「ラピス、後どのくらいだ?」



黒いエステバリスを操りながら彼――テンカワ・アキトは

彼の母船ユーチャリスにいるオペレーターラピスラズリに確認をとる。

復讐の終わりが近づいていることを。



『うん。それが最後』



「そうか」



彼は、特に何も考えず、そう応えさらに愛機――ブラックサレナのスピードを上げる。

普通ならば到底耐えることが出来ないG。彼だからこそできる神業。



そのブラックサレナに狙われた標的―火星の後継者の残党のエステバリスは手に持つライフルを連射する。

発射されるたびに銃口が光る。だが、ただそれだけだった。放たれた弾丸は目標を大きくそれる。

相手が早すぎるのだ。ロックオンした次の瞬間にはもう次の場所へと移っている。



さらに、予測不可能な動き。これではどこのエースパイロットであろうと命中させることはできない。

残党は死を覚悟した。その刹那。カノン砲の命中をもって、覚悟は現実の物となった。



「……終わった」



ボフッ、とシートに身を沈め込ませる。若干の感覚しか無いとは言え、シートの冷たさは復讐が終わったことを実感させてくれた。ほんの少しの時間だけ。



『!! アキト。ボース粒子反応。前方約200』



「なに!?」




(バカな! 火星の後継者の残党はこれが最後のはず。

残っていたとしても、ボソンジャンプできるようなやつは残っていないはずだ!)




そんな考えが頭の中を巡る。



『……来るよ』



少しのタイムラグがあって、目の前に一機のエステバリスが姿を現す。

そう、忘れもしないあのエステバリスが……



それ見たときに、アキトの顔に現れたのは哀しみか? 怒りか? はたまた喜びか?

ともかく、アキトは叫んでいた。目の前の真紅のエステバリスに向かって。



「やはり生きていたのか……北辰っ!」



目の前に広がる大宇宙の中に一つだけたたずむ、真紅のエステバリス。『夜天光』

その手に持つのは錫杖。その中に居るのは彼が決して忘れることが出来ない外道。



そして、火星での戦闘の後、死体が見つからずいつかはまた戦うだろうと思っていた相手。



画面には出ていないがそのコックピットの中で北辰が笑っているのをアキトは感じた。



「もはや、火星の後継者も何もかもが関係ない……我らは再び相まみえた。理由はそれだけで十分であろう?

決着を着けようぞっ! 復讐人っっ!!」



言い終わると同時にスラスターを噴かせ、すごいスピードで突っ込んでくる。



「……望むところだ。何も残らない俺の戦い。これで終わりだっ!」



同じく、スラスターを噴かせ、ブラックサレナを移動させるアキト。

二人の戦いが、今、火蓋を切って落とされた。















機動戦艦ナデシコ
〜ただ今この時を〜


プロローグ














「「はぁ……はぁ……はぁ……」」



あれから数時間、数十分争っていただろうか。

両者はすでに体全体でで息をしていた。それが戦いの激しさを物語っていた。

しかも、疲れているのは肉体や精神だけではない。それぞれの機体のも現れていた。

夜天光に関しては、右肩、左足が無く、所々破損し、火花が散っていた。

手に持っている錫杖も最初の半分ほどの長さしかない。

ブラックサレナもひどい物だった。左のカノン砲はすでになく、装甲も所々取れていた。

満身創痍。それだけでは不十分なほど破壊箇所は多かった。



「……ふっ、人の執念か。未熟者と侮っていたあのころが懐かしきかな。よくぞここまで我を楽しました。

だが、これですべてを決めようぞ」



もはや無くなっている腕を気にせず構える北辰。その構えは当然『木蓮式柔』片腕だけになったとは言え

油断は出来ないのも事実である。

アキトもそれに乗ったのか、カノン砲を漆黒の鎧の中へと入れる。



奇しくもそれは火星での仮の決着と告示していた。



「抜き打ちか。あのときのようには行かぬぞっ!!」



その声が合図だった。一気に最大加速まで一気に加速し突っ込む真紅と漆黒のエステバリス。





勝負は一瞬だった。





「……かはっ……」



夜天光のコックピットに突き刺さった刀。それが勝負の行方を示していた。

その巨大な刀に突き刺された北辰。今度こそ、命の炎は消えようとしていた。



「も、木連式抜刀術……奥の林…『閃』……み、見事なり……復讐者」



―――確実に、北辰の炎は消えた。



そして、アキトの方にも……



「何が見事だ。こっちもやられたっていうのに」



ブラックサレナの方ももはや両腕とも無く、コックピットの上の方。顔にあたらる部分すらも無い。



「……今度こそ終わった」



シートに倒れ込むアキト。そのシートの冷たさは戦いが終わったと言うことを徐々に実感させていた。

同時に、自分の命すらもつきようということも。





(俺の命も……あとわずかか)





最後の戦いによる精神と肉体の酷使。それはあと数ヶ月残っていたアキトの命を刈り取るのに十分だった。

死への恐怖はない。すでに自分は死んだ人間なんだから。



「……ぐっ……ごほっごほっ……がはっ」



胃の奥底からこみ上げてきた何かを押さえるようにかぶせた手には赤い血が濡らしていた。



『アキト! アキト!』



「ラピスか……」



通信機から聞こえたせき込む声でラピスにはどうやらアキトが危険な状態であることが分かったらしい。

心配そうな声を上げる。普段、感情の乏しい彼女からすればかなり珍しいことである。



ちなみに、彼女とのリンクはこの航海の前に切っている。限界だったのだ。すべてにおいて。

当然、ラピスは拒否したがアキトの説得によって切ることに成功した。



ただし、この航海に連れていくという条件のもとで。

そして、今のアキトはIFSの応用技術でかろうじてリンクしている程度に持っていっただけなのだ。



「……ラピス。ブラックサレナを回収後、ネルガルの月ドックへとジャンプ。分かったな」



『うん。わかった』



もはや見る影もないブラックサレナを回収するために白い戦艦『ユーチャリス』が動き始める。

だが、動き出した直後にまた事態は一変した。



『アキト! 近くに戦艦がいる!』



「……火星の後継者か?」



アキトは内心焦った。いくら最強と詠われたブラックサレナでもこんな状態では戦艦などが来ればいい的である。

つまりは、一瞬で消される。そうなれば、ラピスは混乱に陥りユーチャリスなどは操作できない。

きっと沈められるだろう……と。






(くそっ、俺の体……もう少しだけ……もう少しだけ時間をくれ)






いくら願っても、いくら渇望してもその願いは叶えられない。

その体はもやは動かない。限界を超えた体は意志の力を持ってしても動かない。



その歯がゆさを感じながらアキトは再び尋ねる。



「ラピス。その戦艦を調べられるか?」



『うん。……わかった。【ナデシコ】だよ。アキト』



その答えを聞いた瞬間。アキトは体を動かす必要が無くなった。



「……戦闘レベルDランクで固定。そのまま待ってくれ」



『でも……』



「いいんだ」



ナデシコに追いかけられた事は今まで何度かあった。しかし、そのたび、ユーチャリスの機動力で逃げ、

時にはブラックサレナで沈まない程度に損傷させてまで逃げていた。

だが、今回はそんな必要はない。すべては終わったのだから。



『アキト、ナデシコが通信を求めてる』



「繋いでくれ」



アキトのその答えに納得していないがならも今度は何も言わずに繋いだ。

心が繋がっていたラピスにはもう理解できていた。今のアキトにはこのことを言っても無駄だと。



そのことに気づいたアキトは、『娘』の成長を喜ばしく思い、

またこの後の展開を知っているだけに残念な気持ちがつもるのだった。



『アキトさん……ようやく応じてくれましたね』



「そうだね。ようやく終わったから……かな」



アキトは黒いバイザーをかけながらも微笑んだ。

その笑みは昔と同じ……ナデシコAに乗っていたときと同じ笑みだった。

一方でルリはアキトの顔に笑みが戻っていたことにも驚いたが、『終わった』という言葉に

強く反応せざるを得なかった。それは、彼女が最も待ち望んでいたことだから。



『……帰ってきてくれるんですか?』



疑問ではなく、確認。すでにルリの金色の目は潤んでおり泣き出す寸前。

もし、今、目の前にアキトが居たならば周りの目も省みずにその胸に飛び込み泣いているだろう。

だが、その問いにアキトは首を横に振る。



『!! どうしてですか!? 終わったんですよね! 全部!』



「言っただろ。ルリちゃん。君の知っているテンカワ・アキトは死んだんだ。ここにいるのはその亡霊。

復讐という感情に身を任せ、自らの手を血に染めたA級犯罪者『そんなことは関係ありませんっ!!』



アキトの言葉を途中で遮るルリの声。その声には普段のルリからは到底考えられないほどの感情が籠もっていた。

アキトを離すまいと、必死にすがる子供のような感情が。



『たとえアキトさんがA級犯罪者でも、血で染まっていてもアキトさんはアキトさんです!

私の大切な……家族なんです……』



その金色の瞳からあふれ出た涙は頬を伝っていた。



『犯罪者がなんですか。そんなの私とオモイカネでデータを改善すれば、

あなたは火星の後継者に洗脳されていたテンカワ・アキトとして生きられるんです。だからっ!』



それでもアキトは首を横に振った。いや、振らざるを得なかった。

もし、ここで縦に首を振ったとしてもそれはルリをぬか喜びさせる行為でしかないことをすでに悟っていたから。



「……ルリちゃん。ごめん。もう、ダメなんだ何をしても」



『どうしてですか? ユリカさんも待っているのにっ!』



ここに来てようやく切り札とも言える、ユリカの存在を出したルリ。

だが、アキトはユリカの名前を聞くと自嘲するかのように笑った。



「ユリカ……か。ルリちゃん。君はもう知っているんだろ?」



『な、何をですか?』



少し声が震えていた。周りのクルーには分からない。

だけど、一度家族となったアキトだけは直感的に分かる程度の振るえ。



「別に隠さなくてもいいさ。ユリカの……彼女の中のテンカワアキトは俺じゃない。

この血に染まった復讐者じゃなくて、彼女にとって都合のいい王子様のテンカワアキトなんだ。

……ついこの間ね。俺は彼女に会いに行ったよ。もう会えないっていうことが分かっていたからね。だけど、無駄だったよ」



そこまでのアキトの独白にルリは何も答えない。ただ画面の向こう側のルリはじっと何かに耐えているようだった。



「最初に発した一言が『あなた誰ですか?』だったよ。俺がテンカワアキトだって言っても信じてもらえなかった。

それどころか冗談だと思われていたよ」



くくくっ、と笑う。笑ってはいるが、その目尻には光る滴が浮き出ていた。

それがこぼれないように、ルリにそのことを悟られないように。

少なくても自分が悲しんでいることを知られないように、アキトは上を見上げた。



「もう彼女のテンカワアキトは俺じゃない」



『……それでも……それでもいいじゃないですか! 確かにユリカさんはあなたを待っていないかもしれない。

だけど、だけど……私は、ホシノルリはあなたを待っているんですっ!』



「ありがとう。その一言で救われたよ……だけどね。俺が帰らない理由はユリカのことだけじゃないんだよ」



『……どういうことですか?』



「もう、体が限界なんだよ。奴らに弄くられた体。大量のナノマシン。そして、今までの戦い。

全部、寿命を縮めるだけ。俺に残された時間は後もって1時間ぐらいかな」



『そんなっ!』



今まではシートに座っているだけで声を張り上げていたルリだったが

これには身を乗り出して、少しでもアキトに近づこうとして画面に顔を近づける。



「嘘じゃない。実際、今話しているのも実は結構しんどいんだ」



ははは、と力無く笑う。



事実、アキトは今現在かつて感じたことのない疲れがおそっていた。

今まで復讐という名の精神力で持たせていた物が一気に襲いかかってきたのだ。



「だから、今からいうことは遺言だよ。ルリちゃん」



『いやです! 聞きたくありません!!』



ルリはその白い手で自らの耳を塞ぎ、目を瞑った。その事実を受け入れたくないが故に。



「ルリちゃんっ!!」



今度は少し語気を強めるアキト。その声にビクッと体を揺らすルリ。



「お願いだよ。もう俺はここには居られないんだ。事実なんだ。受け入れてくれよ」



アキトが優しく微笑む。



『わかり……ました』



「うん。ありがとう」



そして、少し考える。彼女たちに遺すべき言葉を。

どうやったら自分を忘れてもらえるかということを。



「ラピスのことを頼んだよ。ラピスには俺の復讐につきあわせてしまったから、

今度からは、普通の女の子として生活させたいんだ」



ルリはアキトの言い分に頷いたが、ここで納得できない者もいた。

当事者のラピスラズリである。



「お別れの時間が近づいてきたようだな。ラピス」



『……うん』



気丈にも泣こうとしないラピス。本当は泣きたくてたまらない。アキトのその胸の中で泣きたかった。

だけど、泣かなかった。アキトを心配させないために。彼女の心はここまで成長していた。



「いい子だな。おまえはもう道具じゃない。一人の女の子なんだから」



『アキトぉ……』



アキトはいずれこうなることは分かっていた。ラピスに話そうととも思っていた。

だが、分かっていたから話せなかった。



「ラピス。これからはルリちゃんがきっとラピスのお姉ちゃんになってくれるから」



『お姉ちゃん……?』



『そう。家族だ。ラピス。ルリちゃんと仲良くやるんだぞ』



何とか言い聞かせるアキト。彼が死んだ後、彼女が自分と同じ道を選ばないためにも、

ほかの道を用意しておく必要があった。



アキトの言葉以降、ラピスは何も言わなくなった。



「というわけだから、よろしくね。ルリちゃん」



『はい……』



弱々しく答えるルリ。どうやら、かなり堪えたようだ。

未だ、そのショックから立ち直りきれていない。



アキトは少し考える。このまま自分がいなくなったらどうなるか? と。おそらくはショックを受けるだろう。

これはアキトの考えの範囲内だった。別に、ショックを受けなかったら受けなかったで、それはそれでよかったが。



アキトの予想外だったのはその大きさである。ここまで自分の存在がルリの中で大きかったとは、

自分の迂闊さを呪いながら、また心のどこかでそれを喜んでいた。



「続けるよ。このブラックサレナとユーチャリスは破棄してくれ。これは復讐のための道具だ。

これ以上は必要ない。ネルガルもおそらく同意するだろう。そして……最後に、俺の体。

俺の死体は、好きに使ってくれ。別に軍が処刑するシーンに使ってもいい」



『な、何をいってるんですか!? そんなこと』



「ルリちゃん。俺は今までかなりの人を殺してきた。せめてもの償いさ。

これで俺に恨みを持っている人の気が少しでも晴れれば、それに越したことはない。

偽善かもしれない。だけど、これ以外に方法が思いつかないんだ。少しでも償う方法が……」



アキトの話は全部終わった。彼と彼女と、そしてラピス。その三人の間には何も会話はない。

ただ、暗い沈黙の時間だけが過ぎていく。



アキトは、ブラックサレナの中でシートに身を沈めて目の前に広がる宇宙を見ていた。

おのずと、脳裏にはあの楽しかった日々、彼の22年間の中で最も輝いていたであろう三年間が浮かんでいた。



いろいろあった。楽しいこともあった。嬉しいこともあった。……むろん、悲しいことも。

だが、それら全部を含めて思い出だった。かけがえのない思い出。



『……あ、あのアキトさん。最後に聞いてもらえますか? これを言わないと私はずっと後悔しそうですから』



「……なんだい」



少し意識がぼぉっとする中アキトは答える。

死の瞬間はすぐ近くまで近づいているようだった。



『……私は……ずっとアキトさんの事が……好きでした』



アキトはこの少女の告白に対して淡泊だった。

何となく分かっていたから。あのとき会ったときから。

彼女の視線には『兄』や『父親』ではなく『一人の男性』としてアキトを見ていることに。

それを今まで無視してきたのはアキトだ。



「……ごめん」



その一言。その一言だけだったが、ルリにはそれだけで十分だった。



『いいですよ。アキトさんならそう言うと分かっていましたから』



内心で答えは分かっていても現実で聞くと結構ショックだった。

だが、それを表に出すまいと必死にこらえ、あくまでも映像の上ではルリは笑顔だった。



またしても沈黙。

痛いほどの沈黙。何かを言いたい。だけど、言えない。言いたいことはたくさんあったのに、消えてしまう。



まるで、今はこの沈黙が正しいのだ、と天啓を受けているように何も無かった。






……俺は






ふとアキトは考えた。






――俺は一体どこで間違ったんだろうか? この世界に悔いはない。ラピスもルリちゃんに任せた。

エリナにも頼んだ。アカツキにもあの二人のことは頼んだ。火星の後継者は居ない。この世界にもう俺は用はない。



ユリカのことも気にしていない。嫌われたから、とかじゃないな。たぶん、俺は元々……

ユリカを愛していなかった。所詮、ガキだったんだな。ユリカにいわれている内にそう思いこんでいたのかも。



復讐にしてもユリカは縁の浅い中じゃない。それに、俺のことも……いや、俺の方が主体だったのかもしれない。

ユリカのため……それは詭弁だったんだな。俺の醜い心を隠すための膜。



はははは……だったら……俺は――






ほぼ同時にオモイカネの第三世代『オモイカネC』とユーチャリスのAI『スラッシュ』は認識した。

両者……といっては語弊があるかもしれない。しかし、彼らは迷った。






――これを素直に提示すべきか。提示した場合は、彼らが最も大切な友人はどう思うか?






だが、彼らはあくまでもコンピューター。最後にはシンプルに提示した。



オモイカネCはAから紡がれるアキトの思い出を思い返しながら。

スラッシュは復讐に燃えていたこの二年間のアキトを思い返しながら。



彼らが人であれば、涙を流しながら。




『ブラックサレナ内部、生命反応消失』






続く




あとがき

どうも、初めまして。 てる という者です。

今回はナデシコSSを読んでいて書きたいと思ったので書いてみました。
プロローグだけですけど……一応連載ですよ。

本当はこんなに大きなサイトに投稿するとは身の程知らずと思うのですが……
力を付けるにはここが一番かな? と思ってみました。


これからもがんばっていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。

それでは! BY てる

 

管理人の感想

てるさんからの初投稿です。

うん、悪くないプロローグだと思いますよ、適度な長さですし。

まだ、物語の方向性が分からないので、今後どうなるのかは分かりませんが、第一話に期待させてもらいます。

それでは、頑張って下さいね!!

 

PS

ブラックサレナに抜刀術は無理だと思われます、機構的に(苦笑)

いや、私も色々と指摘を受けたので(爆)