そこは白かった・・・

壁には色とりどりのポスターが貼られ、通路脇には黒色の長いすが置かれているが、
そのどれもが“彩り”とは成らない・・・むしろ、その作為的な“白さ”を強調している・・・奇妙な空間。



 そこを一人の少女が歩いていく。

青みがかった銀色の髪と、人にはありえぬ筈の金色の瞳を持った、小柄な美少女・・・
だが、その身長から推察される年齢からすれば不自然なまでに落ち着いたその雰囲気は、
彼女を可愛らしい存在には見せない。

可愛いのではなく、美しいという、文字どうりの意味での“美少女”。

その姿は、見る者すべての脳裏に一つの言葉を浮かべさせる。

―――妖精―――

幻想の世界のみに存在するものであると知りながらも、だれもが、初めて見たときには、彼女をそう認識する。
 
この世のものとは思えない、どこまでも“神秘的な”少女。



 奇妙な空間と、不思議な少女・・・ともに不自然な存在でありながら、
その存在を疑うものは誰一人としていないであろう。

前者は、常識、あるいは経験が。

後者は、その身に纏った連合宇宙軍仕官服、あるいは連日流されるニュース記事が。

その存在を確たるものとしている。



 白い空間の名は、“連合宇宙軍属病院”。

そして、妖精の名は“ホシノ ルリ”といった。





<機動戦艦ナデシコ 〜あの戦場にもう一度〜>

第1章『再起』

第1話『大人の義妹と少女な義姉』





 地球連合宇宙軍少佐“ホシノ ルリ”・・・彼女は紛う事なき有名人である。

その神秘的な容貌と複雑な過去、そして“最年少艦長”“火星の後継者の鎮圧者”という称号をメディアが放っておく筈もなく、彼女は一般大衆の間では、アイドルであった。

そして、禁じられし遺伝子操作による最高傑作としての力・・・単独での“火星の後継者”鎮圧を可能にした絶大なコンピューターオペレート能力、すなわちマシンチャイルドとしての能力により、軍部・政界からは“最大の潜在的危険因子”としてみなされていた。

(もっとも、軍部・政治家の大半は、一般大衆の彼女への高い支持を見て、『いつ何時己の権力を脅かすか分からない』という意味で危険視していたに過ぎず、マシンチャイルドの危険性など大義名分でしかなかったが。)



 先に起こった“火星の後継者の乱”鎮圧後、軍上層部の命令で即座に封印されたナデシコCに代わり、かつての乗艦ナデシコBで、火星の後継者の残党狩りを行っていた彼女が、艦の整備のため地球に帰還したのが一昨日のこと。

そして昨日、宇宙軍総司令部に報告のため出頭した彼女に、上官であり法的には祖父にあたる・・・相手は義孫ではなく義娘として彼女を扱うのだが・・・ミスマル コウイチロウ総司令の口から告げられたのが、彼女の義母・・・彼女は義姉と思っているが・・・であるテンカワ ユリカ(旧姓ミスマル)の覚醒だった。

すぐにでも、義姉のもとに駆けつけたかったルリだったが、生憎病院の面会時刻をとっくに過ぎていたため、翌日の面会を予約し、その日は宿舎に帰った。

そして今日あらためて義姉の病室を訪ねてきたのであった。



 長い通路を歩いていたルリの歩みが、ある一室の前で止まった。広い病院の中でも特殊な一室・・・VIP(very important person)と呼ばれる一部の人物にしか利用できない部屋である。

扉の横にはミスマル ユリカと記されたプレート。

それともう一つ・・・人形の如く微動だにせず立っている黒服の大男。無論、置物ではない・・・が、病室を訪れた人間というわけではない。

“VIP専用特別個室”

核兵器とグラビティーブラスト以外のあらゆる兵器を防げる設備と、許可なきものはウイルス一つ通さない病的なまでのセキュリティーに囲まれた、“陸の孤島”。

彼女の義姉はここにいた。そう、彼女の義姉にはここを使う資格があった・・・厳密には資格と“義務”が・・・



 ルリは、緊張した面持ちで、扉の前で一度深呼吸してから、室内に呼びかけた。

「ユリカさん、ルリです。」

「・・・入って。」

今時珍しいインターホン(医療機器に要らぬ影響を与える可能性から、病院内でのコミュニケ等の使用は禁じられている。)から義姉の声が聞こえると同時に、扉がロックされていることを示す赤いランプが緑に変わったのを確認して、ルリは室内に入った。

そして、ベッドから起き上がった女性に、いつもポーカーフェイスの彼女にしては珍しく、複雑な・・・再会の喜びと、義姉を騙す事への罪悪感が入り混じった表情で話しかけた。

「お久しぶりです、ユリカさん。」

「久しぶりだね・・・ルリちゃん。」

女性・・・ユリカは、嬉しそうな・・・けれどどこか儚さを感じさせる弱々しい微笑を浮かべ、静かにルリにそう答えた。



 テンカワ ユリカ・・・彼女もまた有名人だった。

長い紫がかった黒髪に、同色の瞳、そして女性らしく成熟した抜群のスタイルと、それに反して幼さを感じさせる面立ちをした長身の美女。

ルリとは全く違うタイプだが、凄まじい美人である。

だが、彼女は人々に愛されるアイドルとして有名なわけではない。

一般大衆に対する知名度は低いが、軍部のすべてと政界・経済界上層部においては知らぬ者のいない人物なのである。



 数年前まで地球と木連(木星圏ガニメデ・カリスト・エウロパおよび他衛星小惑星国家間反地球共同連合体)の間で行われていた、俗に“蜥蜴戦争”と呼ばれる、人類初の惑星間戦争。

100年程前、地球に対し独立を求め・・・そして敗れ追放された当時の月植民地の住人たちが、木星圏で出会った異星人の古代文明を使い、地球に対して始めた“報復戦争”。

この戦いの最中、民間運用の戦艦として、敵勢力下にあった火星の民間人救出におもむき(成果は殆どなかったものの)無事帰還し、その後軍属になってからは、当時、連合軍では歯が立たなかった木星蜥蜴に対し信じられない戦果を挙げ、遂には、蜥蜴戦争の真の目的・・・火星にある“ボソンジャンプ”という古代異星人文明の瞬間移動技術の中央演算ユニットの奪い合い・・・に気づき、演算ユニットの破棄という荒業で戦争を終結に導いた一隻の戦艦があった。

その名は“ナデシコ”。

奇跡の戦艦とも、悪魔の戦艦とも呼ばれるその艦の頭脳にして、天才とも天災とも呼ばれた名艦長・・・それが彼女、テンカワ ユリカ(当時はまだミスマル ユリカだったが)だった。

当時の各界上層部は、都合の悪い事実が明るみになることを恐れ、ナデシコを表舞台で評価する事を可能な限り避けたため、一般大衆にはナデシコが果たした役割が真に理解されることは無かったが、各界上層部と、無視するにはあまりに大きすぎる戦果を知る軍の大半の心には“ナデシコ”と“ミスマル ユリカ”の名は強く刻まれることになった。



 だがしかし、彼女の名はそれらとは関係ない全く別の意味でも有名だった。

―――SNOW WHITE(白雪姫)―――

彼女はつい先日までそう呼ばれていた。

天才艦長としてではない、彼女の価値・・・それは“A級ジャンパー”であることだった。



 生体ボソンジャンプに耐える資質(ジャンパー体質)を先天的に持ち、人為的な遺伝子操作によりジャンパー体質となった者たち“B級ジャンパー”とは比較にならないほど高い“演算ユニットへのイメージ伝達能力”を持つ者たち。

出生前のある一時期を火星で過ごした者のみが有するこの能力は、蜥蜴戦争で火星の住民がほぼ全滅したことも相まって、極めて貴重な能力となった。



 言うまでも無くボソンジャンプは価値の高い技術だった。

SFにしか出てこない瞬間移動技術は、SFを現実のものにする可能性を秘めていた。(だからこそ、地球連合も木連も多大な犠牲を払い戦争をしてまでそれを独占しようとしたのだが。)

小は輸送に掛かる費用の縮小から、大は太陽系外への人類圏の拡大まで・・・そして、瞬間移動による奇襲までも。

和平という形で蜥蜴戦争が終結した後も地下でその牙を研ぎ続けていた木連過激派“火星の後継者”はそのことに目をつけた。

『圧倒的少数でも現体制を打破できる・・・そしてその手段を持つのは自分達のみ・・・。』

実現すれば時代の流れを容易に変えられるが、およそ現実には起こり得なさそうなそんな状況を作る手段を、彼らは見つけ、実行した。

“A級ジャンパーの独占と、A級ジャンパーによる演算ユニットの制御。”

ナデシコの手により破棄された演算ユニットを回収することに成功していた彼らには十分可能な計画であった。

彼女、テンカワ ユリカも彼らに目をつけられ、誘拐された。

夫“テンカワ アキト”との新婚旅行のシャトルを襲撃されて・・・。

その後、彼女は演算ユニット“遺跡”と融合させられ、イメージ伝達時の翻訳装置として利用されることとなった。

強制的に睡眠状態におかれ利用され続ける彼女を皮肉って、火星の後継者が与えたコードネーム・・・それが“SNOW WHITE”。



 結局、火星の後継者は、現体制に少なからぬ不満を抱いていた元木連所属の統合軍人・・・火星の後継者側の優位性に心の底で燻っていたものを刺激されたのだ・・・を吸収し、かなり良い所まで現体制を追い詰めたのだが、死亡した筈のA級ジャンパー“イネス フレサンジュ”オペレートの単艦ボソンジャンプよる、ホシノ ルリ率いる“電子兵装艦ナデシコC”の逆奇襲とクラッキングに敗北することになった。

そして、彼女は遺跡から切り離され、夢の世界から現実の世界に戻ってきた。



 切り離し後、一時的に意識が回復した彼女だったが、遺跡との融合により体力が極端に落ちていたため、その後一ヶ月以上昏睡状態に陥っていた。

その彼女が目を覚ましたのが、つい十日ほど前。



 その後、彼女は今日まで実父コウイチロウと主治医であるイネス以外のだれとも接触できなかった。義娘であるルリに、彼女の覚醒を通信で伝えることさえ禁じられた。

A級ジャンパーの軍事的価値の高さを、火星に後継者にイヤと言うほど身をもって教えられた地球連合上層部は、彼女が奪われることを恐れると同時に、彼女自身を恐れた。

それゆえ、陸の孤島ともいうべきこの病室に彼女を幽閉し、外から守ると同時に、徹底した監視の下においたのだった。

(まぁ、宇宙軍総司令の娘であり、また、数少ないA級ジャンパーの生き残りである以上、いつまでもこのままということは無いのだが・・・)

・・・もっとも、彼女はそのことを大して気にはしていなかった。そんな余裕は、今の彼女には無かった。





「ほんと、久しぶりなんだよね・・・ルリちゃんにとってはさ・・・私にとっては、まだ一ヶ月ぐらいしかたってないんだけどね。」

「そうですね・・・私にとっては大体二年ぶりです。」

 そう・・・私にとっては、二年ぶりの再会。あの日・・・何よりも大切だった家族を失った、あの忌まわしい事故の日から、二年も経った。

「なんだか、あんまり実感なかったんだけどね・・・御父様もイネスさんもちょっとしか変わってなかったし・・・けど、こうしてルリちゃんに会ってやっと実感したよ。一ヶ月ぐらいじゃ、ルリちゃんがこんなに変わるわけ無いもんね。」

「・・・そんなに変わりましたか?」

「うん・・・すごく大きくなったし、綺麗になった。なんか、女の子っていうより女って感じ。今のルリちゃん、なんとなくミナトさんに似てるよ。」

「さすがに、そんなことは無いですよ。自分でも少しは変わったと思いますけど。」

確かに私は変わった。変わらざるを得なかった。

自分の心を否定していた私に“人であるということ”を教えてくれたアナタとアキトさんを失って、私は生まれて初めて絶望した。

ミナトさんや、ユキナさん、ウリバタケさん・・・ナデシコの皆さんに励まされ、立ち直ることができなければ、きっと私はアナタたちの後を追って死んでいただろう。

人になった私には心を・・・想いを捨てることは、もうできなかったから。

アナタたちと過ごした時間は、忘れてしまうには重すぎたから。

大げさかもしれないけど、初めて自分の生き死にを選ばなきゃいけなかった。生きてるフリはできなかった。

そこを乗り越えた分、少しだけ私は強くなれた。

たとえ何かを失っても、そのことに囚われない強さを手に入れた。

・・・でも、ユリカさんに流れた時間は一ヶ月程度。ユリカさんは、これから乗り越えなくちゃいけない。

ユリカさんは強い人だから、大丈夫だと思っていたのだけれど、乗り越えられるだろうか・・・以前の太陽のような輝きが無い今のユリカさんを見ていると、正直不安になってきた。

「・・・ねぇ、ルリちゃん。」

「はい。」

ユリカさんは、泣きそうな、何かを期待するような顔で、静かに問いかけてきた。

「アキトが死んだって言うのは・・・本当なの?」

一瞬どう答えるか迷った。

「・・・ハイ、本当のことです・・・」

・・・けれどすぐに、自然と私の口からはその言葉が出た。








〜あとがきっぽいもの〜

 初めまして、この度SSに初挑戦させていただきます、“黄昏のあーもんど”と申します。

今まで、読む方専門だったのですが、Actionのオーラに当てられて、気がつけば、私的ナデシコ裏設定を勝手に大量生産してました。

あんまりにも量が増えたので、「いっそ自分でも書くか」、と思い立って書き始めたものなので、人様に見せる必要は皆無なんですが、某“紅”の人と同じく『せっかくだから』というただそれだけの理由で投稿させていただきました。←『せっかくだから』を赤色で

なので、文章力が稚拙、おもしろくない、いつまでたっても上達しない等の系統の批判は、勘弁してください。

文章力UPは、あくまで、自分の必要とするレベルでということになります。

その系統の不満がある方は、所詮、レポート以外で物を書くことのない理系人間のラクガキとでも思って、生暖かい目で放置してください。

『そんなフザケた考えの奴がくるんじゃねぇ!』とお怒りになられた方、不快にさせたことを謝罪します。が、できれば、『そんな人間にも自己満足の場所を与えてやろう』ぐらいの気持ちで放置していただければ幸いです。

文章力を上げようと真剣に努力している方々を、侮辱する気持ちは一切ありません。自分が書いたもので、精神的快楽が得られる人が一人でも居れば意味があるだろう、という気持ちで投稿させているに過ぎませんから。



 さて、前倒しで謝るのはこれぐらいにして、少しばかり今後の予定を。

 まず、大前提として、この作品は長編です。初SSで、長編なんて、我ながら素敵に無謀ですね。

ですが、先に述べたように、私的ナデシコ裏設定を生かすことが主目的であり、文章力UPは二の次なので、短編書いて研鑽を積むというプロセスは、省略になります。

したがって、いきなり長編ということになったんです。

 次に、この作品は<時の流れに>とは、無関係です。

しつこいようですが、基本は私的ナデシコ裏設定ですから。

まぁ、<時の流れに>の大ファンなので、いきなり路線変更する可能性はなきにしもあらずですが・・・。

ただ、Ben波に当てられてもダークに走ることは多分無いです。苦手なんですよ、ダークは。

私的設定が基本ですが、途中から参戦予定のオリジナルキャラの一部に、とあるゲームのキャラを混ぜる可能性は高いです。

がんばって、完全オリジナルのキャラで代行させるかもしれませんが、まず無いでしょう・・・だってあのキャラ濃過ぎるんだもん。

 最後に、文体、総作品量および執筆ペースですが・・・

すいません、どうとも言えません。

なにせ私のスキルは、物書きLV1・パソコンLV1な上、今後の生活もどういうサイクルになるか全くわからないものなので。

文体は、今後自分でも改造していく気があるのでほぼ確実に変わるでしょう。

総作品量および完結までの期間は未定です。プロットは一応上がってますが、今後手を加えると思いますし。

日本国内に居る限りはなんとか完結させたいと思ってますが、予測執筆ペースからすると、それすら怪しいので・・・

理由の如何にかかわらず、人様に見せた以上は完結させる義務があるとは思ってますが、さすがに、日常生活に著しく影響が出るようであれば無理はできませんから。

やれるだけはやります。

 あと、この作品がいわゆるアフター系・逆行系などの、どの系統に属しているかは、秘密です。まだ、プロローグですしね。まともに話が始まるのは次回からです。

したがって、基本設定が何に準拠してるかも、もうしばらく秘密です。



 この作品が、一人でも多くの人の喜びとなることを願っています。 by 黄昏のあーもんど

 

 

管理人の感想

黄昏のアーモンドさんからの初投稿です。

・・・最近、流行ってるのか?そのBen波とゆーものは(苦笑)

まるでインフルエンザみたいな存在だな(爆)

さて、黄昏のアーモンドさんの作品ですが、今回は現在の状況説明に徹してますね。

物語の時間は、火星の後継者の反乱が終わり、ユリカが目を覚ましたところ。

ただ、アキトは既に死亡しているという事ですが・・・どうなんでしょうね?

続きを楽しみにして待っています!!