ラビアンローズのブリーフィングルーム。
 珍客をもてなしているのはレモン、アクセル、アキトの3人。ヴィンデル自身はブリッジで待機しているらしい。
 レモンたちの目の前には、1人の女性と2人の男性がいた。
 くすんだ金髪のアングロサクソン系の青年が先に自己紹介をはじめた。

「オレの名前はキリー・ギャグレイ。グッドサンダーチームの一員さ。よろしく、お嬢ちゃん」
「……お嬢ちゃんって、私のことかしら?」

 あからさまに歳をバラされるとさすがに傷つく程度には大人の女性であるレモンを捕まえて、金髪の青年……キリーはお嬢ちゃんといってのけた。
 ごごごごご、と擬音が聞こえてきそうなレモンの雰囲気に、アクセルとアキトがおののいている。
 それをフォローするかのように、隣のダイナマイトバディの女性が口をはさんできた。

「……キリー、いきなりそんなこといったら引くに決まってるでしょ。ごめんなさいね、デリカシーのない男で」
「俺はそういうつもりでいったんじゃないんだけどなぁ」
「だったら事態が混乱するだけだから黙ってて。ということで、私はさっき通信させてもらったレミー・島田よ。よろしくね」

 ぱっちん、と音が聞こえてきそうなウインク一つ。
 うわお、とよだれをたらしそうな勢いのアクセルのお尻を、レモンが後ろ手に思いっ切りつねりあげる。

「あうわっちぃぃぃぃ痛痛痛いぞレモン〜」
「……バカ」

 最後に、黒髪を短くまとめた、典型的なモンゴロイドの青年が自己紹介する。

「で、俺が北条真吾。一応、グッドサンダーチームのリーダー、ってことになっている」
「よろしく」

 反射的に返事をしたアキトの顔を見て、黒髪の青年……真吾が一人得心がいったようにうなずく。

「あの、何か?」
「ふーん、そうか、君がテンカワアキト君か」

 真吾のこの言葉を聞いて、アキトとアクセルの雰囲気が瞬時に変わる。

「なんで、俺のことを?」

 見ず知らずの人間が自分のことを知っている。
 気色悪いことこの上ない。
 しかも、彼らはどうやら空間跳躍でここにやってきたらしい……!?

「もしかして、ボソンジャンプのことを……」
「太陽系内の各惑星に点在している古代文明の遺跡。ボース=フェルミオン粒子変換機構による時空間跳躍」

 真吾の瞳がアキトを見据える。
 見た目、真吾もレミーもキリーもアキトとさほど変わらない年齢のようだが。
 目の前の瞳は、とても20数年しか生きていない人間だとは思えない深みをたたえていた。
 不可思議な沈黙。
 それを破ったのは、今ここにいなかった別の人間だった。

「レモン様、検索が完了しました」

 ブリーフィングルームに入ってきたのはW17だった。
 プリントアウトされた何らかのデータをレモンに手渡している。

「ありがとう……どれどれ」

 データをざっと見て、真吾たちを改めてレモンが見る。
 何度かそんな仕草を繰り返して、やがて得心がいったように一つうなずいた。

「何が書いてあるんだ、それ?」

 じれたようにアクセルが尋ねる。
 その質問を黙殺して、レモンは真吾に向かって一言こう言った。

時の放浪者 ( ときのエトランゼ )

 なんのことかわからずにアキトとアクセルがいぶかしむが、真吾は逆に面白そうな笑みを浮かべていた。

「あっけなく見つかったもんだね」
「30年以上前に、極東の真田博士が発見した超エネルギー体、ビムラー。その後のエネルギー工学、ロボット工学に多大な影響を与えた基礎理論の提唱者その人が、ビムラーの秘密を守るために開発したロボット。それが」
「俺たちが乗ってきた、ゴーショーグンってわけさ」

 レモンと真吾の会話を聞いていたアキトは、一つの矛盾に気づいた。

「……30年前? ちょっと待ってくれ。どう見ても真吾たちは30過ぎには見えないぞ。歳が合わないんじゃないか?」

 見た目には、20代半ばの成年男女。
 若作りとかそういうレベルの話ではあり得ない。
 レモンは一つうなずき、アキトに向かって手元の書類を1束差し出した。

「論文? えぇっと、『ビムラーによる空間制御ならびに時間遡行理論の一考察』……こ、これって!?」
「そう、ビムラーはただの永久機関ではなく、三次元以上の存在に干渉することができた。その結果が、ビムラーによる空間移動と時間移動ね」

 アキトは手の中の論文の表紙と真吾たちを改めて見直した。
 ボソンジャンプとは違った、跳躍能力によって、時間をも飛び越えてきた人。

「空間跳躍に関しては、そこにある論文の通りだよ。俺たち……というよりビムラーをエネルギー源としたゴーショーグンは、ほぼ完全なテレポートとアポート、自身を跳ばすことと対象を引き寄せることが可能だ。だが……」
「時間移動に関してはそこまでうまくいかなかったのよね。同じ時間軸に跳ぶことは稀。たいてい、私たちが意図した時間には移動できないのよ」

 真吾とレミーが、まるで茶飲み話でもするかのようにとんでもないことを暴露する。
 なにもいえずにいるアキトの脇から、控えていたW17が補足するように口を挟んできた。

「私たちの歴史には、過去1度、ゴーショーグンらしきロボットが立ち寄った形跡があります。今からほぼ60年ほど昔。宇宙開発とロボット工学の黎明期です。その時接触した相手は、兜十蔵博士。光子力エネルギーの安定運用と、大型ロボットの強度問題をクリアする金属、超合金Zの組成についての基礎論文に、若干の記述があります」
「あら、懐かしい名前。じゅーぞー君、元気にしてるのかしら」
「あ、そういえば俺、あいつにホットドッグおごってやったんだよな。今から行って倍返しさせるか」
「みみっちいわねぇキリー? そのぐらいいいじゃないの」
「いや、あいつ、その時
『俺はもっとビッグになる。そんとき返すから今はとりあえずおごってくれ』
って言ってたんだぜ。俺には貸しを取り立てる権利がある!」

 W17はいつものように無表情だが、レミーとキリーのやり取りを聞いていたアキトたちは口をぽかんと開けたまま絶句していた。
 が、いち早く気を取り直したレモンが真吾に向かって一番最初に言った言葉を繰り返す。

「時の放浪者。つまり、時間移動は制御できていないって意味だったのね」
「その通り。ビムラーの解析はゴーショーグンに内蔵しているコンピュータで行っているが、いまだに終わらない。単純なエネルギー体ではないという予測は立っているけどね。この謎が解明されない限り、俺たちは永遠に時間の流れから取り残されたまま、ってわけ」

 やっとアキトは悟った。真吾たちのあの深い瞳の意味を。
 血を吐くようなあの絶叫。
 時の流れから取り残され、自分を知る者が一人もいなくなるというあの闇。
 いったい、どれだけの時をすごしてきたのか。
 あの時の絶望を知る者だけが持つ瞳の色。

「おおよその状況はわかった。だが、一つまだ解決していない問題がある」

 思案に沈むアキトの耳に、やや堅めのアクセルの声が飛び込む。
 そこにあるのは、払拭しきれない疑念。

「あんたたち、どこでアキトのことを知った?」
「それは、私も聞きたいわね」

 アクセルの疑問をレモンが補足する。

「名前を呼ばれたときのアキト君の表情を見れば、あなたたちとアキト君に接点がないことはわかる。だとしたら、あなたたちがどこでアキト君のことを知ったのかがわからない。私の知らないことまで知っている辺りから類推すれば、あなたたちの時間移動の手段とアキト君のボソンジャンプ、これに何らかの共通点、ないしは交点があるのではないかしら?」

 レモンの言葉尻を捕まえるように、キリーが口笛を吹いた。

「や、するどい」
「いいかげん茶化すのはやめてほしいわね。私、話のくどい男は嫌いなの」
「あらら、ふられちゃったボクちゃん」

 ここまで徹底的にスタイルを貫き通すかたくなさをほめるべきなのか、場の雰囲気に全くそぐわないリアクションをなじるべきなのか。
 とりあえずいえることは、このままキリーに任せていては話が進まない。
 仕方がないのでレミーはグーでキリーに思いっ切りツッコミを入れておいた。

「私たちの2つ名まで突き止めたその情報収集能力と分析力。ま、それも当然よね」

 そして、レミーは部屋の隅に取り付けられた監視カメラに向かい言い放つ。

「聞いているんでしょ、『隠者』殿?」

 レミーのこの発言の意味を、アキトは理解できていない。
 だが、いわれた当人は艦内放送用のスピーカー越しにこう返答した。

『その名を、どこで聞いた?』
「うーん、聞いたというより知ったという方が正しいかも。知識の源は、ビムラーであり、アキト君が知っている『遺跡』よ」
『知識の、泉、か……』
「口伝が残っているのね。知っている人は限りなく少ないけれど0ではない、とは聞いたけど」

 スピーカーの向こうの落ち着いた壮年の男性の声に、呆然としながらレモンが問いかけた。

「ヴィンデル様、一体、何の話をしているのですか? レミーは、何を言おうとしているのです?」

 問いかけられ、珍しく短い逡巡の間があり、しばしの沈黙が流れる。
 そして、ヴィンデルは厳かにこう告げた。

「時の放浪者は、歴史からのメッセンジャーだということだ」

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