ポーン♪

ナデシコ船内に船内放送のチャイムが鳴る。

「只今ナデシコは大気圏を突破しました。これより月への高加速航行に入ります。
関係各部署の皆さん、お仕事頑張ってくださいね♪」

放送業務を一手に引き受けるメグミの声が船に行き渡る。
綺麗どころの多いナデシコの中においてメグミの人気はトップレベルでこそないが、日頃の放送で身近な存在なだけあって独身男性クルーからの評価は高い。

声優出身者だから、と言う訳でもないだろうが、ささやかな一言が彼等のヤル気を引き起こすのだった。

それだけにメグミに慕われているジュンの評価はどん底になってしまっているが。

とある整備員、曰く
「相思相愛なら仕方ねぇ。だが、俺達のメグっちに中途半端な態度を取るのは許せねぇ!
好きか!嫌いか!ハッキリしろぉ〜〜っ!!」

それは兎も角、ナデシコのブリッジでは…。

「ああ、アキト〜。月に行っちゃうなんて、こ・の・恥ずかしがり屋さん(は〜と)
全速力で行くから待っててね〜〜♪」

船長用コンソールの前で瞳に無数の星を煌かせるユリカが一人のたまう。

「月への航路に乗ったわよ〜。オモイカネ君、後は宜しくね。」

〔アイ・ハブ・コントロール、まかせてミナト!
…航法システムの切り替え完了を確認♪システム、おーる・ぐりーん、だよっ。〕

「ナデシコ、速力最大に固定。月への到着時刻は減速開始時期の選定次第ですね。」

ミナト、オモイカネ、ルリがそれぞれの業務報告を行なう。

と、ユリカが、今までの痴態が嘘の用にキリリと顔を引き絞ってジュンに視線を合わせる。

「船長権限を一時、副長に委任します!」

「へ!?…お、お受けします。」

唐突な宣言に唖然としつつも必要な対応を取るジュン。

「さ〜〜、月に着くまでにお化粧しとかないと〜〜!そのまま月でデートもいーかも〜〜♪」

やるべき事を終わらせたユリカはヘニャリと表情を崩してクルクル踊りながらブリッジから凄い勢いで出て行った。

「ああ…、ユリカ。」

あいも変わらず、アキト一直線のユリカの去った後を眺めて情けない声を上げるジュン。

思い人が別の女に思いを寄せる光景を強制的に見せつけられる事になってしまった少女、
メグミの積もり積もった何か(・・)がジュンの醜態を切っ掛けにプッツン切れた。

「いい加減にして下さい、ジュンさん!!
そんなに船長の事が気になるなら、告白でも何でもすればいいじゃないですか!!」


「ひえっ!?……え、こ…告白??…そ、そんな事……。」

「出来ないなんて言わせません!
ジュンさんに出来ないなら私がセッティングします!
ええ、絶対にさせて見せますとも!!」


唐突なメグミの行動に唖然とするジュン。

メグミはそのままの勢いでジュンの片思いの全面バックアップを保障してしまった。

「…ちょっと、メグちゃん?…いいの?船長はライバルなんでしょう?」

「ええ、でも船長の思いはテンカワ君一直線です。…とっととジュンさんには失恋しちゃってもらわないと私の立場がありません。」

ジュンの手前、声を抑えてヒソヒソとメグミに相談するミナト。

メグミは「もう我慢出来ませんから」と声を抑えてミナトに答える。

「…将来の社会的地位は有望株の玉の輿なのかもしれませんが、愚鈍なアオイ副長の何に魅力を感じたんですか?」

最近、恋愛事にも興味を持ち始めたルリが言いにくい事をズバリと聞く。


アオイ・ジュンという男は特筆するべきような点は持ち合わせていないが有能で真面目。
家柄も良しとくれば、軍での昇進は約束されたようなものである。

上官としてこれほど扱いやすい部下はいないし、部下としてこれほど安定した上官はいない。
彼は正に組織に組み込まれるべくして生まれてきた様な男なのだ。

…もちろん巨大な失態を犯さなければ、の但し書きはあるが。

一言で言えば平均的だということだが、平均的で有ることは断じて悪く無い。
組織にとって重要なのはその人材が使えるか、使えないか。
それだけである。

…とにかく濃い人材が集まってしまったナデシコにおいて影が薄いのは否めないが。


それはともかく、ルリの質問にポッと頬を染めて恥らいつつも
「不器用だけど優しい所。どんなに辛い時でも相手を無碍にしないから…」
と答えるメグミなのであった。


そんな女性陣の雑談が辛うじて聞こえるブリッジ最下段のパイロット用スペースでは、男達がたむろっていた。

「あ゛〜、なんつーか、俺達には縁遠い世界だよなぁ。」

細巻き煙草を口に咥えて不貞腐れたような顔でグエンが言う。
船内の殆んどは禁煙なので、ただ咥えているだけである。
2198年現在、愛煙家の肩身はとことん狭くなる一方らしい。

「まー、俺達ゃ男所帯だかんな。女の子はアリスだけだ。」

「ベルリンに本拠地が有るとはいえ、各地を転々としてるから女の子との付き合いも難しいもんなぁ〜。」

ケンとウォーレンがグエンの言葉に頷きつつ答える。

「…そういえば101中隊は員数割れ状態のままだが、何時補充が来るんだ?」

ライリーが隣にいたクリシュナに問う。

「ふむ、一応、補充要請は出したがな。101で使えるような人材は他所でも手放さないそうだ。
欧州方面軍96飛行隊のフーバー・キッペンベルグとか有望なんだが
『ウチの隊長を持って行くんじゃない!』と凄い剣幕だったしな。」

「『鋼鉄の撃墜王』をリクエストするなんて気張り過ぎじゃないか?」

キャンベルが義手の右手で頬を掻きながら言った。
ちなみにキャンベルの義手は指がちゃんと5本ある。
でも、飛び出し式の大昔の海賊が付けてそうなフックが付いているという噂。

「それだけエースが足りないんだろうよ。使える奴等は片端からくたばっちまった。」

クリシュナの反論を先取りするようにグレックが言った。

「ああ、この戦争を生き抜いてる連中は少なくないが、
地球だけでなく宇宙や月でも人類の生活圏全域で戦闘してるから結果的に手が足りない。
有能な奴等は皆、名が売れてしまっているしな。
残るは新人の有望株をどれだけ引っ張れるか、だが…。」

グレックの言葉を引き継いでクリシュナが答える。

「戦時下で即席栽培の新米なんか使えるものかよ。
言っちゃなんだが、俺達の機体はケツに卵の殻つけたヒヨッコに扱えるほど優しいブツじゃないぜ?」

クリシュナの言葉に噛み付くマック。
新米を信頼してないというより、自分より若い連中が目の前で死ぬのを見たくないといった雰囲気だ。

だが、シンにくっ付いて側にいたイツキがマックの言葉に噛み付いた。

「私も『戦時下で即席栽培』の口でしたけど、十分戦えていると思いますが?」

「…イツキ。」

妹の憎まれ口を抑えようとシンが口を開くが、

「ハンッ、ノーマル機と俺達のじゃじゃ馬を一緒にしてもらっては困るぜ。
図に乗るのはノーマル・エステが足枷になるほどの腕を持ってからにするんだな。」

イツキの頭を押さえ込もうとするかのような一言がグエンから発せられる。

グエンの刺々しい台詞に今まで大人しくしていた者達が反応した。

「おいおい、ソイツはまるでノーマル・エステ乗りはヘタっぴ〜だって言ってるように聞こえるぜ。」

ナデシコ・エステ隊の撃墜王(エース)、リョーコである。

「僕の機体もカスタム機だけれど、
いくら動力付きの特殊カスタム機だからってイイ気になってもらっちゃ、
正直──、不愉快だ。」

同じくナデシコの比較的新参者とはいえソコソコの撃墜数を誇るアカツキ。
沈着冷静…というより飄々とした雰囲気の男だがその実、沸点がかなり低い。

「おおよ!大切なのは武器じゃねぇ!!
守るべきを守り、討つべきを討つ意思だっ!!」


そしてこの二人に呼応するように、撃墜数においてナンバー2のナデシコ一暑苦しい男、
ガイが雄叫びを上げる。
この場にいる者の内で一番武器に拘ってるのがガイだ、という事実は見逃してあげたい所である。

「お、良い事言うねぇ。…ま、道具だけで腕前を判断されちゃうのはちょっと不快だよ〜。」

ヒカルも呑気な口調の影で火がついたらしい。

そこに、ウクレレの音が鳴る。

「…お互い後に引けないならば───、毛蟹ね。」

「ん〜〜、その心は?」

イズミの得体が知れない言葉。ヒカルが合いの手を入れる。

「……毛蟹。……ケが二。…ケがTWO…ケ、トゥー…ケットゥー……決闘。
……ゲラゲラゲラッ!!」

ウクレレをジャカジャカ掻き鳴らしながらゲラゲラ笑うイズミと、ピタリと固まってしまうブリッジの皆。

「………………………────、け、決闘か。
いいぜ、何でヤる。どんな形式でだってボコにしてやるぜ。」

辛うじて再起動したグエンが決闘の種目を訊ねる。

「そりゃもちろん、リアルガチっ…もが!?「シミュレータで勝負だ!!」」

ガイが実際に機体を使った模擬戦だと答えようとした所で、リョーコがガイの口を手で塞いで宣言した。

リョーコの意図に気付いたアカツキが即座にルールを提示する。

「ナデシコに積んであるシミュレータは7席だ。
よって、4名と3名のチームに分かれて戦うことになる。
君達101中隊の機体の方がスペック上なんだから、4席はこちらで使わせてもらうよ?」

そう、人数を絞る事でナデシコ側に有利な状況を作る。
リョーコがシミュレータによる模擬戦を主張した理由だ。

マックやグエンの物言いに反感を抱きはしたものの、彼等の技量は間近で見てきた彼等が一番知っている。

勝てる可能性を増やせるのなら、打てる手は全て打つ。少しでも有利な状況で、条件で、状態で。

これまでの戦いの中、培われてきた仲間意識がリョーコ、アカツキ、イツキ、ヒカル、イズミ…
ついでにガイの心も一つにした。

「…おい、いいのか、クリシュナ?」

「ああ、こうなってしまった以上、行き着くところまで行くしかないだろうよ。
下手に階級で押さえ込んでしまえば、今後、ナデシコと共同作戦が取れなくなってしまうかもしれん。
なに、レクリエーションの一環だよ。心配するな、シン。」

妹が盛り上げてしまった騒動に焦ったシンがクリシュナに声をかけるが、
クリシュナは大事にはならないと結論を告げると、騒ぎを聞きつけた整備員達のトトカルチョに参加したのであった。

 

 闘志に燃え上がったナデシコ・パイロットの6人が101中隊の男たちを引き連れ、シミュレータ・ルームへ移動した頃。

ナデシコ・医務室では、3人の男女が凌ぎを削っていた。

「…再度言う、此方からの条件はただ一つ。ナデシコ級四番艦・シャクヤクの譲渡だ。」

101中隊のボスにして技術士官、テオドール・グルーバー大尉の重い声がそれなりの広さの医務室に厳かに響く。

「出来る訳無いでしょ!シャクヤクの使い道はネルガルでもう決まってるのよ!
いまさら重役会議の決定を無視できる訳無いじゃない!!
それに軍には二番艦が既に配属されてるし、三番艦が就役予定よっ!!」

ナデシコの副操舵士、兼、ネルガル重工会長筆頭秘書のエリナ・キンジョウ・ウォンが怒りも露わに叫ぶ。

「……でも、チューリップを使わなかった生体ボソン・ジャンプの詳細な観測データが手に入るのなら、
戦艦一隻くらい、惜しくは無いわね。」

ナデシコ医務室の主にして万能科学者イネス・フレサンジュが眼前に迫った知識の渦に対してウットリとしながら呟く。

「ちょっと、イネス!コイツの肩を持つの!?」

「いいえ、単純な事実よ。
今だかつて地球産の高性能AIを巻き込んでのボソン・ジャンプと言うのは前例が無いわ。
しかも、持てる全力で状況記録しつつのジャンプよ。
一体どれだけのデータが蓄えられたのか…
ああ、胸が高鳴るわ♪」

「ふむ、一切手を加えていないマスターデータの提供でも気に食わんか。
そも、大前提として101中隊は連合総軍司令長官直下の独立部隊だ。
故にその行動は普通の部隊よりも融通が利く。」

「…それで?一体、大尉は何をいいたいのかしら?」

「つまりだ、我々101中隊は比較的、自由な行動が許されている。
多少ネルガル寄りな行動をしても、それが地球連合の為になるのならば、何ら問題無いのだ。」

「それって、貴方達がネルガルの代わりをしてくれるって言う事なの?」

「シャクヤクで行なう予定の実験の肩代わりぐらいは、な。」

「…駄目ね。せめてネルガルが必要とした時にはシャクヤクの使用権を行使出来る。位じゃないと。」

「101中隊を含めて…かね?」

「!!……そう出来たら文句は無いけれど。」

「エリナ…貴女、何を言ってるか気付いてるの?それは軍の私物化よ。」

科学者であるグルーバーとイネスは、この取引が十分な費用対効果を持つと認識しているが、
エリナとしてみればデジタルデータ、一つの為に、シャクヤクに纏わる計画を白紙にしなければならないのだ。

いかにそのデータがエリナにとって喉から手が出るほど欲しいボソン・ジャンプのデータでも、
いきなりの路線変更はかなり腰が重い。
なにせ、現在のボソン関連技術の研究はエリナが独自に推し進めている事でネルガル重工の総意では無いからだ。
ボソン技術以外で重役達を納得させる建前を用意しなくてはならない。
シャクヤクは軍に、101中隊に預けるのが相応しい…と。

なによりシャクヤクにはネルガルの技術の粋を注ぎ込んだYユニットが搭載されている。
Yユニットを如何するのか。
シャクヤクだけ貸すのか?…考える事は山積みである。

それとも、このまま上手くゴネ続けられたら
ひょっとしてシャクヤクで行なう予定の計画を軍に行なわせる事も可能かもしれない。
…その場合は自分とネルガルSSも着いて行って、目標物の管理は厳重に行なわなければならないだろうが。

何処までが取引可能なボーダー・ラインなのか。
何処から先が交渉決裂のデッド・ラインなのか。
慎重に見極めつつ、搾り取れるだけの全てを搾り取ろうと黙考するエリナを他所に
イネスとグルーバーの科学者二人組みは雑談を開始する。

「…所で、貴方の掛札であるボソン・ジャンプの観測データだけれども…本当に完璧に録れてるんでしょうね?」

「ふむ?…まぁ当然の疑問か。
だが、WILLが完璧に記録出来たと報告した以上、完璧だ。
WILLは優秀な人工知能だが虚偽報告が出来るほどにハイ・スペックではない。
もちろん、光、磁場、重力、熱、音、あらゆる要素を軍用の高精度探査デバイスで記録済みだとも。」

余談ではあるが「嘘」というのは高度な判断を要求される技能である。
故に、嘘を吐くのは難しい。
それに嘘を吐くには己なりの『嘘を吐かなければならない価値』がその対象に必要だ。
その価値が他者にとってどれ程下らなくとも、当人に取って大切だから嘘を吐く。

AIにそれだけの価値観を保有させるのは困難な事なのだ。
軍に反逆という自己主張を成し得るオモイカネならば…可能かもしれないが。

さらに付け加えるならSSS級機密は発令者にしか触れる事が出来ない階級には左右されない最高機密区分である。
ちなみに士官階級ならば発令可能だが過去に大尉がSSS級機密宣言を出した事は無い。

と、言う訳で、いくら他の人間がWILLと交渉しようとも無駄なのだ。
その意味においてもWILLがこの件で嘘を吐く価値は無いのである。

ついでに言えば、グルーバーにとってエリナ達が関心を持つボソン・ジャンプ技術は余り興味が無い。
ボソン・ジャンプはその特殊性故に制限が多すぎる上に研究が遅々として進んでいないので軍用化には時間が掛かりすぎる。
むしろ木星蜥蜴側の即時量産可能な技術の方が気になるグルーバーなのであった。

「そっ。ならいいわ。…ふふ、楽しみね。」

そんな即物的なグルーバーと違い、海千山千の基礎研究をも愛するイネスは
プレゼントを待つ少女の顔で微笑んだ。

 

 

機動戦艦 ナデシコ OUT・SIDE

機械仕掛けの妖精

第二十話 近くの衛星に行った少女 と 遠くの星から来た「彼氏」

 

 

 時は少し遡って、イネスの説明地獄を受けた101中隊の面々の元にナデシコが現れた頃。

月の裏側。月面都市・アポロ。

月面都市・アポロは月の裏側で最大級の二重クレーター・アポロに建設されている。
名前の由来はアポロ計画からだそうだ。

このクレーターには大小無数のクレーターが存在しており、大型のクレーターには小都市が建設され、
中央都市・アポロと複数のライフラインと交通機関で連結されている。
通称、アポロ複合都市(アポロ・コンプレックス)

月の都市で有名なのはアポロの他にオッペンハイマー、ラブレース、ロジェストヴェンスキーなどがある。

どれも月の裏側に位置する大型のクレーターに建設されている。
もっともラブレース、ロジェストヴェンスキーは北極点付近のクレーター密集地帯に位置するが。
超余談だが、クレーターの命名は北方向が古い時代の偉人の名前、南方向が近代の偉人の名前などから戴いているのだそうな。


ところで何故、月の裏側なのか。

答えは100年前の月独立戦争の名残りである。

当時の月革命政府は、マスドライバーによる地球への大質量攻撃をほのめかす事で地球からの独立を強要した。

結果的に革命政府は一度もマスドライバーを使う事無く当時の地球連合政府に降伏したのだが、
地球の人間達にはマスドライバーの恐怖がこびり付いてしまった。

その恐怖は、無学で浅慮な一部マスコミの手によって煽られ
『月の表側から人工物を排除しろ!』キャンペーンが大々的に取り上げられ、さらに加速する事になる。

結果、複雑な政治力学と民衆の人気取りを選んだ政治家達は
「月の景観を損ねる」などの様々な屁理屈を盛り込んで、月の表側からマスドライバーや月面都市などの人工物を撤去してしまった。

ぶっちゃけ、マスドライバーによる攻撃の場合、
一度、月周回軌道を通る必要が有る為、表側だろうが裏側だろうが、大した差は無い。
マスドライバーは超巨大構造物で有るが故に、地表から垂直に建設する事は不可能。

寧ろ、条件次第な面はあるものの表側のマスドライバーの方が、
一度月の裏側を通る軌道を必要とするだけに移動距離が多くなり撃墜確率は上がるのだが…。

かつて、アポロ計画の宇宙船は地球周回軌道を一端
巡る事で月航路への補正をかけていたが、正確無比なデータさえあれば、直接月へ向かっても良い。
ましてやマスドライバーで打ち上げられるのは推進力の無い岩石塊である。
普通この手の道具は、周回軌道の打ち上げに使われるのだが、
絶妙にして精緻な計算と条件次第では惑星間攻撃兵器にならない事も無い。
地球の何処に落ちるか?までは大雑把にしか判らないだろうが。


その月面都市・アポロから北西北の内側クレーター壁外側に位置するクレーター・ドライデン。

そこに建設された小都市・ドライデン。都市一つ丸ごとがネルガル月面支社で構成されている。

多数の大型ドックを備えた重工業都市である。

アポロ・クレーターはとにかく巨大なクレーターなのでドライデンの様な企業都市が軒を連ねて
一大工業地帯と化しているのであった。

で、その月面都市・ドライデンの中心部にある重役用会議室。

「ふわぁぁぁ〜っ。」

重厚な会議机に備え付けられた、座り心地抜群の本皮アームレスト付き椅子にふんぞり返り
遠慮無く、大きなあくびをする少女。

アリスである。

アリスの対面に座っていたネルガル月支社の重役達の一人が額に血管を浮かばせながらアリスに言った。

「…君。もう少し、立場と言う物を自覚しては如何かね。」

「ん〜〜、別に命の危険が有る訳じゃないし。」

「ほぉ…、小娘が言うではないか。」

最初に口を開いた男の隣に座っている男が口の端をピクピクさせながら言う。

「だって、キミ達弱いもん。秒殺出来るよ、うん。
後に控えてるSSが面倒だから手は出さないけど。」

余裕綽々で答えるアリス。
だが、その右手はいつも背中に吊ってある大型ナイフの柄に触れている。
勿論、上着でナイフの存在は隠してあるが。

普通なら入念なボディチェックでこの手の武器を持ち込ませないのだが
「小娘に何が出来る」と見逃されたのだった。

アリスの隣で縮こまっているアキトは上から下までキッチリ、ボディチェック済みだ。

「…まぁまぁ、諸君。本題に戻ろう。
さて、再度言うが、ボソン・ジャンプの観測データを私達に譲ってはくれんかね。」

ネルガル月支社重役組、最後の一人が切れそうな二人を抑えて話を切り出した。

「だから何度も言ってるけど、そのデータは主任がSSS級機密にしちゃったから、ボクじゃ触れないよ。
欲しければ主任に直接交渉するべきじゃないかな。」

「それは聞いている。だが、君は優秀なマシンチャイルドだ。
システムを誤魔化してデータをコピーするくらい朝飯前ではないのかね?」

「それは犯罪だよ?大の大人が年端も行かない子供に犯罪を強要するの?」

「犯罪とは大げさな。使われていないデータの有効利用と言って貰いたいな。」


ここで、何故、ネルガル月支社がボソン・ジャンプ観測データを求めるか言っておこう。

そもそも、ネルガルにおいてボソン・ジャンプとは先代会長が推し進めた火星遺跡解析プロジェクトの主要項目の一つである。

もっともボソン・ジャンプ解析を一手に引き受けた科学者夫妻は
「人類の共通資産にするべき」とネルガルに叛旗を翻し、あっけなく処分された為、
基礎研究段階で解析はストップ。

一時期は誰もが諦めたが、新会長の秘書が強引に研究を再開し、それなりの成果を上げているという。

このままでは社内の権力構造が一変してしまうかもしれない。
と恐れた彼等が、対抗手段としてボソン・ジャンプを研究しだしたのだ。


「っち、埒が空かんな。
テンカワ・アキト君。
君さえ良ければ、もう一度ボソン・ジャンプの実験に協力して貰いたいのだが。
もちろん報酬は用意しよう。」

「え?…はぁ…ええっと、
ボソン・ジャンプにはCCって宝石が必須だって聞いてますけど…。」

「む、CCか。先ほどのジャンプではどのくらいの量を使ったのだね。」

「ええっと、このくらいのサイズのアタッシュケース一杯ぶん。」

アキトが手振りで小さめのアタッシュケースを示すと重役達の表情が更に渋くなった。

「くっ、地球の連中め、気張りおって。」

「どうする。月にはそれだけのCCはない。」

「辛うじて入手したCCを消費してしまえば、研究が停止してしまうぞ?」

アキトの言葉に頭を抱え、3人で議論を開始する重役達。

一人分のジャンプにはそんなに大量のCCは必要無いが、そういう基礎的な事もまだ判っていなかったりする彼等なのだった。

「ねぇ、そろそろお昼にしたいんだけど。」

アリスが左手首に付けたコミニュケの時計表示を見つつ、重役達に言う。

「勝手にするがいい。我々は忙しい。」

「そ、…ありがと。」

議論の真っ最中で有るが故にアリス達を適当に追い出した彼等が後で悔しがるのは、また別の話。

 

 その時、地球・日本の川崎市近郊では…。

「あれぇ?アキト、居ないんですか?」

ナデシコの登場により、漸く『Dr.イネスの科学講座』が終了しホッとした101中隊の男達。

「アキトの後を追いかける」為だけに戦艦を私的運用してしまうユリカに唖然としつつも、質問には答える。

『ああ、あの少年ならアリスと一緒に黒い穴に吸い込まれて消えてしまったぞ。
イネス嬢曰く、ボソンジャンプとか言う奴だとか。』

101を代表してクリシュナがコミニュケ越しに答える。

「ええ!?…そんなぁ、せっかく急いできたのにぃ…。」

と、凹むユリカに救いの声。

『テンカワ君達なら、月に居るわ。ネルガル月支社から連絡が来たもの。』

エリナが回線に割り込んだのだ。
現在エリナはナデシコからの出迎え待ちである。
ナデシコ備え付けの送迎ヘリを運転するのはプロスだったりする。

「ほぇぇ、ほんとですか?…う〜〜ん、あ!そうだ!!オモイカネ君!!」

〔どうしたの?〕

ナデシコのブリッジでエリナの言葉に暫く悩んだ後、何か閃いたユリカがオモイカネに話しかける。

「うん。月に居るっていうアキトと連絡が取りたいの!コミニュケを繋げる事、出来る?」

〔…回線検索中…………、HIT!
ネルガル月支社、ドライデン・コロニーにテンカワ・アキトのコミニュケIPを確認。呼ぶ?〕

「うん!お願い、オモイカネ君!!」

プルルルル、プルルルルル…

懐かしい雰囲気の呼び出し音の後、ユリカの面前に展開されたウィンドウに彼女の求める男
テンカワ・アキトの顔が映る。

『?…どうしたんだ、ユリカ??』

「アキトアキトア〜キ〜ト〜〜!!
勝手にアリスちゃんと二人で月面旅行なんてズルーイ!!
行くならユリカも連れてってよ〜〜。
いきなり消えたから心配だったのにぃ。」


『えっ!?……それは済まなかった。
けど、こっちだって予想外の事件の連続だったんだぞ。
ユリカに連絡する暇すらなかったんだからな。』

「ぶ〜〜、でも何も言わずに消えちゃうなんて酷いよ。
ユリカ、泣きそうだったんだからね。」

『…ゴメン。せめて、これからは断りを入れてから動く事にするよ。』

ユリカの目の端から溢れそうになるモノをコミニュケを介して見ることになったアキトが必死になってユリカを宥める。
自分の首にデッカイ鎖付き首輪が装着された事には気付いていない。

その時、ユリカがニヤリと笑ったように見えた。
と、後日アキトは零していたという。

「駄目!!ユリカも一緒じゃないと、駄目!!」

『う、判った。…って、お前、船長じゃないか!ナデシコを如何するんだ!?』

「いざとなったらナデシコごと動くもん!!」

『ゥオイ!!何言ってんだ!!』

と、ほのぼのスリリングな会話を続ける二人を他所に、オモイカネがルリにある事実を告げる。

〔ルリ。アキトと一緒にアリスが居るよ。〕

「…そうですか……。ありがとう、オモイカネ。」

オモイカネに感謝の意を伝えると同時にコミュニケを展開。

数回の着信音で待てなくなったルリは、自分の能力で相手のコミニュケに干渉してウィンドウを強引に開く。

「アリス!!無事ですか!?」

身を乗り出したルリの前に映し出された映像は、
大量の食べ物に囲まれ、ムグムグ口を動かしているアリスだった。

『もふぉ?…むぐむぐ……、んぐ。傷一つ無いけど、どうしたの?ルリ。』

口の中の物をしっかり飲み込んでから返答するアリス。ホウメイやミナトの教育の賜物である。

「…貴女はいつも、無駄に私を心配にさせる…。」

アリスの呑気な様に、ガックリと椅子に腰を下ろしながらルリが呟く。

「アキトさんと一緒にボソン・ジャンプに巻き込まれたと言うから、心配してたのに。」

『ああ、大変だったよ。黒い穴に引き込まれたと思ったら、
いきなり月にいたし、一緒に飛んだ紺色の巨人は盛大に爆発するし。
一週間、ネルガルの偉そうなのにカンヅメにされるし…
トライデントと一緒じゃなかったら危なかったかもね〜。』

なんでもない事のように言うアリス。

「…呑気に言わないで下さい、アリス。」

呆れて呟いたルリ。と、回線の割り込み信号に気付く。同時に展開される新しいウィンドウ。

『問題ないようだな、アリス。…WILLを通信に出せるか?』

『Tes.主任。…繋げたよ。〔コチラ・WILL。感度良好。〕』

『ジャンプの記録は撮れたか?』

〔YES・完璧デス。現在SSS級機密発令・ニ・ヨリ、グルーバー大尉以外ノ・閲覧不可能デス。〕

『よろしい。これから我々は月に出向く。それまで宜しくな。』

『Tes.主任!〔YES・SIR!〕』

グルーバーはアリスとWILLの返事に頷くとルリの方に向きかえり
ほんの1mmほどではあるが、頭を下げた。

『会話の邪魔をしてすまなかったな、ホシノ・オペレーター。失礼する。』

「あ、いえ。」とルリが返答する間も無く、グルーバーの映っていたウィンドウが消える。

耳を澄ませば、今度はユリカとアキトの会話に乱入して交渉を始めたみたいだった。

その後、プロスと途中で合流したグルーバーを引き連れてエリナがブリッジに入ってくる頃には、
101中隊のエステ達が彼等の倒した巨大ロボットの残骸をナデシコの格納庫に積み終わっていた。

エリナのネルガルと、グルーバーの連合軍と、ユリカの三者。
それぞれの動機は違えど、目的は皆同じ。
すなわち──「月へ!」。

ナデシコは月へ全速力で向かう事になったのであった。

 

 時間は戻って、地球−月間の軌道上。

「………、う…。」

非常灯が薄っすらと狭い空間を照らす中、中央の座席に座っていた男が目を覚ました。

「…む、ココは…テツジンの操縦席か?…そうか。私はまだ生きているのだな。」

戦いの中で死ねなかったのが残念なような、何処かホッとしたような。

そんな言いようの無い感慨に浸っている男の名は、白鳥 九十九。

もっとも、彼の手は現状の確認をする為に制御盤の上を行ったり来たりしながら様々なスイッチを入れたり、捻ったり。

「…ちっ。」

そんな慌ただしい動作も彼の舌打ちと共に終わってしまった。

制御盤に灯された、もしくは消灯し続ける色豊かな警告灯の群れから判断するにテツジン本体は完膚なきまでに破壊されてしまったらしい。

しかし、幸いな事に緊急脱出艇でもある頭部は無事。

あの恐るべき敵「黒いゲキガンもどき」や「西洋かるた」の目を掻い潜る事さえ出来れば無事に母艦まで帰り着けるかもしれない。

まずは索敵。
テツジンのメインカメラで周囲の状況を確認しようとした所で、自身の過ちに気付く。

ジン・シリーズは何の因果か、メインカメラを起動すると両目が光るのだ。

身動きが取れない今、下手な行動を選んでトドメの一撃を喰らう訳にはいかない。
九十九は操縦室後部の出入り口からこっそりと抜け出し、生身で偵察を行なう事に決めた。

出入り口の側の壁に作り付けられた箱を開くと中に数種類の釦と警告灯。

安全装置の解除釦を押すと、黄色の警告灯が灯り、即座に緑色に変わる。

機外には空気が有ると言う事だ。
もし赤色、つまり真空だったら気密服を着込んで操縦室を減圧しなければ出入り口は開かない。
ちなみに、機外に危険なガスが充満していたら青色の警告灯が灯って危険を知らせるようになっている。

「よし。」

軽く頷いた九十九が手動解放の釦を選んで押す。
動力開放だと扉が全開放になって敵に見つけられる可能性が高い。

パシュッ!

軽く空気の吹き出る音がして扉が僅かに開く。

自分の体ギリギリの幅まで押し広げた所で九十九はスルリと操縦室から抜け出した。

「…む。」

外に出た九十九の表情が歪む。

そう、テツジンは既にナデシコの格納庫に移動させられた後だったのだ。

一瞬、自分の立場も忘れて茫洋としてしまった九十九だったが、即座に意識を取り戻す。

まずは索敵だ。状況は厳しいが、逆にコレは敵の懐に侵入できたとも考えられる。

緊急出入り口を軽く閉めて、物陰に隠れつつ移動を開始する事にした。

が、ここで九十九は二つ、ウッカリミスをしてしまった。

一つ目。
音が鳴る事を恐れて、緊急出入り口をちゃんと閉めなかった為に出入り口が開きっぱなしになってしまったのだ。

二つ目。
いつも鳴らしているのが普通だったので九十九は注意を払わなかったが、操縦室内ではゲキガンガーの曲が鳴り響き続けていた。

…つまり、扉の気密が保てず、操縦室内の音が外に漏れ出してしまったのだった。

と、言う訳で…

「ゥオイッ!!誰だっ、ゲキガンガーなんか流している奴はっ!!」

未知の機械を余すとこなく分解解析してやろうとテツジンに張り付いていた格納庫の主ウリバタケに気付かれてしまうのは必然だった。

まぁ、時間の問題ではあっただろうが。


…どうやら、テツジンの正面で格納庫に居る人間達が騒いでいる様子。

テツジンの背面から物陰に隠れた九十九は誰にも気付かれないまま、床下の換気ダクトに潜り込む。

「ふ、懐かしいな。
幼少の頃は元一朗や源八郎と市民船の通風孔から色々な立ち入り禁止区域に忍び込んだ物だ。」

ヤンチャな少年時代を振り返る九十九。

昔取った杵柄か、人が進むようには出来ていないダクトの構造的に弱い部分を避けて、ゆっくり確実に移動している。

とはいえ、構造をまったく知らないナデシコ船内。

行き当たりばったりに進んでいると格納庫に帰り着く事すら出来ないかもしれない。

と、内心焦った所で、九十九の顔の正面にホログラム・ウィンドウが展開する。

コミカルな銅鐸を背景にそのウィンドウは文字を表示した。

〔貴方は…誰ですか?〕

「………。」

唐突にピンチである。人に気付かれなくとも船の人工知能には気付かれてしまったのだ。

正直に答えたら、即座に殺されるかもしれない。

適当に誤魔化そうにも何を言ったら良いのか判らない。

冷や汗を垂らしながら思考の渦に飲み込まれようとした九十九を救ったのは、銀色の少女だった。

「?…どうしたの、オモイカネ?」

オペレート・コンソールに座っている時は一心同体のオモイカネの注意が自分から逸れた事に気付いたルリがオモイカネのウィンドウの隣に自分のウィンドウを表示した。

「………。」

さらに焦る九十九。

人に見つかった!…もうオシマイだ。
く、こんな無様な終わり方をするなんて!!
嗚呼、元一朗。貴様は男らしく逝けたのだろうか?

だが、ルリの反応は九十九の予想とは違っていた。

「……、何をしているんです、ヤマダさん。
変な格好をしてダクトに潜り込むなんて、………馬鹿ですか?」

「なっ!?
この服は由緒正しきゲキガンガーの操縦服だぞっ!
訂正を要求するっ!!」


「…はぁ…、もういいです。
オモイカネ?こんなのに関わってたら時間の無駄。
無視、無視。
さぁ、もう一度、月軌道への侵入経路を計算するから手伝って。
後、30分早く着けるかもしれないから。」

ルリが明らかに興味を失った表情のままウィンドウを閉じる。

その後も少しの間、オモイカネと呼ばれたウィンドウは表示され続けていたが、不信感を表現したのか、殊更ゆっくりとウィンドウを閉じた。

「………。
見逃してもらえたか…。
しかし、私はよほどヤマダと言う人物と似ているようだな。
いざとなれば通路を堂々と移動した方が安全かもしれないな。」

ふむ、と思考を固めながら九十九は狭いダクトの中で前進を再開したのであった。

 

 ところ変わって格納庫。

「で!…私達を呼び出した理由を聞かせて貰おうかしら?」

格納庫中央に鎮座する木星蜥蜴の巨大人型兵器………の成れの果て。

残骸の側で声を張り上げるムネタケ。
その隣にユリカがブリッジに戻ってきたので暇になったジュンも居た。

「おお、よく来てくれた!…まずはコレから見てもらおうか。」

この二人をコミニュケで呼び出したウリバタケが手に持ったスパナを、残骸から顔を覗かせているナットに押し当てる。

スパナとナットはガッチリ噛み合った。

「?…それがどうしたっての?」

ムネタケにはウリバタケの伝えたかった事は伝わらなかったらしいが、隣のジュンはハッとした表情でウリバタケを見つめる。

「ふっ…、副長には解ってもらえた様だな。
そう、木星蜥蜴の兵器は!
地球と同じ工業規格で作られているって事だっ!!」


「な、なんですってぇ〜〜っ!?」

ウリバタケの言葉に驚愕するムネタケ。
だが、その直後に「…つまり、どういう事?」と聞き直す。

ムネタケのツボを外した言葉にガックリしながら説明を続行するウリバタケ。

「つまりだ、木星蜥蜴と俺達が呼んでいる無人兵器群は、
人類が生み出した物である可能性が限りなく高いって事だ!!」

「そんな……、有り得ないわ。
いまさら木星蜥蜴の様な虐殺をして得になる組織なんて人類社会に存在しないもの。
もし、あれだけの技術力を持った組織なりが有るのなら、絶対に市場へ売り出してるわ。
ネルガルが対抗技術をバンバン売り出したから忘れてるかもしれないけど
当初、木星蜥蜴の技術力は私達、地球連合を超えていたのよ?」

「ううむ、そういうモンかもしれんがな。状況証拠はココにあるぜ。」

ウリバタケとムネタケの議論は平行線。
それも仕方ない。
今、目の前に有る技術的物証と地球連合における社会常識がぶつかり合っているのだから。

しかし、軍配はウリバタケに上がる。物証はもう一つあるのだから。

「OK、OK、疑り深いアンタもこれで一発だ!目ん玉かっぽじってよ〜〜く見なっ!!」

ウリバタケは残骸の頭部に近づき、装甲の隙間に隠された蓋を開いてスイッチを押した。

圧搾空気の重たい音と共に、開かれるハッチ。

その奥には、少し古臭い雰囲気を持ったコックピットがあった。
明らかに人間サイズ。って言うか、この古典アニメを彷彿とさせるデザインは地球人類にしか成しえない。

「「なっ!?」」

ムネタケとジュンが驚愕する。

「おおっとぉ!驚くのはまだ早〜〜い!!」

自分の行動が受けたウリバタケが乗り乗りでコクピットの中に入り、コンソールのスイッチを入れる。

──、夢が明日を呼んでいる♪

流れるは、一人のパイロットが好むアニメの主題歌。

「…なんで、よりによってゲキガンガーなんですか?」

あり得ない事の連続に思わず呆れてしまったジュン。

「知らねーよ、そんなこたぁ。
ただ、この人間サイズの座席に座っていた者が、何故かゲキガンガーを好んでいるみたいだって事が推察出来るだけだからな。」

「何、呑気にお話してんのよっ!?
ヤバいじゃない!
コレに乗ってたパイロットが船内に潜んでるかもしれないじゃないのっ!!」


色々と欠点は有るが、危機管理能力は一丁前のムネタケが吼える。

ムネタケの言葉に顔を見合わせるウリバタケとジュン。

「どうしましょう?」

「う〜〜ん?俺に聞かれたってなぁ。」

「馬鹿っ!!
早く捜索部隊を編成するのよ!
事は極秘に行なわなければならないわっ!
ココにいる人間だけで探すのよっ!!」

二人の呑気な言葉に腹を立てたムネタケが指示を出す。

「おいおい、提督さんよ。
副長はともかく、俺達ゃただの整備員だぜ?
その手の荒事は保安班の仕事じゃねーのか?」

「ふんっ、仲間に引き入れなきゃ文句を言うくせに。」

「うーん、そこを突かれると痛いな。でもよー……」

「いえ………荒事になる必要は無いかもしれません。」

ムネタケとウリバタケの言葉を遮るようにしてジュンが口を開く。

「どういう意味だ?」と二人がジュンへ顔を向ける。

「ナデシコには(ヌシ)が居ます。
船内全域に知覚の網を持つ電子制御の主、オモイカネが。」

「なるほど、オモイカネなら不審者を見逃すはずが無いって事か。」

「待って!そうなら、不審者を発見した時点で警報は既に鳴らされているはずよ?
なぜ、船内はこんなに静かなの?」

「…確かに提督の言う通りですが…。
ともかく、オモイカネに確認してみましょう。
オモイカネ?
相談が有るんだ、ちょっと出て来てくれないか?」

ムネタケの言葉に頷きつつも、ジュンはオモイカネに問いかける。
ひょっとするとナデシコクルーの中で一番オモイカネを人間扱いしてるのはジュンなのかもしれない。

〔なに?〕

即座に答える船の主。

「ああ、ナデシコ船内に想定外の人物が乗り込んでいる可能性があるんだ。
調べてくれないか?
とりあえず、今日の分の監視記録を当たって欲しい。」

〔O.K.お安い御用だよ♪………該当者多数。〕

「なんですって!?」

オモイカネの言葉に過激に反応するムネタケ。

〔該当者、テオドール・グルーバー大尉。
クリシュナ・バシュタール中尉。
マック・サイモン少尉。
シンジ・カザマ少尉。
グエン・ヴァン・チョム准尉………etc〕

「なんでぇ、101中隊の連中じゃねーか。ビビって損したぜ。」

「すまないオモイカネ、命令を間違えた。
…じゃあ、設定条件を再設定。
乗船登録されて無いのに現在ナデシコに乗船している人物。
もしくは、身元不明な人物を提示して欲しい。」

〔再計算中……………、該当者一名。〕

オモイカネの言葉と共に新しいウィンドウに該当者の姿が映る。

「……、は?…変な格好してるけど、ヤマダじゃないのよ。」

「……、だよなぁ。
!!
まさか、ヤマダの奴がこの巨人に乗り込んでたのか!?」

「……、いや、ウリバタケさん。その仮説は成り立たない。
あの一件の間、ヤマダはナデシコから離れていないです。
…オモイカネ、根拠を提示してくれないか?」

〔現在、映像に出している人物とは別にヤマダ・ジロウが存在するからだよ。
なにより、そこの格納庫に置いてある残骸からコッソリ出てくるのを監視カメラが確認してるもの。〕

なんとなく、エッヘンと胸を張ってるような雰囲気のオモイカネ。

「「「なんで直ぐに報告しないんだっ(のよ)!!」」」

そんなオモイカネに3人は、一斉に怒鳴るのであった。


「…とはいえ、責任はオモイカネよりも俺達、運用者側にあるぜ。」

とウリバタケがヤレヤレといった雰囲気で語り出す。

「どういう事よ?」

「簡単にぶっちゃければ、侵入者対策のマニュアルが…無ぇ。
いくら自発的行動が売りのオモイカネも対策を教えてもらっていない以上、出来る事には限りがある訳だな。」

「侵入者対策?…以前の船内戦闘でもちゃんと機能してたけど?」

「おいおい、そりゃコバッタみたいな対人無人機用の対策じゃね〜か。
俺が言ってるのは、木星人(仮)や地球の他企業のスパイとかの侵入者対策が取られていねぇって事だ。」

「具体的に言いなさいよ。」

「うむうむ、つまりだな。
ナデシコは侵入者に対して無防備だっ!!」

ウリバタケの言葉をもう少し突き詰めて言うと侵入者対策が取られていない以上、害意を持つ予期せぬ侵入者がナデシコになんらかの手段で乗り込んだ場合、ナデシコは行き当たりばったりの対症療法に出る他無く、効果的な反撃は難しいという事だ。

もちろんオモイカネも、人間に判断を仰ぐべきなのか、自分で対処するべきなのか。
非殺傷攻撃手段に留めるのか、殺害してでも対象の行動を止めなくてはいけないのか。
そんなあれこれの判断を明確に意識出来ない訳で、先の九十九の時の用に煮え切らない対応に成ってしまった訳だ。

「…とりあえず、今出来る指示をオモイカネに与えるべきですね。
オモイカネ?
『知らない人』を発見した時には、船長と船の責任者達に報告してくれないかな。
それとこの身元不明人物の現在位置を表示して欲しい。」

ジュンが必要と思われる行動を取る。

「…こちらムネタケよ。
当直の保安班は全員、格納庫に集合なさい!
対人装備、火器の携帯も許可するわ。」

ムネタケがコミニュケで指揮すべき者達を呼び出す。

「…よっしゃ、テメーら!手の空いてる奴はここに来い!!
狐狩りをするぞ!緊急用ロッカーの使用を許可っ!各々武装しろぃ!!」

ウリバタケが格納庫の部下達に指示を発しながら、整備班用武器庫(緊急用ロッカー)の電子キーを解除する。

ちなみに、緊急用ロッカーの中身はウリバタケの発明品で詰まっている。
つまり、「非」正式装備品…。

色々有りつつも、的確に指示を出す指揮官達。

部下達もソレによく答え、即座に侵入者追跡隊が格納庫にて結成されたのであった。

指揮官も含め、総勢30名。

保安班から8名、整備班から20名、ブリッジ要員からは2名。

指揮官たる3人の男達を前に整列する精鋭達。
彼等の大半が暇で有るが故に参加したと言う事がナデシコらしいと言える。

「では、これより船内に潜伏中の侵入者の捕縛作戦を実行します。
保安班の人達は2名残して僕と行動を共にして下さい。
2名の方はムネタケ提督の補佐をお願いします。
ウリバタケさん、整備班の統括はお願いします。」

「それじゃ、作戦の概要に入るわよ。
目標の位置はオモイカネが常時監視してるわ。
私達は副長と整備班長の二手の部隊に分かれて挟撃するのよ。
私は状況に応じてココから指示を出すから。」

ジュンの後にムネタケの発言。
ムネタケの言葉に整備班から「臆病モン」と不満が上がる。

「なーーに言ってるのよ!この中で一番の階級持ちは私なのよ!!
責任を持つ者が最前線に出て万が一、死んじゃったらアンタ達が行動の責任を取らなきゃならないのよ?
責任者は生き残って、現場の責任を引き受けなきゃならないんだから。」

ムネタケの言ってる言葉は正しいのだが、現場の人間としてはジュンの様に有事の際は最前線で命を晒す指揮官の方が好みだったりする。

現に「副長、どうぞ。銃です。」
と保安班の人間からホルスターごと銃を手渡されたりしてる。

ムネタケは丸腰。
ま、最高指揮官は丸腰になる事で威厳を示せる事もあるから、一概にどうとは言えない。

「…あー、ほんじゃ、不満が無かったら行くぞ〜〜。」

混沌としつつある場を収めるべくウリバタケが口を開いた。

そのまま、ゾロゾロと格納庫を出撃する男達。

目標の位置は判っている。容易い仕事だった。
…そのはずだった。

 

 ナデシコの通路をおっかなびっくり、不審者バリバリの挙動で歩く一人の男。

白鳥 九十九である。

結局、ダクト内で迷子になり、手頃な箇所から通路に降り立ったのである。

「…意外と誰も気にしないものだな…。」

偶に出会う乗組員とすれ違っても、妙な顔をされる事があっても誰も退き止めようとしない。

「この艦の乗組員は呑気だな。
戦場に居るというのに…こやつ等が私の部下なら即、性根を叩き直してやる所だ。」

自分の事は棚に上げての九十九。

実際はヤマダの新しい奇行に付き合いたくないから、寄り付かないだけ…
というのが事実だったりする。

口を閉じていれば瓜二つの二人であるが故の奇跡、もしくは不幸であった。

ともかく、思ったより警戒しなくてよいと判った途端、九十九の腹が唸りを上げた。

「ぬ、そういえば、飯を食っていないな。」

運の良い事にどこからか、美味しい匂いがする。
これは幸いと、匂いに引き寄せられるように足を進める九十九であった。


 〔目標、食堂へ針路変更。〕

駆け足で通路を走る男達の先頭でオモイカネの指示を受けるジュン。

「ウリバタケさん!」

十字路でウリバタケに一言合図すると、保安班を引きつれ右折するジュン。

「おうよ!任せとけ!!」

ジュンの意図を掴んで返事を返したウリバタケが部下を引き連れ、十字路を直進する。

「いいかテメーら!副長達が目標を燻り出すからなっ!俺達でしっかり捕まえちまうんだぜっ!!」

ウリバタケの言葉に各々、物騒な武器を掲げて威勢の良い返事を返す整備班の有志達。

釘バットらしきものやら、チェーンソーらしきものまで見える。

と、先頭のウリバタケが足を止め、男達は通路のど真ん中に立ち尽くす。

「よっしゃ、ここら辺に潜むぞ!
目標はアニメな格好をしたヤマダ似の男だ!
この道を通りかかったらフクロにしちまえっ!」

と、ウリバタケは通路の床にある整備通路のハッチを空け、中に入る。

整備班の男達もそれに倣って、様々な場所に隠れだした。

「オモイカネ、こちら整備班。配置に付いたぜ。
副長と提督に報告宜しく!」

全員が隠れた事を確認したのち、自らもハッチを閉じながらオモイカネに報告するウリバタケ。

〔O.K.…副長達もそろそろ目標と接触するよ。〕


 フラフラと食堂に舞い込んだは良いが、果たしてどの様にすれば食事が取れるのか?

途方にくれた九十九に食堂の主から声が掛かる。

「おや、如何したんだいヤマダ。えらく気合の入った格好してるねぇ。
何か食べるのならソコの食券機で券を買いな。何だって作ってやるよ!」

豪快に笑いながらのホウメイ。

「…う、…あ……。」

それに対して、ナデシコで通用する金は持っていないし、相変わらず誰かと間違えられてるし、と気が動転してしまっている九十九。

「なんだい、財布、部屋に忘れてきたのかい?そそっかしいねぇ。
ま、いいよ。ツケにしといてやるからとっととカウンターに付きな。
何食べるんだい?」

と、食事の事なら凄まじい洞察力を発揮するホウメイが九十九の動転を見抜いて早く注文しろと催促する。

「…う、かたじけない。…では、焼き飯を所望する。」

カウンター席に着きながら注文を出す。九十九の腹は鳴りっ放しだ。

「はは、変な言葉遣いだねぇ。役になりきってるのかい?」

雑談しつつも、手は的確に調理を開始する。

しかし、もう少しで焼き飯が完成と言うところで、男達が食堂に乗り込んできた。

「見つけた!木星蜥蜴!!大人しく投降しろっ!」

先頭に立つジュンが拳銃を抜き、九十九に照準を合わせた状態で投降を呼びかける。

保安班の4名もそれぞれがジュンの側に付いて銃を抜き、構える。
残り2名は入り口の彼等が来た方の通路で後詰に付く。

一瞬で緊張状態の食堂。幸いにして人気が無かった事で不要の混乱は避けられた。

「…く、地球人め。」

全ては罠、この瞬間の為の布石だったのか。と歯軋りをする九十九。

と、

「へい!焼き飯おまちっ!!」

何時も通りのホウメイの言葉が静かな食堂に鳴り響いた。

「何してんだい?注文したなら食べるのが客の礼儀だよ!」

相変わらず腹は減っているが、この状況下で飯を食えというのか!?と驚愕する九十九。

「何言ってるんですか、ホウメイさん!その男は敵ですよ!!早く捕縛しないと!!」

「ソイツから離れて下さい」とジュン。

「敵?仲間に銃を向けるなんて穏やかじゃないね、副長。
なにより、腹を空かせた奴に料理を振舞えない様じゃ、料理人失格だよ!
アタシの仕事を侮辱する気かいっ!!」

勘違いしたままではあるものの、豪快に喝を飛ばすホウメイ。

「だから、その男はヤマダじゃないんですって!ヤマダは別に居ます!!
その男は瓜二つではありますが、木星蜥蜴の兵器から降りて来た疑いが強いんです!!」

「何いってんだい!木星蜥蜴は全て無人機じゃないか!
それに例え副長の言葉が正しくとも、アタシの仕事は腹を空かせた奴に飯を振舞う事だよっ!!
アタシの目が黒い内はどんな奴でも腹を空かせる事は許さないっ!!」

なんとかホウメイを説得しようと躍起になるジュンと、頑迷に自分の職務を誇るホウメイ。

二人の口論が白熱し、ジュンの銃が目標から逸れて地面を向いた時、一人の男が動いた。

その男、九十九は彼等が作ってしまった隙を貫いて一気に食堂から逃げ出す。

入り口で控えていた保安班の二人を鮮やかな当て身で昏倒させて。

「しまった!…オモイカネ、ウリバタケさん達に警報を。敵が其方に向かった、と。」

この食堂で捕らえるつもりだったが、逃げられてしまった以上、後は整備班の面々に任せるしかない。

幸いにして、あの男はウリバタケ達が待ち構える地点に一目散に逃げていった。

「よし、僕達も目標を追います!」

ジュンが再び駆け出す。

「ちょっと!…作った料理はどうしてくれるのさ。」

呼び止めるも無視して走り去った男達に、溜息混じりに愚痴を零すホウメイであった。


シミュレーション・ルームから食堂へ至る通路。ゾロゾロと歩く集団の中で一人の男が声を張り上げていた。

「…だからよ。俺達の負けた原因はただ一つ!
熱血が足りなかったからだ!!」

「あ〜、はいはい。もう判ったから大人しくしてくれぇ。」

「何だ!そのいい加減な反応は!!
俺達は負けちまったんだぜ!?
悔しくないのか!!」

「いや、勿論悔しいよ。でもね、ヤマダ君。
皆が皆、君みたいにテンションを上げられる訳じゃないのさ。」

「俺はダイゴウジ・ガイだっ!!」

しつこく精神論を披露するガイに疲れた返事をするリョーコとアカツキ。

101中隊との勝負に何度も挑戦したものの、何度も敗北したのであった。

もっとも、そのガッツと技量は101中隊の皆に認められた。
ノーマルエステVS重機動改では余りにもスペックが違いすぎる。
そう、101中隊の代表選手は重機動改のデータでシミュレータ合戦に挑んだのだ。…大人気無いぞ。

「お前等、気に入ったぜ。」とのグエンの言葉でシミュレータを使って全員、重機動改を試してみたりもした。

結論は「使っていれば慣れるかもしれないけど、今は無理」だった。

いくら自分達の乗機がウリバタケ達の手による改造じみた整備が行なわれているとはいえ、いきなりの動力付きは戸惑うものがあったのだろう。

それに、ナデシコのエステ・ライダーの大半は女性だ。

戦場を駆ける女傑達とはいえ、高Gが連続して掛かる化け物じみた出力の機体は扱いづらいのだった。

疲れた彼等が食堂へ向かうのは至極当然。しかし、それはタイミングが悪すぎた。


カツカツと足音が通路に響く。

「よ〜〜し、もうすぐ目標が来るぞ。一斉に飛び掛るから用意しろよぉっ!」

小声で気合の入った声を出すといった器用な真似をしたウリバタケが自分の潜むハッチのロックを解除して、いつでも飛び出せるように態勢を整える。

オモイカネに表示して貰った周辺通路のウィンドウを見るに、待ちきれない男達が隠れてるハッチや蓋を僅かに開いてウズウズしている様が見て取れた。

はんっ、なんでこう、待ち伏せって奴は心が躍るのかねぇ。

益体の無い事を考えつつ、手に持った違法改造スタン・ロッドを握り直し、突撃に備える。

コツコツコツ。

足音が大きくなる。
目標が近づいてきた。
…なんか、足音が多いような気がするが…まぁいい。
なんか話し声も聞こえるけど…気のせいだろう。

早く、俺に号令をかけさせろ。

目的と手段が入れ替わりそうなウリバタケ。

と、ウィンドウに人の影が映った。

そこには確かにヤマダ似の男!

「突撃ぃぃっ!!」

ハッチを開放する勢いで飛び出し、スタンロッドを振りかぶり号令をかけるウリバタケ。

ヤマダ似の男の顔が驚愕に歪む。

そのまま、ロッドを叩きつけてトリガーを引く。

バチチッ!

盛大な火花を発したスタンロッド。過剰な電流に痺れ一瞬、動きが止まるヤマダ似の男。

そのまま、ワラワラと通路の色んな所から飛び出した整備員達が飛びかかり、押さえつける。

「よっしゃ!召し取ったりぃぃっ!!!」

辛うじて、人の山から飛び出していたヤマダ似の男の頭を踏みつけ、宣言するウリバタケ。

「…えっと、新しい遊び?」

呆気に取られていたヤマダ似の男の側にいた者達の一人が、意を決して質問する。

「へ?」

その質問に我に返ったウリバタケ。
改めて見渡すと、周囲に居るのはナデシコのパイロット連中だった。

「あり?」

足元をもう一度、見直すと怒りに震えるヤマダ似の男。

「おい、博士!一体全体、こりゃどういう事だ!?新手のイジメなのかっ!?」

もとい、ヤマダ・ジロウ本人らしい。…本人確認してみよう。

「おお?済まねぇなヤマダ。人違いミテェだ。」

「俺はダイゴウジ・ガイだっ!!」

ほんとに本人らしい。偽者でもこんな恥ずかしい台詞は吐くまい。

「いや、すまんすまん。お前等、人違いだ。退いてやれ。」

ウリバタケの言葉に渋々とガイの上から退く整備班の面々。

「よう、博士。謝るんなら、俺の頭に乗っかった足も退けてくんねぇかな。」

ガイが怒りに震えながら口を開く。

「おっと、マジ済まん!つい踏み心地が良いもんでな?」

ようやく自分を拘束する全てが無くなって憮然とした表情のまま立ち上がるガイ。

「…一体如何したんだ。ヤマダがなにかやらかしたのか?」

目の前の事態に呆れ返りながらリョーコがウリバタケに聞く。

「ん?…ああ、ヤマダとソックリな密航者が居るって話でな。捜索の協力をしてたんだ。」

と、ウリバタケが口を開くと同時に、ウリバタケの背後から急いで走る足音が聞こえてきた。

「あん?」と振り返るとソコにはヤマダがもう一人。


食事を用意して足を止めさせると言う悪辣な地球人の罠をなんとか突破した九十九、さて如何したものかと前に注意をやると、そこには人がたくさん居た。

ひょっとしたら、ヤマダなる人物のフリをして逃げ切れるかもしれない。

なるべく友好的な、戦友にかけるような言葉遣いで疑惑を反らそう。

そう決意した九十九が口を開く前に、地球人から声をかけられてしまった。

「あ、ひょっとして彼がその密航者?…うわぁ、見れば見るほどヤマダ君にそっくりだねぇ。」

利発そうだが、どことなく我が道を往く人間の雰囲気を漂わせる女性の言葉にふと、周囲を見渡すと、そこには自分ソックリな男が一人。

「「なっ!?()がもう一人居るっ!?」」

鏡合わせのように驚き、おずおずと近づき、マジマジとお互いを見つめる両者。

スッと自分が右手を上げると、相手は左手を上げる。
上げた手を真っ直ぐ伸ばすと、相手の手も真っ直ぐ伸びて、お互いの人差し指が触れ合う。

「う〜〜む、まるで鏡のコントかETだね。意図していない所がなんとも不可思議だ。」

長髪の男がそう意見を漏らす。

と、目の前の男が口を開く。

「くぅっっ!アンタの服、スゲェな!!天空ケンの操縦服そのまんまだぜ!!
なぁ、こんな気合の入った服、何処で手に入れたんだ?」

「なっ!?ゲキガンガーを知っているのか!?
そうか!良い服だろう!この操縦服を着たいが為に、軍人を志したようなものだからなっ!!」

この艦で出会った者達の中で始めての賛同者を得た事に思わず喜んでしまう九十九。

「軍人?…俺の知る限り、連合軍にゲキガンガーのコスチュームは存在しねぇぜ?」

「連合軍?…違うっ!私が所属しているのは邪悪な地球連合では無いっ!
木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星間反地球連合体、略して木連!
そして私は、木連防衛軍優人部隊少佐、白鳥九十九であるっ!!」

「木…連?」

目の前のそっくりな男が怪訝な顔で問うのと背後から駆けて来る足音が聞こえてくるのは同時だった。

先の食堂で銃を振り回していた男達に相違無いと直感した九十九が逃げ道を探して周囲を見渡す。

この通路は一本道で背後からは追跡者、正面はこの艦の乗組員たちで塞がれている。

…なにか手は無いか?

と、九十九の目に丁度良い逃げ道が見つかった。

「よう、木連ってなんなんだ?」

名残惜しいが、漢の魂を理解するこの男とは別れねばなるまい。

「すまないが、疑問に答えている暇が無い。…さらばっ!!」

目星をつけた空きっ放しの床下への扉に飛び込む。即座に扉を閉めて施錠。

直ぐに開錠されてしまうだろうが、それまでの間に行方を眩ませられたらそれでいいのだ。

「ふ、市民船育ちを舐めるなよっ!」

九十九は高さが無く、幅も狭い整備用通路を腰を屈めたまま、器用に全力で駆け抜けた。

 

 「ふ〜ふふん、ふふ〜〜ん♪」

捕獲騒ぎの起きた通路から少し離れた通路。

ブリッジ・クルー用のオレンジ色の制服を着た女性が右手に布巾が被せられたトレーを持って、機嫌良く歩いている。

「…ふぅ、思わずジュンさんにキツイ言葉を吐いちゃった以上、
御免なさいの意味を込めた手料理で仲直りしなくっちゃ!
…ふふふ、恋愛はこまめに立ち回る者が勝利するんですっ!」

と、左手でガッツポーズ。右手のトレーからは布越しに灰色の瘴気が漂っている。
布の浮き上がり具合からして、飲み物と軽食のセットらしい。

そう、彼女の名はメグミ・レイナード。

またもやジュンに手料理と言う名の凶器を用意してしまったのであった。

ただ、メグミも自分の料理がジュンにダメージを与えるという事は今までの経験で理解している。

その為、常に試行錯誤を繰り返し、時に失敗こそ有るが被害の縮小という成果も上げている。

ジュンの胃袋が絶え間無い攻撃に耐久力を上げたのだ、という見方も有るが…。

ともかく、今回の手料理は宜しく無い方の「当たり」。
最近はジュンが倒れるほどの物は生まれてこなかっただけに、ひょっとしたら生きて帰ってこれないかもしれないレベルかもしれない。

「…そういえば、ジュンさんは何処に居るんだろう?」

ふと足を止めて考えるメグミ。

と、その時、メグミの足元に設置されていた整備用ハッチが音を立てて開かれる。

「きゃ!?」

慌てて飛びのくメグミ。

ハッチから飛び出した男はそのまま、ハッチの側にしゃがみ伏す。

「あの〜〜、」

大丈夫ですか?と言葉を続けようとしたメグミだが彼の次なる行動で再び停止する。

グギュルグギュ〜〜〜〜〜

しゃがんでいる男の腹から地獄から溢れ出たような音が響き渡る。

「あの〜、……お腹、空いてるんですか?」

しばらく考えた後、言い直すメグミ。

メグミの問い掛けに勢い良く振り向く男。

「あれ?ヤマダ…さん?」

よくよく見てみるとヤマダと思しき男は、古いアニメの服を着込んでいる。

かつての声優家業の経験でゲキガンガーの服と言う事は判ったが、同時にマジコスプレしているこの男に
「うわ〜、ヤマダさんココまでイッちゃってるんだ」とビビるメグミ。

いくら声優がオタク寄りな仕事でも、声優本人が皆オタクな訳ではない。
メグミはそういう意味では普通の女性だった。

と、ヤマダらしき男…九十九が口を開く。

「…すまないが、もし食料を持っていたら少し分けて戴きたい。」

九十九はいい加減に体力の限界だった。

先の食堂でお預けを喰らった上での全力疾走。もう、フラフラで意識が朦朧となり始めていた。

目の前の女性が持つお盆にはどうやら食べ物が載せられているらしい。

布巾が被せられているが、飢えた九十九に食べ物の匂いは誤魔化せない。
飢えのあまり、その食べ物が持つ妖気は完全スルー。

ジ〜っと、右手のトレーに注目するヤマダらしき男に
「このままでは何をされるか判らない」と恐怖するメグミ。
よくよく見なくとも、彼の目は血走っている。

「あ、…あの、もしよければ、お一つ如何ですか?全部差し上げる訳には…」

「いかないけれど。」と続けようとした言葉は九十九の言葉で打ち消された。

「かたじけないっ!!」

メグミの右手のトレーに飛び付く九十九。

即座にかけられた布巾を取り去って、トレーの食べ物に手を出す。

トレーに乗っているのはサンドイッチとジョッキに入ったジュース?だった。
ドライアイスも無いのに何処からとも無く灰色の煙が漂っている。

サンドイッチを二つ、両手に取って宣言する。

「いただきます!」

言うが早いか猛烈な勢いで食べる九十九。

九十九の有無を言わせぬ行動に不満だったメグミだが、痛快な食べっぷりを前に不満も立ち消えてしまった。

「お、美味しいですか?お替りはまだありますからゆっくり食べてくださいね。」

というメグミに、口を一杯に膨らませつつコクコクと頷き、食べ続ける九十九。

初めは「全部食べられたら嫌だな」と思っていたメグミだが、
一心に食べ続ける九十九を見ている内に「もう一度作り直せばいいか」と意見が変わる。

いつも自分の手料理を出した時に回りの人達が向ける視線がメグミには辛かった。

自分の料理が<よろしく無い>モノである事くらい自分とて重々承知している。
でも、少なくとも自分が食べれる、飲める範疇なのだ。

何故いつも自分の振舞った料理で人が昏倒するのか解らないが、経験則としては認識している。

だが、好きな人がいるのだ。

自分の手料理を振舞いたいのだ。

昏倒させてしまうのが申し訳無いから、一生懸命、暇を見つけては料理を練習しているのだ。

いつかは「美味しい」と言わせたいのだ。

…「特製ドリンク」とそれにまつわるモノの製造をやめれば劇的変化が訪れるはずだが…。

ともかくメグミは今、今までの苦労が報われたような晴れやかな気持ちになっていた。


何処と無く放心状態のメグミを放って、九十九は食事を完遂する。

お盆に載せられたジョッキに手を伸ばし、一気飲み。

今まで味わった事の無い不思議な食感と味だったが、空腹の前に敵は無い。

空になったジョッキをメグミの手の上に乗せられたままのお盆に返して一言、食事の終焉を告げる。

「ごちそうさま。」

両手もキッチリ合わせて、食事を振舞ってくれた少女と食材を作った者達に感謝。

目の前の女性はソワソワと落ち着き無い。

「?…なにか?」

「い、いえ!…その私の料理を完食してくれる人って少なくて…っていうか、ジュンさんくらいだし…。」



彼女の言動はあやふやでよく判らないが、どうやら料理の感想が聞きたいらしい。

「ああ、失礼。
サンドイッチの方は普通に美味しかったですよ。不可思議な味のタレが絶妙の味加減ですね。
…ただ、飲み物の方は…少々独特な味でした。」

味を反芻しようとすればするほど、あの飲み物の記憶は薄れてゆく。
どうやら、体が飲み物の記憶を消してしまいたいらしい。

ともかく、彼女の表情は花が咲いたように良い笑顔になった。
食事を奪ってしまった以上、せめて彼女が喜んでくれれば幸いだ。

気持ちが落ち着いたところで自分の立場を思い出す。
腹は六分目であるが、敵地で満腹というのもよろしく無い。

さて、移動するか。と、立ち上がろうとした九十九だったが、ふいに倒れてしまう。

「コレは如何した事だ?」と仰向けになった身体を起こそうとするが、急激に視界が狭まってゆく。

意識が消えていく中、最後に見た九十九の視界には
「またやっちゃった」という表情の女性が映っていた。


「あ…、今までに無い倒れ方。」

自分の目の前で仰向けに倒れるヤマダらしき男。

ようやく他人に害の無い特製ドリンクを作れたか?
と喜んだ矢先に倒れられた為にメグミの心はささくれてしまっていた。

いわゆる「天に昇るような気持ちで地獄行き」。

「はぁ、また失敗か。
ジュンさんに飲ませなくて済んだのはラッキーかな。
あ、この死体を処分しないと…。」

結果、冷静に事態を見つめられたのは僥倖だが、ちょい冷酷ぎみだ。
ちなみに九十九は生きてます。

「よいしょっと」と、九十九の両脇に背中側から手を通して抱える。

メグミは中腰の体勢のまま後ろ歩きで九十九の足をズルズル引きずりながら手近な使われていない部屋を探す。

ちなみにこの移送方法はちょっと乱暴ではあるが、れっきとした医療搬送方法である。
意識を失った人は運びにくく、とても重く感じるので、担架を用意して二人で運んでしまうのが一番早いが。

と、ズルズル引っ張っていると遠くからこちら側に駆けて来る足音がたくさん聞こえる。

「う、やばいかも。」

焦りの内容は、
また白い目で見られるのが「やだナー」ってのが半分。
状況を説明するのが「面倒くさいナー」ってのが半分。
…結構余裕だね、君。

きょろきょろ周囲を見渡すが、乗組員の個室ばかりで使えそうな部屋は見当たらない。

かくしてオロオロしている内にタイムリミット。

「!?メグミちゃん!ソイツから離れてっ!!ソイツは木星蜥蜴だっ!!」

オモイカネのナビゲーションに従い、拳銃を構えたまま集団の先頭を駆けていたジュンが叫ぶ。

「え?……きゃっ!?」

唐突なジュンの言葉に一瞬、頭がフリーズ。
ジュンの台詞を認識した途端、危険物から飛びのく様に離れるメグミ。

ゴチッ!っと頭から痛い音を出した九十九だが、今だ昏倒中。

「メグミちゃん、大丈夫だったかい?怪我は無いか?」

メグミに駆け寄り、両肩に手を置いて瞳を覗き込むジュン。

「あ……、ハイ、大丈夫です。」

「本当に?」

心配になったジュンが至近距離でメグミの様子を窺う。

─ち…近いです。ジュンさん。
あ、でも、なんだか良い雰囲気。
…ちょっと顔を上に傾けたら…
…唇と唇が…
くっ付きそう……。

チャンスとばかりに、一瞬で決意を固めたメグミが薄く目を閉じ、そっと顔を傾ける。

ジュンの唇まで、

5cm

4cm

3cm

2cm

1cm

0c………

「よしっ!皆さん、そこの木星蜥蜴を運んでくださいっ。
オモイカネ、ここから一番近い会議室はどこかな?」

スカッ、とメグミの唇は空を切る。

ギリギリの惜しい所でジュンがメグミを離して次の行動を開始してしまったのだった。

よく見ると、ジュンの引き連れてきた男達が額に手を当てたり「違うだろっ!ここはよぅ!!」と天に吼えてたりする。

オモイカネまで〔副長…罪な男。〕と突っ込みを入れている。

「おいっ!呆けてないでコイツを医務室へ運ぼうぜ!
ゲキガンガーが判る奴に悪党は居ねぇ!!
木星蜥蜴なんて何かの間違いだっ!」

ただ一人、ガイが九十九の側に駆け寄って助け起こそうとしていた。

「っていうか、なんで倒れてるんだ?」

九十九の傍らに膝を付いて首を傾げるガイ。

追求される?と青ざめたメグミだったが、福音はいつも予期せぬところからやってくる。

プシュッ、っと個室のドアが開いて部屋の住人が出てきたのだ。

「なに〜、五月蝿いんだけど…。」

と目を擦りながら出てきたミナト。眼前の状況を見て唖然とする。

「あれま、ヤマダ君が二人…。」

 

 ナデシコのブリッジ、広いスペースの真ん中にポツンと椅子が置かれていた。

多段構造のブリッジと対面する形で椅子に一人の男が腰を下ろしている。

しかし、注目すべき所はソコではない。
彼は後ろ手に手錠をかけられ、太い鎖で両足と両腕を椅子に固定されていたのであった。

椅子に固定されている男はガックリうなだれていた。

何かに後悔している訳ではない。ただ、気絶しているだけだった。
とある料理の影響で。

そして、ブリッジには大勢の人間が詰め掛けていた。

先のジュンたちの騒動がナデシコの他のクルーにばれない訳が無いのだ。
「木星蜥蜴から出てきた人間」として船内で注目の的である。

そのお蔭で、ナデシコの提督閣下はブリッジ最上段の隅っこで頭を抱えて呻くハメになっている。

「うう、胃が痛い。
どう考えたって軍の最高機密臭いのに…。
ああ、私処分されちゃうかも…。」

そして、ブリッジにはムネタケともう一人、
泣き笑いしそうな表情で額に冷や汗を大量に貼り付けている人物が居た。

ホシノ・ルリである。

ヤマダのいつもの奇行だとオモイカネの反応を無視した結果がコレ。
事態を悪化させた一翼を担ってしまったという事実と船の管理者の一人であるという自負がルリを攻め悩ませる。

(や、や、やっちゃいました〜っ。まさか、敵だったなんて。
…しかも、ヤマダさんソックリな敵。
…!?そうです。そんな事、誰にも判りえないです。
しかもゲキガンガー好きだったなんて神でも知りえないでしょう。
…つまり、悪いのは敵に似すぎてたヤマダさんの所為です。
そもそも、いつも奇天烈な行動ばっかりしてるのが……)

最前線へ左遷は嫌〜〜ッ!と吼えるキノコと
持てる思考能力の全力でヤマダへ責任を擦り付けようとしている妖精を無視して、
ナデシコ副長たるアオイ・ジュンは椅子に括りつけられた捕虜の前に立つ。

いつも「情けない」とか「頼りない」と言われている彼の顔は緊張からか鋭利な表情を漂わせていた。

懐から出したのは気付け薬の小瓶。

ドクロマークがワンポイントな小瓶の蓋を取り、捕虜の鼻先に近づける。

空気を撹拌する為に軽く揺らすと、小瓶からは灰色の瘴気が沸き起こる。

ビクッ!?

捕虜の体が跳ねると同時に即座に小瓶に蓋をして懐に仕舞いつつ一歩後退。

ジュンの表情から緊張が抜ける。

どうやら気付け薬の取り扱いに細心の注意を払っていたようだ。

ソレも全て、後ろで「真剣なジュンさんも素敵です!」
と胸の前で両手を組み、夢心地でジュンを見つめている女性の為。

もし、彼女の特製ドリンクのこんな使い方を知られてしまったら…。

「私の料理は毒物なんかじゃありません!」
とか怒って「実際に食べて確認してください!!」
となるに違いないのだ。

いくら好ましく思っている人の料理でも、暴走全開で普段以上にアレな料理は勘弁なジュンであった。

「……う……。」

と、捕虜が目を覚ます。

「む?
…くっ…き、貴様っ!これはどういうつもりだっ!!
私は優人部隊の士官だぞっ!名誉ある待遇を要求するっ!!」

「自分は地球連合軍、戦艦ナデシコ副長のアオイ・ジュン中尉です。
所属と階級、姓名をお聞かせ願えますか?」

吼える捕虜に冷静に話しかけるジュン。
ちなみにジュンとユリカは軍に再編された時に階級を与えられた。ユリカは大尉。
戦艦の艦長は大佐が普通なのだが、いくら破竹の快進撃なナデシコでも少尉を大佐にさせるには功績が足りなかった。

いや、寧ろ問題は時間。一年で少尉が大佐になるような階級の大暴落は流石にありえない。

「む、その若さで中尉か。やるな…。
私は木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパ及び他衛星間反地球連合体、
木連防衛軍優人部隊少佐、白鳥九十九。」

「木、連…?」

「ああ、正式名称が長いので我々は木連と縮めて読んでいる。」

「うそ、人類は火星までしか到達してないはずなのに…。」

と、ブリッジのいつもの席に座っていたミナトから否定の言葉が漏れる。

「嘘ではありません。木連は木星圏に生活圏を築き上げ、確固として存在しており…
と、何だ?」

ミナトへ顔を向けて説明をしていると、九十九の側にプロスぺクターが近づいてきた。

「いえ、ちょっと調べたい事がありましてね。お口を『あ〜〜ん』してください。」

手元の機械を操作しながら言うプロスに、疑問顔のまま従う九十九。

「……痛ッ!貴様っ何をするっ!!」

舌に検知針をブッ刺され、怒り心頭の九十九。

「失礼。貴方のDNAパターンを取らさせていただきました。
あっなた〜の御住所っ、どっこでっしょか〜〜♪」

謝ってるそぶりゼロの口調で手元の機械を弄りながら変な歌を歌うプロス。
すぐに操作は止まり、マジマジと九十九を見つめる。

「…おどろきましたな、データに該当者無し。
DNAは間違い無く地球人類。
貴方の言葉を信用するしかないようです。」

「くっ、キサマッ!私を悪の地球人と一緒にするなッ!!」

「悪?ど〜いう事でしょうか、白鳥さん?」

と、ユリカから声が掛かる。

「ふんっ、悪は悪!我等、木連の民は100年前に受けた屈辱を忘れはせん!」

「…100年前?…屈辱?
ね、ジュン君。100年前って何かあったっけ?」

「ちょうど、月独立戦争が勃発した頃だね。
自治権を認められていなかった当時の月がマスドライバーを武器に地球政府へ独立宣言を発したんだ。
ただ、当時の航宙技術の低さと月独立軍の主力艦艇が輸送船改造の少数の仮装巡洋艦だったことから
大規模な艦隊戦は起こらず、もっぱら月面上での白兵戦で片が付いたって話だよ。
結局、月独立軍内部で和平派と過激派の派閥闘争が起きて、敗れた過激派が月から逃走。
以降の行方は不明…ってされているね。」

「ほへ〜〜、じゃあ、その逃げ出した過激派さんが木星まで…」

と、ユリカが発言した所で、ハンッ!と鼻で笑う声が響く。

「行方が知れず?とんでもない。地球の奴等は独立軍残党の動きぐらい掴んでいたとも。
火星のコロニーに逃げ延びた彼等を火星の住人もろとも核攻撃したくらいだからなっ!
かろうじて逃げ出せた先達方がどれほどの辛酸の末に木星圏にたどり着いたと思っているっ!!」

「核攻撃っ!?そんなっ、ありえない!!
地球連合は大量殺戮兵器を使わない事を憲章で謳っているのに!?」

九十九の言葉に衝撃を受けたジュンの背後で九十九の言葉を肯定するような声が響いた。

「おいおい副長、そんなお題目を真面目に信用しちゃいけないぜ。」

ナデシコのクルーに混じって話を聞いていたマックからの発言だった。

「何をいってるの?
貴方たち軍人は法律に従うからこそ、暴力を許されているんでしょう?
白鳥さんの言う事が正しいのなら、これは軍の背信だわ!」

マックの言葉に噛み付くミナト。

ミナトの言葉に頷くナデシコクルー。その様を見て、九十九の表情が少し変わる。

が、

「いや、それは違う。軍を動かすのは政府だ。
特に核クラスの攻撃兵器は地球連合大統領自らが許可を出さない限り使えないようシビリアン・コントロールが徹底されている。
白鳥少佐の言う通りの事態が起きたのなら、それは地球市民の認可を受けた連合政府の判断だ。
軍はあくまで道具に過ぎないし、そも、手を振り上げたのは月の独立派だ。
連合政府の安寧の為にテロリストは皆殺しにしたいと考えるのもおかしく無いな。」

同じくこの場に居たクリシュナが冷徹な意見を叩き付ける。

「そんな!皆殺しなんて…酷い。」

メグミがクリシュナの言葉に反発するが、尻すぼみになってしまう。

「いや、有効な戦略だな。
当時の連合政府の懸命な判断でその後100年間の平和が守られたともいえる。
核攻撃を断行しなければ、月の事変に感化された連中が地球圏中で独立戦争を引き起こしたかもしれないからな。」

「兄さんっ!!」

シンの発言に噛み付くイツキ。

「考えてみろイツキ。火星に逃げ延びる様な連中がそこで全てを諦めると思うか?
現に木星まで逃げたコイツ等は100年間戦力を蓄え、地球を月を火星を戦火で埋め尽くしたぞ。」

一方的にな。と九十九を睨むシン。

「貴様っ!!よりにもよって我々を悪と断罪するというのかっ!!
そのような侮辱、許さんぞ!!」

と九十九が睨み返すと頭上から声が掛かる。

「ん〜〜、火星で皆殺しにしちゃおうとしちゃったから、蜥蜴さん…
もとい、木連さんが怒って問答無用の大量殺戮に及んだんじゃないですか?
お話で済ませられるなら、そうすべきですよ。」

ユリカである。ナデシコのクルーの大半が賛同するが、

九十九は「知った風な口を」と憤り、クリシュナが「理想論だけで人の世が動かせるのならばな」と呟き、プロスペクターが「おやおや、ココまで若いとは」と心の読めない笑みを浮かべる。

いままでの言葉の応酬が止まって状況が膠着した時、ブリッジに三名の人間が到着した。

「あら、見事なまでの『憎しみの連鎖』ね。」

イネス、エリナ、グルーバーの三名である。発言者はイネス。

どうやら、移動中もコミニュケを利用してブリッジの会話を聞いていたらしい。

「ふむ、その単語で話を終わらせるのは正直好かんがね。理性が感情に敗北したに等しい。」

「そうかしら?この手の争いは、誰かが手打ちにするまで終わらないもの。
いい表現だと思うわよ『憎しみの連鎖』」

グルーバーとエリナが続いて言葉を漏らす。と、エリナの言葉に目付きが変わるユリカ。

沈黙が包むブリッジに突然、大きなウインドウが展開される。

〔月引力圏に到達したよ〜〜♪
ドライデン・コロニーへの侵入経路、計算カンリョ〜っ。操縦はどうする〜?〕

オモイカネのメッセージに弾かれた様に動き出すブリッジ・クルー。

パン!

両手を打ち鳴らしたユリカに皆の視線が集中する。

「では、白鳥さんとのお話会は一端中止で〜す!
これよりナデシコはドライデン・コロニーに入港します。皆さ〜〜ん、お仕事ですよ〜〜♪
あ、スミマセン、エステ隊の人達で白鳥さんを客室にご案内して頂けますか?」

テキパキと独特の口調で指示を出すユリカ。それに従い、活気に溢れるブリッジ。

「ふむ、では僕が彼を『客室』にお連れしようか。」

いつもの定位置から腰を上げるアカツキ。

「めずらしいな、アカツキ。自分から動くなんて。」

その様に驚くリョーコ。

「ま、偶にはね。
ああ、ゴート君、手錠の鍵と銃を貸してもらえるかな?」

肩を竦めつつ、九十九を縛り付けている鎖を外すアカツキ。

側に来たゴートが懐から鍵と拳銃を差し出しつつ「自分も必要か?」と尋ねるが「いらない」とアカツキに断られる。

静かに佇むゴートを後にして、拳銃で九十九の背中をつっ突き、ブリッジを後にするアカツキであった。

 

 ナデシコの通路を背中を銃で突付かれながら歩く九十九。

彼の内心は怒りで渦巻いていた。

(くそ、悪の地球人共め。何も知らん癖に、よりにもよって核攻撃を肯定するとは。
やはり、草壁閣下の仰る事は正しいのだ。悪の地球人と交渉など出来ない。
…だが、私の言葉に賛同した乗組員も居たな…。そうか、皆が皆、悪ではないのだ。
あのアクアマリンの様に…。
ならば………)

「ん、悪いけど、ココで立ち止まってくれるかな?」

九十九の思考がある答えを導こうとしていた時、背後からアカツキの声が掛かる。

周囲に扉が無い事に気付いた九十九が不審に思って振り返ると、そこには拳銃を九十九の頭に照準したアカツキの姿があった。

「…何のつもりだ地球人。」

「なに、やっかいなお客さんは消えてもらうのが一番って話さ、木星人。
君達は正体不明の木星蜥蜴。
その方が有難いんだよ、政府も軍も企業もね。」

キリリ、と引鉄が絞られる。

死なば諸共、と腰を落として反撃の態勢を取ろうとする九十九。
両手を封じられても木連式柔ならば戦える。
最初の一発を致命的な箇所に喰らわなければ。

「無駄な足掻きを」と呟きつつアカツキが撃とうとしたその時、背後からモップがアカツキを強襲した。

絶好のフォームから繰り出されたモップはアカツキの首にジャストミート。

「あれ…?」

一瞬でアカツキの意識を刈り取り、アカツキは一発も撃つ事無く倒れてしまった。

「な、貴方は!?」

突然の事態に驚いた九十九の眼前にはモップを振り切った体勢で固まってるミナトが居た。

「え、え〜〜っと、大丈夫?」

と問い掛けながら、アカツキのポケットから手錠の鍵を取り出し、九十九の拘束を解く。

「…宜しいのですか?自分は敵ですよ。」

拘束されていた手首をほぐしながらミナトに問いかける九十九。

「ええ、だって…私には貴方が悪人に見えないもの。私、人を見る目だけは自信があるの。」

胸を反らしてウインク。九十九の顔が赤く染まる。

と、いきなりナデシコが大きく揺れた。

バランスを崩す二人。

倒れるミナトを九十九が辛うじて抱きかかえ、自らを下敷きにして守ろうとする。

細かく振動を続ける船。

通路に倒れる、重なり合った二人。

男と女の唇も重なり合っていた。

「緊急!緊急!!
ドライデン・コロニーが敵の攻撃を受けています!
ナデシコは臨戦態勢でドライデン上空へ侵入!コレを援護しますっ!!
乗組員の皆さん、第一種戦闘態勢を取ってください!!」

スピーカーから流れる警報の声をバックに見つめあう男と女。



時間の止まった空間を元に戻したのは第三の人物だった。

「ミナトっ!放送聴いたわねっ?ナデシコには貴女の腕が必要よっ!!
………って、なにしてんの?」

戦艦の操縦も人並み以上にこなせるがミナトほどではないので、当人を探しにきたエリナである。

エリナの白い目に飛び跳ねるように離れる二人。

「エ、エリナ!?…これは事故。
そう、事故よ。
やらしい事なんか…何も無いんだからね?」

ワタワタと慌てるミナトの後ろでゆっくりとアカツキの落とした拳銃を拾い上げる九十九。

「!?、ちょっと!貴方ッ!!」

制止しようとするエリナに突きつけられる拳銃。

「…大変申し訳無いが、私と共に来てもらおう。
ミナトさん、貴女もだ。」

ようやくシリアスに立ち返れた九十九が本領を発揮する。

臨戦態勢で慌ただしくなっている船内を二人の女性と一人の男が駆け抜けても、誰も気に留めなかった。

最後の段階に陥るまで。
…ちなみにオモイカネはナデシコの操縦士二人が居ないが為に全力で操縦をバックアップしているので、この事態に気付けなかった。


格納庫の一角に転がされている愛機、テツジンの頭部コクピットに女性二人と乗り込んだ九十九。

「ちょっと、壊れた機体で何をしようってのよ?篭城するには手狭すぎるわよ?」

気の強い女性の代表格、エリナが九十九につっかかる。

「ふ、木連が誇るジン・シリーズが胴体を破壊されただけで御仕舞いだと思ってもらっては困る。
この頭部は緊急脱出装置でもあるのだ。」

制御盤のスイッチを色々弄っていた九十九が、その言葉と共に赤色の蓋を外して中の押し釦を押すと、斜めに傾いでいたコクピットが鈍い音と共に浮かび水平になる。

あわてて壁面の出っ張りに捉まって身体を安定させる二人。

と、スピーカーから外の音が飛び込んでくる。

「おい誰だっ!!飛頭蛮ゴッコしてんじゃねぇっ!!
さっさと元に戻せっ!!
今は臨戦態勢だぞ馬鹿野朗っ!!」

ウリバタケが愛用のメガホンで宙に浮いているテツジンの頭部に向かって怒鳴っていた。

ふ、丁度いい。と九十九が外部スピーカーのスイッチを入れる。

「こちらは木連防衛軍優人部隊の白鳥少佐である!
この格納庫内を破壊されたくなければ、直ちに外に繋がる扉を開放せよ!!
なお、当方はこの艦の乗員を二名捕虜にしている。
おかしな真似をした瞬間、彼女等の命に関わるだろうと前もって警告させてもらう!!」

宙に浮く巨大な頭からの唐突な宣言に凍りつく格納庫。

脅しではないと、頭の口の部分にあるビーム砲が展開される。

「ちっ!テメェ!捕虜といったな!!出任せで無い保証でもあるってのかっ!!」

ウリバタケが冷や汗を流しながら一縷の希望に賭ける。

格納庫に早くも集まっていたエステバリス・パイロット達もコッソリと機体に乗り込んで隙あらば捉えようと準備を開始するが、

「い、痛っ!ちょっと、なんでミナトじゃなくて私に銃を押し付けるのよっ!!」

と、テツジンの頭から垂れ流されるエリナの声にガックリと肩を下ろす。

ーなんでアンタがそこにいるんだ?ー

格納庫に居た全員の心の声であった。

「…わ、判った!!今から外部ハッチを開放するっ!!
だから、エリナ嬢に銃を突きつけるんじゃないっ!!」

うろたえつつも、咄嗟に返事を返して部下と一緒に退避ブースへ非難するウリバタケ。
外部ハッチを開放すると格納庫内が真空になるからだ。

全員の退避を確認したウリバタケが格納庫内の空気を抜く。

同時に開かれる外部ハッチ。

少し残っていた空気が結露して霧が発生する。

霧が掻き消えた時にはテツジンの頭部も既に宇宙へ飛び出した後だった。









第20話 完













あとがき


拙作をここまでお読みくださった方。有難うございます。そして、2ヶ月半ほど待たせてしまった事については弁解の言葉もございません。

御免なさいです。m(_ _)m

相変わらずグダグタな話なので、せめて読みやすくなるよう、工夫してみましたが…。

え〜、今回はやたらとスランプでした。

ようやく、木連が物語に本格参入してくる回なのに、ようやくヤリタイ事に話が持っていけそうなのに、九十九の奴がなかなか捕まろうとしてくれなくて。

ついでにこの回の原作の展開がすっかり頭から消失状態。

うっすら頭に残ってたのを基本に再構成と言う按配です。跡形なんて元から無いかもしんないですが。

次回こそはアリス大暴れ?


P.S.

九十九とミナトの愛の逃避行の道連れ役をエリナ嬢に大抜擢の理由は、感想を戴いた方達が皆、エリナの活躍っぷりを評価していたからだというミーハーぐあい…だったり。







感想代理人プロフィール

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代理人の感想

じゃすと・あ・もーめんと!

日本語で言うとちょっと待て。

 

と、最初突っ込もうとしたのですが、掲載する前に突っ込みどころの修正されたバージョンが送られてきたので

このネタを使えなくなりました。ちぇっちぇっ(爆)。

 

と、突っ込みはこの辺にしておいてエリナさん、スタァ誕生。

(※メジャーにのし上がるチャンスって事ね)

次回木星蜥蜴相手に口八丁手八丁の大活躍! をするかもしれない(ぉ

でも、肝心な所でへっぽこなのもエリナさんだからなぁ・・・どーなるべ。

 

>侵入者対策ゼロ

・・・・・・・・・・・うーむ。w

なんとも意外なところに落とし穴があったというか。

確かに原作でもヒカルや九十九が艦をうろつきまわって、なおかつ警報とか出ませんでしたからねぇ。

(ヒカルの場合は検索掛けて発見できましたが)