◇

 

 目が覚めると、時の庭園に居た。

焦って周囲を見渡す。

と、身体が動く事で焦りの内の一つが解消された事に気付いた。

そう、前回Mrs.テスタロッサに鞭打ちされた事を思い出してしまったのだ。

だが身体が動くのなら、俺が身体の主導権を握っているのなら、むざむざ鞭を喰らうことは無い。
そうなる前に逃げ出せる。

「…フェイト?」

そっと、俺の中にいるフェイトに声をかけてみる。
正確には俺がフェイトの中にいるんだが…。

『……。』

「フェイト、聞こえるか?」

『………。』

ふむ、どうやら眠ってるらしい。
気絶しているだけなのかもしれないが。

フェイトが起きてれば、ミセスと対峙した時にフェイトを悲しませる事になってしまうかもしれないから好都合ではあるな。

なにせ、フェイトは母親であるプレシア・テスタロッサを愛している。
下手に虐待じみた行為を受けてる分、母親の愛情に飢えているのかもしれない。

はぁ…、姑息な状況対応なら今までの経験上ちょっとは自信があるが、
こういうヤヤコシイ問題の根本的解決ってのは俺の頭では荷が重いようだ。

それでも無視できないので頭を捻って考えている俺に唐突に声がかけられた。

「起きたのかい?フェ……、フラット。」

喜びに満ちた弾むような声が途中で止まって、どうでもよさそうな抑揚で俺の名前を呼ぶアルフ。

「ふん、俺で悪かったなアルフ。
しかし、また助けて貰ったようだ、ありがとう。」

「ふぇ!?
……、は…、ハン!
アンタなんかに感謝されても嬉しくないねっ!」

そっぽ向いて憎まれ口を叩くアルフだが、言葉と裏腹に尻尾は機嫌よく左右に振られている。

それなりに嬉しいらしい。

「しかし、よく俺が表に出てるって判るな。」

「そんなの一目瞭然さね。
アンタは無愛想な面構えをしてるけど、フェイトは優しい顔なんだ。
顔ってのはソイツの心の在り様が表に出るんだよ。」

「ほう?
ま、否定できないな。」

これで俺も「優しい面構えだ。」なんていわれた日には凹む。

「なんで、憎まれ口に嬉しそうな顔をするんだよ?」

「忘れたか?
俺は男だ。男が無愛想なのは問題ないだろ?
フェイトの身体にケチをつける訳では無いが、やはり男らしさを指摘されるのは嬉しくてな。」

「ふ〜〜ん?
ま、いいや。
…そうだ、あの女がアンタ呼んでたよ。」

「ミセスか?
いつもの玉座の間に?」

「ああ、付いてきな。」


相変わらず無駄に広い廊下を抜けると、威圧感を出す為のみに造られたであろう巨大な扉が待っていた。

玉座の間へ繋がる扉である。

俺達が扉の前に立つと、声をかける間も無く、音を立てて扉が開いた。

この「時の庭園」はMrs.テスタロッサの城。
しかも彼女は大魔道士と呼ばれるほどの腕前らしい。
ならば、「時の庭園」の中で何をしようと、彼女にはお見通しなのかもしれない。

現に、広いフロアの奥の玉座に腰を下ろしている彼女は実に余裕を持った落ち着きをみせている。

「さっそくだけど、ジュエルシードを出して頂戴。」

頬杖をついたMrs.テスタロッサが気だるそうに言う。
彼女の周囲には既に渡した五つのジュエルシードが浮かんでいる。

「…バルディッシュ、頼む。」

〔Pull out.〕

バリアジャケットを着たままだったので、右腕を突き出す。

右手の甲に取り付けられたバルディッシュが光と共に四つのジュエルシードを吐き出した。

ジュエルシード達はフワフワとMrs.テスタロッサの側に引き寄せられ、リング状に整列した。

彼女は合計、九つのジュエルシードを見て溜息を一つ。

俺の隣に立つアルフがジュエルシードの数を数え、首を傾げて口を開こうとする。

ソレを抑えるように俺は言葉を発した。

「で…、
これだけでは、やはり足りないのか?」

「…そうね。
足りないわ、無理をすれば届かない事もないけれど。」

不満げな顔のMrs.テスタロッサはそう言った。
だが、届く…すなわち俺を元通りに出来るかもしれないのなら、これ以上無茶をする事も無い。
残りのジュエルシードが時空管理局の手にある可能性が大きい以上、ジュエルシードの回収は諦めた方が良い。

「そうか…。
多くは望まない、失敗しても構わない。
…、
だから、これだけでやってくれないか?」

俺が決意と共に告げる。

が、

Mrs.テスタロッサは呆気に取られた顔で俺を見ると不思議そうに問いかけてきた。

「?
貴方、何を言っているの?
私の計画を決めるのは私だけよ。」

「…、俺を元の身体に戻す話じゃないのか?
ジュエルシードはその為に必要だと言っていたはずだ。」

「…。
…ああ、そんな話もしたわね。
でも、私はオマエを元に戻すとは言っていないわよ。」

何を言っているんだ?という表情から納得の表情に変わったMrs.テスタロッサが吐き捨てるように言った。

「……は?
いや、だって…ジュエルシードを手に入れたら元の身体に戻れるって言ったはずだ。」

「ええ、ジュエルシードを集めたらそれぐらいの事は可能だとは言ったわ。」

「だったら…」

「でも、私は可能性の話をしただけ。
勝手に納得して、私の目的に勝手に協力したのは…オマエよ。」

「………。」

さげすむ様な視線で俺を見据えるMrs.テスタロッサに、俺は反感を抱きつつ記憶を探る。

…、

確かに…俺を元に戻すとは言っていなかった。
ただ、元に戻せる可能性について言及してただけだ。

だがしかし、これは…あんまりじゃないか?

まぁ、俺を裏切るというなら構わない。
最初から利用する気だったとしても。

そちらがそうするなら、俺も俺の流儀で決めさせてもらおう。

ジュエルシードを奪い、俺の手で元の身体を探す。
それが不可能なら時空管理局に助けを求めても構わない。
ジュエルシードを全て献上したならば、多少の便宜くらい図ってくれるだろう。

覚悟を決めた俺がバルディッシュをディバイスフォームにさせようと気合を入れた瞬間、Mrs.テスタロッサが先手を取るように口を開いた。

「ま、オマエの元の身体なんてとっくの昔に無くなってるでしょうし、諦める事ね。」



は?

今なんと言った、この女!?

「ふふふ、
聞こえなかったのかしら。
なら、もう一度言ってあげるわ。
オマエの身体は、とっくの昔に無くなっているはずだわ。
と言うより、オマエは既に死んでいるのよ。」

「…は?
え?…でも、俺は…ココにいるぞ!?」

「そりゃそうよ。
私が次元干渉実験中に偶々、どこかの時空から流れてきたボロボロの意識体を拾い上げ、
使える様に調整してフェイトに埋め込んだのだから。」

「…、
意識…体?」

「そうよ。
肉体から剥離したオリジナルなのか、実験の影響でどこかの時空から転写されたコピーなのかは判らなかったけれど。
オマエの記憶をザッと見た所、オマエが死んだのは確実ね。」



お、俺が死んでいる!?
いきなり何を言ってるんだ、コイツ?

「ふふふふ、
混乱したようね。
ま、いいわ。説明してあげる。
私はね、そのまま放っておけば消えたであろうオマエを拾って、安定させ、戦いに使える様に各種技術をダウンロードした上でフェイトに投入したの。
元々オマエは闘争に適正が有ったけど…あの子は戦いには向かない風に育ってしまったから。
だから、
オマエとフェイトが融合するよう仕組んだというのに…。
まさか、確固たる自我を構築するとは思わなかったわ。
本当なら、フェイトの冷静さとオマエの凶暴さを兼ね備えた駒になっていたはずよ。」

…、つまり俺を使い捨ての道具に仕立てたと言う事か。

いや、待て。
って事は自分の娘も道具に!?

…いや、そもそも…。

俺は唾を飲み込んだ後に口を開いた。

「…アンタの言葉を信じる根拠が無ぇ。
証拠も無く信じるほど、俺は人間出来ちゃいねぇんだ。」

同時にバルディッシュを展開、右手に握る。

「あはははははっ!
いいわ、いいわよっ。
あの、吹けば飛ぶような哀れなガラクタが、事実を選ぶ様になるほど強靭になるなんて予想外だわっ!
オマエがそうなるのなら、
私のアリシアも、
今度こそ…、今度こそっ!

うふふふふふ、あはははははっ!!」

唐突な豹変っぷりに思わず、半歩後退してしまう。
と、何かに気付いた様に、プレシア・テスタロッサが俺に瞳の焦点をあわせた。

「証拠なんて無いわ。
強いて言うなら、オマエの記憶ぐらいかしら?
けど、どうだっていい。
結局オマエはコレだけのジュエルシードしか集められなかった。
なら、もう要らないわ。
用済みよ。
…、『消えなさい』。」

俺を睨みつけ、パチリと右手を鳴らした途端、
身体から、力が抜けた。

右手からバルディッシュが転げ落ちる。

両膝が身体を支えきれず、床に膝を付く。

そのまま、俺はうつ伏せに倒れてしまった。

「…な……何…を…?」

なんとか、顔をプレシアに向ける事が出来たが、それだけだった。
急速に、意識が零れ落ちていく。
黒い闇が広がっていく。

「ふふふ、
主に吼える犬は処分しないと。
後は、従順なフェイトを使い捨てれば完璧ね。」

「なんだってっ!!
アンタっ!!もう一度言ってみろぉっ!!!」

事態の変化についていけず、呆然と見守るだけだったアルフだが、
「フェイトを使い捨てる」という言葉に即座に反応し、プレシアに飛び掛る。

「ウラァァッ!!」

玉座の前に展開された魔法障壁を力づくで破ったアルフがプレシアに拳を振り上げた瞬間、
アルフの身体を紫の光線が貫き、崩れ落ちた。

プレシアは玉座に座ったまま、右手を突き出していた。

アルフにトドメを刺そうと立ち上がって杖を取り出したプレシアだが、
アルフはその隙に転移魔法陣を展開して何処かに逃走した…ようだ。

あ……駄…目だ。

俺が…、…消…え……………。

………。

…。



 

 

魔法少女リリカル☆なのは 二次創作

魔法少女? アブサード◇フラット

第五話 「対決! そして、新たなる目覚め?」

 

 

  ◆

 

 目が覚めると、私は時の庭園の玉座の間に、うつ伏せで倒れていた。



何故??

「…私達は、海の上で…
母さんの雷撃を受けて…
…それから…。」

起き上がりつつ、記憶を洗い直す。

と、目の前に人影が現れる。

「…ごめんなさいね。
母さん、フェイトを手助けしようと思ったのだけれど、間違えて当ててしまったわ。」

母さん!!

急いで起き上がろうとすると、母さんは優しく肩に手を置いて「そのままでいい」と首を横に振った。

結局私は崩れた正座の形で、母さんと目を合わせる事になった。

「ううん、
私がもっと早くフラットに警告していれば、十分避けられました。」

「そう。
フェイトは優しい子ね。」

…なんだろう?
母さんが優しい。

「それでね、私の可愛いフェイト。
ジュエルシード、まだ足りないの。
最低、後四つ。
手に入れて、くれるわよね?」

「…、判りました母さん。
ところで、
アルフとフラットは?
フラットは眠っているのだとしても、アルフの姿が見えないのは…。」

「ああ。
アルフはね、
逃げてしまったわ。
もう、戦うのは嫌なんですって。」

「…そう…。」

「そして、フラットの方は深刻ね。」

アルフが去った事で俯いていた私は、その言葉で勢い良く顔を上げた。

「フラットは…?」

「フラットはね、フェイトとの融合が進みすぎて自我が保てなくなったの。
今、辛うじて眠らせる事で融合を食い止めてるけど、完全じゃないわ。」

そんな!
フラット!!
私まだ、なにも恩返し出来ていない!!

焦った私の表情を見て判ったのか、母さんはゆっくりと頷いた。

「だから、フェイト。
急がなければ、フラットは消えてしまうのよ。」

…、残り四つのジュエルシード。
おそらく持っているのは高町 なのは。

「判りました、母さん。
…行きます。
ジュエルシードを手に入れてきます。」

立ち上がった私に母さんは優しく微笑んでくれた。

「そう、
助かるわ、フェイト。
母さんは準備を整えて置くから、急いで手に入れるのよ?」

「はい!
母さん!!」

踵を返し、玉座の間を出て行こうとすると、母さんの独り言がかすかに聞こえた。

「…急がないと、私もアリシアも…持たないわ…。」


どう言う事なんだろう?

でも、今はフラットの事が大事。

高町 なのは…。

次は負けない。

 

 

  ☆

 

 「さて、全てが順調に進んでいる訳ではないけれど、とりあえず事態は新しい段階に進んだと言えるでしょう。」

アースラの会議室でリンディさんがゆっくりと話しています。

ココにいるのは、アースラ艦長のリンディさん、クロノくん、私とユーノ君。
情報分析担当のエイミィさんは通信回線で参加しています。

「おそらくジュエルシードはもう海鳴市に無いわ。
残りのジュエルシードはフラットちゃんとフェイト・テスタロッサちゃんの手に…なのはさん?」

そこでリンディさんは私に視線を合わせます。

「あ、はい!
そうだと思います。
特にフラットちゃんが私達の持ってるジュエルシードを手に入れようとしていましたから。」

「まず、間違いなさそうね。
クロノ?
貴方の方は何か心当たりあるかしら。」

と、会議室の隅に立っていたクロノ君が中央の会議机に向かって歩き始めました。

「はい。
エイミィ、モニターに情報を。」

『はいは〜い♪』

エイミィさんの呑気な声と共に開かれた立体モニターに、一人の女性が表示されました。

「あら?」

リンディさんは、この人が誰か判ったみたいです。

「そう、ミッドチルダ出身の魔道士プレシア・テスタロッサ。
専門は次元航行エネルギーの開発。
偉大な魔道士でありながら、違法な研究による事故で放逐された人物です。
僕達とアースラを同時に攻撃した時の魔力波動も、かつて登録された物と一致しています。」

そう、私達を襲ったあの紫の雷はこの船アースラも攻撃していたそうなのです。

「そして、おそらくあの少女フェイト・テスタロッサは…。」

「フェイトちゃん、あの時、念話で…母さんって。」

「…親子…ね。
エイミィ?
プレシア女史の放逐後の足取りと家族関係を。」

『はいはい、すぐ探します。』

「この人が、フェイトちゃんのお母さん。
じゃあ、フラットちゃんは?
…あ、そうか。
フラットちゃんは全然関係の無い人なんだった。」

「?
ああ、そういえばフラットなる人物は『事故でフェイトちゃんの身体に入ってしまった』って話だったわね。」

「関係無いにしては、ずいぶんと戦い慣れてた奴でしたがね。」

頷くように喋るリンディさんにクロノ君は苦みばしった表情で言いました。

「そういえばクロノ君、背中、大丈夫?」

「ああ、エイミィに治療してもらったからね。
まだ疼くけど、問題ないよ。
むしろ、君の隣の奴の方が痛そうだけどな。」

と、私の隣の席に座るユーノ君に視線を向けます。

ユーノ君の左頬は大きく膨れ上がっていました。
先の戦いで、アルフさんに力一杯殴り飛ばされたユーノ君。
アルフさんの拳はユーノ君の左頬に直撃したそうです…。

一応軟膏を塗ってガーゼを貼ってあるけど、とても痛々しいの。

「ふん。
心配御無用だよ。
って言うか、君が椅子に座らないのは背中が痛いからじゃないのか?」

「そう言う君は喋るのが辛そうだな?」

ムッと二人が視線をあわせ、ケンカ腰になっちゃいました。

「ユ、ユーノ君?」

「クロノ。」

「「ふんっ!!」」

私がユーノ君に、リンディさんがクロノ君に声をかけると、なんとか険悪な雰囲気は治まったみたい。
でも、二人ともそっぽ向いてしまいました。

うう、なんでこんなに仲が悪いんだろう。

「…艦長、クロノ〜。
頼まれたデータ出ましたよ〜……って、あれ?」

と、エイミィさん。
会議室に入って来たものの、この部屋の妙な空気に疑問の顔です。

「ああ、エイミィ。
ちょうど良かったわ、さっそく報告してもらえるかしら?」

「あ、はい艦長。
え〜っとですね、
プレシア・テスタロッサ。
ミッドの歴史で26年前は中央技術開発局の第三局長でしたが、
当時、彼女個人が開発していた次元航行エネルギー駆動炉<ヒュードラ>使用の際、
違法な材料で実験を行い、失敗。
結果的に中規模次元震を引き起こしたのが元で中央を追われ、辺境に異動になりました。
ずいぶんと、もめたみたいです。
失敗は結果にすぎず、実験材料にも違法性は無かった…という意見も。
辺境に異動後も数年間は技術開発に携わっていましたが、しばらく後に行方不明になって…。
…それっきりですね。」

「家族とその後の行動は?」

「その辺のデータは綺麗サッパリ抹消されちゃってます。
今、本局の方に問い合わせて調べてもらってますので…。」

「時間はどのくらい掛かるの?」

「一両日中には。」

エイミィさんの答えを聞いて、フムと溜息を付いたリンディさん。

「プレシア女史達もあれだけの魔力放出の後ではしばらく身動きはとれないでしょう。
その間に、アースラのシールド強化もしないといけないし。
…、
それじゃあ、この話はここまで!
貴方たちは一休みしておいた方がいいわね。
なのはさんには、一時帰宅を許可します。
学校も長く休む訳にいかないし、一度ご家族と顔を合わせておいたほうがいいわ。」

そう言って席を立つリンディさん。

「…はい。」

確かにお父さん達、アリサちゃんとすずかちゃんに会えるのは嬉しい。
でも、まだ、何も終わって無いの。

フラットちゃん、フェイトちゃん。
私、まだ「お友達になろう」って言えてもいないのに…。

 

 

  ◇

 

 光一つ無い闇。

暗黒なんて生易しいモノをはるかに越えた漆黒。

気が付いたら、俺はそんな所に居た。

死後の世界?
あるいは、虚無って奴なのかもしれない。

なにせ身体の感覚はあるのに、自分の身体すら見えない。

目を黒いペンキで塗りつぶされたらこんな感じだろうか。

ただしコレが虚無なら、何故、俺は意識を保ったままなのか。
死後の世界とやらなら判らなくも無いが、地獄って奴はもっと露骨にヘビーって前評判なんだが。
どの宗教でも、永遠の苦しみを謳ってやがるからなぁ。

結局、ココは何なのか?

…判らない。

ココから脱出できるか?

…判らない。

俺は、まだ、生きているのか?

…判らない。

確実なのは、俺に考える能力が残ってる事ぐらいか。

案外、植物状態になってしまった者の感覚なのかもしれないな、コレは。

ただ、Mrs.テスタロッサが『消えなさい』と発言した事が妙なシコリとして俺の中に残った。

と、

どこかで光が瞬いた気がした。

光はゆっくりと大きくなる。

明るさも強くなる。

あ、これは大きくなってるんじゃねぇな。
俺の居る方に近づいているんだ。

見る見る近づいてきた光の球は、そのまま俺の身体を貫いた。

なっ!?

俺を貫いたらしき光の球はそのまま俺の中に溶け込む。

こ、コレは?

いきなりの現象に戸惑っていると、二発目の光の球が飛んできた。

三発目、四発目と次々に飛んで来る。

同時に俺の脳裏に幾つかの情景が浮かんだ。

道端でケンカをする子供、公園で殴りあう子供達、幼稚園らしき所で掴み合いの大喧嘩をする子供。

正確には、そのケンカの当事者であるガキの視点で眺めているといった具合だ。
体感してると言うのがより正しいか?

さっき幼稚園らしき場所に居たのが見えた事から察するに、小さい子供のようだ。

…しかし、ものの見事にケンカばかりだな。

次々と追加される情景も、やはり殴り合いのケンカばかり。

ケンカ相手は同じ相手だったり、全然違う相手だったりしている。

同年齢を相手にしたかと思えば、はるかに年上の子供へも、時には大人にも平気で殴りかかっている。

勝敗は状況と相手次第。
勝つときもあれば、負ける時もある。
まぁ、大人にケンカ売っても、簡単にいなされて御仕舞いなんだが。

視界に入る自身の身体から察するに体格はしごく一般的で取り立てて腕力がある訳ではないようだ。
唯一つ、このガキの特徴を述べるとすれば、一度殴りかかったら容赦しない事だろう。

相手が泣こうが喚こうが、容赦無く殴り倒す。

相手が確実に戦意をなくしたのを確認するまで殴るのを止めない。

だから、力及ばず逆にタコ殴りの目にあったとしても、隙あらば即座に逆襲している。
結果、負けた時は大抵気絶している。

何故そんなにケンカばかりなのか。

どうやら、その理由はこのガキの精神性にあるらしい。

つまり「人に強制されるのが限り無く嫌」と言う事なのだ。

だから、時には幼稚園の保育士達にも殴りかかっていった。

老若男女、全て平等に拳を振るっている。

そんな所に平等性を発揮してもどうかと思うが、このガキの中では「強制=敵」らしい。

当然、そんな危険な奴に友達が出来る訳が無い。

強制されたらソレがガキ大将だろうが、警官だろうが全力で殴りかかるのだ。

そんな狂犬じみたガキも成長するにつれて、少しづつ我慢を覚えてきたらしい。
流石に警官に殴りかかったのが不味かったようだ。
幼稚園児だから許されたものの、
父親に頭の形が変わるぐらい殴りつけられ、母親から懇切丁寧に人間社会のルールについて一週間徹夜で叩き込まれれば少しは変わるものもあるだろう。

次第に、ケンカ以外の情景が見えるようになってきた。

とはいえケンカをしなくなった訳ではない。
相手を選ぶ様になっただけだ。

とりあえず、社会的地位を持つ者は出来るだけ我慢。
目立つ所ではケンカしない。
しかし、力を振るう時は更に徹底的に容赦無く、復讐する気もなくなるくらいに痛めつけた。

さらに状況を認識出来るようになりだしてからは、ケンカにも戦術が顔を出すようになってきた。
人並みの腕力でガキ大将が裸足で逃げ出すような戦歴なのだ。
負けたくなければ、足りない頭も使うしかない。

体格もそれなりに変わり始める。

中学生になる頃には、すっかり暴力に慣れた不良といった雰囲気を醸し出していた。
とはいえ、金髪やピアスなどの見せ掛けの小細工は眼中に無いようで、
時代が時代なら、バンカラと呼ばれていたかもしれない。

周囲からも一目置かれる様になっていた。

もちろん「奴に手を出すな」と言う一目の置かれ方だが。

そうなると、
このご時世、数は少なくとも中学校やその周囲に生息していた不良達が黙っていない。
むしろ、チーマーとか、暴走族予備軍と言う方が正しいかもしれない連中だ。
ただ「暴力を振るわれるかもしれない」という恐れだけで周りを威圧してきた者達である。

その恐れが霞むほどの「暴力」が縄張りの中に入ってきた以上、自分達の存在は霞んでしまう。
誰も自分達を恐れなくなる。
不良というアイデンティティーが崩壊してしまう。

だがしかし、もしコイツを倒せれば、彼等の地位は磐石の物となる。

「あの狂犬を倒した」

それは、彼等が賭けに出るに十分なほどの価値を持っていた。
それが万が一の可能性でしか無くとも。

コイツからしてみれば本当にどうでも良い理由だったが、
ケンカを強制された以上、コイツはその不良達と全力で戦った。

不良達もまた本気になった。
コイツは本当に容赦しなかったから、不良として今まで通りの生活を続けたかったら死に物狂いになるしかない。

その時、ようやくにしてコイツは気付いた。

「戦いは楽しい」と。

命を奪うほどの事はしないという、一応の節度はあるとはいえ、全力で襲い掛かってくる不良達。
それを一人で迎え撃つ。

最初は素手で、次第に角材、バット、バールなどの鈍器で、ついにはナイフまで。

一般社会で手に入るあらゆる武器を手に戦いを挑んでくる不良達に、あらゆる手段で対抗するのは心が躍った。

なんとなく判っていた。
自分が人間社会において、邪魔者でしかない事は。
「強制」を受け入れられない俺が、人の世で真っ当に生きられない価値の無い人間だろう事は。

だが今、俺は必要とされている。
「倒すべき敵」として。

俺にはそれぐらいの価値はあったのだ。

それは確信であり、また、喜びだった。

結果コイツは衝動に身を任せる事無く、初めて自ら望んで戦いに挑んだ。







…なんだ?こりゃ??

次々に飛び込んでくる情景が一段落ついて、ふと思った感想がそれだった。

まぁ、確かに「強制」を受ける事は不愉快極まりない。

だが、それで自分の立場を崩壊させるほどに抗うのも愚かな事だ。
現にコイツは綱渡りな人生を歩んでいる。
よくもまぁ今まで生きてこれたモノだ。子供だからってのが大きいけれども。

ただ、妙な共感が胸の何処かに。

はて?
俺はコイツほど暴力的じゃないと思うんだが…。

 

 

  ☆

 

 朝五時の臨海公園は朝焼けに染まった幻想的な空気を醸し出していました。

海と公園を隔てる柵の前に立ち、左手にユーノ君、右手にアルフさんを控えた私は静かに息を整えます。

朝早くに人気の無いここに来たのは、フェイトちゃんを誘い出す為。

戦いたくはないけれど、必要なら戦ってでも…フェイトちゃんを止める。

あ、ここでアルフさんについて説明しなければいけないです。

アルフさんは、フェイトちゃんのお母さんに殺されそうになって、この海鳴市に逃げてきたとの事。

その際に受けた傷で身動きが取れなくなっていた所を、偶然私の友達であるアリサちゃんに助けてもらい、
アリサちゃんの紹介で私はアルフさんとお話出来る様になったという訳です。

正直、ビックリなの。

ジュエルシードを集めている理由がフェイトちゃんのお母さんの目的の為であり、フラットちゃんもまた利用されていたなんて。

アルフさんが言うには、フラットちゃんはもう消されてしまっただろう、と。
でも、信じられない。
あの殺しても死ないっぽい感じのフラットちゃんが…。

フェイトちゃんはその事をもう知っているの?
それとも、知らされないまま、良い様に使われてる?

もし知っていても、その上でジュエルシードを求めて戦いを挑んでくるかも?

私は如何するべきなんだろう?

唯一つ、わかってる事は…見過ごせないって事。

このままじゃ何も納得出来ないよ、フラットちゃん、フェイトちゃん!


カツン。


心の中でグルグルしていると、後ろの方で足音。

振り返ると、街路灯の上に戦いの準備を済ませたフェイトちゃんが立っていました。

「…フェイトちゃん。」

「渡して、貴女の集めたジュエルシードを。
急がないと…いけないから、私、手加減できないよ。」

彼女のデバイス、バルディッシュを構えるフェイトちゃんに、私はレイジングハートを取り出し武装する事で答えました。

 

 

  ◆

 

 時の庭園から海鳴市のアパートに戻った私は、高町 なのはの自宅に貼り付けているウォッチャーと精神同調した。

「フラット。
今まで色々と助けてもらったから、次は私が貴方を助ける。」

決意と共に繋がったウォッチャーの視界。

そこには丁度家を出て行く高町 なのはの姿があった。
彼女の後をウォッチャーに追跡させると、信じられない出来事が待っていた。

走る高町 なのはに合わせる様にアルフが走っていた。

「…アルフ。
なぜ?」

戦いから逃げるのはかまわない。
元々アルフは今回の騒動に賛成していなかったし、優しいあの子を戦いの場に連れて行くのは心苦しくもあったから。

どこか静かな場所でゆっくり生活してるなら、魔力供給なんていくらでもして上げる。

でも、敵に付くなんて…。

…そうか、時空管理局の監視網はそれほどに厳しい…。

だからアルフも逃げ切れず、彼等に協力するしかなくなった…と。

「ごめん、アルフ。
でも、もうすぐだから…、
もうすぐ全て終わるから…、
そしたら、自由だから…。」

目をつぶると一滴、涙が頬をつたって、でも、脳裏に映るウォッチャーの映像は高町 なのはの居場所を正確に教えてくれる。

「…臨海公園。
そこが私達の最後の舞台。」

もう、この部屋に帰ってくる事はないだろう。
何故か、時の庭園に居た頃よりも暖かかったような気がする場所。

…全部、後に残していく。
今必要なのは、あの子と戦える勇気だけだから。

大切なのはフラットを助ける事だけだから。

私はマントを羽織って、転移魔法を展開した。

 

 

  ○

 

「…私、手加減できないよ。」

街路灯の上でそう断言するワタシの主、フェイト。

「…フェイト。
もう止めようよ。ワタシ達が戦う理由なんて無いよ。
フラットだって…もう。
あんな女に、付き合う理由はもう無いんだっ!!」

もう傷つく事は無いとワタシは吼えた。

でも、フェイトはいつもの様に首を振って頑固に否定する。

「まだ諦めちゃ駄目だよアルフ。
あと、たった四つでフラットが助かるのなら、私はやるよ。」



まさか!?
確認できなかったけど、あの鬼ババが「いらない」と言った以上、助かるはずが…。

ワタシがフェイトの言葉に動揺した間を縫って、なのはがフェイトに声をかけた。

「フェイトちゃん。
私の手元には七つのジュエルシードがある。
私はコレを全部賭ける。
フェイトちゃんは、フェイトちゃんの持つ全部を賭けて。
…お互い全力で、最後まで。
正直、フェイトちゃん達がやっている事は賛成出来ないけど、負けたら文句言わないから。」

「…私、ジュエルシード持ってきて無いんだけど。」

「え?」

「私達が集めたジュエルシードは皆、母さんが持ってる。
私が今、ココに持ってきてるのは無いよ。」

「………。」

「………。」

…痛い沈黙だね。
まぁ、考えたら当然だけど。

あの鬼ババが、フェイトを傷つけてまで手に入れようとした物なんだ。
そう簡単に手放すはずがないよ。

「…えっと、あ…、う〜〜ん。
あ、そうだ!
じゃぁ、フェイトちゃん。
フェイトちゃんが負けたら私達に投降して!
アルフさんが心配してるし!!」

「……、貴女はそれでいいの?」

「うん!」

おやまぁ、なのはの奴、大した自信だね。
それともジュエルシードに価値を見出していないのかねぇ、この言い様は。

「判った、時間も無いし。
それで決まり。
後悔しても、遅いから…。」

言うと同時にバルディッシュを振りかぶるフェイト。

なのはもレイジングハートを構えてそれに答える。

「じゃぁ、行くよっ!
全力全開の一騎討ちっ!!」

なのはのその掛け声で二人とも空に駆け上がった。

同時にフェイトはフォトンランサーを、なのははディバインシューターをそれぞれ4発ブッ放す。

…戦いが始まってしまった。
見ていることしか出来ないのが…辛いよ、フェイト。

くっ、こんな時にフラットの奴が居てくれたら…。

 

 

  ◆

 

〔Photon lance.〕

〔Divine shooter.〕

「ファイアッ!」

「シュートっ!」

私がフォトンランサーを四発放つと、高町 なのはもディバインシューターを四発放った。

私の弾は全部避けられたけど、彼女のは追尾式みたいで避けきれない。

「ちっ!」

旋廻して急上昇してみたけど、やはり駄目。
だったら、受け止めて無効化してしまうのが一番!

振り返るとすぐ側にディバインシューターが迫っていた事に驚くけど、バルディッシュを盾に防ぎきる。

…思ったより、やる。

彼女への評価を再修正しつつも、彼女を探すと、
高町 なのはは既に次の攻撃準備に掛かっていた。

「シューートっ!!」

今度はディバインシューターが五発。

…初めて会った時は、魔力が強いだけの素人だったのに。
いつの間にか、戦い方が上手くなってる。

こういう時、フラットだったら…。

うん。
きっと、こうする。

「行くよ、バルディッシュ。
ちょっと無理するけど、私達は勝たなくちゃいけないから。」

〔Get set.〕

なにも言わなくとも私の意志を読み取り、鎌の形態に変形してくれるバルディッシュに微笑みながら、私は彼女に向かって突進した。

 

 

  ☆

 

 私のディバインシューターをフェイトちゃんが受けきっている隙に、ディバインシューター五発の準備を整え、
発射します。

一瞬、驚きの表情を見せたフェイトちゃんは、即座に険しい表情になって、私に向けて飛びかかって来た。

え!?
ディバインシューターが見えないの!?

ううん、ちゃんと認識してる。
じゃあ、その上で真っ直ぐコッチに!?

…でも、だからって手加減するなんて思わないでねっ!

私はフェイトちゃんに効果的に当たるように、ディバインシューターの機動を制御する。

出来るだけ一斉に、出来るだけ違う箇所を。
倒すことを期待しての攻撃じゃなくて、コレはまだ牽制。
だから、フェイトちゃんの足を止める事が最優先!

二発の弾がフェイトちゃんに当たる瞬間、フェイトちゃんはバルディッシュで一気にディバインシューター二発を切り裂いてしまう。
足は止まらない。

続いて三発。

今度は頭と両足を狙う。
これなら、どう?

私は次の瞬間、思わず呆気にとられてしまいました。
フェイトちゃんは頭を狙っている一発を切り裂くと、残りは無視して突っ込んできたんです。

残り二発は正確にフェイトちゃんの両足に命中。
でも、バリアジャケットのブーツに当たったからか、痛みに顔を顰めるフェイトちゃんの加速は止まらない。

はっ!
いけない!気が付いたら、すごい近くに。

〔Flash move.〕

急いで距離を離そうとする私に、フェイトちゃんの一撃が。

〔Scythe slash.〕

顔のすぐ側を通り過ぎたバルディッシュは、私のバリアジャケットのリボンを切り裂き。

そのまま、バルディッシュごと一回転したフェイトちゃんは、

〔Ace savior.〕

距離を離そうとする私にアークセイバーを飛ばしてきました。

「くっ!」

〔Round shield.〕

とっさにかざしたレイジングハートが魔法障壁を展開してくれる。

直後にアークセイバーとラウンドシールドがぶつかり合って閃光が辺りを照らしました。

あう、何も見えないの。

あ、って事は…このまま、ココにいたら危ない!

〔Flash move.〕

再加速して私は上空に逃れました。
その背後で、空を切る音が…。

危なかった〜。
フラットちゃんと戦うと、いつも不意をつかれてたもんね。

ん?
って事は、フェイトちゃんは今、フラットちゃんの様な戦い方を?

〔Thunder smasher.〕

私の真下で、見上げるようにフェイトちゃんがサンダースマッシャーを発射しました。

うっ、やっぱりそうだ。
この容赦の無さ、攻撃する時はトコトン攻撃する苛烈さ。
フェイトちゃんと、ちゃんと戦うのは初めてだけど、コレはフラットちゃんの戦い方だっ!

「お願い、レイジングハート!
防いでっ!!」

〔All right.
Protection.〕

レイジングハートを下へ突き出すように、同時に全身で支えるようにして、フェイトちゃんのサンダースマッシャーを受け止めます。

「くうっ!」

すごい圧力で押し潰されそう!
でも…、負けないっ!!

「やああああっ!!」

 

 

  ◆

 

 く、フラットのように攻め立ててるのに、思うように優勢に立てない。

いつの間にか私の息が上がっていた。

遠くで、サンダースマッシャーを受けきった高町 なのはも息を荒げている。



一気に決めてしまうしかない。
長引けば、実力を発揮できないまま消耗するだけだ。

覚悟を決めた私の足元に、特大の魔法陣が展開する。

「…バルカス…クルタス…エイギアス。
煌きたる電神よ、今、導きの元、降り来たれ。
…バルダル…ザルダル…ブラウゼル。
撃つは雷。
響くは轟雷。
アルタス、クルタス、エイギアス!」

うっ、
詠唱を開始しただけで、膝から力が抜けそうなほど魔力を消費してしまった。
でも、私の頭上には、攻撃の要になる魔力球が複数展開している。
ここで止めれば、今までの全てが無駄になる。

…それだけは、出来ない。

フラット、私にやり遂げる力をっ!!

私の頭上の魔力球達、それぞれが雷で繋がった。
命が篭もったように、それぞれの魔力球に瞳が描かれる。

バルディッシュを捧げる様に頭上へ掲げ、弱気を振り払うように一閃。
斜め上に位置する高町 なのはに最後の言葉をかける。

「貴女が私を止めたいのなら、今の瞬間に攻撃するべきだった。
…でも、もう遅い。
後は私が最後の一言を告げるだけで、私が持つ最大の攻撃魔法は発動する。
コレを食らえば、流石の貴女でも只では済まない。

だから渡して、ジュエルシードを。」

私の言葉に彼女は首を振って答えた。

「駄目だよ、フェイトちゃん。
フェイトちゃんのお母さんが何を考えているのかは判らないけど、それは駄目。
ジュエルシードが欲しいのなら、ユーノ君に直接お願いするべきだった。
…と、私は思うの。
だから、駄目。
戦わなければフェイトちゃんが戦いを止めないのなら、私はフェイトちゃんを倒すよ。」

「頼んでも断られて御仕舞いだったろうけど。
高町 なのは、貴女はロストロギアの重要性をまったく理解できていない。
…そして、現状も。」

話している間にコッソリ展開しておいた拘束術式、ライトニングバインドを発動させる。

高町 なのはが自身の周囲に展開されては消える無数の魔法陣に意識を奪われている間に、彼女の両手足を拘束した。

『いけない!
なのは!サポートするっ!!』

『駄目っ!
ユーノ君もアルフさんも手ぇ出さないでっ!
これは私とフェイトちゃんの一騎打ちなんだからっ!!』

『でもフェイトのソイツは、本当に不味いんだよ!
ライトニングバインドまで使ってるって事は、本気なんだ!
なのは。このままじゃアンタ、只じゃ済まないよ!』

『平気っ!』

彼女等の念話が私の方にまで流れてくる。
高町 なのはの戦意の高さに驚くけど、それならば容赦しない。

「いくよ…。
はぁぁぁぁあっっ!!
サンダーーッ!レイジッッ!!!」


バルディッシュの切っ先を足元の魔法陣に叩き付ける。

頭上の魔力球間で高まり続けていた魔力が、特大の雷の束という形で放出された。

もう、私の魔力の殆んどが無くなってしまった。
だけど、彼女がコレを受けて無事に済むとは思えない。

高町 なのはは、手足を拘束されたまま、蒼天を水平に走る雷の群れに飲まれた。

 

 

  ○

 

 サンダーレイジ。

フェイトが得意とする雷系最大の広域攻撃魔法。

それをたった一人の魔道士にぶつけるなんて…。
フェイト、本気なんだね。

なのはの奴は威勢の良い啖呵を切った後、雷光の向こうに消えてしまった。

着弾して、もうもうと沸き起こる煙が全てを覆い隠していて、
更に煙の端々に走る放電が、攻撃の凄まじさを物語ってる。

でも、フェイト。
どんなに頑張ってもアイツは…、もう…。

フェイトは判って無いんだ。
あの鬼ババ、プレシア・テスタロッサがどんなに冷酷な女なのか。
アイツは目的の為なら、
今まで忠誠を誓ってきた、大切な自分の使い魔すら切り捨てられる女なんだよ、フェイト。

そんな奴が「要らない」と言った。
「消えなさい」とも。

だったら残念だけど、フラットの奴は完全に消えちまってるはずだ。
そこに疑問は無い。

…だけど、
フェイトがココまでするって事は…ひょっとして…。

いや、やはり…ありえない。

フラット…。
アンタの所為だ。
アンタがフェイトをここまで必死にさせてしまったんだ。

…。

煙が晴れる。

薄まっていく煙の中、チラリと人の影が見えた。

「良かった!
なのはっ!!」

ワタシの隣に居るフェレットの奴が歓声を上げる。

ワタシも安堵の思いにホッと溜息を吐く。

なのはの奴は決して悪い奴じゃない。
そして、フェイトが人殺しにならなかった。

下手をすりゃ、死んでてもおかしく無い威力だからねぇ。

が、

そんなフェレットと私の顔が凍りついたのは、その直ぐ後だった。

煙を振り払って姿を見せた、なのはの有様は、
バリアジャケットがズタズタに裂け、右肩と額から血を流している有様だったのだから。

「ああ、なのは。」

フェレットの奴が血相を変える。

でも、驚いた事になのはの奴の戦意は今だ衰えていないらしい。

「痛っっっった〜〜〜〜!!
…ふぅ、
撃ち終わると、バインドって奴も解けちゃうんだね。
じゃあ、
今度はコッチのっ、
番だよっっ!!」

〔Divine.〕

桜色の魔法陣が足元に展開し、レイジングハートのデバイスコアを中心にリング状の魔法陣が多数展開する。

まるで大砲のようだ。
砲口には桜色の砲弾が形成され、発射の時を待っている。

〔Buster.〕

咄嗟にフェイトが左手を上げるのと、なのはがデバインバスターを放つのは同時だった。

解放された桜色の閃光はフェイト目掛けて疾走し、
フェイトは魔法障壁を展開して迎え撃つ。

「…くっ、凄い、
でも耐え切る。
…あの子だって、耐えたんだからっ!」

フェイトの呟きがワタシの元まで聞こえた。

ああ、フェイト。
なんでワタシはココで見ている事しか出来ないんだ。

 

 

  ◆

 

 くっ。
高町 なのはの放つ砲撃魔法が、私の展開した魔法障壁を弾き飛ばそうと凄い勢いで襲い掛かってくる。

左手から力が抜けそう。
魔力も限界。

でも、これを防ぎきったその時こそ。
発射後の隙、
それが最後のチャンス。

私は諦めない。

フラットを助けて、優しくなった母さんと一緒に暮らすんだ。
そこにアルフが居れば、もう、言う事は無い。

防ぎきれない砲撃の圧力が私のバリアジャケットを裂いていく。

でも、諦めない!

「う…、ああああああっ!!」

おなかの底から、力を振り絞る。

なけなしの魔力を注ぎ込んで魔法障壁を強化する。

!?
桜色の閃光が薄まった?

見る見る圧倒的だった砲撃が収束する。

よし、行こう。
最速で接近して、一気に斬り飛ばす。

魔力を足に溜めて一気に飛び出そうとした私は…、



両足を拘束されて身動きが取れなくなってしまった。

何故!?

身体を捻って足元を見ようとすると、両手も空に固定されてしまっていた。

「…これは…。」

バインド!?

私の両手足は桜色の光環で拘束されていた。

奇しくも、先の高町 なのはと同じ状況。

…空を見上げると、そこには更に大きな魔法陣を展開した彼女が居た。

「行くよ、フェイトちゃん。
受けてみて、ディバインバスターのバリエーションッ!」

掲げたデバイス、レイジングハートが宣言する。

〔Star light breaker.〕

巨大な魔法陣と高町 なのはの間に1m以上の直径の光球が形成される。

周囲からは、更に桜色の光が掻き集められる。

そんな…。
一体どうやって!
あの子の魔力は底無しなの!?

「これが私の、
全力全開っ!
スターライトぉっ!
ブレイカーーー!!」


振り下ろされたレイジングハートが巨大に成長した光球に触れると、私に向かって信じられないサイズの光線が走った。

何とか逃げ出そうと身体を捻るけど、抜け出せない。

しまった、そんな事より魔法障壁を展開しないとっ。

あ、駄目だ。
もう…、遅い。
もう、私は……。

う…。

ううっ…。

…、

……、

………助けて…。

…助けて、

「助けてっ!フラット!!」

絶望にぐちゃぐちゃになってしまった私が思わず、そう叫ぶと、私の手元で唐突にその声に答える者が居た。

〔Yes sir.
Jewel seed serial Z.
Pull out.〕

え?

高町 なのはの砲撃、スターライトブレイカーをその身で受ける所だった私は寸での所で、守られた。

私を守ったのは、
バルディッシュから飛び出したジュエルシード。

シリアルZ。

色々と関わりの深い一つだった。


ジュエルシードは全部母さんに渡したはずじゃ…。

驚きに目を見開く私の前で、ジュエルシードはその機能を最大限に発揮した。

私の視界を青い光が埋め尽くしていく…。

 

 

 ◇

 

 あの後も俺は延々と一人の男の一生を見せ付けられた。

とはいえ、あんな生き方をしてるだけに、二十歳手前でくたばった訳だが。

不良達との戦いに明け暮れつつも中学をなんとか卒業し、
高校に入学した時、最初の不幸が起きた。

母親が急病で亡くなってしまったのだ。

その後を追う様に父親も倒れた。

あっと言う間に天涯孤独の身である。
今まで掛けて来た心労が二人の寿命を大幅に縮めたのは想像に難く無い。

流石のコイツもそれには堪えたようで、しばらくコイツの暴力衝動もナリを潜めた。

が、高校になっても不良達はコイツへ干渉する事をやめない。

むしろ、連中は歳を重ねる事でより暴力的になっていた。

「殺してしまうかもしれない」という忌避感は「生死をこの手に握っている」という優越感に。
相手を傷つける事への良心の呵責は、相手を屈服させうる力を振るう喜びに。
狂犬に挑むたびに倒れていく仲間達への情けは、生き残った自分への自負心と倒れた者達への蔑みに。

慣れが彼等を危険な域に踏み込ませていた。
人死にが出なかったのは、ただ幸運だったに過ぎない。

結局、コイツの行いは、不良達を鍛え上げているだけだったのかもしれない。

倒しても倒しても、繰り返し襲い掛かってくる不良達。
コイツはこの時、生まれて初めて恐怖を覚えた。
そして、それゆえに連中を殲滅する事を考え出した。

自分に目を付けている全ての不良達を廃棄されていた倉庫に呼び出したのだ。

そして、一対多数の乱闘が始まった。

コイツは「狂犬」の字を体現するように全力で戦ったが、数の暴力には太刀打ち出来ず、ついに膝を屈してしまう。
が、血に狂った不良達が、コイツを血祭りに上げようと飛び掛った時、
廃倉庫の全周囲からパトカーのサイレンが鳴り響いた。

コイツが予め、この倉庫で大人数の乱闘騒ぎが起きると警察に通報しておいたのだった。

社会は弱者に寛容である。
この場合の弱者がどちらかは、一目で判る。

不良達との戦いにおいては何時も受身だったコイツは、この時ばかりは有利だった。

結果、コイツは無罪。
不良達は揃って、少年院に叩き込まれる結果になった。

両親を失い、不良達との戦いの結果思う所があったコイツは、ようやく、自分の行いを改めようと決意した。

だが、今までの己の行いを帳消しにするには、あまりにも遅すぎた。

判決を終え、地方裁判所から出たコイツを迎えたのは、一本のナイフだった。

春の空を見上げ、新しい人生を歩こうと決意したコイツの胸元にはナイフの刃先が飛び出していた。
背中から心臓を貫かれたのだ。

無警戒だった自分への怒りと驚きに目を見張りながら後ろを振り返ると、其処には瞳を濁らせた一人の女の姿。
明らかに不良の彼女という格好。
おそらく、彼氏が少年院に叩き込まれた一人なのだろう。

彼氏の指示か、彼女の独断か。

死に行くこの身にはどうでも良かった。

…ああ、俺は何もこの世に成す事無く、無意味にくたばるのか…。

……、

…嫌だ!

…そんな「強制」……死んで…も……許せ…な……。



そう思い残して死んだ所で、俺はようやくこの男の追憶から解放された。

なんかもう、色々身に覚えがありそうな感じがとても嫌だ。

状況はなんか違うけど、コイツは走馬灯の一種だろう。
って言うか、俺の過去であり記憶な訳だ。

その癖、自分の名前は相変わらず判らないのがやるせない。

はぁ、溜息が吐けるなら吐きたいぜ。
なんだよ、こりゃ。
もう死んじゃってるじゃねぇか。

くっそ〜、って事はココは地獄か?

狭く真っ暗闇な部屋に人間押し込むと、直ぐに人格崩壊起こせるらしいからな。
最悪の拷問法の一つらしい。
もしくは洗脳の手順の一つ。某鳥類の名前の新興宗教じゃコレで強制的に信者を作り上げたそうだ。

広さは判らんが、暗闇で何も出来ないってのはかなりのストレスになりそうだな。





やべぇ。
かなりどころじゃない。
何も出来ないってのがこんなに苦痛だとは思わなかった。

記憶の再生が完了して意識が落ち着いた途端、この有様。

身体がちゃんとあるのなら、冷や汗で凄い事になってるだろう。

くそぅ、眠れるのなら眠ってしまいたい。

…ん?

なんか灯りが見える?

また記憶の光が飛んで来るのか??

いや、コレは…。

気が付けば周囲は蒼い光に照らされて、
その光の中心、白いくらいに光り輝く其処へ俺は引き寄せられていた。

…なにか…、見える…?

そのまま、俺は光の中に吸い込まれ…。

 

 

  ☆

 

 目には目を、最大の攻撃には最大の攻撃を。

私の最大の攻撃、スターライトブレイカーがフェイトちゃんに当たる瞬間、それは起きました。

唐突にフェイトちゃんの側から放たれる蒼い光。

え?
あの色は…。

「ジュエルシード!
何故、今、ここに!?
彼女はジュエルシードを持ってきていないって話じゃなかったのか!?
いや、それよりもジュエルシードで何をしようっていうんだ!!」

遠くからユーノ君の驚きの声。

その次の光景は圧巻でした。

光を増すジュエルシードが完全に起動して、周囲の魔力を取り込み始めたのです。
つまり、私のスターライトブレイカーを丸ごと…。

当たれば凄い威力なはずのスターライトブレイカーが、小さな宝石に飲み込まれていきます。

そして、私の砲撃全てを飲み込んでしまったジュエルシードはその力で活動を開始しました。

拘束が解けても、ジュエルシードの噴出す圧力で、そのまま宙に浮くフェイトちゃん。

その正面にジュエルシード。

そして、ジュエルシードを挟んだ反対側には蒼い光で出来た人の影。

その人影は見る見る濃くなって、存在感を増していきます。

対比するように、ジュエルシードからは魔力が消費されているようです。

と、ジュエルシードが瞬くように点滅すると、フェイトちゃんの胸元から銀色の光る球のような物が飛び出してきました。
そのまま、銀色の球は対面の人影に飛び込みます。

「あれは…リンカーコア!
でも、なにか違う!?」

ふむふむ、流石ユーノ君。
立派な解説役だね。

と、ジュエルシードが最後に光を放ってそのまま、大人しくなりました。

静かになった周囲に、卵の割れるような音が聞こえてきます。


疑問に思って辺りを見渡すと、どうやら蒼色の人影から聞こえるようです。
そのまま、ひび割れる音が連続して聞こえるようになると、
人影に無数のひび割れが出来ていました。

そして破裂音。

蒼い破片を雪のように撒き散らして、空に立っていたのは…

…フェイトちゃんでした。

正確には、フェイトちゃんソックリな人。

ジュエルシードを挟んで鏡のように瓜二つな二人が空に浮かんでいました。

ん?
よく見ると違う?

風にそよぐ髪の色は光に輝く銀色です。
そして、
…素っ裸なの。

「あ、あ、ア、アルフさん!
ユーノ君の目を塞いでっ!!」

「任せなっ!」

即座に人型に変身して、ユーノ君の頭を鷲掴みするアルフさん。
ま、見えなくなってるだろうからコレでいいかな?

フェイトちゃんソックリの子は、瞳こそ開いているものの、呆然とした表情でした。

そこに、驚きの表情を張り付かせたままのフェイトちゃんが恐る恐る、問いかけました。

「…貴女…フラット?」

フェイトちゃんの言葉で、ソックリさんの意識がハッキリしたようです。

眉が釣り上がり、目が三白眼になって、口がへの字に引き締まりました。

ああ、あの表情はフラットちゃんだ。

フラットちゃんは右手を見下ろして何度かニギニギした後、フェイトちゃんに向き直ってゆっくり頷きました。

「よぅ、フェイト。
…状況が判らない。
説明してくれないか?」

「うん、それはいいけど、その前に。」

と、フェイトちゃんがボロボロになったマントを外してフラットちゃんに差し出しました。
疑問顔でマントを受け取ったフラットちゃんは自分の体を見て口を引き攣らせ、マントを身に纏います。

このまま見てても良いけど、私も説明に参加する為に降下することにするの。

「母さんがジュエルシードがあと4つ必要だって言ってたから、
高町 なのはの持つジュエルシードを賭けて一騎打ちしていたの。
結果、私が敗れて…。」

「…私がトドメの一撃を放ったら、何故かジュエルシードが飛び出して起動しちゃったの。
そしたら、あっと言う間に私の一撃を吸い取ったジュエルシードがフラットちゃんを作り出したの。」

フェイトちゃんの後を引き継ぐように、私が説明します。

私が現れた事に渋い顔をしたフラットちゃんだけれど、今は戦う気が無い事を見て取ったのか、そのままバルディッシュに視線を向けました。

「…バルディッシュの奴。
折角のジュエルシードを…。」

フラットちゃんの溜息交じりの声にフェイトちゃんが驚きの声を上げました。

「え?
じゃあ、これはフラットが?」

「ああ。
フェイトが必要とした時に備えて、一個チョロまかしておいたんだ。
ジュエルシードは『願い』に反応するって聞いていたんでな。
バルディッシュに、何かあったら使うように託しておいたんだが、
こういう風に使うとは予測してなかったな…。」

溜息混じりにフラットちゃんが言うとフェイトちゃんは顔を俯かせました。

「ああ、いや、別に責めている訳じゃなくてな!?
…ともかく、あのままだったら俺は消えてただろうから、
まぁ、その…、なんだ?
…感謝するぜ、フェイト。」

慌てたフラットちゃんがフェイトちゃんの肩に手を当てながら弁明してます。

フェイトちゃんもなんとか持ち直したみたいなので、私の用事を済ませる事にするの。

「それで、フェイトちゃん。
私たちの勝負は途中で止まっちゃった訳だけど、
決着…付ける?」

私に視線を合わせたフェイトちゃんは、しばらく考えた後、
首を振って、答えました。

「ううん。
私の負け。
最後の一撃は当たらなかったけど、
あれは避けられなかったし、もう私に戦う力は残っていない。
貴女の勝ち、…高町 なのは。」

「…えへへ。
それで、フラットちゃんは如何するの?」

「あん?
こうなった以上、もうジュエルシードに用は無いしな。
今の所、お前等と遣り合う理由は無ぇ。」

溜息と「結局、女の身体なのかよ」という独り言を吐きつつのフラットちゃん。

「じゃ、皆、アースラにご案内って所が妥当だと思うんだけど、
どうかな?クロノ君。」

私がそう言うと目の前に展開した魔法陣にクロノ君達の姿が映りました。

『それでいいんじゃないか?』

「うん。
それじゃ…」

私がそこまで言ったところで、いきなり空が曇りました。

『クロノ!来たよ!!』

魔法陣越しにエイミィさんの声が聞こえると共に、目の前に紫の雷が落ちました。

「わっ!?」

驚きと共に後退しつつ、周囲を見渡すと、
ジュエルシードが雷雲の渦の中に引き込まれていく所が見えました。

「あれはもう魔力、スッカラカンに近いと思うんだがな。
それでも必要なのかね?」

フェイトちゃんの肩を支えたフラットちゃんが疑問の声。
幸い彼女達も雷を避けられたみたいです。

『ビンゴッ!
尻尾掴んだよっ!』

『安易に物質転送を使ったのが運の尽きだ。』

魔法陣からはエイミィさんとクロノ君の声。
どうやら、これから反撃のようです。

「えっと、私たちをアースラに転送して欲しいんだけれど。」

『ちょっと待っててくれ、なのは。
これから武装局員達を団体で転送しなければならない。
君達はその後だ。』

『待機中の武装局員に告ぐ!
これより、プレシア・テスタロッサ捕縛の任に付いて貰います。
…準備出来次第、転送開始っ!』

クロノ君の背後で今度はリンディさんの声が聞こえました。

 

 

 ━

 

 自分は時空航行艦アースラ、武装隊第二小隊所属のロイ・オズワルド空曹。

リンディ艦長の命により、アースラ所属の武装隊総出で犯罪者プレシア・テスタロッサ捕縛の為、
彼女等の拠点「時の庭園」に転移した所だ。

第一、第二小隊合わせて20名。

今まで梃子摺らせられた相手とはいえ、
今やたった一人を相手にこれだけの人員を繰り出すのは遣り過ぎな感に堪えない。
が、リンディ艦長が必要だと考えたのなら、それが正しいのだろう。

自分達は気を引き締め、巨大な扉を開いた。

広大な玉座の間。

巨大な椅子に頬杖をしてこちらをただ睨みつけている女性こそが自分達のターゲット。

「プレシア・テスタロッサ!
時空管理法違反、及び、管理局艦船攻撃の容疑で貴女を逮捕します!」

第二小隊長の言葉に続くように自分も声を上げる。

「武装を解除し、こちらへ。」

自分の言葉に一瞬、彼女の唇が微笑の形に釣り上がった様に見えたが、
自分達の次の行動でその表情は確認できなくなってしまった。

第二小隊はそのままプレシア・テスタロッサを半円状に取り囲んだが、
第一小隊が周辺の安全確保の為、奥に見える扉を開き、そこに足を踏み入れた時、
彼女は瞬時にして転移したのだ。

…その奥の部屋へ。

そして、第一小隊員の呻き声。
自分は第二小隊長と視線を合わせ、第二小隊員を引き連れ、その奥の部屋に向かう。
空曹(軍曹)は小隊長である三等空尉(小尉)の補佐役であり、小隊の取り纏め役なのでその程度の権限はあるのだ。

上官と部下達を引き連れ部屋に飛び込んだ時には、既に情勢は一変していた。

巨大な透明のシリンダーに入った少女を守るように立っているプレシアに
今だ戦闘可能な第一小隊員の生き残りが一斉射撃を敢行するが、
魔法障壁すら張る事無く、光線を虚空へ散らされる。

驚いた事にデバイスすら手にしていない。

「三尉殿っ!」

隣の第二小隊長に声をかけると彼は即座に取るべき行動に移った。

「っ、おう!!
第二小隊、全力射撃!は…」

「…鬱陶しい。」

小隊長の号令がかけ終わる前に、自分達全員に紫の雷が、降り注いだ。

「「「「「「「うぐぉぉぉおあぁっ!!!!」」」」」」」

…なんだ…この圧倒的な力の差は…。

…これが、大魔道士と謳われる者の実力なのか?

…なんて事だ。戦闘訓練を受けている我々が…よりにもよって…研究者に……。

膝を突き倒れる自分達に、彼女の嘲笑が響き渡った。

 

 

  ◇

 

 なのは嬢に連れられてアースラにやって来た俺とフェイトは、白い囚人服?を着せられ手錠を付けさせられた。

服はまぁ、構わない。
特に俺はマントの下、素っ裸だったし。

手錠も仕方あるまい。
一応俺達は、犯罪者なのだから。

俺は別にこの程度で凹むような柔い精神ではないので問題ない。
が、フェイトは違う。

俺の隣を歩くフェイトは肩を落としてしている。

まぁ、無理も無い。
Mrs.テスタロッサならジュエルシードごとフェイトを回収出来たはずなのに、現実はフェイトだけ取り残されているのだから。

なによりフェイトは真面目だから、これから下るだろう処罰に気落ちしてるのかもしれないな。

ま、アルフが介抱するだろうから俺は気にしなくてもいいかな。

これからの事を頭の中で想像していたら、いつの間にか艦の艦橋らしき場所に連れられていた。

「お疲れ様。
それから、フェイトさん、フラットさん?
始めまして。」

階段を上って一段高くなった所で待っていた緑色の髪の女性がゆっくり俺達の所まで歩いてきてそう言った。

明らかに地位のありそうな奴だったので、俺は軽く頭を下げて答えたが、
フェイトは左手に持つアクセサリーに戻ったバルディッシュへ視線を固定したままだった。

その女性が踵を返して歩き始めると、唐突になのは嬢が口を開いた。

「…フェイトちゃん。
良かったら、私の部屋…」

と言った所でフェイトが動いた。
正面の大画面に映る「時の庭園」玉座の間へ視線を向け、一歩前へ踏み出す。

俺たちも正面の大画面に映る光景に目を向ける。
そこに映ったMrs.テスタロッサの戦いぶりは正に圧倒的だった。

鍛えているだろう兵士たちは、唯の一太刀も浴びせる事も出来ず、皆、雷に倒れてしまったのだから。

「おお、大したもんだ。
実力なのか?それとも、時の庭園の機能なのか?」

俺はそう呟いた。
Mrs.テスタロッサなら自分を守る機能をあの城に付けていてもおかしく無いし。

慌てたように目の前に立つ、緑髪の地位のありそうな女性が叫んだ。

「いけない!
職員たちの送還をっ!!」

『了解です!
…座標固定、1020513…』

彼女の声に答えるようにオペレーターらしき女性の声が聞こえる。

その声をバックにフェイトがポツリと呟いた。

「アリ……シア……。」

もう一つ展開した大画面には、液体の詰まった透明なシリンダーの中に浮かぶ膝を抱えた少女の姿が映っていた。

少女はフェイトそっくりだった。

その大画面の中でシリンダーに身を預けるMrs.テスタロッサが語り始める。

『…もう、駄目ね。時間が無いわ。
たった10個のジュエルシードでは、アルハザードにたどり着けるかは…判らないけれど。
…でも、もういいわ。
終わりにする。
この子を亡くしてからの暗鬱な時間を。
この子の身代わりの人形を娘扱いするのも。
聞いていて?フェイト、貴女の事よ。
せっかくアリシアの記憶をあげたのに、そっくりなのは見た目だけ。
役立たずでちっとも使えない。
私のお人形…。』

その声を聞いたフェイトは驚きに目を見張り、そして俯いた。

『…最初の事故の時にね、プレシアは実の娘、アリシア・テスタロッサを亡くしているの。
彼女が最後に行なっていた研究は、使い魔とは異なる、使い魔を超える人造生命の生成。
そして、死者蘇生の秘術…。
フェイトって名前は、当時の彼女の研究に付けられた開発コードなの。』

Mrs.テスタロッサに続くように、アースラのオペレーターの声が艦橋に響いた。
その言葉にMrs.テスタロッサが反応した。

『良く調べたわね。
そうよその通り。
だけど駄目ね。ちっとも上手く行かなかった。
作り物の命は所詮、作り物。
失ったものの代わりにはならないわ。』

そこでMrs.テスタロッサはこちらへ振り向いて更に言葉を続けた。

『アリシアはもっと優しく笑ってくれた。
アリシアは時々我が侭も言ったけど、私の言う事をとても良く聞いてくれた。
アリシアは何時でも私に優しかった。
…フェイト。
やっぱり貴女はアリシアの偽者よ。
せっかくあげたアリシアの記憶も、貴女じゃ駄目だった。
アリシアを甦らせるまでの間に、私が慰みに使うお人形。
だから貴女はもう要らないわ。
何処へなりとも…消えなさいっ!!』

「お願い!!
もう止めてっ!!」

Mrs.テスタロッサの言葉に憤った、なのは嬢が叫ぶ。

Mrs.テスタロッサはその言葉に、ただ高笑いで返すのみだった。
フェイトは肩を落として震えている。

はぁ…、やれやれ。

俺は手錠のかけられた手をフェイトの肩に置いて、フェイトに声をかける事にした。

「落ち着け、フェイト。
無茶苦茶言われても、それを真に受ける事は無い。」

「……え…?」

呆然とした表情のまま、俺に視線を向けるフェイト。
気が付いたら、艦橋にいる全員のみならず、Mrs.テスタロッサまで俺の言葉に注目しているようだった。

「無理を言われても気にするな、と言った。
だいたいな、年齢一桁の子供に要求する事じゃないぜ、コレ。
それによ、
人間なんてあやふやな生き物は、ただ歳を重ねるだけで別人の様に豹変する事もあるんだ。
生まれ育った環境が違えば、タネが同じでも別人になって当然だわな。」

「お〜、アンタ、唯の突撃馬鹿じゃなかったんだねぇ。」

アルフが俺の背後で感心した声を上げる。
…テメェ、俺をそんな風に見てたのか。

「……、フラット。」

フェイトが悲しみに暮れた目のまま俺のほうを向き、
そっと、自分の肩に乗せられた俺の手に自分の手を重ねる。

「…そもそも、フェイトはフェイト・テスタロッサと言う名前なんだろ?
間違ってもアリシア・テスタロッサじゃ無ぇ。
だったらフェイトがアリシアなる人物じゃないって責められるのはお門違いってなもんだ。
それがアリシアって子を元に造られた命であっても…な。」

そこで俺はフェイトの目を見つめて言葉を続けた。

「それがどんな生まれであろうと、お前はフェイト・テスタロッサだ。
この世の誰が、どんな風にお前を否定しようとも、
フェイト・テスタロッサがこの世に生きている事を否定する事は出来やしない。
命を否定するって事は殺すって事だ。
でもよ、Mrs.テスタロッサは言ったじゃねぇか。
『何処へなりとも消えろ』ってさ。
つまり、好きに生きて構わないって事じゃないか。」

「うわぁ、なんかすっごい無理矢理な感じなの…。」

ええい、そういう感想はもっと小さな声で言え、高町 なのはっ!

『…うふふふふっ。
あははははっ!!
オマエ、生きてたの。
そう、大したものね、ホント、大したものだわ。
まったく、期待していた子はまるで駄目で、期待なんて一欠けらも抱いてなかったモノがこれだけしぶといなんて、
…ほんと、デタラメ。
自信を失いそうよ、フラット。』

「はぁ…左様で。」

『ふふふっ、
オマエがどんなに異常な存在なのか、オマエには判らないでしょうね。
まぁいいわ、もう、決めたもの。
…そうね。
最後に良い事教えてあげるわ、フェイト。
貴女を作り出してからね、
私、
貴女の事がずーっと、
大嫌いだったのよ。』

ヒュッ。

かすかに息を飲む声が聞こえたと思ったら、フェイトから力が抜けた。
そのままバルディッシュを落とし、膝を付く。

ああ糞っ。
なにもトドメを刺す事は無かっただろがっ!

なのは嬢とユーノ、アルフがフェイトに集まって来る。

フェイトを彼女等に任せて、俺は一歩下がる。

『大変大変!
皆見てっ!
庭園内に異常な魔力反応多数っ!!』

正面の大画面に視線を向けると、時の庭園内のあらゆる場所で無数の武装した鎧達が湧き出していた。

「なんだよ。
こんだけの兵力があるなら、少しぐらいジュエルシード探索に寄越しても良かったろうに。」

憮然と俺は文句を口にした。

実際、この動く鎧が5、6体あれば圧倒的有利に事を進められたはずだ。
あるいは初めから、これらの鎧達を全力投入して一気に海鳴市でローラー作戦を展開すれば、
むざむざ管理局にジュエルシードを奪われる事もなかっただろうに。
この世界の住人達にどれだけ目撃されようとも、管理局に通報されなければ問題ないのだし。

ああ、なるほど。
戦力の逐次投入が下策だって言われるのはこう言う事か。

戦略的視点って奴の在り様をなんとなく実感した気になっていると、

「庭園内に魔力反応、いずれもAクラス!」

「総数60…80…まだ増えます!」

「プレシア・テスタロッサ、いったい何をするつもり!?」

緑髪の女性の言う事を受けてか、
アリシアという少女が詰まったシリンダーを宙に浮かせ、歩き出したMrs.テスタロッサがゆっくりと語りだした。

『…私達の旅を、邪魔されたくないのよ。
私たちは旅立つの!
忘れられた都、アルハザードへ!!

この力で飛び立って、取り戻すのよ!
全てをっ!!』

両手を掲げたMrs.テスタロッサに従うように円を描いたジュエルシード達は玉座の間に展開し、光を放ち始めた。

「次元震です!
中規模以上っ!!」

「振動防御!
ディストーションシールドをっ!!
転送可能な距離を維持しつつ、安全な空域へ移動っ!!」

「ジュエルシード、10個!
起動確認しました!
次元震、更に強くなります。」

警報の音が鳴り響く艦橋の中で、乗組員達が急変する事態に全力で対応している。

…やりたい事が出来た俺は、フェイトの側で心配に身を震わせているアルフへ足を向けた。

「アルフ。
俺はする事が出来た。
…フェイトは頼んだぜ?」

「…なにさ、したい事って?」

「なに、
見てれば判るさ。」

疑問顔のアルフをその場に残して、俺は比較的広いスペースに移動する。

深く深呼吸して、自分の内面に意識を集中する。

すると足元に銀色の魔法陣が展開した。
良し、魔法は使えるようだな。

今だなんとか記憶している時の庭園の座標を呟いていく。

「…ん?
転移魔法…誰が?
フラットさん!?
誰か!
彼女を止めなさいっ!!」

ちっ、のんびりやってた所為で緑髪の女性に気付かれちまった!
ええい、もう少しっ!

「開けっ、誘いの扉っ!
プレシア・テスタロッサが城、時の庭園へっ!!」

作業を放り出して飛び出した乗組員達やユーノを尻目に術式は完成する。

行くぞ、Mrs.テスタロッサ。
待っていやがれ。














 第5話 完














 あとがき


気が付けば、また一月経って仕舞いました。お待たせして申し訳ない。

遅れた理由はゲームです。

エースコンバット6。
コレの為にXBOX360まで買う気合の入れようっ!

いや〜、素晴らしかった。
話の展開は今までの作品と何も変わらないのに、どうして新鮮な感動をもたらしてくれるのかっ!
コレがプロと言う事かっ!?

異常なほどのグラフィックと信じられない規模の戦場に、もうビックリですよ。
でも、使用可能な機体数がやたらと減ったのがちょっと寂しいな。

後、痛車ならぬ痛飛行機は要らないです。
女の子ペイント付きの戦闘機って…。

ついでに買ったプロジェクト・シルフィードも良いゲームでした。
…シナリオは抜きで。

まさか、ここまで某、種ガンをコピーしたような作品に出会えるとは思わなかったです。
種はガンダムである必要がないんだなぁ、と再認識。

ゲームシステムが謳う一騎当千の爽快感と最後まで優柔不断で平和主義者な主人公は絶対、矛盾してると思う。

でも、戦闘は良い!
さすがガングリフォンを造ったゲームアーツです。


っと、とりあえず、上手く行けば7日までに第六話を投稿します。
次の話で無印は決着が…つくと…いいな。

ちなみに、フラット君。
こんな風にしてみました。彼女、もとい、彼の苦難の日々は今、幕を開けました。
想定よりアッサリ風味にしちゃったんですが、もうちょっと演出とか凝った方が良かったかもしれません。

 







感想代理人プロフィール

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代理人の感想

いやー、やっぱりえげつないなぁ、無印のプレシアお母様は。

美味しいところをフラットちゃん(爆)が持っていってしまったので

しかしフラット君の前世(?)は凄かったなぁ。想像してた遥か上にチンピラでした。

最後の最後で某A君張りに知略を駆使していた辺りがその後の片鱗をうかがわせますが、

やっぱりチンピラはチンピラらしい死に方をするのでした。合掌。

さて、次回は大逆襲、友情のフェイトダブルキック炸裂・・・かな?








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