明かりの無い部屋。

人の気配のしない、簡素な部屋。

しかし、その部屋が使われている事を、作り付けの机に置かれている映像機器と散らばる情報メモリーだけが示している。

味気無いにも程があるその部屋で、物音がした。

見渡せば、ベッドの上で布団を被り、小さくなって震えている一人の少女の姿。

暗闇の中、一人震えるその少女の名を、アリスと言った。

先の戦闘で、死というものの実体を認識した彼女。

認識の代償は、絶え間なく襲い掛かる恐怖であった。

それは、戦闘が終わった今も変わらない…。むしろ、強まる一方であった。

「…これが、恐い…恐怖と言う感情……何で?…ボクは生き残ったのに。…死んでない…生きてるのに…戦いは終わった…のに…なんで、恐いの?…戦うのは…ボクの存在意義…なのに、何故?……ボクは…壊れた…の?」

初めての敗北と共に得た新しい感情を持て余し、アリスは苦悩する。

 

 

機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE

機械仕掛けの妖精

第七話 ボクが謳う「せんそうの詩」

 

 

 火星の大地、その直上をゆっくりと飛ぶ巨大な船。本来なら白く美しいその船体は、土砂と煤とオイルなどで汚れ、焼け焦げ、所々に亀裂や穴が開いてしまっていた。

船体の各所から小さな火花が飛ぶ。先の戦闘で受けた破壊の残滓の火花…ではなく、再生の火花。火星は敵地であるがゆえに移動しつつ応急修理を行なっているのだ。

船体外壁には作業員が張り付き、溶接作業などを続けている。

修理に駆り出されているのは作業員だけではなかった。三機のエステバリスが、ナデシコの外壁に取り付いて装甲材を貼り付けたり、作業員の足場になったり、特大の工具で破損箇所を切り取ったりしている。

「あ〜っ!なんでオレ達がこんな事してんだっ。忙しいし、手が足りねぇし、道具が足りねぇ。で、オレ達が駆り出されるのは判らなくも無いけどよ〜。納得いかねぇ!」

作業に飽きたリョーコが、同僚に愚痴を零していた。

「ま〜、今のナデシコでゴロゴロする事が許されるのはパイロットぐらいだからねぇ。立ってるモノは親でも使え方式だよ〜。」

リョーコの愚痴にヒカルが付き合う。

「本来なら、戦闘前に疲労しているパイロットより、ゴロゴロ寛いでいるパイロットの方がクルーにとっては好ましいものよ。つまり、それだけナデシコがヤバいって事ね。」

珍しく、真面目なイズミが口を開く。

「お〜、本気モードのイズミじゃん。どしたの?なんか変な物食べちゃった?」

ヒカルがイズミに突っ込む。皮肉な口調だが、ヒカルの表情は、真剣に心配している事を示していた。

「…いえ、体調に問題は無いわ。…ただ…。」

「ただ、何?」

ヒカルが問う。リョーコも気になる様子で耳を澄ませていた。

「…ただ、この間の戦闘からずっと、その…ヒカルの言う『本気モード』のまま、元に戻らなくなってるのよ。真面目にやり過ぎたのかしら?…ああ、駄洒落も思い浮かばないとは。…なんて、無様…。」

イズミが涙目になって、凹む。

それを聞いたリョーコは爆笑し、ヒカルは口元を押さえ懸命に笑いを堪えた…が、笑い声は確実に漏れていた。

「そんな…初めて人を笑わせた言葉が、駄洒落じゃないなんて…ショック。」

更に凹むイズミに、爆笑するリョーコとヒカル。

もちろん、リョーコとヒカルはイズミを馬鹿にしている訳ではない。イズミの動揺が面白いのは確かだが、イズミが駄洒落に拘る理由…過去に不幸が有った事を紛らわせる為…を薄々気付いているが故、である。人間落ち込んでいるより笑っている方が良い。当然周りの者達も同じである。

そんな遠まわしな心遣いが届いたのか、イズミもリョーコとヒカルに釣られて、苦笑した。

色々、暗い話題に染まりやすい今のナデシコであるが、少なくとも今、この場ではそんな暗さとは無縁だった。たとえそれが、空元気に近いものだったと言えども。

 

 さて、そんな作業現場と正反対に…雰囲気、真っ暗なナデシコ・ブリッジ。

ただいま、今後の方針会議の真っ最中である。

敵地のど真ん中で瀕死の重傷を負ったナデシコで、どのように地球まで帰還するのか?火星に来た目的の一つ、極冠研究所はどうするのか?…問題は山積みだった。

「…と言う訳で、ナデシコの相転移炉の修復の為にも極冠研究所を訪れるべき。というのが、私の結論です。」

プロスがネルガル代表としての言葉を告げる。極冠研究所には、ネルガルにとって最大の利益を生む「物」とそれに纏わる研究データが眠っている。可能性が少しでもあるのなら、回収しなければならない。

「整備班としても、賛同するぜ。想像以上のダメージを受けちまったからな。少なくとも一度、相転移炉を停止させて修理させてもらいたいもんだ。今の応急修理はデッケェ傷口に無理やり絆創膏を貼り付けたくらい、いい加減なんだからな?出来れば直ぐにドックに放り込んで、徹底分解したいのを騙し騙し動かしてんだ。戦闘なんて論外だぜ。」

整備班代表として会議に参加していたウリバタケが、船の現状を語る。流石のウリバタケも稼動中の炉に手を出せるほど無謀では無かった。

「むぅ、しかし、木星蜥蜴はこの火星上に今だ多数展開しており、我々は単独だ。身動き出来なくなる状況は看過できない。」

ゴートが戦闘担当者の一人として、戦術的意向を告げる。戦術的に見て、現状は逃げの一手のみ。足を止める事は、死を意味する。

「下手にドック施設のある場所に駆け込んで、木星蜥蜴に包囲されドックごと生き埋め。なんて可能性、実現したく無いですね。戦闘回避の点からしても、動き回れる方が優位です。」

ジュンも否定的意見を述べる。虎穴に入らずんば虎子を得ず。であるが、虎穴に入ったとたん穴ごと爆破。などという事態は勘弁だった。

「そこまで悲観的になる事も無いでしょう?いざとなればエステで警戒網を作れば良いではないですか。」

「警戒網が形成できても、ナデシコが動けなければお話にならないですよ?警戒網で稼げる時間で相転移炉を再起動させ、ナデシコを稼動状態に持っていかなければならないんですから。佐世保での記録は8分を切りましたが…」

プロスのアイディアにジュンが駄目出しする。ジュンの言葉にふと気付いたプロスがウリバタケに問う。

「そういえば、炉を止めての最低限の応急修理だと、いかほどのお時間、かかりますか?」

「ん〜〜?難しいな。だが、炉を強制冷却させて弄れる状態に持っていくまで20分から30分。そこから、問題点の洗い出しで20分。実際の応急修理に1時間ちょいの2時間弱ってところか。最高に順調に進んで、そんなもんが良いトコだ。…本格的にバラす訳じゃねぇから、作業中に炉を動かす必要に迫られても、最大20分以内に纏め上げて見せるがな。」

ウリバタケが大雑把に答える。ブラックボックスの多い相転移機関相手にそれだけの短時間ですむ事を、普段なら褒め称えられるべきなのだが…

「…厳しい…な。エステバリスの運用時間で、28分の時間を稼ぎ出す警戒網か。大破したヤマダ機のフレームを空戦用に換装して、副長にも予備機で出張ってもらっても…駄目だな。三機一組のローテーションを組んでも、重機動フレームを活用しても、どうしてもバッテリー容量が足りない。」

ゴートが警戒網を構築させようと知恵を絞るが、良い解決策は出ない。

エステの設計概念は近接護衛が真骨頂である。かつての名機、零戦が装甲を極限まで省く事で抜群の運動性能と長距離侵攻能力を得た様に、発動機をオミットする事で6mという驚異的サイズと高機動性能を得たエステバリスに長距離、長時間稼動させる能力は無いのだ。唯一、重機動フレームにその能力がなんとか与えられているが、機動性を重視するこの手の行動には適さない。警戒網を作るためにはそれらの能力が絶対に必要だった。

沈黙する一同…そこに、能天気な声が響いた。

「え〜っと、じゃぁ、エステバリス以外の機体なら、問題解決って訳ですね♪ウリバタケさん?TTFー01βマーチ・ヘアーって、電子偵察能力はどれくらいなんです?」

ユリカである。先の戦闘で大暴れした三機の内の一機が、あからさまに電子戦能力を備えているであろう外見をしていた事を覚えていたのであった。

「…おお!マーチ・ヘアーか!アイツなら偵察任務にピッタリだ。流石だな、艦長!…さて、肝心のスペックだがっ!」

ウリバタケが溜めを作って、説明に乗り出そうとした、その時。

「説明しましょう!hrice ransform ighter−01、システム名<トライデント>。その二番機、マーチ・ヘアー。三機中、最軽量、最高速のこの機体の特徴は攻撃的電子戦に特化している事ね。機首に回転式E.M.P.(電磁パルス)照射機を装備し、半径150mの電子機器を焼き切り、最大半径5kmの電子機器を動作不良させる事が可能。コクピット脇の複合多目的アンテナは、光、熱、磁場、重力その他諸々の情報を収集。その半径は2400km。何も無い宇宙空間なら1万km先の熱源すら捉えられるわ。胴体に据えられた回転式レドーム、合成開口・重力波レーダーはアクティブ、パッシブ兼用。条件が良ければ最大12000km先の目標を捉える事が可能よ。ナデシコのレーダー・システムよりは劣るけど、戦闘機搭載のものとしては破格な能力ね。当然、ステルスを含めた各種ECM…つまり、電子的妨害装置は完備してあるわ。ECMとはそもそも…」

唐突に口を開いて、ウリバタケのお株を奪ったのは、イネス。ようやく、心行くまでの説明行為に浸れた彼女の頬は火照っていて、色っぽい。一応、この会議に参加していたが、今まで出番が無かったので隅に引っ込んでいたのだ。

「…おお、良い女……はっ!?…アンタ誰だ!…それになにより、なんでアンタがトライデントのスペックを熟知してるんだ!!」

目の前に唐突に現れた女性、イネスに目を奪われていたウリバタケだが、肝心の出来事を思い出し怒鳴る。

「あら、説明していなかったかしら?私はイネス・フレサンジュ。ナデシコの設計主任であり、ネルガル・オリュンポス研究所の総括主任をしていた者よ。そして、トライデントのスペックはWILL君に快く解説して頂いたわ。」

「ゥガ〜ッ!WILLの奴ゥ〜〜!!」

何でも無い様に平然と答えるイネスに唸り声を上げるウリバタケ。ユリカの疑問が彼の意識を呼び戻した。

「え〜っと、ウリバタケさん?イネスさんのトライデントの説明、合ってます?」

「…お?おお、合ってるぜ。付け加えるなら、マーチ・ヘアーは最大3000個の目標を個別認識し、1000個の目標を自動追跡可能だ。こいつは最新の戦術管制機に匹敵する能力なんだぜ。もっとも、その能力を最大限に生かすには、アリス嬢ちゃんの腕が必要なんだが…」

「へ〜、それだけの能力があれば、衛星軌道から広域監視って手が使えますね。それなら、一機でも問題を完全にカバーしちゃえます♪」

 

 ユリカ発案のマーチ・ヘアーの能力を生かした偵察計画が練られて、ようやく問題解決に至ろうとしていた同時刻。

ナデシコ食堂の一角にて、膨大な食物が消費されていた。

はむはむはむはむはむはむはむはむ!

いささか顔色が悪いものの、カウンター席で豪快に食事をしているのはアリスであった。

「チキンライス、お待ちどう!…しかし、良く食うなぁ…。」

アリスの怒涛の注文を受け、ホウメイと共に調理に精を出していたアキトが、ようやく作る事を任された料理、チキンライスをアリスに出した。

「はむ……戦闘が終わってから、全然食べてなかったから。…とりあえず今は、食べれる時に満足いくまで食べ切る事にしたんだ。」

食事に全神経を集中させながら話すアリスが、チキンライスを平らげる。

「あ、そのチキンライス俺が作ったんだ。…感想とか聞かせてくれるかな?」

アキトの問いに、少し血色がよくなったアリスが答える。

「ホウメイを五つ星とするなら、星、四分の三くらい。でも、どこが足りないか明言出来ない。たぶん、経験の差だと思う。」

「…あ〜、経験かぁ。それを出されるとどうしようもないなぁ…。」

アキトが、肩を落としながら言葉を零す。

「でも、たった数ヶ月でホウメイに追従出来るようになった腕前は自信に思って良いと思う。やっぱり、テンカワは物事の飲み込みが早いね。君、その気になれば、エース・パイロットになれるよ。」

アリスが珍しく、アキトを褒めた。いや、アリスが人を褒めたのは初めてかもしれない。

「そ、そうか?まぁ、ずっと続けてきた事だしな。でも…有難う。あ…で、でも、俺はコックでパイロットは副業なんだからな!アクマで臨時なんだ。ナデシコが安全になったら、コックに専念するさ。…戦争になんか、関わるもんか!」

褒められて嬉しくなったが、「エース・パイロット」の言葉に過剰反応するアキト。しかし、ナデシコは戦う為に作られた武装船であり、既に状況はドップリ戦争にハマってしまっている。という事に彼は気付いていないのだろうか。気付いて無いよな…アキトだもの。

「…そう…。」

アキトの反応に、何か裏切られたような妙な感触を覚え、うろたえるアリス。

『アキトが戦争を否定するという事は、戦う為に作られた自分の存在目的を否定されると言う事で、つまり、アキトの言葉に裏切られたと感じたって事は、ボクは今も戦争を望んでいるって事?…気を抜いたら今もガタガタ震えそうなほど、戦いが恐いのに?お腹が空くまで、部屋に閉じこもってたのに…ボクは一体…』

「…ス?…アリス?…アリス!!」

思考に没頭していたアリスにアキトの呼ぶ声が届いた。

「んぇ!?」

奇妙な音を出してアリスが驚く。

「…大丈夫か?顔色が真っ青になってたけど…。」

心配げなアキトの言葉に頷きを返すアリス。

「ん、大丈夫。…じゃぁ、おかわり、頂戴!」

一息ついたら、またお腹が空いたアリスなのだった。ぶり返した恐怖から逃れようと、殊更、明るく振舞っているだけなのかもしれないが。

と、アリスの目の前にウィンドウが展開する。送信者はグルーバーだった。

「アリス、出撃だ。マーチ・ヘアー単独の偵察任務だ。今回は拒否権が与えられている。…行使するか?」

会議が終了し、アリスとの交渉を任された…もしくは押し付けられたグルーバーが冷静に語る。

アリスは、色んな感情がごっちゃになった表情を浮かべ、沈黙する。

任務において、初めて与えられた選択肢にうろたえているのだ。先の戦闘の動揺が癒えていない今、アリスの心境は普段からは有り得ないほど大きく揺らいでいた。

「何を悩んでるんだ。…戦争から離れるチャンスじゃないか。拒否しろよ!」

熱くアリスに語りかけるのはアキト。アリスを戦争から引き剥がそうと畳み掛ける。

「大体、君みたいな小さな子が戦争をしていい訳が無いんだ。6歳なんだろう?もっと、好きな様に生きても怒られない!いや、好きな様に生きなきゃいけないんだ!!」

アキトの言葉に反応するアリス。

「…拒否…そうすれば、もう恐い思いはしなくて…済む…。」

今、初めて拒否権の話を聞いたように、アリスが呟いた。

「そう、そうさ!…恐いのなら、戦わなくて良い。大丈夫、敵からは俺達が守ってやる!」

アキトが胸を張って宣言する。先の発言からは矛盾しているが、アキトの心理としては正しい。

しばらく、二つの選択肢の間で揺らいでいたアリスだったが、

「……め、命令を、下さい。…主任。……ボ、ボクには…。」

数分悩んだ後、アリスは目を逸らしつつポツポツと話した。

どうするか?という判断をグルーバーに預けて、問題から逃避してしまったのだ。結局、戦う事になるとしても、自分から望んで戦うか、人に命令されて戦うか、では大きくその内容が異なる。アリスにはその決断が出来なかった。

その言葉を聴いたグルーバー。彼の表情が僅かにであるが、変わった。

その表情は、自分の問題を自分で解決出来ない事への蔑みと、今だアリスは6歳なのだと言う納得、そして、自分は何を期待していたのか?という戸惑いに彩られていた。

直ぐに、僅かに浮かんだ感情をそぎ落としたグルーバー。直ちに命令を下した。

「では、通達する。直ちにTTF−01βマーチ・ヘアーに搭乗し、偵察任務に就け。戦闘行為は、自衛を除く総てを禁止。詳細は追って通達する。」

グルーバーの言葉に直立し、敬礼するアリス。

「ま、待てよ!」

了解の言葉と共に、格納庫へ向け飛び出そうとしたアリスを引き止めたのはアキトだった。

「何でなんだ!?…折角、戦わなくてすむチャンスじゃないか!なんで、戦おうとするんだ!!」

アキトから見たアリスは、任務に縛られた小さな少女に過ぎなかった。

「…ボクにも、判らないよ。…でも、戦いから逃げた先に、ボクの居場所は無い気がする…。」

そう、グルーバーが命令するのなら出撃以外の選択は有り得ないと理解していたからこそ、アリスは決断から逃げたのだ。それは一人の戦士ではなく、使い捨てられる道具と成る道なのだが…仕方無いだろう。彼女はまだ少女。人生を自ら歩むにはまだ、幼すぎたのだった。

そんなアリスの顔は、空虚な笑みで彩られていた。そこには、戦争から逃れられないという淡い諦めと、これから恐怖にさらされるだろうという恐れが混じっていた。

少なくとも、12歳の外見、6歳の年齢で浮かべる顔ではなかった。

呆気に取られるアキトを置き去りにして、アリスは格納庫を目指す。

そして10分後、ナデシコから少女を飲み込んだ白い戦闘機が、天空目指して飛び出したのだった。

 

 火星衛星軌道上に浮かぶ、白い機体。電子兵装を背中に背負っている関係から背を火星に向け、火星から見て上下逆さまに飛行していた。

パイロットの頭上には、赤と青と緑、そして雲の白色に輝く火星が大きく煌めいている。

普段なら使わない全周囲モニターを点灯しているのだった。

目が覚めるような光景を眺めて、パイロットであるアリスが口を開いた。

「…綺麗だね。WILL…。」

頭上の光景はモニター越しでも、壮大で美しい。衛星軌道から見る火星からは、戦闘の痕跡を探す事すら難しかった。

何故、普段は使わない全周囲モニターを使用しているのか?

答えは、IFSにある。アリスはIFSを使わず、マニュアルで機を操縦していたのだ。

IFSを使わないのは、IFSを使用する事で、先の戦闘での恐怖が、ぶり返しそうになったからだ。

マニュアル操作の方が戦闘行為を思い出させそうなのだが、普段からIFSを使い込んでいるアリスにとっては逆だった。

よって、IFSによる機体と脳との連結が出来ず、アリスは己の目で景色を眺める事となったのだった。

〔綺麗…ソノ概念ハ・タダシイ・ト思ウヨ・アリス。自分ニハ・感情ト言ウ・概念ハ・認識出来ナイ・ケド・ネ。〕

WILLが同意するが、感情を持たないはずの彼は、自分が共感出来ない事に何故か寂しそうだった。

〔…極冠研究所、上空・二・到達。探査開始。ナデシコトノ・データ・リンク、チェック……完了。順次、送信開始。〕

偵察ポイントに到達し、作業を開始するWILL。今の所、アリスの手を煩わせるような事態には陥っていない。

アリスは頭上の火星、極点に移動したことで雪に覆われている大地を眺め続けていた。

 

 同時刻、ナデシコのブリッジ。

マーチ・ヘアーから送られてくる情報を元に、対策会議が始まったところである。

「うむむむむっ…。これは、拙いですなぁ。」

プロスが、メイン・モニターに展開された情報を見ながら、言葉を零した。

モニターには、極冠研究所とソレを取り巻く5つの大型チューリップが鎮座していたのだった。現在は他に木星蜥蜴の姿はないが、戦闘になれば即座に戦艦やバッタを呼び寄せるだろう事は明白だった。

「…諦めた方が早いですね。今のナデシコで先の戦闘以上の激戦を潜り抜ける事は出来ません。」

ジュンが、ようやく纏まったナデシコの現状を記したメモを片手に発言する。

「うむ。…ミスター、残念だが現有戦力では、極冠遺跡…ゴホンっ!…極冠研究所の奪還は不可能だと判断する。」

ゴートがジュンの意見に賛同する。彼が口走ってしまった台詞に反応したのは、同席しているイネス、グルーバー、そして、プロスだった。

「困りますなぁ、ゴートさん。発音は正しくして戴かないと。皆さんが混乱するではありませんか。…さて、ネルガルとしては、極冠研究所はどうしても必要なのです。皆さんはネルガルの社員ですので、出来うる限り、ネルガルの利益に貢献していただかないと困りますなぁ。何かアイディアがありましたら、提示してくださいませんか?採用されたら、ボーナスも考えますよ?」

プロスが仕方ないなぁ、と言う顔でゴートを見た後、ブリッジに居る皆に発言を求めた。

ボーナスの言葉に色めき立つ者が多かったが、この困難を極める状況を打破するアイディアなど簡単に浮かぶ訳がないのであった。

「ええっと、プロスさん。極冠研究所は、ナデシコとそのクルー総てを失っても取り戻さなければならない物ですか?ナデシコは既に目的を達しており、味方の居ない現状ではこれ以上の戦闘は不可能、かつ無意味である。と私は、ナデシコ船長として判断します。」

ユリカが、プロスの真意を確かめるべく発言した。

「ううむ、ナデシコと引き換えにしろとまでは言いませんが…無理ですか?」

「はい!無理です♪」

プロスの諦めきれない声色を、ばっさり明るく切り捨てるユリカ。

「ううううう、…仕方、無いですなぁ。残念です。直ぐ、目の前にあるというのに…。」

諦めきれないまま、納得するプロス。しかし、問題はそれだけではない。

「ふぅ、極冠研究所はそれで良いとしましょう。…では、ナデシコの修理と火星脱出のプランは如何しましょうか。」

そう、肝心の相転移炉の修理、火星大気圏脱出の計画は、極冠研究所の現状次第と言う事で先の会議は終わったのだった。

またもや、深刻な問題に直面し、沈黙するナデシコ・クルー。

すると、一人の男が動き出した。

「ホシノ・オペレーター。この情報メモリーを読み込んでくれたまえ。…Mr.プロスペクター。一つアイディアがある。」

グルーバーである。彼はルリに情報メモリーを手渡し、メイン・モニターをバックにブリッジ最下層、中央に立った。

「む、やるわね。自然に全員の注目を得やすい位置に立ってるわ。」

…イネスが関係無い事に感心していた。

と、グルーバーの背後、メイン・モニターに一つの構造図が映った。その図は通称、火星鉄道。オリュンポス山・マスドライバー式・宇宙港の構造図だった。

「…なるほどぉ〜!マーシャン・レイル・ロードで、火星脱出ですかぁ♪」

ユリカが即座に、グルーバーの言いたい事を理解する。

「むぅ、しかし、木星蜥蜴の攻撃で使用不可能になっているのでは?」

「もし使えても、使ってる最中にトラブルが起きたら一巻の終わりですよ?」

ゴートとジュンが仲良く反対意見を出す。

「ふむ、妥当な意見だ。しかし、このデータは先のオリュンポス研究所探索時に収集したものだ。見てくれたまえ。赤が修復不能。黄が使用不能、もしくは修復可能。青が使用可能で表示されている。ダメージは酷いが、主要部はまだ生きている。ナデシコを打ち上げるくらいの余力は残っているはずだ。」

グルーバーの意見通り、構造図は外側の被害こそ大きいが中枢のリニア・レール、発電施設、管制施設はなんとか使用可能だった。多少の修理で復旧は可能なようだ。

「…なるほどな。あそこは、オリュンポス山のドテッ腹をブチ抜いて作ってあるからな。流石の木星蜥蜴も、山を切り崩すのは厳しかったみたいだな。以前は、なんで頂上のカルデラ部に作らないのか疑問だったんだが。」

ウリバタケが唸りながら納得した。頂上に作らず、山をくり貫いて作ったのは連続使用による構造体の衝撃を山に逃がす為だったが、ウリバタケの疑問通り、その設計は機械に対して過保護すぎた。今回の事態においては正解だったが。

「う〜ん、ウリバタケさんが、納得するという事は技術的に問題無いという事ですか。…他の意見が無ければ、グルーバー中尉のアイディアを元に動く事になりますが、宜しいですか?」

プロスが会議を締め括るべく動いた。

「…アイディアが無い訳では無いけれど…グルーバー中尉の案が確実ね。」

イネスが少々口惜しげに話した。

「おや?どんなアイディアですか?」

プロスが興味を持って、イネスに問いかけた。

「チューリップよ。チューリップ内部で行なわれているはずの空間移動を利用して、火星から逃れるの。でもこれは実証出来ていないし、する事も出来ない、ぶっつけ本番の危険な賭けよ。何処に出るのか、出られるのか一切不明だから、グルーバー中尉の案の方が遙かに安全ね。」

イネスが残念そうに話した。

「む…それはちょっと、御免被りますなぁ。」

プロスは期待が外れて残念そうだ。まだ、極冠研究所の事が忘れられないのかもしれない。

と、その時、極冠研究所の偵察任務が終了して、ナデシコに帰還途中のマーチ・ヘアーから新しい情報が入ってきた。

メイン・スクリーンに映し出された映像には、氷に覆われた航宙護衛艦の姿があった。

その船の名は…クロッカス。図らずともイネスの言う実証を行なう羽目になった艦であった。

 

 クロッカスを巡ってちょっとした?ゴタゴタがあったが、なんとか状況は落ち着き、今、ナデシコはオリュンポス宇宙港の中に居る。

クロッカスはフクベ提督の操縦でオリュンポス山周辺を哨戒している。

駆逐艦サイズの宇宙船であるが、本来なら60人以上の人間を必要とする艦をたった一人で操船するのだから大した爺様である。

ちなみにマーチ・ヘアーは、次の任務に備えてナデシコに帰還している。

そして、宇宙港の中心を貫くマス・ドライバー…のすぐ側にある駐機区画。そこにナデシコは腰を下ろし、機関稼動中には出来なかった応急修理に奔走中だった。

整備班の一部は、万が一の為の保安班による護衛を受けつつ、マス・ドライバーの点検に走り回ってる。

「相転移炉のチェックと応急措置は終わったぜ。出力を回復する事は出来なかったが、とりあえず、いきなり爆発するような事態だけは無くなったからな。後は、マス・ドライバーの点検組が帰ってきたら何時でも出られるぜ。」

ブリッジに報告に来たウリバタケが口を開いた。

「お疲れ様です♪…と言う事は、次に危険なのは火星鉄道の発電施設を稼動させてから、と言う事ですね!」

ユリカが次に待ち受ける難所を想定した。

「そうね。ここの発電施設が動けば、木星蜥蜴は間違いなくやって来るわ。連中のセンシング能力は凄まじいもの。商業レベルの電磁波対策なんて紙以下よ。」

イネスがユリカの意見に同意した。今まで火星で逃げ回ってきた経験が彼女の言葉を重くする。

「なんだか、歪ねぇ。そんなに凄い機械を持ってるのに、物量任せの戦い方しか出来ないなんて。」

ミナトが不思議に思った点を口にした。

「そう、彼ら…という表現が正しいのかは知らないけど…木星蜥蜴と呼ばれる機械群は、高度な技術とズサンなシステムで運用されているわ。何故、そうなのかは情報不足よ。推察は出来るけど…でも、だからこそ、私達が付け入る隙がある。」

イネスが「彼ら」と言う辺りでプロスとグルーバーの方をちらりと眺めながら言った。

「…マス・ドライバー、システム・チェック完了です。発電系統も含めて、システムに重大な欠落はありません。…使えます、バッチリ。」

ルリがオモイカネと共同で行なっていた火星鉄道のチェックを終え、報告した。

ちなみに、ナデシコのチェックはもう済んでいる。後は、行動するのみ。

ユリカが艦内放送のスイッチを入れ、発言する。

「ナデシコに乗っている皆さん!船長のユリカです♪これより本船は火星を脱出し、地球へ帰還します。行程は2ヶ月ほどの予定です。…これから少々揺れますので、それぞれ体を固定できる場所を確保して置いてくださいね♪クルーの皆さん!もう一踏ん張りです。頑張りましょう♪」

艦内の雰囲気が明るくなった気がした。

「ようやく、地球に帰れる。」

現金な様だが、目先の目標がある方が人間と言う生き物は気合が入る。帰り道ともなれば、なお更である。

それは、ブリッジでも同じだった。

「マス・ドライバー点検組、ナデシコに乗船しました。いつでも、出られます。」

メグミが各所からの通信を受け取り報告する。

「ナデシコ、発進です!」

ユリカが元気良く号令を発した。

「了〜解〜!ナデシコ、離床。微速前進、ヨーソロー。火星鉄道、発進位置に移動しま〜す。」

ミナトが何時も通りの口調で操船する。

「火星鉄道、発電施設…起動。出力正常、マス・ドライバーに電力供給開始。超伝導コンデンサーに電圧掛かりました。使用電圧に到達するまでしばらく掛かります。」

ルリの言葉に合わせて、宇宙港の明かりが次々と灯る。

薄暗い洞窟だった施設が明かりと共にその姿を現す。所々傷んでいるものの、その姿は壮大で人類の技術力を雄雄しく示していた。

メイン・カタパルトであるマス・ドライバーにライトが点灯する。出口まで一定間隔で灯っているライトは所々欠けていたが、明るさに問題は無い。

発進位置に着いたナデシコの側に昔懐かしの信号機が現れる。信号は赤を示している。

「メグミちゃん?フクベ提督に通信を開いて。」

空いた時間を利用して、ユリカが指示を出した。

メグミの操作で、ユリカの前にウィンドウが展開する。

「…何事かね?船長。」

フクベは、眉を少し動かして疑問の声を上げた。

「提督、そろそろナデシコに移って下さい。このままだと、提督を置き去りにしてしまいます。」

ユリカが心配そうに声をかける。実はフクベの爺様、あれやこれやと些細な事を理由にクロッカスに居座り続けていたのだ。そして、今も…

「心配無用じゃよ。クロッカスの機関部は正常だ。クロッカスは単艦で大気圏突破出来る。ナデシコの後を追っていく事ぐらい造作無いからの。後詰は必要だろう?船長。」

「…判りました。危なくなったら、直ぐナデシコに乗船してくださいね。クロッカスの戦闘能力には不安がありますから。」

嫌な予感を振り切るように念を押すユリカ。

仕方が無いな。という風に右手を振ったフクベが通信を切った後も、ユリカの顔は優れなかった。

後詰、殿と言われる部隊の最後尾で遅滞戦闘を繰り広げる者に要求されるのは、俊敏な機動力と破壊力。そして、スタミナだった。

不幸な事に、そのどれもが、クロッカスには足りなかったのだ。辛うじて、機動力こそ及第点ではあるが。

「クロッカスからデータ・リンク。木星蜥蜴、集結中です。」

ルリの報告に合わせてメイン・モニターに表示された3D地図には、ナデシコ進行方向に展開した木星蜥蜴が映っていた。

大気圏内と衛星軌道上の二段構えでナデシコを叩き落すつもりらしく、二つの群れが確認できた。

「…教本通りな展開だね、ユリカ。」

ジュンが木星蜥蜴の行動をバッサリ切り捨てる。

「うん、私たちにとっては有り難い限りだね、ジュン君。…メグミちゃん、アリスちゃんに通信をつないで頂戴。」

ユリカが、木星蜥蜴の展開する壁を破壊する破城槌たるべく、スタンバイしているアリスに作戦前、最後の通信を行なった。

 

 ユリカの通信が入る少し前、ジャバウォックU・コクピット。

コクピット内で待機しているアリスの体は震えていた。

もうすぐ戦闘だと認識した途端、アリスの体は意思の束縛を逃れ、恐怖を発散し始めたのだった。

自らの体を抱きしめる事で震えを、恐怖を抑えようとするアリス。しかし、まるで効果は無い。

どうすれば、恐怖を克服出来るのか?少なくとも、今、恐怖を感じなくする為には何をすればいいのか?…アリスは、さっぱり判らなかった。

何か手助けを求めて、視線を巡らすアリス。そんな彼女がコクピットに新しく備えられたレバーに気付いたのは、必然か、偶然か。

「!?…何?…これ。」

アリスの疑問にWILLが図解入りで説明を開始した。

〔ヨクゾ聞イテクレマシタッ!コレコソ、TTF−01・トライデント・ノ・目玉!変形合体ノ・為ノ・シフト・レバー・ダヨ♪〕

WILLの紹介したシフト・レバーは三つ並んでおり、それぞれT、U、Vと頭に数字が彫り込まれている。

〔合体スル為ニハ・大キク・元気良ク・キーワード・ヲ・叫バナケレバ・イケナイヨ♪〕

WILLがウィンドウ上でミニチュア・トライデントが変形合体する様を流していた。

そのキーワードに目を走らせたアリスが唖然とした表情を浮かべる。

「…アレ……採用しちゃったんだ…冗談だったのに。」

ぶっちゃけ、アリスがIFSで操縦している限り、あらゆる操縦機器は必要無い。当然、変形も合体もアリスの意思一つで出来た。

しかし、何故かトライデントでは、変形合体機構は音声入力とレバー操作の複合式でIFS管制から独立していた。

変形する為には、絶対にしなくてはならない。そんな風になっている。

「ぷっ…くすくす……あはははははっ!」

さっきまで、青ざめ震えていた少女が声を上げて笑っていた。

一応、マジメな戦闘兵器に冗談のような制御機構。そして、そんな制御機構を嬉々として取り付けたであろうウリバタケ率いる整備班。そんな事を思い浮かべると、さっきまで恐怖に縛られていた自分が、なんだかバカらしく思えてくるから不思議だった。

散々笑い倒して、ようやく呼吸も落ち着いた頃、狙い済ましたかのようにユリカの通信が入った。

「アリスちゃん、出られる?」

アリスはニヤリと笑って、ただ一言でもって答えた。

「Armed・And・Ready♪」

 

 赤信号が青に変わると同時に、ナデシコは弾丸と化してマス・ドライバーのカタパルトを疾走した。超伝導コイルが磁場の腕でもって、ナデシコに運動エネルギーを叩き込む。

長大なレールをあっと言う間に飛び出したナデシコ。

その正面には、一塊になった木星蜥蜴が待ち構えている。

ナデシコのカタパルトで出番を待っていたトライデントの三機が、満を喫して飛び出した。

初めて空を飛んだ雛鳥のように、お互いを追い抜き、追い越して踊る三機。

ようやく白、銀、黒の一列に並んだ三機が、今、本領を発揮する。

「スゥ〜…チェンジ、ゲキガ〜ンッU〜〜ッ!!」

ちょっと赤面しながら、キーワードを叫び、Uのレバーを引くアリス。

白のマーチ・ヘアーが上半身になり、銀のグリフォンがバックパックと胴体を形成、黒のジャバウォックUが下半身と背部のスタビライザーとなり、一つに繋がった!

合体が完了すると、頭部が姿を現す。流線型で後頭部に二つの楕円形アンテナが付いた頭部はデフォルメされたウサギそのものだった。

右手は細く、左手は長く大きい。というか、左手はマーチ・ヘアーの機首、左肩にはエンジンという構成の巨大な槍だった。右肩には回転式レドームが盾のように付いていた。

細くスマートな胴体の背中にグリフォンの巨大な双胴が設置されている。

両足は、ジャバウォックUのエンジンでそれぞれ構成されている。

ジャバウォックUの機首は背中のグリフォンの双胴の真ん中に先端を下にして配置されていた。

「…行くよ、WILL。E.M.P.トルネ〜ドッ!!」

三体合体し人型となったマーチ・ヘアー。その左腕の槍が変形しドリル状になり、アリスの言葉と共に膨大な光を吐き出した。

ナデシコから飛び出した以上の速度で木星蜥蜴のど真ん中を突っ切るマーチ・ヘアー。

合計五基の核融合炉から供給される電磁パルスが、光の奔流となって木星蜥蜴に襲い掛かった。

マーチ・ヘアーが通り過ぎた後に連鎖して起こる爆発。

ナデシコの進むべき進路が大きく穿たれた。

突然の事態に、木星蜥蜴は微動だに出来ず、爆発するか、墜落するか、機能を停止していったのだった。

マーチ・ヘアーは後ろを振り返って戦果を確認する事も無く、ズーム上昇。一気に大気圏外へと飛び出した。

左腕のドリルを正面に突き出したまま大気圏を突破した、マーチ・ヘアー。

衛星軌道に到達する頃には、飛び出した時の運動量は消費しきっていた。

緩やかに機体を木星蜥蜴、第二陣との交差軌道に乗せたアリス。

二度目の変形は加速と同時だった。

「ブレイクッ!!…チェンジ!ゲキガンッ、Vーーーッ!!」

加速しつつ三機に分離したトライデントが、今度は銀を先頭に黒、白の二機が斜め後方に着くV字型に並び、変形を開始した。

グリフォンが上半身に、ジャバウォックUとマーチ・ヘアーがそれぞれ、片足とバックパックになり、胴体と下半身を形成する。

合体!

銀色の胴体から飛び出したのは、その機体の名前通り、ワシの頭を模した頭部だった。

丁寧に羽毛まで表現されている。

胸部には、グリフォンの主砲、グラビティー・レーザーとその左右に副砲、40mm三砲身回転機関砲が二基マウントされている。

両腕はグリフォンの双胴がそのまま付いている。左右に分かれたその胴体は細い上腕部とレールで繋がっていた。巨大なエンジンと機首があたかも、ミサイルのように見える。

背中には、ジャバウォックUとマーチ・ヘアーのエンジンが合計三基並んでいる。

両足はジャバウォックUとマーチ・ヘアーの機首である。

グリフォンがおもむろに両腕を正面に掲げた。

両腕に展開する放電板。

唸りを上げる、五基のエンジン。

そして、アリスの宣言と共に無色の炎が放たれた。

「グラビティー・ブラスト、発射ーッ!!」

小さいながらも、威力は十分な砲撃が木星蜥蜴を駆逐する。…だが、グラビティ・ブラストが大型艦には通用しにくい事は、すでにナデシコが証明していた。

ヤンマ級が隊列を組み、グリフォンを押し潰さんばかりに接近する。

不意にぶり返した恐怖を必死に噛み殺し、アリスが不敵に笑う。

「WILL、接近戦で仕留めるよ!」

〔YES・ME・LITTLE・GIRL!!〕

ヤンマ級目掛け突進しながら右腕を腰溜めに構え、正拳突きを繰り出した。

突きの動きに合わせ、右腕と上腕部を繋ぐレールが火花を上げスライドする。

巨大な腕だが、それだけではヤンマ級には届かない。

と、右腕のエンジンが点火した。

右腕がレールを滑りきったその時、接合部のロックが外れ、右腕が飛び出した!

「いっけ〜〜!ぺネトレイト・エクステンション!!」

グリフォンから飛び出した右腕が、ミサイルそのままにヤンマ級に襲い掛かる。

右腕に強力なディストーション・フィールドが張られ、ヤンマ級を穿ち抜いた。右腕は、そのままの勢いで次なる獲物に向け飛び掛った。

「てやぁあああっ!!」

片腕のグリフォンが、近くに迫ったヤンマ級のディストーション・フィールドを突破し、左腕を突き出した。

レールの端から端まで一気に移動した左腕が、ヤンマ級の船体を豪快に抉り取る。

抉った穴に、機関砲弾を叩き込み、退避。

背後に爆発を残して、グリフォンが主砲を連射する。

「グラビティー・ブレットーッ!!」

両腕の放電板による整流効果が無い為に、機銃を発射したように重力線は周囲に散らばる。

また、弾雨で圧倒する為に、一発一発の威力は低い。

しかし、至近距離でそんな物を喰らう羽目になったヤンマ級は、たまった物ではなかった。

しばらく持ちこたえていたフィールド・ジェネレーターがオーバーヒートし、ディストーション・フィールドが消滅。即座に、重力線の雨でそのヤンマ級は蜂の巣になってしまった。

次々と巻き起こる爆風を背景に、帰ってきた右腕と連結するグリフォン。

大物を喰らい、残るはカトンボ級以下の雑兵たち。

「ブレイクッ!…チェ〜ンジ!ゲキガ〜〜ンッ、Tッ!!!」

再び、三機に分離し、一列になるトライデント。今度は、黒、白、銀の順番である。

ジャバウォックUが上半身、マーチ・ヘアーが胴体とバックパック、グリフォンが下半身である。

合体し、胴体から現れた頭部は凶悪なドラゴンを模っていた。

GURUOOOOON!

宇宙空間では聞こえない咆哮を上げ、両の拳を打ち付けるジャバウォック。

両肩にはジャバウォックUのエンジン、両腕は、そのエンジンに付いていた円筒形のパーツ。

背中にはマーチ・ヘアーのレドームとエンジン。関節が出来たマーチ・ヘアーの機首が尻尾のように振られた。

両足はグリフォンの双胴。膝には鋭く伸びた巨大な機首がその存在を示している。

ジャバウォックは側に迫った、カトンボ級に右の拳を振り上げた。

すると、右腕の円筒形のカバーが開き、中に収められていた巨大なギアが回転を開始した。

「マグナム・ファング!!」

巨大なギアの一枚一枚の歯は、ディストーション・フィールド展開端子である。

つまり、その右腕には高速回転するディストーション・フィールドが展開されていたのだ。

カトンボのフィールドを呆気なく突き破り、船体を打ち抜くジャバウォック。

後はただ、蹂躙あるのみだった。

 

 アリスが軌道上で大暴れしていた時、ナデシコは順調に大気圏上層を突破しようとしていた。

と、その時、アリスが打ち漏らしたカトンボが一隻、射程距離にナデシコを収めた。

砲撃。

大口径収束レーザー砲が光の束を乱射する。

しかし、マーチ・ヘアーのE.M.P.攻撃が僅かなりとも届いていた為か、命中精度が極端に悪い。

光の雨の中を潜り抜ける、ナデシコ。

諦めずに打ち続けるカトンボの砲撃が、ナデシコのフィールドに接触した。

「「「きゃああぁっ!」」」

揺れるナデシコ。今の所問題は無いが、下手をすれば速力を失い、火星脱出に失敗してしまうかもしれない。

地味にピンチで、上昇中ゆえに反撃手段をとる事が出来無いナデシコを救ったのは、ユリカをして「不安だ」と言わしめた航宙護衛艦クロッカスだった。

クロッカスは自身の持つ全兵装をカトンボに向けるが、有効弾は得られない。ディストーション・フィールドと、クロッカスの砲撃手が居ない為オート射撃しているが故である。

しかし、カトンボは攻撃目標を変更し、クロッカスに全力を向けた。

双方、当たらない攻撃を繰り返す。

そんな最中にユリカがクロッカスのフクベ提督へ通信を入れた。

「提督!もう結構です!!艦を自動運行に切り替えて、ナデシコに移乗してください!脱出艇や輸送艇くらい残ってるはずです!!」

「この飛び交う砲雨の中をかね?勘弁してくれんか、老骨にはちとキツイ。それに、ワシが艦を離れたらなお更、弾が当たらなくなるじゃろう?」

フクベが艦長用コンソールの非常用システムから展開した砲撃デバイスで攻撃を続行しながら口を開いた。

「提督!!もう限界です!」

ユリカが悲鳴のような声を上げる。

「ええぃ、静まらんかっ!…ミスマル船長。船を預かる者が取り乱してどうする。若い君に解れ、と言う方が酷なのかもしれんが、あえて言わせてもらう。指揮官は自身の部下を最大限生き残らせるべく努力すると共に、いざとなれば、その部下の一部を見殺しにする冷酷さも備えねばならんのだ。」

呼吸を整え、落ち着いた声でフクベが語る。

「冷静に、確実に大多数を生き残らせよ。それだけが、軍人と言う罪深い生き物がその存在を許される、唯一無二の価値なのだ。」

「…ですが、提督…貴方は上官です…。」

フクベの一喝に涙目になりつつユリカが反論しようとする。

「そう、上官だ。ゆえに、最大多数の者を生き残らせる義務があるのじゃよ。それにの、ナデシコは君と君達、若い者の船じゃ。ワシの出る幕は無い。自ら自身の進むべき針路を切り開きたまえ。そこには苦悩や苦痛があるじゃろうが、それすらも君たちの望んだものじゃ。それらを乗り越え、夢を、希望を掴み取る事を祈っておるよ。…ではの。さらばじゃ、ナデシコの諸君!!」

フクベが見事な敬礼と共に通信を一方的に切った。

 

 クロッカスのブリッジで敬礼を解いたフクベが視線を目の前のカトンボに向けた。

「ふ…結局、残された手段は特攻のみか。よくよく、ワシも芸が無いのう。」

コンソールを操作して、最後の手段の準備を始める。

「…これで、罪滅ぼしが出来たとは言わんが…これ以上、守るべきものが蹂躙されるのは気に食わんでのっ。木星蜥蜴…ワシと共に落ちてもらうぞ?」

フクベの凶相と共に、総ての準備が整ったクロッカスは全速でカトンボに襲い掛かった。

艦首がフィールドと接触し、崩壊するが、意にも介さず突進をやめないクロッカス。

それは男の意地なのか。クルーをチューリップ、正しくはボゾンジャンプに食われた艦の復讐なのか。

ボロボロになりつつもフィールドを突破したクロッカスは一直線にカトンボに突き刺さり、小爆発を繰り返しながらカトンボもろとも地表に向けて落下していった。

 

 カトンボと共に墜落するクロッカスを後に、上昇し続けるナデシコ。そのモニターから一部始終を眺めていたユリカ。

しばらく呆然としていた彼女だったが、ふと、我に帰り、見事な敬礼をモニターに向かってする。

ユリカに倣って、それぞれの形で敬意を払うブリッジ・クルー。その中にはグルーバーの姿も有った。

アキトですら、上手く制御できない感情を押し殺して真摯にモニターを見つめていた。

「クロッカス、地表に落着。生体反応、検出できません。…フクベ・ジン提督、M.I.A.(戦闘中行方不明)と判断します。」

ルリが冷静に状況を報告する。生存が絶望的な状況なのに、あえて、M.I.A.としたのは、ルリなりの弔辞だったのか。

 

 ナデシコは、大気圏を突破した。

大気圏を抜けた先に待っていたのは、一機の巨大な機動兵器だった。

全長20m以上のその機体、トライデント・ジャバウォックは、衛星軌道の敵を蹂躙し、殲滅し終えていたのだった。

「くすくすくす…歯ごたえが無いよ。…くっくっく…は〜っはっはっはっはっ…。」

己が愛機の中でアリスはその顔に狂気を浮かべ、狂ったように笑い続ける。

アリスは本当に狂っているのだろうか。

傍から見たそれは、まるで恐怖から逃れるための健気な逃避にも見えたのだった。

 

 

 

 

第七話 完 

 

 

 

あとがき

こんにちわ、もしくは、こんばんわ。最近、筆のノリが悪いTANKです。

ジリジリと投稿する時間が遅くなっています。ついに、いままでのペースから外れてしまいました。

あな、おそろしや。

でも途切れる事無く、投稿を続けたいなと思ってます。


>某トロンベの人

すいません(汗)スパロボは一作もプレイしていないのです。…ああ、石を投げないでっ!

話の内容と、ググッた結果から、どうやら美味しい所を掻っ攫うナイス・ミドルだと推察。

今後のグルーバー中尉は、裏方に回ってアリスの活躍を上級指揮官として支えていく…はずです。

原作や「時ナデ」など素晴らしい二次創作で、万能なイネス嬢の出番が限られていたのは、やっぱり同じ理由なんでしょうね。

P.S.

マキ・イズミ嬢の設定はウツロ様の「フェアリーダンス」にインスパイアされております。一応、ネタ使用のお願いは出してありますが、土壇場で出したので、了承はまだです。ダメだったら消しますね。

 

 

 

 

代理人の感想

うおーっ!

雄叫びつつ発射される必殺武器!

わざわざアナログで入力される合体コマンド!

趣味そのものとしか思えない武装の数々!(褒めてます)

特にレールの上を加速して発射されるロケットパンチは良かった!

いや、実にロボット好きの心をくすぐる、何とも何とも、なギミックでした。

 

え? 話の内容? まぁ、メインはようやくお披露目のジャバウォッキーロボですんで(提督哀れ)。

 

 

>トロンベの人

まぁ、要するに鞍馬天狗です(爆)。

都合のいい時に出てきて美味しいところをさらっていくという。