アオイ・ジュンの一日 〜前編〜

 船内標準時間、5時59分…。

目覚ましの鳴る少し前に起床。即座に目覚ましを止める。

幸か不幸か、彼の目覚ましは一度もその機能を果たした事は無かった。船内業務は三交替制になっており、起床時間が頻繁に変わるというのに、大したものである。

顔を洗い、ランニング姿に着替えて右舷カタパルトへ。

カタパルトでは既に、ナデシコの乗組員がカタパルトの外周を三々五々、走っている。

船内生活が長引くと、どんなに働いていても体は鈍ってしまう。特に体を使う部署で働いている者にとってそれは、重大事項だった。

ゆえに、体力を衰えさせたくない者はこの様に時間を作って、ナデシコにいくつかある広い空間でランニング。か、トレーニングルームで汗を流すのであった。

また、様々な仕事に女性が進出して久しい。ゆえにナデシコも女性クルーがそれなりに多く、彼女らの多くは年頃と言う事もあって、ダイエットにランニングをする者も多かった。

そんな訳で、この場所は結構、華やかな雰囲気を形成している。整備班の面々にとっての癒しの時間…らしい。

ジュンもランニングの列に入り、周りの人間に挨拶しながら走り出した。かなりハイテンポである。

と、軽く流している集団を追い越す者達がジュンの目の前を走りすぎた。

ナデシコのパイロット達である。彼ら彼女らは、船内の誰よりも体力が資本である。

いくら、エステバリスが最新の重力制御で最高の乗り心地を実現していても、全力で機動すれば、掛かる慣性を吸収しきれない。

結局、遙かな昔からパイロット達に語り継がれてるように、最後にものを言うのは体力だった。

ジュンもパイロット達に混じって、さらにペースを上げる。

ジュンもまた、パイロットとして出る可能性がある為、体力面で彼女らに遅れを取るわけには行かなかった。

と、ゆっくり走っている集団の中から一人の女性が猛スピードで追い上げてきた。

メグミである。

ジュンに朝の挨拶をした後、しばらくジュンの隣を並走していたが、すぐに脱落する。

ジュンの姿を見かける度に、こうして頑張っているが流石に直ぐに体力が上がる訳が無い。

メグミは残念そうな顔で、カタパルト入り口の方にゆっくり歩いていった。

「や〜、モテるじゃん♪いいね〜、青春だよ〜♪」

そんな様を見て、ヒカルが囃し立てる。

「?…モテる?…メグミちゃんが、僕を?…まさか、気のせいだよ。」

自分の気持ちはともかく、相手の気持ちを推し量れないジュン君なのであった。…自分に自信が無いからなのかもしれないが。

「ボク、人参……朴念仁……くっくっくっ…。」

そんな彼をみて、駄洒落のネタにするイズミ嬢。

ふざけつつもカッキリ10km相当をハイペースで走り抜けた彼らが、カタパルト入り口に戻ってきたのはそれからしばらく後だった。

入り口には、汗の引いたメグミが待っていた。

「はいっ!タオルどうぞ♪」

「あ、ありがとう。」

メグミがジュンにタオルを渡す。…なんだか良い雰囲気。

「そうそう、私、運動後の水分補給にって特製ドリンク造って来たんです。一杯いかがですか?」

ポシェットから小型の水筒を取り出したメグミが、コップに注いだ特製ドリンクをジュンに手渡す。

「あ、…何から何までありがとう。気が利く人なんだね、メグミちゃんは。…助かるよ。」

いつも目立たないが故に、こういった物事には慣れていないジュン。手に取ったコップから怪しい瘴気が漂っている事にも気付かずに、ありがたく、一気に飲み干した。

「…美味しい。流石、特製っていうだけは………」

飲み干しても、しばらく平静を保っていたが特製ドリンクの魔の手は見事、ジュンの意識を刈り取った。

そのまま、倒れるジュン。

「きゃーーー!…ジュンさん!!大丈夫ですか?大丈夫って言ってください!!」

誰よりも早く、倒れたジュンに駆け寄り、介抱するメグミは小首を傾げながら呟く。

「なんで、いきなり倒れちゃったんだろう?」

自分の振舞ったドリンクの所為だとは考えもしていないらしい。

そんな彼女の振る舞いに青くなる一同。ジュンの今後に、それぞれのやり方で冥福を祈るのであった。

…結局、ジュンが目を覚ましたのは昼頃、医務室のベットの上だったと言う。

 

 

機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE

機械仕掛けの妖精

第八話 政治の「割と熱めな方程式」

 

 

 明るすぎず、暗すぎず、暑すぎず、寒すぎず…実に居心地の良い和風の一室。

巨大な座卓の上座側に並んで座る六人の老人達と、下座に一人で座る詰襟姿の中年男性がいた。

「…草壁君。君は、この戦争の意義を理解していないのかね?」

「左様、この期に及んで民間資材の徴収などが受け入れられると思っとるのか?軍に支給されとる物資で足りんと言うのか!」

「あまつさえ、緊急事態用の予備資金を投入しろだと?冗談も大概にしたまえ。木連の民はすでに限界なのだよ。『都市』の生産力も無限では無いのだ。」

「いかに戦時とはいえ、軍が総てを握れると思わない事だ。あくまでも、民あってこその軍なのだからな。」

「そもそも、軍は無人兵器をただバラ撒いとるだけではないか。草壁君、これは君の作戦立案能力に問題があるのではないかね?」

辛らつな言葉を次々に吐き出す老人達。

ココは木星圏のとあるコロニーの中、そして彼らは、木連を構成するコロニーの代表者。木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星国家反地球連合体の政治を司る者達だった。

「…ご指摘は甘んじて受けましょう。しかし、必要なのです!物資が!!…現在、ようやく有人次元跳躍の実用段階にたどり着きましたが、実戦投入するにはまだ時間が掛かります。その間を埋める無人兵器の数が足りんのです。どうか、ご再考を。」

老人達に熱く語りかけるのは、詰襟の男、草壁春樹中将。人口の少ない木連軍組織において、最高位に位置する男である。

「…だから、出せる物資は無いと言っておる。戦線を縮小するなりして、現有戦力で乗り切って見せたまえ。君は名将…なのだろう?」

一人の老人が、嫌味を交えながら口を開いた。彼の預かるコロニーは特に物資の備蓄に問題があった。いかに我慢強い木連の民といえど、これ以上コロニー市民に節制を強制させたら彼は失職する可能性すらあったのだ。

「……まぁ、待ちたまえ。…草壁君、今一度だけ余剰物資の再整理を行なおう。おそらく、幾ばくかのバッタと物資を捻出する事が出来るはずだ。」

「「「「「なっ!」」」」」

今まで、沈黙していた一人の老人の言葉に、驚きの言葉を漏らす五人。

草壁はわずかに口の端を歪めながら謝辞を表した。

そんな彼らを見ながらその老人が言葉を紡ぐ。

「勘違いするなよ?…これが、最後だ。これ以上の無駄遣いは許さんからな。…覚悟しておく事だ。」

歳に見合わぬ鋭い眼光を草壁に向けた彼は、草壁に退出を許可した。

背を向けた草壁を無視して、熱い論争に身を投じる老人達。

彼が、ドアを閉めた後、その熱気は更に上昇するのであった。

コッ、コッ、コッ、コッ、コッ…

一人、通路を足早に歩く草壁。内心の腹立ちを示してか、その足音は高く響く。

「くっ、所詮、権益にしがみ付いて不平不満を垂れる事しか出来ん老害共がっ…。作戦立案能力に問題があるだと?それならば、開発研究機関にもっと資金を投入しろというのだ。使えん機械に頼るしかない此方の身になってみろっ。…そんな有様だから、地球連合に出した親書が無視されるのだ。」

蛇足を恐れずに言及するなら、地球連合に無視された親書とは、第一次火星大戦(地球側名称・蜥蜴戦争)前に連合政府に木連使節団を派遣し、連合政府・外務大臣に直接手渡された木連の要望書である。

 内容を簡単に表すと「100年前、不幸があったけど、自分らの存在を認めてくれるならチャラにしても良いYO。ついでに、物資も融通してNE♪100年前の核攻撃をチャラにするんだから、これぐらい当然だYO〜!」である。

…ちょっと意訳が過ぎたが、意図は掴んでもらえたと思う。上の文を堅苦しい言葉で恐ろしく遠まわしに表現したら、連合政府高官の目にする事になった親書の形になる。

ちなみに情報分析官が記号論理学(言語を記号化する事で論理思考に役立てる学問)で、親書を記号化し、再文章化した結果は上の文に近いものだった。

それを読んだ地球連合の最高指導者…すなわち、地球連合大統領の反応は…

「…ハッ。…彼らはバカかね?もしくは、どこぞの小国が新しい詐欺を思いついたか?…この親書の物理的説得力は?…『少なくとも木星方面から来た。』…だと?…それだけかね?…フム…連中は自ら生産力の低さを公開し、我々のアクションに対する対抗手段は想定していないと言っておるのだ。…連中は無視だ。ほっとけば、自滅するだろう。テロリストの末裔に相応しい最後ではないか!」

こうして木連使節団が一年がかりで旅をした結果はすべて無駄に終わり、使節団帰還と共に木連は戦時体制に移行したのであった。

なお、地球連合大統領は「万が一にそなえて」フクベ少将率いる連合宇宙軍、最精鋭の第一艦隊を火星圏に派遣したが、圧倒的な負け戦になるなどとは思いもしていなかった。

 

 さて、草壁が愚痴を零しつつ向かった先は、重厚な扉が付いた会議室だった。

想像に違わぬ重い音を響かせて開く扉。

その中では、既に木連軍の各部署のトップが各々、頭をつき合わせて雑談に興じていた。

平均年齢は若い。20代に見えるものも居る。

実は、木連では人的資源の有効利用の為、世代交代を早めているのだ。50歳になったら軍を退役し、下士官達は民間の後方支援業務へ。高級士官、すなわち将校は、政治家もしくは官僚の道を歩む事になる。

貧しい国や若い国では良くある事だが、木連でも軍人になる事がエリートへの道である。木連市民の殆んどが一度は軍人を目指す。下士官以下の兵卒は大抵の軍組織がそうであるように、3年間の短期契約となってる。将校になれば永続的にその身分は付いて回るが。

また、女性も女子挺身隊という後方支援部隊に入隊可能だ。

そして、軍の厳しく濃密な教育を受けて、軍務において様々な体験を経た政治家達は、基本的に有能だった。あくまで、『基本的に』だが。

当然、いくら無限の生産能力を誇る古代文明遺跡、通称「都市」と言えども、材料無くては物を作る事も出来ない。

そんな訳で、カツカツで厳しい自転車操業を続けている木連に、無能者の存在など許されるモノではなかった。必然的に組織も能率化されてゆく。動脈硬化する危険性を孕んで…。

ともかく、そんな彼らが待つ部屋に入った草壁。

先客達は直立し、彼が上座に座るのを待つのだった。

「またせてしまったな、諸君。…楽にしてくれたまえ。」

草壁が声をかけつつ、席に腰を下ろした。

「さて、先の火星における大損失の報告を聞こうか。」

その言葉に青ざめる、一人の青年将校。彼は無人艦隊火星方面軍の司令官である。

木連の計画において、今の火星は巨大な演習場のようなものだった。ゆえに新任の司令官殿に艦隊指揮の練習を、と、彼は火星方面軍司令官に配属されたのだ。

実際は、直接制御が出来ない為に兵站管理という側面が大きかったが。

そんな彼に振って湧いた不幸。ナデシコが火星に進出し、火星方面軍を引っ掻き回して大損害を与えたのち、逃走する事を許してしまったのだ。

火星方面軍司令官は、ほんの少し躊躇った後、直立し、緊張と焦りと恐怖で震える声で報告を始めた。

「…火星方面における損失の総ては、まず、何より自分の采配ミスであると認めます。たった一艦の船の戦力を読み違えた事。それが総てです。…その上で、御申告申し上げます。これから紹介するこの艦とその搭載機は、木連の未来を危うくするかもしれない危険なシロモノです。」

話し始める事で幾分かの緊張が解けた青年将校が、彼のコンソールから映像ビュアーの立ち上げ準備をする。

「これは、撃破された無人艦隊からの映像データを編集したものです。…とんでもないものが映ってます…。」

会議席、下座付近の大画面モニターが点灯する。全員の目が注目すると、映像が流れ始めた…。

まず、火星宙域に到達したナデシコとの戦闘。続いて、ユートピア・コロニーでの死闘が流れる。

火星宙域で無人艦隊を全滅させたナデシコを、ユートピア・コロニーにて物量で圧倒した時、モニターに注目していた将校達から拍手喝さいが上がった。

皆、黒煙を噴くナデシコに喜びの目を向け、無人艦隊を屠り続けてきた黒い戦闘機がヤンマ級と共に落ちた時には歓声を上げたのだった。

「ここまでは、順調でした。…しかし、この後、連中の相転移炉搭載艦とその艦載機が信じられない活躍をします。」

司令官が青ざめたままの顔で語る。

…そして、ナデシコの一大逃亡劇が繰り広げられた。三機の大型戦闘機の支援を受け、包囲網を突破したナデシコはあらゆる欺瞞兵装で進路を隠し、あっと言う間に消え去ったのだ。敵ながら見事な逃げっぷりだった。

「この時、敵の人型機動兵器までもが、カトンボ級を撃沈しています。」

司令官の言葉に、大佐の階級章を付けた将校が疑問を発した。

「…ふむ、確かに、信じられない。最初の黒い奴も、あとから出てきた三機も。そして、その船と人型機動兵器も。しかし、まだ圧倒できる範疇ではないかね?現に、戦局は此方に優位だった。」

「ええ、これで終わりだったならば。自分は、艦隊を再編し連中を追撃するだけで、火星に鉄の墓標を一つ増やす結果をもたらしていたでしょう。しかし、連中はこちらの策敵網を掻い潜り、オリュンポス山の電磁加速式発射台から火星脱出を企て、それに成功したのです。」

司令官の言葉と共に、三度目の戦いの映像が流れた。

マス・ドライバーから一直線に飛び出すナデシコ。待ち構えるは無人艦隊の大群。

無人艦隊からの視点ゆえに、次第に大きさを増すナデシコから、三機の戦闘機が飛び出した。

その直後、会議室がどよめいた。

三機の戦闘機が、合体変形したのだ。

「…ゲキガンガー…。」

一人の将校が思わず、口走る。

彼の呟きに促されて、周囲から賞賛と羨望と嫌悪感が混ざった不可思議な声が三々五々、上がる。

確かに、その三機の戦闘機<トライデント>はゲキガンガーが設計の元ネタだ。しかし、その機体を「ゲキガンガー」と呼ぶには、あまりにも兵器過ぎた。あまりにも異質過ぎた。なによりも、悪役面しすぎだった。

驚きの彼らを置き去りにして、トライデントは快進撃を続け、分離し、再合体を繰り返し、画面に向かって、つまりこの映像を記録していたバッタ目掛けてその拳を叩き込んだ所で映像は終了した。

「…なんという…合体変形機構を使いこなしている…しかも、強い…。」

呆然とする将校達。それも無理あるまい。たった一機…正確には三機分の機体で膨大な数の無人艦隊を撃滅したのだ。そういう意味では、トライデントは正に「ゲキガンガー」だった。

ちなみに木連製ゲキガンガー、テツジン3は、その合体機構に負荷が掛かり過ぎて使い物にならなかった。ダイマジンを使うコンセプトで再設計中である。ならば、地球連合は?

…実は、地球において合体機構はもはや完成しきった技術だった。合体機構…すなわち、衝撃を逃がす柔構造を活用した連結システムは様々な分野に使われている。身近な所では、エステバリスのアサルト・ピット・システムもそうである。

それを使って合体ロボを作ろうなどと考え、実行したモノは…意外に多かったが、トライデントほど完成した機体は珍しい。奇跡的な成功作である。

と、草壁が口を開いた。

「…なるほどな。…確かに脅威だ。しかし、無人艦隊のみが、我々の装備ではない。…技術部の進捗具合はどうかね?」

「はっ!ジン型は既に量産体制であります。一月後には、各艦艦長と副長用の機体を配備完了します。先ほどの連合の合体戦闘機はジン型よりも一回り小型です。上手く戦えば、圧倒できるでしょう。拡大発展型のダイ型も試作機の製作に着手しております。恐れる事は無いと愚考いたします。」

「と言う訳だ。敵が新兵器を持つなら、我々も新兵器で武装すれば良いのだ。ゲキガンガーを愛する木連ならば、それが出来ると私は信じている。」

ゲキガンガーなど、どうでもいいと思っている草壁が自信を持って述べる。彼は類まれなるアジテーション能力、つまり、扇動者の力で中将の地位についたのである。下らないアニメで人の心を掴めるのなら喜んで活用する男だった。

意気消沈していた彼の若い部下達に彼の熱意は伝播し、一気に会議室の温度を上げたのだった。

 

 さて、ここは地球アジア地区日本の大都市の高層ビル。ネルガル重工本社である。

そのビルの最上階、会長執務室。部屋は明るく、清潔で、ポカポカ陽気に包まれている。

その温かくも、だだっ広い部屋で若い長身の男が少し崩した姿勢で書類作業を進めていた。

「…はぁ…。何か、面白い事は無いのかねぇ…。」

彼の呟きに答えたかの如く、その部屋にパンツルックのスーツを小粋に着こなした女性が、ノックせずに入って来た。

「面白い事?…あるわよ。…聞きたいかしら?」

「…エリナく〜ん。ノックぐらいはしようよ。……で、面白い事って何かな?」

彼の名は、アカツキ・ナガレ。ネルガル重工の若き会長。彼女の名は、エリナ・キンジョウ・ウォン。ネルガル重工の会長秘書長である。

「良い話と悪い話があるわ。どちらから聞きたい?」

「…意地悪しないでくれたまえ。どちらが先でも構わないよ僕は。…ああっ、そんな顔をしないでくれ!…解った解った、良い話から聞くよ!」

アカツキの飄々とした台詞にムッとするエリナ。すぐに折れたのはアカツキだった。

「…まっ、いいわ。…ナデシコが火星から脱出したわ。今は地球帰還軌道上で、一月後には、佐世保ドックに入港出来るって話ね。」

エリナが淡々と事実を話す。アカツキはそれに驚きで答えた。

「へぇぇ!火星から無事に逃げ出せたのか。想像以上に優秀だねぇ、ナデシコのクルーは。…ボーナスを振舞って然るべき働きぶりだよ。」

「じゃぁ、悪い方ね。…ナデシコは、要ドック入りの中破判定のダメージだそうよ。そして、火星脱出の立役者である連合軍の派遣パイロットと将校は軍に返せって、連合軍から催促が来たわ。」

「まぁ、仕方ないんじゃないかな?ナデシコが中破判定って事は。沈んでも仕方の無い無茶な計画だったからねぇ、それくらいで済んで御の字さ。…連合軍に関しても仕方ないだろう。もともと、借りてた人材なんだから。」

「…会長がそういうのなら、仕方ないですが…。」

エリナは折角の戦力を手放す事に抵抗があるようだった。

「さて、ナデシコが帰ってくる事だし、今後の展開はプランBで行こうか。」

アカツキの発言に困惑するエリナ。

「?…この状況なら、プランAではないのですか?」

「ああ、ネルガル独自の火星制圧計画だね。…木星の戦力を見誤ってるよ。連中も遺跡に気付いている。遺跡に手を出せば、連中、死に物狂いで僕たちを叩きにくるはずさ。味方は多い方がいい。」

「ですが、スキャパレリ・プロジェクトは一応の成功を収めたというのに、あえて連合に頭を下げると言うのは…。」

渋るエリナに、人差し指を振って諭すアカツキ。

「チッチッチッ。だからこそだよ、エリナ君。頭って奴はね、自分の立場が相手より上な時に下げるからこそ価値があるんだよ。平たく言えば、恩を売るって事さ♪」

「…解りました。連合との戦艦の共同開発生産計画の方、打診しておきます。」

老練ともいえる発言だと言うのに、この男が口にするとどうして、いつも、適当に言ってる様に聞こえるのだろうと疑問に思いつつ、アカツキに答えるエリナなのであった。

 

 同じく地球の連合政府・大統領府。その大統領執務室で、部屋の主が部下達と顔を突き合わせていた。

部屋の主の名は、アルフレッド・E・チャーチル。

部下達はそれぞれ、連合陸軍元帥、クロンシュタット・V・ジュガシュヴィリ。連合海軍元帥、リード・B・トルーマン。連合空軍元帥、アドルフ・ゲーリング。連合宇宙軍元帥、ヤマモト・ハジメ。そして、連合総軍司令長官、ジャック・R・パットンである。

議題は、今後の戦争の推移について。

「…つまり、2ヶ月後には、欧州を木星のオモチャ共から解放できると言うのだな?」

チャーチルが、先祖譲りの毒舌を交えながら確認する。

「ええ。我が偉大なる連合陸軍がヨーロッパ半島から連中を追い散らしてみせましょう。」

ジュガシュヴィリが部下への信頼を溢れさせながら答えた。

「我々、海軍と空軍、宇宙軍との共同作戦である事を忘れて貰いたくはないがな。」

トルーマンが、ノリノリのジュガシュヴィリ元帥に突っ込みを入れる。

「まぁまぁ、人類史上最大の作戦行動だ。仲良く行こうではないか。」

ゲーリングが太り気味な顔に、無邪気な笑顔を浮かべて場を収めようとする。

「ディストーション・フィールドの実戦配備という要素も忘れてはいけないな。全軍にフィールド・ジェネレーターを行き渡らせるには2ヶ月でも足りないくらいだ。さらに、古参兵を多数失った事によって訓練不足の新兵ばかりという現状で何処までいけるか…。」

ヤマモトが冷静に嗜める。

「解っているとも。ああ、我々には時間が足りない!しかし、やるしかない。誰よりも連合市民がそれを望んでいるのだから。…それとも、ヤマモト。貴様、怖気づいているのか?」

ゲーリングが、さきほどの笑顔を捨て去って敵意丸出しでヤマモトに吼える。最後の言葉に反応するヤマモト。

「そんな訳なかろう。ただ安穏と命令を下すだけではイカンと言うとるのだ。」

…古今東西の軍隊と変わらず、陸軍と海軍、空軍と宇宙軍の仲は悪い。

予算の奪い合いを常にしているだけではない。お互いの守備範囲が抵触しているのだ。

陸軍は、強襲上陸部隊である海兵隊を保有している海軍と空挺部隊SASを持つ空軍、強襲軌道降下部隊である陸戦隊を持つ宇宙軍。特に、最大規模の兵力を誇る海兵隊を持つ海軍と折り合いが悪い。空挺部隊と陸戦隊は特殊部隊的扱いなのでまだマシ。

空軍と宇宙軍は、大気圏内での活動でいつもいがみ合っている。宇宙軍側は、空軍は宇宙軍に統合されるべきだというし、空軍は大気圏内でも遠慮なく行動する宇宙軍を嫌っている。

重力制御技術の発達によって、ありとあらゆる構築物を宙に浮かせられるようになった人類だが、未だにタイヤや水上艦の類は消えていない。

確かに、主力戦車からキャタピラは消えた。しかし、装甲車や輸送車に装輪式…つまり、タイヤ方式は生き残っているし、航宙艦が我が物顔で飛びまわり、空中空母なんていうモンスターが空に浮かんでいる中でも艦は海の上を走り回っている。

何故か?

コストが段違いに安いのだ。重力制御機器はお高く付くのである。それに、装輪式も水上艦も材料工学の発達で驚異的速度を発揮出来る。重力制御式の装備との同時運用に何の問題も無かった。

それぞれで睨み合う元帥達に喝を入れるべく、パットンが口を開いた。

「そこまでにする事だ。我々に味方同士で遊び合う余裕など無い事を忘れてもらっては困る。…欧州奪還作戦<オーバー・ライド>発動はたった2ヶ月先なのだからな。」

総ての動作、発言に相手の気を引く、白々しいほどの演技が入っているが、不思議と不快感は無い。

「まあ、既に決定事項だ。あと、我々に出来る事はいざと言う時の責任を取るくらいだな。さて、話題を変えよう。…我らが、楽しい友人であるネルガルが派遣した戦艦が、火星からの帰還の途に着いたそうだが?」

チャーチルがナデシコに言及する。

「そうらしいですな。たった一隻で木連の無人艦隊を突破してきたのだから、大したものです。」

ヤマモトがナデシコを褒める。

「ネルガルが軍と共同で船を作りたいと打診してきているそうだな。受けるのか?ヤマモト。」

ジュガシュヴィリが、航宙艦よりもエステバリスをもっと量産してほしいモノだ。と内心で呟きながら合いの手を入れる。陸軍には輸送船があれば十分だった。

ちなみに連合陸軍用の陸戦エステは重力波アンテナを外して、特大バッテリーに換装してある。重力波供給の為の支援部隊が邪魔で無駄に高価だからだ。バッテリー式なら、順次、トラックに積んだ発電機で再充電するだけでいい。急いでいるなら、充電済みのバッテリーと交換するのも有りだ。元々、戦車という乗り物は常にメンテナンスを必要とするだけあって整備部隊は豊富に用意されている。何も問題無かった。

「当然だろう。彼らの船が使えるのは既に実証済みだ。共同建造とはいえ、おそらく、あのナデシコ級を量産する事になるだろうな。ナデシコ自体も軍属として運営する事に同意は得ている。」

ヤマモトが確信を持って話す。そこに、ゲーリングが思い出したように口を挟んだ。

「そういえば、あの船には連合軍将校とパイロットが派遣されていたな。聞くところによれば、パイロットは大層な腕前だそうじゃないか。」

あわよくば、自分の配下に加えたそうな声色である。

「色々と訳ありだがな。…連中は新設機動兵器部隊に回す。ゲーリング君、悪いが諦めてもらうぞ。」

パットンが直属の部隊である教導隊に配属されていた将校と戦闘ユニットの書類を思い出しながら話す。

ちなみに、教導隊とはアグレッサー、つまり仮の敵を演じる事で味方の戦技を向上させる事を目的とした部隊である。各軍からの腕利きが集められており、その腕前ゆえに新型機のテストや実験も請け負う事になってしまっている。アリスとグルーバーはそこの実験部隊に所属していた。

「ナデシコの配属先はどうしますかな?宇宙軍はともかく、我々海軍にも対チューリップ戦装備は必須なのですが。」

トルーマンがチャンスとばかりに話をねじ込む。

かくして、当事者のいない場所でナデシコの今後は決定されてゆく。唯一の幸運は彼ら上層部に好意的に思われていることだろうか。

 

 ここは一寸先も見通せない暗闇。機械の重々しい音が僅かに聞こえる。

その暗闇に、靴音が響いた。

甲高く響くその音から、音源の人物は女性だと推察された。

と、靴音が止む。

高級そうなスーツに身を包んだ小柄な影が体ごと左を向いた。膝上の長さのスカートが揺れる。

彼女の目の前には、二基のガラス製シリンダーが鎮座していた。

「目覚めなさい。貴方達。」

冷徹な声が闇に響く。

シリンダーの中には羊水が満たされ、その中には人影があった。彼らの目が開かれる。

「初仕事よ。これによって、貴方達の価値が決まるわ。貴方達を拾って、強化した私の面目を潰さないようにしなさい。」

声の主は、背後にあるモニターの電源を入れた。

「ターゲットは、この少女。…殺しなさい。完膚なきまでに。ネルガルと軍の共同作品、ナノマシン・サイボーグ製造計画、唯一の成功作を。」

モニターに出たのは、ユニットALS…アリスの写真だった。

「あんな偶然の産物よりも、私のナノマシン活用法の方が有益である事を証明するのよ。忌々しい新参者のネルガルと軍の足並みも乱れて一石二鳥だわ。」

女性の口元が愉悦に歪む。

「そうすれば、自然に広まるわ。私の、シャロン・ウィードリンの名が!!…ふふふふふっ、アクア?…クリムゾンの名は私にこそ相応しいと思わないかしら?」

ここには居ない者の名を呼び、明後日の方向へ向いたまま笑い続けるシャロン。

彼女を見つめ続けていた二人の瞳は、それぞれ銀と金で彩られていた。






第八話 完






あとがき

 

今回の話はOUT・SIDEにおける二つの政府と二大企業の解釈はこんなモン。って事です。TANKです。

ドンパチも無く、ただただ会議が続くだけでしたが、いかがなもんでしょう。

なんか最近、会議の光景ばっか描写してるような…

ちょっと、短めの今回ですが、延々、ジジイやオッサンを描写するのは精神的に来るものがありましたので勘弁です。

…男の世界って意味では燃えましたが…

 

>実にロボット好きの心をくすぐる、何とも何とも、なギミックでした。

楽しんでもらえたようで、なによりです(笑

なにより、自分自身がそういったロボットが大好きですから♪マクロス・プラスやゼロみたいな作品のチラッと出てくるメカ的見せ場が特に。(たとえば、加速する時はノズルが絞られるが、アフターバーナー時には大きく開かれる。とか、敵に殴られる時にカメラアイにスリット付き装甲が降りる。とか、被弾時の描写とか)

ジャバウォッキーロボのコンセプトには、色んな作品でいつも割りを食ってる重装型の機体を活躍させたいって意図もあります。ゲッター3とか、リクガンガーみたいな機体。だから、素敵ロケット・パンチはグリフォンの装備です。ジャバウォックが今度は割を食ってますが、まぁ、メインの機体ですしね。ゲキガンソードみたいなの持たせるか?

アナログ入力の利点って奴も、いつか出したいなぁ〜。

 

>メインはようやくお披露目のジャバウォッキーロボですんで(提督哀れ)。

あははっ、確かに提督はかなり割をくいましたね。っていうか、最初はこうするつもりじゃなかったんだけど、今後の展開を考えたら…ブリッジの置物になってて、気が付いた時にはブリッジで孤独死してた。なんて、情景が頭に浮かんだので、ここで勇退していただきました。

老兵は死なず、ただ消え去るのみ。…ではありますが、提督が再登場するかどうかは今の所、未定です。

 

 

 

 

 

感想代理人プロフィール

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代理人の感想

うむうむ。

戦記ものにはやはりこういうのが必要になってくるもんですよ。

おっさんたちの寄り合いを好むかどうかはまぁ人それぞれですが。

とりあえず冒頭のシーンでOGの提供映像(ドリンクを差し出すクスハ)がオーバーラップしてちょっと青ざめた代理人です。

やっぱりあんな感じの、灰色に澱んだ液体なんだろうか(爆)>メグミドリンク

 

>アルフレッド・E・チャーチル
>クロンシュタット・V・ジュガシュヴィリ
>リード・B・トルーマン
>アドルフ・ゲーリング
>ヤマモト・ハジメ
>ジャック・R・パットン

・・・・こうして列挙するとすげぇ名前だ(爆)。

昔何かの映画で「『エイブラハム・ワシントン』なんて名前の白人がいるか!」ってセリフに爆笑しましたがそれと似たようなノリですな。w

 

>先祖譲りの毒舌

って、まさか全員子孫なのか!?(爆)

 

 

>フクベ提督孤独死

・・・・・・・・・・・・・・それはそれで斬新だったかも(ぉ