俺は死んだ。あの世界で。



あの復讐に燃えた世界で。



一時の平穏は、ただの偽りでしかなく。



その始まりは、復讐人へと変貌するための序曲。



やがて、曲は終わり。終演。それが、俺の人生と言えた道。



だが、終わったはずの俺に誰かが告げる。



『これは事実なんだよね』と。



俺には、もう何も要らない。始まりも、終わりも。何も。



あんな世界で生きるのは、もう嫌だ。



『それでも君は前に進まなくちゃいけないんだよ』



嫌な声が響く。



嫌な声が告げる。



嫌な声が笑う。



『君は二人目のイレギュラーさ』



楽しそうに。相手にしない俺に向かって。



『はっきり言って僕はもう、飽きたんだよね〜。

ほら、人間って同じ作業ばっかりしていると飽きるでしょ?

それと同じなんだよね。だからさ』



その笑みは、何かを期待するように……何かに飢えるように。



『せめて、楽しい詩を歌ってくれよ。僕の期待に添えるように』




















機動戦艦ナデシコ
〜ただ今この時を〜


第二話 帰還者














街の光が、目を刺す。

土の匂いと言うべきものが匂う。

頭の後ろにあるであろう石が、頭痛にも似た痛みを与える。

風が草を揺らし、擦りあう音が聞こえる。



(……俺は……死んだんじゃなかったのか?)



そう、アキトの記憶の中では鮮明にその場面が思い出される。

最期の最期で決着をつけた北辰との戦い。

最期まで自分を追いかけ、告白されたルリの涙。

自分の復讐に最期までつきあわせてしまったラピスの声。



すべてを覚えていた。



(そうだ。死んだはずだ。間違いない)



アキトはゆっくりと目を開けた。

月が見えた。銀色に光る丸い月が。

いつものようにバイザーを介した視界ではない。

裸眼による視界。それが目の前に広がっていた。



「!!? ど、どういうことなんだ!?」



驚きのあまり、がばっ、と寝ていた体を起こす。

そこで気づいた新たな事実。起きあがる際に手が地面に着いたのだが、

その時、確かに感じたのだ。土の冷たさというべきものを。

さらに、よくよく感じれば、風のざわめきも聞こえる。



「視覚……触覚……聴覚が戻ってる??」



不可解な状況。まさしく今がそれだった。

上半身を起こした状態で、今の状況を考える。だが、答えは出ない。

おそらく、世界最高の天才と言われているイネスでさえも、治させないと言った五感。

その内の三つが、気づけば治っていた。



奇跡。



その単語が浮かんだ。そして、すぐに沈んだ。

奇跡なんて信じられない。そう、奇跡なんて単語は粉々にうち砕かれた。

あのユリカの一言を聞いたときにすでに。

だから、考える。だが、答えは出ない。自分が覚えているのは、死んだときの記憶だけだから。



(……どういうことなんだ? イネスが居たならきっと説明)



『イネス』『説明』。その二つの単語が揃った時の記憶を思い出し、顔面蒼白になった。



(あ、あのときの事を思い出すのは危険すぎる。だが、どうする?

三つの感覚が治ったということは……残りの感覚も戻ってると考えていいだろう。

その戻った原因は保留だな。今、考えても分からない)



あいにくながらアキトには今の状況を打破するための知識がなさすぎた。

この二年間をほぼ復讐に費やしたがための代価だった。



「それで、ここはどこなんだ?」



問題を一つ保留にすれば、また一つ問題が出てきた。

それは、今、アキトが座っている場所。彼には少なくてもこの場所に関する記憶がない。

地形的に見てもおそらく地球であるはず。だが、最期に死んだのは宇宙だ。

ボソンジャンプをすれば可能かもしれないが、ジャンプした記憶などない。

素直に死を受けいれ、死んだはずだった。



「……坊主、何やってるんだ? そんなところでよ」



考えていると、突然、背後から声をかけられた。

彼にしては珍しい失態だった。背後に来るまで気配を感じないとは。

たとえ、寝ていても心を許しているはずのイネスやエリナが来ても敏感にその気配を感じていたというのに。



「……才蔵さん?」





















「ほらよ。雪谷特製ラーメンだ」



ドン、と丼いっぱいに入れられた麺とスープ。さらには、その上にあるチャーシューに卵エトセトラ。

すべてがマッチしてして、お互いを引き出すように計算されたラーメン。

それが、雪谷特製ラーメンだった。



(……匂いも感じる……か)



どうやら、アキトの予想は当たっていたようだ。

目の前のラーメンからは食欲をそそる匂いがする。

これで、五感の内四つが治っていることになる。



(後は……味覚)



アキトは、おそるおそるスープを入れたレンゲを口元へと持ってくる。

そして、口に入れた。



「うまいっ!」



思わず叫んでいた。

あの頃とまったく変わらない味だった。



「おう、そりゃ、才蔵様が作ったラーメンだからな。腹一杯食えや。

本当は、金を取るところだが、おまえさんは俺の名前を知っていたからな。特別だ」



そう、あの後、才蔵に声をかけられたアキトは、思わず才蔵の名前を言ってしまった。

だがなぜか、才蔵はアキトのことを知らない。何かが変だと思ったアキトは、取り敢えず

名前を知っていたということで誤魔化した。

その理由としては、おいしいと評判の食堂の店主だったからというこじつけだったが、

それでも、世の中通じるものである。



「それじゃ、俺は奥で仕込みやってるから食べたら言えよ」



そう言って奥の厨房へと入っていった。

奥へと入っていく才蔵を見ながらアキトは考えた。

どういう事だろう? と。

彼が知っている限りでは、才蔵とは顔見知りの仲である。

そうであるはずだ。だが、才蔵は今のアキトを全く知らなかった。



この世界は、何かがおかしい。



アキトは次に考えていた。



今の自分の姿に疑問を持っていた。

復讐のために鍛えた体と比べて細い腕、あまりにもない筋肉。

低すぎる視線。そして、明らかに自分の顔ではない……いや、面影程度にはあっても、

はっきりと自分の体ではないと分かる。



(戻った五感。自分のテンカワアキトでない体……一体どこなんだ? ここは)



ラーメンを食べながら考えを巡らせる。だが、答えなど浮いてくるはずもなく、

ただ、ラーメンだけがその量を減らしていくだけだった。



だんだんと考えるのも嫌になりラーメンを食べることに集中しようと思った。

考えることからラーメンを食べる事へと思考を切り替えようとしたとき、

アキトの耳に適当についていたテレビの声が聞こえた。



『緊急速報です。火星が侵略者によって攻められました。

火星にいる第三艦隊はこれに応戦。しかし、反撃にあい全滅。

後のことは一切不明です。詳しい報告が入り次第お知らせします』





カラン





スープを飲もうとしていたアキトの手からレンゲが落ちる。

今のニュースを聞いたためであった。



(火星が攻められた? そんなバカな……第一、木星蜥蜴も何も……和平も済んでいるはずなのに)



アキトは慌てて視線をテレビへと移すが、そこでは相変わらず、繰り返し緊急速報が続けられているだけだった。

しかも、内容は同じ。アキトの聞き間違いではないようだった。



「おい、坊主どうした?」



奥から、レンゲを落とす音を聞いたのか才蔵が出てきた。

アキトはテレビから視線を外さずに才蔵に聞いた。



今持っている疑問を多少なりとも解消し、もしかしたら、自分がここにいる理由が分かるかもしれない疑問を。



「……才蔵さん。今日は……何年の何月何日ですか?」



「は? 変なこと聞く奴だな。今は2196年の……」



その答えはアキトが予想していた通りの答えで、最もあり得ない答えだった。





















(……過去に戻った……か。どういうことなんだ?)



アキトは見知らぬ……いや、彼にとっては過去に見ていたであろう天井を見ながら考えていた。

ここは、才蔵の店である『雪谷食堂』二階の客間。彼は、行く当てがない、と言ったら

少し考えて、今日はここに泊まって行けということになったのだ。

明日については保留。とりあえず、考える時間を与えたということだろう。



(考えられる原因は一つしかない)



ボソンジャンプ。だが、その結論に達するためにはいささか問題がある。



(どうして俺はこの時代に来た?)



確かに、ボソンジャンプは過去へのジャンプが可能だ。

だが、それにはジャンパーの明確なイメージが必要なはずだった。

いや、それ以前に、ジャンプフィールドもチューリップクリスタルもない、

そんな状況ではジャンプは出来ないはずだった。



それなのに、今、自分はこうして過去にいる。



さらにもう一つ疑問が浮かんできた。



(これは誰の体なんだ? 少なくてもテンカワアキトの物ではない)



過去におけるテンカワアキトの体は死んだ。

それは、間違いないだろう。過剰のナノマシン投与。

その結果、彼の体はいつ崩壊してもおかしくない状態までもっていかれたのだ。



過去に『過去へ跳んだ』とき、ほんの二週間だったが。それでも時間移動には違いない。

その時は、間違いなく体など入れ替わってなどいなかった。

テンカワアキトその物の体だった。



(……俺は、一体誰なんだ?)



永遠に終わることのない思考の渦に巻き込まれながら、彼の意識は眠りへと落ちていった。





















「よう、坊主。よく眠れたか?」



「ええ、それなりには」



アキトが、部屋から起きてくると既に才蔵は仕込みをしていた。

店の開店はまだ遅いらしい。それは、アキトの記憶の中でも確かだった。



「そうか。で、これからどうする? 行く当てはあるのか?」



少し考え、首を横に振った。



逆行者であるアキトには行く場所がない。

いや、彼の未来の知識を使えば、どこにでも行く場所はあるだろう。



たとえばネルガル。



彼が持っているボソンジャンプの知識を少しでも提供すれば住むところはおろか、

おそらく一生、ナデシコに関わることもなく、平穏に生きていけるはずだ。



だが、アキトはまだ決めていなかった。

これからどうやって生きていくのか。

このまま、ナデシコとは関係を持たずに過ごしていくのか。

或いは、未来を変えるためにナデシコと関わるのか。

今はまだ、水面に揺れる葉の如く彼の心は迷っていた。



「……そうか。だったらここで働かないか?」



「え?」



アキトにしてみれば意外な言葉だった。



「ただし、住み込みで三食付き、代わりに給料はないがな。どうする?」



「……よろしくお願いします」



アキトは頭を下げた。



まだ何も決めていない。ならば望むところは現状維持。

少なくても、時間は後一年はあるはずである。

ナデシコに関わる、関わらないはそれまでの間に決めればいい、アキトはそう考えた。



「よしっ、決まりだ。……そう言えば、坊主。名前はなんて言うんだ?」



「名前……」



テンカワアキト、と言いそうになって踏みとどまった。

この体がテンカワアキトの物でないとするならば、この世界とは別にテンカワアキトがいるはずである。

ということは、ここでテンカワアキトを名乗るのはマズイ様な気がした。



一瞬だけ、名前、名前……と考えて、突如として閃いた。

どうして閃いたか分からない。ただ、思いついただけである。



「……テンカワユキト。テンカワユキトです」





















雪谷食堂での生活が始まってから幾目の夜。

アキトは、与えられた寝室で寝ていた。



その寝ている中で彼は夢を見ていた。

今の状況から言えば前世とも言える過去の夢を。



「……うぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」



はぁ、はぁ、と肩で息をしながらガバッと起きあがった。

その髪はしっとり濡れていて、額には汗が浮かんでいた。



「はぁ……はぁ……夢……なのか?」



アキト……改め、ユキトはそう呟いた。

周りを確認して、夢だということを再認識する。

これで、この時代に来て二回目だ。

悪夢にうなされ、起きると言うことが。

二回とも才蔵が起きないのはまったくの幸運としか言いようがなかった。



ユキトは、再び布団に横になることなく起きあがり、部屋に隅に置いていた衣服に着替える。

来ていたシャツなどは、汗だくでこのまま着ていようという気には到底ならなかった。



そして、ユキトは忍び足で外へと出るのだった。





















「月が綺麗だなあ」



ユキトは着て、最初に目覚めた草むらに来ていた。

辺りは真夜中の所為か、物音一つしない。ただ、虫の声と風が葉を揺らす音のみ。

その中、ユキトは草むらに寝転がっていた。



ここに来るのも二度目だった。

一度目は、ただ無駄に過ごした。だから、今日は忙しくて昼間考えられないことを考えてみる。



もはや、ここに来た原因など考えない。ここに来てしまったからには仕方ない。

原因なんて分からなくても生きていける。だが、最も問題なのは、これから何をするかと言うこと。





――やはり、ここに戻ってきたのは罪を償うためなのだろうか?





先ほどの悪夢を思い出す。

前世で殺した人が、ただ何もせずアキトの前に立っていた。

アキトを責めるような目をして。

何も言わない。死人に口はないのだから。だが、目が語っていた。



『どうして私たちは、死ななければならなかったの?』



巻き込まれた、不運だった。ただそれだけで済まされればいいのだが、そうもいかない。

確かに、火星の後継者を捜し出す事は必要なことだった。

だが、殺す必要のない者まで殺した。徹底的に。



過去に戻ったからと言ってそれは帳消しにはならない。

前世と言える過去で似たような体験をした。その時は、二週間だったが。

イツキ・カザマ。彼女は、救えたはずなのだ。





ボソンジャンプの犠牲にならずに、俺の身代わりにならずに。





そう考えると、次々浮かんでくるのは後悔の嵐。

一番最初の犠牲者、というか死人。ダイゴウジ・ガイ。もとい、ヤマダ・ジロウ。

名前も顔も知らないが、たくさんの人が死んだサツキミドリ2号の人たち。

火星に生き残っていた人たち、白鳥九十九。





あのときは、何も知らなかった。覚悟もなかった。戦いから逃げていた。

だが、今はどうだ?



少なくても戦闘技術だけはある。体は鍛えれば何とかなる。未来の知識がある。

なら……救えるんじゃないのか? みんな。

それに、俺の復讐に巻き込んだ、ラピスも。みんな。みんな。俺が殺した人さえも。

絶対に楽な道じゃない。それは分かる。何も知らないときでさえ苦労したんだから。

何か知って、それを変えるのは、難しいだろう。



だけど……俺はやりたい。救いたい。



それが俺に出来る最大限の罪滅ぼし。

いや、それもあるだろう。だけど、義務なんかじゃない。これは俺の意志だ。

みんなを救おうとすることも、みんなの笑顔を守ろうとする事も。



そう。これは俺の意志だっ!





一人の帰還者は、復讐という道から外れ、人を救う道へと入った。

彼は決して逃げないだろう。たとえ、そこが茨の道だったとしても。





続く




あとがき



どうも! てる です!



二ヶ月ぶりぐらいの投稿。

いやはや、私、実は受験生(大学)なのですが……受験という奴を甘く見ていました。

とにかく暇がない。そんなこんなで執筆が遅れてしまいました。



本当に申し訳ないです……はい。



あと、外伝を削除させてもらいました。理由としては……

まずは本編からと思いまして……続きが無いのを出すのも気が引けて。

とりあえず、これを完結させたいと思います。



……でも、そんな暇あるのかな?



出来るだけがんばりたいと思います。



それでは! BY てる

 

 

 

 

 

代理人の感想

・・・・・・・・・受験に専念しなさいよ(汗)。

 

まぁそれはともかく。

 

はっきり言ってよくある・・・・ありすぎる展開ではありますが、

「ユキト」と言う名前にも、自分のものではない肉体にもそれなりの理由付けがあるのかな?

こじ付けでもいいので面白い理由付けがあればいいなと思います。

話に活かして貰えればなおよし。