白。白。白。
 そこは白い世界だった。
 上も。下も。右も。左も。前も。後ろも。ただ白い。
 巨大な肉食獣が低く唸るような音が響いていた。私には聞きなれた音。コンピュータの冷却フィンの音だ。フロア全体の印象は、白い研究室といったところ。
 一瞬、自分がどこにいるのか分からなかった。

(ここはどこ?)
 ――ネルガル重工研究機関、人間開発センター研究室

 心中での質問に答えが返ってきた。
 私は椅子に座っていた。最新型のナノスキンスーツを身にまとって、コンピュータをIFSで操作していた。さっきの質問の答えは、このコが返してくれたようだ。私は感謝の気持ちを込めて、コンピュータと繋がっているIFSの紋様つきの右手で、そっと『彼』を撫でてあげた。コンピュータは、私の唯一の友達だから。
 ここが研究室だということは――。

(どうやら、少し眠っていたみたいですね)

 いけない。心の中で舌打ちをした。
 ここでの私の言動は全て記録されている。だから極力大きな声を出したり、派手な動作はしないようにしている。
 だから、今のは5年に1度あるかないかくらいの失態だ。
 幸い、その失態はだれにも気付かれていないようだが――小さく、安堵の溜息を吐いた。
 それにしても私が居眠りをするなんて。いつもの単調で退屈な課題とはいえ、少し気を抜きすぎたみたいだ。
 プツ――スピーカーの電源が入る音がした。
 頭に、スピーカーから流れてくるであろう言葉が浮かび上がる。
 ――どうしたMC104。ボサッとしてないで課題を続けなさい。
 
『どうしたMC104。ボサッとしてないで課題を続けなさい』

 ――やっぱり。
 ここの人たちはみんな、私の予想通りの言葉しか言わない。
 それはここの人たちの思考が単純だからなのか、それとも私の思考が優れているからなのか。或いはその両方なのか。それは分からない。比較対象がないから。私はここの人たち以外の人間を知らないから。
 スゥ、と深呼吸をして視線を上げた。
 正面の壁の二階ぐらいの高さのところに窓ガラスがある。その向こうでは白衣を着た男や女たちが、忙しそうに走り回っていた。
 私にとって――いや、このセンターにいる全ての人間にとって、そのガラスは境界線だった。すなわち、研究される側とする側を分けるための。
 研究員の一人と目が合った。髭面の厳しい顔つきをした男。その男の苗字はホシノだった。名前は忘れた。私と同じ苗字。このセンターの所長だ。
 プツ――再びスピーカーの電源が入った。
 ――どうしたMC104。体調が優れないようだったら退出して構わないぞ。

『どうしたMC104。体調が優れないようだったら退出して構わないぞ』

 その男の目は、モルモットを見る目だった。
 その男の言葉は、モルモットへの優しさだった。
 その男の戸籍は、モルモットの親のものではなく、私の親のものだった。
 悲しみはなかった。もう慣れたことだったから。数年前、私は課題の途中でネットに接続し、あるファイルを見つけた。それは個人が作成したホームページのもので、我が子の成長を克明に記録したものだった。

 ――こんなものを他人に見せて、一体何が楽しいんだろう。

 幼心にもそう思ったのを覚えている。
 しかし、愚かにも私はその成長記録を読み漁り、それに書かれていた通りの行動を私の戸籍上の親の前でとっていた。その成長記録の中では、その行動をとった子供は基本的に褒められていた。
 若気の至りだ。その後私はカウンセラーに回され、精神が病んでないか徹底的に調べられた。その時から私は私の戸籍上の親に対する希望の一切合財を捨てた――もっとも、最初からそんなものほとんど持っていなかったが。
 ふう。
 胸に何とも形容しきれないムカムカしたものが込み上げてくる。息を吐いてそれを吐き出そうとした。無理だった。しかたがない。いつものようにそのムカムカしたものを言葉にして吐き出そうと思う。私の今のマイブームは『愚痴』だ。

「……バカばっか」

 その言葉が自分に対してのものなのか、自分以外の何かに対してのものなのか。
 ――自分でも、わからなかった。







『Selection of Fate』






「はじめまして、ホシノ・ルリさん」

 人間開発センターから私を連れ出したのは、ネルガルの社員だというプロスペクターさんだった。もちろん、戸籍上だけとはいえ私の親権や養育権はセンターの所長にあったわけだけど、プロスペクターさんが黒塗りのアタッシェケース――中身は札束だった。ま、基本よね――を渡すと、あっけなく交渉はまとまった。
 親会社には逆らえないし、お金も欲しい。長いものには巻かれろ。大人の知恵ってやつね。

「私はネルガルの社員でプロスペクタ―といいます。後ろにいるのが私の部下のゴート・ホーリーさんです」

 名乗ったついでに、後ろに立っていた大柄な男の人を紹介する。身長は多分2メートル以上。がっしりした体格で、縦だけでなく横にも広い。パッと見はプロレスラーみたいなかんじ。覆面かぶせてプロレスのリングに立たせても違和感ないかも。
 ゴートさんは、むっつりした顔を崩さずに軽く会釈をした。無口な人みたい。気が合うかも。
 ――突然ですが、ホシノ・ルリさん。私たちは、宇宙戦艦のオペレーターとして、あなたをスカウトに来たんです。

「突然ですが、ホシノ・ルリさん。私たちは、宇宙戦艦のオペレーターとして、あなたをスカウトに来たんです」
「……はあ」

 初対面のプロスペクターさんの思考も先読みできたということは、センターの人たちの思考が単純だったというわけでもないみたい。
 まあ、センターのメイン・コンピュータにハッキングをして、ネルガルの社員が今日この日私を迎えに来ることは知っていたので、事前知識はあったわけだけど。

「お給料は、危険手当、海外赴任手当など各種つけて、これくらいで。もちろん税抜き、福利厚生も色々ついて、ボーナスは春秋冬の年3回で11ヵ月分と……いかがでしょう?」

 いかがでしょう、って言われても。
 プロスペクターさんはいかにも商人(あきんど)らしい笑みを浮かべ、ふところから取り出したソロバンを弾いてみせた。
 そこに示された金額は、私みたいな11歳の少女が貰うにはいささか大きすぎる金額。それが、私の能力に対する評価の高さなのか、それとも仕事の大変さや危険の度合いに比例したものなのか……ま、きっと両方当たりってとこなんだろうけど。

「宇宙戦艦……ってことは、宇宙に行くんですよね」
「はい。もちろん冷暖房完備。寒冷地手当、残業手当なども請求できます。食事や葬式などに関しましても、地上と遜色ないものを用意しております」
「はあ」

 福利厚生には興味ありません。

「宇宙はお嫌いですか?」

 プロスペクターさんからの問い。
 別に嫌いってわけじゃない。
 じゃあ、好き?
 分からない。というよりそんなこと考えたことがない。
 ……でも。
 少なくとも、ここと違う場所であることだけは確かだ。
 それなら、もう答えは決まっている。

「ナデシコに、乗ってくださいますか?」

 私は、戦艦に乗ることを決めた。
 戦艦――機動戦艦、ナデシコに。


† † †

 それからいろいろあって。
 時間が経って――。
 ――ちょっと、どうなってるのよ、この艦は!

「ちょっと、どうなってるのよ、この艦は!」

 言葉だけ聞くと女の人みたいだけど、これは男の人の声。
 連合宇宙軍から派遣されてきたムネタケ・サダアキ副提督。ナデシコのクルーは民間人だけなので、クルーを指導するというフレコミでナデシコに乗っています。でも、さっきから喚いてばっかりで、しているのは他人の仕事の邪魔だけ。アンタが騒いでどーすんの、ってかんじです。
 あと、さっき気付いたことだけど、どうやら私の先読みは、思考が単純な人ほど読みやすいみたい。さっきからムネタケ副提督の声がステレオで響いているので少し頭が痛いです。
 ――艦長はまだ来ないの! このままじゃ、地面の下にもぐったまま、やられちゃうじゃない。このまま死ぬなんて、アタシはいやよっ!

「艦長はまだ来ないの! このままじゃ、地面の下にもぐったまま、やられちゃうじゃない。このまま死ぬなんて、アタシはいやよっ!」

 私だってこんなところで死ぬのは嫌だし、きっとそれはこの場にいる全員がそう思っています。
 とりあえず艦長が来るまですることもなし、今の状況を再確認してみましょう。
 まず、艦内には10分ほど前から警報が鳴り響いています。それと同時に、ブリッジの前面に設置されている巨大モニターが電源ON。ナデシコが収納されているサセボ基地周辺のマップが映し出されました。
 現在、無数の光点が、サセボ基地を取り巻いています。赤いのが敵、木星蜥蜴の無人兵器で、青いのが味方、連合宇宙軍の航空部隊です。青い光点はまばらで、その数は赤い光点の10分の1にもなりません。
 あ、そんなこと考えている間にも青い光点が1つ消えました。とりあえず手を合わせておきましょう。合掌。
 ――敵襲だってのになんで動かないのよこの艦は! 対空砲火とか、迎撃機出すとか、色々できそうなことはあるじゃない!

「敵襲だってのになんで動かないのよこの艦は! 対空砲火とか、迎撃機出すとか、色々できそうなことはあるじゃない!」

 ムネタケ副提督がまたもヒステリー気味に怒鳴りますが、私を含む他のブリッジメンバーはもうその言葉を聞き流しています(言っていませんでしたが私たちがいるのはブリッジです)。
 とはいえ、彼の言っていること自体は正論。私もコンソールを操作して、なんとかナデシコを動かそうと努力していますが、やはりナデシコはウンともスンともいいません。
 自然と視線が艦長席にいく。
 艦長に指示を仰ごう……とか、そんな殊勝なことを考えたわけじゃなく。私が用があるのは、艦長よりもむしろ艦長が所有している鍵――マスターキーです。ぶっちゃけ、キーさえあれば艦長は別に……。
 マスターキー。
 クーデター等による艦の不法占拠を防ぐためのセキュリティ・システム。ネルガル会長とナデシコ艦長によってのみ使用可能で、マスターキーがない状態では、ナデシコは生活環境などの最低限を除いてシステムダウンとなります。
 で。
 今、そのマスターキーを所有している艦長はいません。
 遅刻、寝坊、臆病風、サボタージュ、ドタキャン……etc、etc。
 原因はたくさん思いつきますが、それで結果が変わるわけでもなし。つまるところ艦長が来ないと、どーしようもありません。
 ブリッジに、悲壮感と無力感が漂う。
 と、そのとき。

 ――%#&’(#!$”!”&?<%’$”

 ……………え?
 なにいまの?
 思考が一瞬止まり、コンソールを操作していた手の動きも止まる……ありえないことだけど、もしかしたら呼吸や心臓の鼓動も止まったかもしれない。そのくらい驚いた。
 不意打ちだ。それもいきなりの。いやいきなりじゃなければ不意打ちとは言わないんだけどいくらなんでも突然すぎる今から不意打ちしますよーと声くらいかけてくれもいいじゃないかっていけない今私かなり動揺してる。
 落ち着くために深呼吸を1つ。
 スーハー。
 よし落ち着

 ――#$%&#%?!$#”!&&$”$%

 いた途端に再び来た。
 同じ事態に同じ反応を返すほどホシノ・ルリは子供でもなければ大人でもないなぜなら私は少女だから。
 ……てしっかり混乱してるどうしよう十一年間生きてきてこんなに混乱したのは初めてかもしれない。
 と、私が混乱の極みに達したこれ以上ないというタイミングで、彼女はやってきた。

「お待たせしましたっ! 私が艦長で〜す!」

 年は二十歳そこそこ。ネルガルのマーク入りの白い制服。艦長というより、女子大生といったかんじの女性がブリッジの入口に立っていた。その能天気な挨拶から明るい性格だということは読み取れるものの、連合大学主席という知性の輝きは感じられない。

「まさか……」
「ウソ?」
「……冗談でしょ?」

 みんなの冷たい視線が集中する中、彼女は、

「はじめまして。私が、艦長のミスマル・ユリカで〜す。ブイ♪」

 極上の笑顔を見せてブイサインをかましてくれた。
 私はできうる限りの平静な口調で言っていた。

「……バカばっか」

 ――思考が読み取れない。
 その事実に、胸の中は津軽海峡冬景色だったのだけど。


† † †


 その後の出来事はナデシコやクルーにとっては幸運なことだった。艦長は言動こそエキセントリックだったものの、その指揮能力は連合大学主席というだけあって優れたものだった。ムネタケ副提督の『主砲を上に向けて味方ごと敵を撃ち落とす』という戦法をあっさり却下し、海底トンネルを通って、敵の背後に回り一気に殲滅するという作戦を瞬時に立てた。
 その間に、私の混乱は治まっていた。あいかわらず

 ――!#%&$’#$!”!?>%”

 てな具合に艦長の吐く台詞は先読みできないが、別に分からないのは心の声だけであり、実際に口で言ったことは理解できるのだから艦の運行に支障が出るわけでもない。世界には数えるのがバカらしいくらいたくさんの人々がいるのだし、艦長のように先読みできない例外がいてもおかしくない――。
 まあ、両隣に座っている操舵士のミナトさん、通信士のメグミさんをはじめ、ブリッジにいる全員の声が山彦みたいに聞こえる中、艦長の声だけが一回しか聞こえないっていうのは違和感があるけど、これは単に慣れの問題だろうし。
 そんな風に考えていた。
 そして、第二の混乱は敵を誘い出すために、囮役を出そうと艦長が言ったところで起きた。
 いつのまにか、エステバリスが一台、地上に向かってエレベーターで上昇していた。それに気付いた私は、そのエステバリスのコックピットに通信を繋いだ。
 現れたのはボサボサ頭の十代後半くらいの青年。艦員名簿と照合したけど青年の顔と一致するデータはなし。いったい、だれなんだろ?
 と。
 唐突に。
 突然に。

 ――$”&#!

 また、私の頭に意味不明のノイズが走った。
 まったく、翻訳不能なら受信しなくてもいいのに。そのことに慣れつつあった私は、もういちいち驚かなくなっていた。
 それが、私の油断。慢心。
 だから。
 次の瞬間の艦長の肉声には死ぬほど――本当に言葉どおりの意味で――驚いた。

「アキト!!!」

 確実に今までの私の人生で聞いた中で一番でかい声だった。
 例えるなら巨人×阪神戦9回裏二死満塁、巨人1点リードで迎えるは阪神の4番○○(←お好きな名前をお入れください)で、その4番バッターに歓声を送るときの阪神ファンのようなバカでかい声…………ごめんなさい自分でも何言ってるのかわかりません。
 ――%&”#%!%!!$”%&”!%!&%&%#!!

「アキト! アキトでしょ! アキトアキトアキトアキトアキト!!」

 すごい勢いで同じ名前(でしょう多分)を連呼する艦長。
 艦長の突然の凶行にブリッジ中の視線がいっせいに艦長に突き刺さる。

 ――#!%#$#$%!$%!

 って。
 本日二度目の衝撃。
 またもや変なノイズが混入した。しかもこれは艦長のものとは違う。どことなく艦長よりも控えめな感じを受けるから。

「ユ、ユリカ!? おまえ、どーして、そんなとこに?!」

 その直後に聞こえた声で2人目のUWO(未確認歩行物体だ、私にとっては)が誰なのか決定した。
 モニターの中の青年に視線を据える。
 幸いというべきか。
 その青年と艦長は第一次接触の後、怒涛のマシンガントークを繰り広げているので私の不躾な視線にも気付いた様子はなかった。

 ――%!&!&!!%&&!%&! $!%!%&!%&’!&’!’’’!#!!%!%!%!
 ――4!%!$#”#&&’”&”&’””’(#、%’(’)#”!%&’”
 ――%!&!%&!。”、!%%!%3!
 ――、$、%!”&。’#($(”
 ――!&”’()%#”!、&”%(()!)。%!!$&’)”%!’”!&
 ――ヽ(`Д´)ノゴルァ!

「やっぱりアキトは私の王子様だね! ユリカがピンチのときに助けにやってきてくれたんだから!」
「ま、待て待て。お、俺は戦争しに来たんじゃなくて、お前に聞きたいことが……」
「がんばって、アキト。私、信じてるから!」
「ちょ、ま、待てって。人の話をだな……」
「ナデシコと私とクルーの命、アキトに預けるわ。だから必ず生きて帰ってきてね」
「ん、んなモン勝手に預けるなーっ!!」

 ええい、うるさい。
 少し黙れこのあーぱーバカップル。


† † †


 ――筋書きのないドラマ、という言葉がある。
 主に野球の試合で使われる言葉……らしい。らしいというのは私が野球の試合をリアルタイムで――もちろん録画されたものもだが――見たことがないので、その言葉が実際に使用されているところを見たことがないからだ。
 なるほどなるほど、確かにそれは的を射ていると私は納得する。
 人づて――ではなく、コンピュータに調べてもらったのだからコンピュータづてか?――に聞いた話だと、野球というものは先の展開が全く読めない、どうなるか分からない、演出もなければ脚本もない、ないない尽くしの中でのアドリブ劇らしい。
 在るのはただただ出演者(選手)だけ。
 なるほどなるほど、確かにそれは的を射ていると私は納得する――と、その一方で私の中の皮肉屋の部分はこう思うのだ。

 ――筋書きのないドラマ?
    それは、本当に面白いのか?

 少なくとも、と私は続けて考える。
 現在の私の状況を顧みてみる。
 私がナデシコに乗ろうと思った理由は……特にない。
 人間開発センターにいるのが嫌だった、というわけでもない。別に、非人道的扱いを受けてたってわけじゃないし。仮に普通の家庭に生まれたとしても、親に虐待されたり、教育も受けられないほど貧しかったりする可能性を考えれば……まあ、私みたいな身寄りのない子供が生きていくには、それなりに恵まれた環境と言っても良かった……というのは、さすがに言い過ぎか。
 つまり、私は私の現状にとりわけ不満など持っていなかった。
 にもかかわらず、どんな因果のイタズラか、私はナデシコに乗った。選択肢はあったはずだ。プロスペクターさんは私にちゃんと聞いたじゃないか、『ナデシコに、乗って下さいますか?』と。
 私はそれを断ることもできたはずだ。プロスペクターさんの性格からして、それ以上の強引な勧誘はしてこなかっただろう。
 だが、結局、私はナデシコに乗ることを決めた。
 そこに――心を先読みができない人間が二人もいることを知らずに。
 なんていうことだろう、と内心で頭を抱える。こんなことになるんならこんな艦に乗らなきゃ良かった。そうすれば――少なくとも、こんなに頭を悩ますことはなかったはずだ。

「ふう」

 溜息が漏れる。
 未開人は大型の船を見ても、それが認知できなかったという実話がある。自分の世界観にそぐわないものは理解も認識も出来ないという。今の私はそれに似た状態に陥っていた。
 これからのナデシコでの生活を考えると不安でならない。
 あの二人は、私にとって異邦人エイリアンに等しい。
 未知の惑星から飛来した遊体X。そんなかんじだ。

 ――だというのに。

 今の私にとって、あの二人はなかなか解けないクロスワードパズルのように気になってしょうがない存在だった。
 未知の物に遭遇したときにとる人間の行動は2つしかない。
 恐怖心が強い者は、その存在を否定し徹底的に無視を決め込む。
 好奇心が強い者は、その存在を肯定し徹底的に探求を決め込む。

 ――私の誤算は。
    自分が、自分で思っていた以上に好奇心旺盛な人間であったことだろう。

 さてさて、探求を決めたのならやることはたくさんある。
 幸いナデシコのシステムはそのほとんどが完全自動化。つまりコンピューターまかせ。ならば、そのコンピューターの専門家スペシャリストである私ならば、多少の融通はきこうというものだ。

「……職権なんてものは、濫用するためにあるんですからね」

 胸に湧く小さな罪悪感を払拭するために私は小さく呟いた。
 とりあえずすることは研究対象の監視だ。
 ナデシコ搭載のスーパーコンピューター、オモイカネに研究対象2人の24時間体制での監視とその内容の録画を命じる。とはいえ、さすがにトイレと自室までの監視は求めなかった。さすがにそれはプライバシーの侵害だろう。私が見るのはあくまで公の場での2人の姿だけだ。
 そして、このデータは絶対に誰にも見られてはいけない。追求されても言い逃れの仕様がないからだ。データの閲覧には私が決めたパスワードが必要にするようにオモイカネに命じる。
 その。
 作業の最中。
 ――あれえ、ルリルリ。

「あれえ、ルリルリ」

 横にいるミナトさんから声をかけられた(ナデシコ初の戦闘はとっくの前に終わっており、今は待機状態である)。
 そのミナトさんは何やら嬉しそうに私の顔を覗き込んできた。

「――なんですか?」
「いま、笑わなかった?」
「……気のせいです」

 そうだ。私は笑ってなんかいない。
 私は、私に余分な仕事を増やしてくれた2人を観察するために、必要な作業をしていただけだ。そこにあるのは多少の好奇心と、よくも私の心を乱してくれたな、という多大な迷惑心と怒りだけである。
 別に、おかしいことなんて、何もなかったし。
 私は笑ってなんかなかった…………と思う。
 絶対。多分。……きっと。






 ――全く。
    筋書きのないドラマというのも大変である。



<FIN>



あとがきー

 お久しぶりです。ザ・世界です。
 短編初挑戦。難しいですね、なんか予想以上に長くなっちゃいましたし。
 ルリが他人(アキトとユリカ)に興味を抱いていく過程が書きたかったんですが……抱いただけで過程まで辿りつけてないし(汗
 あと、なぜかルリがパクノダちっくな念能力を持ってますが気にしないでください。作者が最近そんな映画を見て、インスパイアされただけですから。

 あーそれと当方しばらく家に帰っておりませんでした。
 先日やっとこさ家に戻り、さてネットでもするかとマイPCを起動させしばらくすると……ウイルスに感染してやがる
 犯人はわかってます。
 どーせ当方がいない間に無断でPCを使おうとした愚妹です。……後でコロス
 ので、私にメールしてくれた方はもう一度送ってくれると助かります。

 それでは。


 

代理人の感想

いや。

いやいやいやいやいや。

いや、面白かった。

 

 

ただ、某GS美神の六堂冥子の心象風景とそこに侵入してしまった不幸な夢魔の話を思い浮かべてしまったのは・・・作者の人には決して言えない秘密だ。(爆)