アオイ・ジュンの一日〜後編〜

とある日のナデシコ・船内時間12:00


「…っていう可能性は無いかしら?この組成は普通に調理したくらいでは有り得ないわ。」

「有り得ないという事については賛同する。レシピから逆算してもこのような刺激物になりえるはずが無い。だが、仮にも飲料として作ったのだ。Dr.フレサンジュの言う様に故意に劇物を混入するなどの行為はするはずがない。」

「判って無いわね、グルーバー中尉。調理が下手な娘は大抵、トンでもないミスを無理やり改善しようとして収拾が付かなくなっていくモノよ。レシピ通りになんか作れないに決まってる。きっと、入れちゃいけない物の一つや二つ入ってるわ。」

「…ふむ。そういうモノか…。しかし、この色は出そうとして出せる色ではないな。…興味深い。」


「……うぅ…ん…。」

ふと、目覚めると白一色の部屋で寝ている自分を発見したジュン。

「ココは何処だ?」と思いつつ、先ほどから聞こえてくる会話に本能的な恐怖を覚える。

何か、自分の現状と密接に関係する液体が…

…思い出してはいけない。アレは良くないモノだ…。折角、忘れているんだ。思い出しても苦しむだけだ。振り返っちゃいけない。

理性が必死に記憶の防波堤を構築する中、ベットを降りて、閉じていたカーテンを開いた。

シャッ!

小気味良い音を立てて、開かれるカーテン。開かれた視界には、ナデシコの医務室。

大きな机においてある実験器具に熱心な視線を向ける白衣を着込んだ男女。

そして、今朝、自分を昏倒させた灰色の悪魔が三角フラスコの中にて鎮座していた。

ビクッ!

ジュンの理性が奮闘した結晶、記憶の防波堤は完成式典のテープカットと同時に、崩壊した。

思い出した記憶に脂汗を浮かべ、失神寸前のジュンに気付いたイネスが声をかける。

「あら、起きたの?…体調はまだ、厳しそうね。胃腸薬が欲しければ用意するわよ?」

「…いえ…結構です…。」

ジュンは軽く謝辞をすませてから、逃げる様に医務室を後にした。

「…残念ね。」

イネスがポケットに突っ込んでいた手を出すと、その手にはラベルの無い茶色い小瓶。どうやら、彼女の言う胃薬は特別製らしかった。


ジュンに強烈なトラウマを残した脅威の兵器、メグミの特製ドリンク。

その効能を目の当たりにしたグルーバーが「無添加、自然素材使用の体と環境に優しい非殺傷兵器」として実用試験をする事になるのだが、催涙スプレーや催涙弾などに装填されたこの液体は試験の被験者達に多大な精神汚染を引き起こしてしまった。

もちろん、軍が「効果絶大なれど、被害甚大。使用者にも影響が出るのは看過できない。」として採用を取りやめる事になったのも、至極当然の事だった。

メグミ本人にとって、ソレは色んな意味で不愉快な出来事であろうが…以降、特製ドリンクが「公式には」表舞台へ姿を現す事は無くなったのであった。


副長執務室。

何度も述べた事ではあるが、ナデシコはそのサイズの割に乗組員が少ない。まぁ、海原を行く600m級・超巨大タンカーも僅か20人ぐらいの乗組員(最新型はもっと少ない?)で動かしているのだが。

おかげで望めば個室も得られるし、艦長や副長、提督には執務室が与えられている。戦闘艦としては極上の贅沢である。

その執務室に顔色を悪くしたまま帰ってきたジュン。

溜まった書類仕事に邁進している所である。

かれこれ、3時間ほど机に向かっていただろうか。一息入れようと背を伸ばした時、執務室のインターホンが来訪者が来た事を示した。

「失礼します。…ジュンさん、体調の方は大丈夫ですか?」

扉脇の開閉スイッチを押したジュンの前に現れたのは、申し訳なさそうな表情を浮かべたメグミであった。

「ああ、うん。大丈夫だよ。…午前中、ゆっくり休めたからね。もう元気さ。」

せっかく来てくれたのだから、と部屋にメグミを招きつつジュンが強がりを言った。…まあ、体調「は」問題ないのだから嘘は言っていないだろう。

執務室の片隅で茶の支度を行なおうとしたジュンから、強引にその作業を奪ったメグミがホッとした声で言う。

「その言葉を聞いて安心しました。全然姿が見えないから、心配していたんですよ?…確かにアレは少々アクが強い飲み物ですが…。」

「それは悪かったよ。…しかし、あの特製ドリンクって奴。普段から飲んでるのかい?」

あの地獄の飲み物を「少々アクが強い」で済ませてしまうメグミに驚きを禁じえないジュンが思わず聞いてしまった。

「いえ、偶にですけど。…声優時代から、仕事がキツイ時とかに作って飲んでました。下手な栄養ドリンクより利くんです。」

その言葉と共にジュンに出された紅茶。

「まさか、彼女の味覚は自分と違うのか?」と内心で恐怖を覚えながら、恐る恐る紅茶に手を出すジュン。

幸いにして、味は普通だった。

「あ、お茶請けに丁度良いですね。…実はお詫びに、手作りクッキー作ってきたんですよ。」

メグミが可愛いラッピングを施した包みを懐から取り出した。

可愛い女の子のプレゼントに感激したジュンが感謝の言葉と共に、受け取った包みを開くと…

包みの中には、灰色の瘴気を放つ、禍々しい悪夢が存在していた。

…当然、気弱と受け取られるぐらい優しい性根のジュンは、それがもたらす結果を的確に予想しながらも、一欠けら残さず平らげ、昏倒したのであった。

 

 

機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE

機械仕掛けの妖精

第十話 戦争(おまつり)の「前夜祭」

 

 

 ベルリン市郊外、地球連合軍教導隊北欧分遣隊駐屯地。の早朝。

駐屯地のグラウンドに中隊規模の兵隊が整列し、新任の部隊長に視線を傾けていた。

アリスが傷だらけ埃塗れになって、駐屯地に帰ってから3日後。ようやく、第101機動兵器中隊の総員がこの駐屯地に集合したのであった。

「総員っ!気を〜〜っ付けっ!!大尉殿にっ、敬礼ッ!!」

整列している兵士達の右端、最前列に立っている中隊最先任軍曹が大声で号令をかける。全員が一斉に姿勢を正し、敬礼をする。彼らに答礼し、楽にするように告げた大尉が口を開いた。

「…私が中隊長のテオドール・グルーバーだ。連合軍の各部隊から集められたベテラン諸君はこれより、連合総軍司令長官直属の特務部隊としてこの戦争を戦い抜いてもらう事になる。…総員、気を引き締めて任務に当たってもらいたい。以上だ。」

これといって特筆する事も無い、ありきたりな発言で着任挨拶としたグルーバーであったが、たった一つの彼のコダワリが彼の存在を特異なモノにしていた。

陸、海、空、宇宙…各軍から集められた彼らの軍服は其々の固有の色やデザインがあるが、白衣を堂々と軍服の上に羽織っている者は彼一人であった。

グルーバーの言葉に合わせて再び敬礼する一同。ソレに答礼したグルーバーは中隊参謀三名と中隊最先任軍曹の一名をつれて白衣を翻し、建物の中に入っていった。

「…あの大尉ドノ、なんだって白衣なんか着てやがるんだ?」

グラウンドに残ったパイロットの一人が疑問を口にした。

「確かにな〜。白衣って事は軍医か?でも、軍医の中隊長なんて聞いた事が無いぞ?」

「軍服の兵科章は兵器科だったぜ。…つまり、技術将校じゃねえのか?」

一人の目ざとい男がグルーバーの左襟に付けられた兵科章(ブランチ・インシグニア)を見ていたのである。

「ほ〜、それで白衣か。でもよ〜。技術畑の中隊長サマってのも聞いた事が無いし、そんな奴の指揮に命を預けたくないぜ。」

「確かにな。技術屋に戦争屋の真似事が出来るもんか。101が実験部隊を拡大させた部隊だからって、指揮官ぐらいカッキリ決めて欲しいぜ。」

「アンタはどう思う?俺たちの内で、アンタが一番、中隊長ドノに接する機会が多いんだぜ?」

一人のパイロットが別の一人に話しかけた。

「さあな、判断材料が少なすぎる。今の段階では何ともいえん。ただ、今の追い詰められた連合軍が使えない人間に中隊を任せはしない…と思うね。」

鷹のような鋭い目をした長髪の男。101中隊第一小隊小隊長に配属されたばかりのクリシュナ・バシュタール中尉がそう答えた。

ちなみに、101の部隊編成は空軍式で第一小隊長は101中隊の戦闘指揮官も兼任する。本来なら、中隊長が第一小隊長と言う事も珍しくない。

「ふ〜ん。中東最強のエースであるアンタがそういうなら、意外にヤル奴なのかね〜。あ、俺はマイク・サイモン。第二小隊長だ。…マックって呼んでくれ。ヨロシク。」

金髪碧眼で長身のマックがクリシュナに右手を差し出す。クリシュナがその手をとって握手しながら、マックに答えた。

「私の事を知ってるのか?…ともかく、ヨロシクだ。火の玉マック。」

「あっはっは、一発で解るなんて俺も有名人なのかね〜。…ともかく、アンタの事は『アスランの獅子』クリスとして有名だぜ?自ら部下を引き連れ、旧式の戦闘機で木星蜥蜴の大群から国を守った英雄じゃね〜か。」

「…あれは私の功績では無い。総て、死んだ部下達が成し遂げた事だ。」

クリシュナが沈鬱な声で答えた。そう、旧式戦闘機でもバッタは倒せる。大口径機関砲で目標を捉える事さえ出来ればディストーション・フィールドを抜く事は出来るのだ。

同時にバッタの集中砲火を浴びるが。

彼の部下は有能だったが、敵の物量は圧倒的であり、相打ちとはいえ木星蜥蜴を全滅させたのは賞賛されるべき事だろう。

「…それでも、貴方は生きている。ココに来たのは復讐の為なのか?」

今まで口を開かなかった男がクリシュナに話しかけた。小柄だが、引き締められた体に女性と見間違うくらい綺麗な顔をしている。

「違うっ!…そんな理由なら自分の国で戦っている。国が部下を失ったマヌケな指揮官を連合に貸し出しただけさ。…ところで君は?」

「俺は第三小隊長のカザマ・シンジ。『そんな理由』の為に戦っている大馬鹿者だよ。」

クリシュナに答えた男、カザマ・シンジ。民間航空のパイロットだった彼が、戦争に身を投じた理由は…後日語られるかもしれない。

「ふ〜ん、シンジね。…じゃ、シンって呼ばせてもらうぜ。ヨロシクな、シン。」

「ああ、よろしく、マック。」

「ふむ、とりあえず、我々小隊長同士の仲は悪くなりそうにないな。後は、改造されたエステバリスの性能と詳細不明の第四小隊長次第か。」

クリシュナがそう一人ごちた時、件の第四小隊長が姿をあらわした。

「…ボクの事、呼んだ?」

アリスである。彼女が第四小隊たった一人の隊員であり、隊長であるのだった。理由はトライデントの特殊性。三機一組の機体を通常の部隊配置に組み込めないし、機体性能の違いからエステと隊伍を組めないのだ。

「おいおい、嬢ちゃん、ここは子供の来る所じゃないぜ。とっとと、お家に帰りな。」

マックがアリスに、腰を下ろし目線を合わせて話しかける。言葉使いは荒いが丁寧な対応だ。

マイク・サイモン、彼は子煩悩な男なのであった。

「お家?…この駐屯地が今のボクの家。ボクは第四小隊長のアリス、TTF−01・トライデントのパイロット。…話、聞いてないの?」

アリスが両手のIFSを彼らに見せながら話す。

普通のパイロット用IFSは右手にだけ紋章が浮き出る為、アリスのIFSは明らかに特殊だと言う事が解る。一応、オペレーター用は両手に出るが、オペレーター用IFSはまだ市場に出回っていない。

子供が戦場に出る事に内心で怒りを覚え、軍の正気を疑いながら、クリシュナはアリスに問い掛けた。

「…で、…君は強いのか?」

「クスッ…確かめてみる?…シミュレータでも、実機での模擬戦でも何でも良いよ。トライデントが卑怯なら同型のエステバリスでも構わない。」

アリスが楽しそうに答える。この間の騒動は引き分け、アリス的には判定負けだったのでフラストレーションが溜まっているのだ。

「ほ〜〜。大した自信じゃね〜か。いいのか?お嬢ちゃん。…言っちゃなんだが、俺たちは一騎当千のエースパイロットなんだぜ?」

マックがしゃがんだまま、アリスに問う。その口調は未だにアリスの言う事を信用していないようだった。

「だから、確かめてみればいい。ボクも君たちの強さを知りたいしね。これから一緒に戦うんだから。」

「…ではシミュレーターで戦おう。とりあえず私とマック、シンが代表として戦う。君はそのトライデントとかを使えば良い。3対1だ、その機体がどんなに強いかは知らないが丁度良いハンデだろう。」

アリスの言葉に答えてクリシュナが段取りを決める。異存は無いな?というふうに二人の同僚を見回すと、マックとシンは同時に頷いたのであった。

しかし、アリスにとっては異存、大有りだった。

「ダメだね。トライデントと遣り合うなら、全員で来ないと面白くない事になるよ?」

アリスの自信たっぷりの言葉は、周りで話を聞いていた残り9名のパイロットのヤル気を焚き付けてしまうのだった。

 

 それから数分後、駐屯地の一室。シミュレーター・ルーム。

ナデシコのそれと変わらないこの機械は、しっかりとネルガル製だった。ゲームセンターと見間違うようなレイアウトだが実物とほぼ変わらない環境を提供するこの機械は、軍の教育部隊に高い評価を受け、今では基地や艦に一台の大ヒット商品となっていた。

ネルガルは思わぬ売れ行きぶりに狂喜乱舞し、後継機の設計を始めたというがそれはまた別のお話。

そのシミュレーター・ルームに軽く興奮した13人のパイロット達が集まっていた。

その誰もが激戦を潜り抜けたベテラン・パイロット達である。一癖どころか、二癖三癖ありそうだが、危なっかしいルーキーなど一人もいない。

もちろん、アリスもそうだ。

「さて、我々は顔を合わせたばかりでお互いの腕も性格も知らない。とりあえず、小隊長を拝命した我々四人の腕前を拝見してもらおう。」

クリシュナがそう言ってシミュレーター・ポッドの中に入っていった。他の者達も次々にポッドの中へ入ってゆく。

準備に入りつつ小隊長である4人以外の9人のパイロットがポッドの通信機で雑談を始めた。

「なぁ。12対1って卑怯臭くないか?お嬢ちゃんの鼻っ柱をへし折るだけなら、一対一のガチンコでいいだろ?」

「むしろ、完膚なきまでにボコる事であの子の自信を喪失させ、戦いから遠ざけさせるって目的があるんじゃないか?」

「は〜、さすが、アスランの獅子。王者の風格だねぇ。」

「実際にあの人は、かつての王族の血を引いてるらしいぞ。バシュタール家といえば、中東の代表的な家系らしいし。」

「ほぉー。それはまた。そういや、マックってあの火の玉マックかな?」

「たぶんな。…噂じゃ、空戦用エステでヤンマ級を落とした北米の超エースらしいが。」

「…らしいが?」

「ああ、落としたヤンマが都市のシェルターに直撃したとか。…それで火の玉マックだってよ。」

「…どいつもコイツもスネに傷を持つモンばかりかよ。…しかし、第三小隊のシンって奴の噂は聞いたことが無いな。」

「だが、俺たちの経歴を考えると、このカザマ・シンジって奴も訳ありっぽいよなぁ。」

「となると、なおさらに謎なのが、あのお嬢ちゃんか。…何処をどうすりゃあんなガキンチョがパイロットになれるんだか。」

「…これは噂も噂、飛びっきりにデタラメ臭い話なんだが…軍もマシンチャイルドの製造に着手していたらしい。…ひょっとするとあのアリスって子供は…。」

「おいおい、それはデマだろう。それが真実なら、あのお嬢ちゃんは人目につかない場所に隔離されてるんじゃないか?もしくは、秘密部隊でも作ってるとか。」

「それこそ嘘臭いな。秘密部隊だって?…馬鹿馬鹿しい。そんなモン、維持できる訳が無いじゃないか。」

「案外、俺達がその秘密部隊扱いになってたりしてな。」

「「「「ぷっ、あっはっはっはっはっ」」」」

最後の一人の台詞に9人は一斉に吹き出した。

しかし、101中隊の編成に纏わる事情を知る事が出来たら、彼らは青ざめたかもしれない。

ぶっちゃけて言えば、101中隊はトライデントの…つまりアリスの為に編成された。いかに強大な戦力を保持していても、たった一人、たった一機に出来る事は限られている。故に、露払いともいえる支援部隊を用意したのであった。

トライデントが切り開いた戦端を強引に保持する。もしくは戦線を切り開き、トライデントが突き進む道を作り出す。それが101の存在意義だった。

もちろん、ネルガルの手による戦時急造品であるトライデントの戦力評価と運用試験。ついでにエステバリスの改造の模索も…。という魂胆が編成の理由の大半を占めていたが。


 暗いシミュレーター・ポットの中。IFS端末に両手を乗せたアリスが思わず体を振るわせた。

「…落ち着け、唯のシミュレーターじゃないか。…死の危険は無い。なのになんで怯えるんだ…ボクは…。」

確かにアリスの言う通りシミュレーターに死の危険は無い、が、アリスの火星で受けた衝撃を思い起こさせるには十分の臨場感である。

「…ふぅ……カッコ悪すぎ…。…早く始めよう。」

制御できない自分の体の事は諦め、IFSとのリンクに全力で意識を集中する。しかし、体を蝕む恐怖とトラウマがどこかに沈んでいったのは模擬戦開始後だった。もちろん、消えてしまいはしない。


未だに雑談に興じるパイロット達。終わらない雑談を止めたのは、火の玉マックことマイク・サイモンだった。

「ヘイヘイ♪お喋りをやめて、自分の機体の確認をしといた方が良いぜ?…どうやら、この改造機はけっこうなジャジャ馬らしいからな。」

「あ…俺たちの話…聞いてた?」

雑談組の一人がマックの話題を口に出した事を後悔するように言った。

「あ〜、聞きはしたが、事実にどうこう言えるほど偉くないしな、俺。」

マックが気にしていない素振りで惚けた。

「さて、諸君。準備は済んだか?始めるぞ。」

クリシュナが言い終わるが早いか、模擬戦闘プログラムを開始させる。

唐突に、それぞれのポッドのメイン・モニターに仮想現実の戦場が構築された。

情景は連合の一般的な基地の滑走路。

そこに、エステバリス空戦用フレームの改造型が12機と、トライデントを構成する3機の戦闘機が整列していた。

 

 ここでエステバリスの改造点を述べておこう。

その大きな差異は背中のスラスター。在来型ではアサルトピットに直接装備されているスラスターに空戦用の重力波・推進剤併用の追加ユニットを付けることで空を自在に飛ぶ事を可能にしていたが、この改造型では思い切ってアサルトピットからスラスターを排除してしまった。そして、エステバリス背中一杯を占める大きな(エステ自体のサイズを考えたら小型であるが)一基の核融合炉が搭載されている。

なぜ、アサルトピットからスラスターを外したのか?

アサルトピットのスラスターは緊急脱出時の機動ユニットとして装備されているが、半年以上の実戦での運用の結果、アサルトピットで飛行する機会は殆んど無いと言う事が判明した。フレームを捨てたなら、直ちに着陸して隠れなければ生き残れ無いのだった。

また、空中でのフレーム交換などの荒業も基地に戻ってから交換した方が確実で安全な為に誰もしなかった。

結果「このスラスター、邪魔。」と言う事になったのである。

そして、空いたスペースに戦闘機用小型核融合炉を搭載。少々重くなったが、これにより陸軍や空軍が望んでいた独立駆動型となった訳である。海軍と宇宙軍は「エステバリスは艦隊直掩機である」と割り切っていた為それほどでもない。もちろん長距離侵攻機として採用する動きはあったが。

基本は重力波推進だが、熱核推進器(融合炉で発生する高熱を使って、推進剤もしくは大気を加熱させる)を使って更に加速する事も可能だ。

外観はジャンボジェットのエンジンポッドのようなデザインの核融合ユニットの左右に重力波推進のブレードが装備されている。

他にも、両肩の端を切り詰めて、各種兵装を搭載できるハード・ポイントを設置したり、脚部をスマート化させてキャタピラを外したりしている。

バッタの炉を利用する案もあったが、バッタの設計は自己完結型で下手に弄れない。アレを外せば、コッチが動作不良を起す。といった具合だ。なにより、敵の装備をそのまま使う事には抵抗があったのだった。

なんで最初っから核融合炉搭載型じゃないんだ?という疑問には、こういう答えが待っていた。

小型軽量であるように設計された機体がエンジンのパワーに振り回される羽目に陥ったのだ。最高速度は熱核推進器分しか伸びなかったが、瞬発力が段違いになったのだ。下手に動かせば墜落するほど過敏な動きをする。

なにより、炉が外に張り出している為、弾を背中に喰らえば一撃でアウトである。一応装甲はされているが、絶対では無い。

つまり、乗る人間を選ぶ気難しい機体に変貌してしまったのだった。

結局、後に作られる事になった核融合炉搭載機の量産型ではリミッターと追加装甲を付ける事で対応したが、101の試作改造機にはリミッターなどという高尚なものは無い。もちろん、ベテランである彼らにとってはリミッターこそ邪魔な物であったが。

 

 空を舞う三機の戦闘機。その機体はそれぞれが特徴的な形をしていた。三機で一組のその名はトライデント。

それを迎え撃つは12機の改造エステバリス。

仮想シミュレーターによる模擬戦闘の始まりだった。

「よし。マック、シン。私の後ろに付け。三角編隊(シェブロン)だ。各小隊もそれぞれ、三機で編隊を組め。まず、私の編隊で突っ込む!」

クリシュナの言葉に従い、12機のエステバリスが3機一組の鏃型編隊を四つ組む。

鮮やかに、あっと言う間に整えられた陣形は彼らの技量の高さを無言で物語っていた。

と、編隊の一つが速度を上げて突出する。

その編隊はクリシュナ率いる小隊長部隊だった。クリシュナが指示を出す。

「敵編隊中央の黒いのから攻撃する!」

ますます速度を上げて「黒いの」ことジャバウォックUめがけて突進するクリシュナとマック、シン。

自分目掛けて突進する3機に目をやったアリスがニヤリとほくそえむ。

「さて…高加速状態でコイツを避けられるかな?」

マーチ・ヘアーの高精度レーダーで捉え、ジャバウォックUのモニターに表示された12機の目標に、K.E.M.(運動エネルギー弾)を一斉に発射する。

ジャバウォックU、マーチ・ヘアー、グリフォンから合計12発のK.E.M.が飛び出した。

散開っ!(ブレイクッ)全機ブレイクだっ!!」

レーダーロック警報から僅か0,5秒で発射された超高速ミサイルにクリシュナが辛うじて反応し、加速した事で舵が重くなった機体を全力で旋回させる。

12機がクリシュナの言葉と共に、一斉に別々の方向へ逃れる。前もって打ち合わせをした訳では無いのに見事な回避運動だった。

ミサイル警報が鈍い音を脳裏に響かせる中、外れる事を祈りつつ出来うる限りの対抗策を取るクリシュナ。

レーダーから目を離さず、ミサイルの軌道から少しでも離れようと機体を無理やり動かし、電磁撹乱片(チャフ)囮熱源(フレアー)がエステから飛び出して周囲の空間を彩る。

ギシギシと嫌な音を立てる中、ミサイル警報が、鳴り始めた時と同じく唐突に止んだ。

レーダーで確認すると、ミサイルは自機の直ぐ側を抜けて後方に飛び去ったようだ。

…と、一安心したのも一瞬。

再び、ミサイル警報が鈍い音をがなり立てる。

トライデントの3機から、残ったK.E.M.などの、ありったけのミサイルが発射されたのだ。しかも、波状攻撃といういやらしいオマケつきで。

「くっ!!…全機っ、避けろ〜っ!!」

クリシュナの言葉に従い、それぞれが全力で回避行動を取る。

一発、二発、三発…次々に襲い掛かるミサイル群。回避軌道の先を狙いすまして飛んでくるミサイルを、更に回避し、時には撃ち落として避け続ける。

「おお〜、さすがエース。ミサイルじゃ仕留め切れ無かったか。残念♪」

アリスがミサイル回避の為にバラバラに散ったエステを見て感想を零す。

しかし、運が悪かったのか、技量が足りなかったのか、2,3機のエステにダメージを与えたのを確認した。

「さあっ!狩りの時間だよ、WILL!!」

〔YES!LET'S・ROCK'N・ROLL!!」

抱えていたミサイルを全部消費した事で身軽になった三機の戦闘機、ジャバウォックU、マーチ・ヘアー、グリフォンが複雑な螺旋軌道を描きながら、周囲に散らばったエステ達に襲い掛かった。

「ぐぉ!?…マジかよっ!!」

「なんなんだっ?こんなバカなぁっ!!」

トライデントの3機が通り抜けた後には、エステの残骸。一番大きなダメージを受けていた2機が撃墜される。

編隊を組んだまま大きな宙返りを行い、再び、エステ達に襲い掛かろうとするトライデント。

「そう簡単に落とされて堪るか〜っ!!」

無茶なミサイル回避で安定を失った機体を立て直した3機がトライデントと真っ向勝負を挑む。

トライデントの各機の進行方向に対して正面ではなく斜め方向になるように機体を動かして、それぞれ突撃する。こうする事で目標からの攻撃を受ける事無く、自分だけが一方的に攻撃をする事が出来るのだ。…少なくとも、普通の敵ならば。

「よし!貰った〜っ!!」

無防備に胴体を晒す黒い機体、ジャバウォックUに飛び掛った彼は、ラピットライフルの有効圏内に到達するや否や、発砲を開始した。

襲い掛かる、灼熱の弾丸。

しかし、目標のジャバウォックUは予備動作も無く、いきなり発射した弾から飛び退いた。

視界から黒い機体が消える。

「クソッ!!どこに消えたっ!」

エステの頭部を四方に向け敵を探す彼に、飛び退いて大きく旋回したジャバウォックUが死角から突撃し、彼の機体を機首で貫く。

機首が上下に開く(レール・カノン発射形態)と、突き刺さったエステは上半身と下半身に別れ、虚しく落ちていった。

「うっ、嘘だろ〜!?」

墜落の衝撃まで丁寧に再現するポッドの中で彼はそう叫ぶしかなかった。

トライデントという各機体、ソレを統括するAI、さらにパイロット。そのどれもが異常なほど常識外れした性能を保有していたのだ。

しかも、トライデントの全力はまだ、これからだった。

「チェ〜ンジ!ゲキガ〜〜ンッ、Tッ!!!」

さきほど、それぞれエステを撃墜した3機が一列に並び、変形合体した。

わずか一瞬の早業。

それをポッドのモニターやポッド外の大型モニターで見た、101中隊の面々は

「「「「「「「「「「「「ありえねぇ!?」」」」」」」」」」」」

と驚くしかなかった。

「驚くのは、まだ早いよっ!マグナム・ファング!

名前通りのドラゴンと化した愛機を駆って、今だ驚きで動きを止めていたエステを一機屠る。

腕のカバーが開いて、高速回転するギアを晒した右腕が更なる獲物を求めた。

自機の胴体より少し小さいくらいの巨大な拳を喰らったエステが又一機、落ちる。

半数以上を落とされた101のエステ隊。

「クソッ、全機、奴から距離を取れっ!単機で戦うなっ!!」

ようやく混乱と驚愕から抜け出した彼らの指揮をクリシュナがとったが、機体はもはや自身を含めた5機しかいない。

「ピュ〜。大したもんだぜ、あの嬢ちゃん。少なくともあの自信は偽りのモンじゃなかった訳だ。」

マックが口笛を吹き、驚嘆しつつ感想を言う。

「呑気にそんな感想を述べられるような状況で無いのも確かだな。」

シンが冷静に突っ込みをいれる。

パンツァー・ケイル(装甲突撃)で突っ込むぞ!鏃隊形を維持しろっ!」

指示したクリシュナを先頭に、左右後方に生き残った4機が逆V字に整列する。長距離を飛ぶ渡り鳥のような編隊を取った彼らは全速で、トライデント・ジャバウォックに突撃した。

一見、考え無しの無謀な突撃であったが、クリシュナは冷静に黒い竜の攻撃範囲を見切っていた。

合計5丁のラピットライフルによる弾雨を、ただ強力なディストーション・フィールドで散らし、自身の持つ最強の牙で屠ろうとするジャバウォック。

しかし、高速回転するディストーション・フィールドを纏った拳は空を切る。

クリシュナの編隊は拳をギリギリで避けてジャバウォックの背後に通りすぎていたのであった。

「今だっ!」

クリシュナが空戦フレームに最初から装備されていたマイクロ・ミサイルを背後へ射出する。列機も同様にマイクロ・ミサイルをばら撒いた。

彼らが放ったミサイルの殆んどがディストーション・フィールドに潰されたが、二発が今だ稼動中だった「マグナム・ファング」つまり右腕の円錐状ディストーション・フィールドの縁から中に飛び込んだ。

爆発。

マイクロミサイルの直撃を右腕肘関節に受け、合体機構が損壊。右腕の前腕部が脱落する。

奇しくも、トライデント最大の弱点、合体機構も兼任している関節部の脆弱性をさらけ出す結果になってしまった。

これは、機構上仕方の無いことである。関節に装甲を施すのは限界があるし、元々かなり無茶の有る設計、アリスの無茶な機動に耐えるだけでも凄まじい。そもそも、この弱点を突くには針の先を射抜くような凄腕が要求される。むしろ、クリシュナ達の技量を褒めるべきだろう。

「よし!!このまま、奴を達磨にしてやれっ!」

勢いに乗ったクリシュナ達が再び、突撃する。

「マグナム・ファング!」

しかし、ジャバウォックの牙は右一つではない。左腕のギアを回転させて、迫り来るミサイルの総てを撃墜した。ついでに編隊右端のエステを胸に付いている88mm強化型レールカノン(ジャバウォックUの機首のアレ)の餌食にしてしまう。

「ふふん、舐められたものだね、WILL。ボク達の、トライデントの真価を見せるとしようか…。」

〔ARMED・AND・READY!イツデモ・イイヨ・アリス!!〕

「ブレイク!…チェンジ!ゲキガンッ、Vーーーッ!!」

唐突に分離した三機はクリシュナの反撃を受ける前に再合体を終了させる。その姿は、先の黒い竜では無く、銀の鷲を彷彿とさせる姿であった。

その巨大な翼…というよりも巨大な槍を正面に突き出したグリフォン。

槍から放電板が展開されると、機体の胸部から紫電が発生しだした。

「ッ!?…大物がくるぞっ!全機、散れっ!!」

「グラビティー・ブラストッ!!」

無色の閃光。たわむ空間と光を吸い込む闇に巻き込まれたエステが一機、空に爆炎を彩る。

クリシュナの直感にしたがって生き残ったのは、結局、一番最初に突撃した三人だった。

「…ほんとにトンでもない嬢ちゃんだな。…いや、とんでもない機体だと言うべきかいね。」

マックが相変わらず、どこか他人事のような感想を漏らす。

「ガキの頃に見たアニメを思い出すよ。アニメ顔負けの戦闘力まで再現してるのが最悪だがな。」

シンがもはや呆れ返った声を出す。

「いくらシミュレーターとはいえ、限りなく実物を再現している以上、あれがトライデントの実力な訳か。…アレが味方だという事実に感謝したい所だね。」

クリシュナがあくまで指揮官としての立場から意見を言う。そして、指示を出す。

「さぁ、残るは私達だけ。下手に編隊を組んでも、アレ相手には意味が無いことはよく判った。…後は散開して各個の判断で戦え!」

 

 シミュレーターに取り付けられた大型モニターに映し出される、それぞれ得意な間合いで戦う三機のエステバリス。ソレを苦も無く裁くグリフォンに、恐れに似た表情を浮かべる撃墜されたパイロット達。

「なぁ…あんな機体が本当に存在するかと思うか?」

一人が疑問の声を上げる。

「確かに有り得ないくらいにぶっ飛んでる機体だが…。」

「このシミュレーターの存在意義を考えたら、あのトライデントって機体も確実にあれだけの機能を持ってるんだろうよ。…むしろ、俺はあの嬢ちゃんが本当に操縦しているのかって点が気になるね。」

「って、どういう事だ?」

「つまり、シミュレーターに実際に乗っているわけでなく、アレは全部AIコントロールじゃねえかって事。」

「…ああ、なるほど。…でも、アレを見てみろよ。多分、マジに操縦してるぜ。」

そう答えた一人が、一つのポッドを指差す。一際激しく動くそのポッドはアリスが乗り込んだポッドだった。

「…お嬢ちゃんもぶっ飛んでるな。信じらんねぇぜ…。」

「一番信じられないのは、今時、合体機構を持ち出した設計者だけどね。」

「でもよぅ。エステバリスにも、その合体機構は使われているぜ?」

「合体機構そのものが信じられない訳じゃないよ。物凄く広範な視野で言えば、大きな建物や船から小さい車にまで使用されるモジュール・システムだって合体機構だ。そうじゃなくて、どうしたって無駄が出る複数の機体で変形合体するなんて事を実行した事に驚いてるのっ!」

「あ〜、つまり、最初っから大型の人型兵器として設計しなかったのは何故か?って事か。」

「そうそう、即座に変形を繰り返す事で状況に対応するってのは一見強いが、脆さも内包している。そんな事より頑丈であらゆる状況に安定して対応出来る汎用機の方が心強い。」


彼の意見ももっともであるが、これはアリスという特殊なパイロットに適合した機体を模索した結果でもあるのだ。

長距離を休む事無く侵攻し、一対多数の戦闘を当たり前のようにこなし、訓練したパイロットでも気絶するようなGに笑って耐え、なにより常人には不可能なIFS完全リンクが可能である彼女にとって、無難な汎用機は足枷以外の何者でもない。

3機編成で死角を極力減らし、それで対応できない敵には3機分の出力を合わせた三種類の変形合体で戦う。多少の脆弱性や取り扱いの難しさなど承知の上であり、アリスにとって欠点は技術で補える範疇の事なのであった。

ちなみに、アリスのIFS完全リンクとルリ達の電脳ダイブやウィンドウ・ボールは似て非なるモノである。ルリ達の場合はシステムやソフトでワンクッション置いての、道具に歩み寄らせる対策な訳だが、アリスの場合はダイレクトに繋がる、自ら道具に歩み寄る対策な訳だ。

どちらが上かというのは難しいが、応用力においてはアリスに軍配が上がるだろう。それにアリスはいざとなれば、IFSの無い機械にもナノマシン・ハッキングで対応可能だ。


「ま、それが一般的な意見だよな。…っと、モニターを見ろよ。決着が付きそうだぜ!」

 双方、少なからぬダメージを負いつつも、果敢に戦い続けている。

「挟撃するぞ、マック!」

「よし来た、シン!」

シンとマックの即席コンビがグリフォンの上下から同時に襲い掛かる。

セオリーとしては最良の選択の一つ。人は垂直方向からの襲撃に対応するのを苦手とする。意識という物は上下よりも左右に注意を払うからだ。

しかし、この機械の猛獣の主はそんなセオリーをあざ笑うかのように対応する。

その場で横転し、右手を下に左手を上に掲げた状態でアリスが必殺技を叫ぶ。

「ダブル・ぺネトレイト・エクステンション!!」

二本の巨大な槍が、そのサイズと比べるとささやかなレールに火花を散らしながら飛び立つ。

「げ、避けらんねぇ!?」

「…ロケットパンチ!?」

マックとシンの二人はそれぞれ驚愕しつつも全力回避を試みるが迫り来る槍は自ら軌道を変え、しつこく追いすがり、ついには彼らを撃墜してしまった。

「くそ、残るは私だけか。」

グリフォンの背後という好ポジションを占めたクリシュナが接近と同時に持てる装備で全力射撃する。

クリシュナの攻撃は用意周到で、まず避けることが不可能な方位と距離だった。もっとも、もう少し早くこの位置に着けたら三方向から攻撃出来たのだが、今回はこの時間差攻撃が功を奏した。

彼の攻撃を強引な旋回で回避しつつ、ディストーション・フィールドで防御するグリフォン。

「!?…嘘っ?…このボクが、敵を振り切れない!?」

だが、クリシュナは追撃し、アリスの逃げる先に的確な銃撃を加える。ついには幾つかの命中弾を許してしまったのであった。

砕けるレドーム、削れる装甲、火を噴くエンジン。

しかし、銀色の魔獣は今だ健在。ようやくの事で振り切ったクリシュナへ向けて、必殺の咆哮を放つ。

「チャージ・オン・レギオン!」

胸部の主砲から、猛烈な勢いで重力の小弾が放たれる。「グラビティ・ブレット」はただ出力を抑えて連射しただけであったが、今回の「ローマ兵の進撃(チャージ・オン・レギオン)(いわゆるファランクス)」では連射機構を追加し、より弾幕密度を向上させている。同時に、さらなる弾雨を形成する為に主砲両脇の40mmガドリング・ガンも発砲を開始していた。

「ちっ、ここまでか!」

再襲撃から回避に移って、複雑な軌道を描きつつ全速でグリフォンから離れようとしたクリシュナだったが、グリフォンの弾雨は彼の努力を無視するかのような広範囲に濃密に展開されていたのだった。

口では諦めを言いつつも諦める事無く回避を続けるが、ついに弾雨の一発が機体を貫き、そして、爆発。

 

 トライデント、中破。改造エステバリス12機、全機大破、撃墜。


これが、101中隊初めての模擬戦闘の結果だった。

彼らを「他愛ない。」と貶すか、「アリス相手に良くぞ戦った。」と褒めるかは人それぞれといった所である。

だが、格の違う相手に善戦した、とだけは評価出来るだろう。なにより、兵装に大きな偏りがある。ラピッドライフルとマイクロミサイルだけでトライデントにダメージを負わせたのだ。見事なものである。

最後まで稼動した二つのポッドが同時に開き、今回の模擬戦の主役達が外にゆっくりと姿を現した。

「さすが、隊長!見事な腕だ!!俺たちを率いるに相応しい!」

「お嬢ちゃんも大したもんだぜ!今回はしてやられたが、次からはこうはいかねぇからなっ!」

「まったく、俺達の方がボコられるとは思いもしなかったよ。」

「ともかく、仲間として心強いってもんだ!」

周りを取り囲んだパイロット達がそれぞれに賞賛を述べる。

「まぁ、今回は改造エステのテストとお嬢ちゃんの実力を知るって事がメインだったからな。…エステの武装が貧弱なのか、トライデントがやたら重武装なのか判別しづらいが、ま、これからさ。…ともかく、よろしくだ。アリス。」

クリシュナが隣に立ったアリスに右手を差し出した。

「よろしく。…武装はともかく、改造エステの瞬発力は驚異的だよ。トライデントが鈍重に感じたのは初めてだった。…まぁ、トライデントも乗って二ヶ月ぐらいの新品なんだけどね。」

アリスがクリシュナと握手しながら話した。

「ははっ、俺を落とすなんて、大した嬢ちゃんだ。俺をマックと呼ぶ事を認めるぜ。よろしくな、アリス。」

「こちらこそ、よろしくだよ♪マック。」

マックとアリスの仲も進展したようだ。

と、今まで黙っていたシンが口を開いた。

「…一つ聞いて良いか?…君は何の為に戦う。」

シンの言葉に一瞬目を丸くしたアリスは

「…ボクがボクである為に。…どうにも、ボクには戦場が必要不可欠らしいし…。」

と、複雑な笑みを浮かべるのであった。

 

 同時刻、日本、佐世保シティー。ネルガル地下ドック。

そこにユリカの声が響く。

「ナデシコの改装作業はまだ途中ですが、修理は完了しました。…これより、ナデシコは連合海軍の依頼に基づき、欧州解放作戦に参加します!!」

予定より少々早い出航であるが、船を下りる事にした少数のクルーを残して、ナデシコは稼動状態に入っていた。

ちなみに主要クルーに欠員はいない。

「命令するものが、ネルガルから連合軍に変わっただけじゃないか。」

というのが、彼らの共通見解。ついでに給料UPなのだから、多少の無茶は聞いてやろうという気になっていた。

「それでは、ナデシコっ!…発進です♪」

いつも通りのユリカの声に答えて、ナデシコは粛々とドックを後にした。

目指すは、ヨーロッパ。

再び、美しい肌を取り戻した白亜の戦艦が、戦場に舞い戻るのであった。








第十話 完








あとがき

 ザブトン二枚戴いた途端に、更新を停滞させてしまったTANKです。

拙作を心待ちにしていただいた皆様。申し訳ないです。

総ては、先々週「エースコンバットX」を発売日に即効で購入したTANKの所為です。PSP対応だったから、PSPも買ったら三万超えてびっくり。そういや、店頭デモのスパロボが良い味出してたなぁ。パイル・バンカーかぁ…。いいなぁ。


円楽<鋼の城>師匠 「山田君!ザブトン全部、取っちゃって!!」

   山田 二郎  「俺はダイゴウジ・ガイだ〜〜っ!!」


でも、先週の三連休は仕事続きで時間が取れなかったのです(涙)。

とりあえず、お待たせした分、推敲にも時間を掛けて、ルビにも挑戦してみました。ちょっとはマシになってれば良いな。

特にルビは、いわゆる「強敵(とも)」って演出がスキなので頑張ってみました。こういう書き方って楽しいなっと。


>「戦いだよ、血みどろの戦い。素敵だろう?」

いつか、アリスに言わせたい台詞ですね。う〜ん、すくなくとも後半までにはこういう感じが出来上がってるといいなぁ。


>やっぱり君は女に振り回される運命なのか(笑)。

…確かに…。でも、頑張れハーリー!少なくとも、原作や「時ナデ」みたいにただの弄られキャラとしては終わらない…はずだぞ?


さて、次回はいよいよ、欧州に戦乱が吹き荒れます。結構大掛かりに行くつもりなので、また、更新が遅くなるかもしれません(汗)。



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代理人の感想

この手の二次創作であのメンツってのはもはや常連だなぁ(笑)。

まぁそれはさておき、スペックで大勝ちしてる相手に対して中破まで持ち込むというのはやはり凄いね、エース。

ファルケンの最速レコード並みのスピードでF-4クリアする人も世の中にはいることだし(エース違い)。

人間離れして戦闘に自分を最適化したのがああいう戦史に語られるような化け物どもなんでしょうなー。