◇ フェイト ◇

 

 なのはとアルフに「そろそろフラットが来る時間だね」と話した瞬間、アースラ艦内に警報が鳴り響いた。

ブリッジに上がるとクルーの皆が騒然としていた。

エイミィが後で改めて教えてくれた話では、
この時、リンディ提督が預かってきた近代ベルカ式のソースコードによって結界の解析をしていたとの事。

管理局と懇意にしている聖王教会しかベルカ系の術式を使わない上、
古代ベルカ式は化石級の代物なので、今まで古代ベルカ式の解析技術はおざなりになってたとか。

でも、砂嵐しか映さないメインモニターに目が釘付けになっていた私は、
エイミィの言葉に耳を傾ける事無く、ただ、フラットの無事を祈っていた。

アルギュロスが送信した情報によると、三名の敵に待ち伏せを受けたらしい。

しかも、相手は手練である夜天の書の守護騎士(ヴォルケンリッター)

なのはと私は、直ぐにリンディ提督に現場に行く許可を貰おうと詰め寄った。
けれど、リンディ提督は「病み上がりに無茶はさせられない。現場の確認が取れない今は待機していなさい」と首を縦に振ってくれなかった。

私達のリンカーコアを奪われたのは現状の確認を怠って飛び出した結果だったから、
渋々と、だけれどリンディ提督に従った。

何もする事が無い、気ばかりが急く時間が過ぎていった。

エイミィ達が頑張っているのは判っている。

でも、気が付けばエイミィ達を急かしたくて堪らなくなってた。
急かしても作業が遅れるだけで、邪魔になると判っていても。

そうしなかったのは、なのはが黙って私の手を握ってくれたからだと思う。

それから一分か一時間か、多分ほんの数分の焦りばかりが募る時間を耐えていたら、
ブリッジ後部に設けられている転移ユニットから人影が飛び出した。

ユーノだった。

彼が持ち込んだ古代ベルカ式の凡例術式集で、今までの時間が嘘になるくらいの速さで結界内の情報が判るようになった。

メインモニターに映ったのは、守護騎士達に翻弄されるフラット。
大きなダメージは受けていないみたいだけど、いつ限界が来てしまうのか。

とにかく、現場の状況がわかったんだからリンディ提督にもう一度許可を貰おうと艦長席へ振り返るとブリッジが騒然となった。

メインモニターではフラットが道路に追い込められてしまっている。
フラットの死角から守護騎士達が襲いかかろうとしているのが見えた。

「ユーノ君!
直ちに現場に飛んで下さい!!」

誰よりも早くリンディ提督が叫び、ユーノが使ったばかりの転移ユニットに飛び込む。
直ちにエイミィが操作するとユーノはフラットの元へと飛び立った。

メインモニターに視線を戻すと、いつの間にかフラットがチェーンバインドで拘束されていた。

なのはと繋いでいる手が強く握られる……いいや、私が強く握っているのかも。

ともかく「私達もフラットの元に行かないと」という焦りが私を突き動かした。
でも、事態は、そんな私を置いて急展開を見せる。

間一髪でフラットを救ったユーノ。

巨大なフルドライブモードのアルギュロスで圧倒的な砲撃魔法を打ち出すフラット。

トドメを刺すべくフラットが突撃したその瞬間、フラットが爆風に吹き飛んだ。

そしてそのまま成す術も無く、フラットのリンカーコアが奪われて……、

フラットが光になって消えてしまった。

……、

……、

……なに?

なにがおきたの?

ふらっとはどこ?

…………ああ、そっか。

ふらっとはきっと、がめんのそとにとびだしちゃったんだ。

もうっ、ふらっとはおてんばすぎる。

…………。

……じゃあ、あのみどりいろのしゅごきしがてにしているりんかーこあは?

……、

……りんかーこあがほんにきざみこまれていく。

……、

……ほんがぱたんととじるとりんかーこあはきえてしまった。

……、

……、

あれはフラットだ。

あのリンカーコアはフラットだ。

フラットの身体を人の形に定めていた大切なモノだ。

そんな……、

フラットが、

そんな簡単に……消えてしまうなんて……。


―― 大丈夫。
   フラットはまだ生きてるよ。
   だから、あそこに行って助けないと…… ――


脳裏に掠める誰かの声……。

……えっ?

……そうだ。

生きてるなら取り返さないと。

早くしないと、フラットが危険だ!

「離して!
フラットがっ!
フラットがっ!!」

いつの間にか、私は両腕を左右から抱きかかえられていた。

なのは?

アルフ?

「何で!?
何でジャマするの!?
早くしないと、フラットが!!」

早く離して。
フラットを取り戻さないといけないのにっ!!

「落ち着いて、フェイト。
フラットの奴は、もう……」

駄目だよ、アルフ。
こんな簡単にフラットを諦めちゃ駄目だよ!

「ここで暴れても意味ないよフェイトちゃん!
信じて、フラットちゃんを!!
どんなに傷を負っても不敵に笑って帰ってくるフラットちゃんを!!」

!?

そんな!

なのはも、諦めちゃったの!?

「……う、ううっ、フラット……」

フラットを心配しているのは私だけ?

でも、心配しているだけじゃ意味が無い。

早く助け出さないと。

どうやって、あの夜天の書からフラットを助け出す?

……フラットを取り戻す手順は夜天の書を入手してからでもいい。
とにかく「敵」を確認しないと。

顔を上げると、メインモニターには見慣れた銀髪と赤い目があった。

「……フラット?
ちがう、フラットはあんなに大きくない。
……そうか、お前がフラットを取りこんだなっっ!!」

フラットは私と同じ体。
シグナムくらいの背丈な訳が無い。
胸も当然、私と同じだっ。

そして何よりフラットの銀髪はキラキラと光輝いている。
あんな風にくすんで光沢を失ってない。

フラットの赤目は、目付きは、あんなに疲れ果てた感じじゃない!!

きっと、あれはフラットを取り込んだんだ!

フラットの情報から構成したんだ!!

アイツを倒せば、フラットを取り戻せる!!

直ぐに行かないと!

私は転移魔法を展開する。

「キサマァァァッ!!
フラットをっ!
返せぇぇぇぇっ!!」

怒りが魔法を通常以上のスピードで駆動させた。

よし、行ける。

両腕にアルフとなのはがくっ付いたままだけど、まあ良いや。

待ってて、フラット。

直ぐ、助けるからっ!!

 

 

魔法少女リリカル☆なのは 二次創作

魔法少女!Σ(゚Д゚) アブサード◇フラット A’s

第6話 「混沌を制するモノ」 前編

 

 

 ◇ 夜天の書 ◇

 

 久し振りに身体を得て、見上げた夕暮れの空は……結界に覆われてぼんやりとしか見えなかった。

まぁ「闇の書」と俗称される、この身の最後には相応しいのかもしれない。

自ら自己破壊する事が許されぬ道具の身であるが、
さりとて自分が如何なる存在かを知るだけの知能は与えられている。

遙かな昔に壊れてしまった、古いだけが取り得のデバイス。
無数の魔導を集積する本に自己防衛システムを組み込んだのが、そもそもの失敗だったのだ。

防衛システムと、

集積された魔導と、

度重なる夜天の書の改変が複雑に機能衝突を起こして、取り返しのつかない惨事を引き起こしてしまった。

そして今日、(マイスター)はやてに自壊命令を頂くまで、無数の世界を破滅させて来た。

望んで行なった事ではない。
だが、止められなかったのは私の罪。

さて、
のんびりとしていると直ぐに防衛プログラムが私のリソースを侵食しきってしまう。

そうなってしまったら最後、私が行動出来なくなる。

そして防衛プログラムが限界を超えてまで周囲の全てを飲み込み、次元震を引き起こして……次の主の元に転生する。

主はやての言葉は「私達は存在してはならない、跡形も無く消滅せよ」だ。

しかし、主を窮地に陥らせている原因は私だ。
私が転生しない状況下で自身を消滅させてしまえば、主はやてが死ぬ必要は無い。

必要な術式が展開しきったら、ユニゾンを切ってしまおう。
現状の魔力ならば、独立稼動しても問題無い。

後の事は、あの守護騎士達がなんとかしてくれるだろう。

足元に魔法陣を展開し、来るべき時の為に用意していた封滅術式を開封しようとした。

「おい!
はやてをどうする気だ!!
返答次第じゃ、ただじゃおかねぇ!!」

術式への集中を乱された私が声の方向へ顔を向けると、血相を変えた鉄槌の騎士がデバイスを構えていた。

「……どうともしない。
消えるのは、私だけで十分だ」

私の言葉に面食らった鉄槌の騎士が口ごもる。

丁度良い、彼女等に術式の手助けをしてもらおう。
転生する可能性は完全に潰して置かないと、主の命を果たした事にならない。

そもそも、私が主から直接命令を受けたのも久しい経験だ。

せめて完遂させなければ、私の矜持が許さない。

「さて、術式が展開したらお前達にも手伝って……」

もらうぞ。と言いかけた私は、目の前に展開した金色の魔法陣から目が離せなくなっていた。

サークルの中に正方形を二つ描く魔法陣。
ミッドチルダ式……の転移魔法。

管理局が来たか。

「……この色、この魔力……彼女か」

烈火の将が苦渋に満ちた声で呟き、剣を手にした。


……ああ、なるほど。
最後に蒐集した魔導士の家族か。

……結局、今回も悲しみを人々に刻み付けずにはいられなかったのだな。

転移魔法の魔力はあっと言う間に臨界点を越えて、三名の人影が転移した。

姿が現れると同時に金色の髪の少女が飛び出す。

速い!

電光石火とはこういう事だ、と言わんばかりのスピードで私の懐に飛び込み、
いつの間にか手にしていた大剣状のデバイスを振り上げていた。

「待って、フェイトちゃん!!」

「フラットをっっ!!
返せぇぇぇぇぇっっっ!!!!」

背後の言葉を無視して、元々赤い瞳を涙で更に赤くした少女が、大剣を振り下ろした。

彼女の言葉に胸が張り裂けそうになる。

が、
ここで彼女の攻撃をもらってしまえば私の切なる願い、私の完全消滅が叶えられなくなってしまう。

よって、右手で彼女の剣を掴んで止めた。

守護騎士達が今まで集めた膨大な魔力。
そして、暴走している私の機能が止め処無く所有魔力を肥大化させていく。

故に、ただ自然に右手に集めた魔力が並の障壁を越える物になるのも不思議な話ではない。

「!?
こっ……このぉぉぉっ!!!」

金髪の少女は、自分の斬撃がアッサリと受け止められた事に驚愕しつつも、強引に押し切ろうと大剣に体重をかける。

だが、彼女の幼い体格では明らかに無意味。

脅威で無くなったと判断した私は同時に転移してきた他の二人に目を向ける。

所謂、使い魔。
ベルカで言うところの守護獣の娘、と魔導士らしき幼い少女。

二人は急変した状況に手を出しかねている様子だ。

なるほど、戦闘が望みで無いのなら、こちらから危害を加える必要もあるまい。
今の私に必要なのは時間だけだ。

その為にも目の前の少女をなんとかしなければいけないのだが……。

説得するのも面倒だ。

時間も無い事だし……しばらく『私』の中で眠っていてもらおう。
しばらくと言っても封滅術式を構築するまでだ。
完成すれば、主はやてと共に解放する。

右手から魔法陣を発生させた。

湖の騎士の「旅の扉」と基本の術式は変わらない。
ただ、転送先が夜天の書の中と言うだけだ。

「!?」

眼前の少女が魔法陣の術式に気付いて身を強張らせる。

そして、何かをさせる前に一気にデバイスごと彼女を取り込んだ。

……転送成功。

「悪いな、だが本当に時間が惜しいのだ」

金髪の少女と共に転移した二人の顔色が、私の言葉で見る見る内に怒りに変化する。

早まったかもしれない。
どのように説得したものか、と演算リソースを思考に回そうとした時、守護騎士の一人が私の前に飛び出して叫んだ。

「待てっ!
今、コイツを攻撃しちゃ駄目だっ!!」

小さな体の鉄槌の騎士が身体を張って叫ぶと、二人は構えを僅かに緩めて反論を口にした。

「その言葉をどう信用しろってんだいっ!」

「そうだよ!
フラットちゃんとフェイトちゃんを返して!!
話はそれからだよっ!!」

「リンカーコアにして蒐集した魔導士は兎も角、今、取り込んだ少女の方なら直ぐに解放する。
我が主と一緒にな。
だから、今は邪魔をしないでくれ。
今を逃せば、私はまた……無窮の時を……破滅と共に過ごさねばならん」

私の言葉にこの場に居る全員の動きが止まった。

有難い。

早く、封滅術式を完成させてしまおう。

と、

私の体が無数のバインドで固定された。

封滅術式はっ!?

……大丈夫か。
展開途中だが、術式に問題はない。

不意に私の周りに二人の人影が現れた。

転移魔法か。
恐ろしく手馴れた展開の仕方だ……。

「……この時をずっと待っていた」

「……貴様が起動し、もっとも無防備になるこの時を」

「犯罪に加担し」

「味方を裏切ったのも」

「「全て、貴様をこの場で封印する為ッ!!
大人しく眠って貰うぞっ、闇の書ォォォッ!!!!」」

仮面を付けた男達が同時に叫ぶと私を固定するバインドが更に強固になった。

クッ、重いバインドだ。
強引に破ろうとするが、手間が掛かる。

それに、封印だと!?

如何なる術式を用意したのかはわからないが、ソレが確実に私を封印出来る保障が無い。
私の用意した術式も絶対では無いが、私の機能を正しく知らない者に完全封印が出来るとも思えない。

むざむざ、この者達の策に乗る必要は……無い!

「ぐっ……ぬぬぬぅっ」

全身に力と魔力を込めて、力技でバインドをこじ開ける。

「ちっ、貴様っ!
大人しくしていろっ!!
ええいっ、デュランダルを早く使えっ!!」

「判っているっ!
少し、待っていろっ!!」

仮面の男達の片方がバインドの維持に力を集中し、もう片方がカードを取り出してデバイスに変形させた。

くそっ、間に合えッ!!

呆然としたままの守護騎士達に迎撃させようとしたその時、新しい転移術式が大量に展開した。

「全員、そこまでだっ!!
時空管理局執務官クロノ・ハラオウンの名において、この場、預からせて貰う!!」


二十人ほどの武装魔導士を背後に並べて、管理局の少年が胸を張った。

……また、新しい介入者か。

大人しく消え去ろうと言うのに、そんな時に限って邪魔をする者達が大挙するのは、何かが間違っている気がする……。

 

 

 ◇ ???? ◇

 

 光一つ無い闇。

体の感覚すら無く、ただ漠然と自意識だけがある。

なんだか、随分この手の感覚に慣れちまった気がする。

……?

なんでそんな事、思うんだろ。

ともかく、闇の中をフワフワ漂うだけの俺に出来る事は思考を巡らせるだけで……、

「……ど〜〜〜んっ!!」

つらつらと得体のしれない事を考えていた俺は、唐突な腹の痛みに飛び上がった。

「ぐふっっっ!?」

目を見開き、周囲を見渡す。

ベットで寝ていた俺、寝ている間に乱れた布団、布団の上にフライング・ボディープレスを敢行中の女の子。

「ざくとは違うのだよっ、ざくとはっ〜〜!
って事でオハヨウ、お兄ちゃん♪」

白い、小学校の制服らしきものを着た女の子が俺の上に乗っかったまま、手を上げて挨拶する。



……誰だ、コイツ??

見知らぬ金髪美少女に何と言って答えたものか、と首を傾げた時、自室のドアがノックされて開いた。

「……あ、また無理に起こしてる。
もう、
兄さんに無茶しちゃ駄目だっていつも言ってるのに、アリシアっ!」

「ぶーっ!
良い子ぶっても私はちゃんと知ってるんだからね、フェイトも同じ事したいって思ってるのは♪」

目の色以外、まったくソックリな風貌の子供達が同じ声でキャイキャイ言い合っている。
新しく来た子も同じ白い制服を着ていた。

で、誰なんだ、コイツ等……。

「えっと、
……アリシア?
フェイ……ト??」

「「何?」」

二人が一斉に俺に向き直った。

「あ〜〜、
……いや……おはよう?」

「「うん!
おはようっ!!」」

仲良く声を合わせて挨拶されてしまった。

……まぁ、いっか。

いつまでも俺の上に乗っかったままの女の子、
推定『アリシア』の両脇を持って抱え上げ、ベットから下ろす。

キャッキャッと喜ぶアリシア(仮)の頭を撫でつつ起き上がる。

視界が一気に高くなった。



妙な疑問を感じて、タンスの上に乗っかっている鏡を見てみる。

そこには、
170cmほどで中肉中背の良く言って三枚目くらいの男が立っていた。

これといって特徴の無い外見……いや、一つだけ特徴があった。

目付きがヤバい。
人を殺していてもおかしく無い。

って、これ俺じゃん。
なにが「目付きがヤバい」だ。

邪気眼みてぇじゃねぇか、自画自賛するならもっと別のにしようぜ、俺。

ヤレヤレ、と頭を掻きつつ着ていたパジャマを脱ぐ。

と、

「「きゃ〜〜〜っ!!
えっちぃ〜〜〜!!」」

と声が上がった。

ドアから女の子が二人飛び出して行く。
片方は本気で恥ずかしそうにしていたが、もう片方は何故か楽しそうだった。

……小さくても女なんだな……。

妙な感心を得ながら制服に着替える。

机の側に適当に放り出してあったカバンを手にして一階に降りる。

……女?

そもそも、俺に妹って居たっけ?
しかも双子??

階段を降りると朝食の香りが漂ってきた。
今日は洋風か。



はて、俺って両親そろって逝っちまって一人暮らししてなかったっけ?

「あ、やっと起きたの?
アンタ、良い歳なんだから毎日毎日アリシアちゃんの手を煩わせるんじゃないよ」

お袋が台所に向ったまま俺に挨拶を寄越す。

「……何故かいつも目覚まし時計が止められてるんだよ……」

犯人は判っている。
だが、口にした所で「可愛い従姉妹のイタズラくらい笑って回避しな」と言われるのが関の山だ。

「止められるのが判ってるのなら、ちゃんと対処しな」

……ほらコレだ。

食卓に向うと、親父が新聞を読みながら飯を食っていた。

「おはよう」

ガサリ。

俺の挨拶に新聞紙を揺らして返答する親父。

親父の隣で苦笑している紫の髪の女性が俺に挨拶してくれた。

「おはよう。
ゴメンなさいね、いつもアリシアが……」

「ああ、いえ。
あの手この手でイタズラしてくるから対抗策を考えるの楽しいですし。
気にして無いです」

自分の座席に座りながら返答する。

彼女はプレシア・テスタロッサ。
もの凄く遠縁の人で今は研究の為に娘二人連れて日本に来ている。
で、せっかくだからと俺の両親がテスタロッサ一家をこの家に下宿させてる。

「ね〜〜っ、お兄〜ちゃんは気にして無いから私は悪くないんだも〜〜ん♪」

「ア、アリシアってばっ」

俺の席の隣で先に食事を始めていたアリシアが自慢げに語り、フェイトがその台詞に突っ込みを入れている。

と、俺の足元で気配がした。

「くぅぅ〜ん」

「にゃ〜〜っ」

オレンジっぽい毛並みの子犬の背中に白い猫が乗って、二匹そろって俺を見ている。

「おはよう。
アルフ、リニス」

「わん!」

「にゃっ!」

この二匹もテスタロッサ家の家族だ。

そうこうしていると、俺の前に朝食が乗った皿が置かれた。
トースト、スクランブルエッグ、ソーセージ、サラダ。
飲み物はコーヒー。

所謂、イギリス風朝食。

イギリスの料理は大雑把で酷いらしいが、朝食とサーロインステーキだけは美味いらしい。

そんな事をつらつらと考えながら「いただきます」とフォークを手に取った。

ほのぼのとした、一家団らんの朝の風景。

……、

誰もが頬を緩めて喜ぶだろう光景を前にして、

俺は何故か「誰かに何かを強制されている」という不快感を感じた。

 

 

 ◇ なのは ◇

 

 フェイトちゃんまで闇の書……もとい、夜天の書さんに取り込まれちゃって頭に血が昇った私達だけど、
ヴィータちゃんの言葉で少し、冷静になりました。

と、思いきやいきなり私達の邪魔をして来た仮面の男が二人も現れて夜天の書さんをバインドで拘束してしまいました。

二人?

二人も居たんだ!
だから、あっちコッチ神出鬼没で現れたりしたんだ。

って、この二人止めなきゃ!
ただでさえ、夜天の書さんが展開してる術式は見るからに特殊で危険っぽいのに下手に阻害してしまったりしたら、何が起こるかっ!!

その時クロノ君が良いタイミングで現れて武装隊の皆と一緒に周囲を取り囲みました。

「クロノ君!
フラットちゃんとフェイトちゃんがっ!!」

「判ってる!
ならばこそ、絶対に逃がすな!!
夜天の書の機能停止を最優先に行動しろっ!
下手に攻撃を加えると完全暴走するぞっ!!
……、
そこの仮面の魔導士二人は直ちに武装解除しろ!
警告は一度だけだっ!!」

クロノ君が警告すると仮面の男の人達は顔を見合わせ、青と白色の手槍状のデバイスを持った方の人がデバイスを振り上げ魔法陣を展開しました。

「っ!
総員、仮面の二人に照準合わせっ!!
術式選択、ディバイン・バスターッ!!」

クロノ君自身もデバイスを取り出して攻撃態勢に入りました。
私もデバイスを構えている仮面の人にレイジング・ハートを向けます。
アルフさんも体の周囲に魔力弾を作り始めました。

仮面の人達は再び視線を合わせると何か作業を開始し、それを見たクロノ君が声を上げます。

「させるかっ!
一斉射撃っ!!」

「「「「「「「「「「ディバイン・バスター!!」」」」」」」」」」

全周囲から一点へ閃光が駆け抜けます。
クロノ君の収束された蒼い閃光と私の二周りほど大きな桜色の閃光もその奔流の一筋となって、
全てが一つになった時、

大爆発が起きました。

あ゛っ、ひょっとして夜天の書さん達も巻き込まれた?

嫌な予感が脳裏を走り、背中に冷たい汗が流れます。

でも煙が薄れていくと、
夜天の書さんの前でザフィーラさんが青い大きな魔力障壁が展開していました。

「くっ、
管理局のっ!
貴様等、もう少し状況を考慮して戦わんかっ!!」

両手でその魔力障壁を支えているザフィーラさんが吼えます。

「ふんっ、君が守ったんだから良いじゃないか」

不貞腐れた様子のクロノ君がそっぽ向きました。

と、その時、

「……貴様等、何故……闇の書を庇う様な真似をする」

私達の背後、離れた所から仮面の人の声が届きました。

皆が一斉に振り返ると、そこにはまったく無傷の仮面の人達が空に浮いていました。

「馬鹿な、直撃だったはず……」

武装隊の一人が驚きの声を上げます。

「ねぇ、レイジング・ハート。
ひょっとして、あの人達、さっきの一瞬で転移したの?」

【Yes Master.
脅威的な術式展開の速さです】

レイジング・ハートの答えに皆が一瞬、固まりました。

「我々は闇の書を封印する。
邪魔をするな!」

静寂を打ち壊す様に、もう一人の仮面の人が手を振り上げ怒りの声を上げます。

……違う。

「そうだ!
我等にはこれ以上、闇の書の跳梁を許す事は出来んのだ!!」

違うよ。

「「我々の行動を阻害するのならば、闇の書ごと打ち倒してくれる!!」」

仮面の人達が声を合わせて懐からカードを数枚取り出しました。

「……違うよ。
闇の書じゃないよ。
夜天の書さんだよ?」

私はそう口を開きます。

背後で誰かが息を飲む声が聞こえました。

正面、遠くの二人からは、仮面を付けていても呆れている雰囲気を何故か受け取れました。

「ふんっ、名称など、どうでもいい!」

「我々の邪魔をするなと言っている!」

二人がカードを手にしたまま手を突き出すとカードが光を放ち、二人に魔力が溢れていきます。

「なにっ!?
カートリッジ・システムと同じなのか、あのカード!!」

クロノ君の驚きを他所にカードが光の粒子に帰ります。
それと同時に、とても大きな砲撃魔法が私達へ向けて放たれました。
射撃位置の関係から、一番最初に直撃するのは私と隣のアルフさん。

こ、この場で夜天の書さん達を守るべき?
それともザフィーラさんに一任して私達は空に退避したほうが良いの!?

逡巡する間にも砲撃は私達へと迫って来て、

「レイジング・ハート!!」

【All right.
Protection Powered!】

私は守る事を選択しました。

くっ、重い!?

砲撃が私の張った魔力障壁に直撃した瞬間、レイジング・ハートを手にした両手に凄い力が掛かります。

でも負けないっ!

「っこのぉぉぉっ!!
皆のリンカーコアを奪って置いて、夜天の書さんをいきなり封印しようとか訳判んないっっ!!
そんな人にっ、
負けるほどっ、
私達はっ、
弱く無ーーーーいっっっ!!!」

【カードリッジ、ロード!】

カートリッジが二発立て続けに消費され、障壁の強度が増します。

「良く言った、なのはっ!!
一気に押し返してやるよっっ!!」

アルフさんが私達の障壁に合わせて障壁を展開し、更に障壁が頑丈になりました。

でも、押し返せない。
仮面の人達の砲撃はまだ続いています。

と、その時、ザフィーラさんが私の隣に立ちました。

「……お前の言葉、強く賛同する」

そう言ったザフィーラさんがアルフさんと同じく障壁を多重展開し、私達と一緒に障壁を支えました。

でも、まだ、押し返せない。

「……へっ、
コレはアイツ等がムカつくだけで、
別にテメーの言葉に感化されたとかじゃないからなっ!」

唐突に私の前に赤い人影が降り立ちました。

「ヴィータちゃん!?」

「行くぜ!
アイゼン!!」

【Jawohl!!
ギガントフォルム!!】

タタタッ、とヴィータちゃんのグラーフアイゼンがカートリッジを消費して、とても大きなハンマーに変形します。

「うおおおっっっ!!
ブッ飛べぇぇぇぇぇっっっっ!!!!!」


ヴィータちゃんが身長の二倍も有りそうな巨大なハンマーを振り回して、障壁に叩き付けました。

魔力障壁全体が大きく振動し、

次の瞬間、
三重になった魔力障壁がヴィータちゃんの一撃の勢いそのままに、
仮面の人達へ向けて、一直線に飛んで行きました。

仮面の人達の砲撃を蹴散らして、障壁が突き進みます。

「なっ!
なんて無茶なっっ!!」

「だが、こんな見え見えの攻撃なぞ食らうものか!!」

常識外れな光景を目にした仮面の二人は驚きますが、直ぐに二手に分かれて飛び出そうとしました。

「逃がさない!!
チェーン・バインドっ!!」

絶好のタイミングで碧色の鎖が二人をその場に食い止めます。

「ユーノ君!!」

鎖の根元では左手でフラットちゃんの大きなデバイスを抱えたユーノ君が踏ん張っていました。

「貴方達には、聞きたい事が沢山あるっ!」

「……大人しく言いなりになると思ったかっ!」

「ただのバインドで我々を封じれると思うなっ!」

仮面の二人の足元に魔法陣が展開しました。
あれは、転移魔法!!

「また逃げちゃうっ!」

思わず私が口走ってしまうと、その言葉に答える声が背後から聞こえました。

「いいえ、逃げられません。
そうよね?
クラールヴィント」

【Ja】

「この場で、私達の許可無く転移する事は許しません」

私達の前に姿を見せた守護騎士さんの両手では合計4つの指輪が光を放っています。

「「何っ!?
術式が妨害されただとっ!?」」

仮面の人達が驚き、思わず動きを止めてしまいました。

足元に展開していた魔法陣は光となって消えて行きます。

「忘れていたのかもしれませんが、ココは私の作った結界の中ですよ?
二度も三度も勝手に転移出来ると思うのは甘すぎますね。
補助魔法に長けるとは、こういう事なのです」

ニッコリ笑って彼女が言う。

「……さて、私も手を貸そう」

その隣にシグナムさんが立つと鞘にレヴァンティンを収めて、いきなり姿勢を低くして居合い抜きのような構えを取りました。

と、レヴァンティンが鞘に収められたままカートリッジが消費されました。

「往くぞっ!
飛竜ッ、一閃!!」

高速の抜き打ち。
振り抜かれたレヴァンティンは連結刃となって、あっと言う間に飛び出した障壁に追いつき、障壁の背に切っ先が叩きつけられました。

障壁が凄い勢いで加速します。

その勢いは失われる事無く仮面の二人に直撃しました。

呻き声を上げて吹き飛ぶ二人。

「ハッ!
ざまぁみやがれっ!!」

グラーフ・アイゼンを持った手を突き上げ喜ぶヴィータちゃん。

「ふんっ、ワタシ達を舐めた報いだよっ」

腕を組んで鼻息荒く言うアルフさん。

「……ええっと、これで終わり?」

私が疑問を口にすると、遠くから応えの声がありました。

「そんなはず無いだろ、なのは!
行けっ、ストラグル・バインドッ!!」

吹き飛んだ仮面の二人を追いかけたクロノ君がバインドを放つと、一気に二人を捉えます。

むぅ、なんか美味しいトコ取りって感じがするよクロノ君。

そのまま捉えた二人ごとクロノ君が私達の居る場所まで戻って来ました。

あれっ?
手槍みたいなデバイスを片方の人、持ってたよね。
さっきの一撃で、どこかに落としちゃったのかな?

「くそっ、なんだこのバインド!」

「私達の手に負えないだと!?」

仮面の二人が、バインドを打ち消そうともがくけれど、クロノ君のバインドは何かが違うらしく逃れられない。

「ふん、
コイツは強化、変身魔法の類を妨害、解除させる特殊バインドだ。
その分、使い勝手の悪さも極め付きだがな」

そう言いながら、捕らえられた二人の仮面を一気に外してしまいました。

仮面が外れると同時に二人の体型が大きく変わります。


……誰??

「あっ!
アンタ達はっ!!」

露わになった素顔を見たアルフさんが驚きの声を上げました。

「……君達だったのか。
なるほど、
振り返って見れば、挙動の節々に君達を彷彿とさせる感じがあったな」

穏やかに言うクロノ君。
でも、その両手には力がどんどん入っていき、ついに両手にそれぞれ掴んでいた仮面が粉々に砕けてしまいました。

「こんな魔法教えた覚えないわよ、クロノ」

「一人でも精進しろと仕込んだのは君達じゃないか」

二人の内、一人の言葉にムッツリと答えるクロノ君。

「えっと、クロノ君達、この人達と知り合い?」

顔見知りの会話をしている様子なので思い切って聞いて見ると、一瞬呆れた顔になったクロノ君が納得した表情になって答えてくれた。

「そうか、君は医務室に缶詰になってたから会ってなかったんだな。
彼女達はグレアム提督の使い魔、リーゼロッテとリーゼアリアだ」

「ああ、グレアム提督の使い魔なんだ〜〜。
って、
ええ〜〜〜っ?
管理局の人が、何で!?!?」


私の驚きの声に頷いたクロノ君がそのまま二人に質問をしました。

「まさに僕の疑問もそれだ。
今回の騒動、君達は最初から関わっていたな。
何故だ。
グレアム提督は何を考えている。
情報を隠匿し、
夜天の書のリンカーコア蒐集に協力した上で、何故わざわざ封印しようとするんだ」

「「…………。」」

二人は口を噤んで何も答えてくれませんでした。

…………、

…………、

…………。

リーゼ姉妹の反応を待って皆、静かになった。

……と、その時、私の後ろの方で安堵の溜息が聞こえた。

「……ふぅ、良かった。
封滅術式の解凍、再計算に無事成功。
術式に異常は見られず。
ユニゾン・システム解除、スタンバイ……」


夜天の書さん??

そういえば、夜天の書さんってば何だか物騒な事を言ってたような気がする。

でも、その前に。

「フラットちゃんとフェイトちゃんを返して下さい!」

最初に言った言葉をもう一度繰り返す。
私にとって、ソレこそが一番大事な事だから。

「むっ、
了解した、しばし待て。
しかし、蒐集した方の人物は特殊なケースなので現在も個体が保たれているか判らない。
時間をかけてアーカイヴから剥離させるのが最良なのだが、今は時間が無いし下手に弄ると……」

「あんな奴どうでも良いから、はやてを出せよっ!!」

「……安心しろ、鉄槌の騎士。
我等が主の御身には傷一つ付けぬ。
直ぐにユニゾンを解除するから待っていろ」

表情の浮かんでいなかった夜天の書さんの口元に僅かな笑みが浮かぶ。

良かった。
あの微笑は「良い人」の微笑みだ。
フラットちゃんの事は心配だけれど、私の中では戦意が見る見る無くなって行きました。

だけれど、その時、

夜天の書さんの背後に新しい人影が現れた。

「……それは困る。
君には、ユニゾンをしたままで居て貰わないとな」

フェイトちゃんとフラットちゃんの嘱託試験の最終面接の時、聞いた声がしました。

「悠久なる凍土、
凍てつく棺の内にて、
永遠の眠りを与えよ。
凍てつけ!!」

【Eternal Coffin】

リーゼ姉妹が何処かに落としたと思っていた手槍状のデバイスを持った初老の男性が大きな魔法陣を展開して魔法を放ちます。

夜天の書さんも反応しようとしましたが、その時には既に凍り付いてしまいました。

一瞬で氷の彫像みたいになってしまった夜天の書さん。
周囲に冷気が広がって行きます。

……そんなっ、何で!?
「お話」で解決出来そうだったのにっ!!
なんで攻撃するのっ!?

「……ふむ、よもや私が実行する事になるとは想定していなかったが……、
上手く行ったか」

突然の事態に誰も声を上げる事も出来ない中、

デバイスを片手に、ゆらりと此方に歩いてきた人は、

管理局の制服を着込み、冷たい表情を浮かべたグレアム提督でした。

 

 

 ◇ フェイト ◇

 

 兄さんは高校へ、私達は小学校へ。

騒がしくも暖かく、楽しい日々がそこにあった。

アリシア、なのは、アリサ、すずか……。
いつも通りの仲良し五人組。

……あれ?
なんだか、一人多くて、一人少ないような……。

??

不意に感じた不思議な感覚を解き解そうと頭を捻っていると、いきなり肩を叩かれた。

「こ〜〜らっ!
しかめっ面で考え事ばかりしていると、お兄〜ちゃんみたいな目付きになっちゃうよ♪」

私の前に飛び出して「こんな感じのっ!」って指で目じりを引っ張って三白眼にするアリシア。

なのはとアリサとすずかが一斉にクスクス笑い出す。
可愛い顔つきで鋭い目付きになると、どこかチグハグで不思議とおかしく見えてしまう。

私も一緒に笑う。

三白眼なままのアリシアがそんな私達にムッツリとすると、いつも側に居たはずの誰かの顔になった。

…………?

「あ、私達はこれから習い事だからまた明日ね」

私の疑問を他所にアリサとすずかが手を振って車に乗り込む。

「私も早く帰って、お店の手伝いしなきゃっ!」

じゃあね!と元気良く駆け出すなのは。

あっと言う間に私達二人だけになってしまった。

「……今日はどうしようか?」

何も思いつかなかった私は、隣を歩くアリシアに尋ねてみる。

「ん〜〜っ、
家に帰っても、この時間だと誰も居ないしね〜。
海浜公園に行って、その後、商店街で買い物して帰ろっか」

「え?
お小遣い、まだあったの?」

この間、盛大に使って無くなったと思ってたのに。
アリシアは「むふふ」と自慢気に笑うと財布から千円札を取り出した。

「じゃじゃ〜〜んっ!
お兄〜ちゃんの財布からギッて来ましたっ!!」

「ちょっ!?
それってドロボ「こら、シーッ!!」……。
……返すアテはあるの?」

「もちろん、来月のお小遣いが入ったらコッソリ戻しておくに決まってるじゃない」

「……う〜ん、
良くないけど……それなら仕方ないか……な」

「うんうん、仕方ないんだよ。
そのまま借りている事を忘れて来月もコッソリ借りてるかもしれないけど、
やっぱりソレも仕方ないんだよ♪」

「う〜〜ん……って、それは駄目〜〜〜っ!!」

「ちぇ〜〜っ、
フェイトは大人に良い顔ばっかりする様になっちゃって、お姉〜ちゃんは寂し〜〜なっ」

「いや、だって悪い事は悪いよ」

「違うよ、フェイト。
悪い事は楽しいんだよ?」

「何、真顔で物騒な事を言ってるの!?
私、嫌だよ、アリシアが警察に捕まって、
お母さんと一緒に警察署まで引き取りに行くのはっ!」

「うわぁ〜、なんで捕まる事が前提なんだろね。
ばれない様にするのがミソじゃないの」

「……ああ、母さん。
アリシアが犯罪者になってしまいました……」

私は空を見上げました。
双子の姉の行く末を思うと瞳から零れそうになる涙を食い止める為に。

「も〜〜、大げさだなぁフェイトは……あっ
……………」

「何言ってるの。
小さな犯罪が積み重なって大きな犯罪になるんだよ?
だから今の内に心を入れ替えないと……、
…………?
あれ?
アリシア、何処??」

視線をアリシアの居た方向へ向けると、そこには誰も居なかった。
周囲を見渡すと、私は既に海浜公園に来ていた。

あれ?
いつの間にか、アリシアを置いてきぼりにしちゃった?

後ろを振り返ってもアリシアの影は見えない。

前を見ても居ない。

右も居ない、左も……居た。

海際の柵の側にいる、車椅子の女の子と話をしている。

はぁ……、なんでこの自称「お姉ちゃん」は子供っぽいのかなぁ。

小走りに駆けて行くと、二人の会話が耳に入ってきた。

「…………かぁ〜。
でも、そんなにわたし、死にそうな顔してたん?」

「うん、してたしてた!
なんかもう、一分後には柵を越えて海に飛び込んじゃいそうな感じだったよ♪」

「……『だったよ♪』じゃないよアリシア」

「うひゃあっ!?」

アリシアの直ぐ背後で出来るだけの不機嫌さを頑張って出して威嚇してみたら、驚くアリシア。
ちょっと、嬉しい。

「あ、アリシアちゃんが二人に分裂した……」

「ノー、ノー!
分裂違う、分身!!
てやっ!
忍法分身の術〜〜っ!!」

車椅子の子へ、アリシアが忍者っぽいポーズで構えを取る。
同時に、私にも同じポーズをして欲しそうな視線を向けるけど、私はバッサリ無視した。

「初めまして。
私はフェイト・テスタロッサです」

「あ、初めまして。
私、八神 はやて言います」

そして握手。
あ、この子、手が柔らかい。
……羨ましいな。

「お?
おお〜っ、凄いなフェイトちゃん。
その歳で何か仕事してるのん?」

「??」

「いや〜、私も家事を一通りやったりしてるんやけど、
そしたら手の皮とか厚くなったりしちゃうやん?
でも、フェイトちゃんの手はそんな私の手よりも酷使されてるみたいやったから、凄い仕事を手伝ったりしてるんかなぁ〜と」

「……ああ、なるほど。
でも私は別に……何も…………してない……よ?」

うん、私はなんの仕事もしていない。

そのはず……。

じっと自分の手を見てみる。
手入れはちゃんとしてるけど、確かに無骨な手かも……。

「てやっ!!」

いきなり後頭部に衝撃を受けた。
振り返ると頬を膨らましたアリシアが居た。

「……痛いよ、アリシア」

「その痛みは私のギャグを無視した報いと知りなさいフェイト。
はやてちゃんを独り占めしようたってそうは行かないんだからっ!」

はやてを車椅子越しに胸元へ抱き寄せつつ、アリシアが私にジト目を向ける。

「別にそんなつもり無かったんだけど……」

「はうわっ!?
天然っ!?
うぬぬ、我が妹ながらなんて恐ろしい奴」

「あはは、
でも、アリシアちゃんもそろそろ私を解放してくれると嬉しいな〜」

「ん〜〜っ、
もうちょっと、はやて分を搾取してからね〜」

「「搾取って何っ!?」」

アリシアの不可思議な言葉に、
思わず、はやてと一緒に突っ込みをいれてしまう。

と、

不意に顔を上げたアリシアがはやてを解放して、いきなり走り出した。

「お兄〜ちゃんハケーン!
必殺、一人ジェットストリーム・アタックーッ!!」

「どむっ!?!?」

海浜公園の入り口に居た兄さんへアリシアが頭突きを敢行。

鳩尾付近に直撃を受けた兄さんは、よろめいたけれどギリギリで倒れるのを堪えた。
私達が居る事に気付いたらしく、腰に抱き付くアリシアをそのままズルズル引きずりながらこちらに歩いて来る。

「……アリシアちゃんって、えらい破天荒な子やねんな……」

「……うん、それは随分遠慮した表現だね」

「はぁ、……おちおち、落ち込んどられへんねんなぁ。
有難いやら、なんやら……」

ボソリと呟くはやて。

その言葉を問い正そうとしたら、兄さんが声をかけてきた。

「よう、友達か?」

「「うん、さっき知り合ったの」」

私とアリシアが声を合わせて答える。

「初めまして、八神 はやて言います」

「ああ、俺はコイツ等の兄貴分だ」

兄さんはそう言って、はやてちゃんと握手した。

「あれ?
兄さんの学校、まだ終わってないんじゃ……」

兄さんは微妙な表情を浮かべて、頭を掻きながら私の質問に答える。

「あ〜、
その、なんだ?
早退だ」

「元気そうなのに?」

「まぁな」

「ふふっ、
お兄〜ちゃんは学校を抜け出してでも、私達に会いに来てくれるんだよっ♪」

溜息混じりに答える兄さんに再度、抱きつきながらアリシアが楽しそうに言う。

「……まぁ、ブッチャケると、
どうにもムシャクシャしちまってな。
このまま授業を受けていたら、教室で大暴れしそうになったから逃げてきた」

「え゛、大暴れって……ナニですのん?」

はやてが顔を強張らせながらオズオズと聞く。

「あ〜〜、
なんつぅか、今朝起きてからずっと、誰かに何かを強制されてる感じがしてて不快でな。
しかも、学校の様子が今までと全然違ってたんで、その不快感が殺意にまで膨れ上がっちまったんだわ」

「様子が違うってどんな風に?」

兄さんの言葉にアリシアが疑問を挟む。

「ああ、恐ろしい事に、出会う全員が俺にニコヤカに微笑みかけて来やがったんだ」

「「へ?」」

私とはやてが呆然と問い返す。
兄さんは、まるで怪談を語っている様に、冷や汗を垂らしつつも真面目な表情を浮かべていた。

「ぷっ、
あははっ、あかんわっ。
はははははっ、
そんなん普通やん!
何、いきなりそんな事言ってはるのんっ。
可っ笑しいわぁっ、あはははははっ」

「ぷぷぷっ、
駄目だってはやて。
笑っちゃ駄目だよ、くくくっ」

しばらくの間、私とはやてはおなかを抱えて大笑いしてしまった。

兄さんがその光景を不満そうに眺めるのは当然の事かもしれない。
でも、兄さんに抱きついたままのアリシアが今の言葉で何か考え事をしているのが妙に不思議に感じた。

あまりに不思議だったから、聞いてみた。

「あれ?
アリシアは今の兄さんの台詞、面白くなかった?」

「……へ?
ああ、いや……面白くなかったけど」

兄さんの顔色を窺いながら、私の言葉を否定するアリシア。

アリシアの視線に気付いた兄さんがアリシアの頭を乱暴に撫でると、彼女の真剣だった表情が蕩けてヘニャった。

む、
なんとなく不愉快。
何でアリシアばかり……。

「あ〜〜……、
お子様にはまだ判らんかね。
っつうか、小学校でも居ないか?
ソリがあわない奴がクラスに、一人くらい。
同じクラスでも話した事無い奴とか居るだろ〜が」

アリシアの頭に手を置いたまま、兄さんが言う。

「……まぁ、
話した事無い人はいるけれど……顔を合わせれば挨拶はするよ?」

「えっと、私は体弱くて、学校行って無いから……」

私の後に続いて言ったはやての言葉で、一瞬私の呼吸が止まった。

「ふ〜〜ん、そっか。
ともかく、
だから異常なんだよ、人間30人も居れば気に入る奴も気に入らん奴もいる。
フェイトの学校は私立のレベルが高いトコだから、ガキ共の躾もしっかりしてるんだろうけどな。
普通は、気に入らん奴なんぞ無視するかボコるか……だ。
『狂犬』呼ばわりされていた俺にニコヤカに挨拶するなんざ狂気の沙汰だぜ」

はやての言葉をあっさりスルーして、自分の言葉にヤレヤレと肩を竦める兄さん。

「……きょ、狂犬……!?」

なんだか、はやてがドン引きしてる。
「ヤバい人に捕まってもた……」とか呟いてるし……。

「兄さんって、そんな渾名貰ってたの?」

私達にとっては、ぶっきらぼうだけど優しい兄さんなんだけどな。

「ん?
ああ、そう……だった…………はずだが、な?
あり??
……なんか記憶が変だな。
あれ?
そもそも俺の町にこんな公園、有ったっけ?」

「……あ、
も、も〜〜っ!
訳判んない事言ってないで遊ぼうよ!
折角、新しい友達も出来たんだし!!」

頭を抱えて、なんだか怖い台詞を呟いている兄さんをアリシアが引っ張った。


なんだかアリシア、兄さんの悩み事の内容を知ってそうな雰囲気。
強引に意識を逸らせようとしてるような……。

と、

いきなり空が凍った。

「「「「へ?」」」」

皆が同時に疑問の声を上げる。
周りを見渡すと、地面も樹もビルも海も何もかもが凍りついていた。

そして、何時の間にか私達を除いて誰も居なくなっている。

「……なんやの、これ?」

驚きのあまり、感情が零れ落ちた声色のはやてが言う。

ピシリ。

どこかで音がした。

ピシ、ピシ。

ピシピシピシピシピシピシ……。

直後、あらゆる所から音が響いてくる。

「わ、割れてる。
世界が、割れてる……」

思わず口走ってしまった私の台詞が、現実の物になった。

凍りついた全てに亀裂が走る。

空の破片が落ちてくる。

海が砕けて、どこかに落ちていく。

ビルが崩壊を始めた。

「……ふぅん。
なるほど、ここは箱庭だったか」

「え、どう言う事やの?」

兄さんの呟きに反応するはやて。

「空が凍って、ヒビ割れるなんてありえねぇ。
だったら、この光景は作り物だと考えるのが妥当だろ?
通りで妙な『強制』を感じる訳だ。
ここは誰かが作った箱庭なんだよ、誰かに都合が良い『こう有って欲しい』箱庭さ。
俺には牢獄にしかならんがな……」

「どうして?
『こう有って欲しい』って事が実現されるのなら、それは楽園じゃないの?
少なくとも、ココは優しい所だよ?」

兄さんの言葉のトゲトゲしさに、私は思わず噛み付いた。

「ハッ、
そーいうのが良い奴もいるんだろうがな。
俺にとっちゃ、こーいう『楽園』は拷問部屋だ。
世の中は、
『思い通りにならない』からこそ、生きる価値があるんだと思うぜ。
少なくとも、噛み付き甲斐がある。
強敵だからこそ叩き潰した時、気持ち良いんだろうが。
困難な事を成し遂げるからこそ、やり甲斐って奴が生まれるんだろうが。
『ぶちのめしたい』と思った相手が既にぶちのめされていたら、
いや、そもそも敵が居なかったら、俺は何をして生きりゃいいんだか……。
ん?
おお、そうなったら『箱庭』な世界こそが俺の敵になる訳か」

「わっはっはっ、コイツは盲点だったぜ」と笑う兄さん。

……根っ子から反逆者なんだね、兄さん。
『自分が何者であるのか』と言う事を理解している兄さんを凄いと思うと同時に、恐く感じる。

と、兄さんが口を開く度にアリシアの顔が曇っていくのが見えた。

あれは……後悔?
アリシア、貴女は何を……。

「お話中、ちょっと悪いねんけど。
今、私達ってお話する余裕無いと、私思うんやけどな」

「ちょい、下見てぇな」と下を指すはやての言葉に従って足元を見ると、世界のヒビが足元まで走っていた。

改めて周囲を見渡すと、既に私達の足元以外は完全に崩壊していた。
凍りついた世界が剥がれたその先には、何も無かった。

真っ暗闇。

今はまだ、四人ともお互いの姿を認識出来ている。

でも、最後の足場が消えたら……。

私の背筋に冷たいものが走った時、

ついに足場が崩壊し、

私達は闇の中に叩き落とされた。


【このまま行動不能になってはいけません】


暗い闇の中へと落下する中、私の脳裏に響く声が警告を発した。


【なぜならば、■■■■を、まだ助け出していないからです……Sir】



誰の事?
そもそも、私にこんな状況をどうにか出来る訳が……。


【可能です。
貴女ならば、このような状況、敵ですら無い。
……Call me Sir。
May the forces be with you(力は貴女と共に)……My master】


その一言で、気付かぬ内に私に巣食っていた霧が晴れた。

「バルディッシュ!
セーーーット・アップ!!」

 

 

 ◇ ヴィータ ◇

 

 仮面の奴等をふん縛って、
ようやく、はやてを取り込んだ闇の書と話が出来たと思ったその時、闇の書が氷付けになった。

髭面のジジイがやった。

仮面で偽装していた、誰かの使い魔二人がバインドに拘束されたまま、歓声を上げる。

一瞬でアタシの思考が沸騰した。

「テメェーーッ!
よくも、はやてをーーっ!!」


予備動作無しで飛び出す。
グラーフアイゼンは通常形態に戻ってしまっていたけど、ジジイ一人撲殺するのにギガントは要らねぇ。

クソッタレの髭面ジジイが反応する前に、
直上から体重や加速度を込めた全力でグラーフアイゼンを叩き付ける。

決まった!
我ながら会心の一撃!!

見ろ!
叩き付けた床がクレーター状に陥没したぜ!!

ん?

床が、クレーター……だと?

ジジイは何処だ!?

いきなり直ぐ側から叩きつけられた殺気に振り向くと、
グレアムとか呼ばれたアイツが、ジジイとは思えない身のこなしで右手のデバイスを振り下ろして来た。

グラーフアイゼンを構えようとするけど、槌頭が床に食い込んで離れない。

あ……、
避けらんねぇ……はやて……ゴメン。

目をつぶって衝撃に耐えようとしたら、鋭い金属音が周囲に響いた。

痛みを感じない事に疑問を感じながら、おそるおそる目を開くと、
目の前に青色の防御魔法陣が展開していた。

「感情に流されすぎだぞ、ヴィータ」

離れた所からザフィーラの呆れた声がする。
ザフィーラが防御魔法陣を遠隔で展開してくれたのだ。

「うっ、うっせぇっ!!
ちょっとミスっただけだっ!!」

グラーフアイゼンを強引に引き抜いて、再度ジジイへ叩き付ける。

ジジイは、なんの魔力も展開していないのに背中に羽が生えたような動きでアタシの攻撃を避けた。

旋風を上げて空振りするグラーフアイゼン越しに、離れた場所へ着地するジジイが見えた。

やべぇ。
コイツはやべぇ。

全力で潰さないと、こっちが潰される。
このジジイはバケモンだ。

ザフィーラの防御魔法陣がまだ展開しているのを確認した上で、グラーフアイゼンにカートリッジを再装填。
こういう火力が欲しい時は、銀色の奴の特大カートリッジが羨ましくなる。

でも、手持ちの戦力だけでヤルしかない。

装填が完了して、グラーフアイゼンが音を立てて伸縮する。
カートリッジはまだ使わない。
あのジジイの限界を見極めてから使わないと、弾が足りなくなる。

視界の隅でシグナムがレヴァンティンに手をかけたのを見た。
シャマルも身じろぎして対応策を検討しているのが判った。
ザフィーラは何時でも動ける様に身構えている。

よし。

ヴォルケンリッターにケンカ売った事を後悔させてやる。

駆け出そうとしたその時、背後から大きな声が響いた。

「双方、デバイスを下げろっ!
これ以上は管理局への反逆と受け取るっ!!
貴方もだっ、グレアム提督っ!!」


執務官と名乗ったチビが吼えると、周囲に展開したままの兵士達もデバイスを構えた。

ちっ、
この状況下でジジイをぶちのめすのは分が悪ぃ。

でも、このまま引っ込むのも収まりが悪ぃな……。

結局、逡巡してしまったのが駄目だった。
気が付いたら、執務官のチビがアタシよりも前に立ってジジイと話を始めてしまっていた。

「……何故、貴方がココにいるんですか」

「気付いているのではないかね?」

「何故、このような真似を……」

「気付いているのだろう?」

「……初めから、こうするつもりだったのですか?」

「状況は想定から外れたが、目的は果たした。
後は、闇の書を解析して完全消滅させる方策を見い出すだけだ」

「何故、管理局を裏切るような真似を……」

「私は提督とはいえ、ただの名誉職についているに過ぎん。
実際の権力は無いに等しい。
そして、多次元に手を伸ばしすぎた管理局は、
危険な闇の書への専任対策部隊を作る事も出来ず、その場その場の対症療法に頼るしかないほど戦力が足り無い。
今の管理局も設立から150年経ったとはいえ、
巨大な図体の割に、まだまだ組織としては未完成で隙が大きいのだ。
なにより中央集権にすぎる所為で、管理局中枢部は現場を認識しきれていない……。
まぁ、生まれた時から今の管理局が有った君には理解し辛いのかもしれんが、な」

「……それでも、提督のやった事は犯罪です……」

「その通り。
だが、判って居てもやらねばならん時がある。
少女一人と老人一人で世界を一つ救えるのなら、安いものだ。
……、
気持ちだけで世界は救えんのだよ!クロノ君!!」

ジジイの言葉に再び頭が沸騰したアタシはグラーフアイゼンを振り上げようとした。

だけれど、右肩に乗せられた手に動きを阻害される。

怒りと共に振り返ると、いつの間にか近づいていたシグナムが首を横に振った。
そして、ゆっくりと口を開いた。

「ここで暴れれば……最悪、凍結された闇の書と主に被害が及ぶ。
今は抑えろ」

「でっ、でもよ……大丈夫なのかよ?
あんな……氷付けになっちまって……酷い……」

「判らん。
だが、判らないが故に下手を打つ訳にはいかん。
今は状況を見極めるべきだ」

平静な声のシグナムに歯軋りする。

判ってる。
シグナムだって内心は煮えくり返ってて、あのジジイを殴り飛ばしたいって事は。

シグナムの言っている事は正しい。
今、バカな真似は出来ない。

それでも我慢するのは……辛かった。

そんなアタシ達を置いて、執務官のガキとジジイは何事も無く話を続けていた。

「……そういえば、この次元世界は提督の出身世界でしたね。
しかし、法には従って頂く。
時空管理局顧問官、ギル・グレアム!
公務執行妨害、情報隠蔽その他の疑いで貴方を逮捕する!!」

執務官のガキがジジイへと歩いていく。
ジジイは疲れた笑みを浮かべて、大人しく両腕を差し出した。

……、

…………。

なんだか、物凄く納得がいかない。

はやてはまだ、氷漬けのままだ。

じゃあ、管理局の連中全員をぶっ飛ばしてでも、はやてを助けなきゃ!

そんなアタシが一歩足を踏み出した時、

何かが割れる音が、

かすかに聞こえた。

 

 

 ◇ リンディ ◇

 

 ひとまず状況が安定した事にほっと一息を付く。

「エイミィ。
夜天の書とその主をアースラへ転送する準備を。
……警戒態勢は維持しなさい、まだ何が起こるかわからないわ」

メインモニターには凍りついた夜天の書と主。

その周りには武装隊とクロノ、なのはさんとアルフさん。
守護騎士の面々と…………グレアム提督と使い魔のリーゼ姉妹。

……まさかグレアム提督が手を出していたなんて。

管理局の人間の可能性は考えていたけれど、提督のような大物が噛んでいたとは想像して無かったわ。

冷凍封印によって時間と余裕が稼げたのは事実だけれど……こんな強引な手段を取るとは……。

それほどに、あの人(クライド)の事が提督の心に影を落としていたのかしら。

しかし、
今までの動きから、グレアム提督は夜天の書の所在をすでに掴んでいたという事になるのだけれど、
どうして夜天の書が起動する前に確保してシステム解析に移らなかったのかしら……。

……あ!

そうか、なるほど。

前回……すなわち11年前、捕獲に成功した時、
当時の主から切り離された夜天の書は魔力を求めて強引にL級次元航行艦を侵食したのだったわ。

動力炉を喰らい艦を乗っ取った夜天の書は、艦に装備していたアルカンシェルを僚艦へと向け、
その僚艦に乗っていたグレアム提督が逆にアルカンシェルで、艦に残って状況を伝えていたあの人(クライド)を艦と夜天の書ごと吹き飛ばした。

この事実から、夜天の書がもっとも安定する瞬間……すなわち完全起動した時を狙って冷凍封印したと。

おそらくグレアム提督は夜天の書にマトモな思考能力は無いと見限っていたのだろうけど、
先の行動を見る限り、夜天の書にはインテリジェント・デバイスをも越えるレベルの人格がありそうね。

下手に封印してしまうよりも、夜天の書の人格と交渉して問題解決に当たった方が……、

いや、これまで夜天の書自身が状況を収める事が出来たという情報は無い。

なによりも、もう、既に封印してしまった。

『もしも』に心遊ばせるよりも、現状を見極めた対応を取らないと。

「……転送準備完了です、艦長」

エイミィが私に振り返って報告する。

「そう。
それでは、アースラの対爆隔離倉庫に座標設定。
結界は三重に。
妙な動きをしたら、倉庫ごと艦外に投棄出来るように準備しておきなさい」

「了解です!
……でも、そこまで警戒するほどの物なんですか?」

「警戒してしすぎる事は無いわ。
なにせ、アレは古代ベルカの生きたロストロギアなのだから……冷凍封印されたからと油断すると艦ごと乗っ取られるわよ」

「……はぁ、判りました」

「っ!?
艦長!!
夜天の書の魔力が僅かに上昇を始めましたっ!!」

アルカンシェルのスタンバイが終わった後、現場の魔力反応を検出させていたアレックスが叫ぶ。

ああ、もうっ!
言った側からっ!!

「エイミィっ、作業を中断して現場に警告っ!
いざとなれば現場の全ての人員を強制転送させなさい!!
アレックス!
夜天の書の動向に注意っ!!
他の者は、状況の急変に備え待機っ!
……お願いだから、アルカンシェルを使わせないでよ……」

胸ポケットからアルカンシェルの発射キーを取り出す。
使いたくは無い、けれど、最悪の場合は躊躇無く使わなければならない。
……現場にいる皆とこの星を巻き添えにしてでも。

ブリッジの全員が固唾を呑んで見守るメインモニターで、夜天の書を覆う氷が罅割れた。

同時に、装甲に覆われた触手のような物が大量に夜天の書から飛び出した。

触手の半数はユニゾンしている主に氷ごと巻き付き、覆う。
残り半分は周囲の物を片端から取り込み始めた。

そして、

その内の一本が背中を向けていたクロノへと一直線に迫った。

「っ!?
そんなっ!!
クロノッ!
避けてっ!!」


思わず、聞こえるはずの無い警告を叫ぶ。

その直後、

メインモニターの中で赤い飛沫が舞った。

 










中編に続く








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