2199年6月19日

テンカワ夫妻は新婚旅行のため、機上の人となった。
目的地は火星。
二人の生まれ故郷であり、全ての物語の始まりと、終わりの舞台となった場所。
もう一度、あの草原で自転車を走らせたいと、出発前にアキトは言っていた。
大勢の仲間たちに見送られ、行ってきますと言った二人は本当に幸せそうだった。















爆発
















離陸後間も無く、二人の乗ったシャトルはルリたちの見送る中で爆発、二人は帰らぬ人となった。

















6月21日

テンカワ夫妻の葬儀が行われた。
誰もが二人の死を認めたがらないなかで、粛々と式はとり行われた。
ナデシコの主だったクルー達が参列したなかで、イネス・フレサンジュとエリナ・キンジョウ・ウォンの姿を観ることは出来なかった。




二人の死後クルー達の距離は開いていった。
ある者は軍人として、ある者は歌手として、それぞれの道を邁進していった。



テンカワ・アキト
ミスマル・ユリカ

彼らは灯火だった。
彼らは道標だった。
彼らはナデシコそのものだった。

二人の死はモラトリアムの終わりだった。
ぬるま湯につかっているような時間。
仲間達と泣いたり笑ったり怒ったり・・・・・・・
外の世界と切り離された、小さな社会。
ナデシコは学校の様なものだったのだろう。
葬儀が終るとクルー達の世界は大きく変わった。
アキトとユリカが生きていた痕跡が、ゆっくりと、だが確実に消えていき、彼らは思い出になった。
ナデシコという言葉が遠い過去のものになる。
そう、二人の死は皆を半ば強制的に卒業させたのだ。













ナデシコクルー達が精神的な再建を果たし、新しい生活に馴染んでいく中、イネス・フレサンジュの意識は暗然として過去の中にあった。
薄暗い部屋、酒精の強い香りが辺りに充満する中、彼女はベットにもたれ掛かり虚空を見詰めている。
頬はこけ、髪もほつれている、足下には無数の酒瓶が転がっている。

そう、彼女の時は止まっていた。
テンカワ・アキトが失われたときに。

自分が何をしているか、何故こうしているのか、彼女は全て理解していた。
テンカワ・アキトの死を理解していた。


でも・・・・・・・・・・


でも・・・・・・・・・・


でも・・・・・・・・・・


でも・・・・・・・・・・


でも・・・・・・・・・・動けない、進むことが出来ない。


テンカワ・アキトを過去に出来ない。












そっと唇にふれる。

たった一度、たった一度だけふれあった唇。

愛しさと、切なさと・・・・・・・・ほんの少しの温もり。

割り切ったはずだった、諦めたはずだった。

なのに・・・・・・・・・・・・・

なのに・・・・・・・・・・・・・

この無様な様は何だろう。

涙を流すでもなく。

声を上げるでもなく。

ただ、何もする気になれない。

アルコールが体内を駆け巡っても、何も変わらない。

時が悲しみを癒すなどと、誰が言ったのだろうか・・・・・・

時は悲しみを絶望に、嘆きを沈黙に、思い出を苦しみへと代えていく。

終らせて欲しい。

彼の居ない世界は・・・・・・・・・・

私には、価値がない。












テンカワ・アキト
その名は、イネスにとって自身の根幹をなすものだった。
幼いとき、彼のジャンプに巻き込まれ、彼女の運命は決まった。
遠い、遠い過去の世界、記憶を失っていた彼女にとって、心の奥底に刻まれた、微かな幻影だけが支えだった。

いつか、いつか出会えるだろうか。

そう、思いつづけた。
そして運命の輪は廻り、ボソンの輝きに導かれて再会を果たした。












二度目の恋が始まった。












彼が失われたとき、彼女の時は止まった。
喜びも悲しみも、苦しみさえも彼女独りの生には、必要ではないのだから。
悲しみを通り越した虚無のなか、彼女の時は止まっていた。














「あらあら、随分な様子ね」

・・・・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・・・・声?

「・・・・・・・・・エリナ?」

「ええ、そうよ」

人の声を聞くのは随分久しぶりだ。

あれから、どれ位時間が流れたんだろう・・・・・・

「不法侵入ね」

「嫌味を言えるんなら大丈夫ね」

「なにが?」

「鏡を見なさい」

どうやら私はよほど凄い有様のようだ。

「で、いったい何をしに来たの?」

「貴方を殺しに」

「そう、なら速く殺しなさい」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・病んでるわね」

「・・・・・・・・・・・ええ・・・・だから・・・・・」

「テンカワ・アキトに殉じるつもり?」

「・・・・・・・・いいえ、ただの自己満足。生きていることに価値を見出せなくなっただけよ」

「そう、そんな貴方だから、アキト君のために生きていてもらわないとね」

「・・・・・・・・どういう意味?」

エリナは僅かに笑うと、イネスの傍らに膝をつき耳元に唇を寄せる。






















部屋に入って最初に感じたのは、強い酒精の香りだった。

床に幾つも転がる酒瓶、澱んだ空気。

ここまでは予想の範囲内だった。

ここまでは・・・・・・・・・

イネスは絨毯に直に座り、背をベットに預けていた。

薄暗い部屋の中で、月明かりに映し出される姿は例えようも無く美しかった。

頬はこけ、髪もほつれている、明らかに痩せてしまった体に服がだぶついている。

アルコールではなく、記憶の奥底に意識が飛んでしまっているせいだろう、ガラス玉を思わせる無機質な瞳。

陽炎のように儚いのに、湖底に沈んだ巨木のような、凛然とした静謐感。

鮮烈なまでに美しく、残酷なまでに死を感じさせるその姿に、私は呑み込まれてしまった。

それと同時に私は理解した、彼女が私と同じモノだということを。

彼女はテンカワ・アキトに支配されている。

テンカワ・アキトの為なら自身の全てを差し出すだろう。

理由も理屈も無く、ただ当たり前の事として。

だから私は囁くのだ。

天使の甘言と悪魔の戯言を。

さあ、イネス・フレサンジュ。

選ぶのは貴女よ。













―――――――――――彼は、生きている――――――――――――

















あとがき

自分でナニを書いているのか解らなくなりました。

ホームページ作りました。

それは見果てぬ夢

お越しいただければ嬉しいです。




 

代理人の感想

前回もそうでしたけど、ちょっと短過ぎますねぇ。

もう少しまとまった量の話を読みたいと思います。