第3話 時の放浪者
アキトがこの次元にジャンプアウトして、数日がたった。
ここは強襲艦ラビアンローズ。被弾率が50%を超えた、飛んでいるのが不思議なぐらいの戦艦だ。
木星付近の小惑星帯の資源と、本星から採取されるヘリウム3によって、少しずつだが修復は進行している。
修復の陣頭指揮は当然ながらレモンがとる。
こき使われるのはアクセルとアキトだ。
「働かざるもの食うべからず。東洋人はいいことをいったものね」
『だからといってプチモビでこんなバカでかい隕石はこばせるんじゃないよ、これが』
「戦闘濃度までミノフスキー粒子をばらまいたら、レーダーはごまかせるけどセンサーに引っかかるわよ。レーダーに引っかからないのはせいぜいそのプチモビルスーツぐらいまでなの」
『わかってるってそんなことは!』
「わかっているなら文句いわずに、キリキリと運ぶ!」
『……尻に敷かれているな、アクセル』
『あ〜き〜と〜?』
『お先に。食事の仕込みがあるんでな』
『あ、ずっりぃのぉ』
『ドカ飯3杯キープしておくから、まぁ頑張ってくれ』
『へいへい。んじゃもうちょっと気張って働きますか!』
五感が戻ったアキトは、先ほどのレモンの言葉ではないが文字通りに「働かざるもの食うべからず」ということで名目だけの辞令を受け取った。
主計局特務部員。
よくわからん言い回しだが、端的にいえば臨時雇いのコックだ。
この辞令も実にあっけなく提示された。
人事を決めたのは、他ならぬ艦長、ヴィンデル・マウザーだ。
「テンカワアキト、です」
「艦長のヴィンデルだ」
「……えっと、それだけ、ですか?」
「報告はレモンから受けた。敵対の意志もなく、この世界の組織とはいっさい関わりがない。それに、君は私の部下でもない。レモンにも言われただろうが、艦内の行動に制限は加えん。監視はつくがな」
「はぁ、ありがとうございます……」
「心苦しそうだな?」
「まぁ、そうですね」
「君は、何ができる?」
「……昔、コックを目指していました」
「ならば、君を臨時の主計局員とする。食物プラントと万能調理機、
「はい?」
「コック志望なら、そのぐらいできるだろう?」
「わ、わかりました」
黒を基調とした連邦軍の軍服。鈍色の髪と瞳。彫りの深い顔立ち。
切れ長の瞳が、ゴート・ホーリ以上のプレッシャーを発する上にプロスペクターの老獪さも見て取れる。
見た目には30代と思えるが、40代以上の落ち着きと、20代の身のこなしを兼ね備えているようだ。
……北辰? いや、外道にねじ曲がった奴よりもよほど鋭く堅い抜き身の刀のような、そんな気配をまとう男。
全力を出しても勝てるかどうかわからない。アキトのヴィンデルに対する印象はこんな感じだった。
その邂逅から数日。
乏しい食糧事情を何とかやりくりする、やり手の主計局員。
アキトはすっかり艦のなかに溶け込んでいた。
飯時にはコックさん。
それ以外の時にはレモン特製のIFS制御に換装されたプチモビルスーツを使って様々な作業を手伝う何でも屋。
たまーに、レモンの研究室からアキトの悲鳴が聞こえたり聞こえなかったり。
そんな毎日をすごしていた。
で、今日は資源用の隕石収集作業を手伝っていたのだが。
着艦しようとしていたアキトにブリッジから通信が入った。
『アキト君』
「レモン? どうした?」
『とりあえず、対ショック姿勢、よろしく』
「は?」
『重力センサーがこの艦直上に変異を感知しているわ。機影が確認されていないから、何が起こるかわからない。もう戻っている暇はないから、何があってもいいように備えておいて』
「そんなむちゃくちゃな!」
と、アキトが叫びながら上……ラビアンローズ直上方向……を見上げたとき、それは起こった。
急激な重力異常。
『来るわ』
『総員、第一級警戒体制。パイロットはハンガーへ』
センサーの情報を読み取ったレモンが声を上げた。
ヴィンデルは動じることなく戦闘体制への移行を命じる。
そして、わずかな光がねじ曲がり、なにかが現れた。
「……ろ、ロボット?」
アキトの口からあきれとも苦笑ともつかない言葉が漏れる。
その通り、重力異常の場から現れたのは、全体に黒を基調とし、背中に5本の光の柱を背負い、赤い冠をかぶった巨大なロボットだった。
アクセルにつきあったシミュレータで、かつてロンド・ベルに所属していたスーパーロボットたちを見ていなければ、アキトもパニックを起こしていたかもしれない。
そのロボットから、連邦軍のオープンコードで通信が入った。
『はぁい、そこの戦艦さん。よろしかったら私たちの通信に答えていただけません?』
……妙齢の、実に色っぽい声の女性だった。
『うわお、声だけでも美女の雰囲気がムンムンと……』
『あ〜く〜せ〜る〜?』
『ぎくっ』
曳航してきた隕石をアンカーでくくりつける作業をしていたアクセルが茶々を入れてくるが、レモンの妙に座った声を聞き、すごすごと退散していった。
そんな漫才をしり目に、ヴィンデルが双方向通信で返答した。
『ラビアンローズ艦長、ヴィンデル・マウザーだ』
『ご返信感謝いたします。私はレミー・島田。このロボットはゴーショーグン。あと2名、ゴーショーグンには乗っているんですが……あ、っと、ところで、一つお聞きしたいんですけど』
『何だ?』
『私の知っているラビアンローズは補給や修理を目的とした巨大工作艦だったはずなんですけど、その戦艦、本当にラビアンローズなの?』
『……お前たちがいつの時代のどこの艦の話をしているのかはわからんが、この戦艦はラビアンローズという名前で連邦軍に登録されている』
『あらあら、意外と話は早そうね』
『前例があったのでな。で、お前たちの目的はなんだ?』
『とりあえず、ちょっと休ませてもらえません? あとできれば、この時代の情報も知りたいので説明のできる方とお話しさせてないかしら?』
実に不遜な態度の女性? である。
だが、意外にもあっさりとヴィンデルは着艦許可を与えた。
「よろしいんですか?」
「この距離まで接近された時点で、戦艦の命運は尽きている。それをしないということは、まずはこの艦を沈めることが目的ではないのだろう」
レモンが問いただすが、ヴィンデルは至って余裕の無表情だ。
そうこうしているうちに、ラビアンローズのカタパルトデッキにロボット……ゴーショーグンが降り立った。