古来より、戦の象徴とされた火星。一時は人の手によって都市すら建設されていたが、いまや、その都市は地表諸共、戦火に跡形も無く蹂躙されてしまった。

そして、その大地から遠く離れた火星宙域において、今、再び戦火が巻き起こっている。

Pi!Pi!Pi!

本来なら狭いコクピット、と形容すべきだが、乗っているパイロットのお蔭で、ソコソコの広さを備えたコクピット。

その、稀有な体格のパイロットに、アラームが敵をロック・オンした事を伝えている。

パイロットは、両脇、座席の肘掛から丁度、手の届く位置に据え付けられた操縦桿とスロットル。ではなく、その両内側に設置してあるIFSパネルに手を乗せていた。

接続中である事を示して、パネルと両手の紋章が光り輝いている。

コクピットの明かりはそれだけだった。

薄暗い闇の中、その小柄なパイロット、アリスは強烈なGに翻弄されつつも口の形を愉悦に歪めた。

「さぁ、戦争の時間だよ、WILL♪…木偶共を殲滅する。」

〔ARMED・AND・READY!!ROCK’N・ROLL・ダ!!アリス♪〕

アリスとその相棒であるAI、WILL。そして、その二人の機体であるADF−01B・ジャバウォックは、それぞれに共通する製作意図、<破壊>を実現するという意思の元、一つのイキモノになって敵に襲い掛かる。

 

最大推力を搾り出す、熱核ロケット・エンジン。ノズル内で、核融合炉から伝達される熱で白熱化した触媒に触れた推進剤はプラズマ化し、機体の後方に膨大な炎を発生させ、その力を誇示する。

熱核ロケットの中枢、小型核融合炉では、MHD(磁気流体力学)発電機が炉の内部で強引に作られた、極小の太陽から無限のエネルギーを搾り出す。

そして、MHD発電機が搾り取った膨大な電力はディストーション・フィールド・コンバーターに惜しみなく供給され、機体の周囲の空間を強力に歪ませる。その出力はエステバリスをはるかに超えていた。

当たり前といえば、当たり前であるが、自前の発電機を持っているジャバウォックとナデシコからの重力波供給、もしくは、自前のバッテリーで遣り繰りするエステバリスではその出力に差が出て当然である。

なによりも、20m級大型戦闘機であるジャバウォックと6m級小型機動兵器であるエステバリスを同列で考える事が、すでに間違っている。

そして、ジャバウォック最大の脅威はそんな大型の機体が、エステバリス顔負けの機動性を発揮する事にあった。

 

と、言う訳で現時点でナデシコ最強の機動兵器は、攻撃目標であるカトンボ級に向け、牙を剥いた。

具体的に言えば、一直線に飛び掛ったのだった。

カトンボはディストーション・フィールドの最大出力で対抗する。

あっと言う間に両者の距離は狭まり、ディストーション・フィールド同士が接触する。そして、火花を散らす強引で壮大な押し比べが始まった。

この押し合いを制したのは、ジャバウォック。強力なディストーション・フィールドと、接触するまでに作り出した運動量のお蔭である。

スピードの大半はフィールド同士の鬩ぎ合いで消費されたが、ジャバウォックはカトンボの至近距離に潜り込み、必殺の88mmレール・カノンをカトンボに放つ!!

一気に穴だらけになるカトンボ。

「…他愛無い。鎧袖一触とは、まさにこの事…ってね♪」

アリスの言葉と共にディストーション・フィールドを再展開し、次なる獲物に飛び掛るジャバウォックの背後で爆炎が花開いた。

 

戦場を縦横無尽に飛び回るジャバウォックと対象的に、エステバリスの戦いはとある一角に限定されていた。

とはいえ、エステバリスが活躍してないか?といえばそうでもない。

エステバリスの相手は木星蜥蜴の小型機動兵器・通称バッタ。その数、600機。

対峙するエステバリスはたった5機である。一機が120機を相手取らなくてはならないという過酷な現状が待っていた。

さらに、一機でも取り逃せば後方のナデシコに特攻されてしまう。そう、普通の戦争なら絶望すら生ぬるい状況の中、己の母船を守りきらねばならないのだ。

しかし、エステバリス・パイロット達の士気は高い。

バッタよりも高性能な機体である事、そして、対木星蜥蜴用のシミュレーション訓練を散々やってきたからでもある。

現に今、バッタの総数は300機を下回り、さらに加速度的に破壊されていた。

「よし!突っ込む!!ケツは任せたぜっ!!」

リョーコが威勢の良い言葉と共に、バッタの群れへ切り込む。

ディストーション・フィールドを前面に展開し、バッタを次々とひき潰して行く様は、圧巻の一言である。

だが、リョーコ機の背後はスキだらけであり、バッタ達がチャンスとばかりに飛来する。

「ダメダメ〜!動きが雑すぎるよぉ〜?」

しかし、無防備な背後に取り付こうとするバッタは、リョーコ機の背後に控えたヒカル機のラピット・ライフルの餌食となる。

そんな二機を、中距離からミサイルで一掃しようとするバッタ達には何処からとも無く飛んでくる銃弾が終焉を伝えた。

「私達を敵にした事を『親孝行しなかったから』と思う事ね。……親孝行しない…不孝…フコウ…不幸。………プッ、ア〜ッハッハッハッ!」

つまり、イズミ機の容赦無い駄洒落…もとい、狙撃が襲い掛かるのであった。

「あ〜、イズミったら余裕だね〜。マジモードじゃないしぃ。」

「オレはイズミの駄洒落で操作をミスりゃしねぇか、不安だよ…。」

姦し三人娘の方は、敵の圧倒的物量の中ですら余裕であるようだ。では、男性陣の方はというと…

 

「いっくぞぉ!アキトぉ!!」

「応!!」

「「ダブル・ゲキガン・フレアーー!!!!」」

二機のエステバリスが機体が接触するほどに接近し、正面にコブシをかざして、息を合わせて突進する。

バッタの群れに躊躇せず飛び込み、一直線に抜ける。数多の爆炎を背後に再び突進!二人の動きはまるで二つで一つの生き物のように息が合っていた。

何度も何度も突撃を繰り返し、二手に分かれて両面から攻めるなどの多彩な攻撃を仕掛けるが、一向に動きが狂わない。

「いいぜ、いいぜ〜!これぞ、ヒーローの戦い振りって奴だッ!!燃えるぜ!」

「ガイ!もう一度、ダブル・ゲキガン・フレアーだ!」

再び実行された二機一組のディストーション・アタックは、圧倒的な破壊力を示しバッタ達を駆逐する。熱血属性の二人ならではの強引な、しかし、有効な戦法だ。

対小型機動兵器戦という限定ではあるが、現時点においてエステバリスは向かう所敵無しの、無敵状態だった。

 

そして、ナデシコ。

「重力子、充填完了。撃てます。」

「ナデシコから機動兵器全機に告げます!ただいまより、グラビティー・ブラストを照射します。直ちにナデシコの射線から離れてください!!」

「目標!新型双胴戦艦!グラビティー・ブラスト、収束モード!全力発射、てーー!!」

ナデシコから、空間の歪みが新型双胴艦、のちにヤンマ級と呼ばれる無人戦艦に伸びる。

放たれた重力子は、ヤンマ級のディストーション・フィールドでいくらか散らされたが、大部分は船体に喰らい付く。

そして、周囲を巻き込んで爆発。

この宙域に展開した木星蜥蜴の旗艦としてこの艦隊を指揮していたヤンマ級の消失と共に、この戦闘の主導権は完全にナデシコ側に傾いた。

あとは統制の無くなった残敵を駆逐、殲滅するだけ。

そしてそれはナデシコの面々にとって、あまりにも容易い事だった。

 

かくして、火星宙域で再発した戦闘は一時的に終了した。

しかし、この星が争いから解放されるには、まだかなりの年月を要する事になるのだろう。

もしくは、テラ・フォーミングにより、青と緑という色彩を得たこの星が、再び、人と機械の血によって赤一色に染まるまで、この星を巡る争いは収まらないのかもしれない。

事実、この星は、この先、膨大な量の血と鉄を喰らう事が確定しているのだった。

 

 

機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE

機械仕掛けの妖精

第六話 「生死の選択」みたいな

 

 

 火星に展開している木星蜥蜴を全て駆逐出来た訳では無いが、自身の周辺に展開していた敵を一掃したナデシコ。

今現在は、これからの火星生存者救出、及び火星のネルガルの資産の回収の為、大気圏ギリギリまで船を降下させている。

「さて、これよりオリュンポス研究所にて、生存者の確認と残存資産の回収を行ないます。つきましては、もう一度それぞれの役割を再確認。といきましょうか。」

ブリッジの最下層、無理をすれば演劇ぐらいはこなせそうな広さを持っている場所の中央で、プロスペクターがクルーに話しかける。

「救出班は私、ミスター、グルーバー中尉、スバル、アマノ、保安班から五名。以下十名で揚陸艇・ヒナギクにてオリュンポス研究所へ降下、探索を実行する。なお、降下班の護衛としてアリスには、ジャバウォックで直掩してもらう。」

ゴートが重い口を開いて自分とこれからの行動を共にする班の人間達を指名し、行動を提示する。

「ナデシコはオリュンポス山直上で待機♪ヒナギクや研究所に木星蜥蜴さんが近づいて来たら警告したり、場合によってはグラビティー・ブラストで援護射撃します!!ナデシコの直掩はアキトとヤマダさんとイズミさんです♪」

ユリカが、ナデシコの任務を元気良く話す。その時、ダイゴウジが自分の名前に反応したが、周りの人間に取り押さえられてしまっていた。

いと、あわれ。…である。

「…と、いう事です。この編成で上手く行けば、今後の行動もこの方針で進めて行きます。何か、質問はございますか?」

気が付けば司会役に納まっているプロスが場を締める。

そこに、一人の青年が挙手をした。

「おや?…どうぞ、テンカワさん。」

プロスは、その青年テンカワ・アキトに発言権を与えた。

「質問じゃないんだけど。…ユートピア・コロニーに行きたい。もちろん、迷惑はかけない。エステバリスを一機、貸して欲しい。」

「ユートピア・コロニーですか?しかし、あの地は…もはや……。」

「ああ、廃墟になってるのは、判ってる。…それでも、あそこは…俺の故郷なんだ。」

複雑な表情で、里帰りを訴えるアキト。その胸中にあるのは、あそこで何も出来なかった後悔か、それとも、一人逃げ出した形になった事に対する自責の念か。

「う〜〜む、個人的には許可して上げたいトコロです。が、ナデシコを守る貴重な戦力を分散する訳には…」

プロスが悩みつつも、ネルガル派遣の担当者としての決断を下そうとした、その時。

「かまわん。行ってきなさい。」

アキトの願いを肯定したのは、普段、めったに口を開かないフクベ提督だった。

「しかし、提督!それでは、ナデシコの守備が!!」

プロスが焦るように抵抗する。

「誰にでも、故郷を見る権利はあるじゃろう。それに、エステバリス一機が抜けただけで、撃沈されるほどナデシコは弱いのかの?」

「むっ、ソコを突かれると弱いですなぁ。…では、多数決といきましょうか。…テンカワさんの里帰りに賛成の方は、挙手で意思を示して下さい。」

バッ、ババッ

一斉に、ブリッジに居たもの達の大半が手を挙げた。

唯一、挙げてないのはアリスとグルーバー、ゴートくらいである。

ゴートはプロスと同じ理由から、グルーバーは結論がどちらに転ぼうと関係無いと思っているから、そして、アリスは「里帰り」の意味を理解していなかったからである。

ほんの数ヶ月で普通の女の子並に明るくなったアリスだが、未だその知識は大きな偏りを見せていた。

ゲキガンガーと出会ってからは、アニメの知識ばかり詰め込んでいるようだ。しかも、ケレン味溢れる戦闘モノがお好きらしい。そのジャンルであれば、スーパーロボット路線、リアルロボット路線、理屈有り、無し。何でも有りらしい。

現に「ガオガイガー」を見た後、「攻殻機動隊S.A.C.」を見るような節操の無さを示しているとか。その後に見たのはSF映画「リベリオン」だったりする。もはや、アニメですらない…

…ともかく、結論は出た。

「ふむ、こうなっては仕方ありませんな。テンカワさんの里帰りを認めましょう。」

「…あ、ありがとう!…皆も有難う!!」

プロスの言葉に感激したアキトが思わず感涙しつつ、プロスに、そして、自分の我が侭を認めてくれたクルーに頭を下げた。

「むぅ…と言う事は、ヒナギクの貨物庫にエステを乗せて、手ごろな地点で空中投下。というのが、妥当だな。長距離移動になるから、重機動フレームを装備して貰おうか。」

ゴートも又、内心は賛成だったのか、積極的にアキトの里帰りの計画を立てた。

「…フムフム、行きはソレでよろしいですな。では、帰りは、ヒナギクをユートピア・コロニーに寄らせて、テンカワさんを回収。というトコロで手を打ちましょうか。」

プロスがサクサクっと計画を煮詰める。

 

そして、10分後。

「揚陸艇・ヒナギク。発進準備完了だぜ?」

ヒナギク・主操縦席でリョーコがフライト・チェックを終え、ブリッジと交信する。返答の声は、もちろんメグミだった。

「ナデシコ、了解。下では気をつけて下さいね。」

「了〜解。心配すんな。アリスが一緒だ。よっぽどの事が無い限り、大丈夫さ。なぁ、アリス?」

「Tes.よほどの大艦隊じゃないとボクは倒せない。空は任せて欲しいな。それよりも、研究所で身動きが取れなくなる可能性の方が問題だよ?」

「…ふぅ。本当に気をつけて下さいね?…降下軌道及びナデシコ策敵圏内に敵の存在は見受けられません。発進許可、下りました。順次、発進してください!」

呑気なリョーコとアリスの会話に心配がにじみ出ているメグミの通信を受け、まず、ジャバウォックが先行し、ジャバウォックの護衛の下、ヒナギクがナデシコとの連結を解除。即座に降下軌道へ艇を乗せる。

そして、ヒナギクの大気圏降下に合わせてジャバウォックも降下を開始する。

一気に炎に包まれる二機。

その二機の上空を、ナデシコがゆっくりと進む。大気圏降下中でこそ通信不能だが、ヒナギクとジャバウォックが、ナデシコの各種情報支援と砲撃支援を潤沢に受けられる体制を取っているのだ。

いわば、重装備の人工衛星を従えているようなものである。衛星軌道から、広範囲の周辺状況を知らせてくれるのも実に有り難い。

 

そして、無事に大気圏を抜けた二機。しばらく順調に飛行したのち、ヒナギクの貨物庫の下部扉が開いた。

中にはピンクの頭をつけた濃紫の重装甲エステバリスが一機吊り下げられている。足元の床が、降下ハッチとして開いたので、いつでも降下出来る体勢だ。

「テンカワさん。ここからユートピア・コロニーまで、それなりの距離がありますが、その重機動フレームの稼働時間ならおつりがくるくらいです。もう少し、近くまで寄せてあげたいのですが、あまり時間が取れませんで…。」

そのエステバリスのコクピットでプロスの声がウィンドウ越しに聞こえてくる。

アキトは機体のチェックを進めながら答えた。

「ここまで乗っけてくれただけで御の字ですよ。感謝こそすれ、文句なんか無いッスよ。」

「そういっていただけると、助かりますな。さて、その重機動フレームはエステバリスにおいてほぼ最大級の重量なので、オプションとして落下傘が付いています。ああ、自動開傘システムがありますので煩わしい操作は一切無しです。使い捨てなので、着陸後は切り捨てて下さい。」

プロスが、機体の説明をする。

「それじゃぁ、切り離すよぅ?準備はいいかなぁ?」

ヒナギクの副操縦席に座っているヒカルが、降下準備を完了させた。頷きを返したアキトに笑みで返し、カウント・ダウンを開始する。

「そぉれっ♪3♪…2♪…1♪…いってらっしゃ〜〜い♪」

ガコン

呑気なヒカルの声と共に、ヒナギクから切り離されるエステバリス。降下というより、投下というほうが似合っているが、それは言わないお約束。

コクピットの高度計が狂ったように数字を減少させ、アキトの肝を冷やしたとき、駆動音と共に落下傘が開いた。

重機動フレームと肩の連結器具から頑丈なワイヤーで繋がった、三つの落下傘。それはとても大きく、見るからに安心を与えてくれるものだった。

しかし、実体はそう安穏と出来るものでも無い。

何故ならば、落下傘降下の定番である降下中に落下傘を操作し、より好ましい地点に降下するべく空中で移動する。といった行動が行なえないのだ。

つまり、重機動フレームはただ、風の導くまま落ちてゆくだけである。ぶっちゃけ、荷物と変わらない。

落下傘によって降下速度が落ちたものの、見る見る高度が下がり、もう、地面にめり込むんじゃないか?とアキトがビビッた時、エステバリスの強襲降下・プログラムが、最後の指示を機体に送った。

膝を軽く曲げ、降着姿勢をとるやいなや、肩の落下傘との連結器具の爆破ボルトが起動。

ガリガリ、ゴリゴリガリ

嫌な音を立てつつ、両の足で地面を耕し、エステバリスは着地した。

すっくりとエステバリスを立ち上がらせた後、コントロールをアキトに返した強襲降下・プログラムが沈黙する。

「こちら、テンカワ。着地成功。機体を整備してくれた整備班に感謝ッスね。これから、ユートピア・コロニーに向かいます。」

「は〜い。ヒナギク、りょ〜かい。道中、気をつけてね〜♪」

ヒカルの言葉に続いてリョーコも声をかける。

「んんっ…その、なんだ?…気をつけてな。ヤバいと思ったら、通信しろよ?…オレは、仲間が死ぬのを見たく無いんだからなっ!」

こうして、ヒナギクから再度の気遣いを受けたアキトは故郷への旅に乗り出したのだった。

 

 木星蜥蜴と遭遇する事も無く、無事、オリュンポス研究所にたどり着いた、ヒナギクの一行。

ネルガル・オリュンポス研究所は、オリュンポス山の麓を取り囲む工場、倉庫、他社の研究所に混じって、その威容を誇示していた。火星開発最初期に建てられたのは伊達では無い。もちろん、木星蜥蜴の襲撃によってボロボロになってはいたが。

しかし、オリュンポス山で一番、その存在を周囲に示しているのはオリュンポス山を貫通して建設された巨大港湾施設。

火星一高い山であるオリュンポス山に建設された、巨大マス・ドライバー。

通称、『マーシャン・レイル・ロード(火星鉄道)』。もしくは、オリュンポス山にちなんで、『オリンパス鉄道』と呼称される、火星の開発に貢献してきた施設である。

口の悪い者が「電磁パチンコ」と呼ぶ、その電磁加速機は、軌道上から降下する物体を受け止め、軌道上に打ち上げる為の巨大で長大なレールをオリュンポス山の内部に備えていた。

オリュンポス山に設けられた大きな突入・射出兼用口から飛び出した、ガイド・レールは木星蜥蜴の襲撃を受けてなお、その機能を留めているように見えた。

火星開発最初期において、莫大な資材と人を受け止め続けて来た、この火星鉄道だが、火星の発展と共に、その役割は大きく変わって行った。

最初は、人と資材を受け入れる貨客兼用宇宙港として。

各コロニーの通常型宇宙港が開発されるにつれ、重量級貨物専門港として。

そして、火星の一次、二次産業が軌道に乗り始めた頃、その歴史に終止符が打たれるはずであったが、文字通り隣接しているネルガルの研究所があった関係で、各種研究資材の受け入れ港として生き残った。

現在は、火星の一大研究コロニーの大型宇宙港としての体裁を整え始めていた。…のだが、そこに木星蜥蜴の襲撃が起きたのだった。

そんな親密な仲の火星鉄道とネルガル・オリュンポス研究所だけに、研究所から港へのネットワークはガッチリ固められていた。


オリュンポス研究所のメインシステムにアクセスし、研究データを片っ端から手元の大容量メモリーユニットにロードしながら、その事に気が付いたのはグルーバーだった。

作業を進めつつ、片手間に火星鉄道の被害状況を調べた。

結果、中破判定の被害こそあるが、重量物を火星軌道に打ち上げる能力は今もなお保有してるという、心強い情報が得られたのであった。

その結果に一人頷きながら、作業を進めるグルーバー。そんな彼に声をかける者が居た。

「研究データの回収の方はいかがでしょう?」

プロスである。彼の足元には大きなアタッシュ・ケースが二つ。ここまで、持って歩いて来たらしい。…とても重そうだ。

「このファイルで最後だ。」

グルーバーの言葉と同時にダウンロード状況を示すバーが、100%になった。メモリーユニットに正しくダウンロードされたか確認したのち、ユニットの接続をを手順に基づいて切り離し、席を立った。

「ちょっと、失礼しますよ。」

プロスがグルーバーの居たコンソールに座り、パスワードを打ち込んだ。すると、正面の大型モニターに

〔パスワード・承認。メイン・システム・全初期化、開始しますか? Y/N〕

と表示が出た。プロスは躊躇い無く、初期化を実行させた。プロスがオリュンポス研究所をこの旅の最優先地点に選んだ理由がこれである。ネルガル火星支部が生み出した数多の科学技術情報。その回収と消去。何故しなければならないかと言えば…

「ふむ?…ああ、なるほど。木星蜥蜴に、ここの研究資料を利用されるくらいなら総て消してしまえ。と言う事か。」

である。続けてグルーバーが語る。

「ならば、木星蜥蜴の正体が連合の反乱勢力であるという噂もあながち嘘では無いのかもしれんな。」

グルーバーの唐突な発言に顔色を変えるプロス。

「なっ!?…ひょっとして、木星蜥蜴の正体をご存知なのですか?…どうやって、その事実を…。」

「ん?軍研究者の間では、有名なのだがね。木星蜥蜴の装備。特に兵装に使われている規格がISO、国際標準規格だと言う事は。彼らの戦争理由までは判らんが、少なくとも相手が地球人類である。と言う事を推察するぐらいは簡単だ。」

「ははぁ…そういうルートからですか。盲点です。」

「少なくとも、バッタに触れた研究者、技術者で想像力が平均的にあるものは理解してるだろうな。そういえば、ある技術者が『何故か、バッタのパーツに一世紀ほど古いISO規格が混じっている』と言っていたが…」

図らずも核心に迫る言葉を吐いたグルーバーに、内心焦りながらプロスは話を逸らそうとする。

「それだけ知っている者が居るのに、なぜ皆、口を噤んでいるんでしょうね?」

「連合政府が木星蜥蜴の正体を明かさないからだろう。木星蜥蜴=未知の異星人。と言う公式見解が一般的な現状で下手に公表すれば変人扱いだ。所謂、常識。集団幻想の力というやつだな。木星蜥蜴が何故か無人機のみで侵攻してくるという点も無視できないが。」

グルーバーがどうでもいい事の様に話す。プロスの意図には気付かなかったようだ。

「…まぁ、下手な騒動が起きるくらいなら、その方が私ども商売人としては有り難いですな。」

プロスが彼の立場からの見解を述べる。そこに、人の情が入る余地は無い。企業の冷徹な経営論理だけがあった。

「なんにせよ、人類の今までの歴史と何も変わらんよ。政治による市民への欺瞞も、一方的な殺戮も。実に良くある出来事だ。」

グルーバーとプロスが顔を見合わせ、苦笑を浮かべる。人の世のあまりにも不安定な様を思い浮かべたら、もはや笑うくらいしか残されていないだろう。

用の無くなった情報管理室から出た二人は、次の場所に移動しつつ話を続けるのだった。

 


 ここは、一面の荒野にぽっかりと出来た、特大のチューリップが真ん中に突き刺さったクレーターである。

クレーターは緩やかな曲線を描いて、小さくも存在感ある丘でグルリと円を形成していた。かつてコロニーだった残骸が無差別に土砂から顔を出している。

その丘の内側に一機の機動兵器が佇んでいた。

コクピットの中に人は居ない。中のパイロットは外に出ているらしい。

そのパイロット、アキトは足元に転がっていた連合宇宙軍正式装備の11式対弾装甲ヘルメットを拾い上げ、周囲を見渡していた。

「…これが、ユートピア・コロニーだってのか…跡形も無いじゃないか…。廃墟だって判っちゃいたけど…。」

ヘルメットを転がっていた場所に戻したアキトが、フラフラとよろめきながら、中心部へ足を進める。

呆然とするのも当然だろう。チューリップ激突後のユートピア・コロニーに来たのは始めてである。なまじ、かつてのユートピア・コロニーの威容を知っているがゆえにその動揺は大きかった。

地下施設があるらしくクレーター形成によってえぐれた地面から、コンクリートの平面部や鉄板が顔を出していた。

その全てを意に介さず、ポテポテと歩くアキト。



地面が、抜けた。

「うわぁあぁぁぁあ!?」

突然の変化に、混乱するのみのアキト。視界がグルグル回転する中、空にこちら目掛けて飛んでくる小さな火の玉が見えた気がした。

ドッッ!

アキトの体が床に叩きつけられる。床に積もった埃が舞い上がり、天井に空いた大きな穴からの光を浴びて視界を遮った。

「痛てっ!てってってっ…。」

結構な高さから落ちたのに打ち身で済んだ、幸運なアキトが呻いた。

そんな彼に声をかける人影があった。頭からスッポリと火星では一般的な対砂嵐用のマントを被っている。

「ようこそ、火星最後の生き残り達が過ごすシェルターへ。歓迎出来ないけど、お茶くらいは出すわ。」

声を聞くまでも無く、絶好調で不機嫌な御様子である。

…それもそのはず、アキトが踏み抜いた天井部材がマントの人物の、戦乱の中、辛うじて生き残っていた携帯パソコンに直撃していたのだ。

逃避行の中でも全力運転を止める事の無かった、この人物の脳が吐き出した様々な設計案、改善案、実験計画などが全て、一瞬で消えてしまったのだ。

概念自体は脳内に保存されていても、もう一度、細部まで構築しなおすのは実に重労働である。下手に形に成っていた分、その脱力感は推して知るべし、である。

埃が舞い降りたのを見計らって、マントのフードを剥いだその人物は、金髪の女性であった。

今だに、尻餅を付いたまま立ち上がれないアキトに右手を差し出しながら、鋭利だが纏まった、誰もが美人だと認める顔をアキトに向け、自己紹介をする。

その表情には、未だに失った各種研究データへの未練がこびり付いていたものの、相手を思いやるゆとりがあった。少なくとも怒りや憎しみの色は無かった。

「私の名前は、イネス・フレサンジュ。…君の名は?」

アキトに差し出された右手を取りつつ、アキトも自己紹介をした。

「俺の名前は、テンカワ・アキト。ネルガルの作った戦艦、ナデシコで貴方達を迎えに来たんだ。」

アキトの答えに、イネスの眉が一瞬険しくなる。その原因は、高名な研究者夫婦であったテンカワの名を聞いたからか?それとも、ネルガルの、ナデシコの名を聞いたからか?

「そう…ひょっとして、一隻で来たとか、言わないわよね。」

ようやく立ち上がったアキトが驚きと共に答えた。

「?…ナデシコ一隻だけど…。」

「はぁっ…本気で!?信じられないわ。……少なくとも、私は乗りたくないわね。ここの生き残りの大半も事情を知れば、同じ意見になるでしょうね。」

イネスが落胆と共に言葉を漏らす。その表情は、聞きたくなかった。と後悔で満ち満ちていた。

「なっ!?いつ、木星蜥蜴に狩られるか判らないのにか!?それに、一隻でも大丈夫な計画は立ててある!!」

「そう、ならば、説明しま…」

イネスが、いそいそと説明の準備に入ろうとした、その時。

ズズズズズ

巨大な物体が近づいてくる音がした。かなり、近い。

天井に空いた大穴から覗ける空には、白亜の戦艦が鎮座していた。

「アッキト〜〜!待ちきれないから、来ちゃったぁ〜〜!!」

そして、ナデシコの外部スピーカーからユリカの能天気な声が響いたのであった。

 

それから、約10分後。ナデシコ、ブリッジにて。

「ナデシコ船長、ミスマル・ユリカです!V!!」

「…ネルガル・オリュンポス研究所、総括研究主任のイネス・フレサンジュよ。…ネルガル重工から派遣された人間は居ないのかしら?」

先ほどから色々と、自分の娯楽を邪魔されているイネスは辛うじて、ユリカに会釈して、周りの人間に声をかけた。

「ナデシコ副長のアオイ・ジュンです。ネルガル重工、派遣社員の者は二人居ますが、両名とも現在、オリュンポス研究所探索に出かけています。」

ジュンがイネスの疑問に答えた。さらに、

「現在、当初の計画通りにココ、ユートピア・コロニーに向け移動中です。」

ルリが状況の補足説明をした。

「…そう、とりあえず、この船に乗る気は無いわ。派遣社員の人間と合流したら伝えて頂戴。そして、早くこの地から去って欲しいわ。」

イネスがため息混じりに、ブリッジ・クルーに告げた。

「「「「なっ!?何で???」」」」

ユリカ、ジュン、ミナト、メグミが声を合わせて驚いた。

「…知りたいのね?…そう、それならばっ!説明しましょう!!」

今までの不快感は何処へ?とばかりに元気に答えたイネスが、説明の準備をした。先ほどお預けを喰らった分、気力は十二分に充実している。いざ、説明の時!

ピピッ!!

警告音と共に、ブリッジ・クルーの前にウィンドウが展開した。

〔ユートピア・コロニー跡に墜落しているチューリップが稼動を始めているよ!ボース粒子の反応を検知!!〕

「くっ。ユートピア・コロニー周辺には蜥蜴一匹居なかったのにっ。…ナデシコ、戦闘態勢に移行します!!グラビティー・ブラスト、スタンバイ!目標、チューリップ、及び、進出してくる木星蜥蜴!!メグミちゃん!ヒナギクの皆にも警告を入れて!!」

船長の言葉に答え、即座に臨戦態勢を整えるナデシコ。

その騒ぎの中、またもや自分にとっての最高の娯楽を邪魔されたイネス。その彼女の額に、ビシッと血管が浮き出たのだった。

 

 同時刻、ヒナギク。

「…繰り返します。現在、ユートピア・コロニーに落ちたチューリップから、木星蜥蜴が大量に出て来ています。ヒナギクは針路を変更して、退避してください!」

ウィンドウから、メグミの必死な声が伝わってくる。

「退避だぁ?舐めてんじゃねぇ!オレの機体を残して、おめおめ逃げられっかっ!!すぐ、そっちに行く!待ってろ!!!」

リョーコが、ヒナギクを加速させながら、メグミに吼えた。

「そんなっ!尋常じゃ無い数なんですよ?来たら死にます!!」

「ふ〜〜ん。火星の地表で蜥蜴ちゃんに出会わなかったのは、一纏めにしてぶつける機会を窺ってたから。…かなぁ?」

メグミの悲鳴交じりの勧告に、となりで話を聞いていたヒカルが口を開いた。

「なにを呑気な事をっ!」

メグミが腹を立てた時、プロスの軽いながらも存在感ある声がコクピットに届いた。

「まぁまぁ、落ち着いてください。実は残念な事に、ヒナギクには、地球までの旅を保たせるだけの空気、水、食料の備蓄が無いんです。結論として、ナデシコと合流するしかない。と言う訳でして…ハイ。」

「上手く行けば、ユートピア・コロニーの避難民の皆も回収できるかもしれないしね〜。」

コクピット入り口から身を乗り出したプロスとヒカルの言葉に沈黙するメグミ。

狭くなったコクピットに、さらにグルーバーが顔を出し、同じ回線で話を聞いているはずのアリスに命令を発した。

「アリス。話は聞いたな?先行して、ナデシコを援護しろ。全兵装の使用、及び、リミッターの解除を許可する。」

「Tes.主任。全力戦闘、開始します。」

回線越しにアリスの声が聞こえると共に、隣を並走していたジャバウォックが疾走を開始した。

機体前面にディストーション・フィールドを展開し、宇宙空間でも出さなかったほどの噴射炎をエンジン・ノズルから一気に吐き出す。

ドゴンッ!!

衝撃波がヒナギクを揺らす。ジャバウォックが一気に音速を越えたのだ。

ディストーション・フィールドの恩恵で空気抵抗をほぼ無視して、ジャバウォックは火星の空を貫く。

 

 再び、ナデシコ。

アキト達を収容する為、着陸していたナデシコは、チューリップが稼動するが早いか、直ちに空に舞い戻ったのだった。

チューリップから吐き出される無人戦艦は20隻を越えても止む事は無い。まるで100隻に到達しそうなほどの勢いである。当然、バッタなどの小型機は雲霞のごとく湧いて出てきている。

木星蜥蜴は獲物をいたぶる猫のように、その大戦力をナデシコに見せつけ、ゆっくりと陣形を整えている。

「…う…グラビティー・ブラスト!出力全開!収束モード!!目標、チューリップ!!…撃てー!!!!」

ユリカが、最優先攻撃目標を見定め、命令を下す!しかし、彼女の手は初めて見る木星蜥蜴の圧倒的物量の前に、恐怖で震えていた。

「出力、120%…グラビティー・ブラスト、発射。」

ゴッ!!!!

放たれる必殺の一撃。しかし、それは無人艦群の厚い壁に遮られ、チューリップには届かない!

グラビティー・ブラストの直撃を受け、ボトボトと沈むカトンボ級とバッタの群れ。しかし、チューリップからは留まる事無く戦艦が吐き出され続けるのだった。

「…な、なんで、こんなに一杯の船があの岩の塊の中に入ってるんですか!?」

メグミの叫びは、ブリッジ・クルー全員の叫びだった。

そして、その疑問に答える声。

「つまり、あのチューリップと呼ばれる物体は木星蜥蜴の母艦では無いと言う事よ。すなわち、アレはゲート。あの岩の中と、どこかが、なんらかの技術で繋がっている。あれだけの質量を放出する以上、そういう結論しか出ないわ。それにチューリップ稼動時にボース粒子を検出したというのがなによりの証拠ね。ボース粒子は、空間転移に密接な係わりがあるという学説もあるわ。」

イネスである。ようやく解説が出来てホンの少し気分が良いらしく、頬の血色が良くなっていた。しかし、欲求不満は高まってしまったらしい。酒飲みが、一滴の酒で火が付いてしまう様に…。仕方が無いので、状況を皮肉る事にした。

「さて、船長?これから、どうするの?必殺の一撃は届かなかったわよ?」

「じ、次弾発射です!!目標、無人艦隊!広域発射!!」

「無理です。…相転移炉の出力が上がりません。次弾発射まで、1分。」

イネスの皮肉に反応したユリカの声を、ルリの冷静な声が否定する。もっとも、ルリの内心は、「もうオシマイですか。短い人生だったなぁ〜。」と諦めムードであった。

〔無人艦群、こちらに砲軸線、修正完了。現状のままでは、シェルターもろとも撃沈されるよ?〕

オモイカネが冷静に現実を伝えてくる。

「ディストーション・フィールド、最大出力で展開です!シェルターの盾になる位置に船を移動させてください!!」

瞬時にユリカが果敢な命令を発した!

「…り、了ーー解っ!!!」

ユリカの命令に覚悟を決めたミナトが、豪快に船を振り回す!

ナデシコがシェルターの盾になるのと、木星蜥蜴が一斉射撃するのは同時だった。

ドガゴゴゴゴッ!!!!!

圧倒的なまでの砲撃によって生まれた、凄まじい爆音と土煙。周囲の瓦礫が粉微塵になる壮絶な砲撃を潜り抜け、辛うじて、その姿を現すナデシコ。

しかし、無傷ではいられない。その純白の身はもはやボロボロになってしまっていた。

「こちら機関室っ!!相転移炉にダメージだ!!もう一度、良いのを喰らえば、終わっちまうぞ!!!」

「ディストーション・フィールド、出力半減。システムからの補正、限界です。」

次々に被害報告や、現状報告が飛び込んでくるが、その全ては芳しく無い物ばかりだった。

いや、一つだけ朗報が届いた。

「ジャバウォック、あと10秒で当空域に到達!ナデシコの支援に入ってくれるそうです!!」

メグミの言葉にブリッジの空気が少し変わった。

アリスが来る。それは、彼女の戦闘力を知る者達にとっては、まさに福音だった。

しかし、それでも木星蜥蜴の数は多い。

「ナデシコ、移動します!蜥蜴さんを引き付ける事で、アリスちゃんが攻撃しやすい状況を作り出します!!」

ボロボロのナデシコは煙を吐きつつも、健気にユリカの意思に答えた。

無人艦群の隊列が、ナデシコの移動によって崩れた時、満を喫して黒い翼竜が、衝撃波を撒き散らして登場したのだった。

 

ふー、ヒュー、ふー、ヒュー。…エネミー・タリホー。…ディストーション・アタックで…蹂躙するよ、…WILL、敵艦隊の…ふー…旗艦の座標を…推察…ヒュー…提示して…。」

殺人的な加速度で座席に貼り付けられ、流石のアリスも辛そうにしつつ、WILLに指示を出す。

〔I・COPY!!91%・ノ・確立デ・コノ艦ガ・旗艦ダヨ♪他ノ・艦・ノ・可能性ハ・以下ノ通リ。〕

WILLはリミッター解除にご機嫌だった。木星蜥蜴無人艦隊の通信波発信状況から即座に目標を割り出して、結果をアリスに提示する。

「…なるほどね。…ふー、ヒュー…じゃ…突っ込もう!」

アリスは歯を食いしばり、ディストーション・フィールドを潜り抜けた僅かな空気に過剰反応するジャバウォックをさらに加速させ、戦場のど真ん中へ突っ込ませる!

ン!!

それは、もはや衝撃波の出す音ではなかった。

地表すら掘り起こす衝撃波を引き連れてジャバウォックは、ナデシコに取り付こうとしたバッタを行きがけの駄賃とばかりにひき潰す。

その勢いのまま、無人艦群へ突撃!

迎撃体勢に入ったカトンボ達を一瞥する事も無く、ジャバウォックは無人艦と無人艦の隙間を縫い、駆け抜ける。

目指すは、この大艦隊を統括する旗艦。その一隻のみ!

瞬く間にジャバウォックは、目標とした無人艦、ヤンマ級に接近する。

WILLの分析は正しかった。そのヤンマ級は、自身の盾として周りのカトンボ級をかき集めたのだ。

しかし、2,3隻のカトンボで今のジャバウォックは止まらない!

針路を塞いだカトンボ。そのディストーション・フィールドを容易く引き裂き、カトンボの船体を撫でるように飛び去るジャバウォック。

強力なディストーション・フィールドと衝撃波という想定外の圧力を受けたカトンボの船体が変形し、煙を噴く!ジャバウォックはその顛末を見届ける事無く、真っ直ぐに敵旗艦であるヤンマ級に飛び掛る。

下手に動かせば機体が引き千切れてしまう凶悪な速度はジャバウォック自身の針路を狭める結果になったが、獲物はもう眼前。ただ、突撃あるのみ!

それは、槍だった。投擲され、目標を貫くまで止まらない。

さらに音速の12倍を越えた20mの巨大な槍は、自ら加速する上、ディストーション・フィールドという凶悪な鏃を供えていたのだった。

巨体を無理やり動かして、回避しようとしたヤンマ級は、ジャバウォックの突撃じみた攻撃で、沈んだ。

統制が崩れ、このまま木星蜥蜴の戦線が崩壊するか?と思われたが、蜥蜴共も易々とやられるほど甘くは無い。

木星蜥蜴最大の強み。それは、数。

ここに展開している木星蜥蜴の内、旗艦能力を有しているヤンマ級はジャバウォックの潰した一隻だけではない。直ちに別の艦が指揮を取り、群れを率いたのだ。

アリスは「ならば、指揮能力を有する総ての艦を撃沈する。」と果敢に喰らい付くが、圧倒的戦力で包囲されるのは時間の問題だった。

 

「高機動モード緊急展開!」

奮闘するもジャバウォックの針路上に大量の艦を配置する木星蜥蜴。アリスが、即座に射線から逃れる方法を選ぶ。

しかし、それは更なる加重をアリスに強いた!!

「ぐっ!ぐぅぅうっ!!」

体がバラバラになるような加重をその小さい体に受け、アリスは機体を強引に軌道変更させる。少しでも機体の剛性限界を超えた瞬間に空中分解する速度のまま、操る!

その甲斐あって、ギリギリで集中砲撃を避ける事に成功。

だが、砲撃を避ける僅かな時間で木星蜥蜴は包囲網を厚く敷いた。生半可な手段では突破出来そうに無い。

〔サテ・ドウスル?アリス。敵、包囲艦・36隻。全周囲ヲ・取リ囲ンデルヨ?現在モ・チューリップ・カラノ・供給ハ・継続中。〕

「知れた事だよWILL。何時も通り…突っ込む!!」

ジャバウォックを再び加速させながら、アリスはその口元を歪めさせた。

〔O.K.アリス!LET’S・ROCK’N・ROLL!!!〕

そんなジャバウォックに砲撃を加えるカトンボの群れ。

その網の目のような弾幕の中を、舞うようにジャバウォックは突き進む!

一隻、又、一隻。

少しづつではあるが、確実に無人艦を屠るジャバウォック。

ひょっとしたら、時間こそ掛かるだろうが、この膨大な木星蜥蜴の群れを駆逐出来るのでは無いだろうか?

そんな希望が見いだせそうになった時、不幸、もしくは必然は起こるべくして起きた。

総てのきっかけは、一機のバッタだった。

次々と落ちて行くカトンボにヤンマ。しかし、木星蜥蜴の装備は無人戦艦だけではない。むしろ、この小型機動兵器こそが、連合軍を苦しめてきた原因の大きな一つでもある。

無人艦に攻撃を集中させるジャバウォックに攻撃のチャンスを見て取ったバッタ達は、出来立ての残骸、立ち込める黒煙を身を隠す盾として、ジャバウォックに接近した。

ALERT!

アリスに、レーダーが敵の接近を告げた。

機体後方、7時方向。バッタの群れがジャバウォック目掛けて接近中。

ニタリ…

「クスクスクス…ギリギリの戦いだね。WILL♪ボク達も、木星蜥蜴達も全力。そう、まだ、これからだよ♪もっと、もっと、楽しくなるよ♪」

アリスに浮かぶ表情は、愉悦。情け容赦無い戦争、という行為に酔っているのだ。

アリスはジャバウォックを、木星蜥蜴のもっとも火力が集中している空域に突っ込ませた!

右!左!上!下!前!後!全方位から同時に放たれる、大口径レーザーにグラビティー・ブラスト。そして、ミサイル。

ジャバウォックはそれを、僅か数ミリ単位で避け、砲撃同士が作り出す干渉域の中に突っ込み、ミサイルを迎撃し、作り出した爆風を利用した。

それは、もはや奇跡の領域だった。

当然、ジャバウォックをバッタは追いかけた訳だが、結果は自滅。尽くが味方の砲撃に巻き込まれてしまった。

無人艦群が作り出す火力投射域は、正にキル・ゾーンと化していたのだ。

いや、一機だけ。たった一機だが、バッタがジャバウォックの後を今も追いかけている!

それはどんな偶然だったのか。

ジャバウォックを至近距離に捉えたバッタは、最大推力でジャバウォックに飛び掛った。

ジャバウォックは、咄嗟にディストーション・フィールドの出力を上げるのが精一杯だった。

ヴヴヴゥン!

ディストーション・フィールド同士が激突し、フィールドが唸りを挙げる。

ボムッ!

その時、ジャバウォックのフィールド・ジェネレーターが火を噴いた!元々、先行試作型のディストーション・フィールド・ジェネレーターが連戦を重ね続け、常に過酷に過ぎる使用に耐え切れなくなったのだ。

一瞬で盾が消えたジャバウォック。それでもアリスは、バッタを避ける!

いや、避けられなかった。

ガッ!

バッタと右主翼の端が接触。即座にバッタが自爆。

ゴガッ!

ジャバウォックの右主翼が、根元から消し飛ぶ。

バランスを崩したジャバウォックがよろめき、ふらついた先にヤンマ級のグラビティー・ブラストが放たれた。

左エンジンが丸ごと消滅。

警報音が響き渡るコクピット。

「…まだだっ!まだ戦えるっ!!まだ壊せる!!!」

片肺になり、片羽になってもまだ戦おうとするアリス。それは、自身の存在理由ゆえなのか。

しかし、アリスの相棒は意見が違った。

〔NEGATIVE!CANNOT・DO・COMBAT!COME・AGAIN・NEXT!!〕(否定!戦闘続行不可能!出直すべき!!)

音声出力に問題が発生したのか、文字表示で意見するWILL。

反論しようとしたアリスにWILLは行動で答えた。

〔GOOD・LUCK!・・・ALS。〕

ナデシコのある場所と双方向通信を開き、大量の圧縮データを送りつつ、ジャバウォックの脱出装置を強制作動させたWILL。

抗議の声は、爆破ボルトと射出装置の音に掻き消え、アリスは座席ごと宙に放り出された!

パラシュートが展開され、アリスと座席を分離。

座席が重力加速度によって地面に突き刺さったその隣に、ふわりと着地するアリス。

即座に、体とパラシュートを連結していた金具を切り離し、座席の裏側に駆け寄り、そこに格納されていた銃を手に取る。

遅滞や躊躇の無い見事な行動だった。しかし、見事なのは、そこまでだった。

呆然と空を見上げるアリス。

空には煙を吐きつつ、ヤンマ級に突撃するジャバウォックの姿があった。

「…WILL…。」

砲撃時のスキを突いて、ヤンマ級のディストーション・フィールドを潜り抜けたものの、ジャバウォックはヤンマ級に突撃し爆散する。

ジャバウォックの破片の一部がアリスを掠めて、飛び去る。

チュィン!

破片が立てるはずの無い不可思議な音を立て、呆然としたままのアリスが振り返ると、そこにはバッタの群れがあった。

バッタ達はアリスに容赦なく武器を向けた。

アリスも手に持った銃。対装甲貫通弾を装填したショートサイズのライフルを構える。

カシンッ!

ライフルのボルトを操作し、弾丸を装填するやいなや、アリスは…よりにもよってバッタ目掛けて突進した!

目にも留まらぬ速さで駆け抜け、バッタの至近距離に躍り出る。

目標を見失い、策敵体勢に入ったバッタ目掛けて、ゼロ距離射撃。

即座にバッタを行動不能にしたアリスは次の標的に飛びかかる。

どれだけ強力な装備があろうとも、自身を打倒しうる兵装を持った小兵に巨兵は対応しにくい。聖書において、2mの兵士を投石器で倒した少年・ダビデのように、第二次世界大戦において、当時世界最大の戦艦・大和を撃沈した米軍雷撃機のように、そしてなにより、多数の連合軍艦艇をその肉薄攻撃でもって撃沈してきたバッタのように。

自身の優位点を最大限活用するアリス。しかし、倒しても倒してもバッタの群れは無尽蔵に迫り来る。…数の優位は圧倒的で、銃の残弾は心もとない。

アリスが6機目のバッタに狙いをつけ、ライフルのトリガーを引く。

カシン!

トリガーが、乾いた音を立てる。即座に弾倉を外し、残弾を確認する。…弾はもう無かった。そして、アリスが携える銃弾は最初にライフルに装填されていたモノが総てだった。

バッタがアリスに体当りを敢行する。避けるには、あまりにも近すぎた。

宙を舞い、大地に叩きつけられるアリス。

うつ伏せになったアリスに、もはや武器は無い。弾切れのライフルもどこかに飛んでいってしまった。

「…う……ううっ……。」

アリスが嗚咽を漏らし、頬をつたった涙が大地に零れ落ちる。それは苦痛によるものではない。ある現実を認識したがゆえの事だった。

そう、この圧倒的戦力差の渦中に叩き込まれ、総ての装備を失って初めてアリスは敗北を、死を…つまり、戦いの真実に気付かされたのだ。

アリスに襲い掛かる圧倒的無力感、虚無感、絶望感。そして、「死にたくない」という、生への渇望。

この極限の状況下において、もはや助からないだろう最後の瞬間において、アリスはようやく現実を認識した。

世界は不公平だが、平等でもあるのだと。

数多の木星蜥蜴を破壊して来た様に、自分も破壊されるのだと。

「ああっ…ぁぁぁっ…うああぁああぁああっぁあぁぁぁああっ………!!」

自分自身の体をかき抱き、天を向いて、泣き叫ぶアリス。自分の知らない感情に翻弄されるその姿は、生れ落ちたばかりの赤ん坊に似ていた。

ついさっきまでの、諦める事を知らない無敵の兵士は姿を消し、火星の大地に残されたのは…ただの幼い少女だった。

バッタ達は幼い少女を取り囲み、容赦無く、迫る。

もはや、アリスは周りを見ていなかった。ただ、自身を襲いつくす恐怖に身を委ねるだけだった。

 

 時間を少し遡って、ジャバウォックがヤンマ級に突撃した頃。ナデシコ周辺空域。

たった3機で、数えるのも馬鹿らしくなるような圧倒的数量のバッタからナデシコを守る6mの巨人達がいた。

彼らからも、ジャバウォックの特攻は視認出来た。

「ああっ!アリス!!」

アキトが炎に包まれるジャバウォックを見て叫びを上げる。

「糞ゥ!待ってろ、アリス!!仇はとってやるぜ!!」

ダイゴウジが、自機をジャバウォックが散った地点に向けようとする。アキトも同じく突撃しようとしていた。

そんな彼らを冷静にさせたのは、意外な事にイズミであった。

「…待った。アリスはまだ、生きている。特攻前に脱出するのを見たわ。」

「…良かった、生きてるのか。…って、それなら、余計にアリスを助けなくちゃならないじゃないか!!速く行かないと!」

アキトが逸るが、イズミが現実を突きつける。

「…だから、待ったと言ってる。私たちが抜けたら、誰がナデシコを守る?目先の問題に流されて後悔するのは御免だわ。」

「で、でも…アリスは…」

「…」

生身で木星蜥蜴の群れに放り出されたアリスと、気を抜けば即座に落とされるナデシコの現状の間で、二人の男の気持ちが揺らぐ。

勇敢だが率直な、もしくは愚直な二人の男の、戦いの手が緩む。気を抜いた二人に襲い掛かったバッタが、ナデシコの方向から放たれた銃弾で爆発する。

「何をしている!気を抜くぐらいなら、アリスちゃんを助けに行ってしまえ!ここは僕とマキさんで十分だ!!」

ナデシコから飛び出してきたのは予備機のエステバリス。パイロットはアオイ・ジュン。

アキトとダイゴウジを叱咤しつつ、ラピット・ライフルを掃射する。初めてエステバリスに乗ったにしては上手い。流石に、空を飛ぶ事に関しては四苦八苦しているが、攻撃はしっかり当てている。士官学校の教育の賜物である。

彼は、ブリッジで自分の出来る事は無いと判断すると、自らにIFSナノマシンを射ち即席パイロットとして防空網の一角を担ったのだった。IFSを忌み嫌う者が多い地球出身者であるがゆえ、多大な勇気が必要だった。現にジャバウォックが被弾するまで、ブリッジで射つか射たないか苦悩しつづけていた。

実は、アキトがユートピア・コロニーに行きたいと発言した後からいざと言う時の為に、ナノマシン注射器を携帯していたのだ。

しかし、バッタの包囲は厚く、生半可な攻撃では離脱出来ない。バッタの背後には、カトンボも控えている。

結局、四人はそれぞれの思惑を抱えたまま、ナデシコを守り続けるのだった。

 

同時期、ユートピア・コロニー・シェルター。

「さ、このシェルターも、もう限界です。早くヒナギクに乗って下さい!席だけは余裕があります。戦闘が膠着している今の内ですよ!!」

プロスペクターが、避難民を誘導する。

「応急処置は完了した。このまま船に移動する。」

グルーバーが重傷者を抱え、ヒナギクに移動する。

ちなみにグルーバーがこのような救命活動に参加している理由は三つ。全員を救出するまで、ナデシコクルーはこの地を離れないだろうという予測と、避難民の中にはネルガル火星研究所の有能な人材が多かったから、そして、グルーバーが軍人で医師だったという事である。

けして、義侠心に駆られたわけではない。しかし、周りの人間はそういう風に受け取ってはいなかったようではある。

「よし、これで最後だ。脱出する。」

ゴートが、衰弱した女性を抱え、宣言する。

ヒナギクは最後の乗客を乗せるが早いか、離陸する。直掩は、黄色のエステバリス一機。万が一の為に格納庫に搭載していたヒカルの乗機であった。

彼女もまた、ジャバウォックの特攻を目にした一人である。

「…アリスちゃん…。」

「ええい!嘆くなっ!アイツはまだ生きてんだろう?なら、まずは自分達が生き残って、アイツの居場所を守り抜くべきだ!!」

イズミと似たような事を吼えつつ、リョーコはヒナギクを限界ギリギリで振り回す。

目指すはナデシコ。合流しさえすれば、アリス救出にも戦力が割けるかもしれないのだ。ヒナギクはその身に似合わぬ高速で、駆け抜ける。

 

 そして、ナデシコ。

ジャバウォックの特攻によって騒然となったブリッジをルリの少し冷静さが欠けた声が鎮める。

「アリスの脱出を確認。アリス、生きています。」

ルリの言葉に安堵のため息を漏らすクルーだが、

「バッタ、アリスを囲みました。」

ルリの状況報告に再び凍りつく。ルリもまた、顔を青ざめさせていた。親しい人間の命が危険に晒されているのだ。当然だろう。

そんな訳で、本来の精神状態だったらまず見過ごさなかった、WILLの膨大な圧縮通信の内容が彼女の目に留まることは無かったのだった。

「ナデシコ、アリスちゃん目掛けて全速前進!!エステの防空圏でもってアリスちゃんを守ります!ミサイル発射管フル稼働!!道を切り開いて!!」

ユリカが現状で最善と思われる指示を出す!

ナデシコは普段の半分以下の、それでも今、出せる最大速度で駆け出し、船体に設けられた全自動ミサイル発射管から放てる限りのミサイルを投射する。

ナデシコの正面に爆風が連鎖した!

しかし、ナデシコの行動は木星蜥蜴の増援によって阻止されてしまう。そもそも、絶体絶命のピンチなのだ。

歯噛みするユリカ。

 

そんなナデシコ・ブリッジを尻目に一人の漢が、暴走を始めた。

イズミの言葉に沈黙していたダイゴウジである。

「いっくぞぉお!…ゲキガンッ!フレアーー!!」

ダイゴウジは、すでに得意技となったディストーション・アタックでバッタの包囲網を貫いた。

僅かな隙間ではあるが、アリスへの道が開く。

「今だっ、行け!アキト!!」

アキトはダイゴウジの言葉に行動で答え、ダイゴウジが作り出した道を全速で駆け出した。

「ふっ、ヒーローは悩み苦しむ相棒の為に、命懸けで道を切り開くモンだぜっ!…おっ!目障りなカトンボ発見っ!…くらえぇ!ガイ・ス〜パ〜・アッパー!!」

ダイゴウジは一直線にカトンボに迫ったが、惜しい所でディストーション・フィールドに弾き飛ばされる。

行き足を失い、その場に佇んだダイゴウジ駆るエステバリスにバッタが膨大な数で襲い掛かる。

「ガイ!」

ダイゴウジのすぐ後ろを飛んでいたアキトが、ダイゴウジを救おうと減速しようとした。

「待て!アキト、俺は大丈夫だ!お前は、そのまま加速しろっ!アリスを助ける事が最優先だッ!!」

迫り来るバッタを撃ち、殴り、蹴り飛ばし、戦うダイゴウジ。直ぐにバッタの群れに包まれて、エステの姿は見えなくなった。

「…ガイ……判った。アリスちゃんは絶対に助ける!」

ダイゴウジと取り巻くバッタを追い抜いて、アキトは駆ける。目の前には、先ほどダイゴウジを弾き飛ばしたカトンボが道を塞いでいた。

「ガイの時は、ギリギリまで接近できた。…じゃあ、突入角度に注意すればっ!…ゲキガ〜ンッ!フレアッ!!」

アキトが、全力でカトンボに突っ込む。ダイゴウジの時と同じく弾き飛ばされそうになった時、アキトはナイフを振り抜いた。

スッ

ナイフの運動エネルギーが切っ掛けなのか、何もしなくても突っ切れたのかは判らない。が、カトンボのフィールドを抜いた!

アキトは即座に、カトンボの船体を切り裂き、ライフル弾を切り口に叩き込む。

アキトが退避するのとカトンボが爆発するのは同時だった。

「やったぞ!ガイ!!…このまま、アリスちゃんを…。」

アリスが居るであろう方向に、目を向けたアキト。そこを埋め尽くしていたのは、カトンボとヤンマの大群だった。ナデシコを沈める為、火星中の木星蜥蜴が集結していたのだ。今だナデシコが浮いていられたのは、単に木星蜥蜴の戦闘ルーチンがズサン過ぎたという事にすぎない。

「そんな、馬鹿な…。」

呆然とするアキト。しかし、木星蜥蜴は攻撃の手を緩めない。アキトは慣れない対艦戦闘に引きずり込まれてしまったのであった。

 

様々な事態が重なり、焦るブリッジにルリの疑問混じりの声が響く。

「電磁カタパルト展開、船内から機動兵器の発進許可が出されています!?」

〔TTF−01α<ジャバウォックU>、TTF−01β<マーチ・ヘアー>、TTF−01γ<グリフォン>発進準備、完了。WILLの緊急事態宣言を承認。緊急事態につき、オート射出開始するよ。〕

オモイカネの言葉に合わせて、次々と大きな影がカタパルトから飛び出してゆく!

 

最初に飛び出したのは、TTF−01α<ジャバウォックU>。色は黒い。

名前通り、特攻しバラバラになったジャバウォックと同じデザインをしている。色まで同じだが、二基のエンジンの上にそれぞれ付けられた円筒形が異彩を放っている。

ジャバウォックUがアキトの正面に展開した無人艦目掛けて突っ込む!

すると、加速するジャバウォックUの二つの円筒形から光が零れ落ちた。その光は、霧雨のように漂いディストーション・フィールドに纏わり付く。

幻想的な光景。しかし、その効果は非常にエゲツ無かった。

ジャバウォックUは、無人艦目掛けて突撃。ディストーション・フィールドを無人艦の船体ごとぶち抜いたのだ。

船腹に大穴を空けられた無人艦、カトンボ級はそのままグラリと火星の大地に突き刺さり、爆発した。

そのまま、ジャバウォックUは次の獲物を貫き、駆け抜ける。

 

続いて飛び出したのは、TTF−01β<マーチ・ヘアー>。色は白。

名前の由来は三月の繁殖期のウサギから。イギリスにおいて、三月のウサギは凶暴に狂っている事で知られている。

機体はスリムな槍に後退翼を付けたイメージ。エンジンは一基。ジャバウォックと同型の機首を装備しているが、胴体近くのコクピットの両脇にはウサギの耳の様な複合アンテナが装備されている。しかし、一番目を引くのはその後ろ、胴体上部で機体と水平に設置されたレドーム。支柱で頑丈に固定されたレドームが敵を求めて、センサーを回転させる。

マーチ・ヘアーもまた、木星蜥蜴の群れ目掛けて突っ込んだ。同時にギミックが展開される。

機首の先端から三分の一の部分が変形し、ドリルのような形になる。

コイツも体当りするのか?と思いきや、回転を始めたドリルから光があふれ出した。

あっと言う間に、マーチ・ヘアーを包み込む光。この光は竜巻のように唸りを上げて、マーチ・ヘアーの後方に伸びる。

木星蜥蜴の群れに飛び込んだ、マーチ・ヘアー。光の竜巻に木星蜥蜴を巻き込むが、なんらダメージを与えているように見えない。

いや、確実にダメージは与えていたようだ。

マーチ・ヘアーが飛び去ってしばらくすると、バッタが機能を停止し、大地に墜落したのだ。墜落しなかったカトンボにヤンマも動きを止めて、漂っているだけになった。

マーチ・ヘアーは光の竜巻で総ての木星蜥蜴を包もうと、戦場を乱舞する。

 

最後に飛び出したのが、TTF−01γ<グリフォン>。色は銀。

三機の中でもっとも、異彩を放っている。双胴型で、双胴を繋ぐ中央部は上面のコクピットと下面の兵装部を残して平べったい。ジャバウォックと同型の機首とジャバウォックのモノより二倍以上の巨大なエンジンが一体になったパーツがその平べったい中央を挟んでいる。翼はエンジンの四方に申し訳程度に付けられた小さな可動翼のみ。圧倒的推力で重力と言う名の楔を振り切るのだ。

と、二つの機首の内側で、放電板が展開されていく。同時に、中央下面の兵装部中央、大きな砲門に紫電が走る。

高まるエネルギーを受け、放電板も紫電を纏い付かせる。

そして、奔る不可視の光線!それは、規模が小さいながらも、グラビティー・ブラストそのものだった。

正確には、収束率を高め、重力子の位相を整えたレーザー。グラビティー・レーザーとでも呼ぶべきもの。その、グラビティー・レーザーは現在の木星蜥蜴無人艦、最強のヤンマ級の船体を貫き、後方のカトンボ級もディストーション・フィールドごと貫いた。

驚異的貫通力を発揮したグラビティ・レーザーだが、その充電には時間が掛かる。その時間を稼ぐのが、砲門左右に設置された、40mm三砲身回転式機関砲。40mmという機関砲としても大口径な弾が、凄まじい勢いで発射される!

脅威の弾雨の前に穴だらけになるカトンボ級。グリフォンは一撃で最大の効果を発揮出来る位置を求めて飛翔する。

 

あっと言う間に、アキトの前進を阻害していた木星蜥蜴が、殲滅される。

アキトは三機の魔獣の支援を受け、全速で駆けた!

 

形容できないありとあらゆる感情に翻弄され、震えるアリス。

そんなアリスを屠ろうと、バッタ達が攻撃態勢を取ったその時。

黒、白、銀。三色の閃光がバッタをなぎ払う!

一瞬で更地になった土地に佇むアリスの側に、ピンクのエステバリスが着陸する。膝を折り曲げ、膠着姿勢になったエステからパイロットが飛び降りた。

「アリスちゃん!」

アキトは、震えるアリスを抱きしめる。唐突にもたらされた温もり。アリスは、アキトの体に抱きついて、泣き出した。

しばらく、そのまま佇んでいた二人だが、至近距離にバッタの残骸が落ちるとアキトはアリスを抱え、即座にエステに乗り込んだ。凶悪に強力な三機だが、木星蜥蜴をいつまでも推し留められる訳ではない。逃げられるなら、即座に逃げ出すべきだった。

コクピットに納まるアキト。アリスはアキトの膝に座ってアキトに抱き付き、離れない。

少女とはいえ、女の子の柔らかい体に赤面しつつも、アキトはエステバリスをナデシコ目指して一直線に走らせたのであった。

 

アキトが、ナデシコへの帰還ルートを取った頃、ナデシコ防衛線からすこし外れた所。

ダイゴウジが、一人奮戦していた。エステはボロボロになって、その激戦振りを物語っている。

「うぉっ!?右手がもげた!ナイフも逝っちまった!」

雲霞のようなバッタを叩き潰し、数えられるくらいまで減らした代償だった。それでも、いや、そうであるからこそバッタ達は襲い掛かるのを止めない。

「ちっ、右足もスラスターも限界か。く〜、そろそろヤバいかぁ?」

ダイゴウジの無茶が過ぎる操縦に健気に答えてきたエステバリスも流石に限界が来たのである。

「…へへへっ、まさか俺がジョーみたいに仲間の為、死ぬ。なんてシチュエーションを実行する日が来るとなっ。これぞ漢だぜっ!」

それでも彼の士気は落ちない。逆に燃え上がる始末だった。動きの鈍くなる一方の機体を強引に振り回し、又一機、撃破する。しかし…

「…あ、やべぇ…。」

彼の目の前には、直撃コースのバッタがあった。ダメージが重過ぎて、彼のエステは避けきれない。

諦め、動きを止めたダイゴウジ。そんな彼に飛びかかったバッタが、いきなり爆発した。

「なに諦めてんだっ!この、突撃バカっ!!最後になっても諦めるんじゃね〜よ、テメ〜らしくネェぞ!」

ナデシコに帰還したヒナギクから、パイロットスーツに着替える時間すら惜しんでエステバリスに乗り込み、戦場に飛び出したリョーコが、間一髪でバッタを撃ち抜いたのだった。

「…くっ、よりにもよって『俺らしく無い』だとぅ!?…屈辱だっ……だが、助かったぜ!スバル!!」

リョーコの支援を受けながら、ナデシコに後退するダイゴウジ。リョーコは、珍しく素直なダイゴウジの言葉にほんの少し赤面しながら「…お、おう。」と答えたのであった。

 

そして、ダイゴウジがナデシコに着艦した頃に、アキトも合流。

ホッとする一同だったが、現状はピンチのままである。なにせ、未だにチューリップから木星蜥蜴が飛び出して来ているのだ。

そんな絶望的な状況から、なんとか脱出する手立てを思いついたユリカ。

悩む時間も勿体無いと、直ちに実行に移した。

船の防衛に当たっていたエステを船の上に着陸させ、ミサイルをありったけ、打ち出すナデシコ。

ミサイルはそれぞれ、電磁場反射片・チャフをばら撒き、赤外線遮断効果のあるスモークを吐き出し、重力波と熱源を発信するデコイ、囮をばら撒いた。

「今です!ナデシコ、全速で離脱!!」

盛大に欺瞞兵装を満載したミサイルをばら撒きながら、低空を這うようにナデシコが今のギリギリの速度を出して逃げる。

ナデシコを追撃する事の出来た木星蜥蜴は、TTF−01の三機の手により、片っ端から鉄の塊に還元された。

 

今だ、予断は許されないが、辛うじて戦場からの脱出を成し遂げたナデシコ。

そのナデシコの上に着陸したピンクのエステバリスの中、アリスはアキトに抱きついたまま、泣き疲れて眠ってしまった。

「ま、しかたないか…。」

アリスの頭を撫でながら、ため息混じりに状況を受け入れたアキト。

しかし、その後に待ち受けるユリカの勘違いじみた猛攻と、ロリコン疑惑までは想定していなかった。

…アキトの受難は終わらない。

 

 

 

 

第六話 完

 

 

 

 

あとがき 改訂版

 

 掲載していただいた拙作を読み返したら「うげぇ、面白くねぇ。」と焦り、改訂する事になりましたTANKです。

でも、大筋は変わってないから、相変わらず面白くないのかなぁ。

とりあえず、推敲ぐらいはしっかりする事にいたします。

「まだ、面白くねぇ。」「ここの展開がダメダメ。」みたいな感想がありましたら、ぜひとも、TANKまでご一報を。

あなたの一言が、拙作をマトモな作品に生まれ変わらせます。

「そもそも、話自体が面白くない。」と言われたら…頑張ります。でも、「ここが、どのように」って指示が入っていたら有り難いなぁ。(汗

 

とりあえず戦闘のあれこれ、気をつけてみましたがマシになりましたでしょうか?

「皇国の守護者」を読んでる時に「あ、戦闘中の表現って抽象的だなぁ。確かにその方が想像がし易いや。」と気付いたのでやってみましたが。

ついでに、グルーバーの活躍も削減方向へ。気が付いたら万能選手になってて、他のキャラの出番を潰してるとは…マヌケです。

 

追加 戦闘中のダイゴウジ君の台詞が一度に長すぎ。という有り難い感想を戴けたので改良しました。

 

 

TANK

 

 

 

代理人の感想

うーむ、雪風エクスポート(意味不明)。

アリスが現実に目覚める話ですが、さてこの後どうなるのやら。

一方でグルーバーさんは相変らず無敵ですが。

(無敵は無敵でいいんですが、無敵キャラが余り出張ると興醒めなので活躍は控えめに・ご利用は計画的に)

 

それはともかくグリフォン、「双胴」と言ってるのに「中央の胴体」は表現としてまずいでしょう。

「巨大な双発のエンジンを持つ戦闘機だが、胴体が薄く平たいのでともすれば双胴機の様にも見える」とか。

 

後、戦闘表現については、要精進ということで。

 

 

追加

まぁ、上にも書きましたが万能で無敵なのはいいんですよ。

ただそう言うキャラクターは控えめに、出番を絞って要所要所で使うほうが当人のためにも周囲のためにもいいんですよね。

例:某トロンベの人

 

描写に関しては私もさほど得意なわけではないのでパス。

ただ、格闘と違ってドンパチの描写は抽象的にやったほうがやっぱり有効なのかもしれない、とは思います。