむ……おおっ!ソレこそが、熱血だ!気になったり、好ましく思える底には熱血があるからだ!!熱血がアリスをゲキガンガー3に引き合わせたんだ!!!」

「…なにか、判らないけど…違う気がする。」

明後日の方向に燃え上がったダイゴウジに、アリスが冷静にツッコミを入れた。

そして、そんな二人を尻目にスクリーンには第二話が流れ始めるのだった。




 さて、その頃ブリッジでは…

「出力、ミリタリー(最大レベル)からクルーズ(巡航レベル)へ。システムチェック、異常無し。」

ルリの可憐な声がブリッジに広がる。

「こちら、機関室。ハード・チェック完了!今の所、異常無しだ。エンジニアの勘から一言、言わせて貰えば、この相転移炉はかなりの無茶に答えてくれそうだぜ?」

機関室から、ウィンドウを介してウリバタケの声が響いた。

何をしているのか説明させて頂こう。一言で言えば、全力公試運転をしていたのである。公試とは、船舶における最終試験の事である。一定区画間を機関全速で飛ばし、最大速力を記録する。これが、その船の公式最大速力として取り扱われるのだ。

試験は、他に船体重量、舵の効き具合、最大航続距離、操船器具の動作確認、そして、緊急制動「クラッシュ・ストップ・アスターン」がある。これは緊急時、たとえ機関を破壊してでも船を停止させるという荒業で、全速前進→機関停止→全速後進。という流れで行なわれる。商業規格において、大型タンカーは自身の全長の最大6倍の距離で緊急停止出来なければならないとされている。これは船舶にとって驚異的な短さだ。「機関を破壊してでも」とは伊達ではない。

ともかく、つい先ほどナデシコは全ての試験を終え、ようやくお墨付きが点いたという事である。

「ふむふむ、一応、模擬戦で最大出力で運転させてみてましたが、これで一安心ですな。いや、異常も起こらず無駄な出費が出ないというのは気持ち良いですな。」

プロスペクターが、これでいくらか浮いたと手元の電卓型マイコンを駆使しながら一息ついた。

プロスの言葉を切っ掛けに、ブリッジの皆が気を抜き始めた。

そこに、ユリカが一声かける。

「皆さん!これから、本船はサツキミドリ二号へ、始めての入港、ドッキングを行ないます。まだ、気を抜くのは早いですよ♪」

ミナトが「そうそう、その通り。」と頷き、

メグミが「そろそろ、私の出番です。」と背を伸ばし、

ルリが「馬鹿じゃないんだ。」とほんの僅かに驚き、

プロスが「あえて彼女を雇った甲斐がありました。」と安堵の表情を浮かべ、

ゴートが「むう。」と声を上げ、

ジュンが「これこそが僕の憧れるユリカだ。テンカワを追い掛け回している時の彼女は僕の目の錯覚だ。」と目に感動の涙を浮かべ、

フクベが「ワシの出番は無いな。良き哉、良き哉。」とゆったり、椅子に座りなおした。




 真っ暗闇の中、真っ黒な物体が岩塊に取り付いた。

ここは、サツキミドリ二号の夜側。つまり、太陽を向いている側の裏側である。

真っ黒な物体、不恰好な輸送船は胴体中央のコンテナハッチを解放した。

ギョン!

無数の赤い光がコンテナの中で蠢いた。ゆっくり、静かに赤い光が周囲に散らばってゆく。

それは、機械だった。

虫を模したフォルムから、通称バッタと呼称されるそれが、サツキミドリ二号の整備ハッチに取り付いた。

コンソールにナノマシン端子が触れ、ハッキングを開始する。

ゴッ…コン…プシュー

ハッチが開いた事を周囲の仲間に知らせ、そのバッタは中に侵入した。

彼らに与えられた命令はただ一つ。

〔その場にある全ての物を活用して目標を殲滅せよ。〕

そして、そのバッタがハッキングの結果、サツキミドリ二号のメイン・システムに書き込んだ内容は〔警報を発しない〕である。

たったそれだけで何が出来るのか?

システム側が敵の接近を感知しても、サツキミドリ二号に深刻な空気漏れが起きても、はたまた、発電施設に異常が発生しても、人に知らせる事が出来ないのだ。

つまり、擬似的にメイン・システムを仮死状態にしてしまったようなもの。実際には正常可動している所が紛らわしい。

この状態で人が事を知るには、人間が直接、各システムを統括しなくてはならない。たとえば、監視映像を見る。サツキミドリ二号のステータスを常にチェックする。など。

このように地味に致命的な状況を回避する為に、その手の設定は変更不可になっているのだが、さすがにシステムに直接、上書きされる事態は想定していなかった。

そもそも、このサツキミドリ二号は月開発時の資源採掘衛星の一つであり、採掘終了後は地球、月への宇宙船の往来に丁度良い位置に浮かんでいたので、ターミナルとして発展した。その後の月独立騒動において、独立派の前線基地として活躍。独立派鎮定後は連合軍の監視所として機能していた。

そして、もはや月を監視する意味が無くなった近年、この衛星をネルガルが安く買い叩き、再び、宇宙船のターミナルとして機能させた。今は宇宙戦用機動兵器、つまり、エステバリス・0G戦フレームの最終試験場になっていた。

そんな訳で、このサツキミドリ二号はえらく年季の入った施設であり、システムも最新型に更新されているものの、いつもどこかで不具合が起きている。といった具合であった。この一連のハッキングは、それがゆえに起きた悲劇であった。

ちなみに、サツキミドリ二号は現在、疎開の真っ最中である。なにせ、月も木星蜥蜴の勢力圏下に落ちてしまっているのだ。うかうかしていたら、ココも危ないのだった。

現在、居るのは最低限の職員、エステバリスの整備員、同パイロット、サツキミドリ二号からの疎開を指揮している者、これから疎開する予定の者達だけである。

それでも300人ほどはいるのだが。

そんな、サツキミドリ二号にバッタの群れが侵入する。

バッタ達は、偶然鉢合わせてしまった人間に容赦無く、機銃弾やレーザーを放ち、進撃を続ける。

目指すは、サツキミドリ二号の中心部。大型核融合炉が設置されている動力室である。

限界ギリギリの人員で運営されていた為、サツキミドリ二号の人間が事態に気が付いたのは、不幸な事に最後の瞬間であった。




 「こちら、ネルガル重工所属、機動戦艦ナデシコ。サツキミドリ二号、応答を願います。」

メグミが、通信圏内に入った事を確認したのち、通信を開始した。

「ディストーション・フィールド、解除。ナデシコ、接岸準備です♪」

ユリカが一足早く、次の指示を出す。

「…こちら、サツキミドリ二号・コントロール。ようこそ、ナデシコ。ナデシコに割り当てられているドックは3号ドックだ。補給物資は既にドック内で待機中。ドック内では慎重な操船をお願いする。」

「ナデシコ、了解しました。当船は提出された航海計画通り、サツキミドリに二日間滞在の予定です。」

「サツキミドリ・コントロール、了解。業務連絡は以上だ。……ところでお嬢さん、可愛い声だね。二日滞在するんだろ?俺、良い景色が見れる場所、知ってるんだ。デートに付き合ってくれないか?」

堅苦しく話していたサツキミドリ管制官が唐突に、メグミにナンパを始めた。

「えぇ〜、デートですかぁ?良い景色には心惹かれますけど、お名前も知らない相手には、ねぇ〜。」

何気に乗り気なメグミが、管制官に答える。…焦らすのは女の嗜みと言うことだろうか?

「ああ、済まない。俺の名前は、アルフレッド・タナカ。アルって呼んでくれ。ところで素敵な声のお嬢さんのお名前を伺っても、いいかい?」

「えへへ、イヤですねぇ♪そんなに褒めないで下さいよ。私の名前は…」

完全に乗り気なメグミが自分の名前をアルに告げようとした、その時!通信機越しにサイレンが鳴り響いた!!

『緊急!緊急!!こちら、動力室!サツキミドリ二号に居る全ての人間に告げる!当施設に木星蜥蜴が侵入した!!!繰り返す!バッタが団体で侵入しやがった!!!今、隔壁で侵入を阻止しているが、いつまで持つか判らん!!連中、ここの反応炉に目を付けやがった!この放送を聴いてる全員に告げる!直ちにサツキミドリから逃げろ!!少しでも遠くへ!!!「室長!融合炉、緊急停止手続き完了です!ですが、本当に緊急停止するんですか?炉を止めてしまえば、施設の電力維持に問題が…」馬鹿ヤロウ!!!炉が爆発するよりマシだ!!とっととしろ!…ええい、糞!!俺がやる!そこを退…ドガッ!!パタタタタタン、ヴヴヴゥン、パラララ… ドッ ザァァァァァ………』

唐突に始まり、唐突に終わった通信と同じタイミングでサツキミドリが崩壊を始めた。宇宙空間ゆえに無音で崩れるその様にナデシコ・ブリッジ一同は言葉も無い。

「…はっ!ディストーション・フィールド、展開です!!」

呆気に取られていたユリカが、今が危険な状態にある事に気付き、指示を出す。

「了解、ディストーション…」

ルリが対応しようとしたその時、

ガコン!

「左舷、ディストーション・ブレード、被弾。要修理レベルです。ディストーション・フィールド…張れません。」

ルリが被害報告をする。

「整備班、即応修理班を出して下さい。左舷、ディストーション・ブレード中腹、内側。詳細はコミュニケに送信。急いでください、下手をすれば木星蜥蜴とフィールド無しで遣り合う羽目になるんだ。」

副長であるジュンが、ルリの報告と同時に必要な手続きを開始した。

「…あ、………アルさん??アルさん!!!応答して下さい!!…そんな…嘘!?…いやぁぁぁああぁ!!!お願い!応答してぇ!!…………ああ、そんな…ついさっきまで、お話していたのに……」

一番、呆然としていたメグミが、通信機に叫ぶ。しかし、耳元に帰ってくる音は無意味乾燥な空電音。ウンともスンとも言わない通信機に冷徹な現実を突きつけられ、メグミは再び呆然自失となった。

取るべき手段を直ちに認識したユリカが、自らコミュニケを使い通信する。

「…アリスちゃん!非常事態です。ジャバウォックに偵察ポッドを乗せて、警戒哨戒任務についてください!」

「Tes.船長。直ちに。」

今だダイゴウジの自室で、ゲキガンガー鑑賞に勤しんでいたアリスが、全速力で格納庫へ駆け出す。

生きてはいるが、エステバリスに乗れば確実に出血するダイゴウジは部屋で留守番である。

「すまねぇ、アリス。戦えない俺を許してくれ。せめて、アリスの代わりにゲキガンガー3は俺が全話、見届けるぜ!」

…どこか、余裕である。


〔ジャバウォック・ARMED・AND・READY!SYSTEM・ALL・GREEN!戦術偵察ポッド、ナデシコ・トノ・DATA・LINK、確認。長距離空対空ミサイル、6発・K.E.M.6発・88mmレール・カノン、71発・30mm機関砲、1200発・確認。イツデモ・出ラレルヨ♪アリス。〕

「O.K.WILL。アリスよりブリッジ。ジャバウォック、発進準備完了。」

「了解、アリスちゃん!発進を許可します!!」

使い物にならなくなったメグミに替わって、ユリカが通信をする。

ユリカの言葉と共にカタパルト上に姿を現したジャバウォックは直ちに出撃する。


宇宙に躍り出たジャバウォックの腹には、大きな流線型で筒状の機械が付いていた。これが戦術偵察ポッドである。

高精度カメラ、赤外線、電磁波などの各種センサー、さらには重力波ソナーまで備えた高価な一品である。

データ・リンクにより、ナデシコと密接な連絡を取り合う事でナデシコのレーダー有効半径を広げたのと同じ効果を発揮する。

ジャバウォックはナデシコの進路を先行し、アクティブ、パッシブ各種センサーを起動した。ちなみにアクティブ・センサーとは、能動的策敵装置。つまり、サーチライトの様に敵をハッキリと探し出せるが、自分の居場所を晒してしまう。パッシブ・センサーは受動的策敵装置。マイクの様に周りの様子から敵を探る。もちろん、自分からは何も発生させない。

〔アリス?アクティブ・センサー・ハ・敵ヲ・呼ビ寄セル・危険性ガ・高イ・ヨ?〕

「うん、WILL。敵を誘き寄せるのもボク達の仕事。それに、ナデシコに命中する可能性が有るサツキミドリの破片を洗い出さないと。」

ちなみに、ジャバウォックは現在、各種センサーを最大限能力発揮させるため、慣性飛行をしている。もちろん、敵の接近にそなえ、いつでもエンジンを噴かせられる様にスタンバイしているが。

しばらく宇宙を漂っていると、重力波ソナーが反応を拾った。

〔小型機動兵器・クラス・ノ・重力波ヲ・検知。…エステバリス級ト・推定。IFF(敵味方識別装置)、応答ナシ。無線、応答ナシ。〕

「アリスよりナデシコ。これより、未確認機の調査に移る。」

シュッと、エンジンが炎を吐き、ジャバウォックが未確認機へ向け、駆け出す。

ジャバウォックから噴き出す炎は、あっと言う間に自身の全長を超える。

並みのパイロットなら苦痛にうめき声を上げるほどの加速度に平然と耐えるアリス。

瞬く間に未確認機との距離を詰めたジャバウォックは、直ちに逆噴射を行い、目標との相対速度を合わせた。

ナデシコに一直線に向かっている未確認機。その機体と正面から向かい合って、後ろ向きにナデシコへ向かう形になっている。

未確認機との距離は10m。短いと取るか、長いと取るかは人次第である。少なくともアリスはこの距離が妥当だと考えた。

さて、問題の未確認機だが…ちょうど、ナデシコと繋がっているコミュニケがブリッジの喧騒を伝えてきた。

「むう、エステバリスそのものではないか。」

「ええ、0G戦フレームですね。しかも、同型機を三機、曳航して来てくれていますな。いやはや、有り難いです。」

「なんで、IFFを使わないんだ?壊れたのか?それとも、木星蜥蜴に乗っ取られたか?」

「う〜〜ん、それは違うんじゃないかな?ジュン君。たぶん緊急モードで起動しっぱなしで、IFFを付けるのを忘れてるんじゃないかな?」

「ほう?船長、その蜥蜴に乗っ取られていないという根拠は何処にあるのかのう?」

「はい♪まず、あのエステには深刻なダメージは見受けられませんし、なにより、あの牽引ワイヤーが答えです。」

「む?…問題無いはずだが?しっかりと中間に白い布が結ばれているし……って、それは車の話だ!」

「ええ、だからこそです。蜥蜴サンがそんな事する意味が無いです。」

…コント形式で、現状を詳しく説明してしまった。

話を聞いていたアリスが行動を開始する。

まず、機首を先頭のエステバリスに向け、警戒態勢を取る。そののち、ランディング・ギアを出して前輪に付いているライトを点滅させた。

チカッ…チカチカッチカッ…

不規則に点滅させ続けている。所謂、モールス信号である。21世紀に入って廃れた技術だが、宇宙時代到来と共に再び復活した。手間こそ掛かるが、無線が使えない状況下でも確実な通信手段として重宝されている。

さらに現代に至っては、モールス信号解析ソフトも常備されており、訓練を受けていない者も気楽に利用できる様になっている。

ちなみに、このモールス信号解析ソフトが出回った当時、モールス信号に偽装したコンピュータ・ウイルスが大流行した。モールス信号を解読した瞬間、船が暴走し、時には暴走船同士で衝突するといった事故まで起きてしまった。現在では、この解析ソフトはモールス信号に特化しており、なんらかのウイルス、ワームを打ち出してもモールス信号として出力されるようになっている。その状態でシステムを乗っ取ろうとしても、出来ないようにシステム自体が隔離されて作られている。


エステバリスのコクピットのモニター、正面に居座っているジャバウォックの下にフキダシが表示され、通信文が流れる。

〔IFF及び通信機の電源を入れよ IFF及び通信機の電源を入れよ IFF及び通信機の…〕

目の前を漂う、黒い機体の挙動を怪訝な表情で眺めていたエステバリスのパイロット、スバル・リョーコはモールス信号解析ソフトの解析文を読んだ途端に大慌てで必要な作業を始めた。

通信機の電源が入ると同時にエステバリスの無線機経由でリョーコのコミュニケが起動する。

「ああ、やっと繋がった。…私はナデシコ船長のミスマル・ユリカです♪あなたは誰ですか?」

目の前に開いたウィンドウに思わず仰け反りながら、リョーコは答えた。

「お…おお!?…あ、俺の名前はスバル・リョーコ。アンタの船に配属される予定のエステバリス・パイロットだ。」

「…確認しました、船長。サツキミドリ二号で合流するはずだったパイロットの一人です。」

ウィンドウの奥の方から少女の声が聞こえた。

「なるほど♪ご無事でなによりです!あと二人のパイロットの行方は判りますか?」

「あ〜、あん時は三人バラバラだったんだわ。どうなっちまったのか?は、ちょい判んねぇなぁ。運がよければ、変な所で生き残ってるだろうよ。」

リョーコがそこそこの付き合い故に判る相方達の行動を想像して答えた。

「そうですか…とりあえず、ナデシコへの乗船を許可します。カタパルトから入ってきちゃってください!」

ユリカが話を終えた時、ユリカの前に新しいウィンドウが開かれた。リョーコ側からすればウィンドウの中にウィンドウが展開された状況になっている。

「船長。サツキミドリ二号の残骸周辺にて、重力波反応を複数、検出。IFFは木星蜥蜴のモノと一致。これより、迎撃戦に移る。」

小さな体に、連合宇宙軍正式採用の白い硬式パイロット・スーツを着込んだアリスが報告する。

ちなみに、前回エステに乗った時はナノマシン・スーツで今回、硬式パイロット・スーツなのは、座席の規格の違いに由来する。ジャバウォックはスーツ自体を座席に固定する事で安全を確保する。対してエステバリスはコクピット内の安全対策を神経質に採ってある。お蔭で体を固定しなくとも安全に乗り回せるのだ。

スルッとリョーコの前から離れたジャバウォックが、敵を屠るべく飛び出した。

「…大した腕だな。動きにムラが無ぇ。…船長さん、さっきのガキンチョが、あの黒いののパイロットなのかい?」

僅かな動作からアリスの腕前を見て取ったリョーコがユリカに尋ねる。ナデシコのカタパルトに向かいつつ、だ。

「ああ、アリスちゃんの事ですね。ええ、あの娘は凄いパイロットですよ♪」

ユリカが我が事のように答える。

そうこうしている内にリョーコと牽引されたエステバリスはカタパルトの入り口に到達する。

入り口には、ピンクのエステバリスが待機していた。

「お!手伝ってくれるのか!助かるぜ。流石に一人じゃ面倒だと思ってたところだったんだ。」

リョーコが感謝の意を伝える。

「ああ、そうだろうと思ってね。…俺が最後尾に回って、ワイヤーを引っ張りつつ減速すればいいのかな?」

アキトが、牽引最後尾のエステに近づきつつ、リョーコに確認を取る。

「ああ、それでかまわねぇ。…タイミングを合わせるぜ。…3・2・1!」

二機のエステがゆっくりと減速しつつ、牽引している機体を間に挟んで、カタパルトの中に入ってゆく。

「…俺の名前はテンカワ・アキト。コック兼パイロットだよ。人手が足りなくてね。って言っても、まだ役に立ってないんだけど。」

「何言ってんだ。今、役に立ってるじゃねぇか。…ああ、俺の名はスバル・リョーコ。よろしくな、テンカワ。」

二人が自己紹介を含めつつ、雑談に興じる。もちろん、手を休めていない辺りがプロである。


〔ナデシコ・ヨリ・通信。ディストーション・ブレード、復旧。飛来物・ヘノ・警戒・ヲ・解除・サレタシ。〕

WILLが受け取った情報をアリスに話す。機体は既にサツキミドリの周辺に到達している。

「じゃ、蜥蜴潰しを楽しもうか、WILL。現在、判っている反応を提示して?」

〔現在・判明・シテイル・重力波・発信源・ハ・9箇所。サツキミドリ・内部・二・反応・ハ・見受ラレズ。居タト・シテモ・ジャバウォック・ハ・入レナイヨ?〕

「ふーん、楽勝だね。近い目標からナビゲートして。」

WILLが指示する目標に向かって、飛び掛るジャバウォック。

88mm砲弾や空対空ミサイル、さらにK.E.M.に追い立てられるバッタ達。本来なら圧倒的数で襲い掛かるバッタが無残に破壊されてゆく。この宙域において木星蜥蜴と連合軍の力関係は明らかに逆転していた。

だがしかし、バッタ達もただ破壊されるばかりではなかった。

無人機であるが故に、もっとも有効な戦法。センサーを残し、全ての電源を切ってジャバウォックの探知から逃れていたのだ。

所謂、死んだフリである。

情けなく感じるが、実際にこれをやられると動き出すまで、精密探査でもしない限り、まったく判らない。

地味に恐ろしい技なのである。

現にジャバウォックもバッタ達の作り出したキル・ゾーン(火力集中域)に誘い込まれてしまった。

周囲の残骸から機関銃を、背中のミサイル・ポッドを晒したバッタ達がタイミングを合わせ、一斉に攻撃!

ジャバウォックのコクピットにレーダー・ロックされた事を示す警報が鳴り響く。その喧騒の中、機体を操る小さな少女の顔に亀裂が走る。

それは間違えようの無いほどに楽しげな笑みだった。

「そう…このぐらいしてくれないと、歯応えが無い。」

生と死の狭間で戦い続ける喜びに全身を震わせながら、少女はクスクスとその身に不釣合いな蟲惑的な微笑を続ける。

ジャバウォックは、この状況下でも怯まない主の意思を受け、機銃弾を、マイクロ・ミサイルを、そのミサイルが作り出す爆風を、紙一重で避け続ける。

ギシ、ギシと絶え間無く、全方位から掛かり続けるモーメントに機体が音を立て、アリスを振り回す。

それは、嵐の中、一片の葉がヒラヒラとあおられ続ける様でもあり、手練のダンサーが一人、舞台で踊り続ける様でもあった。

〔目標、全機・位置・ヲ・確認。〕

WILLの報告に微笑を凄惨な笑いに変えつつ、ジャバウォックを銃弾の嵐の中、旋回させる。

バッタ達が全力の攻撃を展開する、ど真ん中を突っ切って、ジャバウォックがバッタ達に襲い掛かる。

機械故の正確で緻密な攻撃を全て避け、なおかつ、接近する。それはまさに、神業だった。

結果、バッタ達が身動きの取れない鉄クズに変わるまで、一分も掛からなかった。


その後、他に死んだフリでやり過ごしているバッタが居るかどうかを精密探査し、結果、バッタを発見出来なかったアリスがナデシコへ帰ってきた時、赤、黄、緑のエステバリスがナデシコから飛び出して来た。

その3機から通信が入る。

「よう、良い腕だな!後でシミュレータで対戦しようぜ!!」

「お疲れ〜!後は任せてね〜。」

「…独特な味のカレー。……乙、カレー。…オツカレー…お疲れ。………プッ、クゥ〜ックックックックッ。」

リョーコ、ヒカル、イズミである。

呆気に取られたアリスを尻目にサツキミドリに突入する三人組。「よ〜し、いくぜぇ!」とか「素潜り、開始〜。」とか「豚の角煮」と賑やかに通信しつつ、視界から消えた。

そこにピンクのエステが近寄る。

「や、お疲れ様、アリスちゃん。今日も凄い活躍だったね。」

アキトである。

「…まだ、遊び足りない。…テンカワ、操縦上手くなったんだね。」

アリスがエステの動きからアキトの技量を推察した。

「あはは、マダマダだけどね。シミュレーターもまだ、戦闘訓練初級だしね。」

意図的に前半の言葉を無視して会話を続けるアキト。

「…ほんの数日でそれだけ出来れば、大したモノだと思う。テンカワにはパイロットの素質があるのかもしれない。」

「きっと、教官が良かったんだよ。」

「?…初日しか教えてないのに?」

アリスとアキトが会話を続ける中、雑音が混じったリョーコの叫び声が響いた。

「…ザ…済まねぇ!テンカワ、アリス!…ザザッ…敵をソッチに逃がしちまった!バッタのヤロウ、残ってたエステを乗っ取りやがったんだ!!」

サツキミドリの残骸から一筋の光が走る。

その光は、ナデシコに進路を合わせ、一直線に向かってくる。よく見るとその後方から三つの光が追いかけてきている。が、どうやら間に合わなさそうだ。

その光景を見て、すぐさま迎撃しようとしたアリスをアキトが遮る。

「待った!先に俺が出るよ。アリスちゃんは俺がミスった時のフォローをしてくれ。」

「…ん。」

テンカワの意見に、首を縦に振る事で答えるアリス。

ピンクのエステがその機体に許された最大速度で敵に襲い掛かる!

「うぉおおおっ!ゲキガ〜ン!!フレア〜!!!」

最大出力で展開したディストーション・フィールドを盾に敵に体当たりするアキト。

敵エステバリスとアキト機との相対速度から双方にダメージが出た。が、軽微なダメージのアキト機と対照的に敵はボロボロだった。

そこに止めを刺すアリス。88mm電磁加速砲弾が、バッタに乗っ取られたエステバリスをバッタごと鉄クズに還元した。

それをプロスペクターが非難する。

「困りますなぁ、アリスさん。回収すれば、まだ使えたかもしれませんのに。」

「…やめておいた方がいい。下手に可動状態で捕獲すれば、船内で暴れるかもしれないし、汚染されたOSを船内システムに撒き散らす羽目になるかもしれない。敵に乗っ取られた兵器は諦めるのが一番安く付く。」

「うむむむ、そんなものですか。しかし、勿体無いですねぇ…いや、失礼。どうにも貧乏性でして。」

「まぁ、皆無事だったんです!それが一番じゃないですか♪」

「そうですねぇ、この世で一番お金が掛かる存在は人様ですからなぁ。」

アリスとプロスの会話にユリカが参加し、一気に和やかになる。

ちなみに、プロスペクターの言葉は比喩でもなんでもない。現に陸上自衛隊の年間予算のおおよそ半分は自衛隊員の給料として消費されている。薄給でこき使われる兵士というイメージはもはや、過去のものである。

給料も良くしないと人が集まらないのだ。士官はともかく、一般兵士は3年契約で入れ替わりも激しい。もちろん、軍を生涯の自分の居場所だとする者は軍曹、曹長として下士官への道を歩む。ついでに言えば、パイロットが使い物になるまでの訓練に掛かる費用はパイロットが乗る機体よりも高い。優秀なパイロットはそれだけで万金の価値があるのだ。

ともかく、そんな談話を繰り広げながら、出撃した機体を船内に格納し、ナデシコは進路を火星へと向けた。


「では、機動戦艦ナデシコ!火星に向けて発進です!!」




盛り上がる船内で一人、取り残された通信士が呟く。

「…なんで、だれも悲しまないの?…さっき、そこで人がいっぱい死んだのに……」





第四話 完










あとがき

 ああ、今回も話自体は原作と変わらない流れ…くっ、火星ユートピアコロニー跡地遭遇戦に至った暁には…

え〜っと、今回の見所。

アリス、ゲキガンガーを見る。

アリス、ゲキガンガーにハマる。

ダイゴウジ、実は生きてました。

の三本立てです。アリスがゲキガンガーにハマってるにしては、全然、表面に出てこないじゃないか?って感じですが、アリスには静かに狂ってもらう予定です。

ついでにメグミがスポット活躍?です。

せっかく、戦争の悲惨さって奴にダイレクトに反応してくれるキャラが居たものですから。

メグミには、ミナトと共に平和の象徴として今後も色々反応してもらう予定です。

うーん、誰をメグミの慰め役にしようかな。

…そういや、この物語に確実に足りないモノがあった。恋愛ネタ。う〜む、道理で女の子が一杯なのに、男臭い雰囲気だなぁ。と思ってたんだ。

恋愛無くしてナデシコに有らず!

…誰と誰を引っ付けようか…ああ、考えてなかったッス。ガッデム(泣

え〜っと、アキトとヤマダとジュンとゴート?ぐらいかなぁ。男側は。…うう、悩む。

あ、とりあえず、アリスは恋愛させませんよ?まだ6歳って設定だし。…アイちゃんは平気でアキトにアタックしていたッスけどね。


P.S.

鋼の城さんの一言で、アリスの方向性…正確にはアリスの愛機の方向性が定まりました。感謝します♪

全然、想定してなかっただけに、どう転がるか判りませんが、少なくとも今、どういう装備で、どういうアクションをさせよう。とか妄想が花開いております。

文字通り、電波が下ったッスね。ああ、ゲキガン神よ!我に彼の機体の描写を成し遂げさせたまえ!!

ともかく、今まで淡白だった戦闘はこの先、ガラリと変わるかもしれません。

もちろん、当初の計画通り、アリスには限界ギリギリで戦ってもらいます。そこは変わりません。ただ、ケレン味を大幅増量していきます。

まぁ、ソレが出来るのは第6話ラストからなんスけどね♪




 

 

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代理人の感想

電波オッケイッ!(何)

折角「何か」が下りてきてくれたんですから有効に使ってしまいましょう。

それが神であれ悪魔であれ、リャナンシーであれ星辰の彼方より来たものであれ。(ぉ