時は2195年。



人類は、かつて無い危機に侵されようとしていた。



場所は火星衛星軌道上。そこには数十という数の戦艦が今か今かとある物を待ちかまえていた。

ある物とは……侵略者――と思われる物だ。

当初はただの隕石だと思っていたのだが、近づくに連れてそれが明らかに隕石でないことが分かった。

最終的に、それは外宇宙からの侵略者ということになっていた。



そう言うわけで今は衛星軌道上に待機していたのだが、それももう終わりに近づいていた。

理由は、それその物が射程距離内に入ろうとしているからだ。

そのため、艦隊のそれぞれの戦艦は大忙し。ただ、余裕だけはあった。

それぞれの心の中に慢心があった。



これだけの艦がいるんだ。負けるはずがない。



その思いが、どの艦にもあった。艦長クラスになればそれなりに気も引き締まるが、

それでも多少のゆるみも致し方なかった。



火星衛星軌道上に準備された戦艦。その数100を越える大艦隊。

気がゆるむ理由としては十分すぎる量だった。



そして、数時間後、その思惑は脆くも崩れ去った。

数多くの……多すぎる犠牲と共に。

結局、その正体不明の物体は旗艦の特攻で、火星に落ちた。

人々が数多く生活する地、『ユートピアコロニー』に



これが後に第一次火星大戦と呼ばれる、初の木星蜥蜴との大戦だった。




















機動戦艦ナデシコ
〜ただ今この時を〜


第一話 復讐者














「逃げ出すって言うんですかっ!?」



バンッ! と机に拳を叩きつける。それを見た目の前にいる上官が若干おびえる。

別に脅すつもりなどない。ただ、このやるせない気持ちを何かにぶつけたかったのだ。



「そ、そうよ。第八火星師兵団は今から撤退作業を開始。高官官僚が乗り込み次第発進よ」



先ほどの威嚇がまだ効いているのか少し振るえた声で喋る目の前の軍人――名をムネタケ・サダアキ。

地位にしがみつくことしか知らない軍人内部では忌み嫌われるタイプの軍人だ。



「……民間人を見捨てるって言うことですか?」



先ほどから怒りで我を忘れそうになるのをなけなしの理性で押さえているのは、テンカワ・アキト。

十二歳という幼いときから軍部にいる人間で、今はネルガル重工が開発した人型凡庸兵器『エステバリス試作器』を操るパイロットだ。



「そうは言っていないわ。ただ最優先なだけよ」



「それは見捨てると言っているのと変わらないっ! 最優先させるべきは民間人の避難でしょう!」



鬼気迫るアキトの勢いにムネタケはため息を一つ。

膨れ上がる殺気などには露も気づかずについ本音を暴露してしまう。



「……はっきり言えばね。民間人なんてどうでもいいの。

私と私が英雄になることを証明してくれる高官さえ残ってくれればね。

あ、貴方もこの命令に従えば――」



ガンッ、と殴る音がしてムネタケは吹っ飛んだ。この部屋にいるのは二人。

殴り飛ばしたのは当然、テンカワ・アキト。この人である。



彼のなけなしの理性はムネタケが半分ほど話した時点で無くなっていた。

気づけば拳はムネタケの頬に食い込んでいたのだから仕方がない。



「……残念ながらその命令は拒否です」



意識を失ってぴくりとも動かないムネタケを横目に、アキトはその部屋から出ていった。





















彼には逃げられない理由があった。

民間人を何よりも早く逃げ出させる理由があった。



彼は早足で格納庫に向かっていた。そこで少しでも早くエステバリスで時間稼ぎをするため。

一人でも多くの人を助けるために。いや、それは偽善なのかもしれない。

彼の心の中は一つ。たった一人の人間の生存確率を上げるということだった。



「……現在状況はどうなっている?」



通信機に声をかけるアキト。少しノイズが走った後に答えが返ってきた。



『エステ隊。四十機中、十機中破。五機が大破。現在、民間人の乗り込みは50%完了。

後、三十分あれば何とか可能です』



「……そうか」



彼の心の中は微妙だった。仲間の死を悲しむ感情と、今の状況を冷静に考えて命令を出さなければ

という二つの感情がお互いに邪魔しあう。



「……俺のエステはどうなってる?」



『現在、応急処置は完了。弾薬などの搭載も完了』



「了解。すぐそっちに向かう。民間人の乗り込みを急げ」



『了解……御武運を。中尉』



「ああ、そちらも。よい航海を……」



そう言って通信機を切った。



彼は通信機を握りしめたまま天井を仰いだ。

上に見えるのは鋼鉄の壁。ただそれだけ。

今から死に行く者が見る光景にしては味気ない様な気がした。



そう、今日、彼は死ぬ。軍人だからではなく、一人の大切な人を守る人として。

死して助けることが正しいのかどうか分からない。



でも、それが彼の正義だった。自分を人身御供にしても助ける。

むろん、死が怖くないわけがない。だが、自分が助かり、助けられない方がもっと怖かった。



彼は天井を見上げるのを止め、胸元からペンダントを出した。

そして、開く。中には写真。映っているのは二人の兄弟。二人ともよく似ている。

片方はアキト本人。そして、もう一人は彼が命を懸けても守りたい存在。

弟のテンカワ・ユキト。彼がいたからここまで生き残れた。

彼という支えがなければ、あのとき死んでいた。彼はそう思えてならない。



しばらく眺めた後、大事そうにまた胸元に入れると、彼は走った。格納庫へ向かって。



その途中。一言、ポツリと呟いた。



「ユキト。おまえは俺がいなくてもやっていけるよな?」





















アキトが急いで格納庫に向かっている間にも戦況は動いていた。



赤い砂。テラフォーミングされたとはいえまだ、赤い土が残っている。

それが抉られた場所ならなおさら。その抉られた場所から少し離れたところ。

民間人がシャトルに乗り込むための管制塔から少し離れたところで一機のエステバリスが

多くの無人兵器を相手に奮闘していた。



「……ちっ、五月蠅い警報だ」



エステバリス試作器に乗るテストパイロット、ホウセイ・ジュンは焦っていた。



正体不明の物体――後にチューリップと命名――から出てきた無人兵器はいきなりコロニーを襲った。

それから始まるのは殺戮、破壊、しかも、徹底的なものだった。



急な襲撃に対して準備が出来なかったため、

その被害は甚大なものとなった。たとえ、地上部隊がすぐさま動いたとしてもだ。

結局、五つのコロニーから脱出できた民間人は、すべてここ『ユートピアコロニー』に集められた。

ここにしか脱出用のシャトルが残っていないからだ。それはまさしく奇跡とも言えた。



すでに連合軍火星本部が逃げ出してから二日。よく持ったなと我ながら考えていた。

コロニーを脱出するのに一日。シャトルを発射させるための準備に一日。

もうしばらくすれば準備も整い、シャトルも発射できるはずだ。



そう、はずである。少なくてもジュンが最後に聞いた通信ではそうなっていた。

後は、このエステバリス隊がどれだけ時間稼ぎが出来るかという事にかかっていた。

連合艦隊は、衛星軌道上の護衛なので地上ではエステバリス隊しかいなかった。



ここが突破されれば、後は脱出用シャトルがある管制塔のみが残る。

それだけは避けなければならない。その思いがジュンを動かしていた。

彼には恋人がいる。最近になってようやく想いを告げた大切な人だ。

すでに別れは済ませてきた。涙ながらに恋人は送ってくれた。



(ここで護れなくて何が軍人だっ!)



ジュンの想いに反応してか、右手のタトゥーが光る。

ナノマシンがエステバリスに命令を送る。



急にスピードを上げ、目の前の無人兵器の群に突っ込む、エステバリス。

両手に持っているのはライフル。突っ込みながらにして、それらを乱射する。

弾は、無人兵器を貫き――爆発。だが、彼らは虫のように次々と出てくる。

まさしく無限とも思える量で。



「くそっ!」



彼は減らない虫に対して毒づきながらも、群に囲まれる直前に

足に付いた ホイールによって向きを変える。そのまま、バック。ほぼ直角と言っていい変化だった。

だが、そんな無茶な方向転換はパイロットに負担をかける。

ジュンも無茶なGで一瞬気を失いそうになった。

気を失わなかったのは極限状態における精神力のおかげであろう。



一瞬のうちに獲物を見逃した――カメラが正面にしか付いていなかったからだろう――無人兵器はあたりを見渡す。

だが、そんな瞬間を見逃すはずもなく、ライフルを全段撃ち尽くす勢いで発射!

外れる弾も多かったが、打ち抜いた無人兵器も多かった。

全体の三割ほどが今ので動かなくなった。中には爆ぜた無人兵器に巻き込まれて動かなくなったのもある。



それでも気が抜けない。まだまだ残ってるのだ。だが、武器がない。

ライフルは今の攻撃で打ち尽くした。残っているのはこの機体のみ。

だが、その機体も数多くの歪みがあるため、あまり当てにならない。



「ちっ! こんなところでやられる訳にはいかないんだよ!」



ジュンは最もよく知っていた。この世がマンガのように都合がいいように出来ていないと。

現に、彼と釜を同じくした仲間はやられ、散り散りになっていった。

彼らがどうなったかは知らない。そんなことを確認する余裕などない。

今はただ、シャトルが発射できる時間を稼ぐことだけを考える。



(怖い? 当然だ。だけどな、ここで逃げるわけにはいかないんだよ!)



振るえる手を無理矢理押しつけ、命令を出す。

近づいてくる無人兵器。ジュンはホイールで一気に距離を詰める。

最も近かった無人兵器に拳による攻撃。その拳はあっさりと無人兵器を貫き、爆ぜる。

だが、その爆発によりセンサーが一時硬直。一瞬だけ動かなくなる。

その一瞬が生死の分け目だった。



狙いを付けられ、開く背中。飛び出すミサイル。



(……終わったな)



考えたのは一瞬だった。そして、爆発。



ただし、命中する前に。

次々と誘爆。直撃では無いとは言え、その威力と爆風で石ころのように跳ばされるエステバリス。

さらに警告が増えるエステバリス。何とか移動は可能だが、戦闘は不可能だった。

右腕が吹き飛び、満身創痍な機体では、管制塔に入るぐらいしか脳はない。



「……どうなってるんだ?」



突然、ミサイルが爆発したことを不思議に思う。だが、それは次の瞬間、解消された。

目の前に躍り出てくるエステバリス。援軍だった。

それは、狂ったようにライフルを乱射。牽制に使う。



一時、何が起きているか分からないジュンの目を覚ますように通信が入ってきた。

遠距離による電波ではなく直通の通信だった。

そこから聞こえてくる声は一言告げる。



『あまりの爆薬を正面に。打ち抜いた後、撤退だ』



その声の主を判断する前に、命令通りに動いていた。

足の部分からガシャッ、という音共に出てくる四角い箱。中身は火薬。

本来なら、地雷のように置いて使うのだが、今回は用途が違う。

すぐさま、ライフルを乱射しているエステバリスの前にそれを投げ込む。

それを確認したエステバリスは、右手のライフルをその箱に向ける。



――爆砕



打ち抜かれた火薬はすぐさまエネルギーへと変わる。

無人兵器のど真ん中でエネルギーへと変換された物は無人兵器を鉄屑へと変える。

無事だった無人兵器も爆風で跳ばされる。残ったのはわずかに十五機の無人兵器。

それも、爆薬を打ち抜いたエステバリスのライフルの射撃により破壊された。



『大丈夫か? ホウセイ』



「……へっ、セイドウか」



ジュンはその声に安心した声色を見せた。

相手は同じ小隊の一人、セイドウ・セツだった。



『スマン。ちょっと目を離した隙に』



「いいさ。こうして助けられた訳だからな」



話しながらも周囲への警戒を忘れない。

機体が壊れる前よりもスピードは遅いが何とか管制塔へと向かう。



「それで今はどうなっているんだ?」



『……テツがやられた。隊長は、今、補給作業中。すぐに出るそうだ』



「……そうか」



そこで話が終わってしまう。



誰かが死ぬ。それは戦争の中では当たり前と言える事だ。実際に死に別れした友人も少なくない。

だが、毎回この感情に慣れることはなかった。たえられない哀しみが襲ってくる。

それに負けないようにマインドコントロールをしながら彼らは管制塔へと急いだ。





















ジュンとセツが管制塔に向かっている途中。ようやくアキトは格納庫に来ていた。

そこには所狭しと並ぶエステバリスの部品。そして、破壊されたエステバリス。



「準備は?」



「すでに終わっています。後は中尉が乗るだけですよ」



「ありがとう。これで最後だから、後は逃げろ。整備班がやることは終わった。

残り時間も少ない。早くシャトルに乗り込むんだ」



「しかし……」



「……これは命令だ。早く乗り込め。時間がない。後、残り13分で発射だ」



アキトはいきなり最終手段を使った。



アキト自体、命令だ。という言葉は好きではない。むしろ、使わないようにしている。

軍人にも関わらずだ。ただ、人を力でねじ伏せるのはいやだった。

たとえ、それが権力という名の力であったとしても。



「……了解しました。御武運を。中尉」



「ありがとう」



それだけ言うと、整備班であるやつは、ほかの人を率いてシャトルへと向かった。

それを確認したアキトは、改めて目の前にたたずむ純白のエステバリスを見る。



アキトの四倍はある大きさ。右手に装備されているライフル。そして、腰に下げている刀。

この刀はアキトが無理を言って作ってもらった特注品だった。

その切れ味は確かな物で、前回の出撃でも無人兵器を一刀にできた。



「……頼むぞ。愛機」



そう呟くと、アキトはコックピットの中に乗り込んだ。





















アキトが出撃して、八分が経過。そのタイミングで入ってくる通信。



『第三、第五小隊。全滅!』



管制塔から悲鳴のように聞こえてくる。

一小隊は、四機のエステバリスで構成されている。四十機のエステバリスがあるので

十小隊はある計算になる。



「くそっ、これで残っているのは……第六小隊。第七小隊。第二小隊。そして、第十小隊か」



アキトは忌々しそうに呟いた。

圧倒的に防衛が足りない。管制塔の四方は何とか一小隊で固めているが、それでも足りない。

特にアキトの第十小隊は、メンバーの一人はすでに死亡。後、二名は機体が大破の状態だ。

ちなみに、その二名は管制塔に戻してある。だから、今は民間人の誘導をやっているはずだ。



「……第二、六、七小隊。聞こえるか?」



『ああ、ちょっとノイズがひどいけどな』



そう言った後に爆発音。おそらく破壊したのだろう。そう思いたい。



「今から、東、西の爆薬を爆発させる」



『待って、まだシャトルが……』



「いや、シャトルの発射には関係ないように設置されているはずだから、問題はない……はず」



『……そのはずって言うのがちょっと不安だが仕方ないだろうな。今の状況じゃ』



今の状況。圧倒的に防衛人数が足りない状況を指している。

確かに、今のままではシャトルが出る前に突破されてしまうだろう。

だから、管制塔への道という道を爆破させようと言うのだ。

少なくても、瓦礫を取り除く時間は作れる。もしくは、北と南に戦力が集中するかもしれない。

だが、それでもやらなくちゃいけないどうしても。



テストパイロットの中で決して強いとは言えない。

西と東を爆破させれば、ほぼ間違いなく、待っているのは死。

それでも、アキトはこれを決断した。軍人として、兄として。



「そう言うことだな」



一刀。その直後に、ライフルをぶっ放す。それは、直線上にいた無人兵器を三機ほどを

ただの物言わぬ造形物にしてしまった。



「ただ、問題は……」



『分かっている。言うなよ。怖くなるだろ?』



そうなのだ。実は、エステバリス。及び、人が入るための出入り口は西と東にしかない。

つまり、もはや帰れないのだ。

作戦上では、ギリギリまで粘って、その後にシャトルに飛び乗る予定だったのだが。



「……すまない」



謝罪しても謝罪しきれない。それだけの想いがアキトの中に積もっていた。



『何、気にするな』



『覚悟は承知の上』



『だいたい、ここで一矢報いないと先に逝った奴らに悪いっしょ』



『そう言うこと。一匹でも道連れにしないと皆に顔向け出来ないからね』



『……後、残り四分で発射準備完了。発射、及び大気圏脱出までの時間算出。およそ十分』



『後、十分。せいぜい残りの人生楽しみましょう』



『おっしゃ。いくぜ! 野郎どもっ!』



『私は女だっ!』



「……ありがとう。みんな。本当に」



三小隊、計十一人に礼を述べる。アキトがここまで慕われているのにはそれなりの理由があった。

彼は、自分より他人を第一に考える人物だった。その所為で、軍隊という上層部の身勝手な命令に反抗する事もあり、

上層部にはやっかいがられていたが、部下、及び一部の上官には好感が非常によかった。



「セツ。ジュン。聞こえたな? 爆破のスイッチを入れろ」



『……了解しました……隊長』

その声は半分涙声である。彼らが入隊して三年。その間、誰もがお世話になった先輩だった。

であると同時に、内戦で家族を失った彼らにとってはアキトも含めて、この十小隊全員が家族だったのだ。

「なに、気にするな。だけど、ユキトのことを頼んだぞ」



『弟さんですね。了解しました』



それを聞くと安心し、通信を切った。若干の間の後、爆発音。

管制塔の東と西の両端が爆破された。その爆破で大部分の無人兵器が木っ端みじんに。

後は、北と南の残存勢力のみである。後から来る分はもう計算に入れない。



アキトは、もう何も考えずに片手に持っていたライフルの残弾をすべて打ち尽くし、

残りの武器は右手に持った刀、という状態まで持っていってしまった。



「行くぞ。無人兵器どもっ!!」



ホイールを全開まで回し、一気に無人兵器の群へと突っ込んでいった。





















戦況ははっきり言って悪かった。次々と爆ぜる仲間の機体。その機体すら利用して、時間を稼ぐ。

シャトルが発射し、大気圏を抜けたとき、それぞれが思った。



(終わった……)



確かに終わっていた。彼らは試合に負けて勝負に勝ったのだ。

だが、それで気を抜くような奴らではない。取り敢えず一機でも多くの道連れを……と

奮闘するエステバリスたち。数機の無人兵器を相手に戦う姿は勇敢とも見られたが、

あいにくながらそれを見る観客はいなかった。



そして、ここには奮闘しきった機体が一機。

持っていたはずの刀はもはや使い物にならず、握っていた両腕すらない。

残っているのはコックピットぐらいしかないだろう。

しかも、周りにはまだまだ、無人兵器の山。

そう形容するのが正しいほどの無人兵器がアキトの機体の周りに集まっていた。



「……ここまでか」



もはや逃げようとか思わなかった。

この機体が俺の棺桶。なぜかそう決めていたから。

数年間しか共していないが、それでもこの機体には愛着があった。

だから見捨てられない。



「みんな逝ったかな?」



ひょっとしたら今もどこかで奮闘しているかもしれない仲間を想う。

しかし、結局最後に想うのは……



「ユキトは今、宇宙かな?」



弟だった。両親から頼まれた唯一の肉親。

それだけで、アキトは使命感に燃え、今ではすっかりのブラコンの称号をもっていた。

そんなアキトが、ユキトを心配するのは至極当然といえるだろう。



じりじりと死の瞬間が迫っていた。

無数に禍々しく光る赤いカメラアイ。それが近づいてくる。

アキトが乗るエステバリスを囲むように散らばる黄色い無人兵器。



そして、審判の時は来た。いきなり一斉に背中が開く。そこから発射される無数のミサイル。

すべてがアキトの乗る純白のエステバリスにロックオンされている。

空高く舞うミサイルは、一定の高度で進路を下へ。

雨。その表現がぴったりだった。その雨がやむ頃には、そこには欠片も残っていなかった。























――2ヶ月後。

地球では大騒ぎになっていた。

火星に攻め込んできた侵略者に大敗し、さらには逃げ帰ってきた連邦軍。

当然、世論の非難は軍へと集中した。

週刊誌の表紙を飾るのはいつも“火星で侵略者相手に民間人を見捨てた連合軍”

というものだった。

それは事実だから仕方がない。いくらトップに近い人物がやってきて弁解をしても、

逃げ帰ってきた軍人が左遷、降格されようが、見捨てられた人の命は帰ってこないのだから。



そう、普通はそう思われていた。



だが、奇跡は……命に支えられた奇跡はあった。



遅れること一週間。地球にある通信が送られてきた。



『我ら青き星に帰還せり』と。それは火星からの生き残りを告げるメッセージだった。

すぐさま軍隊は迎えを送った。その迎えが見た物は、シャトル五機。

それに、勇敢にも上官の命令に反した軍人たちが乗る戦艦4隻。そして、純白のエステバリスが二機だった。



すぐさま、世間の興味はそちらへと移った。火星からの生き残り。

勇敢にも残った軍人たちが語る恐怖の秘話。火星で散った勇人。

そんな表紙が週刊誌を飾った。



ちなみに、残って帰ってきた軍人たちは昇進。戦死が確認された者は二階級特進。

民間人にはそれ相応の保険がついた。



結果、軍はしばらくの間、混乱期へと突入する。



まず、火星連合軍提督フクベ・ジン。彼は、後者の軍人だったために昇進。

だが、責任をとって勇退。最後の地位は大将だった。

さらに、エステバリステストパイロットの生存者であるセイドウ・セツ。

ホウセイ・ジュンは結果として昇進。中尉へとなる。

そして、ほかの戦死者たちは二階級特進。彼らが慕っていたテンカワ・アキトは少佐になっていた。





















―――さらに一ヶ月後。



回っていた歯車は、さらに加速する。



とある土手。草が生えていて春の陽気漂う午後。そこで横になっている一人の青年。

彼は、そこにいた。どうして、ここにいるのか分からないといった表情で。

太陽に手をかざす。眩しかったのか。或いはただ手があることを確認したかったのかもしれない。

ただ、自分の手を見ながら一言呟いた。



「……俺は……死んでないのか?」



自問自答しても答えはでない。ただ、見た限りでは生きている様だということは、

半覚醒した脳で理解した。

次に判断することは、これからすること。どうしてここにいるかなんて分かるわけがない。

何となくそう理解したアキトは、取り敢えず立ち上がった。



風が頬を撫でる感触。草を踏む足音。すべてが懐かしかった。



(……とりあえず軍部にでも行かないと)



未だはっきりと状況がつかめていない中、アキトはそう判断して足を軍部へと向けた。

しかし、向けたところで足が止まる。



(……ここはどこだ?)



ともかく最初にやることは場所の特定だった。





















「……つまり、君は気づいたらここ――地球にいたわけかね? 火星から」



「そうです」



アキトは目の前に座る上官――だった人の目の前に立っていた。

彼はあの後、町の人に事情を話し、軍部を教えてもらい、そして、今ここに立っていた。

火星で生き残った人たちが大勢いる佐世保基地に。



「嘘だな……と、一蹴出来ない状況だな」



本当なら笑い飛ばしたかった。だが、彼は現にここにいる。そして、火星に残ったことも、

大勢の軍人が確認している。つまり、彼は生きた証人。信じないわけにはいかない。



「ふぅ、とりあえず、君の処分はなしだ」



一人では判断できない状況だと判断して、その上官は、答えを保留にした。



「あの……一ついいでしょうか?」



「なんだね」



「あいつらは……あの火星を襲った奴らは何者なんですか?」



「……わからん。何もかもが闇の中なんだよ。

急に攻めてきて、今は月衛星軌道上まで来ている。

おそらく占領されるのも時間の問題だろう。

今は、便宜上、無人兵器を形によって区別している。

君たちを襲った無人兵器。形からバッタ。後は新しく登場した地上戦用のジョロ。

さらに、戦艦タイプ。大きくわけてこの三種類。

そして、これらを総称して木星蜥蜴と呼んでいる」



ここで、ため息を一つ。どうやら彼らも相当頭を悩ませているようだ。

アキトもそれを理解して、それ以上は何も言わなかった。



「ああ、そうだ。君はもういいが、今のことは公言しないように。いいかね」



「……了解しました」



敬礼をした後に出ていく。



「「隊長!」」



部屋を出てすぐの廊下に響く二つの声。

彼と同い年の様に見える青年は、ジュンとセツだった。



「セツにジュン! 二人ともここにいたのか!?」



驚くアキト。無事地球に帰っていれば、と思っていたが、

まさかここで再会できるとは夢にも思っていなかった。



「隊長も……どうして無事だったんですか?」



聞かずにはいられない。あの絶望的状況の中、自分たちよりもさらに絶望的な状況で

この地球に帰還する方法があったとは思えなかったから。

だが、アキトは答えることが出来なかった。

所詮答えても信じられるものではないから。だから、彼はその質問をはぐらかすように、

自分が最も聞きたかった質問をした。



「まあ、それはおいおいとして……ユキトはどこだ? ここにいるのか?」



ユキト。その単語が出たとき、明らかに二人の顔が曇った。

不思議に思うアキト。その不思議そうな顔に押されたのかセツが口を開く。



「……弟さんは……火星で……亡くなりました」



セツの口から出たその一言を、アキトは信じられなかった。

信じられるわけがない。自分は何のために戦った? ユキトのため。

自分は死すら決意した。なのに、自分が生きていてユキトが死ぬなんて事があるはずがない!



「なあ……セツ。冗談だろ……嘘だろ?」



すがるようにセツの肩に手を置き、揺する。

セツはその問いに答えず、目をそらした。それが答えだった。



「……ある兵士の報告によれば、避難所で、乗り込む直前に、無人兵器――バッタが攻め込んできて、

その時に崩れてきた瓦礫の下敷きになりかけた親子を助けるために飛び込んで……

母親は助かったのですが、女の子と一緒にユキトは………」



そこから先の言葉はいらなかった。

ただ、アキトはセツの肩から手を外し、自問を始める。





――ユキトが死んだ? 誰の所為で? 俺の所為? 俺が守らなかったから?

最後まで付いてシャトルに乗り込ませるべきだった?

いや、それはユキトが納得しなかった。特別扱いするなと。

あいつは特別扱いが何よりも嫌いだった。

だったら……何が悪い? すべての元凶はなんだ?

……彼奴らだ。木星蜥蜴。彼奴らさえ攻めてこなかったら、ユキトは――





「はは……はははは」



突然、笑い出すアキト。だが、セツとジュンは振るえていた。

そのいつものアキトからは考えられないほどの殺気を出している時点で。

すぐ近くにいたら、それだけで殺されそうなその雰囲気に。



「殺してやる。全部。全部殺してやるっ!! 木星蜥蜴っ!!」



それは間違いなく、時間軸、空間軸は違えど、

prince of darknessと呼ばれた復讐鬼と同等の者が誕生した瞬間だった。



続く




あとがき。



どうも てる です。二ヶ月ぶりの投稿でした。



第一話、どうでしたか?



いきなり話が飛んでいるような気がしていますが……

これは別の世界のプロローグってことで。



つまりは、逆行物だったわけですねぇ……

う〜ん。ありがちかな? 本当は第二話も投稿しようと思ったのですが……

推敲がまだなもので……早い内に送りたいと思います。



それでは、また次回で会いましょう。 BY てる



 

 

 

代理人の感想

12歳から軍に所属してるって、どんな軍隊やねん、と一応突っ込み。

アフリカのゲリラじゃないんですから、平和な時代の正規軍に12歳の子供のいる場所は普通ないでしょう。

そこらへんは少なくとも「異常な状態」としてちゃんと描写しておくべきかと。